(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5930805
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】有機性廃水の嫌気性廃水処理方法及び装置
(51)【国際特許分類】
C02F 3/28 20060101AFI20160526BHJP
C02F 5/00 20060101ALI20160526BHJP
C02F 1/58 20060101ALI20160526BHJP
C02F 5/02 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
C02F3/28 B
C02F5/00 610E
C02F5/00 620B
C02F1/58 J
C02F1/58 P
C02F5/02 B
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-81859(P2012-81859)
(22)【出願日】2012年3月30日
(65)【公開番号】特開2013-208594(P2013-208594A)
(43)【公開日】2013年10月10日
【審査請求日】2015年2月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001063
【氏名又は名称】栗田工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】山本 高信
(72)【発明者】
【氏名】西脇 和之
(72)【発明者】
【氏名】清川 智弘
(72)【発明者】
【氏名】合田 靖
【審査官】
富永 正史
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−150212(JP,A)
【文献】
特開平08−141592(JP,A)
【文献】
国際公開第2009/041009(WO,A1)
【文献】
特開昭64−080495(JP,A)
【文献】
特開2006−167522(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 3/00 − 3/34
C02F 11/00 − 11/20
C02F 1/58
C02F 5/00
C02F 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイスキー蒸溜残液、焼酎蒸留残液、製糖廃水、及びでんぷん残液からなる群から選ばれる、酸性有機性成分、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む有機性廃水を、被処理水として、pH調整手段を経由してメタン発酵槽に導入し、嫌気性廃水処理を行う方法において、
該pH調整手段での目標pHとしてpHa1とpHa2(但し、pHa1<pHa2である。)の少なくとも2点を設定し、さらに該メタン発酵槽からの流出水の設定pHとして、pHt1とpHt2(但し、pHt1≦pHt2である。)を設定し、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpHt1以下のとき、該pH調整手段での目標pHがpHa2となるように、一方、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpHt2を超えたときには、該pH調整手段での目標pHがpHa1となるように、該pH調整手段に酸及び/又はアルカリを添加して該メタン発酵槽への流入水のpHを調整し、
ここで、前記pHa1とpHa2を、pH5.8〜6.8の範囲内に設定し、かつ、前記pHt1とpHt2を、pH6.0〜7.0の範囲内に設定することで、該メタン発酵槽からの流出水のpHが6.0〜7.0となるように、該メタン発酵槽の流入水のpHを調整する、
ことを特徴とする前記嫌気性廃水処理方法。
【請求項2】
前記有機性廃水は、マグネシウム濃度が150mg/L以上であり、かつ、全リン(T−P)が500mg/L以上であるウイスキー蒸留残液と、全化学的酸素要求量(T−CODCr)(mg/L)が200,000以上である廃アルコールと、一般廃水とが混合され、該一般廃水で2〜4倍に希釈されたものである、請求項1に記載の嫌気性廃水処理方法。
【請求項3】
前記スケール成分がリン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)である、請求項1又は2に記載の嫌気性廃水処理方法。
【請求項4】
