特許第5854465号(P5854465)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5854465ウィルスを不活化する方法及び抗ウィルス性付与物品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5854465
(24)【登録日】2015年12月18日
(45)【発行日】2016年2月9日
(54)【発明の名称】ウィルスを不活化する方法及び抗ウィルス性付与物品
(51)【国際特許分類】
   A61L 2/16 20060101AFI20160120BHJP
   A61L 9/20 20060101ALI20160120BHJP
   A61L 9/00 20060101ALI20160120BHJP
   A61L 9/01 20060101ALI20160120BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20160120BHJP
   B01J 23/85 20060101ALI20160120BHJP
【FI】
   A61L2/16
   A61L9/20
   A61L9/00 C
   A61L9/01 B
   B01J35/02 J
   B01J23/85 M
【請求項の数】8
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2011-537254(P2011-537254)
(86)(22)【出願日】2010年10月19日
(86)【国際出願番号】JP2010068333
(87)【国際公開番号】WO2011049068
(87)【国際公開日】20110428
【審査請求日】2013年9月2日
(31)【優先権主張番号】特願2009-240680(P2009-240680)
(32)【優先日】2009年10月19日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591243103
【氏名又は名称】公益財団法人神奈川科学技術アカデミー
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078732
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 保
(74)【代理人】
【識別番号】100089185
【弁理士】
【氏名又は名称】片岡 誠
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和仁
(72)【発明者】
【氏名】砂田 香矢乃
(72)【発明者】
【氏名】窪田 吉信
(72)【発明者】
【氏名】石黒 斉
(72)【発明者】
【氏名】中野 竜一
(72)【発明者】
【氏名】梶岡 実雄
(72)【発明者】
【氏名】姚 燕燕
(72)【発明者】
【氏名】黒田 靖
(72)【発明者】
【氏名】細木 康弘
【審査官】 宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−232729(JP,A)
【文献】 特開2005−097096(JP,A)
【文献】 特開2005−263598(JP,A)
【文献】 橋本和仁 他1名,光触媒技術の可能性,クリーンテクノロジー,日本,日本工業出版,2009年 6月10日,vol.19、No.6,p.1-5
【文献】 中野竜一 他3名,酸化チタン光触媒によるインフルエンザウィルスの不活化効果,日本防菌防黴学会年次大会要旨集,日本,日本防菌防黴学会,2009年 9月14日,Vol.36th,p.190
【文献】 窪田吉信,光触媒の抗ウィルス活性について,日本化学会講演予稿集,日本,日本化学会,2009年 3月,Vol.89th、No.1,p.318
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 2/00− 2/28
A61L 9/00− 9/22
B01J 21/00−38/74
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A−1)銅化合物と、(B)ブルッカイト型結晶を14質量%以上60質量%以下で含有する酸化チタンとの組み合わせからなる可視光応答型光触媒材料を含む光触媒材料に、波長400〜530nmの可視光を含む光源から光を照射することにより、光触媒材料に接触したウィルスを不活化する方法。
【請求項2】
前記(B)ブルッカイト型結晶を14質量%以上60質量%以下で含有する酸化チタンに対する、前記(A−1)銅化合物由来の銅イオン種の修飾量が金属(Cu)換算で0.05〜0.3質量%である、請求項1に記載のウィルスを不活化する方法。
【請求項3】
前記(B)ブルッカイト型結晶の結晶子サイズが、5〜12nmである、請求項1又は2に記載のウィルスを不活化する方法。
【請求項4】
前記光触媒材料に接触したウィルスの膜タンパク質の一部を破壊する請求項1〜3のいずれか1項に記載のウィルスを不活化する方法。
【請求項5】
前記光触媒材料が塗膜となっており、該塗膜中に100mg/m〜20g/mの前記可視光応答型光触媒材料を含む請求項1〜4のいずれか1項に記載のウィルスを不活化する方法。
【請求項6】
前記光源が波長400〜530nmの光を含む、太陽光、蛍光灯、LED、及び有機ELのいずれかである請求項1〜5のいずれか1項に記載のウィルスを不活化する方法。
【請求項7】
前記ウィルスがインフルエンザウィルス又はバクテリオファージである請求項1〜6のいずれか1項に記載のウィルスを不活化する方法。
【請求項8】
(A−1)銅化合物と、(B)ブルッカイト型結晶を14質量%以上60質量%以下で含有する酸化チタンとの組み合わせからなる可視光応答型光触媒材料を表面に付着させてなる抗ウィルス性付与物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物、人間への感染を防止するために、光のみをエネルギー源とする簡便な方法で、ウィルスを不活化する方法、及び可視光応答型光触媒材料を表面に有する抗ウィルス性付与物品に関する。
【背景技術】
【0002】
光触媒材料は、エネルギー源として低コストかつ環境負荷が非常に小さい光を利用して、有機物や窒素酸化物等の一部無機物を酸化・分解する活性を発現する。そのため近年では、環境浄化、脱臭、防汚、殺菌などへの応用が進められており、種々の光触媒材料が開発・研究されている。
【0003】
ところで、新型インフルエンザウィルスの感染爆発が懸念されているが、光触媒は、ウィルスを不活化し、感染を抑制する技術としても期待されている。
光触媒によってウィルスを不活化することを立証したものはいくつか報告されているが、光触媒がウィルスにどのように作用しているのかは明確にされていない。これらの機構を明確にした上で、それに沿った材料の開発は、今後、重要になってくると考えられる。
【0004】
また、光触媒材料としては、可視光照射下で活性を発現する光触媒材料が要望されており、その研究・開発が進められている。可視光照射下において、ウィルスを不活化させることができれば、蛍光灯など一般的な照明が存在する部位において、感染活性を持つウィルスを容易に低減させることができるようになると期待される。
【0005】
近年、酸化タングステンをベースとする可視光応答型光触媒材料も開発されつつある。例えば、特許文献1には、銅化合物を触媒活性促進剤とする酸化タングステンが可視光応答型光触媒材料として有用であることが記されている。
また、非特許文献1には、銅イオンや鉄イオンを担持した酸化タングステンや酸化チタンが可視光応答型光触媒材料として有用であることが記されている。
これらの材料は、従来のいわゆる窒素ドープ型酸化チタンよりも、高波長の光を有効に利用できるとされている。
特許文献2には、光触媒によってウィルスを不活化する空気清浄部材が提案されている。本技術は、ブラックライトを利用した、紫外線照射下でのウィルス不活化である。
【0006】
一方、特許文献3及び特許文献4には、結晶粒子の大きさと形状が異なる2種類の酸化チタンを、OH基を通して相互に結合している酸化チタンゾルを含み、前記2種類のうちのいずれかに窒素をドープし、可視光にも応答する光触媒であり、この部材が光を受けると、ウィルス力価を低下させるとなっている。また、特許文献5には、カテキンと窒素ドープ酸化チタンの組み合わせによって、可視光下での抗ウィルス活性を示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−149312号公報
