特許第5890905号(P5890905)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5890905
(24)【登録日】2016年2月26日
(45)【発行日】2016年3月22日
(54)【発明の名称】有機酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/40 20060101AFI20160308BHJP
【FI】
   C12P7/40
【請求項の数】8
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-526860(P2014-526860)
(86)(22)【出願日】2013年7月12日
(86)【国際出願番号】JP2013069210
(87)【国際公開番号】WO2014017327
(87)【国際公開日】20140130
【審査請求日】2014年11月5日
(31)【優先権主張番号】特願2012-162439(P2012-162439)
(32)【優先日】2012年7月23日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-162440(P2012-162440)
(32)【優先日】2012年7月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】旭硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】野上 達弘
(72)【発明者】
【氏名】笠原 伸元
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼杉 翼
【審査官】 鶴 剛史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−106278(JP,A)
【文献】 特開平04−316496(JP,A)
【文献】 特表2003−518476(JP,A)
【文献】 特表2004−521619(JP,A)
【文献】 特開2011−177159(JP,A)
【文献】 特開2007−082490(JP,A)
【文献】 MAISURIA, J.L. and HOSSAIN, M.M.,Equilibrium Studies of the Extraction and Re-extraction of Lactic Acid.,J. Chem. Eng. Data,2007年,Vol.52 No.3,pages 665-670,Table 1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/40
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸の製造方法であって、
発酵により有機酸を生産し、pHが1〜5である有機酸含有粗液を得る第1工程、
及び、
前記第1工程で得られた有機酸含有粗液から、フマル酸ビス(2−エチルヘキシル)、セバシン酸ビス(2−エチルヘキシル)、イタコン酸ビス(2−エチルヘキシル)、アゼライン酸ビス(2−エチルヘキシル)、及びマレイン酸ビス(2−エチルヘキシル)からなる群より選ばれるジエステル化合物を含む抽出媒体を用いて該有機酸を抽出し、前記有機酸を含む抽出液(1)を得る第2工程、
を含む方法。
【請求項2】
前記抽出媒体がさらにアルキルアミン化合物を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アルキルアミン化合物が、炭素数15〜39のトリアルキルアミンである、請求項に記載の方法。
【請求項4】
前記トリアルキルアミンが、トリヘキシルアミン、トリオクチルアミン、トリデシルアミン、及びトリドデシルアミンからなる群より選ばれるトリアルキルアミンである、請求項に記載の方法。
【請求項5】
前記抽出媒体におけるアルキルアミン化合物/エステル化合物の体積比が、0.6/1〜9/1である、請求項2〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記抽出液(1)から、水を用いて前記有機酸を抽出し、前記有機酸を含む抽出液(2)を得る第3工程、をさらに含む、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記第3工程を60〜90℃で行う、請求項に記載の方法。
【請求項8】
