特許第5892383号(P5892383)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5892383キナクリドン固溶体の製造方法及びキナクリドン固溶体顔料の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5892383
(24)【登録日】2016年3月4日
(45)【発行日】2016年3月23日
(54)【発明の名称】キナクリドン固溶体の製造方法及びキナクリドン固溶体顔料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09B 67/20 20060101AFI20160310BHJP
【FI】
   C09B67/20 C
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-172860(P2012-172860)
(22)【出願日】2012年8月3日
(65)【公開番号】特開2014-31443(P2014-31443A)
(43)【公開日】2014年2月20日
【審査請求日】2015年5月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124970
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 通洋
(72)【発明者】
【氏名】岡部 英樹
(72)【発明者】
【氏名】永井 秀忠
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第04099980(US,A)
【文献】 特開2002−146224(JP,A)
【文献】 特開2000−281930(JP,A)
【文献】 特表2013−528668(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/124327(WO,A1)
【文献】 特開平10−030062(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09B 67/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸の存在下で環化するキナクリドン固溶体の製造方法において、第1のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸濃度82〜84%で環化した、リン酸を含む環化反応液に、更に無水リン酸を添加して、ポリリン酸濃度を85〜87%とし、前者とは異なる、第2のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸を環化する、ことを特徴とするキナクリドン固溶体の製造方法。
【請求項2】
異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸が、アリール基に置換基を有さない2,5−ジアリールアミノテレフタル酸と、アリール基にハロゲン原子を有する2,5−ジアリールアミノテレフタル酸とを含む組合せである請求項1記載のキナクリドン固溶体の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2で得られたキナクリドン固溶体を顔料化する、キナクリドン固溶体顔料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キナクリドン固溶体の製造方法及びキナクリドン固溶体顔料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二種以上の異種構造のキナクリドン化合物は、単なる混合物を形成する場合と、固溶体(混晶と呼ばれることがある)を形成する場合があり、前記混合物と固溶体とでは、物理的或いは光学的性質が異なることが多い。
【0003】
固溶体とは、ある一つの結晶相の格子点にある原子が全く不規則に別種の原子と置換するか、あるいは格子間隙に別種の原子が統計的に分布されるように入り込んだ相、すなわち、ある結晶相に他物質が溶け込んだとみなされる混合相をいう。結晶相としては均一相であって2相の共存でないものに限られる。
【0004】
この様な固溶体は、例えば、結晶X線回折スペクトルを測定した場合には、単なる混合物の場合には、存在していなかったブラッグ角に新たなピークが発現したり、逆に単なる混合物の場合に存在していた特定ブラッグ角のピークが消失することで、その存在を確認することが出来る。
