特許第5943317号(P5943317)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5943317
(24)【登録日】2016年6月3日
(45)【発行日】2016年7月5日
(54)【発明の名称】軟質金属混合ショットピーニング用粉末
(51)【国際特許分類】
   B24C 1/10 20060101AFI20160621BHJP
   B24C 11/00 20060101ALI20160621BHJP
   C23C 24/04 20060101ALI20160621BHJP
【FI】
   B24C1/10 Z
   B24C11/00 C
   C23C24/04
【請求項の数】1
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2011-56179(P2011-56179)
(22)【出願日】2011年3月15日
(65)【公開番号】特開2012-192463(P2012-192463A)
(43)【公開日】2012年10月11日
【審査請求日】2013年12月2日
【審判番号】不服2015-4888(P2015-4888/J1)
【審判請求日】2015年3月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
(72)【発明者】
【氏名】松原 慶明
(72)【発明者】
【氏名】仮屋 哲朗
【合議体】
【審判長】 西村 泰英
【審判官】 刈間 宏信
【審判官】 渡邊 真
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−145985(JP,A)
【文献】 特開2011−25348(JP,A)
【文献】 特開2002−144234(JP,A)
【文献】 特開2004−255522(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C 1/10 B24C11/00 C23C 24/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼球粉末とSn合金からなる軟質金属粉末を混合し、その軟質金属粉末の混合割合が20〜40質量%であることを特徴とするショットピーニング用混合粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟質金属粉末と鋼球粉末を混合したショットピーニング用混合粉末に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に摺動部の潤滑は油などの液体潤滑剤を使用して行われることが多いが、設計上の理由により液体潤滑剤を使用することができない場合や、真空中において使用されるなどのように使用環境における制約がある場合、固体潤滑剤が用いられる。また、近年、エネルギー問題への社会的要請が高まるにつれて、自動車用のエンジンやトランスミッションに使用される摺動部材のさらなる摩擦低減が求められている。
【0003】
そのため摺動部に使用される液体潤滑材の摩擦抵抗を低減するために粘性の低いものが使用される傾向にあり、摺動部における潤滑材の厚みが薄くなり、摺動部材同士が接触する可能性のある境界潤滑環境で使用される軸受が増加しているため、境界潤滑環境下でも高い摺動性を持った、剥離寿命の長い部材の開発が必要とされており、固体潤滑剤で摺動部を被覆することが行われている。
【0004】
この摺動部材への固体潤滑剤の被覆方法として、例えば特開2002−161371号公報(特許文献1)、および特開2004−255522号公報(特許文献2)にあげられるように、亜鉛や錫などの軟質金属粉末と二硫化モリブデンといった固体潤滑剤粉末の混合粉末や、鋼球と固体潤滑材である二硫化モリブデン粉末の混合粉末を焼結体にショットピーニングを行う方法が開示されている。
【0005】
特許文献1においては、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤粉末が軟質金属中に分散した被膜を形成することで、従来、密着強度が低かった固体潤滑剤単体の被膜の密着性を改善しているため、固体潤滑剤の潤滑性を保ったまま、耐久性の高い被膜を形成できるとしている。また、特許文献2においては、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤粉末が鋼球の衝突エネルギーによって、より焼結体内部に浸透させることができるとしている。
