(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5941769
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月29日
(54)【発明の名称】分散系の観察装置及び観察方法
(51)【国際特許分類】
G01N 15/02 20060101AFI20160616BHJP
【FI】
G01N15/02 B
G01N15/02 D
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-143849(P2012-143849)
(22)【出願日】2012年6月27日
(65)【公開番号】特開2014-6220(P2014-6220A)
(43)【公開日】2014年1月16日
【審査請求日】2015年6月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100085257
【弁理士】
【氏名又は名称】小山 有
(72)【発明者】
【氏名】小林 功
(72)【発明者】
【氏名】植村 邦彦
【審査官】
土岐 和雅
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−164560(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0002031(US,A1)
【文献】
特開2004−309458(JP,A)
【文献】
特開平02−046281(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2009/0116024(US,A1)
【文献】
米国特許第5912729(US,A)
【文献】
特開2004−170197(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N1/00〜1/44、15/00〜15/14、G02B21/00〜21/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラウン運動している微粒子をブラウン運動を停止させて観察する装置であって、この装置は透明板と板状チップとの間に前記粒子が進入可能なギャップが形成され、前記板状チップ及び透明板の少なくとも一方は相手方に対して相対的に接近・離反可能とされ、離反した状態で前記ギャップは観察対象である微粒子の平均径よりも大きくなり、接近した状態で前記ギャップは観察対象である微粒子の平均径よりも小さくなるように設定されていることを特徴とする分散系の観察装置。
【請求項2】
請求項1に記載の分散系の観察装置において、接近した状態の前記ギャップの間隔は1μm以下であることを特徴とする分散系の観察装置。
【請求項3】
ブラウン運動している微粒子をブラウン運動を停止させて観察する方法であって、透明板と板状チップとの間に形成されるギャップの間隔を観察対象である微粒子の平均径よりも大きくし、この状態でギャップ内に分散系を導入し、次いでギャップの間隔を観察対象である微粒子の平均径よりも小さくすることで微粒子を扁平に変形させてブラウン運動を停止させ、この状態を前記透明板を通して観察することを特徴とする分散系の観察方法。
【請求項4】
請求項3に記載の分散系の観察方法において、前記分散系の連続相が水溶液の場合には前記透明板及び板状チップのギャップを形成する面を親水性とし、前記分散系の連続相が油の場合には前記透明板及び板状チップのギャップを形成する面を疎水性とすることを特徴とする分散系の観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエマルション等の分散系を構成する分散相(微粒子)の粒子径や粒径分布を観察する装置と方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エマルションなどの分散系は素材や製品として食品、医薬、化粧品産業において利用されている。最近では高圧乳化装置等の普及により分散系を構成する微小粒子(ソフト微粒子:変形可能な液体粒子)として直径が0.5μm以下のものを製造できるようになっている。このソフト微粒子の分散状態並びに分散系の粒子径と粒子分布は素材や製品の物性や品質に影響する重要な因子であるため、それらを正確に把握することが要求される。
【0003】
しかしながら、微粒子はブラウン運動により三次元的に不規則に運動し続ける。ブラウン運動をしているソフト微粒子の分散状態を把握するには、分散系の直接観察が必要である。
また、ソフト微粒子分散系の液滴径の分布測定は、粒度分布測定装置を用いて行われるのが一般的である。しかしながら、測定用容器に導入する分散系試料の調製条件が測定値に影響しやすく、そのため、ソフト微粒子分散系の直接観察技術が粒度分布測定装置を用いて得られた粒子径分布の妥当性を確認する手法と言える。
