特許第5848747号(P5848747)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5848747
(24)【登録日】2015年12月4日
(45)【発行日】2016年1月27日
(54)【発明の名称】ユリモットルウイルスの弱毒ウイルス
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20160107BHJP
   C12N 7/00 20060101ALI20160107BHJP
   A01H 5/06 20060101ALI20160107BHJP
   A01N 63/00 20060101ALI20160107BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12N7/00
   A01H5/06
   A01N63/00 F
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-500808(P2013-500808)
(86)(22)【出願日】2011年2月25日
(86)【国際出願番号】JP2011054370
(87)【国際公開番号】WO2012114520
(87)【国際公開日】20120830
【審査請求日】2014年2月24日
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-11343
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304036743
【氏名又は名称】国立大学法人宇都宮大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000104559
【氏名又は名称】日本デルモンテ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】小湊 正幸
(72)【発明者】
【氏名】佐山 春樹
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 直樹
(72)【発明者】
【氏名】夏秋 知英
【審査官】 上條 肇
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−269983(JP,A)
【文献】 Zheng H.Y. et al,Occurrence and sequences of Lily mottle virus and Lily symptomless virus in plants grown from imported bulbs in Zhejiang province, China,Arch. Virol.,2003年,Vol.148,p.2419-2428
【文献】 Zheng,H.Y. et al,Lily mottle virus gene for polyprotein, genomic RNA, isolate Sb.,Genbank [online],2003年12月,Accession No.AJ564636, GenInfo Identifier No.38707330,URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/AJ564636
【文献】 小湊正幸 他,新潟県のユリ生産圃場におけるウイルス感染及びウイルス症状の調査,平成22年度日本植物病理学会大会講演要旨集,2010年 3月,Vol.2010,p.105
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/33 − 15/51
C12N 5/10
A01H 5/00 − 5/10
A01N 63/00
C12N 7/00
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせないユリモットルウイルスの弱毒ウイルスであって、
配列番号2の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有する、ユリモットルウイルスの弱毒ウイルス
【請求項2】
ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせないユリモットルウイルスの弱毒ウイルスであって、
配列番号1の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有する、ユリモットルウイルスの弱毒ウイルス。
【請求項3】
ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせないユリモットルウイルスの弱毒ウイルスであって、
配列番号7のアミノ酸配列で示されるペプチドを有する、ユリモットルウイルスの弱毒ウイルス。
【請求項4】
