(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5907517
(24)【登録日】2016年4月1日
(45)【発行日】2016年4月26日
(54)【発明の名称】光触媒高機能化技術
(51)【国際特許分類】
B01J 35/02 20060101AFI20160412BHJP
B01J 23/30 20060101ALI20160412BHJP
B01J 37/34 20060101ALI20160412BHJP
【FI】
B01J35/02 J
B01J23/30 M
B01J37/34
【請求項の数】2
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-93412(P2015-93412)
(22)【出願日】2015年4月30日
(62)【分割の表示】特願2011-135250(P2011-135250)の分割
【原出願日】2011年6月17日
(65)【公開番号】特開2015-157287(P2015-157287A)
(43)【公開日】2015年9月3日
【審査請求日】2015年5月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】中島 智彦
(72)【発明者】
【氏名】土屋 哲男
【審査官】
山口 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−075073(JP,A)
【文献】
特表2011−512254(JP,A)
【文献】
特開2004−074609(JP,A)
【文献】
特開平11−019520(JP,A)
【文献】
特開2005−272189(JP,A)
【文献】
特開2009−046317(JP,A)
【文献】
特開2003−080066(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/047177(WO,A1)
【文献】
Y. F. JOYA et al.,Effect of the excimer laser irradiation on sol-gel derived tungsten-titanium dioxide thin films,Appl. Phys. A,2011年,102,91-97.,Published online: 15 December 2010.
【文献】
O. ALM et al.,Tungsten oxide nanoparticles synthesised by laser assisted homogeneous gas-phase nucleation,Applied Surface Science,2005年,247,262-267.
【文献】
細野秀雄ら,アモルファスITO,WO3のエキシマーレーザー結晶化とその応用,日本セラミックス協会1999年年会講演予稿集,1999年 3月25日,60ページ、講演番号1C14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J21/00−38/74
C09K11/00−11/89
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
紫外線パルスレーザー照射により基材上の前駆体を処理して光機能無機材料とする工程で、対象材料が溶融しないようにレーザー照射フルエンスを30〜100mJ/cm2の範囲で制御する光機能無機材料の表面改質方法であって、基材上の光機能無機材料の前駆体が、対象材料のナノ粒子を分散させた溶液を塗布して形成された薄膜であることを特徴とする光機能無機材料の表面改質方法。
【請求項2】
