【実施例】
【0056】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例1〜3については下記材料を用いて、下記方法等に沿って行った。
【0057】
<細胞>
マウスiPS細胞としては、Kusabira Orangeトランスジェニックマウス(129/Svマウス由来)の尾端線維芽細胞(TTF、tail tip fibroblast)にOct3/4、Sox2、Klf4の3遺伝子をレトロウイルスベクターにより導入して樹立したもの、およびLnkノックアウトマウス(C57BL/6マウス由来)のTTFに上記3遺伝子をレンチウイルスベクターにより導入して樹立したものを使用した。なお、両細胞株ともに、野生型マウスの胚盤胞宿主としてキメラマウスを作製できることを実験前に確認した。
【0058】
<細胞培養>
マウスiPS細胞は、マイトマイシンCで処理したマウス胎仔線維芽細胞(MEF)との共培養によってE14.1KSR培地にて培養した。E14.1KSR培地の組成は以下の通りである。
ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、Invitrogen社製)、添加物として15% ノックアウト血清代替物(KSR、Invitrogen社製)、2mM L−グルタミン−ペニシリン−ストレプトマイシン(Invitrogen社製)、1×非必須アミノ酸(Invitrogen社製)、1mM HEPES(Invitrogen社製),0.1mM 2−メルカプトエタノール(Gibco社製)、1000IU/ml 白血病抑制因子(Leukemia Inhibitory Factor、LIF)。
【0059】
<動物>
KSN/Slc−nu/nuマウス及びC57BL/6マウスは、日本SLC株式会社より購入した。
【0060】
<細胞の投与>
5×10
6個のiPS細胞を前記ヌードマウスの皮下に投与した。なお血球細胞・造血幹細胞への分化実験においては、同時に1×10
6個のOP9細胞も投与した。
【0061】
<テラトーマ形成と目的細胞への分化>
マウスiPS細胞は、トリプシン処理により細胞をディッシュから剥がし、5×10
6cells/50μL程度 PBSに懸濁したものを、KSN/Slc−nu/nuマウスの皮下に注入した。iPS細胞の注入と同日を「day1」とし、同日にサイトカイン投与を始めた。サイトカインは総量 100μLをalzet micro−osmotic pump model 1002(DURECT Corporation社製)に入れ、ポンプをマウスの皮下に埋め込んだ。肝細胞(Hepatocyte cell)と膵臓細胞(Islet cell、膵臓のランゲルハンス氏島細胞)に関しては、day14とday28に空のポンプをマウス皮下より除去し、新しいサイトカインの入ったポンプを埋め込んだ。サイトカインの種類、投与量、投与のタイミングの例を
図1に示す。なお
図1中、「KSN/Slc−nu/nu」はKSNバックグラウンドのヌードマウスを示し、またマウスに注入したサイトカイン等の名称は下記の通りである。
RA:Retinoic Acid(レチノイン酸)
FGF1:Fibroblast Growth Factor 1(繊維芽細胞増殖因子1)
FGF4:Fibroblast Growth Factor 4(繊維芽細胞増殖因子4)
HGF:Hepatcyte Growth Factor(肝細胞増殖因子)OsM:Oncostatin M(オンコスタチンM、白血病抑制因子に属するサイトカイン、多面的な作用を持つ)
Activin A(アクチビンA)
EGF:Epidermal Growth Factor(上皮細胞増殖因子)
bFGF:basic FGF(塩基性繊維芽細胞増殖因子)
Nicotinamide(ニコチン酸アミド)
IGF−2:Inslin Like Growth Factor−2(インスリン様増殖因子−2)
OP9:マウス骨髄ストロマ細胞株
SCF:Stem Cell Factor(幹細胞因子)
TPO:Thrombopoietin(トロンボポエチン、血小板の前駆細胞の増殖および分化に関与する造血因子)。
【0062】
<免疫染色>
作製したテラトーマ及び、野生型マウスの肝臓、膵臓を、切除後液体窒素で凍結し、O.C.T.コンパウンド(Tissue−TeK社製)で包埋して凍結切片を作製した。切片は、4%パラホルムアルデヒド(PFA)にて固定後、アセトン処理し、MAXBlock Blocking Medium(登録商標、Active motif社製)にて室温1時間ブロッキング後、PBSで2回洗浄し一次抗体をかけて4℃で1晩反応させた。一次抗体は、goat anti−mouse ALB Ab、Rabbit anti−mouse CK19 Ab(Invitrogen社製)、Rat anti−mouse CYP7A1 Ab(Santa Cruz社製)、mouse anti−mouse Insulin Ab(Cell signaling社製)を用いた。次いで、PBSで3回洗浄後、二次抗体にて室温1時間反応させた。二次抗体には、donkey anti−goat IgG Alexa 647、goat anti−rabbit IgG Alexa 488、goat anti−rat IgG Alexa 488、goat anti−mouse IgG Alexa 488(Invitrogen社製)を使用した。
【0063】
<インドシアニングリーン吸着反応>
インドシアニングリーン(Indocyanine green、Sigma社製)は、5mg/ml DMSO(Sigma社製)に溶解し、1mg/mlになるようPBSで調製した。この溶液をマウスに500μL静注し、30分後にテラトーマ及び肝臓を切除して呈色を観察した。または、マウスから切除したテラトーマ及び肝臓をインドシアニングリーン溶液に浸し、37℃で30分インキュベート後に呈色を観察した。
【0064】
<フローサイトメトリー解析>
血球分化能の判定には末梢血及び骨髄細胞をフローサイトメトリー(FACS Aria)にて解析した。使用した抗体は、anti−mouse CD45− APC、anti−mouse CD4,CD8,Gr−1,Mac−1,B220,IL−7R−Biotin、anti−Streptavidin−APC/Cy7、anti−mouse Sca−1−Pacific Blue、anti−mouse c−Kit−APC、anti−mouse CD3−PE/Cy5、anti−mouse B220−Pacific Blue、anti−mouse Gr−1−APC、anti−mouse Mac−1−APC(BioLegend社製)を用いた。末梢血は、マウスの眼下静脈より採取し、溶血反応後、抗体と反応させ解析した。骨髄細胞は、マウスの大腿骨及び脛骨から採取し、抗体と反応させ解析した。
