(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1においては、損傷個所を自己修復するに際して、不可逆な重合反応を利用しており、同一個所の再自己修復は困難となっている。
また、非特許文献1,2においては、同一個所において自己修復が再度可能であっても、流動性の無い材料中で化学結合の組み換えが行われて、分子運動が制限されることになり、光照射を比較的長時間に亘って行わざるを得ない。
【0007】
また、非特許文献3に示すゲル材料に関しては、力学的にゾル-ゲル転移の制御が可能であるものの、微粒子が連結構造体を構築する力は弱く、一旦、力学的にゲル状態が崩壊した場合には、それが、外力が除かれてゲル状態に再構築されるためには、比較的長い時間を要する。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、その第1の目的は、同一個所の再自己修復が可能で且つ自己修復に要する光照射時間を極力短縮できる自己修復性材料を提供することにある。
第2の目的は、上記自己修復性材料を用いた自己修復性材料の使用方法を提供することにある。
第3の目的は、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得るゲル材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記第1の目的を達成するために本発明(請求項1に係る発明)にあっては、
液晶材料と、
前記液晶材料中に含まれ、該液晶材料が等方相に転移したときゾル状態を発現させ、該液晶材料が液晶相に転移したときゲル状態を発現させる微粒子と、
前記液晶材料中に含まれ、光照射に基づく光異性化をもって、該液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切替える光応答性材料と、
が含有されている、
ことを特徴とする自己修復性材料とした構成とされている。この請求項1の好ましい態様としては、請求項2〜8に記載の通りとなる。
【0010】
前記第2の目的を達成するために本発明(請求項9に係る発明)にあっては、
自己修復性材料を用いて部材表面を構成している自己修復性材料の使用方法において、
前記自己修復性材料として、液晶材料と、該液晶材料中に含まれ、該液晶材料が等方相に転移したときゾル状態を発現させ、該液晶材料が液晶相に転移したときゲル状態を発現させる微粒子と、前記液晶材料中に含まれ、光照射に基づく光異性化をもって、該液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切替える光応答性材料と、が含有されているものを用意し、
前記自己修復性材料をゲル化することにより前記部材表面を構成する一方、
前記部材表面が損傷したときに、先ず、その損傷した部分に対する光照射に基づく前記光応答性材料の光異性化により、前記液晶材料を等方相に転移させて、該損傷した部分をゾル化し、
その後、前記ゾル化した部分に対する光照射に基づく前記光応答性材料の光異性化により、前記液晶材料の等方相を液晶相に移行させて、前記ゾル化した部分をゲル化する構成とされている。この請求項9の好ましい態様としては、請求項10、11の記載の通りとなる。
【0011】
前記第3の目的を達成するために本発明(請求項12に係る発明)にあっては、
液晶材料中に、該液晶材料を等方相から液晶相に移行させるに伴いゲル状態とするための微粒子が含有され、
前記微粒子が、前記液晶材料がゲル状態にあるときに、液晶相ドメイン間に存在する等方相領域に凝縮されてい
て、
塗料に用いられる、
ことを特徴とするゲル材料とした構成としてある。この請求項12の好ましい態様としては、請求項1
4以下の記載のとおりとなる。
また、前記第3の目的を達成するために本発明(請求項13に係る発明)にあっては、
液晶材料中に、該液晶材料を等方相から液晶相に移行させるに伴いゲル状態とするための微粒子が含有され、
前記微粒子が、前記液晶材料がゲル状態にあるときに、液晶相ドメイン間に存在する等方相領域に凝縮されていて、
損傷した部分に外力を加えてゾル化させた後、その外力を取り除くことによりゲル化する自己修復性材料として用いられる、
ことを特徴とするゲル材料とした構成としてある。この請求項13の好ましい態様としては、請求項14以下の記載のとおりとなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明(請求項1に係る発明)によれば、当該自己修復性材料を用いれば、微粒子が液晶材料(液晶相転移現象)と協働してネットワーク構造を構築し、当該自己修復性材料を高粘度のゲル状態にすることができることになり、当該自己修復性材料をもって部材表面(商品表面等)を構成できる。
一方、上記部材表面が損傷したときには、その損傷した部分を、光照射による光応答性材料の光異性化に基づき液晶材料を等方相に転移させることにより、その損傷した部分をゾル化することができ、そのゾル化に基づく流動性により損傷した部分を、自ずと補修できる。この後、そのゾル化した部分を、光照射による光応答性材料の光異性化に基づき液晶材料を液晶相に転移させて、その液晶相への転移現象と微粒子との相互作用(ネットワーク構造の構築)を利用することにより、ゾル化した部分をゲル化することができ、元のゲル状態に修復できる。このように、当該自己修復性材料を用いれば、部材表面を構成できる一方、その部材表面が損傷したとしても、その損傷した部分の修復に際して、当該自己修復性材料のゾル-ゲルの可逆的な形態変化を利用できることになり、同一個所の再自己修復を可能とすることができる。
また、光照射が光応答性材料の光異性化に用いられ、自己修復に、高速な分子形状の変化によって誘起される分子ドミノ効果に基づく液晶材料の相構造転移とそれによるゾル-ゲル転移を利用できることになり、光照射時間を、光照射を化学結合の組み換えに用いる態様の場合に比して、短縮することができる。
【0013】
請求項2に係る発明によれば、微粒子の濃度が液晶材料及び光応答性材料の混合物に対して5wt%以上に設定されていることから、微粒子は、液晶材料と協働してネットワーク構造を的確に構築して、当該自己修復性材料を確実にゲル状態とすることができる。このため、当該自己修復性材料を、部材表面を構成する材料としても、具体的に好ましいものを提供できる。
ここで、微粒子の濃度が液晶材料及び光応答性材料の混合物に対して5wt%以上としているのは、「5wt%」未満では、部材表面を構成するための所望のゲル状態を得ることができないからである。
【0014】
請求項3に係る発明によれば、光応答性材料が、液晶材料に対して0.1mol%以上とされていることから、照射光に基づき光応答性材料を的確に光異性化させて、液晶材料の相転移の切り替えを的確に行うことができる。これに伴い、液晶材料の相転移に基づいて生じるゾル-ゲル状態の切り替えを、照射光に基づき的確に行うことができる。
