(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ナノポア技術の開発が隆盛を極めている。2003年のヒトゲノム解読を計器に2004年にNHGRI(米国立ヒトゲノム研究所)が授与し始めた「Advanced Sequencing Technology Awards」は次世代シーケンサの技術開発を推奨するために設立された。このグラントの中で最大の投資がナノポア技術であり、2004年から2010年の間に資金を付与された60プロジェクトのうち、ナノポア技術が29を占める。
【0003】
ナノポアにはバイオナノポアとソリッドナノポアがある。バイオナノポアは生体分子であるタンパク質および脂質2重膜を扱うが、これらの物質は容易に変性するという問題を持っている。また、バイオナノポアで計測を行う場合、タンパク質および脂質2重膜を計測前にフローセルに供給する必要があり、作業性が悪い。このため、これらの生体分子を扱う必要がない ソリッドナノポアに期待が高まっている。
【0004】
ソリッドナノポア技術が抱える大きな課題の一つとして、ナノポアを通過するDNA分子の通過速度が速すぎる問題を上げることができる。現状では、ソリッドナノポアを通過するDNAの速度は100μm/s (=3μs/base)であるが、1塩基の分解能を持って塩基配列を検出するためには、通過速度を0.3μm/s (=1ms/base)まで低減する必要がある。この問題は非特許文献1に詳しく報告されている。
【0005】
DNAの通過速度を低減する方法として、非特許文献2では溶液の温度、pH、粘性などを調整する方法が検討されている。これらの条件を最適化することにより、Fologeaらは0.3 m/sのDNA分子の通過速度を1 mm/sまで低減することに成功している。しかしながら、1mm/sは理想とする0.3μm/sより4桁ほど高速であり、更に通過速度を低減する必要がある。また、通過速度の上昇に伴い、DNA塩基検出に用いる封鎖電流のシグナルも低減してしまうという問題も認識された。
【0006】
また特許文献1では、導電性フィルムおよび絶縁フィルムを複数枚重ね合わせた膜構造を有するナノポア膜を提案している。このナノポア膜を用いることにより、ナノポアを通過するDNA分子の通過速度を制御できるとしている。ナノポア開口部には円筒状のピエゾ素子が埋め込まれ、このピエゾ素子が導電性フィルムと接し、通電している。ピエゾ素子は加えた電圧に応じてナノメートルスケールで伸長・圧縮することができる素子である。溶液中のDNA分子はフローセルに配置された電極よりナノポア開口部まで誘導され、ナノポア開口部に侵入し、ナノポアの通過を開始する。DNA分子のナノポア通過開始時間は、封鎖電流の減少を検出することにより特定できる。DNA分子ナノポア開始と同時刻にナノポア開口部に埋め込まれたピエゾ素子に電圧を印加し、ピエゾ素子を膨張させる。これによりナノポア中のDNA分子を補足することができる。DNA分子に外部電場を印加しつつ、このピエゾ素子に対する電位をパルス的に制御することにより、DNA分子のナノポアの通過速度を制御することができる。あるいは、1塩基ずつDNA分子をナノポア内で一方向性に進ませることが可能となるとしている。
【0007】
特許文献2では、ゲート電極膜を絶縁体膜でサンドイッチ状に挟み込み、更にその外部をソース電極膜およびドレイン電極膜で挟んだ構造を有するナノポア構造を提案している。この特許文献もナノポアにおけるDNA分子の通過速度制御を目的とするものである。予めソースおよびドレイン電極膜の間には一定の電圧を付加した状態で、更にゲート電圧を印加することで、ナノポア内の電解質を含んだ溶液中のイオンの配向を制御することができる。例えば、ゲート電圧をかけた状態ではナノポア内に(マイナス、プラス、マイナス)のイオン層を形成することができる。一方、ゲート電圧をかけない状態ではナノポア内は(マイナス、マイナス、マイナス)のイオン層を形成することもできる。前者の状態ではナノポア膜に仕切られた2つの領域におけるイオンの流れは遮断されるが、後者ではイオンの流入が可能となる。これは水溶液中のイオン電流の制御ができることを意味する。デジタルカメラなどで普及しているMOS−FETが電子の流れをON−OFFして電子回路の制御を行うのと類似して、本特許文献では水溶液中のイオン流の制御が可能となる。本特許文献ではこのアイディアをnano fluidic FETと命名している。DNA分子もイオンを帯電しており、広義にはDNAのナノポア内の運動をイオンの流れと捉えることもできる。従って、nano fluidic FETを用いてDNA分子のナノポア内における通過速度を制御することが可能となる。
【0008】
特許文献3では、絶縁膜を用いてナノポア膜を作成する。DNAと接触するナノポア開口部に有機分子を修飾する。この有機分子とDNA分子間には弱い、過渡的な結合(例:水素結合)を形成する。この結合はDNA分子の熱揺らぎより強固であるため、DNA分子をナノポア中に補足することができる。ナノポア膜の垂直上下方向よりパルス的にDNA分子に対して電圧を印加することにより、DNAの通過速度を制御することができるとしている。
【0009】
