特許第5939384号(P5939384)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5939384
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】焼結合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160609BHJP
   C22C 38/56 20060101ALI20160609BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20160609BHJP
   B22F 3/10 20060101ALI20160609BHJP
【FI】
   C22C38/00 304
   C22C38/56
   C22C33/02 C
   C22C33/02 103C
   B22F3/10 E
【請求項の数】6
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2012-69771(P2012-69771)
(22)【出願日】2012年3月26日
(65)【公開番号】特開2013-199695(P2013-199695A)
(43)【公開日】2013年10月3日
【審査請求日】2015年2月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】日立化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】深江 大輔
(72)【発明者】
【氏名】河田 英昭
【審査官】 静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−255958(JP,A)
【文献】 特開平09−227982(JP,A)
【文献】 特開2009−263710(JP,A)
【文献】 特開2009−035786(JP,A)
【文献】 特開2009−035785(JP,A)
【文献】 特開平01−275703(JP,A)
【文献】 特開平11−140599(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 33/02、38/00−38/60
B22F 1/00−8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体組成が、質量比で、Cr:13.05〜29.62%、Ni:6.09〜23.70%、Si:0.44〜2.96%、P:0.2〜1.0%、C:0.6〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなり、
気孔が分散する鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散する金属組織を有し、
前記炭化物のうち、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物の面積の90%以上であり、
密度が6.8〜7.4Mg/mであることを特徴とする焼結合金。
【請求項2】
全体組成が、質量比で、Cr:13.05〜29.62%、Ni:6.09〜23.70%、Si:0.44〜2.96%、P:0.2〜1.0%、C:0.6〜3.0%、Mo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を合計で2.96質量%以下、残部Feおよび不可避不純物からなり、
気孔が分散する鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散する金属組織を有し、
前記炭化物のうち、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物の面積の90%以上であり、
密度が6.8〜7.4Mg/mであることを特徴とする焼結合金。
【請求項3】
前記焼結合金の表面および前記気孔の内面に窒化物が形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の焼結合金。
【請求項4】
質量比で、Cr:15〜30%、Ni:7〜24%、Si:0.5〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末に、
P:10〜30質量%の鉄−燐合金粉末を混合粉末全体の組成でPが0.2〜1.0質量%となる量、および黒鉛粉末を0.6〜3質量%を添加して混合した混合粉末を用い、この混合粉末を成形し、得られた成形体を1100〜1160℃において、常圧環境の非酸化性雰囲気ガス中で焼結して密度を6.8〜7.4Mg/mとし、
気孔が分散する鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散する金属組織を有し、前記炭化物のうち、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物の面積の90%以上の焼結合金を得ることを特徴とする焼結合金の製造方法。
【請求項5】
質量比で、Cr:15〜30%、Ni:7〜24%、Si:0.5〜3.0%、Mo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を合計で3質量%以下、残部Feおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末に、
P:10〜30質量%の鉄−燐合金粉末を混合粉末全体の組成でPが0.2〜1.0質量%となる量、および黒鉛粉末を0.6〜3質量%を添加して混合した混合粉末を用い、この混合粉末を成形し、得られた成形体を1100〜1160℃において、常圧環境の非酸化性雰囲気ガス中で焼結して密度を6.8〜7.4Mg/mとし、
気孔が分散する鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散する金属組織を有し、前記炭化物のうち、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物の面積の90%以上の焼結合金を得ることを特徴とする焼結合金の製造方法。
【請求項6】
前記非酸化性雰囲気が、窒素を10%以上含む窒素と水素との混合ガスもしくは窒素ガスからなることを特徴とする請求項4または5に記載の焼結合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばターボチャージャー用ターボ部品、特に耐熱性、耐食性および耐摩耗性が要求されるノズルボディ等に好適な焼結合金およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、内燃機関に付設されるターボチャージャーでは、内燃機関のエキゾーストマニホールドに接続されたタービンハウジングに、タービンが回転自在に支持され、タービンの外周側を囲うように複数のノズルベーンが回動可能に支持されている。タービンハウジングに流入した排気ガスは、外周側からタービンに流れ込んで軸方向へ排出され、その際にタービンを回転させる。そして、タービンの反対側で同じ軸に設けられたコンプレッサが回転することにより、内燃機関へ供給する空気が圧縮される。
【0003】
