特許第5954780号(P5954780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5954780
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月20日
(54)【発明の名称】強誘電性分子性物質
(51)【国際特許分類】
   H01B 3/18 20060101AFI20160707BHJP
   C07D 235/08 20060101ALN20160707BHJP
   C07D 235/10 20060101ALN20160707BHJP
【FI】
   H01B3/18
   !C07D235/08
   !C07D235/10
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-166800(P2012-166800)
(22)【出願日】2012年7月27日
(65)【公開番号】特開2014-24797(P2014-24797A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2015年3月25日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(チーム型研究(CREST))「有機強誘電体の新材料開発、薄膜プロセス技術の開発、及び電子状態計算」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】堀内 佐智雄
(72)【発明者】
【氏名】十倉 好紀
【審査官】 伊藤 幸司
(56)【参考文献】
【文献】 Journal of Applied Physics,1975年,46(8),pp.3250-3254
【文献】 FILE REGISTRY ON STN, RN 6478-79-1, ENTERED STN: 16 NOV 1984
【文献】 FILE REGISTRY ON STN, RN 3584-65-4, ENTERED STN: 16 NOV 1984
【文献】 FILE REGISTRY ON STN, RN 705-09-9, ENTERED STN: 16 NOV 1984
【文献】 FILE REGISTRY ON STN, RN 615-15-6, ENTERED STN: 16 NOV 1984
【文献】 FILE REGISTRY ON STN, RN 312-73-2, ENTERED STN: 16 NOV 1984
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
H01B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下の一般式(2)で表されるベンゾイミダゾール誘導体から選ばれる、イミダゾール骨格を有する化合物からなる強誘電体材料または反強誘電体材料。
【化2】
(上記一般式 (2)において、(i)Xはメチル基であり、Y1〜Y4は水素原子であるか、(ii)Xはメチル基であり、Y1、Y4は水素原子であり、Y2、Y3は塩素原子であるか、(iii)Xはトルフルオロメチル基であり、Y1〜Y4は水素原子であるか、(iv)Xはジフルオロメチル基であり、Y1〜Y4は水素原子であるか、又は、(v)Xはトリクロロメチル基であり、Y1〜Y4は水素原子である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物を用いた強誘電体・反強誘電体に関する。
【背景技術】
【0002】
強誘電体は、外部電場に対し極めて優れた感受性をもち、強誘電体メモリ、キャパシタ、焦電センサ、圧電素子、非線形光学素子などの多様な応用の起点となる重要な機能性材料である。反強誘電体もまた、強誘電体と同様に外部電場に対し極めて優れた感受性を有し、同様の用途に用いられている。
従来の強誘電体・反強誘電体の利用は無機材料が中心であったが、高性能ゆえに幅広く用いられてきたPZTには極めて有毒な鉛が含まれ、また、非鉛系強誘電体への代替化には依然レアメタル(ビスマス、ニオブやタンタル等)に頼っている現状がある。
一方、有毒元素やレアメタルを排して軽元素だけで構成される有機材料では、溶液を用いた低温・印刷プロセスへの適合性の他、有機半導体など他の有機材料との良好な界面形成やデバイスの大面積化、フレキシブル化などの利点があるため、上記機能の新たな展開に期待されている。ところが有機低分子のみで構成される強誘電体結晶は、現実には無機物に比べると依然例が極めて少なく、動作性能やプロセス適合性、入手の容易さなど、改善すべき課題が山積している状況にある(例えば、非特許文献1、2参照)。
【0003】
有機強誘電体は、単一成分の有機物と、二成分以上の分子から成る分子化合物の、大きく二つのタイプに分類できる。
