(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5896411
(24)【登録日】2016年3月11日
(45)【発行日】2016年3月30日
(54)【発明の名称】レーザー誘起背面式の透明基板微細加工を行う加工装置
(51)【国際特許分類】
B23K 26/40 20140101AFI20160317BHJP
B23K 26/18 20060101ALI20160317BHJP
B23K 26/12 20140101ALI20160317BHJP
C03C 23/00 20060101ALI20160317BHJP
【FI】
B23K26/40
B23K26/18
B23K26/12
C03C23/00 D
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-110748(P2012-110748)
(22)【出願日】2012年5月14日
(65)【公開番号】特開2013-237060(P2013-237060A)
(43)【公開日】2013年11月28日
【審査請求日】2014年12月11日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、経済産業省地域新生コンソーシアム研究開発事業「LIBWE加工法を用いた硬脆透明材料用レーザー加工装置の研究開発」(財団法人埼玉県中小企業振興公社からの再委託)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 正健
(72)【発明者】
【氏名】奈良崎 愛子
(72)【発明者】
【氏名】新納 弘之
【審査官】
山崎 孔徳
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−305374(JP,A)
【文献】
特開2002−254184(JP,A)
【文献】
特開2000−094163(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/40
B23K 26/12
B23K 26/18
C03C 23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明材料を通過したレーザービームを前記透明材料の裏面で集光させ、前記レーザービームの集光点で前記透明材料の裏面に接触する流動性物質に前記レーザービームを吸収させ、前記透明材料の融点付近まで温度上昇させるとともに、高い圧力を発生させることにより、前記透明材料の前記集光点において、割れ、欠けを発生することなくエッチング加工を行うレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置であって、
前記流動性物質として、レーザービーム吸収物質である食用赤色102号色素、または、食用赤色105号色素を含む水溶液を使用し、前記レーザービームを発振するレーザー発振器として、波長が400〜750nmの範囲の可視光領域のレーザービームを発振するレーザー発振器を使用することを特徴とするレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置。
【請求項2】
前記流動性物質が、レーザービーム吸収物質である食用赤色102号色素、または、食用赤色105号色素を1mLあたり30〜350mg含む水溶液であることを特徴とする請求項1に記載されたレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置。
【請求項3】
前記透明材料として、自動車用窓ガラスなどに利用される板ガラス、紫外線カットガラス、強化ガラス、スモークガラス、あるいは、サファイア、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、無アルカリガラスを用いることを特徴とする請求項1または請求項2に記載されたレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置。
【請求項4】
前記流動性物質が、レーザービーム吸収物質である食用赤色102号色素、または、食用赤色105号色素に加えて、それ自体、レーザービームに対する吸収特性を有していないが、前記レーザービーム吸収物質の発熱に伴い分解して、加工精度、加工速度を向上させる加工促進物質として、パラトルエンスルホン酸ナトリウム塩などのベンゼン誘導体有機酸塩を添加することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載されたレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置。