光機能無機材料が酸化タングステンWO3である請求項1に記載した光機能無機材料の表面改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒無機材料等の光機能無機材料を高機能化する技術に関する。より具体的には、基材に固定化された酸化物あるいは酸窒化物、窒化物、亜硫酸化物、硫化物などの光触媒材料または化学溶液法で作製された光触媒材料の前駆体へ紫外線パルスレーザーを照射することによる高い光触媒特性無機材料の形成に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境浄化や水からの水素製造など環境問題解決に資する材料開発が盛んに行われ、中でも光触媒材料を用いた研究が非常に盛んである。光触媒を用いれば太陽光あるいはUVランプ光源などを利用した紫外線照射によって大気中あるいは水環境中の汚染物質の除去が可能であり、出来る限り環境負荷を減らして環境浄化を行うことが出来るうえ、水分解による水素製造などクリーンエネルギー創出にも大きな役割を果たす。
【0003】
高特性を持つ光触媒材料等の光の照射を受け各種の機能を果たす光応答材料は社会的に極めて大きなインパクトを与えるため、これまで多くの開発が行われている(特許文献1、2参照)。紫外線励起によって大きな効果を発揮するアナターゼ型TiO
2を主とする酸化物材料において多くの研究が行われ、これまでに可視光利用への対応やナノテクノロジーを利用した材料の高特性化など多分野にまたがっての精力的な開発が行われてきた(特許文献3、非特許文献1参照)。
【0004】
実際の光触媒材料等の光応答材料は、薄膜の形態で利用する場合が多く、薄膜化は通常粉砕した小粒径光触媒を基材に塗布して固定化する場合が多い。粒子の粉砕にはボールミルやビーズミルなどメカニカルな粉砕手法が容易に利用しやすい。塗布粒子は水熱反応法などによってナノ粒子を合成して利用することも出来る。塗布された粒子はセラミック基板であれば熱アニール手法が一般的で、プラスチック基板であればレーザーニールを用いる手法が開発されている(特許文献4、5)。これらのプロセスによって光触媒粒子は基材に固定化されて実際の光触媒材料として応用されるが、いくつかの問題点があることが本発明者らによって知見された。すなわち、(1)メカニカル手法によって粉砕された粒子はメカノケミカル的反応や表面のガラス化によって光触媒粒子としての機能が著しく損なわれる場合がある。(2)レーザーニール手法による触媒粒子固定化は光照射条件の最適化を行わなければ光触媒機能を十分に向上させることが出来ない。すなわち弱すぎるレーザーフルエンス(例えば特許文献4に示されるような30mJ/cm
2より弱いフルエンス)では十分な結晶成長が望めないし、強すぎるレーザーフルエンス(例えば特許文献5に示されるような100mJ/cm
2より強いフルエンス)ではレーザーアブレーションの効果などによって材料の幾何学的構造を損なったり、アニオンの欠損などの恐れもある。後者の問題に関しては言い換えれば光照射条件の最適化によって触媒機能を高めることが出来る。
【0005】
これまでにある種の金属酸化物膜を作製する方法として、金属有機酸塩ないし有機金属化合物を可溶性溶媒に溶かし、あるいは液体のものはそのまま、該溶液を基板上に分散塗布した後、大気圧下でエキシマレーザーを照射することを特徴とし、オンデマンド性の高い製膜手法であるエキシマレーザーによる金属酸化物および金属酸化物薄膜の製造方法(光MOD法)が知られている(特許文献6)。ここでは、金属有機化合物を溶媒に溶解させて溶液状とし、これを基板に塗布した後に、乾燥させ、波長400nm以下の紫外線レーザー光、例えば、ArF、KrF、XeCl、XeF、F
2から選ばれるエキシマレーザーを用いて照射することにより基板上に金属酸化物を形成することを特徴とする金属酸化物の製造方法が記載され、波長400nm以下のレーザー光の照射を、複数段階で行い、最初の段階の照射は金属有機化合物を完全に分解させるに至らない程度の弱い照射で行い、次に酸化物にまで変化させることができる強い照射を行うことも記載されている。また、金属有機化合物が異なる金属からなる2種以上の化合物であり、得られる金属酸化物が異なる金属からなる複合金属酸化物となるものを作製可能であることも知られている。
【0006】
一例を挙げればペロブスカイト型酸化物については、La、MnおよびCa、SrもしくはBaの各酸化物の原料成分を含む前駆体塗布液を被塗布物の表面に塗布して成膜した後、被塗布物表面に形成された薄膜を結晶化させて、組成式(La
1-xM
x)MnO
