特許第5865487号(P5865487)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5865487鋳造用部材及びその製造方法、ダイカスト用スリーブ、並びにダイカスト装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5865487
(24)【登録日】2016年1月8日
(45)【発行日】2016年2月17日
(54)【発明の名称】鋳造用部材及びその製造方法、ダイカスト用スリーブ、並びにダイカスト装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/34 20060101AFI20160204BHJP
   B22C 9/06 20060101ALI20160204BHJP
   B22D 17/20 20060101ALI20160204BHJP
   B22D 17/22 20060101ALI20160204BHJP
【FI】
   C23C8/34
   B22C9/06 D
   B22D17/20 F
   B22D17/22 Q
【請求項の数】12
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2014-509089(P2014-509089)
(86)(22)【出願日】2013年3月6日
(86)【国際出願番号】JP2013056143
(87)【国際公開番号】WO2013150855
(87)【国際公開日】20131010
【審査請求日】2015年4月28日
(31)【優先権主張番号】特願2012-84683(P2012-84683)
(32)【優先日】2012年4月3日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】506426258
【氏名又は名称】日立金属工具鋼株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】市川 正樹
(72)【発明者】
【氏名】西田 純一
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−219421(JP,A)
【文献】 特開平05−009558(JP,A)
【文献】 特開2003−154437(JP,A)
【文献】 特開2001−316795(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第931849(EP,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融金属と接触して使用される鋳造用部材であって、
熱間工具鋼からなる母材と、
前記母材に接し前記母材の成分中に窒素が拡散されビッカース硬さが前記母材のビッカース硬さよりも50HV以上高い窒素拡散層、及び、該窒素拡散層に接し鉄を含む窒素化合物からなる厚さ5μm以上40μm以下の窒素化合物層からなる、厚さ200μm以上400μm以下の窒化層と、
前記窒素化合物層に接し鉄を含む酸化物を含有し前記溶融金属と接触する酸化物層と、
を備え、
前記酸化物層は、前記窒素化合物層に接し前記窒素化合物及び前記酸化物からなる混合層を含む鋳造用部材。
【請求項2】
前記酸化物が、マグネタイトに含まれる鉄の一部がクロムに置き換わった構造の複合酸化物、ウスタイト、ヘマタイト、及びマグネタイトから選択される少なくとも一種である請求項1に記載の鋳造用部材。
【請求項3】
前記酸化物の少なくとも一種は、マグネタイトに含まれる鉄の一部がクロムに置き換わった構造の複合酸化物である請求項1又は請求項2に記載の鋳造用部材。
【請求項4】
前記混合層は、前記窒素化合物からなる多孔質構造の孔部に前記酸化物が形成された構造の層である請求項1〜請求項のいずれか1項に記載の鋳造用部材。
【請求項5】
請求項1〜請求項のいずれか1項に記載の鋳造用部材を製造する方法であって、
熱間工具鋼からなる母材を準備する母材準備工程と、
前記母材の表面を、450℃以上600℃以下の加熱下でアンモニアガス及び窒素ガスを含む雰囲気ガスに曝すことにより窒化処理して前記窒化層を形成する窒化層形成工程と、
前記母材の前記窒化層が形成された面を、450℃以上600℃以下の加熱下で酸化性雰囲気に曝すことにより酸化処理して前記酸化物層を形成する酸化物層形成工程と、
を含む鋳造用部材の製造方法。
【請求項6】
前記雰囲気ガスが、更に、二酸化炭素ガスを含む請求項に記載の鋳造用部材の製造方法。
【請求項7】
前記雰囲気ガス中における前記二酸化炭素ガスの量が、前記アンモニアガス、前記窒素ガス、及び前記二酸化炭素ガスの合計に対し、3体積%以上20体積%以下である請求項6に記載の鋳造用部材の製造方法。
【請求項8】
前記酸化物層形成工程は、前記母材の前記窒化層が形成された面を、480℃以上600℃以下の加熱下で前記酸化性雰囲気としての水蒸気雰囲気に曝す請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の鋳造用部材の製造方法。
【請求項9】
前記窒化層形成工程は、前記母材の表面を前記雰囲気ガスに20時間以上40時間以下曝す請求項〜請求項8のいずれか1項に記載の鋳造用部材の製造方法。
【請求項10】
前記酸化物層形成工程は、前記母材の前記窒化層が形成された面を、酸化性雰囲気に1時間以上曝す請求項〜請求項9のいずれか1項に記載の鋳造用部材の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜請求項のいずれか1項に記載の鋳造用部材を備えたダイカスト用スリーブ。
【請求項12】
