【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、以下の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0048】
[実施例1]ナノポアチップとそれを用いた生体ポリマーの特性解析
本発明による生体ポリマー特性解析用のナノポアチップの構成の一例を
図1を用いて説明する。
図1は、本実施例の生体ポリマー特性解析用のナノポアチップ100の模式図である。図示のようにナノポアチップ100は、基板110、ナノポア120、及び導電性薄膜130、などから構成される。図示の通り、基板110の最も広い面(以下基板面)と平行な平面をxy面、導電性薄膜130とナノポア120を結ぶ方向をx軸、xy面と垂直な方向をz軸と定義する。ナノポア120は、基板面と概垂直に形成される、換言するとナノポアの中心軸はz軸と平行である。
【0049】
図2は本実施例のナノポアチップ100のナノポア120の中心軸121を含むxz断面の模式拡大図である。基板110はz軸上方の基板面に薄膜部分111を有し、さらにその上方に導電性薄膜130を有する。また基板はz軸下方にテーパー状の窪み(以下「窓部112」という)を有し、そこに基板の薄膜部分111が露出している。この窓部112の薄膜部分111にナノポア120が形成される。図示の通り、導電性薄膜130の1つの端部131は、ナノポア120の開口部の上端に面している。
図1に略記した通り、この端部131の平面形状は先鋭端となっており、この先鋭端がナノポア120に面している。
【0050】
次に本発明による生体ポリマーの特性解析装置の構成の一例を
図3を用いて説明する。
図3は、本実施例の生体ポリマーの特性解析装置200の構成概略図である。解析装置200は、光源210、レンズ220、ハーフミラー230、対物レンズ240、フィルター250、分光検出器260、終端270、xyz微動ステージ600、試料駆動装置700、試料セル300、パソコンなどの計測制御装置(不図示)などから構成される。試料セル300にはナノポアチップ100が収納される。
【0051】
図4は、試料セル300の構成概略を示すxz断面図である。試料セル300は、ナノポアチップ100、上部部材310、下部部材320、ねじ類(不図示)などから構成される。下部部材320は、その内部にO−リング330、試料用流路410、420、430、試料用チャンバー440、電極用チャンバー450が形成され、また試料用接続ポート460、470、電極用接続ポート480が形成される。下部部材320には試料用接続ポート460、470を介して試料送液チューブ(不図示)が気密に接続され、また電極用接続ポート480を介して銀塩化銀電極(不図示)が気密に接続される。銀塩化銀電極の塩化銀を有する端は電極用チャンバー450に収納され(不図示)、その銀を有する端(以下、銀端)は電極用接続ポート480の外部に露出する。前記試料送液チューブ、試料用接続ポート460、試料用流路410、試料用チャンバー440、試料用流路420、電極用チャンバー450、試料用流路430、試料用接続ポート470、試料送液チューブには、試料溶液(不図示)が隙間なく(気泡の混入なしに)満たされる。従って、試料用チャンバー440内の試料溶液は電極用チャンバー450において銀塩化銀電極と接触し、両者は電気化学的に導通する。上部部材310についても下部部材320と同様である。
【0052】
次に本発明によるナノポアチップの動作の概要を
図1から
図8を用いて説明する。まず試料セル300の準備を行う。具体的には上部部材310と下部部材320との間にナノポアチップ100をはさんでO−リング330で圧接し、上部及び下部の試料用チャンバー540及び440を気密に形成する。試料送液チューブから試料溶液として100mM KCl水溶液を導入し、試料用チャンバー540、440、電極用チャンバー450に試料溶液を満たす。
【0053】
次に試料セル300を解析装置200へ設置する。具体的には試料セル300を微動ステージ600に固定する。微動ステージ600と、図示しない目視用光学系を用いて、試料セル300内のナノポアチップ100の薄膜部分111に光学系の焦点を合わせる。試料セル300に設置した2つの銀塩化銀電極を試料駆動装置700に接続する。試料駆動装置700は電圧源又は電流源を内蔵し、上部試料用チャンバー540を基準として、下部試料用チャンバー440に電圧を印加することができる。
【0054】
解析装置の光学系は以下の通り動作する。具体的には光源210から出射したレーザ光を、レンズ220を通して整形した後、ハーフミラー230により反射し、対物レンズ240により、ナノポアチップ100の薄膜部分111に集光する。レーザ光は薄膜部分111を通過して導電性薄膜130を照射し、その端部131(ナノポア120の開口部に面する)に強い近接場光が生じる。この近接場光が形成される領域(以下近接場)に化学物質(生体ポリマー)を導入すると近接場光は化学物質を励起し、化学物質特有のラマン散乱光を生じる。ラマン散乱光を対物レンズ240で集光し、ハーフミラー230を通過し、フィルター250によりレイリー散乱光並びにアンチストークス線を除去し、ラマン散乱光のうちストークス線を分光検出器260に入射し、分光検出器260を用いて(ストークス線の)ラマン散乱スペクトルを分光し、検出する。薄膜部分111や導電性薄膜130を通過した光は、終端270で吸収又は無関係な方向に拡散する。主要な光路を
図3中の破線で示した。
【0055】
測定対象である生体ポリマーの一例として、DNAの測定手順は以下の通りである。すなわち、試料として例えば長さ10kb(knt)の1本鎖DNAを1nMの濃度となるよう100mM KCl水溶液に溶解したものを使用した。これを下部試料溶液として、試料用チャンバー440に導入する。試料駆動装置700を用いて下部試料用チャンバー440に100mVの負電圧を印加すると、ナノポア120を通して、試料溶液中のイオンが電気泳動され、電流(イオン電流)が流れる。近接場には当初は水とKClのみが存在するため、水のみのラマン散乱スペクトルが観測される。DNAは電気泳動によって下部試料用チャンバー440からナノポア120を通して上部試料用チャンバー540へと電気泳動される。DNAがナノポア120を通過する際、DNAの構成要素である核酸塩基は、導電性薄膜130の端部131に形成される近接場の中に進入する。すると当該塩基特有のラマン散乱光が発生し、分光検出器260によりそのラマン散乱スペクトルが取得される。DNAの電気泳動を続けると、核酸塩基も移動し、近接場の外に離脱する。すると当該塩基特有のラマン散乱光が消滅する。さらに泳動を続けるとDNAの配列上の次の塩基が同様に順次近接場に進入し、離脱する工程を繰り返し、塩基の配列に対応するラマン散乱スペクトルが経時的に取得される。各塩基に特徴的な波数(以下特徴帯)における散乱光強度を経時的に取得し、その時間変化から非特許文献3に記載の差分法などを用いて1塩基毎のスペクトル情報に還元して解析することにより、DNAの塩基配列を求める。以上が本実施例の動作の概要である。