3-δ(M:Ca,Sr、Ba、0.09≦x≦0.50)で表わされる複合酸化物膜(超電導を示さない)を形成する複合酸化物膜の製造方法において、前記前駆体塗布液を被塗布物の表面に塗布して成膜した後、被塗布物表面に形成された薄膜に対し波長が360nm以下である光を照射して薄膜を結晶化させることを特徴とする複合酸化物膜の製造方法が知られている(特許文献7)。ここでは、被塗布物の表面に形成された薄膜に対して光を照射する光源が、ArFエキシマレーザー、KrFエキシマレーザー、XeClエキシマレーザー、XeFエキシマレーザー、YAGレーザーの3倍波光またはYAGレーザーの4倍波光が用いられ、被塗布物の表面に塗布される前駆体塗布液が、Laのアルカノールアミン配位化合物と、Mnのカルボン酸塩と、Mの金属またはアルコキシドとを、炭素数が1〜4である一級アルコール中で混合させ反応させて調整することが記載されている。最近では前駆体溶液にナノ粒子を混ぜ反応を促進させるナノ粒子光反応法を用いた手法も開発が進んでいる(特許文献8、9)。ポリシリコンを成膜する手法として一般的なレーザーアニール法では、100mJ/cm
2以上のフルエンスを用いたレーザー照射がよく用いられ、その結晶成長は主にレーザー照射時の溶融再結晶によって進行するが、本発明者らは、光MOD法、ナノ粒子光反応法いずれの場合も溶融再結晶が主な結晶成長の駆動要因ではなく、反応界面・粒子界面における光化学的反応(光加熱効果も含む)を積極的に利用する手法である。つまり材料の融解温度以上の温度に達しなくても効率的に結晶成長が進行することを知見した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−280829号公報
【特許文献2】特開2006−341250号公報
【特許文献3】特表2007−528294号公報
【特許文献4】特開2004−358378号公報
【特許文献5】特開2004−087846号公報
【特許文献6】特開2001−031417号公報
【特許文献7】特開2000−256862号公報
【特許文献8】特開2009−277640号公報
【特許文献9】PCT/JP2009/065050
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Small 3、2007、300
【非特許文献2】Chem.Mater. 20、2008、7344
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
基材上に固定化された光触媒材料もしくは、化学溶液法で作製された光触媒材料の前駆体に紫外線パルスレーザーを照射し、材料を溶融させずに表面形状を維持して結晶性を向上させることによって高い光触媒能を有する無機材料の形成方法を提供する。主として光触媒材料のナノ粒子を塗布して薄膜化し、表面に紫外線レーザー照射を行うことによって高機能化させる技術であるが、例えば、光触媒機能を有する無機材料のナノチューブ、ナノロッドなどのナノ構造を形成させた後に結晶性を向上させる後処理方法としても使用できる。また、化学溶液法で作製した前駆体膜からの光触媒材料の形成へも適用できる。これらはすなわち、形成した前駆体となる薄膜表面形状、あるいは構造体形状を大きく損なうことなく、光触媒材料表面近傍(深さ500nm以内)の範囲に対して結晶成長かつ結晶子成長の促進を可能にすることを意味する。基板の耐熱温度を考慮して基板温度と照射フルエンスの制御を行えば基板材料にプラスチックなどの有機基板を用いることもできる。従来のレーザー照射による方法では、これら目的を満たすためのレーザー照射条件の限定が困難であった。本手法による光触媒材料の高機能化は光電気化学電池など光応答によって駆動する種々の光応答材料に展開することも可能である。つまり光応答性を有する材料は主として材料表面近傍の電子授受・輸送現象であり、本手法によって表面の結晶成長・粒成長が進めば、励起光照射時の電子輸送に有利であるため、広義の光応答材料に対して有効であると考えることは自明である。光触媒材料は表面の防曇効果を発現することも良く知られており、本発明の表面改質は防曇材料にも適用可能である。