【請求項5】
前記レーザービーム吸収物質として食用赤色102号色素を使用した場合、前記食用赤色102号色素の水溶液1mLあたり0.01〜1.0gのパラトルエンスルホン酸ナトリウム塩を添加したことを特徴とする請求項4に記載されたレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザーによる微細加工、特にレーザー誘起背面式の透明基板微細加工を行う加工装置及びこの加工装置に使用される流動性物質に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、透明基板である石英ガラスの微細表面加工方法としては、次のような方法が知られている。
(1)多段階リソグラフィ法
適切なレジストを基板表面に製膜した後、リソグラフィによってパターニングし、イオン・ビームやプラズマ、または、フッ酸を用いてエッチングを行ない、その後、更にレジストを剥離する方法(下記特許文献1)。
(2)イオンエッチング法
イオン注入法により生じたエッチング速度の差を利用して、マスクレスの化学エッチングを行う方法(下記特許文献2)。
(3)短波長レーザー法
透明材料が吸収できる短波長光を発振するレーザーを利用してドライエッチングを行う方法(下記特許文献2)。
(4)極短パルスレーザー法
パルス幅がピコ秒以下の極短パルスレーザーを使用したドライエッチング法(下記非特許文献1)。
(5)レーザー誘起プラズマ法
金属基板をガラスの後方に置いて、レーザーを照射し、金属から発生したプラズマを利用して行う方法(下記特許文献3)。
(6)レーザー吸収率の高い成分を生成させる方法
レーザー吸収率の高い成分をあらかじめ生成させたガラス表面層からなる被加工物に向けてレーザーを照射する方法(下記特許文献4)。
(7)ガラス基板表面に顔料などの光吸収層を形成後、レーザー加工を行う方法
ガラス基板表面に顔料等の光吸収層を形成・付着させ、該表面に向けてレーザーを照射する。光吸収層がレーザーエネルギーを吸収して、ガラス基板表面に高温・高圧のプラズマ状態が発生し、表面層のガラスを溶融・除去する方法(下記特許文献5、6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−280060号公報
【特許文献2】特開平7−256473号公報
【特許文献3】特許第3401425号公報
【特許文献4】特開2000−61667号公報
【特許文献5】特開2000−301372号公報
【特許文献6】特許第3001816号公報
【特許文献7】特開昭60−257985号公報
【特許文献8】特許第3012926号公報
【特許文献9】特許第4565114号公報
【特許文献10】特許第4231924号公報
【特許文献11】特許第4214233号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Varelら:Appl.Phys.A,vol.65,p.367,(1997)
【非特許文献2】Wangら:Appl.Phys.A,vol.68,p.111,(1999)
【非特許文献3】Kawaguchiら;Appl.Phys.A,vol.79,p.883,(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記(1)の方法は、フォトリソグラフィ技術に基づいているので、レジストの塗膜、乾燥、露光、現像、エッチング、剥離などの多数の複雑な工程が必要であり、微細加工するための時間効率が低いという問題がある。
(2)の方法は集光できるイオン注入装置が必要であり、加工できる範囲が小さく時間効率が低いために量産に向いていないという問題がある。
(3)及び(4)の方法では高真空環境が必要であり、エネルギー効率も悪く、量産に向いていないという問題がある。
(5)の方法では真空雰囲気を利用するか、金属基板とガラスを密着させなければ加工ができないという問題点がある。
(6)の方法ではレーザー吸収率の高い成分を生成させることが必須となるので、加工素材を自由に選ぶことができないなどの問題点がある。
そして、(7)の方法では、加工しなかった部分の光吸収層を除去する工程が必要であり、時間効率が低いという問題点がある。
【0006】