請求項1〜請求項のいずれか1項に記載の鋳造用部材を備えたダイカスト装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造用部材及びその製造方法、ダイカスト(die casting)用スリーブ、並びにダイカスト(die casting)装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アルミニウム、マグネシウム、これらの合金等のダイカストに用いられる、溶融金属と接触して使用される鋳造用部材(例えば、金型、スリーブ(sleeve))は、熱疲労に強い、熱間工具鋼(hot work tool steel)を母材として作製されている。
かかる鋳造用部材は、使用中、溶融金属への溶損(erosion)が著しく進行すると、この鋳造用部材の補修頻度が高くなり、また、この鋳造用部材の寿命も短くなる。
そこで、鋳造用部材の耐溶損性(erosion resistance)を改善することを目的として、鋳造用部材の溶融金属と接触する部分に窒化層を形成する手法や、この窒化層の上に、さらに酸化物層を形成する手法が提案されている(例えば、特開2005−28398号公報、特開2003−13199号公報、特開昭64−31957号公報参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、母材上に、窒化層と、溶融金属と接触する酸化物層と、を順次設けた構成の鋳造用部材では、繰り返し使用時に酸化物層が剥離し、これにより繰り返し使用時に耐溶損性が低下する場合がある。
従って、本発明の課題は、繰り返し使用時においても優れた耐溶損性が維持される鋳造用部材及びその製造方法、並びに、上記鋳造用部材を備えたダイカスト用スリーブ及びダイカスト装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、鋳造用部材の基本構造を熱間工具鋼からなる母材上に窒化層及び酸化物層を順次備えた構造とすること、及び、この窒化層の構成を特定することにより、上記課題を解決できるとの知見を得、かかる知見に基づき本発明を完成させた。
即ち、前記課題を解決するための具体的手段は以下の通りである。
【0005】
<1> 溶融金属と接触して使用される鋳造用部材であって、熱間工具鋼からなる母材と、前記母材に接し前記母材の成分中に窒素が拡散されビッカース硬さが前記母材のビッカース硬さよりも50HV以上高い窒素拡散層、及び、該窒素拡散層に接し鉄を含む窒素化合物からなる厚さ5μm以上40μm以下の窒素化合物層からなる、厚さ200μm以上400μm以下の窒化層と、前記窒素化合物層に接し鉄を含む酸化物を含有し前記溶融金属と接触する酸化物層と、を備え、前記酸化物層は、前記窒素化合物層に接し前記窒素化合物及び前記酸化物からなる混合層を含む鋳造用部材である。
<2> 前記酸化物が、マグネタイトに含まれる鉄の一部がクロムに置き換わった構造の複合酸化物、ウスタイト、ヘマタイト、及びマグネタイトから選択される少なくとも一種である<1>に記載の鋳造用部材である。
<3> 前記酸化物の少なくとも一種が、マグネタイトに含まれる鉄の一部がクロムに置き換わった構造の複合酸化物である<1>又は<2>に記載の鋳造用部材である
<4> 前記混合層は、前記窒素化合物からなる多孔質構造の孔部に前記酸化物が形成された構造の層である<1>〜<>のいずれか1つに記載の鋳造用部材である。
【0006】
> <1>〜<>のいずれか1つに記載の鋳造用部材を製造する方法であって、熱間工具鋼からなる母材を準備する母材準備工程と、前記母材の表面を、450℃以上600℃以下の加熱下でアンモニアガス及び窒素ガスを含む雰囲気ガスに曝すことにより窒化処理して前記窒化層を形成する窒化層形成工程と、前記母材の前記窒化層が形成された面を、450℃以上600℃以下の加熱下で酸化性雰囲気に曝すことにより酸化処理して前記酸化物層を形成する酸化物層形成工程と、を含む鋳造用部材の製造方法である。
> 前記雰囲気ガスが、更に、二酸化炭素ガスを含む<>に記載の鋳造用部材の製造方法である。
<7> 前記雰囲気ガス中における前記二酸化炭素ガスの量が、前記アンモニアガス、前記窒素ガス、及び前記二酸化炭素ガスの合計に対し、3体積%以上20体積%以下である<6>に記載の鋳造用部材の製造方法である。
<8> 前記酸化物層形成工程は、前記母材の前記窒化層が形成された面を、480℃以上600℃以下の加熱下で前記酸化性雰囲気としての水蒸気雰囲気に曝す<5>〜<7>のいずれか1つに記載の鋳造用部材の製造方法である。
<9> 前記窒化層形成工程は、前記母材の表面を前記雰囲気ガスに20時間以上40時間以下曝す<>〜<8>のいずれか1つに記載の鋳造用部材の製造方法である。
<10> 前記酸化物層形成工程は、前記母材の前記窒化層が形成された面を、酸化性雰囲気に1時間以上曝す<>〜<9>のいずれか1つに記載の鋳造用部材の製造方法である。
【0007】
<11> <1>〜<>のいずれか1つに記載の鋳造用部材を備えたダイカスト用スリーブである。
<12> <1>〜<>のいずれか1つに記載の鋳造用部材を備えたダイカスト装置である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、繰り返し使用時においても優れた耐溶損性が維持される鋳造用部材及びその製造方法、並びに、上記鋳造用部材を備えたダイカスト用スリーブ及びダイカスト装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一例である試料2において、各層の断面を示す光学顕微鏡像(倍率50倍)である。
図2】本発明の一例である試料2において、酸化物層と窒素化合物層との界面からの距離d(μm)と、ビッカース硬さ(Vickers hardness (HV))と、の関係を示すグラフである。
図3】本発明の一例である試料2において、各層の断面を示す走査型電子顕微鏡像(倍率3000倍)である。
図4】比較例である試料7において、各層の断面を示す走査型電子顕微鏡像(倍率3000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の鋳造用部材及びその製造方法、ダイカスト用スリーブ、並びにダイカスト装置について詳細に説明する。
【0011】
<鋳造用部材>
