(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5943907
(24)【登録日】2016年6月3日
(45)【発行日】2016年7月5日
(54)【発明の名称】細胞シート移植治具及びその利用方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20160621BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20160621BHJP
A61B 17/322 20060101ALI20160621BHJP
A61F 2/10 20060101ALI20160621BHJP
A61L 27/00 20060101ALI20160621BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 Z
A61B17/322
A61F2/10
A61L27/00 Z
【請求項の数】14
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-507845(P2013-507845)
(86)(22)【出願日】2012年4月2日
(86)【国際出願番号】JP2012059003
(87)【国際公開番号】WO2012133900
(87)【国際公開日】20121004
【審査請求日】2014年3月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】501345220
【氏名又は名称】株式会社セルシード
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 充弘
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】水谷 学
(72)【発明者】
【氏名】原田 明希摩
【審査官】
野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−075979(JP,A)
【文献】
特開2010−075081(JP,A)
【文献】
特開2010−220488(JP,A)
【文献】
Klin Monatsbl Augenheilkd,1999年,Vol.214,pp.103-106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPI(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状の培養細胞を移植するための平面を有する治具であって、同一方向の平面において(1)細胞シートをシート状の形状を保たせながら捕捉する面部分と(2)その周囲に被移植部を吸引固定するための吸引孔を有する、細胞シート移植治具であって、
前記捕捉面の材質は、ポリウレタン、ポリエチレンエラストマー、シリコン樹脂、テフロン、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、及び金属類からなる群から選ばれる、前記細胞シート移植治具。
【請求項2】
細胞シート移植治具が平板状である、請求項1記載の細胞シート移植治具。
【請求項3】
細胞シート移植治具が弾性体である、請求項1または2記載の細胞シート移植治具。
【請求項4】
細胞シートを捕捉する面部分が、細胞培養基材表面上に培養させた細胞を剥離させ、その後、その剥離させた培養細胞を再び他の場所へ付着させるための細胞接着面である、請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞シート移植治具。
【請求項5】
細胞シートを捕捉する面部分に、細胞シートを吸引固定するための吸引孔を有する、請求項1〜4のいずれか1項記載の細胞シート移植治具。
【請求項6】
細胞シートを捕捉する面部分が凸状の弾性体であって、細胞培養基材表面と接する際、当該細胞接着面の凸部先端部から接し始め、最終的に細胞培養基材の任意の表面全体と接触することのできる、請求項1〜5のいずれか1項記載の細胞シート移植治具。
【請求項7】
細胞シートを捕捉する面部分に細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド、或いは親水性ポリマーの1種、もしくは2種以上を付着させたものである、請求項1〜6のいずれか1項記載の細胞シート移植治具。
【請求項8】
細胞接着性タンパク質がフィブリンゲル、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン、ゼラチンの1種、もしくは2種以上からなるものである、請求項7記載の細胞シート移植治具。
【請求項9】
親水性ポリマーが含水ゲルである、請求項7記載の細胞シート移植治具。
【請求項10】
親水性ポリマーが温度応答性ポリマーである、請求項7記載の細胞シート移植治具。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項記載の細胞シート移植治具であって、
(1)前記細胞シートを捕捉する面に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞シートを細胞培養基材上から剥離させ、
(2)当該細胞シート移植治具を被移植部まで移動し、
(3)前記吸引孔で被移植部を吸引固定し、
(4)前記細胞シート捕捉面と培養細胞との付着力を弱めることにより、当該細胞シート捕捉面に付着した細胞シートを、前記固定された被移植部へ付着させる
ことにより、前記シート状の培養細胞を移植するための、
前記細胞シート移植治具。
【請求項12】
前記(2)において、細胞シート移植治具を別の培養細胞シート上に置き、2以上の細胞シートを積層化させた後、当該細胞シート移植治具を被移植部まで移動する、請求項11記載の細胞シート移植治具。
