【0009】
  以下、本発明の実施態様の例を詳細に説明する。
1.概要
  本発明者らは、正に荷電したセグメントおよび負に荷電したセグメントを含む二つの重合体を用い、金属微粒子と混合することにより、簡便に金属微粒子を含むベシクルを作製しうるとの知見を得た。また、本発明者らは、生体内の環境において、金属微粒子がベシクルから放出されず、安定に存在しうるとの知見を得た。本発明はこれら知見に基づいて完成されたものである。
  本発明のベシクルは、その製造において有機溶媒を用いる必要がなく、バイオマテリアルの分野や薬物送達システム(DDS)において有利に利用することができる。また、ベシクル膜の内側に空間(中央空隙)を有しており、大量の化合物等の物質を封入することができ、したがって、生体内物質および薬物の輸送キャリアーや、中央空隙を酵素の反応場とするリアクター微粒子などとして有利に利用することができる。さらに、生理食塩水や血清の存在下でその構造を安定に保持することができ、そのベシクル膜には半透性等の多様な機能を付与することが可能である。したがって、本発明のベシクルは構造安定性や環境応答性に優れたバイオマテリアルまたは薬物送達システムとして有利に利用することができる。
  本発明のベシクルは、前述したベシクルの特徴に加えて、近赤外光をプローブとして用いる新しい分光分析の材料として、また二光子発光やX線による腫瘍細胞などのイメージング用途として、また光熱変換機能を利用し、腫瘍細胞などを発生した熱で死滅させるフォトサーマル治療用途として、さらにはTEMで観察するためのプローブ用としてなど、生物医学、材料、光学、および産業用途として有利に利用できる。
  本明細書において、「ベシクル」とは、内部に空隙を有し、ベシクル膜により閉鎖された基本構造体を意味する。
  本明細書において、特に断らない限り、基または基の一部としての「アルキル」または「アルコキシ」という語は、基が直鎖状、分枝鎖状、または環状のアルキルまたはアルコキシを意味する。また、例えば「C
1−12アルキル基」という場合の「C
1−12」とは、該アルキル基の炭素数が1〜12個であることを意味する。
  本発明において、「C
1−12アルキル基」としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、デシル基、ウンデシル基等が挙げられる。「C
1−6アルキル基」は、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等が挙げられる。
  本明細書において、特に断らない限り、「アリール」とは、フェニル、ナフチル、アンスニル、またはピレニル等を意味する。
  本明細書において、「ハロゲン原子」とは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、またはヨウ素原子を意味する。
  本明細書において、アルキル基が「置換されていてもよい」とは、アルキル基上の1またはそれ以上の水素原子が1またはそれ以上の置換基(同一または異なっていてもよい)により置換されていてもよいことを意味する。置換基の最大数はアルキル上の置換可能な水素原子の数に依存して決定できることは当業者に明らかである。アルキル基以外の基についても、「置換されていてもよい」は上記と同様に解釈される。
  ここで、「置換されていてもよい」というときの置換基は、ハロゲン原子、アリール基、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、シアノ基、ホルミル基、ジメチルアセタール化ホルミル基、ジエチルアセタール化ホルミル基、C
1−6アルコキシカルボニル基、C
2−7アシルアミド基、トリC
1−6アルキルシロキシ基(ここで、C
1−6アルキルは同一であっても異なっていてもよい)、シロキシ基およびシリルアミノ基からなる群から選択されるものである。
2.ベシクル
  本発明のベシクルは、水溶性であり、かつ荷電した重合体の相互作用により形成されるベシクル膜を含むことを一つの特徴とする。
  本発明のベシクルは、以下の第一の重合体と第二の重合体とにより形成されたベシクル膜(ただし(b)と(d)との組み合わせを除く)を有する。このベシクル膜は、第一の重合体中のカチオン性セグメントおよび第二の重合体中のアニオン性セグメントの一部が架橋されたものである。
  第一の重合体:
  (a)非荷電親水性セグメントとカチオン性セグメントとを有するブロック共重合体I
  (b)カチオン性セグメントを有するアミノ酸重合体I
