【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、「関西広域バイオメディカルクラスター構想(大阪北部(彩都)地域)に伴う研究委託業務」に係る再委託契約、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
以下の(a)から(f)のいずれかに記載の成分を含有する、組織再生促進剤であって、ここで再生が促進される組織が、軟骨組織、筋組織、脂肪組織、心筋組織、神経系組織、肺組織から選択される、組織再生促進剤;
(a)S100A8タンパク質
(b)S100A8タンパク質を分泌する細胞
(c)S100A8タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター
(d)S100A9タンパク質
(e)S100A9タンパク質を分泌する細胞
(f)S100A9タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、以下の(a)から(f)に記載の成分のうち少なくとも1つの成分を含有する、骨髄細胞の誘導剤を提供する。
(a)S100A8タンパク質
(b)S100A8タンパク質を分泌する細胞
(c)S100A8タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター
(d)S100A9タンパク質
(e)S100A9タンパク質を分泌する細胞
(f)S100A9タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター。
該誘導剤を使用することにより、局所(上記成分の投与・添加部位やその近傍、または損傷部位)に骨髄由来細胞を誘導して組織の機能的再生を促進することが可能になるため、該誘導剤は、再生医療、再生誘導医療開発のための基礎研究および臨床研究に必要な試薬として使用することができる。例えば、実験動物における必要な生体組織に骨髄由来細胞を動員し、組織修復、組織機能再建の程度を検討することが可能になる。また試験管内で骨髄由来細胞の動員による組織再生誘導研究を行うことができる。
また、上記誘導剤を使用することにより、損傷組織の再生を促進することができる。また、上記誘導剤には、機能的組織再生誘導・促進剤としての用途のみならず、組織幹細胞の減少による組織・臓器機能の低下を予防する、いわゆる予防医薬としての用途、あるいは加齢性変化の進行を遅延させる、抗加齢医薬としての用途が期待できる。
【0012】
本発明の誘導剤には、以下の(a)から(f)のいずれかに記載の成分を含有する、骨髄細胞を骨髄から末梢血に動員するために用いる薬剤が含まれる。
(a)S100A8タンパク質
(b)S100A8タンパク質を分泌する細胞
(c)S100A8タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター
(d)S100A9タンパク質
(e)S100A9タンパク質を分泌する細胞
(f)S100A9タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター。
上記薬剤は、血管または筋肉に投与される。
骨髄細胞を骨髄から末梢血に動員するために用いる薬剤は、血管または筋肉に投与されることで、骨髄細胞を骨髄から末梢血に動員することを特徴とする。末梢血中に動員された骨髄細胞は、末梢血中から損傷組織に誘導される。
したがって、該薬剤を使用することにより、損傷部位に骨髄細胞を誘導して組織の機能的再生を促進することが可能になるため、該薬剤は、再生医療、再生誘導医療開発のための基礎研究および臨床研究に必要な試薬として使用することができる。
また、上記薬剤を使用することにより、損傷組織の再生を促進することができる。特に、上記薬剤は血管または筋肉に投与されることにより損傷部位に骨髄由来細胞を誘導するため、外部から直接薬剤を投与することが難しい脳の組織損傷や心臓の組織損傷において、組織の機能的再生を促進することが可能になる。
【0013】
本発明はまた、以下の(a)から(f)に記載の成分のうち少なくとも1つの成分を含有する、組織再生促進剤または組織再生促進用キットを提供する。
(a)S100A8タンパク質
(b)S100A8タンパク質を分泌する細胞
(c)S100A8タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター
(d)S100A9タンパク質
(e)S100A9タンパク質を分泌する細胞
(f)S100A9タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター。
該組織再生促進剤または組織再生促進用キットは、損傷組織部位若しくはその近傍、血管、または筋肉に投与されることで、血液中に循環している骨髄由来細胞を、末梢血中から該損傷組織に誘導(局所誘導する)することを特徴とする。
また組織再生促進用キットとしては、(1)フィブリノゲンに溶解した上記成分、および(2)トロンビンを含む組織再生促進用キット、または、(1)上記成分、(2)フィブリノゲン、および(3)トロンビンを含む組織再生促進用キットが例示できる。本発明においては、市販のフィブリノゲンやトロンビンを使用することができる。例えば、フィブリノゲンHT-Wf(ベネシスー三菱ウェルファーマー)、ベリプラスト(ZLBベーリング)、ティシール(バクスター)、ボルヒール(化血研)、タココンブ(ZLBベーリング)が挙げられるが、これらに制限されるものではない。
【0014】
再生される組織としては、特に制限はなく、損傷している組織である限り、どのような組織でもよく、例えば、生体皮膚組織、体内生検(手術)組織(脳、肺、心臓、肝臓、胃、小腸、大腸、膵臓、腎臓、膀胱、脾臓、子宮、精巣や血液など)が例示できる。特に、本発明の薬剤は、体外から直接薬剤を投与することが困難な組織(脳、心臓など)を再生するために、有効に利用される。
【0015】
損傷組織に動員された骨髄由来細胞は、種々の細胞に分化し、損傷組織の機能的再生および機能維持、機能強化に寄与する。本発明において、損傷組織としては、虚血、疎血・低酸素状態をきたす種々の病態、外傷、熱傷、炎症、自己免疫、遺伝子異常などによって損傷した組織が挙げられるが、これら原因に限定されるものではない。また、損傷組織には、壊死組織も含まれる。
【0016】
本発明における組織としては、骨髄由来細胞が分化可能な組織である限り、特に制限はないが、例えば皮膚組織、骨組織、軟骨組織、筋組織、脂肪組織、心筋組織、神経系組織、肺組織、消化管組織、肝・胆・膵組織、泌尿・生殖器など、生体内のすべての組織が例示できる。また、上記組織再生促進剤を用いることで、難治性皮膚潰瘍、皮膚創傷、水疱症、脱毛症などの皮膚疾患はもとより、脳梗塞、心筋梗塞、骨折、肺梗塞、胃潰瘍、腸炎、などの組織損傷において、機能的組織再生を誘導する治療が可能となる。上記組織再生促進剤が投与される動物種としては、ヒト又は非ヒト動物が挙げられ、例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌ、ウサギ、ハムスター、モルモットなどが例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