【特許文献2】特許第3649241号公報
【特許文献3】特許第4240505号公報
【特許文献4】特許第4240508号公報
【特許文献5】特開2008−119312号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】入江ら、会報光触媒、28巻、4ページ、2009年4月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記特許文献3及び特許文献4の技術では、蛍光灯下にてウィルス力価が低下したとなっているが、光触媒の構成上、それほど高波長の光が利用されているとは考えにくい上、減少速度も小さい。また、前記特許文献5の技術では、カテキン成分の抗ウィルス性が良好であり、可視光応答型光触媒の効果は、必ずしも明確にできているとは言えない。
本発明は、このような状況下になされたもので、紫外線応答型光触媒材料や可視光応答型光触媒材料を利用し、光照射下、特に可視光応答型光触媒材料を利用し、波長400〜530nmの可視光を含む光の照射下において、ウィルスを不活化する方法、及び可視光をエネルギー源とする抗ウィルス性付与物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成させるために鋭意研究を重ねた結果、光触媒材料に光を照射することで、光触媒材料に接触したウィルスの膜タンパク質の一部を破壊することによって、ウィルスが不活化することを見出した。また、銅化合物及び/又は鉄化合物と、酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種とを組み合わせることによって得られた可視光応答型光触媒を利用することによって、可視光照射下、特に400〜530nmの比較的高い波長の光の照射下において、抗ウィルス性能を発現することを見出した。
本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
【0011】
すなわち、本発明は、
[1]光触媒材料に光源から光を照射することにより、光触媒材料に接触したウィルスを不活化する方法、
[2]光触媒材料に接触したウィルスの膜タンパク質の一部を破壊する[1]に記載のウィルスを不活化する方法、
[3]光触媒材料が酸化チタンを含むものであり、光源の光が波長350〜400nmの紫外光を含む、上記[1]または[2]に記載のウィルスを不活化する方法、
[4]光触媒材料が塗膜となっており、該塗膜中に10mg/m2〜10g/m2の酸化チタンを含む、上記[3]に記載のウィルスを不活化する方法、
[5]光源が、波長350〜400nmの光を含む、太陽光、ブラックライト蛍光灯、LED、有機ELのいずれかである、上記[3]又は[4]に記載のウィルスを不活化する方法、
[6]光触媒材料が可視光応答型光触媒材料を含むものであり、光源の光が波長400〜530nmの可視光を含む、上記[1]または[2]に記載のウィルスを不活化する方法、
[7]可視光応答型光触媒材料が、(A−1)銅化合物及び/又は鉄化合物と、(B)酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種との組み合わせからなる、上記[6]に記載のウィルスを不活化する方法、
[8]可視光応答型光触媒材料が、(A−2)白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムのいずれか又はこれら2以上の混合物と、(B)酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種との組み合わせからなる、上記[6]記載のウィルスを不活化する方法、
[9]光触媒材料が塗膜となっており、該塗膜中に100mg/m2〜20g/m2の可視光応答型触媒材料を含む、上記[6]〜[8]のいずれかに記載のウィルスを不活化する方法、
[10]光源が、波長400〜530nmの光を含む、太陽光、蛍光灯、LED、有機ELのいずれかである、上記[5]〜[9]のいずれかに記載のウィルスを不活化する方法、
[11]ウィルスが、インフルエンザウィルスである、上記[1]〜[10]のいずれかに記載のウィルスを不活化する方法、
[12]ウィルスが、バクテリオファージである、上記[1]〜[10]のいずれかに記載のウィルスを不活化する方法、及び
[13]可視光応答型光触媒材料を表面に付着させてなる抗ウィルス性付与物品、
[14]可視光応答型光触媒材料が、(A)銅化合物及び/又は鉄化合物と、(B)酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種との組み合わせからなる上記[13]に記載の抗ウィルス性付与物品、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、紫外光応答型光触媒材料や可視光応答型光触媒材料を利用し、光照射下、特に可視光応答型光触媒材料を利用し波長400〜530nmの可視光を含む光の照射下において、ウィルスを不活化する方法、及び可視光をエネルギー源とする抗ウィルス性付与物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】酸化チタン塗布ガラス板(1.5mg/25cm2)を使用した抗ファージ試験の結果を示す図である。
図2】銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板(8.5mg/6.25cm2)を使用した抗ファージ試験の結果を示す図である。
図3】銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板(2mg/6.25cm2)を使用した抗ファージ試験の結果を示す図である。
図4】実施例7,8及び比較例9〜11において、光照射時間ごとにウィルス感染価を測定した結果を示す図である。
図5】実施例9及び比較例12において、光照射時間ごとにウィルス感染価を測定した結果を示す図である。
図6】実施例10,11及び比較例9,12,13において、光照射時間ごとにウィルス感染価を測定した結果を示す図である。
図7】ウィルスタンパク質の泳動像を光照射時間ごとに示す図であり、(A)は比較例14の結果を示し、(B)は実施例12の結果を示す。
図8】酸化チタン塗布ガラス板(1.5mg/25cm2)を使用した抗ファージ試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のウィルスを不活化する方法においては、光触媒材料に光源から光を照射することにより、該光触媒材料に接触したウィルスを不活性化するものであり、特に、ウィルスの膜タンパク質の一部を破壊することによって、ウィルスを不活化する。ウィルスは、ウィルス核酸をカプシドと称するタンパク質の殻の中に有する構造をしている。また、カプシドの外側には、タンパク質を有するエンベロープと称する脂質二重膜が存在しており、エンベロープに存在するタンパク質を介して宿主細胞に吸着し、細胞内に侵入することから、ウィルスの増殖が始まることが知られている。一方、光触媒材料は、励起可能な光を受けることによって、表面に強い酸化力、還元力を有することが知られている。
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、光を受けた光触媒材料上では、ウィルスの核酸の減少速度よりも、ウィルスの感染価の低下速度の方が速いことを見出している。このことから、光触媒によるウィルスの不活化の機構は、光触媒の強い酸化・還元力によって、ウィルス表層の膜タンパク質の一部に損傷を与え、そのことがウィルスの感染力を低下させることが明らかとなった。さらに言えば、ウィルスを不活化する際に、内部のウィルス核酸を分解する必要はない。表層の膜タンパク質の一部に損傷を与えれば、ウィルスは細胞に吸着することができなくなり、事実上、宿主細胞に感染する能力を失う。
本発明は、光触媒材料と光の組合せによって、光をエネルギーとして、ウィルスを不活化する方法を、その機構も含めて明確化した最初の発明である。また、可視光のみによってウィルスを効果的に不活化することを初めて立証したものである。
