特許第5939252号(P5939252)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5939252炭素が除去されたR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5939252
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】炭素が除去されたR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 41/00 20060101AFI20160609BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20160609BHJP
   H01F 1/057 20060101ALI20160609BHJP
   H01F 1/08 20060101ALI20160609BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20160609BHJP
   B22F 8/00 20060101ALI20160609BHJP
   C22C 1/04 20060101ALI20160609BHJP
   B22F 3/00 20060101ALI20160609BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20160609BHJP
【FI】
   H01F41/00 Z
   H01F41/02 G
   H01F1/04 H
   H01F1/08 A
   B22F1/00 B
   B22F8/00
   C22C1/04 F
   B22F3/00 F
   !C22C38/00 303D
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-522978(P2013-522978)
(86)(22)【出願日】2012年6月29日
(86)【国際出願番号】JP2012066712
(87)【国際公開番号】WO2013002376
(87)【国際公開日】20130103
【審査請求日】2015年4月15日
(31)【優先権主張番号】特願2011-145338(P2011-145338)
(32)【優先日】2011年6月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(74)【代理人】
【識別番号】100087745
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 善廣
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(72)【発明者】
【氏名】古澤 克佳
(72)【発明者】
【氏名】菊川 篤
【審査官】 五貫 昭一
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−153201(JP,A)
【文献】 特開2003−51418(JP,A)
【文献】 特開2006−265610(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/00
B22F 1/00
B22F 3/00
B22F 8/00
C22C 1/04
H01F 1/057
H01F 1/08
H01F 41/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を除去した後に加熱溶解して再利用するための炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHDDR処理を行うことで炭素を除去することを特徴とするR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法。
【請求項2】
炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金の形状を粒度が75μm〜850μmの粉末とすることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
HDDR処理におけるHD工程を水素ガス雰囲気中にて600℃〜900℃で行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
炭素を除去した後に加熱溶解して再利用するための炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHDDR処理を行うことを特徴とする炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金から炭素を除去する方法。
【請求項5】
請求項1記載のR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法によって製造された合金再生材料を少なくとも原料の一部として加熱溶解して行うことを特徴とするR−Fe−B系永久磁石の製造方法。
