特許第5954790号(P5954790)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5954790癌性疼痛を処置するための組成物およびその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5954790
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月20日
(54)【発明の名称】癌性疼痛を処置するための組成物およびその利用
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4725 20060101AFI20160707BHJP
   A61K 31/485 20060101ALI20160707BHJP
   A61K 31/551 20060101ALI20160707BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20160707BHJP
   A61P 25/04 20060101ALI20160707BHJP
【FI】
   A61K31/4725
   A61K31/485
   A61K31/551
   A61P43/00 111
   A61P25/04
   A61P43/00 121
【請求項の数】6
【全頁数】36
(21)【出願番号】特願2012-547918(P2012-547918)
(86)(22)【出願日】2011年12月9日
(86)【国際出願番号】JP2011078508
(87)【国際公開番号】WO2012077775
(87)【国際公開日】20120614
【審査請求日】2014年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2010-274581(P2010-274581)
(32)【優先日】2010年12月9日
(33)【優先権主張国】JP
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、基盤研究、「難治性がん性疼痛緩和のための痛みの病態生理に立脚した新たな治療法の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】森田 克也
(72)【発明者】
【氏名】土肥 敏博
(72)【発明者】
【氏名】本山 直世
(72)【発明者】
【氏名】北山 友也
(72)【発明者】
【氏名】兼松 隆
(72)【発明者】
【氏名】白石 成二
【審査官】 砂原 一公
(56)【参考文献】
【文献】 J Oral Biosci., 2009, Vol.51 Suppl. p.152(P2-091)
【文献】 日本薬理学雑誌、2006, Vol.127 No.3 p.171-175
【文献】 治療学、2005, Vol.39 No.8 p.788-792
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
MEDLINE/CA/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
医学中央雑誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PAFアンタゴニストおよび脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を含有している、癌性疼痛を処置するための組成物であって、
前記PAFアンタゴニストがTCV−309、WEB2086およびBN50739からなる群より選択される少なくとも一種の化合物であり、
前記脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子がモルヒネであることを特徴とする組成物
【請求項2】
疼痛を処置するための組成物であって、
TCV−309、WEB2086およびBN50739からなる群より選択される少なくとも一種のPAFアンタゴニストを含有しており、
脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子であるモルヒネと併用される、組成物。
【請求項3】
前記疼痛が癌性疼痛である、請求項に記載の組成物。
【請求項4】
請求項1〜のいずれか1項に記載の組成物を調製するためのキットであって、
TCV−309、WEB2086およびBN50739からなる群より選択される少なくとも一種のPAFアンタゴニスト、および
髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子であるモルヒネ
を備えている、キット。
【請求項5】
疼痛を処置するための使用手順が記載された指示書を備えている、請求項に記載のキット。
【請求項6】
前記疼痛が癌性疼痛である、請求項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌性疼痛を処置するための組成物およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板活性化因子(Platelet-Activating factor;PAF)は、好塩基球由来の血小板凝集因子として発見されたリン脂質である。刺激に応じて好中球、単球、好塩基球、血管内皮細胞などの種々の細胞によって産生されるPAFは、免疫系細胞の活性化(白血球浸潤作用、好酸球遊走作用、好中球遊走作用等)、強い血管透過性亢進作用や気管支収縮作用を有している。また、PAF受容体遺伝子改変マウスの解析などによって、PAFは全身アナフィラキシーショックや、急性肺障害(acute lung injury)、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)での肺浮腫や気管支喘息の重要なメディエーターとされている。中枢神経系においても、PAFは海馬長期増強の惹起、記憶の促進、興奮性シナプス伝達の促進、PAFアンタゴニストによる虚血後の神経細胞死の保護など、神経成長、神経伝達、あるいは神経障害、さらには脳の発育に関与する。
【0003】
このように、PAFは、1970年代初頭に発見されて以来、多くの注目を集めている。炎症性またはアレルギー性の疾患や気管支喘息、脳血管障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)、ショック等の有望な治療薬として、多くのPAFアンタゴニスト(ギンコライド;ginkgolide類を含む)が研究および開発されてきている。
【0004】
本発明者らは、これまでに、PAFの生理機能および病態生理に関する研究を長年行っている。中でも、脊髄腔内に投与した極めて微量(0.1pg)のPAFが、神経障害性疼痛の指標である痛覚過敏症状や触覚性疼痛(アロディニア)症状を誘発すること、この作用が3−ブロモ−5−(N−フェニル−N−(2−((2−(1,2,3,4−テトラヒドロ−2−イソキノリルカルボニルオキシ)エチル)カルバモイル)エチル)カルバモイル)−1−プロピルピリジニウム・ニトラート(以下、TCV−309ともいう。)をはじめとするPAF受容体拮抗薬で消失することを明らかにした(非特許文献1参照)。脊髄損傷時には脊髄においてPAFが高濃度で遊離されることなどから、PAFが脊髄損傷時の神経障害性疼痛の原因を成す可能性を示唆している。そして、このPAF受容体刺激の下流に、グルタミン酸や、NO/cGMPを介する、抑制性グリシン神経活性を抑制することが痛みを増強するという機序を明らかした(非特許文献2参照)。さらに病態生理学的疼痛の発症におけるPAFの役割について、PAFアンタゴニストを用いた薬理学的検討から、PAFが、神経障害性疼痛や慢性炎症性疼痛、急性炎症性疼痛、さらには熱刺激または機械刺激等の短時間の侵害刺激による疼痛など、原因の異なる種々の疼痛の発症および維持に重要な役割を果たしていることを明らかにした(非特許文献3参照)。同様に、PAFアンタゴニストの鎮痛作用は脊髄損傷モデルにおいても示された(非特許文献4参照)。さらに、RNA干渉による脊髄PAF受容体ノックダウンによっても神経障害性の疼痛が抑制されることから、PAFアンタゴニストの鎮痛作用は、PAFアンタゴニストの何らかの非特異的作用によるのではなく、特異的PAF受容体阻害に基づいて発現していることを確認している。
【0005】
疼痛の中枢への伝達は、一次知覚神経から二次知覚神経の脊髄後角での中継点で下行性疼痛抑制系により制御を受けている。即ち、下行性疼痛抑制経路は中脳中心灰白質(PAG)および延髄吻側腹内側部(RVM)のニューロンが脊髄後角に下行線維を伸ばし、内因性のオピオイド、ノルアドレナリンやセロトニンなどの伝達物質を放出し、神経を直接的もしくは間接的に抑制する。間接的抑制系には、オピオイド、GABA、グリシンといった抑制性ニューロンが介在し、一次知覚神経や二次知覚神経の興奮を抑制する。オピオイド系鎮痛薬(例えば、モルヒネ、オキシコドン、フエンタニル、ペチジンなどの麻薬性鎮痛薬;ベンタゾシン、トラマゾール、ブプレノルフィン、エプタゾシン、ブトルファノールなどの非麻薬性鎮痛薬)、三環系抗うつ薬、選択的セロトニン・再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の鎮痛作用にはこれら下行性疼痛抑制系を賦活する機序が重要である。神経障害時には,抑制性神経伝達系の機能が低下することが知られている。PAFアンタゴニストはグリシン抑制のPAFによる減弱に拮抗して下行性疼痛抑制系を賦活することが、上記のような原因の異なる疼痛に対し、広い鎮痛スペクトルを示し得る原因と考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Morita, K. et al. Development of tactile allodynia and thermal hyperalgesia by intrathecally administered platelet-activating factor in mice. Pain, 111(3): 351-359, 2004
【非特許文献2】Morita, K. et al. Glycinergic mediation of tactile allodynia induced by platelet-activating factor (PAF) through glutamate-NO-cyclic GMP signalling in spinal cord in mice. Pain, 138(3): 525-536. 2008
【非特許文献3】Kitayama, T. et al. Anti-allodynia effects of platelet-activating factor antagonists on developing and established mechanical allodynia in neuropathic pain model. J. Pharmacol. Sci., 109, suppl 1: 157P, 2009
【非特許文献4】Hasegawa, S. et al. Role of PAF receptor in proinflammatory cytokine expression in the dorsal root ganglion and tactile allodynia in a rodent model of neuropathic pain. PLoS One. 5(5): e10467. 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
神経障害性疼痛の治療に有効であるPAFアンタゴニストの、さらなる機能を見出すことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、癌性疼痛に対するPAFアンタゴニストの効果を検討したところ、PAFアンタゴニストが、単独であっても強力であり、かつ癌性疼痛に対して持続時間の長い緩和作用を有していること、モルヒネの鎮痛効果を増強しかつモルヒネの副作用を軽減し得、その結果、モルヒネの用量を減少させることができること、癌性疼痛に対するモルヒネの作用の持続時間を延長できることを見出し、本発明を完成するに至った。これまで、PAFアンタゴニストが癌性疼痛の緩和に有効である旨の報告は存在しない。
