特許第5940612号(P5940612)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5940612
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月29日
(54)【発明の名称】油脂組成物及びチョコレート
(51)【国際特許分類】
   A23D 9/00 20060101AFI20160616BHJP
   A23G 1/00 20060101ALI20160616BHJP
   A23G 1/30 20060101ALI20160616BHJP
【FI】
   A23D9/00 500
   A23G1/00
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-172526(P2014-172526)
(22)【出願日】2014年8月27日
(65)【公開番号】特開2016-47017(P2016-47017A)
(43)【公開日】2016年4月7日
【審査請求日】2016年3月18日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514075585
【氏名又は名称】ニッシン グローバル リサーチ センター エスディエヌ ビーエイチディー
(74)【代理人】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】有本 真
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 智巳
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 珠美
(72)【発明者】
【氏名】中澤 祐人
(72)【発明者】
【氏名】赤羽 明
【審査官】 長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−248343(JP,A)
【文献】 特開2014−103959(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/115063(WO,A1)
【文献】 GIBON, V.,Designing novel hardstocks by enzymatic interesterification,SCI [online],2011年 7月21日,[retrieved on 2015.09.04], Retrieved from the Internet, <URL: http://www.soci.org/news/lipids/lipids,URL,http://www.soci.org/news/lipids/lipids-enzymatic-2011
【文献】 DANTHINE, S. et al.,Melting profile, polymorphic behaviour and chemical composition of some selected fractions issued fr,Open Repository and Bibliography [online],2005年11月,[retrieved on 2015.09.04], Retrieved from the Internet, <URL: http://hdl.handle.net/2268/71642>,URL,http://hdl.handle.net/2268/71642
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D
A23G
C11B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/FSTA/FROSTI/WPIDS(STN)
DWPI(Thomson Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の条件(a)〜()を満たす、油脂組成物。
(a)HOHの含有量が40〜70質量%である。
(b)POPの含有量が25〜55質量%である。
(c)SOSの含有量が2.0〜5質量%である。
(d)POSの含有量が3〜15質量%である。
(e)液性TGの含有量が30〜60質量%である。
(f)POS含有量に対するSOS含有量の質量比(SOS/POS)が0.2以上0.8未満である。
(g)POSの含有量とSOSの含有量との合計に対する、POPの含有量の質量比(POP/(POS+SOS))が3.0を超え4.2以下である。
ただし、
HOH:2位にオレイン酸、1、3位に炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合したトリグリセリド
