【実施例】
【0037】
5.以下、実施例をもって、より具体的に説明する。
実施例1(N相 PDS)
【0038】
(1)実施例1は、+1/2のディスクリネーション(欠陥線)をジグザグ状に連ならせ、各折れ点を周期的な配向欠陥の配置点とした周期的な配列構造体(液晶配向構造体)の製造について示している。
(2)(i)この実施例1における製造方法においては、先ず、一方向に延びる溝を用意するべく、前述の複数の溝を有するマイクリロリンクル表面を準備する。上記周期的な配列構造体を自発的に形成させるようにすべく、溝内面(曲面)のもつ境界形状等(曲面、一方向に延びること、溝幅が有限であること等)を利用するためである。
この各溝の溝幅は、好ましい1ミクロン以上(より好ましい1〜20ミクロン)のうち、15ミクロンとされ、各溝深さは、溝幅の0.1〜0.15倍程度とされる。また、液晶分子の配向に関しては、溝内面との境界域において、溝内周方向に該溝内面に沿うように配向させることが行われる。
(ii)次に、このマイクロリンクルの各溝に液晶材料としてネマチック液晶を導入する。このネマチック液晶としては、室温においてネマチック状態を示すこと、広く基礎研究でも用いられること、さらに液晶ディスプレイにおいても主要な含有材料として用いられることを考慮して、シアノビフェニル液晶分子を含む常温ネマチック液晶、より具体的にはペンチルシアノビフェニル(5CB)が用いられる。そして、この5CBは、前述の方法(
図1中央図参照)を用いてマイクロリンクルの複数の溝に導入され、各溝のみが液晶で満たされた状態(液晶の閉じ込め状態)が実現される(
図1右側図)。
この場合、上記工程を経ると、マイクロリンクル作製中の諸条件により、ネマチック液晶である5CBは溝界面(溝内面との境界面)において面に平行にかつ溝内周方向(容易軸)に配向し、一方で5CBは気液界面において界面に垂直に配向することが分かっている。この曲がった幾何構造と界面配向条件は液晶の一様配向構造形成を妨げるフラストレートした状態(
図2)を与えるため、そこに閉じ込められた液晶内部には液晶配向の大きな歪みが誘発されることが予想される。
【0039】
(3)
図3〜
図7は、上記製造方法により製造された液晶配向構造体を、ネマチック相を示す温度25℃で偏光顕微鏡にて観察した内容を示すものである。ここで、
図3a-dは、上記製造方法により製造された液晶配向構造体の同じ場所を異なる偏光板の組み合わせで観察した透過型偏光顕微鏡像である。この
図3a-dにおいて、PとAはそれぞれ試料への入射光および透過光に対する偏光板の向きを示す。Sは鋭敏板の向きを示し、色から液晶ダイレクターの向きを判定できる(偏光顕微鏡において付加的に用いることで、僅かな偏光状態の差を色味によって検知でき、ここでは、ツイスト変形の捩れる方向を別々の色味(
図3dでは中央線の濃淡参照)で区別できる)。
図4は、
図3と同じ場所の液晶分子の配向分布を示す模式図であり、
図5は
図4の5Z−5Z断面図、
図6は
図4の6Z−6Z断面図である。
図7は、
図3〜5の内容を示す立体的模式図である。
図3〜
図7においては、”T”状の釘マークが採用されているが、その“T”状の釘マークは各面に投影したその付近の液晶ダイレクターを示し、釘の頭が各面から飛び出す方向を示す。棒は液晶ダイレクター方向の一部を模式的に示す。
【0040】
(4)
図3の結果によれば、溝中心付近では、配向容易軸方向から10−20度程配向が傾いたドメインを示した。またその傾き方向は2種類存在し、それらは溝延び方向に周期的に交互に並ぶ内容を示した。この場合、液晶内部においては、溝の中心線の直上付近で、1/2ディスクリネーション線が周期的にジグザグ状になり、対応して右巻き-左巻きりのツイスト変形が発生することを示した。
