【文献】
原太志 他,分裂酵母を用いた無中和でのL-乳酸生産における代謝制御,日本分子生物学会年会プログラム・講演要旨集,2009年11月20日,Vol.32th,P.263[3P-0890]
【文献】
原太志 他,分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いた乳酸生産,日本生物工学会大会講演要旨集,2009年 8月25日,Vol.61th,P.190[2Mp08]
【文献】
Appl. Environ. Microbiol.,2001年,vol.70, no.5,pp.1148-1153
【文献】
Biosci. Biotechnol. Biochem.,2006年,vol.70, no.5,pp.1148-1153
【文献】
Biosci. Biotechnol. Biochem.,2009年 8月 7日,vol.73, no.8,pp.1818-1824
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、カリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液からの乳酸発酵で生じた発酵液の、カリウムイオン濃度が400ppm未満のグルコース水溶液への置換を少なくとも1回行う、請求項1に記載の乳酸の製造方法。
前記カリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液のカリウムイオン濃度が4000ppm以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の乳酸の製造方法。
前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、カリウムイオン以外のアルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオンからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオンを含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の乳酸の製造方法。
前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、アルカリ金属およびアルカリ土類金属以外の金属であってかつ分裂酵母の増殖に必要な金属のイオンを含有しないかまたは分裂酵母の増殖に必要な量含有しない、請求項1〜9のいずれか一項に記載の乳酸の製造方法。
前記カリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液が、50〜150g/Lのグルコース、400〜4000ppmのカリウムイオン、カリウムイオン以外のアルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオンからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオン、カリウムイオンを含む前記金属イオンの対イオンである陰イオン、0〜300ppmの前記以外の微量栄養源、および、0〜300ppmの窒素源(ただし、前記陰イオンおよび微量栄養源が窒素原子を含む場合はそれらは窒素源の量に含める)からなる、請求項1〜10のいずれか一項に記載の乳酸の製造方法。
乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いた、窒素源の含有量が0.3g/L以下であるグルコース水溶液中での乳酸発酵を活性化するための発酵賦活剤であって、カリウムイオンを生成しうる水溶性カリウム化合物からなることを特徴とする発酵賦活剤。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2記載の方法は、20〜24時間の培養時間でも2〜5%の乳酸が得られる程度であり、生産性が充分でなかった。また、特許文献3記載の方法は、乳酸を大量生産する場合にはアルカリによる中和が必要となるため、工業的な乳酸の大量生産には適していなかった。そのため、アルカリによる中和を行わずに、高い生産性で乳酸を製造することができる方法が望まれている。
【0008】
本発明者等は、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)に代表される分裂酵母が、酸に対する耐性が高く、中和を必要としないことに着目し、乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いて乳酸発酵を行えば上記課題を解決しうることを見出した。
さらに、本発明者等は、上記乳酸発酵能を有する分裂酵母を使用して乳酸を製造するために、グルコースを炭素源とする該分裂酵母の乳酸発酵を検討した。分裂酵母の増殖に用いる酵母用完全培地などの富栄養培地は、乳酸発酵には必須ではない成分を多量に含み、発酵後乳酸を分離する段階でそれらを夾雑物として除く必要があるため、乳酸発酵には適していない。したがって、乳酸発酵に用いる培養液として、炭素源であるグルコースを含む水溶液であって、乳酸発酵に必須ではない成分をなるべく含まない(ないし少量である)水溶液を用いることを検討した。
【0009】
なお、以下の本明細書では、分裂酵母の増殖に用いる培養液を増殖用培養液、乳酸発酵に用いる培養液を発酵用培養液、乳酸発酵をある程度以上継続して乳酸が蓄積した培養液を発酵液と呼んで、それらを区別する。
増殖用培養液は上記富栄養培地などであり、その中で分裂酵母を増殖させてその細胞数を増大させることを目的とする培養液である。分裂酵母の増殖の際、ある程度乳酸発酵も起こり乳酸が生成するが、乳酸の製造を目的とするものではない。
発酵用培養液は、グルコースを含む水溶液であり、以下、グルコース水溶液という場合もある。発酵用培養液はグルコース以外の炭素源を含んでもよいが、炭素源以外の有機栄養源(例えば窒素源)はできるだけ少ない方が好ましい。乳酸発酵に必要な無機栄養源は含まれていることが好ましい。乳酸発酵の際、分裂酵母はある程度増殖することもあるが、乳酸発酵は分裂酵母の増殖を目的とするものではない。
乳酸発酵した培養液には分裂酵母が含まれているが、上記発酵液とは分裂酵母以外の部分をいう。発酵液には乳酸が含まれ、また未発酵である残余のグルコースなどの炭素源が含まれることもある。そのほか、乳酸発酵とともにエタノール発酵が起こることがあることより、エタノールが含まれることもある。
【0010】
乳酸発酵の効率を高めるためには、発酵液ができるだけ多くの乳酸を蓄積し、また残余の炭素源が少なくなるまで乳酸発酵を継続させることが好ましい。また、乳酸発酵終了後に分離した分裂酵母は新たな発酵用培養液で乳酸発酵させるために繰り返し使用されることが好ましい。さらに、連続的に乳酸発酵を継続することもできる。すなわち、乳酸発酵させながら、連続的に発酵液の一部を分離するとともに発酵用培養液を供給して乳酸発酵を継続させることもできる。また、断続的に発酵液の一部を分離するとともに発酵用培養液を供給して、乳酸発酵を継続させることもできる。
本発明者等は、乳酸発酵後に分離した分裂酵母を新たな発酵用培養液で乳酸発酵させる、いわゆる繰り返し発酵を行ったところ、1〜数回発酵用培養液を交換した段階で分裂酵母の乳酸発酵活性が著しく低下することを見出した。連続発酵においても供給する発酵用培養液の量が多くなると同様の乳酸発酵活性低下が起こると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記問題を解決すべくさらに検討を重ねた結果、発酵用培養液にカリウムイオンを含有させることにより、分裂酵母の乳酸発酵活性の低下を抑制しうることを見出した。
