【文献】
Quinn's Advantage Sperm Freeze,2008年 6月,http://www.kbbiosystem.com/pdf/DFU/DFU-8022.pdf参照
【文献】
QUINN’S Sperm Washing Medium,2008年 8月,http://www.kbbiosystem.com/pdf/DFU/DFU-1005,1006.pdf参照
【文献】
岡崎 哲司,博士論文 ブタ精子および精漿の機能解析, それを基とした凍結精液による人工授精法の開発に関する研究,2010年 3月,1-138頁,http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/31103/20141016180540651327/diss_ko5212.pdf参照
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0030】
本実施の形態に係るヒト凍結精子用希釈液、及び、これを用いたヒト凍結精子の希釈方法、並びにヒトの体外受精用精液又は人工授精用精液の調整方法について詳述する。
【0031】
(ヒト凍結精子用希釈液)
本実施の形態に係るヒト凍結精子用希釈液は、ヒト凍結精子を融解して、速やかに精子を混和させる液体である。ヒト凍結精子用希釈液は、後述する基礎希釈液にカルシウムイオンと錯体を形成するキレート剤が含有されている。ヒト凍結精子用希釈液は、キレート剤を含有しているので、ヒト凍結精子を融解した際に、カルシウムイオンの関与によって生じる精子のタンパク質のリン酸化が抑制され、機能障害が抑制される。
【0032】
より詳細に説明すると、精子の中片部にはミトコンドリアが存在し、ミトコンドリアで精子の運動に用いられるエネルギー(ATP)が生産されている。カルシウムイオンがミトコンドリア(より詳細にはATPを生産する酵素)に作用すると、ATPの生産が活性化され、精子が激しく運動することになる。
【0033】
ヒト凍結精子の融解時・融解直後にカルシウムイオンが作用すると、精子が急激に活性化する。精子の活性は受精時に高いことが要求されるが、精子の融解時・融解直後に急激に精子が活性化すると、精子の活性が受精時まで続かず、精子が死滅してしまう。このため、体外受精や人工授精等における妊娠率の向上が期待できない。
【0034】
本実施の形態に係るヒト凍結精子用希釈液では、ヒト凍結精子の融解時・融解直後に、キレート剤がカルシウムイオンと錯体を形成することで、精子のミトコンドリアにカルシウムイオンが作用することが抑制される。これにより、急激な活性化による精子の死滅が抑制され、精子の生存が担保される。
【0035】
更に、ヒト凍結精子用希釈液は、pHが6.75以上7.4未満である。後述の実施例に示すように、ヒト凍結精子を胚培養用培地にて融解させる場合に比べ、融解後の精子の運動性が高い。
【0036】
更に、ヒト凍結精子用希釈液は、pHが6.9以上7.1以下であることがより好ましい。後述の実施例に示すように、ヒト凍結精子用希釈液のpHが7.0の際に、ヒト凍結精子を融解して24時間経過しても、精子運動性が高い。人工授精では、排卵時に精子が卵子に辿りつき受精することが要求されるが、受精するまでにはある程度の時間がかかる。このため、精子は受精時まで高い運動性を保つことが要求される。pH7.0のヒト凍結精子用希釈液に、ヒト凍結精子を融解して混和させた場合では、24時間経過しても精子運動性を保っているので、人工授精や体外受精の際にも有用であり、人工授精等における妊娠率の向上が期待できる。
【0037】
上述したヒト凍結精子用希釈液は、カルシウムイオンと錯体を形成するキレート剤を基礎希釈液に添加することで得られる。
【0038】
ここで、基礎希釈液とは、採精された精液を室温下で一定時間、その精液中の精子の有する機能を低下させずに保持できるように調製された希釈液であり、グルコース、クエン酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、EDTA−2Na、クエン酸、トリス、塩化カリウム等の成分を含んでいる液体である。基礎希釈液として、この分野で通常用いられる液体であれば特に限定されない。例えば、基礎希釈液としてモデナ液(0.15Mグルコース、26.7mMクエン酸ナトリウム、11.9mM炭酸水素ナトリウム、15.1mMクエン酸、6.3mM EDTA−2Na、46.6mMトリスおよび1,000IU/mlペニシリン)が挙げられる。