POP:1,3−ジパルミトイル−2−オレオイルグリセリン
SOS:1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセリン
POS:2位にオレオイル基を有し、1,3位にパルミトイル基とステアロイル基を各1基ずつ有するトリグリセリド
液性TG:炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドである。
【請求項2】
POPを35質量%以上含有する油脂Aを70〜98質量%と、SOSを60質量%以上含有する油脂Bを0.5〜6質量%と、を含む、請求項1記載の油脂組成物。
【請求項3】
炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドを50質量%以上含有する油脂Cを含む、請求項1または2に記載の油脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜のいずれか1項に記載の油脂組成物を含み、かつ、油脂含有量が25〜65質量%であるチョコレートであって、前記油脂が以下の条件(1)〜(3)を満たす、チョコレート。
(1)HOHの含有量が55〜80質量%である。
(2)POPの含有量が20〜40質量%である。
(3)液性TGの含有量が20〜34質量%である。
ただし、
HOH:2位にオレイン酸、1、3位に炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合したトリグリセリド
POP:1,3−ジパルミトイル−2−オレオイルグリセリン
液性TG:炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドである。
【請求項5】
10〜35質量%のココアバターを含む請求項に記載のチョコレート。
【請求項6】
請求項1〜のいずれか1項に記載の油脂組成物、および/または、請求項またはに記載のチョコレートを、原材料として、含む、食品。
【請求項7】
請求項またはに記載のチョコレートの製造方法であって、融液状のチョコレートを、テンパリング処理またはシーディング処理すること、次いで、融液状のチョコレートを冷却固化すること、を含む、チョコレートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂組成物及び該油脂組成物を使用したソフトな口どけを有するチョコレートに関する。
【背景技術】
【0002】
ブロック状あるいは板状の形に成型されたチョコレートは、チョコレートが緩んで製品が変形することがないよう、カカオ脂の他に、比較的融点の高い固形脂を加えて製造されることが多い。これは、従来、食品の流通段階での温度コントロールができなかったため、流通段階で、チョコレートが高温にさらされることが珍しくなかった、という事情が多分に影響していると思われる。ところが近年では、食品の種類に合わせて、さまざまな温度帯での配送が可能になった。つまり、流通の段階で、チョコレートが溶ける心配をする必要はなくなった。そこで、より良い口どけを有するチョコレートの開発が進められている。
【0003】
また、求められるチョコレートの口どけについても、消費者の嗜好の変化が認められる。従来、良好なスナップ性(パキッと割れる性質)と相応して、口中に含んである程度の時間で一度に溶ける、シャープ(ハード)な口どけがよいとされていた。しかし、近年、噛み出しが柔らかく、とけ出しが非常に速い、いわゆるソフトな口どけに人気が出ている。
【0004】
より良い口どけを有するチョコレートを開発するための手段の1つとして、パーム中融点部(PMF)の利用が検討されている。例えば、特許文献1には、PMFと、PMFの結晶をβ’型で安定化させるために必要な量のSSO型トリグリセリドと、を含む脂肪組成物が記載されている。また、特許文献2には、溶剤分別により得られた、SSU型トリグリセリド含有量が高いPMFに、ポリグリセリン脂肪酸エステルを1重量%以上添加することにより得られる、ハードバターが記載されている。しかしながら、特許文献1および2に記載のハードバターは、非テンパータイプのチョコレートに使用される。よって、生地へのココアバターの使用量が制限されることから、得られるチョコレートは、チョコレート風味に乏しいという難点があった。
【0005】
パーム中融点部は、テンパータイプのチョコレートへも利用されている。例えば、特許文献3には、PMFをエステル交換後分別することにより、対称型トリグリセリドをより高い比率で含有する、ハードバターが記載されている。また、特許文献4には、ドライ分別と溶剤分別とを組み合せて複数回の分別を行うことにより得られる、ハードバターが記載されている。得られるハードバターのリノレイルジパルミチン(P2L)の含有量が2〜8重量%であり、オレオイルジパルミチン(P2O)の含有量が70重量%以上である。しかしながら、特許文献3および4に記載のハードバターを使用したチョコレートのテンパリング処理では、温度管理が非常に難しい。得られたチョコレートは、良好なスナップ性、及び、シャープな口どけを有している。ただし、その噛み出しは硬く、ソフトな口どけは認められなかった。
