【実施例】
【0046】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。特にことわりのない限り、%は質量%である。また、培地中の成分の%は、培地1リットル中に10gを含むときに1.0%である。
【0047】
[細菌の分離]
以下の分離源及び培地を使用して細菌の分離を行った。
分離源:
日本海溝陸側斜面、深度6181m,40°6.025 N,144°10.997 E,からコアサンプラーによって採取した海底底泥(MBARIコアにて採取、シロウリガイ群集近辺)を分離源として使用した。
分離に用いた培地:
1リットルの溶液中に、トリプトン15g、イーストエクストラクト5g、塩化ナトリウム30g、グルコースを30gを溶解して液体培地とした。この培地は、トリプトン(Difco)を1.5%、イーストエクストラクト(Difco)を0.5%、塩化ナトリウムを3.0%、グルコースを3.0%含むと表記する。また、液体培地の1リットルにさらにアガロース20gを溶解して寒天培地とした。この寒天培地はアガロースを2.0%含むと表記する。
【0048】
以下の分離手順によってスクリーニングを行った。
分離手順:
1.上記分離源の底泥を、人工海水に懸濁させた懸濁液100μlを、2ml容プラスチックチューブ中の液体培地に植菌し、30MPaにて37℃で1週間静置培養した。
2.培養後、液体培地中に目視観察によって不溶性の物質が形成されたものについて、その不溶性物質を寒天培地に塗布し、大気圧にて37℃で1週間培養した。
3.画線培養を繰り返し、単一のコロニーとして、ポリマーを産生する細菌4B株を得た。
【0049】
[細菌の同定]
分離された単一のコロニーの細菌を、以下の方法によって同定した。
16SrRNA遺伝子解析による分類
走査型・透過型電子顕微鏡による形態観察
糖資化性試験による生化学的特性の解析
細胞膜の脂肪酸組成の解析による近縁種との比較
DNA-DNAハイブリダイゼーションによる近縁種との比較
【0050】
[16SrRNA遺伝子配列による同定]
スクリーニングによって選出した4B株を、次のように同定した。生理学的試験は一般的な方法に従って行った。同定にはBergey’s Manual of Systematic Bacteriology, Baltimore:WILLIAMS & WILKINS Co.,(1984)を参考にした。また、米国BIOLOG社製の細菌同定システムも使用した。16S rRNA遺伝子の増幅はダイレクトPCR法を用い、プライマーにはバクテリア16S rRNA遺伝子のほぼ全長を増幅することのできる27F及び1492Rのプライマーセットを使用した。配列解析は、Applied Biosystems Co., のモデル3130xl ジェネティックアナライザを用いて行なった。これらの解析結果ならびに染色体DNA相同試験より、4B株は、コクリア属の新種であることが判明した。
【0051】
[形態学的・生理学的諸性質試験]
分離された4B株は、好気性のグラム陽性菌で、形態学的・生理学的諸性質は、次の通りである。
形態:球菌、べん毛なし
糖資化性:Dextrin、Cellobiose、D-fructose、α-D-glucose、maltotriose、D-mannose、Palatinose、D-psicose、D-raffinose、D-ribose、Salicin、Sucrose、Turanose、L-malic acid、Pyruvic acid、Adenosine、β-cyclodextrin、amygdalin、arbutin、lactulose、maltose、3-methyl D-galactoside、β-methyl D-glucoside、D-trehalose、Inosine、Thymidine、Uridine、D-L-α-glycerol phosphate
次の表1に糖資化性を、近縁種と比較して示す。
【0052】
【表1】
【0053】
[菌体脂肪酸組成]
HPLC法を用いて分離された菌株の細胞膜脂肪酸組成を同定したところ、コクリア4B株は、イソペンタデカン酸(iso-C
15:0)を主成分として生産する菌株として特徴付けられた。コクリア4B株の細胞膜組成は、次の通りである。
細胞膜組成:iso-C14:0:1.5%, anti iso-C15:0:62.5%, iso-C16:0:13.1%, C16:0:2.6%, anti iso-C17:0:17.5%
次の表2に細胞膜の脂肪酸組成を、近縁種と比較して示す。
【0054】
【表2】
【0055】
[16S rRNA遺伝子の塩基配列の比較]
