特許第5958658号(P5958658)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5958658培養細胞内のERKまたはAKTのリン酸化亢進方法、細胞の培養方法、およびリン酸化亢進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5958658
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】培養細胞内のERKまたはAKTのリン酸化亢進方法、細胞の培養方法、およびリン酸化亢進剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/00 20060101AFI20160719BHJP
   C08G 61/06 20060101ALI20160719BHJP
   C08L 65/00 20060101ALI20160719BHJP
   C12M 1/00 20060101ALN20160719BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20160719BHJP
【FI】
   C12N5/00
   C08G61/06
   C08L65/00
   !C12M1/00 D
   !C12M3/00 A
【請求項の数】2
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-548089(P2015-548089)
(86)(22)【出願日】2015年6月24日
(86)【国際出願番号】JP2015068154
(87)【国際公開番号】WO2015199118
(87)【国際公開日】20151230
【審査請求日】2015年9月29日
(31)【優先権主張番号】特願2014-130943(P2014-130943)
(32)【優先日】2014年6月26日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-23741(P2015-23741)
(32)【優先日】2015年2月10日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108419
【弁理士】
【氏名又は名称】大石 治仁
(72)【発明者】
【氏名】市村 直也
(72)【発明者】
【氏名】平野 孝明
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−017839(JP,A)
【文献】 特開2009−027944(JP,A)
【文献】 特開2009−106160(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/023771(WO,A1)
【文献】 特開2008−048651(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/105568(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/162317(WO,A1)
【文献】 特許第3191179(JP,B2)
【文献】 ALDO F.et al.,The effect of alternative neuronal differentiation pathways on PC12 cell adhesion and neurite alignment to nanogratings. ,Biomaterials,2010年 3月,Vol. 31, No. 9 ,pp. 2565-73.
【文献】 BAI B.,et al.,Activation of the ERK1/2 Signaling Pathway during the Osteogenic Differentiation of Mesenchymal Stem Cells Cultured on Substrates Modified with Various Chemical Groups , BioMed Res Int (Web),2013年,Vol.2013 No.Tissue Engineering,Page.361906
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12M 1/00
C12M 3/00
C12Q 1/00
C12P 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノルボルネン系重合体成形体又はノルボルネン系重合体の水素化物成形体からなる、培養細胞中の細胞内ERKのリン酸化亢進剤。
【請求項2】
ノルボルネン系重合体成形体又はノルボルネン系重合体の水素化物成形体からなる、培養細胞中の細胞内AKTのリン酸化亢進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞内のERK(Extracellular signal−Regulated Kinase)またはAKTのリン酸化亢進方法、このリン酸化亢進方法を利用する細胞の培養方法、およびこれらの方法に好適に用いられるリン酸化亢進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ディッシュやフラスコ等の培養容器を用いて接着型細胞を培養する際、細胞が増殖して培養容器の底面が全て細胞で覆われた状態になると、細胞分裂により新たに生じた細胞は、培養容器の底面に接着できないため、アポトーシスを起こす。その結果、生細胞数が低下するとともに、アポトーシスを起こした細胞から内容物が漏洩する。
アポトーシスを起こした細胞から漏洩した内容物(漏洩夾雑物)は、細胞を用いたアッセイに対して影響を与えるおそれがある。また、細胞を用いて医薬品等の物質を生産する場合においては、漏洩夾雑物が生産物の分解を引き起こしたり、その除去のために作業工程数が増えたりするという問題がある。
このため、細胞培養において、アポトーシスを効率よく抑制することが求められていた。
【0003】
アポトーシスは、カスパーゼとよばれる細胞内の複数種類のタンパク質分解酵素の作用により起こされることが知られている。また、そのカスパーゼの発動を起こすものは、ミトコンドリアからのチトクローム等の漏洩であることが知られている。
