特許第5855319号(P5855319)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5855319スパッタリングターゲット及び、それの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5855319
(24)【登録日】2015年12月18日
(45)【発行日】2016年2月9日
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット及び、それの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20160120BHJP
   C22C 28/00 20060101ALI20160120BHJP
   B22D 23/00 20060101ALI20160120BHJP
   B22D 1/00 20060101ALI20160120BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
   C23C14/34 B
   C23C14/34 C
   C22C28/00 B
   B22D23/00 B
   B22D1/00 C
【請求項の数】12
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-526187(P2015-526187)
(86)(22)【出願日】2014年3月27日
(86)【国際出願番号】JP2014058987
(87)【国際公開番号】WO2015004958
(87)【国際公開日】20150115
【審査請求日】2015年3月18日
(31)【優先権主張番号】特願2013-143068(P2013-143068)
(32)【優先日】2013年7月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX日鉱日石金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 瑶輔
【審査官】 今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−172265(JP,A)
【文献】 特開2012−25174(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
B22D 1/00
B22D 23/00
C22C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuを5wtppm〜10000wtppmで含有し、残部がInからなり、相対密度が99%以上、かつ、平均結晶粒径が3000μm以下であり、酸素濃度が20wtppm以下である、スパッタリングターゲット。
【請求項2】
平均結晶粒径が10μm〜1000μmである、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
平均結晶粒径が10μm〜500μmである、請求項2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
平均結晶粒径が10μm〜300μmである、請求項3に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項5】
S、Cd、Zn、Se、Mg、Ca、Snから選択される少なくとも一種を100wtppm以下でさらに含有してなる、請求項1〜4のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項6】
円筒型の形状を有する、請求項1〜のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項7】
Cuを5wtppm〜10000wtppmで含有するとともに残部がInからなるスパッタリングターゲット素材を、支持基材の表面に接合させて形成し、その後、前記スパッタリングターゲット素材に対し、該スパッタリングターゲット素材の厚み方向の塑性加工を、10%〜80%の範囲内の厚み減少率で施す、スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項8】
前記スパッタリングターゲット素材が、S、Cd、Zn、Se、Mg、Ca、Snから選択される少なくとも一種を合計100wtppm以下でさらに含有するものとする、請求項に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項9】
前記支持基材を円筒形状のバッキングチューブとし、円筒型スパッタリングターゲットを製造する、請求項またはに記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項10】
前記スパッタリングターゲット素材を、溶湯を用いた鋳造により形成する、請求項のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項11】