【0065】
(実施例1)
<肝臓への分化>
前述の通り、肝細胞へ分化させたテラトーマより凍結切片を作製し、肝細胞マーカーである、アルブミン、CK19、CYP7A1の免疫染色を行った。得られた結果を
図2及び
図3に示す。
図2及び
図3に示した結果から明らかなように、サイトカインによる分化誘導を受けたテラトーマのみ、肝細胞と同様のマーカーの発現が確認された。
【0066】
また、前述の通り、肝細胞へ分化させたテラトーマにおけるインドシアニングリーンの吸着反応においても、分化誘導したテラトーマのみで肝臓と同様の吸着を示した。つまり、分化誘導したテラトーマは、肝臓と同様の機能を持つことが示唆された(
図4 参照)。
【0067】
(実施例2)
<膵臓への分化>
前述の通り、膵臓細胞へ分化させたテラトーマより凍結切片を作製し、膵臓ランゲルハンス島細胞マーカーである、インスリンの免疫染色を行った。得られた結果を
図5に示す。
図5に示した結果から明らかなように、サイトカインによる分化誘導を受けたテラトーマのみ、膵臓細胞と同様のインスリンの発現が確認された。
【0068】
(実施例3)
<血球細胞・造血幹細胞への分化>
前述の通り、テラトーマを作製したマウスの末梢血をフローサイトメーターにより解析した結果、ヌードマウス血中に、Lnk−/−iPS細胞由来の血球が確認された(
図6 参照)。また、SCF+TPOよりもSCF+TPO+OP9の条件において、iPS細胞由来の血球の割合が高かった。さらに、テラトーマを作製したヌードマウスの骨髄細胞を解析した結果、骨髄中にiPS細胞由来の造血前駆細胞 Lineage−c−Kit+Sca−1+(KSL)が確認された(
図7 参照)。また、この骨髄細胞を野生型C57/BL6マウスに移植し、4週後の末梢血を解析したところ、ほぼ100%の血液がiPS細胞由来であり、各種細胞に分化していることを確認した(
図8 参照)。つまり、iPS細胞はヌードマウス体内で造血幹細胞に分化し、骨髄へホーミングしたことが示唆された。さらに造血幹細胞および前駆細胞機能を負に制御する蛋白質Lnkを欠損したES細胞、iPS細胞を用いることで、正常なES細胞iPS細胞に比し造血幹細胞・前駆細胞のより多量の増幅が認められた。
【0069】
(実施例4)
<混入する未分化細胞の除去ならびに目的の細胞以外を除去する方法>
前述のような、多能性幹細胞の効率的な分化誘導をin vivoの環境下で行う場合、多能性ゆえの腫瘍形成という問題が生じ得る。また、in vitroにおいて分化誘導した細胞を移植する際にも、混入した未分化細胞が腫瘍を形成する危険性が存在する。従って、目的となる分化細胞だけを生存させるようなスクリーニングの系を本発明においては併用することが好ましい。
【0070】
これらの問題点を解決しうる一つの手法として、自殺遺伝子によるスクリーニング系が挙げられる。例えば、本来哺乳類動物に存在しない微生物由来の代謝酵素遺伝子であるThymidine Kinase(TK)は、ガンシクロビル(GCV)の添加によりその代謝産物であるガンシクロビル5’−三リン酸を生じる。このガンシクロビル5’−三リン酸がDNA合成を阻害する事で、TKを発現している細胞の細胞死を誘導できる。そして、本発明の一つの態様として、ウイルス由来のTK遺伝子をES細胞又はiPS細胞に遺伝子導入し、目的細胞へと分化した細胞のみにおいてCre−LoxPシステムによりTK遺伝子が除去される系を構築する事で、in vivoの臓器形成環境を利用したES、iPS細胞の目的細胞への効率的な分化を行うことが出来ると考えられる。
【0071】
具体的には、HSV由来のTK遺伝子をLoxP配列で挟み込んだレトロウイルスベクターと、肝細胞のマーカー遺伝子であるAlbプロモーターの制御下にCreリコンビナーゼを発現するレンチウイルスベクターとを作製する。なお、ウイルス作製にはVSV−Gエンべロープを用いることで、マウスES/iPS細胞及びヒトES/iPS細胞の双方で使用する事が可能となる(
図9 参照)。2つのウイルスを細胞に感染させた後に、前述の通り、肝細胞分化誘導を行う。その後、GCVを投与する事で、TK遺伝子がCreの発現により除去されたAlb産生細胞のみが生存でき、未分化細胞や他の細胞系譜に分化した細胞の細胞死を誘導出来ると考えられる。
【0072】
そこで、前述の可能性を検証した。すなわち、HuH7細胞(ヒト肝癌由来の細胞株)及びNIH3T3細胞(マウス胎児上皮系細胞株)に、
図9に示した前記ウイルスベクターを用いてAlbプロモーター制御下のCreリコンビナーゼやTK等の遺伝子導入を行った後にGCVを投与すると、Alb発現細胞であるHuH7細胞のみが生存し、NIH3T3細胞では効率的な細胞死が誘導されること(
図10 参照)から、本法が本発明に好適に利用できることが確認された。従って、この系の確立により、未分化な細胞を生体内に移植した後に、GCVを投与する事でAlb発現細胞等の目的となる分化細胞だけを生存させる事が可能となる。
【0073】
次に、実施例3において示した、本発明の造血幹細胞、造血前駆細胞の生産方法、並びに該方法によって得られたこれら細胞の機能をより詳細に分析した。なお、実施例5〜8については下記材料を用いて、下記方法に沿って行った。
【0074】
<マウス>
C57BL/6(B6)マウス、KSN/Slcヌードマウス、及び緑色蛍光タンパク質(GFP)トランスジェニックマウスは、日本SLC株式会社より購入した。Lnk
−/−GFPトランスジェニックマウスは、東京大学 医科学研究所 実験動物研究施設にて、繁殖、維持した。また、B6を遺伝的背景とするX−SCIDマウスの作製及び評価は「Ohbo,Kら、Blood、1996年、87巻、956−967ページ」の記載に沿って行った。さらに、NOD/SCIDマウスは日本クレア株式会社より購入した。また、NOD/SCID/JAK3欠損マウスは三協ラボサービス株式会社より購入した。なお、これらマウスのケアは、東京大学の組み換えDNA実験及び実験動物に関するガイダンスに従って行った。
