【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0042】
<実施例1>
<1>材料と方法
1.供試試料
供試試料である冬虫夏草として、東白農産企業組合(福島県棚倉町)より提供されたハナサナギタケP. tenuipes粉末を実験に用いた。具体的には、ハナサナギタケは福島県の山中で採集し、特許文献2に記載された人工栽培方法に沿って培養した。なお、この菌株は、微生物識別表示名Paecilomyces tenuipes, IU070255、受領番号FERM AP−22011として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。
【0043】
これを、乾繭の工程で得られる乾燥したカイコ実用品種(錦秋×鐘和)の蛹に感染させ、65日間、25℃の暗室で培養した。得られた子実体ならびに宿主の蛹を凍結乾燥させた後、粉砕した。この実施例に用いたP. tenuipes粉末のロットの100 g中に含まれる各種成分を表1および表2に示した。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
表1に示すように、P. tenuipes粉末には、各アミノ酸成分がバランスよく含有されていることがわかる。さらには、脳機能改善に効果があるといわれるアラニン、フェニルアラニン、チロシン、イソロイシン、グルタミン酸、セリン、トリプトファン等が含まれている。
【0047】
さらに、表2に示すように、多様なビタミン類やβ-グルカンの含有量の多さが注目される。なお、これらの成分の分析データは宿主のカイコ蛹のロットが異なるサンプルであっても各成分の含有比率はほぼ変化がみられなかった。
【0048】
さらには、電子スピン共鳴(ESR)法による分析では、スーパーオキシド消去活性が4.8×10
3unit/g あることから、抗酸化活性も確認された。
【0049】
2.P. tenuipes 熱水抽出物(PTE)の調製
P. tenuipes 粉体 (63 g) に 8 倍量(W/V)(500 mL)のMQを加え、105℃、60分間オートクレーブ(BS-245, トミー精工)することで抽出液を得た。抽出液を10,000 × g 4℃,10分間遠心分離し、上清を定性濾紙(No.2 ADVANTEC)で濾過し回収した。残渣に再び 8 倍量のMQを添加し、同条件で 2 回目の抽出をおこなった。上清を回収し、 1 回目の抽出で得られた上清と混合し、吸引濾過でろ液を回収した。これを凍結乾燥機(EYELA A3S, 東京理化機器)で凍結乾燥することで得られた粉末を、P. tenuipes 熱水抽出物 (PTE) とし、使用するまで-80℃の超低温槽(ULT-790-5A, REVCO)で保存した。
【0050】
なお、P. tenuipes粉末からのPTE抽出の収量は、65.7%と高率であった。熱水抽出後のP. tenuipes 熱水抽出物(PTE)のアミノ酸組成をアミノ酸アナライザーで行ったところ、以下の結果が得られた(表3)。表3では、熱水抽出前のP. tenuipes粉体のアミノ酸組成との比較を示している。
【0051】
【表3】
【0052】
なお、計測方法が、アミノ酸アナライザーのみであったため、表3に示すP. tenuipes 熱水抽出物(PTE)の結果は、HPLCで検出されるトリプトファンなどのデータを欠いている。
【0053】
3.実験動物
(1)マウス
生後5週齢のC57BL/6J 雄マウス (体重21.24 ± 0.94 g) を日本SLCより購入し、Normal Control(NC)、Aging Control(AC)、PTE x 5 mg/(kg-day)、PTE x 25 mg/(kg-day) の 4 群に分け、 1 ケージあたり5 〜 6 頭を環境制御された部屋{室温:23〜25 °C,明暗周期:照明12時間(照明点灯時間:07:00〜19:00),消灯12時間}で集団飼育した。実験は飼育室で19:00 から23:00の時間帯に実施した。10日間の馴化期間の後、全試験期間中、全てのマウスは標準食(MEQ,オリエンタル酵母社)が与えられ、毎日体重を記録した。行動実験時以外は食餌と水は自由摂取により与えられ、それらの水と餌は隔日計測し、排泄量(床敷の重量)を週に2 回計測した。マウスの個体識別は、ケージ番号と耳穿孔器によるマーキングの組み合わせによりおこなった。