本発明の鋳造用部材は、溶融金属と接触して使用される鋳造用部材であって、熱間工具鋼からなる母材と、前記母材に接し前記母材の成分中に窒素(N)が拡散されビッカース硬さが前記母材のビッカース硬さよりも50HV以上高い窒素拡散層、及び、該窒素拡散層に接し鉄(Fe)を含む窒素化合物からなる厚さ5μm以上40μm以下の窒素化合物層からなる、厚さ200μm以上400μm以下の窒化層と、前記窒素化合物層に接し鉄(Fe)を含む酸化物を含有し前記溶融金属と接触する酸化物層と、を備える。
【0012】
本明細書中において、「ビッカース硬さ」は、JIS Z 2244(1998)に準拠して測定されたビッカース硬さを指す。
【0013】
従来、溶融金属と接触して使用される鋳造用部材として、熱間工具鋼からなる母材上に、母材の表面が窒化処理されて形成された窒化層と、窒化層が形成された母材の窒化層形成面が酸化処理されて形成され使用時(鋳造時)に溶融金属と接触する酸化物層と、を順次備えた構成の鋳造用部材が知られている(例えば、特開2005−28398号公報参照)。この酸化物層には、鉄を含む酸化物が含有されている。この酸化物は化学的に安定であり、溶融金属との反応性が小さい化合物である。このため、鋳造用部材に酸化物層が設けられていることにより、鋳造用部材の耐溶損性が飛躍的に向上する。
しかしながら、上記酸化物層を備えた鋳造用部材では、繰り返し使用時(鋳造を繰り返し行った時。以下同じ。)に酸化物層が剥離し、これにより、鋳造用部材の耐溶損性が低下する場合がある。繰り返し使用時に酸化物層が剥離する理由は、鉄を含む酸化物の熱膨張率が母材(例えば熱間工具鋼)の熱膨張率よりも大きいことから、繰り返し使用時(特に、溶融金属を鋳造した後の冷却過程時)に上記酸化物層に引張応力が働き、この引張応力によって上記酸化物層が割れ易くなるためと考えられる。
【0014】
上記に関し、本発明の鋳造用部材では、繰り返し使用時における酸化物層の剥離が抑制され、その結果、繰り返し使用時においても優れた耐溶損性が維持される。
かかる効果が奏される理由は、以下のように推測される。
即ち、本発明の鋳造用部材は、鋳造用部材の使用時に溶融金属と接触する層(即ち、最表面層)として酸化物層が設けられていること、並びに、窒素拡散層及び窒素化合物層からなる窒化層の厚さが200μm以上と厚いことにより、使用初期から優れた耐溶損性を示す。
更に、本発明の鋳造用部材は、母材に接する層として母材との密着性に優れた窒素拡散層を備えること、及び、窒素拡散層と酸化物層との間にこれら2層との密着性に優れた厚さ5μm以上の窒素化合物層が介在していることにより、繰り返し使用時における酸化物層の剥がれが抑制される。
以上の理由により、本発明の鋳造用部材では、使用初期における優れた耐溶損性が、繰り返し使用時においても維持されるものと推測される。
【0015】
なお、上述したとおり、本発明の鋳造用部材は、繰り返し使用時だけでなく、使用初期においても耐溶損性に優れることは言うまでもない。
【0016】
ところで、従来の鋳造用部材では、窒素化合物層が概して窒素拡散層よりも脆い、という理由から、窒素化合物層を極力設けないことが一般的であった。例えば、母材を窒化処理して窒化層を形成する場合において、窒素化合物層が極力形成されない条件とするか、又は、母材の窒化処理により窒素化合物層が形成されたとしても、その後、窒素化合物層を除去し、窒素化合物層が存在しない状態で鋳造用部材を使用していた。
これに対し、本発明の鋳造用部材では、上述のとおり、窒素拡散層と酸化物層との間に、敢えて、5μm以上の厚さの窒素化合物層を介在させている。これにより、窒素化合物層を設けなかった場合(即ち、窒素拡散層上に直接、酸化物層を設けた場合)や、窒素化合物層の厚さが5μm未満である場合と比較して、繰り返し使用時の酸化物層の剥離が抑制され、その結果、繰り返し使用時の耐溶損性の低下が抑制される。
【0017】
本発明において、窒素拡散層と窒素化合物層とからなる窒化層の厚さは、200μm以上400μm以下である。
本発明者の検討により、窒化層の厚さが200μm以上であると、鋳造用部材の耐溶損性が著しく向上することが明らかとなった。
窒化層の厚さが200μm未満であると、耐溶損性が低下する場合がある。この観点より、窒化層の厚さは200μm以上であるが、250μm以上が好ましい。
一方、窒化層の厚さが400μmを超えると、窒化層の耐クラック進展性(crack development resistance)が低下する(即ち、ヒートクラックが発生した場合のクラックの進展が早くなる)。また、窒化層の厚さが400μmを超えると、窒化層の形成に要する時間が長くなり(例えば50時間以上となり)、鋳造用部材の生産性が低下する。これらの観点より、窒化層の厚さは400μm以下であるが、350μm以下が好ましい。
【0018】
本発明において、窒化層の厚さは、窒素拡散層の厚さと窒素化合物層の厚さとの合計である。
窒化層の厚さ、窒素拡散層の厚さ、及び窒素化合物層の厚さの測定方法については後述する。
【0019】
また、本発明において、窒素化合物層の厚さは、5μm以上40μm以下である。
窒素化合物層の厚さが5μm未満であると、酸化物層が剥離し易くなる。更に、窒素化合物層の厚さが5μm未満であると、酸化物層を形成した際、酸素が窒素化合物層と窒素拡散層との界面にまで拡散し、該界面に酸化物が形成される場合があり、窒素化合物層と窒素拡散層との密着性も低下する場合がある(後述の図4参照)。これらの観点より、窒素化合物層の厚さは5μm以上であるが、10μm以上が好ましい。
一方、窒素化合物層の厚さが40μmを超えると、窒素化合物層の上記耐クラック進展性が低下する。この観点より、窒素化合物層の厚さは40μm以下であるが、30μm以下が好ましく、25μm以下がより好ましい。
【0020】
本発明において、窒素化合物層の厚さは、鋳造用部材を各層(窒化層及び酸化物層。以下同じ。)の厚さ方向に沿って切断した断面をナイタール(nital)(硝酸を1体積%以上5体積%以下含む硝酸アルコール溶液)で腐食させ、腐食後の断面を走査型電子顕微鏡(scanning electron microscope;以下、「SEM」ともいう)で観察し、このSEM像(例えば、図3参照)に基づいて測定された値を指す。