また、従来ナノポア計測においてはDNA分子のナノポア通過時にイオン電流が低減する事象、すなわち封鎖電流を計測していた。しかし封鎖電流は極めて微弱であり、更に並列化が困難であるため、ナノポア膜上に微小電極を配置し、DNA通過時に発生するトンネル電流を計測する手法が主流になりつつある。非特許文献3では微小電極を用いたトンネル電流測定でモノマーのA,T,G,C,Uが異なる電気伝導度を有することを確認した。その後、3塩基DNA(GGG, GTG, TGT等)および7塩基RNA(UGA GGU A,ガンマーカlet-7 miRNAの配列一部)の1塩基識別を試みた。電流の時間変化には、1塩基毎のステップ状の変化が見られたが、配列順に観察されるわけではなく、GGTGやTGのように配列が重複したり抜けていたりするものが含まれた。これは、DNA分子の運動方向を制御できず、無秩序なブラウン運動でランダムに動いているためである。ステップ状電流変化のみを取り出して、電気伝導度に変換した全データ点をヒストグラムにすると,2つのピークをもつ分布が見られた。ピーク値の電気伝導度の値は、モノマーで得られた値と一致した。7塩基RNAについても,1塩基毎の電気伝導度変化が測定できた。上記測定配列をショットガンシーケンスのように大量にならべて統計処理することで、7塩基配列を決定できることがわかった。
【0010】
一方、ミクロな領域で物質を一方向に移動させる方法として注目されているのが、サーマルラチェットモデルである。このモデルは非対称の歯を持つ爪車と、羽根車、壁の留め金から構成される。この羽根車は温度T1の気体の中にあるため、気体分子が羽根車に衝突し、時計回り、反時計回りのランダムな力を受ける。一方、留め金の温度をT2とする。留め金にはバネが付いていて、爪車が時計回りに回ろうとすると、留め金が左側に引っ込み、爪車が回転できる。爪車が反時計回りに回ろうとすると留め金で止まる。この系では、羽根車の温度T1とばねの温度T2との間に温度差がない限り、一方向の回転が発生しないことが分かっている。逆にいえば、T1とT2の間に温度差を導入することができれば、一方向性の運動を引き起こすことが原理的に分かっている。本技術に関しては非特許文献4に記載されている。
【0011】
また、1本鎖DNA分子は、非対称かつ構造が非常に似通った分子dATP, dCTP, dGTP, dTTPが重合したポリマーである。従って1本鎖DNA分子はらせん形状を持ち、かつその軸上における塩基ごとに非対称な形状およびポテンシャルを持つ。従来DNA分子の剛性については分子の対称性を仮定したelastic rod modelが採用されてきたが、近年このモデルではDNA分子の剛性を説明できない実験結果が提出されつつある。これを説明するために非特許文献5ではDNA分子の非対称性を仮定したasymmetric elastic rod modelを用いてDNA分子の剛性を説明している。
【0012】
また、ナノポアの素材として近年グラフェン注目が集まっている。グラフェンとは炭素が形成する6角形の骨格をシート状に伸ばしたものである。グラフェンはグラファイト結晶の1原子面を取り出したものである。現在ナノポアにおけるDNAの塩基読み取りで最も採用されているのが封鎖電流の計測である。DNAのナノポア通過時に、イオンがナノポアを通過できる実効的な面積が変化するために、ナノポアの上下の空間を流れる電流も変化する。この変化する電流を封鎖電流という。これを計測して、DNAを構成する4塩基の識別を行う。しかし、ナノポアの膜が厚すぎると、その膜厚内にヌクレオチドが数分子収まってしまうため、結果としてDNA分子中の1塩基ずつの塩基配列と、計測された封鎖電流の対応づけが困難となる。DNA分子中における各ヌクレオチド間の距離は0.32−0.52nmであり、ナノポアを通過するDNA分子の塩基配列を識別するためには、同等程度の厚さを保持した膜を導入する必要がある。この問題を解決するための有力な素材がグラフェンである。非特許文献6ではコンピューターシミュレーションでは0.6nmの厚さを持つグラフェンのDNA塩基識別の分解能は0.35nmであることを報告している。また、非特許文献7ではグラフェンの優れた物理的性質について報告している。グラフェンの熱伝導率は現在知られている物質の中で最高であり、その値は5000〔W/m/K〕である。一方、水分子のそれは0.6であり、熱伝導率のオーダーとして約4桁の差がある。また、グラフェンのヤング率は現在知られている物質の中で最高であり、その値は1500〔GPa〕である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0022】
本発明の第1の実施例として、ミクロな領域で物質を一方向に移動させる方法である、サーマルラチェット装置について
図1aおよび
図1bを用いて説明する。この装置は非対称の歯を持つ爪車006と、羽根車002、壁004に保持された留め金005から構成される。爪車006と羽根車002は軸003で連結・固定されている。
【0023】
この羽根車002は温度T1の気体を有する箱001の中にあるため、温度T1の気体分子が羽根車002に衝突し、羽根車002は時計回り、反時計回りのランダムな力を気体分子より受ける。一方、壁004および留め金005の温度をT2とする。留め金005にはバネが付いていて、爪車006が時計回りに回ろうとすると、留め金005が壁004左側に引っ込み、爪車006が時計回りに回転できる。爪車006が反時計回りに回ろうとすると留め金005で止まる。この系では、羽根車002の温度T1と壁004および留め金005の温度T2との間に温度差がない限り、一方向性の回転が発生しないことが分かっている。もし、T1>T2であれば、爪車006は時計回りに回転ができ、外部にある荷重008を引き上げる仕事を行うことができる。また、T1<T2の場合には爪車006を反時計回りに回転させることが可能である。つまり、回転の方向は爪車006の回転の熱揺らぎ運動と、留め金005の横方向の熱揺らぎ運動とのバランスにより決定される。本実施例で説明したように、非対称の形状を有する爪車006に連結した羽根車002の温度T1と壁004および留め金005の温度T2との間に温度差を導入することで、ミクロな領域においても一方向性の運動を発生させることが原理的に分かっている。