また、本発明の薬剤は、糖尿病患者に対して投与することができる。糖尿病における皮膚の合併症である難治性皮膚潰瘍は、正常人の皮膚潰瘍に比べて治癒が困難であることが知られているが、本発明の薬剤はこのような糖尿病患者にも有効に利用される。
【0018】
本発明の骨髄細胞は、造血系幹細胞及びこれに由来する白血球、赤血球、血小板以外の細胞であり、これまで骨髄間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞と呼ばれている細胞に代表される幹細胞もしくは骨髄中に存在する組織前駆細胞集団を含む。本発明の骨髄細胞としては、骨髄採取(骨髄細胞採取)、あるいは末梢血採血により単離することができる細胞である。造血系幹細胞は非付着細胞であり、本発明の骨髄細胞は、骨髄採取(骨髄細胞採取)、末梢血採血により得られた血液中の単核球分画細胞培養により付着細胞として得られる。また、本発明の骨髄細胞は間葉系幹細胞を含み、骨芽細胞(分化を誘導するとカルシウムの沈着を認めることで特定可能)、軟骨細胞(アルシアンブルー染色陽性、サフラニン-O染色陽性などで特定可能)、脂肪細胞(ズダンIII染色陽性で特定可能)、さらには線維芽細胞、平滑筋細胞、ストローマ細胞、腱細胞、などの間葉系細胞、さらには神経細胞、上皮細胞(たとえば表皮角化細胞、腸管上皮細胞はサイトケラチンファミリーを発現する)、血管内皮細胞への分化能力を有することが好ましいが、分化後の細胞は上記細胞に限定されるものではなく、肝臓、腎臓、膵臓などの実質臓器細胞への分化能も含む。
本発明において、骨髄由来間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性細胞あるいは骨髄多能性幹細胞とは、骨髄内に存在する細胞であって、骨髄から直接あるいはその他の組織(血液や皮膚、脂肪、その他の組織)から間接的に採取され、(プラスチックあるいはガラス製)培養皿への付着細胞として培養・増殖可能であり、骨、軟骨、脂肪などの間葉系組織(間葉系幹細胞)、あるいは骨格筋、心筋、さらには神経組織、上皮組織(多能性幹細胞)への分化能を有するという特徴を持つ細胞であり、骨髄血採血、末梢血採血、さらには脂肪など間葉組織、皮膚などの上皮組織、脳などの神経組織からの採取によって取得することができる。また骨髄由来間葉系幹細胞あるいは骨髄由来多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞は一度培養皿へ付着させた細胞を生体の損傷部に投与することにより、例えば皮膚を構成するケラチノサイトなどの上皮系組織、脳を構成する神経系の組織への分化能も有するという特徴も持つ。
【0019】
本発明の骨髄間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞は、骨芽細胞(分化を誘導するとカルシウムの沈着を認めること等で特定可能)、軟骨細胞(アルシアンブルー染色陽性、サフラニン-O染色陽性等で特定可能)、脂肪細胞(ズダンIII染色陽性等で特定可能)の他に、例えば線維芽細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞、ストローマ細胞、腱細胞などの間葉系細胞、神経細胞、色素細胞、表皮細胞、毛包細胞(サイトケラチンファミリー、ヘアケラチンファミリー等を発現する)、上皮系細胞(たとえば表皮角化細胞、腸管上皮細胞はサイトケラチンファミリー等を発現する)、内皮細胞、さらに肝臓、腎臓、膵臓等の実質臓器細胞に分化する能力を有することが好ましいが、分化後の細胞は上記細胞に限定されるものではない。
また、ヒト骨髄間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞は骨髄採取(骨髄細胞採取)、末梢血採血、脂肪採取し、直接あるいは単核球分画を分離後に培養して付着細胞として取得することができる細胞が例示できるが、これに制限されるものではない。ヒト骨髄間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞のマーカーとしては、Lin陰性、CD45陰性、CD44陽性、の全部または一部が例示できるが、これらに制限されるものではない。
また、マウス骨髄間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞は、例えば、実施例に記載の方法によって取得できる細胞が例示できるが、これに制限されるものではない。マウス骨髄間葉系幹細胞あるいは骨髄間質多能性幹細胞あるいは骨髄多能性幹細胞のマーカーとしては、CD44陽性、PDGFRα陽性、PDGFRβ陽性、CD45陰性、Lin陰性、Sca-1陽性、c-kit陰性、の全部または一部が例示できるが、これらに制限されるものではない。
組織前駆細胞は、血液系以外の特定組織細胞への一方向性分化能を持つ未分化細胞と定義され、上述した間葉系組織、上皮系組織、神経組織、実質臓器、血管内皮への分化能を有する未分化細胞を含む。
【0020】
本発明の誘導剤、および本発明の組織再生促進剤において、上記(a)から(f)に記載の成分のうち少なくとも1つの成分以外の成分としては、骨髄由来細胞の誘導や組織再生促進を阻害しない限り、特に制限はない。例えば、本発明の組織再生促進剤には、上記(a)から(f)に記載の成分のうち少なくとも1つの成分に加え、S100A8またはS100A9の機能的組織再生誘導機能を強化する関連分子(群)、S100A8またはS100A9の期待される効果以外の作用を抑制する分子(群)、骨髄由来細胞の増殖や分化を制御する因子、これら因子あるいは細胞の機能を強化・維持するその他の因子を含むことが可能である。
本発明の誘導剤や組織再生促進剤におけるS100A8またはS100A9タンパク質の起源となる動物種としては、ヒト又は非ヒト動物が挙げられ、例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌ、ウサギ、ハムスター、モルモットなどが例示できるが、上記成分が投与される動物種と同じ動物種であることが好ましい。
【0021】
本発明の誘導剤や組織再生促進剤におけるS100A8タンパク質としては、配列番号:1、3または5に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質が例示できるが、これらに限定されるものではない。本発明のS100A8タンパク質には、配列番号:1、3または5に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質も含まれる。そのようなタンパク質としては、例えば、1)配列番号:1、3または5に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなり、配列番号:1、3または5に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等な単離されたタンパク質、および、2)配列番号:2、4または6に記載の塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であって、配列番号:1、3または5に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等な単離されたタンパク質が挙げられる。
