【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題の解決につき鋭意研究する中で、角廻し溶接部におけるガセット板端部からのビードの長さに着目し、通常の角廻し溶接を一般に脚長と呼ばれるビード長7mmで行った後、この角廻し溶接部の先端に種々の長さの伸長ビードを設けて、伸長ビードの長さと伸長ビード先端部の応力集中度との関係について実験を行った。
【0017】
このときの主要な実験条件は次の通りである。即ち、母材として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅200×長さ1000×厚さ20mm)、ガセット板として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅50×長さ200×厚さ20mm)を用いた。
【0018】
実験結果を
図6に示す。
図6において、縦軸は応力集中度であり、横軸は角廻し溶接部の先端から伸長させた伸長ビードの長さである。なお、応力集中度は、伸長ビードが設けられていない通常の角廻し溶接の場合における溶接部止端位置の応力に対する比率で示してある。
図6より、伸長ビードが短い領域において応力集中度が急激に低下し、伸長ビードが7mmあれば応力集中度が0.4程度まで低下し、10mmで0.3程度まで充分に低下していることが分かる。また、20mm以上では0.2弱で安定していることが分かる。
【0019】
このように、伸張ビードを10mm以上設けることにより応力集中が充分に緩和され、その結果、角廻し溶接部における疲労強度が向上する。
【0020】
本発明者は、次に、溶接熱応力に起因する引張残留応力と伸長ビードの長さ、および溶接材料の種類の関係について実験を行った。即ち、従来溶接材料および溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms温度)が350℃以下の低変態点溶接材料を用いて、通常の角廻し溶接(ビード長(脚長)10mm)後、伸長ビードの長さを変化させて伸長ビード先端部の表面位置および深さ5mmの位置における引張残留応力を測定した。
【0021】
なお、前記の低変態点溶接材料は、被溶接材料との溶接により形成された溶接金属のMs温度が350℃以下の溶接材料を指し、溶接材料自体のMs温度は250度以下である。
【0022】
そして、このときの主要な実験条件は次の通りである。即ち、母材として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅200×長さ1000×厚さ20mm)、ガセット板として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅50×長さ200×厚さ20mm)を用いた。そして、従来溶接材料の化学組成は、C0.12wt%、Ni1.5wt%、Mo0.5wt%であり、低変態点溶接材料の化学組成は、C0.05wt%、Cr14wt%、Ni9wt%である。
【0023】
測定結果を
図7に示す。
図7において、縦軸は残留応力であり、横軸はガセット板端部からのビード長さ(角廻し溶接部のビード長)である。そして、従来溶接材料(
図7では「従来材」と表示)の表面位置における残留応力を●、深さ5mmの位置における残留応力を■で示し、低変態点溶接材料(
図7では「低変態溶材」と表示)の表面位置における残留応力を○、深さ5mmの位置における残留応力を□で示している。また、引張残留応力は正の値で示し、圧縮残留応力は負の値で示してある。なお、これらの測定結果は、中性子回折による残留応力測定とFEM有限要素解析の応力解析から得られた結果である。
【0024】
図7に示すように、従来溶接材料を用いた場合、角廻し溶接が施された時(ビード長(脚長)10mm)には、表面位置で300MPa程度、深さ5mm位置で680MPa程度の引張残留応力が発生しており、その後、ビード長が長くなるに従っていずれの位置でも引張残留応力が上昇して、ビード長が80mm(伸長ビード長さ:70mm)となった場合には800MPa程度の大きな引張残留応力が発生している。
【0025】
これに対して、低変態点溶接材料を用いた場合、角廻し溶接が施された時(ビード長(脚長)10mm)の引張残留応力は、深さ5mm位置の場合、300MPaであるものの、ビード長17mm(伸長ビード長7mm)の位置で引張残留応力が消失している。そして、ビード長が17mm以上になると、逆に圧縮残留応力が発生している。そして、ビード長が長くなるに従って、この圧縮残留応力は大きくなり、最終的には、300MPa程度もの大きな圧縮残留応力が発生している。
【0026】
また、表面位置の場合には、角廻し溶接が施された時に、既に170MPa程度の圧縮残留応力が発生しており、ビード長が80mmの位置では580MPa程度の圧縮残留応力が発生している。