【0024】
図1bでは
図1aの円形の爪車006を直線状に変更した爪車013(=ラック)である。この直線状の爪車013の左右方向への熱運動が留め金012を上方に動かす。留め金012を上方に動かすためには、エネルギーをεだけ与える必要がある。これは留め金012に内在するバネのエネルギーを高めることと等しい。たまたま爪車013が横向き運動のエネルギーをもらって留め金012を押すと、留め金012が引っ込み、爪車013は右側に移動する。このとき、爪車012がエネルギーをもらう確率は〔数1〕となる。
【0025】
【数1】
【0026】
なお、ここでkはボルツマン定数である。T1というのは爪車013の温度である。一方、留め金012の温度をT2とする。留め金012が自分で引っ込む確率は〔数2〕となる。
【0027】
【数2】
【0028】
従って荷重がないとき爪車013は〔数3〕のように、一方向に運動することができる。
【0029】
【数3】
【実施例2】
【0030】
本発明の第2の実施例として、局所微小領域に温度差を導入することでDNA分子を一方向性に駆動させ、かつ駆動速度を制御し、DNA分子の塩基配列を解読する装置の構成について
図2を用いて以下に説明する。
【0031】
恒温槽520はペルチェ素子515により、アルミプレート514を加熱し、さらに恒温槽520内の空気を熱することにより恒温槽520内の気温をT1に制御する。ペルチェ素子515の加熱制御はアルミプレート514内に設置された測温抵抗体518からの温度数値をフィードバック制御することにより行われる。より具体的にはPID制御により精密な温度制御が行われる。恒温槽520の具体的な仕様としては、調整温度範囲は0−100℃、温度許容差±0.5℃、温度安定度SD<0.06℃(10分)である。また恒温槽520内にはサーマルプロテクタ532が設置され、105℃以上の温度暴走が発生した場合にはペルチェ素子515への電圧供給を遮断し、加熱を停止する仕組みとなっている。
【0032】
ペルチェ素子515駆動時にペルチェ素子515の表面と裏面の間には、ゼーベック効果のため熱の移動が生じ、温度差が生じる。一方、ペルチェ素子515は表裏の温度差ΔT=0のとき最も高い効率で熱量Qcを移動することができる。温度差が発生するとペルチェ素子515の駆動効率が低下するため、温度差を低減するために外部の空気に接するペルチェ面に対してフィン516およびファン517が設置されている。また、恒温槽520内の空気の温度分布T1を均一にするために槽内ファン519が設置される。これによりアルミプレート514で加熱された空気を恒温槽520内に循環させ、槽内温度T1を均一にすることができる。恒温槽520は周辺環境からの熱の流入・流出による温度変化を回避するために断熱材523で覆われている。
【0033】
フローセル531は恒温槽520内に設置される。フローセル531にはDNA分子502を含んだ溶液がセプタを介して注入されており、恒温槽520内の温度T1に平衡化される。フローセル531内にはナノポアを構成するナノポア膜503が横方向に張られている。ナノポア膜503はフローセル531両端外部に接触部位を持ち、これとヒートブロック504、505を接触させることができる。ヒートブロック504、505をそれぞれペルチェ素子506、507の駆動により同一温度T2に冷却することができる。ヒートブロック504、505内には温度センサである測温抵抗体512、513がそれぞれ埋め込まれており、PID制御により温度制御される。また、ヒートブロック504、505の温度T2と恒温槽520内の温度T1が直接接触し、熱の移動が発生することを防止するためにヒートブロック504、505には断熱材521、522がそれぞれ装着される。またペルチェ素子506、507で発生した熱を排熱するためにフィン508、509、ファン510、511がペルチェ素子506、507にそれぞれ付加されている。ナノポア膜503にはナノポア501が単一個あるいは複数存在する。後述する実施例で詳細を述べるが、フローセル531内のDNA分子502はサンプル注入時には2本鎖を形成しているが、槽内温度T1に加熱され、1本鎖に解離する。1本鎖に解離したDNA分子はフローセル531に設置された外部電極によりナノポア501開口部まで誘導される。DNA分子を含んだ溶液およびDNA分子502の温度はT1であり、安定して温調される。一方、ナノポア膜531はペルチェ素子506、507により温度T2に冷却される。これによりDNA分子502とナノポア開口部に温度差を導入することが可能となり、実施例1で説明した状況を実現できるため、DNA分子502を一方向に駆動させることができる。更に温度T1,T2を任意の値に設定することにより、〔数3〕で示されるDNA分子502の駆動速度を任意の速度に制御することができる。T1の温度範囲は30−100℃であり、より具体的には60−95℃であり、更に詳細には94℃である。同様にT2の温度範囲は0−30℃であり、より具体的には2−20℃であり、更に詳細には4℃である。また、DNA分子502の駆動速度は0.03〜3 μm/sであり、より具体的には0.3 μm/sである。これらの測定条件件下において、DNA分子502がナノポア膜503を通過する際の封鎖電流あるいはナノポア近傍に配置された微小電極によって検出されるトンネル電流を計測することにより、1塩基の分解能でDNA分子502の塩基配列解析を行うことができる。