  第二の重合体:
  (c)非荷電親水性セグメントとアニオン性セグメントとを有するブロック共重合体II
  (d)アニオン性セグメントを有するアミノ酸重合体II
  ただし、かかるベシクル膜は、スルフィド基などのスルフィド構造をもたないものであることが好ましい。
  また、本発明におけるベシクル膜の外側および内側は親水性であることが好ましい。すなわち、本発明のベシクルにおけるベシクル膜は、外層、中間層および内層からなる三層構造を有し、外層および内層は非荷電親水性セグメントにより構成され、中間層は一部が架橋されたカチオン性セグメントおよびアニオン性セグメントにより構成されるものが好ましい。つまり、本発明のベシクルにおける第一の重合体と第二の重合体とにより構成されるベシクル膜において、ベシクル膜の外側に第一の重合体および第二の重合体の非荷電親水性セグメントが位置し(内層、外層)、ベシクル膜の内側に一部が架橋されたカチオン性セグメントおよびアニオン性セグメントが位置する(中間層)ものが好ましい。
  本発明のベシクルの形態は、通常は球状である。また、本発明のベシクルの粒径は、中空構造を取る限り特に限定されないが、好ましくは10μm以下であり、より好ましくは50nm〜1μmである。
  本発明のベシクルは、中間層においてポリイオンコンプレックス(PIC)を形成した小胞体である。したがって、本発明のベシクルを「PICsome」とよぶこともある。
3.セグメント
  以下、本発明のベシクルを構成するセグメントについて説明する。
(1)荷電性セグメント
  第一の重合体に含まれる荷電性セグメントと、第二の重合体に含まれる荷電性セグメントとは、互いに反対の電荷に荷電することができ、本発明においては、第一の重合体に含まれる荷電性セグメントはカチオン性セグメントであり、第二の重合体に含まれる荷電性セグメントはアニオン性セグメントである。
  また、本発明において、カチオン性セグメントとしてポリアミンを用いる場合、ポリアミンに酸付加して陽性に荷電させることができる。付加する酸の種類は、ベシクルの用法などに従って適宜決定される。
  本発明の好ましい態様によれば、第一の重合体のカチオン性セグメントは、下記式(1)で示されるものである。
  上記式(1)において、R
0は、水素原子、アセチル基、トリフルオロアセチル基、アクリロイル基、またはメタクリロイル基を表し、R
1、R
2はそれぞれ独立して、−(CH
2)
3NH
2または−CONH(CH
2)
S−Xを表し、ここでsは0〜20の整数であり、Xは、−NH
2、ピリジル基、モルホリル基、1−イミダゾリル基、ピペラジニル基、4−(C
1−6アルキル)−ピペラジニル基、4−(アミノC
1−6アルキル)−ピペラジニル基、ピロリジン−1−イル基、N−メチル−N−フェニルアミノ基、ピペリジニル基、グアニジノ基、ジイソプロピルアミノ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、−(CH
2)
tNH
2、または−(NR
9(CH
2)
o)
pNHR
10であり、ここでR
9は水素原子またはメチル基を表し、R
10は、水素原子、アセチル基、トリフルオロアセチル基、ベンジルオキシカルボニル基、−C(=NH)−NH
2、またはtert−ブトキシカルボニル基を表し、oは1〜15の整数であり、pは1〜5の整数であり、tは0〜15の整数であり、mは1または2であり、a1およびa2はそれぞれ0〜5000の整数であり、b1およびb2はそれぞれ0〜5000の整数であり、かつa1+a2+b1+b2は2〜5000であり、「/」の表記は、各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。
  さらに、本発明のより好ましい態様によれば、上記式(1)において、Xが−NH
2またはグアニジノ基であり、sは2〜8の整数であり、oは1〜10の整数であり、R
0が水素原子であり、a1およびa2がそれぞれ0〜200の整数であり、b1およびb2が0〜200の整数であり、かつa1+a2+b1+b2が10〜200である。
  本発明において、第一の重合体がカチオン性セグメントを有するアミノ酸重合体Iを形成するときは、カチオン性セグメントは上記式(1)で表すことができ、そのR
0の反対側の片末端は−NH(CH
2)
k−1CH
3、−NH−(CH
2)
k−1−C(三重結合)CH(kは1以上の整数)などが挙げられ、−NH(CH
2)
3CH
3が好ましい。