【0056】
以下、各構成要素について詳細に説明する。
本実施例におけるナノポアチップ100は以下の手順で作製した。基板110としてシリコン基板を用い、その表面にLPCVD(減圧化学気相成長)により厚さ約20nmの酸化膜を形成した(この酸化膜は最終的に薄膜部分111となる)。電子ビーム(EB)リソグラフィにより基板底面に窓部のパターンを形成し、リアクティブイオンエッチングにより表面層を除去した後、KOH(水酸化カリウム)ウエットエッチによりシリコンを除去することにより、薄膜部分111を有する窓部112を形成した。導電性薄膜130として、銀の薄膜をスパッタリングにより基板表面に形成した。銀の膜厚は約5nmとした。銀の薄膜の上にレジストを塗布し、
図1に示す三角形様のパターンをEBリソグラフィにより形成し、三角形様パターン以外の領域の銀をエッチングにより除去し、レジストを除去した。最後に、透過型電子顕微鏡(TEM)で基板を観察し、三角形の端部131にTEMの電子ビームを照射することにより、ナノポア120を形成した。ナノポアの内径は約10nmであった。本実施例では薄膜部分111を酸化シリコンを用いて形成したが、窒化シリコン等も同様に使用できる。
【0057】
本実施例における導電性薄膜130は、光学的には光の散乱体としても定義されうる。本実施例では導電性薄膜130の材料として銀を用いたが、この材料は銀に限定されず、一般に導電性を有する材料又は光散乱特性を有する材料であれば任意の材料を用いることができ、一般には金属が好適に使用できる。導電性薄膜として使用可能な他の金属として、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムなどの白金族の金属や、金、銅などがある。
【0058】
本実施例における導電性薄膜130の形状は、三角形状であり、その端部131の頂点の角度として30度を、また三角形のx方向の長さとして、後述する励起光の波長(531nm)より十分に短い100nmを採用した。近接場光を形成するための導電性薄膜(散乱体)の好ましい形状について特開2009-150899号公報(以下「第4の従来例」ともいう)に詳述されており、本発明における導電性薄膜130の形状についても第4の従来例に従って選択可能である。例えば第4の従来例に記載の通り、端部131の頂点の角度は小さい(鋭角である)方が端部に電荷が集中しやすく近接場の増強効果が高い。ただし本発明においては導電性薄膜の端部131以外の端の部分(以下他端部)は、基板110で遮蔽する配置を採用可能であり、この場合は他端部に形成される近接場光の影響を受けない。従って、頂点の角度の適正値は、第4の従来例よりも小さい方向に拡張できる。もっとも、この角度を小さくしすぎると導電性薄膜の面積が減少し、入射光のエネルギーの利用効率が低下する。したがって頂点の角度として10度ないし80度、より好ましくは20度ないし60度が好適に採用可能である。
【0059】
第4の従来例に記載の通り、三角形の端部131の頂点部分は、厳密な意味での点でなくともよく、一定以下、好ましくは10nm以下の曲率半径を有する丸みを帯びた形状等であってもよい。三角形の端部131以外の角については端部131の角度より鈍角であることが好ましい。また導電性薄膜130の形状は三角形に限らず、頂点の角度が上述したような鋭角である端部131を有すればよく、その他の部分の形状は、角が無い円形や、角を有する場合には端部131の頂点の角度より鈍角であれば、自由に選択することができる。すなわち、導電性薄膜130の形状としては、扇形、円形と三角形の合成形、三角形、四角形及び五角形などの多角形、など各種の形状から選択可能である。また本実施例においては基板110で遮蔽される領域でたとえ近接場光が形成されてもそれは測定に影響を及ぼさないため、その遮蔽領域における導電性薄膜の形状は自由に選択できる。
【0060】
本実施例では試料セル300、特に上部部材310と下部部材320の中央部(試料用チャンバー440、540を外部と隔てる部分)に透明な部材を採用した。採用できる透明部材として、ガラス、石英、光源波長において透明度の高いアクリルなどのプラスチック材料がある。下部部材320の中央部に透明な部材を採用することにより、光源210からのレーザ光を効率よくナノポアチップ100に照射することが可能である。また上部部材310の中央部に透明な部材を採用することにより、ナノポアチップ100を通過した透過光や散乱光を反射することなしに通過させ、背景光を抑制することが可能である。関連して、
図3では簡単のために光源210から出射したレーザ光をハーフミラー230により反射した後、ナノポアチップ100に対して概ね垂直な方向に入射させるごとく図示しているが、実際にはレーザ光の入射角度をナノポアチップ100の法線に対して傾けることが好ましい。また、
図3では簡単のために対物レンズ240とナノポアチップ100の間には何も設置していないがごとく図示しているが、対物レンズ240とナノポアチップ100の間の適切な位置に、適切な形状のスリットを設けることが好ましい。これらの構成を採用することにより、ナノポアの薄膜部分111からの反射光が分光検出器260に入射する不具合を回避し、背景光を抑制し、高いS/Nが得られる、という効果がある。
【0061】
図3及び
