【実施例】
【0036】
1.第1実施例
鉄合金粉末として表1に示す組成の合金粉末を用意し、これにP量が20%の鉄−燐合金粉末を3%、および黒鉛粉末を1.5%を添加、混合し、混合粉末を得た。そして、この混合粉末を成形して、成形体密度6.4Mg/m
3であり外径10mm、高さ10mmの円柱状成形体、および成形体密度6.4Mg/m
3であり外径24mm、高さ8mmの円板状成形体を作製した。次に、これらの成形体を非酸化性雰囲気中、1130℃で60分間焼結し、試料番号01〜21の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表1に併せて示す。
【0037】
円柱状の焼結合金試料については、JIS規格Z2505に規定された焼結密度試験方法により焼結体密度を測定した。
【0038】
また、円柱状の焼結合金試料について、試料の断面を鏡面研磨した後、王水(硝酸:塩酸=1:3)で腐食し、その金属組織を200倍の倍率で顕微鏡観察を行った。さらに、三谷商事株式会社製WinROOFによって画像解析を行って炭化物の粒径を測定し、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物に占める割合を求めた。
【0039】
さらに、円柱状の焼結合金試料を大気中で100時間、900℃の温度で加熱し、加熱後にその重量増加量を測定した。
【0040】
一方、円板状の焼結合金試料はディスク材として用いて、JIS規格のSUS316L相当材にクロマイズ処理を施した外径15mm、長さ22mmのロールを相手材として、700℃で15分間の往復摺動を行うロールオンディスク摩擦摩耗試験を行った。試験後、ディスク材の摩耗量を測定した。
【0041】
これらの結果を表1に併せて示す。なお、評価の基準として、摩耗量は10μm以下、酸化による重量増加量は15g/m
2以下とした。
【0042】
【表1】
【0043】
[Crの影響]
表1の試料番号01〜08の焼結合金試料から焼結合金に対するCr量の影響を調べることができる。
【0044】
焼結体密度は、Cr量の増加にしたがい、わずかに低下する傾向を示す。これは、鉄合金粉末中のCr量の増加にしたがい、鉄合金粉末表面のクロムの不動態被膜の量が増加して、焼結時に緻密化し難くなるためと考えられる。このため、鉄合金粉末中のCr量が30%を超える試料番号08の試料では焼結体密度が6.8Mg/m
3を大きく下回っている。
【0045】
また、Crはフェライト安定化元素であるため、その増加にしたがい、焼結合金基地中のCの固溶量が低下してクロム炭化物の析出量が増加し、クロム炭化物が成長する。このたため、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は低下する傾向を示す。そして、鉄合金粉末中のCr量が30%を超える試料番号08の試料では、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%を下回っている。
【0046】
摩耗量は、フェライト安定化元素であるCr量の増加にしたがい、焼結合金基地中のCの固溶量が低下し、クロム炭化物の析出量が増加するため、鉄合金粉末中のCr量が25%までは(試料番号01〜06)、耐摩耗性が向上して摩耗量が低下する。しかしながら、鉄合金粉末中のCr量が25%を超えると(試料番号07、08)、析出するクロム炭化物の粗大化および焼結体密度低下にともなう焼結体強度の低下によって、摩耗量が増加する傾向を示している。そして、鉄合金粉末中のCr量が30%を超えると摩耗量が著しく増加している。
【0047】
鉄合金粉末中のCr量が15%に満たない試料番号01の焼結合金は、鉄合金基地中のCrが乏しく酸化増量が著しく大きい。一方、鉄合金粉末中のCr量が15%の試料番号02の焼結合金は、鉄合金基地に充分な量のCrが存在するため耐食性が向上し、酸化増量が14g/m
2まで低下している。また、Cr量の増加にしたがい、鉄合金基地の耐食性がより向上し、酸化増量は低下する傾向を示している。ただし、Cr量が30%を超える試料番号08は、Cr量の増加に関わらず酸化増量が15g/m
2を超えている。これは、最表面の酸化皮膜の形成自体は抑制されているが、焼結が十分に進行していないために気孔を通じて内部まで酸化が進行したためである。また、試料番号08はフェライト安定化元素であるCr量が多いため、磁性体となり、オーステナイト組織をほとんど含有せず、本発明に対して不向きである。
【0048】
以上より、鉄合金粉末中のCr量は15〜30%とする必要があることが分かる。また、焼結体密度は6.8Mg/m
3以上、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は90%以上とする必要があることが分かる。
【0049】
[Niの影響]
表1の試料番号04、09〜15の焼結合金試料から焼結合金に対するNi量の影響を調べることができる。
【0050】
