特許第5959263号(P5959263)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5959263
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】ピニオンギヤおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 5/08 20060101AFI20160719BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20160719BHJP
   B22F 3/17 20060101ALI20160719BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20160719BHJP
   F16H 55/06 20060101ALI20160719BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20160719BHJP
【FI】
   B22F5/08
   B22F3/24 K
   B22F3/24 B
   B22F3/17 B
   C22C33/02 A
   F16H55/06
   !C22C38/00 304
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-73379(P2012-73379)
(22)【出願日】2012年3月28日
(65)【公開番号】特開2013-204080(P2013-204080A)
(43)【公開日】2013年10月7日
【審査請求日】2015年3月26日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】日立化成株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000253075
【氏名又は名称】澤藤電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】萩本 豪
(72)【発明者】
【氏名】小比田 智之
(72)【発明者】
【氏名】上田 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】森田 謙三
(72)【発明者】
【氏名】青木 修一
【審査官】 田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−037979(JP,A)
【文献】 特開昭58−019412(JP,A)
【文献】 特表2010−520424(JP,A)
【文献】 特開2009−167489(JP,A)
【文献】 特開平05−009508(JP,A)
【文献】 特開2012−255183(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 3/00 − 5/12
C22C 33/02
C22C 38/00
F16H 55/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料製焼結合金からなり、表層部に他の部分よりも炭素濃度が高い硬化層が形成されるとともに、前記硬化層の外側に前記硬化層よりも炭素濃度が低く前記硬化層の最高硬さよりも硬さがHv50以上低い軟化層が形成され、前記軟化層が表面となっており、
表面から内部にかけて連続して変化する硬さ分布を有し、
前記軟化層の表面の硬さがHv730以下であり、
前記硬化層において表面から150〜300μmの範囲で硬さが最大となるとともに、その最大硬さがHv600以上であることを特徴とするピニオンギヤ
【請求項2】
全体の密度比が97.8%以上であることを特徴とする請求項1に記載のピニオンギヤ
【請求項3】
スタータ用ピニオンギヤであることを特徴とする請求項1または2に記載のピニオンギヤ
【請求項4】
鉄鋼材料製焼結合金を構成する原料粉末を混合する混合工程と、
前記原料粉末を圧縮して圧粉体とする成形工程と、
前記圧粉体を焼結して焼結体とする焼結工程と、
前記焼結体を鍛造して鍛造体とする鍛造工程と、
前記鍛造体を雰囲気中の炭素量が0.7〜1.2質量%の浸炭性ガス雰囲気中で、850〜950℃に加熱する浸炭工程と、
前記浸炭工程の後に雰囲気中の炭素量が0.3〜0.6質量%のガス雰囲気中で、800〜950℃に加熱する脱炭工程と、
前記脱炭工程の後に急冷する焼入れ工程と、
前記焼入れ工程の後に、150〜280℃に加熱して常温まで冷却する焼戻し工程と、
を備えることにより、
表面の硬さをHv730以下とし、
表面から150〜300μmの範囲で硬さを最大とするとともに、その最大硬さをHv600以上とすることを特徴とするピニオンギヤの製造方法。
【請求項5】
前記浸炭工程に引き続き、加熱したまま雰囲気を置換して前記脱炭工程を行うことを特徴とする請求項4に記載のピニオンギヤの製造方法。
【請求項6】
前記浸炭工程の直後に油中に投入して焼入れした後、再度加熱して前記脱炭工程を行うことを特徴とする請求項4に記載の焼結部材ピニオンギヤの製造方法。
【請求項7】
