特許第5881276号(P5881276)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 山陽特殊製鋼株式会社の特許一覧

特許5881276靱性、短時間および長時間の軟化抵抗性に優れた熱間工具鋼
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5881276
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月9日
(54)【発明の名称】靱性、短時間および長時間の軟化抵抗性に優れた熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160225BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160225BHJP
【FI】
   C22C38/00 301H
   C22C38/58
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2010-65492(P2010-65492)
(22)【出願日】2010年3月23日
(65)【公開番号】特開2011-195917(P2011-195917A)
(43)【公開日】2011年10月6日
【審査請求日】2013年2月14日
【審判番号】不服2014-14297(P2014-14297/J1)
【審判請求日】2014年7月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】前田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】舘 幸生
【合議体】
【審判長】 鈴木 正紀
【審判官】 富永 泰規
【審判官】 木村 孔一
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−250158(JP,A)
【文献】 特開昭63−83249(JP,A)
【文献】 特開平4−318148(JP,A)
【文献】 特開平7−145448(JP,A)
【文献】 特開平9−165649(JP,A)
【文献】 特開平9−227990(JP,A)
【文献】 特開平10−17987(JP,A)
【文献】 特開2001−89826(JP,A)
【文献】 特開2001−158937(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00 - 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.20〜0.60%、Si:0.10〜0.30%、Mn:0.5〜2.0%、V:0.05〜0.80%、を含有し、さらにNi:0.5〜2.5%、Cr:1.6〜2.6%のうちの1種または2種を、Ni+Cr>3.0%を満たす範囲で含有し、さらにMo:0.30〜2.0%、W:0.6〜4.0%のうちの1種または2種(ただし、2種の場合、1/2W+Mo≦2.0%を満たす範囲)を含有し、さらに、F(C、Si、Mn、Ni、V、Mo、W)=187C[%]+54Si[%]+37Mn[%]+4Ni[%]−Cr[%]−27(Mo+1/2W)[%]+169V[%]の値がF≦171を満たし、残部Feおよび不可避の不純物からなることを特徴とする靱性および軟化抵抗性に優れた熱間工具鋼。
なお、軟化抵抗性に優れたとは、熱間工具鋼の試験片を600℃の炉中に3〜100時間保持した後の室温における保持前の硬さと保持後の硬さの差異の少ないことで、これは3〜10時間保持の短時間と10超〜100時間保持の長時間の両保持時間で共に軟化抵抗性に優れていることである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用負荷の大きい熱間鍛造金型などに使用される特に高靭性、短時間および長時間の高軟化抵抗性の熱間工具鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間で使用されるハンマー型鍛造用などの大型金具や使用負荷の大きい金型には、熱疲労や衝撃に耐えうる高温強度と靭性を兼ね備えている必要がある。そのため、従来から熱間工具の分野には、例えばJIS規格の鋼種であるSKT4やSKD61などが使用されている。しかし、近年の塑性加工技術の進歩に伴い製品の大型化、複雑化が進み、また、金型を分割せず一体化するなど、金型の使用環境はますます厳しくなってきており、SKT4は靭性に優れているが、高温強度が低く、またSKD61は高温強度に優れているが、硬さが高いため、SKT4に比べ靭性が劣るという性質があり、十分な熱間工具寿命を実現し難くなっている。
【0003】