単一成分物質には、非水素結合型物質と水素結合型物質がある。非水素結合型物質としては、例えば2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(慣用名:タナヌまたはTEMPO)、1,6−ビス(2,4−ジニトロフェノキシ)−2,4−ヘキサジイン、ベンジル、VDFオリゴマ(CF3(CH2CF2)17I)、2,3,6,7,10,11−ヘキサキス(4−オクチロキシベンゾイルオキシ)トリフェニレンが挙げられ、これらの多くが、分子の永久双極子の配向秩序により強誘電性を発現すると考えられている。これらの強誘電体は、VDFオリゴマを除いて自発分極値が1μC/cm2に遠く及ばず、極めて小さい。他方でVDFオリゴマは自発分極は優れている(〜13μC/cm2)ものの、抗電場(分極反転動作に要する電場)が1200kV/cm程度と極めて大きいという課題がある。
【0004】
単一成分の水素結合型物質の強誘電性発現には二通りのタイプがある。一つは分子間でのプロトン移動を伴うことなく分子の永久双極子の配向秩序が起源のタイプであり、チオ尿素などが該当する。チオ尿素は分極値が比較的大きいがキュリー点が低温であり、室温では強誘電性を示さない。キュリー点が室温以上にあるシクロヘキサン−1,1−ジカルボン酸やトリクロロ酢酸イミドは自発分極値が極めて小さい。これら3つの強誘電体では、リン酸二水素カリウム(KDP)のような顕著な重水素置換効果も現れず、強誘電性発現に対する水素結合の水素原子の役割も相対的に小さいとされている。また、トリシクロヘキシルメタノールでは、水酸基のO−H結合が解離せずに配向を変えることで強誘電性が出るが、自発分極値、相転移温度とも極めて低い。
【0005】
単一成分の水素結合型物質のもう一つのタイプは、分子間プロトン移動を伴って結晶の分極を反転できる有機強誘電体である。例えば、クロコン酸、シクロブテン−1,2−ジカルボン酸、フェニルマロンジアルデヒド、3−ヒドロキシフェナレノンがこれに相当する(非特許文献3、4参照)。これらは水酸基をプロトン供与体、カルボニル基を受容体とする酸素原子に基づいた分子間水素結合であり、一次元鎖状または二次元的な分子配列を形成していることを特徴としている。キュリー点は室温を超えており、自発分極値も有機物としては大きく、中でもクロコン酸は21−22μC/cm2と有機物質で最高値を示し、BaTiO3の実測値(26μC/cm2)に迫るものである。また、抗電場も10kV/cm前後と、VDFオリゴマ(非特許文献5参照)やPVDFに比べ1-2桁程度低く、低電場動作を示している。このようにプロトン移動に基づく強誘電性は、基本性能上では最も有望なアプローチの一つといえる。ただし、各々の物質には個々特有の問題点なども存在する。クロコン酸の場合、精製や結晶化にアルコール類といった有機溶媒ではなく、強い腐食性の塩酸を要する。さらに自身が極めて強い酸性を持つことに加え、空気酸化などへの化学的安定性にも課題を残し、薄膜化や印刷プロセスへ展開しづらい。しかも化学修飾を加えられる部位は限定され、耐久性を含む上記課題の改善に応える余地が乏しい。またこれらの材料は、市販品あるいは特注品で入手可能であるが、例えばクロコン酸ではグラム当たり約1万円前後(例えば東京化成品)と、コストもかさむ。
【0006】
一方、二成分以上の分子から成る分子化合物の例としては、メタノールを包接したβ-キノールや電荷移動錯体であるテトラチアフルバレン(TTF)−p−クロラニル及びその誘導体等が知られている。前者はキュリー点、自発分極とも極めて小さい。後者は、自発分極は大きいことが近年明らかになったが、キュリー点は極低温にある。また、室温付近での電気抵抗は低く、強誘電性とその関連機能を利用するうえで、絶縁性の担保は未だ解決の見通しが立っていない。一方、近年になって登場した、酸と塩基が水素結合し超分子を形成した分子化合物またはプロトンの授受により生じる塩(特許文献1,2)では、水素結合内のプロトン移動が分極反転を駆動することで、比較的良好な分極性能と高いキュリー点を実現できている。但し、不純物や格子欠陥等に左右されやすい強誘電性の本質を考えると、組成のずれによる特性の変性の恐れがなく、しかもプロセスの簡素化を図れる点では、単一成分によるアプローチの優位性が窺える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4257413号「強誘電体物質」
【特許文献2】特許第4482662号「有機強誘電体材料」
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S.Horiuchi,Y. Tokura,Nature Materials,Vol. 7 (2008) 357-366
【非特許文献2】J. Sworakowski,Ferroelectrics,Vol.128 (1992) 295-306
【非特許文献3】S.Horiuchi et al.,Nature,Vol.463 (2010) 789-792
【非特許文献4】S.Horiuchi et al.,Advanced Materials,Vol.23 (2011) 2098-2103
【非特許文献5】K. Noda,et al.,J.Appl. Phys. Vol.93 (2003) 2866-2870.