【0006】
他の例として、特許文献5には、パーム中融点部を利用した、ソフトな口どけを有する、テンパータイプのチョコレートが開示されている。このチョコレートは、その油分中にラウリン系油脂を5〜40%含有し、特定の構成(要件)を有し、さらに、15〜30℃の範囲にある軟化点を有していている。一般的に、パーム中融点部を含むチョコレートでは、テンパリングがとりにくくなる(油脂結晶をβ型で安定させにくい)。特に、特許文献5に記載のチョコレートには、ラウリン系油脂を使用することにより、さらにテンパリングがとりにくくなっているという難点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−211837
【特許文献2】特開2000−270769
【特許文献3】特開平11−169191
【特許文献4】特開2000−336389
【特許文献5】特開平8−89172
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明における1つの課題は、ソフトな口どけを有する、テンパータイプのチョコレートの製造に適した油脂組成物を提供することである。また、本発明における別の課題は、ソフトな口どけを有するテンパータイプのチョコレートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、特定のトリグリセリド組成を有する油脂組成物を、チョコレートの原料として、使用することにより、本課題が解決できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の一態様に係る油脂組成物は、以下の条件(a)〜(e)を満たす、油脂組成物である。
(a)HOHの含有量が40〜70質量%である。
(b)POPの含有量が25〜55質量%である。
(c)SOSの含有量が1.5〜5質量%である。
(d)POSの含有量が3〜15質量%である。
(e)液性TGの含有量が30〜60質量%である。
ただし、
HOH:2位にオレイン酸、1、3位に炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合したトリグリセリド
POP:1,3−ジパルミトイル−2−オレオイルグリセリン
SOS:1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセリン
POS:2位にオレオイル基を有し、1及び3位にパルミトイル基とステアロイル基とを各1基ずつ有するトリグリセリド
液性TG:炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドである。
本発明の好ましい態様によれば、上記油脂組成物が、さらに以下の条件(f)を満たす、油脂組成物である。
(f)POS含有量に対するSOS含有量の質量比(SOS/POS)が0.8未満である。
本発明のさらに別の態様によれば、上記油脂組成物は、さらに以下の条件(g)を満たす、油脂組成物である。
(g)POSの含有量とSOSの含有量との合計に対する、POPの含有量の質量比(POP/(POS+SOS))が3.0を超える。
本発明の好ましい態様によれば、上記油脂組成物は、POPを35質量%以上含有する油脂Aを70〜98質量%と、SOSを60質量%以上含有する油脂Bを0.5〜6質量%と、を含む、油脂組成物である。
また、本発明の一態様に係るチョコレートは、上記油脂組成物を含み、かつ、油脂含有量が25〜65質量%であるチョコレートであって、該油脂が以下の条件(1)〜(3)を満たす、チョコレートである。
(1)HOHの含有量が55〜80質量%である。
(2)POPの含有量が20〜40質量%である。
(3)液性TGの含有量が16〜34質量%である。
ただし、
HOH:2位にオレイン酸、1、3位に炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合したトリグリセリド
POP:1,3−ジパルミトイル−2−オレオイルグリセリン
液性TG:炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドである。
本発明の好ましい態様によれば、上記チョコレートは、10〜35質量%のココアバターを含む上記チョコレートである。
また、本発明の一態様に係る食品は、上記油脂組成物、および/または、上記チョコレートを、原材料として、使用して製造される、食品である。
