特許第5963260号(P5963260)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5963260
(24)【登録日】2016年7月8日
(45)【発行日】2016年8月3日
(54)【発明の名称】新規高温性酢酸生産菌
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20160721BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20160721BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20160721BHJP
   C12R 1/145 20060101ALN20160721BHJP
【FI】
   C12N15/00 A
   C12N1/20 AZNA
   C12N1/20 A
   C12N1/21
   C12N1/20 A
   C12R1:145
【請求項の数】12
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2012-225294(P2012-225294)
(22)【出願日】2012年10月10日
(65)【公開番号】特開2014-76003(P2014-76003A)
(43)【公開日】2014年5月1日
【審査請求日】2015年8月7日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-1412
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-1413
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100169579
【弁理士】
【氏名又は名称】村林 望
(74)【代理人】
【識別番号】100182992
【弁理士】
【氏名又は名称】江島 孝毅
(72)【発明者】
【氏名】村上 克治
(72)【発明者】
【氏名】喜多 晃久
(72)【発明者】
【氏名】矢野 伸一
【審査官】 池上 京子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−017131(JP,A)
【文献】 第63回日本生物工学会大会講演要旨集,2011年,第149頁,2Fa02
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12N 1/00− 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号NITE P−1412又は受託番号NITE P−1413によって特定されるモーレラ属細菌株。
【請求項2】
相同組換え法による形質転換効率が、モーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica) ATCC39073と比較して高い、請求項1に記載のモーレラ属細菌株。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のモーレラ属細菌株において、ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子が相同組換え法により破壊された、モーレラ属細菌株。
【請求項4】
ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子がオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrF)である、請求項3に記載のモーレラ属細菌株。
【請求項5】
請求項3に記載のモーレラ属細菌株においてピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子の機能が相同組換え法により相補されたモーレラ属細菌株。
【請求項6】
ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子がオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrF)である、請求項5に記載のモーレラ属細菌株。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のモーレラ属細菌株を相同組換えにより形質転換することを特徴とする、形質転換方法。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のモーレラ属細菌株を相同組換えにより形質転換することを特徴とする、形質転換モーレラ属細菌株の製造方法。
【請求項9】
相同組換え法によりピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を破壊することを含む、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子がオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrF)である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項3又は4に記載のモーレラ属細菌株の前記破壊されたピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を、相同組換え法により相補することを含む、形質転換方法。
【請求項12】
請求項3又は4に記載のモーレラ属細菌株の前記破壊されたピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を、相同組換え法により相補することを含む、形質転換モーレラ属細菌株の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規高温性酢酸生産菌に関する。より詳細には本発明は、既存株と比較して高い効率で形質転換可能な新規モーレラ属細菌に関する。
【背景技術】
【0002】
糖化の難しいリグノセルロース系バイオマスからの有用物質生産方法として合成ガス発酵法が期待されている。合成ガス発酵法は、主に二酸化炭素、一酸化炭素、水素等を含む合成ガスからエタノールのような有用物質を発酵生産する方法である。特許文献1には、クロストリジウム属細菌を使用し二酸化炭素ガスを原料としてエタノールを生産する方法が記載されている。
【0003】
一方で、モーレラ属(Moorella)細菌は炭水化物、メタノール等で有機栄養的に、又は水素及び二酸化炭素、もしくは一酸化炭素で無機栄養的に生育することができる、嫌気性高熱性酢酸生産菌である。そのためモーレラ属細菌は合成ガスからの有用物質生産における宿主として有望である。有用物質を発酵生産するには、宿主となりうるモーレラ属細菌を遺伝子組み換え技術等により改変し、生産効率を高めることが望ましい。
【0004】
