特許第5954775号(P5954775)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5954775
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月20日
(54)【発明の名称】denovo発癌性膵臓癌細胞株
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20160707BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20160707BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20160707BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20160707BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20160707BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20160707BHJP
【FI】
   A01K67/027
   C12N5/09
   C12N5/10
   C12Q1/02
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】13
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2012-84324(P2012-84324)
(22)【出願日】2012年4月2日
(65)【公開番号】特開2013-212080(P2013-212080A)
(43)【公開日】2013年10月17日
【審査請求日】2014年12月11日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 米国癌学会2012年次大会 講演予稿集 平成24年3月9日 http://www.abstractsonline.com/Plant/ViewAbstract.aspx?mID=2898&sKey=be239529−b761−4f7d−b4a4−2d3eb7a7f8ad&cKey=abe60eb3−e552−4f9c−9db5−758cf49f8371&mKey=%7b2D8C569E−B72C−4E7D−AB3B−070BEC7EB280%7d
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター委託研究「病原性原虫によるTh1免疫回避機構の解明と糖鎖被覆リポソームワクチン評価技術の確立」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】IPOD  FERM P-22231
【微生物の受託番号】IPOD  FERM P-22230
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】池原 譲
(72)【発明者】
【氏名】山口 高志
(72)【発明者】
【氏名】池原 早苗
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−537883(JP,A)
【文献】 S.R.HINGORANI, et al,CANCER CELL,2003年,Vol.4,pp.437-450
【文献】 山口 高志 他,第64回日本癌学会学術総会記事,2005年 8月15日,p.47, W-057
【文献】 T.YAMAGUCHI, et al,the FEBS Journal,2008年,Vol.275,pp.1988-1998
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
C12N 5/00
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
「KrasG12D」を保持し、かつCreの作用で不死化スイッチが入る位置に「tsA58Tag」を有するマウスと、Cre遺伝子を保有するマウスとを交配して作製した子マウス群のうちから選択された、下記の(a)及び(b)のトランスジェニックマウスからなることを特徴とする、ヒト膵管腺癌解析用モデルマウスのペア;
(a)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデルマウス、
(b)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持したそのコントロールモデルマウス。
【請求項2】
(a)のヒト膵管腺癌モデルマウスが、LBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウスであり、(b)のコントロールモデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウスである、請求項1に記載のヒト膵管腺癌解析用モデルマウスのペア。
【請求項3】
請求項1又は2の(a)のヒト膵管腺癌モデルマウス及び(b)のコントロールモデルマウスの膵臓に由来して樹立された、下記の(c)及び(d)の細胞株からなることを特徴とする、ヒト膵管腺癌in vitro解析用培養細胞株ペア;
(c)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデル細胞株、
(d)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持した膵管上皮細胞株。
【請求項4】
(c)のヒト膵管腺癌株が、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウス由来のFERM AP−22231株であり、(d)の膵管上皮細胞株が、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウス由来のFERM AP−22230株である、請求項3に記載のヒト膵管腺癌モデル細胞株と膵管上皮細胞株より構成されるヒト膵管腺癌in vitro解析用培養細胞株ペア。
【請求項5】
急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデル細胞株であるFERM AP−22231株。
【請求項6】
急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデル細胞株のコントロールとなる膵管上皮細胞株であるFERM AP−22230株。
【請求項7】
請求項3又は5に記載の(c)の急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデル細胞株及び(d)の膵管上皮細胞株をそれぞれ植え付けた非ヒト動物からなり、下記の(e)及び(f)のモデル非ヒト動物からなることを特徴とする、ヒト膵管腺癌in vivo解析用モデル非ヒト動物のペア;
(e)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデル非ヒト動物、
(f)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持した膵管上皮細胞モデル非ヒト動物。
【請求項8】
請求項1もしくは2に記載のヒト膵管腺癌解析用モデルマウスのペア、又は請求項7に記載のヒト膵管腺癌in vivo解析用モデル非ヒト動物のペアを用いることを特徴とする、被検物質の膵管腺癌に対する特異的作用をin vivoで解析又は評価する方法。
【請求項9】
請求項1もしくは2に記載のヒト膵管腺癌解析用モデルマウスのペア、又は請求項7に記載のヒト膵管腺癌in vivo解析用モデル非ヒト動物のペアを用いることを特徴とする、ヒト膵管腺癌特異的な抗癌剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を有するマウスと、Cre遺伝子を保有するマウスとからなる同一の両親から生まれた下記の(a)及び(b)のモデルマウスペアに対して、それぞれ同量の被検物質を投与する工程を必須とする、被検物質の膵管腺癌に対する特異的作用を解析又は評価する方法;
(a)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデルマウス、
(b)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持したそのコントロールモデルマウス。
【請求項11】