【請求項13】
前記被移植部が生体組織内である、請求項11または12記載の細胞シート移植治具。
【請求項14】
前記被移植部が組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した部分である、請求項11〜13のいずれか1項記載の細胞シート移植治具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野における培養細胞シートの移植治具及びその利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、動物細胞培養技術が著しく進歩し、動物細胞を対象とした研究開発もさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化したりするだけでなく、今や細胞やその細胞表層蛋白質を分析することで有効な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で再生したり、或いはその機能を高めたりしてから生体内へ戻し治療する等ということも実施されつつある。現在、動物細胞を培養する技術、並びに評価、解析、利用する技術は、研究者が注目している一分野である。ところで、ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、基材表面に付着させる必要性がある。そして、培養した細胞をばらばらに剥離させず、その基材表面上で培養した形態を保持したまま剥離させる必要性も出てきている。
【0003】
特に患者本人の細胞を生体外で再生する技術について言えば、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。対象となる臓器も皮膚、角膜、腎臓、肝臓、心臓等と実に多様で、また、術後の経過も格段に良くなり、医療の一技術としてすでに確立されつつある。一例として角膜移植をあげると、約50年前に日本にもアイバンクが設立され移植活動が始められた。しかしながら、未だにドナー数が少なく、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人いるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため、次なる医療技術が求められているのが現状である。このような背景のもと、患者本人の正常な細胞を所望の大きさまで培養し移植しようとする技術が開発された。
【0004】
一方で、例えば、特開平05−192138号公報には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下又は下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞が剥離されることを特徴とする皮膚細胞培養法が記載されている。この方法においては、温度応答性ポリマーを被覆した培養基材から温度により細胞を剥離させているが、この方法では剥離性が悪く、得られた細胞シートは構造欠陥の多いものであった。したがって、特開平05−192138号公報に記載の方法をin vitroでの心筋様組織構築に適用することも困難であった。
【0005】
さらに国際出願公開公報WO02/08387号では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で心筋組織の細胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートをポリマー膜に密着させ、そのままポリマー膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見いだした。しかしながら、この方法でも心筋様細胞シートの積層化は簡便な操作で行えるものではなく、より簡便で正確に積層化できる技術、さらにはそれを心臓組織という曲面状の被移植面へ移植する方法が強く望まれていた。
【0006】
以上のような課題を開発するために、特開2005−176812号公報には細胞接着面を有する細胞シート移植治具に関する技術が示されており、この治具を用いることにより細胞培養基材上の培養細胞を剥離させ、その後、その剥離させた培養細胞を再び付着させることができるようになった。しかしながら、ここで示される治具は細胞シートの積層化を行うためのものであって、上述したような曲面状の被移植面へ移植する方法としては十分な機能を有するものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平05−192138号公報
【特許文献2】国際出願公開公報WO02/08387号
【特許文献3】特開2005−176812号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からの新規な細胞シート移植治具を提供することを目的とする。また、本発明は、その利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、細胞シート移植治具の吸引孔で被移植部周囲を吸引固定し、その後、細胞シート移植治具の細胞シート捕捉面に存在する細胞シートを被移植部で均一に接触することができるようになることを見出した。また、その細胞シート移植治具の細胞接着面と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を被移植部へ再び付着させることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本願は下記の発明を提供する。
(a) シート状の培養細胞を移植するための平面を有する治具であって、同一方向の平面において(1)細胞シートをシート状の形状を保たせながら捕捉する面部分と(2)その周囲に被移植部を吸引固定するための吸引孔を有する細胞シート移植治具。