ここで、光応答性材料が「0.1mol%」以上としているのは、「0.1mol%」未満では照射光に基づく光応答性材料の光異性化効果を十分に得ることができないからである。
【0015】
請求項4に係る発明によれば、光応答性材料が、2種類の異なる第1、第2の照射光に基づく光異性化により第1、第2の形態をそれぞれとるように設定され、第1の形態が液晶材料を等方相に導く形態とされ、第2の形態が液晶材料を液晶相に導く形態とされていることから、第1の形態に基づいて液晶材料を等方相に移行させて当該自己修復性材料をゾル化することができ、第2の形態に基づいて液晶材料を液晶相に移行させて当該自己修復性材料をゲル化することができる。このため、当該自己修復性材料を用いることにより、具体的に、ゾル-ゲル状態を可逆的に再現することができる。
【0016】
請求項5に係る発明によれば、液晶材料を等方相に導く形態がシス体であり、液晶材料を液晶相へ導く形態がトランス体であることから、前記請求項4の作用効果をより具体的に実現できる。
【0017】
請求項6に係る発明によれば、第1の照射光が紫外光であり、第2の照射光が可視光であることから、具体的な照射光を用いて、前記請求項4と同様の作用効果を実現できる。
また、第1の照射光として紫外光を用い、第2の照射光として可視光を用いることから、光応答性材料(濃度も含む)との関係を考慮しつつ、照射紫外光の強度については、日常環境における紫外光の強度及び室内環境における紫外光の強度よりもできるだけ大きくし、照射可視光の強度については、日常環境における可視光の強度及び室内環境における可視光の強度にできるだけ近づけるように調整することができる。このため、日常環境、室内環境中で使用する通常の使用態様の下で、その日常環境、室内環境における紫外光により自己修復性材料が不用意にゾル化することを防ぎつつ(ゲル状態に維持)、その日常環境、室内環境における可視光により自己修復性材料の安定化(ゲルの安定化)を維持できる。
【0018】
請求項7に係る発明によれば、液状の被覆材料の含有成分として用いられ、液晶材料が、被覆材料中において、光応答性材料の光異性化の状態に基づき、等方相に導かれていることから、被覆材料に含有成分として当該自己修復性材料を用いられる場合であっても、本来の液状の被覆材料の機能を維持できる。このため、本来の液状の被覆材料同様、塗布作業を行うことができる。
【0019】
請求項8に係る発明によれば、被膜の形態として用いられ、液晶材料が、被膜としての通常使用時において、光応答性材料の光異性化の状態に基づき、液晶相に導かれていることから、照射光に基づく自己修復性機能を確保しつつ、通常使用時において、ゲル化した被膜に基づき部材表面として好ましいものを構成できる。
【0020】
本発明(請求項9に係る発明)によれば、前述の請求項1に係る自己修復性材料を用いて、部材表面を構成できる一方、その部材表面が損傷したとしても、その損傷した部分の修復に際して、当該自己修復性材料のゾル-ゲルの可逆的な形態変化を利用して、同一個所の再自己修復を可能とすることができる。また、光照射が光応答性材料の光異性化に用いられて、光照射時間を、光照射を化学結合の組み換えに用いる態様の場合に比して短縮できる。したがって、前述の請求項1に係る自己修復性材料を用いた自己修復性材料の使用方法を提供できる。
【0021】
請求項10に係る発明によれば、損傷した部分に対する光照射に基づく光応答性材料の光異性化が、光応答性材料をシス体にすることであり、ゾル化した部分に対する光照射に基づく光応答性材料の光異性化が、光応答性材料をトランス体にすることであることから、その具体的な光異性化形態を利用して、当該自己修復性材料のゾル状態、ゲル状態を的確に得ることができ、これにより、損傷した部分の修復を確実に行うことができる。
【0022】
請求項11に係る発明によれば、損傷した部分に対する光照射に紫外光を用い、ゾル化した部分に対する光照射に可視光を用いることから、損傷した部分をゾル化するに際して、また、ゾル化した部分をゲル化するに際して、好ましい照射光をそれぞれ用いることができる。
また、損傷した部分に対する光照射に紫外光を用い、ゾル化した部分に対する光照射に可視光を用いることから、光応答性材料(濃度も含む)との関係を考慮しつつ、照射紫外光の強度については、日常環境における紫外光の強度及び室内環境における紫外光の強度よりもできるだけ大きくし、照射可視光の強度については、日常環境における可視光の強度及び室内環境における可視光の強度にできるだけ近づけるように調整することができる。このため、日常環境、室内環境中で使用する通常の使用態様の下で、その日常環境、室内環境における紫外光により自己修復性材料が不用意にゾル化することを防ぎつつ(ゲル状態に維持)、その日常環境、室内環境における可視光により自己修復性材料の安定化(ゲルの安定化)を維持できる。
【0023】
本発明(請求項12に係る発明)によれば、液晶材料中に、該液晶材料を等方相から液晶相に移行させるに伴いゲル状態とするための微粒子が含有され、微粒子が、液晶材料がゲル状態にあるときに、液晶相ドメイン間に存在する等方相領域に凝縮されていることから、微粒子が、液晶相ドメイン間に強く捕捉されて、連結構造として強い構築力を有するネットワーク構造を形成することになり、力学的にゲル状態が崩壊しても、ひずみが無くなれば、直ちにネットワーク構造を再構築することになる。このため、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得るゲル材料を提供できる。
【0024】
また、請求項12に係る発明によれば、当該ゲル材料が塗料に用いられることから、前述の当該ゲル材料の特性を有効に利用して塗料材料として最適なものを提供できる。
特に、当該ゲル材料を塗料として用いれば、顔料を溶解させる溶媒を不要とすることができ、省資源且つ環境に優しい塗料を提供できる。すなわち、通常の塗料が、顔料を適当な溶媒に溶解させて塗布した後に、溶媒を蒸発させて顔料の薄膜を作製するのに対して、微粒子/液晶複合系において、顔料を液晶に溶解した場合は液晶が溶媒となるが、液晶性を示す顔料であれば溶媒を全く不要とすることができ、「ゾル状態で塗布して、ゲル状態で固める」ことにより薄膜を作製できる。
【0025】
また、請求項13に係る発明によれば、当該ゲル材料が、損傷した部分に外力を加えてゾル化させた後、その外力を取り除くことによりゲル化する自己修復性材料として用いられることから、当該ゲル材料の復元の高速応答性を利用することにより、外力の作用だけでゾル化して損傷した部分の補修を図った後、直ちに元のゲル状態に戻すことができる。
【0026】
請求項14に係る発明によれば、微粒子の濃度が、液晶材料に対して5wt%以上に設定されていることから、微粒子は、液晶材料と協働してネットワーク構造を的確に構築して、当該ゲル材料を確実にゲル状態とすることができる。このため、当該ゲル材料を、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得る材料として、具体的に好ましいものを提供できる。