図4において対物レンズ240と試料セル300(に含まれるナノポアチップ100)とをやや離して図示したが、実際の装置では両者は極力近づけることが望ましい。好ましくは対物レンズ240とナノポアチップ100との距離は3mm以下、好ましくは1mm以下に近接することが望ましい。これにより、励起光による励起効率と、散乱光の集光効率を上げ、高感度な測定を行うことが可能である。また対物レンズ240は液浸タイプが好ましく用いられる。対物レンズは高開口が好ましく、開口数≧0.8が特に良好である。
【0062】
本実施例における生体ポリマーの特性解析装置は、第3の従来例と同様の顕微鏡一体型レーザラマン分光装置を元に構築した。ただしxyz微動ステージ600としては顕微鏡に付属のステージを使用し、AFM用のピエゾステージは使用しなかった。本実施例では光源210として出力1mW、波長531nmのKrイオンレーザを使用した。レーザ及びその波長は適宜選択可能である。試料駆動装置700としては任意関数発生器を使用し、必要に応じて任意関数発生器をアッテネータ(抵抗分圧器)と組み合わせて使用した。試料駆動装置700は、出力電圧範囲は0から±10VのDC、又は任意の波形を出力可能である。任意波形の典型例としてパルス波が挙げられ、パルスのピークの時間幅は10ナノ秒単位で、パルスのピークの電圧値も前述の出力電圧範囲で、任意に出力可能である。
【0063】
以下、本実施例の動作について詳細に説明する。
ナノポアチップ100の基板110は主としてシリコン(Si)で形成される。基板の厚さは約700μmである。基板の薄膜部分111は酸化シリコン(SiO2)で形成され、厚みも約20nmと薄い。従って、基板の窓部112において、レーザ光は薄膜部分111を通過して導電性薄膜130を照射する。導電性薄膜130をレーザ光で照射することにより、その端部131に強い近接場が生じる。レーザ光は端部先端に向かう方向、すなわちx軸方向に偏光させたものを用いることが好ましい。この近接場のz方向の厚みは導電性薄膜130の厚みと同程度、すなわち5〜10nm程度である。
【0064】
窓部112以外において、基板110は約700μmの厚みがある。基板110材料であるSiがレーザ光を吸収、反射、散乱するため、窓部112以外の領域の上に形成される薄膜部分111やその上に形成される導電性薄膜130には、レーザ光がほとんど到達しない。したがって、この窓部112以外の領域については導電性薄膜130における近接場の形成が抑制される。つまり上記の構成により、導電性薄膜130における近接場の形成を、主に窓部112の領域、特に目的とする端部131に限定でき、目的以外の領域における背景光の発生を抑制できる、という特長がある。また、窓部112以外の領域における基板110の表面に反射防止処理を施す、具体的には例えば粗面にしたり、あるいは吸光性材料を塗布したりすることが好ましい。この構成により、レーザ光が目的とする窓部112以外において反射することを抑制し、背景光を抑制できる、という効果がある。
【0065】
以下、本実施例及び後述する変形例で採用した構造について、近接場の形成をシミュレーションにより解析し比較した結果を述べる。
【0066】
本実施例のごとく三角形の導電体に光を入射させたとき、その近傍に発生する近接場光分布をFTDT法(時間領域光伝播ソルバーOptiFDTD, Optiwave System Inc.)を用いて計算した。この計算においては、解析領域の大きさをX、Y、Zそれぞれの方向に、0.3×0.2×2.6umとした(なお、X、Y、Zは
図5及び
図6だけで使用する座標系であり、YはXZ平面に垂直な方向である)。また導電体の材料は銀とし、厚さは10nm、先端尖り角は90度とした。入射波は波長780nmの平面波とし、導電体の面から一波長離れた位置に波源を発生させた(λ=780nm)。入射波の偏光方向はX方向とした。境界条件はXY側面は周期的境界条件、Z方向側面は吸収境界条件とした。メッシュサイズは計算領域全体で均一に2.6nmとした。
【0067】
図5のAは解析した構造の模式図である。また
図5のBに、近接場強度密度(I)の計算結果と、入射波の強度密度(Iin)との比のXY平面分布を、縦軸にプロットした。図示の通り薄膜三角形の先端に最も強い光の場が生じ、その最大値は入射強度比で約1100倍となった。
【0068】
また、この三角形の薄膜を2つ設けて頂点を互いに3nm隔てて対向させた場合についても計算を行い、その結果を
図6のA及びBに示した。これは後述する変形例に相当する。この場合、約7100倍の増強効果が得られた。
【0069】
以上のシミュレーションの結果をまとめると、本実施例や、特に後述する変形例のごとき構造及び形状の導電性薄膜を用いることにより、光電場の増強効果を強く有する近接場が形成されることが示唆された。
【0070】
DNAがナノポア120に進入した直後、塩基由来のラマン散乱光が観測された時点において、試料駆動装置700を用いて、下部試料用チャンバー440に印加する電圧の絶対値を低下させ、DNAの電気泳動速度を低下することができる。また印加電圧の絶対値を低下させた状態で電圧の極性を反転する(下部試料用チャンバー440を陽電圧とする)ことにより、DNA鎖を低い速度で逆向きに泳動することができる。この条件で塩基由来のラマン散乱光が観測されなくなるまで泳動することにより、DNA鎖の先端を近接場の外まで押し戻すことができる。この状態から印加電圧の絶対値を低下させたまま電圧の極性を元に戻す(下部試料用チャンバー440を陰電圧とする)ことにより、DNA鎖の先頭からゆっくりと泳動し、ラマン散乱計測を繰り返すことが可能である。これによりラマン散乱スペクトルを十分な精度で計測するに必要な時間にわたって、測定対象である塩基を近接場の中に留めることができる。
【0071】
試料駆動装置700を用いて下部試料用チャンバー440に印加する電圧は一定(DC)とすることが可能である他、パルス波とし、DNAの泳動と停止を短い周期で繰り返すことも可能である。この場合、パルス波のパルス幅を調節することが可能である(パルス幅変調)。1周期の内のパルスがONの時間の割合(デューティ比)を低くし同OFFの時間の割合を高くすることにより、1周期の内の泳動時間を短くし同停止時間を長くすることが可能である。例えば周波数帯域100MHzの任意関数発生器を用いることにより、パルス幅を10ns単位で可変であるため、1周期の長さを例えば10msとした場合、デューティ比を1/1,000,000の分解能で調節可能である。すなわち、DNA鎖の平均移動速度をデューティ比に応じて極めて高い分解能で(低く)調節することが可能となる。またパルス波高の調節(パルス高変調)と組み合わせることにより、泳動速度をさらに精密に調節することも可能である。泳動電圧や、そのパルス幅の制御により、ラマン散乱スペクトルを十分な精度で計測するに必要な時間にわたり、測定対象である塩基を近接場の中に留めることができる。また停止時間内にラマン散乱スペクトルを取得することにより、測定対象が計測中に近接場に進入したり離脱したりすることにより信号が変動する不都合を回避し、計測値を高精度化することも可能である。