鋳造時に溶湯の撹拌、揺動を行う、請求項10に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項12】
鋳造を窒素もしくはAr雰囲気下で行う、請求項10または11に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、基板上への薄膜製造技術であるスパッタリングに供されるスパッタリングターゲット及び、それの製造方法に関するものであり、特には、スパッタリングを行う際の、アーキングのおそれを有効に取り除いて、安定したスパッタリングの実現に寄与することのできる技術を提案するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽光発電に対する需要の増大に伴い、それに用いる太陽電池の開発が進む近年では、一般に、基板上に、裏面電極層、光吸収層、抵抗バッファ層、透明導電層を順次に配置して構成される太陽電池の光吸収層の光吸収能力を高めるための様々な研究がなされている。
ここで、光吸収層を形成するには、太陽光のスペクトルの範囲を広くカバーする波長を有し、光吸収能力の高いものとして知られているCIGS系合金を用いることがあり、具体的には、Cu、In、Ga、Se等からなるこのCIGS系合金をスパッタリングターゲットとして、ガラス基板等の基板に対し、スパッタリングすることにより行うことができる。
【0003】
このような光吸収層等を形成するためのスパッタリングに際し、平板形状のバッキングプレート上に接合された平型スパッタリングターゲットでは、それの平面状表面が円環状に使用されることになり、ターゲット表面の使用される領域が少なくなって表面を有効に利用することができない。これに対し、ターゲット表面の利用効率を高めるため、円筒形状のバッキングチューブの外周面に接合した円筒型スパッタリングターゲットを用いて、そのような円筒型スパッタリングターゲットの軸線周りの回転下でスパッタリングする、いわゆるロータリー型スパッタリングによるスパッタ技術が実用化されるに至っている。円筒型スパッタリングターゲットの概念図を図1に示した。図1に示す円筒型スパッタリングターゲット100は、円筒形状のバッキングチューブ101の外周側に形成されてなるものである。
【0004】
ところで従来は、インジウムからなるスパッタリングターゲットは、平型及び円筒型のいずれのタイプにおいても、たとえば特許文献1に記載されているように、バッキングプレートもしくはバッキングチューブその他の支持基材を鋳型内に配置した状態で、溶融状態のインジウムを、上記の支持基材の表面が露出する鋳造空間へ流し込んで、そこで冷却硬化させる溶解鋳造法によって形成することが一般的であった。
この溶解鋳造法では、冷却時のインジウムの凝固速度を、スパッタリングターゲットを形成するための鋳造空間の全体で一定にすることが難しく、特に、長さが1mを超えるようなスパッタリングターゲットを製造する場合は、スパッタリングターゲットの組織が不均一になるとともに結晶粒が粗大化するので、それを用いてスパッタリングを実施すると、成膜基板の膜厚分布を十分に均一なものとすることが困難となる。
【0005】
一方、特許文献2では、溶融させたインジウムを、回転している支持管に向けて溶射することで、支持管上に管状スパッタターゲットを配置することとし、かかる溶射法によれば、「製造パラメータに依存して、平均グレインサイズ50〜500μmの細かいグレインの微細構造を有していた。多くの場合、生じる平均グレインサイズは200μm未満であった。」とし、また、「層の形態での本発明によるスパッタターゲットの製造のおかげで、微細構造はスパッタターゲットの厚さおよび外装表面にわたって均質である。」としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭63−44820号公報
【特許文献2】特開2012−172265号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、特許文献2に記載されたような溶射法で形成されたスパッタリングターゲットでは、結晶粒を微細化することはできる一方で、密度が低くなるという欠点がある他、特許文献2にも記載されているとおり酸素含有率が高くなる可能性があり、なかでもスパッタリングターゲットの密度の低下は、スパッタリングを行う際の、アーキングの発生原因となるおそれがあるので、基板への安定した成膜を行い得ないという問題がある。
【0008】
この発明は、従来技術が抱えるこのような問題を解決することを課題とするものであり、それの目的とするところは、安定したスパッタリングを可能とするため、ターゲット密度を十分に大きくして、スパッタリング時のアーキングの発生原因を有効に取り除くとともに、スパッタリングによる成膜基板の膜厚均一化を実現することのできるスパッタリングターゲット及び、それの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は、インジウムに微量の銅を添加した上で、たとえば溶解鋳造法によりスパッタリングターゲット素材を鋳造し、これにさらに、所定の塑性加工を施して、スパッタリングターゲットを製造することにより、従来の溶解鋳造法のような高い密度としつつ、結晶粒を有効に微細化できることを見出した。
