特許第5928302号(P5928302)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5928302リチウム二次電池用正極活物質の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5928302
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月1日
(54)【発明の名称】リチウム二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/58 20100101AFI20160519BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20160519BHJP
【FI】
   H01M4/58
   H01M4/36 B
   H01M4/36 E
【請求項の数】9
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-242414(P2012-242414)
(22)【出願日】2012年11月2日
(65)【公開番号】特開2014-93171(P2014-93171A)
(43)【公開日】2014年5月19日
【審査請求日】2015年4月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】北川 寛
(72)【発明者】
【氏名】中林 崇
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 豊隆
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
【審査官】 赤樫 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/133566(WO,A1)
【文献】 特開2009−263222(JP,A)
【文献】 特開2006−190528(JP,A)
【文献】 特開2005−108681(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00− 4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(化学式1)で示されるリチウム二次電池用正極活物質の原料と、金属元素を含まない有機物とを混合する工程と、
前記正極活物質の原料及び前記有機物との混合物を、420℃〜600℃の温度、かつ酸化雰囲気で仮焼成する工程と、
前記仮焼成する工程により得た仮焼成体に、金属元素を含まない炭素化合物を混合する工程と、
前記炭素化合物が混合された前記仮焼成体を、前記仮焼成温度以上の温度、かつ還元雰囲気もしくは不活性雰囲気で本焼成する工程と、を有し、
前記本焼成工程後に得られる下記(化学式1)で示されるリチウム二次電池用正極活物質中のFeにおいて、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)が0.01≦(III/II)≦0.3であることを特徴とするリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
LiMP1−x (化学式1)
(Mは金属元素であって、Feを含み、かつMn、Co及びNiのうち少なくとも1つを含み、AはB、Si、Ti、Vから選ばれる少なくとも一つを含み、0≦x≦0.25である。)
【請求項2】
前記正極活物質において、Mに占めるFeの割合が10mol%〜50mol%であることを特徴とする請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記正極活物質として、非晶質のLi及び/又はLiPOが含まれることを特徴とする請求項1又は2に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項4】
前記金属元素を含まない有機物がカルボン酸であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項5】
前記カルボン酸が酢酸、クエン酸、リンゴ酸からなる群より選択される一つ以上であることを特徴とする請求項4に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項6】
前記金属元素を含まない有機物が糖であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項7】
前記糖がスクロース、グルコース、デンプン、セルロース、デキストリンからなる群より選択される一つ以上であることを特徴とする請求項6に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項8】
前記仮焼成の温度が、430℃以上500℃以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項9】
前記仮焼成する工程の酸化雰囲気が、酸素濃度1%以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池用正極活物質の製造方法並びにリチウム二次電池、リチウム二次電池用正極及びリチウム二次電池用正極活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池用の正極活物質としては、従来はコバルト酸リチウムが主流であり、これを用いたリチウム二次電池が広く用いられている。しかし、コバルト酸リチウムの原料であるコバルトは産出量が少なく高価であり、代替材料が検討されている。代替材料として挙げられているスピネル構造を持つマンガン酸リチウムは、放電容量が十分でなく、高温でマンガンが溶出することが問題となっている。また、高容量が期待できるニッケル酸リチウムは、高温時の熱安定性(安全性)に課題を有する。
【0003】
熱安定性(安全性)の観点では、オリビン型構造を有する化合物が特に優れており、リチウム二次電池用の正極活物質として期待されている。オリビン型構造を有する化合物(以下、オリビンと略す場合がある)は、化学式LiMPO(Mは遷移金属)で表され、構造内に強固なP‐O結合を有し、高温時も酸素が脱離しないため熱安定性(安全性)が高い。
【0004】
しかし、オリビンは、コバルト酸リチウムと比較して電子伝導性に劣るといった欠点を有する。このため、電流値が大きくなると放電容量を十分に取り出すことができないといった課題がある。オリビンの電子伝導性が低い理由は、上述した強固なP‐O結合が存在するために、電子が局在化してしまうためである。