増殖させた分裂酵母を使用して繰り返し発酵を行うと、当初何回か発酵用培養液を交換しても分裂酵母の乳酸発酵活性の低下は見られない。このことより、乳酸発酵においては、分裂酵母の菌体中のカリウム成分が徐々に発酵液に漏出し、発酵用培養液を交換することにより発酵液に漏出したカリウム成分が菌体に再吸収されることなく発酵系から失われ、菌体中のカリウム成分の量がある限界値以下となると乳酸発酵活性が低下すると推測される。したがって、繰り返し発酵において、分裂酵母の乳酸発酵活性が低下する前に、交換する発酵用培養液としてある量以上のカリウムイオンを含む発酵用培養液を使用することにより、乳酸発酵活性の低下を防止できると考えられる。
【0012】
本発明は、上記知見をもとに完成した、乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いる乳酸の製造方法、および発酵賦活剤に係る下記[1]〜[15]である。
[1]乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いてグルコースを乳酸発酵させ、生成した乳酸を取得する、乳酸の製造方法であって、
グルコース水溶液からの乳酸発酵で生じた発酵液をカリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液に置換して乳酸発酵を継続するとともに、当該発酵液のグルコース水溶液への置換を少なくとも1回行うことを特徴とする乳酸の製造方法。
[2]さらに、カリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液からの乳酸発酵で生じた発酵液の、カリウムイオン濃度が400ppm未満のグルコース水溶液への置換を少なくとも1回行う、[1]に記載の乳酸の製造方法。
[3]前記乳酸発酵において、下記式で表される分裂酵母の増殖率が1.5以下である、[1]または[2]に記載の乳酸の製造方法。
増殖率=(発酵7時間後の乾燥菌体重量)/(発酵開始時の乾燥菌体重量)
[4]前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が30〜200g/Lのグルコースを含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[5]前記カリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液のカリウムイオン濃度が4000ppm以下である、[1]〜[4]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[6]前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、カリウムイオン以外のアルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオンからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオンを含む、[1]〜[5]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[7]
前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、カリウム以外のアルカリ金属を含み、前記アルカリ金属のグルコース水溶液中の総含有量が900ppm以下である、[1]〜[6]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[8]
前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、アルカリ土類金属を含み、前記アルカリ土類金属のグルコース水溶液中の総含有量が900ppm以下である、[1]〜[7]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
9]前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、0〜0.3g/Lの窒素源を含有する、[1]〜[
8]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
10]前記乳酸発酵に用いるグルコース水溶液が、アルカリ金属およびアルカリ土類金属以外の金属であってかつ分裂酵母の増殖に必要な金属のイオンを含有しないかまたは分裂酵母の増殖に必要な量含有しない、[1]〜[
9]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
11]前記カリウムイオン濃度が400ppm以上のグルコース水溶液が、50〜150g/Lのグルコース、400〜4000ppmのカリウムイオン、カリウムイオン以外のアルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオンからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオン、カリウムイオンを含む前記金属イオンの対イオンである陰イオン、0〜300ppmの前記以外の微量栄養源、および、0〜300ppmの窒素源(ただし、前記陰イオンおよび微量栄養源が窒素原子を含む場合はそれらは窒素源の量に含める)からなる、[1]〜[
10]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
12]乳酸発酵能を有する分裂酵母を液体培地中で培養して増殖した菌体を回収し、回収した菌体を使用して前記乳酸発酵を行う、[1]〜[
11]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
13]増殖した菌体を使用した最初の乳酸発酵を、グルコースを30〜200g/L含むグルコース水溶液を使用して行う、[
12]に記載の乳酸の製造方法。
[
14]最初の乳酸発酵に使用するグルコース水溶液が、40
0ppm以上のカリウムイオンを含まない、[
13]に記載の乳酸の製造方法。
[
15]前記乳酸発酵能を有する分裂酵母が、分裂酵母以外の生物由来のL−乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を発現する形質転換体である[1]〜[
14]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
16]前記乳酸発酵能を有する分裂酵母が、分裂酵母のpdc2遺伝子が欠失した、または、分裂酵母のpdc2遺伝子が不活性化された形質転換体である[1]〜[
15]のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
[
17]乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いた、窒素源の含有量が0.3g/L以下であるグルコース水溶液中での乳酸発酵を活性化するための発酵賦活剤であって、カリウムイオンを生成しうる水溶性カリウム化合物からなることを特徴とする発酵賦活剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、環境に対して高負荷である中和とそれに伴う粗精製を必要としない乳酸の製造方法を提供することが可能となる。
また、本発明により、乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いた、窒素源の含有量が0.3g/L以下であるグルコース水溶液中での乳酸発酵を活性化するための発酵賦活剤を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