以下、光応答材料の一つとして光触媒を例に挙げて本発明の説明を記すが、その適用材料範囲は光化学電池、フォトクロミック材料などの光応答材料を含む。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は紫外レーザー照射を用いて光触媒材料前駆体の幾何学的構造を保ったまま表面の結晶成長、結晶子成長を促進させる。特に作製する光触媒材料のナノ粒子を含むコーティング剤を塗布した後、紫外レーザー照射を行う手法を説明するが、この手法によって用いられるレーザー照射条件は、薄膜以外にも、例えば陽極酸化法で得られた光触媒ナノチューブなどにも適用可能で形成された構造体表面の結晶成長を促進する。紫外レーザー照射のエネルギーの決定にはレーザー照射時における表面からの温度分布を一次元熱拡散モデルに従って計算し、光触媒材料の融解温度以下の温度に抑えるように基板温度とレーザーフルエンスを調整する。(本手法において実現するナノ秒パルス加熱では極めて短時間(1マイクロ秒以下)の加熱となるため、材料の融解温度は必ずしも一般的な対象材料の融点と一致せず、実際の融解温度は一般的融点の値を上回ると考えられるが、参考値として一般的な固体融点温度を利用し、その値を下回るようにフルエンス設定することが望ましい。)計算方法は次の偏微分方程式を用いる。
【数1】
【0011】
次に代表的な光触媒材料の一つである酸化タングステンを例に最適なレーザーフルエンスの決定法について説明する。酸化タングステンナノ粒子をガラス基板上に塗布し塗布膜厚を120nmとした場合、基板温度を室温とすれば26nsのパルス幅を持つKrFレーザーを50mJ/cm
2のフルエンスで照射したとき前駆体膜表面は44ns後に最高温度に達し、おおよそ1000℃程度に昇温すると計算される(
図1)。この温度は酸化タングステンの融点、1473℃を大きく下回っているが、薄膜近傍では熱アニール処理では見られない著しい結晶子成長が確認され(
図1)、X線の回折強度も増大した(
図2)。これは所謂レーザーアニール処理で利用されるような溶融成長とは異なり、溶融を避けたフルエンス調整を行っている。そのため前述した前駆体の幾何学的構造を著しく損なうことなく結晶子増大を含む結晶性の向上を実現するものである。この利点は例えば光触媒材料のナノチューブ構造を形成した後、後処理方法として結晶性の向上を行うことが可能である。以上の最適なレーザーフルエンスの決定は材料と基材に関して上記の熱拡散方程式中の熱物性値と融解温度、材料厚によって制御されるべきものであるが、本発明においては照射レーザー波長に対して作製する材料の吸収が十分にある場合に(例えば50%以上の照射光が吸収されるように材料に合わせて照射レーザー波長を選択)、そのフルエンスを30〜100mJ/cm
2に限定する。融解温度が1500℃程度の場合にはフルエンスは30〜80mJ/cm
2に抑制することが好ましく、融解温度が1500℃を超え2500℃以下の材料に対しては50〜100mJ/cm
2の範囲でフルエンスを選択することができる。照射レーザー光を吸収すれば、上記の昇温が発生するため、材料表面にレーザー光が当たれば原理的に温度が上昇する。また、温度上昇は限定した30〜100mJ/cm
2の範囲内で表面から500nm程度の範囲における温度上昇を融解温度以下の範囲内に収める制御が可能であるため、例えば200nm以上径を持つ光触媒ナノチューブなどの構造体にもレーザー照射による表面改質プロセスは適用が可能である。
【0012】
以上のような本願発明の特徴をまとめると、次のとおりである。
(I)紫外線パルスレーザー照射により基材上の前駆体を処理して光機能無機材料とする工程で、対象材料が溶融しないようにレーザー照射フルエンスを30〜100mJ/cm
2の範囲で制御する光機能無機材料の表面改質方法であって、基材上の光機能無機材料の前駆体が、対象材料のナノ粒子を分散させた溶液を塗布して形成された薄膜であることを特徴とする光機能無機材料の表面改質方法。
(II)光機能無機材料が酸化タングステンWO
3である(I)に記載した光機能無機材料の表面改質方法。
なお、本願発明の特徴は、次のように整理することもできる。
