(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5881113
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月9日
(54)【発明の名称】部分吸引型凝縮粒子カウンター
(51)【国際特許分類】
G01N 15/14 20060101AFI20160225BHJP
G01N 15/00 20060101ALI20160225BHJP
G01N 15/06 20060101ALI20160225BHJP
【FI】
G01N15/14 A
G01N15/00 C
G01N15/06 D
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-137328(P2012-137328)
(22)【出願日】2012年6月18日
(65)【公開番号】特開2014-2035(P2014-2035A)
(43)【公開日】2014年1月9日
【審査請求日】2014年12月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】飯田 健次郎
【審査官】
渡邉 勇
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許第05903338(US,A)
【文献】
特開2007−033064(JP,A)
【文献】
特開昭57−042839(JP,A)
【文献】
米国特許第04449816(US,A)
【文献】
米国特許第04790650(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 15/10 − 15/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノ粒子のエアロゾルをサンプルしたサンプル流が導入される飽和部とその上部に接続された凝縮成長部を備えた層流拡散型凝縮粒子カウンターであって、
前記飽和部は、導入されたサンプル流を作動液蒸気で飽和状態にするものであり、
前記凝縮成長部は、前記飽和部で作動液蒸気の飽和状態にされたサンプル流を、前記作動液蒸気の過飽和状態にし、過飽和状態の作動液蒸気がサンプル流中の前記ナノ粒子を凝縮核として液滴へと凝縮成長させるものであり、
前記凝縮成長部を構成する凝縮成長管の中心軸に沿って突出して開口する吸引管を設け、吸引管の下流に液滴検出部を設け、液滴検出部の下流に流量測定部を設け、流量測定部の下流に吸引手段を設け、
前記飽和部の上流側にサンプル流を導入し、導入されたサンプル流の一部分を、前記吸引管から液滴検出部へ等速吸引し粒子計数頻度を測定し、液滴検出部の下流で直接測定された流量で割り算することにより、サンプル流の粒子数濃度を算出するとともに、
前記サンプル流の残部が通過する、前記凝縮成長管の末端部にある環状の空間の外壁に設けた開口から、前記サンプル流の残部を前記吸引手段により吸引する管路を設けたことを特徴とする層流拡散型凝縮粒子カウンター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気候変動予測に関する大気エアロゾル観測、自動車排ガス規制に関するエアロゾル計測、プリンターなどの汎用機器からのナノ粒子の発塵、工業ナノ材料への曝露によるリスク評価、その他、気相中に浮遊するナノ粒子の粒子数濃度測定がおこなわれるあらゆる分野において使用することができる、凝縮粒子カウンターに関する。
【背景技術】
【0002】
凝縮粒子カウンター(Condensation particle counter、以下「CPC」と略称する)は、気候変動予測に関する地上および航空機を使った大気エアロゾル観測や、自動車排ガス中に含まれる粒子状物質の測定、および気中に分散した工業ナノ材料のリスク評価などにおいて、ナノ粒子の粒子数濃度測定に広く使用されている。CPCは断熱膨張型、乱流混合型、そして層流拡散型の3タイプに分けられる。この中で市場を独占しているのは層流拡散型(特許文献1参照)である。長期観測などで安定性が実証されているのが、その大きな理由である。
層流拡散型CPCはさらに全数計数型と部分計数型とにわけられ、その構造の大まかな違いを
図1に示す。層流拡散型CPCでは凝縮成長管の内部で過飽和状態を人為的に作り出し、サンプルされたエアロゾル中のナノ粒子を凝縮核として蒸気で液滴へと成長させ、成長した個々の液滴を光散乱技術で計数する。全数計数型の最小可測粒径が約10nmであるのに対し、部分計数型は約3nmと低い。
図2にCPC内部における過飽和度分布の計算結果の例を示す。部分計数型では、凝縮成長管内の過飽和度Sの分布の中で、Sが最も高い中心軸周辺にサンプル粒子を送り込む。そして、凝縮成長の誘発により高いSを必要とする粒径約数nmの粒子を、光散乱により1個ずつ計数できる液滴へと成長させる。この原理が1990年初期に考案(非特許文献1参照)されてより、粒径3nm対応型の層流拡散型CPCはUltrafine CPCと呼ばれている。主要製造メーカ(非特許文献2参照)によるアップグレードが図られているものの、Ultrafine CPCの最も中核的な部分であるサンプル流量や内部構造および寸法に顕著な変化はなく、現在でもUltrafine CPCは大気ナノ粒子観測における生命線的な計測器として使用されてきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第4790650号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Stolzenburg,M. R. and McMurry, P. H. (1991). An ultrafine aerosol condensation nucleuscounter. Aerosol Science and Technology 14:48-65.
