(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5854512
(24)【登録日】2015年12月18日
(45)【発行日】2016年2月9日
(54)【発明の名称】熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/38 20060101AFI20160120BHJP
C01B 21/064 20060101ALI20160120BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20160120BHJP
H01L 21/3065 20060101ALI20160120BHJP
C01B 31/04 20060101ALN20160120BHJP
【FI】
C23C16/38
C01B21/064 J
C04B41/87 U
H01L21/302 101G
!C01B31/04 101A
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-274300(P2012-274300)
(22)【出願日】2012年12月17日
(65)【公開番号】特開2014-118600(P2014-118600A)
(43)【公開日】2014年6月30日
【審査請求日】2014年12月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159433
【弁理士】
【氏名又は名称】沼澤 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】加藤 公二
(72)【発明者】
【氏名】山村 和市
【審査官】
村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】
特開平03−010076(JP,A)
【文献】
特開昭62−207786(JP,A)
【文献】
特開昭62−153190(JP,A)
【文献】
特表平05−502914(JP,A)
【文献】
特開平06−135793(JP,A)
【文献】
特開平06−140133(JP,A)
【文献】
特開平06−122504(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
C01B 21/064
C04B 41/87
H01L 21/3065
C01B 31/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素質基材の一部又は全体を熱分解窒化ホウ素で被覆する熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法であって、前記炭素質基材の表面粗さを調整することによって、前記熱分解窒化ホウ素被覆膜の熱膨張率を前記炭素質基材の熱膨張率に近づけるように制御することを特徴とする熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法。
【請求項2】
前記炭素質基材の表面粗さは、JIS B 0601-2001に規定する算術平均粗さで0.5μm以上7.0μm未満に調整することを特徴とする請求項1に記載の熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法。
【請求項3】
前記熱分解窒化ホウ素被覆膜は、結晶面(002)に由来するピーク強度I(002)と結晶面(100)に由来するピーク強度I(100)から計算されるピーク強度比I(002)/I(100)が10以上500未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば半導体及び太陽電池製造装置等で使用されるヒーターや治具などに用る熱分解窒化ホウ素で被覆された炭素質基材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱分解窒化ホウ素は、CVD法によって作製され、高絶縁性、高耐熱性、フレキシビリティ性を備えた材料である。その構造は、グラファイトに似た六方晶系であり、成長面に平行なa方向と、成長面に垂直なc方向とで物性値が大きく異なる。特に、熱膨張率については、a方向で約3.0×10
-6〔1/℃〕、c方向で約30×10
-6〔1/℃〕であり、約10倍の差がある。
【0003】
このような物性値を有する熱分解窒化ホウ素を炭素質基材に被覆する場合、炭素質基材と被覆膜との熱膨張率に差がない方が炭素質基材と被覆膜との剥離を抑制することができるから、炭素質基材としては、その熱膨張率が熱分解窒化ホウ素の熱膨張率に近いものが選択されている。
