【文献】
石井 徳味 ほか,OP-335 核磁気共鳴法を用いた膀胱癌由来尿中乳酸測定の意義,日本泌尿器科学会雑誌,2008年
【文献】
Chen H et al.,Combining desorption electrospray ionization mass spectrometry and nuclear magnetic resonance for differential metabolomics without sample preparation,Rapid Commun Mass Spectrom,2006年,20(10),1577-1584
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、被験者について、非侵襲的に癌、特に膀胱癌の罹患の有無を測定する方法を提供することを目的とする。また、本発明は、癌患者、特に膀胱癌の患者について、非侵襲的に癌治療後の再発の危険性(再発リスク)を予測又は判定する方法、言い換えれば癌(膀胱癌)の予後を予測又は判定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、膀胱癌や前立腺癌などの癌患者について、腫瘍を摘出する外科的手術前後の尿、及び健常者の尿を対象として、尿中の揮発性化合物をメタボノミクス(Metabonomics)解析(「メタボロミクス解析」ともいう)をしたところ、癌患者と健常者では、尿に含まれる特定の揮発性化合物の量に明らかな違いがあること、また当該化合物の量は、同一の癌患者の癌摘出手術前と後で有意に異なり、手術で癌腫瘍部を摘出することによって、健常者の値に近づくことを見いだした。
【0009】
これらの知見に基づいて、さらなる検討を重ねた結果、尿に含まれるこれらの揮発性化合物を同定することに成功し、尿中に含まれるこれらの揮発性化合物を指標とすることで、癌、特に膀胱癌の罹患の有無が診断できること、また癌治療後の再発の可能性、つまり癌治療後の予後を判定することができることを確信した。
【0010】
本発明は、かかる知見に基づいて完成したものであり、下記の実施形態を有するものである。
【0011】
即ち、本発明は以下の発明に関する。
(I)癌罹患の測定方法
(I-1)下記の工程を有する、被験者について癌罹患を測定する方法:
(A)被験者の尿中に含まれる下記の揮発性化合物からなる群から選択される少なくとも1つの量を測定する工程、
(1)(S)-2-ヒドロキシプロパン酸((S)-2-Hydroxypropanoic acid)、
(2)ヘプチルヒドロペルオキシド(Heptyl hydroperoxide)、
(3)2, 3-ジヒドロキシプロパナール(2, 3-Dihydroxypropanal)、
(4)塩化ノナノイル(Nonanoyl chloride)、
(5)ドデカナール(Dodecanal)、
(6)(Z)-2-ノネナール((Z)-2-Nonenal)、
(7)4, 5-ジメチル-3(2H)-イソキサゾロン(4, 5-Dimethyl-3(2H)-isoxazolone)、
(8)(Z)-2-デセナール ((Z)-2-Decenal)、
(9)トリクロロ酸3 - トリデシルエステル(Trichloroacetic acid 3-tridecyl ester)、
(10)レボグルコサン(Levoglucosan)、
(11)4-(ジメチルアミノ)-3-メチル-2-ブタノン(4-(Dimethylamino)-3-methyl-2-butanone)、
(12)4-メチル-1-ブテン-1-イルペンタン酸エステル(Pentanoic acid 4-methyl-1-buten-1-yl ester)、
(13)ジエチルフタル酸(Diethyl phthalate)、
(14)1-クロロ-8-ヘプタデセン(1-Chloro-8-heptadecene)、
(15)ペンタデカン酸(Pentadecanoic acid)、
(16)1, 2-ベンゼンジカルボン酸ブチルデシルエステル(1, 2-Benzenedicarboxylic acid butyldecyl ester)、
(B)上記測定値(以下、「被験値」という)と、健常者の尿中に含まれる上記に対応する揮発性組成物の量(以下、「基準値」という)とを比較し、被験値と基準値との乖離度を求める工程、
(C)有意水準5%として、上記乖離度に有意差がある場合に、被験者について癌罹患の疑いがあると決定するか、または上記乖離度に有意差がない場合に、被験者について癌罹患の疑いがないと決定する工程。
