(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第2の工程における前記定量解析は、試料の実測された前記画像に現れている線質硬化を、テーラー展開式で近似して、該式の係数を決定する工程を備えることを特徴とする、請求項2記載の分析方法。
前記第4の工程における前記特定は、前記計算機シミュレーションを実施して得られるX線コンピュータ断層画像の線質硬化の定量解析によるテーラー展開式の係数が、前記試料の係数に近い方から4つの元素を、前記試料の元素を含む元素群であると特定する工程を備えることを特徴とする、請求項3記載の分析方法。
前記第3の工程で得られた定量解析結果の中で、前記第2の工程で得られた線質硬化の定量解析結果の値と類似する値を有する濃度を、試料の濃度であると特定する第4の工程とを備えることを特徴とする請求項2乃至5のいずれか1項記載の分析方法。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施形態について以下説明する。
【0022】
本実施形態では、試料は、重元素を対象とすることができる。「重元素」とは、本発明の方法で分析できる程度に原子番号が大きい元素のことである。例えば、100kVの加速電圧のCT装置の例では、後述する
図8の説明のように、原子番号がおよそ50以上の元素が該当する。また、より低い加速電圧のCT装置を用いれば、原子番号が50より低い元素も分析可能になるので、本発明では、これも重元素に含む。
【0023】
本実施形態では特定の元素を例に説明するが、元素の種類を特定できる重元素として、原子番号がおおよそ40以上の重元素を対象とすることができる。例えばCT装置の加速電圧が70−130kVの範囲ならば、原子番号47〜96である。
【0024】
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態について、
図1〜10を参照して以下説明する。
図1は、本実施形態におけるX線CT撮影を説明する図である。
【0025】
本実施形態の試料の分析方法は、次の(A)及び(B)を備える。
(A)試料の実測X線コンピュータ断層画像を取得する。
(B)複数の元素の複数の濃度を想定したX線コンピュータ断層画像生成の計算機シミュレーションを実施して、得られた線質硬化の定量解析結果が、前記試料の前記実測X線コンピュータ断層画像の線質硬化の定量解析結果と、類似する元素を、試料の元素であると特定する。
【0026】
本実施の形態は、具体的には、(A)を実行する第1の工程、及び(B)を実行する第2〜4工程を備える。
(第1工程) 多色性線X線源を用いた単一エネルギーX線コンピュータ断層撮影装置で、試料の実測X線コンピュータ断層画像を取得する。
(第2工程) 前記実測X線コンピュータ断層画像に現れている線質硬化を定量解析する。
(第3工程) 前記実測X線コンピュータ断層画像を参照し、複数の原子番号の元素と濃度を想定して、該複数の元素の複数の濃度の場合のX線コンピュータ断層画像生成の計算機シミュレーションを実施して、生成された画像に現れている線質硬化を定量解析する。
(第4工程) 前記第3の工程で得られた定量解析結果の中で、前記第2の工程で得られた線質硬化の定量解析結果の値と類似する値を有する元素を、試料の元素であると特定する。
【0027】
前記第1〜4工程において、試料は、原子番号と濃度が未知の試料である。
【0028】