【0004】
ソフト微粒子分散系の観察や測定が可能な従来技術としては、光学顕微鏡法、電子顕微鏡法及び粒度分析装置がある。
光学顕微鏡法では、スライドガラスとカバーガラスの間に挟まれたソフト微粒子系の直接観察が可能である。
非特許文献1および非特許文献2に開示される電子顕微鏡法では、凍結割断された分散系試料の表面に塗布した金属製のレプリカまたは薄膜を観察することによりソフト微粒子の観察並びに観察画像を用いた液滴径の測定が可能である。
また、粒度分布測定装置は、ソフト微粒子分散系の粒子径分布を測定可能な技術であり、測定原理としてはレーザ回析式や動的光散乱法が用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kanafusa et al., Eur. J. Lipid Sci. Technol., 2007
【非特許文献2】Binks & Rodrigues, Langmuir, 2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の光学顕微鏡法にあっては、分散系試料をスライドガラスとカバーガラスの間隙(ミクロンスケール)に挟まれた状態で観察を行う。このため、分散系の中に存在しているソフト微粒子の径が1μm未満であると三次元且つ不規則なブラウン運動が顕著となり、ソフト微粒子に光学系の焦点を合わせ続けることができず、輪郭が鮮明な微粒子画像の取得や粒子径の測定が困難である。
【0007】
電子顕微鏡法では、分散系試料そのものではなく金属製のレプリカまたは分散系試料に塗布した金属薄膜の表面を観察しているので、直接的な観察ではなく、更に観察に用いる試料の調製に時間と熟練した技術が要求される。更に、電子顕微鏡法では、凍結割断した一断面を観察しているため、ソフト微粒子の分散状態の把握ならびに分散系の粒子径分布の測定には適していない。
【0008】
また粒度分布測定装置では、測定用容器に導入する分散系の調製条件やソフト微粒子の分散状態が測定値に影響しやすいとともに、同一の分散系試料を測定した際に測定値の装置間誤差も問題となる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため本願の第1発明は、ブラウン運動している微粒子をブラウン運動を停止させて観察する装置であって、この装置は透明板と板状チップとの間に前記粒子が進入可能なギャップが形成され、前記板状チップ及び透明板の少なくとも一方は相手方に対して相対的に接近・離反可能とされ、離反した状態で前記ギャップは観察対象である微粒子の平均径よりも大きくなり、接近した状態で前記ギャップは観察対象である微粒子の平均径よりも小さくなるように設定された構成である。
前記ギャップの間隔は接近した状態で1μm以下とすることが好ましい。
【0010】
また課題を解決するため本願の第2発明は、ブラウン運動している微粒子をブラウン運動を停止させて観察する方法であって、透明板と板状チップとの間に形成されるギャップの間隔を観察対象である微粒子の平均径よりも大きくし、この状態でギャップ内に分散系を導入し、次いでギャップの間隔を観察対象である微粒子の平均径よりも小さくすることで微粒子を扁平に変形させてブラウン運動を停止させ、この状態を前記透明板を通して観察するようにした。
【0011】
ここで、前記分散系の連続相が水溶液の場合には前記透明板及び板状チップのギャップを形成する面を親水性とし、前記分散系の連続相が油の場合には前記透明板及び板状チップのギャップを形成する面を疎水性とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ブラウン運動している小さなソフト微粒子の動きを止めた状態で観察することができるので、ソフト微粒子に光学系の焦点を合わせ続けることができ、したがって輪郭が鮮明な微粒子画像を得ることができる。その結果粒子径の測定および粒子の分布等を正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】(a)は透明板と基板チップとの間のギャップが広がっている状態の断面図、(b)は(a)を矢印方向から見た図
【
図3】(a)は透明板と基板チップとの間のギャップが広がっている状態の断面図、(b)は(a)を矢印方向から見た図
【
図4】(a)はナノギャップ表面のソフト微粒子(微小油滴)分散系の光学顕微鏡写真、(b)は(a)で示したソフト微粒子(微小油滴)の粒径分布を示すグラフ
【
図5】(a)はナノギャップ表面のソフト微粒子(微小水滴)分散系の光学顕微鏡写真、(b)は(a)で示したソフト微粒子(微小水滴)の粒径分布を示すグラフ
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明の実施例を説明する。