(I-2)前記癌が、膀胱癌、前立腺癌、腎臓癌、及び子宮頸癌からなる群から選択される少なくとも一つの固形癌である(I-1)に記載する癌罹患の測定方法。
(I-3)前記癌が、膀胱癌である(I-1)に記載する癌罹患の測定方法。
【0012】
(II)癌患者の癌治療後の予後を判定する方法
(II-1)下記の工程を有する、癌患者について癌治療後の予後を判定する方法:
(a)癌患者の癌治療前と後の尿を被験試料として、当該尿中に含まれる下記の揮発性化合物からなる群から選択される少なくとも1つの量を測定する工程、
(1)(S)-2-ヒドロキシプロパン酸((S)-2-Hydroxypropanoic acid)、
(2)ヘプチルヒドロペルオキシド(Heptyl hydroperoxide)、
(3)2, 3-ジヒドロキシプロパナール(2, 3-Dihydroxypropanal)、
(4)塩化ノナノイル(Nonanoyl chloride)、
(5)ドデカナール(Dodecanal)、
(6)(Z)-2-ノネナール((Z)-2-Nonenal)、
(7)4, 5-ジメチル-3(2H)-イソキサゾロン(4, 5-Dimethyl-3(2H)-isoxazolone)、
(8)(Z)-2-デセナール ((Z)-2-Decenal)、
(9)トリクロロ酸3 - トリデシルエステル(Trichloroacetic acid 3-tridecyl ester)、
(10)レボグルコサン(Levoglucosan)、
(11)4-(ジメチルアミノ)-3-メチル-2-ブタノン(4-(Dimethylamino)-3-methyl-2-butanone)、
(12)4-メチル-1-ブテン-1-イルペンタン酸エステル(Pentanoic acid 4-methyl-1-buten-1-yl ester)、
(13)ジエチルフタル酸(Diethyl phthalate)、
(14)1-クロロ-8-ヘプタデセン(1-Chloro-8-heptadecene)、
(15)ペンタデカン酸(Pentadecanoic acid)、
(16)1, 2-ベンゼンジカルボン酸ブチルデシルエステル(1, 2-Benzenedicarboxylic acid butyldecyl ester)、
(b)上記で得られる治療前の値(以下、「治療前値」という)、治療後の値(以下、「治療後値」という)、及び健常者の尿中に含まれる上記に対応する揮発性組成物の量(以下、「基準値」という)をそれぞれ比較し、治療前値と基準値との乖離度、及び治療後値と基準値との乖離度を求める工程、
(c)治療後値と基準値との乖離度が治療前値と基準値との乖離度よりも小さく、且つ、有意水準5%として、治療後値と基準値との乖離度に有意差がない場合に、当該癌患者は癌治療後の予後が良好と判定する工程。
(II-2)前記癌患者が、膀胱癌、前立腺癌、腎臓癌、及び子宮頸癌からなる群から選択される少なくとも一つの癌に罹患した患者である(II-1)に記載する予後判定方法。
(II-3)前記癌患者が、膀胱癌の患者である(II-1)に記載する予後判定方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、検体として尿を利用するため、被験者について、非侵襲的に癌、特に膀胱癌の罹患の有無を測定する方法、並びに癌患者、特に膀胱癌の患者について、癌治療後の再発リスクの有無、つまり膀胱癌の予後を非侵襲的に判定する方法を提供することができる。
【0014】
本発明は、癌の診断、または癌治療後の予後の判定に機器や器具を、皮膚または身体開口部を通じて挿入する必要が無いので、従来の生検などの侵襲的な方法と比較して、被験者にとって肉体的苦痛、精神的苦痛などの負担が少ない。よって、本発明は、年齢や身体状態(疾患の程度)に関わらず、適用することができるので、臨床検査方法として好ましい。
【0015】
本発明は、腫瘍摘出手術前後に採取した尿を検体とすることで、残存腫瘍又はリンパ管転移など、腫瘍摘出の成功率又は術後の癌の予後(癌再発の可能性)の判定、並びに癌の再発の予防のためのモニタリングなどに広く利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<本発明が対象とする癌>
本発明が対象とする癌には、膀胱癌、前立腺癌、子宮頸癌、及び腎臓癌等の固形癌が含まれる。好ましくは膀胱癌である。
【0019】
<本発明が検出対象とする揮発性化合物>