非特許文献1には、接着型細胞が細胞外基質に接着している状態であれば、インテグリンと呼ばれる細胞表面の接着に関係するタンパク質経由の情報伝達作用により、ミトコンドリアからの内容物の漏洩を防止する作用があること、結果として、アポトーシスが防止されることが記載されている。
接着状態の細胞におけるアポトーシス抑制の作用メカニズムに関しては、インテグリンを経由した細胞内のERK又はAKTと称される細胞内シグナル伝達系タンパク質のリン酸化が亢進され、そのリン酸化が亢進したERK又はAKTの作用により、ミトコンドリアを破壊する因子を破壊作用のない状態にする効果を引き出すことが知られている。
【0004】
特許文献1には、ヒト由来のCAP18の部分ペプチドやデフェンシンなどの抗菌ペプチドが、細胞の死滅(アポトーシス)を防止することが開示されている。具体的には、ヒト由来のCAP18の部分ペプチドやデフェンシンが添加された細胞培養培地で浮遊細胞である好中球細胞を培養すると、カスパーゼの活性低下や、ERKのリン酸化亢進が観られ、これらの部分ペプチドは、アポトーシスの抑制効果を有することが記載されている。この文献には、CAP18の部分ペプチドは、好中球細胞の細胞表面に発現しているFPRL−1受容体に対して結合作用すること、デフェンシンは、ケモカイン受容体であるCCR6受容体を介して作用することにより得られることも記載されている。しかしながら、このような作用機序であるとすると、アポトーシス防止効果は、その成分に対応する特異的結合を行える受容体が細胞表面に発現する必要があり、当然ながら、細胞の種類により効果が限定される。
さらに、特許文献2には、ピリダジノン構造を有する化合物が、血液細胞の中のT細胞由来のジャーカット細胞などの浮遊細胞に対して、生体内でのカスパーゼ阻害活性を有することが開示されている。
【0005】
ところで、細胞の培養器具としては、軽く、透明であることから、市販製品として、ポリスチレン製のものが汎用されている。このほか、ポリスチレン以外の材料を用いた培養容器として、ポリエチレンなどのフッ素置換体(特許文献3)や、シクロオレフィン樹脂(特許文献4)を用いて得られた培養容器は、培地への異物、溶出がないため、培養性能に優れていることが知られている。
これらの培養器具は、通常、γ線照射などの処理で滅菌処理される。また、接着型細胞が剥離して死滅しないように、プラズマ処理や紫外線照射処理により、培養容器の表面に親水化処理が施されることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−169260号公報
【特許文献2】特表2009−545585号公報(US2009/0291959)
【特許文献3】特開2005−218444号公報(US2005/0153438)
【特許文献4】特開2009−027944号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of Cell Science. 115, 3729−3738 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、これまでにも培養細胞のアポトーシスを防止する技術が種々提案されてはきたものの、より効率よく、かつ、より汎用的にアポトーシスを防止し得る方法が要望されているのが現状である。
本発明は、かかる従来技術の実情に鑑みてなされたものであり、培養細胞内のERKまたはAKTのリン酸化亢進方法、このリン酸化亢進方法を利用する細胞の培養方法、およびこれらの方法に好適に用いられるリン酸化亢進剤、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、培養細胞に、脂環構造含有重合体成形体を接触させることで、ERKやAKTのリン酸化を亢進できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
かくして本発明によれば、下記(1)〜(3)のリン酸化亢進方法、(4)の細胞の培養方法、および(5)、(6)のリン酸化亢進剤、が提供される。
(1)培養されている細胞に、脂環構造含有重合体成形体を接触させることを特徴とする培養細胞内のERK(Extracellular signal−Regulated Kinase)のリン酸化亢進方法。
(2)培養されている細胞に、脂環構造含有重合体成形体を接触させることを特徴とする培養細胞内のAKTのリン酸化亢進方法。
(3)培養されている細胞が接着型細胞である(1)又は(2)に記載のリン酸化亢進方法。
(4)培養されている細胞に、脂環構造含有重合体成形体を接触させ、培養細胞内のERK(Extracellular signal−Regulated Kinase)のリン酸化及び/又はAKTのリン酸化を亢進することを特徴とする、細胞の培養方法。
(5)脂環構造含有重合体成形体からなる、培養細胞中の細胞内ERKのリン酸化亢進剤。
(6)脂環構造含有重合体成形体からなる、培養細胞中の細胞内AKTのリン酸化亢進剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、培養細胞内のERKまたはAKTのリン酸化亢進方法、このリン酸化亢進方法を利用する細胞の培養方法、およびこれらの方法に好適に用いられるリン酸化亢進剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、CHO細胞のERK−1のリン酸化の相対値のグラフである。
図2図2は、CHO細胞のERK−2のリン酸化の相対値のグラフである。
図3図3は、VERO細胞のERK−1のリン酸化の相対値のグラフである。
図4図4は、VERO細胞のERK−2のリン酸化の相対値のグラフである。
図5図5は、CHO細胞のAKTのリン酸化の相対値のグラフである。
図6図6は、CHO細胞を3週間培養したときの生細胞数を示すグラフである。
図7図7は、VERO細胞を3週間培養したときの生細胞数を示すグラフである。
図8図8は、CHO細胞を3週間培養したときの、培養液中のLDH値の相対値のグラフである。
図9図9は、VERO細胞を3週間したときの、培養液中のLDH値の相対値のグラフである。
図10図10は、培養容器の滅菌方法を変えたときの、CHO細胞のp44 ERKのリン酸化の相対値のグラフである。