【請求項6】
HDDR処理を行うことで炭素を除去した後、加熱溶解してから冷却凝固させて鋳片またはインゴットの形態としたことを特徴とする請求項1記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、R−Fe−B系永久磁石(R:Nd,Pr,Dyなどの希土類元素)のスクラップやスラッジ、使用済み磁石などとして発生する炭素含有合金から炭素を除去して合金再生材料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd−Fe−B系永久磁石に代表されるR−Fe−B系永久磁石は、資源的に豊富で安価な材料が用いられ、かつ、高い磁気特性を有していることから、今日様々な分野で使用されていることは周知の通りである。このような背景のもと、R−Fe−B系永久磁石の生産工場では、日々、大量の磁石が生産されているが、磁石の生産量の増大に伴い、製造工程中に加工不良物などとして排出される磁石スクラップや、切削屑や研削屑などとして排出される磁石スラッジなどの量も増加している。とりわけ情報機器の軽量化や小型化によってそこで使用される磁石も小型化していることから、加工代比率が大きくなることで、製造歩留まりが年々低下する傾向にある。従って、製造工程中に排出される磁石スクラップや磁石スラッジなどを廃棄せず、これらをいかに再利用するかが今後の重要な技術課題となっている。また、廃電化製品などから使用済み磁石を回収していかに再利用するかについても同様である。
【0003】
R−Fe−B系永久磁石は、一般に、原料となる複数の金属を所定の割合で配合し、真空溶解炉において高周波加熱することで所定の組成を有する合金材料を得る工程を経て製造される。磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などを磁石の製造に再利用することを考えた場合、これらをそのまま真空溶解炉において高周波加熱することで合金再生材料を得ることができれば省エネルギー化やコスト削減などの点において理想的であるが、現実にはこのようなことは行われない。その理由の一つとして、磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などは、磁石の製造工程において使用された有機系潤滑剤などに由来する炭素を磁石の組織中に含んでいることから、これらから合金再生材料を得て磁石を製造すると、これらに含まれていた炭素が磁石の磁気特性に悪影響を及ぼすといったことがある。従って、磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などを磁石の製造に再利用するためには、これらに含まれる炭素を除去することが望ましい。
【0004】
磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などの炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金から炭素を除去する方法としては、例えば特許文献1において、金属カルシウムや水素化カルシウムを還元剤として利用し、合金に含まれる炭素を還元することで炭化カルシウムに変換して除去する方法が提案されている。しかしながら、この方法では、炭化カルシウムよりも希土類炭化物の方が熱力学的に安定であるため、希土類炭化物が炭化カルシウムよりも優先して生成することで、希土類炭化物が大量に除去されてしまい、結果として再生された合金材料中の希土類元素の歩留まりが悪くなるといった問題がある。また、特許文献2には、粉末状の炭素を含む磁石スクラップを酸素雰囲気中にて700℃〜1200℃の温度で1時間〜10時間熱処理することで酸化脱炭する方法が記載されている。しかしながら、この方法では、酸化脱炭の際に希土類酸化物が大量に生成するので、生成した希土類酸化物を還元するために金属カルシウムなどを還元剤として大量に必要とするためコストが高くつくといった問題や、再生された合金材料中に還元剤として使用した金属カルシウムなどが不純物として含まれることで、磁石の磁気特性に悪影響を及ぼすといった問題がある。従って、これまでに提案されている方法では、磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などに含まれる炭素を効果的に除去することができないことから、これらの磁石の製造への再利用は、製造される磁石に含まれる炭素量の無視できない増加を避けるため、少量ずつ真空溶解炉に投入してバージン合金材料とともに高周波加熱して使用する態様や、ケミカルリサイクルを行って希土類元素として回収して使用する態様で行われているのが実情である。しかしながら、こうした態様には、例えばコスト削減を目的としてバージン合金材料の使用量を減らしたいと考えても減らせる量には自ずと限界があるといった問題や、ケミカルリサイクルを行った場合には排出される廃液が環境に与える影響に配慮しなければならないといった問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭58−73731号公報