すなわち、実施例1に係る液晶配向構造体に関し、溝延び方向に特に予め周期的な構造が無いにも関わらず、周期的な光学パターンが確認でき、これを、鋭敏板を偏光顕微鏡と共に用いることにより、それぞれの場所での液晶配向方向を推測したところ、その方向が容易軸から交互に右巻きおよび左巻きにずれた周期構造をとることが分かった。この結果は、実際の液晶方向が溝底面から上部界面に向うにつれて、それぞれの方向に捩れている(ツイスト変形)ことを示している(
図7参照)。
さらに偏光板無しで観察した場合(
図7参照)、溝中央にジグザグ状の暗線が確認でき、その周期は右巻き-左巻きりのツイスト変形の周期性に対応していた。このジグザグの各暗線は液晶配向場における+1/2のディスクリネーションと呼ばれるネマチック液晶の一般的な配向欠陥に対応しており、この欠陥の周りでは液晶ダイレクターの大きなスプレイ-ベンド(広がり-曲がり)変形が発生している(
図8)。
【0041】
また、この構造は、同じ形状のマイクロリンクルで周期を4−20ミクロンで変えた場合でも観られ、基本的に溝サイズによらない一般的な構造であることも確認できた(
図22参照)。さらに、この構造は多数のマイクロリンクルの溝に同時に発生することも確認できた。
【0042】
(5)上記内容を具体的に説明する。
図8は、マイクロリンクルの溝に閉じ込められた5CBの推測される液晶配向の3次元模式図と+1/2ディスクリネーション付近の液晶配向状況を示し、
図9は、
図8との比較参考のために、与えられた界面配向条件のみから単純に予想される軸方向への対称性が保たれた構造(実際は現れない)を示している。
図9では、溝底面で要請される溝幅方向(x方向)への配向方向のために、液晶ダイレクターのy成分(溝方向)が0のまま上部界面における条件の垂直方向へ変化していく。そのため、この構造ではツイスト変形は存在せず、中心に存在する直線状の+1/2ディスクリネーションがあり、その周りのスプレイ-ベンド変形のみが存在する。
しかし、実際には、
図8に示すように、軸方向への対称性が破れた周期構造が発生する。この場合、+1/2ディスクリネーションが溝方向からある角度回転することで実質的なスプレイ-ベンド変形が緩和されると同時に、+1/2ディスクリネーションの下部および周りでのツイスト変形が発生している。
【0043】
(6)本件発明者は、上記内容を考察した結果、多くのネマチック液晶が有する液晶弾性定数について下記関係を有することを見出した。
すなわち、液晶材料としてネマチック液晶を用いる場合、そのスプレイ(広がり)に対する弾性定数をK11、ツイスト(ねじり)に対する弾性定数をK22、ベンド(曲がり)に対する弾性定数をK33とするとき、これらK11,K22及びK33が、(K11+K33)>2K22となるものを用いる必要がある。
これについて、上下に異なる配向によって内部に配向の乱れを余儀なくされた実施例1をもって具体的に説明すれば、次の通りである。
もしK11=K33=K22の場合、溝方向に並進対称性を保ったスプレイ‐ベンド変形のみから構成される欠陥線(ウェッジディスクリネーション)を溝延び方向に平行に、溝中央の中間部分に欠陥中心にして形成することが考えられる。これは、上下の配向条件を満たしつつ内部の配向変形を最小化した構造である。しかし、上記関係式に示すようにK22が小さい場合には、ツイスト変形が他の変形モードに比べ容易であることを意味するので、スプレイ‐ベンド変形を減らし、ツイスト変形が増えるように配向が変わる。これに伴って、溝延び方向に平行であった欠陥線は、その方向をずらすように応答する。しかし、溝中心にあった欠陥線を全て1方向に回転することは、溝の幅の制限(溝幅有限)があり出来ないので、右に回転する欠陥線と左に回転する欠陥線を交互に作ることで(右巻き-左巻きのツイスト状態を交互に出現させることで)、この問題を回避し、結果として、観測された周期構造をなす「ジグザグ状の欠陥線」を形成(自己組織化)する。勿論、そのジグザグの折れ曲がり点は欠陥線のなかでももっとも配向が乱れた部分(配向欠陥)となる。
