特許第5901064号(P5901064)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5901064
(24)【登録日】2016年3月18日
(45)【発行日】2016年4月6日
(54)【発明の名称】液体の力学物性の測定方法及び測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 13/02 20060101AFI20160324BHJP
   G01N 11/00 20060101ALI20160324BHJP
【FI】
   G01N13/02
   G01N11/00 A
【請求項の数】10
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-99450(P2012-99450)
(22)【出願日】2012年4月25日
(65)【公開番号】特開2013-228242(P2013-228242A)
(43)【公開日】2013年11月7日
【審査請求日】2015年2月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100116207
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100089635
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 守
(74)【代理人】
【識別番号】100096426
【弁理士】
【氏名又は名称】川合 誠
(72)【発明者】
【氏名】酒井 啓司
(72)【発明者】
【氏名】石綿 友樹
【審査官】 後藤 大思
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−271234(JP,A)
【文献】 特開2006−153535(JP,A)
【文献】 特開2011−252072(JP,A)
【文献】 坂井崇人, 石綿友樹, 酒井啓司,櫛上電極対を用いた誘電性微小液滴の飛翔制御,応用物理学関係連合講演会講演予稿集(CD−ROM),日本,2012年 2月29日,Vol.59th,Page.ROMBUNNO.17A-C3-5
【文献】 山田辰也, 酒井啓司,振動励振法による基板上液滴の物性観察,応用物理学関係連合講演会講演予稿集(CD−ROM),日本,2011年 3月 9日,Vol.58th,Page.ROMBUNNO.25P-KN-2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 11/00−11/16
G01N 13/00−13/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の液体をノズルから液滴として射出して該液滴を飛翔させ、
該液滴の飛翔経路の近傍に配設された電極に電圧を印加することによって前記飛翔経路の周辺空間に電界を生じせしめ、
該電界によって前記液滴に働く誘電力により、前記液滴を非接触で変形させ、
変形させた後の前記液滴の変形状態の時間変化に基づき、前記液体の力学物性を測定することを特徴とする液体の力学物性の測定方法。
【請求項2】
前記液体を液滴として射出してから前記電界によって前記液滴に誘電力が働くまでの時間を変化させ、前記液体の力学物性を測定する請求項1に記載の液体の力学物性の測定方法。
【請求項3】
前記液体の力学物性は、表面張力及び/又は粘性である請求項1又は2に記載の液体の力学物性の測定方法。
【請求項4】
前記変形状態の時間変化は、表面張力を復元力とする前記液滴の変形の振動である請求項1〜3のいずれか1項に記載の液体の力学物性の測定方法。
【請求項5】
前記液滴の変形の振動は、前記液体の粘性によって減衰する減衰振動である請求項4に記載の液体の力学物性の測定方法。
【請求項6】
前記液滴の半径をRとし、前記液体の表面張力、粘性及び密度をσ、η及びρとすると、
σρR/η2 >1
の関係を満足する請求項1〜5のいずれか1項に記載の液体の力学物性の測定方法。
【請求項7】
測定対象の液体をノズルから液滴として射出して該液滴を飛翔させる液滴生成装置と、
前記液滴の飛翔経路の近傍に配設された電極と、
該電極に電圧を印加する電圧印加装置と、
前記液滴を観察する液滴観察装置とを有し、
前記電圧印加装置が前記電極に電圧を印加することによって前記飛翔経路の周辺空間に電界を生じせしめ、該電界によって前記液滴に働く誘電力により、前記液滴を非接触で変形させ、
前記液滴観察装置が観察した変形させた後の前記液滴の変形状態の時間変化に基づき、前記液体の力学物性を測定することを特徴とする液体の力学物性の測定装置。
