特許第5876457号(P5876457)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5876457-水素酸化触媒 図000019
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5876457
(24)【登録日】2016年1月29日
(45)【発行日】2016年3月2日
(54)【発明の名称】水素酸化触媒
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20160218BHJP
   C07F 17/02 20060101ALN20160218BHJP
   C07F 15/00 20060101ALN20160218BHJP
【FI】
   B01J31/22 Z
   B01J31/22 M
   !C07F17/02
   !C07F15/00 A
【請求項の数】1
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-239924(P2013-239924)
(22)【出願日】2013年11月20日
(65)【公開番号】特開2015-98005(P2015-98005A)
(43)【公開日】2015年5月28日
【審査請求日】2014年12月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】西林 仁昭
(72)【発明者】
【氏名】結城 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】中西 治通
【審査官】 壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−296425(JP,A)
【文献】 特開2006−248915(JP,A)
【文献】 M. YUKI et al.,Preparation of Thiolate-Bridged Dinuclear Ruthenium Complexes Bearing a Phosphine Ligand and Applica,Organometallics,American Chemical Society,2010年10月22日,Vol.29, No.22,p.5994-6001
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J21/00−38/74
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)又は(2)により表される化学構造を有する二核遷移金属錯体であることを特徴とする、水素酸化触媒。
【化1】
(ただし、上記一般式(1)及び(2)中、M及びMは、及びMの両方がRuであるか、MがFeでありMがRuであるか、又は、MがRuでありMがFeであるかのいずれかであり、かつ、Ar及びArは、互いに独立して、シクロペンタジエニル基又はペンタメチルシクロペンタジエニル基であり、かつ、Ar及びArは、互いに独立して、炭素数6〜12の二価の芳香族炭化水素基であり、かつ、Arは、炭素数6〜12の一価の芳香族炭化水素基である。また、上記一般式(2)中、R及びRは、互いに独立して、水素原子、又は炭素数1〜3の一価の脂肪族炭化水素基である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金を含まない水素酸化触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池のアノード触媒として、白金触媒が広く利用されている(特許文献1)。白金触媒は優れた水素酸化能を有するものの、その原料たる白金が高価かつ希少であるため、燃料電池用アノード触媒として、より安価な水素酸化触媒が求められている。
一方、非特許文献1には、チオラート架橋を有するルテニウム二核錯体を、プロパルギルアルコールの還元に応用した例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−289681号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Organometallics 2010,29,5994−6001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
水素酸化能に優れかつ安価な水素酸化触媒については、これまでにも数多くの研究が重ねられてきた。しかし、白金を含まない水素酸化触媒については、実用的な例が未だに見出されていない。
本発明は、コストの低い水素酸化方法が模索されている実状を鑑みて成し遂げられたものであり、白金を含まない水素酸化触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の水素酸化触媒は、下記一般式(1)又は(2)により表される化学構造を有する二核遷移金属錯体であることを特徴とする。
【0007】
【化1】