ここで、ノズルベーンは、ノズルボディやマウントノズルといった名称で呼ばれるリング状の部品に回動可能に支持されている。ノズルベーンの軸はノズルボディを貫通し、そこでリンク機構に接続されている。そして、リンク機構が駆動されることによりノズルベーンが回動し、排気ガスがタービンに流れ込む流路の開度が調整される。本発明が対象とするのは、例えばノズルボディ(マウントノズル)あるいはこれに装着されるプレートノズルといった、タービンハウジング内に設けられるターボ部品である。
【0004】
上記のようなターボチャージャー用ターボ部品は、高温の腐食性ガスである排気ガスと接触するため耐熱性と耐食性が要求されるとともに、ノズルベーンと摺接するために耐摩耗性も要求される。このため、従来、例えば高Cr鋳鋼や、JIS規格で規定されているSCH22種に耐食性向上の目的でCr表面処理を施した耐摩耗性材料等が使用されている。また、耐熱性とともに耐食性および耐摩耗性に優れ、しかも価格が低廉な部品として、フェライト系ステンレス鋼の基地中に炭化物を分散させた耐熱耐摩耗性焼結部品が提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3784003号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の焼結部品は液相焼結により得られるため、寸法精度の要求が厳しい場合、機械加工を施す必要がある。ところが、硬い炭化物が多量に析出しているため被削性が悪く、被削性の改善が望まれている。さらに、ターボチャージャーの構成部品は、一般にオーステナイト系耐熱材料で構成されるが、特許文献1に記載のターボチャージャー用ターボ部品はフェライト系の材料から構成されている。この場合、周囲の部材と熱膨張係数が異なるため、両者の材料からなる構成部品間に隙間が生じ易く、これらの接続が不十分となるなど、適用にあたって部品設計が難しく、周囲のオーステナイト系耐熱材料と同等の熱膨張係数であることが望まれている。
【0007】
したがって、本発明は、耐熱性、耐食性、耐摩耗性および被削性に優れ、オーステナイト系耐熱材料と同等の熱膨張係数を有し、部品設計が容易な焼結合金およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明の焼結合金は、第1に、オーステナイト系ステンレス鋼組成の鉄合金基地中に微細な炭化物が均一に分散する金属組織を有することを特徴とする。すなわち、基地組織をオーステナイト系ステンレス鋼組成の鉄合金とすることで、高温における耐熱性および耐食性を確保するとともに一般のオーステナイト系耐熱材料と同等の熱膨張係数を確保する。また、このような鉄合金基地中に微細な炭化物を均一に分散させることで、基地中の炭化物の存在割合を増加し、相手部材との接触においてより多くの炭化物粒子を介在させることで耐摩耗性を向上させている。また、均一に分散させるため炭化物は鉄合金基地中から析出分散させて生成する。ここで、析出する炭化物はクロム炭化物が主となる。鉄合金基地中のクロムは耐熱性および耐食性の確保に必要な元素であるため、通常、これが過度に炭化物として析出すると鉄合金基地の耐熱性および耐食性が低下する。この点、本発明においては、クロム炭化物は微細に析出するため、炭化物周囲の鉄合金基地のクロム濃度の低下が僅かであり、極端にクロム濃度が低下した部位が発生せず、鉄合金基地の耐熱性および耐食性の低下を抑制できる。
【0009】
また、本発明の焼結合金は、第2に、その密度が一定の範囲に限定されていることを特徴とする。従来、焼結合金中に分散する気孔は破壊の起点になり易いこと、および多量であると焼結合金の表面積が増加して耐食性が低下すること、から気孔を低減してこれらの影響を小さくすることが提案されている(例えば特許文献1等)。このような従来技術に対し、本発明の焼結合金においては、焼結合金の表面に形成されるクロムの不動態被膜に着目し、焼結合金の密度を所定の範囲として気孔の量を適量存在させて、焼結合金表面および気孔内面にクロムの不動態被膜を積極的に形成する。クロムの不動態被膜は硬くかつ焼結合金表面および気孔内面に強固に固着する。本発明の焼結合金においては、このようなクロムの不動態被膜を焼結合金表面および気孔内面に積極的に形成することで耐食性および耐摩耗性の向上を図っている。
【0010】
上記の技術的特徴を有する本発明の焼結合金は、具体的には、全体組成が、質量比で、Cr:13.05〜29.62%、Ni:6.09〜23.70%、Si:0.44〜2.96%、P:0.2〜1.0%、C:0.6〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなり、気孔が分散する鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散した金属組織を有し、最大径が1〜10μmの炭化物が上記炭化物の全面積の90%以上を占め、密度が6.8〜7.4Mg/mであることを特徴とする。本発明の焼結合金においては、全体組成において、さらにMo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を2.96質量%以下含むことや、焼結合金表面および気孔内面に窒化物が形成されていることを好ましい態様とする。
【0011】
また、本発明の焼結合金の製造方法は、質量比で、Cr:15〜30%、Ni:7〜24%、Si:0.5〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末に、P:10〜30質量%の鉄−燐合金粉末を混合粉末全体の組成でPが0.2〜1.0質量%となる量、および黒鉛粉末を0.6〜3.0質量%を添加して混合した混合粉末を用い、この混合粉末を成形し、得られた成形体を1100〜1160℃において、常圧環境の非酸化性ガス雰囲気中で焼結して密度を6.8〜7.4Mg/mとし、
気孔が分散する鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散する金属組織を有し、前記炭化物のうち、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物の面積の90%以上の焼結合金を得ることを特徴とする。
【0012】
以下、本発明における数値限定の根拠について本発明の作用とともに説明する。なお、以下で用いる「%」は「質量%」を意味する。
【0013】
[混合粉末の成分組成および焼結合金の成分組成]
本発明の焼結合金の鉄合金基地はオーステナイト系ステンレス鋼組成とする。オーステナイト系ステンレス鋼は、FeにCrおよびNiを固溶させた鉄合金であり、耐食性および耐熱性が高く、熱膨張係数も一般のオーステナイト系耐熱材料と同等である。このような鉄合金基地を得るため、FeにCrおよびNiを固溶させた鉄合金粉末を主原料粉末として用いる。これらの元素は鉄(または鉄合金)に合金化されて与えられるため、焼結合金の基地中に一様に分布して耐食性および耐熱性の効果を発揮する。
【0014】
本発明の焼結合金の鉄合金基地は、Cr量を12%以上とすることで酸化性の酸に対する良好な耐食性を示す。このことから、鉄合金粉末に含有されるCrの一部が焼結時に炭化物として析出しても焼結体の鉄合金基地に十分なCr量が残留するように、鉄合金粉末のCr量を15%以上とする。一方、鉄合金粉末中のCr量が30%を超えると脆いσ相が形成されるようになり、鉄合金粉末の圧縮性が著しく損なわれる。これらのことから、本発明においては、主原料粉末である鉄合金粉末のCr量を15〜30%とする。