前記鍛造により、密度比を97.8%以上にすることを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載のピニオンギヤの製造方法。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれかに記載のピニオンギヤの製造方法により製造されることを特徴とするスタータ用ピニオンギヤの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結部材およびスタータ用ピニオンギヤ並びにそれらのピニオンギヤおよびその製造方法に係り、特に、鍛造により溶製材と同等の高い強度を得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金法は、金属粉末等からなる原料粉末を所定の形状および寸法に圧縮成形し、これを溶融しない温度で加熱して焼結することにより、粉末粒子を強固に結合して金属製品を製造する技術であり、ニアネットシェイプに造形することができ、かつ、大量生産に向くこと、および溶製材料では得られない特殊な材料を製造できること、等の利点から、自動車用機械部材や各種産業用の機械部材に適用が進んでいる。
【0003】
しかしながら、粉末冶金法による焼結部材は、一般に、原料粉末を圧縮成形した際の粉末間の空隙が、焼結後に気孔として残留するため、溶製材に比してその強度が低くなるという欠点がある。たとえば、自動車用のエンジン始動装置として減速型のスタータが多く使用されている。この減速型スタータは、モータの回転速度を減速するため、インターナルギヤやプラネタリギヤを有する減速装置を備え、当該減速装置の出力軸に連結されるピニオンギヤを有し、ピニオンギヤをエンジンのリングギヤに噛み合わせてエンジンを始動するものである。このスタータにおいては、インターナルギヤやプラネタリギヤ等の内部減速ギヤ部品への焼結部材の適用は進んでいるが、内部減速ギヤ部品に比して約6倍の荷重がかかるピニオンギヤに対しては強度不足のため焼結部材の適用が見送られてきた。
【0004】
この欠点に対しては、焼結部材に多量の合金成分を与えて合金元素により基地を強化すること、すなわち、溶製材料で用いられるよりも上位のグレードの鋼種とすることで対応してきた。しかしながら、合金化による基地強化作用にも限度があるとともに、近年の各種合金元素の価格高騰により、原料粉末のコストの増加が問題となってきている。
【0005】
一方、焼結部材の気孔を少なくする、もしくは消失させることで焼結部材の強度を向上させる手法が検討されている。液相焼結法は、焼結時に液相を発生する成分を添加して、液相で気孔を満たし気孔を消失させる技術であるが、寸法精度を確保することが難しく、焼結後に機械加工が必要となり、ニアネットシェイプに造形できるという粉末冶金法の利点が乏しくなる。また、原料粉末を加熱して、加熱された金型で鍛造する粉末鍛造法、あるいは粉末冶金法により成形・焼結した素材を熱間で鍛造する焼結鍛造法は、原料粉末もしくは焼結体を加熱する装置や金型を加熱する装置が必要となり、コストがかかるものである。
【0006】
このような状況の中、粉末冶金法により成形・焼結した素材を冷間で鍛造することにより高密度化する焼結冷間鍛造法が検討されている(特許文献1,2等)。このような焼結冷間鍛造法で製造された部材は、溶製鋼による機械部品と同様に、部材硬さ、強さを得るために浸炭焼入れが施されることが多い。すなわち、機械部品の硬さを一様に高くすると、靱性が低下するため、相手部材と摺動したり、繰り返し面圧が作用する表面のみ硬さを高くして、耐摩耗性や繰り返し面圧に対する疲れ強さを向上させるとともに、内部の硬さをある程度に低く抑制することで、機械部品の靱性を両立させる手法として浸炭焼入れが広く採用されている。
【0007】
浸炭焼入れ法では、オーステナイト変態温度よりも100℃ほど高い温度下で被熱処理物の基地の炭素濃度よりも高いCp(カーボンポテンシャル:雰囲気ガス中の炭素の濃度[質量%])値の浸炭性ガス雰囲気に被熱処理物を曝すことにより、雰囲気ガスから被熱処理物への炭素の拡散を行い、所望の浸炭層を形成した後、油中等に被熱処理物を投入して急速冷却して焼入れし、マルテンサイト、ベイナイトなどの硬質な基地を形成する。この後、靭性の向上などを目的に200℃前後にて適宜時間焼き戻される。このような汎用的な焼入れ方法においては、焼入れ時間の延長により、Hv550以上の浸炭硬化層の層厚を制御することができる。この場合、表層からの硬さは、最表層が最も硬さが高く、内部に向かって硬さが漸次減少する硬さ分布を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−253372号公報
【特許文献2】特表2001−513143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の焼結冷間鍛造法による到達密度は、鍛造圧力に応じて真密度に向かって漸近してゆくが、工業生産的な圧力下では残留気孔は1〜2体積%程度であり、焼結体表面にあった残留気孔も圧下により体積は減ずるものの、内部とほぼ同じ個数比率で存在する。このように焼結体表面に残留する気孔は、深さが鉄粉の平均粒径である70μmほどに達するが、その一方で表面平均粗さは1〜2μmに抑えられているため、気孔の形状は鋭い形状となっている。このような鋭い形状の気孔を表面に有する冷間鍛造された焼結体を焼入れすると、焼入れにより表層は硬化するが、同時に切り欠き感受性が増加する結果、冷間鍛造された焼結体の表面に残留する鋭い形状の気孔が切り欠き部となって、この切り欠き部に応力が集中して、曲げ加工性や衝撃値などが低下する。