配列番号1の塩基配列、または配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸(但し、核酸がRNAである場合には、塩基配列中のTはUである。)。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスをユリに接種する、ユリモットルウイルス病の防除方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスをユリに接種する、ユリモットルウイルス抵抗性植物の作出方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスに感染したユリを、リン片繁殖または組織培養によって繁殖させる、ユリモットルウイルス抵抗性植物の繁殖方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスを接種して得られるユリモットルウイルス抵抗性植物。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスを感染したユリ植物組織。
【請求項10】
リン片または球根である、請求項9に記載のユリ植物組織。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ユリに感染し病害をもたらすユリモットルウイルスに対する弱毒ウイルスに関する。
【背景技術】
【0002】
ユリのモザイク病は、ユリに発症するウイルス病の一つであり、その原因ウイルスは、ユリモットルウイルス(以下「LMoV」と記載する場合がある。)とされている。LMoVは、ポティウイルス科(Potyviridae)のポティウイルス属(Potyvirus)に分類されるウイルスであり、そのゲノムは、一本鎖RNAからなることが知られている。
ユリは栄養繁殖性作物であるため、ユリがLMoVに感染すると、ユリの栄養繁殖と共にLMoVは伝播され、感染被害は大きくなる。したがって、ユリへのLMoVの感染は、切花生産および球根生産において著しい減収につながる。現状では、他の植物ウイルス病と同様に、感染したLMoVの排除に対して有効な薬剤がない。
【0003】
LMoVへの感染対策として、ユリでは茎頂培養によるウイルスフリー株の生産が行われている。しかしながら、圃場では短期間のうちにアブラムシの媒介によってウイルスの感染を受けてしまう。LMoVの感染を防ぐには、媒介虫であるアブラムシに対する殺虫剤の散布や忌避資材又は遮断資材の利用が一般的に行われているが、その効果は不十分である。
現在のところ、植物ウイルス病に対して、弱毒ウイルスの利用が有効な手段の一つとされ、世界各国で植物ウイルス病の起因ウイルスの弱毒ウイルスの開発が進められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、ユリに接種した場合、モザイク症状が軽微かほとんど病徴を現さないユリモットルウイルスの弱毒ウイルスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、LMoVの弱毒株を自然界から分離し、その後選抜することによって得られた弱毒ウイルスにより、LMoVによるユリのモザイク病の防除が可能となることを見いだし、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]
ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせないユリモットルウイルスの弱毒ウイルス。
[2]
配列番号1の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有する、[1]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルス。
[3]
下記で示されるペプチドを有する、[1]又は[2]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルス。
(1)配列番号7のアミノ酸配列で示されるペプチド;
(2)配列番号7のアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、付加、および/または置換されたアミノ酸配列で示されるペプチド。
[4]
配列番号1の塩基配列、または配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸(但し、核酸がRNAである場合には、塩基配列中のTはUである。)。
[5]
[1]〜[3]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスをユリに接種する、ユリモットルウイルス病の防除方法。
[6]
[1]〜[3]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスをユリに接種する、ユリモットルウイルス抵抗性植物の作出方法。
[7]
[1]〜[3]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスに感染したユリを、リン片繁殖または組織培養によって繁殖させる、ユリモットルウイルス抵抗性植物の繁殖方法。
[8]