【0039】
キレート剤として、カルシウムイオンと特異的に錯体を形成する物質であれば、特に限定されないが、エチレングリコール四酢酸(EGTA(ethylene glycol Bis(2−aminoethyl)−N,N,N’,N’−tetraacetic acid))を用いることが好ましい。EGTAはカルシウムイオンと特異的に錯体を形成することにより、精子のミトコンドリアにカルシウムイオンが作用することを効果的に抑制できる。
【0040】
また、EGTAとともに、エチレンジアミン四酢酸(EDTA(ethylenediaminetetraacetic acid))を含有していてもよい。EDTAは、カルシウムイオンの他、マグネシウムイオンや亜鉛イオン等、種々の二価イオンと錯体を形成する物質である。
【0041】
EDTA及びEGTA双方を含有していれば、EDTAでキレート化できなかったカルシウムイオンをEGTAでキレート化することができ、基礎希釈液に存在するほとんどのカルシウムイオンをキレート化できることになる。例えば、キレート剤としてEDTAのみを用いる場合、全てのカルシウムイオンをEDTAでキレート化しようとすれば、基礎希釈液に添加するEDTAの濃度を高くしなければならない。基礎希釈液には、カルシウムイオン以外のマグネシウムイオンや亜鉛イオン等、種々の二価イオンが含まれており、EDTAの濃度が高すぎると、これらの二価イオンまで過剰にキレート化されるおそれがあり、精子機能(受精)に影響を及ぼしかねない。このため、ヒト凍結精子用希釈液は、EDTA及びEGTA双方を含有することが好ましい。
【0042】
更に、pH調整することによりヒト凍結精子用希釈液が得られる。例えば、上述したモデナ液(pH:7.4)にEGTA等のキレート剤を添加すると、pHが低下する。このため、NaOH水溶液等のアルカリ溶液を添加し、pHが上述した範囲の値となるよう調整すればよい。
【0043】
(ヒト凍結精子の希釈方法及びヒトの体外受精用精液又は人工授精用精液の調整方法)
続いて、ヒト凍結精子の希釈方法及びヒトの人工授精用精液等の調整方法について詳述する。
【0044】
まず、ヒト凍結精子は、以下のようにして凍結された凍結精子を用いるとよい。採取した精液をモデナ液等の希釈液で希釈し、射出から15分以上液化した後、精漿から精子を分離する。精子をモデナ液等の希釈液に再浮遊し、15℃程度まで温度を低下させる。そして、希釈液から精子を分離する。分離は遠心分離等で行えばよい。
【0045】
分離した精子に高浸透圧液を添加して混和し、2時間程度かけて5℃程度まで温度を下げる。このように高浸透圧処理することで、精子中の水分子を除去する。水分子は凍結の過程にて体積膨張し、これが精子にストレスを与えてしまうためである。高浸透圧液として、たとえば、スクロース等の糖を加えて、浸透圧が300mOsm/kgより高く500mOsm/kgより低い溶液を用いればよい。浸透圧が300mOsm/kg以下だと、脱水が不十分であり、水分子の凍結時による体積膨張が精子にストレスを与えてしまう。また、浸透圧が500mOsm/kg以上だと、精子の水分まで除去されて精子が死滅してしまう。なお、400mOsm/kgの高浸透圧液を用いることがより好ましい。
【0046】
高浸透圧処理し、更に、耐凍剤を添加した後に、精子を凍結することが好ましい。耐凍剤として、たとえば、グリセロールを用いることができる。具体的には、上記の高浸透圧液にグリセロールを添加した溶液を更に添加し、グリセロール平衡を行う。添加後のグリセロール濃度が2体積%より高く5体積%より低くなるよう調整し、グリセロール平衡は20分間程度行う。グリセロール平衡後の混和物を所定容器に充填し凍結する。グリセロール濃度が2v/v%以下だと、精子の細胞膜が変質してしまう。また、5v/v%以上だと、融解後の運動性が低下する。なお、グリセロール濃度が3v/v%となるよう調節することがより好ましい。