【非特許文献6】A.E.Obodovskaya,et al.,Zh.Strukt.Khim. Vol. 32 (1991) 121-123.
【非特許文献7】M. Fukunaga,Y. Noda,J.Phys. Soc. Jpn. Vol. 77 (2008) 064706.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、高性能かつ溶液プロセス適合性をもつ強誘電体材料を開発するにあたり、大きな自発分極を持つこと、室温以上にキュリー点をもつこと、溶液プロセスに適応できるよう汎用の有機溶剤に可溶であること、プロセスを簡素化するうえで有利な単一成分であること、そして一連の誘導体が、概して合成や化学修飾が容易あるいは市場から安価で入手できること、という諸条件を満足できる有機材料群を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、有機溶剤への溶解性をもつ低分子であり、かつ、水素供与基および水素受容基として働く窒素原子を分子内にそれぞれ1個ずつ含有するイミダゾール骨格を有する一連のイミダゾール誘導体およびベンゾイミダゾール誘導体化合物が、当該化合物分子が互いに水素結合によって一次元鎖あるいはより高次のネットワーク構造を形成でき、かつ、当該分子中の水素供与基と水素受容基は、酸とその共役塩基の関係にあり、水素結合上のプロトンの授受とC=C二重結合の位置の切り替えを通じて分極反転を生じることができることにより、単一成分の有機物質からなる強誘電体または反強誘電体物質として機能することを見出した。
【0011】
本出願は、具体的には、以下の発明を提供するものである。
〈1〉以下の一般式(1)で表されるイミダゾール誘導体および以下の一般式(2)で表されるベンゾイミダゾール誘導体から選ばれる、イミダゾール骨格を有する化合物からなる強誘電体または反強誘電体。
【化1】
【化2】
(上記一般式(1)および(2)において、X、Y1〜Y4は水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ基で置換されたアルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、または、水素原子の一部または全てをハロゲン原子で置換したハロゲン化アルキル基を示す。)
【発明の効果】
【0012】
本発明は、有機溶剤への優れた溶解性をもつイミダゾール誘導体およびベンゾイミダゾール誘導体分子を用いることで、分子間水素結合により極性をもった一次元鎖を形成でき、水素結合上のプロトンの授受による分極反転によって、室温以上の高温領域で大きな自発分極や電場誘起分極を引き出すことができるという、著しい効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾール結晶の室温における結晶構造(b軸投影図)において、一次元鎖であるc軸方向に極性を揃えた分子配列を示す図である。
図2】2−メチルベンゾイミダゾール結晶の室温における結晶構造(b軸投影図)において、極性(図中の矢印)をもつ一次元鎖がa+cとa−cの2方向に並ぶ分子配列を示す図である。
図3】2−メチルベンゾイミダゾール結晶の室温における強誘電性を表す、様々な周波数をもつ印加電場(三角波)に対する分極−電場履歴曲線を示す図である。
図4】キュリー点の有無を調べるための、水素結合一次元鎖方向に沿って交流電場を印加して測定した、誘電率の温度依存性を表す図である。(a)2−メチルベンゾイミダゾール結晶、(b)5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾール結晶、(c)2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾール結晶、(d)2−ジフルオロメチルベンゾイミダゾール結晶、(e)2−トリクロロメチルベンゾイミダゾール結晶。
図5】5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾール結晶の100℃における自発分極の評価を行うための、二重波法(上部に印加電圧波形を記す)を用いた分極−電場履歴曲線(点線)による分極ヒステリシス成分(実線)の抽出を示す図である。
図6】5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの相転移の有無を評価するために行った、示差走査熱量(DSC)測定(温度5℃/分)によるDSC曲線を表す図である。