[1]〜[3]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスを接種して得られるユリモットルウイルス抵抗性植物。
[9]
[1]〜[3]に記載のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスを感染したユリ植物組織。
[10]
リン片または球根である、[9]に記載のユリ植物組織。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ユリのモザイク病に対して有効かつ効率的なユリモットルウイルスの弱毒ウイルスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】ユリのピンク花色品種「ニュートン」に接種してウイルス症状を、無症状:0、軽微:1、弱い:2、やや強い:3、強い:4の5段階で評価する。ピンク花色品種「ニュートン」において、スコアーとして、無症状:0、軽微:1、やや強い:3、強い:4と評価される花弁を示す。
図2】弱毒ウイルスであるNDM-LM1株又は強毒株の、Hc-Pro領域を組み込んだPVXベクターを接種した検定植物Nicotiana benthamianaにおける症状を示す。左側は「PVXベクター」のみ、中央は「NDM-LM1株のHc-Pro領域を組み込んだPVXベクター」、右側は「強毒株のHc-Pro領域を組み込んだPVXベクター」を接種した検定植物の結果である。
図3】HC-Proを組み込んだPVXベクターを接種した植物からHC-ProをRT-PCRで増幅し、制限酵素Sph Iで切断した電気泳動図を示す。左からサイズマーカー、弱毒株由来のHC-ProをSph Iで切断したもの、強毒株由来のHC-ProをSph Iで切断したものを示す。
図4】配列番号1の塩基配列を示す。
図5】配列番号7のアミノ酸配列を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。なお。本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0010】
(1)ユリモットルウイルスの弱毒ウイルス
本発明のユリモットルウイルスの弱毒ウイルス(以下「弱毒ウイルス」と記載する場合がある。)は、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせない弱毒ウイルスである。本発明の弱毒ウイルスは、好ましくは、花に斑入り症状を生じさせないか、または軽微な班入り症状しか生じさせない弱毒ウイルスである。
【0011】
本発明の弱毒ウイルスの一例として、NDM-LM1株が挙げられる。NDM-LM1株は、以下のようにして得られる弱毒ウイルスである。
ユリのピンク花色品種の無症状株からティッシュブロット分析によってLMoVの弱毒株を選抜して、LMoV12-1-1株を得る。さらにLMoV12-1-1株のピンク花色品種における副作用を低減させるためにLMoVの弱毒株を選抜する。例えば、花弁に現われるモザイク症状の違いを利用して、モザイク症状が見られない弱毒株を9世代に渡って選抜して、ピンク花色品種に感染させても副作用の極めて弱いLMoV12-1-9株(NDM-LM1株)を得る。
【0012】
本発明の弱毒ウイルス、好ましくは、本発明の弱毒ウイルスであるNDM-LM1株は、配列番号1記載の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有する。
本発明の弱毒ウイルスは、配列番号1記載の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有することにより、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせない弱毒ウイルスとして提供でき、斯かる弱毒ウイルスを用いることにより、ユリのモザイク病に対する有効かつ効率的な防除方法を提供する。さらには、本発明の弱毒ウイルスにより、農薬や資材、肥料、種苗費などの経費節減および作物管理労力の節減を図ることができる。また、ウイルス症状が軽微で、球根およびリン片繁殖等の栄養繁殖による増殖を経てもウイルス症状が安定して軽微な、ユリモットルウイルス抵抗性植物を提供することができる。本発明の弱毒ウイルスは、以上のように実用的である。
【0013】
本発明は、弱毒ウイルスから単離される配列番号1の塩基配列を含む核酸をも提供する。該核酸の塩基配列は、本発明の目的に反しない範囲において、1または数個の塩基が欠失、付加、および/または置換された塩基配列であってもよく、配列番号1記載の塩基配列を有するRNAであることが好ましい。ただし、該核酸がRNAである場合には、配列番号1中のTはUである。また、配列番号1記載の塩基配列中には、ATGCU以外にも、それぞれATGCUと等価な塩基を含んでいてもよく、等価な塩基として、ATGCUの塩基部分が置換または修飾された塩基を含んでいてもよい。また、核酸中の糖部分が、リボースまたはデオキシリボースと等価であれば、置換または修飾されていてもよい。