(ただし、上記一般式(1)及び(2)中、M及びMは、及びMの両方がRuであるか、MがFeでありMがRuであるか、又は、MがRuでありMがFeであるかのいずれかであり、かつ、Ar及びArは、互いに独立して、シクロペンタジエニル基又はペンタメチルシクロペンタジエニル基であり、かつ、Ar及びArは、互いに独立して、炭素数6〜12の二価の芳香族炭化水素基であり、かつ、Arは、炭素数6〜12の一価の芳香族炭化水素基である。また、上記一般式(2)中、R及びRは、互いに独立して、水素原子、又は炭素数1〜3の一価の脂肪族炭化水素基である。)
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、上記一般式(1)及び(2)により表される二核遷移金属錯体がいずれも優れた水素酸化能を有するため、白金を使用しない高効率の水素酸化触媒反応が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】錯体1a及びヒドリド錯体5aの、水素雰囲気下又は窒素雰囲気下におけるサイクリックボルタモグラムを並べて示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の水素酸化触媒は、下記一般式(1)又は(2)により表される化学構造を有する二核遷移金属錯体であることを特徴とする。
【0011】
【化2】
(ただし、上記一般式(1)及び(2)中、M及びMは、互いに独立して、Fe又はRuであり、かつ、Ar及びArは、互いに独立して、シクロペンタジエニル基又はペンタメチルシクロペンタジエニル基であり、かつ、Ar及びArは、互いに独立して、炭素数6〜12の二価の芳香族炭化水素基であり、かつ、Arは、炭素数6〜12の一価の芳香族炭化水素基である。また、上記一般式(2)中、R及びRは、互いに独立して、水素原子、又は炭素数1〜3の一価の脂肪族炭化水素基である。)
【0012】
上記一般式(1)に示す2価のカチオン錯体(以下、錯体1と称する場合がある)及び上記一般式(2)に示す2価のカチオン錯体(以下、錯体2と称する場合がある)は、いずれも2つの遷移金属原子を含む錯体である。錯体2は、遷移金属元素Mに配位子RORが配位していること以外は、錯体1と同じ化学構造を有する。
【0013】
以下、錯体1及び錯体2に共通の化学構造について説明する。
錯体1及び錯体2は、いずれも遷移金属元素M及びMを有する。これらM及びMは、互いに独立して鉄又はルテニウムである。M及びMの両方がルテニウムであってもよいし、Mが鉄でありMがルテニウムであってもよいし、MがルテニウムでありMが鉄であってもよいし、M及びMの両方が鉄であってもよい。このうち、M及びMの両方がルテニウムであるか、又はMが鉄でありMがルテニウムであることが好ましく、M及びMの両方がルテニウムであることがより好ましい。反応の鍵中間体のひとつと予想される分子状水素錯体が生成しやすいルテニウム元素や鉄元素を用いることが、水素酸化反応に好影響を与えていると考えられる。
【0014】
遷移金属元素M及びMは、互いに単結合により結ばれている他、硫黄原子による架橋構造を2つ有している。さらに、遷移金属元素Mにはリン原子が配位している。
【0015】
錯体1及び錯体2は、芳香族炭化水素基Ar〜Arを有する。このうち、M又はMに直接配位するAr及びArは、互いに独立して、シクロペンタジエニル基(Cp)又はペンタメチルシクロペンタジエニル基(Cp)である。Ar及びArの両方がペンタメチルシクロペンタジエニル基であってもよいし、Arがシクロペンタジエニル基でありArがペンタメチルシクロペンタジエニル基であってもよいし、Arがペンタメチルシクロペンタジエニル基でありArがシクロペンタジエニル基であってもよいし、Ar及びArの両方がシクロペンタジエニル基であってもよい。このうち、Ar及びArの両方がペンタメチルシクロペンタジエニル基であるか、又はArがシクロペンタジエニル基でありArがペンタメチルシクロペンタジエニル基であることが好ましく、Ar及びArの両方がペンタメチルシクロペンタジエニル基であることがより好ましい。シクロペンタジエニル基やペンタメチルシクロペンタジエニル基は、中心金属(配位金属)に対して電子供与性基として有効に働き、中心金属を含む錯体を安定化する効果がある。
【0016】
Ar及びArは、炭素数6〜12の二価の芳香族炭化水素基である。Ar及びArは同じ基であってもよいし、それぞれ異なる基であってもよい。
Ar及びArは上記炭素数を有するアリーレン基(arylene group)であれば特に限定されないが、例えば、フェニレン基(−C−)、トリレン基(−CCH−)、ナフチレン基(−C10−)、及びビフェニレン基(−C12−)等が挙げられる。これらの中でも、フェニレン基が好ましく、1,2−フェニレン基がより好ましい。
【0017】
Arは、炭素数6〜12の一価の芳香族炭化水素基である。Arは炭素数6〜12のアリール基(aryl group)であれば特に限定されないが、例えば、フェニル基(−C)、トリル基(−CCH)、ベンジル基(−CH)、キシリル基(−C(CH)、メシチル基(−C(CH)、ナフチル基(−C10)、及びビフェニル基(−C12)等が挙げられる。これらの中でも、フェニル基、トリル基、キシリル基、及びメシチル基が好ましく、フェニル基がより好ましい。
【0018】
以下、錯体2における配位子RORについて説明する。