【請求項8】
前記液体を液滴として射出してから前記電界によって前記液滴に誘電力が働くまでの時間を変化させ、前記液体の力学物性を測定する請求項7に記載の液体の力学物性の測定装置。
【請求項9】
前記電極は、前記飛翔経路に関して対称となる位置に配設された一対の針状又は棒状の部材である請求項7又は8に記載の液体の力学物性の測定装置。
【請求項10】
前記電極は、前記飛翔経路に関して対称となる位置に配設され、かつ、前記飛翔経路に沿って延在する一対の平行な部材である請求項7又は8に記載の液体の力学物性の測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体の力学物性の測定方法及び測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、液体の表面張力は、新しい表面が形成された後、時々刻々に変化し得ることが知られている。
【0003】
その典型的な例は界面活性剤の溶液であって、新しい表面が形成された後、界面活性剤の分子が液中を拡散して表面に至って該表面に吸着し、これにより、徐々に溶液の表面エネルギー、すなわち、表面張力が小さくなるという現象はよく知られている。界面活性剤の溶液は工業的に非常に重要な材料であり、例えば、インクジェット式のプリンタで使用されるインクには、射出されたインクの粒が紙に付着した時にすぐに紙に濡(ぬれ)れて浸みこむように、界面活性剤が配合されていることが多い。
【0004】
このように、例えば、インクジェット技術においてインクを射出するノズルを設計したり、紙に付着してから後のインクの濡れ性を知る上で、射出後に変化していくインク液滴の表面張力の時間変化を知ることは、極めて重要である。
【0005】
前述の吸着による表面張力変化に要する典型的な時間は、工業的によく使用される界面活性剤の場合、実用的な濃度の溶液において、μs(マイクロ秒)単位からs(秒)単位の程度である。特に、十分に実用的な濃度の溶液においては、10〔μs〕から100〔ms〕の程度である。
【0006】
一方、時間的に変化する表面張力を測定する方法又は装置がいくつか存在する(例えば、特許文献1参照。)。具体的には、振動ジェット法、最大泡圧法、表面張力波測定法等の方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−252072号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記従来の方法では、液体の表面が形成された後、1〔ms〕までの表面張力は測定不能であり、また、10〔ms〕までの表面張力は精密な測定が困難である。例えば、振動ジェット法及び最大泡圧法では、液体の粘性及び慣性の影響によって、その時間分解能は、最高で、1〔ms〕程度である。さらに、十分な精度で測定することができる実用的な範囲では、その時間分解能は10〔ms〕程度である。
【0009】
また、表面張力波測定法では、その時間分解能は数〔μs〕にまで及ぶものの、その測定対象は、100〔mN/m〕以下の表面弾性率を持つ液体表面である必要があり、適用対象が極めて限定される。さらに、数〔W〕以上の出力を持つコヒーレンシーのよいレーザー機器等を使用することが必須であり、装置が高価格化、かつ、大型化してしまう。
【0010】
なお、以上で説明した表面張力に加え、粘性も、液体の重要な物性であるが、インクジェット等によって液滴が生成された後の液滴を構成する液体の粘性の時間変化を測定する方法は従来存在しなかった。
【0011】
本発明は、前記従来の問題点を解決して、液体の力学物性を100〔μs〕以上の時間分解能で測定することができる液体の力学物性の測定方法及び測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そのために、本発明の液体の力学物性の測定方法においては、測定対象の液体をノズルから液滴として射出して該液滴を飛翔(しょう)させ、該液滴の飛翔経路の近傍に配設された電極に電圧を印加することによって前記飛翔経路の周辺空間に電界を生じせしめ、該電界によって前記液滴に働く誘電力により、前記液滴を非接触で変形させ、変形させた後の前記液滴の変形状態の時間変化に基づき、前記液体の力学物性を測定する。
【0013】
本発明の他の液体の力学物性の測定方法においては、さらに、前記液体を液滴として射出してから前記電界によって前記液滴に誘電力が働くまでの時間を変化させ、前記液体の力学物性を測定する。
【0014】
本発明の更に他の液体の力学物性の測定方法においては、さらに、前記液体の力学物性は、表面張力及び/又は粘性である。
【0015】