この測定によれば、上記腐食によって窒素化合物層と他の層との界面が明確となるため、窒素化合物層の厚さを測定できる。ここで、他の層とは、酸化物層(酸化物層中に混合層が存在する場合には混合層)及び窒素拡散層である。
窒素化合物層の厚さの測定の例については、後述の実施例1(図1及び図3)を参照することができる。
【0021】
本発明において、窒化層の厚さは、酸化物層と窒素化合物層との界面から窒素拡散層と母材との界面までの距離として測定された値を指す。
本発明において、窒素拡散層の厚さは、窒素化合物層と窒素拡散層との界面から窒素拡散層と母材との界面までの距離として測定された値を指す。
ここで、「距離」とは、窒素拡散層の厚さ方向についての距離を指す(以下、同様である)。
また、酸化物層と窒素化合物層との界面、及び、窒素化合物層と窒素拡散層との界面は、SEM像によって判定する。
また、窒素拡散層と母材との界面は、酸化物層と窒素化合物層との界面又は鋳造用部材の表面からの距離と、ビッカース硬さ、との関係(例えば図2参照)に基づき、母材のビッカース硬さよりも50HV高いビッカース硬さを示す位置として判定する。
窒化層の厚さ及び窒素拡散層の厚さの測定の例については、後述の実施例1(図1図3)を参照することができる。
【0022】
次に、本発明の鋳造用部材の各構成要素について説明する。
【0023】
(母材)
本発明の鋳造用部材は、熱間工具鋼からなる母材を備える。
上記熱間工具鋼としては特に制限はなく、例えば、JIS G 4404(2000)で規定される合金工具鋼鋼材のうちの熱間金型用の合金工具鋼鋼材や、特開2009−221594号公報、特開2008−095190号公報、特開2008−095181号公報、特開2006−213990号公報、国際公開第2010/074017号パンフレット等に記載されている公知の熱間工具鋼を用いることができる。
中でも、入手容易性等の観点からは、JIS G 4404(2000)で規定される合金工具鋼鋼材のうちの熱間金型用の合金工具鋼鋼材が好ましく、このうち、JIS G 4404(2000)で規定される、SKD4、SKD5、SKD6、SKD61、SKD8がより好ましく、中でもSKD61が特に好ましい。
また、熱間工具鋼としては、公知の熱間工具鋼の組成を改良した新規な組成の熱間工具鋼を用いてもよい。
また、熱間工具鋼としては、焼入れ焼戻し(quenching and tempering)が施された熱間工具鋼を用いてもよい。
【0024】
また、後述する酸化物層中に、マグネタイトに含まれるFeの一部がCrに置き換わった構造の複合酸化物((Fe,Cr))を含有させる観点からは、上記熱間工具鋼として、Crを1質量%以上(好ましくは2質量%以上、より好ましくは4質量%以上、特に好ましくは4.80質量%以上)含む熱間工具鋼を用いることも好ましい。Crを1質量%以上含む熱間工具鋼において、Crの含有量の上限値としては、例えば5.50質量%が挙げられる。
【0025】
また、母材は、熱間工具鋼以外にも不可避的不純物を含んでいてもよい。
例えば、母材中において、窒素拡散層との接触面を含む領域には、不可避的不純物として微量の窒素が拡散されていてもよい(例えば、後述の図2中の距離dが300μm以上350μm以下の領域)。
また、母材は、焼入れ焼戻しが施された熱間工具鋼であってもよい。
【0026】
(窒化層)
本発明の鋳造用部材は、窒化層を備える。
窒化層は、母材に接する層である窒素拡散層と、この窒素拡散層に接する層である窒素化合物層と、から構成される。
以下、これらの層の詳細について説明する。
【0027】
−窒素拡散層−
窒素拡散層は、母材の成分中に窒素が拡散された層である。
この窒素拡散層は、硬度が高い層である。具体的には、この窒素拡散層のビッカース硬さは、母材のビッカース硬さよりも50HV以上高い。
この窒素拡散層自体も鋳造用部材の耐溶損性を向上させる効果を有する。
【0028】
この窒素拡散層は、母材の成分からなるマトリクス中に窒素が拡散(固溶)された層である。窒素拡散層中(マトリクス中)では、拡散された窒素の一部が母材の成分中の窒化物形成元素と結合し、微細な窒化物を形成していてもよい。
【0029】
なお、母材中において、鋳造用部材の表面(または酸化物層と窒素化合物層との界面)からの距離によってビッカース硬さに変動がある場合、上記「母材のビッカース硬さ」は、鋳造用部材の表面(または酸化物層と窒素化合物層との界面)からの距離が25μm変化したときのビッカース硬さの変化が10HV以下である領域のビッカース硬さを指す。
【0030】
−窒素化合物層−
窒素化合物層は、上記窒素拡散層に接する層であり、鉄(Fe)を含む窒素化合物からなる厚さ5μm以上40μm以下の層である。
この窒素化合物層は、窒素拡散層との密着性、及び、酸化物層との密着性に優れた層であるため、この窒素化合物層を備えることにより、繰り返し使用時の酸化物層の剥離(以下、単に「酸化物層の剥離」ともいう)が抑制される。
【0031】
窒素化合物層と窒素拡散層との密着性に関し、より詳細には、窒素化合物層は窒素拡散層に接する層であるため、窒素化合物層と窒素拡散層との間には酸化物(例えば酸化鉄)が存在しない。これにより、窒素化合物層と窒素拡散層との界面における両者の剥離が抑制されるので、ひいては、鋳造用部材からの酸化物層の剥離が抑制される。
【0032】
また、窒素化合物層を構成する、鉄を含む窒素化合物は、溶融金属との反応性が小さく、溶融金属に対する高い耐溶損性を有する物質である。このため、窒素化合物層自体も、鋳造用部材の耐溶損性を向上させる効果を有する。
鉄を含む窒素化合物としては、少なくとも鉄(Fe)と窒素(N)とが共有結合してなる化合物であれば特に制限はなく、例えば、γ’−FeN、ε−Fe2〜3N等の窒化鉄や、鉄と鉄以外の他の元素とを含む複合窒化物が挙げられる。
窒素化合物層に含有される、鉄を含む窒素化合物は、1種のみであっても2種以上であってもよい。