前記メタン発酵槽で生成するスケール成分の析出限界pH値が7.0以下となるように、前記被処理水を希釈水で希釈する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の嫌気性廃水処理方法。
【請求項5】
前記希釈水として、前記メタン発酵槽からの流出水をpH7.0以上に調整してスケールを析出させ、分離除去した処理水の一部を使用する、請求項4に記載の嫌気性廃水処理方法。
【請求項6】
ウイスキー蒸溜残液、焼酎蒸留残液、製糖廃水、及びでんぷん残液からなる群から選ばれる、酸性有機性成分、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む有機性廃水を、被処理水として、pH調整手段を経由してメタン発酵槽に導入し、嫌気性廃水処理を行う方法に使用するための、pH調整手段、及びメタン発酵槽を含む嫌気性廃水処理装置であって、該pH調整手段において、該pH調整手段での目標pHとしてpHa1とpHa2(但し、pHa1<pHa2である。)の少なくとも2点を設定し、さらに該メタン発酵槽からの流出水の設定pHとして、pHt1とpHt2(但し、pHt1≦pHt2である。)を設定し、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpHt1以下のとき、該pH調整手段での目標pHがpHa2となるように、一方、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpHt2を超えたときには、該pH調整手段での目標pHがpHa1となるように、該pH調整手段に酸及び/又はアルカリを添加して該メタン発酵槽への流入水のpHを調整するように制御するpH設定制御装置を含み、ここで、前記pHa1とpHa2を、pH5.8〜6.8の範囲内に設定し、かつ、前記pHt1とpHt2を、pH6.0〜7.0の範囲内に設定することで、該メタン発酵槽からの流出水のpHが6.0〜7.0となるように、該メタン発酵槽の流入水のpHを調整する、
ことを特徴とする前記嫌気性廃水処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、pH調整槽を経て、嫌気汚泥が保持されたメタン発酵槽に、酸性有機物及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む有機性廃水を、該メタン発酵槽に通水して嫌気的に該廃水を処理する嫌気性廃水処理方法及び装置において、該スケール成分の析出を抑制し、安定かつ効率的に該処理を行う嫌気性廃水処理方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
嫌気性廃水処理方法は、汚泥発生量が少なく、消費電力も少ない省エネルギー・省コストの廃水処理方法である。
嫌気性廃水処理方法は、酸生成菌による酸生成相、及びメタン生成菌によるメタン生成相からなる嫌気処理により有機物を分解する方法である。特に、UASB(Upflow Anaerobic Sludge Blanket)法、EGSB法(Expanded Granular Sludge Bed)法、流動床法などは、メタン発酵槽内にメタン生成菌を中心とした微生物群を高濃度で保持することができるため、廃水処理効率が高い方法である。
【0003】
これらの嫌気性廃水処理方法においては、糖質、タンパク質、脂質などの有機物は、まず酸生成菌の働きにより酸性有機物に分解される。そしてメタン生成菌により、酸性有機物からメタン生成が行われる。メタン発酵槽内では、このメタン生成が行われることによってpHが上昇し、通常、メタン発酵槽からの流出水のpHは6.5〜8.5となる。
【0004】
そのため、酸性有機物とアルカリ性領域で析出するスケール成分を被処理水として嫌気性処理をすると、スケールが析出する場合がある。
例えば、ウイスキー蒸溜工程から排出される蒸溜残液を含む廃水は、有機物濃度が30,000〜100,000mg/Lと高く、さらに全リンが500〜1,000mg/L、有機性窒素が1,000〜3,000mg/L、そしてマグネシウムが100〜300mg/Lで含まれている場合がある。
【0005】
マグネシウム、アンモニア性窒素、及び正リン酸が共存する場合、pHが中性条件より高くなると、MgNH
4PO
4・6H
2O(リン酸マグネシウムアンモニウム(以下、MAPと略す))結晶が生成する(析出)ことは、よく知られている。通常、この析出は、アルカリ側でNH
4-N>100mg/Lの条件で進行すると言われている。
【0006】