このようなことを背景にして、本発明者は、他の発明者とともに、上記特許文献8に示されるように、セル内に注入されたレーザー吸収性の流動性物質を透明材料の裏面に直接接触させ、透明材料の表面からのレーザービームの照射を行う加工方法、すなわちレーザー誘起背面式の透明基板微細加工方法を提案している。この加工方法では、透明材料の表面から強度範囲が0.01J/cm
2/pulseから100J/cm
2/pulseまでのレーザービームを照射して、その裏面にレーザービームを集光させることにより、集光部分において流動性物質がレーザービームを吸収して起こるレーザー誘起光熱反応を利
用したガラスの表面のエッチングによって透明材料の裏面に所定の微細加工を行うことを提案している。
【0007】
こうしたレーザー誘起光熱反応では、レーザービームの集光部分において急速な温度、圧力の上昇が引き起こされることが知られており、上記非特許文献2では、レーザービームの吸収により温度が上昇して2000度になること、非特許文献3ではレーザービーム吸収直後の圧力が10−200MPaになることを報告している。
【0008】
また、関連する発明として上記特許文献9では、レーザーの集光位置を位置計測データに用いて制御することを、上記特許文献10では、透明材料の裏面位置を直接規制する基準プレートを設け、表面側の第1ホルダープレートとで透明材料を挟持し、透明材料の裏面において流動性物質を収容するセルを第2ホルダープレートにより押圧固定することを、そして、上記特許文献11では、透明基板表面に有機薄膜を形成した後、レーザー波長に強い吸収をもつ流動性物質を接触させた状態で、透明基板の有機薄膜とは反対側からレーザービームを照射することにより、透明基板上にパターン化された有機薄膜を形成すると同時に透明基板にエッチングを形成することをそれぞれ提案している。
【0009】
このようなレーザー誘起背面式の透明基板微細加工方法は、従来の紫外光を用いる方法などと対比して、一万分の一程度のエネルギーのレーザー強度で十分であり、真空雰囲気が不要で、しかも一段階で連続的に透明材料を精密かつ微細なエッチングを可能とする点では画期的であるが、レーザービームが、例えばガラス等の透明材料を透過して流動性物質に到達する必要があるため、透明材料の光透過率が低い場合には、裏面の加工が起こる前に入射面の損傷が生じるという問題点があり、レーザービームの強度を過度に上げることができず、加工効率に限界がある。
【0010】
また、透過率が高い場合でも、加工効率を高めるためにレーザービームの強度を上げても、透明材料の裏面の集光部分において、流動性物質の温度・圧力の上昇が安定せず、未加工部分が残存し、加工精度を低下させることがあった。このような、未加工部分の発生は、例えば、ガラス材料にマーキングをする場合には、マーキング内容の読み取りができなくなる等加工品位を低下させる。また、これを避けるためには、未加工部分は同一箇所のビーム走査を多数繰り返すことにより、見かけ上未加工部分を低減することができるが、その場合は加工に時間がかかることとなり、さらに、加工の深さに不均一が生じるため
、加工溝をマイクロ流路として用いる場合などに問題になる。
【0011】
そこで、本発明者らは、特願2011−000063号で、こうしたレーザー誘起背面式の透明基板微細加工方法において、裏面で加工が起こるのに必要なエネルギー値を低減するとともに、加工効率を上げることで未加工部分の発生による加工精度低下を防止するため、透明材料を通過したレーザービームをその裏面で集光させ、該集光点で該透明材料の裏面に接触する流動性物質がレーザービームを吸収し、該透明材料の融点付近まで温度上昇させるとともに高い圧力を発生させることにより、該透明材料の該集光点でのエッチング加工を行うレーザー誘起背面式の透明基板微細加工に使用される流動性物質として、レーザービーム吸収物質、及び該物質を高濃度に溶解して流動性物質とする溶媒に加え、それ自体、レーザービームに対する吸収特性を有していないが、前記レーザービーム吸収物質の発熱に伴い分解して、加工精度、加工速度を向上させる加工促進物質を添加することを提案している。
【0012】
先の提案では、加工に用いる流動性物質中に、それ自体はレーザービームに対する吸収特性を有していないが、同流動性物質中に含まれるレーザービーム吸収物質の発熱に伴い分解して、加工精度、加工速度を向上させる加工促進物質を添加することで、必要とするレーザービーム強度の加工閾値を低下させ、より低強度のレーザービームによる加工を可能にするとともに、従来の流動性物質と比較して加工効率を増大させるとともに、未加工部分の発生を抑制した安定した加工が実現できる。
