【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の技術による、炭素六角網面を単位とする炭素原子から構成される物質について考えるに、グラファイトは工業材料として古くから使用されていることから、工業的応用の一層の拡大は困難である。また、カーボンナノチューブは、ナノチューブ構造に起因する特異な化学的・物理的特性を有しており、近年、工業材料としての利用が始まっているものの、その形状から人体への悪影響が懸念されている。一方、グラフェンは、近年単離され、極めて特異な物理的特性を有していることから注目を集めているが、いまだ研究段階にある。
以上のように、従来の技術による、炭素六角網面を単位とする炭素原子から構成される物質の工業的応用は広範囲に及んでいるものの、炭素原子から構成される材料の工業的応用の今後の一層の拡大を考えると、炭素原子から構成される新しい構造を有する材料の実現が望まれている。
本願発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、炭素六角網面を単位とする炭素原子から構成される、従来とは異なる構造を有する材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、従来の、黒鉛結晶のc軸がフィルム面に対して垂直になるように選択配向したフィルムとは異なり、黒鉛結晶のc軸がフィルム面に対して平行になるように選択配向した新たなフィルムを作製することに成功し、上記課題を解決した。
【0007】
具体的には、本発明者らは、以下の発明を提供するものである。
〈1〉炭素原子から構成されるフィルムであって、前記炭素原子が黒鉛結晶を形成しており、前記黒鉛結晶のc軸がフィルム面に対して平行になるように配向していることを特徴とする、フィルム。
〈2〉炭素原子が黒鉛結晶を形成しており、前記黒鉛結晶のc軸がフィルム面に対して平行になるように配向している炭素原子から構成されるフィルムを製造する方法であって、
耐熱性の縮合系芳香族高分子を溶媒に溶解してなる溶液を基板上に塗布後、前記縮合系芳香族高分子の貧溶媒に浸漬して前記縮合系芳香族高分子を基板上に膜状に凝固させた後、乾燥して高分子膜を形成する工程と、
ポリメタクリル酸メチルを溶媒に溶解してなる溶液を前記縮合系芳香族高分子の上に塗布、乾燥して縮合系芳香族高分子とポリメタクリル酸メチルの積層膜を基板上に形成する工程と、
前記積層膜を前記基板からはがした後、ポリメタクリル酸メチルを溶媒により溶解除去後、乾燥し、耐熱性の縮合系芳香族高分子のフィルムを作製する工程と、
前記縮合系芳香族高分子のフィルムを不活性雰囲気中800℃以上3100℃以下で熱処理し、黒鉛結晶を成長させる工程を少なくとも有し、
ここで、前記耐熱性の縮合系芳香族高分子のフィルムが、フィルムの幅÷フィルムの厚み≧5000、かつフィルムの長さ÷フィルムの厚み≧5000であることを特徴とする、方法。
〈3〉耐熱性の縮合系芳香族高分子が、ポリアミド、ポリアゾメチン、ポリイミド、ポリキノキサリン、ポリオキサジアゾール、ポリベンズイミダゾール、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾール、ポリキナゾリンジオン、ポリベンゾオキサジノン、ポリキナゾロン、ベンズイミダゾベンゾフェナントロリンラダーポリマー、およびこれらの誘導体から選択される少なくとも一種であることを特徴とする、〈2〉記載の方法。
【0008】
本願発明は、炭素原子から構成されるフィルムの構造に関するものであるところ、本願発明において、以下のように用語を定義し説明する。
「フィルム」とは、単体で平板状の構造を保持できる構造体であって、厚みが250μm以下のものを意味する。その形態を