【0005】
この様な固溶体は、有機顔料分野においても多くの報告がなされており、キナクリドン顔料においては、無置換キナクリドンと2,9−ジメチルキナクリドンとの固溶体からなるキナクリドン顔料や、無置換キナクリドンとキナクリドンキノンとの固溶体からなるキナクリドン顔料であるC.I.ピグメントレッド206、無置換キナクリドンと4,11−ジクロロキナクリドンとの固溶体からなるキナクリドン顔料であるC.I.ピグメントレッド207等がよく知られている(特許文献1〜2参照。)。
【0006】
これらキナクリドン固溶体は、具体的には、異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸の存在下で環化することで製造することが出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−281930公報
【特許文献2】特開2002−146224公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記した従来の技術の製造方法で得られたキナクリドン固溶体からの着色物の彩度は、未だ不充分であるのが実情であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは上記課題を解決すべく、鋭意研究の結果、第1のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応と、第2のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応とを、異なるポリリン酸濃度で行う様にすることで、上記した欠点が解消されたキナクリドン固溶体が得られることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
また、上記で得られたキナクリドン固溶体を顔料化することで、更に高彩度の着色物が得られるキナクリドン固溶体顔料を製造できることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸の存在下で環化するキナクリドン固溶体の製造方法において、第1のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応と、第2のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応とを、異なるポリリン酸濃度で行うことを特徴とするキナクリドン固溶体の製造方法を提供する(以下、第一発明ということがある。)。
また本発明は、異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸の存在下で環化するキナクリドン固溶体の製造方法において、第1のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応と、第2のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応とを、異なるポリリン酸濃度で行うことを特徴とするキナクリドン固溶体の製造方法にて得られたキナクリドン固溶体を、更に顔料化する、キナクリドン固溶体顔料組成物の製造方法を提供する(以下、第二発明ということがある。)。
【発明の効果】
【0012】
本発明のキナクリドン固溶体の製造方法は、第1のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応と、第2のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の環化反応とを、異なるポリリン酸濃度で行う様にするので、得られたキナクリドン固溶体はより高彩度になるという格別顕著な効果を奏する。
また本発明のキナクリドン固溶体顔料組成物の製造方法は、上記製造方法で得られたキナクリドン固溶体を原料として、それを顔料化するので、得られたキナクリドン固溶体顔料組成物は、顔料化前に比べて更に高彩度になるという格別顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
最初に、第一発明におけるキナクリドン固溶体の製造方法について説明する。
【0014】
第一発明においては、異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸の存在下で環化することでキナクリドン固溶体を得る。以下、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸を原料と称する場合がある。