こうした状況を踏まえ、特許文献2には、モーレラ属細菌の育種のため、オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子(pyrE)を破壊した宿主とその遺伝子をマーカー遺伝子として用いる形質転換方法が記載されている。特許文献2の記載によると、相同性組換え法によりpyrE遺伝子を破壊することで、宿主細胞として使用可能なモーレラ属細菌を作出しているが、pyrEの上流で約8kb、下流で約3kbの遺伝子の欠失が見られる欠点があった。さらにpyrE遺伝子に変えてオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ(pyrF)遺伝子を用いて破壊株を作成する方法が開発されたが、この方法では形質転換効率を高めるために導入DNAをメチラーゼによって修飾する必要があり操作が煩雑であった(特願2011-235485号)。そこでより簡便な方法としてモーレラ属細菌で発現する抗生物質耐性遺伝子を含む相同組換え用ベクターを用いる形質転換方法が開発されたが、依然として形質転換効率は低いままであった(特願2012-039002号)。このようにこれまで開発された形質転換方法はいずれも形質転換効率が低いため、菌株育種の大きな支障となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-339371号公報
【特許文献2】特開2010-17131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、モーレラ属細菌は形質転換の報告例が少なく、形質転換効率が低いという問題があった。
【0007】
そこで本発明は従来の菌株と比較して形質転換効率の高いモーレラ属細菌を提供することを課題とする。また、本発明は形質転換効率の高いモーレラ属細菌を用いた、簡便なモーレラ属細菌の形質転換方法を提供する。さらに本発明は、形質転換されたモーレラ属細菌を提供する。また、本発明の他の課題は以下の記載によって明らかになる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく、土壌中から新規なモーレラ属細菌株の単離を試みた。その結果、形質転換に使用することができる新規な菌株を得て本発明を完成させた。本発明に係るモーレラ属細菌株は既存菌株に比べ効率的に形質転換体を得ることができる。
【0009】
すなわち本発明は、以下のとおりである。
[1] 受託番号NITE P−1412又は受託番号NITE P−1413によって特定されるモーレラ属細菌株。
[2] 相同組換え法による形質転換効率が、モーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica) ATCC39073と比較して高い、請求項1に記載のモーレラ属細菌株。
[3] [1]又は[2]に記載のモーレラ属細菌株において、ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子が相同組換え法により破壊された、モーレラ属細菌株。
[4] ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子がオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrF)である、[3]に記載のモーレラ属細菌株。
[5] [3]に記載のモーレラ属細菌株においてピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子の機能が相同組換え法により相補されたモーレラ属細菌株。
[6] ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子がオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrF)である、[5]に記載のモーレラ属細菌株。
[7] [1]又は[2]に記載のモーレラ属細菌株を相同組換えにより形質転換することを特徴とする、形質転換方法。
[8] [1]又は[2]に記載のモーレラ属細菌株を相同組換えにより形質転換することを特徴とする、形質転換モーレラ属細菌株の製造方法。
[9] 相同組換え法によりピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を破壊することを含む、[7]又は[8]に記載の方法。
[10] ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子がオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrF)である、[9]に記載の方法。
[11] [3]又は[4]に記載のモーレラ属細菌株の前記破壊されたピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を、相同組換え法により相補することを含む、形質転換方法。
[12] [3]又は[4]に記載のモーレラ属細菌株の前記破壊されたピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を、相同組換え法により相補することを含む、形質転換モーレラ属細菌株の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るモーレラ属細菌株を使用すると、形質転換を効率的に行うことができる。これにより本発明に係る菌株は宿主細胞として広い用途への適用が可能となる。また、本発明に係る菌株を用いてバイオマスからのガス化を経由して燃料や化成品などの有用物質を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】Y72株の16s-rDNA配列を示す(配列番号1)。
図2】Y73株の16s-rDNA配列を示す(配列番号2)。
図3】Y72株及びY73株の最適生育温度を示す。
図4】プラスミドマップと形質転換の原理を示す。(A)はkanr置換によるpyrF破壊の原理を示す。(B)はpyrF破壊(kanr置換)株に対するpyrF相補試験の原理を示す。
図5】pyrF破壊株の構築を裏付ける電気泳動写真である。
図6】pyrF相補試験の結果を示した電気泳動写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明を詳細に説明する。
本発明に係るモーレラ属細菌の性質について説明する。本発明に係るモーレラ属細菌は、モーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica)ATCC39073と比較して高い効率で形質転換することができる。形質転換は相同組換え法により行うことができる。好ましくは、本発明に係るモーレラ属細菌は相同組換え法により形質転換した場合、モーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica)ATCC39073と比較して形質転換効率が20倍以上高い。
【0013】
本発明に係るモーレラ属細菌は、上記のとおり高い効率で形質転換でき、かつ、16S リボソームRNA(rRNA)遺伝子が、配列番号1若しくは2に記載の塩基配列から成るか又は配列番号1若しくは2に記載の塩基配列と95%以上(好ましくは96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、最も好ましくは100%)の相同性を有する。配列番号1及び2については後述する。
【0014】
