【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(ロボット・新技術イノベーションプログラム)「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、好適な実施の形態に基づき、図面を参照して本発明を説明する。
《第一態様》
<脂質膜を形成するための基体>
[基体10A]
図1は、本発明にかかる、脂質膜を形成するための基体(以下では、単に「基体」と呼ぶことがある。)の第一実施形態である基体10Aの斜視図である。
図2は、
図1のA−A線に沿う断面を示す模式図である。
【0017】
基体10Aは脂質膜を形成するために用いられる微小チャンバー1を備えた基体である。基体10Aには、基材4に内在され、脂質を含む液体Pを流入させる空間(ウェル2)と、基材4に内在され、前記空間(ウェル2)を構成する基材4の内壁面に開口部Uを有する微小チャンバー1とを含み、基材4のうち、少なくとも開口部Uを構成する部位は、単一の部材で構成される。
【0018】
ここで「前記空間に脂質を含む液体Pを流入させる」とは、前記空間の外部から前記空間に液体Pを入れることを意味する。流入された液体Pは、前記空間に留まって滞留(又は完全に静止)してもよいし、前記空間の外へ流出してもよい。液体Pを空間の外へ流出させる場合、連続的に液体Pを前記空間に流入させることによって、液体Pの流れが前記空間において生じる。このように液体Pの流れが前記空間において生じる作用は、本発明にかかる基体の全てに適用される。
【0019】
基体10Aでは、基材4の上面側(上面)にウェル2が設けられている。前記ウェル2が、前記脂質を含む液体Pを流入させる空間を構成している。
ウェル2の側面2aに、微小チャンバー1の端部1aが露呈する開口部Uが形成されている。ウェル2の開口位置(基材4の上面と同一平面である開口部)及び下面2bの少なくとも一部分は、前記開口部Uに形成された脂質膜Mを光学的に観察可能なように、開口するか或いは透明な部材(不図示)で覆われている。基体10Aの、少なくとも前記開口部Uを構成する部位は、単一の部材で構成されている。
【0020】
このようにウェル2の側面2aに微小チャンバー1が開口している場合は、前記側面2aに対して斜めの角度から、開口部Uに形成した脂質膜Mを観察すればよい。側面2aに対して斜めの角度から観察することによって、開口部Uに形成される脂質膜Mを膜面の正面側から容易に観察することができる。あるいは、基材4の上方から、すなわち、側面2aに対して平行な方向から観察してもよい。一般的に、脂質膜Mを観察するには、ウェル2と微小チャンバー1との間の圧力差や開口部U近傍(開口部Uに近い位置、開口部Uに近い領域、開口部Uに近い空間)における流体Pの流体圧を利用して、脂質膜Mを凹状又は凸状に変形させ、その形成した脂質膜Mを観察する手法が採用される。
なお、ウェル2の底面2bに微小チャンバー1を開口させる構成(構造)であっても良い。この場合、基体の上面から観察すると、開口部Uの正面から観察することになり、開口部Uに形成された脂質膜Mの表面状態を容易に観察することができる。
【0021】
開口部Uは単一の基材で構成されているため、継ぎ目や貼り合わせ面がなく、脂質膜が張る部位の段差を実質的に無くすことができる。このため、形成した脂質膜を安定に維持できる。
【0022】
本発明の実施形態において、液体Pに含まれる脂質は特に制限されない。例えば、細胞膜に含まれる脂質であるリン脂質が好ましい脂質として挙げられる。リン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン等が挙げられる。これらの両親媒性の脂質を用いると、微小チャンバー1の開口部Uに、脂質二重膜構造を有する脂質膜Mを形成することができる。この際、脂質成分として、コレステロールを添加すると、脂質膜の強度を高められることがある。
【0023】
本発明の実施形態において、液体Pに含まれる脂質を溶解する溶媒としては、脂質を溶解できる溶媒であれば特に制限されないが、脂質膜Mをより容易に形成できるので、水と混和しない溶媒が好ましい。このような溶媒としては、例えば、ヘキサデカン等の有機溶媒、スクアレン(スクワレン)等の油脂が挙げられる。
【0024】
図1に示す基体10Aにおいては、前記単一の部材は、微小チャンバー1を構成するだけでなく、基材4全体を構成している。
前記単一の部材の材料としては、例えばシリコン、ガラス、石英、サファイアなどが挙げられる。これらの材料は、微小チャンバー1の加工性に優れるので好ましい。なかでも、結晶方位による加工異方性の影響を受けにくい非結晶質である方が好ましい。
更に、顕微鏡等の光学装置によって、開口部Uの脂質膜Mを観察する場合には、前記単一の部材として、ガラス、石英、又はサファイアを用いることがより好ましい。これらの部材は、可視光線(波長0.36μm〜0.83μm)に対して透明であるため、脂質膜Mを容易に観察することができる。
【0025】
これらの部材(材料)は溶媒を吸収しないため、脂質膜形成の際に、開口部の口径が変化したり、微小チャンバーの体積が変化したりすることは、ほとんど起こらない。このことは、微小チャンバー1の開口部Uがナノスケールの単位(nm)(例えば、1nm以上1μm未満の大きさ)で形成されている場合には、決定的に重要な要素である。溶媒を吸収する部材に形成されたナノスケールの開口部Uは、溶媒を吸収して膨張すると容易に閉じてしまう。開口部Uの形状や大きさが変化しないことによって、形成した脂質膜のサイズが実験毎に変化することなく、再現性の高い実験が可能となる。
なお、開口部Uを構成する材料が溶媒を吸収して膨張する材料である場合、ナノスケールの開口部Uを形成することは困難である。しかしマイクロスケールの単位(μm)(例えば、1μm以上1mm未満の大きさ)で形成することは可能である。
【0026】
本発明の実施形態の微小チャンバー1の開口部Uは貼り合わせ面の無い単一の部材で構成されている。つまり、開口部Uの周囲は線膨張係数の等しい部材で構成されている。このため、基体10Aの使用温度が変わったり、基体10Aの温度とは異なる温度の液体を空間2(ウェル2)に流入した際などに生じ得る、開口部U近傍の急激な温度変化が起きた場合にも、開口部Uが貼りあわせ面から破断する恐れが無い。さらに、開口部Uに貼り合せ面がないので、開口部Uの薬液に対する化学耐性も高い。このため、貼り合せ面を侵食するような薬液であっても使用することができる。
【0027】