図7】2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾール結晶の水素結合一次元鎖方向に電場(三角波0.2、1Hz)を印加した際の分極−電場履歴曲線により、室温における反強誘電性を表す図である。
図8】2−トリクロロメチルベンゾイミダゾール結晶の水素結合一次元鎖方向に電場(三角波10Hz)を印加した際の分極−電場履歴曲線により、室温における反強誘電性を表す図である。
図9】2−ジフルオロメチルベンゾイミダゾール結晶の水素結合一次元鎖方向に電場(三角波2Hz)を印加した際の分極−電場履歴曲線により、室温における反強誘電性を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のイミダゾール誘導体およびベンゾイミダゾール誘導体化合物は、水素結合型結晶を構築する。
水素結合型有機分子結晶では、一般に最密充填を好む傾向が強いファン・デル・ワールス力に代わって、より強い相互作用である水素結合が優先的かつ指向性をもって形成されやすい。そこで分子内でのプロトン供与基と受容基の配置を考慮することで、目的の分子配列形態を得やすいという利点がある。さらにプロトンの移動過程まで考慮することで、分子またはその集合体における分極反転機構を設計できる。最密充填ではないルーズで自由度をもった構造構築により、水素結合結晶では、構造相転移が誘起されやすい傾向もある。一方で、同程度の分子量であれば、分子間凝集力に強い水素結合が合わさることで、融点上昇による温度耐性の向上も期待できる。
【0015】
これまで水素結合型有機分子結晶では、酸―塩基のように二成分以上から成る物質、単一成分物質いずれも、高い自発分極と超室温のキュリー点が実現できかつ、比較的低い抗電場も得られている。二成分以上から成るものは物質設計においてもより高い自由度を獲得できるという長所があるが、単一成分からなるものには、薄膜、印刷などのプロセス展開を簡素化でき、かつその過程における組成変化に伴う特性の変性の心配がない点において、優位性が期待できる。
【0016】
単一成分により分子間のプロトン授受を担うためには、まずプロトン供与基と受容基が必要となる。プロトン移動の前後で分子の化学的同一性を失うことなく分極方向のみ反転できるための最も簡素な分子設計とは、水素結合を形成する一対のプロトン供与基と受容基を、酸と共役塩基(あるいは共役酸と塩基)の関係に設定することである。
【0017】
イミダゾール分子は、プロトン供与、受容とも複素環内の2つの窒素原子が担い、これらは酸―共役塩基の関係にある。しかも分子間で水素結合でき、分子を一次元鎖状に配列させる効果ももっている。そして、イミダゾール分子においては、水素結合上のプロトンの授受と同時に、C=C二重結合の位置を切り替えることで、分子の化学的同一性を失うことなく鎖の極性のみが反転できることとなり、このプロセスを電場で駆動できれば強誘電体もしくは反強誘電体とできる。
【0018】
下記化1、化2の一般式(1)、(2)は、それぞれ、本発明に関わる化合物、イミダゾール誘導体とベンゾイミダゾール誘導体の化学構造式を示す。
【化1】
【化2】
上記化学構造式において、X、Y1〜Y4は水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ基で置換されたアルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、水素原子の一部または全てをハロゲン原子置換したハロゲン化アルキル基といった置換基を示す。例えば化2についてX=Me,Y1〜Y4=Hの場合2−メチルベンゾイミダゾールであり、X=Me,Y1=Y4=H、Y2=Y3=Clの場合は、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールである。
上記式におけるハロゲンは、F、Cl、Br、Iから選ばれる。また、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ基で置換されたアルキル基、および、水素原子の一部または全てをハロゲン原子置換したハロゲン化アルキル基は、(1)式および(2)式の化合物の有機溶媒への溶解性を損なわない限り、その炭素数に特に制限はないが、アルキル基としては、好ましくは、炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10のアルキル基であり、例えば、CH3−、C25−、i−C37−、n−C49−、n−C919-などが挙げられ、アルコキシ基としては、好ましくは、炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10のアルコキシ基であり、例えば、CH3O−、C25O−などが挙げられる。