新規微生物の系統を解析するには、16S リボソームRNA(rRNA)遺伝子を用いる方法が広く知られている。当業者であれば、適当にプライマーを設計して微生物の16s rDNAをPCRにより増幅することができる。また増幅されたPCR断片の塩基配列を決定することも周知技術である。さらに、決定された塩基配列は、BLAST(DNA Data Bank of Japan(DDBJ)のホームページ(http://blast.ddbj.nig.ac.jp/top-j.html)に掲載のプログラム)、ClustalXやGenetyxといったソフトウェアを使用して、他の系統の16s rDNAとの配列相同性を比較することができる。ここで核酸配列の「相同性」とは、比較すべき2つの核酸配列の塩基ができるだけ多く一致するように両塩基配列を整列させ、一致した塩基数を全塩基数で除したものを百分率で表したものである。本明細書では、配列間の相同性のことを、類似性、同一性ということもあるものとする。当業者であれば、BLAST、ClustalXやGenetyxといったソフトウェアのパラメーターを適当に設定し、核酸配列の相同性を決定することができる。
【0015】
本発明に係るモーレラ属細菌としては、上記の性質を有するものであればどのようなものでもよいが、例えば下記で説明するY72株及びY73株からなる群より選択されるものが挙げられる。また自然の又は人工の手段によって突然変異した上記菌株の変異体であって、上記の性質を有するものは、本発明に係るモーレラ属細菌に包含される。
【0016】
本発明に係るモーレラ属細菌の単離方法としては、例えば、土壌等の自然界由来の試料を、適当な炭素源を含む基本培地(培養液)に添加し、H2+CO2ガスの存在下で良好に生育し、指示薬等を用いてガスの消費が確認された菌を本発明に係るモーレラ属細菌として単離する方法が挙げられる。この際、継代培養を任意に行ってもよい。シングルコロニーは、増殖した菌株を適当な方法で希釈し、例えばロールチューブ法により単離することができる。本発明者らは上記方法より、広島県の畑由来の土壌サンプルからY72株及びY73株を単離することができた。
【0017】
以下に単離したY72株の微生物学的性質を説明する。
〔形態的性質〕
(1) 細胞の形及び大きさ: Y72株は光学顕微鏡により細胞形態は桿菌(0.8-1.0X2.0-3.0μm)であった。
(2) 運動性の有無:Y72株は運動性を示さなかった。
(3) グラム染色:Y72株はグラム染色された。
【0018】
〔培養的性質〕
Y72株の寒天培地上でのコロニー形態は、直径2.0-3.0mm、色調 クリーム色、形 円形、隆起状態 扁平、周縁 全縁、表面の形状 スムーズ、透明度 不透明、粘稠度 バター様であった。
【0019】
〔生理学的性質〕
最適生育pHは6.0〜6.5である。生育可能pHは4.5〜7.0である。生育可能温度は45℃〜65℃である。最適生育温度は60〜65℃である。
【0020】
〔化学分類学的性質〕
Y72株のDNAを抽出し、PCR法により16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅して得られた16S rRNA遺伝子の塩基配列をシークエンサーを用いて配列決定した。得られた塩基配列を用いてブラストサーチを行い、類似する塩基配列を調べた。
その結果、16S rRNA遺伝子について、Y72株はMoorella sp. HUC22-1株と100%、M. thermoacetica ATCC39073株と99.9%の高い配列相同性が示された。
【0021】
〔嫌気性、無機栄養性〕
Y72株は偏性嫌気性であった。また、無機栄養性であった。
【0022】
〔形質転換について〕
Y72株は、Moorella sp. HUC22-1株やM. thermoacetica ATCC39073株と比較して効率的に形質転換することができた。
【0023】
以上より、Y72株は、形質転換効率が従来の公知の菌株よりも高いこと等から、モーレラ属に属する新規の菌株であると判断した。
【0024】
以下に単離したY73株の微生物学的性質を説明する。
〔形態的性質〕
(1) 細胞の形及び大きさ: Y73株は光学顕微鏡により細胞形態は桿菌(0.8-1.0X2.0-3.0μm)であった。
(2) 運動性の有無:Y73株は運動性を示さなかった。
(3) グラム染色:Y73株はグラム染色された。
【0025】
〔培養的性質〕
Y73株の寒天培地上でのコロニー形態は、直径2.0-3.0mm、色調 クリーム色、形 円形、隆起状態 扁平、周縁 全縁、表面の形状 スムーズ、透明度 不透明、粘稠度 バター様であった。
【0026】
〔生理学的性質〕
最適生育pHは6.0〜6.5である。生育可能pHは4.5〜7.0である。生育可能温度は45℃〜65℃である。最適生育温度は60〜65℃である。
【0027】
〔化学分類学的性質〕
Y73株のDNAを抽出し、PCR法により16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅して得られた16S rRNA遺伝子の塩基配列をシークエンサーを用いて配列決定した。得られた塩基配列を用いてブラストサーチを行い、類似する塩基配列を調べた。
その結果、16S rRNA遺伝子について、Y73株はMoorella sp. HUC22-1株と99.9%、M. thermoacetica ATCC39073株と99.8%の高い配列相同性が示された。
【0028】
〔嫌気性、無機栄養性〕
Y73株は偏性嫌気性であった。また、無機栄養性であった。
Y73株は、Moorella sp. HUC22-1株やM. thermoacetica ATCC39073株と比較して効率的に形質転換することができた。
【0029】
以上より、Y73株は、形質転換効率が従来の公知の菌株よりも高いこと等から、モーレラ属に属する新規の菌株であると判断した。
【0030】
Y72株及びY73株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 NITEバイオテクノロジー本部 特許微生物寄託センター)に平成24年8月30日付で寄託されている。Y72株の受託番号はNITE P-1412であり、Y73株の受託番号はNITE P-1413である。
【0031】
[形質転換方法]
本発明に係るモーレラ属細菌株は形質転換することができる。形質転換方法としては典型的には相同組換え法が挙げられるが、複製起点を有し宿主細胞内で増殖するプラスミドベクターを用いる方法や本発明に係るモーレラ属細菌株に感染するウイルスを用いる方法も想定される。
【0032】
一方で本発明に係るモーレラ属細菌は、合成ガスより酢酸等の有用化合物を生産する方法に使用することができる。本明細書において合成ガスとは、二酸化炭素、一酸化炭素、水素、及びこれらの組合せからなる群より選択されるガスを含む。モーレラ属細菌は二酸化炭素、一酸化炭素を資化できることで知られており、下記単離方法からも明らかなとおり、本発明に係るモーレラ属細菌もこの性質を有する。そこで、本発明に係るモーレラ属細菌株を形質転換して、好ましい性質を有する形質転換体を作製することができる。例えば、本発明に係るモーレラ属細菌株に外来又は内在遺伝子を導入し、新たな性質を付与し、又は元からある性質を変化させることができる。導入することのできる遺伝子としては、抗生物質耐性遺伝子、糖質代謝関連遺伝子、脂質代謝遺伝子などが挙げられるが、これらに限られない。また、発現調節領域、プロモーター、エンハンサー、サイレンサーなどを本発明に係るモーレラ属細菌株に導入することもできる。
【0033】