【0013】
しかし、加工対象がレーザービームを透過しない場合には、加工は不可能となり、加工促進物質の添加も効果が無い。これまで、加工精度と加工スピードの観点から、例えば、355nm以下の波長の短いレーザーを使用することが最適と考えられていたが、このようなレーザーを使用した場合には、特に、400nm以下の紫外線領域の光線を遮断することを主眼とした紫外線カットガラスではレーザービームが完全に遮断されて透過することができない。
そのため、先の提案の加工促進物質を添加しても、十分なレーザー集光による発熱効率を得ることができない。
【0014】
この問題は、紫外線カットガラスにおいても遮断されずに透過することができる波長が400〜750nmの範囲の可視光領域のレーザービームを使用することで解決される。
なお、先の提案においても、波長が532nmであるNd:YVO
4レーザーの第2高調波によってガラスの加工を行っている。
しかし、この提案では流動性物質としてレーザービーム吸収物質であるローダミン6G色素を溶媒であるエタノールに溶解し、さらに加工促進物質としてトルエンを加えたものを用いており、さらに、ローダミン6G色素の代わりに食用赤色105号、赤色213号色素などを有機溶剤に溶解して用いることも記載されている。これらの溶媒及び加工促進物質は、ともに揮発性、可燃性の有機溶剤である。
【0015】
このように、流動性物質に揮発性、可燃性の有機溶剤を使用すると、加工を行う際、労働安全上の観点から、作業者に対する有機溶剤蒸気の曝露を防ぐ対策をとる必要とともに、加工装置を防爆仕様にする必要が生じ、装置の構成が複雑になるとともに労働安全上の問題が生じる。この問題は揮発性、可燃性の有機溶剤の代わりに水を溶剤として利用することによって解決されるが、水溶液を用いたガラスの加工は実現していなかった。
【0016】
そこで、本発明は、通常の板ガラス等、レーザー光の透過率の高い材料のみならず、紫外線カットガラス等波長の短いレーザーを透過しない材料に対しても、効率的な加工を実現するとともに、加工装置を防爆仕様にする必要がない流動性物質の使用を可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の課題を達成するため、本発明の透明基板微細加工装置は、透明材料を通過したレーザービームを
前記透明材料の裏面で集光させ、
前記レーザービームの集光点で該透明材料の裏面に接触する流動性物質
に前記レーザービームを吸収
させ、
前記透明材料の融点付近まで温度上昇させるとともに
、高い圧力を発生させることにより、
前記透明材料の
前記集光点でのエッチング加工を行うレーザー誘起背面式の透明基板微細加工装置であって、前記レーザービームを発振するレーザー発振器として、波長が400〜750nmの範囲の可視光領域のレーザービームを発振するレーザー発振器を使用するとともに、過度な圧力を発生させることによりガラスの強度低下を引き起こす割れ、欠けを発生させずに高品位な加工を行うことのできる前記流動性物質として、食用赤色102号色素、または、食用赤色105号色素を30mg/mL〜350mg/mL含む水溶液を使用した。
【発明の効果】
【0018】
流動性物質として、食用赤色102号色素、または、食用赤色105号色素を30mg/mL〜350mg/mL含む水溶液を使用し、波長が400〜750nmの範囲の可視光領域のレーザービームを発振するレーザー発振器による加工を実施したので、紫外線カットガラス等、波長の短いレーザービームに対する透過率の低い材料についても効率的な加工を実現することができる。
しかも、可燃性の有機溶剤を使用しないので、加工装置を防爆仕様にするなどの対策を行う必要がなく、労働環境を悪化させることもないので、小規模の工場などでも、各種ガラス製品の個別管理情報や社名ロゴマークのマーキング、各種ガラス製品の製造管理のほか、自動車の盗難防止、高級腕時計の偽造防止用のマーキング装置として広く採用されることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】実施例で使用する加工装置の全体構成を示す図。
【
図2】波長532nm、食用赤色102号色素水溶液を使用した加工例を示す図。
【
図3】食用赤色102号色素を溶解した水溶液を使用した場合と、食用赤色105号色素を溶解した水溶液を使用した場合と、食用赤色104号色素を溶解した水溶液を使用した場合の加工結果を比較した表。