(a)のヒト膵管腺癌モデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウスであり、(b)のコントロールモデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウスである、請求項10に記載の解析又は評価する方法。
【請求項12】
請求項3又は4のヒト膵管腺癌in vitro解析用培養細胞株ペアを用いることを特徴とする、ヒト膵管腺癌特異的な抗癌剤のスクリーニング方法。
【請求項13】
急速発癌性を有するヒト膵管腺癌モデル細胞株であるFERM AP−22231株を非ヒト動物に対して植え付けることを特徴とする、膵管腺癌モデル非ヒト動物の作出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、de novo発癌性のヒト膵臓癌モデルマウス及び当該マウスから単離されたde novo発癌性膵臓がん細胞株、並びにこれらを用いた膵臓がん特異的な抗癌剤スクリーニング法に関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓に発生するがんを原因として世界では毎年、およそ26万人が死亡していると見積もられている(非特許文献1,2)。アメリカだけでも、2010年の間に36800人が膵臓に発生したがんを原因として死亡したと推計されており、発生頻度も年々増加していることが知られている。一方、過去30年にわたり、膵臓がん患者の5年生存率は5%程度で推移していて、大きく変化していない(非特許文献3)。膵臓がんは現在でも、外科切除適応となる症例頻度が低く、抗がん剤治療による効果も乏しいと考えられていることから、近年に発達した画像診断やバイオマーカーは、膵臓がんの予後を改善するに至らなかったと結論されている(非特許文献4)。
実際、膵臓がんと診断される患者の約85%は、膵臓近傍の血管への浸潤、周囲リンパ節や肝臓への転移、腹腔内へ進展が存在しており、進行したステージとなっている症例が多く、治療に対して抵抗性を有する(非特許文献5)。また、治癒的外科切除の対象となるのは全体の約15%に過ぎず、手術が可能であった症例でも、転移進展・局所再発が、術後早期に、かつ高い確率で生じる。術後の5年生存率は10〜20%と報告されており(非特許文献6)、進行した病期にある患者では診断から6か月目におけるprogression-freeは15%未満にとどまる(非特許文献5,7)。
これらのことから、5年生存率の改善には、1)外科的な治癒切除の可能な早期発見を可能とするバイオマーカーの開発と、2)膵臓がんの特性を担う分子を見いだし、それを治療標的とする治療薬の開発が早急に必要であることは明らかである(非特許文献3)。
【0003】
膵臓に発生するがんの90%以上は、腺管構造形成(gland-forming)やムチン産生(mucin-producing)といった腺管表現型(ductal phenotype)を示す膵管腺癌(pancreatic duct adenocarcinoma ;PDAC)で、腺房細胞表現型(acinar cell phenotype)を示す膵腺房細胞癌(acinar cell carcinoma;ACC)と診断される頻度は、成人膵腫瘍の1〜2%程度である。外科手術を受けたPDACの生存期間中央値(median survival)が、24か月であるのに対し、外科手術を受けたACCは61か月で、ACCはPDACより予後が良い(非特許文献8)。したがって、予後不良であり、早期発見を可能とするバイオマーカーの開発を必要とされている膵臓に生じるがんは、膵管腺癌(PDAC)のことを言う。
【0004】
正常な膵臓は、複雑な3次元構築をする腺房細胞(acinar cell)が85%を占め、残りを、血管や間質線維組織からなる間質支持組織(endocrine component)、そして腺房細胞分泌物(acinar cell secretions)を十二指腸に運ぶ腺管システム(ductal system)で構成される(非特許文献9)。腺管癌表現型(ductal phenotype)をもつ細胞が、膵臓で増殖していた場合、膵管腺癌(PDAC)かPDACに関連した状態pancreatic intraepithelial neoplasia (PanIN)と判断されるが、再生性もしくは反応性に増生する腺管細胞(ductal cell;DC)と膵管腺癌(PDAC)とを、鑑別することは難しい。その理由には、腺管癌表現型(ductal phenotype)をもつ細胞が、腫瘍性であるかどうかを判定する指標、バイオマーカーが十分に確立していない事が主たる理由である。そのことが、逆に、膵管腺癌(PDAC)の早期発見が達成されない理由の一つとなっている。
【0005】
現在、サイトケラチン7又は19(CK7、19)等の発現(非特許文献10,11)、がん関連糖鎖や糖タンパクやムチンコアタンパク(非特許文献11〜14)、中皮細胞マーカーメソセリン(Mesothelin)や前立腺幹細胞抗原(Prostate stem cell antigen)などのグリコシルフォスファチジルイノシトールアンカータンパク(Glycosylphosphatidyl inositol-anchored protein)の発現、タイトジャンクション構成タンパクであるClaudin-4(非特許文献15)、ウニのファスシンホモログ(Sea urchin fascin homolog)のADAM9やS-100の発現(非特許文献16)が、膵管腺癌(PDAC)の指標とマーカー分子とされている。Cyclin A、Cyclin D1、D3などのcell cycle regulationに関連する分子の発現増加も参考にされている。しかしながら、これらの分子いずれも、膵臓の正常腺管細胞(ductal cell)にも発現している事から、腫瘍性のDCと、非腫瘍性のDCを鑑別するには有用といえない。
【0006】
膵管腺癌(PDAC)特異的に出現するタンパク質をコードする遺伝子の転写産物(mRNA)の検出もまた、PDACの診断に活用されている。skeltalでは、CK7,CK17,CK19,Fascin,Pleckstrin等の細胞骨格系蛋白(Cytoskeletal protein)のmRNAの発現上昇が知られている他、トポイソメラーゼIIα(Topoisomerase II-alpha),急性骨髄性白血病(Acute myelogenous leukiemia ;AML)等のDNA転写に関連する遺伝子発現の上昇、血管拡張性失調症グループの補体D(Ataxia-telangiectasia group D-complementing ;ATDC)のようなDNA修復に関連する遺伝子発現の上昇、そして p21、Cyclin D1、D3に代表される細胞周期制御(cell cycle regulation)に関連する遺伝子発現の上昇が知られている。さらに、分泌性タンパクではHE4、cell surface proteinでは、Mesothelin,PSCA、CEACAM6,MIC1、Claudin 1,3,4,7,Integrin a6,a10,S-100A4,S-100A6,S-100A10,S-100A11,S-100 calcium-binding protein P,Trop2,そしてALG-2遺伝子の発現上昇が知られており、その検出は鑑別診断に有用である。
しかしながら、いずれも膵臓の正常腺管細胞(ductal cell)にも発現が見られる分子である事から、腫瘍性増殖と反応性増殖を区分できるようなカットオフを設定することがむずかしい。
【0007】
膵管腺癌(PDAC)の臨床症例を解析する事で見いだされて来た遺伝子変異や遺伝子の存在する領域のヘテロ接合性欠失(loss of heterozygosity; LOH)の検出(非特許文献17)は診断に有効である。膵管腺癌(PDAC)の80%以上にはK-Ras遺伝子(KRAS)の変異があり(非特許文献18,19)、50〜70%にはp53 変異があり(非特許文献20)、85%以上の症例でp16変異もしくはホモ接合型欠失(homozygous deletion)(非特許文献21)が存在する。さらに、およそ90%の膵臓がん症例で、見いだされていた18q領域のヘテロ接合性欠失(LOH)で欠損するがん抑制遺伝子MADH4/DPC4/ SMAD4の遺伝子変異は、約55%の症例に存在する(非特許文献22)。膵腺房細胞癌(ACC)との鑑別についても有用であり、ほとんどのACCには、KRAS,p53,p16,DPC4の遺伝子異常が検出さない。これらの事は、上記発がんメカニズムが膵管腺癌(PDAC)に特徴的で、その生物学的特性の決定に大きく影響していることに関連していると考えられている(非特許文献23,24)。
【0008】