(b) 細胞シート移植治具が平板状である、(a)記載の細胞シート移植治具。
(c) 細胞シート移植治具が弾性体である、(a),(b)のいずれか記載の細胞シート移植治具。
(d) 細胞シートを捕捉する面部分が、細胞培養基材表面上に培養させた細胞を剥離させ、その後、その剥離させた培養細胞を再び他の場所へ付着させるための細胞接着面である、(a)〜(c)のいずれか1つに記載の細胞シート移植治具。
(e) 細胞シートを捕捉する面部分に、細胞シートを吸引固定するための吸引孔を有する、(a)〜(d)のいずれか1つに記載の細胞シート移植治具。
(f) 細胞シートを捕捉する面部分が凸状の弾性体であって、細胞培養基材表面と接する際、当該細胞接着面の凸部先端部から接し始め、最終的に細胞培養基材の任意の表面全体と接触することのできる、(a)〜(e)請求項1〜5のいずれか1つに記載の細胞シート移植治具。
(g) 細胞シートを捕捉する面部分に細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド、或いは親水性ポリマーの1種、もしくは2種以上を付着させたものである、(a)〜(f)のいずれか1つに記載の細胞シート移植治具。
(h) 細胞接着性タンパク質がフィブリンゲル、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン、ゼラチンの1種、もしくは2種以上からなるものである、(g)記載の細胞シート移植治具。
(i) 親水性ポリマーが含水ゲルである、(g)記載の細胞シート移植治具。
(j) 親水性ポリマーが温度応答性ポリマーである、(g)記載の細胞シート移植治具。
(k) (1)(a)〜(j)のいずれかに記載の細胞シート移植治具に設けた細胞シートを捕捉する面に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞シートを細胞培養基材上から剥離させ、(2)当該細胞シート移植治具を被移植部まで移動し、次に(3)当該細胞シート移植治具に設けた吸引孔で被移植部を吸引固定し、(4)その固定された被移植部へ細胞シート捕捉面に付着した細胞シートを細胞接着面と培養細胞との付着力を弱めることで剥離させた培養細胞シートを被移植面へ付着させることを特徴とする細胞シート移植治具の利用方法。
(l) (k)(2)において、当該細胞シート移植治具を別の培養細胞シート上に置き、2以上の細胞シートを積層化させた後、当該細胞シート移植治具を被移植部まで移動することを特徴とする(k)記載の細胞シート移植治具の利用方法。
(m) 被移植部が生体組織内である、(k),(l)のいずれか1つに記載の細胞シート移植治具の利用方法。
(n) 被移植部が組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した部分である、(k)〜(m)のいずれか1つに記載の細胞シート移植治具の利用方法。
(o) 組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部に対し、(a)〜(j)のいずれかに記載の細胞シート移植治具を用いてシート状の培養細胞を生体組織内に移植することを特徴とする治療法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に記載される凸状の細胞接着面を有する細胞シート移植治具を用いれば、細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に付着させるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移動させられ、しかも正確に移動できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1に示す吸引孔を備えた細胞シート移植治具を示すものである。図中の(a)は上面から見た図であり、(b)は底面から見た図である。
【
図2】実施例1に示す吸引孔を備えた細胞シート移植治具を示すものである。図中の(a)は上面から見た図であり、(b)は底面から見た図である。
【
図3】実施例1に示す吸引孔を備えた細胞シート移植治具を示すものである。図中の(a)は上面から見た図であり、(b)は底面から見た図である。
【
図4】実施例1に示す吸引孔を備えた細胞シート移植治具を示すものである。図中の(a)は上面から見た図であり、(b)は底面から見た図である。
【
図5】実施例1、
図3の治具の具体的な寸法を示す。
【
図6】実施例1、
図2で設計した治具を試作した結果を示す。
【
図7】実施例1、
図2で設計した治具へ柄を付けた治具を示す。
【
図8】実施例1で細胞シートに糸を掛けて固定する治具を示す。
【
図9】実施例1で、1度の移植で3個の細胞シートを移植できる治具を示す。
【
図10】実施例1で、1度の移植で6個の細胞シートを移植できる治具を示す。
【
図11】実施例2で、柔らかな素材で作製した移植治具を示す。
【
図12】実施例2、
図11のものが柔らかなものであることを示す。
【
図13】実施例2で、
図11のものがブタ心臓の表面に密着できることを示す。
【