【非特許文献2】凝縮粒子カウンター(2.5nm対応)CPC3776カタログ、[online]東京ダイレック株式会社、[平成24年5月9日検索]、インターネット<URL:http://t-dylec.net/products/pdf/tsi_3776.pd5>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のUltrafine CPCには以下の2つの問題点がある。
(i)内部構造が複雑かつ製造ノウハウが多いため高価格であるため、製造メーカが限られている。
(ii)測定される粒子数濃度の絶対値の信頼性が低い。
以下に、説明を加える。
図3に、最新のUltrafine CPCの内部構造および流路の模式図を示す(非特許文献2参照)。装置の側面よりエアロゾルをサンプルし、これより直角方向に一部吸引し残りを排気する。その後さらにこの中心部分より10−17%を吸引しキャピラリー通過させ凝縮成長管の軸付近へと誘導する。そして分岐された残りの83−90%はフィルターされ、飽和部で作動液蒸気により飽和され凝縮成長管内への飽和シース流となる。
粒子計数値から粒子数濃度を算出するためには、このキャピラリー流量Q
capが既知である必要がある。しかし、この流量を直接校正することは技術的に困難である。このため、Q
capは、飽和シース流とキャピラリー流へと分岐される以前の流量Q
totalから、測定した飽和シース流Q
sheathを引算し求められる。
Q
cap=Q
total−Q
sheath (1)
Q
totalの10−17%となるQ
capを引算し求める不確かさは大きく、Q
capの相対不確かさは約10−20%と大きくなる。そしてこの不確かさがUltrafine CPCによる粒子数濃度の不確かさへと1:1の関係で伝播する。
【0006】
また、Ultrafine CPCの粒子計数効率を低下させている要素は、装置入口から凝縮成長管までの粒子の透過効率が低いことと、凝縮成長管内へと導入された粒子の凝縮成長効率が不完全なことである。Ultrafine CPCは以下の式により粒子数濃度C
UCPCを算出する。
C
UCPC≒N/(η・P・Q
cap・Δt) (2)
ここに、Nはサンプリング時間Δtにおける粒子計数値である。Pは粒子透過効率、ηは凝縮成長効率である。Pとηは理論計算により見積もることができる。
例として、Ultrafine CPCの内部構造、流量設定、凝縮成長作動液(ブタノール)を想定したPとηの理論計算結果を
図4に示す。
ナノ粒径域ではブラウン拡散の効果が顕著に発生する。特にキャピラリー内部のブラウン拡散による管壁への沈着が顕著に発生するため、Pは粒径の低下に対しゆるやかに減衰する。これに加え、非定常な(淀みなどの)二次流が発生しやすい個所ではさらに粒子損失が発生するが、これらを理論で補正することは難しい。また、キャピラリー出口に至るまでこれらナノ粒子がブラウン沈着を免れたとしても、ナノ粒子は凝縮管内部で半径方向へとブラウン拡散し続けるため、過飽和度が高い中心軸上の領域を通過する粒子の割合が粒径が下がるにつれて減少する。このためηの曲線が粒径に対しゆるやかにゼロへと減衰する。
【0007】
検出器に対する一般的な要求特性として、応答特性が変数に対し一定であり、検出上限および下限が明確に定義されていることが挙げられるが、Ultrafine CPCはこの特性を満たしていない。Ultrafine CPCにアウトプットされる粒子数濃度は装置入口での真の濃度にP×ηが掛算されたものであり、P×ηは粒子計数効率と定義され、CPCの最少可測粒径は計数効率カーブが50%に対応する粒径と定義されD
P50%で表現される。計数効率カーブはD
P50%を中心に狭い粒径範囲で100%から0%へと急減衰することが好ましいが、Ultrafine CPCの計数効率カーブはD
P50%を超えるとゆるやかに漸近値(=1)へと収束してゆく。にもかかわらず、殆どのUltrafine CPCユーザーは、この装置が感度を有する粒径範囲での計数効率を100%と想定したままで使用している。