がん抑制遺伝子中のシトシンとグアニン塩基比が高い非メチル化領域であるCpGアイランドプロモーター(promoter CpG islands)のメチル化もしくはmiRNAsの発現のいずれの場合でも,細胞周期制御(cell cycle regulation)や増殖、転移及びアポトーシスに異常をきたす。したがって、腫瘍細胞におけるこれら変化を検出することは、膵管腺癌(PDAC)の診断に有用であると考えられている。
膵管腺癌(PDAC)においても、がん抑制遺伝子のCpGアイランドプロモーター(promoter CpG islands)に、メチル化が生じる。このことは、遺伝子変異やヘテロ接合性欠失(LOH)によってがん抑制遺伝子が機能喪失するのと同様に、がん抑制遺伝子の発現を抑制(silencing)する(非特許文献17)。がん抑制遺伝子を抑制(silencing)するメカニズムには、メチル化の他に、17-25 遺伝子長(nucleotides in length ;nt)の小さな非翻訳領域のRNA(small non-coding RNA)であるmicro RNAs(miRNAs)の関与も明らかにされている。miRNAsは、タンパクをコードする遺伝子の活性をコントロールするものである。膵管腺癌(PDAC)では、発現上昇するmiRNAsがSTAT3やSP1等の翻訳阻害に関与する事、発現低下するmiRNAsが、E2F3,SMAD7,KRASのdegradationの低下に関与する事が報告されている(非特許文献25,26)。
【0009】
膵管腺癌(PDAC)に関係して発現が上昇する遺伝子の検出は、潜在的に存在する膵臓がん患者を同定し、その早期発見を可能とすることから、さらなる探索が精力的に試みられてきた(非特許文献27〜30)。しかしながら、膵管腺癌(PDAC)と比較する対象腺管細胞(DC)を特異的に採取して比較する事はむずかしいことから、腺房細胞(acinar cell)との比較において探索がなされてきたのが現状である。したがって、膵臓の腺管細胞(DC)と膵管腺癌(PDAC)の違いを、マーカー分子の発現の違いによって定義することは、困難な状況である。
【0010】
がん細胞とがんの発生母地となる細胞集団で、発現の異なる分子を見いだすには、それぞれの集団をできる限り正確に分取する事が必要である。なぜなら、がん組織は、がん細胞とその生長を支える血管と線維組織で構成される間質組織より成り立っているからであり、間質組織は、がん組織と正常組織に共通する成分だからである。特定の細胞集団を分取するには、蛍光発色セルソート(FACS)やレーザーキャプチャーマイクロダイセクション法(laser capture microdissection;LCM)と呼ばれる手法が用いられている。FACSは、血液系腫瘍細胞とその発生母地となる細胞の分離に有効であり、LCMは、固形腫瘍細胞とその発生母地となる細胞の分離に有効である。
【0011】
しかしながら、がん組織と間質組織の分取を行なうだけで、がん細胞とがんの発生母地となる細胞集団の比較検討が必ずしも可能となる訳ではない。組織細胞学的構築の複雑さから、LCMを用いても、がんの発生母地となる特定の細胞を分別してとり出す事は難しいことがあるからである。膵臓のDCは、これに相当する。
【0012】
膵臓の組織学的な構造の複雑さから腺管システム(duct system)を構成する細胞だけをLCMで分取し、膵管腺癌(PDAC)と比較するオミックス研究の実施は難しい。このためほとんどの検討では、特別な分取をする事なく膵組織をそのまま使用し、85%を占める腺房細胞(acinar cell)を考慮せずに膵がん組織と比較検討されている。従って、現在の検討結果は、事実上、腺房細胞(acinar cell)と腺管癌(ductal adenocarcinoma)の発現プロファイルの比較結果となっている。
【0013】
腺管システム(Duct system)の細胞を分取するために、ヒトの正常主膵管上皮を不死化して培養し、用いられている。主膵管上皮をもっぱら取り出してHPV-16E6E7による不死化システムで作成された細胞株HPDE(非特許文献31)を用いる事で、膵発がんのメカニズムや診断上の指標となる重要な情報が明らかにされている(非特許文献32〜34)。
細胞の不死化は通常、非腫瘍性の細胞に、不死化をもたらす遺伝子を導入して行ない、これによって非腫瘍性の細胞は、培養下で無限に増やすことができるようになる。目的の細胞を生体から取り出した後、不死化遺伝子を導入することで不死化状態を作り出す操作は、高い技術と時間を要する。細胞の種類によっては、外来遺伝子の導入が難しく、遺伝子導入による不死化操作が不可能な場合もある。
上記のHPDEについて言及すると、明らかに主膵管由来の細胞であり、膵管腺癌(PDAC)と比較すべき腺管細胞(DC)とは異なる事を指摘せざるを得ない。HPDEと同じで、主膵管等の比較的太い膵管上皮の細胞に由来すると考えられている腫瘍、遠位部胆管がん(carcinoma of distal bile ducts adenocarcinoma;CABD)、ファーター乳頭癌(cancer of ampulla of Vater(CAAV)は、膵管腺癌(PDAC)に類似した組織像を呈するものの、PDACと比較するといずれも予後は良好で、外科切除や、化学療法、放射線療法に対する反応性が良い。臨床上、これら腫瘍の鑑別診断はとても重要な意味をもつ(非特許文献35)とされているように、発生部位で、生物学的特性がかなり異なる。従って、主膵管の上皮細胞ではなくて、小葉内・小葉間膵管に由来するDCと比較すべきである。
【0014】
近年、膵がんの臨床検体に見いだされる遺伝子異常をキャリーする遺伝子改変動物モデル( Genetically Engineered Mouse Models:GEM)が作成されて解析され、ヒトの膵がんを再現できることが明らかとなった。そして同マウスを用いる事で、膵管腺癌(PDAC)の発生に至る分子レベルでのプロセス解明が進展し、PanIN-PDAC直線的な経路(linear pathway)が明らかにされてきた(非特許文献36〜38)。さらに、同マウスモデルは、新しい診断法(非特許文献39,40)の開発へも展開される状況となっている。
【0015】
不死化細胞もまた、遺伝子改変マウスを用いて、系統的に作製する事が可能となっている。
HPDEの作製ではE6とE7抗原を導入して、不死化細胞が作製されているが、SV40 large T抗原(TAg)を導入することでも、細胞を不死化することができる。TAgは、RbおよびRb関連タンパクそしてp53と結合して機能を阻害し、老化(senescence)を抑制することから、同分子を発現するマウスを作製して、不死化細胞の樹立が試みられている。
また、温度感受性(thermolabile)として単離されたウイルスに由来するSV40 tsA 58 large T抗原(tsA58TAg)(非特許文献41,42)は、33℃では導入された細胞を不死化できるが、39℃では老化(senescence)によって、培養後24時間以内に細胞分裂を停止する(非特許文献43)。
したがって、マウスに発現させても発生異常の原因となりにくいので、ユビキタスに活性化するH2Kbプロモーター下にtsA58TAgを導入した遺伝子改変マウスモデル(Gene Engineered mouse model,GEM)から、造血系前駆細胞(hemopoietic progenitor cells)や造血系間質細胞(hematopoietic stromal cells)(非特許文献44,45)や腱(tendon)に存在する間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)(非特許文献46)、生殖細胞(gonad cells)、Ck19が陽性となる胆道系上皮細胞(非特許文献47)や胃粘膜の壁細胞(parietal cells)(非特許文献48)、肺のクララ細胞(非特許文献48)、各種組織の血管内皮細胞(非特許文献49,50)、腸管神経細胞(enteric neuronal cells)(非特許文献51)やグリア細胞(非特許文献51)などの神経系細胞に由来する細胞株などが樹立され解析されてきた。
【0016】
最近本発明者らは、Cre酵素を発現するマウスとの交配することで、Cre酵素を介した組換え(Cre-mediated recombination)によってloxP-βGalactosidase-poly A-loxPの転写抑制配列が取り除かれ、tsA58TAgが発現するようになるトランスジェニックマウス(loxP-βgeo-poly A-loxP-SV40 tsA58 large T antigen-poly A構造の導入遺伝子を保有するマウス、マウス系統名はLBL-tsA58TAg TgマウスまたはT26マウス)を作成した(図1)(非特許文献52)。同マウスと血管内皮でCre酵素を発現するTie2-Creマウスを交配する事により、tsA58TAgを血管内皮およびリンパ管内皮に特異的に発現させ、その後、解析対象となる組織を回収し、33℃条件下での培養する事により、不死化血管・リンパ管内皮細胞株の樹立に成功している(非特許文献52)。