また、形成した脂質膜を光学顕微鏡等で観察する場合、開口部Uに貼り合せ面があると、前記貼り合せ面が光を反射して観察の邪魔になる場合がある。本発明の実施形態の微小チャンバー1の開口部Uは貼り合せ面を持たない単一の部材で構成されるため、観察の邪魔になる反射光が生じる恐れが無い。
【0028】
また、前記単一の部材の材料は、波長0.1μm〜10μmを有する光のうち少なくとも一部の波長を有する光に対して透明であること(少なくとも一部の波長を有する光を透過可能であること)が好ましい。
具体的には、加工用レーザーとして使用される一般的な光(波長0.1μm〜10μm)の、少なくとも一部に対して透明であることが好ましい。このようなレーザー光に対して透明であることによって、後述するように、レーザー照射することによって前記部材に改質部を形成することができる。
また、前記単一の部材の材料は、可視光領域(波長約0.36μm〜約0.83μm)の光に対して透明であること(可視光領域の光を透過可能であること)が、より好ましい。可視光領域の光に対して透明であることによって、形成した脂質膜Mを、前記単一部材を透して光学顕微鏡等の光学的手法を用いて容易に観察することができる。
なお、本発明における「透明」とは、前記部材に光を入射して、前記部材から透過光が得られる状態の全てをいう。
図1では、基材4を構成する単一の部材は透明なガラス基板である。
【0029】
図2に示すように、微小チャンバー1はウェル2の内壁面である側面1aに開口する、開口部Uを有する。
【0030】
本発明の実施形態の基体における開口部Uに脂質膜Mを形成する方法としては、次に説明する方法が例示できる。
図3A〜
図3Fを参照する。
まず、ウェル2(空間2)に生理学的食塩水等やpH緩衝液等のバッファ液5を入れて、微小チャンバー1内にバッファ液5を、毛細管現象によって流入させる(
図3A)。つづいて、ウェル2から、ピペット等(不図示)を使用してバッファ液5を除去する。
この際、微小チャンバー1内のバッファ液5を微小チャンバー1内に留めて、開口部Uに、表面張力を利用して、バッファ液5の水面をウェル2の内部に露呈させる(
図3B)。
【0031】
つぎに、ウェル2に前記脂質を含む液体Pを流入し、開口部Uにおいて、液体Pとバッファ液5の水面を接触させる。この際、液体Pに含まれる脂質分子が、分子中の極性部をバッファ液5側に向けて、バッファ液5の水面に付着する。これにより、バッファ液5の水面は、脂質分子によって覆われる(
図3C)。
その後、ウェル2から、ピペット等を使用して液体Pを除去すると、開口部Uに留まるバッファ液5の水面には、前記付着した脂質分子で構成される脂質膜Mが形成される(
図3D)。
さらに、ウェル2内に、バッファ液5を流入させると、ウェル2内のバッファ液5と微小チャンバー1内のバッファ液5とが、開口部Uの脂質膜Mによって隔たれた状態となる(
図3E)。
【0032】
この状態における脂質膜Mは、前記脂質分子で構成される脂質二重膜構造又は前記脂質分子で構成される単層の脂質膜構造のうち、少なくとも何れかの膜構造をとりうる。この状態において、ウェル2及び微小チャンバー1に圧力を加える又は圧力を減じる圧力操作を行うことによって、脂質膜Mの厚さを制御し、脂質二重膜構造を形成することも可能である(
図3F)。この圧力操作の方法としては、例えばウェル2を密閉して、ウェル2にガスやバッファ液5を加圧しながら注入する方法や、ウェル2を密閉して、ウェル2からバッファ液5を吸引する方法によって行うことができる。
【0033】
また、脂質膜Mを構成する脂質分子の種類や微小チャンバー1の大きさにもよるが、前記圧力操作において加圧する程度を調整すると、脂質膜Mが微小チャンバー1内に陥入して変形し、最終的にはベシクルV(リポソーム)を形成することも可能である(
図4)。
【0034】
微小チャンバー1は、単一のガラス基板4に形成されており、継ぎ目又は貼り合わせ面がない微小な空間である。当然に、微小チャンバーの端部における開口部Uについても、継ぎ目や貼り合わせ面は存在しない。このため、脂質膜Mと開口部Uとの密着力を十分に高められる。また、微小チャンバー1を備えたガラス基板4が変形した場合や、開口部Uが薬液によるダメージを受けた場合においても、開口部Uには貼り合せ面が存在しないため、貼り合わせ面を起点とする剥離や破損が生じない。よって、微小チャンバー1を備えたガラス基板4に対して、加熱消毒や薬液消毒を繰り返して行ったとしても、ガラス基板4が破損することがない。これは、日常的に加熱消毒や薬液消毒を行う、膜脂質を形成する基体にとって、特に優れた特徴である。更には、貼り合せ面が存在しない微小チャンバー1の開口部Uの近傍においては、貼り合せ面に起因する光の屈折率差が生じないので、開口部Uからの光を光学顕微鏡等の光学装置へ容易に集光させることができる。そのため、形成された脂質膜Mを、容易に観察することができる。ここで「開口部U」とは、ウェル2の側面2aにおいて、微小チャンバー1の端部1aが開口し、脂質膜Mが形成される領域をいう。
【0035】
開口部Uを構成する、微小チャンバー1の端部1aの、ウェル2の側面2aにおける孔の形状は、どの様な形状でもよく、例えば、円、略円、楕円、略楕円、矩形、又は三角形、等の形状にすることができる。孔の形状が円又は略円の場合には、その直径又は長径が0.02μm〜5μmの範囲であることが好ましい。その中でも、直径が0.02〜3μmの範囲がより好ましく、さらには直径が0.02〜1μmの範囲がより好ましい。このように小さい面積の口径を有する開口部において脂質膜Mを形成することによって、脂質膜Mを用いた実験をより精密に行うことができる。上記範囲の下限値(即ち、0.02μm)未満であると、開口部Uの面積が小さ過ぎて、適切に脂質膜Mが形成されない可能性が高まる。また、上記範囲の上限値(即ち、5μm)を超えると、開口部Uと脂質膜Mとのシール性が低下し、長時間の安定した脂質膜形成が出来ない可能性が高まる。
【0036】
開口部Uを構成する孔の形状、すなわち脂質膜Mが形成される開口径の形状は、真円に近い形状(略円状)であることが好ましい。ガラス基板4の上方から、すなわちウェル2の側面2aに対して平行な方向から脂質膜Mを観察する場合、ガラス基板4とバッファ液5との屈折率差によって脂質膜Mが観察しづらくなることを防ぐことができる。
【0037】
微小チャンバー1は、
図5に示すように、バッファ液5を流入させる開口部Uから内奥へ(内部の奥へ)向かうほど、その孔径(内径)が小さくなっていることが好ましい。すなわち、開口径が微小チャンバー1の最大外径H1であり、前記開口径が最も内奥の内径H3よりも大きくなっていることが好ましい。この構造であると、微小チャンバー1の内奥へ向かうほど、毛細管力が大きく働くため、バッファ液5を容易に内奥へ侵入させられる。