【0010】
このような不都合を回避するために、焼入れ前の素材表面に機械加工を施し、表層に残留する気孔を除去するか、もしくは、表層を塑性流動させて残留気孔を埋めて消失させることにより無害化すると、鍛造体密度に応じた機械特性を得ることができる。しかしながら、冷間鍛造後に機械加工工程あるいは塑性加工工程が追加されることとなり、製造コストが増加することとなる。
【0011】
したがって、本発明は、機械加工工程や塑性加工工程による残留気孔の除去を行わずとも冷間鍛造された焼結体の表面に残留する気孔の影響を排除し、溶製材と同等の強度を得ることができ、スタータのピニオンギヤにも適用可能なピニオンギヤおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、焼結後に鍛造した焼結部材の強度を高めるべく鋭意研究を重ねた結果、上記の機械加工による残留気孔の無害化と同等の効果を、より簡便に発揮する方法として、鍛造体の浸炭焼入れ条件により得られる方法を見出した。すなわち、残留気孔への応力の集中は、表面の硬さの影響が大きく、表面硬さを要求仕様の範囲内で低減することができれば、応力の集中を回避でき、表面に気孔が残留していてもその影響が排除できることを見出した。また、従来の浸炭焼入れ方法では、最表層が最も硬さが高く、内部に向かって硬さが漸次減少する硬さ分布となるが、浸炭工程後に、雰囲気のカーボンポテンシャルを調整することで、最表層の硬さを低減させることができることを見出した。
【0013】
本発明は、上記知見に基づくものであり、本発明のピニオンギヤは、鉄鋼材料製焼結合金からなり、表層部に他の部分よりも炭素濃度が高い硬化層が形成されるとともに、硬化層の外側に硬化層よりも炭素濃度が低く硬化層の最高硬さよりも硬さがHv50以上低い軟化層が形成され、軟化層が表面となっており、表面から内部にかけて連続して変化する硬さ分布を有し、軟化層の表面の硬さがHv730以下であり、硬化層において表面から150〜300μmの範囲で硬さが最大となるとともに、その最大硬さがHv600以上であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明のピニオンギヤの製造方法は、鉄鋼材料製焼結合金を構成する原料粉末を混合する混合工程と、前記原料粉末を圧縮して圧粉体とする成形工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体とする焼結工程と、前記焼結体を鍛造して鍛造体とする鍛造工程と、前記鍛造体を雰囲気中の炭素量が0.7〜1.2質量%の浸炭性ガス雰囲気中で、850〜950℃に加熱する浸炭工程と、前記浸炭工程の後に雰囲気中の炭素量が0.3〜0.6質量%のガス雰囲気中で、800〜950℃に加熱する脱炭工程と、前記脱炭工程の後に急冷する焼入れ工程と、前記焼入れ工程の後に、150〜280℃に加熱して常温まで冷却する焼戻し工程と、を備えることにより、表面の硬さをHv730以下とし、表面から150〜300μmの範囲で硬さを最大とするとともに、その最大硬さをHv600以上とすることを特徴とする。なお、焼入れ工程における急冷方法としては、加熱した鍛造体を水中や油中に投入する方法や、風や水ミストを鍛造体に吹き付ける方法など種々の方法を採用することができるが、鍛造体を油中に投入する方法が好適である。また、鍛造工程は冷間で行うことが望ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の焼結部材によれば、表面の硬さが抑えられているので、鍛造後の表層に残留している気孔の弊害を消失させ、溶製材と同等の強度を得ることができ、スタータのピニオンギヤにも適用可能である。また、本発明の焼結部材の製造方法では、表面の硬さが抑えられるので、機械加工工程や塑性加工工程の追加なしに溶製材と同等の強度を得ることができ、産業上有益なものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態で製造するギヤの一例を示す斜視図である。
図2】本発明の実施形態における硬さ分布の測定箇所を説明する図である。
図3】冷間鍛造および浸炭焼入れされた従来の焼結歯車の硬さ分布を示す図である。
図4】冷間鍛造および浸炭焼入れされた本発明の焼結歯車の硬さ分布を示す図である。
図5】実施例における、脱炭工程の雰囲気中の炭素量を変化させたときの表面からの硬さ分布の変化を示すグラフである。
図6】実施例における、脱炭工程の加熱温度を変化させたときの表面からの硬さ分布の変化を示すグラフである。
図7】実施例における、浸炭工程の雰囲気中の炭素量を変化させたときの表面からの硬さ分布の変化を示すグラフである。
図8】実施例における、浸炭工程の加熱温度を変化させたときの表面からの硬さ分布の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施形態における冷間鍛造焼結部材について、図1に示す平歯車Gへの適用を例として以下に説明する。図1に示す平歯車Gは、円板状をなす平歯車本体10の外周に、半径方向へ突出する複数の歯部11を等間隔に形成するとともに、平歯車本体10の中央部に取付孔12を形成したものである。この平歯車Gは、原料粉末を圧縮して得られた圧粉体を焼結した後、冷間鍛造を行い、さらに従来の条件で浸炭焼入れおよび焼戻しされたものである。この平歯車Gを、図2(a)に示すように、平歯車Gの取付孔12に鉛直な平面Aで切断したときの平歯車Gの断面を図2(b)に示す。
