【実施例1】
【0018】
図1に本発明の実施例を示す。試料容器106の中の試料101は気体、液体、固体のいずれの状態でもよい。試料101が液体や固体の場合は、試料容器106に入った試料101を常温で、あるいは加熱によって蒸発させる。試料を含む気体102はバルブ104が開放された時のみ質量分析、及びイオン検出部121に設置している真空ポンプが生み出す圧力差によって、試料の流れ103に示すようにイオン源部に導入される。バルブ104はバルブ開閉制御機構105を用いて開閉を制御する。この実施例では5ms以上、200ms以下の時間、バルブを開放している。
【0019】
放電領域114に到達した試料は、パイレックスガラスのような光透過性の誘電体111と、試料導入部側の放電用電極112と、質量分析部側の放電用電極113と、1kHzから300kHzの低周波交流電源115を用いて発生させた誘電体バリア放電によってイオン化される。誘電体バリア放電を発生させるためには、プラズマと、少なくともいずれか一方の放電電極の間に誘電体を挿入する。この誘電体がコンデンサとして働き、放電電流が連続的に流れることによるプラズマ温度の上昇を防ぐ。そのため、誘電体バリア放電が生成するプラズマは分子をフラグメンテーションしにくい。
【0020】
図1に示すように試料が流れる下流側の放電電極113はイオン源内部に設置しても良い。しかし、放電電極113の表面が放電で生成したイオンによって帯電しないため、イオンが効率よく分析部121に導入される。逆に、
図2に示すように両方の電極112と113をイオン源の外側に配置してもよい。この場合、イオン源の外側から電極の形状や配置を変えられるので、イオン源を分解することなくプラズマの状態を調整することができる。
【0021】
イオン源の外側には内部に光を照射するための照明116、及びその点灯と消灯を制御する制御機構117が設置されている。さらに、イオン源と照明116とその制御機構117の周囲には、感電防止と遮光のためのカバー118を取り付けている。光の照射と遮光が装置に与える効果については後述する。
【0022】
放電に必要な電圧は電極間距離、流れる気体の成分、放電領域114の圧力等で決まる。典型的な例としては、放電ガスとして試料を含む空気を用い、圧力が2Torr以上300Torr以下、電極間距離が1mm以上100mm以下、放電印加電圧が100V以上20kV以下の条件で放電を行う。放電ガスの種類、圧力、電極間距離、放電印加電圧はそれぞれ以下のような効果に寄与する。
【0023】
放電ガスとして空気を用いた場合、大気中から放電気体を得ることができる。そのため、ガスボンベや気体の導入機構が必要なく、コストを低減できる。放電ガスとしてヘリウム、アルゴン、窒素等の別の気体を用いた場合は、プラズマ内に生成するイオンやラジカルの種類が変わるため、試料のイオン化に影響を与える。必要に応じてこれら気体を用いてもよい。
【0024】
イオン源の減圧には、分子をフラグメンテーションせずに、高感度に分析を行うことができるという効果がある。
図3に空気の放電開始電圧と、圧力pと放電電極間の距離dの積(pd積)の関係を示す。放電開始電圧は0.5 cm・Torr付近で最小となり、以降pd積が大きくなるほど増大する。例えば、放電ガスが空気で圧力が10 Torr(1.3 ×10
3 Pa)の場合、放電電圧は電極間距離1 cmでは1 kV、5 cmで4 kV程度になる。放電領域114の圧力が300Torrより高いと、放電開始に必要な電圧が高くなってしまいプラズマ形成への影響を与えてしまう可能性がある。そのため、300Torr以下とすることで安定なプラズマを形成することができる。また、放電領域114を減圧して放電領域114と質量分析、及びイオン検出部121の間のコンダクタンスを大きくすることで、管の内壁への衝突によるイオンの損失を抑えることができる。そのため、イオンを分析部141に導入する効率は高くなる。以上の理由から、イオン源の減圧によって分子をフラグメンテーションしない高感度な安定した放電を行うことができる。具体的なイオン源の圧力を下げる方法としては、イオン源の試料導入口やイオン排出口のコンダクタンスを調整する、或いは試料容器を密閉する等が考えられる。