【0038】
また、微小チャンバー1は、
図6に示すように、開口部Uにおいて、孔径の中心に張り出した凸部Eを有し、且つ、凸部Eが形成された開口部Uの最小内径H2が微小チャンバー1の内奥の最大内径H1より小さくなっていることが好ましい。このような構造を有する開口部Uであると、脂質膜Mをより安定に形成することができる。
【0039】
また、微小チャンバー1は、
図7に示すように、開口部Uにおいて孔径の中心に張り出した凸部Eを有し、且つ、凸部Eが形成された開口部Uの最小内径H2が微小チャンバー1の内奥の最大内径H1より小さく、且つ、微小チャンバー1の最も内奥の内径H3が前記最大内径H1の50%未満であることが好ましい。このような構造を有する微小チャンバー1であると、毛細管力の作用によりバッファ液5を微小チャンバー1の内部に導入しやすくなるとともに、凸部Eが形成された開口部Uにおいて脂質膜Mをより容易に形成することができる。
【0040】
微小チャンバー1の断面を調べた際に、微小チャンバー1の最も内奥の内径H3を特定できない場合、前記内径H3は、微小チャンバー1の奥行き方向の全長Lに相当する仮想の線上において、最も内奥の位置から距離を測って(1/20)×Lの位置における内径である、とみなす。
【0041】
前記凸部Eの高さE1は、最大内径H1となる部位と開口部Uの最小内径H2となる部位との高低差として定義され、その高さE1は20nm〜200nmであることが好ましい。この範囲の下限値(即ち、20nm)未満であると凸部Eによる効果が殆ど期待できず、上限値(即ち、200nm)を超えると、微小チャンバー1の内部にバッファ液5を導入することが困難になる場合がある。
前記凸部Eの幅E2は、微小チャンバー1が側面2aに開口する位置から、内奥へ進んで、内径が拡がり始める位置までの距離として定義され、その幅E2は微小チャンバー1の奥行き方向における全長Lの20%未満であることが好ましい。このような構造であると、バッファ液5を微小チャンバー1へ、より一層容易に導入することができる。
【0042】
本発明の実施形態において、微小チャンバー1の開口部Uの近傍が疎水性になるように、表面処理することによって、脂質膜Mをより安定して形成することができる。ここで、開口部Uの近傍とは、脂質膜Mが接する領域およびその周辺を意味する。前記表面処理としては、例えば表面にアルキル基を結合させる処理が挙げられる。当該表面がガラスである場合、シランカップリング剤を用いてアルキル化処理することができる。
【0043】
微小チャンバー1を立方体状又は直方体状の空間であると近似した場合、その一辺の長さは、0.1μm〜30μmであることが好ましい。
上記範囲であると、脂質膜Mを開口部Uに容易に形成することが可能であり、ベシクルVの形成も可能となる。
【0044】
また、微小チャンバー1の容積は、細胞などの微生物と同程度であることが好ましい。微小チャンバー1の内部に微生物を捉え、その状態で開口部Uに脂質膜Mを形成すると、微生物が微小チャンバー1の内部に閉じ込められる。そして、捉えた微生物にレーザーを照射して微生物の細胞膜を破壊することで、破壊された細胞膜が再生する様子を観察することができる。一般に微生物は、微生物を構成する成分が近くに存在すれば再生することができると言われているが、その様子を直接的に観察された事例はない。本発明の実施形態の装置を用いることで、微生物の再生の様子を確認することができる可能性がある。
【0045】
前記孔の孔径をナノオーダー(例えば、1nm以上1μm未満の大きさ)で高精度に加工すると、従来よりも更にサイズの小さな脂質膜を形成することが可能である。この場合、従来、複数の分子の集合体として観察されていた膜タンパク質の機能を、本発明の実施形態に係る基体を用いることにより、単一分子で観察することが可能である。つまり、本発明の実施形態に係る基体は、今まで解明されていない膜タンパク質の様々な分子特性を確認する装置として使用することができる。さらに、孔の開口部の径をナノオーダー程度まで微小化すると、脂質膜と開口部との安定したシール性が実現されるため、機能解析等の実験を安定して行うことが可能となる。
【0046】
本発明の実施形態の基体を用いることによって、微小チャンバー1の開口部Uに形成した脂質膜Mの特性を高精度に機能解析することができる。例えば、開口部Uに脂質膜Mが形成された微小チャンバー1の内部に、イオン性物質が閉じ込められた状態をつくり、このイオン性物質が脂質膜Mのイオンチャネルを通して微小チャンバー1の外部に輸送される状態や、その輸送速度を調べることができる。輸送速度を調べるためには、脂質膜Mを透過する様子を長時間に渡って観測する必要があるため、容量の大きな微小チャンバー1であるとよい。
【0047】
図2において、微小チャンバー1は、ウェル2の側面2aに対して略垂直となるように形成されている。しかし、必ずしも略垂直である必要はなく、基体10Aの設計に合わせて、単一のガラス基板4において自由に配置することが可能である。
更には、微小チャンバー1の端部1aに位置する開口部Uの開口径を、少し内奥へ進んだ口径よりもわずかに広げて加工することも可能である。つまり、開口部Uを漏斗の様な形状に加工することが可能である。このように加工した場合、脂質膜Mの一部が微小チャンバー1の端部に入り込んだ状態で、脂質膜Mを形成することが可能になる。この脂質膜Mの一部は、端部の内側にあるため、ウェル2に流れがあるときにおいても、より安定して長時間の脂質膜Mの維持が可能になる場合がある。ここではウェル2を使用した場合について説明しているが、後述する基体10Bにおいて、流路3を使用した場合についても同様の説明が適用される。
【0048】
基体10Aには、複数の微小チャンバー1が形成されていてもよい。各々の微小チャンバー1に対して開口部Uが各々備わるため、複数の脂質膜Mを形成できる。
基材4がシリコン、ガラス、石英、又はサファイアなどであると、加工精度が高いので、複数の微小チャンバー1を密集させて配置することが可能である。
【0049】
本発明の実施形態によれば、後で説明するように、微小領域にレーザー光を集光させ、その集光領域の位置を高精度に制御することが可能な加工方法を用いているため、複数の微小チャンバー1を高密度に配置することが可能である。例えば、複数の微小チャンバー1の開口部Uを、0.1μm〜6μmのピッチで配置することができる。
【0050】