【0034】
従来のDNAシーケンサはCCDカメラ、対物レンズなどの高価な光学系、モータを用いた駆動部、塩基伸長反応を行うための酵素・蛍光試薬を必要とする。しかし本実施例で報告した解析装置は光学系および駆動部が不要である。また、通常の装置では塩基伸長は酵素で行っていたが、本実施例ではその役割を分子間に導入される温度差およびDNA分子の非対称性により担うため、不要となる。また、溶液交換が不要であるため、装置をコンパクトに出来る。従って非常に簡便・安価・ロバストかつコンパクトなDNAシーケンサを提供することができる。
【実施例3】
【0035】
本発明の第3の実施例として、ナノポアを通過させる2本鎖DNAを1本鎖DNAにする方法について、
図3を用いて以下に説明する。
【0036】
配列解析対象となるDNAは、血液、尿、唾液、バイオプシー、培養細胞、組織切片などより抽出される。これらの生体物質より抽出・精製されたDNAは、一般に1本鎖ではなく、2本鎖の状態である。これはDNAが水素結合を形成することで相補鎖と結合し、2本鎖状態となることで、自由エネルギーを最小化し、安定化するためである。なお、2本鎖のうちタンパク質合成情報を保持する1本鎖DNAはセンス鎖と呼ばれ、もう片方の1本鎖DNAはアンチセンス鎖と呼ばれる。
【0037】
ナノポア解析法を用いてDNA2本鎖の塩基配列を行うとした場合、1塩基当たりの分子間距離0.34nm内にセンス鎖とアンチセンス由来の2つの塩基が混在し、絡まり合っているため、塩基配列の精度が大幅に低減する。現在最も分解能が高い膜とされているグラフェン膜を用いても実効的な空間分解能は0.35nmとされている。従って2本鎖の状態で、高精度にDNA分子の塩基配列解析を行うことは極めて困難である。そのため、ナノポアに導入するDNA分子は1本鎖にする必要がある。本実施例ではこれを可能にする方法について述べる。
【0038】
a)では通常の方法で調整された2本鎖DNA分子601が溶液中を漂っている。
【0039】
b)において実施例2に述べた恒温槽内の溶液をペルチェ素子による温度調節により加熱する。これにより2本鎖DNA分子601を含む溶液の温度を2本鎖DNA分子601が1本鎖に解離する温度Tmまで上昇させ、2本鎖DNA分子601を相補的な1本鎖であるセンスDNA分子602およびアンチセンスDNA分子603に分離する。ここでTmはmelting temperatureと呼ばれ、90−95℃の温度である。
【0040】
c)においてセンスDNA分子602は4種類のヌクレオチドが重合したポリマーである。4種類のヌクレオチドの化学構造は非常に似通っており、これらがらせん状に規則的に積み重なることでDNA鎖を形成する。このDNA鎖で特徴的であるのは、構造がほぼ同一であるヌクレオチド分子を積み重ねるために、非対称である形状を周期的に持つ構造を持つことである。なお、この非対称構造は物理的な3次元形状に限定されるものではなく、電気的な相互作用、あるいは分子間の化学的な相互作用のプロファイルでもよい。ノコギリ状の非対称な周期的形状を持つセンスDNA分子602は、溶液中に印加された電場に電気泳動され、ナノポア605まで誘導される。これはDNAがマイナスに帯電している特性を利用したものである。電気泳動は、フローセル内のナノポア膜604により上下に仕切られた領域においてそれぞれ設置された外部電極に電圧を印加することにより行うことができる。なお、この状態ではまだナノポア膜604の温度冷却されておらず、溶液と同じ温度T1である。ナノポア605近傍にはバネ機構が存在するため、センスDNA分子602はナノポア605に侵入することができず、電場によりナノポア605近傍でブラウン運動を行う。
【0041】
d)において初めてナノポア膜604の温度がT2に冷却される。この冷却は外部に接続したペルチェ素子によりなされる。一方、センスDNA分子602の温度はフローセル内の溶液の加熱された温度T1と同じである。これによりセンスDNA分子602とナノポア膜604との間にT1−T2の温度差を導入することができる。センスDNA 分子602は周期的な非対称構造であるノコギリ状の形状を持つため、導入された温度差T1−T2により、センスDNA分子602は下方向に駆動される。この駆動は1塩基ずつ、ステップ状に、離散的に発生する。これは従来の電場によるセンスDNA分子602の連続的な移動とは大きく異なる。これは電気泳動を駆動する電場勾配がマクロで、時間的に変動しない一定な力であるのに対して、本実施例の駆動力は熱揺らぎによるミクロかつ時間的に変動する力であることにより説明することができる。ある確率である閾値を越えた、方向性を持った力のみがセンスDNA分子602を前進させることに寄与する。多くの閾値内の分子揺らぎは最終的なセンスDNA分子602の駆動には寄与せず、ほとんどの場合センスDNA分子602はそのポテンシャルミニマムである位置に留まる。従って、塩基ごとに異なる封鎖電流あるいはトンネル電流はポテンシャルミニマムである大部分の時間平均をとることで精度よく検出することが可能となる。ここでナノポア605を通過するセンスDNA分子602の分子極性は5’→3’方向あるいは3’→5’方向のいずれかに限定される。
【0042】