ここで、微粒子の濃度が液晶材料に対して5wt%以上としているのは、「5wt%」未満では、上記所望のゲル状態を得ることができないからである。
【0027】
請求項15に係る発明によれば、本件発明者の知見に基づき、液晶材料の液晶相が分子配列の層構造を有していることにより、降伏ひずみの低下を抑制しつつ、貯蔵弾性率を高めることができる。これにより、高い靱性を維持しつつ、硬さを高めることができるゲル材料とすることができる。
【0028】
請求項16に係る発明によれば、本件発明者の知見に基づき、液晶材料の液晶相がスメ
クチックA相であることにより、具体的に、降伏ひずみの低下を抑制しつつ、貯蔵弾性率
を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0031】
A.自己修復性材料及び自己修復性材料の使用方法について
1.本実施形態に係る自己修復性材料は、液晶材料、微粒子及び光応答性材料の混合物からなる。この場合、この自己修復性材料を使用するに先立ち、液晶材料中に微粒子及び光応答性材料を分散させるべく、加熱下で、液晶材料、微粒子及び光応答性材料を混合することが好ましい。
【0032】
(1)前記液晶材料は、基本的に、自己修復材料の主材料として機能する他に、微粒子及び光応答性材料と協働して一定の役割を果たす。この液晶材料の具体的役割については、微粒子及び光応答性材料の役割と共に後述する。
【0033】
(i)液晶材料の骨格構造としては、基本的にビフェニルを初めとして、液晶分野で知られているものが使用されうる。特に、ビフェニル、ターフェニル、フェニルベンゾエート、トラン等の骨格構造を有する低分子液晶が好適である。具体的には、4-シアノ-4’-n-ペンチルビフェニル、4-シアノ-4’-n-ヘプチルビフェニル、4-シアノ-4’-n-へプチロキシビフェニル等のシアノビフェニル類;コレステリルアセテート、コレステリルベンゾエート等のコレステリルエステル類;4-カルボキシフェニルエチルカーボネート、4-カルボキシフェニル-n-ブチルカーボネート等の炭酸エステル類;安息香酸フェニルエステル、フタル酸ビフェニルエステル等のフェニルエステル類;ベンジリデン-2-ナフチルアミン、4’-n-ブトキシベンジリデン-4-アセチルアニリン等のシッフ塩基類;N,N’-ビスベンジリデンベンジジン、p-ジアニスアルベンジジン等のベンジジン類;4,4’-アゾキシジアニソール、4,4’-ジ-n-ブトキシアゾキシベンゼン等のアゾキシベンゼン類;ポリ(p-フェニレンテレフタルアミド)等の液晶高分子、4-メルカプト-4’-n−ビフェニル、4-シアノ-4’-(ω-メルカプトペンチル)ビフェニル等の液晶分子に構造の似た液晶様分子も用いることができる。
【0034】
また、下記のものも用いることができる。
【化1】
【0035】
さらに、下記(1)〜(6)のものも用いることができる。
【化2】
【0036】
(ii)液晶相構造としては、これまでに発見されている全ての液晶相構造が使用され得る。特に、ネマチック相、スメクチック相、ディスコチック相、キュービック相、コレステリック相が好適である。
【0037】
(2)前記微粒子は、前記液晶材料(相構造)と協働して、当該自己修復性材料のゾル-ゲル状態を可逆的に再現する役割を果たす。部材表面を構成する形態(例えば被膜等)の確保と、部材表面が損傷したときの自己修復とを両立させるためである。
【0038】
具体的に説明する。
(i)液晶材料(分散媒)中に微粒子(分散質)を分散された材料(液晶コロイド材料)において、微粒子濃度がある一定以上の濃度条件下では、微粒子が液晶中でネットワーク構造を構築し、高粘度のゲル状態(液晶コロイドゲル)を発現する。このゲル状態の発現は、等方相S1において均一に分散していた微粒子P(
図1参照)が、液晶材料が等方相S1から液晶相S2へと相転移するときに、液晶の配向弾性に基づき、液晶相S2領域から排出されて等方相S1領域に凝集し、ネットワーク構造Nを構築することに基づいている(
図2、
図3参照)。
図2の矢印は、等方相S1が縮小されていく一方、液晶相S2が拡張されていく過程を示している。
その一方、分散媒である液晶材料が液晶相から等方相へと相転移すると、上記
図1〜
図3の順とは逆に、微粒子によって構築されたネットワーク構造が崩壊して低粘度のゾル状態が発現する。
このように、微粒子は、液晶材料の相構造に応じて、当該自己修復性材料のゾル-ゲル状態を可逆的に変化させる役割を有する。
【0039】
(ii)微粒子の材質としては、SiO
2、高分子、金属などが用いられる。
(iii)微粒子の直径については、液晶材料中に分散できる大きさであれば、特に制限は無い。ネットワーク構造の構築に微粒子の直径は影響を与えないからである。しかし、微粒子の直径は0.1〜10μm(より好ましくは0.2〜5μm)とすることが好ましい。0.1μm以上であれば、密度の面(緻密性等)から好ましいネットワーク構造を構築できる一方、10μmを超えると、粗なネットワーク構造となる傾向があるからである。
(iv)微粒子の表面については、液晶分子が表面に対して垂直に配向するように、化学物質(フッ素系界面活性剤、長鎖アルキルカチオン、レシチン、ポリイミド、シランカップリング剤)の修飾もしくは物理的(マイクログルーブ構造)に処理されていることが好ましい。
【0040】
(v)微粒子の濃度は、液晶材料と後述の光応答性材料との混合物に対して5wt%以上とされる。5wt%以上とするのは、5wt%未満では、液晶材料と協働してネットワーク構造を十分に構築することができず、これに伴い、十分にゲル化を図ることができないからである。一方、微粒子の濃度の上限については、液晶材料中に分散でき、状況に応じ、液晶材料が液晶相を発現できる限り、特に制限はない。しかし、主成分としての液晶材料に対する微粒子の添加剤としての役割からすれば、微粒子の濃度は、上記「5wt%以上」のうちでも、5〜30wt%(より好ましくは20〜30wt%)が好ましい。30wt%を超えると、液晶材料の量が相対的に少なくなって、等方相に転移させることにより発現するゾル状態において良好な流動性を低下させる傾向にあるからである。
【0041】
(3)前記光応答性材料は、前記液晶材料中に存在(溶解)して、2種類の異なる第1、第2の照射光に基づき、液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切り替える(相転移)役割を果たす。すなわち、光応答性材料は、第1、第2の照射光に基づき、第1、第2の形態にそれぞれ光異性化し、その第1、第2の形態のいずれの状態にあるかにより液晶材料の相構造を決定する。
【0042】
(i)上記光応答性材料の第1の形態としては、液晶材料の液晶相の状態を乱して、液晶材料を等方相に導く(相転移させる)形態(液晶の配向や物性に影響を与える形状)が用いられており、本実施形態においては、屈曲した分子形状とされるシス体が用いられている。
上記光応答性材料の第2の形態としては、液晶材料を液晶相に導く形態(液晶の配向や物性に影響を与えない形状)が用いられており、本実施形態においては、棒状の分子形状とされるトランス体が用いられている。