【0005】
このような課題に対し、電子伝導性を向上させるために、オリビンの表面を炭素で被覆する(炭素被覆する)プロセスが必要となる。炭素被覆したオリビン型構造を有する化合物の製造方法としては、原料を混合して熱処理する工程を基本とし、性能向上やプロセス簡略化等を目的とした様々な方法が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、リチウム化合物、鉄化合物、およびリン酸化合物を混合し、原料混合物を作製する工程(A)と、原料混合物を、不活性雰囲気中、還元性雰囲気中または真空雰囲気中で仮焼成し、仮焼成物を作製する工程(B)と、仮焼成物に、高分子材料を混合し、被焼成物を作製する工程(C)と、被焼成物を、不活性雰囲気中、還元性雰囲気中または真空雰囲気中で焼成する工程(D)とをこの順で含むことを特徴とするLiイオン電池用正極活物質の製造方法が開示されている。特許文献1によると、上記の方法で得られたLiFePOは表面にカーボン微粒子が存在し、放電容量が非常に高く、サイクル特性のよいLiイオン電池用正極活物質を、高価な装置および原料を用いることなく、簡便に製造することができるとしている。
【0007】
また、特許文献2には、リン酸、カルボン酸およびリチウム源を含む水溶液に、酸素を0.5質量%以上含有する鉄粒子を添加し、酸化雰囲気下で上記水溶液中の成分と上記鉄粒子とを反応させて反応液を作製する合成工程と、上記合成工程で得られた反応液を乾燥させてリン酸鉄リチウム前駆体を生成する前駆体生成工程と、上記前駆体生成工程で得られたリン酸鉄リチウム前駆体を非酸化性雰囲気下で焼成してリン酸鉄リチウムを得る一次焼成工程とを有するリン酸鉄リチウムの製造方法が開示されている。特許文献2によると、鉄粒子の反応を制御することにより、原子レベルで均一に混合したリン酸鉄リチウムの前駆体を調製することができ、その結果正極活物質に要求される重要特性である高速充放電特性に優れたリン酸鉄リチウムを、低コストかつ安定的に生産することができるとしている。
【0008】
また、特許文献3には、一般式LiMPO(式中のMは、Co、Ni、FeおよびMnからなる群より選択される少なくとも1種以上の元素であり、0<x≦1の条件を満たす。)で表されるオリビン型リチウム含有リン酸化合物からなる正極活物質を製造する方法であって、リチウム源、リン酸源およびM元素源を包含する前記正極活物質を構成するための出発原料を水系溶媒中で混合してゲル状の原料混合物を調製する工程と、前記出発原料が結晶化しない所定の温度域で、前記原料混合物を加熱して仮焼成する工程および、前記仮焼成工程で得た仮焼成物に導電性粉末を添加し混合して焼成する工程を包含する正極活物質製造方法が開示されている。特許文献3によると、化学量論組成に近いリチウム含有リン酸化合物の結晶が安定して成長し、結晶化度の高く、導電性に優れた正極活物質を提供することができるとしている。
【0009】
なお、非特許文献1及び非特許文献2にはオリビン型構造を有する化合物の構造及び物性についての記載がある。非特許文献1によると、LiO‐P系(オリビンのLi、Pが過剰な場合に相当)では、非晶質のLi及び/又はLiPOが生成すると記載されている。また、非特許文献2によると、オリビン型構造を有するLiFePOの結晶化温度は420℃付近であるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2011−210376号公報
【特許文献2】国際公開第2011/086872号
【特許文献3】特開2010−267501号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Journal of the European Ceramic Society 29 (2009) 1895−1902.
【非特許文献2】Robert Dominko, Marjan Bele, Jean−Michel Goupil, Miran Gaberscek, Darko Hanzel, Iztok Arcon, and Janez Jamnik “Wired Porous Cathode Materials: A Novel Concept for Synthesis of LiFePO4” Chemistry of Materials 19(2007), pp. 2960−2969.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
オリビンは炭素被覆することによって十分な電子伝導性が初めて得られる一方、炭素等がオリビンの結晶内部に取り込まれると、結晶性が低下して放電容量が低下するといった課題がある。
【0013】
特許文献1では、原料混合物および被焼成物を不活性雰囲気中、還元性雰囲気中または真空雰囲気中などの非酸化雰囲気中で焼成する工程が記載されている。この場合、原料混合物を非酸化雰囲気中で熱処理すると、原料混合物に含まれるLi、M、P、O以外の成分の一部が結晶内部に取り込まれ、仮焼成体の結晶性が低下して容量が低下するおそれがある。
【0014】
特許文献2では、リン酸、カルボン酸およびリチウム源を含む水溶液に、安価な鉄粒子を添加し、酸化雰囲気中で反応液を作製する合成工程と、得られた反応液を乾燥させて前駆体を作製する前駆体生成工程と、得られた前駆体を非酸化雰囲気下で焼成する一次焼成工程が記載されている。この場合、水溶液に溶解したカルボン酸は乾燥時に前駆体の一部となっており、非酸化雰囲気下で焼成する一次焼成工程で仮焼成体内部に取り込まれ、仮焼成体の結晶性が低下して容量が低下するおそれがある。
【0015】
特許文献3では、リチウム源、リン酸源、およびM元素源(Mは、Co、Ni、FeおよびMnからなる群より選択される少なくとも1種以上の元素)を包含する出発原料を水系溶媒中で混合してゲル状の原料混合物を調整する工程と、原料混合物を結晶化しない温度で加熱する仮焼成工程と、仮焼成体に導電性粉末を添加して混合して焼成する工程が記載されている。この場合、仮焼成工程では結晶化しない温度で加熱しているため、仮焼成体はオリビンを形成していない。そのため、導電性粉末を添加して混合して焼成する段階で、オリビンが結晶化すると共に、オリビン内部に導電性粉末が取り込まれ、結晶性が低下して容量が低下するおそれがある。
【0016】