【0018】
従来の浸炭焼入れにおいては、冷間鍛造された焼結歯車を、雰囲気ガス中の炭素の濃度が0.7〜1.2質量%の浸炭性ガス雰囲気中で、850〜950℃に加熱保持する浸炭工程の後、油中等に投入して急速に冷却する焼入れ工程により焼入れされる。このようにして得られた従来の冷間鍛造焼結歯車の場合、雰囲気ガスからオーステナイト化した表面に炭素が供給されるとともに、炭素が内部に拡散して、図2(b)のB部に示す歯部の硬さ分布は図3のようになる。すなわち、冷間鍛造焼結歯車の歯部の表面Sから歯部の内部Oにかけての硬さ分布は、図3(b)に示すように、冷間鍛造焼結部材は、表面Sから内部Oにかけて連続して変化する硬さ分布を有し、表面Sから深さ(表面からの距離)Cの範囲に内部よりも硬さが高い浸炭硬化層(S−C)が形成される。この浸炭硬化層においては、表面Sは雰囲気ガス中の炭素濃度に等しい炭素量となり硬さが最も高く、表面Sから深さCまで内部に向かって炭素の拡散量が漸次減少するため、硬さが漸次減少する硬さ分布を示す。
【0019】
一方、本発明の実施形態における冷間鍛造焼結部材を上記の平歯車Gに適用した場合の、図2(b)のB部に示す歯部の硬さ分布の一例を図4に示す。図4(b)の表面からの硬さ分布の図において、実線が本発明の冷間鍛造焼結部材の硬さ分布の一例であり、破線が図3(b)に示す従来の冷間鍛造焼結部材の硬さ分布の一例である。本発明の冷間鍛造焼結部材(実線)においては、歯部の表面Sから深さ(表面からの距離)Dの範囲に軟化層(S−D)が形成され、この軟化層の内側に浸炭硬化層(D−C)が形成される。この軟化層(S−D)から浸炭硬化層(D−C)を経て内部Oにかけての硬さ分布は、表面から内部にかけて連続して変化するとともに、深さ(表面からの距離)Hのところで浸炭硬化層の硬さが最大であり、表面Sの硬さが深さ(表面からの距離)Hの硬さより低い値を示す。本発明の冷間鍛造焼結部材においては、このように表面に軟化層(S−D)を設けることにより、表面に切り欠きとして作用する残留気孔の切り欠き感受性を低減して残留気孔への応力の集中を抑制する。なお、実施形態の冷間鍛造焼結部材における軟化層は、上記のように表層と内部で浸炭量を制御したものであり、異常酸化相等のように製品に悪影響を与えるものではない。
【0020】
ここで、冷間鍛造焼結部材の表面Sの硬さは、上記の切り欠き感受性低減のため、Hv730以下とする。なお、冷間鍛造焼結部材の表面Sの硬さの下限は特に限定しないが、下限は、冷間鍛造焼結部材の材質により異なり、その材質のCを含まない生材(未熱処理体)の硬さとなる。ただし、あまりに表面Sの硬さを低減すると、歯車等の相手部材と当接、摺動する用途に適用した際に、耐摩耗性が低くなり摩耗が進行し易くなる。このためこのような用途への適用の場合は、冷間鍛造焼結部材の表面Sの硬さをHv500以上とすることが好ましく、Hv600以上とすることがさらに好ましい。
【0021】
軟化層は冷間鍛造焼結部材の表面のみならず、表面に残留し開口する気孔の表面にも形成されるため、必ずしも残留気孔の深さを越えて形成する必要はないが、軟化層の深さDを残留気孔の深さより大きくすると、軟化層による切り欠き感受性低減の効果を確実に得ることができる。この場合、表面の残留気孔の深さは70μmほどに達するため、軟化層の深さDは100μm以上とすることが好ましい。なお、軟化層の深さDは表面からHv730以下となる範囲の深さである。
【0022】
さらに、歯車等の繰り返し面圧が作用する場合、応力(ヘルツ応力)は表面から150〜300μmの深さのところで最大となるため、繰り返し面圧に対する疲れ強さを向上させるためには、この範囲、すなわち表面から150〜300μmの範囲で硬さが最大となるとともに、その硬さはHv600以上とする。
【0023】
上記の硬さ分布を有する冷間鍛造焼結部材は、上記の浸炭工程と焼入れ工程の間に脱炭工程を設けることで簡便に得ることができる。すなわち、上記の浸炭工程において、熱処理物となる冷間鍛造焼結部材は、オーステナイト変態温度以上に加熱されるとともに、雰囲気中の炭素量が0.7〜1.2質量%の浸炭性ガス雰囲気に曝されて浸炭され、冷間鍛造焼結部材の表面は雰囲気ガス中の炭素量に応じた炭素量(0.7〜1.2質量%)となっている。ここで、雰囲気ガスの炭素量を低下させて適宜時間保持すると、表層に濃化していた炭素が部材内部に拡散浸入するとともに、表面からは基地に固溶する炭素が雰囲気ガス中に放出されて脱炭するため、表面に上記の軟化層を形成するとともに、硬化層深さはより深くなる。この効果により、切欠き部の硬さが低下するため、切欠き部への応力集中が解消され、冷間鍛造焼結部材の密度に応じた製品強度を得ることができる。
【0024】
上記の脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量は、0.6質量%より高いと表面から放出(脱炭)される炭素量が乏しくなって、表面の硬さをHv730以下とすることが難しい。一方、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量が0.3質量%より少ないと、表面から放出(脱炭)される炭素量が過多となって、表面から150〜300μmの範囲の硬さがHv600を下回るようになる。このため脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量は0.3〜0.6質量%とする。