上記一般式(2)中、R及びRは、水素原子、又は炭素数1〜3の一価の脂肪族炭化水素基である。すなわち、配位子RORは、水、アルコール、又はエーテルである。
及びRは同じ基であってもよいし、それぞれ異なる基であってもよい。R及びRとしては、例えば、水素原子、メチル基、エチル基、n−プロピル基、及びi−プロピル基等が挙げられる。これらの中でも、R及びRは、水素原子、及びメチル基であることが好ましく、R及びRがいずれも水素原子であること、すなわち配位子RORが水(HO)であることがより好ましい。
【0019】
本発明の水素酸化触媒は、適宜アニオンを有していてもよい。アニオンとしては、例えば、トリフルオロメタンスルホン酸アニオン(CFSO)、ヘキサフルオロリン酸アニオン(PF)、テトラフロオロホウ酸アニオン(BF)、テトラキス[3,5−ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ホウ酸アニオン(B(C(CFBAr)等が挙げられる。これらアニオンの中でも、本発明の水素酸化触媒はトリフルオロメタンスルホン酸アニオンを有することが好ましい。
【0020】
本発明の水素酸化触媒の製造方法は、その一例が上述した非特許文献1(Organometallics 2010,29,5994−6001)に記載されている。
本発明の水素酸化触媒の製造方法の典型例は、当該非特許文献1に記載されているような2段階反応により製造する方法である。
製造方法の1段階目は、遷移金属元素Mを含む単核錯体[Ar{ArP(ArS)(ArS)}]の合成である(下記式(3)の錯体4)。まず、下記式(3)に示すように、リン硫黄配位子であるArP(ArSH)(ArSH)(下記式(3)の化合物3)に塩基を作用させた後、Arを含む金属錯体(下記式(3)の[Ar])を反応させ、[Ar{ArP(ArS)(ArS)}]を合成する。
【0021】
【化3】
【0022】
製造方法の2段階目においては、下記式(4)に示すように、[Ar{ArP(ArS)(ArS)}](錯体4)、及びArを含む金属錯体(下記式(4)の[Ar])を混合して反応させることにより、目的とする錯体1又は2が得られる。安定な錯体を得るために、錯体4と[Ar]との反応後、適宜アニオン交換等を行ってもよい。
【0023】
【化4】
【0024】
後述する実施例において示すように、本発明の水素酸化触媒による、水素酸化触媒反応の推定反応機構は下記式(5)に示す通りである。
下記式(5)に示すように、錯体1(2価のカチオン)と水素との反応により、1当量のプロトンの生成を伴い錯体5(1価のカチオン)が生じる。錯体5の酸化により、もう1当量のプロトンの生成とともに錯体1が再生する。反応機構の詳細な分析については、実施例において説明する。
錯体2の場合には、錯体2からの配位子RORの脱離及び金属Mへの水素(H)の配位を経て錯体5となった後、下記式(5)と同様の触媒サイクルが進行することが予測される。
【0025】
【化5】
【0026】
本発明の水素酸化触媒を用いた水素酸化の方法は、特に限定されないが、例えば、本発明の水素酸化触媒を溶媒に溶かした後、得られた溶液中に水素をバブリングさせて酸化する方法が挙げられる。
本発明の水素酸化触媒を用いた水素酸化方法の条件は、特に限定されないが、例えば、水素の圧力を0.01〜100atmとし、本発明の水素酸化触媒を0.01〜10mmol使用する条件が挙げられる。
【0027】
本発明の水素酸化触媒は、水素酸化を必要とする全ての技術分野に広く応用可能である。本発明の水素酸化触媒の用途の例としては、水素を燃料とする燃料電池のアノード触媒や、レドックスフロー電池のアノード触媒等が挙げられる。特に、大型化が進むレドックスフロー電池においては、本発明のように触媒効率が高く、かつ従来の白金触媒と比較して安価な水素酸化触媒は、コストを可能な限り低く抑える技術として有用である。
【実施例】
【0028】
以下に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0029】
1.水素酸化触媒の製造
水素酸化触媒の製造方法は、上述した非特許文献1(Organometallics 2010,29,5994−6001)の化合物4a、4b、及び4cの製造方法の記載を参考にした。
【0030】
[実施例1]
(1)[CpRu{PhP(C−o−S)}](下記式(6a))の合成
まず、[PhP(C−o−SH)](653mg,2.00mmol)のTHF溶液20mLに、0℃の温度条件下、n−ブチルリチウム(1.57Mヘキサン溶液,2.60mL,4.08mmol)を加えた。15分後、得られた黄色溶液を、室温下、[CpRuCl(μ−Cl)](609mg,0.991mmol)のTHF分散液10mLに加えた。得られた混合物を室温下で18時間攪拌した。得られた紫色溶液を濃縮乾固させ、紫色固体を得た。塩化メチレン−ヘキサンを用いた再結晶により、紫色針状結晶([CpRu{PhP(C−o−S)}]・0.5CHCl)が得られた(916mg,1.52mmol,77%)。
Anal.Calcd for C2828PRuS:C,59.98;H,5.03. Found:C,60.24;H,4.84.