【0010】
このような知見に基き、この発明のスパッタリングターゲットは、Cuを5wtppm〜10000wtppmで含有し、残部がInからなり、相対密度が99%以上、かつ、平均結晶粒径が3000μm以下であり、酸素濃度が20wtppm以下であるものである。
ここで、この発明のスパッタリングターゲットの平均結晶粒径は、10μm〜1000μmであることが好ましく、より好ましくは10μm〜500μmであり、さらには10μm〜300μmであることが一層好適である。
またここで、このスパッタリングターゲットは、酸素濃度が20wtppm以下であることが好ましい。
【0011】
なお、この発明のスパッタリングターゲットでは、S、Cd、Zn、Se、Mg、Ca、Snから選択される少なくとも一種を合計100wtppm以下でさらに含有してもよく、また、円筒型の形状を有することが好ましい。
【0012】
またこの発明の、スパッタリングターゲットの製造方法は、たとえば、溶解鋳造法または溶射法等により、Cuを5wtppm〜10000wtppmで含有するとともに残部がInからなるスパッタリングターゲット素材を、支持基材の表面に接合させて形成し、その後、前記スパッタリングターゲット素材に対し、該スパッタリングターゲット素材の厚み方向の塑性加工を、10%〜80%の範囲内の厚み減少率で施すことにある。
【0013】
この製造方法では、前記スパッタリングターゲット素材が、S、Cd、Zn、Se、Mg、Ca、Snから選択される少なくとも一種を合計100wtppm以下でさらに含有するものであってもよい。またこの製造方法は、前記支持基材を円筒形状のバッキングチューブとし、円筒型スパッタリングターゲットの製造に用いることが好ましい。
そしてまた、前記スパッタリングターゲット素材は、溶湯を用いた鋳造により形成することが好適であり、この場合は、鋳造時に溶湯の撹拌、揺動を行うことが好ましく、また、鋳造を窒素もしくはAr雰囲気下で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
この発明のスパッタリングターゲットによれば、相対密度が99%以上、かつ、平均結晶粒径が3000μm以下であることにより、スパッタリング時の、アーキング発生のおそれを有効に取り除いて、安定したスパッタリングを可能とし、また、それにより成膜した基板の膜厚を十分均一なものとすることができる。
またこの発明の、スパッタリングターゲットの製造方法によれば、上記のような、密度が高く、かつ平均結晶粒径の小さいスパッタリングターゲットを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】円筒型スパッタリングターゲットを示す概念図である。
図2】鋳造したスパッタリングターゲット素材に施す塑性加工を示す概略正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明のスパッタリングターゲットは、たとえば、円盤状のバッキングプレートの表面に接合される平型または、円筒状のバッキングチューブの外表面に接合される円筒型等の所要の形状を有し、基板上への薄膜形成のスパッタリングに供されるものであって、Cuを5wtppm〜10000wtppmで含有し、残部がInからなり、相対密度が99%以上、かつ、平均結晶粒径が3000μm以下であるものである。
なお、図1に例示するような円筒型スパッタリングターゲット100とし、これを円筒状のバッキングチューブ101の外周側に形成したときは、先述のロータリー型スパッタリングに供することができて、ターゲット表面を有効に利用することができる。
【0017】
ここで、主としてインジウムからなるこのスパッタリングターゲットに対し、銅を、5wtppm〜10000wtppmの範囲で含有させることにより、後述するような塑性加工を施した後の平均結晶粒径を、たとえば3000μm以下と十分に小さくすることが可能になる。
銅の含有量が少なくなると、それによる結晶粒の微細化効果を得ることが難しくなることから、結晶粒を有効に微細なものとするため、銅は5wtppm以上含有させるものとする。一方、銅の含有量が多すぎる場合は、CuとInの化合物が多くなり、アーキングが増加する懸念がある。従って、銅の含有量の上限値は、10000wtppmとする。銅の含有量の好ましい範囲は、25〜5000wtppm、特に、50〜1000wtppm、そのなかでも、100〜500wtppmである。
【0018】