【
図4】食用赤色102号色素、食用赤色104号色素、食用赤色105号色素を10000倍に希釈した溶液の吸収スペクトルを比較した表。
【
図5】食用赤色102号色素を1mLあたり125mg/mL〜250mg/mLの濃度で含有する水溶液による加工結果を示す表。
【
図6】波長532nmのレーザー光パルスを30ミクロン径に集光して加工した場合の各種ガラスの加工閾値を示す表。
【
図8】実施例により、加工ピット列を並べて作製したQRコード(登録商標)の例を示す図。
【
図9】加工ピットを縦横20μm間隔で配置した場合に画像に示されるコントラストの照射パルス数依存性を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施例について説明する。
【実施例】
【0021】
まず、本実施例で使用する加工装置の全体構成を
図1に示す。
全固体レーザー発振器1から出力されるレーザービームは、全固体レーザー装置を使用し、その波長は波長400〜750nmの範囲の可視光領域にある。
この実施例では、その代表例である、YAGレーザーの第2高調波(波長532nm)を使用している。
このレーザービームは、ビームエキスパンダー2により拡大された後、ガルバノ走査鏡3、F−θレンズ4、ミラー5を介して、紫外線カットガラス等の透明材料6に照射され、その裏面に集光するようになっている。
一方、透明材料6の裏面には、流動性物質を収容するセル7の開口面が押圧され、シールリングなどにより液密に封止され、流動性物質に直接接触している。
【0022】
全固体レーザー発振器1及びガルバノ走査鏡3は、制御用コンピューター8により制御され、予め入力された加工情報に基づいて、全固体レーザー発振器1から出力されるレーザービームの強度及びガルバノ走査鏡3による照射位置が制御される。
透明材料6を通過したレーザービームをその裏面で集光し、その集光点で、透明材料6の裏面に接触する流動性物質がレーザービームを吸収して、レーザー誘起光熱反応により、高温、高圧状態をつくり加工が行われる。したがって、制御用コンピューター8に予め形状や深さ等の加工情報を入力しておけば、レーザービームの強度及びガルバノ走査鏡3による照射位置が連続的に制御され、透明材料6の裏面に加工情報に沿った加工を行うことができる。
【0023】
以下、各実施例に沿って、本発明において使用する流動性物質の実施例を説明する。
【0024】
食用赤色102号色素を1mLあたり243mg溶解した水溶液を自動車用ガラスの背面に設置して、波長532nmのレーザー光パルスを30ミクロン径に集光することで加工を行った。レーザー光の照射強度を1パルスあたり153μJとした場合に得られた直径20ミクロンの加工ピット列を
図2に示す。なお、上記の水溶液には、食用赤色102号色素以外の物質は添加されていない。
加工ピットは照射強度が1パルスあたり74μJ以上になると生成し、加工ピットの深さはパルスエネルギーとともに増大した。レーザー光の照射強度を1パルスあたり153μJとした場合には1パルスにより加工深さが0.34μmとなり、同じ場所に繰り返し照射を行うことでさらに深さを増大させることができた。
【0025】
食用赤色102号色素を1mLあたり243mg溶解した水溶液と食用赤色104号色素を1mLあたり109mg溶解した水溶液と食用赤色105号色素を1mLあたり308mg溶解した水溶液による加工結果を
図3に示す。
また、それぞれの溶液を10000倍に希釈した溶液の吸収スペクトルを
図4に示す。2種類の色素はともにレーザービームの波長である532nmの光を強く吸収することがわかる。しかしながら、食用赤色102号色素の水溶液では照射強度が76μJで線状の加工が確認できるのに対し、食用赤色104号色素の水溶液では76μJでは線状の加工がみられず、83μJで線状の加工がみられるようになる。また、食用赤色105号色素の水溶液では76μJでは線状の加工がみられず、89μJで線状の加工がみられるようになる。
【0026】
一方、食用赤色102号色素、及び、食用赤色105号色素の水溶液では照射強度が103μJまで割れ、欠けの無い良好な線状の加工がみられているが、食用赤色104号色素の水溶液では89μJですでに割れ・欠けの発生がみられている。
このように、流動性物質がレーザービームを吸収して、レーザー誘起光熱反応により発生した高温、高圧状態により効率的な加工が行われるが、食用赤色104号色素の水溶液ではレーザー誘起光熱反応により発生する圧力が大きすぎるために割れ・欠けの発生を引き起こされているものと考えられる。