【0031】
【化6】
【0032】
(2)[CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf)(下記式(1a))の合成
上記[CpRu{PhP(C−o−S)}](114mg,0.203mmol)、及び[CpRuCl(μ−Cl)](60.4mg,0.0983mmol)の塩化メチレン溶液10mLの混合物を、室温下20時間混合した。得られた溶液にトリフルオロメタンスルホン酸銀(AgOTf,113mg,0.438mmol)を加えた。得られた混合物を室温下さらに1時間攪拌した。反応混合物をろ過及び濃縮し、さらに、1度目はエタノール−エーテルを用い、2度目は塩化メチレン−ヘキサンを用いた再結晶により、結晶性固体([CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf)・0.5CHCl)が得られた(186mg,0.164mmol,83%)。
HNMR(CDCl):δ8.45(dd,J=8 and 2Hz,2H),7.92−7.83(m,2H),7.69−7.45(m,7H),6.84−6.75(m,2H),1.70(d,J=2Hz,15H),1.48(s,15H).
31P{H}NMR(CDCl):δ94.8(s).
Anal.Calcd for C40.544ClFPRu([CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf)・0.5CHCl):C,42.76;H,3.90.Found:C,42.89;H,3.74.
【0033】
【化7】
【0034】
[実施例2]
(1)[CpRu{PhP(C−o−S)}](下記式(6b))の合成
まず、[PhP(C−o−SH)](163mg,0.498mmol)のTHF溶液15mLに、0℃の温度条件下、n−ブチルリチウム(1.65Mヘキサン溶液,0.60mL,0.990mmol)を加えた。30分後、得られた黄色溶液を、室温下、[CpRu(NCMe)]PF(219mg,0.504mmol)のTHF溶液10mLに加えた。得られた赤褐色溶液を室温下で18時間攪拌した。攪拌後の溶液を3時間空気酸化に供することにより橙褐色溶液を得た。橙褐色溶液を減圧条件下濃縮し、得られた生成物を、移動相を塩化メチレンとしてシリカゲルパッドに通過させることにより精製した。THF−ヘキサンを用いた再結晶により、黒色矩形結晶([CpRu{PhP(C−o−S)}]・0.5C14)が得られた(182mg,0.341mmol,68%)。
Anal.Calcd for C2318PRuS:C,56.31;H,3.70.Found:C,56.13;H,3.89.
【0035】
【化8】
【0036】
(2)[CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp(OH)](OTf)(下記式(2a))の合成
上記[CpRu{PhP(C−o−S)}](50.0mg,0.102mmol)、及び[CpRuCl(μ−Cl)](30.0mg,0.0488mmol)の塩化メチレン溶液5mLの混合物を、室温下20時間混合した。得られた溶液にトリフルオロメタンスルホン酸銀(AgOTf,55.6mg,0.216mmol)を加えた。得られた混合物を室温下さらに1時間攪拌した。反応混合物をろ過及び濃縮し、さらに塩化メチレン−ヘキサンを用いた再結晶により、緑色結晶性固体([CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp(OH)](OTf)・0.5CHCl)が得られた(87.4mg,0.0805mmol,82%)。
HNMR(CDCl):δ7.94(dd,J=8 and 2Hz,2H),7.68−7.45(m,9H),7.23(dd,J=13 and 7Hz,2H),5.37(s,5H),1.77(s,15H).
31P{H}NMR(CDCl):δ103.1(s).
Anal.Calcd for C35.536ClFPRu([CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp(OH)](OTf)・0.5CHCl):C,39.28;H,3.34.Found:C,39.20;H,3.27.