第3工程では、第1工程で得られた1枚の未知の試料の実測X線CT画像を参照して、さまざまな原子番号と濃度を想定してそれぞれについてCT画像生成の計算機シミュレーションを実施する。ここで、実測X線CT画像を参照するとは、例えば、実測X線CT画像で線質硬化が発現している領域を横切るラインのプロファイルを計測した結果を参照することをいう。例えば、CT画像からある閾値で抽出した輪郭線データを参照する。また、計算機シミュレーションの際には、実測X線CT画像から抽出した輪郭線データと共に、実測X線CT画像の撮影で用いたX線スペクトルのデータを用いる。ここで、輪郭線データは、実測X線CT画像で明るく輝く領域(重元素がある領域)を指定する情報として使用する。このように、CT画像に写っている物体の原子番号と濃度の2つをさまざまに想定してCT画像をシミュレーションで多数生成したCT画像の線質硬化のラインプロファイルを解析して、線質硬化の抑制の程度を示す値を求める。線質硬化の抑制の程度を示す値は、例えば、後述する式の係数c
0やc
2である。
【0029】
第4工程では、実測された線質硬化に類似する原子番号と濃度の組み合わせを探す。例えば、線質硬化の抑制の程度を表す値(例えば、後述するc
0とc
2の2つの値)が、実測データとできるだけ合致する4候補に元素を絞り込む。その後、上記値について濃度換算をすることにより、元素及び濃度の組み合わせが求まる。
【0030】
本実施形態について理解を深めるために、試料の元素及び濃度として、塩化セリウム(CeCl
3)水溶液試料を、例にとって、上記各工程について、以下詳しく説明する。
塩化セリウム(CeCl
3)水溶液試料は、濃度が0.55mol/Lで、直径約3cmのポリプロピレン試料管に入れたものを、さらに大きめの角形プラスチック容器(本体ポリプロピレン製、蓋はポリエチレン製)に収納したものを準備した。この二重収納は、貨物検査などの実際のセキュリティの現場で遭遇する状況(密封されて、内部を容易にはうかがえない状態)を模擬したものである。実際に本発明を実施する場合は、収納内部が未知であることは言うまでもない。
【0031】
(第1工程)
二重収納された状態の試料を、多色性X線源を有する医療用X線CT装置で撮影した。撮影装置は、例えば非特許文献4〜6に記載されているような公知の装置でよい。CTの撮影条件は、加速電圧は100kV、CT画像サイズは16cm×16cm=512×512画素である。
図1に、撮影結果を示す。試料が重元素Ceを含み、かつ使用したX線源が多色性であるので、得られたCT画像は強い線質硬化を示す。
図1(a)は二次元X線CT画像である。明るい画素の部分が、CeCl
3水溶液である。グレースケールの色調を操作して、溶液中の色ムラを強調させた画像(b)も併せて表示した。(b)では、色調操作の結果、プラスチック容器は見えなくなった。このように、線質硬化は、
図1(a)のグレースケールを適切に調整すれば、水溶液中の色ムラとして明瞭に確認できる(
図1(b))。
【0032】
(第2工程)
画像(
図1(b)参照)の線質硬化現象を以下の手法で定量解析する。
図2は、
図1(b)に対応する画像であり、
図2(a)は
図1(b)のCeCl
3(0.55mol/L水溶液)のズーム画像、
図2(b)は、計算機シミュレーションで再現した(a)に対応するCeCl
3(0.55mol/L水溶液)のCT画像である。矢印の座標系(画像中心を原点0とし紙面矢印方向をx座標とする。)に沿って画素値を71個サンプリングしてラインプロファイル解析を行った。なお、
図2(a)は実画像であるのでノイズがのっている。
【0033】
画素値の空間分布を記述する関数形は、一般に、無限に続くテーラー級数で表現できる。テーラー展開式は、c
0+c
1x+c
2x
2+c
3x
3+c
4x
4+c
5x
5+・・・、というように表される。しかし、
図2(a)の座標系を採用すれば試料形状の対称性から、テーラー級数のうちx
2、x
4、x
6・・・などの偶関数成分のみで記述可能であり、しかも、71画素という比較的短い区間なので、もっとも低次の偶関数である放物線で十分近似可能である。結果として、画素値は、次の式(1)で近似できる。
c
0+c
2x
2 式(1)
xは画素数で表した変位(単位は無次元)である。c
0とc
