【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、農林水産省「バイオマス・マテリアル製造技術の開発」及び「稲わら等の作物の未利用部分や資源作物、木質バイオマスを効率的にエタノール等に変換する技術の開発」委託事業産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
URAKI Y., et al.,Preparation of amphiphilic lignin derivative as a cellulase stabilizer,J. Wood Sci.,2001年,vol.47, no.4,p.301-307
【文献】
本間春海ほか,各種単離リグニンから調製した両親媒性誘導体の性状,第44回高分子学会北海道支部研究発表会 講演要旨集,2010年 1月,p.10(O3)
【文献】
本間春海ほか,高界面活性リグニン誘導体の調製とその分散性能の評価,日本木材学会北海道支部講演集第41号,2009年,p.17-20(A-6)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記糖化酵素の産生菌が、トリコデルマ属、アスペルギルス属、フミコラ属、イルペックス属、アクレモニウム属である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の糖化方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<用語の説明>
本明細書及び請求の範囲において、各種用語の意味を以下のとおり定義する。
【0017】
(1)酵素の安定化
本明細書中で使用される場合、「酵素の安定化」とは、基質と酵素との反応において、酵素安定化剤を存在させることにより、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することを意味する。具体的には、例えば、後述する試験例1の酵素糖化反応条件下で、残存酵素活性が、酵素安定化剤を使用していない場合と比較して、30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上維持されていることをいう。なお、酵素活性測定法は、本願明細書記載の方法、市販品であればカタログ記載の方法、文献等に記載の方法などの中から当業者が適宜採用することができる。
【0018】
(2)酵素
本明細書中で使用される場合、「酵素」とは、化学反応を触媒するタンパク質を中心とした高分子化合物をいい、特に、糖化酵素をいう。糖化酵素としては、セルロースを分解するセルラーゼ、ヘミセルロースを分解するヘミセルラーゼ、グルコキシダーゼ(βグルコキシダーゼ)、デンプンを分解するアミラーゼ、が挙げられ、好ましくはセルラーゼである。
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、同様な内容については、繰り返しの煩雑を避けるために、適宜説明を省略する。
【0020】
[実施形態1:酵素安定化剤]
本実施形態に係る酵素安定化剤は、リグニンと親水性化合物との反応により生成されるリグニン誘導体を含む酵素安定化剤である。ここで、リグニンと親水性化合物との反応により生成されるリグニン誘導体は、基質と酵素との反応において、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができることが、後述する実施例で実証されている。したがって、本実施形態に係る酵素安定化剤は、当該リグニン誘導体を含むので、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができる。
【0021】
(リグニン)
本発明のリグニン誘導体の出発原料物質であるリグニンとしては、任意のリグニンを使用することができ、例えば、パルプ化処理により木材チップ等より単離される、クラフトリグニン、酢酸リグニン、オルガノソルブリグニン、爆砕リグニン等;バイオマス変換技術で副産される、硫酸リグニン、アルカリリグニン等が挙げられるが、これらに限定されない。また、任意の起源のリグニンを使用することができ、例えば、スギ、ヒノキ、マツ等の針葉樹リグニン;ブナ、ナラ等の広葉樹リグニン;稲わら、モミ、バガス等の草本系リグニンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明で使用されるリグニンは、当該技術分野で公知の方法、例えば、「リグニンの化学(中野準三編 ユニ出版)に記載の方法を用いて原料物質より単離することにより得ることができる。