【0006】
また、特開2007−10059号公報(特許文献3)においては、軟質金属粉末もしくは固体潤滑剤粉末単体をショットピーニングする成膜技術が開示されており、摺動面に形成する被膜の被覆面積、厚み、表面粗さを制御することで摩擦係数が小さく、優れた摺動性能を有する摺動部材ができるとしている。
【0007】
さらには、[トライボロジー会議 2007年春 予稿集 第123〜124頁「固体潤滑剤ショットコーティングによる転がり軸受の長寿命化」](非特許文献1)にあげられるように、錫もしくは亜鉛の軟質金属粉末を摺動部材にショットピーニングし、軟質金属被膜を形成することで摺動部材の摩擦係数を低減させる技術が開示されている。
【特許文献1】特開2002−161371号公報
【特許文献2】特開2004−255522号公報
【特許文献3】特開2007−10059号公報
【非特許文献1】[トライボロジー会議 2007年春 予稿集 第123〜124頁「固体潤滑剤ショットコーティングによる転がり軸受の長寿命化」]
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した特許文献1に記載の技術では、錫や亜鉛などの軟質金属粉末と二硫化モリブデンや黒鉛などの固体潤滑剤の粒体を均質に混合することは互いの密度が大きく異なるため非常に困難で、摺動面に均質に固体潤滑剤が分散された被膜を得ることが難しく、また、膜の密着性、付着効率が悪いため十分な摺動性が得られない場合がある。
【0009】
また、特許文献2に記載の技術においても、鋼球と二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤の粒体を均質に混合することは互いの密度が大きく異なるため非常に困難で、鋼球による固体潤滑材の浸透効果を得ることが難しい。特許文献3に記載の技術では、摺動面における固体潤滑被膜の強度が低い錫や亜鉛などの軟質金属であるため密着性、耐摩耗性が低く、長時間の使用に膜が耐えられない可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述したような問題を解消するために発明者らは鋭意開発を進めた結果、圧縮残留応力を付与するために使用されている鋼球粉末にSn合金からなる軟質金属粉末を混合した後、この混合粉末を用いてショットピーニングを行うことで、この軟質金属粉末が摺動性に優れた軟質金属皮膜として効率よく付着すると同時に、摺動面を成す基材との密着性を高めることができる。
【0011】
その発明の要旨とするところは、
(1)鋼球粉末とSn合金からなる軟質金属粉末を混合し、その軟質金属粉末の混合割合が20〜40質量%であることを特徴とするショットピーニング用混合粉末にある。
【発明の効果】
【0012】
以上述べたように、本発明による球状などの高硬度ショットピーニング用粉末とSn合金からなる軟質金属粉末を混合した後、この混合粉末でショットピーニングを行うことで軟質金属粉末を混合した後、この混合粉末を用いてショットピーニングを行うことで軟質金属粉末を摺動性に優れる軟質金属皮膜として効率よく付着すると同時に、摺動面を成す基材との密着性を高めることができ、さらに圧縮残留応力を摺動面に付与することが可能となり、極めて優れた効果を奏するものである。
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、鋼球粉末と軟質金属粉末を混合し、その軟質金属粉末の混合割合を20〜40質量%とする。すなわち、本発明は両者とも金属であるため比重が近い鋼球粉末に軟質金属粉末を20〜40質量%の割合で混合した混合粉末をショットピーニングすることにより、境界潤滑環境下などの過酷な潤滑環境下で摺動性を発揮する摺動被膜を効率よく形成し、その密着性を高めることができる。しかし、混合割合が20質量%未満では、軟質金属粉末が少なすぎるために充分な軟質金属皮膜を得ることが困難で、逆に40質量%を超えると鋼球による圧着効果が減少するために、膜の密着性が低下することから、その範囲を20〜40質量%とする。好ましくは、上限を40質量%とする。なお、粒度はほぼ等しい鋼球粉末と軟質金属粉末を軟質金属粉末が20〜40質量%となるような割合で混合する。本発明の混合粉末は手作業による混合や混合機を用いて作製が可能である。V型混合機等の混合機を用いて、30分〜1.5時間混合を行うのが好ましい。
【0014】