ウイスキー蒸溜残液の嫌気処理では、廃水に含有される有機性窒素化合物が、酸発酵の段階で低分子化して、アンモニア性窒素に分解され、メタン発酵槽では、被処理水中の酸性有機物からメタンが生成されるに伴って、pHが上昇し、槽内のpHが6.5〜8.5となり、溶解度が低くなるため、MAPが生成されやすい。
MAPの結晶は汚泥中や反応槽内のみならず、流速の大きい配管内やポンプ内にもスケールとなって析出し、配管閉塞、ポンプの作動不良などの問題を引き起こす要因となる。
【0007】
そのため、以下の特許文献1には、メタン発酵槽への流入水のpHを5.8〜6.5に調整してMAPスケールの析出量を制御する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3358348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記したように、特許文献1には、メタン発酵槽への流入水のpHを5.8〜6.5に調整してMAPスケールの析出量を制御する方法が提案されている。
しかしながら、この方法は、Mg塩を添加すると共に、メタン発酵槽への流入配管内でのMAP析出を抑制し、メタン発酵槽に保持されている汚泥上でMAPを析出させて汚泥の沈降性を向上させることを目的としている。したがって、酸性有機物、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を多く含む廃水の嫌気性廃水処理においては、流出水のpH上昇によって反応槽内や流出水の配管内でMAPスケールが生成するおそれがある。
【0010】
そこで、流出水のpHがアルカリ領域とならないように、流入水のpHをさらに低く設定する方法も考えられる。しかしながら、pHがメタン菌に適する範囲より低下すると、活性低下の原因となる。また、予め槽内におけるpH上昇を見込んで、導入水のpHを低く設定すると、メタン発酵槽への被処理水の流入が停止して循環運転を継続した場合や被処理水に含まれる酸性有機物の濃度が極端に低下した場合には、嫌気性処理によるpH上昇が全く起こらないか又はpHがほとんど上昇しなくなるため、反応槽内pHは流入水pHとほぼ同じ値まで低下することとなる。その結果、メタン菌の活性は低下し、被処理水の流入を再開しても、処理水水質は悪化してしまう。
【0011】
したがって、本発明が解決しようとする課題は、上記の問題点を解決し、酸性有機物、及びアルカリ性領域で発生するスケール成分を含む有機性廃水の嫌気性処理において、スケールの発生を抑制し、安定に処理できる方法及び装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく鋭意検討し実験を重ねた結果、以下のpH調整手段を用いることで上記課題が解決しうることを予想外に見出し、本発明を完成するに至ったものである。
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
【0013】
[1]酸性有機性成分、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む廃水を、被処理水として、pH調整手段を経由してメタン発酵槽に導入し、嫌気性廃水処理を行う方法において、
該pH調整手段での目標pHとしてpH
a1とpH
a2(但し、pH
a1<pH
a2である。)の少なくとも2点を設定し、さらに該メタン発酵槽からの流出水の設定pHとして、pH
t1とpH
t2(但し、pH
t1≦pH
t2である。)を設定し、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpH
t1以下のとき、該pH調整手段での目標pHがpH
a2となるように、一方、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpH
t2を超えたときには、該pH調整手段での目標pHがpH
a1となるように、該pH調整手段に酸及び/又はアルカリを添加して該メタン発酵槽への流入水のpHを調整することを特徴とする、前記嫌気性廃水処理方法。
【0014】
[2]前記pH
a1、pH
a2、pH
t1、及びpH
t2は、pH5.8以上、該メタン発酵槽内に保持される汚泥中の菌体比率(VSS/SS比)が60%以上となる該メタン発酵槽からの流出水のpHの上限値の範囲内に規定する、前記[1]に記載の嫌気性廃水処理方法。
【0015】
[3]前記被処理水が、生物分解によってアンモニアを生じる有機物成分を含む、前記[1]又は[2]に記載の嫌気性廃水処理方法。
【0016】