【0009】
本発明の第1の組成物は、癌性疼痛を処置するために、PAFアンタゴニストを含有していることを特徴としている。
【0010】
上記構成によって、既存の癌性疼痛治療薬と比較して強力な疼痛緩和作用を迅速に得ることができるとともに、顕著に長く持続される癌性疼痛緩和作用を得ることができる。
【0011】
本発明の第1の組成物は、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子をさらに含有していてもよい。
【0012】
上記構成によって、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子(例えば、モルヒネ等のオピオイド系鎮痛薬、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)等)の機能を増強することができるので、上記因子の使用量を低減させることができるとともに、上記因子の副作用を抑制することができる。
【0013】
本発明の第2の組成物は、疼痛を処置するために、PAFアンタゴニストを含有しており、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子と併用されるために用いられることを特徴としており、上記因子をさらに含有していることが好ましい。本組成物において、上記疼痛は癌性疼痛であることが好ましい。
【0014】
上記構成によって、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の機能を増強することができるので、上記因子の使用量を低減させることができるとともに、上記因子の副作用を抑制することができる。なお、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を適用する前に被験体に適用されることが好ましく、反復投与されることもまた好ましい。
【0015】
本発明の第1のキットは、疼痛を処置するために、PAFアンタゴニスト、および、必要に応じて、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を備えていることを特徴としており、疼痛を処置するための使用手順が記載された指示書をさらに備えていることが好ましい。本キットにおいて、上記疼痛は癌性疼痛であることが好ましく、癌性疼痛を処置するための使用手順が記載された指示書をさらに備えていることがより好ましい。
【0016】
上記構成によって、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の機能を増強することができるので、上記因子の使用量を低減させることができるとともに、上記因子の副作用を抑制することができる。なお、第1のキットに備えられたPAFアンタゴニストは、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を適用する前に被験体に適用されることが好ましく、反復投与されることもまた好ましい。
【0017】
本発明の第2のキットは、上述した組成物を調製するために、PAFアンタゴニスト、および、必要に応じて、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を備えていることを特徴としており、上述した組成物を調製するための使用手順が記載された指示書をさらに備えていることが好ましい。
【0018】
本発明の方法は、疼痛を処置するために、有効量のPAFアンタゴニストを被験体に投与する工程を包含する。本発明の方法に用いられるPAFアンタゴニストは、化合物として提供されても上述した組成物の態様にて提供されてもよく、また上述したキットに備えられた一材料として提供されてもよい。
【0019】
上述したように、PAFアンタゴニストは、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の機能を増強することができるので、上記因子の使用量を低減させることができるとともに、上記因子の副作用を抑制することができる。すなわち、本発明の方法は、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強させるために行われても、上記因子の副作用を抑制するために行われてもよい。
【0020】
本発明のスクリーニング方法は、癌性疼痛を処置し得る化合物をスクリーニングするために、候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べる工程を包含することを特徴としている。
【発明の効果】
【0021】
本発明を用いれば、癌性疼痛に対して、少量で十分な鎮痛効果が得られ、効果が長時間にわたって持続し、かつ副作用が少ないという効果を奏する。さらに、本発明を用いれば、モルヒネの鎮痛効果を十分に高めることができ、モルヒネの投与量を低減し、副作用を軽減するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明に好適に用いられる化合物の構造を示す図である。
図2】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図3】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図4】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図5】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図6】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図7】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図8】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図9】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図10】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図11】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図12】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図13】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図14】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図15】癌性疼痛のモデルマウスに対する本発明の効果を示す図である。
図16】癌性疼痛のモデルマウスに対する比較例の効果(AおよびB)、ならびに癌性疼痛のモデルマウスにおいて観察されたマウスの生存状態を示す図である。
図17】PAFアンタゴニストの阻害様式の時間経過による推移、PAFアンタゴニストのキネティクス解析、および、PAFアンタゴニストの受容体内在化に及ぼす影響を示す図である。
図18】活性化アストロサイトの脊髄移植によるアロディニア発現とPAFアンタゴニストの影響を示す図である。
図19】活性化アストロサイト培養上清によるアロディニア発現とPAFアンタゴニストの影響を示す図である。
図20】癌性疼痛モデルマウスにおいて、種々の様々なタイミングでTCV−309の連続的な頻回静脈内投与を行った際の疼痛緩和作用を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
〔1:癌性疼痛〕
癌に起因する疼痛(癌性疼痛)は、癌病変の治療を受けている患者ではその30〜50%において認められ、進行癌の患者ではその70〜90%において認められる。近年、癌の治療だけでなく癌患者の症状コントロールを充実させることが求められており、緩和ケアの必要性が注目されている。
【0024】
身体的な痛みは、持続的であり、次第に増強されることが多い。すなわち、痛みは新たな痛みを生み出す悪循環の性質を有している。さらに、痛みは不眠や食欲低下などを引き起こすので、患者を不安や恐怖に追いやり、その苦痛を増大させる。また、原疾患に対する治療の進歩に伴って予後が延長してきていることに伴い、癌性疼痛は慢性疾患としての一面を有するようになってきた。癌患者において、癌による痛みを克服することは生活の質(quality of life:QOL)を向上させるに重要な問題である。
【0025】
現在、癌性疼痛の治療は、非オピオイド系鎮痛薬とオピオイド系鎮痛薬との組合せを中心とした、WHOの癌除痛ラダーに従って行われており、その有効性が示されている。
【0026】
しかしながら、WHO方式では、10〜30%の症例において痛みが十分に緩和されず、進行性癌患者の約30%が痛みの中にて死を迎えている。癌性疼痛に対する現在の治療法は、オピオイド系鎮痛薬を併用してコントロールすることを試みるものであるが、種々の要因から引き起こされる種々の癌性疼痛の全てをコントロールすることは難しい。
【0027】
癌性疼痛の中でも、骨転移による痛みや、腫瘍の神経浸潤に伴う痛みは、難治性である。これらの疼痛に対しては、モルヒネ等のオピオイド系鎮痛薬を増量する、あるいは、非オピオイド系鎮痛薬(非ステロイド性抗炎症薬、アセトアミノフェン等)や鎮痛補助薬を併用する等の処置が試みられている。オピオイド系鎮痛薬の増量は、便秘、眠気、悪心/嘔吐などの強い副作用と、長期間投与することによって薬物耐性、薬物依存、耽溺のような好ましくない副作用を生じる。併用される鎮痛補助薬としては、抗痙攣薬(抗てんかん薬)、局所麻酔薬、向精神薬、抗不安薬、NMDA受容体拮抗薬、筋弛緩薬、抗うつ薬、副腎皮質ホルモン、抗不整脈薬、ビスホスホネート製剤、カンナビノイドなどが挙げられる。これらの薬物は、オピオイド系鎮痛薬に対する十分な鎮痛補助効果が得られないにもかかわらず、その副作用を常に考慮しなければならない。鎮痛補助薬の最も一般的な副作用は、便秘、悪心・嘔吐、鎮静作用および傾眠である。癌患者の多くは高齢者であり、高齢者は鎮静作用が顕著に持続すると、日常生活に必要な多くの機能が退化する危険性がある。また、治療に複数の薬物の投与を必要とすると、患者の服薬順守が著しく低下する。
【0028】
薬剤の持続時間もまた、癌性疼痛を治療する際に重要な要素である。薬剤の持続時間の延長は、疼痛、特に夜間に疼痛が生じる患者にとって、うつや不眠症、その他の要因の改善をもたらす可能性があるためにその生活全体に好ましい影響を与える。最近の研究では、慢性疼痛と同時にうつ病および不眠症を有する患者が最高レベルの疼痛関連障害を訴えることや、不眠症が疼痛および苦痛の増大に関連することが明らかにされている。従来の鎮痛薬は、一晩に1回以上(例えば、モルヒネの場合は4時間毎)の投与を必要とするため,睡眠が妨害され、その結果、患者のQOLが悪化する。就寝中にわたる十分な鎮痛効果の持続期間の延長は、疼痛の軽減に重要である。
【0029】
癌性疼痛は、種々の要因によって成り立っており、侵害性受容疼痛、炎症性疼痛、神経障害性疼痛、情動、感情等の種々の要素が影響している。そして、これらが病状の経過と共に複雑に変化するので、個々の要素を抑制するだけでは癌性疼痛を緩和することができない。このような癌性疼痛を緩和するための治療には、既存の鎮痛薬や鎮痛補助薬を応用するだけでは限界がある。癌性疼痛に対する絶対的な治療薬は依然として見出されていない。
【0030】