【0004】
また、炭素質基材としては、モールド材、押出し材、CIP材などが一般に使用されているが、モールド材やCIP材等のブロックを作製する上で、混合、成型、焼成等の作製工程における不確定因子の影響を回避することができないために、ブロックの製造LOT毎に物性値のバラツキがどうしても生じてしまうのが実情であり、このことは熱膨張率についても例外ではない。このように、炭素質基材がLOT毎にその熱膨張率が異なっていると、熱分解窒化ホウ素膜の膜質をバラツキなく作製したとしても、作製後の炭素質基材と被覆膜の熱膨張率に差が生じてしまうために、変形や剥離を起してしまう事態となる。
【0005】
特許文献1には、このような剥離の対策として、炭素質基材の表面粗さを大きくしてアンカー効果により剥離を回避する被覆方法が記載されている。しかし、この被覆方法では、炭素質基材の熱膨張率にバラツキがあるため、熱分解窒化ホウ素膜との膨張率差が大きい基材を使用した場合剥離を抑制できないという問題がある。
【0006】
また、特許文献2には、炭素質基材上に炭素質基材の熱膨張率と近い低熱膨張率の熱分解窒化ホウ素膜を被覆して亀裂のない被覆膜を形成する方法が記載されている。しかし、この被覆方法でも、炭素質基材の熱膨張率のバラツキによって、熱分解窒化ホウ素膜との熱膨張率に差が生じた場合に剥離が発生してしまうという問題があるが、特許文献2には、この膨張率差を調整する方法について何ら記載されていない。
このように、先行技術文献に記載の被覆方法では、いずれも炭素質基材の熱膨張率がLOT毎に違うにもかかわらず、熱分解窒化ホウ素膜の熱膨張率をそれに合わせるように調整していないため、膨張率差が大きい場合に剥離が発生してしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平3―10076号公報
【特許文献2】特許第2729289号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明者等は、LOT毎に熱膨張率のバラツキがある炭素質基材のブロックを使用した場合でも、炭素質基材と被覆膜との剥離等を比較的簡易な方法によって抑制することができないか鋭意検討したところ、被覆する材質がa方向とc方向とによって熱膨張率の異なる異方性の熱分解窒化ホウ素である場合、その配向性が乱れていわゆる乱層の構造になると、c軸方向の膨張率の寄与が大きくなり、成長面に平行なa方向での膨張率が変化する傾向があることを見出した。
【0009】
さらに、本発明者等は、この熱分解窒化ホウ素のa軸、c軸の配向性の乱れが炭素質基材の表面粗さの変化によっても影響されることから、この基材の表面粗さを変化させれば、熱分解窒化ホウ素被覆膜のa軸、c軸の配向性に乱れが生じ、その結果、この配向性の乱れによって被覆膜の熱膨張率を変化させることができるとの知見を得て、本発明に至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明の目的は、炭素質基材の表面粗さを調整するという簡易な方法によって、被覆膜の熱膨張率を炭素質基材の熱膨張率に近づけて剥離等を抑制することができる熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、炭素質基材の一部又は全体を熱分解窒化ホウ素で被覆する熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の製造方法であって、前記炭素質基材の表面粗さを調整することによって、前記熱分解窒化ホウ素被覆膜の熱膨張率を
前記炭素質基材の熱膨張率に近づけるように制御することを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の上記炭素質基材の表面粗さは、JIS B 0601-2001に規定する
算術平均粗さで0.5μm以上7.0μm未満に調整することが好ましく、上記熱分解窒化ホウ素被覆膜は、結晶面(002)に由来するピーク強度I(002)と結晶面(100)に由来するピーク強度I(100)から計算されるピーク強度比I(002)/I(100)が10以上500未満であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、炭素質基材の表面粗さの調整によって、熱分解窒化ホウ素被覆膜の熱膨張率を炭素質基材の熱膨張率に近づけるように制御することができるので、比較的簡易な方法によって、熱膨張率の差によって発生する被覆膜と炭素質基材との間の剥離を抑制することができると共に、熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材の撓み、歪み、反りをも抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、炭素質基材の表面粗さと熱分解窒化ホウ素被覆膜の熱膨張率との関係を示した図である。
