【0013】
4.本発明における概日リズム睡眠障害診断用マーカーの使用方法
概日リズム睡眠障害が疑われる患者など哺乳動物から採取した白血球又は白血球を含む血液、典型的には末梢血中の、HSPA1aの発現量をHSPA1a抗体で測定する。あらかじめ、健常な哺乳動物(例えば健常人)の発現量を基準値として設定しておけば、その基準値を超えた場合に、概日リズム睡眠障害であると診断できる。HSPA1a抗体は、適宜マウスなどの実験動物を免疫して得ることもできるが、Uscn Life Science Inc.社、Merck Millipore社などから市販されている。
特に、睡眠開始時間帯の血液を採取すれば、より正確な診断が可能である。
また、被験哺乳動物の血液に対して、定量PCR解析などを適用し、同様に遺伝子の転写レベルでのHSPA1aの発現量の増加を測定しても良い。HSPA1a遺伝子増幅用プライマーも、インビトロジェン社などにより市販されている。
ヒトの時計遺伝子は、毛髪の毛胞細胞や、皮膚、口腔内細胞にも存在し、概日リズムを刻むことが知られていることをみれば、HSPA1a遺伝子もこれら細胞内での発現量の変動が予測される。したがって、被検哺乳動物の血液試料に代えて、毛胞細胞、皮膚細胞、口腔内細胞を用いてモニターすることも可能である。実験動物であるげっ歯類の場合、尻尾を採取しながらモニターする手法も可能である。
なお、概日リズム睡眠障害の診断の対象となる哺乳動物とは、典型的にはヒトであるが、イヌやネコなどの愛玩動物、ウシ、ウマ、ブタなどの家畜動物、マウス、ラットなどの実験動物など、どのような哺乳動物であってもよい。
【実施例】
【0015】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は特にこれら実施例に限定されるものではない。
なお、本発明で使用されている技術的用語は、別途定義されていない限り、当業者により普通に理解されている意味を持つ。
また、本発明で引用した先行文献又は特許出願明細書の記載内容は、本明細書の記載として組み入れるものとする。
【0016】
(実施例1)概日リズム睡眠障害モデルマウスにおけるHSPA1a遺伝子発現量の増加観察
(1−1)概日リズム睡眠障害モデルマウスの作製
非特許文献5に記載の方法に従って、概日リズム睡眠障害モデルマウスを作製した。具体的には以下の通りである。
ICR系統のマウス(3週齢の雄性、日本エスエルシー株式会社)13匹を、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下(8:00点灯、20:00消灯)で馴化のための予備飼育を行った。馴化終了後、マウスを2群に分け(対照群6匹、実験群7匹)、対照群は明期12時間、暗期12時間のまま、実験群は、明期3時間、暗期3時間の明暗6時間サイクル(8:00点灯、11:00消灯、14:00点灯、17:00消灯、20:00点灯、23:00消灯、2:00点灯、5:00消灯)にて飼育を行った。飼料としては、AIN-93M(オリエンタル酵母工業株式会社製)を用いた。
全期間を通じて、マウスの飲水行動を、クロノバイオロジーキット(Stanford Software Systems、CA)により測定した。マウスは夜行性であるため、通常の明暗サイクル下(明期12時間、暗期12時間)で飼育すると、飲水行動は夜間の12時間に多く認められる。ところが、明期3時間、暗期3時間の6時間周期の明暗サイクル下においては、行動の概日リズムを司る体内時計が、明暗サイクルに同調することができないため、非特許文献6に記載されると同様に明瞭な行動リズムが消失した(
図1B)。
【0017】
(1−2)HSPA1a遺伝子発現の顕著な誘導
明期3時間、暗期3時間の明暗6時間サイクル下にて8週間の飼育を行った後、殺処分したマウスの肝臓より全RNAを抽出し、定量PCR法にてHSPA1a mRNAの発現量を調べた。(
図2)中、HSPA1a mRNAの発現量は、βアクチンmRNAの発現量に対する比として数値化した後、対照群を100%とした比として示してある。すなわち、明暗6時間サイクル下にて飼育することにより、肝臓でのHSPA1a遺伝子の発現が顕著に誘導されることが判明した。
【0018】
(実施例2)ストレス性睡眠障害モデルマウスを用いたHSPA1a遺伝子発現量の増加観察
(2−1)ストレス性睡眠障害モデルマウスの作製方法
ストレス性睡眠障害マウスの作製は、本発明者らによる前記出願明細書(特願2012−46806)に記載の方法に従った。具体的には、以下の通りである。
Slc:B6C3F1系統のマウス(4週齢の雄性、日本エスエルシー株式会社)を20匹用意し、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下(8:00点灯、20:00消灯)で飼育した。マウスは、全期間を通して、回転かご(SW-15s、有限会社メルクエスト)内で個別飼育した。マウスの活動量は、クロノバイオロジーキット(Stanford Systems、CA)を用いてその回転かごの輪回し行動をドットで表わしている。飼料としては、CE-2(日本クレア株式会社製)を用いた。
図3は、マウスの活動リズムを示す図である。全20匹中の10匹のマウスを明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下(8:00点灯、20:00消灯)で1週間以上の非ストレス飼育期間(馴化)後、ケージの底面に水を満たしマウスが回転輪から降りられないように制限することにより、ストレス性睡眠障害を1週間連続的に誘発した(ストレス飼育期間)。他の10匹のマウスは対照マウスとして、上記同様の非ストレス飼育を続けた。