【0075】
<細胞株、並びにその培養条件>
マウスiPS細胞としては、Lnk
−/−GFPトランスジェニックC57BL/6(B6)マウス、又はGFPトランスジェニックB6マウス由来の尾端線維芽細胞(TTF、tail tip fibroblast)にOct3/4、Sox2、及びKlf4の3遺伝子をレンチウィルスall−in−oneベクターにより導入することにより、再プログラミングして樹立したものを使用した。なお、得られたiPS細胞の特性については、後述の
図11〜16に示す通りに確認した。
【0076】
また、マウスiPS細胞は、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)との共培養によって、未分化状態を維持した。なお、共培養に用いた培地の組成は以下の通りである。
ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、GIBCO社製)、添加物として、15% ノックアウト血清代替物(Knockout SR、GIBCO社製)、20mM HEPES緩衝溶液(Invitrogen社製)、0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液(Invitrogen社製)、0.1mM L−グルタミン(Invitrogen社製)、100U/mlペニシリン、100μg/ml ストレプトマイシン(Sigma−Aldrich社製)、0.1mM 2−メルカプトエタノール(GIBCO社製)、及び1000U/ml ESGRO(GIBCO社製)。そして、培地は毎日交換し、細胞は異常増殖と分化とを避けるため、2〜3日毎に継代した。
【0077】
ヒトiPS細胞としては、正常ヒト表皮角化細胞(Lonza社製)にOct3/4、Sox2、及びKlf4の3遺伝子をレンチウィルスベクターにより導入することにより、再プログラミングして樹立したものを使用した。また、ヒトiPS細胞は、MEFとの共培養によって、未分化状態を維持した。なお、共培養に用いたヒトiPS細胞培養用培地の組成は以下の通りである。
ダルベッコ変法イーグル培地−F12(Sigma−Aldrich社製)、添加物として、20% Knockout SR(GIBCO社製)、0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液(Invitrogen社製)、0.2mM L−グルタミン(Invitrogen社製)、0.1mM 2−メルカプトエタノール(GIBCO社製)、及び5ng/ml bFGF(Peprotech社製)。そして、培地は毎日交換し、細胞は7日毎に継代した。
【0078】
OP9細胞は、20%ウシ胎仔血清(FBS、HyClone社製)を添加した最少必須培地α(α−MEM、Invitrogen社製)からなる成長培地で維持した。
【0079】
<組織病理及び免疫染色>
組織切片は、テラトーマ組織をパラフィン包埋し、へマトキシリン・エオシン(H&E)染色することによって評価した。
【0080】
Nanog及びSSEA−1の蛍光免疫染色は、抗マウスNanog抗体(1/100に希釈して使用、Cosmo Bio株式会社製)、及び抗マウスSSEA−1抗体(1/100に希釈して使用、Abcam社製)によってクライオ切片を染色し、次いでAlexa Fluor 546標識抗ウサギIgG抗体(1/300に希釈して使用、Invitrogen社製)、及びアロフィコシアニン(APC)標識抗マウスIgM抗体(1/100に希釈して使用、eBioscienc社製)と共にインキュベーションすることによって行った。また、核の対比染色は、DAPI(Sigma−Aldrich社製)を用いて、製造者の説明書に従って行った。続いて、蛍光免疫染色した切片を、顕微鏡(BX−51)及びデジタルカメラシステム(DP−71)(共にオリンパス社製)にて、視覚化し、写真に撮った。
【0081】
テラトーマ組織は、ドライアイスを用いて急速に冷凍し、Optimal Cutting Temperature(O.C.T.)コンパウンド(Sakura Finetek社製)中に包埋し、CM3050クライオスタット(Leica Microsystems社製)を用いて、7〜8μmの切片に調製した。そして、これらの組織切片はエタノールで固定して免疫染色した。すなわち、切片は各々、一次抗体と共に4℃で24時間インキュベーションした後、二次抗体と共に室温で30分間インキュベーションした。
【0082】
なお、一次抗体は、抗マウスCD45抗体(1/50に希釈して使用、BD Bioscience社製)、Alexa Fluor488標識抗マウスCD117 (c−Kit)抗体(1/10に希釈して使用、BioLegend社製)、抗マウス オステオカルシニン抗体(Osteocalcin、BGLAP) (1/200に希釈して使用、LifeSpan Biosciences社製)、及び 抗マウスVE−カドヘリン抗体(1/200に希釈して使用、Abcam社製)を用いた。二次抗体は、Alexa Fluor 546標識ヤギ由来抗ラットIgG抗体、及びAlexa Fluor 647標識ヤギ由来抗ウサギIgG抗体(共にInvitrogen社製)を用いた。
【0083】
かかる抗体で処理した後、核の対比染色用の4,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI)を含有する蛍光染色用マウンテチィングメディウム(Dako社製)で切片を封入し、TCS SP2 AOBS共焦点レーザー走査顕微鏡(Leica Microsystems社製)で観察した。
【0084】
<胚盤胞注入>
iPS細胞は0.25% トリプシン−EDTA溶液(GIBCO社製)によりトリプシン処理した。トリプシン処理したiPS細胞及びMEFを非コ―ティングディッシュに播き直し、MEFを除去するために30分間インキュベーションした。キメラマウスを作製するために、iPS細胞10個をICRマウス由来の胚盤胞に注入し、そして、iPS細胞が注入された胚盤胞を偽妊娠マウスの子宮に移植した。
【0085】
<テラトーマ形成及びiPS細胞から造血幹細胞(HSC)への分化>
マウスiPS細胞からHSCへの分化誘導は下記の通りである。すなわち、5×10
6個のマウスiPS細胞をKSN/Slc マウス(4〜5週齢)の皮下に注入した。そして、HSCへの分化誘導は下記条件にて行った。