分散系の観察装置は筒状をなすアウターブロック1を備え、このアウターブロック1の底部にガラス板等からなる透明板2がセットされ、アウターブロック1の上方から流路ブロック3が摺動可能に挿入され、この流路ブロック3にはエマルション(分散系)の供給路4と排出路5が厚み方向に形成されている。
【0015】
前記透明板2と流路ブロック3の間には基板チップ6が配置されている。この基板チップ6は例えば集積回路を形成する技術を応用して下面に1μm以下の深さの平坦な凹部7が形成され、この凹部7の周囲にはランド部8が残され、更にその外側には厚みを薄くしたフランジ部8が形成され、基板チップ6の中央には開口9が形成されている。
【0016】
前記ランド部8は環状に連続していてもよいが、実施例では直線状としている。このため
図1の紙面垂直方向では凹部7と外側空間とがつながっている。
【0017】
また、基板チップ6上面と流路ブロック3の下面の間の供給路4及び開口9の外側で且つ排出路5の内側となる箇所にOリング10が配置され、このOリング10によってエマルションが供給される領域と排出される領域を区画している。
【0018】
また、前記透明板2とフランジ部8の間にはOリングなどの弾性体11が介在している。この弾性体の厚みはランド部8の高さよりも大きい1μm以上とされ、したがって
図1に示す待機状態ではランド部8は透明板2の上面から浮いた状態で、透明板2と基板チップ6との間には間隔が1μm以上のギャップが形成される。
【0019】
観察装置は上記したモジュールの他に、倒立光学顕微鏡12を透明板2の下方に配置し、この倒立光学顕微鏡12の画像を高速度カメラまたはCCDカメラ13を介してモニターまたはPC14に映し出す。
【0020】
以上において、透明板2と流路ブロック3の間のギャップが1μm以上ある状態で供給路4を介してギャップ内にエマルションを送り込む。この状態では
図2に示すように1μm以下のソフト微粒子15はブラウン運動しており、倒立光学顕微鏡12の焦点を合わせることが難しく、ソフト微粒子15の輪郭が不鮮明である。
【0021】
この後、図示しないシリンダユニット等を用いて流路ブロック3を下方に押し込む。すると
図3に示すように、弾性体11が潰れ、基板チップ6のランド部8の下面が透明板2の上面に当接し、透明板2上面と基板チップ6下面との間に、ソフト微粒子15の平均粒径よりも小さなナノギャップが形成される。
【0022】
このナノギャップの間隔はソフト微粒子15の平均粒径よりも小さいため、ソフト微粒子15は
図3(b)に示すように扁平に押しつぶされ、且つ動けなくなるのでブラウン運動は停止する。
【0023】
この状態で、ギャップ内でソフト微粒子15は固定されるので、この位置に倒立光学顕微鏡12の焦点を合わせておけば、鮮明な画像が得られる。
【0024】
次に、具体的な実施例について説明する。
実施例1では、連続相(分散媒)を水、分散相(ソフト微粒子)を微小油滴とした。また実施例1ではギャップを形成する透明板2の上面と基板チップ6の下面は親水性とした。
【0025】
図4(a)は上記のエマルションのソフト微粒子を扁平に変形させてブラウン運動を停止させた状態の顕微鏡写真である。尚、図中壁面はランド部8の下面を指し、井戸部はギャップ上方のエマルション溜まりを指す。この写真から多数の油滴に焦点があっていることが分かる。
【0026】
また、
図4(b)は微小油滴の粒径分布を示すグラフであり、微小油滴の輪郭がぼやけることなく鮮明に映し出されているため、粒径分布も正確なものが得られている。
【0027】
実施例2では、連続相(分散媒)を油、分散相(ソフト微粒子)を微小水滴とした。また実施例2ではギャップを形成する透明板2の上面と基板チップ6の下面は疎水性とした。
【0028】
図5(a)は実施例2の顕微鏡写真、(b)は粒径分布を示すグラフであり、実施例1と同様に鮮明な画像が得られ、粒径分布も信頼性の高い結果が得られている。
【0029】
図示例では板状チップの外周フランジ部と透明板との間に弾性Oリングを介在させ、このOリングをつぶすことでナノギャップが形成される構成としたが、ギャップを形成する手段としてはこれに限らない。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明に係る分散系の観察装置及び方法は、食品、医薬品、化粧品産業の素材や製品の特性や品質を測定するのに利用することができる。
【符号の説明】
【0031】
1…アウターブロック、2…透明板、3…流路ブロック、4…エマルション(分散系)の供給路、5…エマルション(分散系)の排出路、6…基板チップ、7…凹部、8…ランド部、9…開口、10…Oリング、11…弾性体、12…倒立光学顕微鏡、13…高速度カメラまたはCCDカメラ、14…モニターまたはPC、15…ソフト微粒子。