【0023】
リグニンの分子量は、その原料物質や単離方法に依存する。本発明で使用されるリグニンは、任意の分子量のリグニンを使用することができるが、例えば、平均分子量500〜100万のリグニン、好ましくは、平均分子量5千〜10万のリグニンを使用することができる。
【0024】
(親水性化合物)
本発明のリグニン誘導体の出発原料物質である親水性化合物としては、分子中に−OH、−O−、−NH
2などの親水性基を少なくとも1つ含む化合物を意味する。好ましくは、親水性化合物は、以下の式(I):
R
1−C
mH
2m−(C
nH
2nO)
p−C
qH
2q−R
2 (I)
[式中、R
1及びR
2は、独立して、水素原子、OH基、メチル基、グリシジル基又はグリシジルエーテル基であり、mは0〜20であり、nは2〜4であり、pは1〜30であり、qは0〜20であり、アルキレン単位の炭素原子は各々、アルキル基、−OH基、−NH
2基、グリシジル基又はグリシジルエーテル基から独立して選択される1又は2個の置換基を有していてもよい]
で表される化合物であり、この際混合アルコキシド単位が生じることがあるが、その場合アルコキシド単位の順序は任意である。
【0025】
本発明で使用される親水性化合物の例としては、例えば、以下の化合物が挙げられるが、これらに限定されない:
エチレングリコール、ジエチレングリコール、各種分子量のポリエチレングリコール、プロピレングリコール、各種分子量のポリプロピレングリコール、グリセリン、各種分子量のポリグリセリン等のグリコール系化合物;
メチルグリシジルエーテル、エチルグリシジルエーテル、プロピルグリシジルエーテル、2−エチルヘキシルグリシジルエーテル、デシルグリシジルエーテル、ステアリルグリシジルエーテル、ポリエチレングリコール−モノエチル−グリシジルエーテル、ポリエチレングリコール−モノメチル−グリシジルエーテル、ラウリルアルコール−ポリエチレンオキサイド−グリシジルエーテル、エチレングリコール−ジグリシジルエーテル、ポリ(エチレングリコール)ジグリシジルエーテル(n’=1〜30、好ましくは9〜30)、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリ(プロピレングリコール)ジグリシジルエーテル(n’=1〜30、好ましくは9〜30)、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、1,3−プロパンジオールジグリシジルエーテル、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,5−ペンタンジオールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、1,4−シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル、1,4−シクロヘキサンジオールジグリシジルエーテル、1,3−シクロヘキサンジオールジグリシジルエーテル、グリセロールジグリシジルエーテル、ペンタエリトリトールジグリシジルエーテル、ソルビトールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、3級カルボン酸グリシジルエステル、1,1,1−トリス(ヒドロキシメチル)エタントリグリシジルエーテル、1,1,1−トリス(ヒドロキシメチル)エタンジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパントリグリシジルエーテル、フロログルシノールトリグリシジルエーテル、ピロガロールトリグリシジルエーテル、シアヌル酸トリグリシジルエーテル、ペンタエリトリトールテトラグリシジルエーテル、ソルビトールテトラグリシジルエーテル、およびこれらのグリシジル基をメトキシ、エトキシなどのアルコキシドと反応させて、グリシジルエーテル基の官能度を低下させたグリシジルエーテル系化合物。
【0026】
これら親水性化合物は、市販のものを用いてもよいし、当該分野で公知の方法により調製したものを用いてもよい。これら親水性化合物は、上記式(I)の化合物に包含される。
【0027】