図14】実施例3で、管内に収納できる移植治具を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、シート状に培養した培養シートを被移植部へ確実に移植するための移植治具に関するものである。その治具には、被移植部を固定するための吸引孔が設けられている。本発明では、その吸引孔を被移植部へあて、吸引することで、曲面状の例えば生体組織の表面が平面状に変えられ、その後の細胞シートの移植工程に好都合である。その際、治具内の吸引孔の数は特に限定されないが、本発明の目的から同一平面上に3個以上の吸引孔があることが好ましい。その吸引孔の形状、他の吸引孔との間隔、平面に対する位置についても特に限定されものではなく、目的とする被移植部に応じて適宜、条件を変更すれば良い。また、吸引程度の強さについても被移植部が平面上に固定されれば良く特に限定されるものでなく、被移植部の状況に応じて適宜、条件を変更すれば良い。その際、強く吸引すると被移植部が変質し、本発明の方法として好ましくない。吸引するための手段も特に限定されるものではないが通常、減圧ポンプが用いられる。さらに、本移植治具の材質についても特に限定されるものでないが、例えば、ポリウレタン、ポリエチレンエラストマー、シリコン樹脂、テフロン(登録商標)、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、金属類等が挙げられるが特に限定されるものではない。その中でポリウレタン、ポリエチレンエラストマー、シリコン樹脂は曲面状の組織に対応できる適度に柔らかな弾性体であり本発明において好都合である。
【0014】
本発明の移植治具は、上述した吸引孔と同一方向の平面において細胞シートを捕捉する面を有する。本捕捉面の材質は特に限定されるものでないが、例えば、ポリウレタン、ポリエチレンエラストマー、シリコン樹脂、テフロン(登録商標)、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、金属類等が挙げられるが特に限定されるものではない。その中でポリウレタン、ポリエチレンエラストマー、シリコン樹脂は曲面状の組織に対応できる適度に柔らかな弾性体であり本発明において好都合である。その際、上述した吸引孔部の材質と同一であっても、同一でなくても良い。その捕捉方法は特に限定されるものではないが、軽度に吸引する方法、糸等を用いて固定する方法、細胞接着性物質で付着させる方法等が挙げられる。例えば、軽度に吸引する場合は細胞シート捕捉面に吸引孔を設ければ良く、その際、治具内の吸引孔の数は特に限定されないが、本発明の目的から同一平面上に3個以上の吸引孔があることが好ましい。その吸引孔の形状、他の吸引孔との間隔、平面に対する位置についても特に限定されものではなく、目的とする細胞シートに応じて適宜、条件を変更すれば良い。また、吸引程度の強さについても細胞シートが平面上に固定されれば良く特に限定されるものでなく、細胞シートの状況に応じて適宜、条件を変更すれば良い。その際、強く吸引すると細胞シートが変質し、本発明の方法として好ましくない。吸引するための手段も特に限定されるものではないが通常、減圧ポンプが用いられる。
【0015】
本発明の移植治具とは、同一方向の平面において(1)細胞シートをシート状の形状を保たせながら捕捉する面部分と(2)その周囲に被移植部を吸引固定するための吸引孔を有するものである。その際、当該平面はその形状を保った状態の治具でも良く、管内に収納でき必要に応じて面部分を出し入れできる状態の治具でも良い。後者の場合、例えば内視鏡で利用できるようになり、細胞シートを生体患部への侵襲を少なくして移植させることができ好都合である。
【0016】
本発明において、細胞シート捕捉面に、例えば、細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド、或いは親水性ポリマーの1種、もしくは2種以上からなるものを用いても良い。その中の細胞接着性タンパク質としては、フィブリンゲル、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン、ゼラチンなどの1種、もしくは2種以上からなるものが挙げられる。また、細胞接着性ペプチドとしては、RGDペプチド、RGDSペプチド、GRGDペプチド、GRGDSペプチドなどの1種、もしくは2種以上からなるものが挙げられる。細胞接着面における細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドの固定化方法は特に限定されないが、常法として知られる細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド水溶液の塗布による物理的吸着などを行えば良い。細胞シート捕捉面における細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドの固定化量は移動させたい細胞を付着させられるに十分な量が固定化されていれば良く特に限定されるものではないが、その固定化量は0.005μg/cm
2以上、好ましくは0.01μg/cm
2以上、さらに好ましくは0.02μg/cm
2以上である。細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドの固定化量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞接着面を直接測る方法、あらかじめラベル化した細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドを同様な方法で固定化し細胞接着面に固定化されたラベル化細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0017】
本発明に用いられる親水性ポリマーとしては、ホモポリマー、コポリマーのいずれであっても良い。例えば、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ゲル、或いはその含水状態が温度によって変化する温度応答性ゲルなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0018】