【0015】
アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸とは、アリール基に置換基を有さない(無置換ということがある)2,5−ジアリールアミノテレフタル酸と、アリール基に置換基を有する(置換ということがある)2,5−ジアリールアミノテレフタル酸との総称であり、そこには、例えば2,5−ジアニリノテレフタル酸の様なアリール基に置換基を有さない2,5−ジアリールアミノテレフタル酸や、2,5−ビス−o−クロロアニリノ−テレフタル酸、2,5−ビス−o−メチルアニリノ−テレフタル酸、2,5−ビス−o−メトキシアニリノ−テレフタル酸の様なアリール基に置換基を有する2,5−ジアリールアミノテレフタル酸が含まれる。
【0016】
本発明においては、これらのうちから異なる二種以上が任意に選択して用いられる。その組み合わせは、無置換2,5−ジアリールアミノテレフタル酸と、置換2,5−ジアリールアミノテレフタル酸との組み合わせであっても良いし、置換2,5−ジアリールアミノテレフタル酸同士の組み合わせであっても良い。
【0017】
キナクリドン固溶体を得るための、異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の質量比は、目的の色相の固溶体が形成されれば特に制限されるものではないが、例えば、二種のアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸を用いる場合は、通常、一方:他方=80:20〜20:80であり、好ましくは60:40〜40:60である。
【0018】
キナクリドン固溶体を得るに当たっては、予め市販されている様な、異なる二種以上のキナクリドン顔料をポリリン酸や濃硫酸に溶解し、水中に投入した後、析出物を濾過、水洗する方法(アシッドスラリー法と呼ばれる)もあるが、廃酸処理や無機塩除去処理が不要である等の点で、本発明の様な、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸から、直接的にキナクリドン固溶体を製造する方法が有利である。
【0019】
キナクリドン固溶体の製造方法では、異なる二種以上の、アリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をポリリン酸の存在下で環化させるが、本発明では、二種以上の原料の環化反応を、異なるポリリン酸濃度で行う。
【0020】
本発明では、ポリリン酸が用いられる。このポリリン酸は、公知慣用の製造方法で種々の濃度に調整することが出来る。本発明の製造方法においては、例えば、環化反応に必要な濃度のポリリン酸と、それより高濃度のポリリン酸を、それぞれ予め準備しておき、環化反応に必要な一定濃度のポリリン酸の存在下で最初の環化反応後に、その反応系に、前記したより高濃度のポリリン酸を加えるという方法を採用することが出来る。
【0021】
ポリリン酸は、例えば、リン酸水溶液と無水リン酸とを混合することで得ることも出来る。予め大過剰のリン酸に対して、無水リン酸を少なめに加えることで、反応系に、必要な一定量のポリリン酸を生じさせ、このポリリン酸濃度で第一の環化反応を行った後に、更に無水リン酸を反応系に加える様にして第二の環化反応を行う様にすると、第一の環化反応時に比べて、第二の環化反応時における反応系中のポリリン酸濃度を高めることが出来る。予め異なる濃度のポリリン酸を準備しておくのに比べて、上記した方法は、反応系中のポリリン酸濃度を段階的に高めるのに簡便な方法であり、個々の濃度のポリリン酸やその溶液を貯蔵しておく設備も不要であることから好ましい。
【0022】
環化に用いるポリリン酸水溶液は、反応系を極力無水状態とし環化効率を高めるため、出来るだけ高濃度であることが好ましい。含有率80%以上のポリリン酸を得るには、80%以上、中でも80〜90%の濃度のリン酸水溶液を用いることが好ましい。
【0023】
本発明においては原料の環化反応の進行に伴い、系内に水が生成し、リン酸水溶液と無水リン酸とを混合してポリリン酸を生成させその濃度を高めようとする場合には、前記水が無水リン酸を消費することになるため、第二の環化反応を行う場合は、特に、当該水との反応とで消費されてしまう無水リン酸を考慮して、生成水のモル数と使用する無水リン酸との当量は、無水リン酸の当量が生成水の当量の1.1〜1.3倍大きくなる様に調整することが好ましい。
【0024】