1)対照として、iPS細胞のみを注入した。
2)200ng幹細胞因子(SCF、Peprotech社製)及び200ngトロンボポエチン(TPO、Peprotech社製)を含有する造血サイトカインをマイクロ浸透圧ポンプ(ALZET社製)に入れ、そのポンプを皮下に2週間埋め込んだ。
3)1×10
6個のOP9間質細胞とともにiPS細胞を移植した。
4)前記造血サイトカインと前記OP9間質細胞とを投与した。
【0086】
また、ヒトiPS細胞からHSCへの分化誘導は下記の通りである。すなわち、1×10
6個のヒトiPS細胞及び5×10
5個のOP9間質細胞は、NOD/SCIDマウス(5〜7週齢)の精巣に注入した。さらに、200ngヒトSCF(Peprotech社製)及び200ngTPO(Peprotech社製)を含有する造血サイトカインをマイクロ浸透圧ポンプ(ALZET社製)に入れ、そのポンプを皮下に2週間埋め込んだ。
【0087】
<フローサイトメトリー分析、及びソーティング>
マウスiPS細胞由来の血球細胞に関して、造血幹細胞(HSC)は下記の通り、フローサイトメトリーを用いて分析した。
【0088】
マウスの末梢血細胞及び脾臓細胞は、APC標識抗CD45抗体(BD Biosciences社製)、APC−Cy7標識抗CD34抗体(eBioscience社製)、Pacific Blue標識抗CD45R/B220抗体(eBioscience社製)、フィコエリトリン(phycoerythrin、PE)−Cy7標識抗Gr−1抗体(BioLegend社製)、PE−Cy7標識抗Mac−1抗体(BioLegend社製)を用いて染色した。
【0089】
テラトーマが形成されたマウスの骨髄細胞は、Osawa,Mら、Science、1996年、273巻、242〜245ページの記載に沿って分析した。すなわち、骨髄細胞は、ビオチン化した、抗Gr−1抗体、抗Mac−1抗体、抗CD45R/B220抗体、抗CD4抗体、抗CD8抗体、抗IL−7R抗体、及び抗TER119抗体(eBioscience社製)を用いて染色した。
【0090】
次いで、これら細胞をMACS抗ビオチンマイクロビーズ(Miltenyi Biotec社製)によって標識し、系統
+細胞(Lineage
+cell)をLS−MACSシステム(Miltenyi Biotec社製)によって除去した。
【0091】
さらに、細胞をAlexa Fluor 700標識抗CD34抗体、Pacific Blue標識抗Sca−1、APC標識抗c−Kit抗体(全てeBioscience社製)を用いて染色した。また、ビオチン化抗体はストレプトアビジン−APC−Cy7(eBioscience社製)を用いて検出した。そして、4色解析及びソーティングはFACSAria (Becton Dickinson社製)にて行った。
【0092】
ヒトiPS細胞由来の血球細胞に関して、造血幹細胞(HSC)は下記の通り、フローサイトメトリーを用いて分析した。
【0093】
テラトーマが形成されたマウスの骨髄細胞を、APC標識抗CD45抗体 (BD Biosciences社製)、Pacific Blue標識抗ヒトCD45抗体(BioLegend社製)、及びFITC標識抗ヒトCD34抗体(BD Biosciences社製)を用いて染色した。
【0094】
レシピエントマウスの末梢血は、APC標識抗マウスCD45抗体(BD Biosciences社製)、Pacific Blue標識抗ヒトCD45抗体(BioLegend社製),Alexa Fluor488標識抗ヒトCD3抗体(BD Biosciences社製)、APC−H7標識抗ヒトCD19抗体(BD Biosciences社製),、及びPE−Cy7標識抗ヒトCD33抗体(BD Biosciences社製)を用いて染色した。
【0095】
そして、これらの分析及びソーティングはFACSAria(BD社製)を用いて行った。
【0096】
<単一細胞培養(Single cell culture)>
iPS細胞由来の精製したCD34
−KSL細胞を、単一クローンにすべく、各ウェルに200μLの培地を含む96ウェルプレートに播いた。なお、用いた培地の組成は、以下の通りである。
S−clone SF−O3培地(三光純薬株式会社製)、添加物として、1%ウシ血清アルブミン(BSA)、マウスSCF(50ng/mL)、マウスTPO(50ng/mL)、マウスIL−3(10ng/mL)、及びマウスEPO(1U/mL)(全てPeproTech社製)。
細胞は、37℃、加湿雰囲気、5%CO
2環境下で培養した。そして、培養開始10日後、細胞をスライドグラス上にサイトスピンを用いて付着させ、ヘマカラー(登録商標、MERCK社製)を用いた血液塗抹染色に供した。
【0097】
<骨髄移植アッセイ>
Lnk
−/− GFP iPS細胞由来HSCに関して、テラトーマが形成されたマウスの1×10
7個のBM細胞を、致死的に放射線処理(9.5Gy)した野生型B6レシピエントマウスに移植した。そして、移植後4週間及び12週間後に、レシピエントマウスのPB細胞をフローサイトメトリーにて分析した。
【0098】
また、一次BM移植の12週間後に、一次移植したレシピエントマウス(一次レシピエントマウス)由来の1×10
7個の骨髄細胞を、別のレシピエントマウス(二次レシピエントマウス)に二次移植として移植した。そして、キメリズムの割合は、(GFP
+細胞数/CD45
+細胞数)×100%という計算にて導き出した。
【0099】
さらに、GFP iPS細胞由来HSCに関して、一次レシピエントマウスからGFP
+CD34
−KSL細胞40個を選別し、B6 骨髄細胞2×10
5個と共に別のレシピエントマウス(二次レシピエントマウス)に二次移植として移植した。
【0100】
また、ヒトiPS細胞由来HSCに関して、テラトーマが形成されたマウスの1×10
7個のBM細胞を、放射線処理(2Gy)したNOD/SCIDレシピエントマウス又はNOD/SCID/JAK3欠損レシピエントマウスに移植した。そして、移植後8週間後に、レシピエントマウスのPB細胞をフローサイトメトリーにて分析した。
【0101】
(実施例5)
<Lnk
−/− GFP iPS細胞を用いたHSC誘導方法>
前述の通り、先ずLnk
−/− GFP トランスジェニックマウスからiPS細胞を樹立した。すなわち、