【0047】
凍結方法について、精子を凍結可能であれば特に限定されず、一例として、液体窒素に浸漬して精子を凍結させる方法が挙げられる。液体窒素にて精子を凍結させる場合、直ちに浸漬せず、精子が充填された容器を液体窒素表面から少し離間させた箇所に固定し、所定時間予備凍結させた後、液体窒素中に浸漬して凍結、保管するとよい。
【0048】
上記のようにして凍結、保管しておいたヒト凍結精子を融解し、融解された精子とヒト凍結精子用希釈液とを速やかに混和する。ヒト凍結精子の融解は、例えば、ヒト凍結精子が充填された容器を37℃程度の温湯に60秒間程度浸漬するなど、種々の手法で行うことができる。そして、融解した精子を、例えば、37℃程度に温度調整したヒト凍結精子用希釈液に添加し、混和する。精子とヒト凍結精子用希釈液とを混和した際に、ヒト凍結精子用希釈液に含まれているキレート剤がカルシウムイオンと結合して錯体を形成するので、カルシウムイオンが精子に作用することを抑制できる。これにより、精子が急激に運動して死滅することが抑制される。
【0049】
そして、融解開始後、所定時間以内に、融解した精子をヒト凍結精子用希釈液から分離するとよい。これにより、精子がEGTA等のキレート化剤から分離される。凍結精子の融解時・融解直後に、急激にカルシウムイオンが精子に作用することを抑える必要がある一方、カルシウムイオンは精子の生存に欠かすことができない成分でもある。ヒト凍結精子の融解後、長時間に渡って、精子がカルシウムイオンを取り込めない状態が続けば、精子はカルシウムイオンの不足によって死滅してしまうためである。精子がEGTA等のキレート化剤から分離されることで、その後、精子はカルシウムイオンを取り込むことが可能になり、精子の生存が担保される。精子とヒト凍結精子用希釈液との分離は、十分に混和させた後、速やかに行えばよく、融解開始から15分以内に分離されることが好ましい。精子とヒト凍結精子用希釈液との分離は、遠心分離等により行い得る。遠心分離にて精子とヒト凍結精子用希釈液との分離を行う場合、精子にストレスがかからない回転数で行う。この場合、遠心分離は、400Gで10分程度行うことで分離できる。なお、後述の実施例にて示すように、特許文献1に開示のブタの凍結精子の融解、希釈、培養においては、キレート化剤を分離せずにそのまま培養しており、ブタの精子はその後も運動性を高く保っているが、ヒトの精子では、融解開始後、所定時間内にキレート化剤から分離しなければカルシウム不足により死滅してしまう。
【0050】
分離した精子を胚培養用培地に移して培養し、人工授精や体外受精に備えておけばよい。胚培養培地は、精子の生存に必要な成分が含まれた培地であり、この分野で通常用いられる培地であれば特に限定されない。
【0051】
ここで、体外受精とは、ヒトの体外で受精させることを言い、具体的には、ヒトから取り出された卵子に精液を滴下して受精させることや、顕微鏡下で、直接卵子に精液から選択した精子を注入することをいう。一方、人工受精とは、ヒトの体内に、別途、採取した精子又は採取後調整した精液を注入することをいう。
【0052】
また、凍結精子の融解後、直ちに融解した精子とヒト凍結精子用希釈液とが十分に混合するよう、凍結用のストロー(筒体)を用いて凍結させることが好ましい。一本の凍結用のストローに精子及びヒト凍結精子希釈液を充填したまま凍結させればよい。ここで、融解前に精子がヒト凍結精子用希釈液と混ざらないよう、精子とヒト凍結精子用希釈液との間に空気の層をつくって、それぞれをストローに充填、封入して凍結させるとよい。
【0053】
凍結させたストローを温浴に所定時間浸漬することで、ストロー中のヒト凍結精子及びヒト凍結精子用希釈液が融解され、速やかに精子とヒト凍結精子用希釈液が混ざる。これにより、カルシウムイオンが精子に作用することが速やかに抑制される。
【0054】
(高浸透圧処理の影響における融解後の精子運動性の検証)
採取した精液を精子と精漿に分離し、分離した精子を高浸透圧液で処理して凍結した精子を融解し、融解後の精子運動性を検証した。
【0055】