  本発明の一つの態様において、上記アミノ酸重合体Iは、カチオン性セグメントからなるものである。
  また、本発明の好ましい態様によれば、第二の重合体のアニオン性セグメントは、下記式(2)で示されるものである。
  上記式(2)において、R
0は、水素原子、アセチル基、トリフルオロアセチル基、アクリロイル基、またはメタクリロイル基を表し、mは1または2であり、c、dはそれぞれ0〜5000の整数であり、かつc+dは2〜5000である。
  さらに、本発明のより好ましい態様によれば、上記式(2)において、R
0が水素原子であり、c、dがそれぞれ0〜200の整数であり、かつc+dが10〜200である。
  本発明において、第二の重合体がアニオン性セグメントを有するアミノ酸重合体IIを形成するときは、アニオン性セグメントは上記式(2)で表すことができ、そのR
0の反対側の片末端は−NH(CH
2)
w−1CH
3、−NH−(CH
2)
w−1−C(三重結合)CH(wは1以上の整数)などが挙げられ、−NH(CH
2)
3CH
3が好ましい。
  本発明の一つの態様において、上記アミノ酸重合体IIは、アニオン性セグメントからなるものである。
(2)非荷電親水性セグメント
  非荷電親水性セグメントは、非荷電かつ親水性の性質を有するポリマーセグメントである。ここで「非荷電」とは、セグメントが全体として中性であることをいう。例としては、セグメントが正・負の電荷を有さない場合が挙げられる。また、セグメントが正・負の荷電を分子内に有する場合であっても、局所的な実効電荷密度が高くなく、自己組織化によるベシクルの形成を妨げない程度にセグメント全体の荷電が中和されていれば、やはり「非荷電」に該当する。また、「親水性」とは水性媒体に対して溶解性を示すことをいう。
  ブロック共重合体に含まれる非荷電親水性セグメントとしては、例えばポリエチレングリコールをはじめとするポリアルキレングリコール、あるいはポリ(2−メチル−2−オキサゾリン)、ポリ(2−エチル−2−オキサゾリン)、ポリ(2−ノルマルプロピル−2−オキサゾリン)、ポリ(2−イソプロピル−2−オキサゾリン)などのポリ(2−オキサゾリン)が挙げられ、さらにポリサッカライド、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリ(2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリン)、等電点が7付近のペプチド、タンパク質、およびそれらの誘導体などが挙げられる。上記の非荷電親水性セグメントを含むことにより、ブロック共重合体は、水性溶液中で会合、沈殿することなく安定に存在し、効率的にベシクルを構築することができる。さらに、上記の非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体によって構築されることにより、ベシクルは水性溶液中で安定した構造を保持することができる。
  本発明の好ましい態様によれば、第一および第二の重合体の非荷電親水性セグメントは、ポリエチレングリコールおよび/またはポリ(2−イソプロピル−2−オキサゾリン)であり、好ましくはポリエチレングリコールである。非荷電親水性セグメントとしてポリエチレングリコールを用いることは、ベシクルに生体適合性を付与する上で有利である。
  非荷電親水性セグメントとしてポリエチレングリコールを用いる場合、ポリエチレングリコールの分子量は、好ましくは500〜15000であり、より好ましくは1000〜5000である。ブロック共重合体に上記の分子量を有する非荷電親水性セグメントを用いることは、ミセルを形成するよりも優先的にベシクルを形成させる上で有利である。
4.ブロック共重合体
(1)カチオン性セグメントを有するブロック共重合体I
  本発明の好ましい態様によれば、カチオン性セグメントを有するブロック共重合体Iは、下記式(3)で表されるものである。
  上記式(3)において、R
0は、水素原子、アセチル基、トリフルオロアセチル基、アクリロイル基、またはメタクリロイル基を表し、R
1、R
2はそれぞれ独立して、−(CH
2)
3NH
2または−CONH(CH
2)
S−Xを表し、ここでsは0〜20の整数であり、Xは、−NH
2、ピリジル基、モルホリル基、1−イミダゾリル基、ピペラジニル基、4−(C
1−6アルキル)−ピペラジニル基、4−(アミノC