図11図11は、培養容器の滅菌方法を変えたときの、CHO細胞のp42 ERKのリン酸化の相対値のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に用いる細胞は、特に限定されず、目的に応じて任意に選択することができる。なかでも、本発明の効果がより得られ易いことから、接着型細胞が好ましい。本発明において、接着型細胞とは接着型細胞そのものであっても、接着型細胞由来の細胞であってもよい。接着型細胞そのものとは、通常の培養条件において、細胞外基質に接着することで生存及び増殖が可能な細胞のことをいい、足場依存性細胞ともいわれる細胞である。接着型細胞由来の細胞とは、接着型細胞を馴化培養し浮遊状態でも生存し、かつ増殖が可能になった細胞など、接着型細胞に何らかの外的要因を与えることで細胞外基質に接着しなくても生存・増殖可能な細胞である。接着型細胞としては、CHO細胞、VERO細胞、NIH3T3細胞、HEK293細胞などに代表される、遺伝子操作の宿主細胞やウイルス感受性のある細胞が挙げられる。
【0014】
細胞を培養する際には、通常、液体培地が用いられる。
液体培地としては、通常、pH緩衝作用があり、浸透圧が細胞に好適なものであり、細胞の栄養成分を含み、かつ、細胞に対して毒性がないものが用いられる。
pH緩衝作用を示す成分としては、トリス塩酸塩、各種リン酸塩、各種炭酸塩等が挙げられる。
液体培地の浸透圧調整は、通常、細胞の浸透圧とほぼ同じになるように、カリウムイオン、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、グルコース等の濃度を調整した水溶液を用いて行われる。かかる水溶液としては、具体的には、リン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等の生理食塩水;乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等のリンゲル液;等が挙げられる。
細胞の栄養成分としては、アミノ酸、核酸、ビタミン類、ミネラル類等が挙げられる。
液体培地としては、RPMI−1640、HAM、α−MEM、DMEM、EMEM、F−12、F−10、M−199等の各種市販品を利用することができる。
【0015】
液体培地には、添加剤を配合することもできる。添加剤としては、タンパク質等の分化誘導因子、分化誘導活性を有する低分子化合物、ミネラル、金属、ビタミン成分等が挙げられる。
分化誘導因子としては、細胞表面の受容体に作用するリガンド、アゴニスト、及びアンタゴニスト;核内受容体のリガンド、アゴニスト、及びアンタゴニスト;コラーゲン及びファイブネクチンなどの細胞外マトリックス;細胞外マトリックスの一部分、又は細胞外マトリックスを模擬した化合物;細胞内の情報伝達経路に関わるタンパク質に作用する成分;細胞内の1次代謝または2次代謝の酵素に作用する成分;細胞内の核内またはミトコンドリア内の遺伝子の発現に影響を与える成分;インシュリン様増殖因子などの細胞増殖因子の遺伝子をコードしたDNAや、カスパターゼなど細胞内制御因子に対する干渉RNA作用があるように設計したマイクロRNAなどのRNAであって、マイクロインジェクション法、ハイドロダイナミクス法、エレクトロポレーション法、リポフェクチン法等の方法によりウィルスベクターなどと組み合わせて細胞内に導入することができるDNAやRNA;等が挙げられる。
これらの添加剤は、一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
細胞の培養条件は特に限定されず、用いる細胞や目的に応じて適宜決定することができる。
例えば、二酸化炭素濃度が5%程度で、温度が20℃〜37℃の範囲で一定に維持された、加湿された恒温器を用いて細胞を培養することができる。
【0017】
本発明に用いる脂環構造含有重合体成形体は、脂環構造含有重合体を任意の形状に成形してなるものである。
脂環構造含有重合体は、主鎖及び/又は側鎖に脂環構造を有する樹脂であり、機械的強度、耐熱性などの観点から、主鎖に脂環構造を含有するものが好ましい。
【0018】
前記脂環構造としては、飽和環状炭化水素(シクロアルカン)構造、不飽和環状炭化水素(シクロアルケン)構造などが挙げられるが、機械的強度、耐熱性などの観点から、シクロアルカン構造やシクロアルケン構造が好ましく、中でもシクロアルカン構造を有するものが最も好ましい。
【0019】
脂環構造を構成する炭素原子数は、格別な制限はないが、通常4〜30個、好ましくは5〜20個、より好ましくは5〜15個である。脂環構造を構成する炭素原子数がこの範囲内であるときに、機械的強度、耐熱性、及び成形性の特性が高度にバランスされ、好適である。
【0020】
脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常30重量%以上、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%である。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合が過度に少ないと耐熱性に劣り好ましくない。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位以外の残部は、格別な限定はなく、使用目的に応じて適宜選択される。
【0021】
脂環構造含有重合体の具体例としては、(1)ノルボルネン系重合体、(2)単環の環状オレフィン系重合体、(3)環状共役ジエン系重合体、(4)ビニル脂環式炭化水素系重合体、及び(1)〜(4)の水素化物などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、機械的強度等の観点から、ノルボルネン系重合体及びその水素化物が好ましい。
【0022】
(1)ノルボルネン系重合体
ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。
【0023】
開環重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の開環重合体及びノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、ならびにこれらの水素化物などが挙げられる。付加重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の付加重合体及びノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体などが挙げられる。これらの中でも、ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物が、耐熱性、機械的強度等の観点から好ましい。