[4]前記被処理水が、ウイスキー蒸溜工程から排出された蒸溜残液を含む有機性廃水である、前記[3]に記載の嫌気性廃水処理方法。
【0017】
[5]前記有機性廃水は、マグネシウム濃度が150mg/L以上であり、かつ、全リン(T−P)が500mg/L以上であるウイスキー蒸留残液と、全化学的酸素要求量(T−COD
Cr)(mg/L)が200,000以上である廃アルコールと、一般廃水とが混合され、該一般廃水で2〜4倍に希釈されたものである、前記[4]に記載の嫌気性廃水処理方法。
【0018】
[6]前記スケール成分がリン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)である、前記[1]〜[5]のいずれかに記載の嫌気性廃水処理方法。
【0019】
[7]前記pH
a1とpH
a2は、pH5.8〜6.8の範囲内に設定し、かつ、該メタン発酵槽からの流出水のpHが6.0〜7.0となるように、該メタン発酵槽の流入水のpHを調整する、前記[2]〜[6]のいずれかに記載の嫌気性廃水処理方法。
【0020】
[8]前記メタン発酵槽で生成するスケール成分の析出限界pH値が7.0以下となるように、前記被処理水を希釈水で希釈する、前記[7]に記載の嫌気性廃水処理方法。
【0021】
[9]前記希釈水として、前記メタン発酵槽からの流出水をpH7.0以上に調整してスケールを析出させ、分離除去した処理水の一部を使用する、前記[8]に記載の嫌気性廃水処理方法。
【0022】
[10]酸性有機性成分、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む廃水を、被処理水として、pH調整手段を経由してメタン発酵槽に導入し、嫌気性廃水処理を行う方法に使用するための、pH調整手段、及びメタン発酵槽を含む嫌気性廃水処理装置であって、該pH調整手段において、該pH調整手段での目標pHとしてpH
a1とpH
a2(但し、pH
a1<pH
a2である。)の少なくとも2点を設定し、さらに該メタン発酵槽からの流出水の設定pHとして、pH
t1とpH
t2(但し、pH
t1≦pH
t2である。)を設定し、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpH
t1以下のとき、該pH調整手段での目標pHがpH
a2となるように、一方、該メタン発酵槽からの流出水のpHがpH
t2を超えたときには、該pH調整手段での目標pHがpH
a1となるように、該pH調整手段に酸及び/又はアルカリを添加して該メタン発酵槽への流入水のpHを調整するように制御するpH設定制御装置を含む、ことを特徴とする前記嫌気性廃水処理装置。
【発明の効果】
【0023】
本発明の嫌気性処理方法及び装置を使用すれば、酸性有機物、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む有機性廃水の嫌気性処理おいて、該スケールの発生を抑制し、安定かつ効率的な処理が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図2】実施例1における、pH調整槽のpH(測定値)、メタン発酵槽からの流出水のpH(測定値)、及び被処理水の流量の推移を示すグラフである。
【
図3】実施例1における、嫌気性処理におけるCOD
Crの除去率の推移を示すグラフである。
【
図4】実施例1における、嫌気性処理水のMg濃度の推移を示すグラフである。
【
図5】比較例1の嫌気性処理装置を示すフローである。
【
図6】比較例1における、pH調整槽のpH(測定値)、メタン発酵槽からの流出水のpH(測定値)、及び被処理水の流量の推移を示すグラフである。
【
図7】比較例1における、嫌気性処理におけるCOD
Crの除去率の推移を示すグラフである。
【
図8】比較例1における、嫌気性処理水のMg濃度の推移を示すグラフである。
【
図10】実施例2における、pH調整槽のpH(測定値)、メタン発酵槽からの流出水のpH(測定値)、並びにメタン発酵槽内に保持されている汚泥のVSS/SS比の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、酸性有機物及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む廃水を被処理水とする嫌気性処理において、pH調整手段での目標pHを、pH5.8〜後述するスケール析出限界pHの範囲内に、2点以上設定し、メタン発酵槽からの流出水のpHが5.8〜該スケール析出限界pHの範囲内となるようにpHを調整することを特徴とする嫌気性廃水処理方法及び装置である。