熱間工具が寿命に至るまでの主な現象として、金型のコーナー部からの大割れや金型の表面におけるヒートチェックが上げられる。金型のコーナー部には応力が集中し易いため、突発的または衝撃的な応力によって亀裂や欠けが生じることがあり、その亀裂や欠けが進展していくことで起こるのが大割れである。ヒートチェックは、鍛造品との接触により高温度化した金型表面に対するその後の強制冷却による引張応力が作用して、亀裂が発生および進展する現象で、加熱および冷却に伴う熱疲労現象である。このようなヒートチェックが生じると、鍛造品を正確な形状に変形させることが出来なくなる。さらに、ヒートチェックにより生じた亀裂に応力が集中することで亀裂が進展し、金型の大割れに至ることもある。
【0004】
つまり、金型寿命を向上するための対策としては次の点が考えられる。すなわち、コーナー部からの大割れを抑制するためには、金型の靭性を高めることが重要である。また、ヒートチェックを抑制するためには強度、靭性、軟化抵抗を高めることが重要である。ここで軟化抵抗を高めることの意味は次の点にある。すなわち、軟化抵抗が低ければ常温での硬さは高くても鍛造を繰り返すうちに金型は軟化してくる。その結果、金型表面の強度が低下しヒートチェックが生じ易くなる。そこで金型の軟化抵抗を高めておくことで、金型表面で発生するヒートチェックを抑制することができる。
【0005】
このようなことから、靭性や高温強度を改善して熱間工具の寿命を向上させようとする技術がいくつか提案されている。例えば、Nb、Ta、TiやZrの添加により結晶粒を微細化して靭性を高める手法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、上述の特許文献1は、結晶粒の微細化は靭性と常温強度の向上には有効であるものの、高温強度は逆に低下してしまう場合もあるという問題を有していた。また、残留炭化物の量を規定することにより靭性および高温強度を改善する手法が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、靭性および高温強度は焼入れ後のマルテンサイト組織やベイナイト組織などの組織の影響を大きく受けるため、靭性および高温強度を高いレベルで制御するためには残留炭化物量を規定するだけでは不十分であり、また、Cr、Mo、W、Vといった希少金属を多量に添加するため、製造コストが嵩み、寿命向上のメリットが少なくなってしまっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3−31445号公報
【特許文献2】特開2000−328196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、金型の寿命向上のために、優れた靭性、短時間および長時間の軟化抵抗性、および高温強度を有する熱間工具鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の課題を解決するための手段は、請求項1の発明では、質量%で、C:0.20〜0.60%、Si:0.10〜0.30%、Mn:0.5〜2.0%、V:0.05〜0.80%、を含有し、さらにNi:0.5〜2.5%、Cr:1.6〜2.6%のうちの1種または2種を、Ni+Cr>3.0%を満たす範囲で含有し、さらにMo:0.30〜2.0%、W:0.6〜4.0%のうちの1種または2種(ただし、2種の場合、1/2W+Mo≦2.0%を満たす範囲)を含有し、さらに、F(C、Si、Mn、Ni、V、Mo、W)=187C[%]+54Si[%]+37Mn[%]+4Ni[%]−Cr[%]−27(Mo+1/2W)[%]+169V[%]の値がF≦171を満たし、残部Feおよび不可避の不純物からなることを特徴とする靱性および軟化抵抗性に優れた熱間工具鋼である。
なお、軟化抵抗性に優れたとは、熱間工具鋼の試験片を600℃の炉中に3〜100時間保持した後の室温における保持前の硬さと保持後の硬さの差異の少ないことで、これは3〜10時間保持の短時間と10超〜100時間保持の長時間の両保持時間で共に軟化抵抗性に優れていることである。
【発明の効果】
【0009】
上記の手段としたことで、使用負荷の大きい熱間鍛造金型などの使用に際して、ヒートチェック、亀裂の進展、大割れに対する抵抗性が高く、金型寿命が大幅に改善された熱間工具鋼を提供することができる極めて優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
優れた靱性および軟化抵抗性を持たせるために、従来の鋼成分について多くの改良研究を重ねた結果、本発明者らは、以下の(1)および(2)に記載の特性を見出した。
【0011】
(1)靭性はF(C、Si、Mn、Ni、V、Mo、W)=187C[%]+54Si[%]+37Mn[%]+4Ni[%]−Cr[%]−27(Mo+1/2W)[%]+169V[%]の値がF≦171を満たすとき、高い靭性が得られる。また、(2)軟化抵抗性は、使用時間の長さにより効果的な合金元素が異なり、短時間の場合はMoおよびWの添加量に依存し、MoおよびWの量が、質量%で、(Mo+1/2W)≧0.30%であれば、高い軟化抵抗性が得られる。さらに、使用時間が長時間の場合、軟化抵抗性に効果のあるCrの添加量だけでなく、軟化抵抗性には影響しないといわれているNiを加えた(Ni+Cr)の添加量に軟化抵抗性は依存しており、質量%で、(Ni+Cr)≦3.0%の場合には、軟化抵抗性が極端に悪化することを見出した。