癌性疼痛、特に骨癌性疼痛の発生と維持には、癌の発育、進展に伴い痛み発生の要因も変化しており、それが癌性疼痛の大きな特徴の1つとなっている。癌細胞からは種々の炎症性・発痛性メディエーターが遊離され、侵害受容性疼痛を引き起こす。加えて、骨癌では、癌組織増殖に伴い神経組織を圧迫することによる痛みが生じる。この場合、骨組織は柔軟性がないので、骨膜に豊富に存在する一次知覚神経がより強い物理的障害を受けることになり、強い痛みが生じる。また、このような圧迫が持続すると神経の脱髄が生じ、神経障害が起る。この神経障害を補償すべく新たに神経が再生しようとして未熟な神経が再生されると自発痛が生じ、触覚性の神経(Aβ)とエファプス結合を生じるなどにより、触刺激が痛みを伝えるアロディニアという現象が生じる。骨癌では、さらに癌細胞が骨吸収因子を遊離して骨の吸収を引き起こす。この時に活性化された破骨細胞は骨を破壊するためにプロトン(H)を遊離し、知覚神経末端の酸性を感受するASIC(酸感受性イオンチャネル)が開口して痛みを誘発する。さらに、骨破壊が進むと支持組織が失われ体を動かすことにより激しい痛みを生じるようになる。このように複数の因子が癌進行のステージに応じて複雑に絡み合って生じる癌性疼痛は、耐え難い苦痛をもたらし、患者のQOLを著しく低下させる。(難治性疼痛の薬物療法 樋口比登実編 pp73-75(昭和大学病院緩和ケアセンター長)南山堂 2010)。
【0031】
このように、癌性疼痛において、多くの要因が、推移する様々な痛みのステージに関与する、とされている。このことが、モルヒネをはじめとするオピオイド系鎮痛薬の効力に限界をもたらしている。除痛が十分でない場合は,可能な限り除痛が得られるまでオピオイド系鎮痛薬を増量することも可能であるが、中枢抑制などの副作用が顕在化する。鎮痛補助薬についても、効力と副作用との関係からその有効性は限られている。また、モルヒネのように持続時間の短い薬物は、頻回投与が必要である。徐放剤を用いる場合であっても、1日1回以上の投与が必要である。
【0032】
癌性疼痛に対する鎮痛薬として、(1)新たな作用機序を有すること、(2)少量で十分な鎮痛効果が得られかつ副作用が少ないこと、(3)モルヒネとの併用によりモルヒネの鎮痛効果を十分に高めることができること、(4)モルヒネの投与量を低減し、副作用を軽減すること、(5)作用が長時間にわたって持続すること、などの条件を満たすものが非常に好ましい。
【0033】
〔2:PAFアンタゴニストによる癌性疼痛の処置〕
本発明は、癌性疼痛を治療する新たな技術を提供する。本発明者らは、標準的な癌性疼痛モデル動物(NCTC2472腫瘍細胞をマウス大腿骨に移植して作製した大腿骨癌モデル)に対してPAFアンタゴニストを投与(全身投与および脊髄腔内投与)することによって、驚くほど効果的に癌性疼痛を軽減または排除することを見出した。特に、PAFアンタゴニストは、全身投与(0.01〜0.3mg/kg静脈内投与、0.3mg/kg経口投与)または脊髄腔内投与(10pg)により、5〜6日間にわたって癌性疼痛関連症状を有意に緩和することを見出した。このような持続的な効果は,既存の鎮痛薬、鎮痛補助薬、神経障害性疼痛薬等において認められないものであり、既存の慢性疼痛治療薬や癌性疼痛治療薬と比較して著しく有利であるといえる。なお、この大腿骨癌モデルは、オピオイド類(Pain 99, 397(2002); J Pharmacol Sci. 111, 60,(2009))、ビスホスホネート(Pain 111,169,(2004))、抗NGF(神経成長因子)抗体Tanezumab(Pain 115, 128,(2005))、TRPV1(一過性受容器電位バニロイド1)拮抗薬(J Neurosci. 25, 3126(2005))、ガパベンチン(Exp Neurol. 193, 85,(2005))、抗RANKL(破骨細胞分化因子)抗体 Denosumab(Cancer Res. 61, 4038, (2001); Nat Med. 6, 521, (2000))などの疼痛抑制効果を確認する際に使用されているため、本モデルを用いて本発明を実証したことは、癌性疼痛治療薬を開発する際の前臨床試験としての有効性を示したといえる。このように、PAFアンタゴニストは,既存の治療薬に非感受性である癌性疼痛関連状態に対する有効な治療法となり得る。
【0034】
上述したように、PAFアンタゴニストは多数知られており、PAFまたはPAFアナログのアンタゴニスト(すなわち、PAFアゴニストの作用を拮抗的に阻害する物質)であれば、天然物由来の化合物またはその誘導体であってもよく、例えば、Braquet, P. et al. Perspectives in platelet-activating factor research. Pharmacol. Rev., 39: 97-145, 1987、Hosford D, Braquet P. Antagonists of p1atelet-activating factor: chemistry,Pharmacology and c1inical applications. Prog Med Chem. 27: 325-380, 1990、Hwang S-B. Specific receptors of platelet-activating factor, receptor heterogeneity, and signal transduction mechanisms. J. Lipid Mediators, 2: 123-158, 1990、Summers JB et a1., Platelet-activating factor antagonists. Current Pharmaceutica1 Design. 1(2): 161-190, 1995、Negro Alvarez, HU. et al. Platelet-activating factor antagonists. Allergol. Immunopathol. (Madr.), 25(5): 249-258, 1997、Bohlin L et al., Bioassays using the phospholipid mediator PAF in the search for anti-inflammatory natural products. Current Organic Chemistry 1(4): 345-360, 1997、相良博典 他 PAF受容体拮抗薬 日本臨床54(11): 180-185, 1996、Blood Vessels 16: 559-572, 1985、特開平02−76854号公報、特開昭61−176591号公報等に開示されている化合物が挙げられる。これら化合物を表1に示す。
【0035】
【表1】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
また、これらの化合物の他、それを含有する植物エキス、例えば、ginkgolide類を含むイチョウ(Ginkgo biloba)葉エキス[Braquet, PG. et al. Blood Vessels, 16, 558 (1985)]、リグナン類(lignans)のkadsurenone (カズレノン)を含むフウトウカズラ(風籐葛、Piper kadzura)茎抽出エキス[Shen, TY. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 672 (1985)]、他のリグナン類を含有するゴボウシ(牛蒡子、Arctii Fructus)及びレンギョウ(Forsythiae Fructus)、arnicolide類を含有する石胡ずい(Centipeda minima)(Iwakami, S. et al. Chem. Pharm. Bull., 40, 1196 (1992)参照)やアルニカ(Arnica)(三川 潮:植物細胞工学、16, 118 (1994)参照)エキス等、neolignan類を含有するオコテア(Ocotea macrophylla Kunth;Whiting DA, Nat. Prod. Rep., 2, 191-211, 1985; Nat. Prod. Rep., 18, 583-606、2001)エキス、また、Alpinia galangal (タイ産ナンキョウ) Boesenbergia pandurata(薬草プエラリア ミリフィカ)、Curcuma aeruginosa (ムラサキガジュツ)、C. domestica(ウコン)、C. ochorrhiza()、C. xanthorrhiza(クスリウコン、ジャワウコン)、Aingiber officinal(生姜)、Z. zerumbet(ハナショウガ、白ウコン)などのエキス等,更に,PAFに関連して抗炎症作用を持つ天然物質(Bohlin L et al., Current Organic Chemistry, 1(4), 345-360, 1997参照)も好ましく用いることができる。上記した化合物の中でもギンゴライドA、ギンゴライドB、ギンゴライドC、ギンゴライドJまたはBN−52063などのギンゴライドおよびその誘導体;BN5211、AKS−168、CV−3988、CV−6209、E5880、R74719、R 74654、ABT−299、SDZ 64619、TCV−309、UR−10324、UR−11353、KO−286011などのピリジニウム誘導体;BU50739、E6123、Ro24−47364、STY−21084、WEB2086、WEB−2170、WEB−2347などのトリアゾロ―1,4―ジアゼピン系化合物が好ましく、とりわけ、ギンゴライド誘導体のギンゴライドA、ギンゴライドB、ギンゴライドC、ピリジニウム誘導体のTCV309、トリアゾロ―1,4―ジアゼピン系化合物のBU50739、WEB2086が好ましい。
【0041】
癌性疼痛に対する基本的な対処法は、以下のとおりである:[1]可能であれば予防処置を講じる;[2]早期に治療を開始する;[3]鎮痛と共に機能の改善または回復を評価する;[4]情動的問題および精神的問題に対してもケアする(患者や周囲の人々の理解と積極性が重要)。PAFアンタゴニストは、疼痛の発症から維持過程に到る全てのステージで有効であることに加え、疼痛発生の前に投与することで癌性疼痛の発症から保護することができる。このことは、PAFアンタゴニストが、公知の鎮痛薬と異なった作用機序を有し、癌性疼痛の発症を予防し得る先行除痛薬としても有効であることを示唆する。
【0042】
また、既存のオピオイド系鎮痛薬および多くの鎮痛補助薬の主要な副作用として鎮静作用が知られているが、PAFアンタゴニストはこのような中枢作用を示さないので、本発明は、従来公知の癌性疼痛治療よりもはるかに有利である。
【0043】
PAFアンタゴニストは、癌性疼痛を治療するに有効な非オピオイド系鎮痛薬(非ステロイド性抗炎症薬(例えばロキソプロフェン、ジクロフェナク、インドメタシン、エトドラク、ピロキシカム、セレコキシブやアセトアミノフェン))あるいは鎮痛補助薬と組み合わせて投与されてもよく、この場合、PAFアンタゴニストと異なる作用機序を有する鎮痛補助薬が好ましく、上記中枢作用を示さないものがより好ましい。PAFアンタゴニストと異なる作用機序を有する鎮痛補助薬としては、例えば,抗てんかん薬(抗痙攣薬)であるカルバマゼピン、フェニトイン、パルプロ酸ナトリウム、クロナゼパム、ガバペンチン、プレガバリン、ラモトリギン;抗不整脈薬であるリドカイン、メキシレチン、フレカイニド;局所麻酔薬であるリドカインやメキシレチン;向精神薬であるリスペリドン、クロルプロマジン、ハロベリドール、ヒドロキシジン、ポロクロルパラジン;抗不安薬であるジアゼパム、クロルジアゼポキシド;NMDA受容体拮抗薬であるケタミンやイフェンプロジル;筋弛緩薬であるチザニジン、バクロフェン;抗うつ薬であるアミトリプチリン、ノルトリプチリン、ミルナシプラン、マプロチリン;副腎皮質ホルモンでありヒドロコルチゾン、プレドニゾロン、メチルプレドノゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン;ビスホスホネート製剤であるゾレドロン酸、リセドロン酸;カンナビノイド等が挙げられるがこれらに限定されない。このような鎮痛補助薬との併用によって、単独投与よりも大きな治療効果が期待される。
【0044】
PAFアンタゴニストの好ましい投与方法としては、全身性投与および局所投与(例えば、脊髄および三叉神経脊髄路核への直接送達)が挙げられる。また、これらの投与に適用される経路には、経口、動脈内、鞘内、髄腔内、筋肉内、腹腔内、静脈内、鼻腔内、吸入経路が含まれるが、これらに限定されず、被験体の状態、年齢、治療中の他の疾患、用いられている医薬品などを考慮して、臨床医によって適宜選択される。
【0045】