本発明が検出対象とする揮発性化合物は、下記に記載の化合物である。(1)(S)-2-ヒドロキシプロパン酸((S)-2-Hydroxypropanoic acid)、
(2)ヘプチルヒドロペルオキシド(Heptyl hydroperoxide)、
(3)2, 3-ジヒドロキシプロパナール(2, 3-Dihydroxypropanal)、
(4)塩化ノナノイル(Nonanoyl chloride)、
(5)ドデカナール(Dodecanal)、
(6)(Z)-2-ノネナール((Z)-2-Nonenal)、
(7)4, 5-ジメチル-3(2H)-イソキサゾロン(4, 5-Dimethyl-3(2H)-isoxazolone)、
(8)(Z)-2-デセナール ((Z)-2-Decenal)、
(9)トリクロロ酸3 - トリデシルエステル(Trichloroacetic acid 3-tridecyl ester)、
(10)レボグルコサン(Levoglucosan)、
(11)4-(ジメチルアミノ)-3-メチル-2-ブタノン(4-(Dimethylamino)-3-methyl-2-butanone)、
(12)4-メチル-1-ブテン-1-イルペンタン酸エステル(Pentanoic acid 4-methyl-1-buten-1-yl ester)、
(13)ジエチルフタル酸(Diethyl phthalate)、
(14)1-クロロ-8-ヘプタデセン(1-Chloro-8-heptadecene)、
(15)ペンタデカン酸(Pentadecanoic acid)、
(16)1, 2-ベンゼンジカルボン酸ブチルデシルエステル(1, 2-Benzenedicarboxylic acid butyldecyl ester)。
【0020】
本発明は、上記に記載する16種類の揮発性化合物のうち、少なくとも1つを検出対象とすることができる。具体的には、本発明では、被験試料とする尿に、上記の化合物群から選択されるいずれか少なくとも1個の化合物が含まれているか、またその含有量を測定することを特徴とする。好ましくは、上記化合物群のうち、任意に選択される少なくとも4個の化合物、更に好ましくは12個の化合物、最も好ましくは16個の全ての化合物を対象として、被験者の尿中にこれらの化合物が含まれているか、またその含有量を測定することが好ましい。
【0021】
本発明は、後述するように、被験者(癌罹患者を含む)の尿中に含まれる上記の揮発性化合物を測定し、健常者の尿に含まれる対応の化合物の量と対比解析する工程を含むが、この工程を、メタボノミクス解析により行ってもよい。
【0022】
メタボノミクス解析(または「メタボロミクス解析」ともいう。以下「メタボノミクス解析」という用語を使用する)は、生命活動によって生じる特異的な内因性代謝物を網羅的に検出・解析し、生体内のメカニズムを調べる解析手法である。メタボノミクス解析は、従来から、特定の疾患や病態等と尿中代謝物との相関関係を解析するためにも使用されている。尚、メタボノミクス解析については、メタボロミクス:その解析技術と臨床・創薬応用研究の最前線(遺伝子医学MOOK16号)(メディカルドゥ社;田口良編集)にも記載されている。
【0023】
以下、本発明の方法について説明する。
(I)癌罹患の測定方法
本発明の癌罹患の測定方法は、被験者の尿に含まれる特定の揮発性化合物を指標として癌罹患の有無(癌罹患の疑いの有無)を測定する方法であり、下記の工程(A)〜(C)を含む。
(A)被験者の尿に含まれる、上記揮発性化合物(1)〜(16)からなる群から選択される少なくとも1つの揮発性化合物の量を測定する工程(揮発性化合物測定工程)、
(B)上記被験者の測定値と、健常者の尿中に含まれる上記測定値に対応する揮発性化合物の量(以下、これを「基準値」という)の量を比較し、その乖離度を求める工程(乖離度測定工程)、及び
(C)上記乖離度に有意差がある場合に、被験者について癌罹患の疑いがあると判定するか、または乖離度に有意差がない場合に、被験者について癌罹患の疑いがないと判定する工程(判定工程)。
【0024】
(A)尿中の揮発性化合物を測定する工程(揮発性化合物測定工程)
当該揮発性化合物測定工程は、尿に含まれる測定対象となる揮発性化合物を定量分析する工程である。上記の揮発性化合物(1)〜(16)のいずれか少なくとも1つ、好ましくは4つ以上、より好ましくは12つ以上分析できる方法であればよいが、好ましくはこれらの化合物が網羅的に分析できる方法が使用される。