従来、乳酸を製造するために乳酸発酵能を有する微生物を用いて炭素源である糖類を乳酸発酵させる場合、乳酸発酵のための糖類水溶液として無機栄養源が添加された糖類水溶液を使用することがあったとしても、特定の無機物に注目してその量を調整することはなかった。無機栄養源を添加した糖類水溶液を使用する場合、無機栄養源としてカリウムを含む化合物が使用されることがあったとしても、そのカリウムが注目されることはなく、糖類水溶液中のカリウムイオン濃度は高々100ppm程度であった。なお、本明細書においてppmとは、mg/(水1kg)のことを意味する。
本発明のグルコース水溶液を用いる乳酸の製造方法は、グルコース水溶液(発酵用培養液)の少なくとも一部としてある量以上のカリウムイオンを含むグルコース水溶液を使用することを特徴とする。さらに、本発明の特徴は、発酵に使用したグルコース水溶液を新たなグルコース水溶液に置換して乳酸発酵を継続することにもある。
【0015】
前記のように、増殖させた分裂酵母を使用して繰り返し発酵を行うと、当初何回かグルコース水溶液を交換しても分裂酵母の乳酸発酵活性の低下は見られないことがある。ここに使用されているグルコース水溶液は、従来の乳酸発酵に使用されているようなカリウムイオン濃度が高々100ppm程度、通常はさらにカリウムイオン濃度が低いグルコース水溶液である。以下、このようなカリウムイオン濃度が低い(すなわち、400ppm未満である)グルコース水溶液を低Kグルコース水溶液という。低Kグルコース水溶液のカリウムイオン濃度は0ppmであってもよい。また、カリウムイオン濃度が400ppm以上の、好ましくは400〜4000ppmの、グルコース水溶液を高Kグルコース水溶液という。特に言及しない限り、これら低Kグルコース水溶液と高Kグルコース水溶液を総称してグルコース水溶液という。
本発明の乳酸の製造方法では、グルコース水溶液から乳酸発酵で生じた発酵液を高Kグルコース水溶液に置換して乳酸発酵を継続するとともに、当該発酵液の高Kグルコース水溶液への置換を少なくとも1回行う。
乳酸発酵の効率を高めるためには、発酵液ができるだけ多くの乳酸を蓄積し、また残余のグルコースができるだけ少なくなるまで乳酸発酵を継続させることが好ましい。発酵液の新たなグルコース水溶液への置換は、発酵開始時点のグルコース濃度にもよるが、発酵液のグルコース濃度が10g/L以下となってから行うことが好ましい。より好ましくは、発酵液のグルコース濃度が5g/L以下となってから置換を行う。ただし、発酵液のグルコース濃度が10g/L以下となるまでの培養時間が長時間となる場合は、それよりも高いグルコース濃度で置換を行ってもよい。
【0016】
前記のように、増殖させた分裂酵母を使用し、低Kグルコース水溶液を用いて繰り返し発酵を行う場合、発酵液を何回か低Kグルコース水溶液に交換しても分裂酵母の乳酸発酵活性の低下は見られないことがある。乳酸発酵活性の低下とは、発酵液のグルコース濃度が10g/L以下とならないかまたは10g/L以下となるまでに長時間(例えば、乳酸発酵活性が低下していない場合の5倍以上の時間)を要することをいう。
当初の乳酸発酵から低Kグルコース水溶液への置換を繰り返して(n+1)回乳酸発酵を行い(低Kグルコース水溶液への置換はn回)、(n+1)回目の乳酸発酵で乳酸発酵活性の低下がみられるとする(nは1以上の整数)。乳酸発酵活性の低下は最初の低Kグルコース水溶液への置換で認められることもあり(すなわち、n=1)、低Kグルコース水溶液3回置換(n=3)後の4回目の乳酸発酵で乳酸発酵活性の低下がみられることもある。乳酸発酵能を有する分裂酵母の種類にもよるが、多くの場合nは2〜5である。なお、1回の発酵とは、生産効率や経済性を加味するなどして適宜決めることができるが、好適には、グルコース水溶液中のグルコースがある程度消費された状態になるまでの発酵を指す。
本発明において、高Kグルコース水溶液を用いた発酵液の置換はn回目の置換、またはnより小さい回数目の置換の際に行うことが好ましい。高Kグルコース水溶液への置換をm回目とすると、好適なmはnと等しいかまたはそれより小さい整数である。mは0であってもよい。すなわち、増殖させた分裂酵母を使用した最初の乳酸発酵から高Kグルコース水溶液を用いて乳酸発酵を行ってもよい。
【0017】
高Kグルコース水溶液を使用した乳酸発酵の後、さらに発酵液の置換を行って乳酸発酵を行う場合、その発酵液の置換に使用する培養液は高Kグルコース水溶液であっても、低Kグルコース水溶液であってもよい。高Kグルコース水溶液を使用した乳酸発酵によって菌体にカリウム成分が蓄積されると、その後に低Kグルコース水溶液で乳酸発酵が行われても乳酸発酵活性の低下がみられないことがある。ただし、さらに低Kグルコース水溶液への置換が続けられて乳酸発酵が継続されると、当初からの乳酸発酵の継続の場合と同様に菌体からカリウム成分が徐々に消失し、乳酸発酵活性の低下が起こると考えられる。したがって、前記と同様にその乳酸発酵活性の低下が起こる前に発酵液を高Kグルコース水溶液に置換する。
【0018】
本発明において、発酵液とはグルコース水溶液から乳酸発酵で生じた発酵液である。この発酵液と置換する発酵用培養液(すなわち、グルコース水溶液)は、前記のように、低Kグルコース水溶液であっても高Kグルコース水溶液であってもよい。
増殖させた分裂酵母を使用した最初の乳酸発酵は低Kグルコース水溶液であることが好ましい。低Kグルコース水溶液を用いた乳酸発酵の効率は、高Kグルコース水溶液を使用した乳酸発酵よりも高いことが少なくない。また、培養液の経済性も低Kグルコース水溶液の方が良好である。さらに、増殖させた分裂酵母を使用した最初の培養においては、カリウム以外の無機栄養成分もカリウムと同様に少ない方が発酵効率が高いことが少なくない。
同様に、発酵液の置換の際も、乳酸発酵活性の低下が起こるおそれが少ない場合は、置換する培養液は低Kグルコース水溶液であることが好ましい。したがって、また、高Kグルコース水溶液を使用して得られた発酵液を低Kグルコース水溶液に置換することがあってもよい。
【0019】
本発明の乳酸の製造方法において、発酵液をグルコース水溶液に置換する回数は特に制限されない。乳酸発酵能を有する分裂酵母のある所定量を使用してできるだけ多量の乳酸を製造するためには、発酵液の置換の回数を増大させて発酵液の総量を増大させることが好ましい。しかし、発酵液の置換の回数は無制限ではなく、前記カリウムイオンの関連するもの以外の原因による乳酸発酵活性の低下や分裂酵母の死滅による菌体量の低下などで発酵効率が低下することが少なくない。本発明における発酵液のグルコース水溶液への置換回数は、少なくとも1回であり、2〜20回程度が好ましく、発酵効率や経済性を考慮すると8回〜12回程度がより好ましい。
【0020】
発酵液の置換方法は、前記した、発酵液のほぼ全量を新たなグルコース水溶液に置換する場合に限られず、乳酸発酵を継続しながら発酵液の一部を新たなグルコース水溶液に連続的にまたは断続的に置換する方法であってもよい。新たなグルコース水溶液として前記高Kグルコース水溶液を使用することにより、乳酸発酵活性の低下を防止できる。全量置換の場合と異なり、連続的にまたは断続的に置換する方法では高Kグルコース水溶液の部分置換により直ちに培養液全体のカリウム濃度が400ppm以上とはならない。しかし、置換する高Kグルコース水溶液の量が経時的に多くなると次第に培養液全体のカリウムイオン濃度が上昇し、乳酸発酵活性の低下を防止できる。さらに、一時的ではあっても、発酵槽中の培養液全体のカリウムイオン濃度を400ppm以上とすることが好ましい。
連続的にまたは断続的に置換する方法においては、より高濃度のカリウムイオンを含む高Kグルコース水溶液を使用するか、新たなグルコース水溶液として常に高Kグルコース水溶液を使用することが好ましい。しかし、前記のように、少なくとも増殖させた菌体を使用した最初の乳酸発酵は、低Kグルコース水溶液を使用することが好ましい。