また、アルコキシ基で置換されたアルキル基については、好ましくは、アルコキシ基部分およびアルキル基部分の総計で炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10の基であり、例えば、CH3OCH2−などが挙げられ、また、水素原子の一部または全てをハロゲン原子置換したハロゲン化アルキル基としては、好ましくは、炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10の基であり、例えば、CF3−、CCl3−、CHF2−などが挙げられる。
【0019】
強誘電体や反強誘電体では、エネルギー的に縮退し極性のみが異なる双安定な構造状態間を電場で行き来できることが必須であり、このことをプロトン移動を分極反転の起源とするイミダゾール誘導体およびベンゾイミダゾール誘導体分子に当てはめると、プロトンがどちらの窒素に結合しても結晶構造の化学的等価性が保証されることが前提となる。
そこで、これらの化合物において強誘電性または反強誘電性を発揮できる分子構造と分子配列について考察すると、以下のとおりである。
【0020】
まず、一般式(1)のイミダゾール誘導体のうちY1=Y2なる置換基配置を有する場合、および、一般式(2)のベンゾイミダゾール誘導体のうちY1=Y4、Y2=Y3なる置換基配置を有する場合を考察する。この場合、窒素に結合したプロトンや五員環の二重結合の配置を無視すれば、分子長軸に沿った2回対称軸あるいは分子面に垂直な鏡映面を擬似的に持ち、プロトンがどちらの窒素に結合しても分子自身の化学的等価性は保証される。イミダゾール類は、他の強い相互作用で阻害されない限り、プロトン供与基と受容基間の水素結合による一次元鎖配列が好んで形成され、中でも鎖の極性反転(化3の矢印の過程)に好都合な結晶構造を得やすい特徴をもつため、強誘電性または反強誘電性に極めて有望であると考えられる。
【0021】
次に、一般式(1)においてY1≠Y2なるイミダゾール分子、一般式(2)においてY1≠Y4またはY2≠Y3のベンゾイミダゾール分子の場合を考察する。これらは分子単独で見ると、プロトンの結合位置が異なれば化学的にも等価ではない。ただし、置換基Y1とY2の配置について制約を与えるものの、化3に示すような、隣り合う分子の置換基Y1同士、置換基Y2同士が隣接する分子配置を考えれば、プロトン移動の前後で一次元鎖の化学的等価性は全体として保持されつつ、極性のみが反転できる結晶構造も可能である。
【0022】
【化3】
【0023】
以上のように、擬似的対称性の置換基配置をもつ分子はもちろんのこと、そうでないイミダゾール誘導体およびベンゾイミダゾール誘導体もまた、強誘電性または反強誘電性になりうる候補と言え、機能の向上に向けて、多様な置換基の種類と配置による化学修飾の自由度が極めて大きいと言える。
【実施例】
【0024】
次に、本発明の実施例を、図等を用いて具体的に説明する。なお、本実施例は、発明を容易に理解できるようにするためのものであり、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。すなわち、本発明の技術思想に基づく改変、他の実施態様又は実施例は全て本発明に含まれるものである。
【0025】
発明の実施にあたり、原料はいずれも市販品を利用した。例えば、2−メチルベンゾイミダゾールは、1グラム当たり100円程度とクロコン酸の1/100程度の安価で入手ができる。市販品から数度、真空昇華精製を行い、必要に応じて再結晶も併せて行い精製した。5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾール、2−メチルベンゾイミダゾール、および2−ジフルオロメチルベンゾイミダゾールについては、昇華精製と同時に良質な単結晶が容易に得られた。2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾールはエタノール溶液から、2−トリクロロメチルベンゾイミダゾールは2−イソプロパノール溶液から、各々自然蒸発することで、単結晶を成長させた。なお、いずれのベンゾイミダゾールも、アルコール類などの極性有機溶媒に対し、極めて良好な溶解度を示すことも確かめられた。
これらの単結晶試料の両端に、印加電場の向きが水素結合鎖に平行になるよう金または銀ペーストを塗布して金線と導通をとり、電気測定を行った。水素結合や分子配列に関する微視的構造の知見は、単結晶X線回折を用いた結晶構造解析により得た。
