【0018】
下記化1、化2の一般式(1)、(2)は、それぞれ、本発明に関わる化合物、イミダゾール誘導体とベンゾイミダゾール誘導体の化学構造式を示す。
【化1】
【化2】
上記化学構造式において、X、Y
1〜Y
4は水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ基で置換されたアルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、水素原子の一部または全てをハロゲン原子置換したハロゲン化アルキル基といった置換基を示す。例えば化2についてX=Me,Y
1〜Y
4=Hの場合2−メチルベンゾイミダゾールであり、X=Me,Y
1=Y
4=H、Y
2=Y
3=Clの場合は、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールである。
上記式におけるハロゲンは、F、Cl、Br、Iから選ばれる。また、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ基で置換されたアルキル基、および、水素原子の一部または全てをハロゲン原子置換したハロゲン化アルキル基は、(1)式および(2)式の化合物の有機溶媒への溶解性を損なわない限り、その炭素数に特に制限はないが、アルキル基としては、好ましくは、炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10のアルキル基であり、例えば、CH
3−、C
2H
5−、i−C
3H
7−、n−C
4H
9−、n−C
9H
19-などが挙げられ、アルコキシ基としては、好ましくは、炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10のアルコキシ基であり、例えば、CH
3O−、C
2H
5O−などが挙げられる。また、アルコキシ基で置換されたアルキル基については、好ましくは、アルコキシ基部分およびアルキル基部分の総計で炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10の基であり、例えば、CH
3OCH
2−などが挙げられ、また、水素原子の一部または全てをハロゲン原子置換したハロゲン化アルキル基としては、好ましくは、炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10の基であり、例えば、CF
3−、CCl
3−、CHF
2−などが挙げられる。
【実施例】
【0024】
次に、本発明の実施例を、図等を用いて具体的に説明する。なお、本実施例は、発明を容易に理解できるようにするためのものであり、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。すなわち、本発明の技術思想に基づく改変、他の実施態様又は実施例は全て本発明に含まれるものである。
【0025】
発明の実施にあたり、原料はいずれも市販品を利用した。例えば、2−メチルベンゾイミダゾールは、1グラム当たり100円程度とクロコン酸の1/100程度の安価で入手ができる。市販品から数度、真空昇華精製を行い、必要に応じて再結晶も併せて行い精製した。5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾール、2−メチルベンゾイミダゾール、および2−ジフルオロメチルベンゾイミダゾールについては、昇華精製と同時に良質な単結晶が容易に得られた。2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾールはエタノール溶液から、2−トリクロロメチルベンゾイミダゾールは2−イソプロパノール溶液から、各々自然蒸発することで、単結晶を成長させた。なお、いずれのベンゾイミダゾールも、アルコール類などの極性有機溶媒に対し、極めて良好な溶解度を示すことも確かめられた。
これらの単結晶試料の両端に、印加電場の向きが水素結合鎖に平行になるよう金または銀ペーストを塗布して金線と導通をとり、電気測定を行った。水素結合や分子配列に関する微視的構造の知見は、単結晶X線回折を用いた結晶構造解析により得た。
【0026】
5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの室温における結晶構造は、斜方晶系で有極性の空間群Pca2
1(#29)に属し、水素結合による一次元鎖が見られた。プロトンを除く構造部分は、分子面に垂直な鏡映面をもつ上位の空間群Pbcm(#57)でも概ね解析できたことから、プロトン配置が対称性を破り、c軸方向の極性を与えていることが分かった(
図1)。上位の対称性で解析が見かけ上できる事実は、X線回折強度に対する寄与が最も小さい水素原子の配置で、極性の有る無しが定まっていることを如実に語るものである。
すなわち、以上の解析結果は、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの結晶構造が化3の式に示す分極反転過程が期待できる結晶構造であることを示す事実といえる。
【0027】
これに対し、2−メチルベンゾイミダゾール結晶の室温における結晶構造については、従来、正方晶系で無極性の空間群P4
2/n(#86)に属し、プロトンの配置は無秩序であるとされていた(非特許文献6)。当該文献は、確かにプロトン以外については穏当な解析結果を与えているように見えた。これにつき、本発明者らは、当該文献で無秩序とされたプロトン配置が、当該文献において現実の結晶構造の対称性よりも上位の空間群を仮定したことによる恣意的な解析結果である可能性を疑い、X線回折による構造解析の再検討を行った。その結果、単斜晶系で有極性の空間群Pn(#7)なる、一段階下位の対称性の下で、信頼度も少し改善した解析結果が得られた。これにより、プロトン配置は秩序化していることと、その秩序化が結晶構造の対称性低下を招いたことが確かめられた。
実際よりも上位の対称性を仮定しても解析できた理由については、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの事情と同様であると考えられる。したがって、この先行研究の知見は、正確な結晶構造ではなかったものの、プロトン移動で極性反転という、本発明で描くシナリオへの適合性を伺い知る重要な判断材料を与えている。
本発明者らによる解析結果によれば、