【0017】
TAgを発現するGEMの作製とその解析は早くからなされており、膵臓におけるtsA58TAg発現は、ランゲルハンス島細胞(islet cell)と腺房細胞(acinar cell)に由来する腫瘍を形成する事が明らかにされている。
ラットインシュリンIIプロモーター (rat insulin II promoter;RIP)-Tagトランスジェニックマウスでは、4-5wで内分泌細胞の過形成(hyperplasia)や異形成(dysplasia)を生じることが報告されており(非特許文献53,54)、pTet-on/pTRE-SV40Tag 二重トランスジェニックマウスモデル(double-transgenic mice model)では脳と膵臓に発現したTAgにより、内分泌腫瘍を形成する事が報告されている(非特許文献55)。一方、腺房細胞(acinar cell)にTAgを発現させたマウスelastase SV40-Tag(非特許文献56)、pancreatic amylase Amy-2.2-SV40(非特許文献57)では、腺房細胞癌(ACC)を形成することが知られている。
【0018】
前腸と膵臓の発生期に発現する転写因子Pancreatic and duodenal homeobox 1(Pdx1)もしくは、Pancreas transcription factor 1 subunit alpha(Ptf1a)のプロモーター支配下にCre酵素を発現するマウスとの交配によって、膵臓特異的にCre酵素を介した組換え(Cre-mediated recombination)を生じさせて、常時活性化型KrasであるKrasG12DやKrasG12Vが膵臓特異的に発現させたり、Ink4a/Arf遺伝子、Trp53、Smad4を欠失させるマウスが現在までに作成されている。これらの解析の結果、KrasG12D(非特許文献58,59)もしくはKrasG12V(非特許文献60)を膵臓特異的に発現するマウスは、PanIN病変を生後1年程度の間に形成するが、これに加えて、Ink4a/Arf遺伝子を欠失させたもの(非特許文献61,62)、Trp53遺伝子の機能を抑制したもの(非特許文献63)、がん抑制遺伝子Madh4/Dpc4/ Smad4の欠質(非特許文献64,65)やPtenの欠失(非特許文献67)、Rb1遺伝子の欠失(非特許文献68)は、PanIN病変の進行を加速して発癌プロセスを促進する。またKrasG12Dの発現に加えて、Smad4活性化のトリガーとなるTgfbr(非特許文献69)や、膵管腺癌(PDAC)で活性化している事が知られているc-Srcの活性化を抑制するc-Src kinaseを欠失させたマウスで発癌が促進する一方、Rac1を欠失したマウスでは発癌が抑制される事が明らかにされている(非特許文献70)。これらはすべて、ARF/MDM2/p53 pathwayとINK4a/Rb/E2F pathwayの異常によって、PanINからPDACへ進展するタイプの発がんモデルを示したものであった。
以上のことから、ヒト膵管腺癌(PDAC)の特性を正確に反映した発癌モデルとなるモデルマウスと共に、in vitro解析ツールとして理想的な、de novo発癌性の膵臓癌細胞株の提供が切望されていた。その際、正確な発癌モデルというためには、優れたコントロールの系が必要であることから、同じ系統由来のコントロールも同時に提供されることが望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Jemal,A.,et al.,(2011)CA.Cancer J.Clin.,61,2:69-90
【非特許文献2】Parkin,D.M.,et al.,(2001) Int J Cancer,94: 153-6
【非特許文献3】Siegel,R.,et al.,(2011) CA Cancer J Clin,61,4:212-36
【非特許文献4】Cengel,K.A.,(2004) Cancer Biol Ther,3,2:165-6
【非特許文献5】Li,D.,et al.,(2004) Lancet,363,9414:1049-57
【非特許文献6】American Gastroenterological Association,(1999) Gastroenterology ,117,6: 1463-84
【非特許文献7】Burris,H.A.,3rd,et al.,(1997) J Clin Oncol,15,6: 2403-13
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【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
従来からヒト膵臓癌細胞株は複数樹立されており、膵管腺癌(PDAC)由来の細胞株としても、PanIN-PDAC linear pathwayで生じたPDAC由来細胞株及びPDACモデルマウスは存在していたが、好適なコントロールがなかったばかりでなく、当該細胞株をヌードマウスなどに移植しても発癌も及び癌細胞増殖速度も極めて遅いものであった。そのため、膵臓癌用の抗がん剤感受性スクリーニングなどに用いるモデルマウス及びモデル細胞株としては不十分であった。
本発明では、交配法により、急速な発癌能及び癌細胞増殖能を有する膵臓癌モデルマウスと、同じ両親由来で好適なコントロールとなる膵管上皮細胞マウスを同時に提供すると共に、de novoで発癌する膵臓癌細胞株、及び膵管上皮細胞コントロール株を同時に樹立することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、LBL-tsA58TAgマウスとPdx1プロモーター支配下にCre酵素を発現するマウス(Pdx1-Creマウス)を交配する事によって膵臓に特異的にtsA58TAgを発現させたマウスを作製し、さらにはKrasG12DとtsA58TAgを同時に膵臓で発現させることで、de novoタイプの膵管腺癌(PDAC)を生じさせることに成功した。同マウス膵臓より回収した細胞から「急速発癌性膵臓癌培養細胞株」を樹立した。あわせて、同じ両親由来で好適なコントロールとなる膵管上皮細胞マウス及び同マウスからの「膵管上皮細胞株」を樹立した。「急速発癌性膵臓癌培養細胞株」をヌードマウスの背の皮下に移植したところde novoでの発癌を確認した。
なお、本発明で得られた膵がん細胞クローンのうち「YamaPaCa Clone 6.2」株及び、コントロールの膵管上皮細胞クローンのうち「DC Clone 19.12」株を、(独)産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2012年3月16日付で寄託し、それぞれ受領番号FERM AP−22231、及びFERM AP−22230として受理された。
以上の知見を得て、本発明を完成した。
【0022】
すなわち、本発明は以下の通りである。
〔1〕 「KrasG12D」を保持し、かつCreの作用で不死化スイッチが入る位置に「tsA58Tag」を有するマウスと、Cre遺伝子を保有するマウスとを交配して作製した子マウス群のうちから選択された、下記の(a)及び(b)のトランスジェニックマウスからなることを特徴とする、ヒト膵臓癌解析用モデルマウスのペア;
(a)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデルマウス、
(b)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持したそのコントロールモデルマウス。
〔2〕 (a)のヒト膵臓癌モデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウスであり、(b)のコントロールモデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウスである、前記〔1〕に記載のヒト膵臓癌解析用モデルマウスのペア。
〔3〕 前記〔1〕又は〔2〕の(a)のヒト膵臓癌モデルマウス及び(b)のコントロールモデルマウスの膵臓に由来して樹立された、下記の(c)及び(d)の細胞株からなることを特徴とする、ヒト膵臓癌in vitro解析用培養細胞株ペア;
(c)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデル細胞株、
(d)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持した膵管上皮細胞株。