光触媒上での、ウィルスの不活化とバクテリオファージの不活化の挙動について、類似の傾向を示すことは、中野らの報告(会報光触媒、29巻、38ページ、2009年7月)に示されている。
本発明のウィルスを不活化する方法においては、光触媒材料として、紫外光応答型光触媒材料又は可視光応答型光触媒材料が用いられる。
【0015】
[紫外光応答型光触媒材料]
紫外光応答型光触媒材料としては、波長350〜400nmの紫外光を含む光によって触媒活性を発現する材料であり、例えば酸化チタンを含む光触媒材料を挙げることができる。酸化チタンは、アナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型の結晶構造が知られているが、いずれの結晶構造を有するものでも使用できる。これら酸化チタンは、気相酸化法、ゾル−ゲル法、水熱法など、従来公知の方法により製造することができる。
【0016】
当該紫外光応答型光触媒材料は、塗膜の形態で用いることが好ましく、この場合、前記酸化チタンを、例えばシリカ系バインダーなどと混合し、実用的な光触媒活性の観点から、酸化チタンとして10mg/m2〜10g/m2の割合で塗膜中に含むことが好ましく、100mg/m2〜3g/m2の割合で含むことがより好ましい。また、前記酸化チタンと共に、光触媒促進剤として、例えば白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムなどの白金族金属を含有させることが好ましい。この光触媒促進剤の含有量は、光触媒活性の点から、通常、酸化チタンと光触媒促進剤との合計量に基づき、1〜20質量%の範囲で選ばれる。
【0017】
本発明においては、このような紫外光応答型光触媒材料に、350〜400nmの紫外光を含む光を照射することにより、該光触媒材料に接触したウィルスの膜タンパク質の一部を破壊して、ウィルスを不活化する。
光源としては、波長350〜400nmの光を含むブラックライト蛍光灯、LED、有機ELなどを用いることができる。
【0018】
[可視光応答型光触媒材料]
可視光応答型光触媒材料としては、波長400〜530nmの可視光を含む光によって触媒活性を発現する材料である。
本発明において用いる可視光応答型光触媒材料としては、(A−1)銅化合物及び/又は鉄化合物、あるいは、(A−2)白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムのいずれか又はこれら2以上の混合物と、(B)酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種とを組み合わせたものが好適である。なお、(A−1)成分及び(A−2)成分をまとめて(A)成分ということがある。
【0019】
((A−1)成分)
可視光応答型光触媒材料においては、(A−1)成分として、銅化合物及び/又は鉄化合物が用いられる。この銅化合物や鉄化合物としては、後述の(B)成分の光触媒に対する酸素の多電子還元触媒として、電子移動をスムーズに行うことが可能な銅二価塩や鉄三価塩が好適である。
銅二価塩や鉄三価塩の形態としては、例えばハロゲン化物塩(塩化物塩、フッ化物塩、臭化物塩、ヨウ化物塩)、酢酸塩、硫酸塩、硝酸塩などを挙げることができる。
本発明においては、当該(A−1)成分として、銅二価塩を一種用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよく、また鉄三価塩を一種用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。あるいは銅二価塩の一種以上と、鉄三価塩の一種以上とを併用してもよい。
なお、この(A−1)成分の銅化合物や鉄化合物は、後で説明するように、(B)成分である、酸化タングステン、酸化チタン及びドープされた酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種の光触媒表面に、担持させることが、可視光応答型光触媒材料の性能の観点から好ましい。
【0020】
((A−2)成分)
可視光応答型光触媒材料においては、(A−2)成分として、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムのいずれか又はこれら2以上の混合物が用いられる。これらは、後述の(B)成分の光触媒に対する酸素の多電子還元触媒として機能する。
【0021】
なお、多電子還元触媒としての性能的な観点やコスト的な観点からは、(A−2)成分よりも(A−1)成分の方が好ましいが、(A−1)成分に(A−2)成分を補助的に組み合わせてもよい。
【0022】
((B)成分)
可視光応答型光触媒材料においては、(B)成分の光触媒として、酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種が用いられる。
<酸化タングステン>
前記酸化タングステン(WO3)は、可視光側の光は吸収するが、それ自体は、通常光触媒活性が極めて低いことが知られていた。しかし、最近、銅化合物を触媒活性促進剤とする酸化タングステンが、可視光応答型光触媒材料として有用であることが、前記の特許文献1に開示されており、また、銅イオンや鉄イオンを担持した酸化タングステンが、可視光応答型光触媒材料として有用であることが、前記の非特許文献1に記されている。すなわち、酸化タングステンは、前述した(A)成分、特に銅化合物と組み合わせることにより、有効な可視光応答型光触媒材料となる。
銅化合物と酸化タングステンを組み合わせる方法としては、例えば酸化タングステン粉末に対して、CuO粉末を1〜5質量%程度混合する方法、あるいは酸化タングステン粉末に、銅二価塩(塩化銅、酢酸銅、硫酸銅、硝酸銅など)を含む極性溶媒溶液を加え混合して、乾燥処理後、500〜600℃程度の温度で焼成し、酸化タングステン表面に銅イオンを担持させる方法などを用いることができる。銅イオンの担持量は、得られる可視光応答型光触媒材料の形状などを考慮して適宜選定すればよいが、酸化タングステンに対し金属(Cu)換算で0.001〜0.1質量%とすることが好ましく、0.002〜0.05質量%とすることがより好ましい。0.001〜0.1質量%とすることで、安価でかつ性能が良い触媒を得ることができる。
【0023】
<酸化チタン>
当該(B)成分における酸化チタンを、可視光照射下において、良好な触媒活性を発現させるには、前述した(A)成分と組み合わせて、例えば銅修飾酸化チタンや鉄修飾酸化チタンとすることが好ましい。これらの原料として使用する酸化チタンの結晶形については特に制限はなく、アナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型のいずれでもよい。
可視光応答型光触媒材料として有効な銅修飾酸化チタンについて、より好ましい例としては、結晶構造の少なくとも一部がブルッカイト型結晶となっているものである。その際、ブルッカイト型結晶を含んでいれば、含水酸化チタン、水酸化チタン、チタン酸、アモルファス、アナターゼ型結晶、ルチル型結晶等が混在していてもよい。
【0024】
ブルッカイト型結晶の存在は、Cu−Kα1線を用いた粉末X線回折で確認することができる。すなわち、当該粉末X線回折で測定される面間隔d(Å)において、少なくとも2.90±0.02Åに回折線が検出されることで確認することができる。
【0025】
そして、ブルッカイト型結晶由来の2.90Å、アナターゼ型結晶由来の2.38Å、ルチル型結晶由来の3.25Åのピークを比較することによって酸化チタン中に各結晶相がある程度存在していることの確認や、相対的な存在比率が概算できる。しかしながら、この3種のピークの相対強度と酸化チタン中に含まれるそれぞれの結晶相の割合は完全に一致せず、アモルファスの存在を無視していることから、各結晶相の含有率の測定に関しては、内標準物質を用いたリートベルト法を利用することが好ましい。
【0026】
すなわち、ブルッカイト型結晶の含有量は、10質量%の酸化ニッケルを内標準物質として用いたリートベルト解析で求めることが可能である。各結晶の存在比を、例えば、Panalytical社のX’ Pert High Score Plusプログラム中のリートベルト解析ソフトにて求めることができる。
【0027】
ブルッカイト型結晶の含有量は、14質量%以上60質量%以下であることが好ましく、14質量%以上40質量%以下であることがより好ましい。
