【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0025】
[弱毒ウイルスNDM-LM1株の単離]
ウイルスの副作用(花の斑入り症状と葉のモザイク症状を意味する。)を生じやすいユリのピンク花色品種「ソルボンヌ」の蕾期におけるウイルスの無症状株(600株)からティッシュブロット分析によってLMoVの弱毒株として1株を選抜し、該株をLMoV12-1-1株とした。LMoV12-1-1株をユリのピンク花色品種「ニュートン」に接種してウイルス症状を調査した。この時、花弁に表れるウイルス症状を、無症状:0、軽微:1、弱い:2、やや強い:3、強い:4の5段階で評価した。
ピンク花色品種「ニュートン」において、スコアーとして、無症状:0、軽微:1、やや強い:3、強い:4と評価される花弁を
図1に示す。
評価結果として、第1世代のLMoV12-1-1株のスコアーが1.14であり、無接種のスコアーは0.17であったが、強毒LMoV株であるGLS4株のスコアーは4.00であり、ウイルス症状の程度が最も激しいスコアーであった(n数=36)。
強毒LMoV株として用いたGLS4株(以下、「強毒GLS4株」と記載する場合がある。)は、新潟県のリン片繁殖によるユリ球根生産圃場で発生していた強いモザイク症状を示すユリから得られた強毒ウイルスである。
LMoV12-1-1株のスコアーは無接種より高く、花の斑入り症状が認められたため、ピンク花色品種におけるLMoV12-1-1株の副作用を低減させるために、花弁に現れるウイルス症状を調査したところ、一番早く開花する下段の花よりも遅く開花する上段の花の方が、ウイルス症状が強くなることを見出した。そこで、該知見に基づいて、上段の花でウイルス症状が見られないLMoV12-1-1株を9世代に渡って選抜したところ、第1世代のLMoV12-1-1株のスコアー1.14を第9世代のLMoV12-1-9株(NDM-LM1株)において0.16(n数=25)まで低下させることができ、切花としての出荷に問題無いと評価できるものであった。第1世代から第9世代までの、ピンク花色品種「ニュートン」における花弁のウイルス症状の強さ(スコアー)の結果を表1に示す。
【0026】
【表1】
【0027】
第9世代として得られた弱毒ウイルスであるLMoV12-1-9株(NDM-LM1株)は、その全長RNA配列に相同的なDNA配列の全長をプラスミドに挿入し、該プラスミドpNDMLM1として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2011年2月16日に受領され、受領番号FERM−ABP11343が付与されている。また、NDM-LM1株は、本出願人によって保存維持されており、日本国特許法施行規則27条の3の規定に準ずる分譲は本出願人が保証する。
寄託されたプラスミドに挿入された塩基配列は、配列番号2で示される塩基配列である。
【0028】
[弱毒ウイルスNDM-LM1株の特性]
NDM-LM1株および強毒GLS4株を感染させたユリのアブラムシ伝搬性試験を行った。
絶食させたアブラムシ(有翅虫)を、強毒GLS4株または弱毒ウイルスNDM-LM1株を感染させたユリの品種「アクティバ」の葉に移して獲得吸汁させた。その後、吸汁したアブラムシをウイルス感染していないタカサゴユリの葉に移し、タカサゴユリに1日接種吸汁させた(5頭/株)。強毒GLS4株接種吸汁群およびNDM-LM1株接種吸汁群それぞれでタカサゴユリを10株ずつ用いて試験を行った。
ティッシュブロット分析(抗原抗体反応)でのウイルス検出の有無を測定して、アブラムシによる各ウイルスのタカサゴユリへの伝搬率を求めた。
その結果、アブラムシとしてワタアブラムシ(有翅虫)を用いた場合には、強毒GLS4株の伝搬率は80%であったのに対してNDM-LM1株の伝搬率は0%であった。
同様にしてジャガイモヒゲナガアブラムシでの伝搬性試験を行った結果、強毒GLS4株の伝搬率は70%であったのに対してNDM-LM1株の伝搬率は0%であった。また、モモアカアブラムシでの伝搬性試験を行った結果、強毒GLS4株の伝搬率は50%であったのに対してNDM-LM1株の伝搬率は0%であった。
以上のことから、強毒GLS4株を伝搬する3種類のアブラムシ(ワタアブラムシ、ジャガイモヒゲナガアブラムシ、モモアカアブラムシ)のいずれによってもNDM-LM1株は伝搬されないことが明らかとなった。アブラムシ伝搬性試験の結果を表2に示す
【0029】
【表2】
【0030】
[強毒GLS4株感染に対する弱毒ウイルスNDM-LM1株の防除効果]
対照実験として、無接種群(NDM-LM1株も強毒GLS4株も接種しない)、NDM-LM1株群(NDM-LM1株の接種を行い、強毒GLS4株の接種は行わない)、強毒GLS4株群(NDM-LM1株の接種は行わず、強毒GLS4株の接種を行う)についても同様に調査した(n数=12)。
結果を表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
表3の結果から、強毒GLS4株を接種したユリ(強毒GLS4群)は矮化し、開花期が遅れる傾向にあったのに対し、弱毒NDM-LM1感染後、強毒GLS4株を接種したユリ(NDM-LM1群+強毒GLS4株群)の草丈は、無接種のユリ(無接種群)と遜色が無く、開花期を早めることが分かった。このことからNDM-LM1株はLMoVの強毒株に対して顕著な防除効果があることが明らかとなった。
また、NDM-LM1株を接種した株の草丈は、無接種株と遜色が無く、1株当りの花数に影響を及ぼさなかったが、開花期を若干早めることが分かった。このことからNDM-LM1株を接種すると開花期を早めることが分かり、また弱毒ウイルスを接種することによるユリへの副作用はほとんどないことが明らかになった。したがって、弱毒ウイルスNDM-LM1株は、LMoVに対するウイルスワクチンとして用いることができることが明らかとなった。