PAFアンタゴニストは、脊髄後角または三叉神経脊髄路核に作用してGlyRα3機能の抑制から保護することによって鎮痛作用をもたらす。当該部位近傍の脳脊髄液中に投与する場合、全身投与に比べて投与量をはるかに少なくすることができるので、全身性の毒性を考慮する必要がない程度に抑えることが可能である。このように、最も好ましい投与様式は、鞘内投与(脊髄を取り囲む脳脊髄液中への投与)であるといえる。さらにCED(Convection−Enhanced Delivery)法を採用することによって薬剤濃度を注入量および注入速度によって制御することが可能である。
【0046】
PAFアンタゴニストの有効量は、被験体(患者)の状態(年齢、体重、健康状態など)、医療専門家の判断、組成物中に含有される各活性薬剤の効果および毒性を考慮して、適宜決定され得る。
【0047】
PAFアンタゴニストの作用の持続時間は著しく長く、このことは疼痛の治療における患者の負担を軽減し、さらに医療費削減の面からも有利である。また、作用機序が、PAF受容体のインターナリゼーションによることを明らかにしており(データ示さず)、耐性、蓄積作用などの副作用の可能性が少ない。これもまた、既存の鎮痛薬にはない利点といえる。
【0048】
PAFアンタゴニストについて、TCV−309についての第二相試験が終了しており、WEB 2086についての後期第二相試験がすでに終了しており、第三相試験が実施されている。これらの治験からヒトに対する安全性も確認されており,重大な副作用が出現する可能性は極めて少ないものと考えられる。
【0049】
本発明において、PAFアンタゴニストは、化合物として用いられても、後述する組成物またはキットの形態で用いられてもよい。
【0050】
一実施形態において、本発明は、PAFアンタゴニストを含有する組成物を提供する。本発明の組成物は、疼痛を処置するための薬学的組成物であっても、このような薬学的組成物を調製するための組成物であってもよい。本明細書中にて使用される場合、用語「処置」は、症状の軽減(緩和)または排除が意図され、治療的(発症後)に行われ得るものだけでなく、予防的(発症前)に行われ得るものもまた包含される。本発明の組成物による疼痛の処置は、PAFアンタゴニストによる疼痛緩和作用、または下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強する効果に起因している。
【0051】
処置されるべき疼痛としては、癌性疼痛が好ましく、骨癌性の疼痛が最も好ましいが、癌性疼痛を形成する疼痛であれば特に限定されず、神経障害性疼痛、急性炎症性疼痛、慢性炎症性疼痛、短時間の侵害刺激(例えば、熱刺激または機械刺激等)による侵害性受容疼痛等が挙げられる。複雑なメカニズムによって発症する骨癌性の疼痛を処置し得ることを、後述する実施例にて骨癌モデル動物を用いて実証した本発明は、当業者が容易に想到し得るものでなく、当業者の予測の範囲を超えた顕著な効果を示すといえる。
【0052】
癌性疼痛の痛みは一定に推移するものではなく、痛みのコントロール中に出現する突発的な激痛(痛みの増強)時にはモルヒネ等のオピオイド系鎮痛薬によるレスキューが行われる。PAFアンタゴニストによって痛みのコントロールを行っている際にモルヒネの投与の必要性が生じた場合、その量を著しく低減し得る。後述するように、モルヒネは、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子である。すなわち、本発明の組成物は、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子をさらに含有してもよい。また、上述したような、疼痛を治療するに有効な鎮痛補助薬をさらに含有してもよいが、この場合、PAFアンタゴニストと異なる作用機序を有するものが好ましく、上記中枢作用を示さないものがより好ましい。
【0053】
薬学的組成物として用いられる場合、本発明の組成物中に使用されるキャリアおよび賦形剤は、薬学的に受容可能なものであれば特に限定されない。本明細書中にて使用される場合、「薬学的に受容可能なキャリア」は、組成物を受容した個体において有害な抗体の産生をそれ自体は誘導しない任意のキャリアが意図される。このようなキャリアは当業者に周知である。また、薬学的に受容可能な賦形剤については、当該分野において公知であり、例えば、REMINGTON’S PHARMACEUTICAL SCIENCES(Merck Pub.Co., N.J.1991)に十分に記載されている。さらに、本発明の組成物は、水、生理食塩水、グリセロール、またはエタノールのような1つ以上の成分をさらに含み得る。さらに、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝化物質、安定化剤、抗酸化剤などのような補助物質が、本発明の組成物中に存在し得る。
【0054】
本発明の組成物は、経口投与に好ましい粉末、顆粒、錠剤、カプセルなどの形態として調製され得る。また、本発明の組成物は、液体溶液もしくは懸濁液、または注射のための液体ビヒクル中の溶液もしくは懸濁液のために適切な固体形態、あるいは局所的に塗布されるクリームとしてとして調製され得る。そして、本発明の組成物の直接送達は、一般に、経口、注射(皮下、皮内、腹腔内、管腔内、髄腔内、胃内、腸内、静脈内、筋肉内または骨髄内)、または塗布により達成される。経口送達の場合、本発明の組成物は、粉末状、タブレット状、顆粒状、カプセル状、液状などの経口的に摂取可能な形状であり得、所望の作用を発現させる量のPAFアンタゴニストが含有されていれば、その形状が特に限定されない。
【0055】
本発明の組成物は、製薬分野における公知の方法により製造することができる。本発明の組成物におけるPAFアンタゴニストの含有量は、投与形態、投与方法などを考慮し、当該組成物を用いてPAFアンタゴニストを投与できるような量であれば特に限定されない。また、本発明の組成物の投与量は、その製剤形態、投与方法、使用目的、および投与対象である患者の年齢、体重、症状によって適宜設定される。投与は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、または数回に分けて行われてもよい。
【0056】
他の実施形態において、本発明は、PAFアンタゴニストを備えているキットを提供する。本発明のキットは、疼痛を処置するための組成物を調製するためのキットであり得る。本発明のキットは、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子をさらに備えていてもよい。また、上述したような、疼痛を治療するに有効な鎮痛補助薬をさらに備えていてもよいが、この場合、PAFアンタゴニストと異なる作用機序を有するものが好ましく、上記中枢作用を示さないものがより好ましい。
【0057】
本明細書中にて使用される場合、用語「キット」は、特定の材料を、容器(例えば、ボトル、プレート、チューブ、ディッシュなど)に内包された態様にて備えた包装が意図される。好ましくは、上記材料を使用するための指示書を備えており、本発明による効果を得るための手順(例えば、疼痛、特に癌性疼痛を処置するための使用手順)が記載された指示書を備えている。本明細書中にてキットの局面において使用される場合、「備えた(備えている)」は、キットを構成する個々の容器のいずれかの中に内包されている状態が意図される。また、本発明のキットは、複数の異なる組成物を1つに梱包した包装であってもよく、容器中に内包された溶液形態の組成物を梱包していてもよい。本発明のキットは、異なる2つ以上の物質を同一の容器に混合して備えても別々の容器に備えてもよい。「指示書」は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは電子媒体に付されてもよい。本発明のキットは、上述した組成物を構成するために用いられてもよく、上述した組成物に含まれる物質を別々に備えていても、上述した組成物とさらなる成分とを別々に備えていてもよい。
【0058】
さらなる実施形態において、本発明は、疼痛を処置するための方法を提供する。本発明の方法は、有効量のPAFアンタゴニストを被験体に投与する工程を包含する。これにより、被験体が受けている疼痛を治療することができるだけでなく、疼痛の発生を予防することができる。すなわち、本発明が適用される被験体は、すでに疼痛を生じている患者であっても、癌を患っているものの疼痛を生じていない患者であってもよい。さらに、有効量のPAFアンタゴニストの投与によって、疼痛緩和の持続的効果が示される。例えば、有効量のTCV−309の投与は、少なくとも12時間以上、好ましくは24時間以上、1日間、2日間、3日間、4日間、5〜6日間、またはそれ以上(7〜30日)の、長期間にわたって疼痛の緩和を持続させ得る。これは、現在市販されている多くの神経障害性疼痛薬剤とは対照的である。
【0059】
また、本発明の方法は、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を被験体に投与する工程をさらに包含してもよい。上記因子を投与する工程は、PAFアンタゴニストを投与する工程と同時に行われても、PAFアンタゴニストを投与する前に行われても、PAFアンタゴニストを投与した後に行われてもよい。また、上述したような、疼痛を治療するに有効な鎮痛補助薬を被験体に投与する工程をさらに包含してもよいが、この場合、PAFアンタゴニストと異なる作用機序を有するものが好ましく、上記中枢作用を示さないものがより好ましい。
【0060】
本発明の方法はさらに、被験体における疼痛の程度を調べる工程をさらに包含してもよい。PAFアンタゴニストを投与する工程の前後に本工程を行うことによって、被験体が受けている疼痛を治療したか否かを知ることができるだけでなく、疼痛の発生を予防することができたか否かを知ることができる。
【0061】
〔3:PAFアンタゴニストの組合せ療法〕
本発明は、癌性疼痛に適用されるだけでなく、脊髄における下行性疼痛抑制経路の機能を増強する因子が用いられる疼痛において併用されることもまた好ましい。
【0062】
本発明は、脊髄における下行性疼痛抑制経路の機能を増強する因子との併用に好適な新たな技術を提供する。通常、痛み刺激の情報伝達は、脊髄の下行性疼痛抑制系経路によって強く抑制されている。下行性疼痛抑制系経路はグリシン作動性神経にも投射しており、神経終末からグリシン遊離を促進することもその機序の一部に含まれる。PAFアンタゴニストは、PAFによる抑制性グリシン神経活性の変調(脱抑制)を阻害することによって、この系を強化する。実施例に示すように、PAFアンタゴニストを用いることによって、併用するオピオイド系鎮痛薬の量を減らすことができる。具体的には、単独でほとんど鎮痛作用を示さないモルヒネ0.3mg/kgの皮下投与に、PAFアンタゴニスト(モルヒネ投与の24時間前に1〜10μg/kg静脈内投与)を併用することによって顕著な疼痛抑制が示された。軽度の鎮痛作用を示すモルヒネ10mg/kgに、PAFアンタゴニスト10μg/kgを併用することによってほぼ完全な疼痛抑制が示され、この効果はモルヒネの投与量を10μg/kgに低減した場合も同様に示された。また、PAFアンタゴニスト30〜300μg/kgの投与7日後にモルヒネ0.3mg/kgを皮下投与することによって顕著な鎮痛作用が示された。このように、PAFアンタゴニストとの併用は、モルヒネの投与量を著しく減らすことができる。このようなPAFアンタゴニストの作用は、モルヒネと同様の作用機序を有するオピオイド系鎮痛薬と併用した場合においても同様に発揮されることが期待できる。このことは、オピオイド系鎮痛薬の副作用として最も懸念される「便秘」が、もはや問題でなくなる。よって、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子との併用によって、相乗効果、および副作用発現のリスクの軽減が示唆される。
【0063】
モルヒネ等のオピオイド系鎮痛薬の最も煩わしい副作用は、鎮痛効果が得られるより少量であっても、便秘を引き起こすことであり、オピオイド療法の間にわたって強い便秘に見舞われることである。モルヒネ1〜50mg/kgの皮下投与によって引き起こされる脱糞抑制は、PAFアンタゴニスト10μg/kgの併用によって、全く影響を受けなかった。このことは、PAFアンタゴニストはモルヒネの鎮痛作用を著しく増強するにもかかわらず脱糞抑制作用を増強しないことを示し、モルヒネを減量することにより便秘を軽減することができることを示している。
