【文献】
堀内昭作、中川昌一、加藤彰宏,ブドウの芽の休眠の一般的特徴,園芸学会雑誌,日本,1981年 2月 6日,Vol.50 No.2,P176〜P184
【文献】
高馬進、北沢昌明,落葉果樹の自発的休眠に関する研究(II)自発的休眠と体内成分消長との関係について,信州大學農学部紀要,日本,1953年 5月30日,Vol.1 No.3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記導管液が、前記低温要求性落葉樹から採取した枝を遠心することによって回収されたものである、;又は、前記低温要求性落葉樹から採取した枝の一方の端を加圧することによって、他方の端から回収されたものである、;又は、前記低温要求性落葉樹から採取した枝の一方の端から吸引することによって、当該一方の端から回収したものである、;請求項1〜10のいずれかに記載の判定方法。
前記判定が、前記導管液と過マンガン酸カリウム溶液とを混合し、当該混合液の呈色反応後の色調から還元糖の含有量を推定して行うものである、請求項1〜11のいずれかに記載の判定方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明は、低温要求性落葉樹の自発休眠覚醒期を判定する方法に関する。
【0016】
〔低温要求性落葉樹〕
本発明の判定方法は、被子植物および裸子植物に属する全ての落葉樹について、導管液中の転流糖の含有量を指標とすることによって、その樹が自発休眠覚醒期に達しているかを判定することが可能となる。
本発明の判定対象となる‘低温要求性落葉樹’とは、いわゆる種子植物に属する植物であって、短日や低温条件によって落葉した後、一定時間の低温に遭遇することにより休眠覚醒する落葉樹を指す。
なお、ここで、種子植物とは、絶滅したシダ種子植物も含まれるが、現生のものでは被子植物と裸子植物を合わせた分類群を指す。
【0017】
ここで、‘低温要求性落葉樹による休眠覚醒’は、下記に列挙した被子植物全般の分類群(ほぼ全ての目や科), および, 裸子植物のイチョウ綱とマツ綱, の落葉樹において、広く普遍的に見られる現象である。
また、裸子植物の‘常緑樹’であるドイツトウヒ(Picea abies)(マツ綱マツ科トウヒ属)を含めて、被子植物の‘常緑樹’の多くの種類においても、落葉はしないものの低温要求性による芽の成長開始現象自体は確認されている。
また、休眠からの芽の発芽現象に関して、被子植物と裸子植物の両方において、Flowering Locus T 遺伝子の相同遺伝子がその制御に関与しており、遺伝子レベルでの普遍性が確認されている(例えば、非特許文献2 (N. Gyllenstrand et al., 2007) 参照)。
これらのことから、被子植物と裸子植物に属する落葉樹の‘低温要求性による休眠覚醒’のメカニズムは、共通する機構によって起こるもの(進化的には共有派生形質である)と認められる。
【0018】
・裸子植物
本発明の判定対象である裸子植物(裸子植物門, Gymnosperms)とは、胚珠がむきだしの雌性生殖器官を有する種子植物の分類群を指す。当該植物群は、現生の植物においては、後述する被子植物と最も系統的に近縁関係にある分類群である。被子植物のような花弁を有さず、風媒によって花粉を散布する。
裸子植物として具体的には、イチョウ綱, ソテツ綱, マツ綱, グネツム綱を挙げることができる。なお、近年の分子系統解析によると、これら4つの分類群は、単一の祖先植物から分かれた分類群であると考えられる(例えば、非特許文献3 (M. Hasebe et al., 1992) 参照)。
なお、裸子植物の中で低温要求性の落葉樹は、現生のものではイチョウ綱のイチョウ(イチョウ科イチョウ属)、マツ綱のカラマツ(マツ科カラマツ属)が知られている。そのため、本発明では、裸子植物の中では、イチョウやカラマツを好適に判定対象とすることができる。
なお、特にイチョウは、銀杏(ぎんなん)の生産が可能であるため、本発明の判定方法の適用対象として有用な落葉樹である。
【0019】
・被子植物
本発明の判定対象である被子植物(被子植物門, Angiosperm)とは、胚珠が心皮で覆われた雌性生殖器官を有する種子植物の一群であり、単一の祖先植物から分岐した分類群を指す。
多くの被子植物では、花粉の虫媒や鳥媒に適応した生殖器官である、いわゆる‘花’をつける特徴を有する。また、一部の被子植物では、種子の鳥・動物散布に適応した果実を形成する特徴を有する。
なお、被子植物の共通祖先植物は、約1億4000万年前(ジュラ紀)に出現したと考えられる。
【0020】
被子植物として、具体的には、真正双子葉類(eudicots)である真正キク類のミズキ目, ツツジ目(カキノキ科, マタタビ科), ガリア目, リンドウ目, シソ目(クマツヅラ科, ゴマノハグサ科, ノウゼンカズラ科, フジウツギ科, モクセイ科), ナス目, セリ目, モチノキ目, キク目, マツムシソウ目(スイカズラ科), の植物を挙げることができる。
また、同じく真正双子葉類である真正バラ類のバラ目(バラ科, クワ科, スグリ科, クロウメモドキ科, アジサイ科), ウリ目, ブナ目(ブナ科, クルミ科等), ニシキギ目(ニシキギ科), マメ目, キントラノオ目(トウダイグサ科), カタバミ目, アブラナ目, アオイ目, ムクロジ目(ムクロジ科, ミカン科), フトモモ目(ミソハギ科), フウロウソウ目, クロッソソマ目, ハマビシ目, フエルテア目, の植物を挙げることができる。
また、同じく真正双子葉類であるが、真正バラ類や真正キク類とは別系統と考えられるユキノシタ目, ブドウ目(ブドウ科), ビワモドキ科, ベルベリドプシス目, ビャクダン目, ナデシコ目, グンネラ目, ヤマグルマ目, ツゲ目, ヤマモガシ目(グミ科), アワブキ科, マツモ目, キンポウゲ目(アケビ科), の植物を挙げることができる。
【0021】