【0025】
電極間距離を変えると気体がプラズマ内を通過する時間が変化する。それによって、生成されるイオンやラジカルの種類や量が変わる。電極間距離を過剰に大きくすると、装置が大型化する、あるいは、放電に必要な電圧が増加して電源にかかる費用が増大するという問題を引き起こす。
【0026】
この例のように試料がプラズマ内を直接通過する場合、放電印加電圧は質量分析結果に影響を与える。例えば、電圧が低い方が試料のフラグメンテーションが少なく、ソフトなイオン化ができる。この場合、検出されるイオンの種類が少ないため、分析結果の解析が容易になる。
【0027】
放電領域114で生成された試料イオンは質量分析、及びイオン検出部121に設置された真空ポンプの生み出す圧力差によって分析部121に導入される。分析部121ではイオンが質量電荷比に応じて分離される。質量を分離する装置には、イオントラップ、四重極質量フィルター、飛行時間型質量分析計等が用いられる。この例では、リニアイオントラップを使用した。分離されたイオンは電子増倍管やマルチチャンネルプレート等の検出器を用いて検出される。
【0028】
図4にイオン検出器系の一例として、
図1の実施例で用いたイオン検出器系の構成を示す。ある質量電荷比をもつイオン401は電場の力を受けてコンバージョンダイノード411に衝突する。コンバージョンダイノード411からは電子402が放出され、同じく電場によってシンチレーション検出器412に導かれる。シンチレーション検出器412は電子402が入射すると発光する。その光を光電子に変換し、光電子増倍管413を用いて測定可能な高さまで電圧を増幅する。検出器の出力信号は検出される入射イオンの量に比例するので、各質量電荷比をもつイオンの量を測定し、質量スペクトルを得ることができる。
【0029】
次に、イオンの測定シークエンスについて記述する。
図5に間欠導入の場合の測定シークエンスを示す。縦軸は各電圧とイオン源の圧力を、横軸は時間を表す。まず、図中のタイミング5aでバルブに電圧が供給され、バルブが開放される。そして、試料を含む気体102が放電領域114に流入し、イオン源の圧力が増加する。次に、タイミング5bでイオン源の圧力が飽和した後、タイミング5cで放電電極に電圧が印加される。この例では、この電圧印加と同時に照明に電圧が供給され、照明が点灯する。試料が充分イオン化されるまで放電は継続される。タイミング5dで放電用電圧が切られると、プラズマは消える。そして、タイミング5eでバルブが閉じると、質量分析部121に設置されたポンプによってイオン源の圧力が減少する。
【0030】
間欠的に試料を導入する場合はイオン源の圧力が経時的に変化するため、生成するプラズマの状態も経時的に変わる。そのため、試料を効率よくイオン化できるようにバルブの開放時間と放電電圧印加時間を調整しなければならない。バルブ供給電圧と放電印加電圧のタイミングを調整することでプラズマの状態を制御できる。このように放電を断続的に行わなければならない場合、特に、放電開始電圧の高い誘電体バリア放電は放電電圧が印加されてから放電が開始するまでの時間が一定せず、放電ごとに生成されるイオン量が変動しやすい。
【0031】
図5には、質量分析部121にリニアイオントラップを用いた場合の制御シークエンスも示している。リニアイオントラップでは、四重極ロッドオフセット電圧とトラップRF電圧を調整することによってイオンがトラップされる。イオンがトラップされた後、タイミング5fで補助交流電圧が印加され、質量電荷比を選択されたイオンが排出される。この測定シークエンスの例ではこれと同時に照明が消灯され、検出器に電圧が印加される。排出されたイオンは検出器で検出される。イオンを検出する際は、検出器の作動電圧が印加されなければならない。イオン検出後、タイミング5gでトラップRF電圧が切られ、イオントラップ内のイオンがすべて排除される。
【0032】
次に、照明の点滅のタイミングについて説明する。