【0044】
(7)以上の内容から明らかなように、ネマチック液晶を用いた実施例1の製造方法を用いれば、周期的構造を自発的に発生させることができる。
【0045】
実施例2(N相 8CB ST)
(1)実施例2は、直線状の+1/2ディスクリネーション(欠陥線)が境界曲面(溝内面)の最下部で溝方向に直線状に延び、その直線状の+1/2ディスクリネーション上に周期的に配向欠陥を配置した周期的な配列構造体の製造について示している。
(2)実施例2における製造方法においては、実施例1と同様な溝基板を用い、その溝内に、液晶材料としてオクチルシアノビフェニル(8CB)をネマチック相で用いたものを導入した。
この場合、各溝の溝幅は、好ましい2ミクロン以上(より好ましい2〜20ミクロン)のうち、15ミクロンとされ、各溝深さは、実施例1同様、溝幅の0.1〜0.15倍程度とされる。また、温度処理として、スメクチック−ネマチック相転移点から2℃の範囲に保つことが行われる。後述するように、液晶弾性定数に関し、一定の関係を得るためである(段落0046参照)。
(3)
図10〜
図13は、実施例2の製造方法により製造された液晶配向構造体を、偏光顕微鏡にて観察した内容を示すものである。その
図10〜
図13によれば、ネマチック相のうち高温側(34−39℃)では、実施例1と同様な周期配向構造を示す一方で、低温側(31−34℃)では、同様に下面の配向容易軸からずれた配向ドメインが見られたが、実施例1とは異なる配向構造を示した。
具体的には、実施例2の製造方法により製造された液晶配向構造体は、溝延び方向を通り表面に垂直な面について鏡像対称性を有している。また、欠陥線は、溝延び方向に溝中心を通って存在している。しかし、実施例2においては、溝延び方向に液晶分子の配向方向が入れ替わる構造を取っており、その境界は、実施例1の構造と同様に、配向のゆがみが大きく液晶弾性エネルギーが高い状態となっている。
また、この構造は、温度により液晶弾性定数の異方性が変化したことに由来していると考えられる。このため、この実施例2に係る液晶配向構造を、温度調整により、実施例1に係る液晶配向構造等にも変化させることもできる。温度調整により、液晶の物性が変えて弾性定数を変化させることができるからである。勿論この場合、ネマチック相で用いることを条件に液晶材料自体を変えてもよい。
【0046】
(4)本件発明者は、上記内容を考察した結果、多くのネマチック液晶が有する液晶弾性定数について下記関係を有することを見出した。
すなわち、液晶材料としてネマチック液晶を用いる場合、そのスプレイ(広がり)に対する弾性定数をK11、ベンド(曲がり)に対する弾性定数をK33とするとき、これらK11及びK33が、K33>>K11となるものを用いる必要がある。
具体的に説明すれば、K33が大きいことは、ベンド変形が抑制されることを意味する。よって、スプレイ変形とツイスト変形からなる本構造が安定に発生すると理解できる。この材料(8CB)の場合、温度によってK11,K22,K33のバランスを変化させることができ、この構造はネマチック相における低温領域でK33>>K11となるために安定に形成する。
(5)以上の内容から、実施例2の製造方法を用いても、周期的構造を自発的に発生させることができる。
【0047】
実施例3
(1)実施例3は、層構造を成すスメクチック液晶に特有な、層間隔一定の条件から規定されるフォーカルコニック構造が、周期的に溝延び方向に規則的に配列した構造体の製造について示している。
(2)実施例3における製造方法においては、実施例1,2と同様な溝基板を用い、その溝内に、液晶材料としてオクチルシアノビフェニル(8CB)をスメクチックA(SmA)相で用いたものを導入した。