前記第2工程を0〜40℃で行う、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸の製造方法に関し、詳細には発酵により生産された有機酸を、発酵液から効率的に抽出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機酸、例えば乳酸、コハク酸等は、医薬、農薬、化粧品等の種々の用途において使用されている。有機酸の製造方法としては、発酵法が古くから用いられている。一般に、有機酸生産菌は生産される有機酸による発酵阻害があるので、発酵液にアルカリを加えてpHを中性付近に調整しながら発酵を行うことが多い。その場合、有機酸はpH調整剤の塩として回収される。例えば、乳酸は、乳酸アンモニウムとして、鉱酸とアルキル化アミンにより抽出される(特許文献1)。しかし、このようなpH調整操作は煩雑であるし、有機酸塩から有機酸に戻す工程も必要となるため、製造コストが高い。
【0003】
そこで、酸性条件下で発酵を行うことができる耐酸性を付与された菌、例えば耐酸性微生物を宿主とした形質転換体、を用いて発酵を行うことが提案されている(特許文献2)。
この場合、有機酸は、酸の形態で回収することができる。該回収方法としては、例えば、非水混和性アミンと非水混和性有機酸の混合物で抽出する方法(特許文献3)、含酸素飽和複素環式化合物で抽出する方法(特許文献4)、水と共沸する溶媒で抽出する方法(特許文献5)が知られている。第1の方法では、抽出と逆抽出を同じ温度にするために非水混和性有機酸の使用を要する。さらに、該有機酸とアミンの混合割合が限定された範囲でなければならず、且つ、該範囲を、製造される有機酸に応じて変更しなければならないので、実際的ではない。第2番目の方法では、含酸素飽和複素環式化合物として、テトラヒドロフラン等が使用されているが、このような親水性溶剤では発酵液に含まれる有機酸以外の親水性物質も抽出されてしまう。第3番目の方法では、水と共沸する溶剤として、例えばメタノール、エタノール等の低級アルコールが使用されるが、精製工程で、これらの抽出用アルコールを大量に除去しなければならず、且つ、エステル化の問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2010−539911号公報
【特許文献2】国際公開2011/021629号
【特許文献3】特公昭59−40375号公報
【特許文献4】特開平8−337552号公報
【特許文献5】国際公開2007/114017号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、発酵工程におけるpH調整の手間が無く、上記の諸問題がなく、目的とする有機酸を効率的に回収することができる、有機酸の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
即ち、本発明は、下記[1]〜[11]に記載する有機酸の製造方法である:
[1]有機酸の製造方法であって、発酵により有機酸を生産し、pHが1〜5である有機酸含有粗液を得る第1工程、及び、前記第1工程で得られた有機酸含有粗液から、エステル化合物を含む抽出媒体を用いて該有機酸を抽出し、前記有機酸を含む抽出液(1)を得る第2工程、を含む方法。
【0007】
[2]前記エステル化合物が、炭素数10〜30のジエステル化合物である、[1]の方法。
[3]前記ジエステル化合物が、脂肪族ジカルボン酸のジアルキルエステルである、[2]の方法。
[4]前記ジエステル化合物が、フマル酸ビス(2−エチルヘキシル)、セバシン酸ビス(2−エチルヘキシル)、イタコン酸ビス(2−エチルヘキシル)、アゼライン酸ビス(2−エチルヘキシル)、及びマレイン酸ビス(2−エチルヘキシル)からなる群より選ばれるジエステル化合物である、[2]または[3]の方法。
【0008】
[5]前記抽出媒体がさらにアルキルアミン化合物を含む、[1]〜[4]のいずれかの方法。
[6]前記アルキルアミン化合物が、炭素数15〜39のトリアルキルアミンである、[5]の方法。
[7]前記トリアルキルアミンが、トリヘキシルアミン、トリオクチルアミン、トリデシルアミン、及びトリドデシルアミンからなる群より選ばれるトリアルキルアミンである、[6]の方法。
[8]前記抽出媒体におけるアルキルアミン化合物/エステル化合物の体積比が、0.6/1〜9/1である、[5]〜[7]のいずれかの方法。
【0009】
[9]前記抽出液(1)から、水を用いて前記有機酸を抽出し、前記有機酸を含む抽出液(2)を得る第3工程、をさらに含む、[1]〜[8]のいずれかの方法。
[10]前記第3工程を60〜90℃で行う、[9]の方法。
[11]前記第2工程を0〜40℃で行う、[1]〜[10]のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によれば、発酵工程においてpH調整をする必要が無い。また、エステル化合物とアルキルアミン化合物との組み合わせによって、有機酸を選択的に、高い効率で得ることができる。即ち、発酵液中の成分(特にグルコース)をほとんど抽出することなく、簡便な操作で、有機酸を選択的に得られる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において発酵とは、微生物に目的化合物(有機酸)を生産させることを意味する。