【0064】
本発明において、PAFアンタゴニストは、化合物として用いられても、上述した組成物またはキットの形態で用いられてもよい。組成物の場合、疼痛を処置するために、PAFアンタゴニストを含有しており、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子と併用されるために用いられることを特徴としており、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を適用する前に被験体に適用されることが好ましく、反復投与されることもまた好ましい。キットの場合、疼痛を処置するために、PAFアンタゴニスト、および、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を備えていることを特徴としており、キットに備えられたPAFアンタゴニストは、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を適用する前に被験体に適用されることが好ましく、反復投与されることもまた好ましい。また、上記キットは、上述した組成物を調製するために用いられてもよい。さらに、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を用いた治療が意図されている被験体に対して、有効量のPAFアンタゴニストを投与する工程を包含する方法もまた、本発明の範囲内である。本方法において、上記工程は、複数回反復されてもよい。
【0065】
本項における組成物、キットおよび方法について、上記「PAFアンタゴニストによる癌性疼痛の処置」の項の記載が参照されるべきであることを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0066】
〔4:治療薬のスクリーニング〕
上述したように、本発明は、PAFアンタゴニストの新規機能を見出したことに基づいている。このことは、PAFアンタゴニストであるか否かを知ることによって、癌性疼痛を処置し得る化合物を得ることができるということを示している。すなわち、本発明は、癌性疼痛を処置し得る化合物をスクリーニングする方法を提供する。
【0067】
本発明のスクリーニング方法は、癌性疼痛を処置し得る化合物をスクリーニングするために、候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べる工程を包含することを特徴としており、候補化合物がPAFのPAF受容体に対する結合を拮抗阻害するか否かを調べる工程をさらに包含してもよい。本発明のスクリーニング方法は、癌性疼痛モデル動物に対して疼痛抑制作用を有している候補化合物を選択する工程をさらに包含することが好ましい。本発明のスクリーニング方法は、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の機能を増強する化合物をスクリーニングするために用いられても、上記因子の副作用を抑制する化合物をスクリーニングするために用いられてもよい。
【0068】
本発明のスクリーニング方法は、癌性疼痛を処置し得る化合物をスクリーニングするために、候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べる工程を包含することを特徴としており、PAFまたはPAFアナログのPAF受容体に対する結合を、候補化合物が拮抗的に阻害するか否かを調べる工程をさらに包含してもよい。本発明のスクリーニング方法は、疼痛モデル動物において候補化合物が疼痛抑制作用を有しているか否かを調べる工程をさらに包含することが好ましい。本発明のスクリーニング方法は、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の機能を増強する化合物をスクリーニングするために用いられてもよい。
【0069】
候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べるには、公知のバイオアッセイが用いられればよく、スクリーニングの指標として利用されるPAFの作用としては、以下が挙げられるがこれらに限定されない:血小板凝集作用;多形核白血球(PMNs)における白血球エラスターゼ分泌;PMNsにおける白血球β−D−グルクロニダーゼの分泌;PMNsにおける活性酸素生成。また、PMNsおよび好中球様に分化させたHL−60細胞、PAF受容体を過剰発現した細胞株を用いて、PAFによる細胞遊走能の亢進を阻害するか否かを調べることにより、候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べることができる。
【0070】
PAFまたはPAFアナログのPAF受容体に対する結合を、候補化合物が拮抗的に阻害するか否かを調べるには、PAF受容体が発現している細胞を、蛍光標識または放射標識したPAFと、候補化合物の存在下/非存在下にてインキュベートし、次いで細胞膜画分を調製し、当該画分における放射活性の有無を調べればよい。
【0071】
血小板凝集作用の測定は、血液を採取・分離して得た洗浄血小板浮遊液を作製し、PAFを添加することによる血小板凝集をアグリゴメーターにて測定すればよい。PMNsにおける白血球エラスターゼ分泌の測定は、血液を採取・分離して得た白血球浮遊液にPAFを添加した後、遠心分離して得たメディウム中のエラスターゼ活性を測定すればよい。
【0072】
PMNsにおける白血球β−D−グルクロニダーゼ分泌の測定は、血液を採取・分離して得た白血球浮遊液にPAFを添加した後、遠心分離して得たメディウム中のβ−D−グルクロニダーゼ活性を測定すればよい。PMNsにおける活性酸素産生の測定は、血液を採取・分離して得た白血球浮遊液にPAFを添加した後、産生された活性酸素の一種であるスーパーオキシド(O2−)をシトクロムC還元法、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)を用いた化学発光法、フローサイトメーターを用いた蛍光法、NBT還元法を用いて測定すればよい。PMNsおよび好中球様に分化させたHL−60細胞、PAF受容体を過剰発現した細胞株を用いた細胞遊走能の測定は、細胞浮遊液とPAF溶液をフィルターを挟んでセットし、PAFの濃度勾配に従ってフィルターの小径を通過した細胞数を測定すればよい。
【0073】
本発明のスクリーニング方法に用いられ得る疼痛モデル動物としては、公知の癌性疼痛モデル動物であれば特に限定されないが、後述する実施例にて用いた、NCTC2472腫瘍細胞をマウス大腿骨に移植して作製した大腿骨癌モデルが最も好ましい。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、骨癌性の癌性疼痛を処置し得る化合物をスクリーニングする方法であり得る。
【0074】
なお、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中にて参考として援用される。
【0075】
本発明は、以下の実施例によってさらに詳細に説明されるが、これに限定されるべきではない。
【実施例】
【0076】
〔1.材料および方法〕
〔1.1.試薬〕
特異的PAFアンタゴニストとして、TCV−309(武田薬品工業,大阪より譲渡)、BN 50739(Institute Henri Beaufour, Le Plessis Robinson, Franceより譲渡)、およびWEB 2086(Tocris Cookson Limited, Bristol UK) を使用した(図1)。作用機序の異なる比較対照として、ガバペンチン(Sigma/RBI, Natick, MA)を用いた。
【0077】
BN 50739を、45% 2-hydroxypropyl-β-cyclodextrin(Sigma/RBI, Natick, MA)に溶解し、1M NaOHでpH6.0に調整(5mg/mL)した後に、人工脳脊髄液(ACSF)または生理食塩水で希釈した。その他の試薬は、ACSFまたは生理食塩水に溶解した。ACSFの組成は、NaCl 142mM、KCl 5mM、CaCl・2HO 2mM、MgCl・6HO 2mM、NaHPO 1.25mM、D−glucose 10mM、HEPES 10mMで、pH7.4に調整した。試薬を、静脈内投与、経口投与または脊髄くも膜下腔内投与した。静脈内投与(i.v.投与)について、各種試薬(5mL/kg体重)をマウス尾静脈より投与した。経口投与(p.o.投与)について、マウス用経口針を用いて各種試薬(5mL/kg体重)を胃腔内に直接投与した。脊髄くも膜下腔内投与(i.t.投与)について、ACSF 5μLに溶解した各種試薬(5mL/kg体重)を、Hamilton micro syringe(27ゲージ1/2の注射針)でマウスの第5、第6腰椎間からゆっくり投与した。針が脊髄くも膜下腔内へ刺入されたことを、マウスの尾の反射性の速い動き「flick」によって確認した。脊髄腔内投与した薬物の分布については、malachit greenまたはcommassie brilliant blueの脊髄腔内投与による染色分布から脊髄の腰椎部分に限定されることが示されている。
【0078】
〔1.2.動物〕
実験には、生後6週齢、25〜30gのC3H/HeN系雄性マウスを用いた。1ケージ当たり5匹の状態で、室温22±1℃、湿度55±10%、12時間の明暗サイクル(明期:午前8時〜午後8時)の環境下で飼育した。飼料および水を自由に摂取させた。実験は。明サイクルの間に実施した。動物の取り扱いは全て、日本薬理学会動物取り扱いガイドラインおよび広島大学動物取り扱いガイドラインに準拠して行った。短期間での体重の著しい減少(20%以上)、或いは、摂水や摂食が困難となり衰弱の著しいマウスは、苦痛軽減をはかるため、安楽死処置した。
【0079】
〔1.3.マウス大腿骨癌モデルの作製〕
マウス大腿骨癌モデル(FBCマウス)を、C3H/HeNマウス左大腿骨骨髄内に骨溶解性肉腫細胞NCTC2472を移植して作製した。C3H/HeNマウスをsodium pentobarbital (50mg/kg、腹腔内投与)麻酔下にて皮膚を切開し、大腿骨を露出させた。歯科用リーマー(25号)を用いて、大腿骨の遠位部に注入口を作製した。2×10個/mL(HBSS)に調整した細胞浮遊液を5μL、30G注射針およびマイクロシリンジを用いて注入口から注入した。歯科用セメント(キャビトン)で注入口を塞ぎ、皮膚を縫合した。Shamマウスは、細胞の代わりにHBSSを5μL注入して作製した。各種処置群への無作為化および薬物投与を、術後11日目に行った。
【0080】
〔1.4.細胞培養〕
NCTC2472細胞を、10%ウシ胎児血清、100unit/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを含むDulbecco's Modified Eagle's Medium (DMEM)を用いて、5%CO、95%空気の環境下にて37℃で培養した。
【0081】
〔1.5.癌性疼痛の強度の評価〕
癌性疼痛の重篤度は以下の[1]〜[4]によって評価した:
[1]アロディニアスコア(Allodyina score);ペイントブラシで軽く患部を撫でる触覚刺激に対する逃避行動(疼痛関連行動)の程度をスコア化して評価した.すなわち、「0: 反応なし,1: 軽く鳴く,筆から逃れようとする,2: 激しく鳴く,筆にかみつこうとする,筆から激しく逃れようとする」を基準とした.
[2]アロディニア閾値(Withdrawal threshold);von Frey hairsフィラメントによる患肢足蹠刺激に対するマウス後足の逃避行動閾値より評価した.刺激強度閾値剛性はグラムで表した.
[3]Guarding behavior(安静時に患肢を持ち上げる行動);マウスを底が金網のプラスチックケージ内で自由に行動させ、2分間の観察中に患肢の防御行動(guarding behavior)、すなわち、患肢を床から持ち上げている防御行動の時間を測定して評価した.
