【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。なお、本明細書において%表示は明示しない場合には重量%を示す。
【0045】
[実施例1]
以下の方法により子宮内膜症モデルマウスを作成し、本発明の予防/改善剤の予防及び改善効果についての検討を行った。
【0046】
[実験動物]
5週齢時に卵巣摘出手術を施した、6週齢の雌性BALB/cマウス(日本エスエルシー(株))を使用した。マウスはCRF−1飼料(オリエンタル酵母(株))を与え、群ごとに分けたケージ中で、室温21±2℃、湿度55±15%、12時間毎の明暗サイクルで管理した部屋で飼育した。食餌と水は自由摂取とした。
【0047】
子宮内膜症モデルマウスの作製はSomigliana et al.(非特許文献2)の方法を改変した方法を用いた。
具体的には、下記に記述するドナーマウスの1対の子宮角を細かく刻み、0.6mlのリン酸緩衝生理食塩水(PBS;pH7.2)に懸濁して、レシピエントマウス1匹当たり0.3mlの子宮内膜懸濁液を18Gの注射針で腹腔内に注入した(0日目とする)。レシピエントマウスは5週齢時(移植日の7日前)に卵巣摘出手術を受けたものを使用し、7日前、0、7、14日目の計4回,ヒマシ油に溶解したエストロゲン(和光純薬工業(株);100μg/kg)を大腿部に筋肉投与した。ドナーマウスは、レシピエントマウスと同様に、移植日の7日前に卵巣摘出とエストロゲン投与を行った。卵巣摘出とエストロゲンの投与は全マウスの性周期を発情期に合わせる為に実施した。
【0048】
マウスIL−12組換え体(和光純薬工業(株))はPBSに懸濁し、移植日の2日前から2日後までの計5日間連日、0.15μg/0.4mlを腹腔に投与した。他の群には溶媒のみを同一条件で投与した。
【0049】
Lactobacillus gasseri OLL2809は、Lactobacilli MRS broth(Difco)で2回、賦活培養(37℃、18時間)した。同培地に賦活化した菌体を1%接種し、37℃で18時間培養した。集菌後、生理食塩水で2回、滅菌蒸留水で1回洗浄した。75℃で60分間加熱して滅菌し、凍結乾燥した。凍結乾燥菌体は2mg/0.5mlの濃度で水に懸濁し、2mg/0.5ml/bodyの投与量で、移植日から解剖の前日(20日目)までの期間、胃ゾンデを用いて経胃管投与した。他の群には溶媒のみを同一条件で投与した。
【0050】
子宮内膜の移植から21日目にマウスを頚椎脱臼により安楽死させ腹腔洗浄液を回収した後に開腹した。ノギスを用いて子宮内膜病変部の大きさ(長径,短径)を測定した後、摘出して重量を測定した。病変部が嚢胞を形成している場合は、嚢胞液を吸引した後に実施した。
【0051】
また、腹腔開腹前に1mlの1%FCS含有PBSを腹腔に注入し、0.5mlの腹腔洗浄液を回収して腹水中のサイトカイン濃度の測定に用いた。サイトカインの測定はBio−plexサイトカインアッセイキット(Bio−rad、 Hercules、 CA)を使用した。
【0052】
腹腔細胞は0.5mlの腹腔洗浄液回収後、さらに4mlの1%FCS含有PBSを腹腔に注入し、その3mlの洗浄液を回収した。サイトカイン測定用に採取した0.5mlの腹腔洗浄液中の細胞を遠心分離により回収し、併せて腹腔細胞とした。
【0053】
腹腔細胞からの全RNAはTrizol試薬(Invitrogen、Calsbad、CA)を用いた。抽出した1μgの全RNAを鋳型に,PrimeScript RT reagent Kit(タカラバイオ(株))を用いてcDNAへの逆転写を行った。リアルタイムPCRはFastStart Universal SYBR Green Master試薬(Roche、Indianapolis、IN)を用いて、ABIプリズム7300(Applied Biosystems、Foster City、CA)で測定した。IL−2遺伝子のオリゴヌクレオチドプライマーはOverbergb et al.を参考にした(Overbergb L, Giulietti A, Valckx D, Decallonne B, Bouillon R, and Matbieu C. The use of real−time reverse transcriptase PCR for the quantification of cytokine gene expression. J.Biomol.Tech.,14,33−43(2003))。NCR1遺伝子はTaqManプローブ(Applied Biosystems)を用いて測定した。各遺伝子の発現量はグリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素の発現量で補正した。
【0054】
結果は平均値±標準誤差で示した。統計解析のパラメトリックデータは一元配置分散分析で多重検定を行い、有意な差が認められた場合にはFishserのPLSDテストで群間の有意差を解析した。ノンパラメトリックデータはSteel−Dwassの方法により多重比較を行った。P<0.05で有意と判断した。
【0055】
Lactobacillus gasseri OLL2809の投与が子宮内膜症病変部に及ぼす影響