したがって本発明の目的は、安全性の高いオリビン型構造を有する化合物を使用したリチウム二次電池用正極活物質の製造方法において、該オリビン型構造を有する化合物の結晶性の低下を抑制し、従来よりも高容量(150Ah/kg以上)及び高レート特性(80%以上)の両方を達成することができるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の一態様は、上記目的を達成するため、
下記(化学式1)で示されるリチウム二次電池用正極活物質の原料と、金属元素を含まない有機物とを混合する工程と、
前記正極活物質の原料及び前記有機物との混合物を、420℃〜600℃の温度、かつ酸化雰囲気で仮焼成する工程と、
前記仮焼成する工程により得た仮焼成体に、金属元素を含まない炭素化合物を混合する工程と、
前記炭素化合物が混合された前記仮焼成体を、前記仮焼成温度以上の温度、かつ還元雰囲気もしくは不活性雰囲気で本焼成する工程と、を有し、
前記本焼成工程後に得られる下記(化学式1)で示されるリチウム二次電池用正極活物質中のFeにおいて、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)が0.01≦(III/II)≦0.3であることを特徴とするリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供する。
LiMP1−x(化学式1)
(Mは金属元素であって、Feを含み、かつMn、Co及びNiのうち少なくとも1つを含み、AはB、Si、Ti、Vから選ばれる少なくとも一つを含み、0≦x≦0.25である。)
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、安全性の高いオリビン型構造を有する化合物を使用したリチウム二次電池用正極活物質において、該オリビン型構造を有する化合物の結晶性の低下を抑制し、従来よりも高容量(150Ah/kg以上)及び高レート特性(80%以上)の両方を達成することができるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を示すフロー図である。
図2】本発明が適用されるリチウム二次電池(18650型リチウムイオン二次電池)の一例を示す断面模式図である。
図3】実施例1のリチウム二次電池用正極活物質のX線回折プロファイルを示す図である。
図4】実施例1〜15、比較例1、2、参考例1及び2の正極活物質の単極放電容量とレート特性の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
前述したように、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法は、
前記(化学式1)で示されるリチウム二次電池用正極活物質の原料と、金属元素を含まない有機物とを混合する工程(原料混合工程)、
前記正極活物質の原料及び前記有機物との混合物を、420℃〜600℃の温度、かつ酸化雰囲気で仮焼成する工程(仮焼成工程)と、
前記仮焼成する工程により得た仮焼成体に、金属元素を含まない炭素化合物を混合する工程(炭素源混合工程)と、
前記炭素化合物が混合された前記仮焼成体を、前記仮焼成温度以上の温度、かつ還元雰囲気もしくは不活性雰囲気で本焼成する工程(本焼成工程)と、を有する。
【0021】
本発明のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法は、以下の2つの特長を有する。すなわち、(1)原料混合工程において、金属元素を含まない有機物を混合すること及び仮焼成工程において、420℃〜600℃の温度、かつ酸化雰囲気で焼成することによって、前記有機物の分解によって発生するガスが、有害な異相の発生を抑制する。ここで有害な異相とは、原料の金属元素から発生する遷移金属を含む金属酸化物のうち、オリビン型構造を有する化合物以外のもので、具体的には、Fe、LiFeP、LiFe(PO、Mn、MnO、Mn等が挙げられる。(2)また該仮焼成工程は酸化雰囲気であるので、前記有機物は、該仮焼成工程で消失し、正極活物質の結晶構造内に残留することはない。
【0022】
上記(1)及び(2)によって、結晶性の高いオリビン型構造を有する化合物を得ることができ、高容量及び高レート特性を有するリチウム二次電池を提供することが可能となる。なお、詳細については後述する。
【0023】
本発明は、上記の本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記正極活物質において、Mに占めるFeの割合が10mol%〜50mol%である。
(ii)前記正極活物質として、非晶質のLi及び/又はLiPOが含まれる。
(iii)前記金属元素を含まない有機物がカルボン酸である。
(iv)前記カルボン酸が酢酸、クエン酸、リンゴ酸からなる群より選択される一つ以上である。
(v)前記金属元素を含まない有機物が糖である。
(vi)前記糖がスクロース、グルコース、デンプン、セルロース、デキストリンからなる群より選択される一つ以上である。
(vii)前記仮焼成の温度が、430℃以上500℃以下である。
(viii)前記仮焼成する工程の酸化雰囲気が、酸素濃度1%以上である。
【0024】
また本発明は、上記リチウム二次電池について以下のような改良や変更を加えることができる。
(ix)前記正極活物質において、非晶質のLi及び/又はLiPOが含まれる。
【0025】
以下、本発明に係る実施形態を説明する。ただし、本発明は、ここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0026】
(リチウム二次電池用正極活物質の製造方法)
図1は本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を示すフロー図である。以下、図1に沿って本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法について説明する。
(1)原料混合工程
まず、前記(化学式1)で示される正極活物質原料と、金属元素を含まない有機物とを混合する。ここで、有機物とは、原料混合工程で混合するものと定義する。正極活物質原料としては、炭酸塩、水酸化物、硫酸塩、酢酸塩、塩化物、シュウ酸塩、クエン酸塩または硝酸塩等を用いることができる。この中でも、有害ガス等の発生を抑制する観点から、炭酸塩、水酸化物、シュウ酸塩を用いることが好ましい。
【0027】