【特許文献2】特開2003−51418号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、R−Fe−B系永久磁石のスクラップやスラッジ、使用済み磁石などとして発生する炭素含有合金から炭素を効果的に除去して合金再生材料を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意検討を重ねた結果、R−Fe−B系異方性ボンド磁石の製造に用いられ、結晶粒を微細化して高い磁気特性を有する合金粉末を得るための方法として当業者によく知られているHDDR処理を、炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対して行うと、全く意外なことにも炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金から炭素を効果的に除去することができることを見出した。
【0008】
上記の知見に基づいてなされた本発明のR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法は、請求項1記載の通り、炭素を除去した後に加熱溶解して再利用するための炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHDDR処理を行うことで炭素を除去することを特徴とする。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金の形状を粒度が75μm〜850μmの粉末とすることを特徴とする。
また、請求項3記載の方法は、請求項1記載の方法において、HDDR処理におけるHD工程を水素ガス雰囲気中にて600℃〜900℃で行うことを特徴とする。
また、本発明の炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金から炭素を除去する方法は、請求項4記載の通り、炭素を除去した後に加熱溶解して再利用するための炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHDDR処理を行うことを特徴とする。
また、本発明のR−Fe−B系永久磁石の製造方法は、請求項5記載の通り、請求項1記載のR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法によって製造された合金再生材料を少なくとも原料の一部として加熱溶解して行うことを特徴とする。
また、請求項6記載の方法は、請求項1記載の方法において、HDDR処理を行うことで炭素を除去した後、加熱溶解してから冷却凝固させて鋳片またはインゴットの形態としたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、R−Fe−B系永久磁石のスクラップやスラッジ、使用済み磁石などとして発生する炭素含有合金から炭素を効果的に除去して合金再生材料を製造する方法を提供することができる。本発明の方法で製造された合金再生材料は、炭素量が低減されているので、磁石の製造に再利用しても、製造される磁石に含まれる炭素量の増加を抑制することができる。従って、本発明は、磁石の製造における磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などの効率的な再利用を可能とし、バージン合金材料の使用量を減らしたり、ケミカルリサイクルの実施回数を少なくしたりすることができることから、省エネルギー化やコスト削減や環境保全などに貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例5において採用する合金粉末に含まれる炭素を除去するための処理パターンである。
図2】実施例10において採用するR−Fe−B系焼結磁石製造用の鋳片を作製するためのフローである。
図3】参考例1におけるHD工程を行う前の試料の炭素の局在分布を示す定性スペクトルである。
図4】同、HD工程を15分間行った試料の炭素の局在分布を示す定性スペクトルである。
図5】同、HD工程を420分間行った試料の炭素の局在分布を示す定性スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のR−Fe−B系永久磁石合金再生材料を製造する方法は、炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHDDR処理を行うことで炭素を除去することを特徴とするものである。
【0012】
本発明における処理対象物である炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金は、例えば磁石の製造工程において使用された有機系潤滑剤などに由来する炭素を磁石の組織中に含んでいる磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。処理対象物とする炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金の炭素含有量に特段の制限はないが、本発明はとりわけ炭素含有量が0.04mass%以上である再利用する際には含まれる炭素を除去することが望ましい磁石合金に対して効果を発揮する(磁石合金の炭素含有量の上限は磁石スクラップや磁石スラッジや使用済み磁石などに通常含まれる炭素量に鑑みれば0.12mass%である)。