さらに本発明に係るモーレラ属細菌株は、形質転換して内在遺伝子の発現を調節することができる。発現を調節するとは、発現を上方調節または下方調節することを含み、上方調節は発現を強化することを包含し、下方調節は遺伝子を破壊または欠失させることを包含する。発現を強化するには、上記のようなプロモーターやエンハンサーを導入することの他、発現を強化したい遺伝子と同一の遺伝子を複数コピー導入することもできる。発現を下方調節するには、上記のようなサイレンサーを導入することの他、後述する相同組換えなどにより遺伝子を破壊または欠失させることもできる。
【0034】
発現を調節することのできる遺伝子としては、モーレラ属細菌株の任意の内在遺伝子、例えばピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子、アミノ酸代謝に関与する遺伝子、核酸代謝に関与する遺伝子、酢酸代謝経路に関与する遺伝子、糖質代謝関連遺伝子、脂質代謝遺伝子などが挙げられるが、これらに限られない。アミノ酸代謝に関与する遺伝子としては、当該遺伝子を破壊することにより細菌株がロイシン、ヒスチジン、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、リジン等のアミノ酸要求性となる遺伝子が挙げられる。核酸代謝に関与する遺伝子としては、当該遺伝子を破壊することにより細菌株がウラシル、アデニン、等の核酸塩基要求性となる遺伝子、例えばオロチン酸一リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子が挙げられる。
【0035】
本発明に係るモーレラ属細菌株の特定の代謝経路の遺伝子を破壊又は強化することにより優れた性質を有するモーレラ属細菌株を作製できる。例えば有用遺伝子が、上記のような合成ガスからの酢酸生産に関与する遺伝子の場合、本発明に係るモーレラ属細菌株を形質転換して酢酸生産性が高い細菌株を作出することができる。他方で、モーレラ属細菌株を用いてエタノールを生産したいが合成ガスの大部分が酢酸へと変換される場合、エタノール生産効率を高めるためにアセチルCoAからエタノールへの変換を触媒する酵素をコードする遺伝子等を本発明に係るモーレラ属細菌株に導入することができる。また、酢酸の生産を望まないのであれば、本発明に係るモーレラ属細菌株のアセチルCoAから酢酸への変換を触媒する酵素をコードする遺伝子を破壊することもできる。このように本発明に係るモーレラ属細菌株は、有用遺伝子を目的に応じて選択することで、宿主細胞として種々の用途に使うことができる。
【0036】
本発明に係るモーレラ属細菌株は、染色体上の遺伝子の欠失又は破壊により形質転換することができる。モーレラ属の細菌を宿主とした遺伝子導入法は特許文献2(特開2010-17131号公報)以前には全く報告されていなかった(特開2010-17131号公報の段落[0008])。これに対して、本発明に係るモーレラ属細菌株は、Moorella thermoacetica ATCC39073と比較して効率的に形質転換することができる。
【0037】
染色体上の遺伝子の欠失又は破壊は、相同組換え技術を用いて行うことができる。ここで染色体上の遺伝子を欠失させる、とは、染色体上に存在した遺伝子を、相同組換えなどの手法によりゲノムから取り除くことをいう。また遺伝子を破壊する、とは当該遺伝子の天然における機能を発揮させないことを言い、例えば遺伝子がペプチド又はタンパク質をコードしていたならば、そのペプチド又はタンパク質が発現されないようにするか、又は発現されても不活性なものが発現されるようにすることをいう。本明細書では、特定の遺伝子が欠失又は破壊された菌株のことを、破壊株と呼ぶことがある。また機能とは、ある遺伝子が発現産物(タンパク質等)をコードする場合、当該発現産物(タンパク質等)が発現され、活性を有することをいう。遺伝子破壊は、典型的にはある遺伝子の一部、大部分又は全部を、他の配列(同一生物種又は他の生物種由来であってもよい)と相同組換えにより置き換えることで行われ得る。遺伝子を欠失又は破壊するには、相同組換え技術の他に、変異原性物質や紫外線等を用いた特定の遺伝子への点突然変異導入と変異体の選択を組み合わせた方法を用いてもよい。また、形質転換は、プラスミドベクターや裸の核酸の導入により行うこともできる。
【0038】
本発明に係るモーレラ属細菌の形質転換に用いることのできるプラスミドベクターとしては、pK18mob(Schafer, Gene 145, 69-73, 1994)、pUC系ベクター、pBluescript系ベクターを使用することができる。
【0039】
ベクター又は核酸を本発明に係るモーレラ属細菌に導入する方法としては、当技術分野で公知の適当な方法を用いることができる。そのような方法としては、限定するものではないが、エレクトロポレーション、塩化カルシウム法、金粒子を用いたパーティクルボンバードメント法(遺伝子銃、パーティクルガンともいう)、マイクロインジェクション法、超音波遺伝子導入法、ウイルス法、リポフェクションなどが挙げられ、好ましくはエレクトロポレーション法を用いることができる。
【0040】
[相同組換えについて]
相同組換え(当技術分野においてダブルクロスオーバーとも言う)は、1対の2本鎖DNAの相同な塩基配列を有する部分に起こる組換えであり、これにより人工的にゲノム上の特定の遺伝子を変化させることができる。ゲノム上の特定の塩基配列と相同性を有するDNAを細胞に導入すると、当該相同部分(相同性部位)同士の間で組換えが起こり、外来DNAがゲノム中に取り込まれる。この性質を利用して特定の遺伝子を欠失若しくは破壊したり、又は他の遺伝子と置き換えたりすることができる。また、ゲノム中の非コード領域に遺伝子を導入することもできる。これにより破壊された遺伝子又は有用遺伝子を有する、形質転換体が得られる。
【0041】
相同組換えによるゲノムDNAへの遺伝子導入は、複製起点を有し、宿主細胞内で複製されるプラスミドベクターを用いた方法に比べて、プラスミドの脱落を防ぐために培地に抗生物質を添加する等、選択圧をかけ続ける必要性が無く、形質が安定しているという利点がある。
【0042】
相同組換え法による遺伝子の破壊は、遺伝子に隣接した上流、下流領域(遺伝子のタンパク質コード領域の一部を含み得る)をクローン化し、クローン化した隣接上流、下流領域からなるプラスミドベクターを作製し、該プラスミドで宿主細胞を形質転換することによって行う。ダブルクロスオーバーの相同組換えの際の隣接する配列は、対応するゲノム配列に対し、少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%、より好ましくは98%、またさらにより好ましくは99%の相同性を有する。該プラスミドは、組換する遺伝子の全タンパク質コード領域を含んではならないが、標的遺伝子のタンパク質コード領域の一部分を含んでも構わない。この隣接領域は、少なくとも100塩基対であり、特に限定するものではないが、2000塩基、3000塩基でもよく、また4000塩基対までが好ましく、より好ましくは隣接領域は、100〜4000、200〜3000、又は500〜1200塩基対の長さでありうる。
【0043】
相同組換えを行う際に、適当な遺伝子を欠失又は破壊すると、組換体を栄養要求性とすることができる。遺伝子の欠失又は破壊によって付与される栄養要求性株は特に限定されるものではないが、例えば、ロイシン、ヒスチジン、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、リジン等のアミノ酸要求性株;ウラシル、アデニン等の核酸塩基要求性株;ビタミン要求性株;等が挙げられる。特にウラシル要求性を付与することが好ましい。ウラシル要求性とは、ウラシルが細菌の生存に必要な所定の濃度で培地又は培養液中に存在しなければ、細菌が生存できないことをいう。相同組換えの際に組換体を栄養要求性とすると、ゲノム遺伝子が破壊された株を、当該栄養要求性に基づいて選択することができる。