一方e)では、アンチセンスDNA分子603のノコギリ型形状が上方向を向いている。この状態でアンチセンスDNA分子603が電気泳動によりナノポア605まで誘導される。この場合、アンチセンスDNA分子603とナノポア膜604との間には温度差T1-T2が導入されているが、アンチセンスDNA分子603が上方向にノコギリ型形状が配向した状態でナノポア膜604と接触しているため、アンチセンスDNA分子603に対する温度由来の駆動力は上方向に働く。このため、f)に示すようにアンチセンスDNA分子603はナノポア605に侵入することができない。これはアンチセンスDNA分子603のナノポア605に対した配置された分子極性がc)のセンスDNA分子60の極性と異なるためである。ナノポアを通過可能であるDNA分子の極性が5’→3’方向である場合、極性3’→5’方向であるDNA分子はナノポアを通過することができない。あるいはナノポアを通過可能であるDNA分子の極性が3’→5方向である場合、極性5’→3’方向であるDNA分子はナノポアを通過することができない。
【0043】
従って、本実施例は2本鎖DNAを熱的に解離させ、1本鎖DNAのみをナノポアに弁別・選択して通過させることを可能にする。これにより塩基配列の解析精度を向上させることができる。また、ナノポア通過における1本鎖DNA分子の極性を1方向に揃えることも可能となる。
【実施例4】
【0044】
本発明の第4の実施例として、微小領域に温度差を導入することでDNA分子を一方向性に駆動させ、DNA分子の塩基配列を解読するナノポア計測方法および装置について
図4を用いて以下に説明する。
【0045】
フローセル211内にはDNA分子201を含んだ導電性の溶液が満たされている。フローセル211内部をシスおよびトランスの2つに隔てるナノポア膜202がフローセル211内に存在し、ナノポア膜202にナノポアが形成されている。ここでナノポアの直径は5nm以下が適当であり、より好ましくは2nm以下が望ましく、更に1.2nmの半径が最適である。また、ナノポア膜の厚さは1nm以下が適当であり、より好ましくは0.5nm以下が望ましい。このナノポアの形成はFocused electron beamによるドリリング、Focused ion beamによるミリング、あるいはreactive ion etchingなどにより形成することができる。具体的にナノポア膜202を構成する素材としてグラフェンを挙げることができる。グラフェンをDNA塩基配列の解読に応用するにあたって有利な点を以下に3点挙げることができる。
【0046】
(1)グラフェンは炭素1分子の厚みを持ち、DNA中のヌクレオチド1個の厚みである0.34nmを検出する分解能を持つ。
【0047】
(2)グラフェンの熱伝導率は現在知られている物質の中で最高である。その値は5000〔W/m/K〕である。一方、水分子のそれは0.6であり、熱伝導率のオーダーとして約4桁の差がある。従って両者が存在する微小領域における温度差の導入について理想的な特性を持っている。
【0048】
(3)グラフェンのヤング率は現在知られている物質の中で最高である。その値は1500〔GPa〕である。従って1層であっても破損しにくい強固な膜を作成することが可能となる。
【0049】
DNA分子201は4種類のヌクレオチドが重合したポリマーである。4種類のヌクレオチドの化学構造は非常に似通っており、これらがらせん状に規則的に積み重なることでDNA鎖を形成する。このDNA鎖で特徴的であるのは、構造がほぼ同一であるヌクレオチド分子を積み重ねるために、非対称である形状を周期的に持つ構造を持つことである。なお、この非対称構造は物理的な3次元形状に限定されるものではなく、電気的な相互作用、あるいは分子間の化学的な相互作用のプロファイルでもよい。
【0050】
ナノポア膜202の開口部にはバネ機構203が設置されており、DNA分子201をナノポアに押し付け保持する働きを持つ。DNA分子201は非対称な形状を持つため、バネ機構203はDNA分子201の径が小さい部位を押さえ付ける効果を持つ。具体的なバネ機構203の候補として、ナノチューブ、ナノワイヤなどのポリマーが挙げられる。また、グラフェン膜そのものもバネ機構203として機能する。更に、アクチンフィラメント、マイクロチューブ、DNA1本鎖などの生体高分子もバネ機構203として使用できる。
【0051】
DNA分子201は電気的に負に帯電している。従って外部電極212および213により溶液中に電圧を印加することにより、DNA分子201をナノポア開口部近傍まで誘導し、ナノポアへ接触することができる。なお、ナノポア開口部にはバネ機構203が設けられており、バネがバネ自身を縮ませるために必要となるエネルギーεを周囲の環境から受け取るまで、DNA分子201はナノポア開口部に侵入することができず、ナノポア開口部周辺に留まる。
【0052】