また、本発明の一態様に係る上記チョコレートの製造方法は、融液状のチョコレートを、テンパリング処理またはシーディング処理すること、次いで、融液状のチョコレートを冷却固化すること、を含むチョコレートの製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ソフトな口どけを有するテンパータイプのチョコレートを提供することができる。かかるチョコレートは、また、ブロック状、板状、及び、粒状等に成型が可能である。さらに、本発明によれば、かかるチョコレートの製造に適した油脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
定義・分析
本発明において、トリグリセリドとは、1分子のグリセロールに、3分子の脂肪酸がエステル結合した分子構造を有する化合物である。トリグリセリドの1位、2位、及び、3位とは、脂肪酸が結合している、トリグリセロールの炭素原子の位置を表す。なお、トリグリセリドの構成脂肪酸の略称として、以下の文字を用いる。H:炭素数16以上の飽和脂肪酸、P:パルミチン酸、S:ステアリン酸、A:アラキジン酸、U:炭素数16以上の不飽和脂肪酸、O:オレイン酸。
油脂のトリグリセリド組成の分析は、ガスクロマトグラフ法(JAOCS,vol70,11,1111−1114(1993)準拠)及び銀イオンカラム−HPLC法(J.High Resol.Chromatogr.,18,105−107(1995)準拠)を用いて行うことができる。
油脂の構成脂肪酸の分析は、ガスクロマトグラフ法(AOCS Ce1f−96準拠)を用いて行うことができる。
【0013】
以下、本発明の油脂組成物について順を追って記述する。
本発明の油脂組成物は、テンパータイプのチョコレートに適した油脂組成物である。この油脂組成物は、2位にオレイン酸、1位及び3位に炭素数16以上の飽和脂肪酸、が結合したHOH型トリグリセリド(以下、HOHとも記載する)を含有することを特徴とする。HOHの含有量は、油脂組成物中に40〜70質量%である。のぞましくは44〜66質量%、さらにのぞましくは48〜62質量%である。HOHの1位及び3位には、炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合している。この結合した脂肪酸は、必ずしも同じ飽和脂肪酸でなくともよい。HOHの1位及び3位に結合する飽和脂肪酸は、炭素数が16〜26であることがのぞましく、炭素数16〜20であることがよりのぞましい。また、用いられるHOH中、1位及び3位に炭素数16〜18の飽和脂肪酸の結合したHOHの含有量が、90質量%以上であることがのぞましく、95質量%以上であることがよりのぞましい。
【0014】
本発明の油脂組成物は、HOH型トリグリセリドの1つとして、2位にオレイン酸、1位及び3位にパルミチン酸が結合したPOP型トリグリセリド(1,3−ジパルミトイル−2−オレオイルグリセリン、以下POPとも記載する)を含有することを特徴とする。油脂組成物中のPOP含有量は、25〜55質量%である。のぞましくは29〜51質量%、さらにのぞましくは33〜47質量%である。
【0015】
本発明の油脂組成物は、HOH型トリグリセリドの1つとして、2位にオレイン酸、1位及び3位にステアリン酸が結合したSOS型トリグリセリド(1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセリン、以下SOSとも記載する)を含有することを特徴とする。油脂組成物中のSOS含有量は、1.5〜5質量%である。のぞましくは1.8〜4質量%、さらにのぞましくは2.0〜3.5質量%である。
【0016】
本発明の油脂組成物は、HOH型トリグリセリドの1つとして、POS型トリグリセリド(2位にオレオイル基を有し、1位及び3位にパルミトイル基とステアロイル基とを、各1基ずつ有するトリグリセリド、以下POSとも記載する)を含有することを特徴とする。油脂組成物中のPOS含有量は、3〜15質量%である。のぞましくは4〜13質量%、さらにのぞましくは5〜11質量%である。
【0017】
本発明の油脂組成物は、POS含有量に対するSOS含有量の質量比(以下、SOS/POSとも記載する)が0.8未満であることがのぞましい。SOS/POSは、のぞましくは0.2〜0.5、さらにのぞましくは0.25〜0.4である。
【0018】
本発明の油脂組成物は、POSの含有量とSOSの含有量との合計に対するPOP含有量の質量比(以下、POP/(POS+SOS)とも記載する)が3.0を超えることがのぞましい。POP/(POS+SOS)は、よりのぞましくは3.3以上、さらにのぞましくは3.6〜4.2である。
【0019】