また、窒素化合物層は、鉄を含む窒素化合物に加え、不可避的不純物を含んでいてもよい。
【0033】
(酸化物層)
本発明の鋳造用部材は、上記窒素化合物層に接する層として、鉄を含む酸化物を含有する酸化物層を備える。鋳造用部材の使用時には、この酸化物層の表面が溶融金属と接触する。
鉄を含む酸化物としては、少なくとも鉄(Fe)と酸素(O)とが共有結合した化合物であれば特に制限はなく、例えば、FeO(ウスタイトとも呼ばれている)、Fe(ヘマタイトとも呼ばれている)、Fe(マグネタイトとも呼ばれている)等の酸化鉄が挙げられる。中でも、酸化鉄としては、耐食性に優れる点で、Fe(マグネタイト)が特に好ましい。
また、鉄を含む酸化物としては、鉄と鉄以外の他の元素とを含む複合酸化物(例えば、後述の(Fe,Cr))も挙げられる。
酸化物層に含有される、鉄を含む酸化物は、1種のみであっても2種以上であってもよい。
【0034】
前記酸化物層は、前記窒素化合物層に接する層として、上記窒素化合物及び上記酸化物を含有する混合層を含むことが好ましい。
これにより、この混合層を含めた酸化物層と、窒素化合物層と、の密着性をより向上させることができるので、酸化物層の剥離をより抑制できる。
ここで、混合層中における、鉄を含む酸化物の含有量は、混合層全体に対し、好ましくは10質量%以上であり、より好ましくは20質量%以上であり、更に好ましくは30質量%以上であり、特に好ましくは40質量%以上である。また、上記酸化物の含有量は、混合層全体に対し、好ましくは90質量%以下であり、より好ましくは80質量%以下であり、更に好ましくは70質量%以下であり、特に好ましくは60質量%以下である。
また、混合層中における、窒素化合物の含有量は、混合層全体に対し、好ましくは10質量%以上であり、より好ましくは20質量%以上であり、更に好ましくは30質量%以上であり、特に好ましくは40質量%以上である。また、上記窒素化合物の含有量は、混合層全体に対し、好ましくは90質量%以下であり、より好ましくは80質量%以下であり、更に好ましくは70質量%以下であり、特に好ましくは60質量%以下である。
【0035】
この混合層を形成する場合の好ましい態様は、まず上記窒素化合物層をその表層部分に多孔質構造を有する層として形成し、次いで、窒素化合物層上(多孔質構造を有する表層部分側)に酸化物層を形成することで多孔質構造の孔部を酸化し、孔部内に酸化物を形成する態様である。この態様では、酸化物層を形成する前の時点では窒素化合物層の一部であった該窒素化合物層の(多孔質構造を有する)表層部分が、酸化物層の形成後には、上述の混合層(即ち、酸化物層の一部)となる。この態様の混合層(例えば図3中の混合層42)では、酸化物層中の、窒素化合物層との界面を含む領域(即ち混合層)でアンカー効果が発現するので、窒素化合物層と酸化物層との密着性がより向上し、ひいては酸化物層の剥離がより抑制される。
【0036】
上記酸化物層中における、鉄を含む酸化物の含有量は、酸化物層全体に対し、好ましくは10質量%以上であり、より好ましくは20質量%以上であり、更に好ましくは30質量%以上であり、特に好ましくは40質量%以上である。また、上記酸化物の含有量は、酸化物層全体に対し、好ましくは90質量%以下であり、より好ましくは80質量%以下であり、更に好ましくは70質量%以下であり、特に好ましくは60質量%以下である。
【0037】
また、鉄を含む酸化物のうちの少なくとも1種としては、マグネタイト(Fe)に含まれるFeの一部がCrに置き換わった構造の複合酸化物(以下、「(Fe,Cr)」ともいう)が好ましい。ここで、(Fe,Cr)は、マグネタイト(Fe)と同様に、スピネル構造を有する化合物である。
前記酸化物層が(Fe,Cr)を含有することにより、酸化物層と窒素化合物層との密着性がより向上し、酸化物層の剥離がより抑制される。
また、(Fe,Cr)を含有する酸化物層を形成する方法としては、前述のとおり、Crを1質量%以上(好ましくは2質量%以上、より好ましくは4質量%以上、特に好ましくは4.80質量%以上)含む熱間工具鋼からなる母材を用い、この母材に上記窒化層を形成し、次いで酸化物層を形成する方法が好適である。この方法によれば、形成される酸化物層に母材からCrを容易に供給することができ、この酸化物層に(Fe,Cr)を容易に含有させることができる。
【0038】
上記酸化物層の厚さには特に制限はないが、耐溶損性をより向上させる観点からは、1μm以上が好ましく、2μm以上がより好ましい。
また、上記酸化物層の厚さは、繰り返し使用時の剥がれをより抑制する観点からは、20μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。
【0039】
以上で説明した、窒化層及び酸化物層は、母材に対し、表面処理を施すことによって(例えば、窒化処理(nitriding)及び酸化処理(oxidizing)を順次施すことによって)形成された表面処理層であることが好ましい。
【0040】
より詳細には、窒化層は、上記母材に窒化処理を施して形成された層であることが好ましい。
窒化処理としては、上記母材の表面に、加熱下でアンモニアガス及び窒素ガス(好ましくは、更に二酸化炭素ガス)を含む雰囲気ガスに曝す処理が挙げられる。
その他、窒化処理の方法は公知の方法とすることができるが、窒化処理の条件を調整することにより、上記窒化層を形成することができる。
窒化処理の更に好ましい条件については後述する。
【0041】
また、酸化物層は、上記窒化層が形成された母材の窒化層形成面側に、酸化処理を施すことによって形成された層であることが好ましい。
酸化処理としては、加熱下で酸化性雰囲気(例えば大気雰囲気又は水蒸気雰囲気、好ましくは水蒸気雰囲気)に曝す処理が挙げられる。
その他、酸化処理の方法は公知の方法とすることができる。
水蒸気雰囲気に曝す処理としては、例えば、ホモ処理(homotreatment)や水蒸気処理(steam treatment)と呼ばれる公知の処理が挙げられる。
酸化処理の更に好ましい条件については後述する。
【0042】