【0054】
(2)薬物の調製
20 ml容のバイアルに70%エタノールを吹きかけ、60℃の乾熱乾燥機の中にアルミホイルを敷き、その上で滅菌した。その後、秤量したD-galactose (Sigma社)をバイアルに入れ、生理食塩水(扶桑薬品工業社)で100 mg/kgになるように調整した。以下、D-galactoseを単にD-galと記載する。
【0055】
(3)D-gal 誘導老化マウスモデルの作製およびカイコ冬虫夏草熱水抽出物(PTE)の投与
D-gal の投与は、脳やアンチエイジング薬研究のための老化モデルとして使われている。老化の原理は解明されていないが、マロンジアルデヒドの増加、グルタチオンペルオキシダーゼとスーパーオキシドジスムターゼの減少による脳内の酸化ストレスが示唆されており (非特許文献13)、これらの酸化ストレスは脳老化の重要なファクターの1つと考えられている (非特許文献14)。
【0056】
この実施例では、マウスを以下の4群に分けた。
<1>NC群:注射期間中は、滅菌水と固形飼料を自由摂取により与えた。その後、引き続き滅菌水を与えた。
<2>AC群:濃度100 mg/kg のD-gal を8週間、皮下注射し、脳の老化を誘導した。
注射期間中は、NC群と同一の滅菌水と固形飼料を経口自由摂取により与えた。その後、引き続き滅菌水を与えた。
<3>PTE x 5 mg/(kg-day)群:濃度100 mg/kg のD-gal を8週間、皮下注射し、脳の老化を誘導した。注射期間中は、NC群と同一の滅菌水と固形飼料を経口自由摂取により与えた。その後、行動実験終了時まで濃度が、5 mg/(kg-day)になるように、PTEを蒸留水に溶解させたものを経口自由摂取させた。この濃度は、毎日測定した体重を元に正確に算出した。
<4>PTE x 25 mg/(kg-day)群:濃度100 mg/kg のD-gal を8週間、皮下注射し、脳の老化を誘導した。注射期間中は、NC群と同一の滅菌水と固形飼料を経口自由摂取により与えた。その後、行動実験終了時まで濃度が、25 mg /(kg-day)になるように、PTEを蒸留水に溶解させたものを経口自由摂取させた。この濃度は、毎日測定した体重を元に正確に算出した。
【0057】
4.ステップスルー型受動的回避実験
(1)装置
装置(小原医科産業)は、逆台形型の明室と暗室(明室:上面 100 × 130 mm, 底面 42 × 130 mm, 高さ 90 mm,暗室:上面 100 × 160 mm, 底面 42 × 160 mm, 高さ 90 mm)から構成されている。両室の床は、ともに直径 2.0 mm のステンレス棒が 6.0 mm間隔で並べられており、暗室の床だけが通電される。それらの部屋は、実験者が自由に開閉できる仕切りドア(ギロチンドアー)で接続されている。獲得試行は、マウスを白色蛍光灯(15 W)で照らされた明室に入れ、ギロチンドアーを開いて開始した。また、暗室内の入り口には入室を検知するための赤外線センサーがあり、入室時間の計測や電気刺激発生トリガーに用いた。
【0058】
(2)手順
本実験の前にマウスの異常個体を選別するために、前獲得試行をおこなった。ステップスルー型受動的回避実験は、暗い場所に進むというマウスの負の走行習性を利用したものであるため、明室におかれたマウスが 60 秒以上明室に留まるようであれば、異常個体と判断し、実験に使用しなかった。この前獲得試行では、仕切りドアを開けたままマウスを明室に入れ、暗室に入るまでの時間を測定した。
【0059】
実験 1 日目に前獲得試行をおこない、その後獲得試行をおこなった。獲得試行は、仕切りドアを閉めた状態でマウスを明室に入れ、30 秒後に仕切りドアを開け、マウスが暗室に入るまでの時間(反応潜時)を測定した。マウスの後ろ足が暗室に入った、または暗室の中の赤外線センサーに反応した時点で、仕切りドアを閉め、0.3 mAの電気刺激を 4 秒間与えた。