図11に示す通り、3因子(Oct3/4、Klf4、及びSox2)をレンチウィルスall−in−oneベクターを用いて導入することにより、Lnk
−/− GFP トランスジェニックマウスのTTFを再プログラムした。また、得られたiPS細胞(Lnk
−/− GFP iPS細胞)は、免疫蛍光分析によって、GFP、Nanog、及びSSEA−1が発現していることが確認された(
図12 参照)。さらに、Lnk
−/− GFP iPS細胞は、ヌードマウスにおけるテラトーマ形成能を有し、胚盤胞に注入することによてキメラマウスに寄与できることから、多分化能を有していることが確認された(
図13〜16 参照)。
【0102】
そして、Lnkタンパク質欠損iPS細胞を用いてテラトーマを作製することにより、HSCへの誘導が可能であるかどうかを、さらに前記誘導に適した条件を調べるため、Lnk
−/− GFP iPS細胞をKSN/Slcヌードマウスの皮下に注入し、下記条件下にてHSCへの分化を誘導した(
図17 参照)。
条件1:対照として、iPS細胞をヌードマウスに注入した。
条件2:造血サイトカイン(SCF及びTPO)をマイクロ浸透圧ポンプに入れ、2週間連続して投与した。
条件3:OP9間質細胞株をiPS細胞とともに移植した。
条件4:前記造血サイトカイン及び前記OP9間質細胞株を投与した。
【0103】
次いで、テラトーマ形成マウスの末梢血及び骨髄細胞における、Lnk
−/− iPS細胞由来のGFP
+CD45
+細胞の割合を、所定の時期にフローサイトメトリーによって分析した。得られた結果を
図18〜21に示す
図18に示した結果から明らかなように、テラトーマ形成マウスの殆どの末梢血において、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来のCD45
+細胞は検出された。また、テラトーマの成長(サイズ)に沿って、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来の CD45
+細胞の割合は徐々に増加していくことが明らかになった(
図19 参照)。そして、
図18〜20に示した結果から明らかなように、前記割合は、サイトカイン及びOP9細胞を投与した際に最も高くなった(iPS細胞導入12週間後の平均値は、条件1:0.002±0.01%、条件2:1.02±1.15%、条件3:0.87±0.79%、条件4:4.26±3.79%)。
【0104】
また、iPS細胞導入後12週間後のテラトーマ形成マウスの骨髄細胞を分析した結果、
図21が示す通り、多能性前駆細胞(multipotent progenitors、MPPs)としてLineage(Lin)
−細胞、HSPCとしてLin
− c−Kit
+ Sca−1
+(KSL)細胞、及び長期HSC(LT−HSCs)としてCD34
−KSL細胞において、GFP
+細胞を検出した。また、サイトカイン及びOP9細胞を投与した際に、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来のKSL細胞の割合が最も高かった(
図20 参照)
すなわち、これらの結果から、骨髄原始細胞(BM primitive cell)集団を含む、免疫表現型に定義された造血細胞の誘導は、実施例3に記載した結果同様、テラトーマ形成を介してLnk
−/−GFP iPS細胞から行うことはでき、さらに造血サイトカイン及び共培養細胞(例えば、OP9細胞)は、この誘導を促進するということも明らかになった。
【0105】
次に、このようにして得られたLnk
−/− GFP iPS細胞由来のHSCに、機能的なHSCが含まれているかどうかをコロニ―アッセイによって調べた。すなわち、骨髄におけるGFP
+ CD34
−KSL細胞を一細胞ずつに分け、各々96ウェルプレートに播き、コロニ―形成のためのサイトカイン(造血分化を誘導するサイトカイン)と共に10日間培養した。そして、培養10日後のCFC−nmEMの数量及びタイプを評価した。なお、CFC−nmEMは、コロニー形成細胞数−好中球/マクロファージ/赤芽球/巨核球(colony−forming units−neutrophil/macrophage/Erythroblast/Megakaryocyte)のことを示す。得られた結果を
図22〜24に示す。
【0106】
図22〜24に示した結果から明らかなように、播種したCD34
−KSL細胞において、22.9%がnmEMコロニーを含む大きいコロニーを形成し(
図22 参照)、CD34
−KSL細胞は、好中球、マクロファージ、赤芽球、巨核球と全ての血球系譜を形成したため、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来のHSCは多分化能を有する、すなわち、機能的なHSCであるということが実証された(
図23及び
図24 参照).。
【0107】
また、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来の造血幹/前駆細胞(HSPC)が骨髄再建能(キメリズム)を有しているという直接的な証拠を得るために、
図17に示すように、テラトーマ形成マウスの骨髄細胞を、致死的に放射線を照射したB6マウスに移植した。次いで、かかるB6マウス(レシピエントマウス)の末梢血、脾臓、及び骨髄におけるLnk
−/− GFP iPS細胞由来のHSPCの割合を調べた。得られた結果を
図25〜27、及び表1に示す。
【0108】
【表1】
【0109】
なお、表1は骨髄移植してから12週間後のレシピエントマウスにおけるiPS細胞由来の造血細胞のキメリズムを示した表であり、T細胞のキメリズムはGFP
+CD3
+/CD45
+cellsの割合(%)であり、B細胞のキメリズムはGFP
+B220
+/CD45
+cellsの割合(%)であり、ミエロイドのキメリズムはGFP
+Gr−1
+Mac−1
+/CD45
+cellsの割合(%)である(平均値±s.e.,Lnk
−/−GFP iPS細胞グループ:n=4、GFPiPS細胞グループ:n=6)。
【0110】
図25及び表1に示した結果から明らかなように、レシピエントマウスの末梢血細胞を分析した結果、多分化再建能を有しているLnk
−/− GFP iPS細胞由来の造血細胞が高頻度で検出された。
【0111】
また、
図26及び表1に示した結果から明らかなように、レシピエントマウスの脾臓及び骨髄を分析した結果、多分化再建能を有しているLnk