有機物としては、金属元素を含まないものを用いる。このような有機物は、後述する仮焼成工程において分解し、分解によって非酸化性ガス(例えば、COやCO等)が発生する。このような非酸化性ガスが発生することによって、原料の金属元素から発生する遷移金属が酸化して生成しうるオリビン型構造を有する化合物以外のもの、具体的には、Fe、LiFeP、LiFe(PO、Mn、MnO、Mn等の正極活物質原料から生じる金属酸化物の有害な異相の発生を抑制し、結晶性の高いオリビン型構造を有する化合物を得ることができる。このような観点から、有機物は、正極活物質原料に対し、1重量%から40重量%含まれていることが好ましい。1重量%未満では、正極活物質原料から生じる金属酸化物の有害な異相の発生を十分抑制することができない。一方、40重量%を越えると、分解によって発生する非酸化性ガスが過剰となり、不要なガスが発生するだけになる。
【0028】
金属元素を含まない有機物としては、カルボン酸、糖等が好適である。カルボン酸としては、具体的には、酢酸、クエン酸、リンゴ酸からなる群より選択される一つ以上であることが好ましい。また、糖としては、具体的には、スクロース、グルコース、デンプン、セルロース、デキストリンからなる群より選択される一つ以上であることが好ましい。
正極活物質原料と金属元素を含まない有機物との混合手段は特に限定されず、固相法、液相法、共沈法、錯体法など公知の手法を用いることができる。これらの中でも、固相法でビーズミルなどを用いて1μm以下に粉砕して混合することがより好ましい。
(2)仮焼成工程
上記で準備した混合物を、420℃〜600℃の温度、かつ酸化雰囲気で仮焼成を行う。なお、本明細書において「420℃〜600℃」とは、420℃以上、600℃以下を意味するものとする。前述した非特許文献2によると、オリビン型構造を有するLiFePOの結晶化温度は420℃であるので、仮焼成は420℃以上で行う。420℃未満ではLiMP1−x(Mは金属元素であって、Feを含み、かつMn、Co及びNiのうち少なくとも1つを含み、AはB、Si、Ti、Vから選ばれる少なくとも一つを含み、0≦x≦0.25である。)が結晶化しない可能性があるため、本焼成時に結晶内部に炭素源が混入して結晶性が低下する恐れがある。また、仮焼成は600℃以下で行う。600℃を越えると、結晶粒子が粗大化し、リチウムの拡散距離が大きくなって容量が低下してしまうおそれがある。より好ましくは、430℃以上500℃以下である。
【0029】
仮焼成の焼成時間は2時間〜30時間であることが好ましい。2時間未満であると十分結晶化が進まず、結晶性が向上しない。一方、30時間を越えても、保持温度での結晶成長は十分進んでいるため、更なる結晶性向上にはほとんど効果が得られず、生産性が低下するだけである。より好ましくは、4〜15時間である。
【0030】
仮焼成時の雰囲気は酸化雰囲気とする。酸化雰囲気で仮焼成を行うと、前記有機物が燃焼により消失するため、オリビン型結晶中に残留することがなく、結晶性の低下を防ぐことができる。また、前記有機物は、酸化雰囲気で焼成するとオリビンが結晶化する温度の近傍で、非酸化性のガス(例えば、CO、CO等)を生成し、該非酸化性ガスが金属酸化物等の有害な異相の生成を抑制する。これらの効果によって、結晶性の高いオリビン型構造を有する正極活物質を得ることができる。
【0031】
本発明において酸化雰囲気とは、酸素濃度が1%以上の雰囲気であることが好ましい。より好ましくは、酸素濃度が1%以上50%以下である。酸素濃度が1%未満では、原料混合粉に含まれる有機物の一部が仮焼成体に残留してしまい、結晶性が低下する。一方、酸素濃度が50%を越えると、オリビン結晶化近傍の温度で有機物から生成する非酸化性のガスの効果が小さくなり、金属酸化物等の有害な異相が生成してリチウム二次電池の容量が低下してしまう。
(3)炭素源混合工程
上記で得た仮焼成体に、炭素源として金属元素を含まない炭素化合物を混合する。ここで、炭素化合物とは、炭素源混合工程で混合するものと定義する。炭素源としては、金属元素を含まない炭素化合物であれば特に限定はなく、原料混合工程で用いた金属元素を含まない有機物を用いることもできる。より好適なのは、炭素含有率の高い、スクロースやデキストリンである。添加量は、本焼成後の炭素含有量が正極活物質に対して0.5質量%〜10質量%となる量であることが好ましく、1質量%〜5質量%となる量であることがより好ましい。
【0032】
仮焼成体と炭素化合物を効率よく混合する手法としては、ボールミルやビーズミルを用いて機械的圧力を加えることが好ましい。
(4)本焼成工程
上記で得た仮焼成体と炭素化合物の混合物に対して本焼成を行い、オリビン型構造を有する化合物を炭素被覆する。本焼成工程は、結晶構造中の金属元素の酸化を防ぐと共に炭素被覆を行うため、不活性雰囲気または還元雰囲気(非酸化雰囲気)で行う。具体的には、窒素、アルゴン又は水素雰囲気が好ましい。
【0033】
本焼成は、仮焼成温度以上の温度で行う。有機物を炭化して導電性を向上させるためには、本焼成温度は600℃以上が望ましい。また、本焼成は、正極活物質の熱分解が起きる温度以下で行うことが望ましい。望ましい本焼成温度の範囲は、600℃〜800℃である。600℃未満では、炭素源を十分炭化できず、導電性を付与することができない。一方、800℃を越えると、粒子が粗大化してリチウム二次電池の容量が低下する。より好ましくは、650℃〜750℃である。本焼成後は、雰囲気制御したまま徐冷したり液体窒素等を利用して急冷したりしてもよい。
【0034】
以上説明したように、本発明に係る正極活物質の製造方法を用いると、結晶性が高く、炭素被覆されたオリビン型構造を有する化合物を得ることができる。
【0035】
上述した本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法によれば、Feにおいて、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)が0.01≦(III/II)≦0.3である正極活物質が得られる。このことについては、追って詳述する。
【0036】
(リチウム二次電池)
本発明が適用されるリチウム二次電池の構成について説明する。図2は、本発明が適用されるリチウム二次電池(18650型リチウムイオン二次電池)の一例を示す断面模式図である。図2に示したように、リチウム二次電池10において、正極1および負極2は、これらが直接接触しないようにセパレータ3を挟み込んだ状態で惓回されて、電極群を形成している。なお、電極群の構造は、円筒状、扁平状などの形状の捲回に限定されるものではなく、短冊状電極を積層したものであってもよい。
【0037】
正極1には正極リード7が付設されており、負極2には負極リード5が付設されている。リード5、7は、ワイヤ状、箔状、板状などの任意の形状を採ることができる。電気的損失を小さくし、かつ化学的安定性を確保できるような構造・材質が選定される。