2は、定数であり(単位はシミュレートしたCT画像についてはcm
-1)、最小二乗法でデータにフィッティングして決定する。偶関数として2次の場合で説明するが、4次や6次でもよい。ちなみに、試料形状が対称でない場合は、c
1xやc
3x
3などの奇関数(c
1とc
3は定数)を追加することで対応できる。
【0034】
(第3及び4工程)
次に、実測されたc
0とc
2値を再現できるような重元素の種類と濃度を以下のシミュレーションで求める。
【0035】
図3に、使用したCT(X線CT装置の加速電圧100kV)の多色性X線源のスペクトル(黒丸印の実線、非特許文献6)と3種類の試料の線吸収係数を示す。これら3種類の試料の線吸収係数は、例えば、非特許文献8に示されているプログラム等により、計算することができる。3種類の試料は、ZrCl
4 0.62mol/L水溶液(太い実線)、CeCl
3 0.55mol/L水溶液(点線)、ThO
2 0.28mol/L懸濁液(細い実線)である。
【0036】
ここで、線質硬化(ビームハードニング)について、
図3を参照して説明する。線質硬化とは、
図3のような連続的なスペクトルをもったX線が試料を通過するとき、
図3のように物質の線吸収係数は低エネルギーに対して大きいので、X線の低エネルギー成分がより多く試料表面付近で吸収され、結果的に、X線が試料中を進むにつれてX線のエネルギーピークが高い側(ハードX線の方向)に移動することである。水溶液のような内部構造が均質な試料にもかかわらず、あたかも試料表面付近に強いX線の吸収ゾーンがあるようなCT画像が再構成される(
図1、2参照)。
【0037】
Ce程度の原子番号の元素(原子番号50〜90)は、線吸収係数のジャンプが起こるK吸収端の位置(Ceの場合は
図3の点線から明らかなように40keVに位置する)がX線源のスペクトルの範囲(22〜100keV)内に存在する。K吸収端の位置がX線源のスペクトル範囲内である元素は、線質硬化が抑制される。つまりc
0値のわりにはc
2値が低くなる。
【0038】
線質硬化が抑制される事象は既に知られているが、本発明者は、その抑制の程度をCT画像シミュレーションを用いてさまざまな原子番号と濃度について系統的に調べることによって、未知試料の原子番号と濃度の同時決定を可能にした。
【0039】
なお、従来技術の非特許文献7では、単にGdとIという2つの元素を比べ、Gdが線質硬化が弱いということが示されているのみであり、元素分析の可能性には言及していない。非特許文献7は、理論とCT実験を報告している。しかし、その理論では、X線の投影(シノグラム)を用いて議論している。シノグラムは普通のCT画像ユーザーがアクセスできないデータである。これに対して、本実施形態では、CT画像シミュレーションを実施し、一般ユーザーがアクセス可能なCT画像を用いて線質硬化現象を利用するものである。本実施形態では、線質硬化をラインプロファイルという形で定量的に分析している。
【0040】
CT画像生成シミュレーション作業について、以下説明する。
本実施形態のCT画像生成シミュレーション作業は、従来技術のような線質硬化を補正して線質硬化のないCT画像を出力するのではなく、むしろ積極的に線質硬化をCT画像中に発現させ、それを式(1)によって定量評価して、そこから未知試料中の重元素の原子番号と濃度の情報を読み解くものである。
【0041】
(CT画像生成シミュレーション作業について)
本実施形態の第2工程及び第3工程で実施している、線質硬化をラインプロファイルという形で定量的に分析する、CT画像生成シミュレーション作業について、詳しく説明する。
【0042】
図1(a)の画像から、適切な閾値を採用して重元素を含む明るい画素を抽出する。
図1(a)から明らかなように、重元素を含む領域は画素値(画像の明度)が周囲の空気やプラスチック容器とはかなり異なるので、閾値の選択は容易である。その作業の結果、