本発明のリグニン誘導体は、これら親水性化合物を任意に選択して調製することにより、得られる酵素安定化剤としての性能をコントロールすることができる。
【0028】
好ましい親水性化合物として、グリシジルエーテル系化合物又はグリコール系化合物が使用できる。好ましい親水性化合物の具体例としては、ポリエチレングリコール−モノエチル−グリシジルエーテル、ポリエチレングリコール−モノメチル−グリシジルエーテル、ラウリルアルコール−ポリエチレンオキサイド−グリシジルエーテルから選択される。
【0029】
本発明のより好ましい実施形態では、親水性化合物は、ラウリルアルコール−ポリエチレンオキサイド−グリシジルエーテルである。かかる親水性化合物を使用することにより、得られるリグニン誘導体の酵素安定化剤としての性能がより優れたものとなるため、好ましい。
【0030】
本発明の好ましい実施形態では、親水性化合物は、エチレンオキサイドの繰り返し単位が5〜15のラウリルアルコール−ポリエチレンオキサイド−グリシジルエーテルである。
【0031】
(リグニン誘導体)
リグニンと親水性化合物とを反応させて、疎水性のリグニンに親水性基を導入することにより、本発明の両親媒性のリグニン誘導体を得ることができる。リグニンに親水性基を導入する方法としては、リグニン中の水酸基に親水性化合物中の反応基を反応させるための公知の方法を用いることができる。
【0032】
本発明の反応において、リグニンに対し反応させる親水性化合物の量は、使用されるリグニン及び親水性化合物の種類、並びに目的とする酵素安定化剤の性能に依存して決定することができる。加える親水性化合物の量は、使用するリグニン中の水酸基の量、加える親水性化合物中のグリシジル基又は水酸基の量に基づき算出される。理論的には、リグニン中の全ての水酸基は親水性化合物中のグリシジル基又は水酸基と反応する可能性があり得る。親水性化合物の量は、限定されないが、通常、リグニン10重量部に対しグリシジル系化合物5〜100重量部、好ましくは、リグニン10重量部に対しグリシジル系化合物10〜60重量部、より好ましくは、リグニン10重量部に対しグリシジル系化合物30〜40重量部である。
【0033】
好ましい態様として、本発明のリグニン誘導体は、リグニンと親水性化合物とをアルカリ条件下で反応させることにより製造することができる。かかる製造方法によれば、リグニン誘導体を製造する際の原料リグニンの種類が限定されず、紙パルプ化技術やバイオエタノール製造で副産されたような多種多様なリグニンを用いることができるので、バイオマス総合利用に寄与することができる。
【0034】
親水性化合物としてグリシジルエーテル系化合物を用いる場合、リグニンをアルカリ水溶液に溶解し、アルカリ性条件下で遊離したリグニン中の水酸基(リグニン−OH)をグリシジルエーテル系化合物中のグリシジル基と反応させることにより、リグニン誘導体を調製することができる。リグノセルロース系バイオマスをアルカリ蒸解した後に得られる黒液を、上記リグニンのアルカリ水溶液として用いることもできる。
【0035】
反応温度は、特に限定されないが、通常、50℃〜100℃、好ましくは70℃である。
【0036】
反応時間は、特に限定されないが、通常、30分〜24時間、好ましくは1時間〜12時間、より好ましくは、3時間〜6時間である。
【0037】
本発明の反応においては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化リチウム等を使用してアルカリ性条件にすることができる。
【0038】
本反応において、リグニンとグリシジル系化合物との反応終了後、反応系に酸を添加して中和する。添加する酸としては、悪影響を及ぼさない限り何れの酸でもよく、例えば、塩酸、リン酸、硫酸等の無機酸、及びギ酸、酢酸等の有機酸を使用することができる。
【0039】
本反応は、疎水性のリグニンに親水性化合物が導入されたことにより、得られるリグニン誘導体が親水性になった時点で完了する。リグニンと親水性化合物との反応の完了は、例えば、反応中の溶液を一部サンプリングしたものに酸を加えてpHを下げた際、沈殿を生じるか否かで判定することができる。反応が不十分である場合、未反応のリグニンが沈殿として析出する。反応が完了した場合は沈殿が生じず、両親媒性リグニン誘導体が得られている。
【0040】