さらに、連続的にまたは断続的に置換する方法において、発酵液と置換するグルコース水溶液の総量は特に制限されない。しかし、前記と同様、置換する発酵槽中の培養液量に相当する量の発酵液をグルコース水溶液へ置換した場合を1回の置換とみなすと、その置換回数は1回以上であり、2〜100回程度が好ましく、発酵効率や経済性を考慮すると10回〜50回程度がより好ましい。
【0021】
乳酸発酵の効率を高めるために、乳酸発酵においては、分裂酵母の増殖は抑制されていることが好ましく、下記式で表される温度30℃における分裂酵母の増殖率が1.5以下であることがより好ましい。
増殖率=(発酵7時間後の乾燥菌体重量)/(発酵開始時の乾燥菌体重量)
上記式において、乾燥菌体重量とは、増殖用培養液、発酵用培養液もしくは発酵液1L当たりの乾燥菌体重量(g乾燥菌体重量/L)である。
なお、増殖培養においては、上記式で表される分裂酵母の増殖率は、通常4〜12である。
【0022】
本発明においては、乳酸発酵能を有する分裂酵母を液体培地中で培養して増殖した菌体を回収し、回収した菌体を使用して乳酸発酵を行うことが好ましい。すなわち、乳酸発酵を始めるにあたり、乳酸発酵に使用する所定量の分裂酵母を得るために、乳酸発酵能を有する分裂酵母を増殖させることが好ましい。増殖のための培養は増殖用培養液を使用して、その中で分裂酵母を増殖させてその細胞数を増大させる。分裂酵母の増殖培養により所定量の菌体を得たのち、増殖用培養液を発酵用培養液(グルコース水溶液)に置換して引き続き乳酸発酵を行うことができる。なお、場合により、発酵液をグルコース水溶液に置換して乳酸発酵を行っている途中で、発酵液を増殖用培養液に置換して増殖培養を行って菌体量を増大させ、その後増殖用培養液を発酵用培養液(グルコース水溶液)に置換して引き続き乳酸発酵を継続することもできる。
【0023】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0024】
[分裂酵母]
本発明で使用する乳酸発酵能を有する分裂酵母は、分裂酵母(シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属酵母)に乳酸発酵能を付与した酵母である。分裂酵母は本来乳酸発酵能を有していない。一方、分裂酵母は、酸に対する耐性が高く、周囲のpHが2近くになっても生存が可能である。その為、分裂酵母に乳酸発酵を可能とする遺伝子を導入して乳酸発酵能を有する分裂酵母とし、これを用いることにより、中和を必要とせずに乳酸の製造が可能となる。
【0025】
遺伝子導入のための宿主として用いる分裂酵母は、用途に応じて特定の遺伝子を欠失または失活させた変異型であってよい。分裂酵母としては、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、シゾサッカロミセス・ジャポニカス(Schizosaccharomyces japonicus)、シゾサッカロミセス・オクトスポラス(Schizosaccharomyces octosporus)等が挙げられる。上記分裂酵母のうち、種々の有用な変異株が利用できることから、シゾサッカロミセス・ポンベ(以下、S.pombeともいう)が好ましい。
なお、S.pombeの染色体の全塩基配列は、サンガー研究所のデータベース「GeneDB」に「Schizosaccharomyces pombe Gene DB (http://www.genedb.org/genedb/pombe/)」として、収録され、公開されている。したがって、S.pombeの遺伝子の配列データは上記データベースから遺伝子名や上記系統名で検索して、入手できる。
【0026】
宿主として使用する分裂酵母としては、形質転換体を選択するためのマーカーを有するものが好ましい。例えば、ある遺伝子が欠落していることにより特定の栄養成分が生育に必須である宿主を使用することが好ましい。目的遺伝子配列を含むベクターにより形質転換をして形質転換体を作製する場合、ベクターにこの欠落している遺伝子(栄養要求性相補マーカー)を組み込んでおくことにより、形質転換体は宿主の栄養要求性が消失する。この宿主と形質転換体の栄養要求性の相違により、両者を区別して形質転換体を得ることができる。
例えば、オロチジン5’−リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(ura4遺伝子)が欠失または失活してウラシル要求性となっているシゾサッカロミセス属酵母を宿主とし、ura4遺伝子(栄養要求性相補マーカー)を有するベクターにより形質転換した後、ウラシル要求性が消失したものを選択することにより、ベクターが組み込まれた形質転換体を得ることができる。宿主において欠落により栄養要求性となる遺伝子は、形質転換体の選択に用いられるものであればura4遺伝子には限定されず、イソプロピルリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(leu1遺伝子)等であってもよい。
【0027】
上記のような栄養要求性宿主などを使用して得られた形質転換体が栄養要求性を有している場合、増殖用培養液や乳酸発酵に使用する発酵用培養液にその要求する栄養を添加して培養する必要がある。しかし、乳酸発酵培養液に特定の栄養の使用を必要とすることは乳酸製造コストを高める要因となりかねない。したがって、栄養要求性の形質転換体が得られた場合は、その栄養要求性を解消して乳酸発酵に使用することが好ましい。栄養要求性の解消は、公知の方法で行うことができる。たとえば、欠落している遺伝子の導入や栄養要求性のない突然変異体の選択などの方法で栄養要求性を解消できる。
【0028】
分裂酵母にそれが本来有していない遺伝子を導入して導入した遺伝子が発現しうる形質転換体を得る方法として、公知の遺伝子工学的方法を使用することができる。S.pombeを宿主としてこれに異種蛋白質の構造遺伝子を導入する方法としては、例えば、特開平5−15380号公報、国際公開95/09914号、特開平10−234375号公報、特開2000−262284号公報、特開2005−198612号公報、国際公開2010/087344号などに記載の方法を使用できる。
【0029】
乳酸発酵能を有する分裂酵母としては、乳酸発酵能を付与する遺伝子を導入するとともに、遺伝子導入で得られる乳酸発酵能を有する形質転換体の乳酸発酵能を低下させるないし阻害する、分裂酵母が本来有する遺伝子を欠失または失活させることが好ましい。
特定の遺伝子を欠失または失活させる方法としては、公知の方法を用いることができる。具体的には、Latour法(Nucreic Acids Res(2006)34:e11、国際公開第2007/063919号等に記載)を用いることにより遺伝子を欠失させることができる。また、変異剤を用いた突然変異分離法(酵母分子遺伝学実験法、1996年、学会出版センター)や、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を利用したランダム変異法(ピーシーアール・メソッズ・アプリケーション(PCR Methods Appl.)、1992年、第2巻、p.28−33。)等により遺伝子の一部に変異を導入することにより該遺伝子を失活させることができる。特定遺伝子を欠失または失活させたシゾサッカロミセス属酵母としては、例えば、国際公開第2002/101038号、国際公開第2007/015470号等に記載されている。
【0030】
