【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する方策として、本発明者等は、従来のような金属種の異なる複数の錯体の適用に替えて、1つの錯体中に中心金属として複数種類の金属を備える錯体(以下、異種複核錯体という。)を合成し、化学蒸着用原料として適用すべく、以下のように検討を行った。
【0010】
異種複核錯体を化学蒸着用原料として適用する場合、その要求特性として、まず、化学蒸着法により金属薄膜を形成した際、中心金属とした複数種類の金属が、双方とも析出することである。複数金属の析出比率も、ほぼ一定であることが好ましい。また、化学蒸着法で薄膜を形成する際、低温で成膜可能な分解特性を有しつつ、気化段階では熱分解することなく、十分な熱安定性を有する、との化学蒸着用原料の一般的な要求特性も具備する必要がある。以上の特性を兼ね備えた錯体について、鋭意検討したところ、本発明者等は、下記の構成を備えた異種複核錯体からなる本発明の化学蒸着用原料に想到した。
【0011】
すなわち本発明は、化学蒸着法により複合金属薄膜又は複合金属化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、次式で示される、中心金属である第1遷移金属(M
1)及び第2の遷移金属(M
2)に、少なくとも、2つのイミンを含むジイミン(L)及びカルボニルが配位した異種複核錯体からなる化学蒸着用原料に関する。
【0012】
【化3】
(M
1、M
2は相互に異なる遷移金属。xは0以上2以下、yは1以上2以下、zは1以上10以下であり、x、y、zはいずれも整数である。R
1〜R
4は、それぞれ、水素原子、炭素数1以上5以下のアルキル基のいずれか1種である。R
5は水素原子、カルボニル、炭素数1以上7以下のアルキル基、アリル基、又はアリル誘導体である。)
【0013】
上記の通り、本発明における錯体は、錯体の中心金属として、第1遷移金属(M
1)及び第2遷移金属(M
2)という複数種類の遷移金属を備える異種複核錯体であり、これらの中心金属に、配位子として、少なくとも、ジイミン(L)及びカルボニル(−CO)が配位してなる。かかる錯体は、化学蒸着法により薄膜を形成した場合、中心金属である複数の金属が双方とも析出する。
【0014】
また、本発明の錯体では、配位子であるジイミンは遷移金属との結合力が比較的強く、配位子であるカルボニルは、遷移金属との結合力が比較的弱いため、適度な熱安定性を具備する錯体となる。さらに、置換基R
1〜R
5のアルキル基の炭素数の任意設計により、蒸気圧と融点の調整が可能となる。
【0015】
以下、本発明に係る化学蒸着用原料を構成する異種複核錯体について詳細に説明する。
【0016】
まず、本発明の原料において、配位子(R
5)、ジイミン(L)、カルボニル(CO)の数を示すx、y、zについて説明する。xは0以上2以下、yは1以上2以下、zは1以上10以下であり、x、y、zはいずれも整数である。好ましくは、xは1以上2以下、yは1以上2以下、zは3以上8以下である。
【0017】
以上のx、y、zとしてとり得る整数は、遷移金属の種類(価数)や、xの数等に応じた相関関係により、好適範囲が存在する。例えば、M
1又はM
2の少なくともいずれかがFe又はRuであり、x=0のとき、y=2、かつ、z=4〜6が好ましく、x=1のとき、y=1、かつ、z=4〜7が好ましく、x=2のとき、y=1、かつ、z=2〜6が好ましい。
【0018】
x、y、zとして、特に好適な組み合わせは、x=1、y=1、z=n+2であり、次式で示される異種複核錯体からなる化学蒸着用原料が例示される。
【化4】
(M
1、M
2は相互に異なる遷移金属。nは3以上6以下である。R
1、R
4は炭素数1以上4以下のアルキル基であり、R
2、R
3は、それぞれ、水素原子又は炭素数1以上3以下のアルキル基である。R
5はカルボニル又は炭素数1以上4以下のアルキル基である。)
【0019】
M
1及びM
2は、相互に異なる遷移金属である。遷移金属としては、例えば、チタンTi、バナジウムV、クロムCr、マンガンMn、鉄Fe、コバルトCo、ニッケルNi、銅Cu、ニオブNb、モリブデンMo、ルテニウムRu、ロジウムRh、パラジウムPd、銀Ag、タンタルTa、タングステンW、レニウムRe、オスミウムOs、イリジウムIr、白金Pt、金Auが挙げられる。遷移金属は、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Nb、Mo、Ru、Rh、Ta、W、Ir、Ptが好ましく、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Ru、W、Ptが特に好ましい。M
1として特に好ましい遷移金属は、Ru、Mn、Feであり、M
2として特に好ましい遷移金属は、Mn、Fe、Co、Niである。
【0020】
次に、中心金属に配位する各配位子につき説明する。本発明の原料は、例えば、下記化合物のように、2種の遷移金属からなる中心金属に、少なくともジイミン及びカルボニルが配位してなるものである。本発明者等が、この原料に想到したのは、中心金属とそれに配位する配位子の各構成につき、以下の理由に基づくものである。