焼結体密度は、Ni量の増加にしたがい徐々に増加する傾向を示す。この傾向は、Feよりも比重の大きいNiが増加するためであり、密度比はほぼ一定(密度比94%)となっている。すなわち、Ni量が多いほど、試料の真密度が高くなるが、これに対し成形体密度を6.4Mg/m
3と一定で成形するため、成形体の密度比は低下する。しかしながら、焼結時に鉄−燐−炭素共晶液相が発生するため、焼結体の密度比はこのNi量の範囲では一定となる。
【0051】
Niは鉄合金基地のオーステナイト化を促進するため、その添加量の増加にしたがい鉄合金基地中に析出する炭化物の総量は減少する。ただし、炭化物の総量が減少しても、各試料において、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は一定である。炭化物の総量が減少するため、摩耗量はごく僅かであるが増加する傾向を示す。ただし、鉄合金粉末中のNi量が24%までの範囲で、充分な量の炭化物が鉄合金基地中に析出するため、摩耗量は問題ない程度となっている。
【0052】
酸化増量は、Niを含有しない試料番号09の試料では16g/m
2であるが、鉄合金粉末中のNi量が7%の試料番号10の試料では、鉄合金基地の耐食性が向上して酸化増量が10g/m
2まで低下している。また、Ni量の増加にしたがい鉄合金基地の耐食性がより向上し、酸化増量は低下する傾向を示している。
【0053】
以上より、鉄合金粉末中のNi量が7%以上で耐食性向上効果が得られることが確認された。また、鉄合金粉末中のNi量が24質量%までは耐摩耗性および耐食性が良好であることが確認された。なお、Ni量がさらに増加すると、炭化物の総量が減少して摩耗量が増大することや、Niは高価であるため材料コストが増加することから、鉄合金粉末中のNi量は24%以下とする。
【0054】
[Siの影響]
表1の試料番号04、16〜21の焼結合金試料から焼結合金に対するSi量の影響を調べることができる。
【0055】
焼結体密度は、Si量の増加にしたがい徐々に低下する傾向を示す。この傾向は、Feよりも比重の小さいSiが増加するためであり、密度比としてはほぼ一定(密度比94%)となっている。すなわち、Si量が多い試料ほど真密度が小さくなるが、これに対し成形体密度を6.4Mg/m
3の一定で成形するため、成形体の密度比は増加する。しかしながら、焼結時に鉄−燐−炭素共晶液相が発生するため、焼結体の密度比はこのSi量の範囲では一定となる。ただし、Siは鉄合金基地を硬化するとともに脆化させる作用を有するため、鉄合金粉末中のSi量の増加にしたがい鉄合金粉末が硬くかつ脆くなる。これを高い密度比に成形するため、Si量が増加すると、成形が困難になる。このため、鉄合金粉末中のSi量が3%を超える試料番号21の試料は、成形が困難となって、成形体を得ることができなかった。
【0056】
Si量は炭化物の形成に影響を与えない。このため、試料番号04、16〜20の試料においては、Si量によらず、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は一定となっている。また、Siは酸化物を形成し鉄合金基地の耐摩耗性を増加させるため、Si量が増加するとごく僅かではあるが摩耗量が減少する傾向を示す。しかしながら、Si量が増加すると、鉄合金粉末表面のSi酸化物が焼結の進行を阻害して焼結体強度を低下させる。このため、鉄合金粉末中のSi量が1.5%を超えると、ごく僅かであるが摩耗量が増加する傾向を示す。
【0057】
酸化増量は、鉄合金粉末中のSi量が0.2%の試料番号16の試料では16g/m
2であるが、鉄合金粉末中のSi量が0.5%の試料番号17の試料では鉄合金基地の耐食性が向上して酸化増量が10g/m
2まで低下している。また、Si量の増加にしたがい鉄合金基地の耐食性がより向上し、酸化増量は低下する傾向を示している。
【0058】
以上より、鉄合金粉末中のSi量が0.5%以上で耐食性向上の効果を得られることが確認された。また、鉄合金粉末中のSi量が3%までは成形可能であるが、3%を超えると成形困難となることが確認された。これらのことから、鉄合金粉末中のSi量は0.5〜3%とする必要があると分かる。
【0059】
[第2実施例]
鉄合金粉末として第1実施例の試料番号04の焼結合金に使用した鉄合金粉末(Fe−20%Cr−8%Ni−0.8%Si)を用い、これに表2に示す組成および添加量の鉄−燐合金粉末、および黒鉛粉末1.5%を添加、混合して混合粉末を得た。そして、第1実施例と同様に成形及び焼結を行って、試料番号22〜33の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表2に併せて示す。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様の試験を行った。この結果についても表2に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表2に併記する。
【0060】
【表2】
【0061】
[Pの影響]
表2の試料番号04、22〜27の焼結合金試料から鉄−燐合金粉末の添加量の影響を調べることができる。
【0062】