これにより、光応答性材料がシス体に光異性化された場合には、液晶材料が液晶相のときには、その液晶相が不安定化して相構造が等方相に転移し、光応答性材料がトランス体に光異性化された場合には、液晶材料が等方相のときには、その等方相は液晶相に転移することになる(液晶材料の相構造の制御)。
この結果、液晶材料中に微粒子が含有されている状態の下では、光応答性材料の光異性化の選択により、当該自己修復性材料をゾル状態にも、ゲル状態にも可逆的且つ選択的に転移させることができる。
【0043】
(ii)光応答性材料の基本骨格構造としては、例えば、アゾベンゼン構造、スピロピラン構造、フルギド構造、ジアリールエテン構造、サリチリデンアニリン構造、アントラセン構造、ノルボルナジエン構造、シンナモイル構造、ニトロン構造、ベンズアルドキシム構造、スチルベン構造、レチナール構造、又はアゾメチン構造が挙げられる。本発明においては、これらの中でも、光照射によりシス−トランス異性化の構造変化を起こすアゾベンゼン構造、光照射により開環−閉環の構造変化を起こすスピロピラン構造、フルギド構造、又はジアリールエテン構造が好ましい。
【0044】
(iii)光応答性材料の濃度は、液晶材料に対して0.1mol%以上とされる。0.1mol%未満では、照射光に基づく光応答性材料の光異性化効果を十分に得ることができないからである。一方、光応答性材料の濃度の上限については、それが溶解できる限り、特に制限はない。しかし、主成分としての液晶材料に対する光応答性材料の添加剤としての役割からすれば、光応答性材料の濃度は、上記「0.1mol%以上」のうちでも、0.5〜10mol%が好ましい。光応答性材料が液晶性を発現しない場合、10mol%以上になると液晶相が不安定になり、混合材料が液晶相を発現する温度範囲が狭くなるためである。
なお、光応答性材料が液晶相を発現する性質を有する場合には、一般的な液晶材料に代えて、その液晶相を発現する光応答性材料のみを用いてもよい。例えば、分子両端の少なくとも一方がアルキル基、アルコキシ基で置換され、もう一方がアルキル基、アルコキシ基、シアノ基などで置換されたアゾベンゼン化合物等である。
(iv)光応答性材料の濃度は、その濃度に応じて、十分な光異性化効果を得るのに必要な紫外光、可視光の照射強度を変化させることができる。具体的には、光応答性材料の濃度を0.1〜10mol%の範囲で変化させることにより、十分な光異性化効果を得るのに必要な紫外光および可視光の照射強度を、0.2〜20mW/cm
2の範囲で連続的且つ良好に調整することが可能である。
【0045】
(v)光応答性材料として、下記に示すものを用いることができる。
アゾベンゼン構造としては(化3)で表される構造。
スピロピラン構造としては(化4)又は(化5)で表される構造。
フルギド構造としては(化6)で表される構造。
ジアリールエテン構造としては(化7)で表される構造。
サリチリデンアニリン構造としては(化8)で表される構造。
アントラセン構造としては(化9)で表される構造。
ノルボルナジエン構造としては(化10)で表される構造。
シンナモイル構造としては(化11)で表される構造。
ニトロン誘導体構造としては(化12)で表される構造。
ベンズアルドキシム構造として(化13)で表される構造。
スチルベン構造として(化14)で表される構造。
レチナール構造として(化15)で表される構造。
【化3】
【化4】
【化5】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【化11】
【化12】
【化13】
【化14】
【化15】
この中でも、以下の(化16)で示される化合物が特に望ましい。
光異性化反応により、光応答性材料の分子形状が大きく変化し、液晶材料を効率よく等方相へと相転移させるからである。
【化16】
この場合、R
1とR
2は同じでも異なっていてもよく、アルキル基、アルコキシ基、アルキルエステル基、シアノ基などが用いられる。
【0046】
(vi)前記光応答性材料に対して照射する前記第1、第2の照射光に関しては、前述したように、第1の照射光は、前記光応答性材料を前記第1の形態(液晶材料の液晶相の状態を乱して、液晶材料を等方相に導く形態、より具体的にはシス体)に光異性化する機能を有し、第2の照射光は、前記光応答性材料を前記第2の形態(液晶材料を液晶相に導く形態、より具体的にはトランス体)に光異性化する機能を有する。このため、第1、第2の照射光は、光応答性材料に応じて紫外光、可視光、近赤外光等のいずれの中から適宜選択される。その中でも、波長として、254〜1064nmのものが好ましく、365〜63
2nmのものがより好ましい。254〜1064nmは市販されている一般的な光源で使用できる波長であり、365〜632nmはより汎用性の高い光源(水銀ランプ、アルゴンイオンレーザー、ヘリウム‐ネオンレーザー)で使用できる波長だからである。
本実施形態においては、第1の照射光として、紫外光が用いられ、第2の照射光として、可視光が用いられている。このような照射光を特に用いているのは、紫外光によりトランス体をシス体に光異性化させ、可視光によりシス体を効率よくトランス体に光異性化させるためである。
上記第1、第2の照射光の強度については、光応答性材料、その濃度に応じて適宜選択される。その中でも、0.2mW/cm
2以上が好ましい。0.2mW/cm
2未満では液晶材料を相転移させるのに十分な光異性化反応を誘起できないからである。一方、第1、第2の照射光の強度の上限については、それが液晶材料、光応答性材料等を著しく劣化、分解等させない限り、特に制限はない。しかし、実際上の準備等の観点から、0.2〜20mW/cm
2(より好ましくは1〜10mW/cm
2)が好ましい。
特に、第1の照射光として紫外光を用い、第2の照射光として可視光を用いる場合には、前述の光応答性材料(具体的には濃度)との関係を考慮しつつ、照射紫外光の強度を、日常環境における紫外光の強度(紫外光領域(波長=280〜400nm)における光強度の総和は約2mW/cm
2)及び室内環境における紫外光の強度(紫外光領域(波長=275〜380nm)における強度の総和は7.3mW/cm
2)よりもできるだけ大きくし、照射可視光の強度を、日常環境における可視光の強度(可視光領域の強度の総和は、数十mW/cm
2)及び室内環境における可視光の強度(可視光領域の光強度の総和は、数mW/cm
2)にできるだけ近づけるようにすることが好ましい。日常環境、室内環境中で使用する通常の使用態様の下で、その日常環境、室内環境における紫外光により自己修復性材料が不用意にゾル化することを防ぎつつ(ゲル状態に維持)、その日常環境、室内環境における可視光により自己修復性材料の安定化(ゲルの安定化)を維持するためである。これにより、自己修復性材料の安定した使用態様を確保できる。
このため、一例として、光応答性材料の濃度を1mol%程度に調整し、十分な光異性化効果を得るのに必要な紫外光および可視光の照射強度を、およそ2mW/cm