1−6アルキル)−ピペラジニル基、ピロリジン−1−イル基、N−メチル−N−フェニルアミノ基、ピペリジニル基、グアニジノ基、ジイソプロピルアミノ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、−(CH
2)
tNH
2、または−(NR
9(CH
2)
o)
pNHR
10であり、ここでR
9は水素原子またはメチル基を表し、R
10は、水素原子、アセチル基、トリフルオロアセチル基、ベンジルオキシカルボニル基、−C(=NH)−NH
2、またはtert−ブトキシカルボニル基を表し、oは1〜15の整数であり、pは1〜5の整数であり、tは0〜15の整数であり、R
3は、水素原子または置換されていてもよい直鎖もしくは分岐鎖のC
1−12アルキル基を表し、R
4は、−(CH
2)
gNH−を表し、かつgは0〜5の整数であり、eは5〜2500の整数であり、mは1または2であり、a1およびa2はそれぞれ0〜5000の整数であり、b1およびb2はそれぞれ0〜5000の整数であり、かつa1+a2+b1+b2は2〜5000であり、「/」の表記は、各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。
  また、本発明のより好ましい態様によれば、上記式(3)において、Xが−NH
2またはグアニジノ基であり、sは2〜8の整数であり、oは1〜10の整数であり、R
0が水素原子であり、R
3がメチル基であり、a1およびa2がそれぞれ0〜200の整数であり、b1およびb2が0〜200の整数であり、かつa1+a2+b1+b2が10〜200であり、eが10〜300の整数である。
(2)アニオン性セグメントを有するブロック共重合体II
  また、本発明の好ましい態様によれば、アニオン性セグメントを有するブロック共重合体IIは、下記式(4)で表されるものである。
  上記式(4)において、R
0は、水素原子、アセチル基、トリフルオロアセチル基、アクリロイル基、またはメタクリロイル基を表し、R
3は、水素原子または置換されていてもよい直鎖もしくは分岐鎖のC
1−12アルキル基を表し、R
4は、−(CH
2)
gNH−を表し、かつgは0〜5の整数であり、fは5〜2500の整数であり、mは1または2であり、c、dはそれぞれ0〜5000の整数であり、かつc+dは2〜5000である。
  本発明のより好ましい態様によれば、上記式(4)において、R
0が水素原子であり、R
3がメチル基であり、c、dがそれぞれ0〜200の整数であり、かつc+dが10〜200であり、fが10〜300の整数である。
5.架橋
  本発明におけるベシクル膜は、第一の重合体中のカチオン性セグメントおよび第二の重合体中のアニオン性セグメントの一部が架橋されたものである。
  架橋する場合、適切な縮合剤存在下において、例えばカチオン性セグメントの側鎖の末端のアミノ基と、アニオン性セグメントの側鎖の末端のカルボキシル基との間にアミド結合を形成することで両セグメントを架橋できるが、カチオン性セグメントやアニオン性セグメントにおける架橋位置、架橋に利用される官能基の種類や架橋の結合形式はこれに限られない。また、カチオン性セグメントとアニオン性セグメント間の架橋に限られず、カチオン性セグメント間、またはアニオン性セグメント間で架橋されたもの、さらにはこれらの架橋が混在しているものも本発明に含まれる。
  架橋剤を使用する場合、架橋剤の種類は制限されず、ベシクルの用途や第一の重合体および第二の重合体の種類、他の膜成分の種類等に応じて適宜選択することができるが、効率的に架橋を行うとともに、物質内包ベシクルの安定性を高める観点からは、第一の重合体および第二の重合体の荷電性セグメントが有する荷電性基(例えばアミノ基等のカチオン基やカルボキシル基等のアニオン基)と反応し、被内包物質とは反応しない架橋剤が好ましい。架橋剤の具体例としては、アミノ基を架橋する架橋剤(例えば、グルタルアルデヒド、スベリンイミド酸ジメチルニ塩酸塩(dimethyl  suberimidate  dihydrochloride:DMS)、3,3’−ジチオビスプロピオンイミド酸ジメチル(dimethyl  3,3′−dithiobispropionimidate:DTBP))、アミノ基とカルボキシル基を縮合することで架橋する架橋剤(例えば、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(1−ethyl−3−(3−dimethylaminopropy)carbodiimide:EDC))が挙げられるが、グルタルアルデヒド、EDC等が好ましく、EDCが特に好ましい。また、1種の架橋剤を単独で使用してもよいが、2種以上の架橋剤を任意の組み合わせおよび比率で使用してもよい。