【
図2】
図2は、炭素質基材の表面粗さと熱分解窒化ホウ素被覆膜のピーク強度比との関係を示した図である。
【
図3】
図3は、熱分解窒化ホウ素被覆膜のピーク強度比と熱膨張率との関係を示した図である。
【
図4】
図4は、熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材を用いたヒーターの概要を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明するが、先ず、本発明に至った実験例について説明する。
【0016】
<実験例>
実験例では、□50×3mmの炭素質基材(等方性黒鉛材)A−1乃至D−2の8種類のサンプルを用意し、これらサンプルをサンドブラスト処理にて表1に示す表面粗さにそれぞれ調整した。サンドブラスト処理は、不二製作所製ニューマブラスターSG-5Aを用いて、不二製作所製;フジランダムWA(アルミナ)#60の砥粒で、0.4、0.7、1.0、1.5MPaの噴射圧力で表面処理を行い、これらサンプルの表面粗さの測定を小坂研究所表面粗さ測定機サーフコーダSEF580-M50によって行った。
【0017】
次に、それぞれ表面処理した炭素質基材の8種類のサンプルを真空炉に入れて、1800℃、50Paの条件で、BCl
3とNH
3ガスによって、150μmの熱分解窒化ホウ素膜を炭素質基材にそれぞれコーティングした。その後、このようにコーティングした8種類のサンプルから熱分解窒化ホウ素被覆膜を剥がし、それぞれの被覆膜について、X線回折と熱膨張率α
2の測定を行った。このときのX線回折については、リガク社製X線回折RINT-2500VHFによって、管電圧30kV、管電流30mA、スキャンスピード6.0°/min、サンプリング幅0.05°、2θ=20〜60°という条件で行った。また、熱膨張率の測定については、アルバック真空理工DL7000サーモディラトメーターによって50〜800℃の温度条件で行った。
【0018】
表1には、これら8種類のサンプルについて、表面処理のブラスト圧力、その表面粗さ、実験で得られたX線回折の結晶面(002)に由来するピーク強度I(002)と結晶面(100)に由来するピーク強度I(100)のデータから求めたピーク強度比I(002)/I(100)の値、実験で得られた被覆膜の熱膨張率α
2の値を示す。
【0020】
また、
図2は、表1の数値に基づいて、炭素質基材の表面粗さと被覆膜のピーク強度比との関係を図示したものであり、
図3は、被覆膜のピーク強度比と熱膨張率α
2との関係を図示したものである。これら
図2及び
図3によれば、炭素質基材の表面粗さと被覆膜のピーク強度比との間及びピーク強度比と熱膨張率α
2との間には、それぞれある一定の規則的な関係があることが分かる。
【0021】
すなわち、
図2によれば、炭素質基材の表面粗さを変化させると、被覆膜のピーク強度比の値がその変化に伴って規則的に小さくなる傾向があり、一方、
図3によれば、ピーク強度比の値が小さくなれば、この変化に伴って被覆膜の熱膨張率が規則的に大きくなる傾向がある。そこで、これら測定結果に基づいて、炭素質基材の表面粗さと被覆膜の熱膨張率α
2との関係を図示すると、
図1のとおりとなる。この
図1から明らかなように、表面粗さが大きくなるに伴って、熱膨張率α
2の値も規則的に大きくなる傾向があるといえる。
【0022】
そこで、本発明者等は、このような規則的な傾向に着目し、炭素質基材の表面粗さを変化させれば、被覆膜のピーク強度比や熱膨張率α
2を変化させることができるとの知見を得て、本発明に至ったものである。したがって、本発明では、このような知見から、炭素質基材の表面粗さを被覆処理前に事前に調整して、被覆される熱分解窒化ホウ素膜の熱膨張率α
2を制御するものである。
【0023】
本発明において、炭素質基材の表面粗さを調整する場合、具体的には、JIS B 0601-2001に規定する
算術平均粗さで0.5μm以上7.0μm未満に調整することが好ましく、さらに好ましくは、2.0μm以上5.0μm未満である。表面粗さが下限値の0.5μmより小さい場合は、基材と被覆膜との熱膨張率を近づけることはできるが、炭素質基材の表面のアンカー効果が小さくなってしまうために、被覆膜が剥離しやすくなり、好ましくない。また、表面粗さが上限値の7.0μmより大きい場合は、表面粗さを7.0μm以上に大きくするためのブラスト圧力が過大となり、炭素質基材の表面にダメージ層を形成させる可能性が高くなるので、好ましくない。この表面粗さを調整する方法としては、サンドブラスト処理、サンドペーパー研磨処理、エッチング処理などを用いることができる。