また、上記真正双子葉類とは別系統の分類群である単子葉類(monocots)のショウブ目, オモダカ目, クサスギカズラ目, ヤマノイモ目, ユリ目, タコノキ目, ダシポゴン科, ヤシ目, イネ目, ツユクサ目, ショウガ目, を挙げることができる。
さらには、被子植物の進化系統において、早い時期に分岐したモクレン目(バンレイシ科, モクレン科), クスノキ目, コショウ目, カネラ目, センリョウ目, アウストロバイレヤ目(マツブサ科), スイレン目, アンボレラ目, の植物を挙げることができる。
【0022】
・商業的に有用な果樹や花卉を生産する植物
本発明では、これら被子植物又は裸子植物に属し、且つ、低温要求性の落葉樹であれば、如何なる植物であっても判定対象とすることできる。
また、本発明において特に重要な判定対象となる植物としては、これらのうち、商業的に重要な果実や花卉(特に切り花)の生産が可能である落葉樹を挙げることができる。
【0023】
具体的には、バラ目の属する果樹としては、バラ科のニホンナシ(ナシ属), セイヨウナシ(ナシ属), チュウゴクナシ(ナシ属), リンゴ(リンゴ属), オウトウ[サクランボ](サクラ属), ウメ(サクラ属), スモモ(サクラ属), スピノサスモモ(サクラ属), アンズ(サクラ属), アメリカンチェリー[ブラックチェリー](サクラ属), スミミザクラ(サクラ属), アーモンド(サクラ属), ユスラウメ(サクラ属), モモ(モモ属), カリン(ボケ属), マルメロ(マルメロ属), セイヨウカリン(セイヨウカリン属), ジューンベリー(ザイフリボケ属), キイチゴ(キイチゴ属), ブラックベリー(キイチゴ属), ラズベリー(キイチゴ属), を挙げることができる。
【0024】
また、他のバラ目に属する果樹としては、クワ科のクワ(クワ属), イチジク(イチジク属)、;スグリ科のカシス[クロスグリ](スグリ属), スグリ[グーズベリー](スグリ属), フサスグリ[レッドカラント](スグリ属)、;クロウメモドキ科のナツメ(ナツメ属), を挙げることができる。
【0025】
また、ブナ目に属する果樹としては、ブナ科のクリ(クリ属), ;クルミ科のクルミ(クルミ属), ペカン(クルミ属), を挙げることができる。
また、フトモモ目に属する果樹としては、ミソハギ科のザクロ(ザクロ属), を挙げることができる。
また、ムクロジ目に属する果樹としては、ミカン科のサンショウ(サンショウ属), ;ムクロジ科のブンカンカ(ブンカンカ属), を挙げることができる。
また、キントラノオ目に属する果樹としては、トウダイグサ科のナンヨウアブラギリ(ナンヨウアブラギリ属), を挙げることができる。
また、ブドウ目に属する果樹としては、ブドウ科のブドウ(ブドウ属), を挙げることができる。
【0026】
また、ツツジ目に属する果樹としては、ツツジ科のブルーベリー(スノキ属), ビルベリー(スノキ属), クランベリー(スノキ属), コケモモ(スノキ属), ;カキノキ科のカキ(カキノキ属), ;マタタビ科のキウイフルーツ(マタタビ属), サルナシ(マタタビ属), を挙げることができる。
また、マツムシソウ目に属する果樹としては、スイカズラ科のハスカップ(スイカズラ属), を挙げることができる。
また、ヤマモガシ目に属する果樹としては、グミ科のグミ(グミ属), を挙げることができる。
また、キンポウゲ目に属する果樹としては、アケビ科のアケビ(アケビ属), を挙げることができる。
また、モクレン目に属する果樹としては、バンレイシ科のバンレイシ(バンレイシ属), ポポー(ポポー属), を挙げることができる。
また、アウストロバイレヤ目に属する果樹としては、マツブサ科のマツブサ(マツブサ属), を挙げることができる。
また、裸子植物に属する果樹としては、イチョウ綱のイチョウ(イチョウ科イチョウ属), を挙げることができる。
【0027】
一方、鑑賞用花卉の生産に用いる落葉樹としては、特に以下のバラ目のものを挙げることができる。
具体的には、バラ科のサクラ(サクラ属), ウメ(サクラ属), モモ(モモ属), セイヨウスモモ(サクラ属), ユキヤナギ(シモツケ属), ボケ(ボケ属), ;アジサイ科のアジサイ(アジサイ属), を挙げることができる。
【0028】
・バラ科落葉樹
上記のように、本発明における特に重要な判定対象としては、商業的に重要な果樹や花卉の生産に適した種類を多く含む、バラ科植物を挙げることができる。
バラ科植物とは、具体的には、バラ亜科(バラ属, キイチゴ属, ヤマブキ属等)、シモツケ亜科(シモツケ属, ヤナギザクラ属等)、ナシ亜科(ナシ属, リンゴ属, ビワ属等)、サクラ亜科(サクラ属等)に属する植物から構成される分類群である。
これらのうち、本発明では、これらの落葉樹の果実(又は種子)の栽培種に対して、特に好適に適用することができる。
【0029】
特に、本発明の判定対象が好適に適用できる樹としては、ナシ属(Pyrus)に属する果樹を挙げることができる。
ナシ属としては、例えば、P.pyrifolia var. culta(ニホンナシ), P.pyrifolia var. pyrifolia(ヤマナシ), P.communis(セイヨウナシ), P.bretschneideri(チュウゴクナシ), P.ussuriensis var. aromatica(イワテヤマナシ), P.ussuriensis var. hondoensis(アオナシ), P.calleryana(マメナシ), P.betulifolia(マンシュウマメナシ), P.amygdaliformis(Almond Pear)などを挙げることができる。
また、これらのうちでも本発明の判定対象としては、特に、P.pyrifolia(ニホンナシ, ヤマナシ)に属する果樹の判定に好適な利用が想定される。なお、当該種に属するいずれの品種についても(例えば、幸水, 豊水, 二十世紀, ゴールド二十世紀, 新高, 新興, 南水, 長十郎, 愛宕, 菊水, 晩三吉などを挙げることができる)、本発明によって判定が可能である。
【0030】
〔自発休眠覚醒期〕