本発明の更に他の液体の力学物性の測定方法においては、さらに、前記変形状態の時間変化は、表面張力を復元力とする前記液滴の変形の振動である。
【0016】
本発明の更に他の液体の力学物性の測定方法においては、さらに、前記液滴の変形の振動は、前記液体の粘性によって減衰する減衰振動である。
【0017】
本発明の更に他の液体の力学物性の測定方法においては、さらに、前記液滴の半径をRとし、前記液体の表面張力、粘性及び密度をσ、η及びρとすると、
σρR/η2 >1
の関係を満足する。
【0018】
本発明の液体の力学物性の測定装置においては、測定対象の液体をノズルから液滴として射出して該液滴を飛翔させる液滴生成装置と、前記液滴の飛翔経路の近傍に配設された電極と、該電極に電圧を印加する電圧印加装置と、前記液滴を観察する液滴観察装置とを有し、前記電圧印加装置が前記電極に電圧を印加することによって前記飛翔経路の周辺空間に電界を生じせしめ、該電界によって前記液滴に働く誘電力により、前記液滴を非接触で変形させ、前記液滴観察装置が観察した変形させた後の前記液滴の変形状態の時間変化に基づき、前記液体の力学物性を測定する。
【0019】
本発明の他の液体の力学物性の測定装置においては、さらに、前記液体を液滴として射出してから前記電界によって前記液滴に誘電力が働くまでの時間を変化させ、前記液体の力学物性を測定する。
【0020】
本発明の更に他の液体の力学物性の測定装置においては、さらに、前記電極は、前記飛翔経路に関して対称となる位置に配設された一対の針状又は棒状の部材である。
【0021】
本発明の更に他の液体の力学物性の測定装置においては、さらに、前記電極は、前記飛翔経路に関して対称となる位置に配設され、かつ、前記飛翔経路に沿って延在する一対の平行な部材である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、液体の力学物性を高い時間分解能で正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の第1の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
図2】本発明の第1の実施の形態における電極が発生させた電界によって変形する液滴の様子を説明する模式図である。
図3】本発明の第1の実施の形態における液滴の振動状態の時間変化を示す図である。
図4】本発明の第1の実施の形態における液滴の表面張力の時間変化を示す図である。
図5】本発明の第2の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
図6】本発明の第3の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
図7】本発明の第4の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
図8】本発明の第5の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0025】
図1は本発明の第1の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
【0026】
図において、10は、本実施の形態における液体の力学物性の測定装置であり、大気中又は真空中に初速度を持って射出された測定対象としての液滴21に対し、射出後に当該液滴21を構成する液体の力学物性を測定する装置であり、より具体的には、液滴21を非接触で球形から変形させ、液滴21の変形後の変形状態の時間変化に基づいて液滴21を構成する液体の力学物性を測定する装置である。なお、図に示される例において、液体の力学物性の測定装置10は、液滴21を生成して飛翔させる液滴生成装置、及び、液滴21の変形後の変形状態の時間変化を観察する液滴観察装置も含んでいる。
【0027】
そして、11は、液滴生成装置の一部である液滴生成ユニットとしてのヘッド部であり、内部に液体を収容する収容空間を備え、前記液体の微小な滴(しずく)である液滴21をヘッド部11の外側の空間である大気中又は真空中に射出する。また、前記ヘッド部11は、先端(図における右端)に形成された微小な開口としてのノズル11aを備え、前記収容空間の内部は前記ノズル11aを通して外側の空間と連通している。
【0028】
なお、前記ヘッド部11は、瞬間的な圧力上昇によって液滴21を任意の時間に射出する、いわゆるオンデマンド型インクジェット方式のインクジェット技術を用いるものであり、例えば、インクジェット方式のプリンタ等で使用されるインク滴を生成する装置と同様の原理で動作を行うものであって、前記収容空間の壁に配設されたピエゾ素子等の圧電素子を作動させて前記壁を変形させて前記収容空間内の液体に圧力を付与し、該圧力によってノズル11aから液滴21を射出するものである(例えば、非特許文献1参照。)。