14質量%以上であることで、酸化チタンゾルの分散性及び銅イオン種の酸化チタンへの吸着性が向上するために好ましい。また、光触媒として使用した場合に優れた触媒能を発揮させることができる。一方、60質量%以下であることで、結晶子サイズが大きくなりすぎず、表面に修飾される銅イオン種と酸化チタンとの相互作用を良好な状態に保つことができる。
【0028】
また、ブルッカイト型結晶の結晶子サイズは、12nm以下であることが好ましく、5〜12nmであることがより好ましい。結晶子サイズが12nm以下であると、銅イオンとの相互作用が向上するため好ましい。また、光触媒粒子表面と銅イオンとの反応性に変化が生じ、可視光活性を高くすることができる。
【0029】
なお、結晶の結晶子サイズは、結晶子サイズをt(nm)、X線の波長をλ(Å)、サンプルの半値幅をBM、リファレンス(SiO2)の半値幅をBs、回折角をθとしたときに、以下のシェラーの式により求められる。
【0030】
【数1】
【0031】
当該銅修飾酸化チタンの表面は銅イオン種によって修飾されているが、銅イオン種としては、塩化銅(II)、酢酸銅(II)、硫酸銅(II)、硝酸銅(II)、フッ化銅(II)、ヨウ化銅(II)、臭化銅(II)等に由来するものが挙げられる。なかでも入手のしやすさや生産性を考慮すると、塩化銅(II)に由来するものであることが好ましい。
銅イオン種は、上記のような前駆体が酸化チタン上で分解や酸化等の化学反応や、析出等の物理変化を経て生成される。
【0032】
銅イオン種による修飾量は、酸化チタンに対し金属(Cu)換算で0.05〜0.3質量%であることが好ましく、0.1〜0.2質量%であることがより好ましい。
修飾量が0.05質量%以上であることで、光触媒とした際の光触媒能を良好なものとすることができる。0.3質量%以下であることで、銅イオン種の凝集が起こりにくく、光触媒とした際の光触媒能が低下を防ぐことができる。
【0033】
当該銅修飾酸化チタンにおいて、可視光照射下でも光触媒活性を発現するのは、光が照射された際に、ブルッカイト型酸化チタンの価電子帯から銅イオンへの直接遷移が起こるためと、ブルッカイト型の結晶構造により、銅イオン種との相互作用が促進され、従来の酸化チタンよりも優れた光触媒活性を発現することができると考えられる。
特に、アナターゼ型、ルチル型というバンドギャップの異なる2種の結晶形が混在する場合は、光生成した電子と正孔の電荷分離が促進され、光触媒活性が増加する可能性もある。従って、バンドギャップの異なる酸化チタンが混在することで、電荷分離が促進され、ブルッカイト結晶含有酸化チタンの優れた特性に大いに寄与すると推測される。
【0034】
当該銅修飾酸化チタンは、例えば酸化チタンを生成するチタン化合物を反応溶液中で加水分解する加水分解工程と、加水分解後の溶液に銅イオン種を含有する水溶液を混合し、酸化チタンの表面修飾を行う表面修飾工程とを施すことにより、製造することができる。
【0035】
前記加水分解工程においては、例えば、塩化チタン水溶液を加水分解することによって、酸化チタンスラリーを得る。加水分解時の溶液の条件を変えることによって、任意の結晶形に作りわけることができ、例えば、ブルッカイト含有率が7〜60質量%である酸化チタン粒子が得られる。また、X線回折ピークの半値幅とシェラーの式から求まる結晶子サイズを例えば、9〜24nmで作り分けられる。酸化チタンの結晶構造又は結晶子サイズは、光生成したキャリヤーの移動度に大きく影響を与える。さらに、銅イオンとの相互作用にも影響を与える。
具体的な加水分解の条件としては、(1)加水分解および熟成温度を60から101℃とする、(2)四塩化チタン水溶液の滴下速度を0.6g/分から2.1g/分とする、(3)塩酸を5から20質量%添加する、(4)これらの条件を任意に組み合わせる、等があげられ、これらによって、結晶相、結晶子サイズを作り分けることができる。
【0036】
前記表面修飾工程において、表面修飾を行う際の温度は80〜95℃とすることが好ましく、90〜95℃とすることがより好ましい。80〜95℃とすることで、効率よくCuイオンを酸化チタンの表面に修飾することができる。
【0037】
銅イオン種の修飾には、非特許文献1に記載されている方法を用いることができ、(1)光触媒粒子と塩化銅とを媒液中で加熱下にて混合した後、水洗し回収する方法、(2)光触媒粒子と塩化銅とを媒液中で加熱下にて混合した後、蒸発乾固し回収する方法等が挙げられる。(1)の方法は、カウンターアニオンを熱処理することなく取り除けるので好ましい。
可視光応答型光触媒材料として有効な鉄修飾酸化チタンについて、結晶形としては、アナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型のいずれでもよく、その混合物でもよい。鉄修飾酸化チタンの場合は、結晶性が高いものが好ましい。すなわち、アモルファス酸化チタンや、水酸化チタンが少ないことが好ましい。そのことは、粉末X線回折法で測定した際のピークの半値幅が小さいことで判別できる。
【0038】
<ドーピングによって伝導帯が制御された酸化チタン>
当該(B)成分における、ドーピングによって伝導帯が制御された酸化チタンとは、酸化チタンの伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせる効果が期待できる金属イオン、あるいは酸化チタンの伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成する効果が期待できる金属イオンをドーピングした酸化チタンのことを言う。このような効果が期待できる金属イオンとしては、例えばタングステン(VI)、ガリウム(III)、セリウム(IV)、ゲルマニウム(IV)、バリウム(V)などが挙げられる。これらは、1種類の金属イオンのみをドープすることでもよいし、2種類以上の金属イオンを共ドープしてもよい。ドーピングによって伝導帯が制御された酸化チタンとして、特に好ましい例としては、酸化チタンにタングステンがドープされてなるタングステンドープ酸化チタン(以下、「W−ドープ酸化チタン」ということがある)や、酸化チタンにタングステンとガリウムとが共ドープされてなるタングステン・ガリウム共ドープ酸化チタン(以下、「W・Ga共ドープ酸化チタン」ということがある)などを用いることができる。
これらのドープ酸化チタンは、前述した(A)成分の銅化合物や鉄化合物と組み合わせたもの、特にその表面に、銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持したものが、可視光応答型触媒材料として好適である。
【0039】
本発明においては上記のとおり酸化チタンへのドーパントとしてタングステンを使用しているが、当該タングステンが好適である理由は、以下のように考えられる。
一つは、タングステンのドープによって、酸化チタン内に形成される伝導帯下端電位を、適度に正の電位側にシフトさせることである。このことは、例えば、公知の文献(K.Obata et.al.,Chemical Physics,339巻,124−132頁,2007年.)で示されているような手法によって、半導体中の状態密度を計算によって求めることで推定できる。
【0040】
もう一つは、タングステン(VI)のイオン半径が0.58Åで、チタン(IV)のイオン半径0.61Åに近い値であり、結晶内で、タングステン(VI)が、チタン(IV)のサイトと置換されやすいことである。
【0041】
ただし、これらの条件のみならば、同様の効果が期待できる金属はタングステン以外にも存在する。現段階では明らかにできていないが、何らかの理由でタングステンが特に良好なドーパントであるものと思われる。推定される理由としては、例えば、表面に担持された、酸素の多電子還元触媒としての銅二価塩、又は、鉄三価塩への電子移動がスムーズに行われる、あるいは、チタンサイトへのタングステンの置換が良好に行われやすい、などが考えられる。
【0042】
本発明において、ドーピングされる酸化チタンの形態としては特に限定されるものではなく、微粒子状の酸化チタンや薄膜状の酸化チタンを用いることができる。光触媒反応は、光触媒の比表面積が大きいほど有利であるため、微粒子であることが特に好ましい。また、酸化チタンの結晶構造は特に限定されるものではなく、ルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型等を用いることができる。