通常(無処置)群では子宮内膜症病変部は認められなかったが、対照群で1個体当たり2から7個の病変部が検出され、その重量と面積どちらにおいても通常群と比較して有意な高値を示した(
図1)。Lactobacillus gasseri OLL2809の投与により対照群と比較してその重量と面積どちらも有意な低値を示し、病変部の成長抑制効果が認められた。また、その程度は陽性対照として設定したIL−12投与群と同程度であった。したがって、本発明の予防/改善剤を投与することで子宮内膜症に対する予防及び改善効果が証明できた。
【0056】
腹腔細胞の遺伝子発現解析
腹腔洗浄液中の測定した殆どのサイトカイン濃度は検出限界以下であり、腹腔細胞の細胞種の割合からもLactobacillus gasseri OLL2809の有意な投与効果は確認できなかった。そのため、腹腔細胞の遺伝子発現量を測定した。その結果、IL−2は通常群と比較して対照群では有意な低値が認められた(
図2(A))。これに対して、OLL2809群とIL−12投与群ではその発現量が回復しており、通常群と同程度の値を示した(
図2(B))。IL−2遺伝子は主にTh1細胞が産生するサイトカインでB細胞やT細胞、NK細胞などの分化・増殖を促進し、ラットにおいては子宮内膜症を抑制することが明らかになっている(Velasco I, Quereda F, Bermejo R, Campos A, and Acien P. Intraperitoneal recombinant interleukin−2 activates leukocytes in rat entomentriosis. J. Reprod. Immunol.,74,124−132(2006)、他)。IL−2遺伝子発現量はLactobacillus gasseri OLL2809の投与によって亢進しており、本発明の予防/改善剤の有効性が検証できた。
【0057】
さらに、NK細胞の活性化マーカーの1つであるNCR1(Natural cytotoxicity triggering receptor 1)について、遺伝子発現量の有意な亢進が認められた。NCR1はヒトではLy94またはNKp46としても知られ、活性化したNK細胞表面に発現することが明らかになっている。遺伝子発現量の測定に際しては、各個体から採取した腹腔細胞の同数を用い、同濃度の全RNAから調製したcDNAを用いた。さらに、FACSによる腹腔細胞のポピュレーション解析ではNK細胞数に群間差は認められなかった。従って、NK活性自体としてはLactobacillus gasseri OLL2809投与による有意な亢進は認められなかったが、遺伝子レベルでの解析では個々の細胞の活性が亢進されていることが示唆された。
したがって、Lactobacillus gasseri OLL2809を含む本発明の予防/改善剤は子宮内膜病変の成長抑制効果を有することが明らかになった。
【0058】
[実施例2]
以下の実施例2においては、本発明の予防/改善剤による子宮内膜症罹患患者における月経痛及び月経困難症に対する改善効果について検討を行った。
【0059】
子宮内膜症と診断され、以下の選択基準を満たし、且つ除外基準に抵触しない患者を被験者とした。子宮内膜症の診断基準は「6
th Obstetrics and Gynecology, 2003 (published by People’s Medical Publishing House)」に従った。即ち、下記の(1)から(5)までのうち1症状、且つ(6)または(7)のうちどちらかの身体的兆候が認められた場合に罹患していると判断した。
【0060】
症状:
(1)徐々に進行している続発性の月経困難症、
(2)非月経時の下腹部または骨盤痛、
(3)性交による不快感または疼痛、
(4)断続的な下痢、便秘、肛門のしぶり、
(5)不妊。
身体的兆候:
(6)直腸子宮窩、子宮後壁下部の子宮仙骨靱帯の結節、
(7)子宮付属器周辺の嚢胞性で、固着した腫瘤。
選択基準:
(1)年齢が18歳から45歳までの患者、
(2)毎月月経があり、周期が28±3日の患者。
除外基準:
(1)過去3ヶ月以内にホルモン療法を受けた患者、
(2)重篤な肝障害、腎障害、心筋梗塞または血液疾患の既往歴のある患者、
(3)悪性腫瘍のある患者またはその疑いのある患者、
(4)CA−125が100IU/ml以上の患者、
(5)腹膜の切開部に子宮内膜病変を生じた患者、
(6)乳製品摂取後に下痢症状を起こす患者、
(7)アレルギー疾患の改善を受けている患者、
(8)試験結果に影響を及ぼすと考えられる薬物(便秘改善薬や胃腸薬など)を摂取している患者、
(9)試験結果に影響を及ぼすと考えられる食品(乳酸菌を含む発酵乳や飲料など)を週に4日以上摂取している患者。
中止・脱落基準:
(1)自由意志により試験継続を辞退した被験者、
(2)途中で経過を追えなくなった被験者、
(3)コンプライアンスを遵守しない被験者、
(4)重篤な合併症、または副作用を生じた被験者、
(5)治験錠剤の摂取量が指定した量の80%以下または120%以上の被験者。
【0061】
以上から、66人を子宮内膜症に罹患していると診断し被験者とした。このうち、62人が試験を終了し、最終的にプラセボ群は33人、アクティブ群は29人を解析対象とした。
【0062】