−/− GFP iPS細胞由来の造血細胞が高頻度で検出された。さらに、
図27に示した結果から明らかなようにLnk
−/− GFP iPS細胞由来の細胞は、骨髄細胞において、CD34
−KSL細胞画分(HSC細胞画分)におけるGFP
+細胞の平均割合は、45%という高い割合に達していた。
【0112】
また、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来のHSCが長期骨髄再建能を有しているという直接的な証拠を得るために、
図17に示すように、一次レシピエントマウスの骨髄細胞を致死的に放射線を照射したB6マウス(二次レシピエントマウス)に移植(二次移植)した。得られた結果を
図25に示す。
【0113】
図25に示した結果から、移植後少なくとも12週間後の二次レシピエントマウスにおいて、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来の細胞は多系譜の細胞に常駐しており(4週間後:76.6±9.5%、12週間後:60.6±13.2%、なお、これら数値(%)は平均値±標準偏差を示す。また、調べた数は各々、n=10である)、テラトーマ形成を介して、Lnk
−/− GFP iPS細胞から、自己複製及び多分化造血再建が長期的に可能なHSCが作製可能であるということが明らかになった。そして、一連の移植実験の観察期間中、白血病やその他の異常(血液異常)はレシピエントマウスにおいて認められず、Lnk
−/− GFP iPS細胞由来のHSCは正常な造血能を有していることが明らかになった。
【0114】
(実施例6)
<Lnk変異を有さないGFP iPS細胞からの機能的なHSCの作製>
次に、Lnk欠損を伴わないiPS細胞においても機能的なHSCが誘導できるかどうかを評価するため、
図11に示す通り、GFPトランスジェニックマウスからiPS細胞(GFP iPS細胞)を樹立した。そして、Lnk
−/− GFP iPS細胞を用いた時と同様の条件にてテラトーマ形成を介したHSC誘導を調べた。得られた結果を
図28〜35に示す。
【0115】
図28及び
図29に示した結果から明らかなように、テラトーマ形成マウスの末梢血において、GFP
+CD45
+細胞は経時的に増加していた。また、GFP
+CD45
+細胞の割合は、サイトカイン及びOP9細胞の存在下、iPS細胞移植12週間後において最も高くなった(条件1:0.003±0.006%、条件2:0.013±0.01%、条件3:0.025±0.01%、条件4:0.16±0.09%、これら数値(%)は平均値±標準偏差を示す。また調べた数は各々n=4である)(
図30 参照)。さらに、
図31に示した結果から明らかなように、GFP
+細胞は、iPS細胞移植12週間後のテラトーマ形成マウスの骨髄のLin
−細胞、KSL細胞、及びCD34
−KSL細胞において検出された。
【0116】
また、
図32及び
図33に示した結果から明らかなように、テラトーマ形成マウスから得られた骨髄細胞の移植の結果、一次レシピエントマウスの末梢血、脾臓、及び骨髄細胞においてGFP iPS細胞由来の血球細胞が生着していることが検出された。さらに、GFP
+細胞は、Lin
−細胞、KSL細胞、及びCD34
−KSL細胞を含む、レシピエント骨髄中の造血原始細胞画分においても検出された(
図34 参照)。
【0117】
さらに、
図35に示した結果から明らかなように、コロニーアッセイにおいて、CD34
−KSL細胞は、好中球、マクロファージ、赤芽球、巨核球と全ての血球系譜を形成したため、GFP iPS細胞由来のHSCは多分化能を有する、すなわち、機能的なHSCであるということが実証された。
【0118】
さらに
図32に示した結果から明らかなように、これら一連の骨髄細胞の移植によって得られた二次レシピエントマウスにおいては、移植後4週から12週の間、高いキメリズムが確認され、またGFP
+細胞が有する強固な生着能は維持されていた。
【0119】
従って、本発明の方法は、Lnk変異を伴わないiPS細胞からでさえ、長期骨髄再建能を有する機能的なHSCを作製することができる方法であるということが明らかになった。
【0120】
(実施例7)
<X−SCIDマウスにおけるiPS細胞を介した遺伝子治療>
X連鎖重症複合免疫不全症(X−SCID)は、T細胞及びB細胞の免疫における重度の障害を特徴とする重症複合免疫不全症(SCID)の一つである。羅患者は、免疫系において重要な機能を担う多数のサイトカインの受容体が共有している、共通ガンマ鎖(common gamma chain(γc))をコードする遺伝子に変異を有していることが知られている(Buckley,R.H.ら、Journal of Pediatrics、1997年、130巻、378〜387ページ 参照)。
【0121】
そこで、疾患特異的iPS細胞を用いた遺伝子治療法の開発が期待されているものの(Hanna,J.ら、Science、2007年、318巻、1920〜1923ページ 参照)、今まで機能的な造血幹細胞(HSC)の作製方法が実用化されていなかったため、この点が、かかる遺伝子治療法の開発において大きさ障害となっていた。
【0122】
前述の通り、本発明の方法によって、移植可能であり、リンパ−ミエロイド系譜の再構成が可能な造血前駆細胞をiPS細胞から作製することができる。そこで次に、遺伝子治療法及び疾患特異的なiPS細胞を用いたX−SCIDの治療モデルに本発明を適用することを試みた。
【0123】
すなわち先ず、
図36に示すように、X−SCIDマウスからiPS細胞を作製し、レトロウィルスを介して、マウスγC遺伝子等の導入を行い、次いでクローンの選択を行うことにより、マウスγCが高発現している細胞株(mγc−iPSC#4)を樹立した。(
図37〜39 参照)。
【0124】
そしてテラトーマを作製するために、X−SCIDマウスの皮下にOP9細胞と共にmγc−iPSC#4を注入した。iPS細胞を注入してから12週間経過後、mγc−iPS細胞(mγc−iPSC)由来のGFP
+CD45
+細胞が、テラトーマが形成されたX−SCIDマウスの一匹の末梢血において検出された(
図40 参照)。
【0125】