【0025】
炭素の拡散および脱炭は、温度が高くなるほど進行し易いため、800℃を下回ると、脱炭が促進されず、冷間鍛造焼結部材を所望の硬さにするため非常に時間がかかるか所望の硬さが得られなくなる。一方、950℃を超えると、脱炭が過度に進行し内部硬さまで低下し易くなる。このため、脱炭工程は800〜950℃で行う。
【0026】
上記の脱炭工程に先立つ浸炭工程は、従来と同様に行えばよく、雰囲気ガスの炭素量は、上記のように0.7〜1.2質量%とする。すなわち、雰囲気ガスの炭素量が0.7質量%より乏しいと浸炭量が乏しくなって、耐摩耗性や強度の向上が果たせず、一方、1.2質量%を越えると浸炭量が過多となって、基地中に脆いセメンタイトが析出し易くなるからである。
【0027】
また、浸炭工程における加熱温度は、850℃を下回ると、雰囲気ガスから冷間鍛造焼結部材への炭素の拡散が乏しくなるとともに、950℃を超えると雰囲気ガスから冷間鍛造焼結部材への炭素の拡散が過多となって、冷間鍛造焼結部材の内部まで炭素が拡散してしまい、冷間鍛造焼結部材の靱性を損なうこととなる。このため、浸炭工程における加熱温度は、850〜950℃とする。
【0028】
上記のようにして、被熱処理物である冷間鍛造焼結部材の炭素分布を制御した後、冷間鍛造焼結部材は、油中等に投入されることにより急速冷却されて焼入れ処理される。このとき、冷間鍛造焼結部材の炭素濃度の高い部分は過飽和の炭素が強制的に固溶される結果、硬さが硬くなるとともに、内部および表面の脱炭層においては炭素濃度がそれより低いことから、低い硬さとなって、上記の硬さ分布を有する冷間鍛造焼結部材が得られる。
【0029】
焼入れ処理された冷間鍛造焼結部材は、炭素濃度の高い箇所で歪みが過度に蓄積され硬くかつ脆い金属組織となっている。このため、従来から行われているように、焼入れ処理された冷間鍛造焼結部材に対して、再度、150〜280℃の範囲に加熱して常温まで冷却する焼戻し工程を行う。このような焼戻し工程を焼入れ工程の後に行うことで、焼入れ処理により変態したマルテンサイトから過飽和の炭素がε炭化物(Fe2C)として析出して低炭素マルテンサイトになることにより、冷間鍛造焼結部材の硬さを低下させることなく焼入れ処理によって生じた歪みを除去することができる。このとき、焼戻しの加熱温度は150℃に満たないと歪みの除去が不完全となり、280℃を超えると低炭素マルテンサイトがフェライトと二次元的セメンタイトに分解し易くなり、硬さの低下が生じる。
【0030】
上記の脱炭工程は、被熱処理物を浸炭工程のための加熱温度を維持したまま、雰囲気ガスの炭素量のみを制御して浸炭工程と脱炭工程を連続して行った後、焼入れ工程を行ってもよい。また、浸炭工程における加熱温度を、例えば900〜950℃の温度範囲として、被熱処理物への浸炭を促進するとともに、脱炭工程における加熱温度を800〜870℃の温度範囲として、脱炭を精密に制御することが好ましい。このように浸炭工程および脱炭工程を行うことにより、冷間鍛造焼結部材の炭素分布を所望の状態に制御することが容易となり、焼入れ処理後の冷間鍛造焼結部材の硬さ分布を所望の状態に制御することが容易となる。また、この例の場合、800〜870℃の温度範囲からの焼入れ処理となり、900〜950℃の温度範囲からの焼入れ処理に比して被熱処理物に蓄積される歪み量を小さくできるとともに、この歪みに起因する寸法バラツキを小さく抑制することができるという効果も得られる。
【0031】
上記の例は、被熱処理物を熱処理炉内で加熱するにあたり、熱処理の途中で雰囲気ガスの炭素量を変更したり、熱処理温度を変更して調整する例であるが、加熱途中での雰囲気ガスの炭素量の変更や加熱温度の変更が難しい熱処理炉の場合、あるいは生産ライン上これらの変更を行いたくない場合には、浸炭工程のみ行った後、一旦冷却し、浸炭処理された冷間鍛造焼結部材を再度加熱して脱炭処理を行ってもよい。このとき、浸炭工程の後に焼入れ処理を行っても、次いで行う脱炭工程で被熱処理物は再度オーステナイト変態温度以上に加熱されるため差し支えない。なおこの場合、脱炭工程の後は、再度焼入れ工程処理される。このようにして熱処理炉を分けて浸炭工程と脱炭工程とを行う場合、脱炭工程を行わない他の一般の焼結部材と混在させて浸炭工程を行うことができるという利点がある。この場合、冷間鍛造焼結部材のみ脱炭工程を行えばよく、製造現場の事情に併せて工程を設定することができる。
【0032】
素材となる焼結体の材料は、従来から用いられている各種機械構造部材用の鉄系焼結材料を用いることができる。例えば、日本工業規格(JIS)のZ2550に規定されているSMF2種(鉄−銅系)、SMF3種(鉄−炭素系)、SMF4種(鉄−銅-炭素系)、SMF5種(鉄−ニッケル−銅−炭素系)、SMF6種(鉄−銅−炭素系)、SMF7種(鉄−ニッケル系)、SMF8種(鉄−ニッケル−炭素系)等のほか、アメリカ鉄鋼協会規格(AISI)の4100種(鉄−クロム−マンガン系)や4600種(鉄−ニッケル−モリブデン系)等が挙げられる。
【0033】