[4]Limb-use abnormality(体動時に患肢を不自然に使う行動);マウスの歩行異常の程度をスコア化して評価した.すなわち、「0: 正常な歩行,1: 軽い跛行,2: 明らかな跛行,3: 患肢を一部使用せずに歩行,4: 患肢を使用せずに歩行」を基準とした。
【0082】
評価を、薬物の投与前、および投与後の所定の時点で行った。研究は観察者に処置群を判別し得ない環境下にて行った。
【0083】
〔1.6.脊髄PAF受容体ノックダウンマウスの作製〕
RNA干渉によるin vivoでの標的遺伝子のノックダウンを、マウスPAF受容体遺伝子に特異的な配列からPAF受容体特異的2本鎖RNA(small interfering RNA,siRNA)を作製し、hemagglutinating virus of Japan envelope vector system(HVJ-Envelope Vector Kit GenomeONE; Ishihara Sangyo Kaisha, Ltd., Osaka, Japan)に封入した後に、マウスの第5、第6腰椎間から脊髄腔内投与することによって行った.標的タンパク質の発現を、免疫ブロット法および免疫組織化学分析によって確認した。同一量のmutant siRNAおよびHVJ-Envelope Vectorのみを投与したものを、対照群とした。
【0084】
〔1.7.便秘の評価〕
モルヒネ投与による便秘を、脱糞量の減少、および肛門括約筋と膀胱括約筋の収縮により生じるとされるマウスの挙尾反応の亢進によって評価した。マウスを薬物投与24時間前からテストケージ(床が格子状のアクリルケージに濾紙を敷いた)の中で飼育することによって環境に順化させた。飼料および水を自由に摂取させた。モルヒネ(0.1〜10 mg/kg)を皮下投与した後に、脱糞量と挙尾反応の有無について1時間観察した。観察中は試料および水を与えなかった。1時間の脱糞量を、マウスの体重で補正した。挙尾反応は実験時間中に尾を45°以上に挙上したマウスの割合で評価した。マウスを、1回の実験にのみ使用した。
【0085】
〔1.8.統計処理〕
有意差検定を、Dunnett’s Post-hoc Procedure によって行った(*P<0.05)。
【0086】
〔2.結果〕
〔2.1.PAFアンタゴニストによるFBCマウスにおける疼痛緩和作用〕
NCTC2472細胞の移植11日後のFBCマウスに、TCV−309(0.01〜3mg/kg)、WEB2086(0.1mg/kg)、およびBN50739(0.1mg/kg)、またはビヒクルとして生理的食塩水、2−hydroxypropyl−β−cyclodextrin溶液を、静脈内投与した。アロディニアスコア、アロディニア閾値、Guarding behavior、Limb-use abnormalityについて、投与後10日間にわたって経時的にモニタリングした。
【0087】
癌細胞の移植11日後には、アロディニアスコア(触刺激に対する逃避行動)は最大(スコア2)に達した。TCV−309の静脈内投与によって、アロディニアスコアは顕著に減少し、0.1mg/kg以上の用量で、投与1〜3日後にはほとんどアロディニア反応を示さなかった(図2A)。この効果は、0.01mg/kgから0.3mg/kgまでにおいて用量依存的に認められた。また、この効果は、投与5〜6日後まで持続した。TCV−309静脈内投与は、アロディニア閾値(痛覚閾値(gm))を上昇させ、この効果はアロディニアスコアと同様に長期間にわたって持続した(図2B)。癌細胞の移植後のマウスが、安静時に患肢を持ち上げる行動(Guarding behavior)は、疼痛の1つの指標と考えられる。Guarding behavior時間は、TCV−309の静脈内投与によって、用量依存的に短縮し(0.01mg/kgから0.3mg/kg)、投与3日後までほとんどGuarding behaviorは見られなくなった。この効果は、投与7日後まで観察され、10日後には回復していた(図2C)。マウスの歩行異常を指標とするLimb-use abnormalityスコアもまた、他の結果と同様に、用量依存的に抑制された(0.01mg/kgから0.3mg/kg;図2D)。
【0088】
同様の疼痛緩和作用が、経口投与(TCV−309、0.3mg/kg)によって認められ、この効果は、投与後8日間にわたって認められた(図3A〜D)。FBCマウスにおいては、癌細胞の移植3日後から疼痛反応が発現し、10日後には最大反応となった(図4)。癌細胞の移植と同時にTCV−309投与を開始することによって、疼痛の発現が抑制され、TCV−309を4日毎に8回にわたって連続投与することによって28日間にわたって疼痛反応が全くみられなかった。また、その鎮痛効果に耐性を生じることはなかった(図4)。これらの結果は、癌性疼痛の発生前に、あるいはごく初期段階に、TCV−309を用いることによって、痛みの増悪反応を回避することができること、および、より効果的な疼痛緩和効果が得られることを示唆する。
【0089】
このように、PAFアンタゴニストTCV−309は、極めて少量で、長期間持続する疼痛緩和作用を発揮することが示された。このTCV−309による作用が、PAF受容体に対して特異的に拮抗的阻害作用を及ぼすことによって発現していることを確認するために、化学構造の異なる他のPAFアンタゴニストを用いて検討した。WEB2086(0.1mg/kg)またはBN50739(0.1mg/kg)を静脈内投与した場合もまた、TCV−309と同様の疼痛緩和作用が認められた(図5A〜D)。このことから、PAFアンタゴニストによる疼痛緩和作用は、個々の化合物の構造に起因するのでなく、PAF受容体を阻害することに起因しているということが強く示唆された。
【0090】
PAFアンタゴニストの作用点を明確にするために、TCV−309を脊髄腔内に投与した時の影響について検討した(図6A〜D)。極めて微量のTCV−309(10pg/マウス)を脊髄腔内投与した場合に、3〜4日間持続する強力な疼痛緩和作用が惹起された。したがって、TCV−309の作用点には少なくとも脊髄が含まれることが示唆された。
【0091】
しかし、どのような化合物であっても、目的の作用以外の非特異的作用を有している可能性を完全に否定することはできない。そこで、化学物質が生体分子に直接結合して何らかの作用を発現する可能性を排除するために、PAF受容体のmRNAに特異的なsiRNAを用いて、脊髄PAF受容体タンパク質の発現を抑制したマウスにおける効果を検討した。FBCマウスにおいて、siRNAを用いて脊髄PAF受容体をノックダウンした。siRNAの投与2〜3日後をピークとする疼痛緩和作用が観察された。具体的には、アロディニアスコア、アロディニア閾値、Guarding behavior、Limb-use abnormalityのいずれの疼痛指標においても、同様の経時的な変化が認められた(図7A〜D)。このタイムコースは、PAF受容体タンパク質の発現消長の経時的な変化と対応していた(図示せず)。これらの結果より、PAFアンタゴニストの疼痛緩和作用の機序には、少なくとも脊髄のPAF受容体の特異的阻害が含まれる可能性が示唆された。
【0092】
〔2.2.FBCマウスにおけるモルヒネの疼痛緩和作用の、PAFアンタゴニストによる増強〕
TCV−309(0.01 mg/kg)の投与1日後のFBCマウスにモルヒネ(0.3mg/kgまたは10mg/kg)を投与し、その20分後または4時間後の疼痛緩和作用を検討した。TCV−309単独投与(モルヒネなし)の場合、アロディニスコアは約50%抑制され、モルヒネ単独投与(TCV−309なし)の場合、アロディニアスコアを全く抑制されなかったが、TCV−309とモルヒネとを併用することによって、モルヒネ投与20分後のアロディニアスコアはほぼ完全に抑制された(図8A左)。アロディニア閾値(図8B左)、Guarding behavior(図8C左)、Limb-use abnormality(図8D左)についても、TCV−309とモルヒネとを併用することによって、顕著な疼痛緩和作用が認められた。このことは、TCV−309が、モルヒネの本来の作用持続時間内でモルヒネの効果を増強したこと、あるいはモルヒネの存在がTCV−309の効果を増強したことを示している。しかし,モルヒネ投与4時間後に観察した疼痛緩和作用は、TCV−309単独投与(モルヒネなし)の場合と同程度であった(図8A右〜8D右)。このことは、モルヒネの鎮痛作用が投与4時間後には消失していること、および、TCV−309がモルヒネの作用持続時間を延長しないことを示している。
【0093】
種々の濃度のTCV−309(0.01mg/kg〜0.3mg/kg)の投与7日後のFBCマウスにモルヒネ(0.3mg/kg)を投与し、その20分後の疼痛緩和作用を検討した。TCV−309単独投与による疼痛緩和作用は、投与7日後にほぼ消失していた(図9A)。TCV−309(0.01mg/kg)にモルヒネ(0.3mg/kg)を併用しても抗アロディニア作用がみられなかったが、TCV−309(0.03mg/kg〜0.3mg/kg)にモルヒネ(0.3mg/kg)を併用した場合、TCV−309の用量依存的に強い抗アロディニア作用が認められた(図9A)。アロディニア閾値(図9B)、Guarding behavior(図9C)、Limb-use abnormality(図9D)のいずれにおいても、同様の増強作用が認められた。これらの効果は、TCV−309の代りにWEB2086またはBN50739を用いた場合においても、観察された(図10A〜D)。これらのことは、PAFアンタゴニストによる疼痛緩和作用が持続性であることを示すとともに、モルヒネの作用を増強する効果もまた持続性であることを示している。
【0094】
図11に、FBCマウスにおける、モルヒネ単独投与の疼痛緩和作用の経時的変化を示す。モルヒネは10mg/kg以上の皮下投与で鎮痛効果を示し、鎮痛効果の持続時間は2〜3時間であった。しかし、モルヒネの用量依存性は、von Frey test (B)以外では認められなかった。これは、モルヒネの用量が10mg/kg以上の場合に、自発運動が用量依存的に著明な亢進したために、疼痛強度を正当に評価することができなかったためであると推測される。
【0095】
このことを確認するために、TCV−309(3μg/kg、10μg/kg)の投与1日後のFBCマウスに種々の用量のモルヒネを投与し、その20分後の疼痛緩和作用を調べた。TCV−309(3μg/kgおよび10μg/kg)を予め投与しておくことによってモルヒネの鎮痛作用が強力に増強され、しかも、低用量のモルヒネ(0.1mg/kg)によってほぼ完全な鎮痛効果が得られることがわかった(図12A〜D)。さらに、種々の用量のTCV−309(0.1μg/kg〜10μg/kg)の投与1日後のFBCマウスにモルヒネ(0.3mg/kg)を投与し、その20分後の疼痛緩和作用を調べた。低用量(1μg/kg)であってもTCV−309を予め投与しておくことによってモルヒネの鎮痛作用が強力に増強されることがわかった(図13A〜D)。
【0096】
図14に、TCV−309をモルヒネと併用した場合の、FBCマウスにおける疼痛緩和作用の経時的変化を示す。高用量のモルヒネ(10mg/kg以上)の単独投与の場合(図11)と同様に、鎮痛効果の持続時間は2〜3時間であった。このことは、TCV−309をモルヒネと併用することによってモルヒネの鎮痛作用が強力に増強されるものの、持続時間には影響しないことがわかった。
【0097】