  架橋剤を使用する場合、その量は架橋剤の性質または架橋する基の性質等に依存して当業者であれば適宜設定することができる。例えば、アミノ基とカルボキシル基を縮合することで架橋する架橋剤の場合は、カルボキシル基またはアミノ基に対して0.05〜20当量、好ましくは0.1〜20当量、例えば、0.1、0.5、1.0、5.0、または10当量用いることができる。
6.金属微粒子を含むベシクルの製造
  本発明のベシクルの製造方法、カチオン性セグメントおよびアニオン性セグメントの至適混合条件等の詳細は、前記した特許文献にも開示されているが、本発明のように金属微粒子を含むベシクルを製造する場合、例えば、第一および第二の重合体を含む混合液中に金属微粒子を添加することにより、また、第一および第二の水性溶液のいずれか一方または両方に予め金属微粒子を添加し、これらの混合溶液を調製するという簡便な方法により達成できるが、その際に金属微粒子がベシクル膜のみ選択的に集積することを見出した。もっとも、本発明のベシクルがベシクル膜内に金属微粒子を含む場合でも、ベシクル膜以外の部分にも金属微粒子が存在することを妨げない。
  本発明の好ましい態様によれば、金属微粒子の金属は微粒子として存在しうるものであれば特に限定されるものではないが、かかる金属としては、例えば金、銀、白金、銅、ニッケル、パラジウム、イリジウム、ロジウム等が挙げられる。金属微粒子のサイズは、ベシクルのサイズより小さいことが必要であり、金属微粒子の形状が球状の場合、粒子径としては好ましくは0.1nm〜1000nmであり、より好ましくは1nm〜100nmである。金属微粒子の形状が棒状の場合は、長い方の長さが好ましくは0.1nm〜1000nmであり、より好ましくは1nm〜100nmである。本発明における金属微粒子の形状は特に限定されるものではないが、好ましい形状としては球状または棒状である。
  また、意外なことに、こうして製造した金属微粒子を含むベシクルは生体内で分解されず、金属微粒子がベシクル膜に挿入されたまま、安定に存在することを見出した。こうしたことから、本発明のベシクルは、近赤外光をプローブとして用いる新しい分光分析の材料として、また二光子発光やX線による腫瘍細胞などのイメージング用途として、また光熱変換機能を利用し、腫瘍細胞などを発生した熱で死滅させるフォトサーマル治療用途として、さらにはTEMで観察するためのプローブ用として、生物医学、材料、光学、および産業用途として有利に利用できる。
 
【実施例】
【0010】
[実施例1]
金コロイド埋め込みベシクルの調製
<アニオン性セグメントおよびカチオン性セグメントの合成>
  アニオン性ブロック共重合体PEG−poly(a,b−aspartic  acid)(PEG−P(Asp);Mn  of  PEG=2,000,DP(Degree  of  Polymerization)  of  P(Asp)=75)、poly([5−aminopentyl]−a,b−aspartamide)(homo−P(Asp−AP);DP  of  P(Asp−AP)=82)は文献記載の方法(Anraku  Y.et  al.,J.Am.Chem.Soc.,2010,132(5),1631−1636)により合成した。
<金コロイド埋め込みベシクルの調製>
  上記の方法で合成したPEG−P(Asp)とhomo−P(Asp−AP)の10mMリン酸バッファー(0mM  NaCl、pH7.4)溶液をそれぞれ1mg/mLの濃度で作製した。PEG−P(Asp)溶液3mL、homo−P(Asp−AP)溶液4.2mLを混合し、2分間撹拌した。PICsomeの同定は、動的光散乱(DLS)測定により行い、平均粒子径は126.3nm、多分散指数(PdI)は0.066であった。この調製したPICsome溶液3.5mLの中に、0.4mLの金コロイド溶液(平均粒径8nm、ワインレッドケミカル社製)を加えて2分間撹拌し、得られたPICsomeのポリイオンコンプレックス(PIC)膜を架橋するためにEDC溶液(10mg/mL)を−COO−側鎖に対して0.3当量になるように加え、室温で一晩反応させた。反応液を限外ろ過により精製した後、Cy3  Mono−reactive  Dye  Pack(カタログ番号PA23001、GEヘルスケア社製)を加えて蛍光標識し、PD−10カラム(GEヘルスケア社製)にてゲルろ過精製し、目的の金コロイド埋め込みベシクルを調製した。DLS測定によれば、平均粒子径は125.8nm、PdIは0.02であった。