分離株(コクリア属新種細菌4B株)から染色体DNAを調整し、これをテンプレートとしてダイレクトPCRによって各菌株の16S rRNA遺伝子のほぼ全長を増幅し、その塩基配列を決定した。配列表の配列番号1に、このように決定した、本発明に係るコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)(受託番号:FERM P−22056)の16S rRNA遺伝子の1463塩基の塩基配列を示す。さらに、得られた配列情報をもとに相同性検索を行った。近縁種との相同性(%)の比較一覧を、次の表3に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
このように、コクリア4B株は、コクリア クリスティーナKocuria kristinae と16SrRNA遺伝子の相同性が99.3%を示した。
【0058】
[DNA-DNAハイブリダイゼーションによる近縁種との比較]
分離株YI#4B株と、16SrRNA遺伝子の相同性検索の結果として最近縁種であったコクリア クリスティーナの量菌株とから、それぞれゲノムDNAを抽出し、DNA−DNAハイブリダイゼーションによって相同性を調べた。その結果、2株のゲノムDNAの相同性は約50%であった。すなわち、分離株4B株は、最近縁種であるコクリア クリスティーナとも、全く異なった種の細菌であった。
【0059】
以上の結果から、分離株4B株(4B株)は、コクリア属の新種であることが判明した。このコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)(受託番号:FERM P−22056)の16S rRNA遺伝子の塩基配列を、配列表の配列番号1に示す。
【0060】
分離したコクリア属新種細菌4B株は、平成23年(2011年)1月27日に、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6)に寄託した。受託番号は以下である。
コクリア属新種 4B株 (Kocuria sp. 4B)
受託番号:FERM P−22056
【0061】
[ポリマーの製造]
深海底泥から分離されたコクリア属新種 4B株を培養してポリマーを産生させて、ポリマーを製造した。
[細菌の培養]
本菌は、トリプトン(Difco)を1.5%、イーストエクストラクト(Difco)を0.5%含む液体もしくは寒天培地中で、大気圧下にて37度で培養した。
[細菌によるポリマーの産生]
本菌は、上記の培地に3%のグルコース及び3%の塩化ナトリウムを添加した液体培地中で、大気圧下にて37度で培養することにより、培養約20時間前後には菌体周辺および培地中に多量の高分子物質(ポリマー)を産生した。ポリマーの産生と蓄積は、培養開始後約11時間から始まり、時間の経過とともに蓄積量が増えて、培養開始後約20時間後には十分な量のポリマーが蓄積しており、さらに時間の経過とともに蓄積量は増大したが、培養開始後約24時間後にはポリマーが容器内部全体を覆って、以後は顕著な蓄積の増大は見られなかった。
【0062】
予備的な実験において、上記の培地中の塩化ナトリウム濃度を0%として、培養を行ったところ、3%の塩化ナトリウム濃度とした上記培地と比較して、ポリマーは、やや少ないが、ほぼ同程度に回収された。このように、培地中の塩化ナトリウム濃度、及び塩化ナトリウムの有無は、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp. 4B)によるポリマーの産生に大きな影響を与えないものであった。
また、別な予備的な実験において、上記の培地中のグルコース濃度を0%として、培養を行ったところ、3%のグルコース濃度とした上記培地と比較して、ポリマーの産生は、量的にきわめて少なく、電子顕微鏡によって観察することが可能な程度の量の産生は確認されたが、ポリマーとしてはほとんど回収することができなかった。このように、培地中へのグルコースの添加は、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp. 4B)によるポリマーの産生に実質的に必須のものであった。
【0063】
予備的な実験において、上記培養を加圧下において行った。20MPaの圧力下で加圧培養を行ったところ、大気圧下での培養と比較して、菌の増殖速度は2倍となり、これに伴って、ポリマーの産生の速度(単位時間あたりの産生量)も、約2倍となった。このように、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp. 4B)の増殖とポリマーの産生は、加圧下の培養によって増大するものであった。