【0015】
鉄合金基地は、Ni量を3.5%以上とすることで非酸化性の酸に対する耐食性を改善でき、10%以上でCr量とは無関係に非酸化性の酸に対する良好な耐食性が得られる。一方、焼結体の鉄合金基地にNiを24%を超えて含有させても耐食性向上の効果は変わらないこと、およびNiは高価な元素であることから、鉄合金粉末に含有させるNi量の上限を24%とする。したがって、本発明においては、鉄合金粉末のNi量を7〜24%、好ましくは10〜22%とする。
【0016】
なお、鋼の耐食性はオーステナイト組織の方が結晶学的に原子密度が高いため、フェライト組織よりも優れる。このため、焼結後に得られる鉄合金基地組織がオーステナイト組織となるように、Cr量とNi量を調整して鉄合金粉末に含有させることがより好ましい。たとえば、Fe−Cr−Ni系合金の焼鈍し組織図において、横軸をCr量、縦軸をNi量とし、A点(Cr量:15%、Ni量:7.5%)、B点(Cr量:18%、Ni量:6.5%)、C点(Cr量:24%、Ni量:18%)とする。このA点−B点−C点を結ぶ折れ線よりNi量が多い領域でオーステナイト組織が得られる。したがって、Cr量とNi量がこの領域に含まれるように調整すればよい。
【0017】
鉄合金粉末は、酸化し易いCrを多量に含むため、鉄合金粉末の製造時にSiを脱酸剤として溶湯に添加する。また、Siを鉄合金基地中に固溶して与えると、基地の耐酸化性および耐熱性を高める効果がある。鉄合金粉末中のSi量が0.5%未満ではその効果が乏しく、一方、3.0%を超えると鉄合金粉末が硬くなり過ぎて圧縮性を著しく損なう。よって、鉄合金粉末中のSi量は0.5〜3.0%とする。
【0018】
また、鉄合金粉末はCr含有量が多いため焼結が進行し難い。このため、本発明においては、鉄−燐合金粉末を鉄合金粉末に添加し、焼結時に鉄−燐−炭素共晶液相を発生させて焼結を促進させる。鉄−燐合金粉末のP含有量は、10%未満では十分に液相が発生せず、焼結体の緻密化に寄与しない。一方、30%を超えると鉄−燐合金粉末の粉末硬さが増加して混合粉末の圧縮性が著しく損なわれる。また、全体組成中のP量が0.2%未満では液相発生量が少なくなり焼結促進の効果が乏しくなる。一方、全体組成中のP量が1.0%を超えると、過度に焼結が進行して、後述の焼結合金の密度の上限である7.4Mg/mを超えて緻密化される。さらに、鉄−燐合金粉末が液相となって流出し易く、鉄−燐合金粉末が存在していた箇所が気孔として残留(いわゆるカーケンダルボイド)し、鉄合金基地中に粗大な気孔が多量に形成されるため、耐食性が低下する。以上から、鉄−燐合金粉末は、P量が10〜30%であり残部がFeのものを用い、その添加量は混合粉末の全体組成中のP量が0.2〜1.0%となる量とする。
【0019】
このような鉄合金粉末に黒鉛粉末を添加して焼結することで、Cを鉄合金基地に拡散させ、鉄合金基地中のCrと結合させてクロム炭化物として析出分散させることができる。黒鉛粉末の形態で付与されたCは、鉄−燐合金粉末とともに、鉄−燐−炭素の共晶液相を発生し、焼結を促進させる。ここで、黒鉛粉末の添加量が0.6%に満たないと、炭化物の析出量が過少となり耐摩耗性向上の効果が乏しくなる。また、焼結促進の効果が乏しくなるため焼結体の密度が増加せず、焼結体の強度が低くなって耐摩耗性が低くなる。一方、黒鉛粉末の添加量が3.0%を超えると炭化物の析出量が過多となり、相手材の摩耗を促進するとともに、鉄合金基地中のCr量が低下して耐熱性および耐食性が低下する。また、鉄−燐−炭素の共晶液相が多量に発生し、過度に焼結が進行して、後述の焼結合金の密度の上限である7.4Mg/mを超えて緻密化される。よって、黒鉛粉末の添加量は0.6〜3.0%とする。
【0020】
本発明の焼結合金の製造方法においては、鉄合金粉末が、さらにMo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を3質量%以下含むことが好ましい。炭化物生成元素であるMo、V、W、Nb、およびTiはCrよりも炭化物生成能が強いため、Crよりも優先的に炭化物を形成する。このため、これらの元素を含有させることによって鉄合金基地のCr濃度低下を防止することができるため、基地の耐熱性および耐食性を向上させる効果がある。また、Cと結合して合金炭化物を形成し耐摩耗性を向上させる効果も得ることができる。Mo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を用いる場合、鉄合金粉末中に固溶させる量は、3%を超えると粉末自体を硬化させるため圧縮性を低下させる。また、これらの追加成分は高価であるため、過度の使用は製造コストの増加につながる。これらのことから、鉄合金粉末中にMo、V、W、Nb、およびTiのうちの少なくとも1種を与える場合、その量は3%以下とする。
【0021】
以上の鉄合金粉末に鉄−燐合金粉末および黒鉛粉末を添加した混合粉末により製造される本発明の焼結合金は、上記の各粉末の成分の限定理由および添加量の限定理由より、全体組成が、Cr:13.05〜29.62%、Ni:6.09〜23.70%、Si:0.44〜2.96%、P:0.2〜1.0%、C:0.6〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物となる。また、鉄合金粉末にMo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を含有させる場合、これらは全体組成に対して、2.96質量%以下となる。
【0022】
[成形体密度および焼結合金密度]
本発明の焼結合金においては、焼結合金の密度を6.8〜7.4Mg/mとする。焼結合金は、混合粉末を成形して得られた成形体を焼結して得るため、成形体の粉末どうしの隙間が焼結後も気孔として残留する。気孔量が多くなると、気孔量に逆比例して強度および耐摩耗性が低下する。このため、一般に、焼結合金の強度および耐摩耗性を増加させるためには焼結合金の密度を向上させて気孔量を低減する方策が採られる。
【0023】
しかしながら、本発明の焼結合金を、例えばターボチャージャー用部品として使用する場合、高温下での排気ガス中の酸素によって焼結合金表面および気孔内面にクロムの不動態被膜を形成して、このクロムの不動態被膜を用いて耐摩耗性を向上させる。したがって、所定の気孔量が必要である。すなわち、クロムの不動態被膜は硬くかつ焼結合金表面に強固に固着しているため、焼結合金の表面をクロムの不動態被膜で覆うことで鉄合金基地の相手材への凝着を防止する。さらに、適量の気孔を焼結合金中に分散させて、この気孔の内面をクロムの不動態被膜で覆うことで、気孔が鉄合金基地の塑性流動を防止するストッパとして作用し、焼結合金の耐摩耗性が向上する。このため、焼結合金の密度の上限を7.4Mg/mとする。焼結合金の密度が7.4Mg/mを超えると、気孔量が減少する結果、鉄合金基地の塑性流動のストッパが減少して耐摩耗性が低下する。一方、焼結合金の密度が過度に低いと、焼結合金の強度が低下し、耐摩耗性が低下する。このため、焼結合金の密度の下限を6.8Mg/mとする。
【0024】
上記の混合粉末を用いて成形した成形体を後述する焼結温度(1100〜1160℃)で焼結して、焼結合金の密度を6.8〜7.4Mg/mとするためには、成形体の密度を6.0〜6.8Mg/mとする必要がある。成形体の密度が6.0Mg/mを下回ると、焼結体の密度が6.8Mg/mを下回る。また、成形体の密度が6.8Mg/mを超えると、焼結体の密度が7.4Mg/mを超える。