また、これらの鉄系焼結材料においては、鍛造時に変形を起こして緻密化し易くするため、C含有量を0.6質量%以下に抑えることが好ましい。この場合に、製品として0.6質量%を超えるC含有量が求められる場合、鍛造後に浸炭雰囲気で熱処理を行い、不足するC量を補うことが好ましい。あるいは、鍛造前に球状化焼鈍等を施し、焼結材料の基地を塑性変形し易くしておくこともできる。
【0034】
本発明で使用する原料粉末としては、上記鉄系焼結材料が得られるよう、鉄粉末、各種合金元素の単味粉末、黒鉛粉末等を混合した原料粉末や、各種合金元素を合金化した鉄合金粉末、あるいはこれに各種合金元素の単味粉末、黒鉛粉末等を混合した原料粉末等を用いることができる。その一例として、焼結材料として上記アメリカ鉄鋼協会規格(AISI)の4600種の材料を用いる場合に、例えば、質量%で、Ni:0.4〜1.0%、Mo:0.2〜1.0%、Mn:0.1〜0.5%、残部:鉄および不可避不純物からなる鉄合金粉末に、0.2〜0.6%の黒鉛粉を混合したものを用いることができる。また、焼結材料として上記アメリカ鉄鋼協会規格(AISI)の4100種の材料を用いる場合に、例えば、Cr:0.4〜1.0%、Mo:0.2〜1.0%、Mn:0.1〜0.8%、残部:鉄および不可避不純物からなる鉄合金粉末に、0.2〜0.6%の黒鉛粉を混合したものを用いることができる。
【0035】
成形工程は、上記の原料粉末を圧縮して圧粉体とする工程であり、通常の押型法による成形工程と同じである。すなわち、通常の押型法で用いられる金型の型孔に原料粉末を充填し、充填された原料粉末を上下パンチで圧縮し、圧縮された圧粉体を型孔から抜き出すことにより行われ、図1に示す平歯車Gよりも直径方向の寸法が小さく、かつ、厚さが厚い圧粉体を成形する。圧粉体の密度は、全体として7.0Mg/m以上とする。
【0036】
焼結工程は、従来の粉末冶金法における一般的な焼結条件で行うことができるが、焼結工程において酸化が生じると、素材となる焼結体が硬くなり塑性変形し難くなるため、焼結雰囲気は、窒素ガス、窒素水素混合ガス等の通常の非酸化性ガス雰囲気あるいは真空雰囲気とすることが好ましい。焼結温度は1000〜1250℃程度とすることができる。
【0037】
鍛造工程は、焼結工程により得られた焼結体を素材として、これを好ましくは冷間で鍛造する工程であり、図1に示す平歯車Gの形状と等しい型孔を有する冷間鍛造金型を用意し、冷間鍛造金型の型孔もしくは焼結体の表面に例えばステアリン酸亜鉛等の潤滑剤を塗布しておき、次いで焼結体を冷間鍛造金型の型孔に挿入し、この焼結体を、例えば、上下方向からパンチで1500〜2500MPaの圧力で加圧圧縮することにより行われる。次いで、鍛造体が型孔から抜き出されて冷間鍛造焼結部材が得られる。鍛造工程における圧縮率(圧縮厚さ/元の厚さ)は8.1〜9.3%とされる。また、鍛造後の冷間鍛造焼結部材の密度は7.7Mg/m以上、密度比は97.8%以上とされる。なお、本発明においては、鍛造は焼結体の加熱を必要としない冷間鍛造が望ましいが、熱間鍛造や温間鍛造を排除するものではない。
【0038】
上記の原料粉末を混合する混合工程、成形工程、焼結工程および鍛造工程を経て得られた冷間鍛造焼結部材を被熱処理物として、上記の浸炭工程および脱炭工程を行い、上記の焼き戻し工程を行うことで、上記の硬さ分布を有する冷間鍛造焼結部材を得ることができる。この製造方法においては、冷間鍛造焼結部材に機械加工工程や塑性加工工程による残留気孔の除去を行わず、冷間鍛造焼結部材の表面に気孔が残留している状態で気孔が切り欠きとして作用することを抑制するため、冷間鍛造後の機械加工工程や塑性加工工程が不要であり、安価に溶製材と同等の高い強度を有する冷間鍛造焼結部材を製造することができる。
【0039】
なお、上記の製造方法は、浸炭工程におけるガス雰囲気中の炭素量に対して、脱炭工程におけるガス雰囲気中の炭素量を低減することで鍛造焼結部材の表面に軟化層を形成する方法の例であるが、脱炭工程として、酸素量が多い雰囲気ガスを用い、鍛造焼結部材の表面から鍛造焼結部材の内部に亘って固溶するCを還元し、脱炭させて軟化層を形成してもよい。この場合、酸素量が多い雰囲気ガスとして、露点の低いガスを用いてもよく、また、大気雰囲気や水蒸気雰囲気を用いてもよい。
【実施例】
【0040】
以下、具体的な実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0041】
Ni:0.5質量%、Mo:0.5質量%、Mn:0.2質量%、残部:Feおよび不可避不純物からなる鉄系合金粉末(平均粒径:70μm)に、0.3質量%の黒鉛粉末を添加するとともに、鉄系合金粉末と黒鉛粉末の合計を100質量部として、さらに0.8質量部のステアリン酸亜鉛粉末を添加し、これらを混合して原料粉末を調整した。
【0042】
上記原料粉末を所定量秤量して金型に充填し、700MPaの圧力で成形した。成形した圧粉体の密度は7.0Mg/m3、密度比は90%であった。
【0043】
雰囲気をH2:5体積%、N2:95体積%とした焼結炉に上記圧粉体を入れ、1120℃で20分保持した後、焼結炉から取り出して冷却した。得られた焼結体の密度は7.0Mg/m、密度比は90%であった。
【0044】
上記焼結体を鍛造用金型に装入した。焼結体と金型およびコアロッドとのクリアランスは0.1mmに設定した。また、加圧力は1800MPa、圧縮率(圧縮厚さ/元の厚さ)は10%とした。鍛造で得られた歯車の密度は7.7Mg/m、密度比は97.8%であった。
【0045】