【0025】
なお、当該分析に供する試料は、予め特定量の尿からガス収集器を用いて回収した尿中の揮発性脂肪酸画分であることが好ましい。
【0026】
当該分析方法には、尿に含まれる揮発性画分、好ましくは揮発性脂肪酸画分から上記の揮発性化合物(1)〜(16)を分離する方法(分離方法)と、当該分離後に揮発性化合物(1)〜(16)の量を測定する方法(定量方法)の両方が含まれる。
【0027】
ここで分離方法としては、クロマトグラフィー法又はキャピラリ・電気泳動(CE)法を用いることができる。クロマトグラフィーとしては、揮発性成分を分析するガスクロマトグラフィー(GC)法を挙げることができる。
【0028】
また定量方法としては、クロマトグラフィー法を用いることができる。具体的には、上記分離方法によって分離された揮発性化合物(1)〜(16)からなる群から選択される少なくとも1つの化合物の強度あるいは量を、クロマトグラフィー法を用いて測定する。尿試料に含まれる揮発性化合物のクロマトグラムを作成する工程である。特に、質量分析測定(MS)法が好ましい。
【0029】
本発明では、クロマトグラフィー法によって得られるクロマトグラムから、検出時間と検出強度との関係を表すクロマトグラムにおけるピークを選択し、選択されたピークの強度および質量に基づいて、評価対象の揮発性化合物を同定する方法が特に好ましい。
【0030】
この場合、連続的に低質量から高質量までのイオン強度を表す複数のピークを逐次選択していき、生データとして記憶しておいてもよい。
【0031】
上述の工程によって、尿に含まれる評価対象の揮発性化合物の強度あるいは量を測定することができ、2次元プロファイルを得ることができる。
【0032】
ここで2次元プロファイルは、評価対象となる揮発性化合物のいずれかを比較しているのではなく、揮発性化合物測定工程によって得られた評価対象の揮発性化合物の測定結果のデータセットから評価対象化合物の強度あるいは量を変数として、揮発性化合物測定を行った結果得られる2次元のマッピングである。すなわち、被験者および健常者由来の強度あるいは濃度のばらつき方を手がかりとした計算によって、それぞれが直交するように新たに引かれた軸(主成分)によって示される平面図である。
【0033】
(B)被験者の測定値と基準値との乖離度を求める工程(乖離度測定工程)
乖離度測定工程は、前記(A)の揮発性化合物測定工程によって得られる2次元プロファイルから被験者由来の測定値と健常者由来の基準値の乖離度を求める工程である。2次元プロファイルでは、被験者の尿に関するクロマトグラムにおける評価対象の揮発性化合物の強度の標準偏差の値が1になるように、又基準値の平均値が0になるように2次元的にマッピングされている。
【0034】
乖離度は、被験者由来の測定値と健常者由来の基準値における有意水準(P)の値であり、算出される乖離度は、分散分析に基づき、5%以下が有意となる(95%以上の確率で健常者である範囲を超えた範囲に被験者のデータが存在する時に有意となる)。したがって、有意水準が5%未満となる場合は乖離が存在していることになる。乖離度合は、揮発性化合物測定の結果示された二次元プロファイルにおける健常者由来の基準値と被験者由来の測定値の距離に反比例する。
【0035】
つまり、下記の(C)工程において、被験者由来の測定値と健常者由来の基準値との「乖離度に有意差がある」とは、分散分析に基づいて算出される有意水準(P)が5%以下であることを意味し、「乖離度に有意差がない」とは、分散分析に基づいて算出される有意水準(P)が5%より大きいことを意味する。
【0036】
(C)癌罹患の有無を判定する工程(判定工程)
当該判定工程は、上記(B)の乖離度測定工程で測定した乖離度について、有意差の有無を指標として癌罹患(の疑い)の有無を判定する工程である。
【0037】
具体的には、(C)工程では、上記(B)で測定した乖離度に有意差がある場合、つまり分散分析に基づいて算出した有意水準(P)が5%以下である場合に、被験者について癌罹患の疑いがあると判定される。または、上記(B)で測定した乖離度に有意差がない場合、つまり分散分析に基づいて算出した有意水準(P)が5%より大きい場合に、被験者について癌罹患の疑いがないと判定される。
【0038】
以上、これら(A)〜(C)の工程を行うことにより、被験者について癌罹患の有無(癌罹患の疑いの有無)を測定することができる。本発明の方法で、癌罹患の疑いがあると診断された被験者は、さらに他の精密検査等による確定判断を受けることができる。その結果、癌の罹患が確定した場合は、癌治療を受けることになる。