本発明の油脂組成物は、液性TGを含有することを特徴とする。油脂組成物中の液性TGの含有量は、30〜60質量%である。のぞましくは35質量%を超えて50質量%以下、さらにのぞましくは、36質量%を超えて46質量%以下である。本発明でいう液性TGは、炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドをいう。本発明の油脂組成物に含有される液性TGに該当するトリグリセリドは、例えば、PLP、POO、PLS、POL、PLL、SOO、SLS、OOO、SOL、OOLである。ここで、Pはパルミチン酸、Lはリノール酸、Oはオレイン酸、Sはステアリン酸である。
【0020】
本発明の油脂組成物のトリグリセリドの構成が上記範囲内にあることにより、本発明の油脂組成物を用いて製造されたチョコレートは、テンパリング適性が良好である。かかるチョコレートをブロック状、板状、及び、粒状等に成型することが可能であり、しかも、製造されたチョコレートがソフトな口どけを有するように、上記トリグリセリドの構成を調整することができる。
【0021】
本発明の油脂組成物は、本発明の構成要件を満たしていればどのような油脂原料、加工方法を用いて製造されてもよい。天然油脂原料を単品で用いても、2種以上をブレンドして用いてもよい。また分別、エステル交換、または、水素添加等の加工を施した油脂を用いてもよい。本発明の油脂組成物に用いられる好ましい油脂原料の例として、パーム分別油、シア脂ステアリン、サル脂ステアリン、エステル交換により製造したHOH型トリグリセリドに富む油脂、並びに、菜種油、大豆油、コーン油、綿実油、及び、ヒマワリ油等の液体油が挙げられる。
【0022】
パーム分別油は、パーム油を乾式分別、溶剤分別、あるいは、乳化分別することによって得られる、オレイン部(液状部)及びステアリン部(固体脂部)の両方を使用することができる。また、パーム油の中融点部(以下、PMFとも記載する)を、本発明の油脂組成物に含有されるPOP型トリグリセリドの供給源として用いることができる。このPMFの例としては、パームステアリン部をさらに分別することにより得られるオレイン部、及び、パームオレイン部をさらに分別することにより得られるステアリン部を挙げることができる。
【0023】
また、パームオレイン部、及び、パームオレイン部をさらに2段階分別あるいは3段階分別したオレイン部は、本発明の油脂組成物に含有される液性TGの供給源として用いることができる。本発明の油脂組成物に含有される、液性TG(炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合が2つ以上存在するトリグリセリド)の供給源として、これらのパーム分別軟質油が好ましい。
【0024】
HOH型トリグリセリドに富む油脂は、例えば、エステル交換反応を行うことで製造することができる。エステル交換反応は、2位にオレイン酸が結合しているトリグリセリドを多く含むハイオレイックヒマワリ油等の油脂、ステアリン酸エチルエステル、あるいは、パルミチン酸エチルエステルなどを用い、1、3位位置特異性を有する酵素剤を使用して、既知の方法により、行うことができる。分別により中融点部を分取することで、HOH型トリグリセリドの濃度が高まる。このため、HOH型トリグリセリドに富む油脂は、本発明の油脂組成物に含まれるHOHの好適な供給源として用いることができる。かかるHOH型トリグリセリドに富む油脂は、特にSOS型トリグリセリドの供給源としてのぞましい。
【0025】
本発明の油脂組成物は、POPを35質量%以上含有する油脂Aを含むことがのぞましい。油脂Aの例としては、35質量%以上のPOPを含有する、上記パーム油の中融点部が挙げられる。上記油脂AのPOP含有量は、よりのぞましくは35〜60質量%であり、さらにのぞましくは40〜55質量%である。本発明の油脂組成物は、また、SOSを60質量%以上含有する油脂Bを含むことがのぞましい。例えば上記シア脂ステアリン、サル脂ステアリン、及び、ハイオレイックヒマワリ油等の油脂とステアリン酸エチルエステルとのエステル交換、及び、その後の分別、によって得られた、SOSを60質量%以上含有する油脂が挙げられる。特に、エステル交換及び分別によって得られる油脂のなかで、アラキジン酸の含有量が低い油脂がのぞましい。上記油脂BのSOS含有量は、よりのぞましくは60〜75質量%であり、さらにのぞましくは65〜75質量%である。本発明の油脂組成物は、また、炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドを50質量%以上含有する油脂Cを含むことがのぞましい。油脂Cの例として、菜種油、大豆油、コーン油、綿実油、及び、ヒマワリ油等の液体油、並びに、上記パーム分別軟質油、が挙げられる。特に、オレイン酸が結合したトリグリセリドを50質量%以上含有する液体油がのぞましく、例えば、菜種油、ハイオレイックヒマワリ油、パーム分別軟質油等がのぞましい。上記油脂C中の、炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドの含有量は、よりのぞましくは60〜100質量%であり、さらにのぞましくは70〜100質量%である。