このことから、安定した加工を行うためには、レーザービームを強く吸収するが、割れ、欠けが発生するほど大きな圧力を発生しない流動性物質を用いる必要性がある。
【0027】
食用赤色102号色素を1mLあたり125mg/mL〜250mg/mLの濃度で含有する水溶液による加工結果を
図5に示す。
この表から確認できるように、溶液の濃度が30mg/mL以上の場合に加工が開始するが、溶液の濃度が低いと1パルスあたりの加工量が減少するため、プロセス時間が長くなるという問題が生じる。
明確な視認の可能なマークを加工するためには、0.2μm以上の深さが必要であるが、この深さを効率的に得るためには、100mg/mL以上の濃度の溶液を用いることが最適であることが分かる。
【0028】
食用赤色102号色素の水溶液と波長532nmの可視光レーザーの組み合わせによって自動車用の紫外線カットガラスをはじめとする種々のガラス材に対する加工が可能になる。食用赤色102号色素を1mLあたり243mg溶解した水溶液を自動車用ガラスの背面に設置して、波長532nmのレーザー光パルスを30ミクロン径に集光して加工した場合の各種ガラスの加工閾値(加工が確認できるレーザービーム1パルス当たりの強度(μJ))を
図6の表に示す。
【0029】
食用赤色102色素を1mLあたり243mg溶解した水溶液を用いた加工と、加工促進物質としてパラトルエンスルホン酸ナトリウム塩を1mLあたり0.10mg添加した水溶液によって実施した加工の加工深さとレーザーエネルギーの依存特性図を
図7に示す。
パラトルエンスルホン酸ナトリウム塩の添加をした場合には、それを添加しない溶液と比較して、加工が開始されるレーザービーム強度、すなわち加工閾値が低下し、しかも、同一のレーザービームの強度に対し、加工深さを増大できる。
【0030】
この実施例では、食用赤色102号色素の水溶液に、加工促進物質としてパラトルエンスルホン酸ナトリウム塩を1mLあたり0.10mg添加した溶液を流動性物質として調整したが、パラトルエンスルホン酸ナトリウム塩の添加量は、加工促進効果や、水に対する飽和濃度、さらには、食用赤色102号色素の溶解濃度への影響等に基づいて、適宜定めればよい。一般的には、溶液1mLあたり0.01〜1.0mgが好適である。
【0031】
次に本実施例を使用して、自動車用紫外線カットガラスに、QRコードを形成した場合の読み取り精度について検証した。
加工ピット列を並べて作製したQRコードを
図8に示す。
左上の画像はガラス面での反射光像であり、加工ピットの存在により正反射が阻害されて画像にコントラストが生じている。このコントラストは加工ピットの密度の増大、及び、加工ピットの深さの増大によって大きくなる。
【0032】
加工ピットを縦横20μm間隔で配置した場合に画像に示されるコントラスト(周囲の信号強度に対する加工部位の信号強度の比率、小さいほどコントラスト大)の照射パルス数依存性を
図9に示す。
この表から確認できるように、照射パルス数が増加して加工ピットが深くなることによりコントラストが増大する。このコントラストが0.95以下の数値になった場合に専用装置によるコードの読み取りが可能になる。
加工ピットを配列することによって読み取り可能なQRコードや光の干渉によって虹色に見えるロゴマークを作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
以上説明したとおり、本発明によれば、流動性物質として、食用赤色102号色素、または、食用赤色105号色素を30mg/mL〜350mg/mL含む水溶液を用い、波長が400〜750nmの範囲の可視光領域のレーザービームを発振するレーザー発振器を使用したレーザー誘起背面湿式のレーザー加工装置による加工を行うことで、紫外線カットガラス等、波長の短いレーザービームを透過しない透明材料についても効率的な加工を実現することができる。
しかも、揮発性、可燃性の有機溶剤を使用しないので、加工装置を防爆仕様にするなどの対策を行う必要がなく、労働環境を悪化させることもないので、小規模の工場などでも、各種ガラス製品の個別管理情報や社名ロゴマークのマーキング、各種ガラス製品の製造管理のほか、自動車の盗難防止、高級腕時計の偽造防止用のマーキング装置として広く採用されることが期待できる。
【符号の説明】
【0034】
1 全固体レーザー発振器
2 ビームエキスパンダー
3 ガルバノ走査鏡
4 F−θレンズ
5 ミラー
6 透明材料
7 セル
8 制御用コンピューター