<TEM観察による金コロイド埋め込みベシクルの構造確認>
  上記のプロセスにより製造された金コロイド埋め込みベシクルの構造確認をTEMにより行った。精製したベシクルの切片を作製し、観察に供した。
図1は、そのTEM観察写真である。ベシクル由来の中空構造に特徴的な像を確認し、さらには金コロイドがベシクル膜だけに集積し、挿入されていることが明らかとなった。しかも、限外ろ過液に金コロイド特有の赤色がみられず、TEM像によって遊離している金コロイドもみられないことから、金コロイドは意外にもベシクル膜に濃縮される性質があることが判明した。
[実施例2]
金コロイド埋め込みベシクルの細胞内取り込み
  導入細胞としてヒト子宮頸癌由来HeLa細胞株を用いた。24穴プレートの穴底にPETフィルムを置いてHeLa細胞を播き、10%FBS含有DMEM培地で37℃、5%CO
2存在下で培養し、細胞をPETフィルムに接着させた。その後、実施例1で調製した金コロイド埋め込みベシクルを添加し、さらに24時間インキュベーションした。HeLa細胞/PETフィルムをPhosphate  buffered  saline(PBS)バッファーで2回洗浄後、2.5%グルタルアルデヒド/PBSで固定し、TEM観察を行った。
図2はそのTEM像である。金コロイド埋め込みベシクルは細胞膜表面に接着した後、その状態を保ったまま細胞内に取り込まれる像が観察された。このことから、金コロイド埋め込みベシクルはベシクルの細胞内動態を解析するのに有効なツールとして利用できることがわかる。
[実施例3]
金コロイド埋め込みベシクルの生体内安定性評価
<マウスにおける臓器分布評価>
  実施例1で精製した金コロイド埋め込みベシクル溶液をICRマウスの尾静脈内に投与し、投与後1時間でエーテルによる過麻酔で安楽死させ、肝臓を採取し、2.5%グルタルアルデヒド/PBS溶液に浸して固定した。
<TEM観察によるベシクル分布状態確認>
  上記にて固定した肝臓組織の切片を作製し、TEM観察を行った。
図3はそのTEM像である。矢印の先に金コロイド埋め込みベシクルが確認できた。金コロイド埋め込みベシクルは粒子が崩壊しない状態で、肝臓中で広く観察された。このことから、金コロイド埋め込みベシクルは生体内条件においても安定に存在し、ベシクルの体内動態を追跡するプローブとして有利に利用できることが明らかとなった。
<マウスにおける血中濃度推移>
  上記と同様の方法により、Cy5ラベルしたPEG−P(Asp)、homo−P(Asp−AP)、金コロイド、EDC10等量から調製した金コロイド埋め込みベシクルをICRマウスの尾静脈内に投与し、経時的に採血した。得られた血漿サンプルを蛍光測定し、ベシクルの血漿中濃度を算出した。同様にして得られた血漿サンプルをICP−AESで測定することにより、血漿中金濃度を算出した。
図7は投与量に対する血中濃度の割合を経時的にプロットしたものである。ベシクルと金コロイドが同様の推移を示すことから、金コロイド埋め込みベシクルは金コロイドがベシクルから放出されず安定に存在することが明らかとなった。
[比較例1]
  水素添加大豆ホスファチジルコリン、N−(Carbonyl−methoxypolyethyleneglycol  2000)−1,2−distearoyl−sn−glycero−3−phosphoethanolamine  sodium  salt、コレステロールの組成(mol%)が57:5:38になるようにクロロホルム/メタノール混合溶液に溶解し、溶媒留去後、真空乾燥して得られたlipid  filmに金コロイド水溶液(0.4mg/mL)を加えて水和させた。浴槽型超音波装置で処理し、未内包の金コロイドを限外ろ過にて除去した。得られたリポソーム溶液に1,1’−dioctadecyltetramethyl  indotricarbocyanine  Iodideを終濃度50μg/mLになるように添加した。限外ろ過にて遊離の蛍光基質を除去しながら濃縮操作も行い、最後に0.45μmのフィルターを通して金コロイド内包蛍光標識リポソームを調製した。調製したリポソームをICRマウスの尾静脈内に投与し、血漿サンプルの蛍光と金濃度を測定した。
図8は投与量に対する血中濃度の割合を経時的にプロットしたものである。蛍光測定結果から算出したリポソームの濃度推移が長時間滞留するのに対して、ICP−AES測定結果から算出した金コロイドの濃度推移は投与後速やかに消失した。このことから、金コロイドは生体内ではリポソームから速やかに放出されることが明らかとなった。