本発明の判定対象となる落葉樹は、低温要求性の木本性植物(樹木)である。低温要求性とは、中〜高緯度帯において自発休眠期に入った樹が、休眠覚醒期に達するために一定期間以上の低温遭遇の蓄積が必要な性質を指す。
なお、低温遭遇の蓄積として必要な温度や期間は、植物種によって必要とされる温度に若干の相違が認められる。
例えば、ニホンナシの場合、必要な低温温度は9℃以下と認められる。
【0031】
ここで‘自発休眠覚醒期’とは、芽が十分に開花又は出葉する能力を獲得した発育ステージを指す。
具体的には、樹(又は枝)を25℃, 12時間日長の条件で21日間の恒温栽培(切枝を水に挿した状態での恒温処理を含む)をした際に、50%以上の芽の鱗片が弛み緑色を呈した状態(萌芽率50%以上の状態)になっている場合、当該樹(又は枝)は、確実に自発休眠覚醒期(芽が十分に開花又は出葉する能力を獲得した発育ステージ)に達していると認められる。
なお、ニホンナシの場合では、25℃で恒温栽培した際に樹(又は枝)の70%以上の花芽(葉芽を含まない)が開花する能力を獲得した発育ステージと定義される(例えば、非特許文献1 参照)。
【0032】
ここで、一定以上の低温遭遇によって‘自発休眠覚醒期’に達した樹(又は枝)に対して人為的に加温栽培や被覆栽培した場合、芽は速やかに萌芽し、ほとんどを開花又は出葉させることが可能となる。
一方、まだ‘自発休眠期’にある樹では、芽が開花又は出葉する能力を十分に獲得していない発育ステージにある。そのため、自発休眠期にある樹(又は枝)を、人工的に加温栽培や被覆栽培したとしても、萌芽には長い日数を要し、多くの芽が開花せず出葉しても十分に生育させることができない。
【0033】
〔導管液中の転流糖含有量〕
導管液中の転流糖を構成する糖分子の種類や組成は、植物の種類によって異なる。
【0034】
ここで‘転流糖’とは、葉で光合成された光合成産物(グルコース等)や、貯蔵組織に蓄積された糖類(デンプン等)を基にして合成される糖分子であって、篩管や導管を通じて植物体全体や他の器官に輸送する際に用いられる糖分子を指す。
具体的な転流糖としては、スクロース, グルコース, ソルビトール, マンニトール, ラフィノース, スタチオース, フラクトース, ガラクトース, ミオイノシトール等を挙げることができる。
【0035】
本発明においては、‘転流糖含有量’として、(i) 転流糖を組成する全ての糖分子の含有量(即ち、転流糖を組成する全糖の総含有量)を指標とすることで、最も感度良く自発休眠覚醒期に達したかを判定することが可能となる。即ち、当該、導管液中の全糖含有量を指標とする方法は、本発明において最も好適な態様である。
また、(ii) 転流糖を組成する主成分となる糖分子の含有量(主要糖の含有量)を指標とした場合も、精度良い判定が可能となり好適である。
なお、(iii) 転流糖を組成する主成分以外の糖分子の含有量(主要糖以外の糖の含有量)を指標とすることも可能である。好ましくは転流糖を組成する糖のうち、2番目に含有率が大きい糖分子を挙げることができる。但し、組成比率が小さい糖を指標とした場合、糖含有量の動態変動が小さく、判定が困難な場合も想定される。
【0036】
・被子植物における転流糖
被子植物のほとんどの種類の植物では、転流糖の主要糖はスクロースである。また、主要糖でない場合でも、転流糖を組成する糖の中で大きな割合を占める。
従って、被子植物に属する落葉樹のほぼ全ての種類では、導管液中のスクロース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
【0037】
・バラ科の転流糖
バラ科植物(Rosaceae)の場合、転流糖の主要糖はソルビトールである。従って、当該植物の落葉樹の場合、ソルビトール含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
また、当該植物の転流糖には、他にもスクロースやグルコースが含まれる。精度は落ちるものの、スクロースやグルコースを指標としても自発休眠覚醒期を判定することも可能である。
【0038】
・モクセイ科, クマツヅラ科の転流糖
モクセイ科植物(Oleaceae), クマツヅラ科植物(Verbanaceae)では、マンニトールとスタチオースを転流糖の主要糖として生成する。従って、これらの植物の落葉樹の場合、マンニトールやスタチオース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
また、これらの植物の転流糖には、他にもラフィノースやスクロースが含まれる。精度は落ちるものの、ラフィノースやスクロースを指標としても自発休眠覚醒期を判定することも可能である。
【0039】
・ニシキギ科の転流糖
ニシキギ科植物(Celastraceae)では、ガラクトースを主要な転流糖として生成する。従って、当該植物の落葉樹の場合、ガラクトース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
また、当該植物の転流糖には、他にもスタチオースやスクロースが含まれる。精度は落ちるものの、スタチオースやスクロースを指標としても自発休眠覚醒期を判定することも可能である。
【0040】
・ゴマノハグサ科の転流糖
ゴマノハグサ科植物(Scrophulariaceae)に属するキリ(桐)(Paulownia tomentosa)では、スクロースとスタチオースを転流糖の主要糖として生成する。従って、当該植物の場合、スクロースやスタチオース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
また、当該植物の転流糖には、他にもラフィノースが含まれる。精度は落ちるものの、ラフィノースを指標としても自発休眠覚醒期を判定することも可能である。
【0041】
・ノウゼンカズラ科, フジウツギ科の転流糖
ノウゼンカズラ科植物(Bignoniaceae), フジウツギ科植物(Buddleiaceae)では、スタチオースを転流糖の主要糖として生成する。従って、当該植物の場合、スタチオース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