本発明は、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列を含む核酸も提供する。該核酸の塩基配列は、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列であるが、本発明の目的に反しない範囲において、1または数個の塩基が欠失、付加、および/または置換された塩基配列であってもよく、配列番号1記載の塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAであることが好ましい。
なお、配列番号1記載の塩基配列は、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせない弱毒ウイルスとするために必須と考えられる配列を含む配列であり、ヘルパーコンポーネントプロテアーゼ(HC-Pro)領域に相当する。
【0014】
本発明の弱毒ウイルス、好ましくは、本発明の弱毒ウイルスであるNDM-LM1株は、配列番号7記載のアミノ酸配列で表されるペプチドまたは配列番号7記載のアミノ酸配列の1または数個の塩基が欠失、付加、および/または置換されたアミノ酸配列で表されるペプチドを有する。配列番号7記載のアミノ酸配列で表されるペプチドまたは配列番号7記載のアミノ酸配列の1または数個の塩基が欠失、付加、および/または置換されたアミノ酸配列で表されるペプチドは、配列番号1の塩基配列を含む核酸または配列番号1の塩基配列の1または数個の塩基が欠失、付加、および/または置換された塩基配列でコードされるペプチドである。また、配列番号7記載のアミノ酸配列で表されるペプチドまたは配列番号7記載のアミノ酸配列の1または数個の塩基が欠失、付加、および/または置換されたアミノ酸配列で表されるペプチドは、ヘルパーコンポーネントプロテアーゼ(HC-Pro)領域に相当するペプチドである。
本発明の弱毒ウイルスは、当該配列で表わされるペプチドを有することにより、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせない弱毒ウイルスとして提供でき、斯かる弱毒ウイルスを用いることにより、ユリのモザイク病に対する有効かつ効率的な防除方法を提供する。さらには、本発明の弱毒ウイルスにより、農薬や資材、肥料、種苗費などの経費節減および作物管理労力の節減を図ることができる。また、ウイルス症状が軽微で、球根およびリン片繁殖等の栄養繁殖による増殖を経てもウイルス症状が安定して軽微な、ユリモットルウイルス抵抗性植物を提供することができる。本発明の弱毒ウイルスは、以上のように実用的である。
【0015】
本発明の弱毒ウイルスは、NDM-LM1株に特に限定されるものではなく、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせない、という性質を示すウイルスを広く含む。本発明の弱毒ウイルスは、さらに、花に斑入り症状を生じさせないか、または軽微な班入り症状しか生じさせない、という性質を示すことが好ましい。本発明の弱毒ウイルスは、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせないウイルスであれば特に限定されないが、ユリの葉にモザイク症状を生じさせないか、または軽微なモザイク症状しか生じさせず、かつ、花に斑入り症状を生じさせないか、または軽微な班入り症状しか生じさせないウイルスであることが好ましく、また、花に斑入り症状を生じさせないか、または軽微な班入り症状しか生じさせないウイルスであってもよい。
【0016】
(2)ユリモットルウイルス病の防除方法
本発明のユリモットルウイルス病の防除方法は、本発明のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスをユリに接種することにより、ユリモットルウイルス病を防除する方法である。
弱毒ウイルスを、LMoV感染前に予めユリに接種することにより、LMoVによる感染からユリを防除することができる。
【0017】
ユリモットルウイルス病とは、LMoVに感染を受けたユリが葉のモザイク症状および/または花の斑入り症状を生じている状態をいう。さらにLMovに感染を受けたユリにおいて、草丈の矮化、球根肥大の不良を生じる場合もある。
【0018】
ウイルス接種の対象とするユリは、ユリ属に属するものであれば特に限定されないが、例えば、オリエンタルハイブリッド、アジアティックハイブリッド、およびテッポウユリなどが挙げられる。
【0019】
弱毒ウイルスの接種時期は、特に限定されないが、幼苗期に接種するのが好ましい。
弱毒ウイルスのユリへの接種は、例えば、ユリ幼苗(草丈約15cm)に対して、弱毒ウイルスの感染葉を接種源にして研磨剤としてセライトを塗した綿棒を用いて擦り付ければよい。感染葉は、ユリ幼苗(草丈約15cm)に対して、弱毒ウイルスを接種した後、栽培を継続して全ての花を開花させ、葉にモザイク症状がないことを確認した株の最上位の花に付いている葉を感染葉とすることができる。葉にモザイク症状がなく、かつ、花に斑入り症状がないことを確認した株の最上位の花に付いている葉を感染葉とすることが好ましい。