【0024】
ノルボルネン系単量体としては、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン(慣用名ノルボルネン)、5−メチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5,5−ジメチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチリデン−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−ビニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−プロペニルビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メトキシカルボニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−シアノビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メチル−5−メトキシカルボニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン等の2環式単量体;
トリシクロ[4.3.01,6.12,5]デカ−3,7−ジエン(慣用名ジシクロペンタジエン)、2−メチルジシクロペンタジエン、2,3−ジメチルジシクロペンタジエン、2,3−ジヒドロキシジシクロペンタジエン等の3環式単量体;
テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン(テトラシクロドデセン)、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8,9−ジメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチル−9−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチリデン−9−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−メチル−8−カルボキシメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、
7,8−ベンゾトリシクロ[4.3.0.12,5]デカ−3−エン(慣用名メタノテトラヒドロフルオレン:1,4−メタノ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレンともいう)、1,4−メタノ−8−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン、1,4−メタノ−8−クロロ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン、1,4−メタノ−8−ブロモ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン等の4環式単量体;等が挙げられる。
【0025】
ノルボルネン系単量体と開環共重合可能なその他の単量体としては、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、1,4−シクロヘキサジエン、1,5−シクロオクタジエン、1,5−シクロデカジエン、1,5,9−シクロドデカトリエン、1,5,9,13−シクロヘキサデカテトラエン等の単環のシクロオレフィン系単量体が挙げられる。
これらの単量体は、置換基を1種又は2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0026】
ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン等の炭素数2〜20のα−オレフィン系単量体;シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロオクテン、テトラシクロ[9.2.1.02,10.03,8]テトラデカ−3,5,7,12−テトラエン(3a,5,6,7a−テトラヒドロ−4,7−メタノ−1H−インデンとも言う)等のシクロオレフィン系単量体;1,4−ヘキサジエン、4−メチル−1,4−ヘキサジエン、5−メチル−1,4−ヘキサジエン、1,7−オクタジエン等の非共役ジエン系単量体;等が挙げられる。
これらの中でも、ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、α−オレフィン系単量体が好ましく、エチレンがより好ましい。
これらの単量体は、置換基を1種又は2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0027】
ノルボルネン系単量体の開環重合体、又はノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体は、単量体成分を、公知の開環重合触媒の存在下で重合して得ることができる。開環重合触媒としては、例えば、ルテニウム、オスミウムなどの金属のハロゲン化物と、硝酸塩又はアセチルアセトン化合物、及び還元剤とからなる触媒、あるいは、チタン、ジルコニウム、タングステン、モリブデンなどの金属のハロゲン化物又はアセチルアセトン化合物と、有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物は、通常、上記開環重合体の重合溶液に、ニッケル、パラジウムなどの遷移金属を含む公知の水素化触媒を添加し、炭素−炭素不飽和結合を水素化することにより得ることができる。
【0028】
ノルボルネン系単量体の付加重合体、又はノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体は、単量体成分を、公知の付加重合触媒の存在下で重合して得ることができる。付加重合触媒としては、例えば、チタン、ジルコニウム又はバナジウム化合物と有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