本発明に用いる親水性ポリマーは温度応答性ポリマーであっても良い。また、その温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであっても良く、このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。各種ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。細胞接着面における親水性ポリマーの固定化量は移動させたい細胞を付着させられるに十分な量が固定化されていれば良く特に限定されるものではないが、その固定化量は0.5μg/cm
2以上、好ましくは1.0μg/cm
2以上、さらに好ましくは1.5μg/cm
2以上である。親水性ポリマーの固定化量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞接着面を直接測る方法、あらかじめラベル化した親水性ポリマーを同様な方法で固定化し細胞接着面に固定化されたラベル化親水性ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0019】
本発明に用いられる細胞シート移植治具内の細胞接着面は移動させたい培養細胞、培養細胞シートの大きさに合わせて随時決めて行けば良く何ら限定されるものではない。また、細胞接着面を有する細胞シート移植治具においても細胞接着面の大きさに合わせて随時決めていけば良い。さらに細胞シート移植治具の形状も特に限定されるものではなく、治具を移動させるために必要なグリップや他の装置を接合できるような仕組みを設けても良い。
【0020】
細胞シート捕捉面が凸状であれば、細胞培養基材表面の培養細胞に移動治具の細胞接着面を近づけていくと、まず、細胞接着面の最も凸になった部分が接することができる。そしてさらに細胞接着面を近づけていくと、最も凸になった部分を中心に細胞接着面が剥離したい細胞培養面全体に広がって接触することとなる。このような状態で細胞接着面と培養細胞とを接触させることで、細胞接着面と培養細胞との間に気泡が入ることがなく細胞接着面と培養細胞間を密着させられ、結果として効率よく培養細胞を剥離させられるようになる。その際、細胞接着面の凸部の形状は特に限定されるものではなく、細胞接着面のいずれかの場所がその他のところに比べ凸になっていれば良いが、細胞培養基材上の培養細胞を広範囲に剥離させるには、細胞接着面の最も凸な部分は細胞接着面の中心にあった方が良い。ここでの細胞接着面の中心とは、最も凸な部分が点状もしくはそれを中心とした面状のものであれば細胞接着面の中心部を意味し、最も凸な部分が線状もしくはそれを中心とした面状のものであれば細胞接着面の中心を含む中心線部を意味する。
【0021】
本発明は、凸になった細胞接触面を培養細胞面に凸部の方から接触させるものである。その際、その凸部の全部を利用しても、その一部だけを利用しても良い。いずれにせよ、まず凸部の細胞接触面が培養細胞面に接し、さらに細胞接着面が培養細胞面に近づくことで、細胞接着面が平面状に変わり接していくことになる。その際、凸部の寸法は、細胞接着に利用する範囲において最も凸な部分の高さとして、0.5mm〜5mmの範囲が良く、好ましくは0.8mm〜3mmの範囲が良く、さらに好ましくは1.0mm〜2.5mmの範囲が良く、最も好ましくは1.2mm〜2.0mmの範囲が良い。凸部の高さが0.5mm以下の場合、細胞接着面が平面のときと変わらず、移動させたい細胞を必ずしも全てを剥離できず好ましくなく、また、凸部の高さが5mm以上のとき、その凸状の細胞接着面が最終的に平面に変わるときの歪や、場合によっては凸状の細胞接着面を平面状にするための圧力が培養細胞への負荷となり好ましくない。
【0022】
また、本発明においては、細胞接着面全体に対する凸になっている面積の割合は特に限定されるものではないが、凸な部分の面積の割合として、40%〜100%の範囲が良く、好ましくは50%〜100%の範囲が良く、さらに好ましくは70%〜100%の範囲が良く、最も好ましくは80%〜100%の範囲が良い。種々検討した結果、凸部の面積の割合が40%以下の場合、細胞接着面と培養細胞との間に気泡が入る場合が多く本発明として好ましくない。
【0023】
さらに、本発明における凸部の形状は、細胞接着面側から観察したときの形状、並びに細胞接着面に対し垂直に観察したときの形状の何れも特に限定されるものではなく、垂直にしたときの形状を例にとると、利用する細胞接着面全体が連続的、もしくは段階的に徐々に凸状になっていても良い。
【0024】
本発明に使用される細胞は、例えば角膜上皮細胞、角膜内皮細胞、網膜色素細胞、表皮角化細胞、口腔粘膜細胞、結膜上皮細胞、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、骨格筋筋芽細胞、間葉系幹細胞、肺胞上皮細胞、中皮細胞、軟骨細胞、滑膜細胞、骨細胞、歯根膜細胞、その他の幹細胞等のいずれかもしくは2者以上の混合物が挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。また、その細胞の由来は特に制約されるものではないが、たとえばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジなどが挙げられるが、本発明の培養細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト由来の細胞を用いる方が望ましい。
【0025】
本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではないが、得られた培養細胞をヒトの治療に用いる場合は用いる培地の成分は由来が明確なもの、もしくは医薬品として認められているものが望ましい。
【0026】