弱毒ウイルスを接種したユリ幼苗を栽培することにより、弱毒ウイルスを接種したユリ成体を作出することができ、弱毒ウイルスを接種したユリから得られる球根やリン片などを、ユリモットルウイルスに抵抗性を有するユリ植物組織として入手することができる。ユリ植物組織としては、特に限定されないが、例えば、ユリ植物体から得られる葉、茎、根、花、切り花、球根、リン片、細胞塊、カルス、およびプロトプラストなどが挙げられる。
【0020】
(3)ユリモットルウイルス抵抗性植物の作出方法
本発明のユリモットルウイルス抵抗性植物の作出方法は、本発明のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスをユリに接種することにより、弱毒ウイルスのウイルスとしての機能が発揮されてユリモットルウイルスに対して抵抗性を示すユリモットルウイルス抵抗性植物を作出する方法である。
弱毒ウイルスを、LMoV感染前に予めユリに接種することにより、LMoVによる感染に対して抵抗性を示すユリを作出することができる。
【0021】
ユリの種類、接種方法、接種時期は、上記防除方法と同様でよい。
【0022】
(4)ユリモットルウイルス抵抗性植物の繁殖方法
本発明のユリモットルウイルス抵抗性植物の繁殖方法は、本発明のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスに感染したユリを、球根繁殖、リン片繁殖または組織培養によって繁殖させることにより、ユリモットルウイルス抵抗性植物を繁殖させて次世代のユリを作出する方法である。
【0023】
弱毒ウイルスが感染した球根を、圃場または施設内に植付け栽培して、ユリモットルウイルス抵抗性植物を繁殖させることにより、新たに球根およびリン片などの植物組織を得ることができる。
ユリモットルウイルス抵抗性植物を繁殖して得られるこれらユリモットル抵抗性植物やユリ植物組織は、既に組織内に移行している弱毒ウイルスにより、強毒ユリモットルウイルスに対する抵抗性を有する。同様に、弱毒ウイルスが感染したユリを、組織培養により増殖した個体についても、強毒ユリモットルウイルスに対する抵抗性を持つ。
栄養繁殖によって、弱毒ウイルスの効果を持続することができるので、実際上、生産者が栽培の度に弱毒ウイルスを接種する必要はなく、通常の栽培により球根またはリン片を収穫することによって、弱毒ウイルスの防除効果を何シーズンにもわたって持続的に得ることができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0025】
[弱毒ウイルスNDM-LM1株の単離]
ウイルスの副作用(花の斑入り症状と葉のモザイク症状を意味する。)を生じやすいユリのピンク花色品種「ソルボンヌ」の蕾期におけるウイルスの無症状株(600株)からティッシュブロット分析によってLMoVの弱毒株として1株を選抜し、該株をLMoV12-1-1株とした。LMoV12-1-1株をユリのピンク花色品種「ニュートン」に接種してウイルス症状を調査した。この時、花弁に表れるウイルス症状を、無症状:0、軽微:1、弱い:2、やや強い:3、強い:4の5段階で評価した。
ピンク花色品種「ニュートン」において、スコアーとして、無症状:0、軽微:1、やや強い:3、強い:4と評価される花弁を図1に示す。
評価結果として、第1世代のLMoV12-1-1株のスコアーが1.14であり、無接種のスコアーは0.17であったが、強毒LMoV株であるGLS4株のスコアーは4.00であり、ウイルス症状の程度が最も激しいスコアーであった(n数=36)。
強毒LMoV株として用いたGLS4株(以下、「強毒GLS4株」と記載する場合がある。)は、新潟県のリン片繁殖によるユリ球根生産圃場で発生していた強いモザイク症状を示すユリから得られた強毒ウイルスである。
LMoV12-1-1株のスコアーは無接種より高く、花の斑入り症状が認められたため、ピンク花色品種におけるLMoV12-1-1株の副作用を低減させるために、花弁に現れるウイルス症状を調査したところ、一番早く開花する下段の花よりも遅く開花する上段の花の方が、ウイルス症状が強くなることを見出した。そこで、該知見に基づいて、上段の花でウイルス症状が見られないLMoV12-1-1株を9世代に渡って選抜したところ、第1世代のLMoV12-1-1株のスコアー1.14を第9世代のLMoV12-1-9株(NDM-LM1株)において0.16(n数=25)まで低下させることができ、切花としての出荷に問題無いと評価できるものであった。第1世代から第9世代までの、ピンク花色品種「ニュートン」における花弁のウイルス症状の強さ(スコアー)の結果を表1に示す。
【0026】
【表1】
【0027】
第9世代として得られた弱毒ウイルスであるLMoV12-1-9株(NDM-LM1株)は、その全長RNA配列に相同的なDNA配列の全長をプラスミドに挿入し、該プラスミドpNDMLM1として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2011年2月16日に受領され、受領番号FERM−ABP11343が付与されている。また、NDM-LM1株は、本出願人によって保存維持されており、日本国特許法施行規則27条の3の規定に準ずる分譲は本出願人が保証する。