(1)紫外線パルスレーザー照射により基材上の光機能無機材料を処理する工程又は基材上の前駆体を処理して光機能無機材料とする工程で、レーザー照射時における表面からの温度分布を一次元熱拡散モデルに従って計算した結果に基づいて対象材料が溶融しないようにレーザー照射フルエンスを30〜100mJ/cm
2の範囲で制御することを特徴とする光機能無機材料の表面改質方法。
(2)基材上の光機能無機材料の前駆体が、有機金属塩又はアルコキシド塩の塗布熱分解法又はゾルゲル法のいずれかにより作製された、アモルファス化していてもよい薄膜であり、有機金属塩又はアルコキシド塩の有機化合物は、β−ジケトナト、炭素数6以上の長鎖のアルコキシド、ハロゲンを含んでもよい有機酸塩から選ばれる1種であることを特徴とする(1)に記載した光機能無機材料の表面改質方法。
(3)基材上の光機能無機材料の前駆体が、対象材料のナノ粒子を分散させた溶液を塗布して形成された薄膜であることを特徴とする(1)に記載した光機能無機材料の表面改質方法。
(4)光機能無機材料が酸化タングステンWO
3である(1)から(3)のいずれか1項に記載した光機能無機材料の表面改質方法。
(5)(1)から(4)のいずれか1項に記載の方法によって材料表面幾何学的構造を維持したまま、結晶子サイズを増大させて光機能が向上した光機能材であって、基材と基材上の光機能無機材料膜とを含み、該光機能無機材料膜は、レーザー照射部において表面部の結晶子サイズが内部に比して大きくなる傾斜的な結晶子サイズ分布を持つことを特徴とした光機能材。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、固定化された光触媒材料等の光機能無機材料に対して紫外線パルスレーザーを照射し光触媒能等の光機能を向上させることを可能にする発明である。本発明によれば、材料溶融を避けた照射レーザーのフルエンス制御を行い、材料表面の幾何学構造を大きく変化させることなく材料表面近傍の結晶成長を促進し結晶子サイズを増大させる。表面近傍の結晶子サイズの増大は光励起による電子の輸送を促進し、光触媒能を高めることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】KrFレーザー照射時の酸化タングステン薄膜の温度シミュレーション結果と断面TEM観察による結晶性・結晶子サイズの評価を示す図面
【
図2】ガラス基板上に塗布した酸化タングステンナノ粒子を熱処理・レーザー照射処理した後測定したX線回折図
【
図3】ガラス基板上に塗布した酸化タングステンナノ粒子を熱処理・レーザー照射処理した後測定した断面TEM観察像
【
図4】ガラス基板上に塗布した酸化タングステンナノ粒子を熱処理・レーザー照射処理した後測定した可視光照射下におけるメチレンブルー分解測定を示す図面
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明を実施するための1つの好ましい形態は、基材上にコーティングされた光機能無機材料薄膜又は光機能無機材料の前駆体薄膜にパルス紫外レーザー光を照射することを特徴として表面結晶成長を行うものである。
光機能無機材料としては、光触媒無機材料、フォトクロミック無機材料等のように、照射される光に応答して所定の機能を果たす光応答性無機材料が挙げられるが、エレクトロクロミック無機材料のように、電気的な操作等によって所定の光機能を果たすものであっても良い。
光機能無機材料は、金属の酸化物、酸窒化物、窒化物、亜硫酸化物、硫化物の一種で、前述のような光機能を発揮するものであれば良い。該金属としては、例えば、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Tc、Re、Fe、Co、Ni、Ru、Rh等が挙げられる。特に酸化物が好適に使用でき、そのうちタングステン酸化物WO
3を好適に用いることができる。
光機能無機材料の前駆体薄膜は、パルス紫外レーザー光の照射により光機能無機材料となるものであり、基材に有機金属溶液やゾルゲル溶液を塗布した後に乾燥、仮焼を経たアモルファス膜やあらかじめ作製された光触媒ナノ粒子を溶液化して基材に塗布したものでも良い。また、陽極酸化法などを用いて作製した光触媒ナノチューブなどの構造体であっても良い。