【0037】
【化9】
【0038】
[実施例3]
(1)[CpFe{PhP(C−o−S)}](下記式(6c))の合成
まず、[PhP(C−o−SH)](326mg,1.00mmol)のTHF溶液20mLに、0℃の温度条件下、n−ブチルリチウム(1.57Mヘキサン溶液,1.28mL,2.01mmol)を加えた。15分後、得られた黄色溶液を、[CpFeCl(tmeda)](343mg,1.00mmol)のTHF溶液10mLが入った容器に移し、混合物を室温下で18時間攪拌した。攪拌後の黒緑色溶液を空気に曝し、1時間激しく攪拌した。溶液は直ちに紫色に変化した。得られた生成物を、移動相を塩化メチレンとしてシリカゲルパッドに通過させることにより精製した。塩化メチレン−ヘキサンを用いた再結晶により、紫色針状結晶([CpFe{PhP(C−o−S)}])が得られた(382mg,0.741mmol,74%)。
Anal.Calcd for C2828FePS:C,65.24;H,5.48.Found:C,65.13;H,5.43.
【0039】
【化10】
【0040】
(2)[CpFe{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf)(下記式(1b))の合成
上記[CpFe{PhP(C−o−S)}](111mg,0.216mmol)、及び[CpRuCl(μ−Cl)](61.0mg,0.0993mmol)の塩化メチレン溶液10mLの混合物を、室温下20時間混合した。得られた溶液にトリフルオロメタンスルホン酸銀(AgOTf,110mg,0.428mmol)を加えた。得られた混合物を室温下さらに1時間攪拌した。反応混合物をろ過及び濃縮し、さらに、1度目はエタノール−エーテルを用い、2度目は塩化メチレン−ヘキサンを用いた再結晶により、緑色結晶性固体([CpFe{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf)・0.5CHCl)が得られた(167mg,0.153mmol,77%)。
HNMR(CDCl):δ8.47(dd,J=8 and 2Hz,2H),7.92−7.82(m,2H),7.67−7.40(m,7H),6.80−6.69(m,2H),1.60(s,15H),1.45(s,15H).
31P{H}NMR(CDCl):δ110.9(s).
Anal.Calcd for C40.544ClFFeOPRuS([CpFe{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf)・0.5CHCl):C,44.53,H,4.06.Found:C,44.55;H,3.88.
【0041】
【化11】
【0042】
2.水素酸化触媒の評価
(1)水素酸化反応の評価
上記実施例1の水素酸化触媒([CpRu{PhP(C−o−S)}RuCp](OTf);以下、錯体1aと称する場合がある)を用いて、水素酸化反応を行った。酸化剤としては[CpFe]OTfを用いた。
まず、下記式(7)に示すように、[CpFe]OTf(0.4mmol)及び錯体1a(5mol%)を5mLの水に溶かし、得られた水溶液に対し、室温条件下で水素1気圧を20時間供給して反応させた。その結果、[CpFe]OTf(0.4mmol)に対し、HOTfが86%の収率で、CpFeが87%の収率で、それぞれ得られた。また、原料[CpFe]OTfは回収されなかった。
次に、下記式(8)に示すように、[CpFe]OTf(0.4mmol)及び錯体1a(5mol%)の混合物の水溶液に対し、室温条件下で窒素1気圧を20時間供給して反応させた。得られた溶液は、20時間後も、原料[CpFe]OTfに由来する濃い青色を呈していた。得られた沈殿物をヘキサンで抽出したところ、CpFeが収率18%で得られた。また、ヘキサン抽出後の水相をジクロロメタンで洗浄した後にUV測定を行い、原料である[CpFe]OTfを定量したところ、原料回収率は62%であることが分かった。また、HOTfは得られなかった。
続いて、下記式(9)に示すように、[CpFe]OTf(0.4mmol)の水溶液に対し、室温条件下で水素1気圧を20時間供給して反応させた。その結果、[CpFe]OTf(0.4mmol)に対し、CpFeが19%の収率で得られ、原料回収率は57%であった。また、HOTfは得られなかった。