【0072】
また、下部試料用チャンバー440に印加する電圧が正圧と負圧の間を周期的に繰り返すことも可能である。この際、時間平均した電圧がやや負圧になるように調節することにより、電圧を単純に一定の負圧とする場合と比較して、DNA鎖を安定に引き伸ばし、かつゆっくりとナノポア120を通して上部試料用チャンバー540に泳動させることができ、DNA鎖中の個々の塩基に基づくラマン散乱を感度良く計測することが可能となる。
【0073】
DNA鎖の泳動速度を制御する別の手段として、試料溶液の粘性を高めることが効果的である。ナノポアチップ周辺の温度を制御する機構を追加し、試料溶液の温度を低下させれば、試料溶液の粘性が高くなると同時に、DNA鎖のブラウン運動が抑えられるため、DNA鎖のラマン散乱計測に良好な条件となる。また、試料溶液に測定対象以外のポリマーを添加することにより、試料溶液の粘性を高くできると同時に、DNA鎖の立体構造を直鎖状にすることができるため、DNA鎖のラマン散乱計測に良好な条件となる。ポリマーとしてはキャピラリ電気泳動用の分離媒体を用いてもよい。好ましくはナノポアの内径よりも大きい、さらに好ましくは3次元的にクロスリンクされたポリマーを用いることにより、測定を妨害することなく、粘性のみを高くすることができる。特に後述の実施例の
図13によれば、増強場すなわち計測領域をナノポア内部に閉じ込めることが可能であり、この場合、測定対象でないポリマーは計測領域に進入させずに、測定対象である生体ポリマー、例えばDNA鎖のみを測定領域に進入させることが可能となり、測定対象でないポリマーによるラマン散乱を排除することが可能となる。
【0074】
DNAの電気泳動速度を低下する目的のため、微小な泳動速度を実現し、かつそれを正確に制御する他の方法も採用できる。第1の方法として上下の試料用チャンバー(440及び540)間の電圧を高感度に検出する計測電極の対を、上下の試料用チャンバーにそれぞれ新たに(既存の銀塩化銀電極とは別に)設けることができる。この場合、計測電極の対を用いて計測した実際の電圧を元に、銀塩化銀電極に印加する電圧をフィードバック制御することにより、上下の試料用チャンバーの間に所定の微小電圧を正確に印加できる。第2の方法として、ポテンショスタット方式を採用可能である。この場合、既存の1対の銀塩化銀電極をそれぞれ試料極と対極とみなし、対極側の試料用チャンバー440及び540に新たに参照極を設け、試料極と参照極の間の電圧が設定した値になるように、試料極と対極に流れる電流を制御することができる。以上の方法により所定の微小電圧を上下の試料用チャンバー440及び540間に正確に印加でき、微小な泳動速度を実現し、かつそれを正確に制御することができる。第3の方法として、ガルバノスタット方式を採用可能である。この場合、既存の1対の銀塩化銀電極をそれぞれ試料極と対極とみなし、片方からもう片方へ流れる電流をモニターしながら所定値になるようにフィードバック制御することができる。この方法により、所定の微小電流を上下の試料用チャンバー440及び540間に正確に流すことができ、微小な泳動速度を実現し、かつそれを正確に制御することができる。第5の方法として、不純物をドープした半導体を用いてナノポア基板を作製することにより、ナノポア基板に導電性を持たせ、ナノポア基板表面の電位を制御する方法を採用可能である。ポテンショスタットなどを用いることにより液中の電位に対してナノポア基板表面の電位を制御することが可能であり、例えば基板に陽電圧を印加することにより、陰電荷を持つ試料DNAを基板に吸着させ、その運動速度を抑制することが可能である。基板の電圧をパルス状に制御することにより、試料のステップ送りを実現することも可能である。また逆に基板に陰電圧を印加することにより、DNAの非特異的な吸着を抑制し、試料交換を容易にすることも可能である。
【0075】
DNA鎖がナノポア120を通過する速度を制御するさらに別の方法を説明する。下部試料用チャンバー440に満たされる試料溶液と、上部試料用チャンバー540に満たされる試料溶液に圧力差を持たせることにより、DNA鎖が電気泳動によってナノポアを通過しようとする力と、反対向きの力がDNA鎖に加えられるようにすれば、DNA鎖がナノポアを通過する速度を低下させることができる。例えば、下部試料用チャンバー440に満たされる試料溶液は大気圧にする一方で、上部試料用チャンバー540に満たされる試料溶液にポンプ機構やピエゾ機構により大気圧以上の圧力を印加すると、上部試料用チャンバー540から下部試料用チャンバー440に向かう方向、すなわちDNA鎖の電気泳動と逆方向の圧力を生じさせることができる。この圧力差は、上部と下部の試料溶液の組成差、例えばイオン濃度差などに基づく浸透圧によって制御してもよい。この圧力差により、DNA鎖の電気泳動と逆方向に、つまり上部試料用チャンバー540から下部試料用チャンバー440に向かう方向に、試料溶液をナノポア120中にバルクとして流動させ、DNA鎖の通過速度を低下させてもよい。この試料溶液流動は、ナノポア120の内表面に電荷を持たせ、ナノポア120内部に電気浸透流を生じさせることによっても実現できる。試料溶液流動は、さらに以下のような効果を生じさせることも可能である。試料溶液がDNA鎖を包み込むように流動し、DNA鎖をナノポア120内部でその中心軸付近に局在させると同時に、DNA鎖を中心軸方向に引き伸ばすことが可能である。これはDNA鎖の各塩基を安定に増強場の中央を通過させることを可能とし、精度の高いラマン散乱計測を実現できる。
【0076】
図7に、核酸塩基の典型的なラマン散乱強度(スペクトル)の例を示す。4種類の塩基A、C、T及びGは、それぞれ特徴的な波数(以下「特徴帯」ともいう)において散乱光強度がピークを示す。この例におけるA、T、Gの特徴帯のピークはそれぞれa1、t1、g1で示され、波数はそれぞれ約730、1180、650cm