【0064】
[ポリマーの産生の確認]
培養によってポリマーが産生されたことは、次のように確認した。
菌体を培養後、培養液を光学顕微鏡で観察し、菌体の凝集を目視で確認した。菌体の凝集は、菌体周囲に蓄積した生産物によって起きていた。さらに、凝集した菌体を走査型電子顕微鏡にて観察し、糸状の生産物の蓄積が生じていることを確認した。
【0065】
図1は、菌体の凝集が目視観察された4B株(Kocuria sp. 4B)の走査型電子顕微鏡写真である。写真右下のバーは、100nmを示している。電子顕微鏡写真は、粒状の菌体の外部に、多数のポリマーが繊維状(糸状)に蓄積されていることを示している。
図1から、電子顕微鏡写真によっても、4B株が、ポリマーを産生していること、ポリマーは菌体外部に分泌されて蓄積されていること、ポリマーが繊維状になって存在していること、が示された。このように、菌体の凝集が目視観察された場合には、電子顕微鏡による観察によっても、菌体外に繊維状(糸状)のポリマーが産生されて蓄積されたものとなっていた。
【0066】
[ポリマーの分離]
上記の条件での培養の後に、次の条件で、菌体外部に蓄積されたポリマーを分離した、
グルコースを3%含むLB培地にて、4B株を、37℃にて約20時間培養し、菌体の凝集を目視観察にて確認した後に、得られた培養液に対して、7500G×30分の遠心分離を行った。
【0067】
遠心分離によって得られた上清に99.5%のエタノールを等量(体積)加えて、生じた沈殿をデカンテーションによって得た。このようにして、上清中に含まれていた生産物を分離した。このようにして分離された生成物は、菌体外部に蓄積されたポリマーのうち、培地に溶解又は分散していたポリマー(遊離型)に相当する。
【0068】
また、遠心分離によって得られた沈殿を人工海水で洗浄し、0.25Mの水酸化ナトリウム溶液を培地の30%量(体積)加え、30度で2時間振とうし、その後7500G×30分の遠心分離して得られた上清に、99.5%のエタノールを2倍量(体積)加えて、生じた沈殿をデカンテーションによって得た。このようにして、沈殿中に含まれていた生産物を分離した。このようにして分離された生成物は、菌体外部に蓄積されたポリマーのうち、菌体に付着して存在していたポリマー(菌体付着型)に相当する。
【0069】
上述のように、光学顕微鏡、及び電子顕微鏡による観察と、遠心分離の処理によって明らかになったとおり、培養によって産生されたポリマーには、菌体に付着した繊維状のネットワークを形成している状態のポリマー(菌体付着型ポリマー)と、菌体に付着することなく培養液中に遊離して分散している状態のポリマー(遊離型ポリマー)とがあった。これら菌体付着型ポリマー及び遊離型ポリマーは、エタノール沈殿として回収されるまでに必要となる操作は、上述のように異なったものであったが、回収したエタノール沈殿を蒸留水に溶解して、ポリマー溶液とした後には、どのような操作に対しても、その性質に違いを見いだすことができず、区別をすることができないものであった。そこで、以下の測定では、エタノール沈殿から蒸留水に溶解して調製した、菌体付着型(細胞付着型)のポリマー溶液に対する測定の結果を、菌体付着型ポリマー及び遊離型ポリマーを代表して示す。
【0070】
[ポリマーの同定および成分の測定]
分離したポリマーを次のような方法でさらに精製し、同定および成分の分析を行った。
【0071】
[ポリマーの精製]
上記の方法で分離した産生物(エタノール沈殿物)を、蒸留水に溶かし、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分子量分画し、最も分子量の大きなピークにあたる画分を取得して、精製した。ゲルろ過クロマトグラフの充填剤には、Sepharose S-500 HR (GE Healthcare)を用いた。
【0072】
[赤外吸収スペクトルの測定]
精製したポリマーは、Spectrum 65 FT-IR (PerkinElmer)を用いて、赤外吸収スペクトルの測定を行った。
【0073】
[糖組成の測定]
精製したポリマーは、フェノール・硫酸法で糖の定性・定量測定を行った。分析はガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)GCMS-QP5050A(島津製作所)を用い、カラムはDB-5(J&W Scientific)を用いた。糖の定量のために、スタンダードとしてグルコース、ガラクトース、マンノース、イノシトール、ラムノース、キシロース、フコースを用い、検量線を作成した。
【0074】
[酸性糖の測定]