2とすることが行われる。この場合には、光照射に基づく液晶の相転移温度(動作温度)は、室温よりもやや高めの温度となるが、光応答性材料の濃度を大きくすれば、光照射時に液晶の相転移温度が大きく下がる傾向があり、これを利用して、動作温度を、低い側に広げて室温以下の十分低い温度にもできる。
【0047】
2.上記自己修復性材料は、塗料、コーティング剤等の被覆材料、人工皮膚等に用いることができる。
(1)塗料、コーティング剤等の被覆材料に自己修復性材料を用いる場合には、被覆材料中に当該自己修復性材料が含有され(色素、顔料等を除き、当該自己修復性材料自体を主成分として又は単独として被覆材料を構成する場合を含む)、その被覆材料中においては、液状を確保すべく(良好な塗布性を確保すべく)、液晶材料の相構造が、光応答性材料の光異性化の状態に基づき、等方相(光応答性材料はシス体)とされている。
この被覆材料を商品表面等に塗布することにより被膜が形成されると、その被膜に対して可視光等が照射される。これにより、前述の液晶材料が液晶相に転移し、これに伴い、微粒子がネットワーク構造を構築することになり、自己修復性材料はゲル化する。このゲル化した自己修復性材料が商品を保護する。
【0048】
(2)人工皮膚の場合には、液晶材料を液晶相に転移させて、微粒子に基づきネットワーク構造を形成して、ゲル化状態にして用いられる。具体的には、上述の被覆材料を義手や義足等の表面に塗布し、それをゲル化することにより製造される。
【0049】
3.次に、上記ゲル化した自己修復性材料の表面(部材表面)が損傷した場合の修復方法(自己修復性材料の使用方法)について説明する。
(1)ゲル化した自己修復性材料の表面が損傷したときには、先ず、その損傷した部分に対して第1の照射光としての紫外光を照射する。第1の照射光に基づき光応答性材料をシス体に光異性化することにより液晶材料を等方相に転移させ、これに基づき自己修復性材料をゾル化するためである。これにより、損傷した部分は、ゾル化した自己修復性材料の流動性に基づき修復される。
このとき、紫外光は、32℃下5mW/cm
2の強度をもって、5秒程度、照射される。
【0050】
(2)次に、前記ゾル化した部分に対して第2の照射光としての可視光を照射する。第1の照射光に基づき光応答性材料をトランス体に光異性化することにより液晶材料を液晶相に転移させ、これに基づきゾル化した部分をゲル化するためである(
図2、
図3参照)。これにより、自己修復性材料は、元のゲル状態に戻ることになる(自己修復作業終了)。
このとき、可視光は、32℃下5mW/cm
2の強度をもって、5秒程度、照射される。
【0051】
4.以下に、上記内容を裏付けるべく、実施例を示す。
(1)
試験材料である液晶コロイド
(i)試験材料である液晶コロイド(液晶材料中に何等かの材料が含有されているもの)における液晶材料、光応答性材料、微粒子に、それぞれ4-ペンチル-4’-シアノビフェニル(化17)、4-ブチル-4’-メトキシアゾベンゼン(化18)、架橋型ポリスチレン微粒子(粒径:3μm)を用いた。
【化17】
【化18】
(ii)光応答性材料の濃度は液晶材料に対して1mol%とした。微粒子の濃度は、液晶材料と光応答性材料の混合物に対して、0〜28.3wt%になるように調整した。このように所定の濃度で調整した液晶コロイドを、分散媒である液晶材料が等方相を示す温度(例えば100℃)に加熱して均一な微粒子分散系とした後、液晶材料が液晶相を示す温度(例えば25℃)まで毎分1〜10℃の間の速度で冷却し、これを下記試験、評価に供した。
【0052】
(2)
ゲル化に対する微粒子濃度の影響力評価
表1、
図4には、液晶材料に対する微粒子濃度の影響力(ゲル化)についての評価結果
を示す。
【表1】
【0053】
表1、
図4によれば、微粒子が含有されない液晶材料(光応答性材料は含有)からなる試料については、低粘度な液体であることを示した。一方、この試料中に微粒子が含有されたもの(液晶コロイド)を調べたところ、低濃度条件(1.96wt%)のものについては、未だ低粘度なゾル状態にとどまり、中濃度条件(4.76〜9.09wt%)のものについては、徐々に高粘度なゲル状態が発現し、高濃度条件(16.7〜28.3wt%)のものについては、良好なゲル状態(液晶コロイドゲル)を発現した。
したがって、表1、
図4に示す評価結果から、微粒子の濃度は、液晶と光応答性材料の混合物に対して5wt%以上であることが好ましい。ただ、微粒子の添加剤としての役割等から、5〜30wt%(さらに好ましくは20〜30wt%)とするのがより好ましい。
【0054】
(3)
光応答性材料の光化学反応による液晶材料の相構造変調評価
図5は、液晶コロイドゲル(試験材料がゲル化したもの)に加えられている光応答性材料の光化学反応による液晶材料の相構造変調について検討した結果を示す。
初期状態を、液晶材料が液晶相を示す温度とし、その状態の下で、液晶コロイドゲル(
図5中、上図)に第1の照射光としての紫外光(波長=365nm、強度=5mW/cm
2)を照射すると、光応答性材料である4-ブチル-4’-メトキシアゾベンゼンがトランス体からシス体へと光異性化し、生成したシス体が液晶相を不安定化することによって照射領域内の相構造が等方相へと転移した(
図5中、中央図)。照射光を第2の照射光である可視光(波長=435nm、強度=5mW/cm
2)に変えると、シス体の4-ブチル-4’-メトキシアゾベンゼンがトランス体へと光異性化することによって等方相は液晶相へと転移し(
図5中、下図)、光によって液晶材料の相構造を変調できることが確認できた。
【0055】
(4)
液晶相構造の光変調に伴う液晶コロイドゲルのゾル(低粘度)-ゲル(高粘度)転移の評価
図6は、液晶相構造の光変調に伴う液晶コロイドゲルのゾル-ゲル転移について検討した結果を示す。
初期状態においてゲル(高粘度)状態にある試験材料に紫外光照射(波長=365nm、強度=5mW/cm
2)を5秒間行うと、液晶材料の相構造が液晶相から等方相へと変化することによって微粒子により構築されていた3次元ネットワーク構造が崩壊してゾル(低粘度)状態へと転移した。照射光を可視光(波長=435nm、強度=5mW/cm
2)に変えて5秒間の照射を行うと、等方相から液晶相へと相転移が誘起され、微粒子による3次元ネットワーク構造が再構築されることによってゲル(高粘度)状態が復活した。
【0056】
(5)
液晶コロイドゲル(液晶材料中に微粒子、光応答性材料が含有されたものであってゲル化したもの)における損傷の自己修復挙動評価
図7は、液晶コロイドゲルにおける損傷の自己修復挙動について検討した結果を示す。
初期状態(光修復前)において、光応答液晶コロイドゲルの表面に微小な損傷(長さ約1cm、幅約0.5mm、深さ約3mm)を与えておく(
図7中、上図)。そして、損傷領域に5秒間の紫外光照射(波長=365nm、強度=5mW/cm
2)を行うと、液晶コロイドゲルの光によるゲル(高粘度)-ゾル(低粘度)転移(ゾル化)が誘起され、損傷部位が修復された(