【0027】
そして、前記の伸長ビードの長さ7mmは、前記した通り、
図6において応力集中度を充分に低下させられる長さでもある。
【0028】
このように、従来溶接材料と低変態点溶接材料とではビード長の伸長が残留応力に対して逆の影響を及ぼし、低変態点溶接材料の場合、ガセット板の長手方向端部(以下、単に「ガセット板端部」ともいう)から、長さ17mm以上のビードを設けることにより確実に圧縮残留応力が発生するため、角廻し溶接部における疲労強度を大きく向上させることができることが分かった。
【0029】
以上より、通常の角廻し溶接後、溶接金属のMs温度が350度以下である低変態点溶接材料を用いて、ガセット板と平行にガセット板端部からのビード長が17mm以上となるように伸長ビードを設けることにより、溶接止端部の幾何学的要因からくる応力集中を緩和することができると共に、大きな圧縮残留応力を発生させることができ、これにより、疲労強度を大きく向上させることができることが分かる。
【0030】
そして、従来溶接材料を用いて通常の角廻し溶接後、溶接金属のMs温度が350度以下である低変態点溶接材料を用いて、ガセット板と平行にガセット板端部からのビード長が17mm以上となるように伸長ビードを設けても、同様に、疲労強度を大きく向上させることができる。
【0031】
また、ガセット板端部からのビード長が残留応力の内容を大きく支配しているため、前記した長さ17mm以上のビードの形成は、上記のように、通常の角廻し溶接の後に伸長ビードを形成する他に、角廻し溶接時に一度に17mm以上のビードの形成を行っても、同様に、疲労強度を大きく向上させることができる。
【0032】
角廻し溶接部における疲労強度を向上させる工夫として、従来より、溶接後、ドレッシングなどの後処理を行うことがなされているが、これらの処理による疲労強度の向上は充分とは言えず、また、その効果も不安定であった。
【0033】
これに対して、本発明においては、溶接金属のMs温度が350度以下である低変態点溶接材料を用いて、17mm以上のビードを設けることにより、安定して、高い疲労強度を得ることができる。
【0034】
本発明は、これらの知見に基づくものであり、請求項1に記載の発明は、
ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、
前記ガセット板の端部
から前記ガセット板の長手方向に
伸長する17mm以上の長さのビードを形成する
ことを特徴とする溶接方法である。
【0035】
そして、請求項2に記載の発明は、
前記ビードを形成する方法が、角廻し溶接後、角廻し溶接により形成された前記ガセット板の長手方向端部のビード先端部に、さらに伸長ビードを形成するビード形成方法であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0036】
また、請求項3に記載の発明は、
前記ビードを形成する方法が、角廻し溶接時に、前記ガセット板の
端部から前記ガセット板の長手方
向に伸長する17mm以上の長さのビードを形成するビード形成方法であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0037】
本発明は、さらに以下の特徴を有する。
【0038】
前記した長さ17mm以上のビードはガセット板の長手方向に形成される。そして、ビード幅は
図8に示す廻し溶接部幅(D)以上であれば特に限定されないが、応力集中の緩和および圧縮残留応力の発生の観点からは、
図8に示すように、廻し溶接部幅(D)より大きいことが好ましい。
【0039】
即ち、請求項4に記載の発明は、
前記ビードのビード幅が、廻し溶接部幅より大きいことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0040】
次に、伸長ビードは通常の角廻し溶接により形成されたビード部の先端に設けられるが、角廻し溶接部を覆うようにガセット板端部から設けてもよい。この場合、
図9に示すように、角廻し溶接後、ガセット板端部との接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状で伸長ビードを形成することにより、より疲労強度を向上させることができる。
【0041】
同様に、角廻し溶接時に長いビードを形成する際にも、ガセット板端部との接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状でビードの形成を行うことにより、より疲労強度を向上させることができる。
【0042】
即ち、請求項5に記載の発明は、
前記ガセット板の長手方向端部との接続部を滑らかな形状にしながら、ビードを形成することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0043】