【0013】
本発明において炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対して行うHDDR処理は、Hydrogenation−Disproportionation−Desorption−Recombination処理を意味し、R−Fe−B系永久磁石の製造に使用される合金インゴットや合金粉末に対し、高温(例えば500℃〜1000℃)において、水素化(Hydrogenation)−不均化(Disproportionation)−脱水素(Desorption)−再結合(Recombination)を進行させることで、合金の結晶粒を微細化し、磁気特性を向上させる方法として当業者によく知られたものである。HDDR処理は、工程としては、合金中の希土類元素を水素化させるとともに合金組織の不均化反応を進行させるHD工程と、その後、脱水素を行うことで合金組織の再結合反応を進行させるDR工程に大別され、HD工程ではNdFe14B+2H→2NdH+12Fe+FeBといった反応が進行し、DR工程では2NdH+12Fe+FeB→NdFe14B+2Hといった反応が進行する。本発明では、こうしたHDDR処理によって進行する一連の反応を、R−Fe−B系永久磁石合金に含まれる炭素を除去するために利用する。
【0014】
炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対して行うHDDR処理におけるHD工程は、処理対象物である炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金を所定の炉内に仕込んで行えばよい。炉内に仕込む炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金の形状は、粒度が75μm〜850μmの粉末とすることが望ましい。粉末の粒度が小さすぎると取り扱いが困難になる恐れがある一方、大きすぎると脱炭反応が進行しにくくなる恐れがある。粉末の粒度は、100μm〜700μmがより望ましく、200μm〜500μmがさらに望ましい。所定の粒度の粉末は、必要に応じてジョークラッシャーやハンマーミルやスタンプミルなどによる機械粉砕や水素粉砕などを採用することによって得ることができるが、水素粉砕を採用した場合、炭素をより効果的に除去することができる。これは磁石合金を水素粉砕すると、特有の微細なクラックが粉末粒子に導入されることで脱炭反応が進行しやすくなるためであると考えられる。なお、処理対象物がその表面に例えば有機膜が付着している磁石スクラップなどの場合、アルコールなどを用いた洗浄処理、アルカリなどを用いた化学処理、ショットブラストなどを用いた機械処理などによって表面付着物を予め除去しておくことが望ましい。
【0015】
HD工程を行う炉は、炉内を水素ガス雰囲気(ArガスやHeガスなどの不活性ガスが50vol%以下の割合で含まれていてもよい)とするために水素ガスを導入しながら使用できる流気炉の他、減圧炉や加圧炉など、HD工程を行うことができる炉であれば特段の制限はないが、脱炭処理の効率などに鑑みれば流気炉が望ましい。HD工程を行う温度は、600℃〜900℃が望ましく、700℃〜870℃がより望ましい。温度が低すぎると脱炭反応が進行しにくくなる恐れがある一方、高すぎると処理対象物である炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に含まれる低融点成分が融け出して合金を収容した容器の内壁などに固着したりする恐れがある。炉内の水素圧力は、10kPa〜500kPaが望ましく、20kPa〜300kPaがより望ましい。炉内の水素圧力が低すぎると脱炭反応が進行しにくくなる恐れがある一方、高すぎると炉の耐久性維持や炉外への水素ガスの漏洩防止などのために特別の対策や配慮が必要になる恐れがある。HD工程を行う時間は、脱炭反応を十分に進行させるためには1時間以上が望ましく、3時間以上がより望ましい(HD工程を行う時間の上限に特段の制限はないが脱炭処理の効率などに鑑みればHD工程を行う時間は4時間〜8時間が適当である)。流気炉を使用してHD工程を行う場合、その手順の一例としては次のようなものが挙げられる。まず、処理対象物である炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金を炉内に仕込んだ後、水素爆発の危険性などを排除するためにいったん減圧して炉内の脱酸素を行う。炉内の減圧は、炉内の圧力が4×10−3Pa以下になるまで行うことが望ましい。次に、ArガスやHeガスなどの不活性ガスを炉内の圧力が大気圧(約100kPa)になるように導入しながらHD工程を行う温度まで炉内を加熱した後、炉内への不活性ガスの導入を停止し、かわりに水素ガスを導入しながらHD工程を行う。HD工程を行う温度までの炉内の昇温は、炉の伝熱性、対流性、輻射性などの特性を考慮し、200℃/時間〜1000℃/時間で行うことが望ましい。