本発明の一実施形態において、リグニンを水酸化ナトリウム水溶液に溶解させ、得られたリグニンのアルカリ水溶液を常圧下で約70℃に温め、所定量のグリシジルエーテル系化合物を加え、約3時間攪拌しながら反応させ、反応終了後、反応系に酸を加えて中和することにより、リグニン誘導体が得られる。
【0041】
親水性化合物としてグリコール系化合物を用いる場合、リグニンとグリコール系化合物との混合物に、酸触媒を添加して反応させることにより、リグニン誘導体を調製することができる。
【0042】
酸触媒としては、塩酸、硫酸等を用いることができる。添加量は、通常、グリコール系化合物に対して0.1〜3.0重量%である。
【0043】
反応温度は、特に限定されないが、通常、100℃〜200℃、好ましくは120℃〜160℃、より好ましくは140℃である。
【0044】
反応時間は、特に限定されないが、通常、30分〜180分、好ましくは 60分〜120分、より好ましくは、90分である。
【0045】
本反応において、リグニンとグリコール系化合物との反応終了後、反応系に水を添加して、水不溶部を取り除くことが好ましい。
【0046】
反応により得られたリグニン誘導体は、そのまま酵素安定化剤として使用することもできるし、必要に応じて、脱塩及び未反応の親水性化合物の除去のために、限外濾過に付すことができる。例えば、分子量3000以下を排除できる限外濾過装置を用いて濾過に付すことが好ましい。
【0047】
反応により得られたリグニン誘導体は、必要に応じて、凍結乾燥機等の従来使用されている乾燥方法により完全に乾燥させてもよい。
【0048】
(酵素安定化剤)
本発明のリグニン誘導体を酵素安定化剤として使用する場合は、水溶液の形態で使用してもよいし、または、乾燥させたものを粉体化して使用してもよい。
【0049】
本発明の酵素安定化剤には、その性能を阻害しない範囲で、任意の添加剤を添加してもよい。そのような添加剤としては、例えば、pH調整剤、酸化防止剤、水溶性もしくは水不溶性担体、分散剤、水溶性の金属の無機または有機酸塩等が挙げられる。
【0050】
[実施形態2:酵素の安定化方法]
本実施形態に係る酵素の安定化方法は、基質と酵素との反応系に、リグニンと親水性化合物との反応により生成されるリグニン誘導体を添加することを特徴とする酵素の安定化方法である。ここで、リグニンと親水性化合物との反応により生成されるリグニン誘導体は、基質と酵素との反応において、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができることが、後述する実施例で実証されている。したがって、本実施形態に係る酵素の安定化方法は、当該リグニン誘導体を使用するので、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができる。
【0051】
本実施形態に係る酵素の安定化方法に使用されるリグニン誘導体は、基本的には、実施形態1において具体的に説明された酵素安定化剤に使用されるリグニン誘導体と同様の構成及び作用効果を有する。よって、実施形態1と同様の内容については、適宜説明を省略する。
【0052】
酵素反応の酵素としては、糖化酵素が好ましく、特にセルラーゼが好ましい。酵素反応の基質としては、セルロースが好ましく、特に木材等を由来とするリグノセルロースが好ましい。
【0053】
本実施形態に係る酵素の安定化方法に使用されるリグニン誘導体の添加量は、任意であるが、例えば、固形分換算で、基質(例えば、リグノセルロース系バイオマス)に対して、0.5〜20.0質量%、好ましくは1〜15質量%、より好ましくは9〜10質量%である。このような添加量により、酵素の失活を防ぎ、酵素活性をより安定化することができるため、好ましい。
【0054】
[実施形態3:酵素糖化方法]
本実施形態に係る酵素糖化方法は、リグノセルロース系バイオマスの酵素による糖化方法において、実施形態1に係る酵素安定化剤を添加することを含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法である。本実施形態に使用する酵素安定化剤は、上記のとおり、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができる。したがって、当該酵素安定化剤を使用する糖化方法によれば、使用した酵素を再利用すること、又は酵素使用量を減じることが可能である。
【0055】