【0038】
電極群は、電池缶4に収容されており、電池缶4の上部に設置された絶縁板4および底部に設置された絶縁板9によって、挿入された電極群が電池缶4と直接接触しないようになっている。さらに、電池缶4の内部には、非水電解液(図示せず)が注入されている。電池缶4の形状は、通常、電極群の形状に合わせた形状(例えば、円筒状、扁平長円柱状、角柱など)が選択される。絶縁板9としては、非水電解液と反応せず、かつ気密性に優れた任意の材質(例えば、熱硬化性樹脂、ガラスハーメチックシールなど)が好適である。
【0039】
電池缶4の材質は、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルメッキ鋼製など、非水電解液に対し耐食性のある材料から選択される。電池缶4への密閉蓋部6の取り付けは、溶接の他に、かしめ、接着などの方法も採ることができる。
【0040】
電池缶4と密閉蓋部6との間には、電解液の漏れを防止するとともにプラス極の正極1とマイナス極の負極2とを分けるパッキン(シール材)8が形成される。パッキン8は、ゴムなどの電気絶縁性を有する材料で形成される。
【0041】
リチウム二次電池10を構成する正極2は、正極集電体の片面または両面に正極活物質を含む正極合剤スラリーを塗布・乾燥させた後、ロールプレス機などを用いて圧縮成形して、所定の大きさに切断することで作製される。正極の集電体には、厚さが5〜25μmのアルミニウム箔や、厚さ10μmの銅箔、厚さ10〜100μmで孔径0.1〜10mmのアルミニウム製穿孔箔、エキスパンドメタル、発泡アルミニウム板などが用いられる。材質は、アルミニウム、銅の他に、ステンレス、チタンなども適用可能である。
【0042】
同様に、リチウムイオン二次電池を構成する負極2は、負極集電体の片面または両面に負極活物質を含む負極合剤スラリーを塗布・乾燥させた後、ロールプレス機などを用いて圧縮成形して、所定の大きさに切断することで作製される。負極の集電体には、厚さが5〜20μmの銅箔や、厚さ10〜100μmで孔径0.1〜10mmの銅製穿孔箔、エキスパンドメタル、発泡銅板などが用いられ、材質は、銅の他に、ステンレス、チタン、ニッケルなども適用可能である。
【0043】
正極合剤スラリーおよび負極合剤スラリーの塗布方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、ドクターブレード法、ディッピング法、スプレー法など)を利用することができる。
【0044】
正極1に用いられる正極活物質としては、前述した本発明の製造方法を用いて製造した正極活物質を用いる。正極活物質に対して、バインダ、増粘剤、導電材(例えば、アセチレンブラック、デンカブラック(登録商標)、黒鉛粉末等)、溶媒等を必要に応じて混合して正極合剤スラリーが作製される。オリビンは高比表面積であるため、導電ネットワークを形成するためには導電材の比表面積が大きいことが望ましく、具体的にはアセチレンブラックやデンカブラック(登録商標)が望ましい。なお、本発明では正極活物質のオリビンが炭素被覆されており、該被覆炭素が導電材としても機能する。結着剤は、集電体との密着性を確保するためのものであり、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)やポリアクリロニトリルなど、一般の結着剤を用いることが可能である。十分な結着性を有するものならば、結着剤の種類は特に制限されない。
【0045】
負極2に用いられる負極活物質は、リチウムイオンの吸蔵および放出をすることができる材料であれば特に限定されない。例えば、人造黒鉛、天然黒鉛、非晶質炭素、難黒鉛化炭素類、活性炭、コークス、熱分解炭素、金属酸化物、金属窒化物、リチウム金属またはリチウム金属合金などが挙げられる。これらいずれかの単独または2種以上の混合物を用いることができる。その中でも、非晶質炭素はリチウムイオンの吸蔵および放出の際の体積変化率が少ない材料であるため、充放電のサイクル特性が高まることから、負極活物質として非晶質炭素を含むことは好ましい。負極活物質に対して、バインダ、増粘剤、導電材、溶媒等を必要に応じて混合して負極合剤スラリーが作製される。
【0046】
また、リチウムイオン(Li)を挿入可能またはリチウムの化合物を形成可能な材料としては、アルミニウム、スズ、ケイ素、インジウム、ガリウム、マグネシウム等の金属、これらの元素を含む合金、またはスズやケイ素等を含む金属酸化物が挙げられる。さらにまた、これらの金属や合金や金属酸化物と黒鉛系や非晶質炭素の炭素材料との複合材が挙げられる。
【0047】
負極導電材としては、上述した正極活物質の導電材の他、導電性高分子材料(例えば、ポリアセン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン、ポリアセチレンなど)を用いることが可能である。
【0048】
合剤スラリーに用いられるバインダ、増粘剤および溶媒に特段の限定はなく、従前と同様のものを用いることができる。
【0049】
セパレータ3は、二次電池の充放電時にリチウムイオンを透過させる必要があるため、多孔体(例えば、細孔径が0.01〜10μm、気孔率が20〜90%)であることが好ましい。セパレータ3の素材としては、ポリオレフィン系高分子シート(例えば、ポリエチレンやポリプロピレンなど)や、ポリオレフィン系高分子シートとフッ素系高分子シート(例えば、四フッ化ポリエチレン)とを溶着させた多層構造シート、またはガラス繊維シートを好適に使用できる。また、セパレータ3の表面にセラミックスとバインダの混合物を薄層状に形成しても良い。
【0050】
電解質は、LiPF、LiBF、LiCFSO、LiN(SOCF、LiN(SOF)などのリチウム塩を単独でまたは混合して用いることができる。リチウム塩を溶解する溶媒としては、鎖状カーボネート、環状カーボネート、環状エステル、ニトリル化合物などを用いることができる。具体的には、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメトキシエタン、γ―ブチロラクトン、n−メチルピロリジン、アセトニトリルなどである。
【0051】
電解質は溶媒中に0.8〜1.5M含まれていることが好ましい。
【0052】
他に、ポリマーゲル電解質や固体電解質も、電解質として使用できる。固体高分子電解質(ポリマー電解質)を用いる場合には、エチレンオキシド、アクリロニトリル、ポリフッ化ビニリデン、メタクリル酸メチル、ヘキサフルオロプロピレンのポリエチレンオキサイドなどのイオン導電性ポリマーを好適に用いることができる。これらの固体高分子電解質を用いた場合、セパレータ3を省略することができる。