本発明の誘導剤や組織再生促進剤におけるS100A9タンパク質としては、配列番号:7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質が例示できるが、これらに限定されるものではない。本発明のS100A9タンパク質には、配列番号:7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質も含まれる。そのようなタンパク質としては、例えば、1)配列番号:7、9または11に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなり、配列番号:7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等な単離されたタンパク質、および、2)配列番号:8、10または12に記載の塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であって、配列番号:7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等な単離されたタンパク質が挙げられる。
配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等な単離されたタンパク質は、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質のホモログあるいはパラログでありうる。配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質は、当業者によって公知の方法(実験医学別冊・遺伝子工学ハンドブック, pp246-251、羊土社、1991年発行)で単離することができる。
配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質としては、骨髄由来細胞の誘導活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0022】
配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなり、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質は、天然に存在するタンパク質を含む。一般に真核生物の遺伝子は、インターフェロン遺伝子等で知られているように、多型現象(polymorphism)を有する。この多型現象によって生じた塩基配列の変化によって、1または複数個のアミノ酸が、置換、欠失、挿入、および/または付加される場合がある。このように自然に存在するタンパク質であって、かつ配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が、置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有し、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等なタンパク質は、本発明のS100A8またはS100A9タンパク質に含まれる。
【0023】
また、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等なタンパク質である限り、人為的に作製された変異タンパク質も本発明に含まれる。与えられた塩基配列に対してランダムに変異を加える方法としては、たとえばDNAの亜硝酸処理による塩基対の置換が知られている(Hirose, S. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 79:7258-7260, 1982)。この方法では、変異を導入したいセグメントを亜硝酸処理することにより、特定のセグメント内にランダムに塩基対の置換を導入することができる。あるいはまた、目的とする変異を任意の場所にもたらす技術としてはgapped duplex法等がある(Kramer W. and Fritz HJ., Methods in Enzymol., 154:350-367, 1987)。変異を導入すべき遺伝子をクローニングした環状2本鎖のベクターを1本鎖とし、目的とする部位に変異を持つ合成オリゴヌクレオチドをハイブリダイズさせる。制限酵素により切断して線状化させたベクター由来の相補1本鎖DNAを、前記環状1本鎖ベクターにアニールさせ、前記合成ヌクレオチドとの間のギャップをDNAポリメラーゼで充填し、更にライゲーションすることにより完全な2本鎖環状ベクターとする。
改変されるアミノ酸の数は、典型的には50アミノ酸以内であり、好ましくは30アミノ酸以内であり、さらに好ましくは5アミノ酸以内(例えば、1アミノ酸)であると考えられる。
【0024】
アミノ酸を人為的に置換する場合、性質の似たアミノ酸に置換すれば、もとのタンパク質の活性が維持されやすいと考えられる。本発明のタンパク質には、上記アミノ酸置換において保存的置換が加えられたタンパク質であって、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質が含まれる。保存的置換は、タンパク質の活性に重要なドメインのアミノ酸を置換する場合などにおいて重要であると考えられる。このようなアミノ酸の保存的置換は、当業者にはよく知られている。
【0025】
保存的置換に相当するアミノ酸のグループとしては、例えば、塩基性アミノ酸(例えばリジン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸 (例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性アミノ酸 (例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性アミノ酸 (例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐アミノ酸 (例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、および芳香族アミノ酸 (例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)などが挙げられる。
また、非保存的置換によりタンパク質の活性などをより上昇(例えば恒常的活性化型タンパク質などを含む)させることも考えられる。
【0026】
この他、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質を得る方法として、ハイブリダイゼーションを利用する方法を挙げることができる。すなわち、配列番号:2、4、6、8、10または12に示すような本発明によるS100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNA、あるいはその断片をプローブとし、これとハイブリダイズすることができるDNAを単離する。ハイブリダイゼーションをストリンジェントな条件下で実施すれば、塩基配列としては相同性の高いDNAが選択され、その結果として単離されるタンパク質にはS100A8またはS100A9タンパク質と機能的に同等なタンパク質が含まれる可能性が高まる。相同性の高い塩基配列とは、たとえば70%以上、望ましくは90%以上の同一性を示すことができる。