また、当該植物の転流糖には、他にもスクロースやラフィノースが含まれる。精度は落ちるものの、これらの糖を指標としても自発休眠覚醒期を判定することも可能である。
【0042】
・マタタビ科の転流糖
マタタビ科植物(Actinidiaceae)であるキウイフルーツ(Actinidia deliciosa), サルナシ(Actinidia arguta)等では、スクロースの他にもミオイノシトールを転流糖として生成する。従って、当該植物の場合、ミオイノシトールやスクロース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
【0043】
・イチョウ綱植物の転流糖
裸子植物のイチョウ綱植物のイチョウでは、転流糖の主要糖はグルコースである。従って、当該植物の場合、グルコース含有量を指標とすることで、自発休眠覚醒期に達しているかの判定を行うことが可能となる。
また、当該植物の転流糖には、他にもフラクトースやスクロースが含まれる。精度は落ちるものの、フラクトースやスクロースを指標としても自発休眠覚醒期を判定することも可能である。
【0044】
〔判定指標〕
本発明において、導管液中の転流糖の含有量を指標とするとは、一定範囲の低い値で推移していた転流糖含有量の値が、急激に上昇することを指標とするものである。
【0045】
(1) 本発明の判定について、具体的には、転流糖全糖の総含量又は転流糖主要糖の含有量が、21mg/mL以上, 好ましくは22mg/mL以上, さらには23mg/mL以上, さらには24mg/mL以上, さらには25mg/mL以上, である場合には、当該含有量の値のみ(1回だけの測定)をもって、自発休眠覚醒期に達したと判定することができる。
【0046】
(2) また、転流糖全糖の総含量が、上記(1)に記載の値未満であっても、以下の(A)及び(B)の条件を両方とも満たす場合に、自発休眠覚醒期に達したと判定することができる。
具体的には、転流糖全糖の総含量が、17mg/mL以上, 好ましくは18mg/mL以上, さらには19mg/mL以上, さらには20mg/mL以上, である条件(A)、;および、転流糖含有量が、萌芽率0%の時期における転流糖含有量に比べて2倍以上, 好ましくは2.5倍以上, さらには3倍以上である条件(B)、;の両方を満たす場合に、自発休眠覚醒期に達したと判定することができる。
【0047】
(3) また、転流糖全糖の総含量が、上記(1)及び(2)に記載の値未満であっても、以下の(D)及び(E)の条件を両方とも満たす場合に、自発休眠覚醒期に達したと判定することができる。
具体的には、転流糖全糖の総含量が、6mg/mL以上, 好ましくは6.5mg/mL以上, さらには7mg/mL以上, さらには8mg/mL以上, である条件(D)、;および、転流糖含有量が、萌芽率0%の時期における転流糖含有量に比べて3倍以上, 好ましくは4倍以上, さらには5倍以上である条件(E)、;の両方を満たす場合に、自発休眠覚醒期に達したと判定することができる。
【0048】
ここで、上記判定の具体的な類型を示す。
本発明の判定では、例えば、(i) 導管液中の転流糖の全糖含有量が極めて低い(例えば1mg/mLである)場合には、芽の発育ステージがまだ自発休眠期にあると判定することができる。
また、(ii) 導管液中の転流糖の全糖含有量がある程度高い(例えば10mg/mLである)場合でも、萌芽率0%の時期における含有量に比べて上昇していない場合には、芽の発育ステージがまだ自発休眠期にあると判定することができる。
【0049】
一方、(iii) 導管液中の転流糖の全糖含有量がある程度高い(例えば10mg/mLである)場合であり, 且つ, 萌芽率0%の時期における含有量に比べて所定以上(例えば3倍以上)に上昇している場合には、芽の発育ステージが自発休眠覚醒期に達していると判定することができる。
また、(iv) 導管液中の転流糖の全糖含有量が極めて高い(例えば25mg/mLである)場合には、芽の発育ステージが自発休眠覚醒期に達していると判定することができる。
【0050】
なお、当該判定の原理は、低温要求性落葉樹における導管液中の転流糖含有量が、(i) 自発休眠にある時は低い値で推移し、(ii) 自発休眠覚醒期に達する時期と一致して急上昇する、という現象に基づくものである。
ここで、転流糖含有量が急上昇する時期は、DVIモデル(地域の温度データから生育状況を推定するモデル:非特許文献1 参照)が確立している植物においては、当該値が1.0に達する時期(=自然状態においてその地域の対象樹木の多くが自発休眠覚醒期に達したと推定される時期)とも一致する。
なお、覚醒発芽後は、芽の発芽成長のために代謝により糖が消費されるため、転流糖含有量は減少傾向に転じる。
【0051】
〔導管液の採取〕
本発明において、導管液中転流糖含有量を測定する方法としては、導管液を採取する必要がある。
【0052】
・採取部位
ここで、導管液の採取する部位としては、如何なる部位でも採用することができる。枝、幹、根、など如何なる部分から採取してもよい。特には、‘枝’から採取することが好ましく、伐採や剪定した枝を好適に用いることができる。
なお、厳密には測定した転流糖含有量は、測定したその枝の休眠ステージを示すものであるが、樹木全体で転流糖含有量に大きな差異は見られない。
従って、本発明においては、樹木のいずれの部位の枝であっても、樹木全体の休眠ステージの判定に用いることが可能である。
【0053】
また、枝を用いて確実に転流糖含有量の上昇期に入っているかを判定するためには、枝の半分くらいから先側の部分(特には枝先側の部分)から、導管液を採取することが望ましい。枝先側部分は、幹側部分に比べて、転流糖含有量の上昇が遅れて起こるため、より確実に休眠ステージを判定できるからである。
【0054】
・採取方法