分裂酵母は、野生型では乳酸発酵能を有さないため、乳酸発酵能を有する変異体もしくは形質転換体を用いる。野生型分裂酵母が乳酸発酵能を有さない原因のひとつとして、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)が機能していないことが挙げられる。そのため、他の生物由来のLDHをコードする遺伝子(以下、LDH遺伝子という)が、染色体内に組み込まれているかまたは核外遺伝子として導入された分裂酵母形質転換体が好ましい。LDH遺伝子は特に限定されず、例えば、ビヒドバクテリウム属、ラクトバシルス属等に属する微生物由来のLDH遺伝子や、ヒト等の哺乳動物由来のLDH遺伝子が挙げられる。なかでも、S.pombeによる乳酸産生の効率に優れる点から、哺乳動物由来のLDH遺伝子であることが好ましい。特に、ヒト由来のL−LDHをコードする遺伝子が染色体内に組み込まれた形質転換体が好ましい。
【0031】
乳酸発酵能を付与した分裂酵母において、解糖系によりグルコースから生成したピルビン酸は、乳酸デヒドロゲナーゼの作用で還元されて乳酸となる。一方、分裂酵母においては、本来、ピルビン酸はピルビン酸脱炭酸酵素(ピルビン酸デカルボキシラーゼ)の作用によりアセトアルデヒドとなり、次いでアルコールデヒドロゲナーゼの作用により還元されてエタノールとなる。すなわち、分裂酵母は本来アルコール発酵によりエタノールを生成する。
乳酸の製造を目的とした本発明においては、アルコール発酵により消費されるピルビン酸の量が多くなると、グルコースから得られる乳酸の割合が低下し、乳酸発酵の効率が低下する。したがって、乳酸発酵の効率を高めるためにはアルコール発酵を抑制することが好ましい。
【0032】
本発明者らはピルビン酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子を欠失または失活させることにより乳酸発酵能を付与した分裂酵母の乳酸発酵の効率を高めることを検討した。
S.pombeにおけるピルビン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子(ピルビン酸脱炭酸酵素遺伝子、以下「pdc遺伝子」ともいう。)群には、ピルビン酸脱炭酸酵素1をコードする遺伝子(以下、「pdc1遺伝子」という。)、ピルビン酸脱炭酸酵素2をコードする遺伝子(以下、「pdc2遺伝子」という。)、ピルビン酸脱炭酸酵素3をコードする遺伝子(以下、「pdc3遺伝子」という。)、ピルビン酸脱炭酸酵素4をコードする遺伝子(以下、「pdc4遺伝子」という。)の4種類がある。なかでも、S.pombeにおいては、pdc2遺伝子とpdc4遺伝子が主要な機能を持つpdc遺伝子である。各pdc遺伝子の系統名は以下の通りである。
pdc1遺伝子(Pdc1);SPAC13A11.06
pdc2遺伝子(Pdc2);SPAC1F8.07c
pdc3遺伝子(Pdc3);SPAC186.09
pdc4遺伝子(Pdc4);SPAC3G9.11c
【0033】
欠失または失活させるpdc遺伝子は、pdc2遺伝子であることが特に好ましい。pdc2遺伝子は、特に主要な機能を持つpdc遺伝子である。
前記pdc遺伝子を全て欠失または失活させてしまうと、その形質転換体はエタノール発酵が行えなくなるために生育が阻害される。そのため、pdc遺伝子の欠失または失活は、生育に必要なエタノール発酵能を残して充分な形質転換体量が得られるようにしつつ、エタノール発酵能を低下させて乳酸の発酵効率を向上させられるように行わなければならない。この課題に対して本発明者等が検討を行った結果、pdc2遺伝子を欠失または失活させるとpdc4遺伝子がある程度活性化し、充分な形質転換体量が得られる程度のエタノール発酵能と、高い発酵効率での乳酸の生産が両立できることを見出した(国際出願番号PCT/JP2010/063888号の明細書を参照)。
以上のように、本発明で用いる乳酸発酵能を有する分裂酵母としては、ヒト由来のL−LDH遺伝子が染色体内に組み込まれ、pdc2遺伝子が欠損または不活性化されているシゾサッカロミセス・ポンベの形質転換体が特に好ましい。
【0034】
[乳酸発酵、増殖]
乳酸発酵とは、グルコースを原料としてピルビン酸を経て乳酸を生成する発酵の1種である。本発明における乳酸発酵能を有する分裂酵母は、好気環境下においても乳酸発酵を行うことができる。
本発明において、乳酸発酵は、グルコース水溶液中で行われる。乳酸発酵は、上記の乳酸発酵能を有する分裂酵母をグルコース水溶液中でインキュベーション(培養)することにより行われる。好ましい温度は、20〜37℃であり、より好ましくは28〜32℃である。静置すると分裂酵母が沈殿してしまうため、振盪または攪拌しながら乳酸発酵を行うことが好ましい。培養容器、振盪・攪拌装置については特に制限はなく、公知のものを適宜選択して用いることができる。
【0035】
乳酸発酵における、グルコース水溶液中の分裂酵母の菌体量は、好ましくは18〜72g乾燥菌体/Lである。
【0036】
グルコース水溶液中での培養では、炭素源以外の栄養が乏しい為、YPD、SCなどの酵母用培地で培養した場合と比較すると分裂酵母の増殖はあまり起こらない。逆にいえば、乳酸発酵の効率を高めるために、グルコース水溶液として炭素源以外の栄養源(特に窒素源)の少ない培養液を使用し、増殖率を少なくする。前記のように、前記式で表される分裂酵母の増殖率は1.5以下であることが好ましい。
【0037】
[グルコース水溶液]
本発明において用いる発酵用培養液であるグルコース水溶液(高Kグルコース水溶液と低Kグルコース水溶液)は、グルコースを水に溶解したものであり、グルコースの含有量が好ましくは30〜200g/Lであり、より好ましくは50〜150g/Lである。
【0038】
本発明において用いるグルコース水溶液は、分裂酵母の増殖のための培地ではなく、乳酸発酵に用いられるものである。そのため、カリウムイオンの有無を除き、金属イオン、ビタミン等の微量栄養源などグルコース以外の成分を含有していてもよいが、分裂酵母による発酵で生じた乳酸発酵液から乳酸を分離する工程が簡便になるように、なるべく乳酸発酵に必須ではない成分を含まないことが好ましい。
【0039】
特に窒素源は、酵母の増殖用培養液に多く含まれる成分であるが、乳酸発酵に必須であるというわけではない。そこで、本発明において用いるグルコース水溶液は、窒素源の含有量が0.5g/L以下であることが好ましく、0〜0.3g/Lの窒素源を含有することがより好ましい。0〜0.3g/Lの窒素源を含有するとは、窒素源を含有しないかまたは0.3g/L以下の窒素源を含有するという意味である。
【0040】
本発明において窒素源とは、分裂酵母が利用可能な窒素原子を含む分子であり、グリシン、アラニン等のアミノ酸、アデニン、グアニン等の核酸を構成するプリン塩基、シトシン、チミンウラシル等の核酸を構成するピリミジン塩基、ヌクレオシド、ヌクレオチド、リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド、DNA、RNA、ペプチド、ポリペプチド、アンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩由来のアンモニウムイオン(NH
4+イオン)、尿素、トリメチルアミンなどのアミン、硝酸アルミニウム、硝酸鉄、硝酸マグネシウムなどの硝酸塩由来の硝酸イオン(NO
3−)、および、亜硝酸塩由来の亜硝酸イオン(NO
2−)、を指し、それらの合計がグルコース水溶液中0〜0.3g/L含まれることが好ましい。
後述するビタミンなどの微量栄養源も、窒素原子を含むのであれば窒素源に含まれる。また、硝酸カリウム由来の硝酸イオンも上記窒素源に含まれる。ただし、カリウムイオン濃度を必要量とするために硝酸カリウムを多量に使用し結果として窒素源の量が後記範囲を超えるような場合は、硝酸カリウムを使用しないまたは他のカリウム源と併用して窒素源の量を上記範囲内とすることが好ましい。
なお、上記好ましい窒素源の量は、乳酸発酵開始前の値である。乳酸発酵の過程で死滅・分解した分裂酵母の菌体由来の成分は含まれない。
【0041】
(カリウムイオン)