(実施例1)
ヒトから採取した精液をスポイト(ファルコンピペット7575)で遠沈管(ファルコンコニカルチューブ2095)に全量移し、量、液化状態、ゼリーの有無を確認した。
【0056】
精液をモデナ液(0.15Mグルコース、26.7mMクエン酸ナトリウム、11.9mM炭酸水素ナトリウム、15.1mMクエン酸、6.3mM EDTA−2Na、46.6mMトリス、1,000U/mLペニシリン)で希釈し、射出から15分以上液化した。その後、遠心分離(400G、10分間)にて精漿とモデナ液を除去し、分離した精子をモデナ液に再浮遊させ、15℃へ低下させた。
【0057】
モデナ液を遠心分離(400G、10分間)にて除去し、精子を分離した。
【0058】
15℃条件下で、分離した精子に分離した精子と同量の希釈液1を加え、十分に混和した。そして、2時間かけ、5℃に冷却した。なお、ここで用いた希釈液1は、浸透圧400mOsm/kgに調製したスクロース溶液に卵黄を20%加えたものである。400mOsm/kgの高浸透圧液を用いて高浸透圧処理することで、精子から適度に脱水した。
【0059】
続いて、5℃条件下で、希釈液1及び精子の混和物に、混和物と等量の希釈液2を加えて混和した。そして、グリセロール平衡を20分間行って精子を脱水した。なお、ここで用いた希釈液2は、上記の希釈液1(9.25mL)に、界面活性剤としてOEP(Orvus ES Paste)(0.15mL)、耐凍剤としてグリセロール(0.6mL)を混合し、グリセロール濃度3%(v/v)に調製した溶液である。調製した希釈液2も液温を5℃に低下させた後に用いた。
【0060】
上記のように調製した精子及び希釈液の混和物を凍結用のストローに適当量ずつ分注した。そして、ストローを液体窒素液面から4cm離間させたところに固定し、蒸気下に7分間置き、予備凍結を行った。その後、ストローを液体窒素中に浸漬し凍結保存した。
【0061】
液体窒素中から凍結ストローを取り出し、37℃の温湯に5〜10秒間浸漬して融解した。ストロー内の全量を遠沈管に移し、これに培養液を加え、遠心処理(400G、10分間)を行った。遠心処理後、上澄みを除去し、再度培養液を加えて遠心処理(400G、10分間)した。遠心処理後、上澄みを除去し、培養液を加え1mLに調整し、培養した。なお、培養液は、Medium199(GIBCO11150)にSerum Substitute Supplemant(I.S.japan)を10%(v/v)添加したものである。
【0062】
融解直後、及び、融解6時間後の精子の運動率(精子運動性)を測定した。精子運動性は、マクラーチャンバー(Sefi−Medical Instrument)を用いて測定した。マクラーチャンバーに検体を20μL滴下して、10〜50マスを3箇所以上測定し、カウントした精子数が200以上になるよう測定した。精子運動性は、カウントした精子中の運動性ありの精子の割合であり、前進運動性のある精子を運動性ありの精子とした。
【0063】
(比較例1)
また、比較例として、これまでに行われてきた方法で精子の凍結・融解を行った。具体的には、以下に記すように、市販液である精子凍結用溶液を用い、市販液のプロトコールに従って凍結精子の作成及び凍結精子の融解を行い、融解後の精子運動性を測定した。
【0064】
採取した精液は、液化を待ってピペット(ファルコンピペット7575)で遠沈管(ファルコンコニカルチューブ2095)に全量を移し、量、液化状態、ゼリーの有無を確認した。
【0065】
精液に培養液を加えて混和し、遠心処理(200G、10分間)した。なお、培養液は、Medium199(GIBCO11150)にSerum Substitute Supplemant(I.S.japan)を10%(v/v)添加したものである。
【0066】
その後、上清を取り除き、ペレットにした。上清は混和し、遠心処理(200G、10分間)した。
【0067】
更に、上清を取り除き、上記ペレットに新たな培養液を加え、0.3mLに調整した。
【0068】