上述した、疼痛緩和作用がPAFアンタゴニストに特異的な効果であることを検証するために、難治性疼痛の緩和に期待されているガバペンチン(抗痙攣薬)の作用を調べた(図15A〜D)。ガバペンチンは、短時間(2時間以内)での鎮痛効果を用量依存的に示したが、その作用は高用量の静脈内投与(30mg/kg)であっても弱かった。また、高用量のガバペンチンの静脈内投与(30mg/kg)によってマウス自発運動量が亢進し、1.5時間程度持続した。さらに、ガバペンチン(10mg/kg)を静脈内投与した30分後にモルヒネ(1mg/kg)を皮下投与しても、さらなる鎮痛効果は得られなかった。このことは、有望なガバペンチンであっても、有効な疼痛緩和作用を示すことはなく、また、モルヒネの鎮痛作用を増強しないことを示す。図中の各測定値は、6〜7例の平均値±標準誤差で示している。
【0098】
〔2.3.モルヒネによって誘発される排便抑制に対する効果〕
モルヒネの副作用として、便秘がよく知られており、モルヒネの有効量の2%程度を用いるだけで便秘が生じる。そこで、モルヒネの副作用に対するPAFアンタゴニストによる効果を検証した。
【0099】
TCV−309(10μg/kg)の静脈内投与3時間後のFBCマウスにモルヒネ(0.01−10mg/kg)の皮下投与を行い、その脱糞量および挙尾反応を調べた(図16)。高用量のモルヒネ(0.3mg/kg以上)を投与した場合は、脱糞量の減少が、モルヒネの用量依存的に観察された。しかし、低用量のモルヒネ(0.03mg/kgおよび0.01mg/kg)を投与した場合は、脱糞量に差異はなかった(便秘が認められなかった)(図16A)。TCV−309はモルヒネの挙尾反応には影響しなかった(図16B)。
【0100】
〔2.4.PAFアンタゴニストによるFBCマウスの延命効果〕
FBCマウスに、NCTC2472細胞の移植直後から4日間隔でTCV−309(0.3mg/kg)を静脈内投与した。対照群として生理食塩水を4日間隔で移植の1日後〜16日後まで投与した。図16C・Dに、FBCマウスにおけるPAFアンタゴニストの延命効果を示す。縦軸は死亡率(がん死亡および安楽死を含む。)を示す。生理食塩水投与群(n=46)において、移植17日後からマウスは摂水/摂食が困難になる例が出現し始め、移植26日後では50%以上のマウスが、移植60日後では全てのマウスが極度の衰弱に陥り、生命維持が困難な状態(安楽死の対象)となった。しかし、TCV−309投与群(n=32)では、移植30日後でも全てのマウスの摂食状態は良好であった。なお、移植32日後から衰弱が観察され初め、52日後に50%のマウスが、79日後に全てのマウスが生命維持が困難な状態となった(図16C)。TCV−309を1日1回で6〜7日間にわたって連続的に頻回静脈内投与(n=14〜21)することによって、癌のステージにかかわらず(すなわち癌細胞移植直後であっても、疼痛が顕著になった後であっても、癌細胞移植55日後であっても)、全てのマウスの状態は良好であった。なお、移植60日後前後から衰弱が観察され始め、90日後で36〜41%のマウスが生命維持が困難な状態となった(図16D)。このことよりPAFアンタゴニストによる延命効果が期待される。
【0101】
〔2.5.PAFアンタゴニストのin vivoでの阻害様式および受容体の内在化〕
種々の濃度のPAFを脊髄腔内投与することによって発症させたアロディニアに対するPAFアンタゴニストの阻害動態に基づいて、PAFアンタゴニストのin vivoでの阻害様式を評価した。PAF(10pg、0.1ng、1ng)の脊髄腔内投与によりアロディニアを発症させた後、TCV−309(0.1mg/kg)の静脈内投与による抗アロディニア作用を経時的に評価した。また、TCV−309の抗アロディニア作用のキネティクスを、各濃度のPAFを脊髄腔内に投与したことによるアロディニアの強度に対する、TCV−309(0.1mg/kg)の静脈内投与による20分間前処置および3日間前処置の作用から求めた。
【0102】
無処置マウスにおけるPAF(10pg、0.1ng、1ng)の脊髄腔内投与によるアロディニア発症の30分後にTCV−309(0.1mg/kg)を静脈内投与した際の抗アロディニア効果を検討した。TCV−309投与後直ちにアロディニアスコアは減少し10〜20分後には抗アロディニア作用は最高値に達し、その作用はPAFの投与量に依存しており、10pg、0.1ngおよび1ngのPAFに対してそれぞれ97%、37%、10%の阻害を示した。TCV−309の抗アロディニア作用は、その後6時間後まで強度が一定していたが、6〜12時間後の間に急速に強まり、12時間後にはPAFの作用を完全に拮抗した。対照的にvehicle(溶剤)処置群ではPAFのアロディニア強度は投与6時間までは一定に推移したが、6時間後以降に軽度の減少を示した(図17A)。
【0103】
TCV−309(0.1mg/kg)の20分間前処置では、PAF誘発アロディニア反応の用量−作用曲線を右に平行移動(競合的拮抗阻害)させた。TCV−309を3日間前処置するとPAFの用量−作用曲線は右にシフトし、かつ、その最大反応は顕著に抑制(非競合的拮抗阻害)された(図17B)。PAFアンタゴニストはin vivoにおいて投与後短時間ではPAF受容体をPAFと競合拮抗の様式で阻害するが、長時間経過すると非可逆的な阻害様式に推移することが明らかになった。
【0104】
PAFアンタゴニストの阻害様式が時間経過とともに競合的な拮抗阻害から非競合的な拮抗阻害に様式を変化させる可能性として、長時間作用することで非可逆的な阻害様式に変化する可能性、および、PAF受容体の細胞内移行(内在化)が促進される可能性が考えられる。PAF受容体は7回膜貫通型のG蛋白質共役型受容体であり、アゴニストが作用することによって受容体内在化が起こることが知られている。そこで、PAF受容体内在化におけるPAFアンタゴニストの影響について検討した。
【0105】
PAF受容体は、脊髄において、神経細胞、ミクログリアおよび脊髄後角神経節細胞に発現しているが、その発現量が少ない。よって、細胞膜上に発現するPAF受容体の量をウエスタンブロットによって解析することは困難であった。ミクログリアはPAF受容体を高発現しており、PAF刺激によって強力に活性化され、種々の細胞機能が亢進される。また、本発明者らは脊髄でPAF誘発のアロディニア反応にミクログリアの活性化が関与することを示している。これらの観点から、脊髄から単離培養したミクログリアを用いて、PAF受容体の内在化に対するPAFアンタゴニストの作用を検討した。
【0106】
新生児のマウス脊髄から単離培養したミクログリアを、TCV−309(0.15μM)と培養した後に、細胞膜表面のタンパク質をビオチン標識した。さらに、細胞を溶解した後に、細胞表面タンパク質をストレプトアビジンによって回収した。細胞膜表面に発現するPAF受容体の量をウエスタンブロット法によって解析し、細胞膜に発現するPAF受容体の量の減少に基づいて、受容体内在化に対するTCV−309の作用を評価した。
【0107】
〔1〕マウス脊髄ミクログリアの単離培養
マウス脊髄ミクログリアを、新生児マウス(生後1〜2日目)の脊髄の初代培養細胞から得た(Motoyoshi et al., Neurochem Int 52(6):1290-1296, 2008)。ミクログリアの純度は、CD11b(OX−42)免疫細胞化学染色において98%以上であった。
【0108】
〔2〕細胞膜表面蛋白質画分標品の調製
ミクログリアを、PAFアンタゴニストTCV−309(0.15μM)で6〜24時間、37℃でインキュベートした後、氷冷したPBSで洗浄し、次いで、Sulfo-SS-NHS-biotin EZ-linkと4℃で30分間反応させ、細胞膜表面タンパク質をビオチン標識した(Altin et al., Anal Biochem 224:382-389, 1995)。ビオチン標識された細胞膜表面タンパク質画分をウエスタンブロット解析に使用した。
【0109】
ビオチン化した細胞膜画分に含まれるPAF受容体の量を、細胞表面に発現するPAF受容体の量としてウエスタンブロット法により測定した。ミクログリアをTCV−309(0.15μM)の存在下で8時間または24時間にわたって培養すると、細胞膜表面に発現する受容体の量は、対照群のそれぞれ60%および41%であり、経時的に著明に減少した(図17C)。全細胞画分におけるPAF受容体の量に変化は認められなかった(データ示さず)。
【0110】
このように、PAFアンタゴニストがPAF受容体の内在化を促進することを見出した。PAFアンタゴニストによるPAF受容体の内在化の亢進が阻害薬の長い作用持続時間に関与する可能性が示唆される。
【0111】
〔2.6.活性化アストロサイトの脊髄移植によるアロディニア発現とPAFアンタゴニストの影響〕
PAF受容体はミクログリアやアストロサイトに発現しており、PAF受容体刺激によって活性化された細胞が、サイトカイン、活性酸素種等の炎症/疼痛に関連する物質を産生/遊離するとともにPAFを産生/遊離する。PAFアンタゴニストが癌性疼痛の発症初期から後期に至る全てのステージにおいて鎮痛作用を発揮することを示した。これらの疼痛の際にはPAFの産生遊離が亢進している可能性が示唆される。疼痛時のPAFの供給源の候補としてミクログリアおよびアストロサイトが考えられる。そこで、活性化アストロサイトの脊髄移植により、疼痛が惹起される可能性並びに疼痛発症におけるPAFの関与について検討した。
【0112】
〔1〕アストロサイト培養法
ddY系新生児マウス(生後0〜3日目)の脊髄を用いて、マウス脊髄アストロサイトの初代培養を行った(Takano et al., Neurochem Int 57(7):812-818, 2010)。この細胞をアストロサイトとして実験に供した純度はGFAPを用いた免疫細胞化学染色によって96%以上であった。
【0113】
〔2〕アストロサイトの脊髄移植実験
継代したアストロサイトを非コートシャーレに4.0×10cells/wellの密度で播種し、48時間培養した後、アストロサイトをPAF(0.4nM)またはATP(100μM)、Escherichia coli LPS(1μg/mL)で2時間培養することによって活性化(炎症反応性を獲得)させた。活性化アストロサイトを、ddY系正常マウスの脊髄くも膜下腔内に移植した。アストロサイトを移植されたマウスのアロディニアスコアおよびアロディニア閾値を経時的に評価した。また、上記活性化アストロサイトを洗浄した後にfresh mediumで12時間培養した後、培養mediumを採取し、遠心分離にて細胞上清を分離しアストロサイトconditioned mediumとした。これを正常マウスの脊髄腔内に投与し、アロディニアスコア、アロディニア閾値を経時的に評価した。
【0114】
マウス脊髄から単離培養したアストロサイトをPAF、ATPまたはLPSで刺激した後に、正常マウスの脊髄腔に移植することによって、移植6時間後にはアロディニア応答を惹起した。アロディニア応答は、12時間後にピークに達し、4ヶ月以上持続した(図18AおよびB)。また、このアロディニア応答はアストロサイト活性化阻害薬Fluoro citrateにより抑制された(図18C)。活性化アストロサイトの移植により脊髄アストロサイトの持続した活性化が惹起され、このことが疼痛の維持に寄与することを明らかにした。
【0115】
活性化アストロサイト移植1日後のマウスにPAFアンタゴニストを投与するとアロディニアは消失し、以降120日以上経過しても疼痛は発現しなかった(図18A〜C)。移植28日後のマウスにPAFアンタゴニストを投与するとアロディニア応答は一過性の抑制に留まった(図19C)。活性化アストロサイトの培養上清を脊髄腔内投与しても一過性のアロディニア応答を惹起し、PAFアンタゴニストで抑制された(図19AおよびB)。これらのことから、活性化アストロサイトがin vivo、 in vitroにおいてPAFを産生/遊離することが明らかとなった。移植された活性化アストロサイトによる脊髄アストロサイトの活性化が起こる前にPAFアンタゴニストを投与することで活性化が阻害され、疼痛の維持機構が成立しなくなった可能性が考えられる。