カリウムイオン源として使用するカリウム化合物は、水に溶解してカリウムイオンを生成する化合物であり、水溶性の無機カリウム化合物(無機カリウム塩など)や有機酸のカリウム塩などが好ましい。例えば、水酸化カリウム、炭酸カリウム、酒石酸水素カリウム、炭酸水素カリウム、塩化カリウム、酢酸カリウム、硫酸カリウム、硝酸カリウム、亜硝酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、塩素酸カリウム、過塩素酸カリウム等のカリウム塩が挙げられる。水溶性の無機カリウム化合物がより好ましく、塩化カリウムなどのハロゲン化カリウムが特に好ましい。
前記のように、高Kグルコース水溶液のカリウムイオン濃度は400ppm以上であり、400〜4000ppmがより好ましい。低Kグルコース水溶液のカリウムイオン濃度は400ppm未満であり、0ppmであってもよい。低Kグルコース水溶液としては、カリウムイオン濃度が0〜200ppmのグルコース水溶液が好ましく、0〜100ppmのグルコース水溶液がより好ましい。
【0042】
(アルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオン)
本発明において用いるグルコース水溶液は、カリウム以外のアルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオンからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属のイオンを含有していてもよい。
アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、ルビジウム等が挙げられ、リチウム、ナトリウムが好ましい。カリウム以外のアルカリ金属のグルコース水溶液中の総含有量は、好ましくは、0〜900ppmであり、より好ましくは0〜100ppmである。
アルカリ土類金属としては、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム等が挙げられ、マグネシウム、カルシウムが好ましい。アルカリ土類金属のグルコース水溶液中の総含有量は、好ましくは、0〜900ppmであり、より好ましくは0〜200ppmである。
アルカリ金属およびアルカリ土類金属は、イオンの形態でグルコース水溶液に含有される。対イオンが窒素原子を含むものである場合、窒素原子を含む対イオンは上記窒素源に含まれる。
【0043】
(微量金属)
本発明において用いるグルコース水溶液は、アルカリ金属およびアルカリ土類金属以外の金属であって、分裂酵母の増殖に必要な金属のイオンの一部もしくは全部を含有しないか、または、分裂酵母の増殖に必要な量含有しないことが好ましい。
そのような分裂酵母の増殖に必要な金属としては、主要元素である鉄、微量元素である、ホウ素、アルミニウム、ケイ素、バナジウム、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ヒ素、セレン、モリブデンが挙げられる。
例えば、分裂酵母の増殖に必要な量とは、S.pombeの形質転換体の場合、培養液1Lあたり、H
3BO
3として145mg以上、MnCl
2として155mg以上、CoCl
2・6H
2Oとして20mg以上、NiSO
4・6H
2Oとして22mg以上、CuSO
4・5H
2Oとして190mg以上、ZnSO
4・7H
2Oとして1270mg以上である。したがって、グルコース水溶液にこれら化合物を添加する場合、これら化合物の量は、上記必要量未満であることが好ましい。
【0044】
(微量栄養源)
本発明において用いるグルコース水溶液は、ビタミンなどの微量栄養源を含んでいてもよい。ビタミンとしては、ビオチン、パントテン酸、ニコチン酸、イノシトール等が挙げられる。微量栄養源のグルコース水溶液中の含有量としては、0〜300ppmが好ましい。
【0045】
[置換]
本発明において、発酵液のグルコース水溶液への置換とは、乳酸発酵で生じた分裂酵母の菌体を含む発酵液から発酵液を回収して、新たにグルコース水溶液を菌体に供給することをいう。発酵液を回収する方法としてはどのような方法でもよく、例えば、発酵液を静置して菌体が沈殿した後に上清を回収する方法、フィルターなどの濾過装置に通して菌体と発酵液を分離する方法、遠心分離により菌体を沈殿させた後に上清を回収する方法などが挙げられる。また、菌体を増殖させた後引き続いて乳酸発酵を行う場合は、菌体を増殖させた増殖用培養液から上記と同様の方法で増殖用培養液を除き、次いでグルコース水溶液を菌体に供給して乳酸発酵を行うことができる。
【0046】
[増殖]
本発明において使用する乳酸発酵能を有する分裂酵母は、冷凍保存したものや、寒天培地プレートから掻き取ったものをグルコース水溶液へ懸濁して乳酸発酵させてもよい。しかし、乳酸の大量生産を行う場合は、種となる分裂酵母をまず増殖させ、増殖した菌体を増殖用培養液から分離して菌体を回収し、この菌体を用いて乳酸発酵を行うことが好ましい。増殖させた後増殖用培養液から菌体を回収する方法としては、前記と同様に、増殖用培養液を静置して菌体が沈殿した後に上清を除いて菌体を回収する方法、フィルターなどの濾過装置に通して菌体と増殖用培養液を分離する方法、遠心分離により菌体を沈殿させた後に上清を除いて菌体を回収する方法などが挙げられる。
【0047】
増殖用培養液としては、乳酸発酵能を有する分裂酵母を増殖させうるものであれば公知の培養液のいずれでもよく、例えば、YPD、YPED、SC、SD培地などの培養液に必須アミノ酸や核酸を加えたものやEMMが挙げられる。培養液の組成としては、例えば、University of Southern California、Forsburg研究室のホームページ(http://www-bcf.usc.edu/~forsburg/media.html)に記載のものや、Cold Spring Harbor Laboratory Press 発刊のMethods in Yeast Genetics: A Cold Spring Harbor Laboratory Course Manual, 2005 Editionに記載のものが挙げられる。
【0048】
[発酵賦活剤]
本発明はまた、カリウムイオン源からなる発酵賦活剤である。
本発明の発酵賦活剤とは、乳酸発酵能を有する分裂酵母を用いて、分裂酵母の増殖を目的とせず、もっぱら乳酸発酵させるために使用するグルコース水溶液に添加して分裂酵母の乳酸発酵活性の低下を防止するための添加剤をいう。分裂酵母の増殖を目的とせず、もっぱら乳酸発酵させるために使用するグルコース水溶液は、窒素源の含有量が0.3g/L以下であるグルコース水溶液である。また、この発酵賦活剤は、前記のカリウムイオンを生成しうる水溶性カリウム化合物からなる。
本発明の発酵賦活剤は、乳酸発酵に使用するグルコース水溶液にカリウムイオン濃度が400ppm以上となる量予め添加して使用することができる。また、これに限られず、乳酸発酵活性の低下のおそれがあるまたは乳酸発酵活性の低下がみられた乳酸発酵途中の培養液に添加して使用することもできる。
発酵賦活剤として使用する水溶性カリウム化合物としては、水溶性の無機カリウム化合物(無機カリウム塩など)や有機酸のカリウム塩などが好ましい。発酵賦活剤としては、水溶性の無機カリウム化合物がより好ましく、塩化カリウムなどのハロゲン化カリウムが特に好ましい。剤型は特に限定されず、例えば粉末、錠剤であってもよく、また、水溶液として使用してもよい。
【実施例】
【0049】
以下、実験例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。本実施例においては特に断りのない限り「%」は「質量%」を意味する。
【0050】
[乳酸発酵能を有する分裂酵母の作成]