基体10Aでは、ウェル2の下面2bはガラス基板で構成される基材4で構成されている。
下面2bに対向する位置における、ウェル2の開口位置(基材4の上面と同一平面である開口部)は開口されて無蓋となっている。この下面2b又は上面のうち少なくとも一方から、顕微鏡等の光学的観察装置によって、開口部Uに形成された脂質膜Mを観察することができる。なお、前記上面は必ずしも無蓋である必要はなく、プラスチック、樹脂やガラス等の部材で構成される蓋によって、覆われていてもよい(不図示)。開口部Uにおける脂質膜Mの形成を観察しながら行うことが可能となる。
【0051】
[基体10B]
本発明の脂質膜を形成するための基体の第二実施形態として、
図8に示す基体10Bが挙げられる。基体10Bでは、基材4の上面側に流路3が設けられている。前記流路3が、前記脂質を含む液体Pを流入させる空間を構成している。
基体10Aにおけるウェル2と比べて、基体10Bに流路3が設けられている構造を用いることによって大量の液体Pを流入及び流通させることができる。また、流路3(空間2)における溶液の交換が行い易いという利点がある。前述の脂質膜Mの形成方法で説明したように、バッファ液5、前記脂質を含む液体P等の複数の溶液を、開口部Uに順次接触させる操作をより容易に行うことができる。
基体10Bの他の構成については、基体10Aと同様である。
【0052】
また、
図9に示すように、流路3やウェル2の側面において、複数の微小チャンバー1を各々対向させて配置することも可能である。本発明の実施形態の基体においては、微小チャンバー1を任意の位置に配置し、複数の微小チャンバー1を任意に配列させることが可能である。
【0053】
図10は、本発明にかかる脂質膜を形成するための基体の一例(第三実施形態)である基体20Aの模式的な上面図(上面から見た透視図)である。この上面図におけるウェル12、微小チャンバー11の配置構成は、前述の基体10Aに適用可能である。
ガラス基板14には、ウェル12および微小チャンバー11がそれぞれ6セット配置されている。ウェル12の内壁面に微小チャンバー11が開口していることは、前述の通りである。開口部Uの位置は、「X」の印で示してある。
一つのウェル12に複数の微小チャンバー11が配置されていてもよい。
【0054】
図11は、本発明にかかる脂質膜を形成するための基体の一例(第四実施形態)である基体30Aの模式的な上面図(上面から見た透視図)である。この上面図における流路22、および微小チャンバー21の配置構成は、前述の基体10Bに適用可能である。
ガラス基板24には、複数の微小チャンバー21が内壁面に配された流路22が、4セット配置されている。流路22の内壁面に微小チャンバー21が開口していることは、前述の通りである。開口部Uの位置は、「X」の印で示してある。
流路22の上流側F1から、液体Pが流入されて、流路22の下流側F2へ流通する。
【0055】
図12は、本発明にかかる脂質膜を形成するための基体の一例(第五実施形態)である基体30Bの模式的な上面図(上面から見た透視図)である。この上面図における流路22、微小チャンバー21、および第二流路29の配置構成は、前述の基体10Bに適用可能である。
ガラス基板24には、複数の微小チャンバー21が内壁面に配された流路22が、配置されている。流路22の内壁面に微小チャンバー21が開口していることは、前述の通りである。開口部Uの位置は、「X」の印で示してある。
流路22の上流側F5から、液体Pが流入されて、流路22の下流側F6へ流通する。
【0056】
また、ガラス基板24に配された第二流路29は、流路22と連通している。第二流路29から流路22へ、所望の薬液又はガスを流通させることによって、流路22内にも前記薬液又はガスを拡散流入させることができる。つまり、前記薬液又はガスを、開口部Uに形成された脂質膜Mへ接触させることができる。
【0057】
第二流路29が流路22に連通する場所や第二流路29の形状は特に限定されない。そのため、微小チャンバー21の近傍(微小チャンバー21に近い位置)に第二流路29を配置することも可能であり、第二流路29と流路22の上流側(F5側)はそれぞれの機能を代替することが可能である。また複数の第二流路29や複数に分岐した第二流路29が流路22に連通するように配置することも可能である。
【0058】
《第二態様》
次に、本発明にかかる脂質膜を形成するための基体の製造方法を説明する。
<脂質膜を形成するための基体の製造方法(第二態様)>
本発明の第二態様である製造方法の一例を、前述の第二実施形態の基体10Bを例にとって説明する。この場合、前記製造方法は、
図13A〜
図13Dで示すように、ピコオーダー秒以下のパルス時間幅を有するレーザーLを、単一の部材59において、微小チャンバー55を形成する領域に照射することによって、前記領域に改質部51を形成する工程A1(
図13A)と、単一の部材59に、前記空間を構成する流路57若しくは貫通孔を形成する工程A2(
図13B)と、単一の部材59から改質部51をエッチングによって除去する工程A3(
図13C)と、を少なくとも有する。
【0059】
[工程A1]
レーザーL(レーザー光L)は、パルス時間幅がピコ秒オーダー以下、例えば1フェムト秒以上10ピコ秒未満、のパルス幅を有するレーザー光を用いることが好ましい。例えばチタンサファイアレーザー、前記パルス幅を有するファイバーレーザーなどを用いることができる。ただし部材59に対して透明な波長を使用することが必要である。より具体的には、部材59に対する透過率が60%以上のレーザー光であることが好ましい。
【0060】
前記レーザーL(レーザー光L)は、加工用レーザーとして使用される一般的な波長領域(0.1〜10um)の光を適用することができる。その中でも、被加工部材である部材59に対して透明である必要がある。部材59に対して透明な波長のレーザー光を適用することによって、部材59に対して改質部51を形成することができる。
ここで、本明細書及び特許請求の範囲において、「改質部」とは、エッチング耐性が低くなり、エッチングによって選択的に又は優先的に除去される部分」を意味する。
【0061】
部材59の材料は、例えばシリコン、ガラス、石英、サファイアなどが挙げられる。これらの材料は、微小チャンバー55の加工性に優れるので好ましい。なかでも、結晶方位による加工異方性の影響を受けにくい非結晶質である方が好ましい。
更には、顕微鏡等の光学装置によって観察する場合には、前記材料として、可視光線(波長0.36μm〜0.83μm)に対して透明であるガラス、石英、又はサファイア等を用いることが、より好ましい。