【0053】
さらに、カルボン酸無水基を有する化合物や、プロパンスルトン等の硫黄元素(S)を有する化合物、ホウ素(B)を有する化合物を混合させてもよい。これらの化合物の添加目的は、負極2の表面での電解液の還元分解反応の抑制や、正極1から溶出したMn等の金属元素の負極2での還元析出の防止、電解液のイオン導電性の向上、電解液の難燃化等である。混合させる化合物は、添加目的に応じて選択すればよい。
【0054】
(リチウム二次電池用正極及びリチウム二次電池用正極活物質)
本発明に係るリチウム二次電池用正極及びリチウム二次電池用正極活物質は、上述した本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を用いて製造される。
【0055】
上記本発明に係る前記(化学式1)で表わされるリチウム二次電池用正極活物質は、Feにおいて、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)が0.01≦(III/II)≦0.3となる。これらの値は仮焼成及び本焼成の焼成条件(温度及び雰囲気)に依存する。本願発明では仮焼成を大気中で実施するため、(III/II)は0.01以上となる。0.01以上の場合、Fe3+が反応開始の起点となって、リチウム拡散性が向上するといった効果がある。また、本願発明の仮焼成及び本焼成の焼成条件では、(III/II)は0.3以下となる。0.3より大きくなると、すなわちFe3+の割合がより大きくなると、Fe3+からFe2+へ還元するのに必要なLiイオン量が多すぎて、電解液中の電解質濃度が高くなってリチウム拡散性が低下し、容量が低下する。
【0056】
またFe3+の割合がより大きくなると、有害な異相(Feなど)が生成しやすくなり、レート特性の低下をまねく恐れがある。(III/II)の範囲は、0.06≦(III/II)≦0.17であることがより好ましい。なお、Feの価数は、メスバウアー分光分析、XAFS測定等で確認することが可能である。
【0057】
前記(化学式1)で表わされる化合物において、Feの割合が10mol%以上であることが好ましい。(化学式1)におけるMにおいて、Feの割合が高いほど抵抗が低くなり、MnやNiやCoの占める割合が高いほど平均電圧が高くなる。平均電圧が高くなると、エネルギー密度(容量×電圧)が高くなる。しかし、MnやNiやCoの占める割合が90%を超えると、抵抗が高すぎて容量が得られず、エネルギー密度も低下する。
【0058】
MとしてFeを10mol%程度加えると抵抗が低下し、容量も得られるために高いエネルギー密度が得られる。しかし、Feが多すぎる領域では抵抗が低くなりすぎ、高い容量は得られるものの、容量の増加の効果よりも平均電圧の低下の効果が高く、エネルギー密度が低下する。以上より、Feの割合が、10mol%〜50mol%であることが好ましい。
【0059】
正極活物質において、LiとPがM以上の割合で含まれていることが好ましい。このような場合、X線を用いて結晶構造を確認するとオリビンの単相しか確認できない場合でも、過剰に含まれるLiとPが非晶質のLi及び/又はLiPOが生成し、これらの化合物がLiイオンの伝導性向上に寄与すると考えられる(非特許文献1)。なお、これら非晶質化合物の存在は、MAS‐NMR法、FT‐IR法等で確認することが可能である。
【0060】
また、PのサイトはB、Si、Ti、Vからなる群より選択される一つ以上の元素で置換されていてもよい。置換量は、Liに対して0.25mol%以下であることが好ましく、0.10mol%以下であることがより好ましい。置換量が0.25mol%より大きくなると、オリビンの結晶構造が不安定になる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1のリチウム二次電池の作製)
原料として炭酸リチウム(LiCO)、炭酸マンガン(MnCO)、しゅう酸鉄二水和物(FeC・2HO)、リン酸(HPO)、金属元素を含まない有機物としてクエン酸(C)を用い、モル比でLi:Mn:Fe:P=1.1:0.8:0.2:1.1となるよう秤量した。クエン酸は原料粉末全体の18質量%となるよう秤量した。これらを乾式ビーズミルで粉砕・混合した後、仮焼成した。仮焼成の雰囲気は大気とし、仮焼成温度は440℃、仮焼成時間は8時間とした。
【0062】
得られた仮焼成体に対し、炭素源としてスクロースを添加した。添加量は、正極活物質の14質量%となるよう添加した。これを、ボールミルを用いて粉砕・混合した後、本焼成した。本焼成雰囲気は窒素気流下とし、本焼成温度は700℃、本焼成時間は10時間とした。以上の工程により、正極活物質を得た。
【0063】
続いて、上記で得た正極活物質を用いて正極を作成した。以下に電極の作成方法を説明する。正極活物質、炭素系導電材料、及び予めN‐メチル‐2‐ピロジノン(NMP)に溶解させた結着剤を、質量パーセントで表してそれぞれ82.5:10:7.5の割合で混合してスラリーを作製した。均一に混合されたスラリーを、厚さ20μmのアルミ箔の集電体上に塗布した。その後、120℃で乾燥し、プレスにて電極密度が2.0g/cmになるように圧縮成形した。圧縮成形後、直径15mmの円盤状に、打ち抜き金具を用いて打ち抜き、試験電池用の正極を作製した。
【0064】
続いて、上記で得た正極を用い、金属リチウムを負極として、試験電池を作製した。電解液には、1.2モルのLiPF6を電解質とし、EC(エチレンカーボネート)とエチルメチルカーボネート(EMC)の混合液を溶媒としたものを用いた。
(試験及び評価)
(a)XRD測定(結晶相同定)
以下の手順で粉末X線回折測定(XRD測定)を行い、上記で得た、炭素被覆した正極活物質の結晶相の同定を行った。測定装置には、自動X線回折装置(株式会社リガク製、型式:RINT‐UltimaIII)を用いた。測定条件は、集中法で、X線としてCuKα線を用い、X線出力を48kV×40mAとし、走査範囲を2θ=15〜50degとし、発散スリットをDS=1deg、散乱スリットをSS=1deg、受光スリットをRS=0.3mm、モノクロメータスリットを0.6mmとし、ステップスキャン法でステップ幅0.02°、1ステップ当たりの測定時間が1秒とした。
【0065】
測定して得た回折パターンについて、ICSD(Inorganic Crystal Structure Database)を用いて結晶相を同定した。
【0066】
実施例1のリチウム二次電池用正極活物質のX線回折プロファイルを図3に示す。