【0033】
[弱毒ウイルスNDM-LM1株の圃場栽培試験]
NDM-LM1株をユリの品種「カサブランカ」に接種し4農家圃場で無接種区と比較する実用化試験を実施した。1ヶ所の農家圃場(A)では無接種区のユリ29株の内5株にウイルス症状が発生し、その内の3株からLMoV、2株からキュウリモザイクウイルス(CMV)とLMoVが検出された。同じ圃場でNDM-LM1株接種区のユリ27株にはウイルス症状は発生しなかった。結果を表4に示す。
【0034】
【表4】
【0035】
表4の結果から、LMoVおよびCMV発生圃場においてNDM-LM1株はウイルス感染の防除効果があることを示した。
また、該圃場で球根を収穫し、球根1ヶ重を比較したところ、NDM-LM1株接種区の球根は無接種区のものより有意に大きかった。このことから球根の肥大についてもLMoVおよびCMV発生圃場においてNDM-LM1株は圃場においても防除効果があることが分った。その他の圃場(B、C、D)ではウイルス症状が発生せず、NDM-LM1株接種区の草丈、球根1ヶ重は無接種区と遜色が無く、副作用がほとんどないことが分った。花蕾数は無接種区に比較してNDM-LM1株接種区の方が若干増加する傾向にあった。
【0036】
[塩基配列の決定]
強毒株GLS4株および弱毒ウイルスNDM-LM1株の全塩基配列を決定した。
LMoVの全塩基配列を決定するために以下のプライマーを設計し、RT-PCR産物を得た。RT-PCR産物は精製後、TAクローニング法によりプラスミドベクターへ挿入し、大腸菌を形質転換した。形質転換させた大腸菌DH5αからのプラスミドDNAを精製し、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit とABI PRISM3100 Genetic Analyzerを使用して塩基配列を決定した。
LMoV_IC_2F:AAAATAAAACAAACCAACAAGACTCAATACAAC(配列番号3)
LMoV_IC_2R:GTGGCGAGTACAGTGAGAAGC(配列番号4)
弱毒ウイルスNDM-LM1株は、配列番号2で示される塩基配列を有していた。配列番号2で示される塩基配列は、5’UTR、P1、Hc−Pro、P3、6K1、CI、6K2、VPg、機能未同定、NIa、NIb、CP、3’UTR、およびPIPOからなる配列である。
【0037】
強毒株GLS4株および弱毒株NDM-LM1株のLMoVのヘルパーコンポーネントプロテアーゼ(HC-Pro)領域をPVXベクターに挿入した感染性キメラクローンを作成し、挿入したHC-Pro領域により植物における病原性が変化するかを調査した。
Baulcombeらが開発した外来遺伝子発現PVXベクター(pgR106)を使用し、外来遺伝子挿入部位へ強毒株または弱毒株のHC-Pro遺伝子を挿入した(Takken, F.L., Luderer, R.,Gabriels, S.H., Westerink, N., Lu, R., deWit, P.J.,and Joosten, M.H. (2000). A functional cloning strategy, based on a binary PVX-expression vector, to isolate HR-inducing cDNAs of plant pathogens.Plant J. vol.24, p.275-283)。
PVXベクター(pgR106)にHC-Pro遺伝子を挿入するために、表5に記載のFプライマーおよびRプライマーを用いた。FプライマーおよびRプライマーにおける制限酵素部位はNot Iである。FプライマーおよびRプライマーは強毒GLS4株および弱毒ウイルスNDM-LM1株の両方に共通して用いることができる。これらのプライマーを用いてPCRでHC-Pro領域を増幅し、得られたPCR産物をNot I処理してPVXベクター(pgR106)のNot I部位に挿入した。挿入後、HC-Pro遺伝子の塩基配列が挿入されていることを確認した。
【0038】
【表5】
【0039】
HC-Pro遺伝子を挿入したプラスミドDNA(感染性キメラクローン)を多量に精製し、パーティクルガン法によって検定植物のNicotiana benthamianaへ接種し、挿入したHC-ProによりポテトウイルスX(PVX)の病原性がどのように変化するかを評価した。パーティクルガンはBio-Rad社製を用い、接種条件はそのマニュアルに従った。
強毒株由来のHC-Proを接種した検定植物においてはPVXの病原性をかなり強くした一方、弱毒株のHC-Proを接種した検定植物においてはPVXの病原性に影響はなかった(
図2)。
HC-Proを組み込んだPVXベクターを接種した植物からHC-ProをRT-PCRで増幅し、制限酵素Sph Iで切断して電気泳動し、病原性の強く表れた植物からは、強毒株由来のHC-Pro、症状の表れなかった植物からは弱毒株由来のHC-Proが確認された。電気泳動の結果を
図3として示す。
図3の左からサイズマーカー、弱毒株由来のHC-ProをSph Iで切断したもの、強毒株由来のHC-ProをSph Iで切断したものである。Sph I切断パターンは、弱毒株と強毒株で異なっていた。また、植物に接種して症状を示した後もSph I切断パターンは変化しておらず(データ未開示)、弱毒株由来のHc-Pro接種により植物に症状は表れず、強毒株由来のHc-Pro接種により、病原性が強く表れることが確認できた。弱毒株由来のHc-ProのSph I切断パターンにおいては、2ヶ所のSph I切断部位を有するため、強毒株由来のSph I切断パターンには観測されない、約430塩基のバンドが出が確認された。