フローセル211内は温度T1に調節された恒温槽内に設置されているため、フローセル211内のDNA溶液の温度もT1であり、溶液中のDNA分子201の温度もT1である。DNA分子201がナノポア開口部近傍に泳動されたことは封鎖電流の減少により検出できる。封鎖電流の減少を確認後、実施例2で説明した方法で、フローセル211外部よりペルチェ素子を用いてナノポア膜202を温度T2に冷却する。ここでT1>T2である。DNA分子201は溶液中の温度T1を反映したブラウン運動を行う一方で、バネ機構203はナノポア膜202の温度T2を反映したブラウン運動を行う。T1>T2であるとき、DNA分子203が熱浴とのエネルギーのやり取りの中でバネ機構203を縮ませるために必要なエネルギーεを確率的に獲得する。このときにDNA分子201はエネルギーεバネ機構203与え、バネ機構203を縮ませる。結果としてDNA分子201はバネ機構203を押し上げ、下方向に1塩基分ずつ移動する。以下、DNA分子の201は上述した運動を繰り返すことでナノポア内を通過する。1塩基分の移動は確率的・非連続的・離散的に発生する。温度T1および温度T2およびバネを押し上げるために要するエネルギーε(=バネの固さ)をチューニングすることにより、DNA分子の通過速度を任意に制御することが可能となる。DNA分子の通過が速すぎる場合、チューニングを行うことでDNA分子の通過速度を低減することが可能となる。ナノポア内におけるDNA分子203の通過速度は、温度T1>T2のときに〔数4〕のようになる。
【0053】
【数4】
【0054】
DNA分子201が1塩基ずつ逐次的にナノポアを通過するときに、イオンがナノポアを通過できる実効的な面積が変化する。このときに外部電極212および213に電圧が予め印加されているためナノポアとDNA分子201の隙間を通過するイオン電流である封鎖電流を検出することができる。従って移動中のほとんどの時間でバネ機構203はDNA分子201の小さい径を保持した状態に留まる。この封鎖電流を電流計215で検出し、DNA分子201の配列を読み取ることが可能となる。なお、サーマルラチェット機構によるナノポア塩基配列解析の利点を下記に示す。
【0055】
(1)分子間に温度差を導入することにより、ナノポア内におけるDNA分子の通過速度を任意に制御することができる。より具体的にはDNA分子の通過速度を低減できる。
【0056】
(2)DNA分子の駆動が逐次的・非連続的であるため、ヌクレオチドの状態を検出する電気信号を時間平均することにより高いS/NでDNA塩基配列を検出することができる。DNAの通過がヌクレオチド分子単位で逐次的・非連続的に発生し、DNA分子は1塩基分移動した後、1塩基中のポテンシャルミニマムで運動を停止する。ある1塩基がサーマルラチェット機構に保持されている間は、封鎖電流は揺らぐものの、その平均は1塩基中のポテンシャルミニマムにおける電流値となる。これにより、微弱な封鎖電流での検出であっても、十分長い時間平均をとることで安定した計測を行うことが可能となる。
【0057】
(3)2本鎖DNAを熱的に解離させ、1本鎖DNAのみを選択的に計測する。2本鎖DNAは1本鎖DNAが相補的にらせん形状を取って絡まり合っているため、封鎖電流にせよ、トンネル電流にせよ得られた信号変化がいずれのDNA鎖からのものであるかを吟味する必要があり、解析の精度が大幅に低下する。これに対して本実施例ではフローセル211内の溶液209の温度を2本鎖DNAが解離する温度(Melting temperature)まで加熱することにより、容易に1本鎖DNAをナノポアに誘導することが可能となる。
【0058】
(4)ナノポア膜に対する1本鎖DNA分子の極性を弁別・選択して計測することが可能となる。より具体的には5’末端から3’末端の極性あるいはその逆の分子極性を選択的に弁別・選択して塩基配列解析を実行することが可能となる。
【0059】
また、温度差T1−T2を導入しないでも、バネ機構203の導入のみで、外部電場によるDNA分子201の通過速度を低減することも可能である。
【実施例5】
【0060】
本発明の第5の実施例として、微小領域に温度差を導入することでDNA分子を一方向性に駆動させ、DNA分子の塩基配列を解読するナノポア計測方法および装置について
図5を用いて以下に説明する。第4の実施例では塩基配列の読み取りに封鎖電流を用いたが、本実施例ではトンネル電流を用いる。
【0061】
DNA分子301は電気的に負に帯電している。従って外部電極312および313により溶液中に電圧を印加することにより、DNA分子301をナノポア開口部近傍まで誘導し、ナノポアへ接触することができる。なお、ナノポア開口部にはバネ機構303が設けられており、バネがバネ自身を縮ませるために必要となるエネルギーεを周囲の環境から受け取るまで、DNA分子301はナノポア開口部に侵入することができず、ナノポア開口部周辺に留まる。
【0062】
フローセル311は温度T1に調節された恒温槽内に設置されているため、フローセル内のDNA溶液の温度もT1であり、溶液中のDNA分子301内の温度もT1である。DNA分子301がナノポア開口部近傍に泳動されたことは封鎖電流の減少により検出できる。封鎖電流の減少を確認後、実施例2で説明した方法で、フローセル311外部よりペルチェ素子を用いてナノポア膜302を温度T2に冷却する。ここでT1>T2である。冷却によりDNA分子301はナノポア内へ移動を開始する。このときトンネル電流が微小電極304、307により検出される。トンネル電流の検出確認後、外部電極312、313への電位印加を停止する。これにより電気泳動力をなくし、温度差T2−T1のみによるDNA分子311の運動制御が可能となる。これにより外部電場の影響を排除した環境でDNA分子301のより高精度な運動制御が可能となる。以下に本実施例の利点をまとめる。
【0063】
(1)電気泳動に用いる外部電場の影響を排除し、純粋に温度差由来による駆動力でDNA分子の一方向性運動を制御が可能となる。
【0064】