-1である。Cのピーク位置c1(すなわち約1730cm
-1)は、Tのピーク位置t2(すなわち1600cm
-1)とやや重複するが、Tに固有の特徴帯t1の有無を勘案することによりTとCを判別可能である。上記以外にも、CとTの特徴帯として、C:1260cm
-1、T:1360cm
-1を適用できる可能性もある。
【0077】
図8を用いて、差分法の結果として得られる1塩基毎のスペクトル情報から、塩基配列を決定する手順を説明する。
図8は、この手順に対応するPCの出力画面表示イメージである。画面下部には差分法の結果として得られる1塩基毎のスペクトル情報が、横軸:時間、縦軸:信号強度(波数)として、各特徴帯a1、t1、g1、c1、t2について表示される。特徴帯c1とt2は前述の通り重複があるため、両者を含む波数範囲c1〜t2について表示する。時間とともに出現する各特徴帯のピーク、
図8の例ではa1、c1〜t2(t1無し)、g1、a1、c1〜t2(t1あり)に応じて、それぞれA、C、G、A、Tと決定される。決定された配列は画面上部に表示されるとともに、PCに記憶され、結果として外部に出力される。
【0078】
本実施例ではA、C、T、Gのスペクトルを取得してDNAの解析を行う場合について例示したが、本発明の応用範囲はこれに限定されない。例えばUのスペクトルを解析することにより、RNAの解析を行うことができる。またメチル化Cのスペクトルを取得することにより、DNAのメチル化を直読可能となる。さらにアミノ酸のスペクトルを取得することにより、ペプチドやタンパク質の解析が、また糖のスペクトルを取得することにより、糖鎖の解析が可能となる。
【0079】
本実施例による生体ポリマーの特性解析チップは、固体ナノポアに基づくため、構造の安定性が高く信頼性が高い、という特長がある。また本実施例はラマンスペクトルを指標としてモノマーの種類の判定を行う。スペクトルは波数に対する強度パターンという2次元的情報を有するため、トンネル電流強度などの1次元の情報と比較して情報量が飛躍的に多く、定性における識別能が高く、従って塩基の識別能が高い、という特長がある。本実施例は近接場をナノポア120の開口部に固定し、試料駆動装置700を用いることにより、DNAを泳動し、近接場との相対位置関係を制御した。これにより、核酸を予め固体基板110に固定する必要が無く、高分解能の微動ステージやAFMも必要ない。またAFMのプローブをサブnmの精度で2次元的に走査するという繊細な操作も必要ない。すなわち装置構成や操作が簡便である、という特長がある。
【0080】
[実施例1の変形例]
実施例1の変形例として、下記の構成のごときナノポアチップ100aを実施することが可能である。
図9は、本変形例によるナノポアチップ100aの模式図である。図示のようにナノポアチップ100aは、基板110、ナノポア120、及び導電性薄膜130a、130b、などから構成される。すなわち、実施例1における導電性薄膜130に相当する導電性薄膜を2つ有し、それら(導電性薄膜130a、130b)の片方を180度回転させ、端部をナノポアに向き合わせて配置した点が、実施例1と異なる。
図10は本変形例のナノポアチップ100aのナノポア120の中心軸121を含むxz断面の模式拡大図である。図示の通り、導電性薄膜130a、130bは薄膜部分111のz軸上方に形成され、それらの端部131a、131bは、ナノポア120の開口部の上端にそれぞれ面し、互いに対向している。つまり導電性薄膜130aと130bは、ナノポア120の孔径とほぼ同じ距離を隔てて設置される。
【0081】
本変形例によるナノポアチップ100aのための解析装置や、動作は実施例1と同様である。レーザ光も実施例1同様、2つの端部を結ぶ方向、すなわちx軸方向に偏光させたものを用いることが好ましい。異なるのは、レーザ光照射によって生じる近接場光が、導電性薄膜130a、130bの端部131a、131bの間隙に生じることである。また実施例1で示したシミュレーション結果(
図6)から示唆される通り、両方の導電性薄膜に由来する近接場光が互いに強め合い、近接場の強度が増強する。また導電性薄膜130a、130bの存在により、近接場のx方向の分布が制限され、ナノポア120の孔径程度に局限される。結果として、本変形例の近接場の形状の対称性が高く、従って均一性が高い。また本変形例は、近接場の強度が前述のとおり入射光量比で約7,000倍程度と高い(
図6)ため、高感度であり、近接場が空間的に均一で、空間分解能も高い、という特長がある。
【0082】
本変形例のさらなる応用として、導電性薄膜を3つ以上用いる構成も採用可能である。例えば導電性薄膜を4つ、それぞれの端部をナノポアに向き合わせて十字型に配置する構成を採用できる。この場合、導電性薄膜が中心軸を中心に90度の回転対称を有する形で配置されるため、レーザ光を中心軸の方向に入射すれば、レーザの偏光のxy方向に関する向きを制御しなくても、向かい合う導電性薄膜の対のいずれかの端部に強い近接場を誘起できるという特長がある。
【0083】
[実施例2]マルチナノポア解析装置構成
本発明による生体ポリマー特性解析用のマルチナノポアチップの構成の一例を
図11を用いて説明する。
図11は、本実施例2の生体ポリマー特性解析用のマルチナノポアチップ1100の模式図である。図示のようにマルチナノポアチップ1100は、基板1110、ナノポア1120、1121、及び導電性薄膜1130a、1130b、1131a、1131b、などから構成される。図示の通り、本実施例のマルチナノポアチップ1100は、ナノポア及び対向する導電性薄膜などからなる上記変形例の単位構造、すなわち
図10に例示される単位構造を、1つの基板1110に複数有する。
【0084】
次に本実施例における生体ポリマーの特性解析装置の構成の一例を
図12を用いて説明する。
図12は、本実施例2の生体ポリマーの特性解析を行うマルチ解析装置2000の構成概略図である。マルチ解析装置2000は、光源210、レンズ220、ハーフミラー230、対物レンズ240、フィルター250、プリズム2261、結像レンズ2262、2次元検出器2263、終端270、xyz微動ステージ600、試料駆動装置700、試料セル300、パソコンなどの計測制御装置(不図示)などから構成される。試料セル300にはマルチナノポアチップ1100が収納される。