鉄−燐合金粉末の添加量が小さく全体組成中のP量が0.2%に満たない試料番号22の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が乏しくなって焼結が促進されず、焼結体密度が著しく低くなっている。一方、鉄−燐合金粉末の添加量を増加して全体組成中のP量が0.2%となった試料番号23の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が充分となって焼結体密度が6.90Mg/m
3まで増加している。また、鉄−燐合金粉末の添加量をさらに増加させて全体組成中のP量を増加させると(試料番号04、24〜27)、P量の増加にしたがい鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して、焼結体密度が増加する傾向を示している。そして、全体組成中のP量が1質量%を超える試料番号27の試料では、焼結体密度が7.4Mg/m
3を超えている。
【0063】
鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して焼結が促進されると、クロム炭化物の成長が促されてクロム炭化物が粗大化する。このため、鉄−燐合金粉末の添加量が増加して全体組成中のP量が増加するにしたがい、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下する。この結果、全体組成中のP量が1%を超える試料番号27の焼結合金は、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%未満に低下している。
【0064】
摩耗量は、全体組成中のP量の増加にともない焼結体密度が増加し、焼結合金の強度が向上するため、全体組成中のP量が0.6%までの試料番号04、22〜24の焼結合金は、P量の増加にしたがい摩耗量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.6%を超える試料番号25〜27の焼結合金は、焼結合金の強度向上効果よりも、気孔量の減少や炭化物の粗大化の影響が大きい。気孔量が減少すると、気孔内面に形成されたクロムの不動態被膜が減少するため、鉄合金基地の塑性流動のストッパが減少する。また、炭化物が粗大になると、各炭化物間の距離が大きくなって鉄合金基地の塑性流動防止の機能が薄れる。このため、P量の増加にしたがい摩耗量が増加する傾向を示している。この結果、全体組成中のP量が1%を超える試料番号27の焼結合金は、摩耗量が大きくなり、10μmを超えている。
【0065】
酸化増量は、全体組成中のP量が0.8%までの試料番号04、22〜25の焼結合金において、全体組成中のP量の増加にともなう焼結体密度の増加により、焼結合金の表面積が減少して、酸化増量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.8%を超える試料番号26、27の焼結合金では、鉄−燐合金粉末が液相を発生して流出して形成される気孔(いわゆるカーケンダルボイド)の量が増加し、酸化増量が増加する傾向を示している。このため、鉄−燐合金粉末の添加量が過多な試料番号27の焼結合金は、酸化増量が著しく増加している。
【0066】
以上から、全体組成中のP量が0.2〜1%の範囲において、耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0067】
また、表2の試料番号04、28〜33の焼結合金試料から鉄−燐合金粉末のP量の影響を調べることができる。
【0068】
鉄−燐合金粉末中のP量が小さく全体組成中のP量が0.2%に満たない試料番号28の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が乏しくなって焼結が促進されず、焼結体密度が著しく低くなっている。一方、鉄−燐合金粉末中のP量を増加して全体組成中のP量を0.2%とした試料番号29の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が充分となって、焼結体密度が6.85Mg/m
3まで増加している。また、鉄−燐合金粉末中ののP量をさらに増加させて全体組成中のP量を増加させると(試料番号04、30〜33)、P量の増加にしたがい鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して、焼結体密度が増加する傾向を示している。そして、全体組成中のP量が1%を超える試料番号33の試料では、焼結体密度が7.4Mg/m
3を超えている。
【0069】
一方、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して焼結が促進されると、クロム炭化物の成長が促されてクロム炭化物が粗大化する。このため、鉄−燐合金粉末の添加量を増加して全体組成中のP量を増加させると、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下する傾向を示している。そして、全体組成中のP量が1%を超える試料番号33の焼結合金は、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%未満に低下している。