次に、角廻し溶接後、角廻し溶接により形成されたビード部の先端に伸長ビードを設ける場合、伸長ビードは、通常、角廻し溶接部の先端の一部に重ねた状態で設けられる。この場合においても、角廻し溶接部と伸長ビードとの接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状で伸長ビードを設けることが、疲労強度の向上の観点から好ましい。
【0044】
即ち、請求項6に記載の発明は、
前記角廻し溶接により形成されたビード溶接部との接続部を滑らかな形状にしながら、伸長ビードを形成することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の溶接方法である。
【0045】
以上のような溶接方法を用いて溶接された溶接継手は、応力集中が大きく緩和され、さらに、大きな圧縮残留応力が発生しているため、疲労強度が充分に向上された溶接継手として提供することができる。
【0046】
次に、本発明に係る溶接方法は、既存の鋼構造物における疲労寿命や破壊寿命の延長に大きな効果を発揮する。
【0047】
即ち、現在、世界のインフラ構造物である例えば橋や高速道路等の鋼構造物においては、角廻し溶接部について定期的に補修や補強が行われて、疲労寿命や破壊寿命の延長が図られている。また、造船やタンクなどの乗り物や圧力容器等においても、同様に検査や処理が行われて、疲労寿命や破壊寿命の延長が図られている。
【0048】
例えば、
図10(a)およびその拡大図(b)に示すように、鋼構造物の角廻し溶接部32には、長時間の使用により疲労によるクラック(疲労クラック)40が発生する場合がある。この疲労クラック40に対して、従来は、(c)に示すように、補修溶接を行って補修溶接部34を形成することにより補修を行っていた。
【0049】
しかし、従来の補修方法の場合、補修溶接部34の長さが短いため、応力集中を充分に緩和することができず、疲労寿命や破壊寿命を充分に延長することができなかった。
【0050】
これに対して、予め従来の補修溶接部を形成した後、本発明を適用し、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、角廻し溶接部のガセット板の端部の長手方向に、ビード長が17mm以上となるように伸長ビードを形成して補修した場合には、前記したように、疲労寿命や破壊寿命を充分に延長することが可能となる。
【0051】
なお、本発明に基づく伸長ビードの形成は、事前に補修溶接部を形成しなくても、また、かつて補修溶接部を形成した既存の鋼構造物に対して適用しても、疲労寿命や破壊寿命の延長効果を発揮する。
【0052】
また、クラックが発生している場合の補修に限られず、事前の予防としての補強についても、本発明を適用することによる効果を発揮させることができ、同様に、疲労寿命や破壊寿命を大幅に延長することが可能となる。この結果、定期検査の期間を大幅に伸ばすことができ、メインテナンス費用の大幅な削減を図ることが可能となる。
【0053】
なお、前記ビードの形成に際しては、前記した通り、角廻し溶接部の廻し溶接部幅より大きなビード幅でビードを形成することが好ましく、また、角廻し溶接部のビード先端部との接続部を滑らかな形状にしながら形成するとより好ましい。
【0054】
図10(d)に補修方法の具体的な例を示す。
図10(d)においては、補修溶接部34の形成に加えて、補修溶接部34を覆う形で、角廻し溶接部のガセット板20の端部の長手方向に、17mm以上の長さで、角廻し溶接部の廻し溶接部幅より大きなビード幅の伸長ビード35を形成している。
【0055】
即ち、請求項
7に記載の発明は、
既存の鋼構造物におけるガセットと母材からなる角廻し溶接部を溶接により補修または補強する溶接方法であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、前記角廻し溶接部のガセット板の端部
に前記ガセット板の長手方向に、前記ガセット板の端部から
伸長するビード部の長さが17mm以上となるようにビードを形成する
ことを特徴とする溶接方法である。
【0056】
そして、請求項
8に記載の発明は、
前記角廻し溶接部のビード先端部に補修溶接または補強溶接を形成した後に、前記ビードが形成されることを特徴とする請求項
7に記載の溶接方法である。
【0057】
また、請求項
9に記載の発明は、
前記ビードのビード幅が、廻し溶接部幅より大きいことを特徴とする請求項
7または請求項
8に記載の溶接方法である。
【0058】
さらに、請求項
10に記載の発明は、
前記ガセット板の長手方向端部との接続部を滑らかな形状にしながら、前記ビードを形成することを特徴とする請求項
7ないし請求項
9のいずれか1項に記載の溶接方法である。