【非特許文献1】シリーズ「デジタルプリンタ技術」インクジェット、第1版、日本画像学会編、東京電機大学出版局、2008年9月10日発行、第2〜9頁。
【0029】
前記液体は、いかなる種類の材料から成るものであってもよく、例えば、導電性を備えるものであってもよいし、導電性を備えないものであってもよい。典型的には、界面活性剤の溶液であるが、水、油等であってもよいし、一般的なインクジェットプリンタに使用されるインクであってもよいし、ゲル状のインクであってもよいし、水溶液、有機溶媒、シリコーンオイル等であってもよい。
【0030】
また、12は、ヘッド部11の動作を制御してノズル11aから液滴21を射出させるための射出制御装置であり、駆動信号として、例えば、パルス状の電圧信号を発生する励振電圧回路を備え、前記駆動信号をヘッド部11が備える圧電素子に付与して該圧電素子を作動させる。これにより、ノズル11aから射出された液滴21は、直線状の点線で示される飛翔経路22に沿って、矢印23で示される方向に飛翔する。なお、前記液滴21の飛翔速度は、例えば、1〜10〔m/s〕程度である。
【0031】
そして、15は、液滴21を球形から変形させるための電界を発生させる電極としての先鋭電極であり、液滴21の飛翔経路22の近傍に配設され、電圧が印加されることによって液滴21の飛翔経路22の周辺空間に電界を生じせしめる。該電界によって液滴21に働く誘電力により、液滴21の形状が非接触で球形から変形される。図に示される例においては、一対の先鋭電極15が飛翔経路22の両側に配設され、各先鋭電極15は、先端が尖(とが)った棒状若しくは針状、又は、先端が尖ったテーパのついた細長い板状(ナイフエッジ状)の形状を備える微小部材であり、それぞれの先端が直線状の飛翔経路22の近傍に位置するとともに、該飛翔経路22を挟んで互いに対向するように、かつ、飛翔経路22から先端までの距離が互いに等しくなるように配設される。また、先鋭電極15は、矢印24で示される方向に移動可能に配設されており、これにより、ノズル11aから飛翔経路22上の先鋭電極15に対応する位置までの距離を調節することが可能となる。
【0032】
なお、図に示される例においては、ノズル11aが横を向くようにヘッド部11が配設され、液滴21の飛翔経路22が水平方向に延在するようになっているが、ヘッド部11の姿勢及び飛翔経路22の延在方向は、これに限定されるものではない。例えば、ノズル11aが上又は下を向くようにヘッド部11が配設され、液滴21の飛翔経路22が垂直方向に延在していてもよいし、ノズル11aが斜め上又は下を向くようにヘッド部11が配設され、液滴21の飛翔経路22が傾斜方向に延在していてもよい。
【0033】
また、14は、一対の先鋭電極15の間に電圧を印加するための電圧印加装置であり、例えば、数百〜数千〔V〕程度の正又は負の電圧信号を発生する電圧回路を備え、前記電圧信号を先鋭電極15に付与して該先鋭電極15の間に所望のタイミングで電圧を印加する。なお、選択的に液滴21の形状を変形させるためには、先鋭電極15に電圧を印加するタイミングと液滴21が生成されるタイミングとが調整される必要があるので、電圧印加装置14及び射出制御装置12は、タイミング制御装置13を介して、相互に接続されている。
【0034】
さらに、16は、液滴観察装置の一部である観察対象撮影装置であって、具体的には、デジタルハイスピードカメラ等の高速度カメラである。前記観察対象撮影装置16は、先鋭電極15が発生させた電界による液滴21の変形後の変形状態の時間変化を観察するためのものであるので、飛翔経路22上の先鋭電極15に対応する位置及び該位置以降の範囲が撮影範囲に含まれるように配設される。また、前記観察対象撮影装置16は、図示されないパーソナルコンピュータ等のデータ処理装置と通信可能に接続され、撮影した画像等のデータを前記データ処理装置が備える半導体メモリ、ハードディスク等の記憶手段に記憶することができるようになっていることが望ましい。
【0035】
次に、前記構成の液体の力学物性の測定装置10の動作について説明する。
【0036】
図2は本発明の第1の実施の形態における電極が発生させた電界によって変形する液滴の様子を説明する模式図である。
【0037】
図に示されるように、液滴21の飛翔経路22の近傍において、該飛翔経路22に関して対称に配設された2本の針状の先鋭電極15の間には電圧が印加されており、このため、飛翔経路22の近傍には、電気力線25で示されるような、電界が生じている。
【0038】