図1の例では、ほぼ正方形をした明るい領域を抽出している。この閾値で抽出された領域の輪郭の情報が輪郭線データである。この領域は、
図2(a)のように線質硬化を発現しているので、この領域をほぼ横切る長さ(
図2(a)では71画素)で、後述する
図9に示すようなラインプロファイルをとり、該ラインプロファイルを式(1)で最小二乗フィットして、線質硬化に関する2つのパラメータ(c
0とc
2)を未知試料の実測値として獲得する。
【0043】
第2工程で抽出された領域が、ある原子番号の重元素をある濃度で含む均一な相(流体相あるいは固溶体のような固体相)と仮想し、その線吸収係数を算出する。具体的には、線吸収係数については、非特許文献8記載の手法(プログラム)を用いて、仮想した濃度と元素組成の混合物のX線線吸収係数(レーリー散乱、コンプトン散乱、光電子吸収の3吸収メカニズムをすべて考慮した係数)のX線エネルギー依存性のデータを算出する。なお、X線エネルギーの計算領域は、CT装置のX線管球から放射されるエネルギー帯域(例えば、
図3の場合、22−100keVの帯域)で行う。
【0044】
例えば、計算機上でペンシルビーム(1本の直線ビーム)によるX線の透過シミュレーションを行い、X線の投影データセットを計算し、それを逆投影してCT画像を再構成する。再構成されたCT画像の例は
図2(b)である(なお、
図2(b)は、CeCl
3(0.55mol/L水溶液)を想定した例)。このCT画像について、
図2に示したライン(矢印)に沿って画素値のプロファイルを採取し、式(1)でフィットさせてc
0とc
2値を求める。以上の一連の作業を、さまざまな原子番号と濃度で系統的に実施する。例えば、実測X線CT画像が加速電圧100kVのCT装置で撮影されたものであるならば、第1工程で抽出された領域の重元素の候補としては、原子番号50〜90が探索範囲である。こうして、さまざまな原子番号と濃度に対応したc
0とc
2のデータセットを系統的に多数得ることができる。その中から最も実測値に近いc
0とc
2の値を持つ候補に絞り込む。
【0045】
なお、重元素を含むと想定した領域について、ある原子番号の重元素をある濃度含む均一な相(流体相あるいは固溶体のような固体相)と仮想したが、本実施形態のシミュレーションではそれ以外の領域は吸収のない空気とみなす。例えば、
図1のプラスチック容器は炭素・水素・酸素といった軽元素が主成分なので、重元素に比べて十分X線の吸収が弱いので存在を無視できるから、これは妥当な処理である。
【0046】
上述の、計算機上でX線の透過シミュレーションを行いX線の投影データセットを計算しそれを逆投影してCT画像を再構成する方法について、詳細に説明する。算出された線吸収係数データに、CTのX線源のスペクトル特性データ(
図3参照)を組み込んで、X線の投影図(いわゆるシノグラム)を「直進性の(つまり屈折や散乱のない)X線ペンシルビーム」と、「試料をはさんでX線ペンシルビーム源と対向した位置に置かれた、センサーとして理想的な振る舞いをする単一のX線検出器」という仮想的な計測系で計算する。そのシノグラムをコンボリューション・バックプロジェクション法という通常の画像再構成アルゴリズムで2次元CT画像に再構成して、
図2(b)のようなシミュレーション画像を得る。本実施形態では、再構成フィルターは、
図2(a)の実測画像で用いたのと同じChesler型のフィルターを用いた。シミュレーションでは、X線の直進性や検出器の特性や試料回転台の挙動が理想的なので、得られたシミュレーション画像には、原子番号や濃度の推定精度を落とす元凶となるところの、実測CT画像特有のランダムノイズ(
図2(a)や
図9で確認できるようなランダムな画素値のゆらぎ)は、ほとんど混入していない。
【0047】
図4に、いくつかの仮想的な重元素を含む水溶液試料に関するラインプロファイルフィッティング結果を示す。即ち、