図5に照明の点滅シークエンスの一例を示す。重要となるタイミングは放電開始時5cと検出器の作動開始時5fである。少なくとも放電電圧の印加開始時5cには照明が点灯される。これは、光がイオン源に照射されることによって、イオン源内に初期電子が発生して放電が誘発されるためである。また、検出器の作動開始時5fには照明が消灯される。ここでは、消灯せずにイオン源に照射する光量を下げるだけでもよい。これによって、イオン検出時に光が検知されることによる装置の感度低下を防ぐことができる。これら光が放電を誘発する効果と装置の感度を低下する効果については後に詳述する。
【0033】
図6に別の照明点滅シークエンスの例を示す。この例では、放電電圧の印加開始時6bよりも前のタイミング6aで照明が点灯される。これによって、放電電圧が印加されてから放電が開始するまでの時間が短縮される。また、光が放電に寄与するのは放電が開始される時のみなので、放電が始まるタイミング6cで照明を切ってもよい。ここでは、完全に照明を切るのではなく、上で述べたように照度を下げるだけでもよい。この場合、
図5の場合と比較して照明点灯時間が短く、消費電力を抑えることが出来る。
【0034】
続いて、光が質量分析装置に与える影響を記述する。本発明では、イオン源内部に光が照射されることによって放電電圧が印加されてから放電が開始するまでの時間が一定し、イオン源で生成するイオン量が安定化する。
図7に光の照射が測定されるイオン量に与える影響を示す。縦軸は検出された試料イオンの量を、横軸は時間を表す。照明の消灯時には、図中7cと7dで示すように検出される試料イオンの量が大きく増減する。特に、7cでは、試料イオンは検出されておらず、信号強度が小さい。それに対して照明の点灯時は、図中に7aと7bで示すように検出される試料イオンの量がほとんど変動しない。
【0035】
光の照射が検出されるイオン量の安定化に寄与するメカニズムを説明する。試料がフラグメンテーションしないように、放電時に印加する電圧は放電を維持できる電圧まで下げた方がよい。しかし、誘電体バリア放電は放電を維持する電圧に比べて開始する電圧が高い。そのため、放電電圧が印加されてから放電が開始されるまでの時間が変動する。この例では放電によってプラズマが維持される時間がバルブ開放時間と同程度、つまり、5 msから200 msに設定されており、このように放電電圧の印加時間が短い場合、放電が起こらない場合がある。図中7cではイオン源で放電が起こっていないために、試料イオンが検出されていないと考えられる。しかし、照明の点灯時には図中7aや7bのように必ず試料イオンが検出され、放電が安定的に起こっている。このことから、イオン源に光が照射されると放電が誘発されることが分かる。
【0036】
光による誘電体バリア放電の誘発効果は以下のように説明できる。イオン源内部に光が照射されると、放電領域に初期電子が生成する。この初期電子が放電を誘発して誘電体バリア放電の開始電圧が下がる。そのため、放電が開始しやすくなり、イオン源で生成されるイオン量が安定する。放電が開始すると光はほとんど寄与せず、誘電体バリア放電によってプラズマが維持される。
【0037】
照明としては、大きさ、消費電力、値段の観点から発光ダイオード(LED)を用いるのがよい。用いる光の波長は可視光から紫外線領域がよい。少なくとも青色(470nm)、白色(≧460nm)、紫外(375nm)については、放電を誘発する効果が確かめられている。エネルギーが高い短波長の光の方が、放電誘発効果は高く、紫外光を用いる方が好ましい。また、照射する光量が多いほどその効果は高く、照明は許す限り
図1の放電領域103に近いほうが良い。照明にLEDを用いる場合、光源の指向性が高いため、光源を放電領域103に向ける方が効果的である。もちろん、LED以外の照明を用いても、本発明の効果はある。
【0038】
この例のようにイオン源の外側に照明を設置する場合、誘電体の材質として光透過性の高いものを選んだほうがよい。石英ガラスは光を良く透過するためイオン源に照射する光の強度を強めることができる。
【0039】