この場合、各溝の溝幅は、好ましい2ミクロン以上(より好ましくは2〜20ミクロン)のうち、15ミクロンとされ、各溝深さは、実施例1,2同様、溝幅の0.1〜0.15倍程度とされる。また、液晶分子の配向に関しては、溝内面との境界域において、溝内周方向に該溝内面に沿うように配向させることが行われる。
(3)
図14〜
図16は、実施例3の製造方法により製造された液晶配向構造体を示すものである。その
図14〜
図16によれば、室温におけるSmA状態で、スメクチック層構造の層間距離一定という条件の下で一般によく見られるフォーカルコニック領域が規則的に発生した。その層は3次元的に曲がった複雑な構造を示すが、その並びの溝底面と断面での断面層構造の模式図が
図15に示されている。また
図16の模式図には線欠陥および面欠陥が示されているが、面欠陥はフォーカルコニック領域間に存在し、また、線欠陥は溝底面に存在する楕円とその一つの焦点を面に垂直通り、液晶内部を通って表面まで延びる曲線を構成し、それらは各フォーカルコニック領域内にそれぞれ存在する。これらの欠陥部位では液晶配向が歪み、液晶弾性エネルギーが高い状態である。このフォーカルコニックドメインは溝に沿って一定間隔で配列構造を示し、また溝の左右に規則的に配列する。勿論、この構造は、スメクチック層構造と境界形状および表面配向の競合作用により自発的に発生した。
【0048】
実施例4
(1)実施例4は、実施例1の液晶配向構造において、液晶材料中に微粒子が混入されている場合を示している。
(2)実施例4の製造方法においては、前述の実施例1における液晶材料としてのネマチック液晶中に微粒子(シリカ微粒子、直径約500nm)が含有されている。この微粒子の含有は、ネマチック液晶を溝内に導入する前でも、ネマチック液晶を溝内に導入した後でもよい。微粒子としては、シリカ微粒子で、直径約500nmのものを用い、そのシリカ微粒子を液晶と微粒子混合物の全体に対して0.5重量%程度分散させた。
(3)
図17、
図19は、実施例4の製造方法により製造された液晶配向構造体を示すものである。その
図17、
図19によれば、上記実施例1の周期的な液晶配向構造の特異点にシリカ微粒子を捕捉する内容を示した。その特異点とは前述のジグザグ状の+1/2ディスクリネーションにおける折れ曲がり点であり、その特異点は、+1/2ディスクリネーションの中でも更に大きな配向変形集中した部分(配向欠陥)である。このため、そのように液晶ベクトル場の歪んだ空間を非液晶である微粒子で置き換えることで系の全エネルギーを下げ、結果として、シリカ微粒子が配向欠陥に安定した状態で捕捉されたものと考えられる。この特異点は周期的に配置しているため、この自己組織化した周期構造を鋳型として微粒子を配列させることができる。
(4)
図18は、温度を上げることでネマチック液晶から通常液体に相転移させた場合を示している。これによれば、周期的な液晶配向構造が消滅するが、それと同時に、微粒子の捕捉状態が解消され、微粒子が自由に拡散する様子が確認できた。これにより、微粒子の捕捉制御性が確認できた。
【0049】
実施例5
(1)実施例5は、実施例3の液晶配向構造において、液晶材料中に微粒子が混入されている場合を示している。
(2)実施例5の製造方法においては、実施例3における液晶材料としてのスメクチック液晶中に微粒子(シリカ微粒子、直径約500nm)が含有されている。この微粒子の含有は、スメクチック液晶を溝内に導入する前でも、スメクチック液晶を溝内に導入した後でもよい。微粒子としては、シリカ微粒子で、直径約500nmのものを用い、そのシリカ微粒子を液晶と微粒子混合物の全体に対して0.5重量%程度分散させた。
(3)
図20は実施例5の製造方法により製造された液晶配向構造体についての透過型偏光顕微鏡像、
図21はその液晶配向分布の模式図を示すものである。その
図20、
図21によれば、上記の第3実施例の周期的な液晶配向構造の特異点(配向欠陥)であるフォーカルコニック領域の楕円焦点部にシリカ粒子が捕獲される内容を示した。