【0029】
(2)単環の環状オレフィン系重合体
単環の環状オレフィン系重合体としては、例えば、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテンなどの、単環の環状オレフィン系単量体の付加重合体を用いることができる。
(3)環状共役ジエン系重合体
環状共役ジエン系重合体としては、例えば、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエンなどの環状共役ジエン系単量体を1,2−又は1,4−付加重合した重合体及びその水素化物などを用いることができる。
(4)ビニル脂環式炭化水素重合体
ビニル脂環式炭化水素重合体としては、例えば、ビニルシクロヘキセン、ビニルシクロヘキサンなどのビニル脂環式炭化水素系単量体の重合体及びその水素化物;スチレン、α−メチルスチレンなどのビニル芳香族系単量体の重合体の芳香環部分の水素化物;などが挙げられる。ビニル脂環式炭化水素重合体は、これらの単量体と共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
【0030】
脂環構造含有重合体の分子量に格別な制限はないが、シクロヘキサン溶液(重合体が溶解しない場合はトルエン溶液)のゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーで測定したポリスチレン換算の重量平均分子量で、通常5,000以上であり、好ましくは5,000〜500,000、より好ましくは8,000〜200,000、特に好ましくは10,000〜100,000である。重量平均分子量がこの範囲内であるときに、機械的強度と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
【0031】
脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常50〜300℃、好ましくは100〜280℃、特に好ましくは115〜250℃、更に好ましくは130〜200℃である。ガラス転移温度がこの範囲内であるときに、耐熱性と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
本発明においてガラス転移温度は、JIS K 7121に基づいて測定されたものである。
【0032】
これらの脂環構造含有重合体は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
また、脂環構造含有重合体には、熱可塑性樹脂材料で通常用いられている配合剤、例えば、軟質重合体、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、近赤外線吸収剤、離型剤、染料や顔料などの着色剤、可塑剤、帯電防止剤、蛍光増白剤などの配合剤を、通常採用される量、添加することができる。
また、脂環構造含有重合体には、軟質重合体以外のその他の重合体(以下、単に「その他の重合体」という)を混合しても良い。脂環構造含有重合体に混合されるその他の重合体の量は、脂環構造含有重合体100重量部に対して、通常200重量部以下、好ましくは150重量部以下、より好ましくは100重量部以下である。
脂環構造含有重合体に対して配合する各種配合剤やその他の重合体の割合が多すぎると、細胞内シグナル伝達系タンパク質のリン酸化亢進能が低下するため、いずれも脂環構造含有重合体の性質を損なわない範囲で配合することが好ましい。
配合剤やその他の重合体との混合方法は、ポリマー中に配合剤が十分に分散する方法であれば、特に限定されない。また、配合の順番に格別な制限はない。配合方法としては、例えば、ミキサー、一軸混練機、二軸混練機、ロール、ブラベンダー、押出機などを用いて樹脂を溶融状態で混練する方法、適当な溶剤に溶解して分散させた後、凝固法、キャスト法、又は直接乾燥法により溶剤を除去する方法などが挙げられる。
二軸混練機を用いる場合、混練後は、通常は溶融状態で棒状に押出し、ストランドカッターで適当な長さに切り、ペレット化して用いられることが多い。
【0033】
脂環構造含有重合体の成形方法は、細胞と接触させる際に用いる脂環構造含有重合体成形体の形状に応じて任意に選択することができる。成形方法としては、例えば、射出成形法、押出成形法、キャスト成形法、インフレーション成形法、ブロー成形法、真空成形法、プレス成形法、圧縮成形法、回転成形法、カレンダー成形法、圧延成形法、切削成形法、紡糸等が挙げられ、これらの成形法を組み合わせたり、成形後必要に応じて延伸等の後処理をすることもできる。
こうして得られる成形体が、本発明のERK又はAKTのリン酸化亢進剤である。
【0034】
脂環構造含有重合体成形体の形状に格別な制限はなく、板状、粉状、粒状、紐状、シート状、その他いかなる形状であってもよい。また、その表面は平らであっても、凹凸形状を有していてもよいし、中空状の成形体であってもよい。また異なる形状の成形体を、接着剤等を介して又は介さずに組み合わせて別の成形体にすることもできる。
また、細胞と接触することができる限りにおいて、ディッシュ、プレート、バッグ、チューブ、スキャホールド、カップ、ジャー・ファーメンターなどの培養容器;攪拌翼、攪拌子、バッフル、連結チューブなど培養装置の部品;ピペット、攪拌素子、フィルタ、セルスクレイパーなどの培養操作に用いる培養器具;等の一部又は全部を構成する部材であってもよい。
【0035】
本発明においては、成形体を培養細胞と接触させるに当たり成形体を滅菌処理することが好ましい。滅菌処理の方法に格別な制限はなく、高圧蒸気法や乾熱法などの加熱法;γ線や電子線などの放射線を照射する放射線法や高周波を照射する照射法;酸化エチレンガス(EOG)などのガスを接触させるガス法;など、医療分野で一般的に採用される方法から、成形体の形状や用いる細胞に応じて、選択することができる。リン酸化亢進活性の高さから酸化エチレンガスなどのガスを接触させるガス法が好ましい。
また、これらの成形体表面は、プラズマ処理、コロナ放電処理、オゾン処理、紫外線照射処理など培養容器に対して一般的に施す滅菌目的以外の処理を行うこともできるが、ERKやAKTのリン酸化亢進速度の観点から、これらの処理を行わずに用いることが好ましい。
【0036】