異なる二種以上の原料の環化を行うに当たっての反応系中のポリリン酸濃度は特に制限されるものではないが、反応率向上及び副生成物の発生抑制の観点から、いずれも、例えば、85〜99%の範囲から選択することが好ましい。中でも、段階的にポリリン酸濃度を高めること、具体的には、第1の原料をポリリン酸濃度82〜84%で環化した、リン酸を含む環化反応液に、更に無水リン酸を添加して、ポリリン酸濃度を85〜87%とし、第2の原料を環化することが、上記した点で好ましい。
【0025】
第1の原料として、アリール基にハロゲン原子を有する2,5−ジアリールアミノテレフタル酸を用い、第2の原料として、アリール基に置換基を有さない2,5−ジアリールアミノテレフタル酸をそれぞれ用いて、上記した方法にて環化を行うと、より副生成物が少ないキナクリドン固溶体が得られる。
【0026】
前記環化に必要なポリリン酸の使用量は、用いるポリリン酸水溶液の濃度によっても異なり、所定反応温度での撹拌が容易な粘度となる使用量であることが、環化を確実に遂行するために好ましい。具体的には、質量基準で、第一の環化に用いる原料、第二の環化に用いる原料を含む原料全量100部当たり、ポリリン酸(不揮発分)が、200〜600部となる様にすることが好ましい。
【0027】
個々の原料は、その置換基の有無、置換基の種類により挙動が異なり、それぞれの環化に最適な反応条件が異なることが予想される。本発明の製造方法では、反応系中のポリリン酸濃度や反応温度を、仕込まれるアリール基に置換基を有していても良い2,5−ジアリールアミノテレフタル酸の種類毎に設定でき、微細レベルでの固溶体の安定形成にも寄与できるという、従来の製造方法に無い技術的効果を有する。
【0028】
各環化反応は、それぞれの環化が充分に行われる様に行えば良いが、通常、それぞれ、温度85〜140℃において1〜5時間加熱することで脱水環化反応を行うことが出来る。この加熱に当たっては、反応系を撹拌する様にすることが好ましい。また、反応率を高めるために、反応系内の温度を段階的に変化させてもよい。
【0029】
特に、アリール基にハロゲン原子を有する2,5−ジアリールアミノテレフタル酸を第1の原料として用い、ポリリン酸濃度82〜84%、温度90〜120℃で環化した、リン酸を含む環化反応液に、更に無水リン酸を添加して、ポリリン酸濃度を85〜87%とし、アリール基に置換基を有さない2,5−ジアリールアミノテレフタル酸を第2の原料として用い、温度120℃を越えて130℃で環化する製造方法は、全体的には、高い反応率、短い反応時間及び少ない副生成物が達成できる三拍子揃った、優れたキナクリドン固溶体の製造方法である。
【0030】
得られたキナクリドン固溶体は、次いで結晶化させるのが好ましい。この結晶化には、公知慣用の手法がいずれも採用でき、例えば、キナクリドン固溶体が不要な液媒体と上記した環化反応液とを混合する方法が挙げられる。本発明の各原料から得られるキナクリドン固溶体は、親水性の置換基を有さないことから、前記液媒体として水を用いて、環化反応液の温度を低下させると共に、それを希釈撹拌することで、キナクリドン固溶体の結晶を水中に沈殿させることが出来る。この沈殿を濾過することでキナクリドン固溶体が得られる。
【0031】
こうして得られたキナクリドン固溶体は、必要に応じて精製や乾燥を行うことが出来る。洗浄としては、例えば水洗、湯洗、アルカリ洗等を採用でき、洗浄回数も例えば1〜5回とすることが出来る。特にアルカリ洗は、反応系内に残留するリン酸を中和するためであり、この目的においては、後述の顔料化処理においてキナクリドン固溶体が液媒体に溶解しない様に、その使用量は少量にすることが好ましい。
【0032】
こうして本発明の製造方法で得られたキナクリドン固溶体は、従来の製造方法で得られたキナクリドン固溶体に比べて未反応原料や副生成物の含有率が低減されていることから、より高彩度を呈する。このキナクリドン固溶体は、そのまま必要な各種用途に使用することが出来るが、着色剤としてより高彩度が求められる場合には、それを顔料化して、キナクリドン固溶体顔料とすることが好ましい。
【0033】
こうして得られたキナクリドン固溶体は、顔料化することで、キナクリドン固溶体顔料を製造することが出来る(上記第二発明)。第二発明の様に、第一発明に引き続いて顔料化を行う場合には、上記にて洗浄した後、濾過した状態の含水ウエットケーキを(乾燥させず)そのまま顔料化工程に用いることも出来る。こうすることで、キナクリドン固溶体自体の乾燥工程を省略することが出来るだけでなく、乾燥凝集により顔料化に要する手間が増すことが無くなる点でも好ましい。