酸化チタンがルチル型を主成分として含む場合、当該構造は、50%以上であることが好ましく、65%以上であることがより好ましい。アナターゼ型及びブルッカイト型のそれぞれを主成分として含む場合も、上記同様の割合であることが好ましい。
なお、各構造の割合は、X線回折のピーク強度から求めることができる。例えば、ルチル型を主成分とする場合、各種酸化チタンのピーク強度の合計に対するルチル構造に起因するピーク強度の割合を求めればよい。
【0043】
本発明において、タングステンのドープ量は、タングステンとチタンとのモル比(W:Tiモル比)で、0.01:1〜0.1:1の範囲内であることが好ましい。W:Tiモル比が0.01:1以上であることで、タングステンドープによる可視光吸収量を十分に増やすことができる。また、W:Tiモル比が0.1:1以下であることで、可視光吸収量を増やしながら、酸化チタン結晶の欠陥を抑制し光吸収によって生じた電子と正孔との再結合が抑えられるため、光触媒の効率を良好な状態とすることができる。上記からも明らかなように、最適なW:Tiモル比は、タングステンドープによる可視光吸収量を増やしつつ、酸化チタンの結晶欠陥を増やさないところのバランスによって決まる。W:Tiモル比は0.01:1〜0.05:1の範囲内であることがより好ましく、0.02:1〜0.04:1の範囲内であることがさらに好ましい。
【0044】
本発明におけるドーパントとしてはタングステンのみ(Wドープ酸化チタン)でもよいが、タングステンとガリウムとの共ドープとする方が好ましい。
Wドープ酸化チタンの場合、タングステン(VI)イオンがチタン(IV)イオンのサイトを置換するため正電荷が余ることになる。そのため、正電荷−電子のバランスをとるために、タングステン(V)やタングステン(IV)が生じたり、又は、酸素欠陥が生じたりするものと予想される。これらの構造欠陥は、そもそも想定されたバンド構造から外れるため光の吸収量が不十分になる、あるいは、光励起によって生じた電子と正孔の再結合の原因となり光触媒活性を低下させることが予想される。
そこで、ガリウム(III)イオンが共存していれば、それらのバランスを適正に維持してくれることが期待できる。また、ガリウム(III)のイオン半径は、0.62Åであり、チタン(IV)のイオン半径0.61Åにも近い。従って、ガリウムとタングステンとが共ドープされていることが好ましい。その際のガリウムの添加量は、上述の電荷バランスから、タングステンとガリウムとのモル比(W:Gaモル比)が、1:2が理想の組成となる。従って、W:Gaモル比は、1:2に近いほど好ましく、少なくとも、1:1.5〜1:2.5の範囲内であることが好ましい。より好ましくは、1:1.7〜1:2.3の範囲内であり、さらに好ましくは、1:1.8〜1:2.2の範囲内である。
【0045】
表面に担持される銅二価塩及び鉄三価塩は、既述の通り、酸素の多電子還元触媒としての電子移動をスムーズに行うことが予想され、これにより可視光照射下での酸化分解活性の向上に寄与すると推測される。銅二価塩及び鉄三価塩のそれぞれ担持量は、光触媒材料の0.0001〜1質量%であることが好ましく、0.01〜0.3質量%であることがより好ましい。
【0046】
また、暗所における抗菌性能も付与できるという観点からは銅二価塩が好ましく、材料の安全性(無害)の観点からは、鉄三価塩が好ましい。
銅二価塩及び鉄三価塩には、その前駆体そのものの他に担持させる段階で酸化や分解など種々変化したものも含まれる。
【0047】
本発明における可視光応答型光触媒材料の粒径は、その活性や取り扱い性を考慮して0.005〜1.0μmであることが好ましく、0.01〜0.3μmであることがより好ましい。なお、粒径は篩い分けなどで調整することができる。
【0048】
本発明における可視光応答型光触媒材料は、例えば、Wドープ酸化チタン、又は、W・Ga共ドープ酸化チタンを得るドーピング工程と、銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持させる金属塩担持工程とを順次施すことにより、製造することができる。
【0049】
前記ドーピング工程において、Wドープ酸化チタン、又はW・Ga共ドープ酸化チタンを製造する方法に特に制限はないが、以下に示す4つの方法、すなわち、
(1)いわゆるゾル−ゲル法によるWドープ酸化チタン又はW・Ga共ドープ酸化チタンを製造する方法、
(2)所定温度に加熱されたドーパント溶液に四価のチタン塩を含む溶液を混合させることによって、Wドープ酸化チタン又はW・Ga共ドープ酸化チタンを製造する方法、
(3)いわゆる気相法による合成方法、すなわち、揮発性チタン化合物蒸気と揮発性タングステン化合物蒸気を含むガス、又は、揮発性チタン化合物蒸気、揮発性タングステン化合物蒸気、揮発性ガリウム化合物蒸気を含むガスと、酸化性気体を含むガスとを混合させることによって、Wドープ酸化チタン、又は、W・Ga共ドープ酸化チタンを得る方法、
(4)酸化チタン粉末の表面に、タングステン六価塩、又は、タングステン六価塩及びガリウム三価塩を担持し、800〜1000℃程度にて焼成することによって、Wドープ酸化チタン、又は、W・Ga共ドープ酸化チタンを得る方法、
が有効である。
【0050】
一方、金属塩担持工程は、上記方法によって得られた、Wドープ酸化チタン、又は、W・Ga共ドープ酸化チタン表面に、銅二価塩および/又は鉄三過塩を担持する工程である。
【0051】
銅二価塩および/又は鉄三価塩は、金属ドープ酸化チタン表面に、非常に薄く(微粒子状で高分散に)担持されることが好ましい。理由は必ずしも定かではないが、価電子帯に励起された電子を受領し、酸素の多電子還元に適した構造となるには、銅元素、鉄元素の大きな塊になることは好ましくないものと推定される。従って、金属ドープされた酸化チタンの表層に、ごく薄く担持されることが好ましい。このような材料を得るためには、以下の方法が好適である。
【0052】
すなわち、Wドープ酸化チタン、又は、W・Ga共ドープ酸化チタンと、銅二価塩および/又は鉄三価塩の水溶液を接触させて85〜100℃程度(好ましくは、90〜98℃)に加熱する方法である。この方法によって、85〜100℃において、水中で表面に吸着される銅イオン、あるいは鉄イオンのみが、該酸化チタン表面に結合する。その後、ろ過、又は遠心分離などの方法で、固体を回収した後に、該固体をよく水洗する。この水洗工程で、銅、又は鉄の対イオンを十分に除去した方が、可視光応答光触媒材料として高活性であることを見出している。これらのことから、酸化チタン表面の銅二価塩および/あるいは鉄三価塩は、対アニオンとして水酸イオンを有する状態になっているものと推定される。
【0053】
このようにして得られた可視光応答型光触媒材料は、例えば酸化タングステン粉末とCuO粉末との混合物、銅イオン担持酸化タングステン、銅修飾酸化チタン、ブルッカイト型結晶を含む銅修飾酸化チタン、鉄修飾酸化チタン、銅二価塩及び/又は鉄三価塩担持Wドープ酸化チタン、及び銅二価塩及び/又は鉄三価塩担持W・Ga共ドープ酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種を含む光触媒材料である。
【0054】
当該可視光応答型光触媒材料は、塗膜の形態で用いることが好ましく、この場合、可視光応答型光触媒材料を、実用的な光触媒活性の観点から、100mg/m2〜20g/m2の割合で含むことが好ましく、500mg/m2〜15g/m2の割合で含むことがより好ましい。
本発明においては、このような可視光応答型光触媒材料に、波長400〜530nmの可視光を含む光を照射することにより、該光触媒材料に接触したウィルスが有するエンベロープ、エンベロープタンパク、もしくはカプシド構成タンパクのいずれかの膜タンパク質の一部を破壊して、ウィルスを不活化する。
光源としては、波長400〜530nmの光を含む、太陽光、蛍光灯、LED、有機ELなどを用いることができる。
【0055】
(ウィルス)
ウィルスとは、DNA又はRNAをゲノムとしてもち、宿主細胞内でのみ複製する細菌より小さなろ過性の病原体を指す。これらのウィルスには、二本鎖DNAウィルス、一本鎖DNAウィルス、二本鎖RNAウィルス、一本鎖RNAウィルス、レトロウィルス科ウィルスなどがあり、またエンベロープ(脂質二重膜)を持つものと、持たないものに分類することができる。