本明細書中で使用される場合、「リグノセルロース系バイオマスの酵素による糖化方法」とは、リグノセルロース系バイオマスを酵素により糖化する方法であればいずれでもよいが、例えば、特開2008−92910号公報に記載される糖化方法(エタノールの製造方法)を意味する。特開2008−92910号公報の内容は本明細書中に参照として援用される。
【0056】
本実施形態に係る酵素糖化方法は、
(a)リグノセルロース系バイオマスをアルカリ蒸解法で脱リグニンする工程、
(b)アルカリ蒸解したリグノセルロース系バイオマスを炭素源として糖化酵素産生菌を培養し、リグノセルロース系バイオマスの糖化に適した酵素を生産させる工程、
(c)得られた糖化酵素を含有する培養液と、エタノール発酵菌と、本願発明の酵素安定化剤とをアルカリ蒸解したリグノセルロース系バイオマスに添加して、当該酵素安定化剤の存在下で発酵させる工程を含む。
【0057】
本発明では、リグノセルロース系バイオマスの糖化に適した糖化酵素を得るために、まずリグノセルロース系バイオマスをアルカリ蒸解したものを炭素源として糖化酵素産生菌を培養する。
【0058】
アルカリ蒸解法としては、ソーダ法またはクラフト法を挙げることができる。
【0059】
ソーダ法とは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム等のアルカリ薬品を使用し、リグノセルロース系バイオマスからリグニンを除去する方法であり、添加剤として、キノン系蒸解助剤、酸素、過酸化水素、ポリサルファイドの使用が可能である。
【0060】
クラフト法とは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム等のアルカリ薬品と硫化ナトリウム、亜硫酸ナトリウムなどのイオウを含む薬品を共用し、リグノセルロース系バイオマスからリグニンを除去する方法であり、添加剤として、キノン系蒸解助剤、酸素、過酸化水素、ポリサルファイドの使用が可能である。
【0061】
アルカリ蒸解に用いる薬剤は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウムが使用でき、添加剤として硫化ナトリウム、キノン系蒸解助剤、酸素、過酸化水素、ポリサルファイドを使用することができる。また、アルカリ薬剤の添加量は、蒸解に使用するリグノセルロース系バイオマス乾燥重量の5〜40%とする。また、キノン系蒸解助剤、酸素、過酸化水素、ポリサルファイドなどの添加剤は、含有するリグニンの性質、量に応じて使用できるが、アルカリ薬剤のみで蒸解できる場合には、使用しなくてもよい。添加する場合には、蒸解に使用するリグノセルロース系バイオマス重量の10%以下が好ましい。アルカリ蒸解に使用するリグノセルロース系バイオマスは、蒸解を進行しやすくするために、あらかじめ粉砕するか、チップ状に切削・破砕してもよい。アルカリ蒸解時のリグノセルロース系バイオマスの重量濃度は5〜50%、反応温度は100〜200℃、望ましくは140℃以上、加熱時間は60〜500分で、チップの形状・寸法及び含有するリグニンの性質、量に応じて変更することができる。
【0062】
加熱反応後はアルカリを除去し、水洗し、脱水を行う。洗浄は、後の糖化・発酵工程を阻害しないpHになるまで行い、好ましくはpH9以下まで行う。回収したアルカリ廃液中には、リグニンが混入しているのでリカバリーボイラで燃焼させ、熱を回収するとともにソーダ灰を回収して再利用する。ここで得られる熱は製造工程の中で利用する事ができるので低コスト化を図ることができる。また、この水洗・脱水処理を無菌的に行うことで、発酵前の滅菌工程を省略することができる。
【0063】
一連の処理を行ったリグノセルロース系バイオマスは、糖化酵素の生産と以下に述べるエタノール生産の原料として使用するために水を除去し、水分20〜90%、望ましくは40〜80%とし、乾燥させないように管理する。
【0064】
本発明において用いる糖化酵素産生菌は、好気性のトリコデルマ属、アスペルギルス属、フミコラ属、イルペックス属、アクレモニウム属、などを例示することができる。培養に用いる液体培地は、0.5〜10wt%のアルカリ蒸解したリグノセルロース系バイオマスを唯一の炭素源とし、他に、酵母エキス、ペプトンなどの窒素源、塩類などからなる糖化酵素産生菌の培養に適したものを用いることができる。また、培養温度も糖化酵素産生菌の性質に応じて変更することができる。培養期間は、培養液中のセルラーゼ活性を指標として酵素活性が飽和状態に達するまで行う。
【0065】