前記先鋭電極15の間に印加される電圧は、継続して印加される一定電圧であってもよいし、液滴21が近接したある一定時間だけパルス状に印加されるものであってもよい。
【0039】
ノズル11aから射出されて飛翔し、先鋭電極15の近傍に接近した液滴21は、先鋭電極15が生成する電界によって誘電力を受ける。一様な電界を仮定すると、この誘電力は、ε0 を真空の誘電率とし、εr を液滴21を構成する液体の誘電率とすると、次の式(1)で表わされる。
【0040】
【数1】
【0041】
ここで、φは電界の方向から取った仰角である。
【0042】
この誘電力によって、液滴21は2本の先鋭電極15に引っ張られる方向に力を受け、これにより、長軸を2本の先鋭電極15方向に向けた回転楕(だ)円体となる形状に変形する。
【0043】
さらに、飛翔によって先鋭電極15近傍から離れた液滴21には誘電力が働かなくなり、このため、液滴21は、表面エネルギーを最小にする球の形状に向けて、表面張力を復元力として復元しようとする。液滴21自身の質量に伴う慣性、及び、液滴21を構成する液体の粘性のため、液滴21は、次の式(2)で表わされる減衰振動を示す。
【0044】
【数2】
【0045】
ここで、R(t)は回転楕円体である液滴21の回転対称軸方向の半径であり、ωは振動の角振動数であり、Γは減衰振動の減衰定数である。
【0046】
そして、角振動数ω、及び、減衰定数Γは、液滴21を構成する液体の表面張力をσとし、粘性をηとし、密度をρとすると、次の式(3)及び(4)で与えられる。
【0047】
【数3】
【0048】
観察対象撮影装置16は、液滴21が振動しながら飛翔する様子を撮影して記録し、さらに、そのデータをデータ処理装置に転送する。該データ処理装置は、観察対象撮影装置16から受信したデータを演算処理することによって、液滴21の振動の角振動数ω、及び、減衰定数Γを算出する。
【0049】
ここで、液滴21の振動を観察するために使用する観察対象撮影装置16は、前述のような高速度カメラであってもよいし、ストロボ観察により複数の液滴21を観察することによって、さながら、連続的に液滴21が振動する様子を捉(とら)えるストロボ観察法を用いた装置であってもよいし、また、レーザーの照射によって液滴21の振動に伴って変化する散乱パターンの変化から液滴21の振動を観察するレーザー散乱法を用いた装置であってもよい。
【0050】
このようにして得られた液滴21の振動の角振動数ω、及び、減衰定数Γから、前記式(3)及び(4)を介して、液体の力学物性である表面張力σ及び粘性ηを決定することができる。
【0051】
ところで、以上で説明したように、本実施の形態における液体の力学物性の測定方法では、液滴21の変形運動が、少なくとも一周期以上の振動が持続する減衰振動である必要がある。
【0052】
このような減衰振動であるための条件は、減衰時間2π/Γの間に、振動の周期2π/ωが、少なくとも一つ以上含まれること、すなわち、ω>Γである。
【0053】
そこで、この条件ω>Γに前記式(3)及び(4)を代入すると、次の式(5)で表される関係を満たす半径Rの液滴21を観察の対象とすればよいことが分かる。
σρR/η2 >1 ・・・式(5)
なお、該式(5)は、減衰するまでに、少なくとも複数回振動するための条件である。そして、実用濃度の界面活性剤水溶液であれば、ほとんどのものは、この条件を満たすと考えられる。
【0054】
次に、表面張力σの決定に要する計測時間、すなわち、本実施の形態における液体の力学物性の測定方法の時間分解能について説明する。
【0055】
ここで、角周波数を決定するために要する振動の計測時間については、誘起された液滴21の振動が減衰するまで継続して観察する必要はない。前記計測時間は、例えば、液滴21の回転対称軸方向の長さが極大値を取ってから、再び極大値を取るまでの時間Tであれば十分であり、さらに、極大値から極小値を取るまでの時間T/2であってもよい。
【0056】
そして、振動の角振動数ωは、前記時間Tからω=2π/Tで与えられる。
【0057】
これにより、例えば、前記計測時間を時間Tとしたとき、表面張力の値を計測するのに必要な時間は、次の式(6)で与えられ、これが表面張力計測の時間分解能となる。
【0058】
【数4】
【0059】
該式(6)から、例えば、典型的な界面活性剤水溶液の物性として、σ=0.05〔N/m〕であり、密度が1000〔kg/m3 〕であり、液滴21の半径がR=10〔μm〕であるとすると、T=10〔μs〕となる。このことから、本実施の形態における液体の力学物性の測定方法は、従来の表面張力測定方法と比較して、高い時間分解能を有することが分かる。
【0060】