【0027】
なおストリンジェントな条件とは、具体的には例えば 6×SSC、40%ホルムアミド、25℃でのハイブリダイゼーションと、1×SSC、55℃での洗浄といった条件を示すことができる。ストリンジェンシーは、塩濃度、ホルムアミドの濃度、あるいは温度といった条件に左右されるが、当業者であればこれらの条件を必要なストリンジェンシーを得られるように設定することは自明である。
ハイブリダイゼーションを利用することによって、たとえば配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質以外のS100A8またはS100A9タンパク質のホモログをコードするDNAの単離が可能である。
【0028】
配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質と機能的に同等なタンパク質は、通常、配列番号:1、3、5、7、9または11に記載のアミノ酸配列と高い相同性を有する。高い相同性とは、少なくとも30%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上(例えば、95%以上)の配列の同一性を指す。塩基配列やアミノ酸配列の同一性は、インターネットを利用したホモロジー検索サイトを利用して行うことができる[例えば日本DNAデータバンク(DDBJ)において、FASTA、BLAST、PSI-BLAST、および SSEARCH 等の相同性検索が利用できる[例えば日本DNAデータバンク(DDBJ)のウェブサイトの相同性検索(Search and Analysis)のページ ; http://www.ddbj.nig.ac.jp/E-mail/homology-j.html]。また、National Center for Biotechnology Information (NCBI) において、BLASTを用いた検索を行うことができる(例えばNCBIのホームページのウェブサイトのBLASTのページ; http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/; Altschul, S.F. et al., J. Mol. Biol., 1990, 215(3):403-10; Altschul, S.F. & Gish, W., Meth. Enzymol., 1996, 266:460-480; Altschul, S.F. et al., Nucleic Acids Res., 1997, 25:3389-3402)]。
【0029】
例えば Advanced BLAST 2.1におけるアミノ酸配列の同一性の算出は、プログラムにblastpを用い、Expect値を10、Filterは全てOFFにして、MatrixにBLOSUM62を用い、Gap existence cost、Per residue gap cost、および Lambda ratioをそれぞれ 11、1、0.85(デフォルト値)に設定して検索を行い、同一性(identity)の値(%)を得ることができる(Karlin, S. and S. F. Altschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68; Karlin, S. and S. F. Altschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-7)。
【0030】
本発明によるタンパク質、またはその機能的に同等なタンパク質は、糖鎖等の生理的な修飾、蛍光や放射性物質のような標識、あるいは他のタンパク質との融合といった各種の修飾を加えたタンパク質であることができる。ことに後に述べる遺伝子組換え体においては、発現させる宿主によって糖鎖による修飾に差異が生じる可能性がある。しかしたとえ糖鎖の修飾に違いを持っていても、本明細書中に開示されたS100A8またはS100A9タンパク質と同様の性状を示すものであれば、いずれも本発明によるS100A8またはS100A9タンパク質、または機能的に同等なタンパク質である。
【0031】
S100A8またはS100A9タンパク質は、生体材料のみならず、これをコードする遺伝子を適当な発現系に組み込んで遺伝子組換え体(recombinant)として得ることもできる。S100A8またはS100A9タンパク質を遺伝子工学的な手法によって得るためには、先に述べたS100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAを適当な発現系に組み込んで発現させれば良い。本発明に応用可能なホスト/ベクター系としては、例えば、発現ベクターpGEXと大腸菌を示すことができる。pGEXは外来遺伝子をグルタチオン S-トランスフェラーゼ(GST)との融合タンパク質として発現させることができる(Gene, 67:31-40, 1988)ので、S100A8またはS100A9タンパク質をコードする遺伝子を組み込んだpGEXをヒートショックでBL21のような大腸菌株に導入し、適当な培養時間の後に isopropylthio-β-D-galactoside(IPTG)を添加してGST融合S100A8またはGST融合S100A9タンパク質の発現を誘導する。本発明によるGSTはグルタチオンセファロース4Bに吸着するため、発現生成物はアフィニティークロマトグラフィーによって容易に分離・精製することが可能である。
【0032】
S100A8またはS100A9タンパク質の recombinant を得るためのホスト/ベクター系としては、この他にも次のようなものを応用することができる。まず細菌をホストに利用する場合には、ヒスチジンタグ、HAタグ、FLAGタグ等を利用した融合タンパク質の発現用ベクターが市販されている。酵母では、Pichia属酵母が糖鎖を備えたタンパク質の発現に有効なことが公知である。糖鎖の付加という点では、昆虫細胞をホストとするバキュロウイルスベクターを利用した発現系も有用である(Bio/Technology, 6:47-55, 1988)。更に、哺乳動物の細胞を利用して、CMV、RSV、あるいはSV40等のプロモーターを利用したベクターのトランスフェクションが行われており、これらのホスト/ベクター系は、いずれもS100A8またはS100A9タンパク質の発現系として利用することができる。また、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター等のウイルスベクターを利用して遺伝子を導入することもできる。
【0033】