【0044】
例えばウラシル要求性は、ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を破壊することで得ることができる。この場合、株がウラシル要求性になったことは、相同組換えが行われたことの指標となる。
【0045】
ピリミジン塩基(チミン、シトシン、ウラシル)の生合成経路は細菌から菌類、植物、動物に至るまで共通の酵素系によって構成されており、ほぼすべての生物にとって必須の経路である。この経路はすべてのピリミジン塩基の前駆体であるUMP(ウリジン一リン酸)に至る6つの酵素反応から成る。具体的にはcarAB遺伝子によりコードされる酵素(リン酸カルバモイル合成酵素)がHCO3-からリン酸カルバミルへの反応を触媒する。その際、グルタミンからグルタミン酸への、そしてATPからADPへの共役が生じる。次にpyrB遺伝子によりコードされる酵素(アスパラギン酸トランスカルバモイラーゼ)がリン酸カルバミルからアスパラギン酸カルバミルへの反応を触媒する。その際、アスパラギン酸が基質として消費される。次にpyrC遺伝子によりコードされる酵素(ジヒドロオロターゼ)がアスパラギン酸カルバミルのジヒドロオロト酸への反応を触媒する。その際、脱水によりH2O分子が生じる。次にpyrD遺伝子によりコードされる酵素(ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ)がジヒドロオロト酸のオロト酸への反応を触媒する。次にpyrE(オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ)遺伝子によりコードされる酵素がオロト酸のオロチジン5'-一リン酸への反応を触媒する。次にpyrF遺伝子によりコードされる酵素(オロチジン5'-一リン酸デカルボキシラーゼ)がオロチジン5'-一リン酸のウリジン一リン酸(UMP)への反応を触媒する。その際、二酸化炭素分子が生じる。これらの酵素の1以上をコードする遺伝子を破壊された株はUMPを生合成できず、ウラシル要求性となる。
【0046】
ピリミジン塩基生合成経路の遺伝子のうち、pyrF(オロチン酸一リン酸(OMP)デカルボキシラーゼ遺伝子)破壊株については、5-フルオロオロチン酸(5-FOA)によるポジティブセレクションが可能である。5-FOAは、遺伝子が破壊されていない株ではオロチン酸(orotate)の代わりにピリミジン経路に取り込まれ、最終的にRNAに取り込まれて正常なRNAの合成を阻害し、菌体を死滅させるが、pyrF破壊株では代謝されないために菌体は生存できる。これを利用し、5-FOAと十分な量のウラシルを含む培地を用いることで、上記相同組換えによりpyrFの破壊株を選択、単離することができる。このため、ウラシル要求性の付与には、pyrF遺伝子を破壊させることが好ましい。なお、特許文献2に記載されているようにpyrE(オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子)を破壊することもでき、同様にcarAB、pyrB、pyrC、及び/又はpyrDを破壊してもよい。
【0047】
モーレラ属細菌において、オロチン酸一リン酸(OMP)デカルボキシラーゼをコードする遺伝子(pyrF)を相同組換えにより欠失又は破壊するには、まずpyrFと、その上流及び下流の隣接領域をクローニングしてプラスミドに組み込み、さらにそのプラスミドからpyrF部分を除いたプラスミドを作製する。
【0048】
当業者であれば、上記pyrFとその上流及び下流の隣接領域のクローニングに使用するプライマーを適当に設計することができる。例えばM. thermoacetica ATCC39073株のpyrFのPCR増幅に使用可能なプライマーであるpyrF-up-F (5’-TGACGTGGAAGATGAGGTACACC:配列番号5)及びpyrF-dn-R(5’-tggctccacgccaaggatatc:配列番号6)を使用して目的のモーレラ属細菌株のゲノム中のpyrF周辺領域を増幅することができる。PCRは当技術分野で周知の技術であり、当業者であれば市販のキットや試薬によりこれを実施することができる。
【0049】
PCRにより増幅されたpyrF周辺領域は、適当なベクターにクローニングすることができる。また、当業者であれば、慣用の遺伝子操作技術を用いて、当該クローン中のpyrF遺伝子の全部又は一部を適当なマーカー遺伝子と置き換えた構築物を作製することができる。このような遺伝子操作にはインバースPCRのような公知の技術を用いることができる。
【0050】
通常のPCR法では、増幅したい遺伝子の両端を起点として、目的遺伝子が増幅される方向にプライマーを設計する。インバースPCR法ではこのとき、プライマーの向きを逆方向に設計する。そうすると、プライマー同士に挟まれた領域は増幅されず、当該プライマー同士に挟まれた領域から遠ざかる方向に3'及び5'ポリメラーゼ反応がそれぞれ進行する。そうすると当該プライマー同士に挟まれた領域(欠失させたい配列)は増幅されず、それ以外のプラスミドベクター部分が増幅される。次に増幅されたPCR産物を自己ライゲーションさせる。これにより目的の配列を欠失させたプラスミドベクターを得ることができる。上記の例で説明するとpyrF周辺領域をPCR増幅してクローニングしたプラスミドに対して、プライマーpyrF-1765-in-F12(TCGGCCTGCTTTCATGCTTG:配列番号9)及びpyrF-in-R12(AGGCCAGAAGCCCTTAAATATCG:配列番号10)を用いてインバースPCRを行い、pyrF領域を除去することができる。その後、別の遺伝子(マーカー遺伝子)を導入することができる。導入される別の遺伝子(マーカー遺伝子)はそれ自身の近傍又は上流にあるプロモーターに機能的に連結されていることが好ましい。ここで機能的に連結されているとは、例えば目的遺伝子の上流にあるプロモーターにより、下流にある遺伝子が発現する、すなわち当該遺伝子から機能性の産物が発現するように、プロモーターと遺伝子が配置されることをいう。このような構築物は相同組換えに使用可能である。
【0051】
また、破壊した遺伝子(pyrF等)の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことにより、ある形質転換株において、破壊した遺伝子が、実際にゲノム中で欠失又は破壊されているか否か確認することができる。また、破壊した遺伝子の3'及び5'隣接領域に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行い、PCR産物を配列決定することにより当該遺伝子の破壊を確認してもよい。
【0052】