【0043】
【化12】
【0044】
以上の結果から、どの反応条件においても、[CpFe]OTfが一部分解し、CpFe(フェロセン)が得られることが分かる。しかし、上記式(7)の反応条件では[CpFe]OTfが完全に消費されたことから、錯体1aにより触媒的に水素分子の酸化反応が進行していることが確かめられた。なお、[CpFe]OTfの水溶液を約1ヶ月放置しても濃い青色を呈したままであり、[CpFe]OTfが完全に分解することはなかった。
【0045】
(2)NMR実験
次に、水素雰囲気下で生成するルテニウム化学種の情報を得るために、NMR実験を行った。
まず、下記式(10)に示すように、重塩化メチレンに錯体1aを溶解し、得られた溶液に水素ガスをバブリングしたところ、ほとんど変化は見られなかった。
次に、下記式(11)に示すように、重塩化メチレンに錯体1a(1当量)及び塩基としてルチジン(5当量)を溶解し、得られた溶液に水素ガスをバブリングしたところ、反応溶液の色は数分で緑色から橙褐色へと変化した。
この反応溶液のHNMRを測定した結果、錯体1aに帰属されるピークは完全に消失し、ヒドリド錯体5aに帰属されるピークのみが観測された。なお、ヒドリド錯体5aHNMRにおいては、−16.4ppmという高磁場にヒドリド配位子(−H)に特徴的なピークが現れる。なお、ルテニウムに水素(H)が配位した二水素錯体中間体は得られなかった。
一方、錯体1aのメタノール溶液を水素に曝すことにより、ヒドリド錯体5aが生成することが分かった。この反応においては、メタノールそのものが塩基として働いているものと考えられる。下記式(12)に示すように、得られたヒドリド錯体5aのメタノール溶液に、ヒドリド錯体5aあたり1当量のKOBuを加え、20分間反応させた後に乾固させることにより、黄褐色粉末を得た。この黄褐色粉末は、ヒドリド錯体5aを約80%含む他、錯体1aを約20%含んでいた。
【0046】
【化13】
【0047】
上記式(11)に示す反応後の溶液から重塩化メチレンを留去し乾固したところ、得られた固体は錯体1aを主成分とする混合物となった。このことから、上記式(11)に示す反応は平衡反応であることが分かった(下記式(13))。また、重アセトン中でも上記式(10)及び(11)とほぼ同様の結果が得られた。
上記式(10)〜(12)より、錯体1aを水素に曝すことによりヒドリド錯体5aが生成することが分かった。上記式(10)〜(12)においては、ヒドリド錯体5aの生成以降、特に反応が進行しないことから、触媒反応における次の段階は、ヒドリド錯体5aの酸化反応であると考えられる(下記式(14))。
【0048】
【化14】
【0049】
(3)サイクリックボルタンメトリー
次に、錯体1a及びヒドリド錯体5aの酸化還元挙動を明らかにするために、サイクリックボルタンメトリー(CV)を行った。CVに用いた測定セル及び測定条件の詳細は以下の通りである。
測定セル
・作用電極:グラッシーカーボン電極
・参照電極:白金擬似参照電極(Pt−QRE)
・対極:白金電極
・試料溶液:錯体1a又はヒドリド錯体5aのメタノール溶液(支持電解質としてBuNClOを、内部標準としてフェロセンをそれぞれ添加した)
測定装置 ポテンショスタット/ガルバノスタット(Solatron)
電位掃引速度:50mV/秒
電位掃引範囲:−1.7〜0.7V(vs.Fc/Fc
測定温度 25℃
測定雰囲気 窒素雰囲気又は水素雰囲気
【0050】
錯体1aは、アセトニトリル等の配位性溶媒やハロゲン化物イオン等と速やかに反応してしまうことが分かっている。そのため、これら配位性溶媒やハロゲン化物イオンは、CVに使用できない。また、支持電解質としてBuNBF等が使用できなかったため、BuNClOを用いた。さらに、参照電極として一般的に用いられるAg/AgNO−MeCNやAg/AgCl−KClaq等はいずれも使用できなかったため、白金擬似参照電極(Pt−QRE)を用いた。また、内部標準としてフェロセンを添加し、フェロセンの酸化還元電位を電位の基準とした。
【0051】