【0060】
実験 2 日目 (獲得試行から 24 時間後) に再生試行をおこなった。再生試行は獲得試行と異なり、電気刺激は与えない。それ以外の操作は、獲得試行と同様におこなった。 反応潜時は最大 180 秒として計測した。
【0061】
(3)結果
結果を
図1に示す。獲得試行では、マウスが暗室に入るまでの時間に3つの群で有意な差は認められなかった(
図1左)。
【0062】
一方、24時間後の記憶の保持を示す再生試行による反応潜時は、AC群に比べてNC群 とPTE x 25 mg/(kg-day) 群で有意に高かった (P < 0.05)。すなわち、AC群では、D-galによって老化が誘導され脳機能が低下していることが確認される。そして、PTE x 25 mg/(kg-day) 群では、脳老化マウスの空間学習・記憶障害に関する脳機能が改善したことが確認された。
【0063】
すなわち、我が国でも採取可能なP. tenuipesの粉末の熱水抽出物(PTE)が、比較的少ない経口投与量(C. sinensisの400分の1)で、老化誘導マウスの脳機能を有意に改善できることが示された。したがって、PTEは、入手が困難でトレーサビリティーなど食品としての安全性の面で課題を有するC. sinensisと比較して、効能、コスト、安定供給性の面で優れている。
【0064】
5.モリス水迷路実験
(1)装置
装置は、円筒形プール (直径100 cm,深さ 30 cm) を床上80 cmにセットした。このプールに深さ 20 cm まで水 (25 ± 1℃) を入れ、 透明なプラットフォーム (直径 10 cm,高さ 19 cm) が水面下1 cmに沈むようにセットした。プラットフォームが水泳中のマウスに見えないように、市販の白色ポスターカラーでプールの水を白濁させ、プール水面の真上100 cmの位置に設置し,全てのクワドラントをカバーする写真を白黒 CCD カメラで自動記録した。コンピュータとカメラは連動しており、マウスの水泳軌跡を 0.5 秒間隔で保存した。水泳軌跡の記録と画像解析は、NIH (The U.S. National Institute of Healyh)により開発され公開されているNIH Imageを元にしたソフトウェアImage WMH 2.08とImage WM 2.12 (小原医科産業) を使用した。
【0065】
(2)手順
モリス水迷路実験は9 日間、毎日夜間の同じ時間から開始した。1 日目にマウスをプールに馴れさせるため、各々 1 回ずつ 1 分間泳がせた。その際、プラットフォームに高さ 10 cm の目印をセットし、マウスにプラットフォームの存在を認識させた。また、マウスをプールに入れる際、コンピュータに指示されたマウス投入地点からプールの壁向きに入水させ、実験者は速やかにマウスから見えない位置に退避した。マウスが 60 秒以内にプラットフォームに到達したとき、その場で 15 秒間安置した後救出した。60 秒間の水泳でプラットフォームに到達できなかった場合、実験者の手でマウスをプラットフォーム上に移動させ、その時点から 15 秒間安置した後救出した。
【0066】
2 〜 8 日目は、マウスにプラットフォームの位置を記憶させるトレーニングをおこなった。トレーニングはマウス 1 頭につき連続して1 日に 4 回おこなった。トレーニングの方法は、1 日目の操作と同様におこない、プラットフォームに到達した時間を記録した。なお、60 秒で到達できなかった場合は、到達時間を 60 秒と記録した。
【0067】
9 日目にプローブテストをおこなった。プローブテストは、プールからプラットフォームを取り除き、マウスを 60 秒間泳がせ、本来プラットフォームがあった場所を横切った回数 (Crossing)、平均水泳速度、そして、各クワドラント(円形のプールの 4 分円) の各ドメイン内での滞在率(滞在時間)を測定した。また、プローブテストは 1 頭につき、1 回ずつおこなった。
【0068】
(3)結果
結果を