【0026】
本発明の油脂組成物は、上記POPを35質量%以上含有する油脂Aを70〜98質量%、上記SOSを60質量%以上含有する油脂Bを0.5〜6質量%含有することがのぞましく、油脂Aを80〜96質量%、油脂Bを1〜4質量%含有することがよりのぞましい。液性TG含有量の調整が必要な場合は、本発明の油脂組成物は、上記の炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドを50質量%以上含有する油脂Cを1.5〜29.5質量%含有することがのぞましく、3〜16質量%含有することがよりのぞましい。
【0027】
本発明の油脂組成物には、先に挙げた油脂以外でも、本発明の構成要件を満たしていれば、どのような油脂原料を用いることができる。使用することができる油脂原料の例として、パーム油、サフラワー油、米油、ゴマ油、オリーブ油、牛脂、豚脂、及び、乳脂などの動植物油脂、並びに、それらの加工油脂の中から選択される1種以上を挙げることができる。
【0028】
本発明の油脂組成物には、本発明の効果を損なわない限りにおいて、通常、油脂組成物に添加される油脂以外の成分を少量加えることができる。これらは、油脂に溶解する油溶性成分であることがのぞましい。かかる油溶性成分の例として、乳化剤、抗酸化剤(トコフェロール、レシチン等)、及び、香料が挙げられる。これら成分の添加量は、油脂組成物に対して好ましくは5質量%未満、より好ましくは3質量%未満、さらに好ましくは1質量%未満である。
【0029】
本発明の油脂組成物は、パーム油の中融点部(PMF)を使用している。それにもかかわらず、テンパータイプのチョコレートに配合した場合、テンパリング処理もしくはシーディング処理により、安定型結晶(β型)をとりやすい。従って、本発明の油脂組成物を使用したチョコレートは、経時的な油脂結晶転移に伴うブルーミングの発生などの品質劣化を起こしにくい。
【0030】
以下、本発明のチョコレートについて順を追って記述する。
本発明においてチョコレートとは、チョコレート類の表示に関する公正競争規約(全国チョコレート業公正取引協議会)乃至法規に規定されているチョコレートに限定されない。本発明におけるチョコレートは、食用油脂、並びに糖質及び糖類を主原料とする。主原料には、必要によりカカオ成分(カカオマス、ココアパウダー等)、乳製品、香料、または乳化剤等を加える。かかるチョコレートは、チョコレート製造の工程(混合工程、微粒化工程、精練工程、成形工程、及び、冷却工程等の全部乃至一部)を経て製造される。また、本発明におけるチョコレートは、ダークチョコレート及びミルクチョコレートの他に、ホワイトチョコレート及びカラーチョコレートも含む。
【0031】
本発明のチョコレートは、油脂を25〜65質量%含有する。本発明のチョコレートの油脂含有量は、のぞましくは28〜60質量%であり、よりのぞましくは30〜55質量%である。なお、本発明におけるチョコレート中の油脂は、配合される油脂以外に、含油原料(カカオマス、ココアパウダー、全脂粉乳等)由来の油脂(ココアバター、乳脂等)も含む。例えば、一般的に、カカオマスに含まれる油脂(ココアバター)の含有量(含油率)は55質量%であり、ココアパウダーに含まれる油脂(ココアバター)の含有量(含油率)は11質量%であり、全脂粉乳に含まれる油脂(乳脂)含有量(含油率)は25質量%である。よって、チョコレート中の油脂含有量は、各原料のチョコレート中の配合量(質量%)に含油率を掛け合わせたものを合計した値となる。
【0032】
本発明のチョコレートはテンパータイプに適したチョコレートである。すなわち、チョコレートに含まれる油脂中に、2位にオレイン酸、1位及び3位に、炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合したHOH型トリグリセリド(以下、HOHとも記載する)を含有することを特徴とする。HOHの含有量は、チョコレートに含まれる油脂中に、55〜80質量%である。のぞましくは57〜77質量%、さらにのぞましくは59〜73質量%である。HOHの1位及び3位には、炭素数16以上の飽和脂肪酸が結合している。この結合した脂肪酸は、必ずしも同じ飽和脂肪酸でなくともよい。1位及び3位に結合する飽和脂肪酸としては、炭素数が16〜26である飽和脂肪酸がのぞましく、炭素数16〜20である飽和脂肪酸がよりのぞましい。また、用いられるHOH中に、1位及び3位に炭素数16〜18の飽和脂肪酸が結合したHOHの含有量が、90質量%以上であることがのぞましく、95質量%以上であることがよりのぞましい。