【0116】
〔2.7.PAFアンタゴニスト連続頻回投与による癌性疼痛の永続的な緩和作用〕
活性化アストロサイト移植実験の結果から、神経障害により産生されたPAFがミクログリアやアストロサイトを活性化し、PAF系の活性化を誘導して、持続的にPAF産生を促進する。この positive feedback loopが疼痛の発症と維持に寄与するという作業仮説が考えられる。
【0117】
そこで、PAF系の誘導を妨げるような処置によって、癌性疼痛の発症および維持を抑制することが出来る可能性を検討した。すなわち、疼痛の永続的な緩和治療が可能ではないかとの考えに基づいて、「PAF受容体を長期間阻害する→アストロサイトの活性化を長期間抑える→PAF系の活性化を阻止する→永続的な疼痛緩和治療が可能となる」と考えた。そこで、PAFアンタゴニストを連続的に頻回投与することの影響を詳細に検討した。
【0118】
図20に、癌性疼痛モデルマウスにおいて、種々の様々なタイミングでTCV−309の連続的な頻回静脈内投与を行った際の疼痛緩和作用を示す。図は、投与時期に関わらず30日前後までアロディニアスコアの増加が抑制され、その後ゆっくりとしたスコアの増加が認められたこと、投与時期に関わらず30日前後までアロディニア閾値の低下を抑制し、その後ゆっくりとした閾値の低下が認められたこと、投与時期に関わらず30日前後まで安静時痛の発現を抑制し、その後ゆっくりとした疼痛の発現が認められたこと、そして、投与時期に関わらず30日前後まで体動痛の発現を抑制し、その後ゆっくりとした疼痛の発現が認められたことを示す。具体的には、以下のとおりである。
【0119】
癌性疼痛モデル(FBCモデル)において、NCTC2472溶骨性骨肉腫細胞の移植によって移植3〜6日後からアロディニア応答(図20AおよびB)およびGuarding behavior発症時間(体動痛の指標、図20C)、Limb−use abnormalityの程度(安静時痛の指標、図20D)の発症が認められ、以降経時的に増悪が認められた。PAFアンタゴニスト(TCV−309、0.3mg/kg i.v.)を癌細胞の移植直後(すなわち、3時間後)および1日1回で6日間連続投与することによって、アロディニアおよびGuarding behavior、 Limb−use abnormalityの発症は移植後30日前後まで認められず、その後ゆっくりとした疼痛反応の発現が認められた。1〜6日連続投与、3〜8日連続投与の場合であっても同様に癌性疼痛の発症は移植後30日前後まで抑制された。さらに、移植7日後、12日後(癌性疼痛の発症後)においてもTCV−309連続投与によって、投与直後から疼痛反応が消失し、移植30日前後まで疼痛反応を抑制することができた(図20A〜D)。
【0120】
このように、PAFアンタゴニストを連続頻回投与することによって、持続的な「PAF系の活性化」経路の形成を中断し、癌性疼痛の永続的な緩和治療が可能になるこがを明らかになった。
【0121】
〔3.考察〕
PAFアンタゴニストは、FBCマウスにおいて、極めて少量で疼痛緩和作用を示し、この効果は、モルヒネと比較してはるかに長期間持続した。癌細胞移植後の疼痛発生の前にPAF受容体拮抗薬を投与し、引き続き反復投与することによって、疼痛の発生を抑制することができた。また、その効果に耐性を生じることはなかった。
【0122】
PAFアンタゴニストの鎮痛作用の機序には、少なくとも脊髄のPAF受容体の特異的阻害が含まれる可能性が示唆された。
【0123】
FBCマウスにおいて、PAFアンタゴニストとモルヒネとの併用は、モルヒネの疼痛緩和作用を著しく増強し、モルヒネの疼痛緩和作用をもたらす必要量を大幅に減少させた。
【0124】
PAFアンタゴニストとモルヒネとの併用は,モルヒネの投与量を軽減できることにより、モルヒネの便秘作用を軽減することができた。
【0125】
PAFアンタゴニストの反復投与により,延命効果が認められた。癌性疼痛患者での予後の改善が期待される。
【0126】
このように、本発明は以下のような態様であり得る:
[1]PAFアンタゴニストを含有している、癌性疼痛を処置するための組成物。
[2]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子をさらに含有している、1に記載の組成物。
[3]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強させるために用いられる、1〜2に記載の組成物。
[4]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の副作用を抑制するために用いられる、1〜2に記載の組成物。
[5]疼痛を処置するための組成物であって、
PAFアンタゴニストを含有しており、
脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子と併用される、組成物。
[6]前記疼痛が癌性疼痛である、5に記載の組成物。
[7]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を適用する前に被験体に適用される、5〜6に記載の組成物。
[8]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強させるために用いられる、5〜7に記載の組成物。
[9]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の副作用を抑制するために用いられる、5〜7に記載の組成物。
[10]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子をさらに含有している、5〜9に記載の組成物。
[11]PAFアンタゴニスト、および、必要に応じて、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を備えている、キット。
[12]疼痛を処置するための使用手順が記載された指示書を備えている、11に記載のキット。
[13]前記疼痛が癌性疼痛である、12に記載のキット。
[14]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強させるための使用手順が記載された指示書を備えている、11に記載のキット。
[15]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の副作用を抑制するための使用手順が記載された指示書を備えている、11に記載のキット。
[16]1〜10に記載の組成物を調製する手順が記載されている、11に記載のキット。
[17]有効量のPAFアンタゴニストを被験体に投与する工程を包含する、疼痛を処置する方法。
[18]有効量のPAFアンタゴニストを被験体に投与する工程を包含する、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強させる方法。
[19]有効量のPAFアンタゴニストを被験体に投与する工程を包含する、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の副作用を抑制する方法。
[20]脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子を被験体に投与する工程をさらに包含する、17〜19に記載の方法。
[21]PAFアンタゴニストを被験体に投与する工程を、前記因子を被験体に投与する工程よりも前に行う、17〜20に記載の方法。
[22]候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べる工程を包含する、癌性疼痛を処置し得る化合物をスクリーニングする方法。
[23]候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べる工程を包含する、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の作用を増強させる化合物をスクリーニングする方法。
[24]候補化合物がPAFの作用を阻害するか否かを調べる工程を包含する、脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子の副作用を抑制する化合物をスクリーニングする方法。
[25]PAFまたはPAFアナログのPAF受容体に対する結合を、候補化合物が拮抗的に阻害するか否かを調べる工程をさらに包含する、22〜24に記載の方法。
[26]疼痛モデル動物に対して疼痛抑制作用を有している候補化合物を選択する工程をさらに包含する、22〜25に記載の方法。
【0127】
なお、1〜26において、PAFアンタゴニストは、例えば、〔2:PAFアンタゴニストによる癌性疼痛の処置〕の項にて列挙した化合物が好ましく用いられる。
【0128】
このような本発明による具体的な効果としては、以下が挙げられる:
(1)癌性疼痛(特に骨癌性の疼痛)を、強く、長時間にわたって抑制することができる。
(2)骨癌移植動物に対する延命効果を示したことから、原発性骨癌患者または骨転移癌患者に対する延命効果も期待することができる。
(3)1日1回で6〜7日間にわたる頻回連続投与が、癌のステージにかかわらず(すなわち癌細胞移植直後であっても、疼痛が顕著になった後であっても)、投薬終了の30日後以降であっても疼痛反応を発現させなかったことから、癌性疼痛の発症を予防し、疼痛緩和効果を長期(12時間、24時間、1〜30日間)にわたって持続することができる。
(4)モルヒネ等の脊髄における下行性疼痛抑制系経路の機能を増強する因子との併用により、上記因子の鎮痛作用を著しく増強することができる。
(5)PAFアンタゴニストと上記因子との併用は、PAFアンタゴニスト単独または上記因子単独にて疼痛緩和効果をもたらす用量よりも低い用量で癌性疼痛を緩和することができる。
(6)低用量にて使用することが可能であるため、PAFアンタゴニストおよび/または上記因子の副作用を軽減することができる。特に、モルヒネ等のオピオイド系鎮痛剤で問題となる便秘、嘔吐、眠気、体の不安感、錯乱、発汗、ミオクローヌス、狡猾、うつ状態、および身体的依存等を軽減することができる。これにより、QOL(生活の質)を保持することができる。
(7)活性化アストロサイト移植により触刺激誘発疼痛反応(アロディニア)が誘発され、PAFアンタゴニスト(TCV−309,0.3mg/kg,i.v.)を投与するとアロディニアは消失した。癌性疼痛モデルマウスにおいて,TCV−309を癌細胞移植直後および術後1〜6日(1日1回)連続投与し,以後薬物投与を中断してもアロディニアの発現は30日以降まで遅延させることができた。このことから、PAFアンタゴニストを連続頻回投与することで、アストロサイトを介した持続的な「PAF」活性化経路(PAF受容体刺激‐PAF遊離の誘導を介したfeedback loop)の形成を中断して,癌の慢性疼痛の永続的な緩和治療が可能になり得る。
(8)PAFアンタゴニストであるか否かを指標にすることによって、癌性疼痛(特に骨癌性の疼痛)を処置し得る化合物を容易に得ることができる。
【0129】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明を用いれば、疼痛を効果的に処置することができ、特に、難治性の癌性疼痛を劇的に緩和することができる。このように優れたツールを提供する本発明は、医学、薬学の分野において利用可能であり、医薬品、生化学試薬の開発に大いに寄与することができる。
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