【0016】
HD工程を行った後に行うDR工程は、650℃〜1000℃で、炉内の圧力が10Pa以下となるまで減圧したり、ArガスやHeガスなどの不活性ガスを炉内に導入したり(炉内の圧力は10kPa以下が望ましい)することで行うことが望ましい。DR工程はHD工程を行った炉内でHD工程に引き続いて行ってもよいし、処理対象物を別の炉に移し替えて行ってもよい。DR工程を行う時間は、脱炭処理の効率などに鑑みれば、15分間〜10時間が望ましく、30分間〜2時間がより望ましい。
【0017】
以上のようにして炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHDDR処理を行うことで、磁石合金に含まれる炭素を効果的に除去することができる(例えば0.07mass%以上の炭素量を好適には0.04mass%以下にまで、より好適には0.03mass%以下にまで、さらに好適には0.02mass%以下にまで低減することができる)。この脱炭機構は、炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金中の希土類元素を水素化させるとともに合金組織の不均化反応を進行させるHD工程により、合金組織に取り込まれていた炭素が合金組織の分解に伴って開放されるとともに、水素によって還元されることで炭化水素に変換されて放出された後、脱水素を行うことで合金組織の再結合反応を進行させるDR工程により、所定の合金組織を有する磁石合金が再生されることによるものであると考えられる。なお、炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金の一度の処理量が多くなると、処理環境に放出された炭化水素の分圧が高くなり、合金中で生成した炭化水素が放出されにくくなることによって脱炭処理の効率が低下する恐れがあるが、磁石合金を炉内に仕込んでHDDR処理を行う場合、炉を回転させたり振動させたりすることによって炉内の磁石合金を撹拌し、炭化水素が炉内において一定の場所に滞留したりしないようにすれば、合金中で生成した炭化水素が放出されやすくなることで脱炭処理の効率の低下を回避することができる。
【0018】
本発明によれば、処理対象物である炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金が粉末である場合、HDDR処理を行った後には粉末の合金再生材料が得られる。こうして得られた粉末の合金再生材料は、例えば、それ単独で、またはバージン合金材料とともに、真空溶解炉において高周波加熱することによって磁石の製造に再利用することができる。加熱によって得られる溶湯は、冷却凝固させて鋳片やインゴットなどの形態で回収し、必要に応じて成分分析や組成調整などを行なった後、磁石の製造工程に供することができる。なお、こうして得られた粉末の合金再生材料を高周波加熱するまでのその保存やハンドリングは、ArガスやHeガスなどの不活性ガス雰囲気中で行うことが望ましい。粉末の合金再生材料は、そのままの形態で真空溶解炉に投入してもよいが、ハンドプレス機や自動成形機などを用いて10kgf/cm〜1000kgf/cmの成形圧力で一辺が3mm〜1cm程度の直方体状物や直径と高さがこの程度の円柱状物などに成形することで取り扱い性を高めた上で真空溶解炉に投入してもよい。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0020】
実施例1:
R−Fe−B系焼結磁石の加工工程で発生したスクラップ(加工不良の固形屑。ICP発光分光法による合金組成分析結果はNd:20.86,Pr:5.82,Dy:4.09,Fe:66.40,B:1.00,その他:1.83(単位はmass%))を、エタノールを用いて洗浄処理した後、スタンプミルによって粉砕し、篩にかけて各種の粒度に分級した合金粉末を得た(JIS Z 2510に記載の方法によるJIS Z 8801−1に規定の篩を用いた分級)。それぞれの粒度の合金粉末約3gを管状型の流気炉に仕込み、炉内の圧力が4×10−3Paになるまでいったん減圧した。次に、Arガスを炉内の圧力が大気圧(約100kPa)になるように2L/分の流量で導入しながら炉内の温度を1時間で室温から850℃まで昇温した。その後、炉内へのArガスの導入を停止し、かわりに水素ガスを炉内の圧力が大気圧になるように2L/分の流量で導入しながら850℃で4時間、HD工程を行った。4時間後、温度を850℃に維持したままで、炉内への水素ガスの導入を停止し、かわりにArガスを炉内の圧力が5.3kPaになるように2L/分の流量で導入しながら1時間、DR工程を行った。その後、炉内にArガスを10L/分以上の流量で導入して炉内の圧力を大気圧に復圧し、炉内の温度を室温まで冷却してから合金粉末を炉内から取り出した。HDDR処理を行う前と後の合金粉末に含まれる炭素量を、堀場製作所社のEMIA−820型ガス分析装置を用いて測定した。結果を表1に示す。表1から明らかなように、炭素を含む合金粉末にHDDR処理を行うことによって炭素を効果的に除去できることがわかった。