【0012】
このことから、高い靱性、軟化抵抗性および製造コストのバランスから、Mo:0.30〜2.0%を含有し、Ni:0.5〜2.5%、Cr:1.6〜2.6%のうちの1種または種を、Ni+Cr>3.0%を満たす範囲に含有する必要がある。
【0013】
次に上記以外の本成分の限定理由について述べる。なお、%は質量%を示す。
【0014】
Cは、焼入焼戻しによりマトリックス中に溶け込み、マトリックスの強度および焼入れ性を向上させると共に焼戻しにより炭化物を形成し、高温強度および耐摩耗性を与える元素である。従って、上記の特性を確保するために下限を0.20%とした。ただし、多すぎると靱性および軟化抵抗性を低下させることからを0.60%以下とした。望ましくは0.35〜0.55%である。
【0015】
Siは、脱酸剤として有用である。そのためには0.10%以上の添加が必要である。Siは、また被削性や熱間での耐酸化性を向上させる。しかし、0.50%を超えると靱性を低下させることから0.50%以下とした。望ましくは0.10〜0.30%である。
【0016】
Mnは、高温強度を低下させるベイナイトの生成を遅らせる元素であり、また脱酸剤としても必要な元素であり、これらの効果を確保するためには0.5%以上の添加が必要である。しかし、過度に添加すると靱性を低下させると共に、焼きなまし硬さを高くし被削性を低下させることから2.0%以下とした。望ましくは0.6〜1.5%である。
【0017】
Niは、焼入れ性および靱性を向上させる元素であり、0.5%以上の添加により有効な効果が現れる。しかしながら、2.5%を超えると高温強度を低下させることから2.5%以下とした。望ましくは1.2〜2.0%である。
【0018】
Crは、適度な添加により焼入れ性、軟化抵抗性および高温強度を向上させ、さらに、Cと結合して炭化物を形成し耐摩耗性を向上させる元素であり、これらの硬化をうるためには1.0%以上の添加が必要である。しかし、4.0%を超えて添加するとCr炭化物の凝集を招き、軟化抵抗性を低下させるが、実施例の表1の発明鋼に基づいてCrの範囲は1.6〜2.6%とした
【0019】
Vは、耐摩耗性および軟化抵抗性を向上させる元素であり、0.05%以上の添加で効果が得られる。しかし、0.80%を超えて添加すると過剰に炭化物を形成し靱性を低下させることから上限を0.80%とした。望ましくは0.10〜0.50%である。
【0020】
MoおよびWは、焼戻しにより微細な炭化物を形成し、高温強度および軟化抵抗性を向上させる。なお、この効果を得るためのW添加量はMo添加量に比べ2倍必要である。しかしながら、過度の添加により巨大炭化物および偏析を生成し、靱性を低下させることから上限をMo当量(Mo+1/2W)で2.0%とした。望ましくはMo当量(Mo+1/2W)で0.3〜1.6%である。
【実施例1】
【0021】
以下、本発明の実施例を表1に示し、本発明の範囲から外れる比較例と比較して、発明の効果について具体的に説明する。
表1に示した実施例のNo.2、No.5〜8の組成からなる発明鋼と、比較例のNo.10〜16の組成からなる比較鋼について、それぞれ100kg真空誘導溶解炉にて溶製して出鋼し、さらに平均径190mmの鋳塊にそれぞれ鋳込んだ。これらの鋳塊を15mm×15mmの角材(以下、「角15mm」という。)に鍛伸し、次いで後述する形状に機械加工して供試材とし、各供試材の特性についてそれぞれ試験した。
【0022】
【表1】
【0023】
試験は上述の供試材の発明鋼と比較鋼におけるシャルピー衝撃試験および軟化抵抗性試験を行って、それぞれの鋼のヒートチェック、すなわち亀裂の進展や大割れの可能性をみた。それぞれの試験方法を次に示す。
1)シャルピー衝撃試験は、JIS規定の3号角10mm、長さ55mmからなるUノッチの試験片に対し、硬さが39〜41HRCになるように焼入焼戻して、常温で試験を行って、それぞれの靱性をみた。
2)軟化抵抗性試験は、角15mm、長さ15mmの試験片に対し、39〜41HRCになるように焼入焼戻した試験片を、600℃に加熱した炉の中に3〜100時間保持した後、それぞれの鋼の試験片について室温におけるHRC硬さを測定し、軟化抵抗性をみた。
【0024】
上述の試験の結果を表2に示す。表2において、靱性の評価は、シャルピー衝撃値が80J/cm2以上であれば◎、70J/cm2以上であれば○、70J/cm2未満であれば×と評価した。また、軟化抵抗性は、保持時間が〜10時間の短時間のときは、初期HRC硬さからの低下が1ポイント以下であれば◎、1ポイントより多い場合は×とした。また、保持時間が10超〜100時間の長時間のときは、10時間後の硬さからの低下が10ポイント以下であれば◎、10ポイントより多い場合は×とした。
表2に示すように、No.2、No.5〜8の発明鋼はいずれの鋼種も、No.10〜16の比較鋼よりも靱性および短時間と長時間の軟化抵抗性に優れているので、これらの鋼成分からなる工具鋼はヒートチェックが抑制され、亀裂が進展して大割れを起こしにくくなっており、熱間鍛造用の金型として優れた工具鋼である。
【0025】
【表2】