【0026】
5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの室温における結晶構造は、斜方晶系で有極性の空間群Pca21(#29)に属し、水素結合による一次元鎖が見られた。プロトンを除く構造部分は、分子面に垂直な鏡映面をもつ上位の空間群Pbcm(#57)でも概ね解析できたことから、プロトン配置が対称性を破り、c軸方向の極性を与えていることが分かった(図1)。上位の対称性で解析が見かけ上できる事実は、X線回折強度に対する寄与が最も小さい水素原子の配置で、極性の有る無しが定まっていることを如実に語るものである。
すなわち、以上の解析結果は、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの結晶構造が化3の式に示す分極反転過程が期待できる結晶構造であることを示す事実といえる。
【0027】
これに対し、2−メチルベンゾイミダゾール結晶の室温における結晶構造については、従来、正方晶系で無極性の空間群P42/n(#86)に属し、プロトンの配置は無秩序であるとされていた(非特許文献6)。当該文献は、確かにプロトン以外については穏当な解析結果を与えているように見えた。これにつき、本発明者らは、当該文献で無秩序とされたプロトン配置が、当該文献において現実の結晶構造の対称性よりも上位の空間群を仮定したことによる恣意的な解析結果である可能性を疑い、X線回折による構造解析の再検討を行った。その結果、単斜晶系で有極性の空間群Pn(#7)なる、一段階下位の対称性の下で、信頼度も少し改善した解析結果が得られた。これにより、プロトン配置は秩序化していることと、その秩序化が結晶構造の対称性低下を招いたことが確かめられた。
実際よりも上位の対称性を仮定しても解析できた理由については、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの事情と同様であると考えられる。したがって、この先行研究の知見は、正確な結晶構造ではなかったものの、プロトン移動で極性反転という、本発明で描くシナリオへの適合性を伺い知る重要な判断材料を与えている。
本発明者らによる解析結果によれば、図2に示すように、2−メチルベンゾイミダゾールの結晶構造において、水素結合による一次元鎖はa+cとa−cの2方向に走り、それぞれ図中の矢印のような鎖に沿った極性をもつことで、結晶全体としても極性を与える。このように、2−メチルベンゾイミダゾールの結晶構造においてもまた、化3の式に示す分極反転過程が期待できる分子配列が実現できていた。
【0028】
結晶構造を元に強誘電体候補とみなした、2−メチルベンゾイミダゾールについて、二方向に水素結合鎖が走るac面内に沿って電場を印加したところ、室温大気中で強誘電体に特徴的な履歴曲線を観測できた。一方、最大印加電場が30kV/cmを超える実験については、電極間での放電を防止するために絶縁油であるシリコンオイルに試料を浸して実験を行った。
図3に示す、水素結合鎖方向に印加した電場(三角波)に対する分極−電場履歴曲線からは、5μC/cm2もの大きな残留分極と、10〜20kV/cm(印加周波数に依存)なる抗電場が得られた。キュリー点の有無を調べるため、図4に示す誘電率の温度依存性も測定したが、キュリー点特有のピーク異常は380Kまで見られなかった。さらに400Kでも分極履歴曲線が観測できたうえ、示差走査熱量測定(DSC)でも、試料が徐々に昇華を始める430Kまで、キュリー点による熱異常は観測されなかった。したがって、2−メチルベンゾイミダゾールのキュリー点は430K以上と極めて高いことが示された。
【0029】
同様に、5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールについても、水素結合鎖方向(c軸方向)に沿って電場を印加したところ、強誘電性を観測できた。最大印加電場100kV/cmでの実験では、室温では抗電場が同程度と大きいために、分極反転を完全に起こすには印加電場がやや不足していた。28℃以上でヒステリシスループが明確になり始め、抗電場が温度とともに単調に減少してゆく様子を伺うことができた。100℃もの高温でも強誘電性が得られた。
図5に示しながら5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの自発分極の評価の方法を、図5に基づいて、以下説明する。