得られた本発明のタンパク質は、宿主細胞内または細胞外(培地など)から単離し、実質的に純粋で均一なタンパク質として精製することができる。タンパク質の分離、精製は、通常のタンパク質の精製で使用されている分離、精製方法を使用すればよく、何ら限定されるものではない。例えば、クロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、溶媒沈殿、溶媒抽出、蒸留、免疫沈降、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動法、透析、再結晶等を適宜選択、組み合わせればタンパク質を分離、精製することができる。
【0034】
クロマトグラフィーとしては、例えばアフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、ゲル濾過、逆相クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー等が挙げられる(Marshak et al., Strategies for Protein Purification and Characterization: A Laboratory Course Manual. Ed Daniel R. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1996)。これらのクロマトグラフィーは、液相クロマトグラフィー、例えばHPLC、FPLC等の液相クロマトグラフィーを用いて行うことができる。
【0035】
また、本発明のタンパク質は、実質的に精製されたタンパク質であることが好ましい。ここで「実質的に精製された」とは、本発明のタンパク質の精製度(タンパク質成分全体における本発明のタンパク質の割合)が、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、100%若しくは100%に近いことを意味する。100%に近い上限は当業者の精製技術や分析技術に依存するが、例えば、99.999%、99.99%、99.9%、99%などである。
【0036】
また、上記の精製度を有するものであれば、如何なる精製方法によって精製されたものでも、実質的に精製されたタンパク質に含まれる。例えば、上述のクロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、溶媒沈殿、溶媒抽出、蒸留、免疫沈降、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動法、透析、再結晶等を適宜選択、または組み合わせることにより、実質的に精製されたタンパク質を例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0037】
本発明の誘導剤や組織再生促進剤におけるS100A8またはS100A9タンパク質を放出または分泌する細胞としては、基本的に生体内のすべての組織由来細胞が該当する。採取および培養が容易な細胞としては、線維芽細胞(例えば正常皮膚線維芽細胞およびそれに由来する株化細胞)が例示できるが、これに限定されるものではない。また、S100A8またはS100A9タンパク質を分泌する細胞は、S100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAあるいはS100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAに分泌シグナルをコードするDNA(ATG CAG ACA GAC ACA CTC CTG CTA TGG GTA CTG CTG CTG TGG GTT CCA GGT TCC ACT GGT GAC;配列番号:15)を結合させたDNAを公知の発現ベクターや遺伝子治療用ベクターに挿入することで作製されたベクターを、線維芽細胞(例えば正常皮膚線維芽細胞およびそれに由来する株化細胞)などの哺乳類細胞や昆虫細胞、その他の細胞に導入することによっても作製することができる。分泌シグナルをコードするDNAとしては上述の配列を有するDNAが例示されるが、これに限定されない。また、これら細胞が由来する動物種に特に制限はないが、組織再生が行われる対象動物種の細胞、対象自身の細胞、あるいは組織再生が行われる対象の血縁にあたる者に由来する細胞を使用することが好ましい。
【0038】
本発明の誘導剤や組織再生促進剤におけるS100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAは、S100A8またはS100A9タンパク質をコードする限り、cDNAであっても、ゲノムDNAであってもよく、また、天然のDNAであっても、人工的に合成されたDNAであってもよい。S100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAは、通常、ベクター(例えば遺伝子治療用ベクター)に挿入された状態で、本発明の誘導剤や組織再生促進剤に含有される。
【0039】
本発明における遺伝子治療用ベクターとしては、プラスミドベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノアソシエートウイルスベクター、センダイウイルスベクター、センダイウイルスエンベロープベクター、パピローマウイルスベクター、などが例示できるが、これらに限定されるものではない。該遺伝子治療用ベクターには、遺伝子発現を効果的に誘導するプロモーターDNA配列や、遺伝子発現を制御する因子、DNAの安定性を維持するために必要な分子が含まれてもよい。
【0040】
なお、本発明の誘導剤、および本発明の組織再生促進剤においては、S100A8またはS100A9タンパク質の部分ペプチドであって骨髄由来細胞の誘導活性を有するペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または、該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクターを含有することもできる。
【0041】
本発明の誘導剤や組織再生促進剤の投与方法は、経口投与または非経口投与が挙げられ、係る投与方法としては具体的には、注射投与、経鼻投与、経肺投与、経皮投与などが挙げられる。例えば、血管内注射(動脈内注射、静脈内注射等)、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などによって本発明の誘導剤や組織再生促進剤を全身(血中または筋肉中)または局部的(例えば、皮下、皮内、皮膚表面、眼球あるいは眼瞼結膜、鼻腔粘膜、口腔内および消化管粘膜、膣・子宮内粘膜、または損傷部位など)に投与できる。
【0042】
また、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。S100A8またはS100A9タンパク質を投与する場合、例えば、一回の投与につき、体重1 kgあたり0.0000001mgから1000mgの範囲で投与量が選択できる。あるいは、例えば、患者あたり0.00001から100000mg/bodyの範囲で投与量が選択できる。S100A8またはS100A9タンパク質を分泌する細胞やS100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAが挿入された遺伝子治療用ベクターを投与する場合も、損傷組織において、S100A8またはS100A9タンパク質の量が上記範囲内となるように投与することができる。しかしながら、本発明の誘導剤や組織再生促進剤はこれらの投与量に制限されるものではない。