【0070】
摩耗量は、全体組成中のP量の増加にともない焼結体密度が増加し、焼結合金の強度が向上するため、全体組成中のP量が0.6%までの試料番号04、28〜30の焼結合金は、P量の増加にしたがい摩耗量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.6%を超える試料番号31〜33の焼結合金は、上述のように、焼結合金の強度向上効果よりも、気孔量の減少や炭化物の粗大化の影響が大きくなって、P量の増加にしたがい摩耗量が増加する傾向を示している。このため、全体組成中のP量が1%を超える試料番号33の焼結合金は、摩耗量が10μmを超えて大きく摩耗している。
【0071】
酸化増量は、全体組成中のP量が0.75%までの試料番号04、28〜31の焼結合金は、全体組成中のP量の増加にともなう焼結体密度の増加により、焼結合金の表面積が減少し、酸化増量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.75%を超える試料番号32、33の焼結合金は、鉄−燐合金粉末が液相を発生して流出して形成される気孔(いわゆるカーケンダルボイド)の量が増加することにより、酸化増量が増加する傾向を示している。このため、鉄−燐合金粉末の添加量が過多な試料番号33の焼結合金は、酸化増量が著しく増加する。
【0072】
以上から、鉄−燐合金粉末のP量が10〜30%において耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0073】
[第3実施例]
鉄合金粉末として第1実施例の試料番号04の焼結合金に使用した鉄合金粉末(Fe−20%Cr−8%Ni−0.8%Si)を用い、これにP量が20%の鉄−燐合金粉末を3%、および表3に示す添加量の黒鉛粉末を添加、混合して混合粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして試料番号34〜40の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表3に併せて示す。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様に試験を行った。これらの結果についても表3に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表3に併記する。
【0074】
【表3】
【0075】
[Cの影響]
表3の試料番号04、34〜40の焼結合金試料から全体組成中のC量(黒鉛粉末の添加量)の影響を調べることができる。
【0076】
全体組成中のC量が0.6%に満たない試料番号34の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が少なく焼結促進の効果が乏しいため、焼結体密度が6.8Mg/m
3を下回る低い値となっている。一方、全体組成中のC量が0.6%の試料番号35の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が充分となって、焼結体密度が6.80Mg/m
3まで増加している。また、全体組成中のC量が1.0〜3.0%の試料番号04、36〜39の焼結合金では、C量の増加にしたがい鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して、焼結体密度が増加する傾向を示している。ただし、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金は、添加された鉄−燐合金粉末が一定であるため、液相発生量は試料番号39の焼結合金の場合より多くはならない。このため、試料番号40の焼結合金は試料番号39の焼結合金と同じ密度となっている。
【0077】
一方、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して焼結が促進されると、クロム炭化物の成長が促されて粗大化する。このため、黒鉛粉末の添加量を増加して全体組成中のC量を増加させると、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下する傾向を示している。そして、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金は、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%未満に低下している。
【0078】
摩耗量は、全体組成中のC量が0.6%に満たない試料番号34の焼結合金では、焼結体密度が低いため、焼結体の強度が低くなって、摩耗量が大きくなっている。一方、全体組成中のC量が0.6%の試料番号35の焼結合金では、焼結体密度が6.8Mg/m