導管液を採取する方法としては、如何なる方法も採用することができる。例えば、注射針等を直接枝等に穿孔して採取する方法を採用することができるが、好ましくは、導管が筒状形状の管であることを利用して、以下に詳述する遠心法、加圧法、吸引法等を採用することが好適である。
【0055】
特に本発明においては、簡易迅速に導管液を回収する方法として、遠心によって枝の導管からの液を回収する方法を採用することができる。
具体的には、対象の樹から採取した枝を細断して、容器(例えば遠心管、コニカルチューブ等)に立てるように(枝と遠心力のかかる角度が鋭角又は垂直になるように)入れ、50×g以上の遠心力で遠心する方法を採用することができる。また、遠心力の上限値としては組織が壊れない範囲であれば良いが、例えば10,000×g以下を挙げることができる。なお、実際の操作を踏まえると、500〜5,000×gの範囲が実質的な範囲であり好適である。
当該遠心処理は、遠心が可能であれば如何なる機器や装置を用いることができ、通常の遠心分離機は勿論のこと、例えば、家庭用の洗濯機の脱水モードなどを利用することも可能である。
また、遠心管にひも等を付けて、ひもを持って人力で振り回すことによっても上記遠心力を得ることが可能である。具体的には、遠心管に遠心半径が50cm以上、好ましくは80cm以上となるようにひもを付けて振り回すことで、上記導管液を回収するのに必要な遠心力(g)を得ることが可能である。
例えば、遠心管の開口部に近い部分に2つ以上の穴をあけてひもを通して、遠心管とひもが輪になった形状のものを用いることができる。
また、遠心管を装脱着可能なアダプターにひもを取り付けた形状のものを使用することもできる。
【0056】
当該遠心では、細胞等は破砕されることがないため、導管(筒状の管)中の液体のみを、容器の底に回収することが可能となる。
ここで枝の細断としては、通常に(例えば3cm以上の長さで)細断すればよいが、細胞が破砕されるくらい細かく細断する処理を行った場合、液胞中の液体や原形質が混入し、以下の測定に供する上で好適でない。また、粉砕や磨砕処理を行うことも細胞が破砕されるため好適でない。
なお、長さの上限としては特に制限はないが、遠心管に入る長さであれば問題ないが、例えば20cm以下, 好ましくは15cm以下, さらには13cm以下を挙げることができる。
【0057】
・加圧法
また、上記遠心法以外に導管液を簡易に採取する方法としては、採取した枝の一方の端を加圧することによって、他方の端から導管液を回収する方法を採用することができる。
具体的には、枝の両端を細断した枝の一方の端にチューブ等を接続し、当該チューブ等を介して圧縮空気を送り込み、他方(反対)の端から導管液を押出して回収する方法を挙げることができる。
ここで加圧する手段としては、如何なる方法でも良いが、例えばプレッシャーチャンバー、空気入れ、シリンジ等を利用して圧縮空気を送ることができる。
【0058】
・吸引法
また、加圧法とは逆に、採取した枝の一方の端を吸引(減圧)することによって、当該一方の端から回収する方法を採用することができる。
具体的には、枝の両端を細断した枝の一方の端にチューブ等を接続し、当該チューブ等を介して吸引し、当該一方の端から導管液を吸引して回収する方法を挙げることができる。
ここで吸引(減圧)する手段としては、如何なる方法でも良いが、例えばシリンジ、アスピレーター、掃除機等を利用して、吸引することができる。
【0059】
上記採取した導管液は、そのまま分析に供することによって転流糖含有量を測定することが可能である。
例えば、ペーパークロマトグラフィー, 薄層クロマトグラフィー, 高速液体クロマトグラフィー, ガスクロマトグラフィー, キャピラリー電気泳動等を用いて分画し、これらに質量分析機, 電気化学検出器, エバポレイト光散乱検出器などを接続して、定量することで、全糖含量および各種糖類の含有量の測定が可能となる。
そして、測定した含有量の値を指標として、上記のように芽の発育ステージを判定することができる。
【0060】
〔簡易測定法〕
さらに本発明では、転流糖含有量と相関する他の値を指標として、より簡易迅速に自発休眠覚醒期を判定することが可能である。例えば、以下の方法を採用することができる。
【0061】
・Brix指示値を指標とする方法
本発明では、導管液のBrix指示値を指標として、自発休眠覚醒期を判定することが可能である。
Brix指示値は、溶液の屈折率が固形分濃度によって変化する性質を利用して、溶液に含まれる固形分の総量を表す値(度、%)である。
落葉樹の導管液成分においては、転流糖の占める割合が非常に高いため、Brix指示値と転流糖含有量は、非常に高い相関関係(傾きが直線となる一次関数の関係)を示す。
【0062】
本発明では、当該原理を利用して、Brix指示値から転流糖含有量を推定し、自発休眠覚醒期の判定を行うことができる。
なお、本発明において、自発休眠覚醒期に達したと判定可能なBrix指示値の指標は、
図4に示す測定結果を参考にして求めることができる。
例えば、転流糖の主要糖がソルビトールであるニホンナシの場合、ソルビトール含有量10mg/mLに相当するBrix指示値は約1.3であり、ソルビトール含有量20mg/mLに相当するBrix指示値は約2.3である。
【0063】
なお、当該判定において指標となるBrix指示値は、屈折計を用いることで測定可能であるが、飲料の糖度を測定するための簡易的な屈折計や糖度計を用いても測定できる。
【0064】
・全有機炭素含有量を指標とする方法
本発明では、導管液の全有機炭素(TOC)の含有量の値を指標として、自発休眠覚醒期を判定することが可能である。
TOC含有量は、全有機物の炭素の含有量を示す値であるが、落葉樹の導管液成分においては、転流糖の占める割合が非常に高いため、TOC含有量と転流糖含有量は、非常に高い相関関係(傾きが直線となる一次関数の関係)を示す。
【0065】
本発明では、当該原理を利用して、TOC含有量から転流糖含有量を推定し、自発休眠覚醒期の判定を行うことができる。