培養で得られた糖化酵素産生菌培養液は、未処理のままアルカリ蒸解したリグノセルロース系バイオマスの糖化用酵素として用いることができるので、アルコールの工業生産上コストを低減できるので有利である。
【0066】
こうして得られた糖化酵素産生菌培養液とアルコール発酵菌を、アルカリ蒸解されたリグノセルロース系バイオマスに添加して糖化・発酵を行い、エタノールを製造する。本発明においては、ここで本願発明の酵素安定化剤をさらに添加して、当該酵素安定化剤の存在下で発酵させることを特徴とする。
【0067】
本実施形態に係る糖化方法に使用される酵素安定化剤は、実施形態1において具体的に説明された酵素安定化剤と同様の構成及び作用効果を有する。よって、実施形態1と同様の内容については、適宜説明を省略する。
【0068】
なお、本実施形態に係る糖化方法に使用される酵素安定化剤は、アルカリ蒸解後に回収したアルカリ廃液中に含まれるリグニンを原料として製造することもできる。すなわち、リグノセルロース系バイオマスをアルカリ蒸解した後に得られる黒液を、上記リグニンのアルカリ水溶液として用いることができる。これによれば、リグノセルロース系バイオマスを総合利用することができるので、好ましい。
【0069】
本実施形態に係る糖化方法に使用される酵素安定化剤の添加量は、任意であるが、例えば、固形分換算で、原料基質であるリグノセルロース系バイオマスに対して、0.5〜20.0質量%、好ましくは1〜15質量%、より好ましくは9〜10質量%である。このような添加量により、酵素のバイオマス成分への吸着を抑制し、酵素の活性を向上させることができるため、好ましい。
【0070】
本発明において用いる糖化酵素としては、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ又はβグルコキシダーゼ活性を有する任意の酵素を用いることができる。これら糖化酵素産生菌の例としては、好気性のトリコデルマ属、アスペルギルス属、フミコラ属、イルペックス属、アクレモニウム属などが挙げられる。
【0071】
リグノセルロース系バイオマスは、酵素による糖化の前に、前処理を行うことが好ましい。このような前処理は、バイオマス中のセルロース等に酵素が効果的に作用できる状態にする工程であり、物理的又は化学的な処理がある。物理的処理としては、例えば、ボールミル等で磨砕する処理が挙げられる。化学的な処理としては、化学薬剤でバイオマス中のリグニンを除去してセルロースを得る処理、例えば、アルカリ蒸解、クラフト蒸解、オルガノソルブ蒸解などが挙げられる。
【0072】
本発明の一実施形態では、上記糖化酵素とともにエタノール発酵菌を添加することにより、糖化・発酵を連続して同時に行うこともできる。このようなエタノール発酵菌としては、例えば、サッカロマイセス属、ザイモモナス属、ピキア属などが挙げられる。また、遺伝子組み換えされたものもアルコール発酵が可能で有れば使用できる。これらのエタノール発酵菌は、エタノール発酵前に液体培地で前培養し、菌体量を増加させておく方が望ましい。
【0073】
糖化反応に使用する糖化酵素の添加量は、原料基質となるリグノセルロース系バイオマスのセルロース分1gに対して5〜50unitのセルラーゼ活性を含むように調整する。
【0074】
エタノール発酵菌の投入量は多いほど発酵効率がよく、好ましくは、糖化反応により生成する糖を同時に完全にエタノールへ変換できる菌体量を確保する。
【0075】
糖化反応とエタノール発酵は、同時に行う同時糖化発酵の方が効率が高いが、糖化反応を先に実施し、その糖化液を発酵させる方式でもよい。
【0076】
同時糖化発酵においては、同一の反応器で糖化反応と発酵を行う方式でも糖化反応と発酵を別々の反応器で行う方式でも良い。
【0077】
同一の反応器で糖化反応と発酵を行う場合には、反応液のpHと温度は、糖化反応と発酵、どちらも作用できる条件で行う。条件としては、エタノール発酵菌の発酵条件を優先し、pHは、4〜7、温度は、20〜40℃が好ましい。また、同時糖化発酵を嫌気的条件で行うことで、好気性菌である糖化酵素産生菌の増殖を抑制することができ、糖化酵素産生菌の増殖に伴う糖の消費を抑制することができる。また、同時糖化発酵は撹拌した方が糖化反応が進行し易いため、エタノール生産性が良くなる。また、生成したエタノールを分離回収しながら同時糖化発酵を行うこともできる。この方式は、一つの反応器で全ての糖化反応とエタノール発酵を行えるので製造工程の簡便化が図れる。