鍛造により得られた歯車を浸炭性ガス雰囲気の加熱炉に入れて表1に示す加熱温度および雰囲気中の炭素量として130分保持して浸炭工程を行い、次いで、表1に示す加熱温度および雰囲気中の炭素量として90分間保持して脱炭工程を行った後、油中に投入して急冷し焼入れ工程を行った。なお、雰囲気中の炭素量は、キャリアとなる窒素ガスに添加する浸炭性ガス(プロパン)の割合を変化させることで行った。その後、180℃で90分間保持する焼戻し工程を行い試料番号01〜06および09〜22の試料を得た。また、従来例として、表1に示す条件の浸炭工程を行った後、上記条件の焼入れ工程と焼き戻し工程を行って、脱炭工程を行わない試料番号07の試料を得た。さらに、他の従来例として、溶製鋼から上記と同じ寸法の歯車を切削加工にて作製し、表1に示す条件の浸炭工程を行った後、上記条件の焼入れ工程と焼き戻し工程を行って、脱炭工程を行わない試料番号08の試料を得た。なお、表1中の「Cp値」の項目は、浸炭工程および脱炭工程における雰囲気中の炭素量である。
【0046】
得られた試料01〜22の試料について、図2に示すように、取付孔に鉛直な平面Aで切断した断面の歯部について、表面から内部にかけての硬さをヴィッカース硬さ試験機(荷重:100g)で測定した。この結果を表1および図5〜8に示す。なお、表面から0μmの箇所は、歯部表面の硬さを測定した値である。
【0047】
また、歯部3枚を跨いで荷重を付加し、跨ぎ圧壊したときの荷重を測定した。この結果についても、表1に併せて示す。なお、スタータのピニオンギヤへの適用を考慮すると、圧壊荷重は3.4tf以上が必要であることから、この値を合否の判断基準とした。
【0048】
【表1】
【0049】
[脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量の影響]
表1の試料番号01〜07の試料の結果および図5より、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量(Cp値)の影響を調べた。
【0050】
従来例である脱炭工程を行わない試料番号07では、表面の硬さ(表面からの距離=0μm)が最も高くHv820となっており、表面から内部にかけて硬さが低下する硬さ分布を示しており、このような硬さ分布を示す試料番号07の試料の跨ぎ圧壊荷重は2.9tfと低い値となっている。
【0051】
一方、脱炭工程を行った試料番号01〜06の試料においては、表面の硬さ(表面からの距離=0μm)が、脱炭工程を行わない試料番号07の表面の硬さより小さい値となっており、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量(Cp値)が低い試料ほど、表面の硬さが低下している。これらの試料のうち、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量が0.3〜0.6質量%である試料番号02〜05の試料は、試料表面の硬さがHv730以下となっており、跨ぎ圧壊荷重が3.8〜4.2tfと高い跨ぎ圧壊荷重を示している。この跨ぎ圧壊荷重は、溶製鋼である試料番号08の跨ぎ圧壊荷重に比して遜色ない値となっている。これは脱炭工程により表面の硬さを低減したことにより、表面に残留する気孔の切り欠き感受性を低減した結果によるものと考えられる。また、図5に示すように、これら試料番号02〜05の試料において、表面から150〜300μmの範囲で硬さが最大となっており、かつ硬さの最大値はHv600以上である。したがって、繰り返し面圧が作用する歯車の歯部等に適用しても、充分な繰り返し面圧疲れ強さを有するものと考えられる。
【0052】
しかしながら、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量が0.3質量%を下回る試料番号01の試料では試料表面からの脱炭が著しく、硬さの最大値がHv550と低下し、跨ぎ圧壊荷重も3.2tfと低い値となっている。これは、脱炭により表面の硬さが低下して表面に残留する気孔の切り欠き感受性を低減する効果に対して、強度向上に必要な炭素まで過度に脱炭された影響が大きくなって、跨ぎ圧壊荷重があまり向上しなかったものと考えられる。
【0053】
また、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量が0.6質量%を超える試料番号06の試料では、試料表面からの脱炭が僅かで、表面の硬さがHv780となっており、跨ぎ圧壊荷重は3.1tfと脱炭工程による跨ぎ荷重改善の効果が乏しい。これは、脱炭による表面に残留する気孔の切り欠き感受性低減の効果が乏しいためと考えられる。
【0054】
以上より、表面の硬さをHv730以下として、表面に残留する気孔の切り欠き感受性を低減することにより、冷間鍛造焼結部材の強度を向上させることができることが確認された。また、脱炭工程を追加するとともに、脱炭工程における雰囲気ガスの炭素量を0.3〜0.6質量%の範囲とすることで上記の表面硬さを有する冷間鍛造焼結部材を得ることができることが確認された。
【0055】
[脱炭工程の加熱温度の影響]
表1の試料番号04および09〜13の試料の結果および図6より、脱炭工程の加熱温度の影響を調べた。
【0056】