【0026】
本発明において、嫌気性処理の対象となる廃水は、酸性有機物、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含み、嫌気性処理が可能なものであれば制限はない。このような廃水の例としては、ウイスキー蒸溜残液、焼酎蒸留残液、製糖廃水、でんぷん廃水などが挙げられる。
本発明に係る嫌気性廃水処理方法によって処理される被処理水は、生物分解によってアンモニアを生じる有機物成分を含む。該被処理水は、ウイスキー蒸溜工程から排出された蒸溜残液を含む有機性廃水であることができる。また、該有機性廃水は、マグネシウム濃度が150mg/L以上であり、かつ、全リン(T−P)が500mg/L以上であるウイスキー蒸留残液と、全化学的酸素要求量(T−COD
Cr)(mg/L)が200,000以上である廃アルコールと、一般廃水とが混合され、該一般廃水で2〜4倍に希釈されたものであることができる。
【0027】
嫌気性処理の方式としては、酸生成相とメタン生成相を分離して行う二相方式であってもこれらの二相を一槽で行う一相方式のいずれであってもよい。また、嫌気性処理の方法としては、UASB法、EGSB法、流動床法、その他任意の方法を採用することができる。
【0028】
嫌気性処理の対象となる廃水に含まれる酸性有機物は、メタン発酵槽への流入時に含まれていればよく、被処理水に成分として元々含まれていても、被処理水に含まれる糖質、タンパク質、脂質などの有機物が酸生成槽で分解されて生成したものでもよい。これらの酸性有機物として、例えば、酢酸、乳酸、ギ酸、酪酸、プロピオン酸などが挙げられる。
【0029】
また、嫌気性処理の対象となる廃水に含まれるスケール成分はアルカリ性領域で析出するスケールの成分であれば制限はない。アルカリ性領域で析出するスケールの例としては、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)など挙げられ、これらの構成成分がスケール成分の一例となる。
【0030】
前記したように、本発明は、酸性有機物及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む廃水を被処理水とする嫌気性処理において、pH調整手段での目標pHを、pH5.8〜後述するスケール析出限界pHの範囲内に2点以上設定し、メタン発酵槽からの流出水のpHが5.8〜該スケール検出限界pHの範囲内となるようにpHを調整することを特徴とする。
pH5.8を下回るとメタン発酵菌の活性度が低下するので、メタン発酵槽内のpHを5.8以上、すなわち、pH調整手段及びメタン発酵槽からの流出水のpHを5.8以上とする必要がある。
他方で、メタン発酵槽においては、酸性有機物の分解に伴いpHは上昇し、ある一定の値を超えるとメタン発酵槽内においてスケールが生成し始め、この一定値を超えてpHが高くなる程、スケール生成量は多くなる。本発明においては、メタン発酵槽内に保持される汚泥中の菌体の比率(VSS/SS比)が60%以上となるよう、メタン発酵槽からの流出水のpHを維持する必要があり、このpHの上限値を「スケール析出限界pH」と定義する。ここで、VSSとは、SS(懸濁物質濃度)の強熱減量をいい、固形分(懸濁物質)の中で強熱(600℃)で揮発する物質量であり、固形分中の有機物量(菌体量)の指標とされる。すなわち、VSS/SS比が小さくなると、メタン発酵槽内に保持される汚泥中の無機物(スケール)の比率が高くなり、これは、菌体保持量が小さくなることを意味する。そのため、VSS/SS比が60%を下回ると、有機物除去性能の低下、処理水質の悪化という問題が生じることになる。
【0031】
スケール析出限界pHは、スケールの種類やスケール成分の濃度によって異なる値となるが、メタン発酵槽内のpHが8.5を超えてしまうと、メタン発酵菌の活性は低下してしまう。したがって、メタン発酵槽からの流出水のpHは8.5以下とする必要がある。本発明は、スケール析出限界pHが8.5を下回る(スケール濃度)の場合に適用されることが多い。スケール析出限界pHは、実際に本発明に係る装置を運転し、pHを変動させて、そのpH毎にVSS/SSを実際に測定することにより求めることができる。本発明においては、pH
a1、pH
a2、pH
t1、及びpH
t2は、5.8〜スケール析出限界pHの範囲内に設定される。ここで、pH
a1とpH
a2は、好ましくは5.8〜6.8の間に設定され、メタン発酵槽からの流出水のpHは、好ましくは6.0〜7.0の範囲となるように調整される。かかる範囲にpHを調整することとによって、原水中の酸性有機物やスケール成分の濃度変動の影響を小さくし、安定した制御を行うことが可能となる。