本発明の方法は、エンベロープの有無にかかわらずウィルス一般に適用され、特にインフルエンザウィルスやバクテリオファージに対して有効である。なお、バクテリオファージとは、細菌ウィルスとも呼ばれ、細菌を宿主とするウィルスを指す。また、インフルエンザウィルスとしては鳥インフルエンザウィルスや豚インフルエンザウィルスなどが知られている。
【0056】
[抗ウィルス性付与物品]
本発明はまた、可視光応答型光触媒材料を表面に付着させてなる、抗ウィルス性付与物品をも提供する。
この物品の表面に付着させる可視光応答型光触媒材料としては、(A)銅化合物及び/又は鉄化合物と、(B)酸化タングステン、酸化チタン及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンの中から選ばれる少なくとも一種との組み合わせからなるものが好適である。このような可視光応答型光触媒材料については、前述で説明したとおりである。
当該抗ウィルス付与物品の可視光応答型光触媒材料に、波長400〜530nmの可視光を含む光を照射することにより、その近傍に存在するウィルスの膜タンパク質の一部を破壊して、ウィルスを効果的に不活化することができる。
【0057】
本発明の抗ウィルス性付与物品としては、積極的にウィルスを除去する目的のものとしては、例えば空気清浄機用フィルターなどを挙げることができる。空気清浄機に準ずるものとして、照明のカバーや反射背面板が挙げられる。また、日常的にウィルスを低減させることを目的として、住居、事務所、工場、病院、トイレ、風呂、台所、洗面所、廊下など、あらゆる住空間での壁面、天井、床、階段、手すり、扉、襖、障子、ドアノブ、取っ手などが挙げられる。また、自動車、電車、飛行機、バスなど、移動用車両内の天井、壁面、床、座席、窓ガラス、窓枠、手すりなどが挙げられる。
【実施例】
【0058】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、以下の実施例で使用する「Qβファージ」及び「T4ファージ」はいずれも、バクテリオファージの一種であり、バクテリオファージとは、細菌に感染するウィルスで、細菌ウィルスとも呼ばれる。Qβファージは、大きさ約25nmのRNAファージであり、構造は、20面体である。一方、T4ファージは、大きさ約200nmのDNAファージであり、その構造は長方頭部及び収縮性尾部を持つ。
【0059】
実施例1
(酸化チタン塗布ガラス板の作製)
光触媒用微粒子酸化チタン(FP−6、昭和タイタニウム(株)製)を10質量%含む水スラリーを調製した。その際、超音波洗浄機で5分以上超音波を照射し、分散させた。5cm×5cm×1mm(厚)のガラス板をスピンコーターの基板設置場所に固定し、回転させながら、上記水スラリーを塗布した。このガラス板を、120℃に設定した定温乾燥器内に入れ、1時間以上乾燥させた。こうして、酸化チタン塗布ガラス板を得た。このガラス板上の酸化チタンは、1.5mg/25cm2(=600mg/m2)であった。同じものを10枚用意した。
【0060】
(抗ファージ性能の試験)
深型シャーレ内にろ紙を敷き、少量の滅菌水を加えた。ろ紙の上に高さ5mm程度のガラス製の台をおき、その上に、上記で作製した酸化チタン塗布ガラス板を置いた。この上に、あらかじめ純化しておき濃度も明らかとなっているQβファージ溶液を100μLほど散布した。このシャーレにガラス板で蓋をした。同様の測定用セットを、ファージ数の測定予定回数の数だけ用意し、室温の暗所に静置した。20Wブラックライト蛍光ランプ(東芝ライテック株式会社、FL20S・BLB)の下、紫外線強度1mW/cm2(浜松ホトニクス(株)、光触媒用光パワーメータ、C9536−01+H9958にて測定)となる場所に、上述の測定用セットを複数個置いて、光を照射させた。所定の時間、光を照射したサンプルは、ファージ濃度測定を行った。
【0061】
(ファージ濃度測定)
ファージ濃度を測定したい光照射後のガラス板を10mLの回収液(PBS+Tween20)に浸漬し、振とう機にて10分間振とうさせた。このファージ回収液を、適宜希釈し、別に培養しておいた大腸菌液(OD600>1.0,1×108CFU/mL)と混合し、撹拌した後、37℃の恒温庫内に10分間静置した。この液を寒天培地にまき、37℃で15時間培養した後に、ファージのプラーク数を目視で計測した。得られたプラーク数に、ファージ回収液の希釈倍率を乗じることによって、ファージ濃度を求めた。
このようにして求めたQβファージの濃度の時間変化を、図1の中に「光触媒、1mW/cm2」として示す。
ここで、PBSとは、リン酸緩衝生理食塩水(和光純薬工業株式会社製)であり、Tween20とはポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(和光純薬工業株式会社製)である。
【0062】
実施例2
(抗ファージ性能の試験)の際の紫外線強度を0.1mW/cm2としたこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。結果を図1の中に「光触媒、0.1mW/cm2」として示す。
【0063】
比較例1
(抗ファージ性能の試験)の際に、光を照射せず、暗所に置いたことを除いて、実施例1と同様の操作を行った。結果を図1の中に「光触媒、光なし」に示す。
【0064】
比較例2
(酸化チタン塗布ガラスの作製)の際に、ガラス板に酸化チタンを塗布しなかったことを除いて、実施例1と同様の操作を行った。結果を図1の中に「光触媒なし、1mW/cm2」に示す。
【0065】
図1より、光触媒存在下にて、なおかつ、光照射時のみ、Qβファージが不活化されていることがわかる。
【0066】
実施例3
(可視光応答型光触媒「銅イオン担持酸化タングステン」の調製)
WO3粉末(平均粒径250nm、(株)高純度化学研究所)をフィルターに通して粒径1μm以上の粒子を除去し、650℃で3時間焼成する前処理を行なうことによって、三酸化タングステン微粒子を得た。
そしてこの三酸化タングステン微粒子を蒸留水中に懸濁させ(10質量%:WO3 vs.H2O)、次にこれに、0.1質量%(Cu(II)vs.WO3)の量でCuCl2・2H2O(和光純薬工業株式会社製)を加え、攪拌しながら90℃に加熱して1時間保持した。次に、得られた懸濁液を吸引濾過によって濾別した後に、残渣を蒸留水によって洗浄し、さらに110℃で加熱乾燥することによって、銅二価塩を担持した三酸化タングステン微粒子を評価用サンプルとして得た。
この銅二価塩担持三酸化タングステン微粒子について、誘導結合プラズマ発光分析(ICP−AES,P−4010,HITACHI)および偏光ゼーマン原子吸光分析(Polarized Zeeman AAS,Z−2000,HITACHI)でCu(II)担持量を評価したところ、0.0050質量%(Cu(II)vs.WO3:仕込量の5質量%)が担持されていた。
【0067】
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)
上記によって得られた銅イオン担持酸化タングステンの5質量%の水スラリーを調製した。その際、超音波洗浄機にて、超音波を30分間照射し、分散させた。これを、2.5cm×2.5cm×1mm(厚)のガラス板の上に、こぼれないように全体に滴下し、それを120℃に設定した定温乾燥器に入れて、1時間乾燥した。得られたガラス板上の銅イオン担持酸化タングステンは、8.5mg/6.25cm2(=13.6g/m2)であった。同じものを10枚用意した。
【0068】
(抗ファージ性能の試験)
サンプルとして、上記で作製した銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板を使用し、光源として、15W昼白色蛍光灯(パナソニック(株)、フルホワイト蛍光灯、FL15N)に紫外線カットフィルター((株)キング製作所、KU−1000100)を取り付けたものを使用し、照度が800ルクス(照度計:TOPCON IM−5にて測定)になる位置に測定用セットを置いた。それ以外の操作は、実施例1と同様にして行った。
【0069】
(ファージ濃度測定)
実施例1と同様の操作を行った。結果を図2の中に「蛍光灯、400nm以上、800Lx」として示した。
【0070】
実施例4