このストレス性睡眠障害モデルマウスは、一般的なヒトの睡眠障害に外挿できるリズム障害を示す(
図3B)。例えば、夜行性であるマウスの本来の非活動期である昼間(明期)の活動量が増加するとともに、活動期である夜(暗期)の活動量の減少が認められる。特に、明期前半の過活動が特徴である。またこれに連動するように、明期前半の睡眠量低下、活動期(暗期)における睡眠量の増加が認められる点も特徴的である(非特許文献7)。
図3は、マウスの1日の行動パターンを示す図である。
図3中、縦軸は日付けを表し、横軸は時刻を表す。ドットはマウスの輪回し行動が観察されたことを表す。なお、(
図3A)はストレス負荷していないマウスの行動パターンを、(
図3B)はストレス負荷したマウスの行動パターンを示す。
図3より、ストレスがなければ、明期(8〜20時:睡眠時間帯)では、ほとんど輪回し行動が観察されないことが分かる(ドットが少ない)。一方、暗期(20〜8時:活動時間帯)では、活発に輪回し行動を行っていることが分かる(ドットが多い)。これに対して、ストレス性睡眠障害モデルマウスの場合は、明期におけるドットの増加及び暗期におけるドットの減少が観察され、行動の概日リズムが乱れ睡眠障害が起きていることが分かる。また、このモデルマウスでは、全体に活動量が低下していることが見て取れ、特に暗期(活動期)の活動量の極端な減少が特徴的であり、慢性疲労症候群モデルであるともいえる。
【0019】
(2−2)ストレス性睡眠障害マウスの各臓器におけるHSPA1a mRNAの発現量の測定
ストレス性睡眠障害を2週間負荷した後に、明期の初期(10:00)と暗期の初期(22:00)にマウスを殺処分し、大脳、視床下部、精巣周りの脂肪組織、心臓、肝臓、末梢全血(白血球を含む)より全RNAを抽出し、定量PCR法にてHSPA1a mRNAの発現量を調べた。用いたプライマー配列は以下の通りである。
Hspa1a-F:5’-ATGGCCAAGAACACGGCGATC-3’(配列番号1)
Hspa1a-R:5’-ACCTGGAAGGGCCAGTGCTTC-3’(配列番号2)
図4中、HSPA1a mRNAの発現量は、βアクチンmRNAの発現量に対する比として数値化した後、対照群を100%とした比として示してある。
図4に示したように、脂肪組織を除く、肝臓、心臓、大脳、視床下部、全血におけるHSPA1a遺伝子の発現量には、対照群において、明期のはじめ(10:00)に低く、暗期の初め(22:00)に高くなる日内リズムが存在する。
また、ストレス性睡眠障害モデルマウスにおけるHSPA1a遺伝子の発現量は、脂肪組織を除いて、対照群に比べて高値を示した。特に白血球を含む全血でのHSPA1a遺伝子の発現量は、明期初め(10:00)において顕著に高くなっていた。すなわち、採血時刻を考慮に入れて、血球を含む全血でのHSPA1a遺伝子の発現量を調べることにより、睡眠障害などの生体リズムの異常を推測することが可能であると考えられる。
【0020】
(実施例3)ストレス性睡眠障害マウスの脳における断眠ストレス応答遺伝子発現量の測定
実施例2と同じSlc:B6C3F1系統のマウス(4週齢の雄性、日本エスエルシー株式会社)に対して、実施例2に記載の方法に従って、ストレス性睡眠障害マウスを作製した(10匹、対照マウスも10匹使用)。ストレス性睡眠障害を2週間負荷した後、明期の初期(10:00)と暗期の初期(22:00)にマウスを殺処分し、大脳より全RNAを抽出し、定量PCR法にて断眠ストレス応答遺伝子として知られているTtr(トランスサイレチン)(特許文献1)、Homer1a(非特許文献8)、Egr2(NGFI-B)(非特許文献8)の発現量を調べた。これら遺伝子は、いずれも強制的な断眠を行った実験動物での脳内で遺伝子発現量の増加が観察された遺伝子群である。
用いたプライマー配列は以下の通りである。
Ttr-F:5’-CATGAATTCGCGGATGTG-3’(配列番号3)
Ttr-R:5’-GATGGTGTAGTGGCGATGG-3’(配列番号4)
Homer1a-F:5’-AGCTCATGTCTTCCAGATTGACC-3’(配列番号5)
Homer1a-R:5’-GTCATGTTTGGTGTGATGGTGCT-3’(配列番号6)
Egr2-F:5’-TGACCAGATGAACGGAGTGGC-3’(配列番号7)
Egr2-R:5’-GTGAAGGTCTGGTTTCTAGGTGC-3’(配列番号8)
【0021】
図5中、各遺伝子のmRNA発現量は、βアクチンmRNAの発現量に対する比として数値化した後、対照群を100%とした比として示してある。
図5に示したように、断眠ストレス応答遺伝子として知られているTtr(トランスサイレチン)、Homer1a、Egr2遺伝子の発現量には、対照マウスとストレス性睡眠障害モデルマウスとの間に有意な差異は認められなかった。
このことから、本ストレス性睡眠障害モデルマウスにおける遺伝子発現の応答性は、強制的な断眠ストレスによる遺伝子発現の応答性とは明確に異なっていることが示され、本ストレス性睡眠障害モデルマウスが、慢性的な精神的ストレスの結果として発症するヒトの睡眠障害のきわめて正確なモデル動物となっていることが実証された。
また、それと共に、HSPA1a又はHSPA1a遺伝子の発現量を調べることにより、強制的な断眠ストレスとは異なる慢性的な睡眠障害などの生体リズムの異常を推測することが可能である。すなわち、本発明のHSPA1a又はHSPA1a遺伝子は、概日リズム睡眠障害又は概日リズムの乱れを判定可能な優れた概日リズム睡眠障害マーカーであることが実証された。