図2に示すように、2−メチルベンゾイミダゾールの結晶構造において、水素結合による一次元鎖はa+cとa−cの2方向に走り、それぞれ図中の矢印のような鎖に沿った極性をもつことで、結晶全体としても極性を与える。このように、2−メチルベンゾイミダゾールの結晶構造においてもまた、化3の式に示す分極反転過程が期待できる分子配列が実現できていた。
【0028】
結晶構造を元に強誘電体候補とみなした、2−メチルベンゾイミダゾールについて、二方向に水素結合鎖が走るac面内に沿って電場を印加したところ、室温大気中で強誘電体に特徴的な履歴曲線を観測できた。一方、最大印加電場が30kV/cmを超える実験については、電極間での放電を防止するために絶縁油であるシリコンオイルに試料を浸して実験を行った。
図3に示す、水素結合鎖方向に印加した電場(三角波)に対する分極−電場履歴曲線からは、5μC/cm
2もの大きな残留分極と、10〜20kV/cm(印加周波数に依存)なる抗電場が得られた。キュリー点の有無を調べるため、
図4に示す誘電率の温度依存性も測定したが、キュリー点特有のピーク異常は380Kまで見られなかった。さらに400Kでも分極履歴曲線が観測できたうえ、示差走査熱量測定(DSC)でも、試料が徐々に昇華を始める430Kまで、キュリー点による熱異常は観測されなかった。したがって、2−メチルベンゾイミダゾールのキュリー点は430K以上と極めて高いことが示された。
【0029】
同様に、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールについても、水素結合鎖方向(c軸方向)に沿って電場を印加したところ、強誘電性を観測できた。最大印加電場100kV/cmでの実験では、室温では抗電場が同程度と大きいために、分極反転を完全に起こすには印加電場がやや不足していた。28℃以上でヒステリシスループが明確になり始め、抗電場が温度とともに単調に減少してゆく様子を伺うことができた。100℃もの高温でも強誘電性が得られた。
図5に示しながら5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの自発分極の評価の方法を、
図5に基づいて、以下説明する。
通常の分極−電場履歴曲線の測定では、強誘電性ヒステリシス成分の他、試料のリーク電流に由来する余分な成分が少し重なっていることが分かった。最近、こうした非ヒステリシス成分を適正に除去する方法として、
図5上部に記した印加電圧波形を印加する二重波法測定が考案されている(非特許文献7)。
この測定では、PとNで表す第一波が、分極反転を伴う通常のヒステリシス測定に対応する過程であり、全ての成分を含んだループを与える(図中の破線)。一方、同符号の電場を印加する第二波目(UとDの過程)では、自発分極の向きは保持されているので、分極反転成分以外の応答のみ得られ、リーク電流の効果は上下方向のふくらみに表れる(図中の点線)。したがって第一波から第二波のデータを差し引くことで、分極反転成分を抽出できる。
この方法で得られたヒステリシス成分(図中の実線)から、残留分極は、実に9−10μC/cm
2、つまりクロコン酸の半分程度、PVDFと同程度にも及ぶ大きな値であることが確かめられた。
5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールについても、誘電率にはキュリー点特有のピーク異常は380Kまで見られなかった。それより高温域については、
図6に示す示差走査熱量測定(DSC)において、加熱過程で399Kに吸熱異常、冷却過程で369Kに発熱異常として一次の相転移が観測された。これが、キュリー点に対応するものと考えられるが、有機系としては、依然非常に高い温度である。
【0030】
強誘電体を得る本発明の有効性を表す別の指標が、反強誘電体も次々得られた事実である。
強誘電体と反強誘電体はともに、電場の変化に対して顕著な誘電分極を誘起でき、かつ履歴現象を伴うという、電場に対する極めて高い感受性をもつ特徴が共通している。強誘電性は、零電場においても有限の電気分極(自発分極)を保持でき、電場を逆向きに印加することで分極が一気に反転できる性質であるのに対し、反強誘電性とは、一旦零電場で零分極の状態を経由して二段階で分極反転が進行する点が異なるだけであり、極めて卑近な物性現象である。
こうした反強誘電体と強誘電体との密接な関連性は、強誘電体デバイスや圧電体デバイスで今なお最も優れた性能を発揮し続けるPZTの発見が、反強誘電体PbZrO
3が基点となり結実した歴史的事実にも表れている。
本発明が想定する反強誘電体とは、零電場では、鎖の極性が半平行で交互に配列して相殺しあった状態(零分極)にあり、電場を印加することで、鎖の極性が一方向に揃うことで大きな分極を現すものである。
【0031】
実際に反強誘電体を見いだした例としては、2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾール(一般式(2)において、X=CF
3,Y
1〜Y
4=H)、2−トリクロロメチルベンゾイミダゾール(同じく、X=CCl
3,Y
1〜Y
4=H)、2−ジフルオロメチルベンゾイミダゾール(同じく、X=CHF
2,Y
1〜Y
4=H)を挙げることができる。これらはいずれも、水素結合により化3に示すような極性のある一次元鎖をもつ結晶構造を構築することが分かった。
これらの単結晶についてはいずれも、一次元鎖方向に電場を印加することで、反強誘電体の特徴である二重履歴現象を、室温で観測することができた(
図7〜9)。電場で誘起された電気分極も、実に9-10μC/cm
2もの巨大な値であった。これは、鎖の極性が一方向に揃った、上述の強誘電体5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの値とほぼ同程度であり、電場印加により、水素結合鎖の極性が一方向に揃った状態へスイッチできることを強く窺わせる結果である。
なお、これら3種類の反強誘電体はいずれも
図4に示す誘電率の温度依存性には、キュリー点特有のピーク異常は370Kまで見られなかった。それぞれ昇華が顕著となり始める温度まで示差走査熱量測定(DSC)を行ったが、2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾールは少なくとも393Kまで、2−トリクロロメチルベンゾイミダゾールおよび2-ジフルオロメチルベンゾイミダゾールは少なくとも413Kまで、キュリー点に伴う熱異常は観測されなかった。キュリー点はさらに高温域にあるものと考えられる。