精製したポリマーは、m-ヒドロキシビフェニル法で酸性糖の定性・定量測定を行った。分析はガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)GCMS-QP5050A(島津製作所)を用い、カラムはDB-5(J&W Scientific)を用いた。酸性糖の定量のために、スタンダードとしてアルギン酸、ガラクツロン酸を用い、検量線を作成した。
【0075】
[アミノ酸組成の測定]
精製したポリマーは、6NHClを用いて、110〜125℃で20〜24時間加水分解処理を行い、日立製L-8900アミノ酸分析計を用いアミノ酸組成の測定を行った。各アミノ酸の標準試料を用いそれぞれの分析値の定量を行った。
【0076】
[分子量の測定]
精製したポリマーの分子量は、高速液体クロマトグラフシステムShimadzu 10A GPC(島津製作所)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにて行った。検出器としてRID-10A示差屈折計を用い、カラムはOHPac SB-805 HQ(Shodex)を使用した。溶離液は蒸留水を使用した。検量線は、スタンダードMw = 5000 から 8000000 の8点(STANDARD P-82 (Shodex))を用いて作成した。
【0077】
[ポリマーの同定された特性]
菌体付着型ポリマー及び遊離型ポリマーは、上述のように、回収したエタノール沈殿を蒸留水に溶解してポリマー溶液とした後には、その性質は区別ができないものであった。このポリマーは、糖およびアミノ産を含む高分子物質であった。特に、高分子を構成するアミノ酸の70質量%がシスタチオニンであった。シスタチオニンを含むポリマーの報告は天然及び合成を含めてこれまでになく、このポリマーは、全く新しいポリマーであった。ポリマー分子は、重量平均分子量3300万を超える超巨大高分子であった。
【0078】
生産される高分子物質(ポリマー)の分析の結果として得られた、アミノ酸成分含量を次の表4に示す。
図2に表4のデータを円グラフとして示す。
図2はシスタチオニンを含むポリマーの主なアミノ酸含量を示す図である。
【0079】
【表4】
【0080】
生産される高分子物質(ポリマー)の分析の結果として得られた、糖の含量(糖の組成)を次の表5に示す。
図3に表5のデータを円グラフとして示す。
図3はシスタチオニンを含むポリマーの主な糖の含量を示す図である。
【0081】
【表5】
【0082】
生産される高分子物質(ポリマー)の分析の結果として得られた分子量測定結果として、分子量測定のために行ったクロマトグラフィーによる微分分子量曲線を、
図4に示す。
図4のグラフには、グラフの右側から、4つのピークが確認され、最も大きなピークは右端のピーク(表6のピーク番号 1)であり、その左側に小さなピーク(表6のピーク番号 2)、そのすぐ左側に極小のピーク(表6のピーク番号 3)、その左側に小さなピーク(表6のピーク番号 4)がある。これらのピーク番号1〜4のピークについての分子量等の値を、次の表6に示す。
【0083】
【表6】
【0084】
ピーク番号1に示されるように、重量平均分子量3300万を超える超巨大高分子が、このシスタチオニンを含むポリマーの実体であった。その他の小さなピーク(ピーク番号2〜4)は、量的にも少なく、ピーク番号1に示される超巨大高分子の分解物であると考えられる。
【0085】
[ポリマーの生分解性]
産生されたポリマーをいったん分離して、これをコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)と混合して、低栄養条件で培養を行ったところ、菌の増殖に応じて、ポリマーが消費されることが観察された。このように、このポリマーは、生分解されることが確認された。
産生されたポリマーを分離して、これを河川水中に一定期間浸漬したところ、ポリマーの分子量が、上記の巨大分子量から、分子量数千にまで減少した。このように、このポリマーは、深海底に限られることなく、陸上環境に近い淡水中環境中で生分解されるものであることが、確認された。
【0086】
このシスタチオニンを含むポリマーは、次のような性質を有する。
(1)生分解性を有する
(2)保水性が高く、水を吸収すると粘性を示す。
(3)糖含有量(フェノール・硫酸法):(85±5)重量%
(4)ウロン酸含有量(カルバゾール・硫酸法): (2±1)重量%
(5)蛋白質含有量(ブラッドフォード法): (13±4)重量%
(6)分子量:重量平均分子量3300万以上。
(7)溶媒溶解性:水に可溶、エタノールに不溶。
(8)IRスペクトル吸収帯(cm-1):3400〜3300、1600、1400。