【0062】
また、部材59の材料は、波長0.1μm〜10μmを有する光のうち少なくとも一部の波長を有する光に対して透明である(光を透過する)ことが好ましい。
具体的には、加工用レーザー光として使用される一般的な波長領域(0.1μm〜10μm)の、少なくとも一部の波長領域の光に対して透明であることが好ましい。部材59の材料が、このようなレーザー光に対して透明であることによって、後述するように、前記部材にレーザー照射して改質部を形成することができる。
また、可視光領域(波長約0.36μm〜約0.83μm)の光に対して透明であることが、より好ましい。可視光領域の光に対して透明であることによって、形成した脂質膜Mを、前記単一部材を透して肉眼で容易に観察することができる。
なお、本発明における「透明」とは、前記部材に光を入射して、前記部材から透過光が得られる状態の全てをいう。
図13A〜
図13Dでは、単一の部材59は透明なガラス基板である(以下、ガラス基板59と呼ぶ)。
以下では、部材59がガラス基板である場合について説明するが、部材59がその他の部材、例えばシリコン、石英、又はサファイアの場合であっても、同様に行うことができる。後述する工程A2における加工性はシリコン、石英、ガラスがより好適である。
【0063】
ガラス基板59は、例えば石英で構成されるガラス基板、珪酸塩を主成分とするガラス、ホウ珪酸ガラスで構成されるガラス基板等を用いることができる。合成石英で構成されるガラス基板が、加工性が良いため好適である。また、ガラス基板59の厚さは特に制限されない。
【0064】
レーザー光Lの照射方法としては、
図13Aに示す方法が挙げられる。すなわち、ガラス基板59の内部に集光して焦点を結ぶようにレーザー光Lを照射して、前記焦点を矢印方向に走査することによって、ガラスが改質された改質部51を形成する。
微小チャンバー55が形成される領域に、前記焦点をガラス基板59内部で走査することによって、所望の形状の改質部51を形成することができる。
【0065】
レーザー光Lを照射する際、照射強度をガラス基板59の加工上限閾値に近い値(加工適正値に近い値)又は加工上限閾値未満(加工適正値未満)にすると共に、レーザー光Lの偏波方向(電場方向)を走査方向に対して垂直となるようにすることが好ましい。このレーザー照射方法を、以下ではレーザー照射方法Sと呼ぶ。
【0066】
レーザー照射方法Sを、
図14で説明する。レーザー光Lの伝播方向は矢印Zであり、前記レーザー光Lの偏波方向(電場方向)は矢印Yである。レーザー照射方法Sでは、レーザー光Lの照射領域を、前記レーザー光の伝播方向と、前記レーザー光の偏波方向に対して垂直な方向と、で構成される平面59a内とする。これと共に、レーザー照射強度をガラス基板59の加工上限閾値に近い値又は加工上限閾値未満とする。
【0067】
このレーザー照射方法Sによって、ガラス基板59内にナノオーダー(例えば1nm以上1μm未満)の口径を有する改質部51を形成することができる。例えば、短径が20nm程度、長径が0.2μm〜5μm程度の略楕円形状の断面を有する改質部51が得られる。この略楕円形状は、レーザーの伝播方向に沿った方向が長軸で、レーザーの電場方向に沿った方向が短軸となる。レーザー照射の具合によっては、前記断面は矩形に近い形状となることもある。
【0068】
レーザー照射強度をガラス基板59の加工上限閾値(加工適正値)以上とした場合、得られる改質部51は周期構造を伴って形成されることがある。すなわち、ピコ秒オーダー以下のパルスレーザーを加工上限閾値以上で集光照射させることで、集光部で電子プラズマ波と入射光の干渉が起こり、レーザーの偏波に対して垂直であり、偏波方向に沿って周期性をもつ周期構造が自己形成的に形成されることがある。
【0069】
形成された周期構造はエッチング耐性の弱い層となる。例えば石英の場合、酸素が欠乏した層と酸素が増えた層が周期的に配列され(
図15B)、酸素欠乏部のエッチング耐性が弱くなっており、エッチングを行うと周期的な凹部及び凸部が形成されうる。このような周期的な凹部及び凸部は、後述する微小チャンバー55の形成においては不要である。
【0070】
一方、前述のレーザー照射方法Sのように、レーザー照射強度をガラス基板59の加工上限閾値未満、且つガラス基板59を改質してエッチング耐性を低下させることが可能なレーザー照射強度の下限値(加工下限閾値)以上とすれば、前記周期構造は形成されず、レーザー照射によって一つの酸素欠乏部(エッチング耐性の弱い層)が形成される(
図15A)。これのエッチングを行うと、一つの微小チャンバー55を形成することができる。
【0071】
前述のレーザー照射方法Sによれば、微小チャンバー55の形状を楕円又は略楕円とすることができる。また、その短径をエッチングによってナノオーダーサイズで制御することが可能となる。微小チャンバー55の形状が楕円又は略楕円形状である場合は、短径をナノオーダーサイズにすることによって、脂質膜をより容易に形成し易くなることがある。また、脂質膜を形成する前準備として、微細チャンバー55に、あらかじめバッファ液等の液体を充填させる必要があるが、チャンバーが微細であるほど毛細管力が大きくなるため、微細チャンバー55から、液体が外部(前記空間)に出てこなくなる弊害が発生する場合がある。しかしながら、微小チャンバー55を楕円又は略楕円状に形成することによって、脂質膜を形成するのに十分な短径においても毛細管力を抑制させ、液体が空間などの外部に出てこなくなる弊害を抑制することができる。
【0072】
エッチング耐性が弱い層(石英又はガラスにおいては酸素欠乏部)がレーザー照射によって一つだけ形成される場合においても(本明細書では改質部51と呼ぶ。)、前記酸素欠乏部は極めてエッチングの選択性(選択比)が高い層となる。このことは、本発明者らの鋭意検討によって見出された。
【0073】
したがって、前記加工上限閾値は、前記周期構造が形成されうるレーザーパルスパワーの下限値(前記周期構造が形成されないレーザーパルスパワーの範囲における上限値)と定義される。
また、前記「ガラス基板59を改質してエッチング耐性を低下させうるレーザー照射強度の下限値(加工下限閾値)(閾値)」とは、エッチング処理により、ガラス基板59に微小チャンバー55を形成できる限界値である。この下限値よりも低いと、レーザー照射によってエッチング耐性の弱い層が形成出来ないため、微小チャンバー55が形成できない。