なお、当該判定において指標となるTOC含有量の値は、2mg/mL以上の有機態炭素を検出定量できる測定キットや装置であれば、如何なるものを用いても測定可能である。即ち、簡易測定キットを用いた判定が可能である。
【0066】
・KMnO
4溶液の呈色色調を指標とする方法
本発明では、転流糖の主成糖が還元糖である, 又は, 転流糖の組成糖として還元糖を多く含む落葉樹に対しては、過マンガン酸カリウム(KMnO
4)溶液と一定割合で混和し、呈色反応後の色調の違いによって還元糖含有量を推定し、自発休眠覚醒期を判定する方法を採用することができる。
KMnO
4溶液は、酸化還元反応用滴定剤の一つであり、被酸化性物質の定量に有効な試薬である。そのため、被酸化性物質である還元糖の多寡を簡易測定することができる。
なお、当該原理は、KMnO
4と還元糖の呈色反応後の色調が、還元糖が少ない場合は褐色を呈し、還元糖が多くなるにつれて褐色, 赤, 赤橙, 橙を呈する性質を利用したものである。
なお、ここで転流糖に組成される還元糖としては、ソルビトール, グルコース, マンニトール, ガラクトース, フラクトース等を挙げることができる。特には、含有量との関係から、ソルビトール, グルコースを好適に対象とすることができる。
【0067】
本発明では、比色による自発休眠覚醒期の判定を容易にするために、還元糖含有量が5〜30mg/mL, 好ましくは5〜25mg/mL, さらには10〜20mg/mL, の導管液を判定に供した際に、赤から赤橙を呈するようにすることが望ましい。
例えば、導管液との混合後のKMnO
4の終濃度が0.75〜6%、好ましくは1〜5%、さらに好ましくは2.25〜4.5%となるように、KMnO
4溶液を混合する方法を採用することができる。
また、より正確に判定するためには、透明容器中の当該混合液の背景を白色として、比色表(「KMnO
4と還元糖の呈色反応後の色調」と「還元糖含有量」の相対関係を示したカードや紙)と対比して、判定することが望ましい。
【0068】
・簡易測定キット
本発明では、KMnO
4溶液と還元糖の呈色原理を利用することで、栽培現場において誰でも容易に実施可能な自発休眠覚醒期判定キットを提供することが可能となる。
例えば、(a) KMnO
4溶液をストックとして封入した容器(試薬ボトル)、(b) 透明又は半透明の呈色反応をさせる容器(例えば、ガラス, ポリエチレン, ポリエチレンテレフタレート, ポリスチレン, ポリプロピレン等の容器)、(c) 「KMnO
4と還元糖の呈色反応後の色調」と「導管液中の還元糖含有量」の相対関係を示した比色表、を一つに梱包した「自発休眠覚醒期判定キット」を提供することができる。
さらに、(d) 導管液の採取に必要な器具(例えば、シリンジ, チューブ, ひも付き遠心管用アダプター等)を一緒にキットに梱包させることもできる。
当該キットを用いることで、透明容器にKMnO
4溶液を所定量入れ、そこに採取した導管液を所定量加えて混合して比色表と対比するだけで、その場で即座に自発休眠覚醒期の判定を行うことが可能となる。
【0069】
また、当該キットの態様としては、前記(a)及び(b)を一つにした態様も採用できる。具体的には、栓や蓋のある透明又は半透明な容器(好ましくパックテスト容器)に、KMnO
4溶液を予め封入した態様が可能である。
当該キットでは、直接導管液をKMnO
4溶液に直接添加混合し、比色表と対比する操作のみで、自発休眠覚醒期の判定を行うことが可能となる。
【実施例】
【0070】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0071】
〔実施例1〕『DVI値と導管液中ソルビトール含有量との関係』
露地栽培におけるニホンナシ成木について、自発休眠期から休眠覚醒期に当たる時期の転流糖含有量の主成分(ソルビトール)の経時変化を測定し、気候における温度的指標となるDVI値との相関を調べた。
【0072】
(1) 導管液中ソルビトール含有量の測定
果樹研究所圃場植栽のニホンナシ(品種:幸水)成木から枝を採取し、5〜10cm程度に切断して遠心管に入れ、3000rpm(1,000×g)で10分間遠心した。枝から遠心管に得られた液を導管液として回収した。
得られた導管液について、液体クロマトグラフィーにより‘ソルビトール含有量’を測定した。
当該測定は、2008〜2010年の3年度にわたり、自発休眠期から休眠覚醒期に当たる10月から翌年2月にかけて継時的に行った。
そして、つくば市のアメダスデータを利用して、採取地点を含むエリアでの‘DVI値’(温度データから予測される花芽の発育ステージを表す指標)を算出し、導管液中のソルビトール含有量との相関を調べた。結果を
図1に示す。
【0073】
(2) 結果
ここで‘DVI値が1.0に達した時’とは、‘花芽が自発休眠覚醒期に達した時期’として定義される時期である(非特許文献1 参照)。なお、2008年度, 2009年度, 2010年度のつくば市において、DVI値が1.0に達した日はそれぞれ12月26日, 12月25日, 12月27日であった。
上記測定の結果、導管液中のソルビトール含有量は、DVI値が1.0未満の時期迄(12月中旬迄)は低く保たれていたが、DVI値が1.0を超えた時期(12月下旬)から急激に上昇し、高いレベルで推移することが明らかになった(
図1 参照)。また、当該現象は、調査したいずれの年度(2008〜2010年度)においても確認された。
これらのことから、‘導管液中ソルビトール含有量が急上昇する時期’と‘自発休眠覚醒期に達する時期’が、極めて良く一致することが示唆された。
【0074】
〔実施例2〕『枝の部位の違いによるソルビトール含有量の相違』
一つの枝の部位によって、ソルビトール含有量の変化に影響が生じるかを検討した。
【0075】
(1) 導管液中ソルビトール含有量の測定
2010年度にニホンナシ(品種:幸水)から採取した枝(約100cm)を枝先部, 中間部, 幹側部に三等分し、実施例1と同様にして導管液中の‘ソルビトール含有量’を測定した。