通常の分極−電場履歴曲線の測定では、強誘電性ヒステリシス成分の他、試料のリーク電流に由来する余分な成分が少し重なっていることが分かった。最近、こうした非ヒステリシス成分を適正に除去する方法として、図5上部に記した印加電圧波形を印加する二重波法測定が考案されている(非特許文献7)。
この測定では、PとNで表す第一波が、分極反転を伴う通常のヒステリシス測定に対応する過程であり、全ての成分を含んだループを与える(図中の破線)。一方、同符号の電場を印加する第二波目(UとDの過程)では、自発分極の向きは保持されているので、分極反転成分以外の応答のみ得られ、リーク電流の効果は上下方向のふくらみに表れる(図中の点線)。したがって第一波から第二波のデータを差し引くことで、分極反転成分を抽出できる。
この方法で得られたヒステリシス成分(図中の実線)から、残留分極は、実に9−10μC/cm2、つまりクロコン酸の半分程度、PVDFと同程度にも及ぶ大きな値であることが確かめられた。
5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールについても、誘電率にはキュリー点特有のピーク異常は380Kまで見られなかった。それより高温域については、図6に示す示差走査熱量測定(DSC)において、加熱過程で399Kに吸熱異常、冷却過程で369Kに発熱異常として一次の相転移が観測された。これが、キュリー点に対応するものと考えられるが、有機系としては、依然非常に高い温度である。
【0030】
強誘電体を得る本発明の有効性を表す別の指標が、反強誘電体も次々得られた事実である。
強誘電体と反強誘電体はともに、電場の変化に対して顕著な誘電分極を誘起でき、かつ履歴現象を伴うという、電場に対する極めて高い感受性をもつ特徴が共通している。強誘電性は、零電場においても有限の電気分極(自発分極)を保持でき、電場を逆向きに印加することで分極が一気に反転できる性質であるのに対し、反強誘電性とは、一旦零電場で零分極の状態を経由して二段階で分極反転が進行する点が異なるだけであり、極めて卑近な物性現象である。
こうした反強誘電体と強誘電体との密接な関連性は、強誘電体デバイスや圧電体デバイスで今なお最も優れた性能を発揮し続けるPZTの発見が、反強誘電体PbZrO3が基点となり結実した歴史的事実にも表れている。
本発明が想定する反強誘電体とは、零電場では、鎖の極性が半平行で交互に配列して相殺しあった状態(零分極)にあり、電場を印加することで、鎖の極性が一方向に揃うことで大きな分極を現すものである。
【0031】
実際に反強誘電体を見いだした例としては、2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾール(一般式(2)において、X=CF3,Y1〜Y4=H)、2−トリクロロメチルベンゾイミダゾール(同じく、X=CCl3,Y1〜Y4=H)、2−ジフルオロメチルベンゾイミダゾール(同じく、X=CHF2,Y1〜Y4=H)を挙げることができる。これらはいずれも、水素結合により化3に示すような極性のある一次元鎖をもつ結晶構造を構築することが分かった。
これらの単結晶についてはいずれも、一次元鎖方向に電場を印加することで、反強誘電体の特徴である二重履歴現象を、室温で観測することができた(図7〜9)。電場で誘起された電気分極も、実に9-10μC/cm2もの巨大な値であった。これは、鎖の極性が一方向に揃った、上述の強誘電体5,6−ジクロロ−2−メチルベンゾイミダゾールの値とほぼ同程度であり、電場印加により、水素結合鎖の極性が一方向に揃った状態へスイッチできることを強く窺わせる結果である。
なお、これら3種類の反強誘電体はいずれも図4に示す誘電率の温度依存性には、キュリー点特有のピーク異常は370Kまで見られなかった。それぞれ昇華が顕著となり始める温度まで示差走査熱量測定(DSC)を行ったが、2−トリフルオロメチルベンゾイミダゾールは少なくとも393Kまで、2−トリクロロメチルベンゾイミダゾールおよび2-ジフルオロメチルベンゾイミダゾールは少なくとも413Kまで、キュリー点に伴う熱異常は観測されなかった。キュリー点はさらに高温域にあるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の有機化合物を用いた強誘電体素子は、強誘電体メモリ、自発分極の反転に基づく不揮発性メモリ、反転対称の消失に伴う二次の非線形光学効果に基づく波長変換またはテラヘルツ電磁波発生素子、圧電素子、アクチュエータ、給電シート、圧電センサなどへの利用可能性を有する。
図1
図2
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図9