【0033】
本発明のチョコレートに含まれる油脂中には、HOH型トリグリセリドの1つとして、2位にオレイン酸、1位及び3位にパルミチン酸が結合したPOP型トリグリセリド(1,3−ジパルミトイル−2−オレオイルグリセリン、以下POPとも記載する)が、含有されていることを特徴とする。チョコレート中の油脂のPOP含有量は、20〜40質量%である。のぞましくは21〜35質量%であり、さらにのぞましくは22〜31.5質量%である。
【0034】
本発明のチョコレートは、チョコレートに含まれる油脂中に、液性TGが含有されていること、を特徴とする。チョコレート中の油脂の液性TG含有量は、16〜34質量%である。のぞましくは20〜31質量%、さらにのぞましくは23〜29質量%である。本発明でいう液性TGは、炭素数16以上の脂肪酸が結合したトリグリセリドであって、1分子中に二重結合を2つ以上持つトリグリセリドをいう。本発明のチョコレートに含まれる油脂中に含有される液性TGに該当するトリグリセリドの例として、PLP、POO、PLS、POL、PLL、SOO、SLS、OOO、SOL、及び、OOLが挙げられる。ここで、Pはパルミチン酸、Lはリノール酸、Oはオレイン酸、Sはステアリン酸である。
【0035】
本発明のチョコレートの製造には、本発明の油脂組成物を原材料として使用する。本発明の油脂組成物を、のぞましくは10〜35質量%、よりのぞましくは15〜30質量%使用することにより、テンパリング適性が良好な本発明のチョコレートが得られる。さらに、本発明のチョコレートは、ブロック状、板状、及び粒状等に成型することが可能なチョコレートでありながら、ソフトな口どけを有する。
【0036】
本発明のチョコレートに含まれる油脂は、本発明の油脂組成物以外の油脂として、ココアバターを含有することがのぞましい。ココアバターは、本発明のチョコレートに、10〜35質量%含有されることがのぞましく、15〜30質量%含有されることがよりのぞましい。
【0037】
本発明のチョコレートは、油脂以外に好ましくは糖質及び糖類を含有する。使用することができる糖質及び糖類の例として、ショ糖(砂糖、粉糖)、乳糖、ブドウ糖、果糖、麦芽糖、還元澱粉糖化物、液糖、酵素転化水飴、異性化液糖、ショ糖結合水飴、還元糖ポリデキストロース、オリゴ糖、ソルビトール、還元乳糖、トレハロース、キシロース、キシリトース、マルチトール、エリスリトール、マンニトール、ラフィノース、及び、デキストリンを挙げることができる。本発明のチョコレートに含まれる糖質及び糖類の含有量は、のぞましくは20〜60質量%であり、よりのぞましくは25〜55質量%であり、さらにのぞましくは30〜50質量%である。
【0038】
本発明のチョコレートは、油脂並びに糖質及び糖類以外にも、チョコレートに一般的に配合される原料を使用することができる。具体的には、例えば、全脂粉乳及び脱脂粉乳等の乳製品、カカオマス及びココアパウダー等のカカオ成分、大豆粉、大豆蛋白、果実加工品、野菜加工品、抹茶粉末、及び、コーヒー粉末等の各種粉末、ガム類、澱粉類、酸化防止剤、着色料、並びに、香料等を挙げることができる。
【0039】
本発明のチョコレートは、従来公知の方法により製造することができる。本発明のチョコレートの製造には、例えば、油脂、カカオ成分、糖質及び糖類、乳製品、並びに、乳化剤等を原料として用いることができる。本発明のチョコレートは、その最終油脂含有量が25〜65質量%となるように、混合工程、微粒化工程(リファイニング)、精練工程(コンチング)、及び、冷却工程等を経て、製造することができる。特に、精錬工程の後に、融けた油脂結晶を含む融液状のチョコレートに、テンパリング処理を行うことにより、テンパータイプのチョコレートとすることがのぞましい。テンパリング処理は、チョコレート中の油脂に含まれるHOH型トリグリセリドを、安定な結晶として固化させるために行われる。すなわち、テンパリング処理は、安定結晶の結晶核を生じさせる操作である。例えば、40〜50℃で融解しているチョコレートを、品温が22〜29℃程度になるまで下げた後に、再度27〜31℃程度まで加温する操作である。テンパリング操作の替りに、HOH型トリグリセリドの安定結晶であるシード剤を使用してもよい。シード剤としては、SOSの安定結晶を使用するのがのぞましい。
【0040】
本発明のチョコレートは、POP含有量が高く、ソフトな口どけを有するチョコレートでありながら、テンパリング適性が良好である。また、本発明のチョコレートは、ブロック状、板状、及び粒状等に成型することが可能なチョコレートである。さらに、本発明のチョコレートは、型抜きされたチョコレート塊としてそのまま食することができる。その他、本発明のチョコレートは、製菓製パン製品、例えば、パン、ケーキ、洋菓子、焼き菓子、ドーナツ、及び、シュー菓子に、コーティング、フィリング、または、生地へ混ぜ込むチップとして使用することができる。