【0012】
本発明において、有機酸はカルボキシル基を有する有機化合物であればよく、例えば乳酸、3−ヒドロキシプロピオン酸、ピルビン酸、マロン酸、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、グルタル酸、及び、アジピン酸等が挙げられる。なかでも、広い用途を有する点で、乳酸が好ましい。これらの有機酸は、D体、L体、DL体のいずれであってもよく、また、オリゴマー、即ち、重合度2〜15程度のポリマー、を形成していても良い。
【0013】
第1工程の発酵は、微生物により有機酸が生産されれば、該有機酸のみが生産されるホモ型発酵であっても、該有機酸以外にエタノール等が生産されるヘテロ型であってもよい。
【0014】
微生物は、野生型及び遺伝子組み換え型のいずれのものであってもよい。野生型微生物としては、例えば、ストレプトコッカス属、ペディオコッカス属、ロイコノストック属、及びラクトバチルス属等の乳酸発酵菌;アネロビオスピリリウム属、及びコリネバクテリウム属等のコハク酸発酵菌が挙げられる。
【0015】
遺伝子組換え型微生物としては、遺伝子組換え乳酸生産酵母が挙げられ、例えば、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)を宿主とし、乳酸脱水素酵素遺伝子が組み込まれ、かつ該宿主のピルビン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子群の一部が欠失または失活している、形質転換体(特許文献2)、サッカロミセス属の酵母等の耐酸性微生物を宿主とし、該耐酸性微生物に乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を導入した形質転換体(特開2001−204464号公報)、及び乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が導入され、かつピルビン酸脱炭酸酵素1をコードする遺伝子を欠失または失活させたサッカロミセス・セレビシエ(出芽酵母)(特開2008−48726号公報)等が挙げられる。これらのうち、pHを中性付近に調整することを必要とせずに高い生産性で乳酸を生産できる点で、シゾサッカロミセス・ポンベを宿主とし、乳酸脱水素酵素遺伝子が組み込まれ、かつ該宿主のピルビン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子群の一部が欠失または失活している、形質転換体が好ましい。
【0016】
発酵に用いる発酵液は、特に限定されず、目的とする有機酸の生産に適するNa、K等の基本的無機塩類、及び炭素源を含めばよい。また必要に応じて、窒素源、及びアミノ酸等の成分を含んでいてもよい。発酵液は、天然、合成または半合成発酵液のいずれであってもよい。炭素源としては、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース等の糖が挙げられる。窒素源としては、例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウム等の無機酸または有機酸のアンモニウム塩、ペプトン、カザミノ酸、イーストエキス等が挙げられる。無機塩類としては、例えば、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、リン酸二水素カリウム等が挙げられる。さらには、プロテオリピドなどの発酵促進因子などを配合することができる。
【0017】
好ましくは、糖としてグルコースを用いる。発酵初期の発酵液(100質量%)中のグルコース濃度は1質量%以上が好ましく、1〜25質量%がより好ましく、2〜16質量%がさらに好ましい。発酵によりグルコース濃度が低下するため、必要によりグルコースを添加して発酵を継続することが好ましい。発酵終期のグルコース濃度は1質量%以下となってもよい。また、有機酸を分離しながら発酵液を循環させて連続的に発酵を行う場合には上記グルコース濃度を維持することが好ましい。グルコース濃度を2質量%以上とすることにより、有機酸の生産性がより向上する。また、発酵液中のグルコースを16質量%以下とすることにより、有機酸の生産効率がより向上する。
【0018】
また、生産性を高くするために、高密度発酵を行うことが好ましい。高密度発酵では、発酵液中の形質転換体の初発菌体濃度を乾燥菌体重量換算値で表して0.1〜50g/Lとすることが好ましく、0.2〜40g/Lとすることがより好ましい。初発菌体濃度を高くすることにより短時間で高い生産性を達成できる。また、初発菌体濃度があまりに高すぎると菌体の凝集や精製効率の低下などの問題が生じるおそれがある。なお、後述の実施例等で示す菌体濃度は、日本分光社製可視紫外分光器V550によって測定した波長660nmの光の吸光度(OD660)から換算した値である。660nmにおけるOD=1は、酵母乾燥重量の0.2g/L、湿重量の0.8g/Lに相当する。