培養細胞と本発明のERK又はAKTのリン酸化亢進剤である脂環構造含有重合体成形体とを接触させる方法は、ERK又はAKTのリン酸化亢進剤の形状に応じて任意の方法を採用すればよい。例えば、ERK又はAKTのリン酸化亢進剤である脂環構造含有重合体成形体を混合した培地中で細胞を培養する方法;脂環構造含有重合体を用いて成形された培養容器内で細胞を培養する方法;脂環構造含有重合体を用いて成形された培養器具を用いて培養操作を行う方法;などが挙げられ、これらを組み合わせることもできる。
尚、細胞には、情報伝達能があるため、培養中の全ての培養細胞が脂環構造含有重合体成形体に接触する必要はなく、また、培養期間全体に渡って両者が接触している必要もない。但し、接触による効果は経時的に低下するため、接触時間は長い方が好ましい。
培養細胞と、脂環構造含有重合体成形体との接触温度は細胞が増殖できる温度であれば特に制限されない。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
〔製造例1〕
脂環構造含有重合体として、ゼオネックス(登録商標)790R(日本ゼオン社製、ノルボルネン系開環重合体水素化物;以下、単に「790R」という)を用いて、射出形成法により、直径35mmのシャーレ状の培養容器を得、次いで、エチレンオキサイド滅菌処理を行った。以下、この培養容器を「790R製容器」という。
【0038】
〔製造例2〕
製造例1において、790Rに代えて、ゼオノア(登録商標)1430R(日本ゼオン社製、ノルボルネン系開環重合体水素化物;以下、単に「1430R」という)を使用したことを除き、製造例1と同様にして培養容器を得た。以下、この培養容器を「1430R製容器」という。
【0039】
〔製造例3〕
製造例1において、790Rに代えて、ゼオノア(登録商標)1060R(日本ゼオン社製、ノルボルネン系開環重合体水素化物;以下、単に「1060R」という)を使用したことを除き、製造例1と同様にして培養容器を得た。以下、この培養容器を「1060R製容器」という。
【0040】
〔製造例4〕
接着型細胞の接着が容易になるように、以下のように、プラズマ照射を行い、表面の親水化処理を施した培養容器を作製した。
まず、790Rを用いて、射出形成法により、直径35mmのシャーレ状の培養容器を得た後、プラズマ照射を行い、容器表面に親水化処理を施した。次いで、このものにエチレンオキサイド滅菌処理を行った。以下、この培養容器を「表面親水化790R製容器」という。
【0041】
〔製造例5〕
製造例4において、790Rに代えて、1430Rを使用したことを除き、製造例4と同様にして培養容器を得た。以下、この培養容器を「表面親水化1430R製容器」という。
【0042】
〔実施例1〕
培地2mlを入れた790R製容器に、CHO細胞を細胞密度1.25×10cells/cmで播種し、温度37℃、CO濃度5%に設定したCOインキュベータに入れ、5日間培養を行った後、後述する方法によりERKのリン酸化の分析を行った。
【0043】
〔実施例2〕
実施例1において、790R製容器に代えて、1430R製容器を使用したことを除き、実施例1と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0044】
〔実施例3〕
実施例1において、790R製容器に代えて、表面親水化790R製容器を使用したことを除き、実施例1と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0045】
〔実施例4〕
実施例1において、790R製容器に代えて、表面親水化1430R製容器を使用したことを除き、実施例1と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0046】
〔比較例1〕
実施例1において、790R製容器に代えて、市販の親水化処理済みポリスチレン製ディッシュ〔ファルコン(登録商標)ディッシュ(ベクトンデッキンソン社製、型番353001)〕(以下、「ポリスチレン製容器」と称する)を使用したことを除き、実施例1と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0047】
(ERKのリン酸化の分析)
790R製容器から回収した細胞試料に、タンパク質変性作用のあるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を含む電気泳動用緩衝液を添加して、100℃で5分間加温処理して、細胞試料を溶解させた。これを4℃で5分間静置し、続いて、遠心処理を行い、不溶物を沈殿除去して、電気泳動用試料を調製した。
同様に、1430R製容器、表面親水化790R製容器、表面親水化1430R製容器、及びポリスチレン製容器で培養した細胞を用いて、それぞれ電気泳動用試料を調製した。
電気泳動用試料は、いずれも2つずつ用意した。
得られた各電気泳動用試料を、プレキャストゲル(ナカライテスク社製)の泳動サンプルコームにアプライして電圧印加し、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動を行った。
【0048】
次いで、電気泳動操作したアクリルアミドゲルを取り出して、ウェスタンブロティング用転写装置(日本エイドー社製)を用いて、アクリルアミドゲル中に泳動展開したタンパク質をニトロセルロース膜(CST社製)に転写した。
転写後のニトロセルロース膜に対して、最終濃度0.05%のTween(登録商標)20を含有するTrisリン酸緩衝液(以下、「緩衝液TBS−T」という)にスキムミルクを含有させたブロッキング溶液に浸し、室温で1時間振とうすることで、ニトロセルロース膜面のブロッキング処理を行った。続いて、緩衝液TBS−Tに5分間浸漬してニトロセルロース膜を洗浄し、この洗浄操作を3回繰り返した。
5%BSAを含む緩衝液TBS−Tに、1次抗体として、リン酸化の有無にかかわらずERK1及びERK2を特異的に検出する抗体である抗ERK抗体(CST社製)を添加した溶液を調製し、この溶液に、ニトロセルロース膜を16時間浸漬した。
同様に、5%BSAを含む緩衝液TBS−Tに、1次抗体として、リン酸化ERK1及びリン酸化ERK2を特異的に検出する抗体である抗リン酸化ERK抗体(CST社製)を添加した溶液を調製し、この溶液に、ニトロセルロース膜を16時間浸漬した。
【0049】