本発明に係るモーレラ属細菌株は、まず上記のようにピリミジン塩基生合成経路遺伝子(例えばpyrF、carAB、pyrB、pyrC、pyrD、pyrEなど)を破壊することで形質転換することができる。その後、得られた形質転換体を用いて、機能的なピリミジン塩基生合成経路遺伝子(例えばpyrF、carAB、pyrB、pyrC、pyrD、pyrEなど)を含有する形質転換ベクターを使用し、前記破壊した遺伝子の機能を相補することができる。このように、遺伝子の機能を相補するとは、まずある遺伝子を破壊してその機能を失わせ、次いで当該遺伝子が破壊された菌株に機能的な遺伝子(破壊された遺伝子と同一であってもよく、それに対応するものであってもよい)を形質導入し、失われた機能を相補することを言う。本明細書において、ある遺伝子の機能を「相補する」ことを、「回復する」とも言う。また、特定の遺伝子の機能が相補された形質転換体のことを相補された形質転換体、相補株又は回復株ということがある。
【0053】
本発明に係るモーレラ属細菌株の遺伝子の機能を相補するにあたり、相補させる遺伝子とは別の所望の遺伝子を、一緒に導入することもできる。これにより、一旦破壊された遺伝子の機能の相補が、目的遺伝子導入の成功を示すマーカーとなる。上記のとおり、破壊される遺伝子はピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子に限られず、組換体を栄養要求性とするものなど、破壊されることで菌株に特徴的な形質が現れるものであればどのようなものでもよい。
【0054】
本発明の一実施形態において、モーレラ属細菌株のpyrF遺伝子を破壊する際に、モーレラ属細菌株のゲノム中のpyrF遺伝子をカナマイシン耐性遺伝子と置き換えることができる。こうすることでpyrF破壊株を構築する際に、自発的変異による5-フルオロオロチン酸(5-FOA)耐性株の出現という問題を回避できる。すなわちpyrFをkanrと置換することにより、カナマイシン耐性を指標として1次形質転換体を取得することができる。
【0055】
本発明の一実施形態において、モーレラ属細菌株のpyrFがkanrで置換された1次形質転換体を使用し、pyrF遺伝子の機能を相補するためにkanr遺伝子をpyrFと相同組換えにより置換することができる。この場合、ウラシル要求性であった1次形質転換体は、pyrFによりウラシルを合成することができるようになるので、この性質を指標に2次形質転換体を選択することができる。
【0056】
本発明は、形質転換ベクターを用いて形質転換された、モーレラ属細菌株を提供する。より具体的には、本発明は相同組換えベクターにより、ゲノムの塩基配列の一部が置換され、形質転換されたモーレラ属細菌株を提供する。
【0057】
実施例において形質転換された本発明に係るモーレラ属細菌株は、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードするpyrF遺伝子が欠失しているため、ウラシル要求性であり、5-フルオロオロチン酸(5-FOA)耐性である。また、本発明は、相同組換えによりpyrF遺伝子の機能を相補させた株も提供する。
【0058】
本発明のモーレラ属細菌株は、炭素源(フルクトースなど)から酢酸を生成する。また、本発明のモーレラ属細菌株は二酸化炭素、一酸化炭素、水素を含む合成ガスから酢酸を生成する。
【0059】
酢酸の生成条件は、適当な炭素源を含む基本培地、及びH2+CO2ガスの存在下で本発明に係るモーレラ属細菌を培養することを含む。例えば、フルクトースを含む培地で適当な温度下で適当な日数培養し、もしくは混合ガス(水素および二酸化炭素からなる混合ガス)で適当な温度下で適当な日数培養する。
【0060】
本発明に係るモーレラ属細菌株は、相同性部位と、破壊遺伝子が判明しているため、任意に形質転換を繰り返すことができ、例えばエタノールや酢酸等の有用物質の生産性の向上に寄与する遺伝子等を導入して当該有用物質の生産能力が優れた菌株を作出する際に、宿主細胞として利用できる。一例としてモーレラ属細菌株を用いた発酵生産において、合成ガスの大部分が酢酸へと変換される場合、エタノール生産効率を高めるためにアセチルCoAからエタノールへの変換を触媒する酵素をコードする遺伝子等を本発明に係るモーレラ属細菌株に導入することができる。
【0061】
別の例として、2つの相同性部位の間にpyrF遺伝子及び目的遺伝子(有用遺伝子)を挿入したベクターを作製し、再組換えすることで目的遺伝子の導入と、ウラシル生合成能の回復による選抜を行い、更なる組換え体が得られる。
【実施例】
【0062】
以下の実施例は、例示のみを意図したものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【0063】
特に断らない限り、試薬は、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って入手又は調製する。
【0064】
1.好熱性ガス資化性菌のスクリーニング
1.1 培地組成
培地にはClostridium ljungdahliiの培養に用いられるATCC 1754 PETC medium (http://www.atcc.org/Attachments/2940.pdf)を改変したものを基本培地として用いた。改変として、システイン・HCl・H2Oの最終濃度を0.6 g・l-1に減らしNa2S・9H2Oを除いた。培地作製は、還元剤(システイン・HCl・H2O, 30 g l-1)と基質(フルクトース等)を別に調製した。嫌気的に培地を調製する方法として、Hungateの方法(Hungate, R. E.: A roll tube method for cultivation of strict anaerobes. Methods Microbiol. 3B: 117-32 (1969))を改変したMillerらの方法(Miller, T. L. and Wolin, M. J.: A serum bottle modification of the Hungate technique for cultivating obligate anaerobes. Appl. Microbiol. 27 (5): 985-7 (1974))を用いた。各成分の組成と調製手順を以下に示す。また、下記に行われる実験における培地は特に断らない限り、この培地を使用している。
【0065】
基本培地の作製方法
表1に基本培地ATCC 1754 PETC 培地の組成を示す。また脚注に同培地の作製方法を説明する。
【表1】
まず上記組成の溶液を用意する。これをHClでpH 6.5に調整後、蒸留水(dH2O)で900 mlにメスアップする
培地が青から赤に変色するまでボイル(20分)する
N2/CO2(80:20)を注入しながら氷中で冷却(20分)する
予めCO2を注入しておいた100 mlバイアル瓶に45 mlずつ分注する
さらに3分CO2を注入する
ブチルゴム栓とアルミシールで密閉後オートクレーブ(121℃, 15分)する。
【0066】
次に微量元素(Trace Elements)の作製方法について説明する。表2に微量元素の組成を示す。
【表2】
まず上記組成の溶液を用意する。これにニトリロ三酢酸を溶解する
KOHでpH6.0に調整後、他の試薬を添加する
蒸留水(dH2O)で1Lにフィルアップする
遮光し4℃に保存する。
【0067】
次にビタミン溶液の作製方法を説明する。表3にWolfeのビタミン溶液の組成を示す。
【表3】
まず上記組成の溶液を用意する。これを蒸留水(DW)で1Lにメスアップする
遮光し4℃に保存する。
【0068】
次に還元剤の作製方法について説明する。
蒸留水(DW) 100 mLを20分ボイルする
N2を注入しつつ氷中で室温まで冷却する
L-システイン・HCl・H2O 3.0 gを添加する(上記のとおり濃度を改変した。またNa2S・9H2Oを除いた)