【0032】
pH
a1、pH
a2、pH
t1、及びpH
t2は、具体的には、以下のように試験することで求められる。
例えば、
図1に示す試験装置(実際の装置よりも小型のラボスケールの装置)を用いて、処理対象である廃水又は想定される廃水と同様の有機物濃度、無機(スケール成分)濃度の模擬廃水の連続通水試験を行う。まず、原水(被処理廃水、模擬廃水)が流入する条件下でpH調整槽のpHを変化させることにより、pH調整槽のpHとメタン発酵槽からの流出水のpHとの関係を明らかにするとともに、それぞれの、流出水のpHにおけるVSS/SS比を測定することにより、メタン発酵槽からの流出水のスケール析出限界pHとその時のpH調整槽のpHを求めることができる。流出水のpHの範囲は、メタン発酵菌の活性が低下しない範囲、すなわち、pH5.8〜8.5の範囲であって、かつ、スケール析出限界pH値以下であるようなpH値、例えば、およそpH6.0〜7.0の範囲に設定する。次いで、原水を通水した際に流出水のpHが、およそpH6.0〜7.0の範囲内となるように運転し、この時のpH調整槽のpHをpH
a1に設定する。次いで、メタン発酵槽への原水の流入を停止し、循環運転のみを継続して実施した際のメタン発酵槽からの流出水のpHが凡そ6.0〜7.0となるように運転し、この時のpH調製槽のpHをpH
a2に設定する。ここで、原水の流入を停止し、循環運転を継続すると、メタン発酵槽に供給される原水中の酸性有機物が低下し、メタン発酵槽におけるpHの上昇がなくなるため、メタン発酵槽からの流出水のpHは、pH調整槽のpHに次第に近づくことになる。
【0033】
安全かつ安定に運転するためには、pH
t2はスケール析出限界pHを上限とし、それよりも2.5低い範囲で設定することが望ましく、例えば、スケール析出限界pHが7.5である場合、pH
t2は5〜7.5の範囲に設定する。また、pH
t1とpH
t2は、0.2以上離れていることが望ましい。
上述の方法においては、pH調整槽における目標pHを2点、メタン発酵槽からの流出水の設定pHを2点としたが、このように設定したpH
a1とpH
a2の間にpH
a3やpH
a4(pH
a1<pH
a3<pH
a4<pH
a2)などを設定し、また、pH
t1とpH
t2の間にpH
t3やpH
t4(pH
t1<pH
t3<pH
t4<pH
t2)などを設定し、目標pHをpH
a3にして運転している時、流出水のpHがpH
t3以下になったら目標pHをpH
a4にし、更に、流出水のpHがpH
t1以下になったら目標pHをpH
a2にしてもよい。他方で、原水中の酸性有機物濃度が減少し、メタン発酵槽でのpH上昇が抑制され、設定pHをpHa
4において運転している時、流出水のpHがpH
t4を超えるようになったら目標pHをpH
a3にし、更に、メタン発酵槽でのpH上昇が抑制されて、流出水のpHがpH
t2を超えるようになったら目標pHをpH
a1にしてもよい。このように、pH調整槽での目標pHを3点以上、メタン発酵槽からの流出水のpHの設定pHを3点以上設定して運転することもできる。
【0034】
被処理水に含まれる酸性有機物の濃度が高く、メタン発酵槽内でのpH上昇幅が大きいために、又はアルカリ性領域で析出するスケール成分の濃度が高いために、流入水のpHを5.8を目標に制御しても、流出水のpHがスケール析出限界pH値を上回ってしまう場合には、被処理水を希釈水と混合させた後に、メタン発酵槽へ流入させる。pH調整手段での目標pH値を5.8にして、流出水pHがスケール析出限界pH値以下となるような希釈率以上の量で、希釈水を添加・混合すればよい。希釈水としては、市水、工水、井水、河川水、その他の処理系統の処理水等の、被処理水よりも有機物濃度、及びスケール成分濃度の低い水を使用する。また、嫌気性処理後にスケール成分を分離除去した処理水の一部を利用してもよい。
【0035】
希釈水による希釈により、被処理水に含まれる酸性有機物、及びスケール成分の濃度が低減し、それぞれ、メタン発酵槽でのpH上昇幅の縮小、スケールの析出限界pH値を低下させる効果が奏される。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を、実施例及び比較例により具体的に説明する。
<実施例1>
【0037】
図1に、実施例1における処理フローを示す。
以下の表1に示す水質の廃水を被処理水として処理を実施した。pH調整手段(pH調整槽)での目標pHをpH5.8とpH6.3の2点に設定し、メタン発酵槽からの流出水のpHが6.3以下となれば、pH調整槽の目標pHを6.3に、流出水のpHが6.5を超えたら、pH調整槽の目標pHを5.8に切り替える条件で運転した。