【0025】
[焼結温度]
焼結温度は1100〜1160℃とする。焼結温度が1100℃に満たないと、焼結が進行せず焼結体強度が低下するとともに耐摩耗性が低下する。また、鉄−燐−炭素共晶液相が充分に発生しないため、焼結合金の密度を6.8Mg/m以上とすることが難しい。一方、焼結温度が1160℃を超えると炭化物粒子が粗大となって、所望の大きさの炭化物を所定量得難くなる。さらに、焼結が過度に進行して焼結合金の密度が7.4Mg/mを超える。
【0026】
[焼結雰囲気]
一般に、クロム含有量が多い焼結合金を作製する場合、焼結を活性に行うため、原料粉末であるクロム含有合金粉末の表面に形成された不動態被膜を除去する。したがって、通常、焼結は真空雰囲気あるいは減圧雰囲気中で行われる。しかしながら、本発明の焼結合金は密度が6.8〜7.4Mg/mで良く、鉄−燐合金粉末を添加して焼結時に液相を発生させて焼結を促進させることができるため、高価な真空雰囲気あるいは減圧雰囲気を用いる必要がない。すなわち、一般の焼結部品の製造において用いられる常圧環境の非酸化性ガス雰囲気を用いることができ、安価に焼結を行うことができる。
【0027】
また、本発明においては、焼結を、窒素を10%以上含む窒素と水素との混合ガスもしくは窒素ガスにおいて行うことが好ましく、焼結合金の表面および気孔の内面に窒化物を形成することを好ましい態様とする。窒素と水素との混合ガスとしては、窒素ガスと水素ガスの混合ガス、アンモニア分解ガス、アンモニア分解ガスに窒素を混合した混合ガス、アンモニア分解ガスに水素を混合した混合ガス等が挙げられる。このような窒素を10%以上含むガス雰囲気中で焼結を行うと、焼結合金の表面および気孔の内面に、硬い窒化物(主にクロムの窒化物)が形成され、焼結合金の耐摩耗性を向上させることができるので好ましい。なお、この場合、雰囲気中から焼結合金に含有されるN量は極微量であり、焼結合金の不可避不純物として含有される程度の量である。
【0028】
[炭化物の大きさ]
本発明の焼結合金においては、炭化物を微細なものする。すなわち、粗大な炭化物が基地中に分散すると、その分散が粗となり、各炭化物間の距離が大きくなって炭化物の存在しない部分の面積が大きくなる。このため、相手材と摺動した際に、この炭化物の存在しない部分が相手材と接触し、摺動時に鉄合金基地が塑性流動して摩耗が進行し易くなる。
【0029】
一方、炭化物を微細にすると、その分散が密となり、各炭化物間の距離が小さくなって炭化物の存在しない部分の面積が小さくなる。この場合、相手材と摺動した際に、密な炭化物が相手材と接触して鉄合金基地の接触を低減し、鉄合金基地の塑性流動を防止するため、摩耗の進行が抑制される。
【0030】
ただし、炭化物が過度に微細であると、存在割合は増加するものの、相手材との摺動時に、相手材との接触によって炭化物が容易に鉄合金基地へめり込む。この結果、相手材と鉄合金基地の接触が生じ、鉄合金基地が塑性流動し易くなって、摩耗し易くなる。
【0031】
これらの観点から、炭化物は、最大径で1〜10μmの炭化物粒子とするとともに、このような炭化物粒子を全炭化物の面積の90%以上とする必要がある。最大径が10μmを超える炭化物が全炭化物の面積の10%を超える場合、炭化物の鉄合金基地における存在割合が低下して、炭化物が存在しない部分で摩耗が進行し易くなる。また、最大径が1μm未満の炭化物が全炭化物の面積の10%を超える場合、過度に微細な炭化物が鉄合金基地とともに塑性流動して、摩耗が進行し易くなる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、耐熱性、耐食性、耐摩耗性および被削性に優れ、オーステナイト系耐熱材料と同等の熱膨張係数を有し、部品設計が容易な焼結合金を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0033】
(1)第1実施形態
本発明を実施形態によってさらに詳細に説明する。まず、Cr:15〜30%、Ni:7〜24%、Si:0.5〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末、P:10〜30%の鉄−燐合金粉末、および黒鉛粉末を用意する。そして、鉄合金粉末に、鉄−燐合金粉末を混合粉末全体の組成でPが0.2〜1.0%となる量、および黒鉛粉末を0.6〜3.0%を添加・混合して混合粉末を得る。この混合粉末を成形体密度が6.0〜6.8Mg/mとなるように所望の形状に成形する。次に、得られた成形体を1100〜1160℃、常圧環境の非酸化性雰囲気ガス中において焼結する。これにより、全体組成が、Cr:13.05〜29.62%、Ni:6.09〜23.70%、Si:0.44〜2.96%、P:0.2〜1.0%、C:0.6〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる焼結合金を得ることができる。
【0034】
この焼結合金は、オーステナイト系ステンレス鋼組成の鉄合金基地中に炭化物が均一に析出分散する金属組織を有し、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物の面積の90%以上であり、密度が6.8〜7.4Mg/mである。そして、焼結合金表面および気孔内面にクロムの不動態皮膜を積極的に形成したものである。オーステナイト系ステンレス鋼組成であるため、高温における耐熱性、耐食性に優れている。さらに、焼結合金表面および気孔の内面が密着性の高いクロムの不動態皮膜で覆われているため、耐食性および耐摩耗性により優れたものとなっている。また、析出分散した炭化物が微細であるため、被削性に優れている。そして、微細な炭化物が鉄合金基地に高密度に分散しているため、より多くの炭化物粒子が相手材と接触する。このため、鉄合金基地の相手材との接触が低減され、耐摩耗性が高い。また、鉄合金基地に適量の気孔が分散しており、この気孔内面が硬いクロムの不動態膜で覆われているため、鉄合金基地の塑性流動を防止することができる。
【0035】
(2)第2実施形態
上記第1実施形態において、さらに、Mo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を鉄合金粉末に3%以下与えて上記と同様に混合粉末を作製し、上記と同様にして焼結合金を製造する。この場合、第1実施形態で得られる焼結合金の全体組成に、さらに、Mo、V、W、NbおよびTiのうちの1種以上を2.96%以下含む焼結合金を得ることができる。炭化物生成元素であるMo、V、W、Nb、およびTiはCrよりも炭化物生成能が強いため、Crよりも優先的に炭化物を形成する。このため、鉄合金基地のCr濃度低下を防止することができるため、基地の耐熱性および耐食性がさらに向上したものとなる。また、これらの追加元素はCと結合して合金炭化物を形成するため、耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【実施例】
【0036】
1.第1実施例