(b)元素重量比測定(正極活物質組成評価)
正極活物質の元素の重量比は、高周波誘導結合プラズマ発光分光(以下「ICP」と略す)分析装置(株式会社日立製作所製、型式:P−4000)を用いて、以下のように測定した。
【0067】
まず、ビーカに入れた45mlのイオン交換水に5gの正極活物質と2mlの硝酸を投入し、スターラ(攪拌機)で30分間攪拌した。5分間放置後、濾紙で濾過した濾液をアルゴンガスとともに高周波雰囲気中に噴霧し、励起された各元素特有の光の強度を測定して、元素の重量比を算出した。実施例1の正極活物質の組成を、後述する表1に示す。
(c)Fe価数測定(Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)算出)
Feの価数は、メスバウアー分光装置を用いて行い、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)を算出した。算出した値を表1に併記する。
(d)炭素含有量測定
正極活物質の炭素含有量は、固体中炭素分析装置(株式会社堀場製作所製、型式:EMIA−110)を用いて、以下のように測定した。空焼きした磁性るつぼに100mgの試料と助燃剤を加え、酸素気流中、高周波加熱炉で燃焼した。燃焼ガス中のCO及びCOガスを定量し、炭素の重量を算出した。測定結果を表1に併記する。
(e)充放電試験(容量評価)
上記で作製した試験電池について、以下の充放電試験を実施し、容量を評価した。充電レートを0.1C(10時間で100%の充電が完了する速さ)として4.5Vまで定電流/定電圧で充電し、4.5Vに達した後は電流値が0.03Cに減衰するまで定電圧充電を行った。その後、2Vまで0.1Cの定電流で放電し、その際の放電容量を容量とした。結果を表1に併記する。
(f)レート特性評価
上記の充放電サイクルを3サイクル繰り返した後、以下の条件でレート特性を評価した。容量測定と同様に定電流充電と定電圧充電を行った試験電池を、5Cの電流値で定電流放電したときの容量を0.1Cの単極放電容量で除した値(%)をレート特性とした。結果を表1に併記する。
【0068】
なお、全ての試験は、室温(25℃)で行った。
(実施例2のリチウム二次電池の作製)
仮焼成時の雰囲気を大気から空気+窒素(流量比1:1)の混合気流下とした以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例3のリチウム二次電池の作製)
原料をLi:Mn:Fe:P=1.1:0.85:0.15:1.1となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.85Fe0.15POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例4のリチウム二次電池の作製)
原料混合工程時に添加する金属元素を含まない有機物をクエン酸から酢酸(CHCOOH)に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例5のリチウム二次電池の作製)
原料混合時に添加する金属元素を含まない有機物をクエン酸からリンゴ酸(C)に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例6のリチウム二次電池の作製)
原料混合時に添加する金属元素を含まない有機物をクエン酸からスクロース(C122211)に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例7のリチウム二次電池の作製)
原料混合時に添加する金属元素を含まない有機物をクエン酸からデキストリン(C10)に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例8のリチウム二次電池の作製)
仮焼成温度を440℃から420℃に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例9のリチウム二次電池の作製)
仮焼成温度を440℃から600℃に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.2POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例10のリチウム二次電池の作製)
原料として水酸化マグネシウム(Mg(OH))を加えてLi:Mn:Fe:Mg:P=1.1:0.88:0.10:0.02:1.1となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.88Fe0.10Mg0.02POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例11のリチウム二次電池の作製)
原料として微粒子の酸化チタン(TiO)を加えてLi:Mn:Fe:P:Ti=1.1:0.8:0.2:1.07:0.04:となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.20.96Ti0.04POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例12のリチウム二次電池の作製)
原料として微粒子の五酸化二バナジウム(V)を加えてLi:Mn:Fe:P:V=1.1:0.8:0.2:1.07:0.04となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.20.960.04POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例13のリチウム二次電池の作製)
原料をLi:Mn:Fe:P=1.1:0.5:0.5:1.1となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.5Fe0.5POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例14のリチウム二次電池の作製)
原料として炭酸コバルト(CoCO)を加えてLi:Mn:Fe:Co:P=1.1:0.8:0.15:0.05:1.1となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.15Co0.05POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(実施例15のリチウム二次電池の作製)