当該測定は、自発休眠期から休眠覚醒期に当たる11月から翌年2月にかけて継時的に行った。結果を
図2に示す。
【0076】
(2) 結果
その結果、枝のいずれの部位を用いた場合であっても、DVI値が1.0に達した時期を境に、導管液中ソルビトール含有量が急激に上昇し、高いレベルで推移することが示された(
図2 参照)。即ち枝先部, 中間部, 幹側部のいずれの部位でも、本発明のソルビトール含有量の測定に使用できることが示された。
但し、枝の幹側部では、枝先部, 中間部よりもソルビトール含有量の上昇が急であった。一方、枝先部では、中間部, 幹側部よりもソルビトール含有量の上昇が緩やかであった。
このことから、確実に休眠覚醒時期を判定するには、ソルビトール含有量の上昇が緩やかな枝の中間部より先(特には枝先部)を用いることが望ましいと考えられた。
【0077】
〔実施例3〕『自発休眠覚醒期と導管液中ソルビトール含有量との関係』
自発休眠覚醒期に達するかどうかの違いによって、導管液中ソルビトール含有量が変化するかを実際に検証した。
【0078】
(1) 導管液中ソルビトール含有量の測定及び萌芽到達日数の算出
2010年度にニホンナシ(品種:幸水)の1年生ポット苗4樹を、果樹研究所圃場にて通常の露地栽培を行った。
栽培期間において、自発休眠期から休眠覚醒期に当たる10月から翌年2月にかけて、(i) DVI値が0.8の時期(自然状態で自発休眠覚醒期に達していない時期)、及び、(ii) DVI値が1.2の時期(自然状態で自発休眠覚醒期に達している時期)に、ポット苗2樹ずつから枝を採取し、実施例1と同様にして導管液中の‘ソルビトール含有量’を測定した。
また、枝を採取した後、当該ポット苗(枝を採取した樹と同一の樹)を回収し、‘萌芽到達日数’を調べた。萌芽到達日数は、回収したポット苗を15℃の人工気象室で栽培した際に、90%の腋花芽が萌芽する(腋花芽の鱗片が弛み緑色を呈した状態になる)迄の日数として算出した。また、萌芽した花芽の開花状況も観察した。これらの結果を表1に示した。
【0079】
(2) 結果
その結果、DVI値が0.8の時に回収した樹では、萌芽到達に40日以上を要し、多くの腋花芽が開花せず、自発休眠覚醒期に達していない(自発休眠が不十分である)ことが示された。当該ポット苗回収時の導管液中ソルビトール含有量は7.4mg/mLと低い値であった。
それに対して、DVI値が1.2の時に回収した樹では、萌芽到達日数が僅か23日であり、ほとんどの腋花芽が開花し、自発休眠覚醒期に達している(自発休眠覚醒が十分である)ことが示された。当該ポット苗回収時の導管液中のソルビトール含有量は40.0mg/mLと極めて高い値であった。
この結果から、自発休眠覚醒期に達したナシでは、当該期間に達する前に比べて、‘導管液中のソルビトール含有量’が大幅に上昇していることが実証された。
【0080】
【表1】
【0081】
〔実施例1〜3の総括〕
ナシの導管液中ソルビトール含有量は、萌芽が自発休眠期にある時は低く維持されていたが、自発休眠覚醒期に達する時期と一致して飛躍的に急上昇することが明らかになった。
当該知見から、導管液中ソルビトール含有量の値や上昇度合いを指標として、各樹単位での自発休眠覚醒期の判定が可能であることが示された。
【0082】
〔実施例4〕『導管液中ソルビトール含有量の簡易測定法の検討1』
酸化還元反応用滴定剤の一つである過マンガン酸カリウム(KMnO
4)溶液は、被酸化性物質の定量に有効な試薬である。そこで、KMnO
4溶液を用いて、還元糖であるソルビトールの多寡を簡易測定できるかを検討した。
【0083】
(1) KMnO
4溶液による呈色
実施例1で採取した2010年度の各導管液について、導管液: KMnO
4溶液=3:1となるように混和し(KMnO
4の最終濃度:2.25%)、混合液の呈色反応後の色調を観察した。結果を
図3に示した。また、呈色色調とソルビトール含有量との相関、自発休眠覚醒の有無の判定を表2に示した。
なお、2010年度のDVI値が1.0に達した時期は、12月27日であった。
【0084】
(2) 結果
その結果、混合液の呈色色調は、自発休眠覚醒期に達する前の12月24日及びそれ以前の導管液では褐色(還元糖含有量が少ない場合の色調)を呈した。一方、自発休眠覚醒期に達している1月4日及びそれ以降の導管液では、赤橙〜橙(還元糖含有量が多い場合の色調)を呈した。
当該褐色から赤橙への呈色反応の色調変化は、ソルビトール含有量の増加と一致するものであった。
このことから、導管液とKMnO
4溶液との混合液の色調を調べることで、腋花芽が自発休眠覚醒期にあるかを判定できることが示された。
【0085】
【表2】
【0086】
〔実施例5〕『導管液中ソルビトール含有量の簡易測定法の検討2』
溶液中の溶質全含量を簡易測定できるBrix指示値を用いて、導管液のソルビトール含有量を簡易測定できるかを検討した。
【0087】
(1) Brix指示値による測定
実施例1で採取した2010年度の各導管液について、Brix糖度計を用いて、導管液のソルビトール含有量と導管液のBrix指示値との関係を調べた。結果を
図4に示した。
【0088】
(2) 結果
その結果、導管液のBrix指示値とソルビトール含有量とは、一次関数で示される関数で表すことが可能であり、非常に高く相関することが示された。このことから、Brix指示値を測定することによって、ソルビトール含有量及び自発休眠時期の判定が可能であることが示された。
【0089】
〔実施例6〕『導管液の簡易回収方法の検討』
遠心分離機を使用せずに、現場にて簡易に導管液を回収できる方法を検討した。
【0090】
遠心管として、コニカルチューブ(50mL)の蓋に近い側に穴を2つ開けて約160cmひも(果樹の整枝・剪定の際に使用する麻ひも)を通して結び、輪になった部分を持って振り回せるようにしたもの(振り回した際の遠心半径が約80cmのひも付き遠心管)を用意した。
果樹研究所圃場植栽のニホンナシ(品種:幸水)成木から枝を採取し、7〜10cm程度に切断した枝5本をコニカルチューブに入れた。