図7中、中央図)。光修復直後において、光照射領域はゾル(低粘度)状態であるが、5秒間の可視光照射(波長=435nm、強度=5mW/cm
2)を行うと、ゲル(高粘度)状態が復活し、自己修復プロセスが完了した(
図7中、下図)。
【0057】
(6)
図8は、上記挙動を模式図として示したものである。
損傷領域(
図8中、上図参照)に紫外光を照射すると、照射領域において液晶相構造の光変調に伴い微粒子が構築するネットワーク構造が崩壊する。これに伴い、液晶コロイドゲルのゾル(低粘度)状態への転移(ゾル化)が誘起され、損傷部位にゾル(低粘度)状態の液晶コロイドゲルが流れ込むことによって損傷が修復される(
図8中、上図および中央図)。このままでは光修復部位はゾル(低粘度)状態であるが、この後、そのゾル状態部分に可視光を照射すると、ゲル(高粘度)状態が復活し、損傷修復が完了する(
図8中、下図)。
【0058】
(7)下記の組成比の自己修復性材料(液晶コロイドゲル)の動的粘弾性についても評価を行った。
【0059】
(a)自己修復性材料(液晶コロイドゲル)の組成
(i)微粒子(液晶材料と光応答性材料の混合物に対して28.3wt%):架橋型ポリスチレン微粒子(粒径:3マイクロメートル)
(ii)光応答性材料(液晶材料に対して1mol%):4-ブチル-4’-メトキシアゾベンゼン
(iii)液晶材料:4-ペンチル-4’-シアノビフェニル
【0060】
(b)評価条件及び評価内容
上記組成で調製した自己修復性材料を、分散媒である液晶材料が等方相を示す温度(例えば100℃)に加熱して均一な微粒子分散系とした後、液晶材料が液晶相を示す温度(例えば25℃)まで毎分1〜10℃の間の速度で冷却し、これを動的粘弾性評価に供した。
動的粘弾性評価は歪み制御型レオメーター(ARES-G2、TAインスツルメント社)においてパラレルプレート(直径:25mm)を用い、プレートとステージのギャップは0.75mmに調節して行った。
【0061】
(c)評価結果
図9〜
図12は、上記自己修復性材料(液晶コロイドゲル)の動的粘弾性についての評価結果を示す。
【0062】
(c1)
貯蔵弾性率(G’
、●)と損失弾性率(G”
、▲)の周波数依存性について
図9は、貯蔵弾性率(G’、●)と損失弾性率(G”、▲)の周波数依存性を示している。この場合、歪み=0.1%、温度=25℃とされる。
これによれば、自己修復性材料は、測定を行った周波数範囲(0.01〜10Hz)においては、常に貯蔵弾性率が損失弾性率よりも大きな値を示し、自己修復性材料が固体的な性質を有していることを確認できる。
【0063】
(c2)
貯蔵弾性率(G’
、●)と損失弾性率(G”
、▲)の歪み依存性について
図10は、貯蔵弾性率(G’、●)と損失弾性率(G”、▲)の歪み依存性を示している。この場合、周波数=1Hz、温度=25℃とされる。
これによれば、歪みの値が8%以下では貯蔵弾性率が損失弾性率よりも大きな値を示し、自己修復性材料が固体的な性質を有しているが、8%以上では損失弾性率が貯蔵弾性率よりも大きくなり、自己修復性材料が液体的な性質を有するゾル状態となっていることがわかる。この結果から、自己修復性材料の降伏歪みは約8%であると言える。
【0064】
(c3)
貯蔵弾性率(G’
、●)と損失弾性率(G”
、▲)の温度依存性について
図11は、貯蔵弾性率(G’、●)と損失弾性率(G”、▲)の温度依存性を示している。この場合、加熱速度=0.5℃/min、歪み=0.1%、周波数=1Hzとされる。
これによれば、加熱過程において自己修復性材料の温度が35℃以上になると貯蔵弾性率と損失弾性率が共に急激に減少している。この温度は、分散媒である液晶がネマチック相から等方相へと相転移する温度に一致しており、自己修復性材料中に形成された微粒子によるネットワーク構造は分散媒である液晶が等方相に転移すると崩壊し、自己修復性材料がゲル状態からゾル状態へと転移していることを示している。これより、自己修復性材料の固体的性質は分散媒である液晶がネマチック相を示すときにのみ発現することがわかる。
【0065】
(c4)
紫外光照射時の貯蔵弾性率(G’
、●)と損失弾性率(G”
、▲)の時間変化について
図12は、紫外光照射時の貯蔵弾性率(G’、●)と損失弾性率(G”、▲)の時間変化を示している。この場合、照射光=紫外光(波長=365nm、強度=2.2mW/cm
2)、歪み=1%、周波数=1Hz、温度=32℃とされる。
これによれば、貯蔵弾性率と損失弾性率は共に紫外光を照射すると直ちに減少している。この変化は、光応答性材料である4-ブチル-4’-メトキシアゾベンゼンが紫外光(波長=365nm、強度=5mW/cm
2)の照射によりトランス体からシス体へと光異性化し、生成したシス体が分散媒である液晶材料の液晶相を不安定化し相構造を等方相へと相転移させることにより、自己修復性材料中に形成された微粒子によるネットワーク構造が崩壊し、自己修復性材料がゲル状態からゾル状態へと転移していることを示している。
【0066】
5.したがって、当該自己修復性材料をもって部材表面を構成すれば(当該自己修復性材料のゲル化面を外部に露出させておけば)、その表面が何度も損傷したとしても、その損傷部分(同一箇所)を繰り返し再修復することができ、材料の省資源化を図ることができる。
また、従来は数時間の光照射が必要であった自己修復プロセスが、約10秒の光照射で損傷修復が完了することになり、プロセスを数百〜数千分の1に短縮することができる。
【0067】
B.ゲル材料について
1.本実施形態に係るゲル材料は、液晶材料及び微粒子の混合物からなり、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得る機能を有する。この場合、このゲル材料を使用するに先立ち、液晶材料中に微粒子を分散させるべく、加熱下で、液晶材料及び微粒子を混合することが好ましい。
【0068】
(1)前記液晶材料は、基本的に、ゲル材料の主材料として機能する他に、微粒子と協働して一定の役割を果たす。この液晶材料の具体的役割については、微粒子の役割と共に後述する。
この液晶材料の骨格構造としては、前述の自己修復性材料において用いられるものと同様のものを用いることができ、そのうち、液晶相として、ネマチック相、スメクチックA相、コレステリック相、キュービック相、コレステリックブルー相を含むすべての液晶相のうちの少なくともいずれかを発現するものが好ましい。
【0069】
(2)前記微粒子は、前記液晶材料(相構造)と協働して、外力付与の有無に基づき、ゾル-ゲル状態を可逆的に再現することに関与すると共に、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元することに関与する役割を果たす。
【0070】
具体的に説明する。
(i)前述のように、液晶材料(分散媒)中に微粒子(分散質)を分散された材料(液晶コロイド材料)においては、微粒子濃度がある一定以上の濃度条件下では、微粒子が液晶中でネットワーク構造を構築し、高粘度のゲル状態(液晶コロイドゲル)を発現する。このゲル状態の発現に関しては、等方相S1において均一に分散していた微粒子P(