【0034】
第二発明の様に、キナクリドン固溶体を顔料化することで、キナクリドン固溶体顔料を製造することが出来るが、この際の顔料化には公知慣用の手法をいずれも採用できる。具体的には、上記したキナクリドン固溶体を水溶性無機塩と水溶性有機溶媒と共に混練摩砕し水洗する方法(いわゆるソルベントソルトミリング法)や、上記したキナクリドン固溶体をそれに対して大過剰の、キナクリドン固溶体を溶解しない液媒体中で加熱する方法(いわゆるソルベント法)等がある。
【0035】
ソルベントソルトミリング法としては、例えば、キナクリドン固溶体を、塩化ナトリウムや硫酸ナトリウムの様な水溶性無機塩と、ジエチレングリコール、トリエチレングリコールの様な水溶性有機溶媒と共に、加熱しながら混練摩砕し水洗する方法が挙げられる。
【0036】
しかしながら、第二発明における顔料化方法としては、機械的エネルギー消費を抑制できるばかりでなく、洗浄のための大量の水も不要で水溶性無機塩による設備腐食等の心配も少ないことから、ソルベントソルトミリング法に比べて、ソルベント法の方を採用することが好ましい。
【0037】
ソルベント法を行う場合の液媒体は、キナクリドン固溶体を溶解しないものを選択して用いる。この液媒体としては、キナクリドン固溶体の結晶制御をより安定的に行うために、水可溶性有機溶媒を必須成分として含む液媒体を用いるのが好ましい。
【0038】
本発明に用いられる水可溶性有機溶媒としては、例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドン、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコールのようなものが挙げられるが、製造時の加熱温度や価格並びに安全性を考慮すると、N−メチルピロリドンやブタノールの使用がとくに好ましい。
【0039】
水可溶性有機溶媒の量は、特に限定されないが、キナクリドン固溶体の質量を基準にして、0.1ないし20質量倍相当量の範囲、もしくはそれ以上多くてもよいが、単に溶剤回収コストがかさむのみである。従って、好ましい水可溶性有機溶媒の量は、0.1〜10質量倍相当量が最も好ましい。
【0040】
水可溶性有機溶媒を必須成分として含む液媒体のなかでも、水と水可溶性有機溶媒とを含む液媒体を用いるのが特に好ましい。この場合、水と水可溶性有機溶媒とを含む液媒体中の含水率は、15〜95質量%となる様にする。こうすることで、キナクリドン固溶体の溶解を防止出来る。
【0041】
一方、液媒体全体の量は、特に限定されないが、キナクリドン固溶体の重量を基準にして、大過剰、なかでも5ないし15質量倍相当量の範囲が好ましい。
【0042】
本発明の製造方法での液媒体の加熱温度は、用いる水可溶性有機溶媒の種類によって変化することもあるが、50〜160℃の任意の温度が採用でき、中でも100〜140℃の温度において行なうのが好ましい。加熱する時間も特に限定されるものではないが、より均一な粒子径の顔料を得るためには、通常は2〜10時間である。
【0043】
この加熱は、例えばキナクリドン固溶体と液媒体とを必須成分として混合し、上記所定の温度下で攪拌することにより実施することが出来る。この加熱操作は、予め温度や攪拌条件を固定して時間毎にサンプリングを行って、顔料の粉末X線回折測定やBET比表面積を求めておき、実際の製造では、キナクリドン固溶体顔料が意図する粉末X線回折強度やBET比表面積となる時間で終点とする様にする。
【0044】
キナクリドン固溶体にそれ以外のキナクリドン系顔料誘導体を併用して液媒体中で加熱することにより、場合により起こる急激な結晶成長を抑制緩和し、溶媒中での加熱条件が多少変動しても意図した特性のキナクリドン固溶体顔料が容易に得られる。
【0045】
本発明において用いられるキナクリドン系顔料誘導体としては、当業界において既知であるキナクリドンスルホン酸、ピラゾリル−メチルキナクリドン、ジメチルアミノプロピルキナクリドンモノスルホンアミド、ジメチルアミノプロピルキナクリドンジスルホンアミドおよび2−フタルイミドメチルキナクリドンが含まれる。なお、キナクリドン固溶体として含水ウエットケーキを用いて顔料化を行う場合には、同様にこれらキナクリドン系顔料誘導体としても含水ウエットケーキを用いるのが好ましい。
【0046】
キナクリドン系顔料誘導体は、キナクリドン固溶体の製造工程中に系内に添加することもできるが、その場合にはキナクリドン系顔料誘導体のウエットケーキを乾燥しなければならないこと、強酸中でのキナクリドン系顔料誘導体の化学的安定性などの問題、更には添加量の変更などにおける自由度を考慮すると、キナクリドン固溶体を液媒体中で加熱する前にウエットケーキのまま添加することが好ましい。