【0085】
次に本実施例の動作の概略を説明する。本実施例2の動作は実施例1と同様であるが、ナノポアチップとして複数の単位構造を有するマルチナノポアチップ1100を用いる。従って、マルチナノポアチップ1100上の複数の場所において、試料に由来するラマン散乱光がそれぞれ独立に生じる。このラマン散乱光は対物レンズ240で集光し、ハーフミラー230を通過し、フィルター250によりレイリー散乱光を除去した後、プリズム2261で分光し、結像レンズ2262を用いて2次元検出器2263の検出面上に結像する。プリズム2261で分光したレイリー線は
図12のz'軸の方向に屈折する。マルチナノポアチップ1100上のx軸方向、y軸方向の各単位構造のナノポア開口部からのレイリー散乱光は、2次元検出器2263の検出面上ではそれぞれx'軸方向、y'軸方向に結像する。またプリズム2261の作用により、ラマン散乱光(ストークス線)はx'軸方向に分散される。ラマン散乱光のうち相対的に強度の強い水のラマン線(ストークス線、ラマンシフト約-3000cm
-1)が、x'軸方向に隣接する隣のナノポアのレイリー線に届かない様に波長分散を空間的に調節することにより、各単位構造のナノポアに由来するラマン散乱光を、2次元検出器2263の検出面上に重複することなく2次元的に展開し、同時に取得できる。また、フィルター250としてレイリー散乱光を除去するものだけでなく、さらにバンドパスフィルターも加えたフィルターを採用することにより、水のラマン線などの不必要な光を予め排除し、目的とするラマン線のみを2次元検出器2263の検出面上に重複することなく2次元的に展開し、同時に取得できる。
【0086】
本実施例では、
図11に示した通り、基板1100上でx方向及びy方向に多数のナノポアを規則正しく、格子状に配列した。また、その内の一方向であるx方向の検出面上での方向と、波長分散方向、及び2次元検出器の画素配列の一方向を一致させた(x'方向)。さらに、基板1100上の多数のナノポアのx方向の配列間隔をdx、y方向の配列間隔をdyとするとき、dx≧dyとした。これら個々の条件により、2次元検出器2263の画素を無駄なく有効に活用できるようになる。言い換えれば、同じサイズの画素を持つ2次元検出器を用いながら、より多くのナノポアからのラマン散乱信号を取得できるため、解析のスループットを向上させることができる。
【0087】
マルチナノポアチップ1100の光学系中心軸に対する設置位置は測定毎に変動し得るため、その都度、ナノポア毎に、その検出面上での位置から、画素座標と波長の関係、すなわち波長校正を行う必要がある。そこで、測定対象のポリマーのラマン散乱スペクトルの計測に先だって、測定対象を含まない試料溶液、すなわち参照溶液の散乱スペクトルを取得した。参照溶液の組成はあらかじめ分かっているため、その結果を元にナノポア毎に波長校正を行うことができる。例えば、参照溶液には水が含まれているため、水のラマン散乱、あるいは水のレイリー散乱の検出画素座標を基準にして、単位画素あたりの波長分散から波長校正を行った。レイリー散乱がフィルターによって遮断され、検出できない場合は、この時だけフィルターを外してもよい。この工程により、各ナノポアで得られる光検出結果をラマン散乱スペクトルに変換することができる。この際、参照溶液の散乱スペクトルを差し引く処理を行えば、測定対象正味のラマン散乱スペクトルが得られるため、より高精度な解析が可能になる。ただし、ナノポア毎の被測定体積(増強場体積)と、測定対象ポリマーがそれを横切る体積が同等である場合、すなわち測定対象ポリマーが被測定領域に進入する際に参照溶液中の分子の多くを排除する場合、上記の処理はむしろ行わないか、あるいは部分的に行う方がよい。測定対象ポリマーのラマン散乱スペクトルは、取得可能な全波長域について取得してもよいが、塩基識別に必要な波長域に限定して、すなわち特定の画素領域に限定して取得すれば、検出速度を高速化できるだけでなく、その後のデータ量を削減することが可能になる。
【0088】
電気泳動によりナノポアを通過するDNA鎖は一般に高速である。例えば電圧100mVを印加時、塩基長10kb(knt)の1本鎖DNAのナノポア通過時間は約1msであり、一塩基あたりの増強場滞在時間(増強場の空間的な広がりは無限小と仮定)は0.1μsに過ぎない。したがって、この条件下で各塩基からのラマン散乱信号を独立に計測するためには、2次元検出器2263の動作速度を1MHz以上にする必要がある。従来の顕微鏡システムで蛍光、燐光、散乱光等を高感度に計測する場合、特に2次元状に分布する測定対象を同時計測する場合には、検出器の動作速度(フレームレート)は通常30Hz以下、特に速い速度で1KHz未満である。したがって検出器の動作速度(フレームレート)を1KHz以上、好ましくは1MHzにすることは、本発明においてナノポアとそれを通過するDNA鎖のラマン散乱スペクトル計測とを組み合わせることによって生じる新しい課題である。このような超高速検出を実現する手段としては、従来の顕微鏡システムで一般に用いられているCCD(電荷結合素子)よりも、CMOS(相補型金属酸化膜半導体)の方が好ましい。CCDでは検出素子1個単位、あるいは1列単位でAD変換を行うのに対して、CMOSでは2次元状に配列するすべて検出素子についてAD変換を同時に行うことができ、AD変換に要する時間を数百〜数千倍短縮することができるためである。CMOSに限らず、検出素子毎にAD変換機能を有する検出器であれば同様の効果を得ることができる。また、検出器で取得される大量の信号をケーブルやボードを介して制御用コンピュータに転送し、内臓のハードディスク等に書き込むに要する時間を削減するため、検出器に大容量のメモリを内蔵させることにより、上記を介さずに大量の信号を保管することも有効である。一方、検出の高速化に伴い、個々の計測の露光時間が著しく低下する。これによる感度低下を防ぐため、増強場を導入すること、液浸形の高開口対物レンズを用いること、あるいは検出器にアバランシェフォトダイオードなどの高感度素子を用いたり、イメージインテンシファイアなどの増倍機能を持たせること等は、本発明にとって好ましい構成である。すなわち、本発明においては、光電子増倍機構を有する検出器を使用することが好ましい。また本実施例においては各ナノポアを通過するDNA鎖の運動を互いに同期させることが好ましく、さらに全てのナノポアにおけるDNA鎖の運動を停止させる時間を設け、その時間においてラマン散乱信号を同時に計測することが特に好ましい。この構成により、全てのナノポアにおけるDNA鎖のラマン散乱信号を高精度に計測できる、という効果がある。