図2に示す。各群の訓練1日目を基準にプラットフォームへの退避の反応潜時間が短縮されるか検定したところ、いずれの群においても有意な短縮が見られた。また、各訓練日における4群間での平均到達時間の比較をおこなったところ、7日目のPTE x 5 mg/(kg-day)が有意に到達時間が短いことが示された (P<0.001)。
【0069】
8日目にプラットフォームを撤去し、プローブテストを実施した。PTE x 5 mg/(kg-day)群は、(プラットフォームがあった地点での)クロッシング回数がAC群に比較して顕著に増加した(P = 0.0535) (
図3)。
【0070】
なお、 4 つの群の平均水泳速度に差異は認められなかった (
図4)。したがって、D-gal 100 mg/(kg-day)以上の投与で発生する神経筋の機能不全を伴うことなく学習・記憶障害を発生させることができたことが確認された。
【0071】
さらに、ターゲットクワドラントと他のクワドラントでの滞在時間を比較した。結果を
図5に示す。PTE x 5 mg/(kg-day)群のマウスは、クワドラント 2 (P < 0.05)及びクワドラント 4 (P < 0.001)と比較し、ターゲットクワドラント 1 の滞在時間が有意に長かった.PTE x 25 mg/(kg-day)群のマウスも、クワドラント 2 (P < 0.01) 及びクワドラント 4 (P < 0.01)と比較し、ターゲットクワドラント 1 の滞在時間が有意に長かった。しかしながら、NC及びAC群のマウスは、ターゲットクワドラント 1 での滞在時間が顕著に長くはなく、特にAC群ではクワドラント 3 での滞在時間が最長となった。
【0072】
モリス水迷路実験においても同様に、PTE x 5 mg/(kg-day)群、PTE x 25 mg/(kg-day) 群では、脳老化マウスの空間学習・記憶障害に関する脳機能が改善したことが確認された。 すなわち、P. tenuipesの粉末の熱水抽出物(PTE)は、比較的少ない経口投与量(C. sinensisのおよそ400分の1)で、老化誘導マウスの脳機能を有意に改善でき、C. sinensisと比較して、効能、コスト、安定供給性の面で優れている。
【0073】
6.その他
実験動物の体重、飲水量、摂食量および排泄量において4群間の有意な差は認められなかった。
【0074】
また、ステップスルー型受動的回避実験、モリス水迷路実験における統計解析は、JMP8 (SAS Institue Inc.) を用いて、分散分析 (ANOVA) をおこなった。事後検定にはTukey-Kramer testを用い、その他の行動実験スコアはDunnett’s testを用いて検定をおこなった。なお,P < 0.05の場合,統計的に有意差があるとした。
【0075】
<実施例2>
実施例1において、P. tenuipes粉末の熱水抽出物(PTE)の経口摂取によって複数の行動実験において有意な脳機能の改善が認められたことから、PTEが脳神経系に影響を及ぼすメカニズム、PTEが脳組織へ及ぼす作用について解析した。
1.RT-PCRによる記憶関連遺伝子の発現解析
(1)マウス脳からのTotal RNAの抽出
実施例1で用いたマウス(NC群、AC群、PTE×5群、PTE×25群)脳内におけるAch合成酵素コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)の遺伝子発現の差異を比較するため、エーテル吸入深麻酔下のマウスを素早く断頭した後、脳を摘出し、50 mM (pH 7.4)の冷PBSで洗浄した。その後、カミソリで脳を左脳と右脳に分断し、一方をRNAlater(R) Solution(Applied Biosystems Inc.)に一晩浸漬した後、-80℃で保管保存した。
【0076】