また、Ultrafine CPCの最少可測粒径を下げた場合、計数効率カーブの不完全性はさらに増長される。この例として、Ultrafine CPCの凝縮成長作動液を、現行のブタノールからホルムアミド(Formamide)へとした場合の粒子計数効率の計算結果を
図5に示す。ブタノールより表面張力が高く飽和蒸気圧が低いホルムアミドを使用すれば、D
P50%はブタノールの場合より1nm低下し2nm以下となる。しかし、サンプルナノ粒子の輸送配管内でのブラウン沈着および凝縮成長管内部でのブラウン拡散の影響で、計数効率はさらに低くなり、粒子数濃度の絶対値の信頼性はさらに下がる。
【0008】
Ultrafine CPCの測定する粒子数濃度の定量性の低さが、気中での粒子生成プロセスに対する科学的理解度の低さの大きな要因の一つとなっている。当該発明が解決しようとする課題は、これまでのUltrafine CPCの最少可測粒径を維持・拡張しつつ、最少可測粒径まで感度が一定でそれ以下で急減衰する理想的な計数効率カーブを実現し、測定粒子数濃度の絶対値の信頼性を大幅に向上させるとともに、装置構造を簡素化し低価格での製品化を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、飽和部とその上部に接続された凝縮成長部を備えた凝縮粒子カウンターであって、前記凝縮成長部を構成する凝縮成長管の中心軸に沿って突出して開口する吸引管を設け、吸引管の下流に液滴検出部を設け、液滴検出部の下流に流量測定部を設け、流量測定部の下流に吸引手段を設け、前記飽和部の上流側にサンプル流を導入し、導入されたサンプル流の一部分を、前記吸引管から液滴検出部へ等速吸引し粒子計数頻度を測定し、液滴検出部の下流で直接測定された流量で割り算することにより、サンプル流の粒子数濃度を算出することを特徴とする。
また、本発明は、上記凝縮粒子カウンターにおいて、前記サンプル流が中心軸に沿って吸引されたのちに、前期サンプル流の残部が通過する、前記凝縮成長管の末端部にある環状の空間の外壁に設けた開口から、前記サンプル流の残部を前記吸引手段により吸引する管路を設けたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、ナノ粒子の濃度減衰が最小限でありかつ作動液蒸気により凝縮成長する確率が最も高い軸周辺で、液滴へと凝縮成長したナノ粒子を、選択的に液滴検出部へと等速吸引することにより、測定される粒子数濃度を凝縮粒子カウンター入口での実際の粒子数濃度へと最大限近づけることができる。
また、本発明では、従来技術であるUltrafine−CPCで採用されているキャピラリー管およびバイパス流構造を全て排除できるため、装置内部でのナノ粒子のブラウン拡散による損失が格段に低く、また装置構成が簡素化できる。
また、従来技術であるUltrafine−CPCでは、濃度算出に必要なキャピラリー流量を装置内部の流量の引算により間接的に測定していたのに対し、本発明では、液滴検出部へと吸引される流量を直接測定できるため、濃度算出に必要なサンプル流量の不確かさを従来技術の1/6〜1/10の範囲へと低減し、高精度なナノ粒子計測を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】従来の全数計数型(左図)および部分計数型(右図)の凝縮粒子カウンター(CPC)の模式図である。
【
図2】CPCの凝縮成長部内での作動液蒸気の過飽和度分布の例を示した図である。
【
図3】従来のUltrafine CPCの内部構造および流路の模試図である。
【
図4】従来のUltrafine CPCの凝縮成長効率η、粒子透過効率P、粒子計数効率η×Pの理論計算結果を示した図である。
【
図5】従来のUltrafine CPCの粒子計数効率の理論計算結果を示した図である。(凝縮成長作動液を現行のブタノールからホルムアミド(Formamide)とした場合)
【
図6】本発明の部分吸引型CPCの測定原理を説明するための模試図である。
【