本発明の鋳造用部材は、上述した構成要素以外にも、公知の構成要素を適宜備えていてもよい。
【0043】
また、本発明の鋳造用部材は、溶融金属と接触して使用される部材である。
この溶融金属としては、公知のアルミニウム合金(例えばダイカスト用アルミニウム合金等)を溶融させたものを好適に用いることができる。また、本発明の鋳造用部材は、溶融金属として、公知の亜鉛合金(例えばダイカスト用亜鉛合金等)を溶融させたものを用いたときにも効果が期待できる。
【0044】
また、本発明の鋳造用部材は、ダイカスト(die casting)に好適に用いることができる。例えば、ダイカスト装置の構成部材である、入子(insert)、中子(core)等の金型構成部品や、鋳抜きピン(core pin)、スリーブ(sleeve)等として使用することができる。これらの中でも、スリーブは、高温の溶融金属が長時間接触しているため、より優れた耐溶損性が重視される用途である。従って、優れた耐溶損性を有する本発明の鋳造用部材は、ダイカスト用スリーブに最適である。
【0045】
<ダイカスト用スリーブ、ダイカスト装置>
本発明のダイカスト用スリーブは、本発明の鋳造用部材を備える。
また、本発明のダイカスト装置は、(好ましくはダイカスト用スリーブとして)本発明の鋳造用部材を備える。
本発明のダイカスト用スリーブ又はダイカスト装置によれば、初期使用時から繰り返し使用時に渡って優れた耐溶損性を維持しながら、ダイカストを行うことができる。これにより、鋳造用部材の補修頻度を低減することができ、また、この鋳造用部材の寿命を長くすることができる。
【0046】
<鋳造用部材の製造方法>
本発明の鋳造用部材を製造する方法には特に制限はないが、例えば、熱間工具鋼からなる母材を準備する母材準備工程と、前記母材の表面を、450℃以上600℃以下の加熱下でアンモニアガス及び窒素ガスを含む雰囲気ガスに曝すことにより窒化処理して窒化層を形成する窒化層形成工程と、前記母材の前記窒化層が形成された面を、450℃以上600℃以下の加熱下で酸化性雰囲気に曝すことにより酸化処理して酸化物層を形成する酸化物層形成工程と、を含む鋳造用部材の製造方法が好適である。
【0047】
本製造方法において、熱間工具鋼、母材、窒化層、及び酸化物層等については、前述の「鋳造用部材」の項で説明したとおりであり、好ましい範囲も同様である。
【0048】
(窒化層形成工程)
窒化層形成工程は、前記母材の表面を、450℃以上600℃以下の加熱下でアンモニアガス及び窒素ガスを含む雰囲気ガスに曝すことにより窒化処理し、母材上に上記窒化層を形成する工程である。
本工程は、炉を用いた通常の窒化処理の方法によって行うことができる。
本工程において、雰囲気ガスに曝す時間には特に制限はないが、20時間以上が好ましく、24時間以上がより好ましく、30時間以上が更に好ましく、36時間以上が特に好ましい。上記時間が20時間以上であれば、形成される窒化層の厚さを200μm以上に調整し易く、かつ、形成される窒素化合物層の厚さを5μm以上に調整し易い。
また、雰囲気ガスに曝す時間は、40時間以下が好ましい。上記時間が40時間以下であれば、形成される窒化層の厚さを400μm以下により調整し易く、かつ、形成される窒素化合物層の厚さを40μm以下により調整し易い。
【0049】
また、上記雰囲気ガスは、窒素化合物層を形成し易い点から、更に二酸化炭素ガスを含むことが好ましい。
この場合、上記雰囲気ガス中における二酸化炭素ガスの量は、アンモニアガス、窒素ガス、及び二酸化炭素ガスの合計に対し、3体積%以上が好ましく、5体積%以上がより好ましい。また、上記二酸化炭素ガスの量は、アンモニアガス、窒素ガス、及び二酸化炭素ガスの合計に対し、20体積%以下が好ましく、15体積%以下がより好ましい。
【0050】
また、本工程における加熱温度は450℃以上600℃以下であるが、500℃以上600℃以下であることが好ましく、540℃以上600℃以下であることがより好ましい。加熱温度が500℃以上であれば、形成される窒化層の厚さを200μm以上により調整し易い。
【0051】
(酸化物層形成工程)
酸化物層形成工程は、前記母材の前記窒化層が形成された面を、450℃以上600℃以下の加熱下で酸化性雰囲気に曝すことにより酸化処理し、前記窒化層上に前記酸化物層を形成する工程である。
本工程は、炉を用いた通常の酸化処理の方法によって行うことができる。
本工程において、酸化性雰囲気に曝す時間には特に制限はないが、酸化鉄をより好適に生成する観点から、1時間以上が好ましく、1.5時間以上がより好ましい。
酸化性雰囲気に曝す時間の上限には特に制限はないが、生産性等の観点から、この時間は、5時間以下が好ましく、3時間以下がより好ましく、2時間以下が特に好ましい。
【0052】
前記酸化性雰囲気としては、鉄を酸化できる雰囲気であれば特に制限はなく、例えば、大気雰囲気や水蒸気雰囲気が挙げられる。
前記酸化性雰囲気としては、Fe(更にはFe及び(Fe,Cr))をより容易に生成しやすい点から、水蒸気雰囲気が好ましい。
【0053】
また、本工程における加熱温度は450℃以上600℃以下であるが、480℃以上600℃以下であることが好ましく、500℃以上600℃以下であることがより好ましい。加熱温度が480℃以上であれば、Fe(更には(Fe,Cr))をより容易に生成することができる。
【0054】
また、本製造方法は、必要に応じ、その他の工程を有していても良い。
その他の工程としては、窒化層形成工程に先立って、母材に焼入れ焼戻しを行う工程等が挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
以下において、ビッカース硬さの測定は、JIS Z 2244(1998)に準拠し、荷重50gの条件で行った。
【0056】
〔実施例1〕
鋳造用部材として試料1〜試料9を作製し、これらについて、繰り返し使用時における耐溶損性(溶損率)を評価した。
以下、試料2を中心に、その詳細を説明する。
【0057】
<試料2の作製>