本発明で用いる紫外光としては、パルスレーザー光であるエキシマレーザーを挙げることができる。エキシマレーザーとしては、波長400nm以下のArF、KrF、XeCl、XeF、F
2等から選ぶことができる。紫外光照射は、目的に応じて、所定の工程途中や各工程の前後を選ぶことが出来る。
【0016】
紫外レーザー照射条件は前述したパルス光照射時における熱拡散をシミュレートして決定することが望ましく、対象材料の融解温度以下の温度になるようにフルエンスを設定する。本発明においてはレーザーフルエンスを30〜100mJ/cm
2と限定する。照射レーザー波長に対して作製する材料の吸収が例えば50%以上の吸収を持つ場合には、対象材料の融解温度が1500℃程度の場合にはフルエンスは30〜80mJ/cm
2に抑制することが好ましく、融解温度が1500℃を超え2500℃以下の材料に対しては50〜100mJ/cm
2の範囲でフルエンスを選択することが望ましい。100mJ/cm
2を超えるフルエンスは特に低融点材料の場合、強いレーザーアブレーションを引き起こし表面形状を損なう恐れがある。また、30mJ/cm
2以下のフルエンスの場合、多くの場合、十分な結晶子サイズの増大に寄与しない場合が多く、本発明の目的に対しては好ましくない。
【0017】
例えば、基材上に前駆体薄膜を形成する手段としては、塗布熱分解法等、ゾルゲル法などの化学溶液法が金属有機化合物の光反応が結晶成長を促進させること、製膜雰囲気の制限が少なく大面積化が容易なこと等から、化学溶液法が望ましい。化学溶液法は、スピンコート法、ディップ法、スプレー法、インクジェット法を含む化学溶液法を基にした前駆溶液塗布手法を用いるものであり、上記組成を生成する金属有機化合物の溶液をスピンコート、スプレー等の塗布法やインクジェット法等により基板上に塗布、乾燥後、金属有機化合物中の有機成分を分解して非晶質薄膜を形成する。金属有機化合物としては、好ましくは、有機金属塩やアルコキシド塩が挙げられ、その有機化合物としては、β−ジケトナト、炭素数6以上の長鎖のアルコキシド、ハロゲンを含んでもよい有機酸塩が挙げられる。そのような有機酸としては、2−エチルヘキサン酸、ナフテン酸、カプリル酸、ステアリン酸等が挙げられる。金属有機化合物中の有機成分の分解は、例えば、300〜600℃の温度に加熱保持することによる仮焼成、紫外ランプによる紫外光照射等により行うことができる。また、前駆体溶液は対象材料自身のナノ粒子を含んでいた方が好ましい。もしくは対象材料の結晶成長を促進する、すなわち結晶格子ミスマッチの小さな類似結晶構造を持つ材料のナノ粒子を導入することも有効である。コーティングによって形成した前駆体膜(あるいは構造体)に紫外線レーザーを照射すれば照射レーザー強度にも依存するが、500nm以下の深さに対して結晶子サイズの増大が期待できる。コーティング厚を増大させる必要がある場合には塗布と光照射を繰り返し行うことによって膜厚を増大させることが望ましい。また、レーザー照射後には照射表面から結晶子サイズが増大し深部はそれに比して結晶子サイズが小さくなることが本手法を用いた場合の材料の特徴となる。例えば、膜厚を増大させるために複数回コーティングと照射を繰り返した場合においても結晶子サイズは最深部が最も小さくなることが特徴となる。
本発明の表面改質方法により得られた光機能無機材料膜を含む光機能材は、各種の用途に用いることが可能である。光機能無機材料が光触媒である場合、空気浄化機能、浄水機能、抗菌機能、防汚機能、脱臭機能等を奏するので、各種の環境改善装置として使用できることは勿論、光触媒の親水性化機能を利用した防曇性を有する各種透明材や、光触媒機能を利用した光化学電池等にも使用できる。また、光機能無機材料がフォトクロミック材料やエレクトロクロミック材料である場合、各種の調光装置として使用することができる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の具体例を示し、さらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。本発明の実施例で使用した基板は、無アルカリガラス基板であり、原料溶液は、WO