【0019】
発酵には公知の発酵方法を用いることができ、例えば循環発酵、攪拌発酵等により行うことができる。発酵温度は、23〜37℃であることが好ましい。また、発酵時間は適宜決定することができる。発酵は、回分発酵であってもよく、連続発酵であってもよい。例えば、回分発酵で発酵を行った後、菌体を発酵液から分離して、有機酸を含む発酵液を取得することができる。また、連続発酵法では、例えば、発酵中の発酵槽から発酵液の一部を抜き出し、抜き出した発酵液から有機酸を分離するとともに、有機酸を分離した残りの発酵液にグルコースや新たな発酵液を加えて発酵槽に戻すことを繰り返して、連続的に発酵する方法が挙げられる。連続発酵を行うことにより、有機酸の生産性がより向上する。
【0020】
生産された有機酸を含む有機酸含有粗液は、pHが1〜5であり、好ましくは1.5〜4、特に好ましくは1.5〜3.5である。本発明の有機酸の製造方法では、発酵液への有機酸の蓄積によりpHが低くなっても、pH調整を行わずに有機酸を生産することができる発酵法を採用することが好ましい。すなわち、発酵液のpHが低くなった後も、そのまま発酵を継続する連続発酵により有機酸を製造することができる発酵法を採用することが好ましい。この発酵法においては、有機酸の生産性を高くするために、発酵液のpHが3.5以下になった後であっても、さらに発酵を継続することが好ましい。特に、上述のシゾサッカロミセス・ポンベの形質転換体は、耐酸性が優れているため、生産された有機酸を含む発酵液のpHを調整することなく発酵を継続することができる。
【0021】
第2工程では、第1工程で得られる、有機酸を含む有機酸含有粗液から、エステル化合物を含む抽出媒体を用いて、目的とする有機酸を抽出し抽出液(1)を得る。該有機酸含有粗液は、そのまま抽出に付することもできるが、好ましくは、抽出に先立ち、遠心分離またはろ過等の菌体分離処理により菌体を分離する。遠心分離の条件の例としては、1000〜5000Gにおいて、10〜15分が挙げられる。またろ過の条件としては、公称目開きが0.1〜2μmのろ過膜の使用が挙げられる。有機酸含有粗液の典型的な組成としては例えば、有機酸を50〜120g/L、糖を0.5〜20g/L、エタノールを1〜20g/L含む。
【0022】
エステル化合物としては、炭素数4〜40の脂肪族エステル及び芳香族エステルから選ばれる少なくとも一種が好ましい。炭素数が前記範囲内のものであれば、適度な極性と沸点を備えるので、抽出効率及び後工程での除去がし易い。該エステル化合物の常圧における沸点としては、250℃以上が好ましい。該沸点の上限は特に限定されないが、一般的には400℃以下である。ただし常圧における沸点が無く分解点のみが存在する場合には、分解点が250℃以上であることが好ましい。
【0023】
上記脂肪族エステルと芳香族エステルのうち、本発明におけるエステル化合物としては、脂肪族エステルが好ましい。すなわち、エステル化合物中のカルボン酸残基とアルコール残基のいずれも脂肪族化合物の残基であることが好ましい。
エステル化合物は、1分子中のエステル基の数に従い、モノエステル化合物とポリエステル化合物に分けられる。本発明におけるエステル化合物としては、エステル基の数が2〜4のポリエステル化合物が好ましく、ジエステル化合物がより好ましい。特に、炭素数10〜30の脂肪族ジエステル化合物が好ましい。
ジエステル化合物としては、ジカルボン酸残基1つとモノオール残基2つを有するジエステル化合物、モノカルボン酸残基2つとジオール残基1つを有するジエステル化合物、などが挙げられる。本発明におけるエステル化合物としては、これらジエステル化合物のいずれであってもよいが、ジカルボン酸残基とモノオール残基を有する脂肪族ジエステル化合物がより好ましい。特に、飽和または不飽和の脂肪族ジカルボン酸残基とアルカノール残基を有するジエステル化合物が好ましい。
【0024】
本発明における好ましいエステル化合物は、炭素数10〜30の脂肪族ジエステル化合物であり、そのうちでも飽和または不飽和の脂肪族ジカルボン酸残基とアルカノール残基(すなわち、アルキル基)を有する脂肪族ジエステル化合物がより好ましい。また、飽和の脂肪族ジカルボン酸残基の炭素数(カルボニル基の炭素原子を含む数)は5〜15が好ましく、6〜12がより好ましい。不飽和の脂肪族ジカルボン酸残基の炭素数(カルボニル基の炭素原子を含む数)は4〜8が好ましく、4〜6がより好ましい。アルカノール残基(すなわち、アルキル基)の炭素数は2〜12が好ましく、6〜10がより好ましい。