国際出願番号PCT/JP2010/063888の明細書に記載の実施例で作成した乳酸発酵能を有する分裂酵母からleu1変異を回復させた株を使用した。この分裂酵母は、以下の方法で作成されたものである。
【0051】
<pdc2(系統名:SPAC1F8.07c)削除株の作成>
S.pombeのウラシル要求性株(ARC010、遺伝子型:h− leu1−32 ura4−D18、東京大学大学院理学系研究科附属遺伝子実験施設・飯野雄一教授より供与)を前記Latour法に従って形質転換し、ピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)をコードする遺伝子を削除した削除株を作製した。削除断片の作製には、S.pombeのARC032株(遺伝子型:h−、東京大学大学院理学系研究科附属遺伝子実験施設・飯野雄一教授より供与)よりDNeasy(キアゲン社製)によって調製した全ゲノムDNAを鋳型とし、削除するpdc2遺伝子について以下に示す配列の8種の合成オリゴDNA(オペロン社製)を使用した。
UF:5’-CTCTCCAGCTCCATCCATAAG-3’
UR:5’-GACACAACTTCCTACCAAAAAGCCTTTCTGCCCATGTTTTCTGTC-3’
OF:5’-GCTTTTTGGTAGGAAGTTGTGTC-3’
OR:5’-AGTGGGATTTGTAGCTAAGCTGTATCCATTTCAGCCGTTTGTG-3’
DF:5’-AAGTTTCGTCAATATCACAAGCTGACAGAAAACATGGGCAGAAAG-3’
DR:5’-GTTCCTTAGAAAAAGCAACTTTGG-3’
FF:5’-CATAAGCTTGCCACCACTTC-3’
FR:5’-GAAAAAGCAACTTTGGTATTCTGC-3’。
UFとURでUP領域を、OFとORでOL領域を、DFとDRでDN領域をそれぞれKOD−Dash(東洋紡社製)を用いたPCR法によって作製したのち、さらにそれらを鋳型として、それぞれFFとFRを用いた同様のPCR法によって全長の削除断片を作製した。全長の削除断片作製時には、下記2つの合成オリゴDNA(オペロン社製)を用い、ARC032株より同様に調製した全ゲノムDNAを鋳型とし、同様のPCR法によって調製したura4領域断片も鋳型として合わせて使用した。
5’-AGCTTAGCTACAAATCCCACT-3’
5’-AGCTTGTGATATTGACGAAACTT-3’
作製されたpdc2遺伝子削除断片を用いて作製した削除株をIGF543と名付けた。5-フルオロオロチン酸(5-fluoroorotic acid、5-FOA)含有培地を用いて、IGF543株の中から、ura4−株を選抜した(名称はIGF543を継承)。
次に、その生育速度を高めるべく、IGF543株をYESプレート(イーストエキス0.5%/グルコース3%/SPサプリメント)にストリークして25℃にて培養し、得られたコロニーをYPD培地(イーストエキス1%/ペプトン2%/グルコース2%)に植え継ぎ25℃にて培養し、十分に生育した培養液を用いてグリセロールストックを作製し、−80℃にて保存した。上記作業を適切な生育速度が得られるまで繰り返し、生育速度の高い株を選抜した(名称はIGF543を継承)。得られたIGF543株を以下に使用した。
【0052】
<S.pombe乳酸脱水素酵素生産株の作製>
(pTL2HsLDH−Tf2の作製)
岡山ベクターに組込まれたヒト線維芽細胞cDNAライブラリーを鋳型とし、5’−末端側に制限酵素NcoI認識配列を、3’−末端側に制限酵素SalI認識配列を付加した下記プライマーセット、
5’-GTCCATGGCAACTCTAAAGGATCAG-3’(No.4620)、
5’-CAGTCGACTTAAAATTGCAGCTCCTTTTG-3’(No.4621)
を用いて、文献(Tsujiboほか、Eur.J.Biochem.誌、1985年、147巻、9−15頁)に記載のヒトL−乳酸脱水素酵素構造遺伝子(HsLDH−ORF)をコードする遺伝子断片を、PCRによって増幅した。得られた増幅断片を、制限酵素NcoIおよびSalIを用いた二重消化ののち、特開2000−262284号公報記載のマルチクローニングベクターpTL2M5のAflIII−SalI間に組み込み、LDH発現ベクターpTL2HsLDHを作製した。
pTL2HsLDHを制限酵素SpeIおよびBst1107Iで二重消化し、得られた断片(hCMVプロモーター/LDH−ORF/LPIターミネ―ター)を、下記の工程で作製したTf2多座組込型ベクターpTf2MCS−ura4の制限酵素NheI−KpnI(末端平滑化)認識配列間に挿入し、組込型L−乳酸脱水素酵素遺伝子発現ベクターpTL2HsLDH−Tf2を作製した。なお、Tf2トランスポゾン遺伝子部位への遺伝子導入については、国際公開2010/087344号参照。
【0053】
(pTf2MCS−ura4の作製)
pTf2MCS−ura4の作製工程は次のとおりである。すなわち、細胞からの全ゲノムDNA抽出キット(キアゲン社製DNeasy)を用いて、S.ポンベの全ゲノムDNAを精製し、そのうちの1μgを鋳型として、5’末端側に制限酵素BsiWIの認識配列(CGTACG)を導入した下記プライマーペアー、
5’-AAGGCCTCGTACGTGAAAGCAAGAGCAAAACGA-3’、
5’-AAGGCCTCGTACGTGCTTTGTCCGCTTGTAGC-3’、
を用いて、PCR法によって、S.ポンベのTf2−2(GeneDB収載の系統名SPAC167.08遺伝子)のDNA断片(約3950塩基対)を増幅した。増幅DNA断片の両末端を制限酵素BsiWIで処理し、アガロースゲル電気泳動によって分離・精製し、インサート断片として調製した。
次に、染色体組込み用ベクターpXL4(Idirisほか、Yeast誌、23巻、83−99頁、2006年)を同じ制限酵素BsiWIで消化し、アンピシリン耐性遺伝子(ApR)と大腸菌の複製起点(pBR322 ori)を含む領域(約2130塩基対)を得た。そのDNA断片をさらに脱リン酸化酵素(タカラバイオ社製CIAP)で脱リン酸化処理し、アガロースゲル電気泳動によって分離・精製し、ベクター断片として調製した。
上記インサート断片とベクター断片とを、ライゲーションキット(タカラバイオ社製DNA Ligation Kit ver.2)を用いて連結した後、大腸菌DH5(東洋紡社製)を形質転換し、組換えプラスミドpTf2−2(6071塩基対)を作製した。
上記構築ベクターpTf2−2の0.1μgを鋳型として、下記プライマーペアー
5’-GGGGTACCAAGCTTCTAGAGTCGACTCCGGTGCTACGACACTTT-3’(5’末端に制限酵素KpnI、HindIII、XbaI、SalIの認識配列を持つ)、
5’-GGGGTACCAGGCCTCTCGAGGCTAGCCATTTCCAGCGTACATCCT-3’(5’末端に制限酵素KpnI、StuI、XhoI、NheIの認識配列を持つ)、
を用い、PCR法によって全長を増幅し、6060塩基対の断片を得た。その両末端をKpnIで消化し、アガロースゲル電気泳動によって分離・精製したのち、ライゲーションキットを用いて自己環状化し、トランスポゾン遺伝子Tf2−2配列の内部にさらにマルチクローニングサイト(MCS)を持つ6058塩基対のベクターpTf2(MCS)を作製した。
上記構築ベクターpTf2(MCS)を制限酵素KpnIおよびNheIを用いて二重消化し、6040塩基対の断片をアガロースゲル電気泳動によって分離・精製した。さらにS.ポンベのウラシル要求性マーカーura4(GeneDB収載の系統名SPCC330.05c、オロチジン−5’−リン酸脱炭酸酵素遺伝子)の両端にPCR法を用いて制限酵素KpnIおよびNheIの認識配列を付加した断片を作成し、制限酵素KpnIおよびNheIを用いて二重消化し、2206塩基対の断片をアガロースゲル電気泳動によって分離・精製した。これら二本の断片をライゲーションキットを用いて連結し、トランスポゾン遺伝子Tf2−2配列の内部にさらにマルチクローニングサイト(MCS)を持つ8246基対のベクターpTf2(MCS)−ura4を作製した。