この脳サンプルを用い、TRIzol Reagent (Invitrogen Co., California, USA)を加え、取扱説明書のプロトコルに従ってTotal RNAを抽出した。すなわち、凍結した半分の脳の半分の重量250 mgに対しTRIzol Reagent 4 mlを添加し、ホモジナイズした後、氷中に5 分間放置した。続いて、0.8 mlのクロロホルムを添加、振とうし、25℃ 3 分間放置静置した。次に12,000 ×g、 4℃ 25 分間遠心分離をおこなった。これによりRNAを含む水相、DNAを含む中間相、タンパクを含む有機相の 3 層に分離された。RNA沈殿のために、上清を別のコニカルチューブに回収し、2 mlのイソプロパノールを添加後、軽く振とうし、25℃ 10 分間放置静置することでRNAを沈殿させた。
【0077】
12,600 ×g、4℃ 10 分間遠心分離をおこなった後、上清を捨て,4 mlの70%エタノールを添加してRNAを洗浄した。さらに、12,600 ×g、 4℃ 10 分間遠心分離をおこなった後、上清を捨て、乾燥後、100 μlのピロ炭酸ジエチル(DEPC)処理水を添加し、60℃ 10 分間インキュベートすることで溶解した。抽出したTotal RNAは、分光光度計Nano Drop 1000(Thermo Fisher Scientific Inc., USA)を用いてOD
260測定により定量をおこなった。また、Total RNAは使用するまで -80℃で保存した。
【0078】
(2)逆転写反応
前記(1)で調製したTotal RNAをRNA LA PCR Kit (AMV) Ver. 1.1 (Takara Bio Inc., Tokyo, Japan)を用い、次のプロトコルに従って逆転写反応をおこなった。前記(1)で調製した500 ng Total RNAを 2 μl、5 mM MgCl
2 を 1μl、10×PCR Buffer を1μl、RNase Free dH
2O を 2.75μl、10 mM dNTP Mixture を 1μl、RNase Inhibitor (1 U/ml)を 0.25μl、AMV Reverse Transcriptase XL (0.25 U/μl)を0.5μl、0.125μl Oligo dT-Adaptor Primer を 0.5μl 加えた各PCR溶液 25μlを、サーマルサイクラーを用い、以下の条件でPCR反応をおこなった。42℃で 30 分間反応させた後、99℃で 5 分間ヒートショックを与え、5℃で 5 分間反応させ、逆転写反応液を得た。
【0079】
(3)PCR反応
上記の方法により合成した逆転写反応液2.5 μl、2.5 mM MgCl
2 を1.5 μl、10×LA PCR Buffer IIを 2μl、RNase Free dH
2O を 18.38μl、TaKaRa LA Taq (12.5 U/50μl)を 0.125 μl、設計したそれぞれのプライマー0.2μMを 0.25μl加えたPCR溶液 25μlを、サーマルサイクラーを用い、以下の条件でPCR反応をおこなった。94℃で 2 分間の熱処理後、熱変性を94℃で30 秒間、アニーリングを50℃で30 秒間、伸長を72℃で 1 分 30 秒間の条件で 27 サイクルおこなった。なお、ハウスキーピング遺伝子にはβ‐actinを用いた。
【0080】
プライマー配列は次の通りである(配列番号1〜4)(作製:(株)日本遺伝子研究所,宮城県仙台市)。
ChAT:forward primer(5'-GGTGGCCCAGAAGAGCAGTATC -3')(配列番号1)
reverse primer(5'-ATTGGAGGCAGGCGTTCATC -3')(配列番号2)
β-actin:forward primer(5'-CCTGTACGCCAACACAGTGC -3')(配列番号3)
reverse primer(5'-ATACTCCTGCTTGCTGATCC -3')(配列番号4)
【0081】
(4)アガロースゲル電気泳動
PCR産物の確認のために、アガロースゲル電気泳動をおこなった。PCRで得られた各反応物 10μlあたりに、6×ローディングバッファーを2μl 加えたものを試料とした。電気泳動アガロースは、1×TAEバッファー(40 mM Tris, 40 mM 氷酢酸,1 mM EDTA)に最終濃度2%になるように溶解した。そのゲル溶液にエチジウムブロマイドを添加した後、コームをセットしたゲル型トレイに流し込み、室温に放置し固化させた。固化したゲルを 1 ×TAEバッファーで満たしたサブマリン電気泳動装置にセットし,PCR産物と6 ×ローディングバッファーを混合したDNA試料を各ウェルに添加し、100Vを通電した。ブロモフェノールブルーが 7 割程度移動したところで泳動を終了した。泳動後、UV撮影装置を用い、 312 nmの波長泳動パターンを確認した。