N2を注入しつつさらに氷中で20min冷却する
N2を注入した滅菌済みバイアル瓶に、0.45 μmフィルターで濾過滅菌しつつ注入する
遮光して常温保存する
上記のようにして作製した還元剤は、使用時には、培地に対して1/100の量を添加する。
【0069】
1.2 方法
広島県の畑由来の土壌サンプル約1gを10mlの基本培地に懸濁した。懸濁したサンプルの上精1mlを50mlの基本培地が入ったバイアルに植菌し、H2(80%)+CO2(20%)ガスを封入した。これを55℃で1か月培養し、ガスの消費が確認されたバイアルから培養液を5ml抜き取り、50mlの基本培地が入ったバイアルへ植菌し、55℃で継代培養(H2+CO2ガス)した。この際、ガスの消費はバイアル内部が陰圧になり、ブチルゴム栓がへこむことによって確認した。菌の増殖及びガスの消費が確認されたバイアルから培養液を抜き取り、適度に希釈してロールチューブ法(Hungate, R. E.: A roll tube method for cultivation of strict anaerobes. Methods Microbiol., 3B, 117-132 (1969))によるコロニー単離を試みた。ロールチューブの作製はHungateの方法(Hungate, (1969)前掲)に従った。炭素源としてはフルクトース(4g/L)を用いた。コロニーが形成されたバイアルからコロニーを取得し、5mlの基本培地+フルクトース(4g/L)へ植菌した。これを55℃で2〜3日培養し、菌体の増殖が確認されたバイアルから培養液を抜き取り、50mlの基本培地へ植菌し、55℃で培養(H2+CO2ガス)した。
【0070】
1.3 結果
畑の土を分離源としてガス資化性菌をスクリーニングした結果、ガス消費が確認されたバイアルを得た。ロールチューブ法によるコロニー単離により、8株のガス資化性菌を取得することができた。これらの株の中から、増殖の速い株を2株選択し、それぞれY72株、Y73株とした。
【0071】
2. Y72株、Y73株の16s rDNAの解析
2.1 方法
ゲノムDNAはNucleoSpin Tissue (TAKARA BIO INC., Shiga, Japan)を用いて抽出した。16s rDNAはプライマーセット16s-F(GAAGAGTTTGATCATGGCTCAG:配列番号3)及び16s-R(AGGTGATCCAACCGCAGGTTC:配列番号4)を用いて増幅した。PCR酵素として、PrimeSTAR Max DNA Polymerase(TAKARA BIO INC.)を用いた。PCR産物はEcoRV処理したpBlueScript II SK(+)を用いてクローニングした。DNA配列を決定し、16s rDNA塩基配列の相同性(類似性)はBLASTとGenetyxソフトウェア(Genetyx, Tokyo, Japan)を用いて解析した。
【0072】
2.2結果
Y72株とY73株の16s rDNAの配列(1516bp)は、それぞれ図1及び図2に示した。Y72株及びY73株の16s rDNA配列の相同性を検索したところ、表4に示すようにMoorella属細菌との相同性が高かった。特に、Moorella sp. HUC22-1株とは100%(Y72株)及び99.9%(Y73株)、M. thermoacetica ATCC39073株とは99.9%(Y72株)及び99.8%(Y73株)と非常に高い相同性を示した。これらの結果から、Y72株及びY73株はMoorella属細菌である可能性が強く示唆された。
【0073】
下記表4に16s rDNA配列の相同性を比較した結果を示す。
【表4】
【0074】
3 Y72株及びY73株の最適温度及び最適pHの決定
3.1 方法
3.1.1 最適温度
Y72株及びY73株を基本培地+フルクトース(2g/L)で前培養した。スクリューキャップ付試験管に基本培地+イーストエキストラクト(1g/L)+フルクトース(2.5g/L)を8ml入れ、これに前培養液を10%植菌し、OD660を経時的に36時間まで測定した。
OD660の経時変化をもとに、数式1に基づき比増殖速度[μ(h-1)]を求めた。
【0075】
【数1】
μ:比増殖速度(h-1)、OD1:時間t1におけるOD660、OD2:時間t2におけるOD660。
【0076】
3.1.2 最適pH
Y72株及びY73株は基本培地+フルクトース(2g/L)で前培養した。スクリューキャップ付試験管に基本培地+イーストエキストラクト(1g/L)+フルクトース(2.5g/L)を8ml入れ、HCl又はNaOHを用いてpHを5.0、5.5、6.0、6.5、6.8、7.0に調整した。pHを安定させるため、各pHに合わせたリン酸バッファー又はMES-NaOHバッファーを50mMとなるように加えた。前培養液を10%植菌し、OD660を経時的に測定した。増殖と共に酢酸が生産され、pHが低下していくため培養12時間目までの経時変化をもとにμを求めた(数1)。
【0077】
3.2 結果
3.2.1 最適温度
Y72株及びY73株の最適温度は60〜65℃であった(図3)。M. thermoacetica ATCC39073株及びMoorella sp. HUC22-1株の最適温度は55〜60℃と報告されているため、Y72株及びY73株はそれらの株よりも若干最適温度が高かった。
【0078】
3.2.2 最適pH
種々のpHにてY72株及びY73株を培養し、最適pHを決定した。その結果、Y72株及びY73株の最適pHは6.0〜6.5であった。なおM. thermoacetica ATCC39073株の最適pHは6.9、Moorella sp. HUC22-1株の最適pHは5.7〜6.7とそれぞれ報告されている。
【0079】
4. Y72株及びY73株の生化学的解析
生化学的試験はアピケンキAPI20A(シスメックス・ビオメリュー株式会社)を用いて実施した。
Y72株 カタラーゼ反応陰性、オキシダーゼ反応陰性。インドール産性陰性、ウレアーゼ陰性、酸化試験はグルコース陽性、D-マンニトール陰性、ラクトース陰性、サッカロース陽性、マルトース陽性、サリシン陽性、D-キシロース陽性、L-アラビノース陽性、グリセリン陽性、D-セロビオース陽性、D-マンノース陽性、D-メレチトース陽性、D-ラフィノース陽性、D-ソルビトール陰性、L-ラムノース陰性、D-トレハロース陽性)、ゼラチン加水分解陽性、エスクリン加水分解陽性
Y73株 カタラーゼ反応陰性、オキシダーゼ反応陰性。インドール産性陰性、ウレアーゼ陰性、酸化試験はグルコース陽性、D-マンニトール陰性、ラクトース陰性、サッカロース陽性、マルトース陽性、サリシン陰性、D-キシロース陽性、L-アラビノース陽性、グリセリン陽性、D-セロビオース陽性、D-マンノース陽性、D-メレチトース陽性、D-ラフィノース陽性、D-ソルビトール陰性、L-ラムノース陰性、D-トレハロース陽性)、ゼラチン加水分解陽性、エスクリン加水分解陽性。
【0080】
5. Y72株及びY73株の形質転換システムの構築
5.1 形質転換システムについて