鉄合金粉末として表1に示す組成の合金粉末を用意し、これにP量が20%の鉄−燐合金粉末を3%、および黒鉛粉末を1.5%を添加、混合し、混合粉末を得た。そして、この混合粉末を成形して、成形体密度6.4Mg/mであり外径10mm、高さ10mmの円柱状成形体、および成形体密度6.4Mg/mであり外径24mm、高さ8mmの円板状成形体を作製した。次に、これらの成形体を非酸化性雰囲気中、1130℃で60分間焼結し、試料番号01〜21の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表1に併せて示す。
【0037】
円柱状の焼結合金試料については、JIS規格Z2505に規定された焼結密度試験方法により焼結体密度を測定した。
【0038】
また、円柱状の焼結合金試料について、試料の断面を鏡面研磨した後、王水(硝酸:塩酸=1:3)で腐食し、その金属組織を200倍の倍率で顕微鏡観察を行った。さらに、三谷商事株式会社製WinROOFによって画像解析を行って炭化物の粒径を測定し、最大径が1〜10μmの炭化物が全炭化物に占める割合を求めた。
【0039】
さらに、円柱状の焼結合金試料を大気中で100時間、900℃の温度で加熱し、加熱後にその重量増加量を測定した。
【0040】
一方、円板状の焼結合金試料はディスク材として用いて、JIS規格のSUS316L相当材にクロマイズ処理を施した外径15mm、長さ22mmのロールを相手材として、700℃で15分間の往復摺動を行うロールオンディスク摩擦摩耗試験を行った。試験後、ディスク材の摩耗量を測定した。
【0041】
これらの結果を表1に併せて示す。なお、評価の基準として、摩耗量は10μm以下、酸化による重量増加量は15g/m以下とした。
【0042】
【表1】
【0043】
[Crの影響]
表1の試料番号01〜08の焼結合金試料から焼結合金に対するCr量の影響を調べることができる。
【0044】
焼結体密度は、Cr量の増加にしたがい、わずかに低下する傾向を示す。これは、鉄合金粉末中のCr量の増加にしたがい、鉄合金粉末表面のクロムの不動態被膜の量が増加して、焼結時に緻密化し難くなるためと考えられる。このため、鉄合金粉末中のCr量が30%を超える試料番号08の試料では焼結体密度が6.8Mg/mを大きく下回っている。
【0045】
また、Crはフェライト安定化元素であるため、その増加にしたがい、焼結合金基地中のCの固溶量が低下してクロム炭化物の析出量が増加し、クロム炭化物が成長する。このたため、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は低下する傾向を示す。そして、鉄合金粉末中のCr量が30%を超える試料番号08の試料では、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%を下回っている。
【0046】
摩耗量は、フェライト安定化元素であるCr量の増加にしたがい、焼結合金基地中のCの固溶量が低下し、クロム炭化物の析出量が増加するため、鉄合金粉末中のCr量が25%までは(試料番号01〜06)、耐摩耗性が向上して摩耗量が低下する。しかしながら、鉄合金粉末中のCr量が25%を超えると(試料番号07、08)、析出するクロム炭化物の粗大化および焼結体密度低下にともなう焼結体強度の低下によって、摩耗量が増加する傾向を示している。そして、鉄合金粉末中のCr量が30%を超えると摩耗量が著しく増加している。
【0047】
鉄合金粉末中のCr量が15%に満たない試料番号01の焼結合金は、鉄合金基地中のCrが乏しく酸化増量が著しく大きい。一方、鉄合金粉末中のCr量が15%の試料番号02の焼結合金は、鉄合金基地に充分な量のCrが存在するため耐食性が向上し、酸化増量が14g/mまで低下している。また、Cr量の増加にしたがい、鉄合金基地の耐食性がより向上し、酸化増量は低下する傾向を示している。ただし、Cr量が30%を超える試料番号08は、Cr量の増加に関わらず酸化増量が15g/mを超えている。これは、最表面の酸化皮膜の形成自体は抑制されているが、焼結が十分に進行していないために気孔を通じて内部まで酸化が進行したためである。また、試料番号08はフェライト安定化元素であるCr量が多いため、磁性体となり、オーステナイト組織をほとんど含有せず、本発明に対して不向きである。
【0048】
以上より、鉄合金粉末中のCr量は15〜30%とする必要があることが分かる。また、焼結体密度は6.8Mg/m以上、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は90%以上とする必要があることが分かる。
【0049】
[Niの影響]
表1の試料番号04、09〜15の焼結合金試料から焼結合金に対するNi量の影響を調べることができる。
【0050】
焼結体密度は、Ni量の増加にしたがい徐々に増加する傾向を示す。この傾向は、Feよりも比重の大きいNiが増加するためであり、密度比はほぼ一定(密度比94%)となっている。すなわち、Ni量が多いほど、試料の真密度が高くなるが、これに対し成形体密度を6.4Mg/mと一定で成形するため、成形体の密度比は低下する。しかしながら、焼結時に鉄−燐−炭素共晶液相が発生するため、焼結体の密度比はこのNi量の範囲では一定となる。
【0051】
Niは鉄合金基地のオーステナイト化を促進するため、その添加量の増加にしたがい鉄合金基地中に析出する炭化物の総量は減少する。ただし、炭化物の総量が減少しても、各試料において、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は一定である。炭化物の総量が減少するため、摩耗量はごく僅かであるが増加する傾向を示す。ただし、鉄合金粉末中のNi量が24%までの範囲で、充分な量の炭化物が鉄合金基地中に析出するため、摩耗量は問題ない程度となっている。
【0052】
酸化増量は、Niを含有しない試料番号09の試料では16g/mであるが、鉄合金粉末中のNi量が7%の試料番号10の試料では、鉄合金基地の耐食性が向上して酸化増量が10g/mまで低下している。また、Ni量の増加にしたがい鉄合金基地の耐食性がより向上し、酸化増量は低下する傾向を示している。
【0053】
以上より、鉄合金粉末中のNi量が7%以上で耐食性向上効果が得られることが確認された。また、鉄合金粉末中のNi量が24質量%までは耐摩耗性および耐食性が良好であることが確認された。なお、Ni量がさらに増加すると、炭化物の総量が減少して摩耗量が増大することや、Niは高価であるため材料コストが増加することから、鉄合金粉末中のNi量は24%以下とする。
【0054】
[Siの影響]
表1の試料番号04、16〜21の焼結合金試料から焼結合金に対するSi量の影響を調べることができる。
【0055】
焼結体密度は、Si量の増加にしたがい徐々に低下する傾向を示す。この傾向は、Feよりも比重の小さいSiが増加するためであり、密度比としてはほぼ一定(密度比94%)となっている。すなわち、Si量が多い試料ほど真密度が小さくなるが、これに対し成形体密度を6.4Mg/mの一定で成形するため、成形体の密度比は増加する。しかしながら、焼結時に鉄−燐−炭素共晶液相が発生するため、焼結体の密度比はこのSi量の範囲では一定となる。ただし、Siは鉄合金基地を硬化するとともに脆化させる作用を有するため、鉄合金粉末中のSi量の増加にしたがい鉄合金粉末が硬くかつ脆くなる。これを高い密度比に成形するため、Si量が増加すると、成形が困難になる。このため、鉄合金粉末中のSi量が3%を超える試料番号21の試料は、成形が困難となって、成形体を得ることができなかった。
【0056】