3に向上して焼結体の強度が充分となり、摩耗量が著しく低減している。また、全体組成中のC量が1.0〜2.0%の試料番号04、36、37の焼結合金では、C量の増加にしたがい、焼結体密度の増加にともなう焼結体強度の向上効果によって、摩耗量が低くなる傾向を示す。しかしながら、全体組成中のC量が2%を超える試料番号38〜40の試料では、C量の増加によって最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下するため、摩耗量が増加する傾向を示す。この結果、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金では摩耗量が10μmを超えている。
【0079】
全体組成中のC量が0.6%に満たない試料番号34の焼結合金では、焼結体密度が低いため、酸化増量が大きい。一方、全体組成中のC量が0.6%の試料番号35の焼結合金では、焼結体密度が6.8Mg/m
3に向上したことにより酸化増量が著しく低減されている。また、全体組成中のC量が1.0〜1.5%の試料番号04、36の焼結合金では、C量の増加にしたがい焼結体密度が増加するため、酸化増量が低くなる傾向を示す。しかしながら、全体組成中のC量が1.5%を超える試料番号37〜40の焼結合金では、C量の増加により鉄合金基地中に析出するクロム炭化物の総量が増加する結果、鉄合金基地中のCr量が少なくなって鉄合金基地の耐食性が低下し、酸化増量が増加する傾向を示す。このため、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金では、酸化増量が15g/m
2を超えて著しく増加している。
【0080】
以上から、全体組成中のC量(黒鉛粉末の添加量)が0.6〜3%において耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0081】
[第4実施例]
第1実施例の試料番号04の焼結合金の混合粉末を用い、表4に示す成形体密度および焼結温度において、試料番号41〜52の焼結合金試料を作製した。ただし、他の製造条件は第1実施例と同様である。これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様の試験を行った。これらの結果についても表4に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表4に併記する。
【0082】
【表4】
【0083】
[密度の影響]
表4の試料番号04、41〜46の焼結合金試料から成形体密度および焼結体密度の影響を調べることができる。
【0084】
表4の試料番号04、41〜46の焼結合金試料より、成形体密度が増加すると焼結体密度も増加することがわかる。成形体密度が6.0Mg/m
3に満たない試料番号41の焼結合金は、焼結体密度が6.8Mg/m
3を下回っているが、成形体密度が6.0Mg/m
3である試料番号42の焼結合金は、焼結体密度が6.8Mg/m
3となっている。また、成形体密度が6.8Mg/m
3の試料番号45の焼結合金は、焼結体密度が7.4Mg/m
3となっており、成形体密度が6.8Mg/m
3を上回る試料番号46の焼結合金は、焼結体密度が7.5Mg/m
3となっている。
【0085】
全炭化物に対する最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は焼結体密度によらず一定である。
【0086】
また、焼結体密度が6.8Mg/m
3を下回る試料番号41の焼結合金は、焼結体の強度が低いため摩耗量が大きい。一方、焼結体密度が6.8Mg/m
3の試料番号42の焼結合金では、焼結体の強度が充分となり、摩耗量が低減している。また、焼結体密度が7.2Mg/m
3の試料番号04の焼結合金までは、焼結体強度の増加によって摩耗量が低くなる傾向を示す。しかしながら、焼結体密度が7.2Mg/m
3を超えると、気孔量低下によるクロムの不動態被膜の量の低下により、摩耗量は増加する傾向を示す。その結果、焼結体密度が7.4Mg/m
3を超える試料番号46の焼結合金では、摩耗量が10μmを超えている。
【0087】
酸化増量は、焼結体密度の増加にともない低下する傾向を示している。ここで、焼結体密度が6.8Mg/m
3を下回る試料番号41の焼結合金は、気孔量が多く、このため酸化増量が多くなっているが、焼結体密度が6.8Mg/m
3である試料番号42の焼結合金は、酸化増量が14g/m
2まで低下している。
【0088】
以上から、焼結体密度が6.8〜7.4Mg/m
3において耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。また、焼結体密度を6.8〜7.4Mg/m
3とするためには、成形体密度を6.0〜6.8Mg/m
3とすればよいことが確認された。
【0089】
[焼結温度の影響]
表4の試料番号04、47〜52の焼結合金試料から焼結温度の影響を調べることができる。
【0090】