寄託されたプラスミドに挿入された塩基配列は、配列番号2で示される塩基配列である。
【0028】
[弱毒ウイルスNDM-LM1株の特性]
NDM-LM1株および強毒GLS4株を感染させたユリのアブラムシ伝搬性試験を行った。
絶食させたアブラムシ(有翅虫)を、強毒GLS4株または弱毒ウイルスNDM-LM1株を感染させたユリの品種「アクティバ」の葉に移して獲得吸汁させた。その後、吸汁したアブラムシをウイルス感染していないタカサゴユリの葉に移し、タカサゴユリに1日接種吸汁させた(5頭/株)。強毒GLS4株接種吸汁群およびNDM-LM1株接種吸汁群それぞれでタカサゴユリを10株ずつ用いて試験を行った。
ティッシュブロット分析(抗原抗体反応)でのウイルス検出の有無を測定して、アブラムシによる各ウイルスのタカサゴユリへの伝搬率を求めた。
その結果、アブラムシとしてワタアブラムシ(有翅虫)を用いた場合には、強毒GLS4株の伝搬率は80%であったのに対してNDM-LM1株の伝搬率は0%であった。
同様にしてジャガイモヒゲナガアブラムシでの伝搬性試験を行った結果、強毒GLS4株の伝搬率は70%であったのに対してNDM-LM1株の伝搬率は0%であった。また、モモアカアブラムシでの伝搬性試験を行った結果、強毒GLS4株の伝搬率は50%であったのに対してNDM-LM1株の伝搬率は0%であった。
以上のことから、強毒GLS4株を伝搬する3種類のアブラムシ(ワタアブラムシ、ジャガイモヒゲナガアブラムシ、モモアカアブラムシ)のいずれによってもNDM-LM1株は伝搬されないことが明らかとなった。アブラムシ伝搬性試験の結果を表2に示す
【0029】
【表2】
【0030】
[強毒GLS4株感染に対する弱毒ウイルスNDM-LM1株の防除効果]
対照実験として、無接種群(NDM-LM1株も強毒GLS4株も接種しない)、NDM-LM1株群(NDM-LM1株の接種を行い、強毒GLS4株の接種は行わない)、強毒GLS4株群(NDM-LM1株の接種は行わず、強毒GLS4株の接種を行う)についても同様に調査した(n数=12)。
結果を表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
表3の結果から、強毒GLS4株を接種したユリ(強毒GLS4群)は矮化し、開花期が遅れる傾向にあったのに対し、弱毒NDM-LM1感染後、強毒GLS4株を接種したユリ(NDM-LM1群+強毒GLS4株群)の草丈は、無接種のユリ(無接種群)と遜色が無く、開花期を早めることが分かった。このことからNDM-LM1株はLMoVの強毒株に対して顕著な防除効果があることが明らかとなった。
また、NDM-LM1株を接種した株の草丈は、無接種株と遜色が無く、1株当りの花数に影響を及ぼさなかったが、開花期を若干早めることが分かった。このことからNDM-LM1株を接種すると開花期を早めることが分かり、また弱毒ウイルスを接種することによるユリへの副作用はほとんどないことが明らかになった。したがって、弱毒ウイルスNDM-LM1株は、LMoVに対するウイルスワクチンとして用いることができることが明らかとなった。
【0033】
[弱毒ウイルスNDM-LM1株の圃場栽培試験]
NDM-LM1株をユリの品種「カサブランカ」に接種し4農家圃場で無接種区と比較する実用化試験を実施した。1ヶ所の農家圃場(A)では無接種区のユリ29株の内5株にウイルス症状が発生し、その内の3株からLMoV、2株からキュウリモザイクウイルス(CMV)とLMoVが検出された。同じ圃場でNDM-LM1株接種区のユリ27株にはウイルス症状は発生しなかった。結果を表4に示す。
【0034】
【表4】
【0035】
表4の結果から、LMoVおよびCMV発生圃場においてNDM-LM1株はウイルス感染の防除効果があることを示した。
また、該圃場で球根を収穫し、球根1ヶ重を比較したところ、NDM-LM1株接種区の球根は無接種区のものより有意に大きかった。このことから球根の肥大についてもLMoVおよびCMV発生圃場においてNDM-LM1株は圃場においても防除効果があることが分った。その他の圃場(B、C、D)ではウイルス症状が発生せず、NDM-LM1株接種区の草丈、球根1ヶ重は無接種区と遜色が無く、副作用がほとんどないことが分った。花蕾数は無接種区に比較してNDM-LM1株接種区の方が若干増加する傾向にあった。
【0036】
[塩基配列の決定]
強毒株GLS4株および弱毒ウイルスNDM-LM1株の全塩基配列を決定した。
LMoVの全塩基配列を決定するために以下のプライマーを設計し、RT-PCR産物を得た。RT-PCR産物は精製後、TAクローニング法によりプラスミドベクターへ挿入し、大腸菌を形質転換した。形質転換させた大腸菌DH5αからのプラスミドDNAを精製し、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit とABI PRISM3100 Genetic Analyzerを使用して塩基配列を決定した。
LMoV_IC_2F:AAAATAAAACAAACCAACAAGACTCAATACAAC(配列番号3)
LMoV_IC_2R:GTGGCGAGTACAGTGAGAAGC(配列番号4)