(2)ナノポア計測の並列化が可能となる。封鎖電流はナノポアを通過するイオン電流を計測するため、ナノポア膜上に複数のナノポアが配置されても、それぞれのナノポアを流れるイオン電流の総和しか計測することができない。従ってナノポアの並列計測が困難である。これに対してトンネル電流を用いる方法では複数配置されるナノポについてトンネル電流を検出するための回路が個別にそれぞれ配置されるため、ナノポア計測の並列処理が可能となる。
【0065】
(3)ナノポア膜上に配置された電気回路はフローセル外部のペルチェ素子により温度T2に冷却される。一般に電気回路のノイズは熱雑音とショット雑音に大別される。前者は電子の熱によるランダムなノイズであり、後者は素子を流れる電子が離散的で連続的な定常流を作れないことが原因となるノイズである。いずれも電気回路素子の冷却によりいずれのノイズも低減可能である。ナノポア計測におけるトンネル電流は極めて微弱であるため、電気回路の冷却はトンネル電流の信号雑音比を向上させるのに有効である。
【0066】
温度差T2−T1は外部より任意に制御できるため、DNA分子301のナノポア内の通過速度も任意に制御することが可能である。また、バネ機構303の素材も選択することが可能であるため、これらのパラメータを調節することにより、DNA分子301の通過速度を任意に設定することができる。また、温度差T1−T2を導入しないでも、バネ機構303の導入のみで、外部電場によるDNA分子301の通過速度を低減することも可能である。
【実施例6】
【0067】
本発明の第6の実施例として、バネ機構を保持しないが、DNA分子を一方向性に駆動させ、DNA分子の塩基配列を解読する方法および装置について
図6を用いて以下に説明する。
【0068】
DNA401は特別にバネ機構をナノポア膜403に保持しない。ナノポア膜403自体が十分にバネ構造を内在させているため、特別にバネ機構を導入しなくとも、温度差による一方向性のDNA分子の運動を引き起こすことができる。これにより実施例4および5で説明した方法および装置において、特別なバネ機構の付加が不要となり、量産製造が容易かつ安価になるという利点をもたらす。
【実施例7】
【0069】
本発明の第7の実施例として、DNA分子をナノポアに通過させる電気泳動力の影響が強い場合におけるDNA分子の通過速度を低減させる方法および装置について
図7を用いて以下に説明する。
【0070】
一般にフローセル内の外部電極712および713に電圧が印加されることにより、DNA分子701はナノポア内を100um/secで移動する。一方、DNA分子をヌクレオチド単位の分解能でナノポア計測するためにはDNAの通過速度を0.3um/secまで低減させる必要がある。
【0071】
この問題を解決するために、本実施例ではあらかじめナノポア膜702をT2に冷却しておく。また、フローセル709内の溶液の温度はT1であり、T1>T2である。
【0072】
ナノポア膜に対してノコギリ形状が上を向く形で1本鎖DNA分子701をナノポア近傍に誘導する。外部電場がない状態では、ナノポア膜702をT2に冷却することで、ブラウン運動由来の駆動力をDNA分子702に与えることができる。より具体的にはDNA分子702をナノポア膜上方に移動させることができる。外部電場がある状態では、
DNA分子の実質的な移動速度=外部電場による移動速度−温度差導入による速度トなる。これにより封鎖電流計測においても、外部電場力に拮抗する温度駆動力を与えることにより、DNA分子702のナノポア通過速度を制御し、低減することが可能となる。
【実施例8】
【0073】
本発明の第8の実施例として、局所微小領域に温度差を導入することでDNA分子を上下両方向に方向性を持たせつつ可逆に駆動させ、かつ駆動速度を制御し、DNA分子の塩基配列を解読する装置の構成について
図8を用いて以下に説明する。実施例2ではフローセルが保持する溶液の温度を恒温槽により空気層を介して温度制御していた。溶液の温度を定常状態に保つ目的であったが、本実施例では溶液の温度T1とナノポア膜の温度T2を反転させるための装置構成を説明する。
【0074】
図8に示す温度制御装置はフローセル841の溶液温度T1とフローセル841内にあるナノポア膜の温度T2を独立に温度制御することが可能である。温度制御装置に設置されたフローセル841内の溶液は、ペルチェ素子815により、ヒートブロック814を加熱することでフT1に温度調節される。ペルチェ素子815の加熱制御はヒートブロック814内に設置された測温抵抗体818からの温度数値をフィードバック制御することにより行われる。より具体的にはPID制御により精密な温度制御が行われる。温度制御装置の具体的な仕様としては、調整温度範囲は0-100℃、温度許容差±0.5℃、温度安定度SD<0.06℃(10分)である。またヒートブロック814内にはサーマルプロテクタ832が設置され、105℃以上の温度暴走が発生した場合にはペルチェ素子815への電圧供給を遮断し、加熱を停止する仕組みとなっている。
【0075】
ペルチェ素子815駆動時にペルチェ素子815の表面と裏面の間には、ゼーベック効果のため熱の移動が生じ、温度差が生じる。一方、ペルチェ素子815は表裏の温度差ΔT=0のとき最も高い効率で熱量Qcを移動することができる。温度差が発生するとペルチェ素子815の駆動効率が低下するため、温度差を低減するために外部の空気に接するペルチェ面に対してフィン816およびファン817が設置されている。また、カバー842はフローセル831とヒートブロック814との密着を高め、熱伝達を向上させる働きを持つ。また、カバー842は外部環境からフローセル831を断熱する効果も持つ。
【0076】