脱炭工程の加熱温度が800℃に満たない試料番号09の試料では、試料表面からの脱炭が僅かで、表面の硬さがHv770となっており、跨ぎ圧壊荷重は3.2tfと脱炭工程による跨ぎ荷重改善の効果が乏しい。これは、脱炭による表面に残留する気孔の切り欠き感受性低減の効果が乏しいためと考えられる。
【0057】
一方、脱炭工程の加熱温度が800℃の試料番号10の試料では、試料表面からの脱炭が促進され、表面の硬さがHv700まで低下するとともに、跨ぎ圧壊荷重も3.8tfと大きく向上している。また、脱炭工程の加熱温度が860℃以上の試料番号04,11〜13の試料においては、脱炭が促進され、Hv550〜600程度の硬さとなって、跨ぎ圧壊荷重が4.0〜4.2tfと溶製鋼である試料番号08の跨ぎ圧壊荷重と同等の高い値となっている。
【0058】
なお、図6に示すように、脱炭工程の加熱温度が860℃までの試料番号においては、加熱温度の上昇にともない、表面の硬さが急激に低下するが、加熱温度が860℃を超えると表面の硬さの低下割合が小さくなっている。これは、加熱温度が上昇するに従い脱炭が促進されるが、雰囲気ガスのCp値が0.5%であるため、試料表面の炭素濃度が0.5質量%以下とはならず、0.5質量%程度で平衡状態となるためである。
【0059】
しかしながら、加熱温度が950℃を超える試料番号13の試料では、最大硬さがHv580と低くなっており、繰り返し面圧が作用する用途に適用した場合、繰り返し面圧に対する疲れ強さの低下が懸念される。
【0060】
一方、加熱温度が800〜950℃の試料番号04,10〜12の試料では、表面から150〜300μmの範囲で硬さが最大となっており、かつ硬さの最大値はHv600以上である。したがって、繰り返し面圧が作用する用途に適用しても、充分な繰り返し面圧に対する疲れ強さを有するものと考えられる。
【0061】
以上より、脱炭工程における加熱温度を800〜950℃の範囲とすることで、表面の硬さをHv730以下の範囲内とするとともに、表面から150〜300μmの範囲の硬さが最大でありかつHv600以上とすることができることが確認された。
【0062】
[浸炭工程における雰囲気ガスの炭素量の影響]
表1の試料番号04および14〜18の試料の結果および図7より、浸炭工程の炭素量(Cp値)の影響を調べた。
【0063】
浸炭工程における雰囲気ガスの炭素量が0.6質量%の試料番号14では、浸炭量が乏しいため表面から150〜300μmの範囲の最大硬さがHv570と低くなっており、跨ぎ圧壊加重が3.2tfと低い値となっている。
【0064】
一方、浸炭工程における雰囲気ガスの炭素量が0.7質量%以上の試料番号04,15〜18では、図7に示すように、雰囲気ガスの炭素量の増加にともない浸炭量が増加して、表面〜内部ともに、硬さが増加する傾向を示している。これらの試料のうち、雰囲気ガスの炭素量が0.7〜1.2質量%の試料番号04,15〜17の試料では、表面から150〜300μmの範囲の最大硬さがHv640〜870と高い値となっており、跨ぎ圧壊荷重が3.8〜4.2tfと溶製鋼である試料番号08の跨ぎ圧壊荷重と同等の高い値となっている。
【0065】
しかしながら、浸炭工程における雰囲気ガスの炭素量が1.2質量%を超える試料番号18の試料では、浸炭量が過多となり、後の脱炭工程において充分な脱炭が行われず、表面の硬さがHv780となって、表面に残留する気孔の切り欠き感受性を充分に低減することができない結果、跨ぎ圧壊加重が3.3tfと低い値となっている。
【0066】
以上より、浸炭工程における雰囲気ガスの炭素量を0.7〜1.2質量%の範囲とすることで、溶製鋼と同等の高い跨ぎ加重を得ることができることが確認された。
【0067】
[浸炭工程における加熱温度の影響]
表1の試料番号04および19〜23の試料の結果および図8より、浸炭工程の加熱温度の影響を調べた。
【0068】
浸炭工程の加熱温度が850℃に満たない試料番号19の試料では、浸炭量が乏しく、表面から150〜300μmの範囲の最大硬さがHv590と低くなっており、跨ぎ圧壊加重が3.2tfと低い値となっている。
【0069】
一方、浸炭工程における加熱温度が850℃以上の試料番号04,20〜23では、図8に示すように、加熱温度の増加に伴い浸炭量が増加して、表面〜内部ともに、硬さが増加する傾向を示している。また、これらの試料は、表面の硬さがHv580〜620となっており、跨ぎ圧壊荷重が3.9〜5.1tfと溶製鋼である試料番号08の跨ぎ圧壊荷重と同等もしくはそれ以上の高い値となっている。
【0070】
しかしながら、浸炭工程における加熱温度が950℃を超える試料番号23の試料では、内部まで浸炭されて内部の硬さも高いことから、靱性の低下が懸念される。このため、衝撃が加わる用途には不向きであると考えられる。
【0071】
以上より、浸炭工程における加熱温度を850〜950℃の範囲とすることで、溶製鋼と同等もしくはそれ以上の高い跨ぎ加重を得ることができることが確認された。またこの範囲のものは内部まで浸炭されてはおらず、靱性も高いものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は、焼結部材に溶製材と同等の強度を付与することができるので、ギヤやスプロケットなどのように相手部材から大きな応力を受ける焼結部材に適用することができるとともに、スタータのピニオンギヤにも適用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8