【0039】
つまり、本発明の方法は、侵襲的な診断方法である精密検査を行う前に、予備的また網羅的に行う診断方法として有用である。
(II)癌患者の癌治療後の予後を判定する方法(予後判定方法)
本発明の予後判定方法は、癌患者の尿に含まれる特定の揮発性化合物を指標として、
癌患者について癌治療後の予後を判定する方法であり、下記の工程(a)〜(c)を含む。
【0040】
(a)癌患者の癌治療前と癌治療後の尿を被験試料として、当該尿中に含まれる前述する揮発性化合物(1)〜(16)からなる群から選択される少なくとも1つの量を測定する工程(揮発性化合物測定工程)、
(b)上記で得られる治療前の値(以下、「治療前値」という)、治療後の値(以下、「治療後値」という)、及び健常者の尿中に含まれる上記に対応する揮発性組成物の量あるいは強度(以下、「基準値」という)をそれぞれ比較し、治療前値と基準値との乖離度、及び治療後値と基準値との乖離度を求める工程(乖離度測定工程)、及び
(c)治療後値と基準値との乖離度が治療前値と基準値との乖離度よりも小さく、且つ、有意水準5%として、治療後値と基準値との乖離度に有意差がない場合に、当該癌患者は癌治療後の予後が良好と判定する工程(判定工程)。
【0041】
なお、ここで「癌治療」とは、膀胱癌、前立腺癌、腎臓癌、及び子宮頸癌等の固形癌、好ましくは膀胱癌に適用される癌治療を広く意味するものであり、癌腫瘍部の切除等の外科的治療、抗がん剤の投与などの化学的療法、免疫療法、及び放射線照射療法などを例示することができる。
【0042】
また、本発明において「癌治療後の予後」とは、癌治療の結果、癌疾患が回復治癒する見込み(または癌再発や転移などの癌疾患の悪化、及びそれを理由として死亡する見込み)を意味する。具体的には、「癌治療後の予後が良好」とは、癌治療の結果、5年以内に再発や転移がないか、又はその可能性が低いことを意味する。逆に「癌治療後の予後が不良」とは、癌治療の結果、5年以内に再発や転移をするか、又はその可能性が高いことを意味する。
【0043】
(a)尿中の揮発性化合物を測定する工程(揮発性化合物測定工程)
当該工程は、癌患者の治療前後の尿に含まれる測定対象となる揮発性化合物を定量分析する工程である。前述する揮発性化合物(1)〜(16)のいずれか少なくとも1つ、好ましくは4つ以上、より好ましくは12つ以上分析できる方法であればよいが、好ましくはこれらの化合物が網羅的に分析できる方法が使用される。当該分析に供する試料は、予め特定量の尿からガス収集器を用いて回収した尿中の揮発性脂肪酸画分であることが好ましい。
【0044】
本工程は、被験試料として、癌患者の癌治療前の尿と癌治療後の尿を使用する以外、「(I)癌罹患の測定方法」における「(A)工程」と同様の方法を使用することができる。
【0045】
(b)治療前値と基準値との乖離度、及び治療後値と基準値との乖離度を求める工程(乖離度測定工程)
乖離度測定工程は、前記(a)の揮発性化合物測定工程によって得られる2次元プロファイルから癌患者の癌治療前の測定値(治療前値)と健常者由来の基準値の乖離度、及び癌患者の癌治療後の測定値(治療後値)と健常者由来の基準値の乖離度を求める工程である。
【0046】
なお、ここで治療前値と基準値との乖離度、及び治療後値と基準値との乖離度との間に差異があり、治療後値と基準値との乖離度が治療前値と基準値との乖離度よりも小さい場合に、癌治療効果があると判断することができる。
【0047】
この場合、後述するように、治療後値と基準値との乖離度に有意差があるか否かで癌治療後の予後を判断することができる。
【0048】
治療後値と基準値との乖離度は、治療後値と基準値における有意水準(P)の値であり、算出される乖離度は、分散分析に基づき、5%以下が有意となる(95%以上の確率で健常者である範囲を超えた範囲に癌患者のデータが存在する時に有意となる)。したがって、有意水準が5%未満となる場合は乖離が存在していることになる。乖離度合は、揮発性化合物測定の結果示された二次元プロファイルにおける健常者由来の基準値と癌治療後の癌患者由来の測定値の距離に反比例する。
【0049】
つまり、下記の(c)工程において、被験者由来の測定と健常者由来の基準値との「乖離度に有意差がある」とは、分散分析に基づいて算出される有意水準(P)が5%以下であることを意味し、また「乖離度に有意差がない」とは、分散分析に基づいて算出される有意水準(P)が5%より大きいことを意味する。