【0089】
本実施例ではラマン散乱スペクトルを得るための波長分散手段にプリズム2261を用いたが、波長分散の分解能を上げるために、回折格子を用いることも可能である。これにより、より精度の高い塩基種の識別が可能になる。
【0090】
波長分散手段を用いないでラマン散乱スペクトルの相違に基づく塩基識別を行うことも可能である。例えば、ダイクロイックミラーを用いてマルチナノポアの2分割像を取得し、それらの強度比からラマン散乱スペクトルの相違を抽出することが可能である。複数のダイクロイックミラーを組み合わせて、3分割像又は4分割像を取得すれば、それらの強度比から、より高精度に塩基種識別が可能になる。この方法は波長分散を用いる方法と比較して、画素あたりの信号強度が大きくなるため感度が向上すること、同じ画素サイズの2次元検出器を用いて、より多くのナノポアを同時計測できることがメリットである。
【0091】
本実施例2によると複数のナノポアについてラマン散乱スペクトルを同時に取得可能であるため、計測の多重度が高く、結果の信頼性が高い、という特長がある。多重度の高い計測を行う場合におけるスループットが高い、という特長がある。
【0092】
本実施例の変形例として、個々のナノポア毎に独立した試料用チャンバーを設け、それぞれのナノポアを用いて異なる試料を同時に計測することも可能である。また、この変形例は、複数の試料を並列に計測できるため、スループットが高い、という特長がある。
【0093】
[実施例3]サンドイッチ構造のナノポアチップ
本発明による生体ポリマー特性解析を行うナノポアチップの構成の一例を
図13を用いて説明する。
図13は、本実施例3のナノポアチップ100bのナノポア120の中心軸121を含むxz断面の模式拡大図である。基板110はz軸上方の基板面に薄膜部分111aを有し、その上に導電性薄膜130a、130bを有し、さらにその上に薄膜部分111bを有する。その他は実施例1の変形例(
図10)と同様である。
【0094】
本実施例3のナノポアチップ100bの作製法は実施例1(の変形例)と類似であるが、導電性薄膜130a、130bのパターンをEBリソグラフィで形成した後に、膜厚約20nmのSiO2からなる薄膜部分111bをスパッタリングにより形成し、その後TEMによりナノポアを形成した点が異なる。薄膜部分111bは薄いため、ナノポアチップ100bの外観は、実施例1(の変形例)と同様、すなわち
図9のごとくである。
【0095】
本実施例3の動作は実施例1(の変形例)と同様であるが、以下の点が異なる。第1に、導電性薄膜130a、130bが薄膜部分111bにより被覆されているため、試料と相互作用可能な近接場はナノポア120の内部に局限される。残りの近接場は薄膜部分111aや薄膜部分111bの内部に封じ込められるため、生体ポリマーを含む試料と相互作用できない。従って目的とするナノポア120内部以外の空間に存在する試料からの背景信号が生じず、S/Nが高い、という特長がある。なお本実施例においては薄膜部分111bの材料をSiO
2とし、それをスパッタリングにより形成したが、薄膜部分111bの材料や形成方法は上記に限定されない。薄膜部分111bの材料としては各種の非導電性材料が採用でき、それらを適切な表面コート法により形成することができ、それにより同様の効果が得られる。第2に、近接場はナノポア120の中心軸方向のちょうど中央付近に形成されるため、試料であるDNA等の生体ポリマーのxy方向の運動がナノポアによって制限されており、従って試料が均一な近接場と相互作用することができるため、得られる信号の再現性が高い、という特長がある。第3に、ナノポア120を通過する過程においてDNAが軸方向に伸長されるため、高次構造が解消され、個々の塩基を順番に近接場に導入でき、試料の配列上の観測領域と測定時刻との対応関係が単純化し、解析が容易になる、という特長がある。
【0096】
[実施例4]導電性薄膜に通電するナノポアチップ
本発明による生体ポリマー特性解析用のナノポアチップの構成の一例を
図14を用いて説明する。
図14は、本実施例4の生体ポリマー特性解析用のナノポアチップ100cの模式図である。図示のようにナノポアチップ100cは、基板110、ナノポア120、及び導電性薄膜130a、130b、配線パターン132a、132b、コンタクト133a、133b、などから構成される。配線パターン132a、132b、コンタクト133a、133bは、それぞれ導電性薄膜130a、130bと電気的に導通する。
【0097】
配線パターン132a、132b、コンタクト133a、133bは、前述の実施例における導電性薄膜130a、130bと同様に形成した。異なるのは、配線パターンやコンタクトの材質として金を用いたことと、厚さとして配線パターンは1ミクロン、コンタクトは100ミクロンを採用したことなどである。
【0098】
本実施例4による生体ポリマーの特性解析装置は実施例1〜3と同様であるが、以下の点が異なる。すなわち、本実施例4はコンタクト133a、133bからカードエッジコネクタ(不図示)を介して、試料駆動装置700の第2の電圧出力に逆位相となるように接続した。
【0099】
本実施例4の動作は前述の各実施例と同様であるが、以下の点が異なる。すなわち、本実施例4では試料駆動装置700からパルス状の電圧を試料用チャンバーに印加することにより、生体ポリマーをナノポア120を通して泳動した。またレーザ照射によって近接場を導電性薄膜130a、130bの端部に形成した。試料駆動装置700のパルスがOFFの時は、泳動電圧が解除されるとともに、コンタクト133a、133bには逆位相、すなわちONパルスが印加され、このパルス電圧は配線パターン132a、132bを通じて導電性薄膜130a、130bに伝達され、その端部131a、131b(不図示)に印加される。すると生体ポリマーであるDNAのリン酸基は導電性薄膜130a、130bの陽極側の端部に誘引されるため、この間、DNAの泳動が一時的に強制的に停止させられる。この間に、生体ポリマーのラマン散乱スペクトルを取得する。同様に、試料駆動装置700のパルスがONの時は、泳動電圧が印加されるとともに、コンタクト133a、133bには逆位相、すなわちOFFパルスが印加され、DNAの泳動の一時強制停止が解除されるため、DNAの泳動が再開する。この間はラマン散乱スペクトルを取得しない。