図8に光が質量スペクトルに及ぼす影響を示す。シンチレーション検出器の作動時に部屋の照明の光が検出器に入射した場合と遮光した場合の検出器の出力信号を比較した。図中縦軸は検出器の出力信号の電圧を表す。図中8aよりも大きな信号はすべてノイズ信号である。光が入射した場合(図中の左部、Light ON)は、遮光した場合(図中の右部、Light OFF)と比較して多くの大きなノイズ信号が検知されている。この実験結果から光がノイズ信号として検出されることが分かる。この例で用いたシンチレーション検出器を始め質量分析で用いられる検出器は光をノイズとして検知する。これによって、試料イオンの検出信号SとノイズNの比S/Nが低下し、質量分析装置の感度が低下する。故に、光が検出されないように周囲の光を遮る不透明なカバーの設置、及びイオン検出時に照明を消灯する、或いは照度を下げる制御機構により、感度向上という効果を奏する。
【実施例2】
【0040】
図9に試料が連続導入される場合の実施例を示す。基本的な構成は実施例1(
図1)と同じであるが、カバー、バルブ及びバルブ開閉制御機構はない。試料101は、質量分析、及びイオン検出部121に設置している真空ポンプが生み出す圧力差によって、放電ガスとともにイオン源部に導入される。この例では試料容器106を大気開放することで、放電ガスとして空気を連続的に導入している。そのため、ガスボンベ等の放電ガスを供給する機構が不要である。しかし、プラズマの生成するイオンやラジカルは放電ガスによって違うので、必要に応じて放電ガスとしてヘリウム、アルゴン、窒素等の気体を導入できる機構を取り付けてもよい。気体導入機構の設置場所としては図中の9a、9b、9cが考えられる。9aのように試料容器106に気体導入機構を設置する場合、試料容器を密閉した方がよい。これによって、大気中の気体が試料容器に混入することを防ぐことが出来る。9bのように試料導入部の配管に設置する場合は、配管を分岐させて気体を導入する。この場合、試料は導入気体と混合しながら放電領域114に導入される。故に、配管の分岐点の位置や試料と気体の流速によって混合の仕方が変化する。また、9cのようにイオン源に直接気体を導入することもできる。必要に応じて、これらを使い分けてもよい。
【0041】
連続導入する場合は分析部121に連続的に気体が導入される。そのため、分析部121の真空度が低下し、高電圧が印加される検出器の放電やイオンとガスの衝突によるイオンの損失等が発生する。そのため、分析部121の真空を保つことができる構成にする。分析部121の真空度は分析部121に流入する気体の量と真空ポンプで排出される気体の量で決まる。キャピラリー等を用いてイオン源の試料導入用開口部、又はイオン排出用開口部のコンダクタンスを小さくすることで、分析部121に流入する単位時間当たりの気体の量を低下させ、分析部121の真空度を下げることができる。しかし、気体の流入量を下げると装置の検出感度が低下する。また、分析部121から排出される気体の量が増加するために、排気量の大きい真空ポンプを使用することになる。このため、真空ポンプが大きくなって装置全体が大型化する。しかし、連続導入の場合は間欠導入の場合とは違って試料導入部にバルブやその開閉を操作する制御機構が必要でない。そのため、試料導入部の装置構成を単純化できるという効果がある。
【0042】
図10に試料を連続導入する場合の測定シークエンスを示す。この例では、質量分析計としてイオントラップを用いている。縦軸は各電圧とイオン源の圧力を、横軸は時間を表す。試料や放電ガスが連続的に導入される場合は、イオン源圧力は一定である。それによって放電の条件が変わらず、連続的に放電を行える。そのため、イオン源で生成するイオンの量はほとんど変動しない。
【0043】
連続導入の場合、図中10aに示すように照明の点灯は放電電極に電圧を印加した最初の1回だけでよい。これは、一度光によって放電が誘発されると、その後は交流電圧によって安定的に放電が持続するためである。そのため、10bに示すように放電開始後、照明を消灯してもよい。この場合、試料が間欠的導入される場合と比較して照明が点灯する時間が短く、照明にかかる消費電力を低減できる。さらに、放電開始後、照明を消灯し続けることで測定シークエンスを単純化できる。また、光の検知による検出感度の低下を防ぐために、イオン検出時である10cから10dの間、及び10eから10fの間は照明を消灯した方がよい。実施例1で述べたように、完全に消灯するのではなく照度を下げても良い。