ひもの先を持って、150rpmの回転数で1分間振り回したところ、チューブの底に約0.5mL(上記測定に供するのに十分な量)の導管液が回収できることが確認された。
当該結果から、栽培現場において、特別な機器を一切用いることなく、即座に簡易に導管液を回収できることが示された。
【0091】
〔実施例7〕『各種低温要求性落葉樹への応用』
上記実施例において、自発休眠覚醒期の判定指標となる導管液中のソルビトールは、バラ科植物における転流糖の主要糖である。
そこで、他の低温要求性落葉樹においても、導管液中の転流糖含有量の値や上昇度合いを指標として、自発休眠覚醒期の判定が可能であるかを検証した。
【0092】
(1) 導管液中の糖含有量の測定
上記実施例で調査対象としたバラ科ナシ属のニホンナシ(品種:幸水)に加えて、ナシと同じバラ科に属する低温要求性落葉樹であるリンゴ属のリンゴ(品種:ふじ), モモ属のモモ(品種:あかつき)、;バラ科とは転流糖の種類が異なるカキノキ科カキノキ属のカキ(品種:愛宕)、;さらには、被子植物以外の植物として裸子植物イチョウ綱のイチョウ(品種:久寿)、;を対象にして調査を行った(
図5 参照)。
【0093】
これら5種類の低温要求性落葉樹(いずれも果樹研究所圃場植栽)の成木について、各植物の自発休眠期から休眠覚醒期に当たる時期にかけて、約3週間の間隔で継時的に枝を採取した。
採取した枝を5〜10cm程度に切断して遠心管に入れ、3000rpm(1,000×g)で10分間遠心することで、遠心管の底に溜まった導管液を回収した。
得られた導管液について、カートリッジカラムで精製を行った後、HPLCにて全糖含有量を測定した。また、各植物の転流糖の主要糖の含有量も測定した。
なお、ここで転流糖の主要糖は、バラ科植物であるニホンナシ, リンゴ, モモではソルビトール、カキノキ科植物であるカキではスクロース、裸子植物のイチョウではグルコースであった。測定結果を
図7に示した。
【0094】
(2) 萌芽率の算出
上記採取した枝の一部は、先端部分を含むように10〜30cm程度に切断して、切断部を水に挿し、人工気象器内にて25℃, 12時間日長の条件にて、21日間の加温処理(恒温処理)を行った。
加温処理後、枝が有する全ての芽のうち、鱗片が弛み緑色を呈した状態に到達した芽(
図6に示す萌芽ステージが4以上の芽)の割合を算出し、萌芽率とした。
ここで、萌芽率が0.5(50%)以上の場合、萌芽処理に供した枝は、自発休眠覚醒期に確実に達している時期と判断できる。
なお、ここでの芽としては、バラ科植物(ニホンナシ, リンゴ, モモ)では花芽を、それ以外の落葉樹(カキ, イチョウ)では、葉芽を対象とした。
算出した萌芽率の値を、
図7に示した。
【0095】
(3) 結果
・転流糖主要糖の含有量
その結果、調査した5種類の低温要求性落葉樹の全てにおいて、芽の萌芽率が0(0%)と低く維持されていた時期(自発休眠期にある時期)は、転流糖主要糖の含有量も低く維持されていた。
ところが、その後、芽の萌芽率が急上昇する時期と一致して、転流糖主要糖の含有量も急上昇することが明らかになった。
そして、萌芽率0.5(50%)以上に達した時期(自発休眠覚醒期に確実に達している時期)には、転流糖主要糖の含有量も高い値となっていた。
【0096】
また、これらの対象植物は、被子植物の主要な分類群(真正双子葉類)である真正バラ類のバラ科(ニホンナシ, リンゴ, モモ)、真正キク類のカキノキ科(カキ)に加えて、被子植物全体の外群である裸子植物であるイチョウ綱のイチョウ、を含むものである。
そのため、上記自発休眠覚醒に関する知見は、種子植物(被子植物と裸子植物を合わせた分類群)全般に共通する性質(共有派生形質)と認められる(
図5 参照)。
このことから、導管液中の転流糖主要糖の含有量の値や上昇度合いを指標として、低温要求性落葉樹全般の自発休眠覚醒期の判定が可能であると認められた。
【0097】
・転流糖全糖の含有量
また、導管液中の転流糖全糖の含有量についても、萌芽率の上昇と一致して急上昇することが示された。また、その上昇率は、主要糖含有量よりも感度良く上昇することが示された。
このことから、導管液中の転流糖全糖の含有量の値や上昇度合いを指標とすることによって、低温要求性落葉樹全般の自発休眠覚醒期の判定が可能であると認められた。
【0098】
〔実施例8〕『転流糖非主要糖を指標とした判定』
転流糖の組成糖のうち、転流糖非主要糖(組成割合が2番目に多い転流糖)を指標とした場合でも、自発休眠覚醒期の判定が可能であるかを検証した。
【0099】
(1) 導管液中の糖含有量の測定
実施例7で調査対象としたモモ(品種:あかつき), カキ(品種:愛宕), イチョウ(品種:久寿)に加えて、ブナ科クリ属のクリ(品種:ぽろたん)を対象にして調査を行った。
導管液の採取、および、転流糖の含有量の測定について、実施例7(1)に記載の方法と同様にして行った。なお、ここで測定した転流糖は、組成割合が2番目に多いものを測定した。
また、ここで2番目に多い転流糖は、モモではスクロース, カキではグルコース, クリではフラクトース, イチョウではフラクトースであった。測定結果を
図8に示した。
【0100】
(2) 萌芽率の算出
実施例7(2)に記載の方法と同様にして、萌芽率を算出し、測定結果を
図8に示した。
【0101】
(3) 結果
・転流糖主要糖の含有量
その結果、調査した4種類の低温要求性落葉樹の全てにおいて、芽の萌芽率が0(0%)と低く維持されていた時期(自発休眠期にある時期)は、組成割合が2番目に多い転流糖の含有量も低く維持されていた。
ところが、その後、芽の萌芽率が急上昇する時期と一致して、当該糖の含有量も上昇することが明らかになった。
そして、萌芽率0.5(50%)以上に達した時期(自発休眠覚醒期に確実に達している時期)には、当該糖の含有量も高い値となっていた。
このことから、導管液中の転流糖非主要糖(組成割合が2番目に多い転流糖)の含有量の値や上昇度合いを指標として、低温要求性落葉樹の自発休眠覚醒期が判定できることが示唆された。