JIS−G−4404(合金工具鋼鋼材)に規定されるSKD61の熱間工具鋼を、直径10mm×高さ90mmの円柱状に加工し、母材とした。
この母材に焼入れ焼戻しを施し、JIS G 0202に規定されるロックウェル硬さ(HRC)で約45HRCの硬さとなるように調整した。
硬さ調整後の母材の全面に、表1に示す条件の窒化処理及び酸化処理を順次施し、この母材の全面に、窒化層及び酸化物層を順次形成し、試料2を得た。
ここで、窒化処理は、表1に示す組成の雰囲気ガスが導入された、全圧101kPaの反応炉内で行った。
また、酸化処理は、水蒸気が導入された、全圧101kPaの反応炉内で行った。
【0058】
なお、表1の加熱条件欄において、「h」は時間を示している。例えば、「36h」は「36時間」を示している。
【0059】
<試料2の測定>
作製された試料2を、窒化層及び酸化物層の厚さ方向(深さ方向)に沿って切断し、得られた断面において、以下の測定を行った。
測定結果を下記表1に示す。
【0060】
(窒素化合物層の厚さ測定)
上記断面を研磨し、次いでこの断面をナイタール(硝酸を5体積%含む硝酸エタノール溶液)で腐食させた。次いで、この断面をSEM(倍率3000倍)で観察し(図3参照)、このSEM像におけるコントラストに基づき、窒素化合物層の厚さを測定した。
【0061】
(窒化層及び窒素拡散層の厚さ測定)
まず、上記断面の光学顕微鏡像(図1)のコントラストに基づき、母材の内部の位置(深さ)を推定した。
次に、上記断面において、鋳造用部材の表面側から母材側に向けて、各測定点のビッカース硬さを、JIS Z 2244(1998)に準拠して順次測定した。この一連のビッカース硬さ測定により、酸化物層と窒素化合物層との界面からの距離d(各層の厚さ方向についての距離)と、ビッカース硬さと、の関係を求めた(図2)。
この関係に基づき、母材の内部において、上記の距離dが25μm変化したときのビッカース硬さの変化が10HV以下となったときの測定値を、「母材のビッカース硬さ」とした。更に、「母材のビッカース硬さ」よりも50HV高いビッカース硬さを示す位置を、窒素拡散層と母材との界面の位置とした。
【0062】
次に、上記ビッカース硬さ測定の結果、光学顕微鏡観察結果、及びSEM観察結果に基づき、酸化物層と窒素化合物層との界面から窒素拡散層と母材との界面までの距離を求め、この距離を窒化層の厚さとした。
更に、窒素化合物層と窒素拡散層との界面から窒素拡散層と母材との界面までの距離を求め、この距離を窒素拡散層の厚さとした。
【0063】
図1は、試料2を、窒化層及び酸化物層の厚さ方向に沿って切断した断面を示す光学顕微鏡像(倍率50倍)である。
図2は、試料2を、窒化層及び酸化物層の厚さ方向に沿って切断した断面において、ビッカース硬さ測定を行った結果であり、酸化物層と窒素化合物層との界面からの距離d(μm)と、ビッカース硬さ(Vickers hardness (HV))と、の関係を示すグラフである。
【0064】
図1に示すように、試料2では、母材10上に窒素拡散層32が形成され、この窒素拡散層32上に、窒素化合物層34及び酸化物層40が形成されていることが確認された。
また、図2より、試料2では、母材のビッカース硬さ(約430HV)よりもビッカース硬さが50HV高い位置、即ち、距離dが300μmである位置を、母材10と窒素拡散層32との界面とした。
【0065】
図3は、試料2の各層の断面を示すSEM像(倍率3000倍)である。
図3に示すように、試料2では、この試料2の表面を含む酸化物層40と窒素拡散層32との間に、窒素化合物層34が介在することが確認された。詳細には、ナイタールへの溶解性の違いにより、窒素化合物層34と他の層とが区別された。
試料2における窒化層30は、窒素拡散層32及び窒素化合物層34から構成されている。
また、酸化物層40中における窒素化合物層34との界面側には混合層42が確認された。図3より、この混合層42は、多孔質の孔部に酸化物が形成された構造であることがわかった。
【0066】
(酸化物層の成分分析)
X線回折試験により、酸化物層の成分を分析した。
【0067】
<試料2の溶損率(%)の評価>
上記で作製された試料2について、以下のようにして、溶損率(%)の評価を行った。 この評価では、溶損率(%)が低い程、繰り返し使用時における耐溶損性に優れることを示している。
まず、ダイカスト用アルミニウム合金ADC12(JIS−H−5302)を溶融させて溶融金属とし、この溶融金属の温度を700℃に維持した。
次に、試料2の重さを測定し(ここで測定された重さを、以下、「浸漬前の重さ」とする)、重さ測定後の試料2の一端面から40mmまでの部分を、上記700℃の溶融金属中に浸漬させた(以下、この状態を「初期状態」とする)。この初期状態から試料2を、20mmの振幅で上下させる運動を、毎分90回で5時間行った(即ち、この運動中、試料2の一端面から20mmまでの部分は、常時溶融金属に浸漬している)。
上記5時間の運動を行った後の試料2を溶融金属から出し、この試料2をアルカリ洗浄した。アルカリ洗浄後の試料2を乾燥させ、乾燥した試料2の重さを測定した(ここで測定された重さを、以下、「浸漬後の重さ」とする)。
上記「浸漬前の重さ」及び上記「浸漬後の重さ」に基づき、下記式1に従って、溶損率(%)を算出した。
算出された溶損率(%)を下記表1に示す。
【0068】
溶損率(%) = ((浸漬前の重さ−浸漬後の重さ)/(浸漬前の重さ))×100 … 式1
【0069】
<試料1及び試料3〜試料9の作製、測定、及び評価>
試料2の作製、測定、及び評価において、窒化処理及び酸化処理の条件を、下記表1に示すように変更し、試料1及び試料3〜試料9の作製、測定、及び評価を行った。
ここで、試料4、6、及び8では、試料2の酸化処理における水蒸気雰囲気を、大気雰囲気に変更した。
試料8では、窒化処理を行った後、形成された窒素化合物層をショットブラストによって除去し、除去後に酸化処理を行った。
試料9では、酸化処理を行わなかった。
測定及び評価の結果を下記表1に示す。
【0070】
【表1】
【0071】