【0082】
(5)結果
正常マウスであるNCマウスでChATの発現が最も強く、PTE x 25 mg/(kg-day)、PTE x 5 mg/(kg-day)、ACの順にシグナル強度が低下していることが確認できた(
図6)。
【0083】
アルツハイマー病(AD)では、アセチルコリン(Ach)系の低下が顕著であること、側頭葉を中心とする大脳皮質、海馬、扁桃核などでのAchの合成酵素であるコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)の活性が低下することが知られている。
【0084】
したがって、PTEは加齢による脳機能の低下のみならず、ADの予防、進行抑制、治療効果を有する医薬、食品等として利用することができる。
【0085】
2.脳老化誘導マウスの海馬切片の組織化学的観察
(1)マウス脳の切片の作製
組織化学的解析のために、前記1.(1)で摘出・分割した脳の一方を、すみやかに4%PFA/PBS (pH 7.4) 溶液中で 4℃、overnight固定し、脳スライス作製用の試料とした。
【0086】
NC群、AC群並びにPTEの各群の全ての脳サンプルは、一般的な方法によりパラフィンワックスにより包埋し、切片化した後、ヘマトキシリンエオジン(HE)染色法並びにホルツァ染色法により染色した。なお、HE染色法は、細胞核内のクロマチン評価のための一般染色方法であり、ホルツァ染色法は、損傷神経再生を阻止するグリオーシス(神経膠症)を肉眼で観察できる染色法である。
【0087】
海馬領域の撮影は、光学式倒立顕微鏡(OLYMPUS, BH-2,対物レンズ倍率: × 4,× 20)を用い、デジタルカメラで撮影した。
【0088】
(2)結果
HE染色の結果、マウス海馬の錐体細胞を始めとする神経細胞がよく保存されていることがわかる:NC群 (
図7A)、AC群 (
図7C)、PTE x 5 mg/(kg-day)群 (
図7E)、PTE x 25 mg /(kg-day)群 (
図7G)。
【0089】
ホルツァ染色により脳老化マウスの海馬の神経細胞を観察したところ、NC群では、グリオーシスが確認されなかった。
【0090】
一方、AC群では、老化誘導によって、非常に顕著な反応性グリオーシスが海馬CA3領域に発生していることが確認された(
図7D)。
【0091】
これに対し、PTE x 5 mg/(kg-day)を投与されたマウスでは、CA3領域のグリオーシスの発生は非常に少ないことが観察された(
図7F)。さらに、PTE x 25 mg/(kg-day)を投与されたマウスでは、NC群のマウス(
図7B)と同様に、CA3領域のグリオーシスがほとんど発生していないことが観察された(
図7H)。
【0092】
これらの結果は、空間パターン認識を司るCA3領域において、反応性グリオーシスがD-gal 誘導性脳老化マウス群の海馬で発生し、その後、PTEを摂取したマウス群ではグリオーシスが修復されたことを示している。
【0093】
グリオーシスは総称神経の再生を阻害する病理的所見と考えることができ、また、病理学的検査法からみたADの病理組織像は、ニューロンの消失とグリオーシスによる置換が行われているか否かにより診断される。したがって、AC群では、脳がADの状態にあると判定することができ、PTE x 5 mg/(kg-day)群、および、PTE x 25 mg /(kg-day)群の結果から、PTEの摂取は、ADの改善効果があると考えることができる。
【0094】
また、グリオーシスが観察されたCA3領域は、空間パターン関連及び情報の補充、新しい状況の検知、並びに短期記憶などの記憶能力、学習能力を司っていることが知られている(非特許文献15)。したがって、PTEの摂取は、これらの脳機能の改善効果に寄与する。