〔4〕 (c)のヒト膵臓癌株が、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウス由来のFERM AP−22231株であり、(d)の膵管上皮細胞株が、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウス由来のFERM AP−22230株である、前記〔3〕に記載のヒト膵臓癌モデル細胞株と膵管上皮細胞株より構成されるヒト膵臓癌in vitro解析用培養細胞株ペア。
〔5〕 急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデル細胞株であるFERM AP−22231株。
〔6〕 急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデル細胞株のコントロールとなる膵管上皮細胞株であるFERM AP−22230株。
〔7〕 前記〔3〕又は〔5〕に記載の(c)の急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデル細胞株及び(d)の膵管上皮細胞株をそれぞれ植え付けた非ヒト動物からなり、下記の(e)及び(f)のモデル非ヒト動物からなることを特徴とする、ヒト膵臓癌in vivo解析用モデル非ヒト動物のペア;
(e)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデル非ヒト動物、
(f)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持した膵管上皮細胞モデル非ヒト動物。
〔8〕 前記〔1〕もしくは〔2〕に記載のヒト膵臓癌解析用モデルマウスのペア、又は請求項7に記載のヒト膵臓癌in vivo解析用モデル非ヒト動物のペアを用いることを特徴とする、被検物質の膵臓癌に対する特異的作用をin vivoで解析又は評価する方法。
〔9〕 前記〔1〕もしくは〔2〕に記載のヒト膵臓癌解析用モデルマウスのペア、又は請求項7に記載のヒト膵臓癌in vivo解析用モデル非ヒト動物のペアを用いることを特徴とする、ヒト膵臓癌特異的な抗癌剤のスクリーニング方法。
〔10〕 「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を有するマウスと、Cre遺伝子を保有するマウスとからなる同一の両親から生まれた下記の(a)及び(b)のモデルマウスペアに対して、それぞれ同量の被検物質を投与する工程を必須とする、被検物質の膵臓癌に対する特異的作用を解析又は評価する方法;
(a)「KrasG12D」及び「tsA58Tag」を保持した急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデルマウス、
(b)「KrasG12D」を保持せず「tsA58Tag」のみを保持したそのコントロールモデルマウス。
〔11〕 (a)のヒト膵臓癌モデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+; KrasLSL-G12D/+; Pdx-1-Cre/+マウスであり、(b)のコントロールモデルマウスが、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウスである、前記〔10〕に記載の解析又は評価する方法。
〔12〕 前記〔3〕又は〔4〕のヒト膵臓癌in vitro解析用培養細胞株ペアを用いることを特徴とする、ヒト膵臓癌特異的な抗癌剤のスクリーニング方法。
〔13〕 急速発癌性を有するヒト膵臓癌モデル細胞株であるFERM AP−22231株を非ヒト動物に対して植え付けることを特徴とする、膵臓癌モデル非ヒト動物の作出方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明において、得られる膵臓特異的にKrasG12DとtsA58TAgを同時に発現する、de novoタイプの膵管腺癌(PDAC)が生じているトランスジェニックマウスは、単独でも好適なヒト膵癌モデルマウスとなるが、本発明では、交配法を用いているため、同じ両親から、tsA58Tagのみを発現し正常膵管上皮細胞を持つトランスジェニックマウスが同時に取得でき、後者は優れた膵管腺癌(PDAC)コントロールとなる。
また、両マウスから、それぞれ樹立されたde novoで発癌する膵管腺癌(PDAC)株及び、膵管上皮細胞株は、セットとしてペアで用いると理想的な膵管腺癌(PDAC)のin vitro解析試料となる。特に、膵臓癌のための抗がん剤感受性スクリーニングのために用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】遺伝子改変マウスからの細胞株の樹立 まず、LBL-tsA58TAg遺伝子座と、研究対象としている改変遺伝子座Xを同時に持つマウス(A)と組織特異的promoter-Cre遺伝子座をもつマウス(B)を交配する。その交配によって生まれてきたマウス仔群の中に含まれるLBL-tsA58TAg遺伝子座と組織特異的promoter-Cre遺伝子座の2つをもつマウス(C)と、LBL-tsA58TAg遺伝子座と組織特異的promoter-Cre遺伝子座に加え、改変遺伝子座Xの3つのをもつマウス(D)では、それぞれ、Cre/loxP遺伝子組み換えが引き起こされた組織において、tsA58TAgが発現している。次に、(培養化したい)組織を回収する。その後、組織の分散化処理を施したのち、適切な培地にて33℃培養を行うことで、培養が可能な不死化細胞が獲得される。
図2】交配による膵臓がんモデルマウス生産法 LBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+マウス(A)とPdx1-Cre /+マウス(B)を交配すると、膵臓においてCre/loxP遺伝子組み換えが発生し、膵臓でKrasG12Dが発現するマウス(H)、tsA58TAgが発現するマウス(I)、KrasG12DとtsA58TAgの両方が発現するマウス(J)、そしてそれ以外のマウス(C〜G)が誕生する。これらのうち、マウス(J)では、急速に膵臓がんが発生する。マウス(I)では、3週齢以前では病理組織学上の顕著な変化は認められない。これら二種類のマウス(I,J)で発現するtsA58TAgの能力を利用して、細胞を不死化し、in vitroにおける生物学的比較解析を行う。
図3】ジェノタイプ別マウス(16日齢)の解剖写真 ジェノタイプ別マウス(16日齢)の外皮剥離写真(A〜D)、開腹写真(E〜H)、胃・十二指腸・膵臓・脾臓を回収しホルマリン固定した後の写真(I〜L)。KrasG12DとtsA58TAgが膵臓で発現しているマウス(D,H,L)では、血性腹水の滞留が確認される(D)。さらに、同マウスの膵臓は、その他のマウスの膵臓に比べて著しく大きくなり、かつ硬く変性したPDACが確認される(H,L)。同時期において、KrasG12D (B,F,J)もしくは、tsA58TAg (C,G,K)が、それぞれ単独で膵臓に発現するマウスは、コントロールマウス (A,E,I,例としてPdx1-Cre/+マウスを表示してある)と比較して、外見的に大きな変化は認められない。
図4A】各種ジェノタイプ別マウスの生存曲線 (A) 本発明の急速膵臓がんシステムで作成された4つの主なグループの生存曲線。 膵臓でKrasG12DとtsA58TAgの両方が発現するマウス(LBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+)は、急速な膵臓がんの発生によっておおむね3週間以内に死亡する。tsA58TAgが単独で膵臓に発現するマウス(LBL-tsA58TAg/+;Pdx1-Cre/+)は、おおむね200日以内に死亡する。KrasG12Dが単独で膵臓に発現するマウス(KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+)は、200日間の飼育期間中ではContorol群と同様に、ほとんど死亡することがない。 (図4B)および(図4C)に示したこれらの過去の報告にくらべて、本研究におけるKrasG12DとtsA58TAgの両方が発現するマウス(AのLBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+)において、その膵臓がんの進行の速さと生存期間の短縮が著しい。
図4B】別グループにより報告されたKrasG12DとTrp53R172H(Trp53ミュータント)のいずれか、もしくはその両方が膵臓で発現するマウスと、比較対象マウスの生存曲線(Hingorani,2005,Cancer Cell)。