0.3mLに調整した精液を0.5mLのバイアルに移し、培地として同量(0.5mL)のFreezing Medium−TEST Yolk Buffer with Glycerolを一滴ずつ滴下して加え、培地と精液を1:1(v:v)にした。なお、用いたFreezing Medium−TEST Yolk Buffer with Glycerolの組成を以下に記す。
TES(N−tris(hydroxymethyl)−methyl−2−aminoethanesulfonic acid)
Tris(tris(hydroxymethyl aminoethane)
Sodium citrate
Fructose
Gentamicin 10μg/mL
Glycerol 12%(v/v)
Egg yolk 20%(v/v)(非働化済み)
【0069】
培地と精液の混和物を37℃から5℃までゆっくり冷却した(−0.5℃/min)。冷却を開始して90分程度経過した後、凍結用のケーンに適当量ずつ分注した。
【0070】
その後、ケーンを液体窒素液面から4cm離間させたところに固定し、蒸気下に7分間置き予備凍結した。その後、液体窒素中にケーンを浸漬し凍結保存した。
【0071】
実施例1と同様に、液体窒素中から凍結ケーンを取り出し、37℃の温湯に浸漬し5分間融解した。ピペットを用い、ケーン内容物の全量を遠沈管に移し、これに上記の培養液を加え、遠心処理(400G、10分間)を行った。遠心処理後、上澄みを除去し、再度培養液を加えて遠心処理(400G、10分間)した。遠心処理後、上澄みを除去し、培養液を加え1mLに調整し、培養した。
【0072】
実施例1と同様にマクラーチャンバーを用い、融解直後、及び、融解6時間後の精子運動性を測定した。
【0073】
図1に、実施例1及び比較例1において融解後の精子のそれぞれの精子運動性の測定結果を示す。
【0074】
融解直後、及び、融解6時間後のいずれにおいても、ヒト凍結精子用希釈液を用いて融解した実施例1の方が、比較例1よりも精子運動性が高い結果となった。実施例1では、精液から精漿を除去した精子を高浸透圧処理しているため、凍結時に精子にかかるストレスが緩和され、融解後にも運動性が高くなったものと考えられる。
【0075】
(特許文献1の希釈液並びに希釈方法でヒト凍結精子を融解、培養した精子運動性の検証)
続いて、特許文献1記載の希釈液及方法でヒト凍結精子を融解、培養し、融解後における精子運動性の検証を行った。特許文献1の希釈液及び方法は、主としてブタ等多胎動物の人工授精用の希釈液(以下、ブタ凍結精子用希釈液と記す)及び融解、培養方法である。
【0076】
(実験例)
実施例1と同様にして調製した精子及び希釈液の混和物を凍結用のストローに50μL充填し、空気の層で隔て、更にブタ凍結精子用希釈液を50μL充填し、封入した。
【0077】
なお、用いたブタ凍結精子用希釈液は、上述のモデナ液にEGTAを添加し、NaOHを滴下してpH調整を行った液であり、EGTAの最終濃度は6mM、pHは7.4である。
【0078】
上述の混和物及びブタ凍結精子用希釈液を充填、封入したストローを液体窒素上面から4cm離間させて7分間予備凍結を行った後、液体窒素(−196℃)中に入れて保管した。
【0079】
凍結させたストローを液体窒素中から取り出し、37〜40℃の温湯に5〜10秒間浸漬し、融解した。
【0080】
融解した精子が直ちにストロー中のブタ凍結精子用希釈液と混和するように、ストローから15mL遠沈管(ファルコンコニカルチューブ2095)に移し、融解した精子をそのまま培養した。
【0081】
実施例1と同様にマクラーチャンバーを用い、融解6時間後、及び、融解24時間後の精子運動性を測定した。
【0082】
(比較例2)
また、比較例として、ブタ凍結精子用希釈液の代わりに胚培養培地(HFF99(扶桑薬品工業株式会社製)にSSS(Serum Substitute Supplement;I.S.Japan製)を10%(v/v)加えた溶液)を用いた以外、実験例と同様にしてヒト凍結精子を融解、培養した。
【0083】
そして、実施例1と同様にマクラーチャンバーを用い、融解6時間後、及び、融解24時間後の精子運動性を測定した。
【0084】
図2に、実験例及び比較例2における融解後の精子運動性の測定結果を示す。