【0078】
糖化反応と発酵を別々の反応器で同時に行う方式では、糖化反応は、糖化反応に適した温度で実施する。好ましくは、40〜60℃で実施する。反応液のpHは、発酵条件と同一とし、4〜6が好ましい。糖化反応液を連続的に取り出し、発酵槽へ供給する。発酵槽のエタノール発酵菌は、固定化してもしなくても良いが、固定化した方が好ましい。発酵条件は、pHは、4〜7、温度は、20〜40℃が好ましい。エタノール発酵液は再び糖化反応槽へ戻し、糖化反応と発酵を同時に行う。その際、生成したエタノールを分離回収することもできる。
【0079】
糖化反応を先に実施し、その糖化液を発酵させる方式の場合には、糖化反応は、糖化反応に適した温度で実施する。好ましくは、40〜60℃で実施する。反応液のpHも、糖化反応に適した条件で実施し、4〜7が好ましい。糖化反応が終了したら、糖化反応液を取り出し、発酵槽へ供給する。発酵槽のエタノール発酵菌は、固定化してもしなくても良いが、固定化した方が好ましい。発酵条件は、エタノール発酵に適した条件で実施する。pHは、4〜8、温度は、20〜40℃が好ましい。エタノール発酵中に生産したエタノールを分離回収することもできる。
【0080】
糖化反応の基質となる、リグノセルロース系バイオマスは、木本植物、草本植物、それらの加工物およびそれらの廃棄物からなる群より選ばれる少なくとも1種であればその種類は問わない。但し、アルカリ蒸解を効率的に行うためには細かく粉砕した方が好ましい。
【0081】
本発明における木本植物とは、スギ、ヒノキ、カラマツ、マツ、米マツ、米スギ、米ツガ、ポプラ、シラカバ、ヤナギ、ユーカリ、クヌギ、コナラ、カシ、シイ、ブナ、アカシア、タケ、ササ、アブラヤシ、サゴヤシなどを例示することができる。また、樹皮、枝条、果房、果実殻なども使用することができる。また、これらを使った合板、繊維板、集成材のような加工材も使用することができる。また、建築物に使用後、解体された部材も使用することができる。また、紙などリグノセルロース系バイオマスの加工物や古紙も使用することができる。
【0082】
本発明における草本植物とは、イネ、ムギ、サトウキビ、ヨシ、ススキ、トウモロコシなどを挙げることができる。
【0083】
糖化反応の経過に伴って反応器内のアルカリ蒸解したリグノセルロース系バイオマスは分解され、減少するため、必要に応じてアルカリ蒸解したリグノセルロース系バイオマスを反応器内に無菌的に投入し反応を継続させる方が望ましい。
【0084】
また、反応器内にエタノールが蓄積し、エタノール濃度が上昇すると発酵が抑制されるので、発酵液からエタノールを分離回収しながら発酵させても良い。その場合、浸透気化膜を使っても良く、エバポレーション装置を使っても良い。その際、酵素や発酵微生物が失活しない50℃以下で運転しなければならない。ただし、エタノールを回収後の発酵液を反応器に戻さない場合には、この限りではなく、エタノール回収に適した温度で実施できる。また、エタノール回収後の液中には酵素や発酵微生物が残存しているので反応器へ無菌的に戻し、再利用する方が望ましい。
【0085】
酵素や発酵微生物は必要に応じて無菌的に追加しても良い。
【0086】
また、反応器内には不溶性の残さが蓄積し、撹拌効率を抑制するので遠心分離機などを使って除去しても良い。残さ中にセルロースが大量に残っている場合には、原料であるリグノセルロース系バイオマスと混合し、再度アルカリ蒸解を行っても良く、糖化酵素産生菌培養液を追加し、分解してもよい。
【0087】
回収したエタノールは、蒸留装置で蒸留することができる。
【実施例】
【0088】
以下、本発明の実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0089】
[実施例1:リグニン誘導体1の調製]
風乾したスギチップ1kgに、水酸化ナトリウム260gを含む水溶液6Lを加え、蒸解助剤として1,4-dihydro-9,10-dihydroxyanthracene disodium salt(アントラキノン)を10g添加し、20℃から90分間かけて170℃まで加温し、さらに170℃を150分間保った(全アルカリ蒸解時間240分)。反応終了後、アルカリ蒸解したスギを取り出して十分に水洗し、水分70%になるまで圧縮脱水した。ここで得られた固形試料をスギパルプ、反応終了後のアルカリ水溶液を黒液と呼ぶ。
【0090】