【0038】
【表1】
【0039】
図2に、pH調整槽のpH(測定値)、メタン発酵槽からの流出水のpH(測定値)、及び被処理水の流量の推移を示す。
図3は、嫌気性処理におけるCOD
Crの除去率の推移を示すグラフである。
図4は、嫌気性処理水のMg濃度の推移を示すグラフである。
【0040】
運転開始時、pH調整槽の目標pH5.8に対して、メタン発酵槽からの流出水のpHは6.7前後であった。しかしながら、
図1に示すように、メタン発酵槽からの流出水の一部は循環されており、被処理水(原水)の流入が停止すると、循環のみが継続されるため、原水流入時のpH調整槽の目標pH5.8のままでは、メタン発酵槽からの流出水のpHは次第に低下し、pH調整槽の目標pH5.8に近づく傾向となった。メタン発酵槽からの流出水のpHが6.3以下となった時点で、pH調整槽の目標pHを5.8から6.3に切り替えた結果、メタン発酵槽からの流出水のpHは、pH調整槽の目標pHと同じ6.3で安定した。
その後、被処理水の流入が再開され、嫌気反応が進み始めると、再びメタン発酵槽からの流出水のpHが上昇を始めた。そして、メタン発酵槽からの流出水のpHが6.5を超えたところで、pH調整槽での目標pHを6.3から5.8に切り替え、運転を継続した。その結果、メタン発酵槽からの流出水のpHは再び6.7前後で安定した。なお、COD
Crの除去率は、被処理水の流入停止の前後でほとんど変わらず、安定して90%以上で維持されていた。
上記運転期間中、流出水中のMg濃度は被処理水の濃度とほぼ同じで、MAPなどのスケールはほとんど析出していなかった。
【0041】
<比較例1>
図5に、比較例1の嫌気性処理装置のフローを示す。
実施例1と同様、表1に示す水質の廃水を被処理水として処理を実施した。pH調整槽での目標pHを5.8に設定して運転した。
図6は、pH調整槽のpH(測定値)、メタン発酵槽からの流出水のpH(測定値)、及び被処理水の流量の推移を示すグラフである。
図7は、嫌気性処理におけるCOD
Crの除去率の推移を示すグラフである。
図8は、嫌気性処理水のMg濃度の推移を示すグラフである。
【0042】
運転開始から、被処理水の流入時は、pH調整槽の目標pH5.8に対して、メタン発酵槽からの流出水のpHは6.7前後であった。しかしながら、被処理水の流入停止により、約1日で、メタン発酵槽からの流出水のpHはpH調整槽の目標pHと同じ5.8まで低下した。
被処理水の供給を6日間の停止した後、被処理水の流入を再開したところ、停止前はCOD
Cr除去率が約90%であったのに対し、停止後は、停止前90%の被処理水流量でCOD
Cr除去率が約75%となり処理能力が低下していた。
一方、MAP等のスケールは、上記の運転期間中、流出水中のMg濃度が被処理水の濃度とほぼ同じで推移しており、ほとんど析出していなかった。
【0043】
<実施例2>
図9に、実施例2における処理フローを示す。
以下の表2に示す水質の被処理水を2倍希釈して処理を実施した。
【0044】
【表2】
【0045】
pH調整槽での目標pHをpH5.8とpH6.3の2点に設定し、メタン発酵槽からの流出水のpHが6.3以下となれば、pH調整槽の目標pHを6.3に、メタン発酵槽からの流出水のpHが6.5を超えればpH調整槽の目標pHを5.8に切り替える条件で運転した。
図10は、pH調整槽のpH(測定値)、メタン発酵槽からの流出水のpH(測定値)、及びメタン発酵槽内に保持されている汚泥のVSS/SS比の推移を示すグラフである。
被処理水の流入時は、pH調整槽の目標pH5.8に対して、メタン発酵槽からの流出水のpHは6.5前後であった。また、被処理水が流入停止したとき、メタン発酵槽からの流出水のpHが低下したが、pH調整槽での目標pHが6.3に切り替わり、メタン発酵槽からの流出水のpH低下を防止することができた。
この運転期間中、メタン発酵槽内に保持されているグラニュール汚泥のVSS/SS比は、スケールの析出もなく80〜90%で安定しており、スケールの析出もなく安定して処理できていた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の嫌気性処理方法及び装置を使用すれば、酸性有機物、及びアルカリ性領域で析出するスケール成分を含む有機性廃水の嫌気性処理おいて、該スケールの発生を抑制し、安定かつ効率的な処理が可能となるので、本発明はかかる廃水の処理に好適に利用可能である。