すなわち、本明細書及び特許請求の範囲において、「加工上限閾値(加工適正値)」とは、基材内に照射したレーザー光の焦点(集光域)において、基材とレーザー光との相互作用によって生じる電子プラズマ波と入射するレーザー光との干渉が起こり、前記干渉によって基材に縞状の改質部が自己形成的に形成されることが可能なレーザー照射強度の下限値を意味する。
また、本明細書及び特許請求の範囲において、「加工下限閾値(閾値)」とは、基材内に照射したレーザー光の焦点(集光域)において、基材を改質した改質部を形成し、後段のエッチング処理によって選択的又は優先的にエッチングされうる程度に、前記改質部のエッチング耐性を低下させることが可能なレーザー照射強度の下限値である。この下限値よりも低いレーザー照射強度でレーザー照射した領域は、後段のエッチング処理において選択的又は優先的にエッチングされ難い。このため、エッチング後に微細孔となる改質部を形成するためには、加工下限閾値以上のレーザー照射強度に設定することが好ましい。
【0074】
加工上限閾値及び加工下限閾値は、レーザー光の波長、レーザー照射対象である基材の材料(材質)及びレーザー照射条件によって概ね決定される。しかし、レーザー光の偏波方向と走査方向との相対的な向きが異なると、加工上限閾値及び加工下限閾値も多少異なる場合がある。例えば、偏波方向に対して走査方向が垂直の場合と、偏波方向に対して走査方向が平行の場合とでは、加工上限閾値及び加工下限閾値が異なる場合がある。したがって、使用するレーザー光の波長及び使用する基材において、レーザー光の偏波方向と走査方向との相対関係を変化させた場合の、それぞれの加工上限閾値及び加工下限閾値を、予め調べておくことが好ましい。
【0075】
前記偏波としては直線偏波に関して詳細に説明したが、多少の楕円偏波成分を持つレーザーパルスであっても同様な構造(改質部)が形成されることが容易に想像できる。
【0076】
レーザー光Lの焦点を走査する方法は特に限定されないが、一度の連続走査によって形成できる改質部51は偏波方向(矢印Y方向)に対して垂直な1次元方向と、レーザー光Lの伝搬方向(矢印Z方向)の2次元方向(平面59a)内に限定される。この2次元方向内であれば任意の形状で改質部を形成することができる。
【0077】
図14においては、レーザー光Lの伝播方向は、ガラス基板59の上面に対して垂直である場合を示したが、必ずしも垂直である必要はない。前記上面に対して所望の入射角で、レーザーLを照射してもよい。
【0078】
一般に、改質された部分のレーザーの透過率は、改質されていない部分のレーザーの透過率とは異なるため、改質された部分を透過させたレーザー光の焦点位置を制御することは通常困難である。したがって、レーザー照射する側の面から見て、奥に位置する領域について先に改質部を形成することが望ましい。
【0079】
ガラス基板59内に、3次元方向に任意形状を有する改質部を形成する場合には、レーザーの偏波方向(矢印Y方向)を適宜変更することによって行うことができる。
【0080】
また、
図14で示すように、レーザー光Lをレンズ52を用いて集光して、前述の様に照射することによって改質部51を形成してもよい。
前記レンズとしては、例えば屈折式の対物レンズ若しくは屈折式のレンズを使用することができるが、他にも例えばフレネル、反射式、油浸若しくは水浸式の方法によって照射することも可能である。また、例えばシリンドリカルレンズを用いれば、一度にガラス基板59の広範囲にレーザー照射することが可能になる。また、例えばコニカルレンズを用いればガラス基板59の垂直方向に広範囲に一度にレーザー光Lを照射することができる。ただしシリンドリカルレンズを用いた場合には、レーザー光Lの偏波はレンズが曲率を持つ方向に対して水平である必要がある。
【0081】
レーザー照射条件Sの具体例としては、以下の各種条件が挙げられる。例えばチタンサファイアレーザー(レーザー媒質としてサファイアにチタンをドープした結晶を使用したレーザー)又は1fs以上10ピコ秒未満のパルス時間幅を有するパルスレーザーを用いることができる。照射するレーザー光は、例えば波長800nm、繰返周波数200kHzを使用し、レーザー走査速度1mm/秒としてレーザー光Lを集光照射する。これら波長、繰返周波数、走査速度の値は一例であり、本発明はこれに限定されず任意に変えることが可能である。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「ピコ秒オーダー以下のパルス時間幅」は、1フェムト秒以上1ナノ秒未満のパルス時間幅であることが好ましく、1フェムト秒以上10ピコ秒未満のパルス時間幅であることがより好ましく、1フェムト秒以上3ピコ秒未満のパルス時間幅であることが更に好ましく、1フェムト秒以上2ピコ秒未満のパルス時間幅であることが特に好ましい。
前記パルス時間幅がピコ秒オーダー以下、特に10ピコ秒未満、であると、集光部における基材の電子温度とイオン温度とが非平衡状態となり加熱され、いわゆる非熱過程での加工が進行する。そして、熱拡散長が極限まで抑えられる。さらには多光子吸収に始まる非線形加工が支配的となるため、加工後に得られる形状はナノスケールからマイクロオーダースケールの微細孔とすることが可能である。
一方、比較的大きなパルス時間幅を有するパルスレーザー、例えば10ピコ秒以上のパルス時間幅を有するレーザー光を用いた場合では、集光部における基材の電子温度とイオン温度とが平衡状態となる熱的加工が支配的となる。熱的加工においては熱拡散長が大きくなり、ナノからマイクロオーダースケールの加工を行うことが困難になる場合がある。このように、パルス時間幅が約1〜10ピコ秒付近を境にして、全く異なる反応メカニズムとなる場合があるため、10ピコ秒未満のパルス時間幅を有するパルスレーザーを用いることが好ましい。
【0082】
集光に用いるレンズ52としては、例えばN.A.<0.7未満の対物レンズを用いることが好ましい。より微小な微小チャンバー55を形成させるためにはパルス強度は、加工上限閾値に近い値、又は加工上限閾値未満且つ加工上限閾値に近い値に設定することが好ましい。
具体的には、ガラス基板59にレーザーを照射する場合には、例えば、パルス時間幅300fs、繰返周波数200kHz、走査速度1mm/s程度の条件に設定して、80nJ/pulse程度以下のパルスエネルギーで、照射強度は550kW/cm
2程度の照射強度で、1パルスあたりのレーザーフルエンスが2.7J/cm