表4の試料番号04、47〜52の焼結合金試料より、焼結温度が高くなるにしたがい焼結が促進されて焼結体密度が増加することがわかる。焼結温度が1100℃に満たない試料番号47の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相が充分に発生せず、焼結体密度が6.8Mg/m
3を下回っているが、焼結温度が1100℃の試料番号48の焼結合金は焼結体密度が6.8Mg/m
3となっている。一方、焼結温度が1160℃の試料番号51の焼結合金は、焼結体密度が7.4Mg/m
3となっており、焼結温度が1160℃を超える試料番号52の焼結合金は、焼結が過度に進行して焼結体密度が7.4Mg/m
3を超えている。
【0091】
焼結温度が高くなると、鉄基地中に析出するクロム炭化物が成長し易くなる。このため、焼結温度が高くなるにしたがい、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は低下する傾向を示す。そして、焼結温度が1160℃を超える試料番号52の焼結合金では、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%を下回る。
【0092】
摩耗量は、焼結温度が1100℃に満たない試料番号47の焼結合金は、焼結体密度が6.8Mg/m
3を下回っており、焼結体の強度が低いため、10μmを超える値となっている。一方、焼結温度が1100℃の試料番号48の焼結合金では、焼結体の強度が充分となり、摩耗量が低減している。また、焼結温度が1130℃の試料番号04の焼結合金までは、焼結体強度の増加により摩耗量が低くなる傾向を示す。しかしながら、焼結温度が1130℃を超えると、気孔量低下によるクロムの不動態被膜の量の低下によって摩耗量が増加する傾向を示しており、焼結温度が1160℃を超える試料番号52の焼結合金では摩耗量が10μmを超えている。
【0093】
酸化増量は、焼結温度が高くなるにしたがい低下する傾向を示している。焼結温度が1100℃に満たない試料番号47の焼結合金は、焼結体密度が低いため気孔量が多く、このため酸化増量が多くなっているが、焼結体温度が1100℃の試料番号48の焼結合金では、気孔量が低下したため酸化増量が12g/m
2まで低下している。
【0094】
以上から、焼結温度が1100〜1160℃において焼結体密度を6.8〜7.4Mg/m
3にできること、およびこの範囲で焼結合金の耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0095】
[第5実施例]
鉄合金粉末として表5に示す組成の合金粉末を用意し、これにP量が20%の鉄−燐合金粉末を3%、および黒鉛粉末を1.5%を添加、混合した混合粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして試料番号53〜59の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表5に併せて示す。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様の試験を行った。これらの結果についても表5に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表5に併記する。
【0096】
【表5】
【0097】
[追加の成分元素の影響]
表5の試料番号04、53〜59の焼結合金試料より、鉄合金粉末に追加の成分元素を合金化して与える影響を調べることができる。本実施例においては、追加の成分元素としてMoを例として用いた。
【0098】
Moを含まない試料番号04の焼結合金に対して、Moを含有する試料番号53〜59の焼結合金は、焼結体密度が増加しており、Mo量が多くなるにしたがって焼結体密度が増加する傾向を示している。この傾向は、Feよりも比重の大きいMoが増加するためであり、密度比としてはほぼ一定(密度比94%)となっている。
【0099】
また、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は、Moを含まない試料番号04の焼結合金と、Moを含有する試料番号53〜59の焼結合金とで、ほぼ等しい。
【0100】
摩耗量は、Moが炭化物として析出して焼結合金の耐摩耗性を向上させるため、Mo量が多くなるにしたがい、低下する傾向を示す。ただし、Mo量が3%を超えてもそれ以上の摩耗量低減の効果は見られない。
【0101】
酸化増量は、Crよりも炭化物形成能が高いMoが積極的に炭化物として析出して、耐食性に寄与するCrが鉄合金基地から炭化物として析出することを防止するため、Mo量が多くなるにしたがい、若干低下する傾向を示す。ただし、Mo量が3%を超えてもそれ以上の摩耗量低減の効果は見られない。
【0102】
以上より、Moを鉄合金粉末に合金化して与えると、耐摩耗性および耐食性をさらに向上できることが確認された。また、Mo量は3%を超えてもそれ以上の耐摩耗性および耐食性の改善効果はないため、コストを考慮して3%以下とすることが好ましいことが確認された。