インジウムにその他の不純物が多く含まれていると、それからなるスパッタリングターゲットを用いて作製した太陽電池の変換効率が低下するので、インジウムにはその他の不純物があまり含まれていないことが好ましいが、この発明のスパッタリングターゲットでは、S、Cd、Zn、Se、Mg、Ca、Snから選択される少なくとも一種の不純物を合計100wtppm以下でさらに含有するものとしてもよい。このような不純物は、100wtppm以下であれば、スパッタリングターゲットに含まれていても、上述したような、銅の添加による結晶粒の微細化効果に悪影響を及ぼすおそれはない。上記の不純物は、好ましくは80wtppm以下、より好ましくは50wtppm以下とし、特に、10wtppm以下とすることが最も好適である。
【0019】
なおこの発明では、バッキングチューブないしバッキングプレートその他の支持基材は、任意の材質で形成することが可能であり、その具体例としては、ステンレス、チタン、銅等を挙げることができるが、インジウムへの固溶が少ないステンレスやチタンが好ましい。
【0020】
またここで、このスパッタリングターゲットは、99%以上の相対密度を有するものである。これにより、スパッタリングを行う際の、アーキングの発生を有効に防止して、安定した成膜を実施することができる。いいかえれば、スパッタリングターゲットの相対密度が低すぎると、アーキングが生じ易くなって、スパッタリングを安定的に行い得ない。このような観点から、スパッタリングターゲットの相対密度は、99%以上とすることが好ましく、さらには、99.2%以上とすることがより好ましく、特に、99.5%以上とすることが一層好ましい。
【0021】
ここでいう相対密度(%)は、寸法密度を、理論密度で除して百分率で表した値である。すなわち、相対密度(%)=寸法密度÷理論密度×100で表すことができる。この寸法密度は、スパッタリングターゲットの実重量及び寸法から算出することができ、また、理論密度は7.31g/cm3とすることができる。
【0022】
そしてまたここでは、平均結晶粒径を3000μm以下とする。スパッタリングターゲットの結晶粒が粗大である場合は、それを用いて基板にスパッタリングした際に、成膜基板の膜厚が全体にわたって均一なものとはならず、成膜の品質が低下することになる。従って、成膜基板の膜厚の均一化との観点からは、平均結晶粒径を、1000μm以下、特に、500μm以下、なかでも、300μm以下とすることが好ましい。一方、スパッタリングターゲットの平均結晶粒径の下限値は、たとえば10μm程度である。
【0023】
なお平均結晶粒径は、次の方法で測定することができる。電解研磨または酸によるエッチングで粒界を見やすくする。ついで、EBSP(電子後方散乱パターン、Electron Back Scattering Pattern)により結晶粒界マップを作製し、1800×3500μmの視野内に存在する結晶粒の個数(N)を数える。なお、結晶粒界については、隣り合う結晶粒の方位が2°以上ずれていた場合、その境界を結晶粒界として取り扱うこととする。領域の境界に跨って存在する結晶粒は0.5個として扱う。測定対象領域の面積(S=1250mm2)を結晶粒の個数(N)で割ることによって、結晶粒の平均面積(s)を算出する。結晶粒を球と仮定して、平均結晶粒径(A)を以下の式で算出する。
A=2(s/π)1/2
【0024】
このようなスパッタリングターゲットで酸素濃度が高すぎると、密度が低い場合と同様に、スパッタリング時にアーキングが生じることが懸念されるので、酸素濃度は20wtppm以下とすることが好ましく、さらにこの酸素濃度を、15wtppm以下、特に、10wtppm以下とした場合は、アーキングの発生のおそれを十分に取り除くことができる。この一方で、酸素濃度を下げようとすればするほど、設備にかかる投資が増大するが、その費用あたりの効果は減少するため、酸素濃度の下限値は、たとえば10wtppmとすることができる。
【0025】
かかるスパッタリングターゲットの製造方法の一例として、たとえば、円筒型スパッタリングターゲットは、以下のようにして製造することができる。
はじめに、溶解させたインジウムに銅を5wtppm〜10000wtppmで添加し、その溶湯を鋳型の鋳造空間へ流し込む。ここでは、溶湯の流し込みに先立って、鋳型の鋳造空間の内周側に、円筒形状のバッキングチューブを、その外周面が鋳造空間に露出する姿勢で予め配置しておく。なお必要に応じて、溶湯内に存在する酸化物スラグを取り除くため、溶湯を、撹拌棒などを使用して撹拌、揺動させることや、あらかじめ窒素、Arなどの酸素量を低減した雰囲気で鋳造を行うことが重要である。
そして溶湯を鋳造空間に流し込んだ後、たとえば鋳型の周囲に配置した冷却設備等により、鋳造空間で溶湯を冷却硬化させることで、スパッタリングターゲット素材を、バッキングチューブの周囲を取り囲む姿勢で形成する。この際に、スパッタリングターゲット素材はバッキングチューブの外周面に接合されることになる。
【0026】
次いで、スパッタリングターゲット素材とバッキングチューブとの円筒型接合体に対し、たとえば、図2に示すように、スパッタリングターゲット素材の厚み方向の厚みを減らす向き、この場合は半径方向内向きの塑性加工を施す。このときの加工量は、スパッタリングターゲット素材の厚み減少率で10%〜80%とする。
【0027】