【0100】
本実施例4では泳動電流のパルス駆動だけでなく、導電性薄膜への電圧印加による生体ポリマーの強制停止/解除を泳動電流のパルスと同期して行うことにより、生体ポリマーのナノポアを通した移動をより精密に制御できる、という特長がある。
【0101】
[実施例5]導電性薄膜としてグラフェンを使用したナノポアチップ
本発明による生体ポリマー特性解析用のナノポアチップの構成の一例を
図15及び
図16を用いて説明する。
図15は、本実施例5のナノポアチップ100dの模式図である。ナノポアチップ100dは、基板110、ナノポア120、及び導電性薄膜130c、130d、などから構成される。図示のように本実施例5は実施例3と類似であるが、主に以下の点が異なる。第1に、導電性薄膜130c、130dとして単層のグラファイト、すなわちグラフェン(graphene)を用いた。第2に、導電性薄膜130c、130dの平面形状は、枠状の構造により周囲を取り囲む形で互いに連結されている。換言すると、導電性薄膜130c、130dは、空隙134a、134bを有する1枚の薄膜状の構造物である。(空隙134a、134bもナノポア120の部分で互いに連結している)。第3に、ナノポア120の直径として2nmのものを採用した点が異なる。なお枠状の構造と、ナノポア120との距離は、プラズモンの減衰距離と同等かやや長い距離とした。このように2つの導電性薄膜130cや130dの長さをプラズモンの減衰距離と同程度の距離とすることにより、導電性薄膜130cや130dで発生したプラズモンをナノポア近傍に十分到達させることができる。
【0102】
図16は、ナノポア120の中心軸121を含むxz断面の模式拡大図である。拡大率が高いため、導電性薄膜130c、130dの外枠は図示されていない。
【0103】
本実施例5のナノポアチップ100dの作製法は実施例3と類似であるが、基板110に薄膜部分111aを形成した後の工程が異なる。すなわち、別途、機械的剥離法を用いてグラファイトからgrapheneを作製し、単層であることを光学顕微鏡により確認した。Schneiderら、Nano Letters (2010) 10, 1912に記載のwedging法を用いて、このgrapheneを、作業用の支持基板の上に転送した。高焦点のTEM(加速電圧300kV)を用いて、支持基板ごとgrapheneに対して電子ビームを照射してカーボンを打ち抜き、空隙134a、134bとその連結部分を形成した。支持基板をTEMから取り出し、再度wedging法を用いて、基板110の薄膜部分111aの上に上記加工を施したgrapheneを転送した。その後は実施例3と同様に、薄膜部分111bをスパッタリングにより形成し、さらにTEMを用いて(空隙134a、134bの連結部分に電子ビームを照射して)ナノポア120を形成した。このように、2つの導電性薄膜130c、130dを枠に連結した形で形成することにより、両者間の極めて狭い間隙や、空隙134a、134bの複雑な形状などを再現性良くかつ容易に形成できる。
【0104】
本実施例5の動作は実施例3と同様であるが、以下の点が異なる。第1に、導電性薄膜130c、130dをgrapheneで形成したため、その厚みが約0.3nmと極めて薄い。従って、その端部131a、131bの間に形成される近接場の厚みも1nm以下と極めて薄く、DNAの塩基数にして1〜3塩基程度と、空間分解能が高い、という特長がある。つまり前述の差分法による解析の誤差が少なく、塩基の種類をより高い確度で識別できる、という特長がある。第2に、導電性薄膜130c、130dをgrapheneで形成したため、その端部131a、131bの厚みが極めて薄く、厚み方向で考えると鋭く尖っている。近接場は先端が鋭く尖っていると電場が集中して増強効果が高まる、という特長がある。第3に、導電性薄膜130c、130dをgraphene(すなわち炭素)で形成したため、銀と比較して水溶液中での酸化などに対する安定性が高い、という特長がある。なお本実施例では単層のgrapheneを用いたが、2層ないし15層程度のgrapheneを用いることも可能である。これら複層のgraphene又はgraphiteを用いる場合でも、5nm以下の極めて薄い導電性薄膜を形成することができるため、上記と同様の効果を得ることができるばかりでなく、強度が高いという特有の効果もある。第4に、ナノポアの内径が小さいため、試料の通過速度を抑制することができる、という特長がある。
【0105】
本実施例5の変形例として、導電性薄膜130c、130dの外枠を撤去してそれぞれ独立させ、実施例4のごとく配線を引き出して外部装置に接続する方法を採用可能である。外部装置としてトンネル電流の計測装置を採用することにより、導電性薄膜130c、130dの端部131a、131b間の試料を通して流れるトンネル電流を計測することが可能となる。この変形例は、端部の厚みが薄いため、トンネル電流計測における空間分解能が高い、という特長がある。この変形例を実施例1ないし実施例5と組み合わせることにより、ラマン測定とトンネル電流測定を同時に行うことができる。両者の結果を相補的に用いることにより、解析結果の信頼性を向上することが可能である。また一方の結果を用いてDNAの塩基の存在を検出し、他方の計測タイミングの同期を取ることにより、計測のS/Nを高め、解析結果の信頼性を向上することも可能である。
【0106】
また本発明による導電性薄膜を設けたナノポアチップを、蛍光計測方式、例えば蛍光プローブを用いるナノポアシーケンサに適用することも可能である。この場合、導電性薄膜によって形成される近接場を活用することにより、高感度で、かつ高い空間分解能を達成可能である。
【0107】
さらに上述した本発明を構成する各要素や従来の技術を2種類以上組み合わせて、さらに解析精度を向上することも有効である。
【0108】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願は、その全文を参考として本明細書中に取り入れるものとする。