図4C】KrasG12DとTGFαのいずれか、もしくはその両方が膵臓で発現するマウスと、比較対象マウスの生存曲線(Siveke,2007,Cancer Cell)。
図5A】膵臓がん細胞の不死化培養システム 図は、tsA58TAgが単独で膵臓に発現するマウス(左)および、tsA58TAgとKrasG12Dの両方が膵臓で発現する急速膵臓がんマウス(右)から、それぞれ、コントロール用不死化膵管上皮細胞と不死化膵がん細胞を獲得する手順を示している。初めに、これら2種類のマウスより、それぞれ、膵臓を回収する。その後、細胞を分散処理したのち、33℃で培養を開始する。培養開始直後は、tsA58TAg陰性の細胞が一定数含まれるが、継代操作で3週間から4週間継代操作をつづけることで、ほとんどすべてがtsA58TAg陽性となる。その後、96ウエル培養プレートを用いて限界希釈法によってクローン化作業を開始する。約1週間から2週間程度で、コロニーが確認できる。クローン化した集団は、それぞれ(CK19などの)膵管上皮性マーカー遺伝子でスクリーニングし、同マーカーが陽性の細胞群を以降のin vitro解析に用いる。
図5B】膵臓がん細胞の不死化培養システムのコラーゲン内3次元培養。 LBL-tsA58TAg/+;Pdx1-Cre/+マウスに由来する不死化膵管上皮細胞株(例: DC Clone 19 (a))とLBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+マウスに由来するPDAC細胞株(例:YamaPaCa Clone 6 (b))をコラーゲンゲル内で3次元培養すると、それぞれ、生体内の状態に近い管腔様構造を形成する。
図6A】クローン化細胞の各種遺伝子の発現の様子 (A)クローン化したマウス由来コントロール用不死化膵管上皮細胞および不死化膵がん細胞における、膵管上皮マーカーCk8およびCk19の免疫染色。
図6B】クローン化細胞の各種遺伝子の発現の様子 (B)正常膵管上皮細胞クローン:DC Clone 1,15,19,膵がん細胞クローン:YamaPaCa Clone 6,8,25のそれぞれ3つずつより、total RNAを回収し、リアルタイムPCRによって、各種遺伝子の発現量をリアルタイムPCRによって解析した。膵臓がんに強く発現することが知られているTacstd2およびSerpinB2は、膵がんクローン側で、統計学的有意差のある発現上昇が確認された(P<0.05)。同じく、膵がんマーカーとして知られるItgb6では、ある程度のばらつきはあるものの、膵がん側で増加している傾向が認められた。これらの膵がんマーカーに加えて、oncogenic Krasによって発現が誘導されることが知られているIL-24の発現を調べたところ、膵がん側で高い発現上昇が認められたことから、いずれの膵がんクローンもKrasG12Dが発現していることによるKrasシグナルの活性化が、計画通り引き起こされていることが確認された。加えて、膵臓がんにおける線維化をもたらすことが知られているヘッジホッグシグナルを誘導するDhhの発現の多いクローン(YamaPaCa Clone 6)も確認された。
図7A】ヌードマウスに対する膵臓がん細胞クローン皮下移植実験−1 膵がんクローンのマウス個体への可移植性を調査するため、膵がんクローンとコントロールである正常膵管上皮クローンをヌードマウス皮下に移植する実験を行った。移植する膵がんクローンとして、YamaPaCa Clone 6、8、25を選択した。コントロール側の膵管上皮クローンでは、DC Clone 15、19を選択した。 (A)皮下に1×106cellsを移植して7日おきに腫瘍の体積(腫瘍の縦・横・高さの3点を測定し直方体としての体積)を測定した。膵がんクローン群では、移植した3クローン(YamaPaCa Clone 6、8、25)とも皮下への定着が確認されたが、コントロール用膵管上皮クローン(DC Clone 19)では皮下への定着は認められなかった(グラフ内にはDC Clone 19のみ表記してあるが、DC Clone 1、15もDC Clone 19と同様に、皮下に定着しない。)ことから、本システムによって樹立される膵臓がん細胞は可移植株であることが確認できた。
図7B】ヌードマウスに対する膵臓がん細胞クローン皮下移植実験−2 (B)移植後35日時点での皮下腫瘍の定着の様子。移植した膵臓がん細胞によって皮膚が盛り上がっている様子が確認できる(b〜d)。 コントロールのDC Clone 19は定着しない(a)。
【発明を実施するための形態】
【0025】
1.本発明におけるヒト膵臓がんモデルマウス
(1−1)ヒト膵臓がん特異的な改変遺伝子座の存在
ヒト膵臓がんの多くに、Kras遺伝子の12番目のアミノ酸であるグリシンに変異があることが知られている。同部位はKrasに結合することでKras自身を活性型する能力を持つGTPを、Krasを不活性型にするGDPに変換する酵素活性を担うことから、同アミノ酸に変異の入ったKrasは、GTPがGDPに変化することが抑制される。すなわちこのKras変異体はGTPと常に結合している状態である常時活性化型として機能することになる。結果として、Rasシグナルカスケードが活性化されることで、膵臓がん発生の下地となっているものと考えられている。なお、本発明において、単に「膵臓癌」というとき、膵臓癌の90%以上を占める「膵管腺癌(PDAC)」を指す。正常な膵臓組織の85%を構成する腺房細胞で発生する「膵腺房細胞癌(ACC)」と区別する必要があるときなど、「膵管腺癌(PDAC)」と正確に記載することもある。
これまでに、Krasの12番目のアミノ酸のグリシン(G)を、ヒト膵臓がんで認められているアミノ酸変異の一種であるアスパラキン酸(D)へ変異させたKras(以下KrasG12Dと表記)が、人工的に膵臓で発現するよう遺伝子改変されたマウスでは、膵臓がん様の変性が起きること、そして腫瘍抑制遺伝子であるTrp53などに変異がさらに加わると、膵がんの発生が促進されることが明らかにされている。
【0026】
(1−2)遺伝子改変マウスへのCre発現システムを利用した交配法及び当該マウスからの細胞株の樹立法
本発明においては、ヒト膵臓がんモデルマウス及びヒト膵臓がん細胞株樹立に当たり、「Cre発現システムを利用した交配法」及び当該マウスからの細胞株の樹立法を用いた。以下、簡単に当該手法を図1に従って説明する。以下の(A)(B)のマウスを準備する。
(a)LBL-tsA58TAgマウス(図1A):LBL-tsA58TAg遺伝子座を持つマウスであり、同マウスの別名は、CAG-Betageo-TsA58T Tgである。ストレインのうち26番目のものをT26マウスとも表記されることもある。同ストレインのMouse Genome Informaticsデータベース上の登録名称は、「Tg(CAG-Bgeo,-tsA58T)T26Ichi」。Cre/loxP遺伝子組み換えによって、SV40 tsA58 large T antigen(TAg)の発現を誘導することができる。
(b)部位特異的Cre発現遺伝子座を保有するマウス(図1B): 特定のプロモーター配列によってCre/loxP遺伝子組み換えを引き起こすことができるマウス。
(c)改変遺伝子座Xを保有するマウス(図1A):例として、研究対象としているフェノタイプを作り出す改変遺伝子座をXとして表記する(疾患モデルマウス)。ただし、フェノタイプを誘導する遺伝子座は1つだけである必要はなく、複数のもので構成されても構わない。フェノタイプの起動がCre/loxP遺伝子組み換えに非依存的な場合は、部位特異的Cre発現遺伝子座とともに同一マウスに内在させても構わないが、Cre/loxP遺伝子組み換えによって、疾患フェノタイプが起動される仕組みになっている場合は、最終的な交配前の事前準備段階では、Cre発現遺伝子座ともに同一個体内に保有させない。
なお、本発明では、対象疾患が膵臓癌であり、改変遺伝子座Xは、Kras遺伝子の12番目のグリシンに変異が導入された「KrasG12D」に相当し、上記マウス(a)が保有している。
【0027】
このようなマウスを事前に準備しておき、両者マウスを交配させる(図1AとBの交配)。これらのマウスの交配によって、生まれてくるマウスうち、LBL-tsA58TAg遺伝子座と組織特異的Cre発現遺伝子座の2つのみ保有するマウス(図1C)と、LBL-tsA58TAg遺伝子座と組織特異的Cre発現遺伝子座に加えて改変遺伝子座Xの3つを保有するマウスを作成する(図1D)。
図1C)のマウスでは、Cre/loxP遺伝子組み換えが起きた個所で、tsA58TAgの発現が誘導される。一方の(図1D)のマウスでは、tsA58TAgに加え、改変遺伝子座Xによるフェノタイプも発現 (特定のタンパク質が発現する場合や、特定の遺伝子が欠失している場合など、さまざまなタイプの改変遺伝子座に応用可能)する。
【0028】