上述した本発明に係る鋼球としては、ハイス鋼やFe−Cr−B系合金等を掲げることができる。また、軟質金属としては、Sn合金を掲げることができる。また、被処理部材としては、特に摺動部材に適し、ここで摺動部材とは、相手部材と相対的にすべり接触する摺動面を有する部材で、このような摺動部材の具体例としては、円筒面、球面、平面等において接触運動を行う機械部品であって、例えば、自動車のエンジンを構成するカムおよびカムフォロア、ピストンリング、燃料噴射装置、クラック部品や、すべり軸受を構成するすべり部材や転がり軸受やすべり軸受のリテーナが挙げられる。
【0015】
鋼球は、ビッカース硬さ800〜1500HV、平均粒径30〜60μmなる大きさのものを用いることが好ましい。軟質金属粉末も平均粒径30〜60μmなる大きさのものを用いることが好ましい。ショットピーニング条件は、ショットピーニング装置を用いて圧力0.4〜1.0MPa、噴射時間5〜20分の条件下で加速して噴射することにより、摺動面に軟質金属を形成させるもことが好ましい。
【実施例】
【0016】
以下、本発明について実施例により具体的に説明する。
1に示す軟質金属粉末と鋼球粉末の組み合わせで混合粉を作製した。混合粉は平均粒径44μmの鋼球粉末と軟質金属粉末(平均粒径44μm)を軟質金属粉末の混合割合が20から40質量%となるように秤量し、V型混合機を用いて1時間混合することで合計30kgの混合粉末をそれぞれ作製した。表1に示す組み合わせの混合粉末を同じ条件でそれぞれSUJ2製の硬さをHRC60、表面粗さRaを0.1μmとした直径が26mmで厚さが28mmの軸受のコロの表面に、ショットピーニングした。ショットピーニング条件はガス圧力0.6MPa、ショット時間10分で行った。
【0017】
また、比較例として平均粒径44μmの鋼球粉末と軟質金属粉末(平均粒径44μm)を軟質金属の混合割合が0から4質量%および51質量%以上となるように秤量し、V型混合機を用いて1時間混合することで30kgの混合粉末をそれぞれ作製した。実施例として示す混合粉末と同じ条件でそれぞれSUJ2製の硬さをHRC60、表面粗さRaを0.1μmとした直径が26mmで厚さが28mmの軸受のコロの表面に、ショットピーニングした。ショットピーニング条件はガス圧力0.6MPa、ショット時間10分で行った。
【0018】
【表1】
表1に示すように、No.1〜3、は本発明例である。また、No.4〜6、は比較例である。
【0019】
膜の密着性を評価するために走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて断面部分における皮膜との界面部分の分析を行い、軸受鋼中への軟質金属の拡散を測定したところ、本発明例に該当する混合粉末をショットした軸受鋼ではどの条件でも軟質金属が皮膜界面から0.5μm以下の点でも検出されたため、膜の密着性を「○」と評価した。これは鋼球の衝突エネルギーによって、軟質金属皮膜が機械的に圧着された効果によるものである。
【0020】
一方で、比較例として示した軟質金属単体および混合粉末をショットした軸受鋼ではいずれの場合においても0.5μm以下では軟質金属は検出されなかったため、膜の密着性を「×」と評価した。これは、ショットした軟質金属が少なすぎた、あるいは鋼球による圧着効果が減少したためによるものである
【0021】
さらに、実施例で示した混合粉末でショットした場合と比較して疲労強度が向上していることが認められた。これは、鋼球と軟質金属の混合粉末をショットすることによって圧縮残留応力ならびに軟質金属皮膜が機械的に圧着される効果が相乗して付与されたことによるものと考えられる。
【0022】
以上のように、鋼球と軟質金属粉末の混合粉末を高速で被処理部材に衝突させることにより、その衝突時に軟質金属粉末表面が被処理部材と凝着を起こし、移着することにより、軟質金属の皮膜が形成される際に、同時に鋼球の衝突エネルギーを加えることで、膜の形成を効率的に行うと同時に、密着性の高い膜を形成することができる。さらに、鋼球の衝突エネルギーによって被処理部材に圧縮残留応力を付与することが出来る。
【0023】
その結果、鋼球と軟質金属粉末の混合粉末でショットピーニングを行うと、軟質金属が処理部材に安定して密着性が高い状態で被覆され、潤滑材として働き、低摩擦係数が長期的に持続して、摺動特性が長期的に安定して維持される。また、鋼球粉末の投射により表面硬さが増すと共に、表面に大きな圧縮残留応力が付与されるので、耐摩耗性が十分となるばかりか、疲労強度も向上し、本発明の及ぼす効果は大きい。