【0047】
キナクリドン固溶体顔料を製造する際の上記キナクリドン系顔料誘導体の使用量は、適宜選択すれば良いが、好適には、キナクリドン固溶体の質量を基準にして、1〜10質量%相当量とすると微細で透明性に優れたキナクリドン固溶体顔料が得られやすい。上記のキナクリドン系顔料誘導体の中では、同量使用における結晶成長抑制の効果が大きく、優れた適用性をキナクリドン固溶体顔料に付与できる点で、キナクリドンスルホン酸塩、とりわけアルミニウム金属塩がとくに好ましい。
【0048】
また上記加熱を行うに際しては、系内でキナクリドン固溶体及び必要に応じて用いられるキナクリドン系顔料誘導体が溶解しない様に、必要ならば、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の無機塩基を併用することも出来る。
【0049】
加熱を中止した後は、通常、このキナクリドン固溶体顔料と液媒体との混合物を濾過し、得られたキナクリドン固溶体顔料を洗浄し、乾燥する。予め水可溶性有機溶媒を系外に除去してから、粗製キナクリドン固溶体顔料と水との混合物について、これらの操作を行うことも出来る。
【0050】
尚、この洗浄には、上記キナクリドン固溶体を得る際の方法が採用できる。また乾燥には、熱風乾燥機やスプレードライヤー等を用いることが出来る。
【0051】
こうして得られた本発明のキナクリドン固溶体顔料は、公知慣用の用途、例えば印刷インキ、塗料、熱可塑性樹脂成形品の着色、フォトレジストの着色、静電荷像現像用トナー等の各種用途で使用できる。
【0052】
<実施例>
以下、実施例、比較例について試験例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。なお、以下の例中における「%」は、特に断りのない限り、いずれも質量%である。
【実施例1】
【0053】
<キナクリドン固溶体の製造方法>
攪拌装置付の反応容器に、85%リン酸298部、無水リン酸384部を加えて20分間攪拌し、リン酸を含む、ポリリン酸682部を得た。
ここに、純度98%の2,5−ジ(o-クロロアニリノ)テレフタル酸86部を1時間攪拌しながら加えた。この時点の反応系中のポリリン酸濃度は、83%であった。この原料混合物を110℃で1時間撹拌することで環化を行って、第1の原料の環化反応液を得た。
次いで、上記環化反応液に対して、無水リン酸182部加えた。この時点の反応系中のポリリン酸濃度は、86%であった。そこに純度98%の2,5−ジアニリノテレフタル酸130部を2時間攪拌しながら加え、125℃で3時間攪拌を行い、第1及び第2の原料の各環化物であるキナクリドン固溶体を含む環化反応液を得た。
【0054】
別の攪拌装置付の容器に20℃の水8600部を張り、これの強攪拌下に、第1及び第2の原料の各環化物であるキナクリドン固溶体を含む環化反応液を投入し、30分間そのまま攪拌し、濾過、水洗してキナクリドン固溶体のウエットケーキ640部(固形分30%)を得た。続いて、別の攪拌装置付の容器に水4600部を張り、キナクリドン固溶体のウエットケーキを投入し、苛性水溶液を用いてpH12〜13に調整。80℃で1.5時間攪拌し、濾過、水洗しキナクリドン固溶体のアルカリ洗浄ウエットケーキ950部(固形分20%)を得た。
【実施例2】
【0055】
<キナクリドン固溶体顔料の製造方法>
攪拌装置付の加圧可能な反応容器に、キナクリドン固溶体のアルカリ洗浄ウエットケーキ175部、イソブタノール88部、水190部、キナクリドン誘導体13部(スラリー換算)、固形量換算では1.05部を仕込み、粉砕メディアの存在無しに、攪拌翼で内容物を130℃で7時間攪拌した。その後、室温まで冷却し、濾過、湯洗、乾燥、粉砕し、キナクリドンスルホン酸誘導体を含有するジクロロキナクリドン固溶体顔料(C.I.Pigment Red 207)30部を得た。
【実施例3】
【0056】
攪拌装置付の加圧可能な反応容器に、実施例1で得たのと同一のキナクリドン固溶体のアルカリ洗浄ウエットケーキ350部、イソブタノール188部、水450部を仕込み、粉砕メディアの存在無しに、攪拌翼で内容物を130℃で7時間攪拌した。その後、室温まで冷却し、濾過、湯洗、乾燥、粉砕し、ジクロロキナクリドン顔料(C.I.Pigment Red 207)65部を得た。
【実施例4】
【0057】