弱毒ウイルスNDM-LM1株は、配列番号2で示される塩基配列を有していた。配列番号2で示される塩基配列は、5’UTR、P1、Hc−Pro、P3、6K1、CI、6K2、VPg、機能未同定、NIa、NIb、CP、3’UTR、およびPIPOからなる配列である。
【0037】
強毒株GLS4株および弱毒株NDM-LM1株のLMoVのヘルパーコンポーネントプロテアーゼ(HC-Pro)領域をPVXベクターに挿入した感染性キメラクローンを作成し、挿入したHC-Pro領域により植物における病原性が変化するかを調査した。
Baulcombeらが開発した外来遺伝子発現PVXベクター(pgR106)を使用し、外来遺伝子挿入部位へ強毒株または弱毒株のHC-Pro遺伝子を挿入した(Takken, F.L., Luderer, R.,Gabriels, S.H., Westerink, N., Lu, R., deWit, P.J.,and Joosten, M.H. (2000). A functional cloning strategy, based on a binary PVX-expression vector, to isolate HR-inducing cDNAs of plant pathogens.Plant J. vol.24, p.275-283)。
PVXベクター(pgR106)にHC-Pro遺伝子を挿入するために、表5に記載のFプライマーおよびRプライマーを用いた。FプライマーおよびRプライマーにおける制限酵素部位はNot Iである。FプライマーおよびRプライマーは強毒GLS4株および弱毒ウイルスNDM-LM1株の両方に共通して用いることができる。これらのプライマーを用いてPCRでHC-Pro領域を増幅し、得られたPCR産物をNot I処理してPVXベクター(pgR106)のNot I部位に挿入した。挿入後、HC-Pro遺伝子の塩基配列が挿入されていることを確認した。
【0038】
【表5】
【0039】
HC-Pro遺伝子を挿入したプラスミドDNA(感染性キメラクローン)を多量に精製し、パーティクルガン法によって検定植物のNicotiana benthamianaへ接種し、挿入したHC-ProによりポテトウイルスX(PVX)の病原性がどのように変化するかを評価した。パーティクルガンはBio-Rad社製を用い、接種条件はそのマニュアルに従った。
強毒株由来のHC-Proを接種した検定植物においてはPVXの病原性をかなり強くした一方、弱毒株のHC-Proを接種した検定植物においてはPVXの病原性に影響はなかった(図2)。
HC-Proを組み込んだPVXベクターを接種した植物からHC-ProをRT-PCRで増幅し、制限酵素Sph Iで切断して電気泳動し、病原性の強く表れた植物からは、強毒株由来のHC-Pro、症状の表れなかった植物からは弱毒株由来のHC-Proが確認された。電気泳動の結果を図3として示す。図3の左からサイズマーカー、弱毒株由来のHC-ProをSph Iで切断したもの、強毒株由来のHC-ProをSph Iで切断したものである。Sph I切断パターンは、弱毒株と強毒株で異なっていた。また、植物に接種して症状を示した後もSph I切断パターンは変化しておらず(データ未開示)、弱毒株由来のHc-Pro接種により植物に症状は表れず、強毒株由来のHc-Pro接種により、病原性が強く表れることが確認できた。弱毒株由来のHc-ProのSph I切断パターンにおいては、2ヶ所のSph I切断部位を有するため、強毒株由来のSph I切断パターンには観測されない、約430塩基のバンドが出が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のユリモットルウイルスの弱毒ウイルスは、ユリモットルウイルス病において、有効な防除手段となりうるものである。そのため、本発明は、ユリの切花および球根生産の高品質・安定生産とこれによる価格安定、ウイルス病対策の労力とコストの減少、減農薬による安全で安心な切花および球根の供給、環境保全型農業の推進等の波及効果をもたらし、実用的で、かつ社会的貢献度の高いものである。
【配列表フリーテキスト】
【0041】
配列番号1は、NDM-LM1株のHc-Pro領域の塩基配列である。
配列番号2は、NDM-LM1株の全長に相当する、寄託された大腸菌が保持するプラスミドに挿入されている塩基配列である。
配列番号3は、強毒株GLS4株および弱毒ウイルスNDM-LM1株の全塩基配列を決定するのに用いたFプライマーの塩基配列である。
配列番号4は、強毒株GLS4株および弱毒ウイルスNDM-LM1株の全塩基配列を決定するのに用いたRプライマーの塩基配列である。
配列番号5は、PVX(pgR106)にHC-Pro遺伝子を挿入するために用いたFプライマーの塩基配列である。
配列番号6は、PVX(pgR106)にHC-Pro遺伝子を挿入するために用いたRプライマーの塩基配列である。
配列番号7は、NDM-LM1株のHc-Pro領域のアミノ酸配列である。
図5
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]