原料として炭酸ニッケル(NiCO・HO)を加えてLi:Mn:Fe:Ni:P=1.1:0.8:0.15:0.05:1.1となるよう秤量した以外は、実施例1と同様に合成し、LiMn0.8Fe0.15Ni0.05POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価結果を表1に併記する。
(参考例1のリチウム二次電池の作製)
仮焼成温度を350℃にした以外は、実施例1と同様に合成し、LiFe0.2Mn0.8POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価も実施例1と同様に行った。結果を表2に記載する。
(参考例2のリチウム二次電池の作製)
本焼成時の雰囲気を大気とした以外は、実施例1と同様に合成し、LiFe0.2Mn0.8POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価も実施例1と同様に行った。結果を表2に併記する。
【0069】
なお、本明細書において参考例とは本発明と同様に、金属元素を含まない有機物を添加して酸化雰囲気下で本焼成することにより正極活物質を合成したものであるが、仮焼成温度がオリビンの結晶化温度より低い温度、または本焼成時の雰囲気が還元雰囲気もしくは不活性雰囲気ではないものである。したがって参考例はそれ自体公知ではないが本発明の仮焼成温度及び本焼成時の雰囲気の重要性を示すために記載した。
(比較例1のリチウム二次電池の作製)
仮焼成時の雰囲気を大気から窒素気流下に変更した以外は、実施例1と同様に合成し、LiFe0.2Mn0.8POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価も実施例1と同様に行った。結果を表2に記載する。
(比較例2のリチウム二次電池の作製)
仮焼成体に炭素源として加えるスクロースを除いた以外は、実施例1と同様に合成し、LiFe0.2Mn0.8POを得た。XRD測定、元素重量比測定、Fe価数測定、炭素含有量測定、充放電試験、レート特性評価も同様に行った。正極活物質の組成、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)、容量及びレート特性の評価も実施例1と同様に行った。結果を表2に記載する。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
表1及び表2に示したように、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を用いて製造したリチウム二次電池は、高容量(150Ah/kg以上)及び高レート特性(80%以上)の両方を同時に達成することができた。一方、比較例及び参考例の容量及びレート特性ともに、実施例と比較して低い値を示した。
【0073】
また表1及び表2から、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を用いて製造したリチウム二次電池は、全てFe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)が0.01≦(III/II)≦0.3の範囲にあった。一方、比較例1及び比較例2のFe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)は、該範囲から外れていた。
【0074】
図3において、実施例1のXRDプロファイルの定性分析の結果、実施例1は斜方晶のオリビン型構造を有するLiMn0.8Fe0.2POであることが確認された。
【0075】
より詳細に、実施例1、参考例及び比較例について説明する。参考例1は、仮焼成温度が本発明の規定より低い。このため、本焼成時のオリビンの結晶化の際に有機物等が結晶内部に多く取り込まれ、結晶性が低下した結果、容量及びレート特性が低下したものと考えられる。
【0076】
参考例2は、本焼成時の雰囲気が酸化雰囲気であり、本発明の規定と異なる。このため、本焼成時に金属元素が酸化されて、オリビン構造が維持できず、容量及びレート特性が著しく低下したものと考えられる。また、本焼成が酸化性雰囲気下で行われたため、Feがより酸化され、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)が本発明の規定する範囲から大きく外れたものと考えられる。
【0077】
比較例1は、仮焼成時の雰囲気が従来の窒素雰囲気であり、本発明の規定と異なる。このため、仮焼成時に、仮焼成前に添加した有機物が消失せず、本焼成後にも炭素源が過剰に残留し、容量が低下したものと考えられる。また、仮焼成、本焼成ともに不活性雰囲気下で行われているため、Feは酸化されず、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)は0となったと考えられる。
【0078】
比較例2は、本焼成時に炭素源を添加していない。このため、正極活物質が炭素被覆されず、導電性が向上しなかったため、容量及びレート特性が低下したものと考えられる。また、炭素源を添加せずに本焼成を行っているため、添加した場合と比較してFeはより酸化され、Fe3+の割合(III)とFe2+の割合(II)のモル比(III/II)は0.5となったと考えられる。
【0079】
実施例1〜15の正極活物質の炭素含有量は、実施例1〜3及び実施例5〜15は4質量%で、実施例4は3質量%だった。また、参考例1の炭素含有量は6質量%で、参考例2では炭素は検出されなかった。また、比較例1の炭素含有量は12質量%で、比較例2では炭素は検出されなかった。
【0080】
図4は、実施例1〜15、比較例1、2及び参考例1及び2の正極活物質の単極放電容量とレート特性の関係を示すグラフである。図4に示したように、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質は、容量及びレート特性ともに、比較例及び参考例よりも優れていることがわかる。
【0081】
以上の結果から、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質は、安全性の高いポリアニオン系化合物を使用し、従来のポリアニオン系正極活物質を用いたリチウム二次電池よりも、高容量(150Ah/kg以上)及び高レート特性(80%以上)を同時に達成することができることが示された。
【符号の説明】
【0082】
1…正極、2…負極、3…セパレータ、4…電池缶、5…負極リード、6…密閉蓋部、7…正極リード、8…パッキン、9…絶縁板、10…リチウム二次電池。
図1
図2
図3
図4