Si量は炭化物の形成に影響を与えない。このため、試料番号04、16〜20の試料においては、Si量によらず、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は一定となっている。また、Siは酸化物を形成し鉄合金基地の耐摩耗性を増加させるため、Si量が増加するとごく僅かではあるが摩耗量が減少する傾向を示す。しかしながら、Si量が増加すると、鉄合金粉末表面のSi酸化物が焼結の進行を阻害して焼結体強度を低下させる。このため、鉄合金粉末中のSi量が1.5%を超えると、ごく僅かであるが摩耗量が増加する傾向を示す。
【0057】
酸化増量は、鉄合金粉末中のSi量が0.2%の試料番号16の試料では16g/mであるが、鉄合金粉末中のSi量が0.5%の試料番号17の試料では鉄合金基地の耐食性が向上して酸化増量が10g/mまで低下している。また、Si量の増加にしたがい鉄合金基地の耐食性がより向上し、酸化増量は低下する傾向を示している。
【0058】
以上より、鉄合金粉末中のSi量が0.5%以上で耐食性向上の効果を得られることが確認された。また、鉄合金粉末中のSi量が3%までは成形可能であるが、3%を超えると成形困難となることが確認された。これらのことから、鉄合金粉末中のSi量は0.5〜3%とする必要があると分かる。
【0059】
[第2実施例]
鉄合金粉末として第1実施例の試料番号04の焼結合金に使用した鉄合金粉末(Fe−20%Cr−8%Ni−0.8%Si)を用い、これに表2に示す組成および添加量の鉄−燐合金粉末、および黒鉛粉末1.5%を添加、混合して混合粉末を得た。そして、第1実施例と同様に成形及び焼結を行って、試料番号22〜33の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表2に併せて示す。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様の試験を行った。この結果についても表2に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表2に併記する。
【0060】
【表2】
【0061】
[Pの影響]
表2の試料番号04、22〜27の焼結合金試料から鉄−燐合金粉末の添加量の影響を調べることができる。
【0062】
鉄−燐合金粉末の添加量が小さく全体組成中のP量が0.2%に満たない試料番号22の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が乏しくなって焼結が促進されず、焼結体密度が著しく低くなっている。一方、鉄−燐合金粉末の添加量を増加して全体組成中のP量が0.2%となった試料番号23の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が充分となって焼結体密度が6.90Mg/mまで増加している。また、鉄−燐合金粉末の添加量をさらに増加させて全体組成中のP量を増加させると(試料番号04、24〜27)、P量の増加にしたがい鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して、焼結体密度が増加する傾向を示している。そして、全体組成中のP量が1質量%を超える試料番号27の試料では、焼結体密度が7.4Mg/mを超えている。
【0063】
鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して焼結が促進されると、クロム炭化物の成長が促されてクロム炭化物が粗大化する。このため、鉄−燐合金粉末の添加量が増加して全体組成中のP量が増加するにしたがい、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下する。この結果、全体組成中のP量が1%を超える試料番号27の焼結合金は、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%未満に低下している。
【0064】
摩耗量は、全体組成中のP量の増加にともない焼結体密度が増加し、焼結合金の強度が向上するため、全体組成中のP量が0.6%までの試料番号04、22〜24の焼結合金は、P量の増加にしたがい摩耗量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.6%を超える試料番号25〜27の焼結合金は、焼結合金の強度向上効果よりも、気孔量の減少や炭化物の粗大化の影響が大きい。気孔量が減少すると、気孔内面に形成されたクロムの不動態被膜が減少するため、鉄合金基地の塑性流動のストッパが減少する。また、炭化物が粗大になると、各炭化物間の距離が大きくなって鉄合金基地の塑性流動防止の機能が薄れる。このため、P量の増加にしたがい摩耗量が増加する傾向を示している。この結果、全体組成中のP量が1%を超える試料番号27の焼結合金は、摩耗量が大きくなり、10μmを超えている。
【0065】
酸化増量は、全体組成中のP量が0.8%までの試料番号04、22〜25の焼結合金において、全体組成中のP量の増加にともなう焼結体密度の増加により、焼結合金の表面積が減少して、酸化増量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.8%を超える試料番号26、27の焼結合金では、鉄−燐合金粉末が液相を発生して流出して形成される気孔(いわゆるカーケンダルボイド)の量が増加し、酸化増量が増加する傾向を示している。このため、鉄−燐合金粉末の添加量が過多な試料番号27の焼結合金は、酸化増量が著しく増加している。
【0066】
以上から、全体組成中のP量が0.2〜1%の範囲において、耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0067】
また、表2の試料番号04、28〜33の焼結合金試料から鉄−燐合金粉末のP量の影響を調べることができる。
【0068】
鉄−燐合金粉末中のP量が小さく全体組成中のP量が0.2%に満たない試料番号28の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が乏しくなって焼結が促進されず、焼結体密度が著しく低くなっている。一方、鉄−燐合金粉末中のP量を増加して全体組成中のP量を0.2%とした試料番号29の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が充分となって、焼結体密度が6.85Mg/mまで増加している。また、鉄−燐合金粉末中ののP量をさらに増加させて全体組成中のP量を増加させると(試料番号04、30〜33)、P量の増加にしたがい鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して、焼結体密度が増加する傾向を示している。そして、全体組成中のP量が1%を超える試料番号33の試料では、焼結体密度が7.4Mg/mを超えている。
【0069】
一方、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して焼結が促進されると、クロム炭化物の成長が促されてクロム炭化物が粗大化する。このため、鉄−燐合金粉末の添加量を増加して全体組成中のP量を増加させると、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下する傾向を示している。そして、全体組成中のP量が1%を超える試料番号33の焼結合金は、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%未満に低下している。