図4は、
図1の画像を、あえてCeCl
3 0.55mol/L水溶液以外の濃度と化学組成とみなして、計算機シミュレーションによりCT画像を作成し、
図2の71画素のラインプロファイルをプロットし、式(1)の放物線で最小二乗フィットさせた結果を示す図である。
図4は、AgNO
3 0.93mol/L水溶液(丸印)、CeCl
3 0.35mol/L水溶液(三角印)、CeCl
3 0.55mol/L水溶液(四角印)、DyCl
3 0.45mol/L水溶液(×印)の場合の、変位x(横軸、−35〜+35画素)に対する線吸収係数/cm
-1(縦軸)をプロットしたラインプロファイルを表している。
図4において、4本の太い実線は、式(1)の放物線で最小二乗フィットさせた結果を表している。近似式であるところの式(1)がシミュレーションデータによく適合していることがわかる。したがって、線質硬化という現象をc
0とc
2の2つのパラメータで十分表現できることの正当性が例証された。
【0048】
なお、100画素長の非常に長いラインプロファイルの場合、あるいは重元素の濃度がかなり高い場合では、式(1)の放物線近似では精度が落ちる場合も考えられる。そのときは、前述のように4次や6次などの高次の近似式を用いてもよい。さらに、試料形状が対称性のないいびつな形をした場合には、奇数べきの項を追加するとよい。
【0049】
いかなるラインの長さ、元素濃度、試料形状にでも適用できる、簡便なラインプロファイル解析方法としては、c
0とc
2を、式1のテーラー展開の係数とは定義せず、以下の新定義(以下、第2の定義ともいう。)で算出する。
c
0:ラインプロファイルの画素値(X線線吸収係数)の最小値
c
2:ラインプロファイルの画素値(X線線吸収係数)の最大値と最小値との差
ラインプロファイルとして式1が成立する条件(すなわち低濃度、対称な輪郭、短いライン)においては、第2の定義と式1をくらべると、c
0とc
2の値は完全に一致するので、第2の定義が式1の自然な拡張であることが理解できる。第2の定義にもとづいて実測画像のc
0とc
2を計測し、また、CT画像シミュレーションでもさまざまなc
0とc
2値を算出し、最終的にはc
0−c
2平面で実測値とシミュレーション結果をフィットさせて元素を4候補に絞り込み、また後述する
図5、6からその元素の濃度を推定する作業を行うことができる。つまり、c
0とc
2の定義は違うが、それ以降の作業内容は、式1を採用した場合と同じ要領である。このように、c
0とc
2という二つのパラメータだけで、CT画像の線質硬化を定量化でき、重元素の原子番号と濃度の同時決定が可能になる。
【0050】
上述のCT画像生成シミュレーションを、複数の異なる原子番号の元素とそれぞれの元素の複数の濃度について、繰り返せば、重元素の種類(原子番号)と濃度とc
0とc
2の関係を明らかにすることができる。
図5、6、7は、計算機によるCT画像シミュレーションを実施し、得られた線質硬化をラインプロファイル解析した結果である。
図5、6、7に、ZrCl
4としてのZr(黒丸印の太線)、AgNO
3としてのAg(×印の点線)、CeCl
3としてのCe(白丸印の実線)、CeO
2としてのCe(半黒四角印の点線)、DyCl
3としてのDy(白抜き四角印の太線)、Na
6H
2W
12O
40としてのW(四角印の点線)、ThO
2としてのTh(十字入り白抜き四角印の実線)の場合の、濃度とc
0とc
2の関係を示す。
図5に、重元素の濃度とパラメータc
0との関係を示し、
図6に、重元素の濃度とパラメータc
2との関係を示し、
図7に、パラメータc
0とc
2の関係を示す。
【0051】
図7は、原子番号によってc
0−c
2平面における軌跡が異なることを示している。このことが、実測したc
0とc
2の値から原子番号を推定できる根拠になる。
【0052】
原子番号が決まれば