[実施例4]
パラジウムコロイド埋め込みベシクルの調製
  実施例1の金コロイドの代わりにパラジウムコロイド溶液(平均粒径43nm、ワインレッドケミカル社製)を用いると、パラジウムコロイド埋め込みベシクルが調製できた。DLS測定により、ベシクルの平均粒子径は74.3nm、PdIは0.19であった。
図4は精製したベシクルのTEM(ネガティブ染色)像である。
[実施例5]
白金コロイド埋め込みベシクルの調製
  実施例1の金コロイドの代わりに白金コロイド溶液(平均粒径20nm、ワインレッドケミカル社製)を用いると、白金コロイド埋め込みベシクルが調製できた。DLS測定により、ベシクルの平均粒子径は143.3nm、PdIは0.115であった。
図5は精製したベシクルのTEM(ネガティブ染色)像である。
[実施例6]
金ナノロッド埋め込みベシクルの調製
  実施例1の金コロイドの代わりに金ナノロッド水分散液(大日本塗料株式会社製)を用いると、金ナノロッド埋め込みベシクルが調製できた。DLS測定により、ベシクルの平均粒子径は136.7nm、PdIは0.046であった。
図6は精製したベシクルのTEM(ネガティブ染色)像である。
[実施例7]
CT造影能評価
  PEG−P(Asp)、homo−P(Asp−AP)、金コロイド、EDC10等量から調製した金コロイド埋め込みベシクルを調製し、CT造影能を評価した。調製したベシクル中の金コロイド濃度は6mg/mLであった。3DマイクロX線CT  R_mCT(リガク製)を用いて、調製した溶液のCT値を測定したところ、340HT(水を0HTとしたとき)であり、CT造影能が確認された。金コロイド埋め込みベシクルは生体内で安定であるので、CT造影剤としての応用が期待できる。
[実施例8]
フォトサーマル効果の評価
<ラマン分光法による温度測定>
  レーザー照射による金属微粒子を含む静電結合型ベシクルの温度上昇は、ラマン分光法によって観測した。試料に入射したレーザー光は、入射光と同じ振動数のレイリー散乱と入射光と異なる振動数のラマン散乱分けられる。さらに、ラマン散乱は、入射光よりも低い振動数をもつ成分をストークス散乱と入射光よりも高い振動数をもつ成分をアンチストークス散乱に分類される。そして、このアンチストークス、ストークス散乱光の強度比から以下の関係式により、試料の温度を求めることができる。
  ラマン分光装置はJobinYvon社製T64000を用いた。測定系はマクロモードとし、試験管に入れた試料を小型のマグネチックスターラーで撹拌しながらスペクトルを取得した。励起レーザー光として、半導体レーザー(波長:785nm、レーザー出力:170mA)および、Ar+レーザー(波長:514.5nm、レーザー出力:1W)を用いた。分光器は、シングルポリクロメーターを用い、検出器はCCDマルチチャンネル検出器を用いた。また、レイリー光を遮断するためのノッチフィルターを分光器の前に配置した。
  本実施例で調製したベシクルは、測定領域に適切なラマン散乱をもたないため、温度測定用のマーカーとしてクロロホルムを用いた。クロロホルムはラマン装置の励起レーザーの波長領域(785、514.5nm)に大きな吸収をもたないことを確認している。
  
図9に金コロイド埋め込みベシクルと温度マーカーとしてクロロホルムを加えた試料のアンチストークス、ストークス散乱のラマンスペクトルを示す。横軸はラマンシフト、縦軸は散乱光の強度を示す。ラマンシフトとは、励起レーザーの波数とラマン散乱光の波数の差を示し、物質固有の値を有する。
図9に示した260cm
−1、−260cm
−1のピークはクロロホルムのストークス、アンチストークス散乱のピークである。
<金コロイド埋め込みベシクル>
  514.5nmのレーザーを励起源として、金コロイド埋め込みベシクルにクロロホルムを加えた系のアンチストークス散乱とストークス散乱の強度比を求めたところ、0.286であった。金コロイド埋め込みベシクルを添加しない場合、0.235であったので、添加によって温度が上昇していることが明らかとなった。
<金ナノロッド埋め込みベシクル>
  768nmのレーザーを励起源として、金ナノロッド埋め込みベシクルにクロロホルムを加えてアンチストークス散乱とストークス散乱の強度比を求めたところ、0.578であった。金ナノロッド埋め込みベシクルを添加しない場合、0.543であったので、添加によって温度が上昇していることが明らかとなった。