【0021】
【表1】
【0022】
実施例2:
磁石スクラップの粉砕を水素粉砕(加圧炉内で室温において200kPaの水素圧力で1時間処理することによる)によって行うことと、それぞれの粒度の合金粉末約0.35gを管状型の流気炉に仕込むこと以外は実施例1と同様にしてHDDR処理を行い、HDDR処理を行う前と後の合金粉末に含まれる炭素量を測定した。結果を表2に示す。表2から明らかなように、合金粉末に含まれる炭素は水素粉砕によっては除去できないこと(実施例1のスタンプミルによって粉砕した合金粉末に含まれる炭素量との比較による)、スタンプミルによって粉砕した合金粉末よりも水素粉砕によって粉砕した合金粉末の方がHDDR処理を行うことによって炭素をより効果的に除去できることがわかった。
【0023】
【表2】
【0024】
実施例3:
粒度が150μm〜300μmの合金粉末約12gを加圧炉に仕込み、炉内に水素ガスを導入して炉内の圧力を110kPaに保持しながら各種の温度で1時間、HD工程を行うことと、1時間後、炉内をArガスに置換し、炉内の圧力を0.3kPaに保持しながら850℃で1時間、DR工程を行うこと以外は実施例1と同様にしてHDDR処理を行い、HDDR処理を行う前と後の合金粉末に含まれる炭素量を測定した。結果を表3に示す。表3から明らかなように、600℃〜900℃でHD工程を行うことによる炭素除去効果を確認することができた。
【0025】
【表3】
【0026】
実施例4:
HD工程を850℃で各種の時間行うこと以外は実施例3と同様にしてHDDR処理を行い、HDDR処理を行う前と後の合金粉末に含まれる炭素量を測定した。結果を表4に示す。表4から明らかなように、HD工程を行う時間が長くなるにつれて合金粉末に含まれる炭素量は減少し、1時間で0.05mass%以下にまで、2時間で0.03mass%以下にまで、4時間で0.02mass%以下にまで減少した。
【0027】
【表4】
【0028】
実施例5:
実施例1に記載のR−Fe−B系焼結磁石の加工工程で発生したスクラップから実施例1と同様にして得た、300μm〜2800μmの粒度に分級した合金粉末に含まれる炭素を、回転式の炉を用いて図1に示す処理パターンで除去した。具体的には、まず、炉内に合金粉末を仕込んだ後、炉内をArガス雰囲気に置換してから炉内の温度を30分間で室温から300℃まで昇温した。次に、炉内に5L/分の流量で水素ガスを導入しながら炉内の温度を300℃に維持して1時間、合金粉末を水素粉砕した。その後、3rpmでの炉の回転を開始し、炉内に2.5L/分の流量で水素ガスを導入しながら炉内の温度を1時間で300℃から850℃まで昇温し、引き続き炉内に2.5L/分の流量で水素ガスを導入しながら850℃で4時間、HD工程を行った。4時間後、温度を850℃に維持したままで、炉内への水素ガスの導入を停止し、かわりに10分間、Arガスを導入して炉内をArガス雰囲気に置換した後、真空引きを行って炉内の圧力を0.3Pa以下にまで減圧した状態で5時間、DR工程を行った。その後、炉内にArガスを導入して炉内の圧力を大気圧に復圧し、炉内の温度を室温まで冷却してから合金粉末を炉内から取り出した。なお、炉の回転は、HD工程を終了してから1時間後に停止した。炉内に仕込む前の合金粉末と炉内から取り出した合金粉末に含まれる炭素量を測定したところ、前者が0.070mass%であるのに対し後者が0.026mass%であり、この方法によって合金粉末に含まれる炭素を効果的に除去することができることがわかった。
【0029】
実施例6:
炉内の温度を300℃から850℃に昇温する際とHD工程を行う際、炉内に5L/分の流量で水素ガスを導入すること以外は実施例5と同様にして処理を行い、炉内に仕込む前の合金粉末と炉内から取り出した合金粉末に含まれる炭素量を測定したところ、前者が0.070mass%であるのに対し後者が0.014mass%であり、炉内の温度を300℃から850℃に昇温する際とHD工程を行う際における炉内への水素ガスの導入流量を、実施例5における炉内への水素ガスの導入流量の2倍にすることで、合金粉末に含まれる炭素をより効果的に除去することができることがわかった。
【0030】
実施例7:
市場から回収した使用済みR−Fe−B系焼結磁石を高周波真空溶解炉に投入して溶解した後、ストリップキャスティングを行って鋳造することによって作製した鋳片(ICP発光分光法による合金組成分析結果はNd:22.96,Pr:6.44,Dy:1.03,Fe:66.96,B:1.15,その他:1.52(単位はmass%))を炉内に仕込むこと以外は実施例5と同様にして処理を行い、炉内に仕込む前の鋳片と炉内から取り出した鋳片粉砕粉に含まれる炭素量を測定したところ、前者が0.043mass%であるのに対し後者が0.030mass%であり、この方法によって鋳片に含まれる炭素を効果的に除去することができることがわかった。
【0031】
実施例8:
炉内の温度を300℃から850℃に昇温する際とHD工程を行う際、炉内に5L/分の流量で水素ガスを導入すること以外は実施例7と同様にして処理を行い、炉内に仕込む前の鋳片と炉内から取り出した鋳片粉砕粉に含まれる炭素量を測定したところ、前者が0.043mass%であるのに対し後者が0.014mass%であり、炉内の温度を300℃から850℃に昇温する際とHD工程を行う際における炉内への水素ガスの導入流量を、実施例7における炉内への水素ガスの導入流量の2倍にすることで、鋳片に含まれる炭素をより効果的に除去することができることがわかった。
【0032】
実施例9:
実施例4においてHD工程を4時間行って得た合金粉末600gから、ハンドプレス機(SCHMIDTFeintechnik GmbH製)を用いて600kgf/cm程度の成形圧力で成形することで直径3.5mm×高さ5mmの円柱状物を1000個得た。得られた円柱状物をムライト製のるつぼに仕込んだ後、るつぼを高周波真空溶解炉に仕込んだ。いったんメカニカルブースターポンプを用いて炉内を排気した後、純Arガスを炉内に導入し、炉内の圧力を40kPaに保持した後、電力を投入して昇温を開始した。炉内のるつぼの内部を目視観察したところ、1250℃でるつぼに仕込んだ円柱状物が溶解し始めた。その後、1400℃で15分間保持した後、るつぼを傾斜させてストリップキャスティング用の回転ローラーに溶湯を注ぎ、連続的に生成した鋳片をピンミルで破砕し、一辺が10mm程度で厚みが0.3mm程度の大きさの鋳片を回収した。この鋳片を用いて標準的な方法でR−Fe−B系焼結磁石を製造した。
【0033】
実施例10:
図2に示す作製フローに従ってR−Fe−B系焼結磁石製造用の鋳片を作製した。具体的には、まず、実施例1に記載のR−Fe−B系焼結磁石の加工工程で発生したスクラップ(スクラップ原料)を高周波真空溶解炉に投入して溶解した後(一次溶解)、ストリップキャスティングを行って鋳造することでSC一次鋳片を得た。次に、このSC一次鋳片(炭素含有量:0.04mass%以上)を回転式の炉内に仕込み、実施例8と同様にして鋳片に含まれる炭素を除去した。炉内から取り出した鋳片粉砕粉(炭素含有量:0.02mass%以下)とR−Fe−B系焼結磁石を製造するためのバージン合金材料(バージン原料)を3:7の割合で配合した後(重量比)、高周波真空溶解炉に投入して溶解し(二次溶解)、ストリップキャスティングを行って鋳造することでSC二次鋳片を得た。このSC二次鋳片を用いて標準的な方法でR−Fe−B系焼結磁石を製造した。
【0034】
参考例1:HDDR処理におけるHD工程による脱炭効果の確認試験
実施例1に記載のR−Fe−B系焼結磁石の加工工程で発生したスクラップを、2mm×2mm×20mmの寸法で切り出して試料を調製した。この試料に対し、実施例1と同様にしてHDDR処理におけるHD工程を所定時間行った後、炉内の温度を室温まで冷却してから試料を炉内から取り出した。HD工程を行う前の試料、HD工程を15分間行った試料、HD工程を420分間行った試料のそれぞれを、走査型オージェ電子分光分析装置(FE−AES分析装置:アルバックファイ社製のPHI−700)の内部で真空破断し、破断面に存在する代表的なNdFe14B相(主相:HD工程を行った後においてはαFeやFeBで構成される部位)、Ndリッチ相(粒界相)、酸化物相(粒界3重点)について元素マッピングを行うとともに定性スペクトルを取得し、それぞれの炭素の局在分布を調べた。HD工程を行う前の試料の定性スペクトルを図3に、HD工程を15分間行った試料の定性スペクトルを図4に、HD工程を420分間行った試料の定性スペクトルを図5にそれぞれ示す。図3図5から明らかなように、HD工程を行う前の試料では、NdFe14B相、Ndリッチ相、酸化物相の全てにおいて炭素の存在が認められたが、HD工程を15分間行った試料では、NdFe14B相に由来するαFeやFeBで構成される部位とNdリッチ相における炭素の存在の程度が減少する一方で、酸化物相における炭素の存在の程度が増加し、HD工程を420分間行った試料では、HD工程を15分間行った試料で認められた酸化物相における炭素の存在の程度が減少した。以上の結果は、炭素を含むR−Fe−B系永久磁石合金に対してHD工程を行うと、合金組織に広く分布していた炭素が酸化物相に集約され、時間の経過とともに酸化物相に集約された炭素が徐々に放出されることで脱炭効果が得られることを示唆するものであった。なお、流気炉の出口において炉内からの排出ガスをサンプリングし、ガスクロマトグラフィーによってその成分分析を行ったところ、炭化水素(メタン)の存在が認められたことから、炭素を含む磁石合金に対してHD工程を行うと、磁石合金に含まれていた炭素は水素によって還元されることで炭化水素に変換されて放出されると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、R−Fe−B系永久磁石のスクラップやスラッジ、使用済み磁石などとして発生する炭素含有合金から炭素を効果的に除去して合金再生材料を製造する方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
図1
図2
図3
図4
図5