【0085】
実験例のブタ凍結精子用希釈液で融解、培養した精子の運動性は、比較例2のHFF99にSSSを加えた溶液で融解、培養した精子の運動性に比べ、融解6時間後及び24時間後のいずれについても低い結果となった。このことから、融解後長時間に渡って、精子にカルシウムイオンが作用しない状態では、精子が死滅してしまうことがわかった。特許文献1のブタ凍結精子を融解する方法を、ヒト凍結精子にもそのまま適用すれば、精子の運動性が保たれないことがわかった。
【0086】
(凍結精子を融解してヒト凍結精子用希釈液と混和させた後、精子とヒト凍結精子用希釈液とを分離した場合の精子運動性の検証)
続いて、ヒト凍結精子を融解してヒト凍結精子用希釈液に混和させた後、精子をヒト凍結精子用希釈液から分離した場合における精子運動性を検証した。
(実施例2)
まず、モデナ液にEGTAを添加し、NaOHを滴下し、pH7.0のヒト凍結精子用希釈液を調製した。なお、このヒト凍結精子用希釈液のEGTAの最終濃度は6mMである。
【0087】
そして、実施例1と同様の方法で、精子及び希釈液の混和物を凍結用のストローに充填し、凍結させた。
【0088】
凍結させたストローを液体窒素中から取り出し、37〜40℃の温湯に60秒間浸漬し、融解した。そして、ストロー内容物を37℃に予め加温したヒト凍結精子用希釈液の入った15mL遠沈管に移した。
【0089】
その後、速やかに遠心分離(400G、10分間)を行い、精子とヒト凍結精子用希釈液とを分離した。そして、上澄みを除去し、分離した精子を胚培養用培地に入れて培養した。なお、胚培養用培地は、HFF99(扶桑薬品工業株式会社製)にSSS(Serum Substitute Supplement;I.S.Japan製)を10%(v/v)添加した培地である。
【0090】
そして、凍結精子の融解15分後、30分後、60分後、120分後に、精子運動性を測定した。精子運動性は実施例1と同様の手法で測定した。
【0091】
(比較例3)
また、精子とヒト凍結精子用希釈液との分離を行わない以外、実施例2と同様の方法で凍結精子を融解、培養し、精子運動性を測定した。
【0092】
実施例2及び比較例3の結果を
図3に示す。精子をヒト凍結精子用希釈液から分離した実施例2では、融解15分後において、凍結前とほぼ同等の運動性を示しており、融解30分後、60分後、120分後においても、運動性は高く保たれている。一方、精子をヒト凍結精子用希釈液から分離しなかった比較例3を見ると、凍結前に比べ、融解15分後では運動性が半減しており、その後更に減少を続け、融解120分後ではほぼ消失している。
【0093】
この結果から、ヒト凍結精子を融解してヒト凍結精子用希釈液と混和させた後、速やかに精子をヒト凍結精子用希釈液から分離すれば、その後の精子運動性が高く保たれることがわかった。また、精子とヒト凍結精子用希釈液とを分離しなかった場合、融解後15分経過すると、精子運動性が凍結前に比べて半減することから、融解開始後15分以内に、精子をヒト凍結精子用希釈液から分離することが好ましいと考えられる。
【0094】
(ヒト凍結精子用希釈液のpHが精子運動性に及ぼす影響の検証)
続いて、異なるpHのヒト凍結精子用希釈液を調整して、融解したヒト凍結精子をこれらのヒト凍結精子用希釈液と混和させた後、精子をヒト凍結精子用希釈液から分離して培養し、融解後の精子運動性を測定することで、ヒト凍結精子用希釈液のpHが精子運動性に及ぼす影響を検証した。
【0095】
(実施例3)
まず、pHの異なるヒト凍結精子用希釈液を調製した。上述のモデナ液にEGTAを添加し、NaOHを滴下してpH調整を行い、pHを6.5、6.75、7.0、7.4の4種類のヒト凍結精子用希釈液を調製した。なお、EGTAの最終濃度はいずれも6mMである。
【0096】
そして、調製した異なるpHのヒト凍結精子用希釈液を用い、実施例2と同様の手法で、ヒト凍結精子の融解、希釈、培養を行った。そして、実施例1と同様に、マクラーチャンバーを用いて融解6時間後、及び、融解24時間後の精子運動性を測定した。
【0097】
(比較例4)