具体的には、例えば、アジピン酸ジエチル、アジピン酸ジイソノニル、アジピン酸ジイソウンデシル、アジピン酸ビス(2−エチルヘキシル)、ピメリン酸ジエチル、ピメリン酸ジデシル、セバシン酸ジオクチル、セバシン酸ビス(2−エチルヘキシル)、セバシン酸ジブチル、アゼライン酸ジエチル、アゼライン酸ジオクチル、アゼライン酸ビス(2−エチルヘキシル)、アゼライン酸ジヘキシル、ドデカン二酸ビス(2−エチルヘキシル)、フマル酸ジブチル、フマル酸ジノニル、フマル酸ビス(2−エチルヘキシル)、マレイン酸ジヘキシル、マレイン酸ビス(2−エチルヘキシル)、イタコン酸ジプロピル、及びイタコン酸ビス(2−エチルヘキシル)が挙げられる。
これらのうち、フマル酸ビス(2−エチルヘキシル)、セバシン酸ビス(2−エチルヘキシル)、イタコン酸ビス(2−エチルヘキシル)、アゼライン酸ビス(2−エチルヘキシル)、及びマレイン酸ビス(2−エチルヘキシル)からなる群より選ばれるエステル化合物が最も好ましい。
【0025】
前記抽出媒体はさらにアルキルアミン化合物を含むことが好ましい。アルキルアミン化合物としては、ジアルキルアミン化合物またはトリアルキルアミン化合物が好ましい。ジアルキルアミン化合物としては炭素数3〜15のアルキル基を2つ有する化合物が好ましい。トリアルキルアミン化合物としては炭素数3〜15のアルキル基を3つ有する化合物が好ましい。ジアルキルアミン化合物やトリアルキルアミン化合物の1分子における複数のアルキル基は異なっていてもよい。
かかるアルキルアミン化合物であれば、上記エステル化合物との相溶性が良く、目的とする有機酸の該エステル化合物への抽出効率を高める。また後述の、水による抽出をさらに行う場合にも、該有機酸の水への抽出を妨げることがない。
該アルキルアミン化合物の常圧における沸点としては、250℃以上が好ましい。該沸点の上限は特に限定されないが、一般的には400℃以下である。ただし常圧における沸点が無く分解点のみが存在する場合には、分解点が250℃以上であることが好ましい。
より好ましくは、炭素数15〜39のトリアルキルアミンが使用される。例えば、ジブチルウンデシルアミン、トリペンチルアミン、ジペンチルウンデシルアミン、トリヘキシルアミン、トリオクチルアミン、トリノニルアミン、トリウンデシルアミン、トリデシルアミン、及びトリドデシルアミンが挙げられる。これらのうち、トリヘキシルアミン、トリオクチルアミン、トリデシルアミン、及びトリドデシルアミンからなる群より選ばれるアルキルアミン化合物が最も好ましい。
【0026】
エステル化合物とアルキルアミン化合物とを併用する場合、それらの割合は、アルキルアミン化合物/エステル化合物の体積比で、0.6/1〜9/1が好ましく、より好ましくは1/1〜3/1である。該範囲であれば、抽出効率が高くできる。
【0027】
抽出は、有機酸含有粗液と抽出媒体とを、好ましくは0〜40℃、より好ましくは0〜30℃で、有機酸含有粗液と抽出媒体とを混合・接触させて行う。有機酸含有粗液/抽出媒体の体積比は、0.5/1〜2/1、好ましくは0.8/1〜1.2/1とする。抽出時間は、混合・接触効率に依存するが、通常、1分〜10分でよい。
抽出は、回分操作で行ってもよく、連続操作で行ってもよい。抽出効率が高く、操作に必要なエネルギーが低く抑えやすいことから連続操作が好ましい。回分操作としては、振とう操作、撹拌操作等が挙げられる。連続操作としては、棚段塔や充填塔等の塔を用い、併流抽出または向流抽出を行うことができる。抽出効率を高くし装置を小型化しやすいことから充填塔を用い向流抽出を行うことが好ましい。
【0028】
該抽出媒体による抽出における分配係数は、対象とする有機酸及び抽出媒体に依存するが、0.2以上が好ましく、0.3以上がより好ましい。また抽出率は、20%以上が好ましく、25%以上がより好ましい。
抽出媒体として、エステル化合物とアルキルアミン化合物とを併用する場合には、抽出媒体による抽出における分配係数は、1.0以上が好ましく、1.4以上がより好ましい。また抽出率は、50%以上が好ましく、60%以上がより好ましい。
一方、発酵培地に含まれる炭素源(例えばグルコース)、発酵で生産される有機物(例えばエタノール)の抽出率は、20%以下が好ましく、15%以下がより好ましく、10%以下がさらに好ましく、5%以下が特に好ましい。
【0029】
抽出液(1)を、減圧蒸留に付する等により、抽出媒体を除去して有機酸を得ることができる。好ましくは、第3工程において、抽出液(1)から、水を用いて該有機酸を抽出して、有機酸を含む抽出液(2)を得る。水は塩類を含まないことが、最終的に得られる有機酸の純度を高くしやすいことから好ましい。つまり水としてはイオン交換水、蒸留水、純水等のいずれであってもよい。水による抽出は、好ましくは60〜90℃、より好ましくは70〜90℃で行う。抽出液(1)/水の体積比は、0.5/1〜2/1、好ましくは0.8/1〜1.2/1で行う。抽出時間は、混合・接触効率に依存するが、通常、3時間〜6時間である。
【0030】
水による抽出における分配係数は、対象とする有機酸にも依存するが、0.15以上が好ましく、0.2以上がより好ましい。また抽出率は、15%以上が好ましく、17%以上がより好ましい。