図1C)と(図1D)の両マウスより、Cre/loxP遺伝子組み換えが起きており、かつ培養化したい目的の細胞を含む組織を回収する。その後、それらの組織について細胞分散処理を施したのち、適切な培地と培養皿を用いて、tsA58TAgが活性化する温度である33℃で培養を開始する。tsA58TAgを発現する細胞は、不死化状態となるため、安定的に分裂を繰り返す。この際、細胞培養と継代操作を一定期間(数日〜1か月程度、期間は細胞の種類・改変遺伝子の種類に依存する)行うことで、Cre/loxP遺伝子組み換えを起こしていない非tsA58TAg発現細胞が排除される。ここで得られる不死化細胞群の中には、疾患病変状態などに代表される改変遺伝子座Xによるフェノタイプを保有する細胞とその元になる健康な細胞が含まれる。
目的の細胞に特異的なマーカー遺伝子の一部が分かっている場合は、該当分子を指標に、セルソーターで目的の細胞を分離したり、クローニングなどの手法によって純化することも可能である。
また、疾患遺伝子座が発がんに寄与する場合、tsA58TAgの発がん感受性促進効果によって、発がんまでの期間の大幅な短縮と、がんの悪性度の亢進をもたらすことも可能となる。
【0029】
(1−3)ヒト膵臓がんモデルマウスへの適用(図2
本発明では、上記(1−2)で説明した「Cre発現システムを利用した交配法」を適用して、ヒト膵臓がんモデルマウスと同時に、その優れたコントロールとなる膵管上皮細胞マウスを提供する。
そのために、本発明では、膵臓癌の発癌に寄与する改変遺伝子座(X)として、Kras遺伝子の12番目のグリシンに変異が導入された「KrasG12D」を保持し、かつCreの作用で不死化スイッチが入る位置に「tsA58Tag」を有する「LBL-tsA58TAg/+; KrasLSL-G12D/+マウス(図2A)」及び、Cre遺伝子を保有する「Pdx1-Cre/+マウス(図2B)」とを交配する。
子マウスの中から、KrasG12DとtsA58TAgの両方が発現し、急速に膵臓がんが発生するマウス(J)及びtsA58Tagのみが発現し、病理組織学上の顕著な変化が認められないマウス(I)を選び出す。両者は、同一の両親から得られたために他の遺伝子群が全て一致しているマウスなので、マウス(J)は、マウス(I)をコントロールとしてセットで用いることでより優れた「ヒト膵臓癌モデルマウス」となる。
【0030】
(1−4)「ヒト膵臓癌モデル細胞株」の樹立
次いで、これら二種類のマウス(I,J)から、膵臓を回収して培養化し、両細胞内で発現するtsA58TAgの能力を利用して細胞を不死化し、「急速発癌性の膵臓癌細胞株」及びそのコントロールとなる「膵管上皮細胞株」を樹立する(図5)。両者は、優れたin vitroにおける生物学的比較解析ツールとなり、例えば、膵臓癌特異的な抗癌剤スクリーニングなどに好適である。
ここで、「ヒト膵臓がんモデルマウス」及び「ヒト膵臓癌細胞株」というときは、「KrasG12D」と共に「tsA58Tag」を保持しているが、「膵管上皮細胞マウス」及び「膵管上皮細胞株」というときは、発癌に寄与する「KrasG12D」は保持せず、不死化に関わる「tsA58Tag」のみを有しているため、正常な「膵管上皮細胞」の性質を保持しているため、コントロール系となるマウス及び培養株を作出できる。
【0031】
(1−5)樹立細胞株の寄託
本発明で得られた膵がん細胞クローンのうち「YamaPaCa Clone 6.2」株及び、コントロールの膵管上皮細胞クローンのうち「DC Clone 19.12」株を、(独)産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2012年3月16日付で寄託し、それぞれ受領番号FERM AP−22231、及びFERM AP−22230として受理された。
【0032】
2.本発明の「急速発癌性膵臓がんモデルマウス」及びコントロール用の「膵管上皮細胞マウス」を組み合わせたin vivoシステム
本発明の「KrasG12D」と共に「tsA58Tag」を保持している「急速発癌性膵臓がんモデルマウス」の典型的なものは、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウスである。
コントロールとなる、「KrasG12D」は保持せず「tsA58Tag」のみを保持している「膵管上皮細胞マウス」の典型的なものは、LBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウスである。
「急速発癌性膵臓がんモデルマウス」単独でも、in vivoでの抗癌剤スクリーニングに用いることはできるが、コントロールとして「膵管上皮細胞マウス」を用いることで、より膵臓癌特異的な抗癌剤スクリーニングなど、被検物質を投与した際の膵臓癌特異的な作用が正確に解析できるため、in vivoでの抗癌剤スクリーニングの系、特に膵臓癌特異的な抗癌剤の候補となる物質のスクリーニング系として極めて有効である。
【0033】
3.本発明の「急速発癌性の膵臓癌細胞株」及びコントロール用の「膵管上皮細胞株」を組み合わせた膵臓癌のin vitro解析用システム
上記「急速発癌性膵臓がんモデルマウス」及びコントロール用の「膵管上皮細胞マウス」のそれぞれ由来の樹立された「急速発癌性の膵臓癌モデル細胞株」は、単独でもまたそのコントロールとなる「膵管上皮細胞株」をペアで用いることで、in vitroにおける膵臓癌細胞特異的な細胞内での作用、変化その他の動態解析などが可能となり、特に両細胞株ペアは、膵管腺癌(PDAC)と腺管細胞(DC)との生物学的比較解析ツールとして有効である。両細胞株ペアを用いたスクリーニング系は、膵臓癌特異的な抗癌剤のスクリーニングなどに好適である。
本発明の「急速発癌性の膵臓癌細胞株」の典型的な細胞株は、FERM AP−22231株であり、コントロール用の「膵管上皮細胞株」の典型的な細胞株は、FERM AP−22230株である。
【0034】
4.急速発癌性の膵臓癌モデル非ヒト動物の作出
「急速発癌性の膵臓癌細胞株」及びコントロール用の「膵管上皮細胞株」を、それぞれ非ヒト動物の背中の皮下、腹腔内又は膵臓などに移植することで、急速発癌性の膵臓癌モデル非ヒト動物及びそのコントロール用のモデル非ヒト動物を作出することができる。
これらモデル非ヒト動物のペアも、ヒト膵臓癌解析用モデルペアとして膵臓癌細胞特異的な解析のために用いることができ、臨床的に切望されている膵臓癌特異的な抗癌剤のスクリーニングに好適である。
ここで、非ヒト動物としては、ヒト以外のどのような動物でも可能であるが、典型的な実験動物であるマウス、ラット、ウサギ、ブタ、イヌ、ウシ、ウマの他サルなどの霊長類が好ましい。
【実施例】
【0035】
次に本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
本発明におけるその他の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。また、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を準用して行った。
なお、本明細書中に引用した技術文献、特許公報及び特許出願明細書中の記載内容は、本発明の記載内容として参照されるものとする。
【0036】
(本実施例で用いた遺伝子改変マウス)
・LBL-tsA58TAg/+マウス (図2Aなど)、又はそのアリール体であるLSL-tsA58TAg/+マウス(図5など)。
・KrasLSL-G12D/+マウス: Mouse Genome Informaticsデータベース上の該当遺伝子座の登録名称はKrastm4Tyj。Cre/loxP遺伝子組み換えによって、12番目のアミノ酸GがDに変化した常時活性型のKrasであるKrasG12Dが発現するするマウス。
・Pdx1-Cre/+マウス:膵臓全体でCre/loxP遺伝子組み換えを引き起こすことができるマウス。
【0037】
(実施例1)KrasG12D依存的膵臓がんモデルマウスの作製
まず、Cre/loxP遺伝子組み換えによって、KrasG12Dの発現が誘導される遺伝子改変マウスであるKrasLSL-G12D/+マウスを用意する。同マウスは、内在性の一組のKras対立遺伝子座の片方が翻訳後G12Dのアミノ酸変異(KrasG12D)となるミューテーションが入れてあり、かつ、その上流に特殊なLSL配列(LSL: loxP配列-転写stop配列-loxP配列)が挿入されているため、普段はKrasG12Dの発現は起きない。次に、このKrasLSL-G12D/+マウスと、LBL-tsA58TAg/+マウス(Cre/loxP遺伝子組み換えによりtsA58TAgが発現するマウス)を交配させる。