【実施例】
【0041】
次に、実施例及び比較例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0042】
以下において「%」とは、特別な記載がない場合、質量%を示す。
油脂のトリグリセリド組成の分析は、ガスクロマトグラフ法(JAOCS,vol70,11,1111−1114(1993)準拠)及び銀イオンカラム−HPLC法(J.High Resol.Chromatogr.,18,105−107(1995)準拠)を用いて行った。
油脂の構成脂肪酸の分析は、ガスクロマトグラフ法(AOCS Ce1f−96準拠)を用いて行った。
油脂のX線回折は、X線回折装置UltimaIV(株式会社リガク社製)を用いて、実施した。測定では、CuKα(λ=1.542Å)を線源とし、Cu用フィルタを使用した。測定条件は、出力1.6kW、操作角0.96〜30.0°、及び、測定速度2°/分であった。
【0043】
〔油脂組成物の製造〕
ハイオレイックヒマワリ油とステアリン酸エチルエステルとの間で、1、3位位置特異性リパーゼを用いて、エステル交換反応を行った。トリグリセリドの1位及び3位にステアリン酸が結合するように反応を行った。このエステル交換油を分別により、SOS型トリグリセリド濃度を高めた油脂B(SOS含有量71.2質量%)を製造した。
【0044】
さらに油脂B、油脂A−1(パーム中融点部1、POP含有量43.2質量%)、油脂A−2(パーム中融点部2、POP含有量63.1質量%)、油脂C(ハイオレイックヒマワリ油、液性TG含有量100質量%)、および、ココアバターを種々の割合で混合した。表1のような組成を有する、実施例1〜2及び比較例1〜3に用いられた油脂組成物を得た。
【0045】
【表1】
【0046】
〔チョコレートの製造〕
表2に示す原材料配合により、実施例1〜2及び比較例1〜3の油脂組成物をそれぞれ使用して、実施例3〜4及び比較例4〜6のミルクチョコレート(油脂含有量48%)を、常法に従って製造した。すなわち、混合、微粒化(リファイニング)、精練(コンチング)、及び、シーディング処理(SOSの安定化結晶を35質量%含むシード剤を、融解状態にあるミルクチョコレート生地100質量部に対して、30℃で、0.3質量部添加)を経て得られた、チョコレート生地を成形型に流し込み、これを冷却固化することにより、製造した。
【0047】
【表2】
【0048】
〔チョコレートの評価〕
上記で製造し、成形型より剥離した、実施例3〜4及び比較例4〜6のミルクチョコレートについて、X線回折により、チョコレートに含まれる油脂の結晶型を確認した。また、噛み出し及び口どけについて、以下の評価方法に従って官能評価した。
【0049】
〔X線回折による油脂結晶型の確認方法〕
以下の操作により、チョコレート中の油脂結晶の結晶型を確認した。実施例3〜4及び比較例4〜6のミルクチョコレートを粉砕した。粉砕したチョコレートを水に晒すことにより、X線回折の障害となる砂糖を取り除いた。油脂結晶を含む残余の部分を用いて、X線回折の測定を行った。以下の基準に従って、油脂の結晶型(β’型及びβ型)を確認した。

β’型: 長面間隔領域に45Å、短面間隔領域に4.3Å及び3.9〜4.0Åの回折ピークが存在する
β型: 長面間隔領域に66Å、短面間隔領域に4.6Å、4.0Å、3.9Å、及び、3.7Åの回折ピークが存在する
【0050】
〔チョコレートの官能評価方法〕
(1)噛み出しの評価方法
以下の基準に従って、5名のパネラーにより、総合的に評価した。
◎:噛み出しが柔らかく、ソフト感が非常に良好な、噛み出しである。
○:噛み出しが柔らかく、良好な噛み出しである。
△:普通
×:噛み出しが硬い

(2)口どけの評価方法
以下の基準に従って、5名のパネラーにより、総合的に評価した。
◎:とけ出しが非常に速く、良好な口どけである
○:とけ出しが速く、良好な口どけである
△:普通
×:口どけが悪い
【0051】
〔チョコレートの評価結果〕
上記で評価した、実施例3〜4と比較例4〜6のミルクチョコレートについて、油脂に含まれるトリグリセリドの組成および評価結果を、表3に示した。
【0052】
【表3】
【0053】
実施例3、4のミルクチョコレートは、噛み出しがソフトであり、とけ出しが極めて速かった。これに対し比較例5、6のチョコレートは、噛み出しが通常のチョコレート並みであり、とけ出しも通常のチョコレート並み(比較例6)、あるいは、実施例ほど優れてはいなかった(比較例5)。比較例4のチョコレートは、口どけは優れていたが、噛み出しが実施例ほど優れていなかった。また、比較例4のチョコレート中の油脂も、不安定な結晶型(β’)を含んでおり、経時的な品質の劣化が予測された。