(抗ファージ性能の試験)の際の光源として、キセノンランプとガラスフィルター(L−42,B−47,C−40C,旭テクノグラス)を用いて、照射波長を400〜530nmに制限し、照射強度30μW/cm2(分光放射照度計:USR−45、ウシオ電機を用いて波長毎の入射光強度を測定し、調整した)としたものを使用した。それ以外の操作は、実施例3と同様に行った。結果を図2の中に「Xe光、400−530nm、30μW/cm2」として示した。
【0071】
比較例3
(抗ファージ性能の試験)の際に、光を照射しなかったこと以外は、実施例3と同様の操作を行った。結果を図2の中に「光なし」として示した。
【0072】
比較例4
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)の際に、ガラス板に光触媒を塗布しなかった以外は、実施例3と同様の操作を行った。結果を図2の中に「光触媒なし、蛍光灯のみ」として示した。
【0073】
比較例5
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)の際に、ガラス板に光触媒を塗布しなかった以外は、実施例4と同様の操作を行った。結果を図2の中に「光触媒なし、Xe光のみ」として示した。
【0074】
図2より、可視光のみの照射によって、ファージが不活化されていることがわかる。また、可視光応答光触媒材料が存在し、なおかつ、光が照射されているときのみ、ファージが不活化されていることがわかる。
【0075】
実施例5
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)の際に、ガラス板上の銅イオン担持酸化タングステンの量が、2mg/6.25cm2(=3.2g/m2)としたこと以外は、実施例3と同様の操作を行った。結果を図3の中に「蛍光灯、400nm以上、800Lx」として示した。
【0076】
実施例6
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)の際に、ガラス板上の銅イオン担持酸化タングステンの量が、2mg/6.25cm2(=3.2g/m2)としたこと以外は、実施例4と同様の操作を行った。結果を図3の中に「Xe光、400−530nm、30μW/cm2」として示した。
【0077】
比較例6
(抗ファージ性能の試験)の際に、光を照射しなかったこと以外は、実施例5と同様の操作を行った。結果を図3の中に「光なし」として示した。
【0078】
比較例7
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)の際に、ガラス板に光触媒を塗布しなかった以外は、実施例5と同様の操作を行った。結果を図3の中に「光触媒なし、蛍光灯のみ」として示した。
【0079】
比較例8
(銅イオン担持酸化タングステン塗布ガラス板の作製)の際に、ガラス板に光触媒を塗布しなかった以外は、実施例6と同様の操作を行った。結果を図3の中に「光触媒なし、Xe光のみ」として示した。結果は、比較例7と全く同じであった。
【0080】
図3より、可視光応答光触媒の塗布量が少なくても、抗ファージ性能を示していることがわかる。
【0081】
実施例7
(銅イオン担持酸化タングステンコートガラス板の作製)
実施例3に記載の方法で得られた「銅イオン担持酸化タングステン」微粒子を乳鉢にて粉砕した後、蒸留水中に加え、超音波洗浄機にて超音波を30分間照射して分散させ、10質量%の銅イオン担持酸化タングステンの水スラリーを調製した。
【0082】
次に、反応容器中にテトラエトキシシラン(和光純薬工業株式会社製)を5質量部、イオン交換水を0.8質量部、濃度0.1mol/lのHCl水溶液0.07質量部、及びエタノール94.13質量部を混合し、16時間攪拌することで、テトラエトキシシランの部分加水分解縮重合物を得た。
【0083】
このテトラエトキシシランの部分加水分解縮重合物100質量部と、上記の銅イオン担持酸化タングステンの水スラリー100質量部とを混合し、1時間攪拌することで、銅イオン担持酸化タングステンのコーティング剤を得た。
【0084】
このコーティング剤を50mm角の清浄なガラス板上にスピンコートにより塗布し、塗膜を100℃で30分間加熱して乾燥・硬化させることで、評価サンプルである、銅イオン担持酸化タングステンコートガラス板を得た。
【0085】
(インフルエンザウィルスの調整)
ウィルスは、Influenzavirus A/PR/8/34(H1N1)を用いた。第12日目齢発育鶏卵にウィルス液を接種、感染させ、35.5℃で2日間培養した。4℃で一晩静置させた後、奨尿液を回収し精密濾過(卵由来雑居物除去)と限外濾過(不純物除去、ウィルス濃縮)にて濃縮液を得た。これを超遠心によるショ糖密度勾配沈降速度法(5-50%ショ糖Linear Gradient、141,000×gの遠心加速度で3時間)を行うことで、高純度に精製したウィルス液を得た。試験実施に際してはウィルスを安定させるためにBSA(Bovine serum albumin(ウシ血清アルブミン))を安定化剤として添加した。
【0086】
(抗ウィルス性能の試験)
サンプルとして上記で作製した銅イオン担持酸化タングステンコートガラス板を使用した。光源は20W白色蛍光灯(東芝ライテック; FL20S・W)に紫外線カットフィルター(日東樹脂工業(株)、N113)を取り付けたものを使用し、照度が3000ルクス(照度計:TOPCON IM-5にて測定)になる位置に測定用セットを置いた。また、Qβファージ溶液の代わりに、上記にて調製したインフルエンザウィルス液を使用した。それ以外については実施例1(抗ファージ性能の試験)と同様の操作を行った。
【0087】
(ウィルス感染価測定)
光照射した後に、ウィルスを接種したサンプルを10mlの回収液(PBS+1%BSA)に浸漬し、振とう機にて10分間、100rpmで振とうさせ、サンプル上のウィルスを回収した。回収したインフルエンザウィルスを10倍段階希釈により10-9まで作成し、それぞれ培養したMDCK細胞(イヌ腎臓由来株化細胞)に感染させ、37℃、CO2濃度5%で5日間培養した。培養後、細胞の形態変化(細胞変性効果)の有無を観察し、Reed-Muench法により50%培養細胞に感染した量を算出することで、1ml当たりのウィルス感染価(TCID50/ml)を求めた。光照射時間ごとに、ウィルス感染価を測定した結果を、図4の中に「Cu/WO3、可視光」として示す。
【0088】
実施例8
(抗ウィルス性能の試験)の際に、照度が1000ルクスになる位置に測定セットを置いたこと以外は、実施例7と同様の操作を行った。結果を図4の中に「Cu/WO3、可視光1000Lx」として示す。
【0089】
比較例9
(抗ウィルス性能の試験)の際に、光照射を行わず、暗所に置いたことを除いて、実施例7と同様の操作を行った。結果を図4図6の中に「Cu/WO3、光なし」として示す。
【0090】
比較例10
(抗ウィルス性能の試験)の際に、銅イオン担持酸化タングステンコートガラス板の代わりに、何も塗布していないガラス板をサンプルとして使用したこと以外は、実施例7と同様の操作を行った。結果を図4の中に「光触媒なし、可視光」として示す。
【0091】
比較例11
(抗ウィルス性能の試験)の際に、銅イオン担持酸化タングステンコートガラス板の代わりに、何も塗布していないガラス板をサンプルとして使用したことと、光照射を行わず、暗所に置いたことを除いて、実施例7と同様の操作を行った。結果を図4の中に「光触媒なし、光なし」として示す。
【0092】
図4より、銅イオン修飾酸化タングステンが存在し、なおかつ光が照射された条件でのみ、ウィルスの感染価が大きく低下していることがわかる。ここで照射された光は、紫外線カットフィルター(N113)を通過しているので、400nm以下の波長の光はカットされており、可視光のみで、有効に機能していることがわかる。
【0093】
実施例9
(銅イオン修飾酸化チタンコートガラス板の作製)
ブルッカイト型酸化チタンゾル(NTB−1(登録商標)、昭和タイタニウム(株)製、固形分15質量%、固形分中のブルッカイト結晶相55質量%、平均結晶子径10nm)に、Cu(NO32・3H2O(和光純薬工業株式会社製)を、ブルッカイト型酸化チタンに対する割合が0.1質量%になるように加え、攪拌しながら90℃に加熱して1時間保持した。次に、この懸濁液を遠心分離によって固形分を回収し、これに蒸留水を加えて洗浄し、再度遠心分離で固形分を回収する作業を3回行った。次に、固形分が10質量%となるように蒸留水を加え、超音波洗浄機で超音波を照射して分散させた。これによって、固形分濃度10質量%の銅イオン修飾酸化チタンスラリー(銅イオン修飾量0.1質量%vs.酸化チタン)を得た。