2程度で照射することが好ましい。一方、加工上限閾値以上の照射強度、或いはその加工上限閾値に相当する1パルスあたりのレーザーフルエンス(パワー)よりも大きくすると周期構造が形成され、エッチングによってそれらが繋がるため、ナノオーダーの口径を有する微小チャンバー55を形成することが困難となり、ミクロンオーダーの口径になる、あるいは前記周期構造が形成されてしまうことがある。N.A.≧0.7に設定しても加工は可能であるが、スポットサイズがより小さくなり、1パルスあたりのレーザーフルエンスが大きくなるため、より小さなパルス強度(パルスエネルギー)に設定したレーザー照射が求められる。なお、レーザーフルエンスは、単位面積あたりのエネルギー量を指し、J/cm
2またはW/cm
2で表される。
【0083】
[工程A2]
つぎに、単一のガラス基板59に、前記空間を構成する流路57若しくは貫通孔を形成する。前記流路57を形成する方法としては、次の方法が例示できる。
【0084】
まず、ガラス基板59の上面に、例えばフォトリソグラフィなどによってレジスト52をパターニングして形成する。つづいて、ドライエッチング、ウェットエッチング、又はサンドブラスト等の方法によって、ガラス基板59の上面におけるレジスト52が形成されていない領域を、所定の深さに達するまで浸食して除去する(
図13B)。不要となったレジスト52を剥離すると、流路57が形成されたガラス基板59が得られる。
【0085】
工程A2においては、形成する流路57の側面に、工程A1で形成した改質部51の断面を露呈させることが好ましい。後段の工程A3におけるエッチング処理によって、微小チャンバー55を形成させることがより容易となる。
【0086】
また、工程A2において、流路57として、ガラス基板59の上面に凹部を形成する代わりに、貫通孔を形成してもよい。ガラス基板59内の、流路となる領域を微小ドリル(レーザードリル)等によってガラス基板59の表面から掘削して貫通孔を形成することによって、流路57を形成してもよい。このドリルによる掘削方法は、種々のエッチング法と組合わせて使用しても良い。
【0087】
[工程A3]
つぎに、単一のガラス基板59から、工程A1で形成した改質部51をエッチングによって除去する(
図13C)。
エッチング方法としては、ウェットエッチングが好ましい。流路57(若しくは貫通孔)の側面に露呈する断面を有する改質部51は、エッチング耐性が弱くなっているため、選択的又は優先的にエッチングすることができる。
【0088】
このエッチングは、ガラス基板59の改質されていない部分に比べて、改質部51が非常に速くエッチングされる現象を利用している。エッチングの結果として改質部51の形状に応じた微小チャンバー55を形成することができる。
前記エッチング液は特に限定されず、例えばフッ酸(HF)を主成分とする溶液、フッ酸に硝酸等を適量添加したフッ硝酸系の混酸等を用いることができる。また、部材59の材料に応じて、他の薬液を用いることもできる。
【0089】
前記エッチングの結果、ナノオーダーの口径を有する微小チャンバー55を、ガラス基板59内の所定位置に、流路57の側面に開口するように、形成することができる。
【0090】
微小チャンバー55の開口部は、例えば、短径が20nm〜200nm程度、長径が0.2μm〜5μm程度のサイズの略楕円形状の断面を有する開口部として、形成することができる。エッチング処理の条件を調整することによって、前記断面を矩形に近い形状にすることも可能である。
【0091】
前記ウェットエッチングの処理時間を調整することによって、改質部51と微小チャンバー55とのサイズ差を小さくしたり大きくしたりすることが可能である。
前記処理時間を短くすることによって、前記短径を数nm〜数十nmにすることも理論的には可能である。これとは逆に、前記処理時間を長くすることによって、前記短径を1μm〜2μm程度に、前記長径を5μm〜10μm程度とすることもできる。
【0092】
ここで、形成した微小チャンバー1の開口部に適切なマスキングを施し、微小チャンバー1を更にエッチングすることによって、前述の
図6,7に示したような、開口部Uに凸部Eを備えた微小チャンバー1を形成できる。具体的には、例えば微小チャンバー1の開口部Uにおいて、凸部Eを形成する領域に、CVD法等を用いてエッチングマスクを成膜する。次にガラス基板59を選択的にエッチング可能なエッチング液を微小チャンバー1の内部に導入し、微小チャンバー1の内奥(内部の奥)の内壁をエッチングすることによって、微小チャンバー1の内奥の内径を大きくすることができる。このとき、微小チャンバー1のエッチングマスクの近傍(エッチングマスクに近い位置)では、ガラス基板がエッチングされ難いため、当該領域が凸部Eとなる。このように、微小チャンバー1を再加工することで、内奥における内径より小さな開口径を有する開口部Uを備えた微小チャンバー1を形成することができる。
【0093】
つぎに、形成された流路57を覆うように、部材56をガラス基板59の上面に貼り合わせる(
図13D)。
形成された流路57は、そのままでも流路57として使用しうるが、
図13Dに示すように流路57の上面に蓋をすることによって、流路57に圧力をかけて送液することができる。
【0094】
上記の方法によって、液体Pを流入させる空間として、流路57の代わりにウェルを形成することも可能である。
【0095】
部材56とガラス基板59の上面とを貼り合わせる方法は、部材56の材料に応じて、公知の方法で行えばよい。
【0096】
部材56の材料としては特に制限されず、PDMS、PMMA等の樹脂基板や、ガラス基板を使用することができる。また、部材56の材料は、観察装置の光線(例えば可視光線)に対して透明であっても不透明であっても良い。つまり、部材56の材料は、観察装置の光線を透過させる材料であってもよいし、観察装置の光線を透過させない材料であってもよい。脂質膜の形成のみを目的とする場合は、必ずしも観察装置の光線に対して透明である必要はない。観察装置の光線に対して透明な部材であれば、上面からの光学的手法による観察が可能となるため好ましい。
【0097】
工程A2及び工程A3におけるエッチングとしては、ウェットエッチングやドライエッチングが適用できる。ウェットエッチングは例えば1%以下のフッ酸を用いるのが最も好ましいが、その他の酸や塩基性を有するエッチャントを用いてもよい。
【0098】
前記ドライエッチングのうち、等方性エッチング法としては、例えばバレル型プラズマエッチング、平行平板型プラズマエッチング、ダウンフロー型ケミカルドライエッチング、などの各種ドライエッチング方式が挙げられる。
【0099】