錯体1a、及びヒドリド錯体5a(ただし、実際は錯体1aを約20%含む混合物である)をそれぞれメタノールに溶かし、水素雰囲気下又は窒素雰囲気下においてCVを実施した。図1は、錯体1a及びヒドリド錯体5aの、水素雰囲気下又は窒素雰囲気下におけるサイクリックボルタモグラムを並べて示したグラフである。
メタノール中かつ窒素雰囲気下における、錯体1aのサイクリックボルタモグラム(図1の下から1番目のもの)は、−587mV(vs.Fc/Fc)及び−1180mV(vs.Fc/Fc)に可逆な一電子還元波を示した。一方、メタノール中かつ水素雰囲気下における、錯体1aのサイクリックボルタモグラム(図1の下から2番目のもの)においては、+173mV(vs.Fc/Fc)に非可逆な酸化波が現れた。当該酸化波は、ヒドリド錯体5aの酸化過程に帰属されると考えられる。
メタノール中かつ窒素雰囲気下における、ヒドリド錯体5aのサイクリックボルタモグラム(図1の上から2番目のもの)においては、+173mV(vs.Fc/Fc)に非可逆な酸化波が現れた。当該サイクリックボルタモグラムにおいて観測される2つの小さな還元波(−587mV(vs.Fc/Fc)及び−1180mV(vs.Fc/Fc))は、試料中に混入している錯体1aに帰属される。一方、メタノール中かつ水素雰囲気下における、ヒドリド錯体5aのサイクリックボルタモグラム(図1の上から1番目のもの)において、+173mV(vs.Fc/Fc)に現れる酸化波の電流値が、窒素雰囲気下の当該酸化波の電流値と比較して増大している。ヒドリド錯体5aに係るこれら2つのサイクリックボルタモグラムを比較することにより、ヒドリド錯体5aが触媒的に水素と反応することが電気化学的にも証明された。
【0052】
(4)水素酸化反応評価のまとめ
上記(1)〜(3)の評価結果を総合すると、触媒反応の推定反応機構は下記式(5a)に示す通りとなる。下記式(5a)中、錯体1a(2価のカチオン)は錯体1aのカチオン部分に相当し、錯体5a(1価のカチオン)はヒドリド錯体5aのカチオン部分に相当する。
下記式(5a)に示すように、錯体1aと水素との反応により、1当量のプロトンの生成を伴い錯体5aが生じる。錯体5aの酸化により、もう1当量のプロトンの生成とともに錯体1aが再生する。
【0053】
【化15】
【0054】
錯体1aの窒素雰囲気下におけるサイクリックボルタモグラム(図1の下から1番目のもの)には、+173mV(vs.Fc/Fc)に非可逆な小さな酸化波が観測される。これは、ヒドリド錯体5aのサイクリックボルタモグラム(図1の上から1番目及び2番目)における+173mV(vs.Fc/Fc)に現れる酸化波に対応する。錯体1aの窒素雰囲気下におけるサイクリックボルタモグラム上の当該酸化波は、錯体1aの2電子還元種が、メタノール由来のプロトン又は微量の水由来のプロトンと反応することによりヒドリド錯体5aが生成したことを示すと予想される。
下記式(15)には、錯体1a(2価のカチオン)から錯体5a(1価のカチオン)への予測される還元過程を示す。下記式(15)によれば、錯体1aは2電子還元により錯体6a(2電子還元種)となり、錯体6aはプロトンにより酸化されて錯体5aとなる。
下記式(15)により、錯体1aの水素雰囲気下におけるサイクリックボルタモグラム(図1の下から2番目)において、2つの還元波(−587mV(vs.Fc/Fc)及び−1180mV(vs.Fc/Fc))が非可逆となることも説明できる。メタノール中かつ水素雰囲気下においては、錯体1aからヒドリド錯体5aが生成し、かつ1当量のプロトンが生成する。下記式(15)によれば、メタノール中に豊富に存在するプロトンを錯体1aの2電子還元種が捕捉することにより即座にヒドリド錯体5aとなるため、電極近傍において錯体1aの2電子還元種はもはや存在しなくなる。その結果、錯体1aの水素雰囲気下におけるサイクリックボルタモグラムに示す通り、当該2電子還元種が酸化される様子が酸化波として現れないと考えられる。
【0055】
【化16】
【0056】
上記式(13)及び(15)を併せて鑑みるに、本発明に係る水素酸化触媒を用いることにより、触媒的にプロトンを還元し水素を取り出すプロトン還元反応も可能となると考えられる。
図1