図5または
図6を用いて、その濃度を推定できる。なお、
図5、6、7のCeCl
3とCeO
2の例からわかるように、OやClのような軽元素は、Ceにくらべて原子番号が小さいので線吸収係数にはほとんど寄与できない。したがって、
図7では、CeCl
3とCeO
2の軌跡は識別困難である。このことは、本発明の分析方法が、軽元素情報なしでも、試料中の重元素の推定ができることを意味している。
【0053】
図8に、c
0=0.8cm
-1としたときのc
2の値を各元素についてプロットした図を示す。
図8は、ちょうど
図7において、c
0=0.8cm
-1のライン上の各元素をプロットしたものに相当する。
図8に、ZrCl
4としてのZr(黒丸印)、AgNO
3としてのAg(白抜き四角印)、SnCl
2としてのSn(白抜き菱形印)、KIとしてのI(×印)、CsClとしてのCs(白抜き直角三角形印)、CeCl
3としてのCe(黒四角印)、SmCl
3としてのSm(斜線入り四角印)、DyCl
3としてのDy(十字入り白抜き四角印、田印とも呼ぶ)、LuCl
3としてのLu(左上黒色の四角印)、Na
6H
2W
12O
40としてのW(三角旗印)、Pt(右下黒色の四角印)、Pb(OCOCH
3)
2としてのPb(白抜き十字印)、ThO
2としてのTh(黒四角内に白丸印)をプロットした。Zr、Ag、Ce、Dy、W、Thについては、
図7のデータを転用した。プロットされた原子番号(Z)とc
2(単位cm
-1)の関係は、
図8のようになり、点線で示されるような滑らかにつないだカーブとなっている。
【0054】
図8から明らかなように、100kVの加速電圧のCT画像においては、線質硬化の抑制は、原子番号がおよそ50〜90(Sn〜Th)の元素に対して発生し、Dy(原子番号66)付近が抑制効果が最大(c
2の値が最小)となる。つまり、本実施形態では、Dy付近の元素に対して、もっとも敏感な分析ができる。
【0055】
図8によれば、c
2の値から、原子番号が特定できることがわかる。例えば、c
2の値がおよそ3.75×10
-5cm
-1であれば、Sm〜Dy近辺の元素であると特定でき、c
2の値がおよそ4.65×10
-5cm
-1であれば、Ce近辺又はW近辺の元素であると特定することができる。
図8によれば、例えば、c
2の値が3.5〜4.0×10
-5cm
-1であれば、原子番号61〜69の元素であると特定でき、c
2の値が4.5〜5.0×10
-5cm
-1であれば、原子番号57〜59(Ce近辺)又は原子番号73〜77(W近辺)の元素であると特定できる。
【0056】
図8は、c
0=0.8cm
-1としたときのc
2の値と原子番号との関係をわかりやすく表示したものであるが、むろん一般には、実測データがc
0=0.8cm
-1という保証はない。そのような一般のケースに対しては、後述するように、c
0−c
2平面における実測値の座標(c
0,c
2)に近い値を示す軌跡を有する原子番号を特定することができる。また、原子番号の特定と同時に濃度を特定することができる。また、c
2の値に基づく特定や、座標(c
0,c
2)に基づく特定に換え、これらの分数値c
2/c
0の値を用いて、特定することもできる。
【0057】
原子番号によって電子軌道が異なり、その結果としてK吸収端の位置も異なるので、X線管球のスペクトルとK吸収端の相対的な位置関係も原子番号によって変わる。これが、
図7及び8で線質硬化の抑制の程度が原子番号に依存する原因と思われる。
【0058】
本実施形態における重元素の推定の精度について以下詳しく説明する。
【0059】
図2の2枚の画像を比べれば明らかなように、シミュレーション画像(
図2(b))と比べると実際のCT画像(
図2(a))にはノイズが乗っている。ノイズが推定精度を低下させるおそれがある。推定精度について、塩化セリウム(CeCl