【0043】
本発明の誘導剤や組織再生促進剤は、常法に従って製剤化することができ(例えば、Remington's Pharmaceutical Science, latest edition, Mark Publishing Company, Easton, U.S.A)、医薬的に許容される担体や添加物を共に含むものであってもよい。例えば界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられるが、これらに制限されず、その他常用の担体が適宜使用できる。具体的には、軽質無水ケイ酸、乳糖、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を挙げることができる。
【0044】
また、上述したS100A8またはS100A9タンパク質、S100A8またはS100A9タンパク質を分泌する細胞、S100A8またはS100A9タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター、S100A8またはS100A9タンパク質の部分ペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクターの用途は、以下(1)〜(5)のように表現することもできる。
(1)S100A8またはS100A9タンパク質、該タンパク質を分泌する細胞、該タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター、該タンパク質の部分ペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクターを、組織が損傷した対象に投与する工程を含む、該損傷した組織の再生を促進する方法、
(2)S100A8またはS100A9タンパク質、該タンパク質を分泌する細胞、該タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター、該タンパク質の部分ペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクターを、組織が損傷した対象に投与する工程を含む、該損傷した組織に骨髄細胞を誘導する方法、
(3)骨髄細胞の誘導剤または組織再生促進剤の製造における、S100A8またはS100A9タンパク質、該タンパク質を分泌する細胞、該タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター、該タンパク質の部分ペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクターの使用、
(4)損傷した組織に骨髄細胞を誘導する方法に使用するための、S100A8またはS100A9タンパク質、該タンパク質を分泌する細胞、該タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター、該タンパク質の部分ペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクター、
(5)損傷した組織の再生を促進する方法に使用するための、S100A8またはS100A9タンパク質、該タンパク質を分泌する細胞、該タンパク質をコードするDNAが挿入されたベクター、該タンパク質の部分ペプチド、該部分ペプチドを分泌する細胞、または該部分ペプチドをコードするDNAが挿入されたベクター。
上記組織が損傷した対象としては、ヒト又は非ヒト動物が挙げられ、例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌ、ウサギ、ハムスター、モルモットなどが例示できるが、これらに制限されない。
なお本明細書において引用されたすべての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕
目的:生体移植皮膚組織の機能的再生時における骨髄由来細胞寄与の評価
方法:上記の目的に対して以下の方法により研究を行った。
1)GFP骨髄移植マウスに対する生体皮膚移植系を利用して、移植皮膚片の機能的再生時の骨髄由来細胞寄与程度を検討した。具体的には、C57BL/6雄マウス(6〜8週齢)に致死量放射線(10Gy)を照射し、その直後に尾静脈よりGFP(green fluorescent protein)トランスジェニックマウス由来骨髄細胞(5x10
6個/0.1ml 生理的リン酸緩衝溶液pH7.4)を移植した(
図1)。
2)移植骨髄細胞の生着を待って(6週間)、得られたGFP骨髄移植マウスの背部皮膚に、新生マウス皮膚(雌)を移植した。
3)移植皮膚片の生着と十分な皮膚組織再生を待って(4週間)、移植皮膚片領域におけるGFP蛍光の集積程度を、蛍光実体顕微鏡を利用して観察した。
4)吸入麻酔下に移植皮膚片を生検により採取し、冷却装置付ミクロトームを用いて皮膚凍結切片(6μm)を作製、4%パラホルムアルデヒド固定(30分間)、組織内細胞核をDAPIで染色、蛍光退色防止剤入り封入材を用いて組織を封入した後共焦点レーザー顕微鏡によりGFP陽性骨髄由来細胞の存在を検討した。
【0046】
結果:GFP骨髄移植マウスへの生体皮膚移植系において、再生した皮膚組織の表皮角化細胞、真皮線維芽細胞、さらには平滑筋細胞や脂肪細胞の多くがGFP蛍光を示し、これらの細胞が骨髄由来であることが示された(
図2)。即ち、移植皮膚の機能的再生時に必要な上皮系および間葉系細胞の多くが、骨髄由来幹細胞により供給されていた。
【0047】
考察:以上の結果は、皮膚損傷の際骨髄細胞は損傷部に集まり、皮膚を構築する様々な器官に分化することで皮膚の機能的再生に寄与することを示唆している。また、植皮皮膚片には様々な器官に分化可能な骨髄細胞を集める物質があることが予想される。
骨髄内には造血系幹細胞と間葉系幹細胞の二つの幹細胞システムが存在することが報告されている。今回の研究で示された、移植皮膚内に大量動員された骨髄由来上皮系細胞および間葉系細胞が骨髄由来造血系幹細胞から供給されていると予想するのは困難であり、移植組織の機能的再生には骨髄由来間葉系幹細胞が寄与している可能性が強く示唆される。即ち、植皮直後に疎血・壊死方向にある移植皮膚組織から骨髄由来間葉系幹細胞動員因子が放出され、骨髄から間葉系幹細胞を、末梢血液循環を介して移植皮膚片内に動員し、機能的皮膚組織再生を誘導していることが予想された。
【0048】
〔実施例2〕
目的:皮膚組織抽出液内に存在する骨髄由来組織幹細胞誘導因子の同定
方法:疎血状態にある切除皮膚からの放出が予想される骨髄間葉系幹細胞動員因子の同定を目的として以下の方法のように研究を進めた。
1)マウス骨髄由来間葉系幹細胞を得るために、C57BL/6マウスの骨髄細胞を大腿骨もしくは下腿の骨から採取し、10%胎仔ウシ血清含D-MEM(Nacalai 社製)を細胞培養培地として細胞培養皿に撒き、37℃、炭酸ガス濃度5%の条件下で培養した。細胞が占める面積が培養皿底面積に対して70から100%に増殖した時点で、0.25%トリプシン1mMEDTA(Nacalai社製)を用いて細胞を培養皿からはがし、さらに同じ条件で継代培養した。継代作業は少なくとも5回以上繰り返した。さらにこれらの付着細胞を単離培養しフローサイトメトリーによる細胞表面抗原の分析を行いLin陰性、CD45陰性、CD44陽性、Sca-1陽性、c-kit陰性であることを確認した。これらの細胞は骨細胞、脂肪細胞に分化可能で骨髄間葉系幹細胞の性質を有することを確認した。