ここで、液滴21の表面は、液滴21が射出された時刻に生成されている。また、前述した振動に至るまでに、ノズル11aから振動する場所まで液滴21が飛翔する時間だけ、生成後の時間を経ている。
【0061】
したがって、本実施の形態における液体の力学物性の測定方法によって観察されて測定される表面張力及び粘性は、液体表面の形成後、振動する場所までの飛翔に要する時間を経た表面の表面張力、及び、その直下の液体の粘性である。
【0062】
よって、先鋭電極15の位置を、図1において矢印24で示されるように、飛翔経路22の方向に移動させれば、液体表面の生成から振動までに経過する時間を任意に変化させることができる。このように、先鋭電極15の位置を変化させながら表面張力及び粘性を測定することによって、液体表面の生成後の表面張力の変化を測定することができる。
【0063】
次に、本発明の発明者が行った実験結果について説明する。
【0064】
図3は本発明の第1の実施の形態における液滴の振動状態の時間変化を示す図、図4は本発明の第1の実施の形態における液滴の表面張力の時間変化を示す図である。
【0065】
本発明の発明者は、先端部が絞られたガラス製の毛細管を用いて液体の力学物性の測定装置10のヘッド部11を作成し、該ヘッド部11の側壁外側に圧電素子を配設し、該圧電素子を作動させることによってヘッド部11の内部に収容された液体に圧力を付与し、該圧力によってノズル11aから液滴21を射出させて実験を行った。
【0066】
この実験では、液体として界面活性剤水溶液(デシルグルコシド(Decyl Glucoside )[商品名:花王マイドール10]の1〔wt%〕水溶液、及び、ラウレス硫酸ナトリウム(Sodium Laureth Sulphate )の1〔wt%〕水溶液)を使用した。
【0067】
図3には、前記界面活性剤水溶液(デシルグルコシドの水溶液)の液滴21について、先鋭電極15の位置を変化させて異なる時刻に振動を誘起し、その後の液滴21の振動状態を観察した結果が、グラフとして示されている。なお、図3において、下側のグラフ(+でプロットされたグラフ)における振動の開始時刻は、液滴21の射出後50〔μs〕である。また、図3において、上側のグラフ(×でプロットされたグラフ)における振動の開始時刻は、液滴21の射出後200〔μs〕である。
【0068】
図3より、開始時刻が遅い振動においては、より振動周期が長く振動の角周波数が小さいことが分かる。また、このことから、開始時刻が遅い振動においては、表面張力が時間の経過とともに小さくなっていることも分かる。
【0069】
図4には、前記界面活性剤水溶液(デシルグルコシドの水溶液及びラウレス硫酸ナトリウムの水溶液)の液滴21について、振動の開始時刻を様々に変化させて表面張力の値を測定した結果が、グラフとして示されている。なお、図4において、□でプロットされたグラフはデシルグルコシドの水溶液の液滴21の場合を示し、○でプロットされたグラフはラウレス硫酸ナトリウムの水溶液の液滴21の場合を示している。
【0070】
図4より、表面形成後の時間の経過とともに表面張力が徐々に低下していることが分かる。
【0071】
このように、本実施の形態における液体の力学物性の測定方法では、100〔μs〕より短い時間分解能で、表面張力の時間変化を計測することができる。
【0072】
なお、本実施の形態における液体の力学物性の測定方法によって、さらに、液体の他の力学物性、すなわち、表面張力及び粘性以外の力学物性を測定することも可能である。
【0073】
例えば、液体が飛翔中にゲル化して弾性率を有するようになると、弾性率は、液滴21の変形に対して復元力として働くため、液滴21の変形の振動数を増加させる。表面張力の変化は、一般に振動数を時間とともに減少させる方向に働くため、振動数が増加した場合には、その原因がゲル化によるものであることを推測することができる。
【0074】
また、ゲル化に伴い表面張力が変化しないことが既知である場合には、振動数変化から弾性率を定量的に決定することも可能である。
【0075】
さらに、例えば、液滴21の表面に吸着分子膜が存在する場合、液体表面には表面粘性及び表面弾性が現れる。これは、液体表面が備える2次元の固さ、及び、2次元の粘さである。
【0076】
これらの物理量は、液滴21の振動数及び減衰定数をわずかながら変化させるため、例えば、粘性が既知の液体を対象物質として計測を行う場合、表面粘性又は表面弾性の変化を液滴21の振動数及び減衰定数の変化から推定することも可能である。
【0077】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。なお、第1の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0078】