ヒートブロック814上に設置されたフローセル841にはDNA分子802を含んだ溶液がセプタを介して注入されており、温度T1に平衡化される。フローセル841内にはナノポアを構成するナノポア膜803が横方向に張られている。ナノポア膜803はフローセル831両端外部に接触部位を持ち、これとヒートブロック804、805を接触させることができる。ヒートブロック804、805をそれぞれペルチェ素子806、807の駆動により同一温度T2に冷却することができる。ヒートブロック804、805内には温度センサである測温抵抗体812、813がそれぞれ埋め込まれており、PID制御により温度制御される。また、ヒートブロック804、805の温度T2と溶液内の温度T1が直接接触し、熱の移動が発生することを防止するためにヒートブロック804、805には断熱材821、822がそれぞれ装着される。またペルチェ素子806、807で発生した熱を排熱するためにフィン808、809、ファン810、811がペルチェ素子806、807にそれぞれ付加されている。ナノポア膜803にはナノポア801が単一個あるいは複数存在する。実施例3で説明したように、フローセル841内のDNA802はサンプル注入時には2本鎖を形成しているが、温度T1に加熱され、1本鎖に解離する。1本鎖に解離したDNAはフローセルに設置された外部電極によりナノポア開口部まで誘導される。DNAを含んだ溶液およびDNA分子802の温度はT1であり、安定して温調される。一方、ナノポア膜803はペルチェ素子806、807により温度T2に冷却される。これによりDNA分子802とナノポア開口部に温度差を導入することが可能となり、実施例1で説明した状況を実現できるため、DNA分子802を一方向に駆動させることができる。
【0077】
本実施例で説明した装置は、フローセル841内の溶液の温度T1とナノポア膜803の温度を高速かつ可逆に反転することが可能である。具体的に溶液のランプレートは加熱5℃/sec、冷却2.5℃/secの速度を持つ。また、ナノポア膜のランプレートは加熱100℃/秒、冷却50℃/secである。これはナノポアの熱容量がフローチップ841のそれと比較して1/20以下であることにより説明される。
【実施例9】
【0078】
本発明の第9の実施例として、
図9に
図8で説明した温度制御装置を用いて、ナノポア内に捕捉された同一1本鎖DNAを可逆に駆動させ、複数回塩基配列を解析する方法について
図9を用いて以下に説明する。
【0079】
一般的に塩基配列情報の精度を上げるためには、複数のDNA断片の解析結果をコンピューター上で複数回重ね合わせる手法が採られている。より具体的に、3G baseの情報量を持つヒトゲノムでは信頼するに足るデータの作成には、経験的に10倍の重複度(=Redundancy)が要求される。つまりデータ作成のために、必要最低限の情報量を持つサンプルを10倍量必要とするということである。しかしながら、臨床分野では十分なサンプル量の採取が困難である場合が頻発する。また、1分子DNAを計測対象とした方法では、長い塩基長を読める点は優れているが、1回の測定における塩基配列の測定精度は80−85%が非常に低いことが問題となっている。一方、ヒトゲノムの塩基配列の公的要求精度は99.99%以上となっている。従って、1分子計測法において測定精度を上げることは重要課題となっている。この課題について、本実施例では同一分子内で可逆的に塩基配列情報を繰り返し読み取る方法を提案する。
【0080】
a)からb)にかけて1本鎖DNA901がナノポア内を下方向に逐次的に移動する。溶液の温度909はT1であり、1本鎖DNA901の温度も同様にT1である。一方ナノポア膜902は冷却され、その温度はT2である。ここでT1>T2である。1本鎖DNA901間とナノポア膜902との間に導入された局所温度差T2−T1により、周期的な非対称構造を持った1本鎖DNA901は下方向に逐次的・断続的に1塩基ずつ移動する。移動時に封鎖電流あるいはトンネル電流を計測することにより、1本鎖DNA901の塩基配列を読み取ることができる。
【0081】
b)の状態となったDNA分子に対して、溶液内の温度T1をT2へ冷却し、ナノポア膜内の温度T2をT1へ加熱する。これにより、1本鎖DNA901はb)からc)で示されるように上方向に移動する。a)→b)→c)の操作を任意の回数繰り返すことにより、1本鎖DNA901の塩基配列情報を向上させることが可能となる。これにより、臨床分野における微量サンプルを高精度かつ安価に計測することが可能になる。
【実施例10】
【0082】
本発明の第10の実施例として、分子間温度差を用いたナノポアシーケンシング法の代表的なワークフローについて
図10を用いて以下に説明する。
【0083】
代表的なワークフローは以下のようになる。
【0084】
(a)本鎖DNAを調整する。
(b)フローセルに2本鎖DNAを注入する。
(c)フローセル内を温度T1に加熱し、2本鎖DNAを1本鎖DNAに解離させる
(d)外部電場によりナノポア近傍まで1本鎖DNAを電気で移動させる
(e)ナノポア膜を温度T2に冷却する
(f)1本鎖DNAのナノポア内への侵入を外部電場による封鎖電流により確認する
(g)外部電場の印加を停止する
(h)温度差による1本鎖DNA移動由来のトンネル電流を計測する
(i)1本鎖DNAの温度T1をT2、ナノポア膜の温度T2をT1に反転させ、同一分子内リシーケンシングを行う
ただし、このワークフローはあくまでも1例であり、本発明の適用方法は本ワークフローに限定されるものではない。