【0094】
次に、反応容器中にテトラエトキシシラン(和光純薬工業株式会社製)5質量部、イオン交換水0.8質量部、濃度0.1mol/lのHCl水溶液0.07質量部、及びエタノール94.13質量部を混合し、16時間攪拌することで、テトラエトキシシランの部分加水分解縮重合物を得た。
【0095】
このテトラエトキシシランの部分加水分解縮重合物100質量部と、上記の銅二価塩担持ルチル型二酸化チタン微粒子分散液60質量部とを混合し、1時間攪拌することで、銅イオン修飾酸化チタンコーティング剤を得た(銅イオン担持量:0.1質量%)。
【0096】
この銅イオン修飾酸化チタンコーティング剤を50mm角の清浄なガラス板上にスピンコートにより塗布し、塗膜を100℃で30分間加熱して乾燥・硬化させることで、評価サンプルである銅イオン修飾酸化チタンコートガラス板を得た。
【0097】
(抗ウィルス性能の試験)
サンプルとして、上記で作製した銅イオン修飾酸化チタンコートガラス板を使用したこと以外は、実施例7と同様の操作を行った。
【0098】
(ウィルス感染価の測定)
上記測定は、実施例7と同様の操作で行った。結果を図5の中に「Cu/TiO2、可視光」として示す。
【0099】
比較例12
(抗ウィルス性能の試験)の際に、光照射を行わず、暗所に置いたことを除いて、実施例9と同様の操作を行った。結果を図5図6の中に「Cu/TiO2、光なし」として示す。
【0100】
図5より、銅イオン修飾酸化チタンコートガラス板は、光がなくとも、ウィルス感染価を低下させていることがわかる。これについては、理由は必ずしも明確ではないが、銅イオン修飾酸化チタンが、本発明による効果とは別の何らかの作用で抗ウィルス性能を示しているものと予想される。しかしながら、図5より、可視光を照射することで抗ウィルス性能は飛躍的に向上していることは明らかであり、本発明の光触媒作用による抗ウィルス機構が働いていることがわかる。
【0101】
実施例10
(抗ウィルス性能の試験)の際に、光源として20W白色蛍光灯(東芝ライテック; FL20S・W)を使用し、紫外線カットフィルターを使用しないで蛍光灯の光が直接サンプルに照射される条件とし、照度が1000ルクス(照度計:TOPCON IM-5にて測定)になる位置に測定用セットを置いたことを除いて、実施例7と同様の操作を行った。結果を図6の中に「Cu/WO3、蛍光灯」として示す。
【0102】
比較例13
(抗ウィルス性能の試験)の際に、銅イオン担持酸化タングステンコートガラス板の代わりに、何も塗布していないガラス板をサンプルとして使用したこと以外は、実施例10と同様の操作を行った。結果を図6の中に「光触媒なし、蛍光灯」として示す。
【0103】
実施例11
(抗ウィルス性能の試験)の際に、光源として20W白色蛍光灯(東芝ライテック; FL20S・W)を使用し、紫外線カットフィルターを使用しないで蛍光灯の光が直接サンプルに照射される条件とし、照度が1000ルクス(照度計:TOPCON IM-5にて測定)になる位置に測定用セットを置いたことを除いて、実施例9と同様の操作を行った。結果を図6の中に「Cu/TiO2、蛍光灯」として示す。
【0104】
図6より、紫外線カットフィルターを使用していない、微弱な紫外光を含む蛍光灯の光を光源として使用した条件においても、光触媒による抗ウィルス作用が働いていることが明らかである。
【0105】
実施例12
(酸化チタンコートガラス板の作製)
反応容器中にテトラエトキシシラン(和光純薬工業株式会社製)5質量部、イオン交換水0.8質量部、濃度0.1mol/lのHCl水溶液0.07質量部、及びエタノール94.13質量部を混合し、16時間攪拌することで、テトラエトキシシランの部分加水分解縮重合物を得た。
【0106】
このテトラエトキシシランの部分加水分解縮重合物100質量部と、光触媒用微粒子酸化チタンを10質量%含む水スラリー60質量部とを混合し、1時間攪拌することで、酸化チタンコーティング剤を得た。
【0107】
この酸化チタンコーティング剤を50mm角の清浄なガラス板上にスピンコートにより塗布し、塗膜を100℃で30分間加熱して乾燥・硬化させることで、評価サンプルである酸化チタンコートガラス板を得た。
【0108】
(インフルエンザウィルスへの光触媒反応試験)
光触媒反応試験については光触媒製品の抗菌性能試験法についてのJIS R 1702を参考に行った。深型シャーレ内にろ紙を敷き、少量の滅菌水を加えた。ろ紙の上に高さ5mm程度のガラス製の台を置き、その上に、上記で作製した酸化チタン塗布ガラス板を置いた。この上に高純度に精製したインフルエンザウィルス溶液を100マイクロリットル接種した。このシャーレに紫外線を透過するガラス板で蓋をした。同様の測定用セットを、反応させる時間の数6組(0、4、8、16、24、48時間)用意し、室内の暗所に静置した。20Wブラックライト蛍光ランプ(東芝ライテック株式会社、FL20S・BLB)の下、紫外線強度0.1 mW/cm2(浜松ホトニクス(株)、光触媒用光パワーメータ、C9536−01+H9958にて測定)となる場所に、上述の測定用セットを同時に置いて、光を照射させた。所定の時間、光を照射したサンプルからウィルス液を回収し、タンパク質を抽出した。
【0109】
(ウィルスタンパク質の確認)
抽出したウィルスタンパク質はSDS−PAGEにて分画した。泳動条件は20mAにて80分とした。泳動したゲルはSYPRO Ruby protein gel stain (Invitrogen)にて染色し、ImageQuant 4010 (GE Healthcare)にて映像化し、ImageQuant TL (GE Healthcare)にて解析した。結果を図7(B)に示す。
【0110】
比較例14
(インフルエンザウィルスへの光触媒反応試験)の際に、ガラス板に光触媒を塗布せず、光を照射しなかったこと以外は実施例と同様の操作を行った。結果を図7(A)に示す。
【0111】
図7より、ガラス板にウィルスを添加した場合のタンパク質泳動像(A)では、光照射後もウィルスタンパク質が残存しているが、酸化チタンコートガラス板にウィルスを添加した場合のタンパク質泳動像(B)では、光照射によるウィルスタンパク質の減衰が確認できる。そして、48時間後には、ウィルス安定剤であるBSAも含め、全てのタンパク質が消化されていることがわかる。これは、光触媒作用によって、ウィルスのタンパク質の組織を破壊されていることを示している。
【0112】
実施例13
サンプルとして、実施例12で使用した「酸化チタンコートガラス板」を使用した。実施例1に記載の(抗ファージ性能の試験)の際に、Qβファージ溶液の代わりにT4ファージ溶液を使用したことと、光源の紫外線強度を0.1mW/cm2としたこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。
結果を図8の中に「光触媒、0.1mW/cm2」として示す。
【0113】
比較例15
(抗ファージ性能の試験)の際に、光を照射せず、暗所に置いたことを除いて、実施例13と同様の操作を行った。結果を図8の中に「光触媒、光なし」として示す。
【0114】
比較例16
サンプルとして、酸化チタンコートを行っていないガラス板を用いたこと以外は、実施例13と同様の操作を行った。結果を図8の中に「光触媒なし、0.1mW/cm2」として示す。
【0115】
図8より、T4ファージを用いた試験においても、光触媒が存在し、なおかつ、光照射を行ったときのみ、ファージが不活化されていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明の方法によれば、紫外光応答型光触媒材料や可視光応答型光触媒材料を利用し、光照射下、特に可視光応答型光触媒材料を利用し、波長400〜530nmの可視光を含む光の照射下において、インフルエンザウィルスや、バクテリオファージなどのウィルスを効果的に不活化することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図8
図7