2)新生マウス(2日齢)5匹から得た遊離皮膚片を生理的リン酸緩衝液pH7.4(PBS)5ml内に浸し、4℃で24時間インキュベーションした後、組織を取り除くために、4℃の条件下で10分間、440Gで遠心し上清を回収して皮膚抽出液を作製した。また同様に、6週齢マウス1匹から得た遊離皮膚片を生理的リン酸緩衝液pH7.4(PBS)5ml内に浸し、4℃で24時間インキュベーションした後、組織を取り除くために、4℃の条件下で10分間、440Gで遠心し上清を回収して皮膚抽出液を作製した。
3)得られた皮膚抽出液の中に骨髄間葉系幹細胞誘導活性が存在することを確認するため、ボイデン・チャンバーを用い、本発明者らが既に株化しているC57BL6マウス骨髄由来間葉系幹細胞に対する遊走活性を検討した。具体的にはボイデン・チャンバーの下槽(容量25μl)に2日齢もしくは6週齢のマウス皮膚抽出液(5μl)とDMEM(20μl)の混合液を挿入し、8μmの微細穴を持つポリカーボネートメンブレンを乗せ、さらにこれに接してボイデン・チャンバー上槽(容量50μl)を載せて、その中に骨髄由来間葉系幹細胞浮遊液(5x10
4個/50ml培養液:DMEM/10%ウシ胎仔血清)を入れ、CO
2インキュベーター内で37℃、4〜24時間培養した。培養後、チャンバーの上槽をはずし、シリコン薄膜を取り出して、その微細穴を通過してチャンバー下槽に遊走した骨髄由来間葉系幹細胞の数を染色により定量的に検討した(
図4)。
【0049】
4)2日齢マウス、6週齢マウスそれぞれの皮膚を約2cm
2採取し、速やかに液体窒素で凍結後、乳鉢を用いて粉砕した。これらのサンプルからRNeasy (Qiagen)を用いてRNAを抽出精製した。精製したRNAを用いてマイクロアレイアッセイにより2日齢マウスでより多く発現しているmRNAをスクリーニングした。2日齢マウスの方が2倍以上のスコアが高い遺伝子は767あった。これらの遺伝子のうち、ヘパリンに親和性の高いタンパク質、分泌される可能性のあるタンパク質、2日齢マウスの方が6倍以上スコアが高い遺伝子を検討したところ上位57番目の遺伝子としてS100A9が存在した。そこで、S100A9及びS100A9とヘテロダイマーを形成することで知られているS100A8の2日齢皮膚抽出液中の存在をWestern blot 法で検出した。すなわち、2日齢皮膚抽出液5μl とSDS-PAGE sample buffer 5μl(Bio-Rad)を混合し、98℃、5分間ヒートブロックで熱した後、25℃にまで冷却した。このサンプルを12.5% アクリルアミドゲルのe-PAGEL(ATTO)にアプライし、電気泳動装置(ATTO)を用いて、40mA で75分間電気泳動した。電気泳動後ゲルを回収し、ブロッティング装置(ATTO)を用いて、あらかじめ100% メタノールにて処理した縦7cm 横9cmのPVDF膜(Millipore)にゲル中のタンパク質を転写した。転写は120mA 、75分間施行した。転写終了後、PVDF膜を回収し、4%スキムミルク含PBS(nacalai)中で30分間室温振盪した。その後、抗S100A8抗体(R&D)もしくは抗S100A9(R&D)5μlを10mLの4%スキムミルク含PBSに希釈した液中に回収したPVDF膜を浸し、60分間室温振盪した。抗体液を除去後、30 mL の0.1% Tween 20 含PBSで膜を5分間室温で振盪し洗浄した。洗浄は5回繰り返した。洗浄後、HRP標識抗goat IgG 抗体(GE healthcare)5μlを10mLの4%スキムミルク含PBSに希釈した液中に膜を入れ室温で45分間振盪した。抗体液を除去後、30 mL の0.1% Tween 20 含PBSで膜を5分間室温で振盪し洗浄した。洗浄は5回繰り返した。膜をECL検出キット(GE healthcare)にて発光させフィルムを感光させた。現像装置でフィルムを現像し、S100A8及びS100A9のタンパク質のシグナルを得た(
図5)。
【0050】
5)皮膚抽出液内の骨髄由来間葉幹細胞動員活性をもつ因子を精製するために、ヘパリンアフィニティーカラム・クロマトグラフィーを施行した。以下の操作は、FPLC装置(GE healthcare)を用いて施行した。まず、2日齢マウス皮膚抽出液を4℃の9倍容20 mM リン酸バッファー pH 7.5を用い 10倍に希釈した(希釈液A)。あらかじめ、20 mM リン酸バッファー pH 7.5(300ml)をHiPrep 16/10 Heparin FF(GE Healthcare)の中に流しカラムを平衡化した。さらに、希釈液Aをカラムに結合させた。その後20 mM リン酸バッファー pH 7.5, (300ml)でカラムを洗浄した。吸着したタンパク質を溶出するため、(A液)20 mM リン酸バッファー pH 7.5, 10mM NaCl と(B液)20 mM リン酸バッファー pH 7.5, 500mM NaClを作製した。はじめA液100%/B液0%で送液し、徐々にB液の割合を増加し最終的にA液0%/B液100%で送液した。総送液量は150mLとした。溶出液はシリコンコートしたチューブに3mLずつ分画した。分画したサンプルのそれぞれ5μl とSDS-PAGE sample buffer 5μl(Bio-Rad)を混合し、98℃、5分間ヒートブロックで熱した後、25℃にまで冷却した。このサンプルを(5-20% graduent) アクリルアミドゲルのe-PAGEL(ATTO)にアプライし、電気泳動装置(ATTO)を用いて、40mA で75分間電気泳動した。泳動後、Dodeca silver stain kit(Bio-Rad)を用いて泳動したタンパク質を検出した(
図6)。
分画したサンプルをそれぞれ、上記と同様にボイデン・チャンバーを利用した遊走活性を評価した(
図7)。
分画したサンプルをそれぞれ、上記と同様にWestern blot法を用いてS100A8とS100A9のタンパク質の存在を検出した(
図8)。
【0051】
6)新生マウス皮膚からTrizol (invitrogen) を用いてRNA を抽出し更にSuperScript III cDNA synthesis kit(Invitrogen) を用いてcDNA を合成した。このcDNA をテンプレートとしてS100A8及びS100A9のcDNAをPCR (ポリメラーゼ連鎖反応)法を用いて増幅し、アミノ酸配列のN末端にGST tagの配列(配列番号:13(アミノ酸配列)、配列番号:14(DNA配列))を付加したタンパク質を発現するように、哺乳類細胞でタンパク質を発現させるプラスミドベクターpCAGGSに挿入した(