【0070】
摩耗量は、全体組成中のP量の増加にともない焼結体密度が増加し、焼結合金の強度が向上するため、全体組成中のP量が0.6%までの試料番号04、28〜30の焼結合金は、P量の増加にしたがい摩耗量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.6%を超える試料番号31〜33の焼結合金は、上述のように、焼結合金の強度向上効果よりも、気孔量の減少や炭化物の粗大化の影響が大きくなって、P量の増加にしたがい摩耗量が増加する傾向を示している。このため、全体組成中のP量が1%を超える試料番号33の焼結合金は、摩耗量が10μmを超えて大きく摩耗している。
【0071】
酸化増量は、全体組成中のP量が0.75%までの試料番号04、28〜31の焼結合金は、全体組成中のP量の増加にともなう焼結体密度の増加により、焼結合金の表面積が減少し、酸化増量が減少する傾向を示している。一方、全体組成中のP量が0.75%を超える試料番号32、33の焼結合金は、鉄−燐合金粉末が液相を発生して流出して形成される気孔(いわゆるカーケンダルボイド)の量が増加することにより、酸化増量が増加する傾向を示している。このため、鉄−燐合金粉末の添加量が過多な試料番号33の焼結合金は、酸化増量が著しく増加する。
【0072】
以上から、鉄−燐合金粉末のP量が10〜30%において耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0073】
[第3実施例]
鉄合金粉末として第1実施例の試料番号04の焼結合金に使用した鉄合金粉末(Fe−20%Cr−8%Ni−0.8%Si)を用い、これにP量が20%の鉄−燐合金粉末を3%、および表3に示す添加量の黒鉛粉末を添加、混合して混合粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして試料番号34〜40の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表3に併せて示す。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様に試験を行った。これらの結果についても表3に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表3に併記する。
【0074】
【表3】
【0075】
[Cの影響]
表3の試料番号04、34〜40の焼結合金試料から全体組成中のC量(黒鉛粉末の添加量)の影響を調べることができる。
【0076】
全体組成中のC量が0.6%に満たない試料番号34の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が少なく焼結促進の効果が乏しいため、焼結体密度が6.8Mg/mを下回る低い値となっている。一方、全体組成中のC量が0.6%の試料番号35の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が充分となって、焼結体密度が6.80Mg/mまで増加している。また、全体組成中のC量が1.0〜3.0%の試料番号04、36〜39の焼結合金では、C量の増加にしたがい鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して、焼結体密度が増加する傾向を示している。ただし、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金は、添加された鉄−燐合金粉末が一定であるため、液相発生量は試料番号39の焼結合金の場合より多くはならない。このため、試料番号40の焼結合金は試料番号39の焼結合金と同じ密度となっている。
【0077】
一方、鉄−燐−炭素共晶液相の発生量が増加して焼結が促進されると、クロム炭化物の成長が促されて粗大化する。このため、黒鉛粉末の添加量を増加して全体組成中のC量を増加させると、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下する傾向を示している。そして、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金は、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%未満に低下している。
【0078】
摩耗量は、全体組成中のC量が0.6%に満たない試料番号34の焼結合金では、焼結体密度が低いため、焼結体の強度が低くなって、摩耗量が大きくなっている。一方、全体組成中のC量が0.6%の試料番号35の焼結合金では、焼結体密度が6.8Mg/mに向上して焼結体の強度が充分となり、摩耗量が著しく低減している。また、全体組成中のC量が1.0〜2.0%の試料番号04、36、37の焼結合金では、C量の増加にしたがい、焼結体密度の増加にともなう焼結体強度の向上効果によって、摩耗量が低くなる傾向を示す。しかしながら、全体組成中のC量が2%を超える試料番号38〜40の試料では、C量の増加によって最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が低下するため、摩耗量が増加する傾向を示す。この結果、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金では摩耗量が10μmを超えている。
【0079】
全体組成中のC量が0.6%に満たない試料番号34の焼結合金では、焼結体密度が低いため、酸化増量が大きい。一方、全体組成中のC量が0.6%の試料番号35の焼結合金では、焼結体密度が6.8Mg/mに向上したことにより酸化増量が著しく低減されている。また、全体組成中のC量が1.0〜1.5%の試料番号04、36の焼結合金では、C量の増加にしたがい焼結体密度が増加するため、酸化増量が低くなる傾向を示す。しかしながら、全体組成中のC量が1.5%を超える試料番号37〜40の焼結合金では、C量の増加により鉄合金基地中に析出するクロム炭化物の総量が増加する結果、鉄合金基地中のCr量が少なくなって鉄合金基地の耐食性が低下し、酸化増量が増加する傾向を示す。このため、全体組成中のC量が3%を超える試料番号40の焼結合金では、酸化増量が15g/mを超えて著しく増加している。
【0080】
以上から、全体組成中のC量(黒鉛粉末の添加量)が0.6〜3%において耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0081】
[第4実施例]
第1実施例の試料番号04の焼結合金の混合粉末を用い、表4に示す成形体密度および焼結温度において、試料番号41〜52の焼結合金試料を作製した。ただし、他の製造条件は第1実施例と同様である。これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様の試験を行った。これらの結果についても表4に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表4に併記する。
【0082】
【表4】
【0083】
[密度の影響]
表4の試料番号04、41〜46の焼結合金試料から成形体密度および焼結体密度の影響を調べることができる。