図5は本発明の第2の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
【0079】
図に示されるように、本実施の形態における液体の力学物性の測定装置10は、複数対(図に示される例では、3対)の先鋭電極15を有する。そして、各対の先鋭電極15は、液滴21の飛翔経路22に沿って並ぶように配設されている。これにより、前記第1の実施の形態のように、先鋭電極15を飛翔経路22の方向に動かすことなく、液体の力学物性の時間変化を測定することが可能となる。
【0080】
なお、図5においては、観察対象撮影装置16の図示が省略されている。また、その他の点の構成及び動作については、前記第1の実施の形態と同様であるので、その説明を省略する。
【0081】
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。なお、第1及び第2の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1及び第2の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0082】
図6は本発明の第3の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
【0083】
図に示されるように、本実施の形態における液体の力学物性の測定装置10は、液滴21を球形から変形させるための電界を発生させる電極として一対の平行電極15aを有する。各平行電極15aは、例えば、平板状部材から成り、それぞれの平面が飛翔経路22の延在する方向(図における左右方向)及び飛翔経路22に直交する方向(図面に鉛直な方向)に延在し、飛翔経路22の近傍に位置するとともに、該飛翔経路22を挟んで互いに対向するように、互いに平行となるように、かつ、飛翔経路22から先端までの距離が互いに等しくなるように配設される。つまり、前記平行電極15aは、飛翔経路22の所定の長さ範囲に亘(わた)って飛翔経路22に沿って配設されている。
【0084】
そして、液滴21の変形は、ヘッド部11のノズル11aから液滴21が射出されて以降の任意の時間において、平行電極15aにパルス状の電圧を印加することによって実現される。
【0085】
したがって、本実施の形態においては、印加する電圧の形状とタイミングとをタイミング制御装置13によって制御するだけで、液滴21の変形を誘起する時刻を変化させることができ、これにより、液体の力学物性の時間変化を測定することができる。
【0086】
なお、前記平行電極15aは、必ずしも平板状部材から成るものである必要はなく、飛翔経路22の所定の長さ範囲に亘って飛翔経路22に沿って延在するものであればよく、例えば、飛翔経路22の延在する方向(図における左右方向)に関する寸法が長く、飛翔経路22に直交する方向(図面に鉛直な方向)に関する寸法が短い部材、すなわち、厚さの薄い板状乃至棒状の部材であってもよい。
【0087】
また、一対の平行電極15aのいずれか一方を前記先鋭電極15で置き換えることも可能である。
【0088】
なお、図6においては、観察対象撮影装置16の図示が省略されている。また、その他の点の構成及び動作については、前記第1及び第2の実施の形態と同様であるので、その説明を省略する。
【0089】
次に、本発明の第4の実施の形態について説明する。なお、第1〜第3の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1〜第3の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0090】
図7は本発明の第4の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
【0091】
図に示されるように、本実施の形態においては、ヘッド部11のノズル11aから液滴21が連続的に射出される。この場合、前記ヘッド部11は、連続して噴出される柱状の液柱を分裂させて微小液滴を生成する、いわゆる連続型インクジェット方式のインクジェット技術を用いるものであり、例えば、ポンプの力を利用してノズル11aから柱状の液柱に振動を付与して分裂させ、液滴21を連続的に生成する(例えば、非特許文献1参照。)。
【0092】
本発明の発明者は、先端部が絞られたガラス製の毛細管を用いて液体の力学物性の測定装置10のヘッド部11を作成し、該ヘッド部11の側壁外側に圧電素子を配設し、該圧電素子を振動させた。これにより、ヘッド部11に外側から圧力波が与えられ、該圧力波はヘッド部11の壁に沿って伝搬し、図示されないポンプによって印加された定圧力に重畳され、その結果、ヘッド部11のノズル11aからは直径が周期的に変化する液柱が射出される。該液柱は周期的な直径の変動の成長に伴って分裂し、液滴21を連続的に生成する。