鋳造後のスパッタリングターゲットは一般に粗大な粒子が多く、結晶粒が粗大なものになるところ、常温でも十分に塑性加工中の再結晶化が生じ得るインジウムにCuを含有させて形成したスパッタリングターゲット素材に対し、先述のような塑性加工を施すことにより、スパッタリングターゲット素材の再結晶化が促進することになって、その結晶組織が微細なものとなるので、製造するスパッタリングターゲットの結晶粒を微細化することができる。また上述した溶解鋳造法ではなく溶射法を用いることもできるが、溶解鋳造法は、溶射法に比して、形成されるスパッタリングターゲット素材の密度をより高くすることが可能であり、しかもコストを抑えることができるので安価な製造を実現できる点で好ましい。
上記のようにして製造されるスパッタリングターゲットは、相対密度を99%以上かつ、平均結晶粒径を3000μm以下とすることができ、また、その厚みは半径方向に沿って測って、たとえば5mm〜20mm程度、一般には8mm〜15mm程度とすることができる。
【0028】
ここで、塑性加工は、スパッタリングターゲット素材に対し、半径方向内向き(平型スパッタリングターゲットの場合は厚みを薄くする向き)に圧力を加えるものであれば、圧延加工、押出し加工もしくはプレス加工等、その手段のいかんを問わず、また、その加工の際の温度条件も問わないので、冷間または熱間のいずれであってもよい。
【0029】
たとえば、図2に例示するところでは、鋳造後のスパッタリングターゲット素材1の内周側に接合されたバッキングチューブ2の内側に、それの内径よりも外径が僅かに小さい心棒10を必要に応じて挿入し、また、スパッタリングターゲット素材1を、土台20上に配置された二個の支持部21の各傾斜面21aと、それらの支持部21から図の上方側に離隔して位置する押圧手段22の平坦面22aとの間に挟み込んで支持させる。そしてその状態で、前記押圧手段22を図に矢印で示すように土台20側に向けて、所定の厚み減少率となるまで接近させて、スパッタリングターゲット素材1をプレスすることで、その厚みを減少させることとし、これを全周にわたって等しい加工量で行う。なお、支持部及び押圧手段のそれぞれは、図示のような、平坦面状の傾斜面21aのもの及び平坦面22aのものに代えて、図示は省略するが、スパッタリングターゲット素材1の外周面に倣う湾曲面のものとすることができる。
なおここで、プレス時のスパッタリングターゲット材を内周側から支持してその円筒形状を維持するべく機能する心棒10の材質は、たとえば、プレスによる加圧力の作用によっても変形しない程度の硬さを有するステンレス、鋳鉄等とすることができるが、錆等によるコンタミを防止するとの観点からはステンレスが好ましい。
【0030】
あるいは、塑性加工として、図示は省略するが、スパッタリングターゲット素材を、中心軸線方向の周りに回転させて、もしくは回転させないで、複数本のロール間に挟み込んで押圧する圧延加工を実施することができる他、スパッタリングターゲット素材を、押出機の、テーパ―等の所定形状を有する管状空間へ挿入して、これを所定の押出し速度で通過させることで、所期した厚みに塑性加工する押出し加工を行うことも可能である。
【0031】
またここで、塑性加工の加工量が小さすぎると、結晶組織の微細化が十分に進展しない一方で、加工量が大きすぎると、所望の製品厚みとするためにスパッタリングターゲット素材の厚みをかなり厚く確保しておく必要があり、また結晶粒の微細化効果が十分得られなくなる。そのため、加工量は厚み減少率で上記範囲とする。この厚み減少率は、好ましくは10〜80%、より好ましくは15〜70%とする。なお、厚み減少率rは、式:r=(h2−h1)/h2×100(ここで、h2は塑性加工前のターゲットの径方向の厚み、h1は塑性加工後のターゲットの径方向の厚み)により表される。
【0032】
以上に述べたようにして製造されたスパッタリングターゲットは、CIGS系薄膜太陽電池の光吸収層の作製に好適に用いることができる。
【実施例】
【0033】
次にこの発明のスパッタリングターゲットを試作し、その性能を評価したので以下に説明する。
【0034】
実施例1のターゲットは下記の方法で製造した。純度4Nのインジウムを溶解させるとともにそこに5wtppmの銅を添加し、その溶湯を、内部にバッキングチューブを配置したSUS304製の鋳型の円筒状鋳造空間に流し込み、そこで冷却硬化させて、スパッタリングターゲット素材を形成した。ここでは、鋳型の周囲にヒータを配置し、溶湯を鋳造空間に流し込む際には、ヒータにより鋳型を180℃に加熱する一方、冷却硬化させる際には、ヒータを止めて大気放冷を行った。また、鋳造は大気中で行い、溶湯内に存在する酸化物スラグを取り除くため、溶湯を、撹拌棒などを使用して撹拌、揺動させた。なお、バッキングチューブとしては、軸線方向長さが640mm、内径125mm、外径133mmのSUS304製のものを用いた。
【0035】