図1参照)が、液晶材料が等方相S1から液晶相S2へと相転移するときに、液晶の配向弾性に基づき、液晶相S2領域から排出されて等方相S1領域に凝集し、ネットワーク構造Nを構築することに基づいていることは既に述べた(
図2、
図3参照)。このようなゲル状態の材料においては、外力を付与すると、その材料は、ゲル状態が崩壊してゾル状態に変化することになり、このとき、分散媒である液晶材料が液晶相から等方相へと相転移し、
図1〜
図3の順とは逆に、微粒子によって構築されたネットワーク構造は崩壊する。その一方で、上記ゾル状態の材料に対する外力を取り除けば、前述のネットワーク構造を再構築することになり、ゾル状態であった材料はゲル状態に復元する。
この場合、液晶材料がゲル状態にあるときに、微粒子が液晶相ドメイン間に存在する等方相領域に凝縮され、微粒子が液晶相ドメイン間に強く捕捉されていることから、従来のゲル材料(液晶材料における液晶相に強引に微粒子を分散して、液晶相中に元々存在する配向欠陥に微粒子を捕捉させることにより、微粒子の連結構造体を形成する材料(非特許文献3参照))に比して、そのネットワーク構造は連結構造として強い構築力を有することになり、力学的にゲル状態が崩壊しても、ひずみが無くなれば、直ちにネットワーク構造を再構築することになる。このため、従来のゲル材料の場合に比して、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得る。
【0071】
(ii)微粒子の材質としては、SiO
2、高分子、金属などが用いられ、特に、高分子としては、例えば、架橋型ポリスチレン微粒子が好ましい。
(iii)微粒子の直径については、液晶材料中に分散できる大きさであれば、この場合も、特に制限は無い。ネットワーク構造の構築に微粒子の直径は影響を与えないからである。しかし、微粒子の直径は0.1〜10μm(より好ましくは0.2〜5μm(さらにより好ましくは3μm))とすることが好ましい。0.1μm以上であれば、密度の面(緻密性等)から好ましいネットワーク構造を構築できる一方、10μmを超えると、粗なネットワーク構造となる傾向があるからである。
【0072】
(iv)微粒子の濃度は、液晶材料に対して5wt%以上とされる。5wt%以上とするのは、5wt%未満では、液晶材料と協働してネットワーク構造を十分に構築することができず、これに伴い、十分にゲル化を図ることができないからである。一方、微粒子の濃度の上限については、液晶材料中に分散でき、状況に応じ、液晶材料が液晶相を発現できる限り、特に制限はない(表1参照)。しかし、主成分としての液晶材料に対する微粒子の添加剤としての役割からすれば、微粒子の濃度は、上記「5wt%以上」のうちでも、5〜30wt%(より好ましくは20〜30wt%)が好ましい。30wt%を超えると、液晶材料の量が相対的に少なくなって、等方相に転移させることにより発現するゾル状態において良好な流動性を低下させる傾向にあるからである。
(v)微粒子についてのその他の点については、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得ることに反しない限り、前述の自己修復性材料において用いられた微粒子の特性を用いることができる。
【0073】
(3)本実施形態に係る液晶材料は、前述液晶材料のうちでも、液晶相として、分子配列の層構造を有するもの、より具体的には、スメクチックA相を発現するものが好ましい。前述の高速なゲル状態への復元機能を担保する他に、本件発明者の知見に基づき、液晶材料の液晶相が分子配列の層構造を有していることにより、降伏ひずみの低下を抑制しつつ、貯蔵弾性率を高めることができ、これにより、高い靱性を維持しつつ、硬さを高めることができるゲル材料を得ることができるからである。
【0074】
2.上記ゲル材料は、塗料、自己修復性材料等として用いることが好ましい。
(1)ゲル材料を塗料として用いる場合には、前述のゲル材料の特性(外力付与の有無に基づきゾル-ゲル状態を可逆的に再現すること、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元すること、降伏ひずみの低下を抑制しつつ貯蔵弾性率を高めること等)を有効に利用して塗料として最適なものを提供できる。
特に、当該ゲル材料を塗料として用いれば、顔料を溶解させる溶媒を不要とすることができ、省資源且つ環境に優しい塗料を提供できる。すなわち、通常の塗料が,顔料を適当な溶媒に溶解させて塗布した後に,溶媒を蒸発させて顔料の薄膜を作製するのに対して、微粒子/液晶複合系において、顔料を液晶に溶解した場合は液晶が溶媒となるが,液晶性を示す顔料であれば溶媒を全く不要とすることができ、「ゾル状態で塗布して,ゲル状態で固める」ことにより薄膜を作製できる。
【0075】
(2)ゲル材料を自己修復性材料として用いる場合には、ゲル状態のゲル材料において、損傷した部分が生じたときには、その損傷した部分に外力を加えてその部分をゾル化させ(補修)、そのゾル化後、外力を取り除くことによりそのゾル化した部分をゲル化させることになる(元の状態に復元)。この場合、当該ゲル材料の復元の高速応答性を利用できることになり、外力の作用だけでゾル化させて損傷した部分の補修を図った後、直ちに元のゲル状態に戻すことができる。
【0076】
3.以下に、上記ゲル材料の内容を裏付けるべく、実施例を示す。
(1)
試験ゲル材料及び試験内容
(i)ネマチック相およびスメクチックA相を発現する液晶材料に、8CB(4-オクチル-4’-シアノビフェニル、メルク社製)(化19)を用い、これに高濃度(28.3wt%)の微粒子(架橋型ポリスチレン微粒子(粒径:3マイクロメートル)を混合し、液晶材料が等方相を示す温度(例えば100℃)に加熱して均一な微粒子分散系とした後、液晶材料が液晶相を示す温度(スメクチックA相の場合は25℃、ネマチック相の場合は37℃)まで毎分5℃の間の速度で冷却し、これを動的粘弾性評価および偏光顕微鏡観察に供した。
【化19】
(ii)コレステリック相を発現する液晶材料には、混合ネマチック液晶ZLI-1083(メルク社製)にキラル剤混合物(S-811、R-811:メルク社製)をZLI-1083に対して15wt%となるように添加した液晶を用いた。キラル剤混合物におけるS-811とR-811の比(S-811:R-811)は、100:0、87.5:12.5、75:25、62.5:37.5、50:50である。このコレステリック液晶に高濃度(28.3wt%)の微粒子(架橋型ポリスチレン微粒子(粒径:3マイクロメートル)を混合し、液晶材料が等方相を示す温度(例えば100℃)に加熱して均一な微粒子分散系とした後、液晶材料が液晶相を示す25℃まで毎分5℃の間の速度で冷却し、これを動的粘弾性評価に供した。
動的粘弾性評価は歪み制御型レオメーター(ARES-G2、TAインスツルメント社)においてパラレルプレート(直径:25mm)を用い、プレートとステージのギャップは0.75mmに調節して行った。偏光顕微鏡観察はオリンパス社製BX51を用いて行った。