抗ERK抗体溶液に浸漬したニトロセルロース膜、及び抗リン酸化ERK抗体溶液に浸漬したニトロセルロース膜を、それぞれ緩衝液TBS−Tに5分間浸漬して洗浄し、この洗浄操作を3回繰り返した。続いて、ニトロセルロース膜面上の1次抗体を検出するための2次抗体を含む5%BSAを含む緩衝液TBS−Tに、抗ERK抗体溶液に浸漬し洗浄したニトロセルロース膜、及び抗リン酸化ERK抗体溶液に浸漬し洗浄したニトロセルロース膜を浸漬して、室温で1時間振とう処理した。
振とう処理後、緩衝液TBS−Tに5分間浸漬して洗浄し、この洗浄操作を3回繰り返した。
上記の膜を検出呈色試薬1−Step−Ultra TMB Blotting Solution(Pierce社製)に浸漬し、膜上で呈色反応を行わせることにより、ERK又はリン酸化ERKの免疫反応シグナルを検出した。
【0050】
免疫反応シグナルを呈色処理したニトロセルロース膜をデジタルカメラ(リコー社製)で撮影し、得られた画像を対象としてImageJを用いて、免疫反応のシグナル強度を数値化した。
ERKのリン酸化効果を比較するために、抗リン酸化ERK抗体の反応シグナル値を、抗ERK抗体の反応シグナル値(全ERK)で除して得られた値を、各容器について求めたうえで、比較対照のポリスチレン製容器での数値を基準(すなわち1)とした場合の、790R製容器、表面親水化790R製容器、1430R製容器、表面親水化1430R製容器での、それぞれの数値を求めた。
【0051】
図1に示すように、790R製容器及び1430R製容器で培養したCHO細胞内のERK−1のリン酸化活性化は、ポリスチレン製容器で培養したCHO細胞の4倍以上であり、細胞が脂環構造含有重合体と接触することによって、ERK−1のリン酸化が亢進することが示された。
790R製表面を親水化した表面親水化790R製容器と1430R製容器を親水化した表面親水化1430R製容器を用いた培養においても、ポリスチレン製容器を用いた培養に対して2倍のリン酸化亢進が見られた。
【0052】
ERK−2のリン酸化についても、図2に示すように、790R製容器を用いたときは、ポリスチレン製容器を用いたときに対して4倍程度のリン酸化亢進が確認され、1430R製容器を用いたときは、5倍程度のリン酸化亢進が確認された。
また、表面親水化790R製容器、及び表面親水化1430R製容器を用いたときにおいても、ポリスチレン製容器を用いたときに対して2倍のERK−2のリン酸化亢進が見られた。
【0053】
〔実施例5〕
実施例1において、CHO細胞の代わりにVERO細胞を用いたことを除き、実施例1と同様にして790R製容器を用いて培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0054】
〔実施例6〕
実施例5において、790R製容器に代えて1430R製容器を用いたことを除き、実施例5と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0055】
〔比較例2〕
実施例5において、790R製容器に代えてポリスチレン製容器を用いたことを除き、実施例5と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0056】
図3に示されているように、790R製容器で培養したVERO細胞では、ポリスチレン製容器を用いたときに対して、約2倍のERK−1のリン酸化が亢進し、1430R製容器を用いたときは、約2倍以上のERK−1のリン酸化が亢進していることが確認された。
図4に示されているように、ERK−2のリン酸化に関しては、790R製容器又は1430R製容器を用いたときは、いずれも、ポリスチレン製容器を用いたときに対して1.5倍程度の亢進が見られた。
このように、CHO細胞と同様に、VERO細胞も脂環構造含有重合体と接触することによるERKのリン酸化の亢進効果が示された。
【0057】
〔実施例7〕
実施例1と同様の条件で細胞を培養した後、後述する方法によりAKTのリン酸化の分析を行った。
【0058】
〔実施例8〕
実施例7において、790R製容器に代えて1060R製容器を用いたことを除き、実施例7と同様にして培養を行い、AKTのリン酸化の分析を行った。
【0059】
〔比較例3〕
実施例7において、790R製容器に代えてポリスチレン製容器を用いたことを除き、実施例7と同様にして培養を行い、AKTのリン酸化の分析を行った。
【0060】
(AKTのリン酸化の分析)
先に示したERKのリン酸化の分析方法において、抗ERK抗体の代わりに、抗AKT抗体を、また、抗リン酸化ERK抗体の代わりに、抗リン酸化AKT抗体を用いたこと以外は、ERKのリン酸化の分析方法と同様の方法により、細胞内のAKTのリン酸化を分析した。
図5に示されているように、CHO細胞におけるAKTのリン酸化に関しては、790R製容器又は1060R製容器を用いたときは、いずれも、ポリスチレン製容器を用いたときに対して1.5倍程度の亢進が見られた。
【0061】
〔製造例6〕
内径20mm、厚み1mm、長さ18mmのパイレックス(登録商標)製ガラス筒の底面に、1430R製フィルムを加熱接着させ、このものにγ線滅菌処理を施し、培養カップを得た。このカップを「1430R製カップ」という。
〔製造例7〕
製造例6において、1430Rフィルムにあらかじめプラズマ処理を施したこと以外は、製造例6と同様にして表面親水化したカップを得た。このカップを、「表面親水化1430R製カップ」という。
【0062】
〔実施例9〕
1430R製カップに、培地〔Ham培地(ナカライ社製)に終濃度10%の牛胎児血清(Fetal Bovine Serum(FBS))を加えたもの〕を添加して、CHO細胞を細胞密度1.25×10cells/cmで播種し、温度37℃、CO濃度5%に設定したCOインキュベータに入れ、3週間培養した(繰り返し試料数N=3)。
3週間の培養後に、トリプシン処理により細胞を回収し、トリパンブルー(DSファーマ社製)を添加して死細胞を染色して、Thoma型血球計算板(エルマ社製、届出番号13B1X90004000005)を用いて、生細胞数を計数した。
【0063】
〔比較例4〕
実施例9において、培養容器として、ポリスチレン製の12ウェルプレートの各ウェル内に、内径20mm、厚み1mm、長さ18mmのパイレックス(登録商標)製ガラス筒(1430R製カップと同じサイズのガラス筒)を入れたもの(「ポリスチレン製プレート」という)を使用したことを除き、実施例9と同様にして培養し、生細胞数を計数した。