本発明における培養基材の形状は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのような形態のもの、或いは平膜状のものなどが挙げられる。
【0027】
本発明は、細胞シート移植治具に設けた細胞接着面に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞を細胞培養基材上から剥離させ、その後、その細胞シート移植治具の細胞接着面と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることを特徴とする培養細胞移動方法を提供する。この方法に従えば、細胞培養基材上の培養細胞を簡便に剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に付着させるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移動させられ、しかも正確に移植できるようになることを見出した。
【0028】
本発明において培養細胞を移動させるには、まず細胞シート移植治具に設けた細胞接着面に細胞培養基材上の培養細胞を付着させる必要がある。その付着させる方法は何ら限定されるものではないが、本発明における細胞シート移植治具には細胞接着面が設けてあるため、その部分を移動させたい培養細胞上に乗せ、静置させるだけで良い。本発明の細胞接着面に細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドを用いた場合、培養細胞は細胞シート移植治具に対しその細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドを介して付着する。また、細胞接着面に親水性ポリマーを利用した場合、親水性ポリマーの吸水力、或いは細胞接着面ポリマー層表面の親疎水性の性質に培養細胞が物理的に付着する。その際、付着を促進させる目的で培養細胞に負担がかからない程度に荷重を負荷させたり、或いは付着するまで十分に時間をかけることなどを行っても良い。さらに、培地量を増減、培養温度を変化させるなど培養細胞の付着を促進する操作を併用しても良い。また、その付着操作を上下方向に稼動できるZ−ステージを利用して自動で行っても良い。
【0029】
上述した方法により細胞シート移植治具に付着した培養細胞は、その細胞シート移植治具とともに移動することで自由に希望する場所へ移動させ、移植させることができる。その際、培養細胞が汚染されることを防ぐ意味で、培養細胞の移動は無菌的に行われる方が良い。また、付着した細胞が乾燥しないように移動操作を加湿下で行っても良い。
【0030】
本発明では、上述した方法で移動させた培養細胞を再び付着させたい場所に乗せ、再付着させる技術である。その再付着させる方法は特に限定されるものではないが、通常、移動してきた培養細胞を再付着させたい場所へ付着させた後、細胞シート移植治具の細胞接着面と培養細胞との付着を弱め、細胞シート移植治具を培養細胞から離すことで操作を完了する。その際、細胞シート移植治具の細胞接着面が残存しても特に問題にならなければ、細胞シート移植治具の細胞接着面で細胞接着面と培養細胞を一緒に剥がす方法でも良い。細胞シート移植治具の細胞接着面と培養細胞との付着を弱めるために、例えば細胞接着面が細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドである場合、それらと細胞との付着性より強く付着するアミノ酸、ペプチド、タンパク質などを添加する方法、十分に培地を投入する方法などの方法が挙げられる。また、細胞シート移植治具の細胞接着面が親水性ポリマーの場合、培地を十分に投入して親水性ポリマーの吸水力を弱める方法、細胞接着面ポリマー層表面の十分に親水性に変えることによって培養細胞を剥離させられる。一方で、再付着させたい場所へ付着させることを促進させる目的で培養細胞に負担がかからない程度に荷重をかけたり、付着するまで十分な時間をかけること、さらには培養温度を変えることなどを併用しても良い。
【0031】
本発明でいう移植させる場所とは特に制約されるものではなく、例えば培養基材表面、生体内組織表面、生体外組織表面、別の培養細胞、或いは後で述べる別の培養細胞シート上でも良い。ここでいう生体内組織表面、生体外組織表面とはたとえばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジなどが挙げられるが由来に限定されるものではない。また、別の培養細胞とは角膜上皮細胞、表皮角化細胞、口腔粘膜細胞、結膜上皮細胞、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞のいずれかもしくは2者以上の混合物が挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではないが、本発明の培養細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト由来の細胞を用いる方が望ましい。
【0032】
細胞培養基材表面に温度応答性ポリマーが被覆されていれば、国際出願公開公報WO02/08387号に示す通り培養温度を変化させるだけで培養細胞をシート状に細胞培養基材表面から剥離させられ、本発明の技術を用いることでその剥離操作、移動操作、さらに再付着操作が簡便に正確に行えるようになる。その場合、基材表面に被覆される温度応答性ポリマーは、水溶液中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
【0033】
本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
【0034】
温度応答性ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。温度応答性ポリマーの被覆量は、0.4〜4.5μg/cm