3溶液を用いた。紫外光照射は、KrFエキシマレーザーを用いた。
【0019】
(実施例1)
WO
3粉末(粒径数ミクロン以上)を湿式ビーズミル粉砕し、ナノ粒子溶液(粒子形状10−30nm)とした後、ガラス基板上に塗布、乾燥後、室温でKrFエキシマレーザーを50mJ/cm
2のエネルギーで7500パルス照射することにより、結晶化が促進され、形成したWO
3薄膜表面近傍の結晶子サイズが前駆体として導入したナノ粒子径と比較して2倍以上に増大した。(
図3)一方、同WO
3ナノ粒子溶液を塗布した前駆体膜を500℃の炉中で焼成して得られたWO
3薄膜では粒界の固着はあっても粒子サイズを増大させるような成長には至っていない。(
図3)両者の光触媒能を太陽光強度に近い100kLuxの可視光(300Wキセノン光源の400nm以上の波長を利用)を励起光源として評価した。WO
3薄膜表面は硫酸銅水溶液中で処理しCuイオンで修飾した。評価にはメチレンブルー水溶液を用い、その分解速度を検討したところ、レーザー照射によって得られたWO
3膜において熱処理膜と比較して約2.8倍以上分解速度が向上した。(
図4)
【0020】
(実施例2)
市販WO
3粉末とイソプロパノールを混合した溶液(C1)を作製した。C1溶液をビーズミルで湿式粉砕して得られたWO
3ナノ粒子溶液(粒子サイズ10−30nm)を無アルカリガラス基板に3000rpm、10秒間でスピンコートし、100℃で10分間乾燥した。この工程を5回繰り返した後、室温、大気中で26nsのDurationを持つKrFパルスレーザーをフルエンス:50mJ/cm
2(50Hz)で150秒照射した。このようにして作製した膜についてレーザー照射部のみ結晶成長が確認された。得られたWO
3膜は薄膜表面の結晶子が原料粒子の2倍以上に粗大成長していることが明らかになった。作製したWO
3膜表面を硫酸銅水溶液で処理することによって表面をCuイオンで修飾した後、太陽光強度に近い100kLuxの可視光(300Wキセノン光源の400nm以上の波長を利用)を励起光源とし、メチレンブルー水溶液を用いて光触媒能を評価したところ熱処理膜(500℃)の約2.8倍の分解速度が得られた。
【0021】
(実施例3)
実施例2において、レーザーの照射時間を30秒にした場合、照射部のみ結晶成長が確認され、実施例2同様の後処理及び光触媒能を測定したところ熱処理膜(500℃)の約2.7倍の分解速度が得られた。
【0022】
(実施例4)
実施例2において、レーザーの照射時間を6秒にした場合、照射部のみ結晶成長が確認され、実施例2同様の後処理及び光触媒能を測定したところ熱処理膜(500℃)の約2.1倍の分解速度が得られた。
【0023】
(実施例5)
実施例4において、基板をPET(ポリエチレンテレフタラート)にした場合、照射部のみ結晶成長が確認された。
【0024】
(参考例1)
実施例2において、レーザーのフルエンス:20mJ/cm
2で照射した場合、照射部の有意な結晶成長は確認できなかった。
【0025】
(参考例2)
実施例2において、レーザーのフルエンス:110mJ/cm
2で照射した場合、照射部はレーザーアブレーションによって失われ、X線の回折強度は減少した。
【0026】
(参考例3)
実施例2において、レーザー照射工程の変わりに電気炉中で100℃で加熱処理を行ったところX線回折強度も増大せず処理前と変化は確認できなかった。
【0027】
(参考例4)
実施例2において、レーザー照射工程の変わりに電気炉中で500℃で加熱処理を行ったところX線強度は増大し、塗布前と比して結晶性は向上したものの結晶子サイズの著しい増大は観測されなかった。実施例2同様の後処理と光触媒能を測定したところ実施例2と比較して35%の分解速度であった。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明により現在用いられている光触媒材料に対して表面改質による光触媒能の向上が期待される。光触媒は既に広く応用されているとおり、水素製造などのエネルギー創出や環境浄化、表面親水化による防曇材料などに用いることが出来る。光触媒材料の光応答性を使った光化学電池やフォトクロミック材料などの高機能化も可能である。