【0084】
表4の試料番号04、41〜46の焼結合金試料より、成形体密度が増加すると焼結体密度も増加することがわかる。成形体密度が6.0Mg/mに満たない試料番号41の焼結合金は、焼結体密度が6.8Mg/mを下回っているが、成形体密度が6.0Mg/mである試料番号42の焼結合金は、焼結体密度が6.8Mg/mとなっている。また、成形体密度が6.8Mg/mの試料番号45の焼結合金は、焼結体密度が7.4Mg/mとなっており、成形体密度が6.8Mg/mを上回る試料番号46の焼結合金は、焼結体密度が7.5Mg/mとなっている。
【0085】
全炭化物に対する最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は焼結体密度によらず一定である。
【0086】
また、焼結体密度が6.8Mg/mを下回る試料番号41の焼結合金は、焼結体の強度が低いため摩耗量が大きい。一方、焼結体密度が6.8Mg/mの試料番号42の焼結合金では、焼結体の強度が充分となり、摩耗量が低減している。また、焼結体密度が7.2Mg/mの試料番号04の焼結合金までは、焼結体強度の増加によって摩耗量が低くなる傾向を示す。しかしながら、焼結体密度が7.2Mg/mを超えると、気孔量低下によるクロムの不動態被膜の量の低下により、摩耗量は増加する傾向を示す。その結果、焼結体密度が7.4Mg/mを超える試料番号46の焼結合金では、摩耗量が10μmを超えている。
【0087】
酸化増量は、焼結体密度の増加にともない低下する傾向を示している。ここで、焼結体密度が6.8Mg/mを下回る試料番号41の焼結合金は、気孔量が多く、このため酸化増量が多くなっているが、焼結体密度が6.8Mg/mである試料番号42の焼結合金は、酸化増量が14g/mまで低下している。
【0088】
以上から、焼結体密度が6.8〜7.4Mg/mにおいて耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。また、焼結体密度を6.8〜7.4Mg/mとするためには、成形体密度を6.0〜6.8Mg/mとすればよいことが確認された。
【0089】
[焼結温度の影響]
表4の試料番号04、47〜52の焼結合金試料から焼結温度の影響を調べることができる。
【0090】
表4の試料番号04、47〜52の焼結合金試料より、焼結温度が高くなるにしたがい焼結が促進されて焼結体密度が増加することがわかる。焼結温度が1100℃に満たない試料番号47の焼結合金は、鉄−燐−炭素共晶液相が充分に発生せず、焼結体密度が6.8Mg/mを下回っているが、焼結温度が1100℃の試料番号48の焼結合金は焼結体密度が6.8Mg/mとなっている。一方、焼結温度が1160℃の試料番号51の焼結合金は、焼結体密度が7.4Mg/mとなっており、焼結温度が1160℃を超える試料番号52の焼結合金は、焼結が過度に進行して焼結体密度が7.4Mg/mを超えている。
【0091】
焼結温度が高くなると、鉄基地中に析出するクロム炭化物が成長し易くなる。このため、焼結温度が高くなるにしたがい、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は低下する傾向を示す。そして、焼結温度が1160℃を超える試料番号52の焼結合金では、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率が90%を下回る。
【0092】
摩耗量は、焼結温度が1100℃に満たない試料番号47の焼結合金は、焼結体密度が6.8Mg/mを下回っており、焼結体の強度が低いため、10μmを超える値となっている。一方、焼結温度が1100℃の試料番号48の焼結合金では、焼結体の強度が充分となり、摩耗量が低減している。また、焼結温度が1130℃の試料番号04の焼結合金までは、焼結体強度の増加により摩耗量が低くなる傾向を示す。しかしながら、焼結温度が1130℃を超えると、気孔量低下によるクロムの不動態被膜の量の低下によって摩耗量が増加する傾向を示しており、焼結温度が1160℃を超える試料番号52の焼結合金では摩耗量が10μmを超えている。
【0093】
酸化増量は、焼結温度が高くなるにしたがい低下する傾向を示している。焼結温度が1100℃に満たない試料番号47の焼結合金は、焼結体密度が低いため気孔量が多く、このため酸化増量が多くなっているが、焼結体温度が1100℃の試料番号48の焼結合金では、気孔量が低下したため酸化増量が12g/mまで低下している。
【0094】
以上から、焼結温度が1100〜1160℃において焼結体密度を6.8〜7.4Mg/mにできること、およびこの範囲で焼結合金の耐摩耗性が良好であり、かつ耐食性が良好であることが確認された。
【0095】
[第5実施例]
鉄合金粉末として表5に示す組成の合金粉末を用意し、これにP量が20%の鉄−燐合金粉末を3%、および黒鉛粉末を1.5%を添加、混合した混合粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして試料番号53〜59の焼結合金試料を作製した。これらの焼結合金試料の全体組成を表5に併せて示す。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同様の試験を行った。これらの結果についても表5に併せて示す。なお、第1実施例の試料番号04の結果についても表5に併記する。
【0096】
【表5】
【0097】
[追加の成分元素の影響]
表5の試料番号04、53〜59の焼結合金試料より、鉄合金粉末に追加の成分元素を合金化して与える影響を調べることができる。本実施例においては、追加の成分元素としてMoを例として用いた。
【0098】
Moを含まない試料番号04の焼結合金に対して、Moを含有する試料番号53〜59の焼結合金は、焼結体密度が増加しており、Mo量が多くなるにしたがって焼結体密度が増加する傾向を示している。この傾向は、Feよりも比重の大きいMoが増加するためであり、密度比としてはほぼ一定(密度比94%)となっている。
【0099】
また、最大径が1〜10μmの炭化物の面積率は、Moを含まない試料番号04の焼結合金と、Moを含有する試料番号53〜59の焼結合金とで、ほぼ等しい。
【0100】
摩耗量は、Moが炭化物として析出して焼結合金の耐摩耗性を向上させるため、Mo量が多くなるにしたがい、低下する傾向を示す。ただし、Mo量が3%を超えてもそれ以上の摩耗量低減の効果は見られない。
【0101】
酸化増量は、Crよりも炭化物形成能が高いMoが積極的に炭化物として析出して、耐食性に寄与するCrが鉄合金基地から炭化物として析出することを防止するため、Mo量が多くなるにしたがい、若干低下する傾向を示す。ただし、Mo量が3%を超えてもそれ以上の摩耗量低減の効果は見られない。
【0102】
以上より、Moを鉄合金粉末に合金化して与えると、耐摩耗性および耐食性をさらに向上できることが確認された。また、Mo量は3%を超えてもそれ以上の耐摩耗性および耐食性の改善効果はないため、コストを考慮して3%以下とすることが好ましいことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明の焼結合金は、耐熱性、耐食性および耐摩耗性に優れるので、ターボチャージャー用ターボ部品、特に、耐熱性、耐食性および耐摩耗性が要求されるノズルボディ等に適用することができる。