【0024】
また、本発明では、
図3に示すように、前記ピーク強度比I(002)/I(100)を10以上500未満の範囲内とするように配向性を調整して、熱分解窒化ホウ素膜の熱膨張率α
2を調整することもできる。
【0025】
本発明の炭素質基材を製造する場合、被覆される熱分解窒化ホウ素膜の厚さを50μm以上300μm以下にするのが好ましい。被覆膜の厚さが50μmより薄いと腐食性ガスなどが被覆膜を拡散して下地の炭素質基材と反応しやすくなるので好ましくない。また、300μmより厚過ぎると、被覆膜と炭素質基材との間の界面の残留応力が大きくなり、剥離しやすくなるので、好ましくない。
【0026】
また、炭素質基材の製造には、等方性CIP成型で作製された炭素質基材を使用する場合が多いが、この等方性炭素質基材の熱膨張率は、製造方法にも依るが、凡そ3.0×10
-6〜8.0×10
-6〔1/℃〕の範囲のものである。一方、炭素質基材に被覆される熱分解窒化ホウ素被覆膜の熱膨張率α
2は、凡そ2.5×10
-6〜4.0×10
-6〔1/℃〕の範囲内であるのが一般的であるから、本発明の製造方法を実施するに際し、これら熱膨張率の値を参考にして、両者の熱膨張率をより近づけることができるような炭素質基材を選定する方が好ましい。
【実施例1】
【0027】
次に、本発明の実施例について具体的に説明する。実施例1では、熱膨張率が3.5×10
-6〔1/℃〕の炭素質基材を用意し、表面粗さを3.9μmに調整して、前記実験例と同様の熱分解窒化ホウ素膜のコーティングを行った。このコーティングされた炭素質基材から熱分解窒化ホウ素被覆膜を剥がして、被覆膜の熱膨張率α
2を測定したところ、3.6×10
-6〔1/℃〕であった。このα
2の値は炭素質基材の3.5×10
-6〔1/℃〕の熱膨張率とかなり近い値であったから、この実施例1は、本発明の方法を裏付けるものであった。
【実施例2】
【0028】
次に、本発明の製造方法が剥離等の抑制に有効であるか否かを確認するために、E乃至Jの6種類のサンプルを用意して実施した。この実施例2では、炭素質基材として、
図4に概要を示すヒーター1を用いた。6種類のヒーター1は、その両端に電極接続部2を備え、全長600mm、幅20mm、厚さ5mmの形状に作製されたものである。6種類の各サンプルの表面粗さと熱膨張率α
1の値を表2に示す。
【0029】
【表2】
【0030】
実施例2では、被覆後の被覆膜を剥がして被覆膜の熱膨張率α
2を測定するために、これら6種類のサンプルの他に、各サンプルのダミーサンプルを用意した。各ダミーサンプルは、6種類の各サンプルと同じような物性値等になるように調整され、各サンプルと一緒に真空炉に入れた。その後、1800℃、50Paの条件で、BCl
3とNH
3ガスによって、サンプルのヒーター1とダミーサンプルのヒーター1の基材表面に150μmの熱分解窒化ホウ素膜のコーティングを行った。コーティング後にそれぞれのダミーサンプルの基材から熱分解窒化ホウ素被覆膜を剥がし、この被覆膜について、実施例1と同様のX線回折と熱膨張率α
2の測定を行い、その測定結果を上記表2に示す。
【0031】
一方、各サンプルE乃至Jのヒーター1については、その電極接続部2に付着した被覆膜を除去し、その両端に電源を接続した後、サンプルの各ヒーター1をアンモニアガス中の雰囲気で室温〜1400℃で自己発熱によるヒートサイクル試験を行ったところ、サンプルE及びJで剥離が生じたが、それ以外のサンプルでは剥離が見られず、良好な結果であった。その結果を上記表2に示す。
【0032】
サンプルE及びJの剥離の原因について考察したところ、サンプルEでは、表面粗さが小さく、アンカー効果が小さくなったために、剥離が発生したのではないかと考えられる。また、サンプルJでは、表面粗さが上限値より大きい7.5μmであるために、過大な負荷力が炭素質基材の表面に作用してダメージ層が形成され、表面粒子が脱粒して剥離が発生したのではないかと考えられる。
【0033】
以上のように、本発明によれば、ヒーター及び治具などに用いる熱分解窒化ホウ素被覆炭素質基材を製造する場合に、カーボンメーカー各社から入手した炭素質基材に熱膨張率のバラツキがあったとしても、その入手した炭素質基材の表面粗さを事前に調整することによって、熱分解窒化ホウ素被覆膜の配向性や熱膨張率を制御して、コーティングされた被覆膜と炭素質基材との熱膨張率の差を小さくすることができるから、両者の熱膨張率の差に起因する剥離、変形等を抑制することが可能となる。
【符号の説明】
【0034】
1 炭素質基材から構成されたヒーター
2 ヒーターの電気的接続部