3) 0.55mol/L水溶液試料で調べて、本実施形態を検証してみる。
図9は、
図2の2枚の画像のラインプロファイルをプロットしたものである。
図9により、実際のCT画像にはノイズが乗っていることが明瞭にわかる。シミュレーション画像の画素値の単位(cm
-1)と実測CT画像の画素値の単位(HU)は異なるので、
図9の両者のラインプロファイルをクロスプロットして単位換算の校正直線をまず作成して実測CT画像の画素値の単位をcm
-1に換算した。そのあと、式(1)を用いて実測値のラインプロファイルのc
0とc
2値を求め、(c
0,c
2)=(0.893cm
-1,5.72×10
-5cm
-1)を得た。その結果を
図10に示す。
図10は、
図2の実測画像とシミュレーション画像に対応するラインプロファイルのc
0とc
2のプロットであり、Ce,Pr,Re,Osに関する軌跡も併せて表示する。なお、Ceは、
図7を転用したデータによる。
図10では、シミュレーションによる予測値(CeCl
3 0.55mol/L)を白抜き十字印で、実測値(CeCl
3 0.55mol/L)を田印で示した。また、
図10では、CeCl
3としてのCe(実線)、CeO
2としてのCe(点線)、PrCl
3としてのPr(鎖線)、ReCl
3としてのRe(1点鎖線)、OsO
4としてのOs(太い実線)について、c
0とc
2の関係の軌跡を表示した。c
0−c
2平面における軌跡のデータは、上述の計算機シミュレーションによるものであり、CT画像シミュレーションを実施し、得られた線質硬化をラインプロファイル解析した結果、得られた重元素の種類(原子番号)と濃度とc
0とc
2の関係の軌跡である。Ce,Pr,Re,Osに関する軌跡のみ併せて表示した理由は、その他の原子番号の軌跡は、実測値の(c
0,c
2)座標(田印)から、大きく異なるからである。実測値の(c
0,c
2)座標(田印)を挟み込む形で、Ce(原子番号58)とPr(原子番号59)の軌跡が存在し、また、Re(原子番号75)とOs(原子番号76)の軌跡が存在しているので、この4つを候補として絞り込むに至った。
【0060】
もし、ノイズがなければ、
図10において、塩化セリウム0.55mol/L水溶液の実測値(c
0,c
2)=(0.893cm
-1, 5.72×10
-5cm
-1)とシミュレーション値c
0,c
2)=(0.892cm
-1, 5.87×10
-5cm
-1)は一致するはずであるが、実際はノイズのせいで完全には一致していない。
図10のc
0−c
2平面において、実測値の(c
0,c
2)座標(田印)は、CeとPrの軌跡の間に位置し、また、ReとOsの軌跡の中間に位置する。したがって、実測データからは、その重元素をCeのみに絞り込むことはできないが、「Ce、Pr、Re、Osの4種類のうちの1つ」と結論できる。Ceを既知の試料として使用して、本実施形態の方法が検証できた。
【0061】
本実施形態によれば、Ce(原子番号58)とPr(原子番号59)、Re(原子番号75)とOs(原子番号76)は、それぞれ原子番号が1つしか互いに異ならないので、十分許容できる推定誤差といえる。
【0062】
次に、上記4種類の元素だと仮定して、
図5及び6に相当するCe,Pr,Re,Osに関するデータを用いて、濃度を推定した。その結果、
図10のc
0実測値(=0.893cm
-1)が真実だと仮定すると、c
0と濃度との関係から、CeCl
3としてのCe濃度、CeO
2としてのCe濃度、PrCl
3としてのPr濃度、ReCl
3としてのRe濃度、OsO
4としてのOs濃度は、それぞれ、0.55、0.59、0.54、0.69、0.70mol/Lになる。一方、
図10のc
2実測値(=5.72×10
-5cm
-1)が真実だと仮定すると、c
2と濃度との関係から、CeCl
3としてのCe濃度、CeO
2としてのCe濃度、PrCl