上記選択・除外基準を満たした被験者について、試験に直接関与しないコントローラーが無作為にプラセボ群とアクティブ群に割り付けた。
各被験者には順次、アクティブ群は本発明のLactobacillus gasseri OLL2809を含有する予防/改善剤のアクティブ錠を1日に2錠ずつ、プラセボ群はプラセボ錠を、12週間(3性周期)摂取させた。各被験者には1ヶ月毎に、試験開始前、摂取開始から1、2及び3ヶ月後において問診などによる経過観察と共に下記評価項目の記録を行った。
【0063】
以下の評価項目について各スコアを設定し評価することとした。
第一評価項目:月経期間中における視覚的アナログスケール(VAS)と月経困難症スコアによる主観的な疼痛の程度とした。
第二評価項目:月経時以外のVASと骨盤痛スコア合計とした。
それぞれのスコアを表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
月経期間中及び月経時以外のVASは、左側を無痛、右側を過去に経験した最も酷い痛みとして、10cmの直線上で子宮内膜症による痛みの程度を評価した。
子宮内膜症の客観的評価項目として血清中のCA−125を、摂取前及び摂取開始から3ヵ月後に測定した。
安全性評項目として血液検査(赤血球数、白血球数、血小板数、ヘモグロビン)及び血液生化学検査(血糖値、総タンパク質、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、アスパラギンアミノトランスフェラーゼ(AST)、乳酸脱水素酵素(LDH)、総ビリルビン、γ−トランスペプチダーゼ、アルカリフォスファターゼ(ALP)、血液尿素窒素(BUN)、クレアチニン、尿酸、総コレステロール、トリグリセリド、高密度リポタンパク質(HDL))を摂取前及び摂取開始から3ヵ月後に行った。
【0066】
被験物はLactobacillus gasseri OLL2809を含有する本発明の予防/改善剤としてのアクティブ錠(アクティブ錠剤、明治乳業(株)製)とプラセボ錠剤とした。アクティブ錠剤は1錠250mgの錠剤にLactobacillus gasseri OLL2809の培養濃縮液を75℃で60分間加熱処理し、凍結乾燥した粉末を50mg配合した。プラセボ錠剤には菌凍結乾燥粉末の代わりにデキストリンを配合した。
【0067】
盲検結果のレビューはキーオープン前に実施し、脱落症例の取り扱いは盲検データを基に判断した。この評価は試験を終了した全被験者に対して実施した。
結果は平均値±標準誤差(SE)で示した。2群間の統計解析はStudentのt検定、またはMann−WhitneyのU検定で実施した。P<0.05で有意と判断した。
【0068】
摂取前に記録した被験者の背景因子を表2に示す。全項目において2群間で有意差は認められなかった。
【0069】
【表2】
【0070】
以下に各具体的な評価項目について図面を参照して説明する。なお、
図3及び
図5のグラフにおいて●はプラセボ群(n=33)を、■はアクティブ群(n=29)を示す。
【0071】
VASの推移の結果を
図3に示す。摂取開始前にはプラセボ群で7.73±0.26、アクティブ群で7.51±0.22と2群間で有意な差は認められなかったが、被験物摂取後、プラセボ群とアクティブ群とで摂取開始から2ヵ月後、及び3ヵ月後に月経期中の疼痛に有意な差が認められた(それぞれ、P<0.05、P<0.01)。即ち、摂取開始から摂取3ヶ月後までのVASの変化量は、プラセボ群の−2.00±0.29と比較してアクティブ群では−3.28±0.36と有意な改善が認められた(P<0.01、
図4)。以上の結果から、本発明の予防/改善剤(本実施例におけるアクティブ錠剤)は月経期の疼痛軽減に有効であることが明らかになった。
【0072】
月経時の月経困難症スコアの推移を
図5に示す。摂取開始前にはプラセボ群で3.45±0.20、アクティブ群で3.14±0.17と、2群間で有意な差は認められなかったが、3ヵ月後にはプラセボと比較してアクティブ群で有意な低値を示した(P<0.05)。また、摂取開始から摂取3ヶ月後までの月経困難症スコアの変化量は、プラセボ群は−1.03±0.16であったのに対して、アクティブ群では−1.44±0.17と改善傾向を示した(P<0.1、
図6)。すなわち、本発明の予防/改善剤(本実施例におけるアクティブ錠剤)は月経時の月経困難症スコアの改善に有効であることが明らかになった。
【0073】
摂取後において、血中の赤血球数、白血球数、血小板、ヘモグロビンについて有意な群間差は認められなかった。血糖値、総タンパク質、ALT、AST、LDH、総ビリルビン、γ−トランスペプチダーゼ、ALP、BUN、クレアチニン、尿酸、総コレステロール、トリグリセリド、HDLについても各群において摂取前後で有意な差は認められなかった。したがって、本発明の予防/改善剤は副作用などの無い安全なものであることが判った。
【0074】
以上のように、Lactobacillus gasseri OLL2809は月経期における疼痛と子宮内膜症に由来する月経困難症を改善し、罹患者のQOLの改善に有効であることが明らかになった。また副作用が認められないことから子宮内膜症罹患者におけるQOLの改善に有用であり、安全性の高い予防/改善剤であると考えられる。