また、比較例として、ヒト凍結精子用希釈液を用いず、比較例2と同様の手法によってヒト凍結精子を融解、培養を行った。そして、実施例1と同様にマクラーチャンバーを用い、融解6時間後、及び、融解24時間後の精子運動性を測定した。
【0098】
実施例3及び比較例4における、融解6時間後の精子運動性を
図4に、融解24時間後の精子運動性を
図5にそれぞれ示す。
【0099】
実施例3において、pHが6.75、7.0、7.4のヒト凍結精子用希釈液を用いた場合では、HFFを用いて凍結精子を融解、培養した場合(比較例4)に比べ、融解6時間後及び24時間後のいずれについても、精子運動性が有意に上昇した。
【0100】
また、pHが7.0のヒト凍結精子用希釈液を用いた場合、融解24時間後でも精子運動性が高く保たれており、最も良好であった。ヒト凍結精子用希釈液のpHが7.0前後(pHが6.9以上7.1以下程度)であれば、融解後時間を経ても高い精子運動性が保たれると考えられる。
【0101】
(受精能を有しているか否かの検証)
更に、ヒト凍結精子を融解してヒト凍結精子用希釈液に混和させた後、精子をヒト凍結精子用希釈液から分離して培養した場合に、精子が受精能を有しているか否かを検証した。
【0102】
同一被験者の精子を用い、実験例と同様の方法で凍結精子を作成し、以下の実施例4及び比較例5それぞれに供した。被験者は二人(Patient number 1,2)である。
【0103】
(実施例4)
実施例2と同様の方法で、ヒト凍結精子を融解してヒト凍結精子用希釈液と混和し、その後、精子をヒト凍結精子用希釈液から分離した。なお、用いたヒト凍結精子用希釈液のpHは7、EGTAの最終濃度は6mMである。
【0104】
分離した精子を、4mM caffein添加胚培養培地(Caf)、及び、無添加胚培養培地(free)にてそれぞれ培養した。
【0105】
60分培養後、遠心操作で精子を回収し、SDS sample buffer(SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)緩衝液)で溶解し、10% SDS−PAGE(SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)−ポリアクリルアミドゲル電気泳動)を行い、PVDF membrane(ポリフッ化ビニリデン膜)に転写後、抗Tyrリン酸化抗体で、精子タンパク質のチロシン残基のリン酸化の程度を検出した。
【0106】
(比較例5)
比較例2と同様の方法で、ヒト凍結精子の融解し、培養を行った。そして、実施例4と同様の方法で、精子タンパク質のチロシン残基のリン酸化の程度を検出した。
【0107】
実施例4及び比較例5におけるチロシン残基のリン酸化バンドの検出結果を
図6に示す。精子においては、タンパク質のチロシン残基がリン酸化されるか否かが、受精能を有しているか否かを判断する指標の一つである。タンパク質のチロシン残基はカフェインが介在するとリン酸化され、リン酸化バンドが検出されれば、精子が受精能を有していることを確認できる。
【0108】
比較例5では、free及びCafいずれについても薄いチロシンリン酸化バンドが出現しているだけであり、比較例5の精子は受精能をさほど有していない。一方、実施例4を見ると、いずれの被験者についても、freeに比べて、Cafでは濃いチロシンリン酸化バンドが出現しており、実施例4の精子は十分な受精能を有していることがわかる。
【0109】
このように、ヒト凍結精子を融解して時間が経過した後でも、融解された精子は運動性を高く保ち、且つ、十分な受精能を有していることから、体外受精だけでなく人工授精においても妊娠率の向上が期待できる。
【0110】
なお、本発明は、本発明の範囲を逸脱することなく、様々な実施形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0111】
本出願は、2010年11月9日に出願された日本国特許出願2010−251342号に基づく。本明細書中に、日本国特許出願2010−251342号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。