【0093】
本実施の形態においては、一対の先鋭電極15に一定の電圧が連続して印加されており、液滴21の変形は、該液滴21が前記先鋭電極15の近傍を飛翔して通過した時刻において誘起される。このため、ある瞬間を取り出すと、図に示されるように、前記先鋭電極15の直下から飛翔経路22の方向に連続する液滴21の形状をたどることができ、これにより、前記先鋭電極15を通過してから以降の液滴21の振動状態を把握することができる。
【0094】
したがって、本実施の形態においては、図示されないストロボ装置を配設し、任意の瞬間、例えば、ある液滴21が先鋭電極15の場所を通過する瞬間に、前記ストロボ装置を発光させ、観察対象撮影装置16によって静止画を撮影することにより、図に示されるように、先鋭電極15の直下から飛翔経路22の方向に連続する液滴21の形状を含む静止画像を取得することができ、該静止画像中で、前記液滴21の振動状態を観察して、液体の力学物性を測定することが可能となる。
【0095】
なお、本実施の形態においては、ヘッド部11が連続型インクジェット方式のインクジェット技術を用いるものである場合について説明したが、前記ヘッド部11は、液滴21を連続的に射出可能なものであれば、前記第1の実施の形態と同様に、オンデマンド型インクジェット方式のインクジェット技術を用いるものであってもよい。また、その他の点の構成及び動作については、前記第1〜第3の実施の形態と同様であるので、その説明を省略する。
【0096】
このように、本実施の形態においては、高価な高速度カメラや、大掛かりなストロボ法による連続撮影装置を用いることなく、液滴21の振動状態を観察して、液体の力学物性を測定することができる。
【0097】
次に、本発明の第5の実施の形態について説明する。なお、第1〜第4の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1〜第4の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0098】
図8は本発明の第5の実施の形態における液体の力学物性の測定装置の構成を示す図である。
【0099】
図に示されるように、本実施の形態における液体の力学物性の測定装置10は、前記第3の実施の形態と同様に、液滴21を球形から変形させるための電界を発生させる電極として一対の平行電極15aを有する。また、前記第4の実施の形態と同様に、ヘッド部11のノズル11aから液滴21が連続的に射出される。
【0100】
そして、本実施の形態においては、一対の平行電極15aにパルス状の電圧が印加される。そのため、平行電極15aに対応する飛翔経路22の所定の長さ範囲に存在する液滴21のすべてに対して、同時刻に電圧が印加される。これにより、前記液滴21のすべてに、同時に変形が誘起される。他の観点からすると、前記液滴21のそれぞれについては、生成されてからの経過時間が異なるタイミングで、変形が誘起されることになる。
【0101】
このため、電圧パルスの印加による変形誘起後の液滴21の振動形状の時間変化を、すべての連続する液滴21に亘って観察して測定することによって、液体表面の生成以降の表面張力又は粘性の時間依存性を、一度に観察して測定することができる。
【0102】
なお、図8においては、観察対象撮影装置16の図示が省略されている。また、その他の点の構成及び動作については、前記第3及び第4の実施の形態と同様であるので、その説明を省略する。
【0103】
このように、本実施の形態においては、飛翔経路22の所定の長さ範囲に存在する複数の液滴21の振動形状の時間変化を同時に観察して測定することができ、液体表面の生成以降の表面張力又は粘性の時間依存性を、一度に観察して測定することができる。
【0104】
なお、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々変形させることが可能であり、それらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、液体の力学物性の測定方法及び測定装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0106】
10 液体の力学物性の測定装置
11a ノズル
14 電圧印加装置
15 先鋭電極
15a 平行電極
21 液滴
22 飛翔経路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8