図3に示す直方体で表し、3辺の長さをそれぞれa,b,c(a>b>>c)とすると、長さaは「フィルムの長さ」、長さbは「フィルムの幅」、長さcは「フィルムの厚み」を、それぞれ意味する。
図3に示すように、「フィルム面」とは、長さaおよび長さbの両辺が含まれる2つの面を意味し、「エッジ面」とは、長さcの辺を含む4つの面を意味する。
一方、「膜」とは、基板の支持によってのみ平板状の構造を保持できる構造体、言い換えれば、単体では平板状の構造を保持できない、厚みが250μm以下のものを意味する。
【0009】
従来の技術による炭素原子から構成されるフィルムは、
図4に示すように、黒鉛結晶のc軸はフィルム面に対して垂直またはランダムに配向しており、フィルム面に対して平行に配向させることは不可能であった。
すなわち、高分子の熱分解によって生じる炭素六角網面は、高温の熱処理過程において互いに積層され、炭素六角網面積層体を形成する。この炭素六角網面積層体は積層間隔を縮めると同時に、隣り合う網面が互いに面方向にずれることによって、三次元規則性をもった黒鉛結晶へと成長する。炭素六角網面積層体が黒鉛結晶へ成長するとき、炭素六角網面積層体は面方向に伸長し、積層方向に収縮する。材料内部におけるこのような変形は、材料の外周によって拘束されるため、炭素六角網面積層体には面方向に2軸の圧縮応力が、積層方向に1軸の引張応力が、それぞれ生じる。炭素六角網面積層体の弾性率は積層方向に比べて面方向の値が圧倒的に大きいため、圧縮応力は引張応力に比べて圧倒的に大きな値となる。よって、炭素六角網面が積層して黒鉛結晶へ成長するとき、この圧縮応力が最小となる方向に炭素六角網面は配列する。
例えば高分子溶液を基板上に平面状に展開し、溶媒を蒸発・除去して作製した高分子フィルムなどのように、フィルム中において平面状の高分子鎖がフィルム面と平行に配列している場合には、熱分解によって生じる炭素六角網面もフィルム面に対して平行に配列する。フィルム面に対して平行に配向している炭素六角網面を回転し、フィルム面に対して垂直にするには大きな内部応力の発生をともなうため、通常はこのようなことは生じない。したがって、このフィルムをさらに高温で熱処理し黒鉛結晶を成長させたときも、黒鉛結晶中の炭素六角網面はフィルム面に対して平行のままであり、黒鉛結晶のc軸はフィルム面に対して垂直になるように配向する。
一方、例えば高分子溶液を基板上に平面状に展開し、貧溶媒により凝固させた場合などのように、高分子フィルム中において平面状の高分子鎖がランダムに配列している場合には、熱分解によって生じる炭素六角網面の配列もランダムとなる。このフィルムをさらに高温で熱処理し黒鉛結晶を成長させたとき、通常は、黒鉛結晶のc軸はフィルム面に対して特定の方向に配列せず、ランダムな配列のままである。
【0010】
本発明者らは、この点につき検討した結果、平面状の高分子鎖がランダムに配列している高分子フィルムにおいて、フィルム面の大きさに比べてフィルム厚みが十分に薄い場合に、高温で加熱処理し黒鉛結晶を成長させると、黒鉛結晶のc軸がフィルム面に対して平行に配向することを見出した。その理由は明らかではないが、フィルム面の大きさに比べてフィルム厚みが十分に薄くなると、フィルムの厚み方向の変形を拘束する効果がフィルム面の方向に比べて小さくなり、言い換えると、発生する内部応力を低減する効果が大きくなるため、黒鉛結晶のc軸がフィルム面に対して平行に配向したものと考えられる(
図5)。
そして、高分子フィルムにおいて、(フィルムの幅÷フィルムの厚み)の値、および(フィルムの長さ÷フィルムの厚み)の値が5000以上であると前記効果が発現し、10000以上であると前記効果が顕著になり好ましく、50000以上であるとより顕著になり、特に好ましい。
また、高分子フィルムの厚みが1000nm以下であると、前記効果は顕著になり、500nm以下であるとより顕著になり好ましく、150nm以下であるとさらに顕著となるので、特に好ましい。