そうすると、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+のマウスが生まれてくる(図2A)。このマウスに、膵臓でCre/loxP遺伝子組み換えを引き起こすことができるPdx1-Cre /+マウス(図2B)を交配させると、計8種類のジェノタイプのマウスが産出される(図2C〜J)。
同マウスのうち、(図2C〜G)のマウスでは、tsA58TAgもKrasG12Dも発現しないため、特定のフェノタイプは示さない(コントロールとして使用する)。
一方で、KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+のマウス(図2H)では、膵臓でKrasG12D発現し、LBL-tsA58TAg /+;Pdx1-Cre/+のマウス(図2I)では、膵臓でtsA58TAgが発現する。さらに、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+のマウス(図2J)では、KrasG12DとtsA58TAgの両方が発現する。このうちLBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+のマウス(図2J)では、KrasG12Dの常時活性とtsA58TAgの腫瘍形成促進効果(腫瘍抑制因子阻害効果)によって、急速膵臓がん(de novoタイプ)が発生する。同急速膵臓がん発生の様子を図3に示す。
【0038】
図3は、各種ジェノタイプ別マウス(16日齢)の解剖写真で、そのうち、(A)〜(D)は外皮剥離写真、(E)〜(H)は開腹写真、(I)〜(L)は胃・十二指腸・膵臓・脾臓を取り出し、ホルマリン固定した後の写真である。LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+(図3D,H,L)では、急速膵臓がんが発生し血性腹水の滞留(図3D)および、PDACによって著しく大きくなった膵臓(図3H,L)が確認される。その他のジェノタイプのマウスは、生後16日の時点では、外見上ほとんど差は認められない。
【0039】
(実施例2)本発明の急速膵臓がんモデルマウスの生存期間と従来の膵臓がんモデルマウスとの比較
実施例1で得られた急速膵臓がんモデルマウス及び同時に得られた各種ジェノタイプ別マウスの生存曲線を図4Aに示す。
急速膵臓がんモデルマウスであるLBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+マウスは、おおむね離乳前(生後3週間以内)に死亡することが明らかとなった。
図4BおよびCは、過去の論文で示された膵臓がんモデルマウスの生存曲線である。これらに比べて、本発明におけるLBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+マウスの生存期間の短縮は著しい。
【0040】
(実施例3)膵臓がん細胞および比較対象細胞の不死化培養
実施例1で得られたマウス群の内、急速膵臓がんモデルであるLBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+マウス(図5右)と比較対照用LBL-tsA58TAg /+;Pdx1-Cre/+マウス(図5左)では、tsA58TAgが膵臓で発現しているため、不死化培養が可能である。
同マウスより膵臓を回収後し、ハサミとスカルぺルによる切断やスライドグラスによるすりつぶし作業などの物理的処理と、コラーゲナーゼなどの酵素的処理の併用によって細胞を分散したのち、type Iコラーゲンコート済みディッシュで培養を開始する。この際、専用培地(DMEM high glucoseバージョン 和光純薬工製、10%FCS、100unit/mlペニシリンG・100μg/mlストレプトマイシン(sulfate)ライフテクノロジーズ製、1×MITO べクトン・ディッキンソン製)を使用する。培養温度は、SV40 tsA58 T抗原の活性化に適した温度である33℃(CO2は5%)にしておく。このような条件下で培養を行うと、培養ディッシュ底面に定着した細胞は、T抗原が発現しているため、無限に増殖する状態(不死化状態)となる。
以降は、通常の細胞培養作業と同様に、トリプシンなどの酵素処理によるディッシュ底面からの剥離と継代操作、凍結保存を行う。Cre/loxP遺伝子組み換えが起きていない細胞は、T抗原陰性であるため、培養過程で排除される。必要に応じて細胞クローン化作業など行う。
【0041】
このようにして樹立したLBL-tsA58TAg /+;Pdx1-Cre /+マウス由来細胞クローン群、およびLBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+マウス由来細胞クローン群の中には、膵管上皮性ではない膵臓由来細胞も含まれる。そこで、膵管上皮性の指標であるサイトケラチン8、19などの膵管上皮細胞マーカーで事前選択することが可能である(図6A)。
このようにして選択された膵がん細胞クローン(LBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+マウス由来)の「YamaPaCa Clone 6」株(FERM AP−22231)及び、コントロールの膵管上皮細胞クローン(LBL-tsA58TAg /+;Pdx1-Cre /+マウス由来)の「DC Clone 19」株(FERM AP−22230)の顕微鏡写真を図5Bに示す。また、両者の膵管上皮マーカーCk8およびCk19の免疫染色を画像で確認し、膵管上皮性ではない膵臓由来細胞の混入がないことを確認した(図6A)。以下の実施例では、これら2種類の株のセットを本発明のシステムとして用いた。
【0042】
(実施例4)具体的なマーカー遺伝子群の発現量解析結果
本発明のシステムが、がんマーカー遺伝子の同定などの重要な実験に使える例として、上記正常膵管上皮クローンと膵臓がんクローンにおける、既知膵臓がんマーカー遺伝子の発現についてのリアルタイムPCR解析の結果を示す(図6B)。
同解析では、それぞれ3つずつのLBL-tsA58TAg /+;Pdx1-Cre /+マウス由来比較対照用正常膵管上皮細胞クローン(DC Clone1,15,19)とLBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre /+マウス由来膵臓がん細胞クローン(YamaPaCa Clone6,8,25)を解析対象とした。膵臓がんマーカーとして知られる次の3つの遺伝子(Tacstd2,SerpinB2,Itgb6)の発現量は、いずれもLBL-tsA58TAg/+;KrasG12D/+;Pdx1-Cre/+膵臓がん細胞クローン群で高い傾向を示し、膵臓がんとしての性質を持ったクローンであると判定できる(図6Ba〜c)。また、Krasの活性化によって発現が誘導されることが知られているIL-24(図6Bd)についても、LBL-tsA58TAg/+;KrasLSL-G12D/+;Pdx1-Cre/+膵臓がん細胞クローン群で高い値を示していることから、同細胞群では、計画通りKrasの活性化が起きていることが確認できる。
【0043】
(実施例5)移植実験が可能であるかどうかの確認
つづけて、LBL-tsA58TAg /+;KrasLSL-G12D/+;Pdx-1-Cre/+マウス由来膵臓がん細胞クローン群とLBL-tsA58TAg /+;Pdx-1-Cre/+マウス由来比較対照用正常膵管上皮細胞クローン群を用いて、1×106cellsずつヌードマウスの背の皮下に移植し、1週ごとに5週間、腫瘍の成長の様子を測定した(図7A)。この図が示すとおり、膵臓がん細胞クローンのみヌードマウスに定着する可移植株であることが分かる。また、より膵臓がんマーカー遺伝子群の発現量が大きいクローンYamaPaCa Clone 6や25の方が、発現量が小さいYamaPaCa Clone 8よりも大きく腫瘍が成長することも確認できる。一方で、比較対照用正常膵管上皮細胞クローンは、定着することはない(DC Clone 19のみグラフ内に表示、DC Clone 1、15も同様に定着しない)。このように、KrasG12DとtsA58TAgの両方を発現するマウス膵臓がんクローンは、可移植性の信頼性の高い膵臓がん細胞であるものと判断できる。
【受託番号】
【0044】
本発明で樹立された急速発癌性膵臓癌細胞株の「YamaPaCa Clone 6.2」株、及びそのコントロールとなる膵管上皮細胞株の「DC Clone 19.12」株を(独)産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2012年3月16日付で寄託し、それぞれ受領番号FERM AP−22231、及びFERM AP−22230として受理された。
図1
図2
図4A
図4B
図4C
図5A
図6B
図7A
図3
図5B
図6A
図7B