【化5】
【0021】
配位子である「ジイミン(L)」は、炭素−窒素二重結合を持つ第二級アミン(イミノ基)を有し、炭素−炭素結合として2つの共役二重結合からなる共役ジエンを備える配位子をいう。このように2つの第二級アミンを有する配位子は、2つのイミノ基の窒素が中心金属に強く結合するため、錯体の熱安定性を高めやすい傾向がある。また、ジイミン化合物は、分子量が小さく、沸点が低い傾向があり、分解後に蒸発しやすく、不純物として金属膜内に残留しにくいという利点に加え、これを配位子とする錯体も蒸気圧を高めることができる。
【0022】
各配位子と中心金属との分離しやすさを比較すると、カルボニル(−CO)の方がジイミン(L)よりも、中心金属と分離しやすい傾向がある。ここで、化学蒸着法で複合金属薄膜を形成した場合において、薄膜中に析出する各遷移金属の析出量は、各遷移金属に配位する配位子の種類に左右されやすい。すなわち、2つの遷移金属のうち、配位子として、カルボニルが多く、ジイミンが少ない遷移金属の方が、形成した複合金属薄膜中に多く析出しやすい傾向がある。例えば、本発明の好適例として挙げられる下記化合物の場合、ジイミンが配位した第1の遷移金属M
1よりも、カルボニルのみ配位した第2の遷移金属M
2の方が、複合金属薄膜中に多く析出しやすい。
【化6】
(M
1、M
2は相互に異なる遷移金属。nは3以上6以下である。R
1、R
4は炭素数1以上4以下のアルキル基であり、R
2、R
3は、それぞれ、水素原子又は炭素数1以上3以下のアルキル基である。R
5はカルボニル又は炭素数1以上4以下のアルキル基である。)
【0023】
次に、ジイミンの置換基R
1〜R
4に関し説明する。R
1〜R
4は、それぞれ、水素原子、炭素数1以上5以下のアルキル基のいずれか1種である。炭素鎖が長くなりすぎると、錯体の蒸気圧が低下する傾向にあり、炭素数5を超える長鎖アルキル基とすると、錯体の気化が困難になる。尚、置換基R
1〜R
4としては、それぞれ、直鎖又は分岐鎖いずれのアルキル基も適用できる。例えば、プロピル基又はブチル基を適用する場合、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、sec−ブチル基、又はtert−ブチル基等を適用できる。
【0024】
各置換基に関し、R
1、R
4としては、それぞれ、炭素数1以上4以下のアルキル基が好ましく、エチル基、プロピル基、ブチル基のいずれか1種が特に好ましい。R
1及びR
4のアルキル基は、好ましくは分岐鎖であり、それぞれ、イソ(i−)プロピル基、tert−ブチル基、sec−ブチル基のいずれか1種が特に好ましい。R
2、R
3としては、それぞれ、水素原子又は炭素数1以上3以下のアルキル基が好ましく、水素原子、メチル基、エチル基のいずれか1種が特に好ましい。
【0025】
配位子R
5の数は、0以上2以下有するものとし、M
1の配位子として1つ備えることが好ましい。R
5は、水素原子、カルボニル、炭素数1以上7以下のアルキル、アリル、又はアリル誘導体のいずれかであり、カルボニル又は炭素数1以上4以下のアルキルが好ましく、カルボニル、メチル、エチル、又はプロピルが特に好ましい。配位子R
5として、カルボニル又はアルキルのいずれが好適かについては、第1遷移金属(M
1)の種類に依存する。M
1がMn、Co、Rh、Re、Irであるときはカルボニル、M
1がFe、Ru、Osであるときはアルキルが、特に好ましい。尚、配位子R
5をアルキルとする場合、直鎖又は分岐鎖いずれのアルキルも適用できる。
【0026】
本発明の錯体において、カルボニル(CO)の総数は、1以上10以下であり、第1遷移金属(M
1)の配位子として2又は3のカルボニルを有することが好ましい。他方、第2遷移金属(M
2)の配位子としてのカルボニルの配位数(n)は4又は5が好ましく、いずれが好ましいかはM
2の種類に依存する。M
2がMn、Reであるときはn=5、M
2がCo、Rh、Irであるときはn=4が、特に好ましい。
【0027】
本発明の化学蒸着用原料について、具体的に好適である異種複核錯体の種類を以下に例示列挙する。
【化7】
【0028】
以上説明した本発明の化学蒸着用原料は、第1の遷移金属(M
1)を中心金属としたジアザブタジエン誘導体を出発原料として、第2の遷移金属(M
2)を中心金属として複数のカルボニルが配位した錯体と反応させることで製造可能である。
【0029】
本発明に係る化学蒸着用原料は、CVD法による複合金属薄膜の形成に有用である。この薄膜形成方法は、異種複核錯体からなる原料を気化して反応ガスとし、前記反応ガスを基板表面に導入し、前記錯体を分解して複数の金属を析出させるものであり、原料として本発明に係る異種複核錯体を用いるものである。
【0030】
薄膜形成時の反応雰囲気としては、還元性雰囲気が好ましく、このため水素又はアンモニアを反応ガスとして導入するのが好ましい。また、成膜時の加熱温度は、150℃〜350℃が好ましい。150℃未満では、成膜反応が進行し難く必要な膜厚が得られ難いためである。また、350℃を超えると、均一な薄膜を形成し難くなる。