図7】本発明の部分吸引型CPCの粒子計数効率の理論計算結果と従来のUltrafine CPCの粒子計数効率の比較(ブタノールおよびホルムアミドを凝縮成長用作動液とすることを想定した)を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、凝縮成長管内の軸上付近で凝縮成長したサンプル粒子を液滴計数部へと吸引する構成に特徴を有する。この構造を持った層流拡散型凝縮粒子カウンターを、部分吸引型凝縮粒子カウンター(partial aspiration condensation particle coutner)と定義し、以下「PA−CPC」と略称する。
図6に、本発明のPA−CPCの模試図を示し、また、流量設定の例を示す。
これまでのUltrafine CPCでは、キャピラリー出口より中心軸周辺へとナノ粒子を送り込む構造であったため、中心軸から半径方向へと一方的にこれら粒子がブラウン拡散する。このため、過飽和度がより高い中心軸周辺領域を通過する粒子の割合が減少し、結果として、粒子計数効率曲線が粒径に対しゆるやかに、ゼロへと減衰する傾向があった。
これに対し、本発明のPA−CPCでは、サンプル粒子が過飽和部入口で一様に分布しているため、r=0から+r方向へのサンプル粒子のブラウン拡散が、+rからr=0方向へのサンプル粒子のブラウン拡散と相殺する効果が生まれ、ナノ粒子濃度の減衰を中心軸周辺で最小限にできる。そしてナノ粒子が作動液蒸気により凝縮成長する確率が最も高い中心軸周辺で、液滴へと凝縮成長したナノ粒子を、選択的に液滴検出部へと等速吸引することにより、測定される粒子数濃度を凝縮粒子カウンター入口での実際の粒子数濃度へと最大限近づけることができる。
また、本発明では、従来技術であるUltrafine−CPCで採用されているキャピラリー管およびバイパス流構造を全て排除できるため、装置内部でのナノ粒子のブラウン拡散による損失が格段に低く、また装置構成が簡素化できるため、開発および製造コストも低減できる。
また、従来技術であるUltrafine−CPCでは、濃度算出に必要なキャピラリー流量を装置内部の流量の引算により間接的に測定していたのに対し、本発明では、液滴検出部へと吸引される流量を直接測定できるため、濃度算出に必要なサンプル流量の不確かさを従来技術の1/6〜1/10の範囲へと低減し、高精度なナノ粒子計測を可能とする。
【実施例】
【0013】
図7に、本発明のPA−CPCと従来のUltrafine CPCの粒子計数効率の粒径依存性の計算結果を比較する。ブタノールおよびホルムアミドを凝縮成長用作動液とすることを想定した。
どちらの場合においても、PA−CPCはUltrafine CPCと同等もしくはそれ以上の粒径に対する検出感度がある。計数効率は最少可測粒径以上でほぼ100%であり、またこれ以下でゼロへと急減衰する。この点に置いて、PA−CPCは検出下限が明確に定義された理想的な検出器である。Ultrafine CPCの濃度算出では粒子透過効率Pと凝縮成長効率ηが100%を顕著に下回るため、これらを考慮しないと粒子数濃度の誤差が大きくなるが、PA−CPCではPとηとの効果を無視しても粒径1.7nmに至るまで、CPC入口での粒子数濃度C
inletとほぼ同じ濃度が,以下の式より液滴検出部での粒子数濃度C
detectorより測定することができる。
C
inlet≒C
detector=N/(Q
sample・Δt) (3)
ここに、Q
sampleは液滴検出部の下流で直接測定されるサンプル流量である。計測を専門としない一般CPCユーザーが粒子計数効率の校正を行うことは殆どなく、仕様書に記された最小可測粒径にいたるまでの粒子計数効率を100%と想定し使用している。これに対し本発明のPA−CPCでは、実際の粒子計数効率がユーザーの想定とマッチしていることを最大の特徴としている。これより、本発明によりユーザーは高精度ナノ粒子計測を容易かつ従来よりも安価で実施できる。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明のPA−CPCは、気候変動予測に代表される自然科学分野や自動車排ガス計測や汎用事務機器からの発塵の評価などの産業活動へと大きく貢献できる。また、工業ナノ材料のリスク評価分野での計測技術の向上に貢献できる。