攪拌装置付の加圧可能な反応容器に、実施例1で得たのと同一のキナクリドン固溶体のウエットケーキ200部、N−メチルピロリドン378部、水8部を仕込み、粉砕メディアの存在無しに、攪拌翼で内容物を130℃で8時間攪拌した。その後、室温まで冷却し、濾過、湯洗、乾燥、粉砕し、ジクロロキナクリドン顔料(C.I.Pigment Red 207)35部を得た。
【0058】
〔比較例1〕
<キナクリドン固溶体の製造方法>
攪拌装置付の反応容器に、85%リン酸418部、無水リン酸734部を加えて20分間攪拌し、リン酸を含む、ポリリン酸1152部を得た。
ここに、純度98%の2,5−ジ(o-クロロアニリノ)テレフタル酸115部を110℃で1時間攪拌させながら加え、続いて純度98%の2,5−ジアニリノテレフタル酸173部を110℃で2時間攪拌させながら加え、125℃で3時間攪拌を行い、第1及び第2の原料の各環化物であるキナクリドン固溶体を含む環化反応液を得た。
【0059】
別の攪拌装置付の容器に20℃の水12000部を張り、これの強攪拌下に、第1及び第2の原料の各環化物であるキナクリドン固溶体を含む環化反応液を投入し、30分間そのまま攪拌し、濾過、水洗してキナクリドン固溶体のウエットケーキ860部(固形分30%)を得た。続いて、別の攪拌装置付の容器に水4600部を張り、キナクリドン固溶体のウエットケーキを投入し、苛性水溶液を用いてpH12〜13に調整。80℃で1.5時間攪拌し、濾過、水洗しキナクリドン固溶体のアルカリ洗浄ウエットケーキ1200部(固形分20%)を得た。
【0060】
〔比較例2〕
<キナクリドン固溶体顔料の製造方法>
攪拌装置付の加圧可能な反応容器に、比較例1で得たのと同一のキナクリドン固溶体のウエットケーキ350部、イソブタノール88部、水350部を仕込み、粉砕メディアの存在無しに、攪拌翼で内容物を125℃で7時間攪拌した。その後、室温まで冷却し、濾過、湯洗、乾燥、粉砕し、ジクロロキナクリドン顔料(C.I.Pigment Red 207)65部を得た。
【0061】
〔比較例3〕
<キナクリドン固溶体顔料の製造方法>
攪拌装置付の加圧可能な反応容器に、比較例1で得たのと同一のキナクリドン固溶体のウエットケーキ200部、N−メチルピロリドン378部、水8部を仕込み、粉砕メディアの存在無しに、攪拌翼で内容物を130℃で8時間攪拌した。その後、室温まで冷却し、濾過、湯洗、乾燥、粉砕し、ジクロロキナクリドン顔料(C.I.Pigment Red 207)35部を得た。
【0062】
実施例2と比較例2及び実施例3と比較例3で得られた、各キナクリドン固溶体のウエットケーキを乾燥させた粉体とは、前者の粉体の彩度がより高いことは目視から歴然としていた。
【0063】
また、実施例2〜3及び比較例2〜3で得られた各キナクリドン固溶体顔料を用いて、塗料試験を下記の通り実施した。
【0064】
1.ベース塗料の作製
実施例および比較例の顔料4.0g、アクリル樹脂(大日本インキ化学工業株式会社製の「ベッコゾールJ−524−IM−60」)11.2g、メラミン樹脂(スーパーベッカミンL−117−60;大日本インキ化学工業(株)製)4.8g、キシレンとブタノールが重量比で3:1であるシンナー20.0gおよび平均直径3mmのガラスビーズ80gを100ml仕込む。この混合物をペイントシェーカーで1時間分散した後、アクリル樹脂(大日本インキ化学工業株式会社製の「ベッコゾールJ−524−IM−60」)28.0gとメラミン樹脂(スーパーベッカミンL−117−60;大日本インキ化学工業(株)製)12.0gを追加し、10分間混合して、顔料5.0%の塗料を調整した。
【0065】
3.展色物の作製と色相評価
(1)ベース塗料を10milのアプリケーターを用い両面アート紙に展色する。このアート紙を室温において数時間乾燥し、130〜140℃において15分間焼付ける。このようにして作製した実施例および比較例の顔料を用いた展色物(以下、原色塗膜と言う)を目視および測色機を用いて色相を比較評価した。
(2)ベース塗料7.5gと白塗料10gとを良く混合した後、6milのアプリケーターを用い白アート紙上に展色する。このフィルムを室温において数時間乾燥し、130〜140℃において15分間焼付ける。このようにして作製した展色物(以下、淡色塗膜と言う)の色相についても上記と同様に行った。
これらの塗料試験結果を表1に示した。
【0066】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の製造方法で得られる、キナクリドン固溶体やキナクリドン固溶体顔料は、いずれも従来のそれらに比べて高彩度を呈することから、着色剤として利用することができる。