【0077】
(2)
ゲル材料についての力学応答ゾル-ゲル転移に関する評価
図13〜
図15は、微粒子/液晶複合ゲル材料の力学応答ゾル-ゲルに関する評価結果を示し、そのうち、
図13はネマチック相における場合を示し、
図14はスメクチックA相における場合を示し、
図15はコレステリック相における場合を示している。
図16は、その
図13〜
図15との比較を行う比較図である(非特許文献3参照)。これら
図13〜
図16において、G’は貯蔵弾性率、G”は損失弾性率を示す。
【0078】
図13〜
図15によれば、歪みが0.1%のとき、微粒子/液晶複合材料は、ネマチック相、スメクチックA相、コレステリック相において固体的性質(G’>G”)を有しており、ゲル状態にあることがわかる。
次に、
図13において、歪みを100%にすると、貯蔵弾性率と損失弾性率が共に約10秒程度の応答時間で大きく減少し、微粒子/液晶複合材料は液体的性質(G”>G’)を示し、ゾル状態へと転移した。歪みを0.1%に戻すと、微粒子/液晶複合材料は約10秒程度で再びゲル状態(G’>G”)を示した。
これに対して、
図16は、比較図として、液晶材料における液晶相(ネマチック相)に強引に微粒子を分散して、液晶相中に元々存在する配向欠陥に微粒子を捕捉させることにより、微粒子の連結構造体を形成したゲル材料の特性を示しており、その
図16の内容から、ゾル状態からゲル状態に復元するのに要する時間は、数100秒である。これは、微粒子が連結構造体を構築する力が弱いためであると考えられる。
以上のことから、同じネマチック相においても、本ゲル材料については、約10秒の高速な力学応答ゾル-ゲル転移を確認することができた。
【0079】
また、
図14、
図15には、微粒子/液晶複合ゲルのスメクチックA相およびコレステリック相における力学応答ゾル-ゲル転移の結果が示されているが、この
図14、
図15によれば、ゲル状態の高速な復元は、
図16との比較上、スメクチックA相とコレステリック相(S-811:R-811=75:25)においても確認でき、ネマチック相以外の液晶相であるスメクチック相およびコレステリック相においても高速な力学応答ゾル-ゲル転移を示す微粒子/液晶複合ゲル材料を開発することができた。
【0080】
(3)
ゲル材料についての降伏ひずみ及び貯蔵弾性率の評価
図17〜
図19は、微粒子/液晶複合ゲル材料の動的粘弾性についての評価結果を示す。
図17は貯蔵弾性率(G’:●、○)および損失弾性率(G”:■、□)の温度依存性を示しており、これによれば、冷却過程において温度が約41℃になると貯蔵弾性率と損失弾性率が共に急激に増加している。この温度は、液晶材料が等方相からネマチック相へと相転移する温度に一致しており、ネマチック相中に微粒子によるネットワーク構造が形成され、ゾル状態からゲル状態へと転移していることを示している。さらに冷却すると、約35℃において貯蔵弾性率と損失弾性率が不連続に増加している。この温度は、液晶材料がネマチック相からスメクチックA相へと相転移する温度に一致しており、液晶分子が層構造を形成することによって、貯蔵弾性率と損失弾性率が不連続に増加することがわかる。ネマチック相とスメクチックA相における貯蔵弾性率を比較するために、ネマチック相における貯蔵弾性率の温度依存性の挙動から25℃における貯蔵弾性率を概算して、スメクチックA相における貯蔵弾性率と比較すると、貯蔵弾性率はスメクチックA相の方がネマチック相よりも約10倍大きな値を示すことがわかる(
図17参照)。
尚、
図17における実験は、歪み=0.1%、周波数=1Hz、冷却速度=5℃/minの下で行われた。
【0081】
図18は液晶材料がスメクチック相(25℃)およびネマチック相(37℃)を発現する温度における貯蔵弾性率(G’:●、■)および損失弾性率(G”:○、□)のひずみ依存性を示している。これによれば、液晶材料が、ネマチック相を発現する温度において、ひずみの値が6%以下では貯蔵弾性率が損失弾性率よりも大きな値を示し、固体的な性質を有しているが、6%以上では損失弾性率が貯蔵弾性率よりも大きくなり、液体的な性質を有するゾル状態となっていることがわかる。この結果から、微粒子/液晶複合ゲル材料のネマチック相における降伏ひずみは約6%であると言える。一方、微粒子/液晶複合ゲル材料のスメクチックA相における降伏ひずみは約5%であり、ネマチック相における値とほぼ同じであった。
【0082】
以上の結果から、
図17及び
図18からも明らかなように、ネマチック相よりも硬い液晶相であるスメクチックA相を用いることによって、降伏ひずみの値をほとんど変化させることなく、約10倍高い弾性率を有する微粒子/液晶複合ゲル材料を開発することができた。
【0083】
図19は、微粒子/液晶複合ゲル材料の一般特性である貯蔵弾性率(G’:●、○)と損失弾性率(G”:■、□)の周波数依存性を液晶材料がスメクチックA相(25℃)およびネマチック相(37℃)を発現する温度において評価した結果である。これによれば、微粒子/液晶複合ゲル材料は、スメクチックA相を発現する温度において、測定を行った周波数範囲(0.01〜10Hz)のうち、2Hz以上の領域において、損失弾性率が貯蔵弾性率よりも大きな値を有する液体的な挙動を示すが、2Hz以下の領域では、貯蔵弾性率が損失弾性率よりも大きな値を示し、微粒子/液晶複合ゲル材料が固体的な性質を有していることを確認できる。ネマチック相を発現する温度においては、測定を行ったすべての周波数範囲において固体的な性質を示すことがわかる。
【0084】
図20は、微粒子/液晶複合材料の等方相、ネマチック相、スメクチックA相における偏光顕微鏡観察の結果を示す。これによれば、等方相(45℃)において微粒子は系に均一に分散していることがわかる。次に、毎分2℃の間の速度で冷却し、液晶材料を等方相からネマチック相へと転移させると、
図21に示すように、ネマチック相中に微粒子によるネットワーク構造が形成されることを確認できる(37℃)。さらに、冷却し、スメクチック相へと転移させると、
図22に示すように、ネットワーク構造は変化せず、液晶材料の光学組織のみが変化した。このことにより、
図17における貯蔵弾性率と損失弾性率の不連続な増加が、液晶分子による層構造の形成に基づくことを確認できる。
尚、
図20〜
図22において、PとAは、それぞれ試験ゲル材料への入射光および透過光に対する偏光板の向きを示す。
【0085】
したがって、当該ゲル材料は、連結構造として強い構築力を有するネットワーク構造を形成することに基づき、力学的にゲル状態が崩壊しても、ひずみが無くなれば、直ちにネットワーク構造を再構築でき、ゲル状態の崩壊状態からゲル状態に高速に復元し得る。
しかも、液晶材料のうちでも、液晶相が分子配列の層構造を有するもの、具体的には、スメクチックA相である場合には、降伏ひずみの低下を抑制しつつ、貯蔵弾性率を高めることができ、高い靱性を維持しつつ、硬さを高めることができる。