【0050】
(c)癌治療後の予後を判定する工程(判定工程)
当該判定工程は、上記(b)の乖離度測定工程で測定した乖離度のうち、特に治療後値と基準値との乖離度に有意差が有るか無いかを指標として、癌治療後の予後を判定する工程であり、下記の基準に基づいて、癌治療後の予後が良好であると判断することができる。
(i)治療後値と基準値との乖離度が治療前値と基準値との乖離度よりも小さいこと、
(ii)治療後値と基準値との乖離度に有意差がないこと。
【0051】
(ii)は、治療後値が基準値を母集団とする95%信頼区間に当てはまる場合であり、分散分析に基づいて算出した有意水準(P)が5%より大きいことを意味する。
【0052】
癌治療を受けた癌患者がかかる(i)と(ii)の要件を充足する場合に、当該癌患者は、癌治療後の予後が良好であると判断することができる。(i)と(ii)の要件を充足しない場合は、予後不良または追加の治療が必要であると判断することが出来る。
【0053】
以上、これら(a)〜(c)の工程を行うことにより、癌治療を受けた癌患者について、癌治療後の予後(予後が良好か否か)を判定することができる。
【0054】
本発明の方法で、予後良好と判定されなかった癌患者は、さらに精密検査を受けて癌の転移が発見された場合は適切な処置を受けるか、または定期的に癌検診を受けることで早期に再発を発見することに努めることができる。
【0055】
つまり、本発明の方法は、癌治療後の予後を判定することで、癌治療後の患者に自分の疾患に対して正しい認識を持ってもらうことで、その後の治療計画、定期的健診を含む生活習慣、並びに人生設計をたてるうえで有用である。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例及び比較例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。尚、下記の実験は、高知大学医学部倫理委委員会の承認を得て行った。
【0057】
実施例1
(1)膀胱癌の判定方法
膀胱の全摘出の手術を受ける膀胱癌の患者3名(癌患者1〜3)及び健常者を被験者とした。各被験者の年齢、性別、膀胱癌のステージ、及び膀胱癌以外に併発している癌の有無を表1に示す。膀胱癌のステージは、多くの固形癌において癌の進展の程度を示す方法をとして採用されているTNM分類方法に従って分類した。
【0058】
Tは癌の広がりの程度を示し、Nはリンパ節への転移の有無及びその程度を示し、Mは遠隔組織への転移の有無及びその程度を示す。各値が大きいほど重度のステージであることを示す。
【0059】
【表1】
【0060】
癌患者1〜3について、膀胱の腫瘍部の摘出手術前と手術後の尿を被験試料としてメタボノミクス解析を行った。
【0061】
術前及び術後に自己採尿により早朝の尿を20ml採取した。術後の尿は、肉眼で血尿が認められなくなった後に採取を行った。採取した尿20mlのガス成分の中から、北川式ガス収集器を用いて、脂肪酸画分を回収し、回収した脂肪酸画分のガス(揮発成分)を濃縮した。次いで、濃縮されたガスをガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)に供した。
【0062】
また、対照コントロールとして、7人の健常者から自己採尿により早朝の尿200mlを得て、上記と同様に、それから回収した脂肪酸画分のガス(揮発性成分)をガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)に供した。
【0063】
具体的には、各尿から採取した脂肪酸画分のガスサンプルを、溶融石英ガラスのキャピラリーカラム(DB-1 Column 60 m x 0.32 mm; film thickness 0.1 μm)を用いて、サンプルの流速を1として移動層(ここではヘリウムガス)の流速を15に設定したスプリッド注入式のGC/MS(Model QP5050A, GC/MS 島津製作所)に供した。オーブンの温度は、試料注入の当初は40℃に設定し、注入2分後から280℃まで毎分8℃ずつ上昇するようにし、280℃に達した後、その温度条件を33分間維持した。他のパラメータは、次の通りである。
Electron energy:70EV、
Ion Source Temperature: 250℃、
Injector Temperature:250℃、