表1に示すように、本発明例である試料1〜試料5では、比較例である試料6〜試料9と比較して、溶損率(%)が低く、繰り返し使用時における耐溶損性に優れることが確認された。
【0072】
詳細には、試料1では、窒化層の厚さが試料9よりも薄いが、酸化物層が形成されていることにより、試料9よりも低い溶損率を示した。
また、試料2は、試料1における窒化処理の時間を延ばして窒化層を更に厚くした試料である。この試料2は、試料1よりも更に低い溶損率を示した。
試料1及び試料2では、X線回折試験により、酸化物層の成分として、マグネタイト(Fe)に加え、マグネタイト(Fe)に含まれるFeの一部がCrに置き換わった構造の複合酸化物((Fe,Cr))が検出された。
【0073】
試料3及び試料4は、試料2の酸化処理条件を変更したものである。
このうち、酸化処理温度を低くした試料3では、酸化物層の成分として、マグネタイト(Fe)が検出されたが、(Fe,Cr))が検出されず、試料2と比較して溶損率がやや高くなった。
酸化処理の雰囲気を大気雰囲気とした試料4の酸化物層には、マグネタイト(Fe)に加え、ヘマタイト(Fe)も検出された。この試料4では、試料2及び3と比較して、溶損率がやや高くなった。
【0074】
試料5は、試料3の窒化処理の条件を変更したものである。
詳細には、試料5は、試料3における窒化処理の雰囲気ガス(アンモニアガス、二酸化炭素ガス、及び窒素ガスの混合ガス)を、試料9と同様の従来の雰囲気ガス(アンモニアガス及び窒素ガスの混合ガス)に変更したものである。
この試料5では、試料3と比較して、溶損率がやや高かった。
【0075】
比較例である試料6〜試料8は、本発明例と同様に、窒化層上に酸化物層を形成した試料である。
しかし、試料6は、窒化処理の時間が短く、窒化層が薄かったことから、試料9に比べて耐溶損性の改善が殆ど見られなかった。
【0076】
試料7は、窒化処理の時間が試料6よりも更に短く、窒化層が薄かったことに加えて、窒素化合物層も薄かった試料である。
この試料7では、溶損率の評価中、酸化物層と窒素化合物層との界面で早期に剥離が起こったことに加え、窒素化合物層と窒素拡散層との界面でも早期に剥離が起こり、溶損率が高かった。
【0077】
図4は、試料7の各層の断面を示すSEM像(倍率3000倍)である。
図4に示すように、試料7においても、試料2(図3)と同様に、窒素拡散層32の上に、窒素化合物層34及び酸化物層40が順次形成されていた。
しかし、窒素化合物層34が薄い試料7では、窒素拡散層32と窒素化合物層34との間にSEM像中において濃黒で示される酸化物層50が形成されていた。
試料7では、この酸化物層50が存在することにより、窒素拡散層32と窒素化合物層34との密着性が低下し、窒素拡散層32と窒素化合物層34との界面で、早期に剥離が起こったものと考えられる。
【0078】
また、窒素化合物層が存在しない試料8では、酸化物層の剥離が発生した。そして、剥離した酸化物層の下には窒素化合物層も無いため、溶損率が大きい結果となった。
【0079】
〔実施例2〕
<ダイカスト用スリーブの作製>
ダイカスト用スリーブとして、寸法(外径×内径×長さ)が概ね表2に示す通りのスリーブA(未処理)及びスリーブB(未処理)を準備した。スリーブの母材は、いずれもSKD61である。
【0080】
まず、これらのスリーブの表面に、それぞれ、アンモニア:窒素=1:1の雰囲気ガス流量比にて530℃×36hの条件で窒化処理を実施して、窒化層を形成した。形成された窒化層の構成は、概ね表1の試料9(比較例)における窒化層の構成と同じであった。
以上により、スリーブA(比較例)及びスリーブB(比較例)を得た。
【0081】
次に、スリーブA(比較例)及びスリーブB(比較例)に酸化処理(水蒸気雰囲気にて520℃×1.5h)を実施して、各スリーブにおける窒化層上に酸化物層を形成した。
形成された酸化物層の構成は、概ね表1の試料1における酸化物層の構成と同じであった。
以上により、スリーブA(本発明例)及びスリーブB(本発明例)を得た。
【0082】
<評価(ダイカスト)>
−スリーブA(本発明例)の評価−
スリーブA(本発明例)を1650tのコールドチャンバー方式ダイカスト装置に装填し、ダイカスト用アルミニウム合金ADC12(JIS−H−5302)のダイカストを行った。そして、溶損が大きくなりスリーブの交換が必要となるまでのショット回数をカウントし、このショット回数を「可能ショット回数」とした。
【0083】
−スリーブA(比較例)の評価−
スリーブA(本発明例)の評価において、スリーブA(本発明例)をスリーブA(比較例)に変更したこと以外はスリーブA(本発明例)の評価と同様にして、スリーブA(比較例)の評価を行った。
【0084】
−スリーブB(本発明例)の評価−
スリーブB(本発明例)を650tのコールドチャンバー方式ダイカスト装置に装填し、ダイカスト用アルミニウム合金ADC12(JIS−H−5302)のダイカストを行った。そして、溶損が大きくなりスリーブの交換が必要となるまでのショット回数をカウントし、このショット回数を「可能ショット回数」とした。
【0085】
−スリーブB(比較例)の評価−
スリーブB(本発明例)の評価において、スリーブB(本発明例)をスリーブB(比較例)に変更したこと以外はスリーブB(本発明例)の評価と同様にして、スリーブB(比較例)の評価を行った。
【0086】
以上の評価結果を下記表2に示す。
【0087】
【表2】
【0088】
表2に示すように、スリーブA(比較例)は、6万ショット経過時の溶損が大きく交換を要したが、スリーブA(本発明例)は、12万ショットまで使用することができた。
また、スリーブAより小径のスリーブBの評価において、スリーブB(比較例)は、3万ショット経過時の溶損が大きく交換を要したが、スリーブB(本発明例)は、6万ショットまで使用することができた。
【0089】
日本出願2012−084683の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
図1
図2
図3
図4