図6に示すように、ポリスチレン製プレートに比較して、1430R製カップは、約1.7倍の生細胞を維持する効果を有することが分かる。
【0064】
〔実施例10〕
実施例9において、CHO細胞に代えてVERO細胞を使用したことと、培地としてMEM培地(ナカライ社製)に終濃度10%の牛血清(Calf Serum(CS))を加えたものを用いたことを除き、実施例9と同様にして1430R製カップを用いて培養し、生細胞数を計数した。
【0065】
〔比較例5〕
実施例10において、1430R製カップに代えてポリスチレン製プレートを用いたことを除き、実施例10と同様にして培養し、生細胞数を計数した。
図7に示すように、CHO細胞と同様にVERO細胞に対しても、ポリスチレン製プレートに比較して、1430R製カップは、約1.7倍の生細胞を維持する効果を有することが分かる。
【0066】
〔実施例11〕
実施例9と同様にして1430R製カップを用いてCHO細胞を3週間培養した後、LDH測定キット(タカラバイオ社製)を用いて培養液中の乳酸デヒロドゲナーゼの酵素活性(LDH活性)を測定することにより、細胞内からの漏洩を調べた。
【0067】
〔実施例12〕
実施例11において、1430R製カップに代えて、表面親水化1430R製カップを用いたこと以外は、実施例11と同様にして細胞を培養し、LDH活性を測定した。
【0068】
〔比較例6〕
実施例11において、1430R製カップに代えて、ポリスチレン製プレートを用いたこと以外は、実施例11と同様にして細胞を培養し、LDH活性を測定した。
【0069】
ポリスチレン製プレートで3週間培養したときの培養液中のLDH活性を1とした場合の、1430R製カップ、及び表面親水化1430R製カップで、それぞれ3週間培養したときの培養液中のLDH活性を算出した。
図8に示すように、表面親水化1430R製カップを用いたときは、ポリスチレン製プレートを用いたときよりも40%程度漏洩物が少なく、1430R製カップを用いたときは、ポリスチレン製プレートを用いたときよりも60%程度漏洩物が少なかった。
【0070】
〔実施例13〕
実施例10と同様にして1430R製カップを用いてVERO細胞を3週間培養した後、LDH測定キット(タカラバイオ社製)を用いて、培養液中のLDHの酵素活性を測定することにより、細胞内からの漏洩を調べた。
〔実施例14〕
実施例13において、1430R製カップに代えて、表面親水化1430R製カップを用いたこと以外は、実施例13と同様にして細胞を培養し、LDH活性を測定した。
【0071】
〔比較例7〕
実施例13において、1430R製カップに代えて、ポリスチレン製プレートを用いたこと以外は、実施例13と同様にして細胞を培養し、LDH活性を測定した。
【0072】
ポリスチレン製プレートで3週間培養したときの培養液中のLDH活性を1とした場合の、1430R製カップ、及び表面親水化1430R製カップで、それぞれ3週間培養したときの培養液中のLDH活性を算出した。
図9に示すように、VERO細胞においては、表面親水化1430R製カップを用いたときは、ポリスチレン製プレートを用いたときよりも20%程度漏洩物が少なく、1430R製カップを用いたときは、ポリスチレン製プレートを用いたときよりも50%程度漏洩物が少なかった。
上記のように、細胞の種類によらず、脂環構造含有重合体成形体の細胞内容物の漏洩の抑制効果が確認された。
【0073】
〔実施例15〕
実施例2において、培養期間を2週間としたこと以外は、実施例2と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0074】
〔実施例16〕
製造例2において、EOG滅菌処理に代えて、γ線滅菌処理を施したこと以外は、製造例2と同様にして培養容器を得た。
この培養容器を用いたこと以外は、実施例15と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0075】
〔実施例17〕
製造例2において、EOG滅菌処理に代えて、蒸気滅菌処理を施したこと以外は、製造例2と同様にして培養容器を得た。
この培養容器を用いたこと以外は、実施例15と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0076】
〔比較例8〕
実施例15において、ベクトンデッキンソン製のFALCON容器(γ線滅菌済み)を用いたこと以外は、実施例15と同様にして培養を行い、ERKのリン酸化の分析を行った。
【0077】
ERKのリン酸化の分析は上記と同様にして行った。
比較対照のFALCON容器を用いたときのp44 ERK、及びp42 ERKの値を100とした相対値として、EOG滅菌処理容器、γ線滅菌処理容器、及び蒸気滅菌処理容器を用いたときの値をそれぞれ求め、p44の活性化の比較を図10に、p42の活性化の比較を図11に示した。
p44 ERKの活性化は、FALCON容器に比較して、1430製容器の方が高い。また、滅菌方法を比較すると、EOG滅菌処理が最も活性が高い結果であることが分かる(図10)。
p42 ERKの活性化においても、FALCON容器に比較して、1430製容器の方が高い。また、滅菌方法を比較すると、EOG滅菌処理が最も活性が高い結果であることが分かる(図11)。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、細胞内シグナル伝達系タンパク質であるERK又はAKTのリン酸化による活性化を、特別の添加因子がなくても亢進することができる。このため、培養細胞の死滅を抑制し、生細胞を維持することができるとともに、死滅細胞を減ずることにより細胞内からの漏洩物が抑制される。
本発明を利用することで、組換え医薬品生産などで細胞培養を利用する際に、細胞を長期間維持できて生産を持続させることができると考えられる。さらに、細胞内成分の漏洩が少ないので、組換え医薬品を精製する工程負荷を少なくすることができ、結果として、生産効率が良くなり、経済性改善に貢献できる。
組換え医薬品製造において、細胞内からの漏洩物がより少なくできるので、医薬品製品から未知の成分の混入リスクを低減でき、副作用リスクも低減することが期待される。
ERKなどの活性化により、細胞の分化が効率よくなることも期待できるので、再生医療などに対して、効率よく、短期間に、目的の細胞を分化誘導することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11