Carrier Gas:ヘリウム、
Column Flow Rate:2.4ml/min、
Dwell Time:100ms。
【0064】
全ての測定結果をフルスキャンモード(40-500m/z)で記録した。
【0065】
結果を
図1に示す。
図1は、3名の癌患者の手術前後の尿由来のサンプル及び7名の健常者の尿由来のサンプルのGC/MS TIC クロマトグラムを表している。最初の保持時間10分まではいずれのサンプルもピークが観察されなかったので、保持時間が10分から38分についてのみ示した。
【0066】
図1において、3名の癌患者について特異的に観察されたピークは、癌患者の尿中に特有に存在する揮発性物質を示す化学指紋である。そこで癌患者のサンプルで特異的に観察されたピークの物質を、NISTデータベースとの照合することで同定した。その結果、これらは下記に挙げる化合物であることがわかった(表2)。
【0067】
【表2】
【0068】
次に、GC/MSによる分析データを、MATLABを用いて処理した。尚、MOTLABについては、MATLAB 数値解析(オーム社;G. J. Borse著)に記載されている。処理されたデータを、アルゴリズム主成分分析法(PCA)によって解析した。尚、アルゴリズム主成分分析法(PCA)については、丘本正(1991):多変量解析の諸方法のモデル再現性に関する数値実験(行動計量学、Vol.18、No.2、P.47-56)に記載されている。解析は、二次元のマッピング法の二次元スコアプロットを用い、多変量空間におけるサンプル分布を平均化することによって行った。斯くして、癌患者の術前と術後の尿及び健常者の尿に含まれている上記揮発性物質に関してプロファイルを得た。結果を
図2に示す。
【0069】
(2)判定結果
図2に示すように、全ての膀胱癌患者(3名)の尿に含まれる特定揮発性物質のプロファイルは、健常者の尿に含まれる特定揮発性物質のプロファイルと明らかな乖離が存在した。
【0070】
前述するように、癌患者1は、術前、前立腺まで癌が浸潤しており、癌ステージは、「T4aN0M0, ly0, v0」であった。癌患者1の術後の測定値は、術前の測定値から有意に変化したが、それでも健常者由来の測定値(これを「基準値」とする)から、明らかな乖離が存在することが認められた(P=0.00079)。
【0071】
また、癌患者2は、術前、肉眼で膀胱周囲組織に浸潤が確認され、更に、リンパ節転移、リンパ管浸潤、及び血管浸潤が見受けられ、その癌ステージは、「T3bN2M0, ly1, v1」であった。癌患者2の術前の測定値と術後の測定値について、健常者由来の基準値との乖離度を比較したところ、術後の測定値の方が術前の測定値よりも乖離度が顕著に小さくなった。しかし、依然として健常者の基準値よりも乖離が認められた(P=0.0035)。この結果から、癌患者2の場合、重度のステージであった癌は殆ど切除されたが、未だ他に癌が残っている可能性があると判定することができる。
【0072】
癌患者3は、術前、筋層まで至らない表在性の癌が広範囲にあり、リンパ管浸潤が見られ、その癌ステージは、「T1N0M0, ly1, v0」であった。癌患者3のプロファイルによると、術後の測定値の方が術前の測定値よりも、若干であるものの健常者の基準値との乖離度が小さくなった。しかし、依然として健常者の基準値よりも乖離が認められた(P=0.04)。この結果から、癌患者3では、軽度のステージである膀胱癌を切除したが、他の癌が残っている可能性があると判定することができる。
【0073】
以上の結果、術前の測定値(治療前値)と健常者由来の基準値との乖離度と、術後の測定値(治療後値)と健常者由来の基準値との乖離度とには、顕著または有意に差が見られ、術後のほうが術前に比べて、基準値との乖離度が明らかに減少することが確認された。このことは、膀胱の腫瘍部が手術により切除されたことによるものである。しかしながら、癌患者1〜3の術後の測定値と健常者由来の基準値との間には依然として乖離度が存在し、P値が0.05より高くなることはなかった。これは、膀胱癌の患者がいずれも多臓器への浸潤または泌尿器癌を併発していたことが影響したものである。仮に、他に併発する癌疾病が存在せず、膀胱癌のみであれば、完全にそれを切除することにより、治療後値と健常者由来の基準値との間に乖離度(有意差)がなくなる、即ち、P値が0.05以上になると考えられる。また、この場合は、治療後に癌が再発するリスクは低く、癌治療後の予後は良好であると判断される。