しかしながら、臨床経験から予想された通り、宿主由来の骨髄中に残存している圧倒的多数の同種細胞(B細胞及びミエロイド)と競合することによって、GFPが発現しているB細胞及びミエロイド系統の細胞の子孫の拡大は制限された可能性が最も高く、それら細胞は痕跡程度しか現れなかった(
図40 参照)。
【0126】
対して、機能的に矯正されたmγc−iPSC#4に由来する成熟T細胞の発現においてはは、CD4/CD8細胞が正常に分布していること、並びにナイーブT細胞(CD4
+CD62L
+)発生がはっきりと認められた(
図40 参照)。
【0127】
これらの結果から、疾患特異的iPS細胞を用いた治療用遺伝子組み換えと、本発明のテラトーマ形成を介した、インビボリンパ球産生に対応する造血幹/前駆細胞(HSPC)の産生方法とを組み合わせることによって、X−SCID遺伝子治療のモデルに成り得るということが示された。
【0128】
また、従前の遺伝子治療では、ウイルスベクターがランダムに組み込まれたヘテロな細胞集団(患者由来のHSPC等)を移植せざるを得なかったために、移植された患者が白血病に羅患するリスクがあった。一方、前記方法においては、iPS細胞に遺伝子を導入しているので、ゲノムDNA上でリスクのない位置に遺伝子が導入されたiPS細胞を選別し、クローン化して増殖させることができる。従って、安全性を確認したiPS細胞から誘導した造血幹細胞を移植に使用することで、本発明においては、白血病のリスクを回避することもできる遺伝子治療法を提供することもできる。
【0129】
(実施例8)
<テラトーマ形成を介した、ヒトiPS細胞からの生着可能なHSCへの誘導>
次に、テラトーマ形成を介して、ヒトiPS細胞からも機能的なHSCが誘導できるかどうかを調べるため、
図41に示す通り、ヒトiPS細胞をNOD/SCIDマウスの皮下に注入してテラトーマを作製し、マウスHSC誘導と同様の方法にてHSCを誘導した。そして、ヒトiPS細胞を注入してから12週間後に、テラトーマ形成マウスの末梢血及び骨髄を分析した。得られた結果を
図42、及び表2に示す。
【0130】
【表2】
【0131】
図42及び表2に示した結果から明らかなように、調べた15匹中1匹のマウスの末梢血において、ヒト由来の細胞集団(mCD45
−hCD45
+)がはっきりと検出され、10匹のテラトーマ形成マウスの骨髄において、mCD45陰性細胞集団中に、ヒト由来細胞の画分(hCD45
−hCD34
+、hCD45
dullhCD34
+、及び hCD45
+hCD34
−)を検出することができた。
【0132】
さらに、複製能を有している、ヒトiPS細胞由来のHSCが存在していることを確かめるため、
図41に示す通り、テラトーマ形成マウスから得られた全骨髄細胞又はmCD45を除去した骨髄細胞を、放射線照射NOD/SCIDマウス、又はNOD/SCID/JAK3欠損マウスに移植した。得られた結果を
図43及び表2に示す。
【0133】
図43及び表2に示した結果から明らかなように、移植してから8週間後のレシピエントマウスの末梢血において、多系譜の複製能を有しているヒトiPS細胞由来の血球細胞の生着が確認された。また、ヒトiPS細胞由来のキメリズムは、mCD45除去細胞を移植したマウス(Sorted)の方が全骨髄細胞を移植したマウス(Total)よりも総じて高かった。
【0134】
従って、本発明によって、何の遺伝子改変をすることなく、ヒトiPS細胞から生着可能なHSCを産生することができるということが明らかになった。
【0135】
さらに、iPS細胞由来の血球細胞又はHSCはどのように作られ、テラトーマ内に存在しているいのかを調べるため、マウスに形成されたiPS細胞由来のテラトーマを構成する細胞を分析し、HSCニッチ様細胞(HSCs niche−like cells)が存在するかどうかを調べた。
【0136】
なお、HSCニッチは、HSCの維持に必要な微小環境のことである。HSCに関してはまだ実態は明らかになっていないものの(Calvi,L.M.ら、Nature、2003年、425巻、841〜846ページ、Kiel,M.J.ら、Cell、2005年、121巻、1109〜1121ページ 参照)、昨今の研究成果から、骨芽細胞、内皮細胞、及び骨髄常在グリア細胞(BM−resident glial cells)に含まれる他の細胞種がHSCニッチ形成に寄与していることが示唆されている(骨芽細胞及び内皮細胞に関しては、前記2文献(「Calvi,L.M.ら、2003」、「Kiel,M.J.ら、2005」)参照。骨髄常在グリア細胞に関しては、本発明者等の未公開の観察結果に基づく。)。
【0137】
そこで、ヒトiPS細胞注入12週間後のテラトーマ組織切片において、骨芽細胞マーカーとしてオステオカルシンの発現を、内皮マーカーとしてVE−カドヘリンの発現を、グリアマーカーとしてグリア線維性酸性タンパク質(glial fibrillary acidic protein、GFAP)の発現を調べた。得られた結果を
図44〜46に示す。
【0138】
図44〜46に示した結果から明らかなように、ヒトiPS細胞由来テラトーマにおいて、オステオカルシン、VE−カドヘリン、又はGFAPを発現している細胞が多く検出された。また、これらのHSCニッチ様細胞の近くに、CD45
+CD34
+ HSC細胞は高い頻度で存在していることも明らかになった。
【0139】
さらに、テラトーマのmCD45
−細胞において、ヒトiPS細胞由来の細胞画分(hCD45
+hCD34
−、hCD45
+hCD34
+、hCD45
−hCD34
+)が含まれていることがFACS分析によって確認された(
図47 参照)。
【0140】
また、マウスiPS細胞由来のテラトーマにおいて、免疫染色によって、GFP iPS細胞を注入してから12週間後に、GFP
+CD45
+細胞及びGFP
−CD45
+細胞が存在していることが確認された (
図48 参照)。
【0141】
さらに、FACS分析によって、CD45
+細胞においてGFP
+KSL細胞を同定することができ(
図49 参照)、かかる結果から、テラトーマにおいてiPS細胞から成体型造血幹細胞が産生されていることが明らかになった.。
【0142】
また、マウスiPS細胞由来のテラトーマにおいても、オステオカルシン+細胞、VE−カドヘリン+細胞、及びGFAP+細胞といった、HSCニッチ様細胞の存在を確認することができ(
図50 参照)。さらに、マウスiPS細胞由来のHSCを含むCD45
+c−Kit