黒液に溶出したリグニンを取り出すため、黒液に塩酸を加えてpHを約2まで低下せしめ、リグニンを沈澱として析出させた。析出したリグニンは遠心分離機で回収し、蒸留水で良く洗浄した後、乾燥させてリグニンの粉末として得た。このリグニンをアルカリリグニンと呼ぶ。
【0091】
10gのアルカリリグニンを100mLの1Nの水酸化ナトリウム水溶液に常温で攪拌しながら溶解した後、親水性化合物として、ラウリルアルコール−ポリエチレンオキサイド−グリシジルエーテル(ナガセケミテックス株式会社製、デナコールEX−171)を40g加えた。溶液を70℃に加熱し、3時間攪拌して反応させた。反応は、酢酸を加えてpHを4にすることで終了させた。分子量1000以下を排除する限外濾過膜を装着した限外濾過装置使用して、溶液の濾過を行った。濾過後、残渣を集めて凍結乾燥し、約46gのリグニン誘導体を得た。
【0092】
[実施例2:リグニン誘導体2の調製]
(グリコール系化合物での誘導体化)
グリセリン50gに、濃硫酸を0.5g添加し、常温常圧下で、よく攪拌したものをグリコール系試薬とした。アルカリリグニン10gに対し、50gの上記のグリコール系試薬を添加し、常圧下で攪拌しながら、150℃に加熱した。90分間の加熱反応後、反応層を水で冷却した。冷却後、内容物をスポイトで吸い出し、スターラーで激しく攪拌した1リットルの蒸留水に滴下した。ポアサイズ16〜40μmのガラスフィルターで前記の蒸留水を濾過して、水不溶部を除いた。得られた水溶液は、分子量1000以下を排除する限外濾過装置を用いて濾過を行った。濾過後、残渣を集めて凍結乾燥し、約4gのリグニン誘導体を得た。
【0093】
得られたリグニン誘導体を酵素安定化剤として用いて、以下の試験を行った。
【0094】
[試験例1:酵素失活防止効果確認試験]
スギパルプ40g(固形分12g、水分28g)に、実施例1で調製したリグニン誘導体を対パルプ乾燥重量当り10%重量となる1.2g加え、さらに50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5)を560mL加えて、糖化酵素としてTrichoderma reesei由来の市販酵素を2mL(240FPU)使用し、50℃で撹拌しながら酵素糖化した。48時間反応後のグルコース濃度は1.5%となり、スギパルプ中の90%のグルコースが単糖として回収された。また、この反応液中には投入した酵素活性の73%が残存しており、再利用できることを確認した。これにより、リグニン誘導体が、酵素の基質への吸着を著しく抑制することにより酵素の失活を防止することができることが確認された。
【0095】
リグノセルロース系バイオマスを原料として酵素糖化を行う場合、リグニン誘導体を酵素安定化剤として添加することで単糖収率が増加し、糖化酵素の回収率が向上し、低コスト化を図ることが可能となった。
【0096】
[試験例2:酵素活性維持効果確認試験]
対スギパルプ乾燥重量当たりのリグニン誘導体添加量を0〜10%に変化させた場合の酵素糖化によるグルコース生産量と酵素回収率を比較した。
【0097】
スギパルプ0.66g(固形分:0.2g)を50mM酢酸緩衝液(pH4.5) 8mL中に加え、あらかじめ蒸留水に溶解しておいた実施例1のリグニン誘導体(0.1g/5mL)を所定濃度となるように加え、さらに各サンプルの反応液が10mLになるように蒸留水を加え、糖化酵素としてTrichoderma reesei由来の市販酵素を0.03mL(4FPU)使用し、50℃で撹拌しながら酵素糖化した。48時間反応後のグルコース生産量と反応液中に残存ずる酵素活性を比較した。
【0098】
この結果、
図1に示すように、リグニン誘導体の添加量の増加にしたがってグルコース生産量が増加し、対バイオマス当たり5%の添加で無添加時と比較して1.6倍のグルコースを得ることが出来た。これにより、リグニン誘導体が、基質と酵素との反応性を高め、酵素の活性を向上させることが確認できた。また、反応液中の酵素活性の残存率は、リグニン誘導体を添加しない場合、反応液中に酵素活性は残っていなかったが、5%添加で約50%、10%添加で73%の酵素の活性が残っていた(
図2)。これにより、リグニン誘導体が、酵素の基質への吸着を著しく抑制することにより酵素の失活を防止することができることが確認された。これにより、リグニン誘導体を酵素安定化剤として添加することで、酵素の利用性が向上することが明らかとなり、反応後酵素を回収するかさらに基質を添加して酵素反応を継続させることが出来る。