抽出媒体として、エステル化合物とアルキルアミン化合物とを併用する場合には、水による抽出における分配係数は、1.0以上が好ましく、1.4以上がより好ましい。また抽出率は、50%以上が好ましく、60%以上がより好ましい。
【0031】
第3工程は、第2工程と連続的に行うことが好ましいが、バッチ式で行ってもよい。第3工程で得られる抽出液(2)から、減圧蒸留等によって水を除くことによって、有機酸を得ることができる。その際、抽出液(2)を、公知の方法、例えば活性炭処理等に付して精製してもよい。
【0032】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
<乳酸含有粗液の調製>
特許文献2(WO2011/021629)の例3で作製された遺伝子組換え乳酸生産酵母ASP2782(シゾサッカロミセス・ポンベを宿主とし、乳酸脱水素酵素遺伝子が組み込まれ、かつ該宿主のピルビン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子pdc−2が欠失している、形質転換体)を用いて乳酸発酵を行った。該形質転換体をD12液体培地(グルコース12%)に植菌して、温度32℃、振盪速度100rpmの条件下で20時間発酵させたところ、乳酸濃度85.7g/Lの発酵液(pH2.3)が得られた。該発酵液を、遠心分離(12000G、5分間)に付し、上澄みを乳酸含有粗液として得た。
【0034】
[実施例1〜6]
<抽出液(1)>
得られた、乳酸含有粗液と、表1に示す各エステル化合物を、体積比1:1で混合した。得られた混合液を25℃で15分維持した後、1分間振とうし、遠心分離(3000G、5分間)にて、有機相と水相に分けた。水相を除去して、抽出液(1)を得た。該抽出液(1)中の乳酸濃度を、高速液体クロマトグラフ(HPLC)法(Agilent Technologies社製、Agilent 1100;カラム:東ソー社製、TSKgel OApak−A)によって測定して、抽出率と抽出分配係数を求めた。また、実施例1において、同じくHPLC法によって求めたグルコース、及びエタノールの抽出率は、夫々、2.3%と14.8%であった。
<抽出液(2)>
抽出液(1)に、該抽出液(1)と同体積のイオン交換水を添加し、80℃で5時間攪拌した後、遠心分離にて、有機相と水相に分けた。有機相を除去して、抽出液(2)を得た。該抽出液(2)中の乳酸濃度をHPLC法によって測定して、抽出率と抽出分配係数を求めた。結果を表1に示す。
【0035】
[実施例7〜12]
<抽出液(1)>
得られた、乳酸含有粗液と、表1に示す各エステル化合物と、トリ−n−オクチルアミンとを、体積比5:2:3で混合した。得られた混合液を25℃で15分維持した後、1分間振とうし、遠心分離(3000G、5分間)にて、有機相と水相に分けた。水相を除去して、抽出液(1)を得た。該抽出液(1)中の乳酸濃度を、HPLC法によって測定して、抽出率と抽出分配係数を求めた。また、実施例7において、同じくHPLC法によって求めたグルコース、及びエタノールの抽出率は、夫々、3%と5%であった。
【0036】
<抽出液(2)>
抽出液(1)に、該抽出液(1)と同体積のイオン交換水を添加し、80℃で5時間攪拌した後、遠心分離にて、有機相と水相に分けた。有機相を除去して、抽出液(2)を得た。該抽出液(2)中の乳酸濃度をHPLC法によって測定して、抽出率と抽出分配係数を求めた。結果を表2に示す。
【0037】
[実施例13]
実施例10において、トリ−n−オクチルアミンの代わりにトリ−n−デシルアミンを用いた以外は、実施例10と同様に試験を行った。結果を表2に示す。
【0038】
[比較例1]
乳酸含有粗液と、テトラヒドロフランとを1:1で混合したことを除き、上記抽出液(1)と同じ方法で乳酸を抽出し、乳酸、グルコース、及びエタノールの抽出率を求めたところ、乳酸抽出率は87.6%、グルコース抽出率は26.2%、エタノール抽出率は87.5%であった。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
表1、2に示すように、実施例1〜13では、エステル化合物等による抽出、及び水による抽出共に、高い抽出率で乳酸を抽出することができた。これに対して、比較例1では、グルコース、エタノールの含有量が高くなった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の有機酸の製造方法によれば、発酵工程中にpHを中性付近に調整する必要なく、発酵液中の成分をほとんど含まない抽出液を、高い効率で得ることができる。
なお、2012年7月23日に出願された日本特許出願2012−162439号及び同日に出願された日本特許出願2012−162440号の明細書、特許請求の範囲および要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。