異方性ドライエッチング法としては、例えば反応性イオンエッチング(以下RIE)を用いる方法として例えば平行平板型RIE、マグネトロン型RIE、ICP型RIE、NLD型RIEなどの方法を適用することができ、RIE以外にも例えば中性粒子ビームを用いたエッチングを適用することが可能である。異方性ドライエッチング法を用いる場合には、プロセス圧力を上げる等の手法によって、イオンの平均自由行程を短くし、等方性エッチングに近い加工も可能となる。
【0100】
使用するガスは例えばフロロカーボン系、SF系ガス、CHF
3、フッ素ガス、塩素ガス、など材料を化学的にエッチングすることができるガスが主で、それらに適宜その他ガス酸素、アルゴン、ヘリウムなどを混合し使用することが可能である。また、その他のドライエッチング方式による加工も可能である。
【0101】
工程A2において、より好適なエッチングは異方性エッチングであり、工程A3において、より好適なエッチングは等方性エッチングである。
【0102】
<脂質膜を形成するための基体の製造方法(第三態様)>
本発明の第三態様である製造方法の一例を、前述の第二実施形態の基体10Bを例にとって説明する。この場合、前記製造方法は、
図16A〜
図16Eで示すように、単一の部材69に、前記空間を構成する流路67若しくは貫通孔を形成する工程B1(
図16B)と、ピコ秒オーダー以下のパルス時間幅を有するレーザーLを、単一の部材69の微小チャンバー65を形成する領域に照射することによって、前記領域に改質部61を形成する工程B2(
図16C)と、単一の部材69から改質部61をエッチングによって除去する工程B3(
図16D)と、を少なくとも有する。
【0103】
部材69の材料は、例えばシリコン、ガラス、石英、サファイアなどが挙げられる。これらの材料は、微小チャンバー65の加工性に優れるので好ましい。なかでも、結晶方位による加工異方性の影響を受けにくい非結晶質である方が好ましい。
更には、顕微鏡等の光学装置によって観察するには、ガラス、石英、サファイアを用いると、可視光線(波長0.36μm〜0.83μm)に対して透明であるため、より好ましい。
【0104】
また、部材69の材料は、波長0.1μm〜10μmを有する光のうち少なくとも一部の波長を有する光に対して透明であることが好ましい。
具体的には、加工用レーザー光として使用される一般的な波長領域(0.1μm〜10μm)の、少なくとも一部領域の光に対して透明であることが好ましい。このようなレーザー光に対して透明であることによって、後述するように、前記部材にレーザー照射して改質部を形成することができる。
また、可視光領域(約0.36μm〜約0.83μm)の光に対して透明であることが、より好ましい。可視光領域の光に対して透明であることによって、形成した脂質膜を、前記単一部材を透して肉眼で容易に観察することができる。
なお、本発明における「透明」とは、前記部材に光を入射して、前記基材から透過光が得られる状態の全てをいう。
図16A〜
図16Eでは、単一の部材69は透明なガラス基板である(以下、ガラス基板69と呼ぶ)。
【0105】
[工程B1]
工程B1は、本発明の第二態様の製造方法における工程A2と同様に行うことができる。すなわち、ガラス基板69の上面に、フォトリソグラフィによってレジスト62をパターニングして形成する(
図16A)。つづいて、ドライエッチング、ウェットエッチング、又はサンドブラスト等の方法によって、ガラス基板69の上面におけるレジスト62が配されていない領域を、所定の深さに達するまで浸食して除去する(
図16B)。不要となったレジスト62を剥離すると、流路67が形成されたガラス基板59が得られる。
【0106】
また、工程B1において、流路67として、ガラス基板69の上面に凹部を形成する代わりに、基板内部に流路を形成してもよい。ガラス基板69内の、流路67となる領域をドリル(レーザードリル)やピコ秒オーダー以下の時間幅を有するレーザー改質とその選択的なエッチング等によってガラス基板69の表面から掘削して貫通孔を形成することによって、流路67を形成してもよい。このドリルによる掘削方法は、種々のエッチング法と組合わせて使用しても良い。
【0107】
[工程B2]
つぎに、ピコ秒オーダー以下のパルス時間幅を有するレーザーLを、単一のガラス基板69の微小チャンバー65となる領域に照射することによって、前記領域に改質部61を形成する。
具体的には、本発明の第二態様の製造方法における工程A1と同様に行うことができる。このとき、流路67の側面に露呈する部位にレーザー光Lを集光照射して改質部61を形成する場合は、液浸露光によってレーザー光Lを照射することが、より望ましい(
図16C)。前記側面に露呈する部位に形成される改質部61の形状(微小チャンバー65の端部の形状)の精度を高めることができる。
【0108】
[工程B3]
つづいて、単一のガラス基板69から、工程B2で形成した改質部61をエッチングによって除去する(
図16D)。
エッチング方法としては、ウェットエッチングが好ましい。流路67(若しくは貫通孔)の側面に露呈する断面を有する改質部61は、エッチング耐性が弱くなっているため、選択的又は優先的にエッチングすることができる。
具体的には、本発明の第二態様の製造方法における工程A3と同様に行うことができる。
【0109】
前記エッチングの結果、ナノオーダーの口径を有する微小チャンバー65を、ガラス基板69内の所定位置に、流路67の側面に開口するように、形成することができる。
【0110】
つぎに、形成された流路67を覆うように、部材66をガラス基板69の上面に貼り合わせる(
図16E)。
形成された流路67は、そのままでも流路67として使用しうるが、
図16Eに示すように流路67の上面に蓋をすることによって、流路67に圧力をかけて送液することができる。
【0111】
上記の方法によって、液体Pを流入させる空間として、流路67の代わりにウェルを形成することも可能である。
【0112】
部材66とガラス基板69の上面とを貼り合わせる方法は、部材66の材料に応じて、公知の方法で行えばよい。
【0113】
部材66の材料としては特に制限されず、PDMS、PMMA等の樹脂基板や、ガラス基板を使用することができる。また、部材66の材料は、観察装置の光線(例えば可視光線)に対して透明であっても不透明であっても良い。つまり、部材56の材料は、観察装置の光線を透過させる材料であってもよいし、観察装置の光線を透過させない材料であってもよい。脂質膜の形成のみを目的とする場合は、必ずしも観察装置の光線に対して透明である必要はない。観察装置の光線に対して透明な部材であれば、上面からの光学的手法による観察が可能となるため好ましい。