+細胞は、VE−カドヘリン+細胞及びオステオカルシン+細胞の近くに存在していることが確認された(
図51及び
図52 参照)。
【0143】
従って、本発明にかかるテラトーマ形成過程において、造血分化に好適な環境下で、HSCニッチを構成し得る様々な細胞が産生されることによって、テラトーマ内に骨髄に相当する環境が形成され、その結果、HSCは産生されているということが示唆された。
【0144】
(実施例9)
<胚葉系前駆細胞を用いた、マウス個体内での器官形成>
前述のようなES細胞やiPS細胞をマウス個体に直接移植して器官形成を行う方法において、
1.多能性幹細胞は様々な細胞系譜の分化能を保持するため、目的細胞以外の細胞が形成される可能性がある。
2.移殖した多能性幹細胞のテラトーマ形成能が高過ぎる場合に、目的細胞が形成されるより先にテラトーマの増大により宿主の健康状態が害される可能性がある。
といった点が問題に成り得る。
【0145】
そこで、かかる問題点を解消すべく、その一態様として、ES細胞やiPS細胞を先ずは試験管内で分化誘導させ、多能性を保ちつつ内胚葉系への分化能の高い、内胚葉系前駆細胞を作製しマウスへと移植した。すなわち、以下に記載の材料、方法に沿って行った。得られた結果は
図53〜55に示す。
【0146】
<マウスES細胞の培養>
MEF非依存性ES細胞株であるE14tg2aを0.1%ゼラチンコートの培養皿で以下の組成の培地で培養した。
グラスゴー改変イーグル培地(Glasgow Modified Eagle Medium、GMEM)、添加物として、10%FCS、1%L−グルタミン−ペニシリン−ストレプトマイシン 溶液(SIGMA社製)、0.1mM 非必須アミノ酸(GIBCO社製)、1mM ピルビン酸ナトリウム、0.1mM 2−メルカプトエタノール、白血病抑制因子(Leukemia Inhibitory Factor、LIF)(1000U/ml)。
【0147】
<E14Tg2aから前腸内胚葉(内胚葉系前駆細胞)への分化誘導>
Collagen−Type4をコートした培養皿に1×10
4細胞数/mlの密度でE14tg2aを播種した。SFO3無血清培地(三光純薬株式会社製)に20ng/ml ヒト アクチビンA(Peprotech社製)、10ng/ml ヒト BMP4(Peprotech社製)を添加して2日間培養した。2日後からは培地を、SFO3培地に20ng/ml ヒト アクチビンA(Peprotech社製)、20ng/ml マウス EGF(Peprotech社製)、10ng/ml FGF4(SIGMA社製)を添加したものへと変え、更に5日間培養を続けた。
【0148】
<マウス個体への移植>
未分化なES細胞、及びES細胞から分化誘導して得られた内胚葉系前駆細胞を、8週齢のKSNヌードマウスの腎皮膜へ各々2×10
6細胞数移植した。移植の際には、各細胞を100μlの氷冷したDMEM無血清培地とマトリゲル(BD Biosciences社製)とを等量に混合した液体に懸濁し、マウス腎皮膜下へと移植した。
【0149】
なお、マトリゲルとは、細胞外マトリックスタンパク質を豊富に含むEngelbreth−Holm−Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性基底膜調製品のことであり、主成分は、ラミニン、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、およびエンタクチン/ニドジェン1,2であり、これらにTGF−β、上皮細胞増殖因子、インシュリン様成長因子、線維芽細胞増殖因子、組織プラスミノーゲン活性化因子3,4、EHS腫瘍に自然に産生される他の増殖因子が含まれるものである。
【0150】
<免疫組織化学染色>
KSNヌードマウスの腎皮膜下に形成されたテラトーマは適当な大きさに切り分け4%PFA中で一晩振とうした後、10%スクロース溶液で一日、30%スクロース溶液中で2日間振とうした。クリオモルド2号(Sakura Finetek Japan社製)を用いて、O.C.T.コンパウンド(Sakura Finetek Japan社製)中にブロック状に包埋して、ドライアイス上で凍結した。そして、ブロックを、Cryostat CM 3050SIV (Leica社製)を用いて、厚さ7μmに切断し、MASコートを施してあるスライドグラスに張り付けて組織標本を作成した。組織標本はPBSにより洗浄を2回行い、−20℃に氷冷したメタノール(MtOH)に10分間浸した。PBSによりMtOHの洗浄を2回行った後に、5% ロバ血清(SIGMA社製)/PBSでブロッキングを室温で30分間行った。ブロッキングバッファーに希釈した一次抗体(抗−FoxA2およびCK19 抗体)を加えて一晩4℃で反応させた。一次抗体を反応させた後にPBSで3度洗浄を行い、二次抗体としてロバ由来 抗−ヤギ Alexa 546抗体(invitrogen社製)、及びロバ由来 抗−ウサギ Alexa 488抗体(invitrogen社製)をブロッキングバッファーに各々500倍希釈して室温で45分間反応させた。最後に2回PBSで洗浄を行い、4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI、Roche社製)を10分間反応させた。DAPIを反応させた後に、PBSによる洗浄を一度行った。その後、PBSを除き、Dako Fluorescent Mounting Medium(Dako社製)で包埋し、観察した。
【0151】
また、未分化なES細胞、及びES細胞から分化誘導して得られた内胚葉系前駆細胞を注入して得られたテラトーマよりランダムに3セクションを選び、組織切片中に存在するCK19陽性の腸管様構造の数をカウントした。
【0152】
図53〜55に示した結果から明らかなように、ES細胞を移植した場合と比較して、内胚葉系前駆細胞を移植した場合には形成されるテラトーマの大きさは小さかった(
図53 参照)。さらに、内胚葉系前駆細胞由来のテラトーマ内では、ES細胞由来のそれと比較して、FoxA2陽性の内胚葉系細胞、特にCK19陽性の腸管様細胞の数は増大していた(
図54及び
図55 参照)。従って、本発明において、ES細胞等の万能細胞からある程度分化誘導させた多能性幹細胞を用いることで、目的とする臓器を構成する細胞をより多く含むテラトーマが形成でき、且つテラトーマの増大による宿主の健康状態への影響も抑えることができることが明らかになった。