2の範囲が良く、好ましくは0.7〜3.5μg/cm
2であり、さらに好ましくは0.9〜3.0μg/cm
2である。0.2μg/cm
2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に4.5μg/cm
2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。
【0035】
本発明において、培養細胞をシート状で剥離させ、細胞シート移植治具を用いて培養細胞シート同士を積層化させたり、培養細胞シートを生体内組織や生体外組織に移植させたりするためには、温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養基材上で細胞を培養し、培養細胞をシート状に剥離させなければならない。その際、培地の温度は、培養基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0036】
本発明の方法において、培養細胞シートを温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養基材上から剥離回収するには、培養細胞シートを細胞シート移植治具に付着させ、培養基材表面の温度を上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。なお、培養細胞シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
【0037】
本発明における温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養基材上から剥離され、細胞シート移植治具を用いることで得られた培養細胞シートは、培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けておらず、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様蛋白質も酵素による破壊を受けておらず、また、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく強度の高いものである。さらに、細胞シート移植治具を用いることで正確に培養細胞シート同士を積層化させたり、患部組織へ正確に移動させることが可能となる。これらのことにより、例えば培養細胞シートの移植時においては患部組織と良好に正確に接着させることができ、効率良い治療を実施することができるようになる。
【0038】
本発明で示すところの培養細胞シートと生体組織との固定方法は特に限定されるものではなく、培養細胞シートと生体組織を縫合しても良く、或いは本発明で示すところの培養細胞シートは生体組織と速やかに生着するため、患部に付着させた培養細胞シートは生体側と縫合しなくても良い。
【0039】
本発明の吸引孔を有する細胞シート移植治具を用いれば、細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に移植できるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移植させられ、しかも正確に移植できるようになる。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0041】
[実施例1]
本発明である細胞シート移植治具の具体例として、吸引孔の配置の異なる4種類の形状を設計した(
図1〜4)。それぞれ(a)に治具の全体像を、(b)に吸引孔、並びに細胞シートを捕捉する面のある底面を示す。
図5に
図3に示す治具の具体的な寸法を示す。
図6に
図2で設計した治具を実際に試作した。このものは、
図7に示されるように2種類の方法で柄を付け、細胞シートを移植し易いように改良できる。さらに、
図8では細胞シートに糸を掛けて固定できる治具を示した。また、
図9には1度の移植で3個の細胞シートを移植できる治具を具体的に示した。さらに、
図10には1度の移植で6個の細胞シートを移植できる治具を具体的に示した。
【0042】
[実施例2]
本発明である細胞シート移植治具を柔らかな素材であるシリコン樹脂を使って成型加工した。作製した移植治具の全体の上面からの外観を
図11に示す。細胞シート捕捉部(図の反対側の面)には、本発明で示すところの吸引孔を有している。本発明品が柔らかな材質であることを
図12に示す。その結果、球面状のブタの心臓表面に対しても本発明品が密着できることが分かった(
図13)。
【0043】
[実施例3]
本発明である(1)細胞シートをシート状の形状を保たせながら捕捉する面部分と(2)その周囲に被移植部を吸引固定するための吸引孔を有する面部分を管内に収納し、必要に応じ当該面部分を出し入れできる移植治具を具体的に示した。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明に記載される細胞シート移植治具を用いれば、細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させられ、その剥離させた培養細胞を簡便に移植させるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移植させられ、しかも正確に移植できるようになる。さらに、細胞培養基材表面に温度応答性ポリマーを被覆したものを用いれば、生体組織への生着性が極めて高い培養細胞シートが得られるようになる。この方法で得られる培養細胞シートは、たとえば角膜移植、皮膚移植、角膜疾患治療、虚血性心疾患治療等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。