【0054】
(形質転換・株の選抜)
上記で作製したベクターpTL2HsLDH−Tf2を用い、岡崎らの方法(Okazakiほか、Nucleic Acids Res.誌、1990年、18巻、6485−6489頁)によりIGF543株(生育速度回復株)を形質転換し、選択培地MMA+Leuプレートに塗布した。
得られた多数のシングルコロニーをYPD16(イーストエキス1%/ペプトン2%/グルコース16%)培地に植菌し32℃で72時間培養後、培養上清のみを試料とし、BF−4およびBF−5(王子計測機器)を用いて、グルコース、エタノール、L−乳酸濃度ならびに培地のpHの測定を行った。その結果を元に、これらの中から再度L−乳酸生産性の高いものを選抜し、さらにYPD12(イーストエキス1%/ペプトン2%/グルコース12%)培地で培養(20時間、44時間、66.5時間、80時間、176時間)後、同様に培養上清中のグルコース、エタノール、L−乳酸濃度ならびに培地のpHを測定し、L−乳酸の生産性が最も高い株を選抜、ASP2782(遺伝子型:h
− leu1−32 ura4−D18 pdc2−D23 Tf2<HsLDH−ORF/ura4+)と命名した。
【0055】
(leu1変異回復株の作製)
分裂酵母用組込型ベクターpXL4(Idirisほか、Yeast誌、2006年、23巻、83−99頁)を制限酵素で二重消化して得られた断片を末端平滑化したのちにライゲーションして得られた分裂酵母用発現ベクターpXL1(delta−neo)を、を作製した。
ASP2782株に上述のpXL1(delta−neo)ベクターを用いて、上述の岡崎らの方法により形質転換を行い選択培地MMAプレートに塗布した。得られたシングルコロニーをleu1変異を回復した株としてASP3054(遺伝子型:h
− leu1−32 ura4−D18 pdc2−D23 Tf2<HsLDH−ORF/ura4+ leu1+)と命名した。ASP3054株を以下の試験に使用した。
【0056】
[実験例1]
<YD10培地またはカリウムイオン含有グルコース水溶液での反復培養>
Pdc2を欠失し、ヒト由来L−LDH遺伝子を染色体に組み込まれた分裂酵母シゾサッカロミセス・ポンベの形質転換体(ASP3054株)を30グラム(乾燥菌体換算)/リットル程度の濃度になるようD10液体培地(グルコース10%のみを含む水溶液)に接種し、温度30℃、攪拌速度110rpmの条件で、5mL試験管培養を行い、培養液中の乳酸とエタノールの濃度を測定した(表1中、1回目)。
培養終了後、遠心分離(6000×g、20分)により培養上清ならびに菌体を回収した。
回収された菌体を今度はYD10液体培地(イーストエキス1%、グルコース10%)またはカリウムイオン含有グルコース水溶液(Na
2HPO
4 2.2g/リットル、MgCl
2・6H
2O 1.05g/リットル、CaCl
2・2H
2O 0.015g/リットル、KCl 1g/リットル、NaSO
4 2.2g/リットル、グルコース10%)に加えて培養を行った。この一連の操作を9回行なった(2回目〜10回目)。
合計10回の培養における培養時間、培養終了時のグルコース、エタノールおよび乳酸濃度の測定結果、ならびにその測定結果より計算した乳酸の対糖収率を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
上記表1から明らかなように、カリウムイオン含有グルコース水溶液を用いた反復培養では、回数を重ねても乳酸の対糖収率が高度に維持されており、アルカリによる中和を行うことなく、乳酸を安定して高い生産性で生成することが確認された。
【0059】
[実験例2]
<D10液体培地での反復培養>
ASP3054株を30グラム(乾燥菌体換算)/リットル程度の濃度になるようD10液体培地(グルコース10%)に接種し、温度30℃、攪拌速度110rpmの条件で、5mL試験管培養を行い、培養液中の乳酸とエタノールの濃度を測定した(1回目)。
培養終了後、遠心分離(6000×g、20分)により培養上清ならびに菌体を回収した。
回収された菌体を再び同じ液体培地に加えて培養を行った。この一連の操作を2回行なった(2回目、3回目)。合計3回の培養における培養時間、培養終了時のグルコース、エタノールおよび乳酸濃度の測定結果、ならびにその測定結果より計算した乳酸の対糖収率を表2に示す。
【0060】
【表2】
【0061】
上記表2から明らかなように、D10液体培地を用いた反復培養では、回数を重ねると乳酸の生産速度が著しく遅くなり、乳酸を安定して高い生産性で生成出来ないことが確認された。特に、3回目の培養では、84.8時間経過しても多量の残存グルコースが確認された。
【0062】
[実験例3]
<カリウムイオンまたはナトリウムイオン含有グルコース水溶液での反復培養>
(増殖)
ASP3054株を30グラム(乾燥菌体換算)/リットル程度の濃度になるようYPD10液体培地(イーストエキス1%、ペプトン2%、グルコース10%)に接種し、温度30℃、攪拌速度110rpmの条件で5mL試験管培養を行い、培養液中の乳酸とエタノールの濃度を測定した(増殖)。培養終了後、遠心分離(6000×g、20分)により培養上清ならびに菌体を回収した。この一連の操作を2回行った。(増殖1、増殖2)
(乳酸発酵)
上記回収された菌体を、今度はカリウムイオン含有グルコース水溶液(塩化カリウム20mM、グルコース10%)またはナトリウムイオン含有グルコース水溶液(塩化ナトリウム20mM、グルコース10%)に加えて培養を行った。培養後、遠心分離により菌体を回収し、新たなカリウムイオン含有グルコース水溶液またはナトリウムイオン含有グルコース水溶液に加えた。この一連の操作をカリウムイオン含有グルコース水溶液では、2回行った(1回目〜2回目)。一方、ナトリウム含有グルコース水溶液では、1回行った(1回目)。
上記の培養における培養時間、培養終了時のグルコース、エタノールおよび乳酸濃度の測定結果、ならびにその測定結果より計算した乳酸の対糖収率を表3に示す。
【0063】
【表3】
【0064】
上記表3から明らかなように、カリウムイオン含有グルコース水溶液を用いた反復培養では、回数を重ねても乳酸の対糖収率が高度に維持されているが、ナトリウム含有グルコース水溶液では、乳酸の生産速度が著しく遅くなり、乳酸を高い生産性で生成出来ないことが確認された。特に、ナトリウム含有グルコース水溶液での培養では、108時間経過しても多量の残存グルコースが確認された。
【0065】
[実験例4]
<乳酸発酵時の増殖率>
ASP3054株を30グラム(乾燥菌体換算)/リットル程度の濃度になるようYPD10液体培地(イーストエキス1%、ペプトン2%、グルコース10%)に接種し、温度30℃、攪拌速度500rpmの条件で3Lジャーファメンターにて培養を行った。培養終了後、遠心分離(6000×g、20分)により培養上清ならびに菌体を回収した。
上記回収された菌体を、D10液体培地(グルコース10%)またはK培地(カリウムイオン含有グルコース水溶液;塩化カリウム20mM、グルコース10%)に加えて培養を行った。培養後、遠心分離により菌体を回収し、蒸留水で洗浄を行った。洗浄後、遠心分離により菌体を回収し、110℃にて24時間放置し、十分に乾燥したことを確認した後、乾燥菌体重量(g乾燥菌体重量/L)を測定し、下記式に従って発酵開始時(0時間)と発酵7時間後(7時間)の乾燥菌体重量から増殖率を計算した。
増殖率=(発酵7時間後の乾燥菌体重量)/(発酵開始時の乾燥菌体重量)
【0066】
【表4】