その後、スパッタリングターゲット素材を、内側にSUS304製の心棒を挿入した状態で、図2に示すように配置し、軸線周りに5°回転させる度に、押圧手段で冷間プレスして、全周にわたって厚み減少率が14.3%の加工量の塑性加工を常温条件で施した。この加工量は、スパッタリングターゲット素材の一端部(端部A)で、円周方向に90°おきに設定した4つの測定点で測定した厚み減少率の平均値とした。こうして得られたターゲットを旋盤で、軸線方向長さ600mm、内径133mm、外径151mmの寸法に切削加工し、実施例1のターゲットを作製した。
【0036】
実施例2〜6のそれぞれは、Cuの添加量をそれぞれ20、50、100、1000、10000wtppmとしたことを除いて、実施例1と同様とした。実施例7は、Cu添加量を100wtppm、加工量を50%としたことを除いて、実施例1と同様とした。
実施例8、9は、いずれもCuを100wtppm添加するとともに、実施例8ではSを100wtppm、実施例9ではZnを100wtppmでさらに添加したことを除いて、実施例1と同様とした。
実施例10、11のそれぞれは、ターゲットのタイプを丸盤状の平型スパッタリングターゲットとし、加工量を80%としたことを除いて、実施例4、6のそれぞれと同様とした。
実施例12は、窒素雰囲気で鋳造したことを除いて、実施例1と同様とした。
【0037】
一方、比較例1はCuを添加しないことを除いて、また、比較例2は、Cuを添加せず、かつ塑性加工を施さなかったことを除いて、それぞれ実施例1と同様とした。そして、比較例3は、Cuを添加せず、鋳造ではなく溶射によってスパッタリングターゲットを形成し、さらに塑性加工を施さなかったことを除いて、実施例1と同様とした。
また、比較例4は、Cu添加量を100wtppmとし、かつ、スパッタリングターゲットを、鋳造に代えて溶射により形成するとともに、塑性加工を施さなかったことを除いて、実施例1と同様とした。比較例5は、Cu添加量を100wtppmとし、塑性加工を施さなかったことを除いて、実施例1と同様とした。
【0038】
このようにして製造した各スパッタリングターゲットにつき、平均結晶粒径、相対密度、酸素濃度のそれぞれを測定し、また、それらの各スパッタリングターゲットを用いてスパッタリングを行い、成膜基板の膜厚及び、スパッタリング1時間当たりのアーキングの発生回数をそれぞれ測定した。
【0039】
ここで、スパッタリングの条件は以下のとおりである。
・スパッタガス: Ar
・スパッタガス圧: 0.5Pa
・スパッタガス流量: 50SCCM
・スパッタリング温度: R.T.(無加熱)
・投入スパッタパワー密度: 1.3W/cm2
・基板: コーニング社製イーグル2000、φ4インチ×0.7mmt(膜厚測定箇所の対面に配置)
・成膜時間: 1min
・プレスパッタ: 上記条件で1h
またここで、成膜基板の膜厚を測定するに当っては、スパッタリングターゲットの長手方向の中央域に対応する位置の膜厚と、長手方向の一端部(端部A)に対応する位置の膜厚と、長手方向の他端部(端部B)に対応する位置の膜厚のそれぞれを測定し、そして、それらの膜厚の標準偏差も求めた。
それらの結果を表1に示す。
【0040】
【表1】
【0041】
表1に示すところから、実施例1〜6では、Cuを5wtppm以上含有することで、平均結晶粒径が小さくなり、5wtppm〜10000wtppmの範囲内でCu含有量を増やすほど結晶粒が微細化することが解かる。また、実施例4、7、10を比較すると、Cu含有量が同じ場合、加工量が大きいほど結晶粒が微細なものになる。
そしてまた、実施例8、9のように、100wtppm以下のSやZn等の不純物を含んでいても、結晶粒の微細化効果を十分に発揮されることが明らかである。なお、実施例10、11のような丸盤形状のスパッタリングターゲットでも、結晶粒が小さくなっていることから、この発明は、円筒型スパッタリングターゲットのみならず、丸盤や矩形その他の平型スパッタリングターゲットにも適用可能であることが解かる。実施例12では、窒素雰囲気で鋳造することで、酸素濃度が10wtppmまで低減していることがわかる。
【0042】
比較例1では、Cuを添加していなかったことにより結晶粒径が大きく、膜厚分布に若干のさらなる改善の余地がある。比較例2は鋳造法により形成されて、塑性加工を施さなかったことから、粒径が大きく膜厚分布が不均一になった。比較例3は、溶射で形成したことによって結晶粒径は小さくなったが、相対密度が低くアーキングが発生した。比較例4は、溶射により形成されて、塑性加工を施さなかったものであるが、結晶粒径が小さく膜厚分布は均等であるものの、相対密度が小さいことから、アーキングが生じた結果、不安定なスパッタリングとなった。比較例5は、Cuを含むものの、鋳造後に塑性加工を施さなかったことにより、結晶粒が粗大で膜厚分布が不均一となった。
従って、この発明によれば、アーキングのおそれを取り除きつつ、スパッタリングによる成膜の膜厚を均一化できることが明らかである。
【符号の説明】
【0043】
1 スパッタリングターゲット素材
2 バッキングチューブ
10 心棒
20 土台
21 支持部
21a 傾斜面
22 押圧手段
22a 平坦面
図1
図2