M. thermoacetica ATCC39073株、Y72株、Y73株の形質転換は、ダブルクロスオーバーの相同組換えを利用して行った。マーカーとして、以前の研究(特願2012-119501)で構築済みであるカナマイシン耐性遺伝子kanr及び、ウラシル合成に関与するオロチン酸一リン酸(OMP)デカルボキシラーゼの遺伝子pyrFを用いた。pyrF破壊株はウラシル要求性及び5-フルオロオロチン酸(5-FOA)耐性を示すようになるため、pyrFをマーカーとして使用することが可能となる。以前の研究でpyrF破壊株を構築する際に、自発的変異によって5-FOA耐性株が多数出現することが問題となっていた。そこで今回はpyrFをkanrと置換することにより、カナマイシン耐性を指標として形質転換体を取得することにした(図4の(A))。また、得られたpyrF破壊株のkanrをpyrFと置換する相補試験を行った(図4の(B))。
【0081】
5.2 プラスミド構築
PCRキットとしてKOD-FX-Neo(Toyobo社)を用いた。M. thermoacetica ATCC39073株、Y72株、Y73株の全DNAを鋳型とし、プライマーpyrF-up-F (5’-TGACGTGGAAGATGAGGTACACC:配列番号5)及びpyrF-dn-R(5’-tggctccacgccaaggatatc:配列番号6)を用いてPCRを行い、pyrF周辺領域約2.7kbを増幅した。M. thermoacetica ATCC39073株、Y72株、Y73株のtotal DNA由来PCR産物をSmaIで切断したpK18mobへクローニングし、それぞれpK18-pyrF-ATCC、pK18-pyrF-Y72、 pK18-pyrF-Y73を構築した(図4の(B))。以前の研究(特願2012-119501)で構築したプラスミドpK18-kanrを鋳型とし、プライマーG3PD-F12(AAGGGCTTCTGGCCTTGGACGGTTGCCAAGTACC:配列番号7)及びKmr-R12(ATGAAAGCAGGCCGAAGGCCGACTAAAACAATTCATCCAG:配列番号8)を用いて、カナマイシン耐性遺伝子(kanr)を増幅した。プラスミドpK18-kanrはM. thermoacetica ATCC39073株およびその派生株の染色体上(pyrF周辺領域)へkanrを挿入するためのプラスミドである。pK18-kanrのSmaIサイトにはインサートとして、pyrF上流約1kb-pyrF- kanr-pyrF下流約1kbが挿入されている。このkanr遺伝子にはM. thermoacetica ATCC39073株由来のグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(G3PD)プロモーターが融合されている。pK18-pyrF-ATCC、pK18-pyrF-Y72、 pK18-pyrF-Y73を鋳型とし、プライマーpyrF-1765-in-F12(TCGGCCTGCTTTCATGCTTG:配列番号9)及び pyrF-in-R12(AGGCCAGAAGCCCTTAAATATCG:配列番号10)を用いてインバースPCRを行い、pyrF領域を除去した。In-Fusion Advantage PCR Cloning Kit (Clontech Laboratories, Mountain View, CA, USA)を用いて、上記のインバースPCR産物にkanrをクローニングし、pK18-kan-ATCC、pK18-kan-Y72又はpK18-kan-Y73を構築した(図4)。
【0082】
5.3 エレクトロポレーションの条件
菌株は基本培地(H2+CO2ガス)、55℃で培養した。OD660=0.1〜0.15まで増殖した菌体を遠心分離(5800×g、10分、4℃)で集菌した。ペレットを272mMのスクロースバッファーに懸濁し2回洗浄した。洗浄した菌体は適量(2〜3ml)のスクロースバッファーに懸濁した。400μlの細胞懸濁液にプラスミドを1〜2μgとなるように添加し、2mmギャップのエレクトロポレーションキュベットに移した。1.5kV、500Ω、50μFの条件でパルスをかけた後、直ちに5mlの基本培地(4g/Lフルクトース)に植菌した。55℃で48時間培養後に、ロールチューブ法によりコロニー単離を行った。pyrF破壊株を構築する際、又は培養する際は培地にウラシルを10mg/Lとなるように添加した。またkanr挿入株を得る際にはカナマイシンを300mg/Lとなるように添加した。
【0083】
5.3 結果
5.3.1 pyrF破壊株の構築
M. thermoacetica ATCC39073株、Y72株、Y73株をpK18-kan、pK18-kan72、pK18-kan73を用いて形質転換した(図4の(A))。カナマイシンを指標とした選択によって、Y72株及びY73株でpyrF破壊株が得られた。しかし、M. thermoacetica ATCC39073株では自発的変異によるカナマイシン耐性株が多数出現したため、カナマイシン及び5-FOAを同時に用いて2つの選択圧を与えることによりpyrF破壊株を構築することができた。得られた形質転換体から染色体を抽出し、プライマーpyrF-up-F2(TGTCCTCAACACCCTCACC:配列番号11)及びpyrF-dn-R2(TCTTCCCAGGTCCTGTAGG:配列番号12)を用いてPCRを行うことによって形質転換体の確認を行った。PCR産物を電気泳動した結果を図5に示す。レーンMはDNA ladder marker。レーン1、3、5はそれぞれM. thermoacetica Y72、Y73、ATCC39073株に由来するpyrF周辺領域の増幅バンド(約1.6kb)。レーン2、4、6はそれぞれY72、Y73、ATCC39073株のpyrF破壊株(ΔpyrF株)に由来するpyrF周辺領域の増幅バンド(約1.85kb)。ΔpyrF株はpyrFがkanrに置換されているため、野生株と比較して約0.25kb長いバンドが確認できた。また、実際にPCR産物をシークエンシングすることによって、kanrが確かにpyrFと置換されていることを確認した。
【0084】
5.3.2 pyrF相補試験
5.3.1で得られた各破壊株、M. thermoacetica ATCC39073ΔpyrF株、Y72ΔpyrF株、Y73ΔpyrF株をプラスミドpK18-pyrF-ATCC、pK18-pyrF-Y72、pK18-pyrF-Y73を用いて形質転換した。ウラシル要求性を指標とした選択により、すべての株においてpyrF相補株が得られた。得られた形質転換体から染色体を抽出し、プライマーpyrF-up-F2及びpyrF-dn-R2を用いてPCRを行うことによって形質転換体の確認を行った。PCR産物を電気泳動した結果を図6に示す。レーンMはDNA ladder marker。レーン1、3、5はそれぞれM. thermoacetica Y72、Y73、ATCC39073株に由来するpyrF周辺領域の増幅バンド(約1.6kb)。レーン2、4、6はそれぞれY72ΔpyrF株、Y73ΔpyrF株、ATCC39073ΔpyrF株のpyrF相補株に由来するpyrF周辺領域の増幅バンド(約1.6kb)。ΔpyrF株のkanrをpyrFで置換しているため、野生株と同じ長さのバンドが確認できた。また、コントロールとしてpK18mobを使って形質転換を行ったが、すべての株においてコロニーは得られなかった。M. thermoacetica ATCC39073、Y72、Y73(pyrF破壊株)の相補試験における形質転換効率は、それぞれ(4.1 ± 2.6)×101、(8.6 ± 6.1)×102、(8.0 ± 2.4)×102であった。
【受託番号】
【0085】
NITE P−1412
NITE P−1413
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]