図9)。ヒト胎児腎細胞由来HEK293培養細胞株にリポフェクション試薬(Invitrogen)を用いてpCAGGS-GST-S100A8もしくはpCAGGS-GST-S100A9をトランスフェクションし、48時間後細胞及び培養上清を回収した。細胞及び培養上清は4℃で4400g・5分間遠心し上清(上清A)と細胞を分離しそれぞれ回収した。細胞は0.1%Tween20含PBSを加え氷冷下で30秒間超音波をあてることで細胞膜を破壊した。さらに、4℃で4400g・5分間遠心し上清を回収した(上清B)。上清Aおよび上清Bを混合し、あらかじめ30mLのPBSでバッファーを置換したHiTrap GST FF column (GE healthcare, 5mL)に添加した。添加後PBS100mLでカラムを洗浄し、還元型グルタチオン含20mM リン酸バッファー(pH.8)で吸着したタンパク質を溶出した。リコンビナントS100A8およびS100A9のボイデン・チャンバーを用いた、骨髄間葉系幹細胞遊走活性を検討した。ボイデン・チャンバーの下層には、精製したS100A8およびS100A9タンパク質を0.1ng/μLの濃度に調整しDMEMに溶かしたサンプルもしくは2日齢マウス皮膚抽出液は4倍容のDMEMで希釈したサンプルを挿入した。Negative controlはS100AおよびS100A9 cDNAを挿入していないコントロールベクターをトランスフェクションした細胞からタンパク質を抽出し、HiTrap GST FF columnから溶出した画分を同様に用いた。下層にサンプルを挿入後、8μmの微細穴を持つポリカーボネートメンブレンを乗せ、さらにこれに接してボイデン・チャンバー上槽(容量50μl)を載せて、その中に骨髄由来間葉系幹細胞浮遊液(5x10
4個/50ml培養液:DMEM/10%ウシ胎仔血清)を入れ、CO
2インキュベーター内で37℃、4〜24時間培養した。培養後、チャンバーの上槽をはずし、ポリカーボネートメンブレンを取り出して、その微細穴を通過してチャンバー下槽に遊走した骨髄由来間葉系幹細胞の数を染色により定量的に検討した(
図10)。
【0052】
7)前述の精製したGST-S100A8およびS100A9リコンビナントタンパク質を8週齢雄マウスの尾静脈から250μL(1ng/μL)注入した。12時間後イソフルランに容吸入麻酔下に、マウスの心臓からヘパリンコートした1mLのシリンジを用いて、末梢血1mLを採血し、3mLのPBSと混合した後、3mLのFicol(GE healthcare)の上に静かに重層した。遠心機を用い、25℃で400g、40分間遠心した。中間層の白濁した層の細胞を単核球画分として回収した。回収した細胞に1mLの溶血剤であるHLB solution(免疫生物研究所)を加え室温で5分インキュベートした。この溶血操作を2回繰り返した。10mLのPBSを加え、25℃で440g、5分間遠心し上清を除去して細胞を回収した。この細胞1,000,000個に抗マウスPE標識PDGFRα抗体(e-Bioscience)、PE標識抗マウスPDGFRβ抗体(e-Bioscience)、FITC標識抗マウスCD45抗体(BD biosciences)、PerCy5標識抗マウスCD44抗体(BD biosciences)それぞれをPBSで100倍希釈し20分間室温でインキュベートした。その後この細胞を25℃、440g、5分間遠心し上清を除去した。1%パラホルムアルデヒド含PBSを400μL加え、フローサイトメトリー解析のサンプルとした。抗体は(I)PDGFRα/CD45/CD44(II)PDGFβ/CD45/CD44の組み合わせで使用した。解析結果はCD45弱陽性-陰性細胞に対してのPDGFRα(もしくはβ)及びCD44の発現細胞の割合を検討した(
図11A,
図11B)。
【0053】
結果:切除した2日齢マウス皮膚及び6週齢マウス皮膚の骨髄間葉系幹細胞の遊走活性を検討し、6週齢マウスに比べ2日齢マウスの皮膚抽出液に強い活性を見出した。DNAマイクロアレイの結果からS100A9が2日齢マウス皮膚で強い発現が認められた。皮膚抽出液をヘパリンカラムで粗精製したサンプルの間葉系幹細胞遊走活性とS100A9及びS100A8の含有に相関が認められた。これらのタンパク質の発現ベクターを作製し、HEK293を用いてリコンビナントタンパク質を生産精製した。これらのS100A8・S100A9精製品はボイデン・チャンバーを用いたアッセイにおいて骨髄間葉系幹細胞遊走活性を有していた。また、マウス静脈投与によってもPDGFRα、CD44陽性細胞群を末梢血中に動員する活性が認められた(
図11)。
【0054】
考察:今回本発明者らは、世界で初めて、遊離皮膚片がS100A8およびS100A9を産生し、産生されたS100A8およびS100A9は骨髄由来間葉系幹細胞を遊走する強い活性を有することを見出した。また、骨髄間葉系幹細胞は骨組織、脂肪組織、軟骨組織、線維芽細胞等に分化する多能性幹細胞であることが知られているが、最近骨髄由来細胞の中には、心筋、神経細胞、表皮細胞等の組織にも分化する多能性幹細胞も存在することも指摘されている。今回植皮片の表皮細胞、毛包細胞、皮下組織の線維芽細胞などが骨髄由来の細胞で構成されていることから、S100A8やS100A9が骨髄由来組織幹細胞を植皮片に動員し、損傷組織の機能的修復を誘導していると考えられる。S100A8およびS100A9は静脈注射による投与で末梢血中に骨髄間葉系幹細胞を動員可能なため、局所投与が困難な深部組織(脳、心臓、脊髄など)にも末梢循環を介して投与可能である。本技術を医薬品をとして利用することで、損傷組織再生時に間葉系幹細胞を含む骨髄由来組織幹細胞を局所に動員することが可能になれば、皮膚組織の組織損傷治癒のみならず脳、筋肉、骨などの様々な組織損傷治癒過程において治癒期間の短縮、損傷組織の機能的再生などの効果が期待されると確信する。
【0055】
〔実施例3〕
目的:正常マウスおよび糖尿病マウスにおけるS100A8の皮膚潰瘍治療効果の確認
方法:マウス皮膚潰瘍モデルにリコンビナントS100A8タンパク質を投与し、潰瘍治療効果を検討した。被験マウスはGFPを発現する骨髄細胞を移植したC57/Bl6 マウスもしくは糖尿病モデルマウスであるBKS.Cg-m+/+Leprdb/J(dbマウス)を使用した。マウス皮膚に直径6mmの皮膚潰瘍を作成した。マウスに作製した皮膚潰瘍は皮膚欠損部分の周囲の皮膚が速やかに収縮する。本実験では、欠損皮膚を収縮ではなく再生皮膚で覆うことにより治療するモデルを作製するために、皮膚欠損部に外径10mm 、内径6mm 、厚さ0.5mm のシリコンゴム製の円盤を皮膚手術用接着剤(アロンアルファA)およびナイロン糸で潰瘍周囲の皮膚を固定した。さらにリコンビナントS100A8タンパク質を1.5μg /日、7日間連日潰瘍面に直接投与した。また潰瘍面の乾燥を防ぐため表面をフィルムドレッシング剤 Tegaderm(3M)で保護した。治療効果を確認するため経時的に潰瘍面積を測定した。
【0056】
結果と考察:正常マウスにおいては、治療開始7日目以降から有意にS100A8治療群においてコントロール群より潰瘍面積の縮小がみられた(
図12)。また、糖尿病マウスにおいても、治療開始7日目以降から有意にS100A8治療群においてコントロール群より潰瘍面積の縮小がみられた(
図13)。すなわち、正常マウス、糖尿病マウスいずれでも有意な皮膚潰瘍の縮小効果が確認された。今回の結果からS100A8は正常のマウスのみならず糖尿病マウスにおいても皮膚潰瘍の治療効果を有することが確認された。