3としてのPr濃度、ReCl
3としてのRe濃度、OsO
4としてのOs濃度は、それぞれ、0.54、0.57、0.56、0.69、0.69mol/Lになる。これらの推定濃度値は、いずれも真の値0.55mol/Lにほぼ近い。もう少し定量的に濃度推定誤差を論じるならば、上記の場合、最良ケースで0.55/0.55=1.0つまり0%、最悪ケースで0.70/0.55=1.3、つまり30%である。
【0063】
本実施形態において、「類似する元素」を選ぶことは、例えば、
図10で、田印の近傍にある4つの元素Ce,Pm,Re,Osを選定することである。また、推定濃度の精度は
図5又は6で決まる。本実施形態の例では、30%以内の濃度推定誤差である。
【0064】
したがって、本実施形態の方法は、画像ノイズに多少悪影響を受けるが、原子番号と濃度の同時推定が可能であると例証できた。
【0065】
本実施形態は、本発明者が、
図8のようにZrからThまでの広範な元素を系統的に吟味して、
図7や
図8のように、線質硬化の原子番号依存性(
図7の軌跡が元素によって異なること)を発見し、それを元素分析に利用したものである。
【0066】
本実施形態で使用した試料を、従来技術の単色光の2重エネルギー法で行った場合を比較例とすると、該比較例では、原子番号50−90の41種類の元素すべてについてK吸収端の上下で撮影をすることになるので、41×2=82回ものX線照射が必要となり、撮影時間が長時間となり、被曝量が多い。これに比べて、本実施形態の方法によれば、1回のX線照射で済み、撮影所要時間や試料・患者の被曝量を低減させることができ、かつ、高価なX線管球や検出器の寿命を格段に延ばすことができる。
【0067】
(第2の実施形態)
第1の実施形態では、加速電圧が100kVのCT画像について説明したが、本実施形態では、CT装置の加速電圧が異なる場合について説明する。また、加速電圧の影響について説明する。
図11は、3種類の加速電圧に対応するX線源のスペクトルと、いくつかの元素(
図8中の元素、及びCm)のK吸収端の位置(矢印)を示す図である。図中、加速電圧70kVの場合を太い実線で、加速電圧100kVの場合を点線で、加速電圧130kVの場合を実線で示す。
【0068】
第1の実施形態で説明した方法では、加速電圧が100kVの時、原子番号がおよそ50(Sn)〜90(Th)の元素に対して感度があり、特にDy付近の元素に対してもっとも敏感である(
図8)。これは、100kVのX線スペクトルの範囲が、ちょうどSn〜Th程度の範囲の吸収端の位置と重なるからである。したがって、加速電圧を上下させればスペクトルの位置が変動するので、結果として、計測可能な元素の原子番号も上下する。
【0069】
例えば、加速電圧が70kVならば、K吸収端の位置がそのスペクトルと重なる範囲にあるAg〜W(原子番号47〜74)程度の範囲の元素群を同定できる。また、スペクトルのピーク付近に位置するCe等の元素に対し特に敏感な計測が可能である。
【0070】
例えば、加速電圧が130kVならば、K吸収端の位置がそのスペクトルと重なる範囲にあるI〜Cm(原子番号53〜96)程度の範囲の元素群を同定できる。また、スペクトルのピーク付近に位置するLu等の元素に対し特に敏感な計測が可能である。
【0071】
3種類の加速電圧について説明したが、同様に、計測したい元素に応じて適切にCT装置の加速電圧値を設定することにより、より精度の高い同定が可能となる。
【0072】
また、特定の加速電圧での実測値の測定及び第1の実施形態で示した方法により、元素群を特定した後、次に異なる加速電圧での実測値を測定し、該加速電圧の場合の座標(c
0,c
2)の値から、元素群のうちの、特定の元素に特定することができる。
【0073】
なお、上記実施形態等で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。