特許第5966199号(P5966199)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5966199
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】圧電体薄膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/316 20130101AFI20160728BHJP
   H01L 41/187 20060101ALI20160728BHJP
【FI】
   H01L41/316
   H01L41/187
【請求項の数】10
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-115477(P2013-115477)
(22)【出願日】2013年5月31日
(65)【公開番号】特開2014-236051(P2014-236051A)
(43)【公開日】2014年12月15日
【審査請求日】2015年9月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】勅使河原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】加納 一彦
(72)【発明者】
【氏名】秋山 守人
(72)【発明者】
【氏名】西久保 桂子
【審査官】 上田 智志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−014806(JP,A)
【文献】 特開2009−010926(JP,A)
【文献】 特開2013−148562(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/175985(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/316,41/187
C23C 14/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜(1)であって、
炭素原子の含有率が2.5at%以下であることを特徴とする圧電体薄膜(1)。
【請求項2】
上記炭素原子の含有率が1.5at%以下であることを特徴とする請求項1に記載の圧電体薄膜(1)。
【請求項3】
上記炭素原子の含有率が0.75at%以下であることを特徴とする請求項1に記載の圧電体薄膜(1)。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の圧電体薄膜(1)を製造する方法において、
少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で、スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材(10)から、スカンジウム(101)とアルミニウム(102)とを基板(2)上に同時にスパッタリングすることにより、上記圧電体薄膜(1)を製造する一元スパッタリング工程を有し、
上記合金ターゲット材(10)は、炭素原子の含有率が5at%以下のスカンジウムアルミニウム合金からなることを特徴とする圧電体薄膜(1)の製造方法。
【請求項5】
上記合金ターゲット材(10)は、炭素原子の含有率が3at%以下のスカンジウムアルミニウム合金からなることを特徴とする請求項4に記載の圧電体薄膜(1)の製造方法。
【請求項6】
上記合金ターゲット材(10)は、炭素原子の含有率が1.5at%以下のスカンジウムアルミニウム合金からなることを特徴とする請求項4に記載の圧電体薄膜(1)の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の圧電体薄膜(1)を製造する方法において、
少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で、スカンジウムからなるScターゲット材とアルミニウムからなるAlターゲット材から、アルミニウムとスカンジウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより、上記圧電体薄膜(1)を製造する二元スパッタリング工程を有し、
上記圧電体薄膜は、一般式ScxAl1-xN(0<x<1)で表されるスカンジウムアルミニウム窒化物からなり、上記Scターゲット材は、炭素原子の含有率が5/x at%以下のスカンジウムからなることを特徴とする圧電体薄膜(1)の製造方法。
【請求項8】
上記Scターゲット材は、炭素原子の含有率が3/x at%以下のスカンジウムからなることを特徴とする請求項7に記載の圧電体薄膜(1)の製造方法。
【請求項9】
上記Scターゲット材は、炭素原子の含有率が1.5/x at%以下のスカンジウムからなることを特徴とする請求項7に記載の圧電体薄膜(1)の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の圧電体薄膜(1)を製造する方法において、
スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材(10)と基板(2)とを対向するように配置し、上記合金ターゲット材(10)の対向面(105)に対して斜めからイオンビーム(31)を照射し、上記合金ターゲット材(10)からスカンジウム(101)とアルミニウム(102)とを基板(2)上に同時にスパッタリングすることにより、上記圧電体薄膜(1)を製造するイオン照射スパッタリング工程を有し、
該イオン照射スパッタリング工程においては、少なくとも窒素イオンを含む上記イオンビームを照射するか、あるいは少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で上記イオンビームを照射することを特徴とする圧電体薄膜(1)の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スカンジウムアルミニウム窒化物(ScxAl1-xN;0<x<1)からなる圧電体薄膜は、例えば窒化アルミニウム薄膜等に比べて高い圧電定数を示すことが可能である。そのため、表面弾性波(SAW)素子や、幅広い発光波長を有する発光ダイオード(LED)用の発光層や、微小電気機械素子(MEMS)への適用が期待されている。
スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜は、窒素雰囲気下においてスカンジウムとアルミニウムを基板上にスパッタリングすることによって製造される(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−10926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、スパッタリングにより得られるスカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜は、圧電特性にばらつきがある。即ち、スカンジウムとアルミニウムとの比率が同じスカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜を作製しても、その圧電定数等の圧電特性に大きくばらつきが生じてしまう。そのため、必ずしも優れた圧電特性を示す圧電体薄膜を得ることができないという問題がある。
【0005】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、優れた圧電特性を確実に発揮することができるスカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜、及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、圧電性能のばらつきの原因がスカンジウムアルミニウム窒化物からなる厚電体薄膜中の炭素原子にあることを見出し、さらにその含有率を制御することにより圧電体薄膜の圧電性能を向上できることを見出して本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明の一態様は、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜であって、
炭素原子の含有率が2.5at%以下であることを特徴とする圧電体薄膜にある。
【0008】
本発明の他の態様は、上記圧電体薄膜を製造する方法において、
少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で、スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材から、スカンジウムとアルミニウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより、上記圧電体薄膜を製造する一元スパッタリング工程を有し、
上記合金ターゲット材は、炭素原子の含有率が5at%以下のスカンジウムアルミニウム合金からなることを特徴とする圧電体薄膜の製造方法にある。
【0009】
本発明のさらに他の態様は、上記圧電体薄膜を製造する方法において、
少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で、スカンジウムからなるScターゲット材とアルミニウムからなるAlターゲット材から、スカンジウムとアルミニウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより、上記圧電体薄膜を製造する二元スパッタリング工程を有し、
上記圧電体薄膜は、一般式ScxAl1-xN(0<x<1)で表されるスカンジウムアルミニウム窒化物からなり、上記第Scターゲット材は、炭素原子の含有率が5/x(at%)以下のスカンジウムからなることを特徴とする圧電体薄膜の製造方法にある。
【0010】
また、本発明のさらに他の態様は、圧電体薄膜を製造する方法において、
スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材と基板とを対向するように配置し、上記合金ターゲット材の対向面に対して斜めからイオンビームを照射し、上記合金ターゲット材からスカンジウムとアルミニウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより、上記圧電体薄膜を製造するイオン照射スパッタリング工程を有し、
該イオン照射スパッタリング工程においては、少なくとも窒素イオンを含む上記イオンビームを照射するか、あるいは少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で上記イオンビームを照射することを特徴とする圧電体薄膜の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
上記圧電体薄膜は、スパッタリングより得られるスカンジウムアルミニウム窒化物からなる。スパッタリング時には、その原料となるターゲット材から微量の炭素原子が圧電体薄膜に混入し、この炭素原子の混入が圧電体薄膜の圧電d33定数等の圧電特性を低下させる要因となる。上記圧電体薄膜は、上述のように炭素原子の含有率が低いスカンジウムアルミニウム窒化物からなるため、優れた圧電特性を確実に発揮することができる。
【0012】
また、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜においては、炭素原子の含有率が2.5at%を超えると、炭素原子の含有率が増大するにつれて圧電d33定数等の圧電特性の低下幅も顕著に大きくなる。上記のごとく、炭素原子の含有率を2.5at%にすることにより、圧電特性の低下を十分に抑制することができ、炭素原子を含有していない純粋なスカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜に比べても遜色ない優れた圧電特性を示すことができる。
【0013】
上記圧電体薄膜は、一元スパッタリング工程により製造することができる。即ち、少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で、スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材から、アルミニウムとスカンジウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより製造することができる。このとき、炭素原子の含有率が5at%以下の合金ターゲット材を用いることにより、上記のごとく炭素原子の含有率が2.5at%以下の圧電体薄膜を製造することができる。
【0014】
また、上記圧電体薄膜は、二元スパッタリング工程により製造することができる。即ち、少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下で、スカンジウムからなるScターゲット材とアルミニウムからなるAlターゲット材から、アルミニウムとスカンジウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより製造することができる。このとき、上記圧電体薄膜として、一般式ScxAl1-xN(0<x<1)で表されるスカンジウムアルミニウム窒化物からなる薄膜を製造する際に、炭素原子の含有率が5/x(at%)以下のScターゲット材を用いることにより、上記のごとく炭素原子の含有率が2.5at%以下の圧電体薄膜を製造することができる。
【0015】
また、上記圧電体薄膜は、照射スパッタリング工程により製造することができる。即ち、スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材と基板とを対向するように配置し、上記合金ターゲット材の対向面に対して斜めからイオンビームを照射し、上記合金ターゲット材からアルミニウムとスカンジウムとを基板上に同時にスパッタリングすることにより製造することができる。
この理由は次の通りである。即ち、イオンビームの照射によってターゲット材からはじき出される原子(被スパッタ原子)の放出角度分布は、その原子量によって異なる。原子量の小さい原子は、原子量の大きい原子に比べてイオンビームの入射方向と同じ方向で逆向きへ放射される割合が多くなる。
そこで、上記照射スパッタリング工程のごとく、上記合金ターゲット材の対向面に対して斜めからイオンビームを照射すると、合金ターゲット材中に含まれる炭素原子の大部分は、ScやAlに比べて原子量が小さいため、イオンビームの入射方向と同じ方向でかつ逆向きへ放射され、基板への炭素原子の放射量を非常に少なくすることができる。したがって、上記のごとく炭素原子の含有率が2.5at%以下の圧電体薄膜を製造することができる。なお、イオン照射スパッタリング工程においては、少なくとも窒素イオンを含むイオンビームを照射するか、あるいは少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下でイオンビームを照射する。そのため、スパッタリングにより、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜を製造することができる。
【0016】
上記のように、一元スパッタリング工程、二元スパッタリング工程、又は照射スパッタリング工程を行うことにより、炭素原子の含有率が2.5at%以下の圧電体薄膜を製造することができる。該圧電体薄膜は、高い圧電d33定数を示し、優れた圧電特性を確実に発揮することができる。
【0017】
このように、本発明によれば、優れた圧電特性を確実に発揮することができるスカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1おける、基板上に形成された圧電体薄膜の断面構造を示す説明図。
図2】実施例1における、圧電体薄膜の製造方法の概略を示す説明図。
図3】実施例1における、圧電体薄膜中に含まれる炭素原子の含有率(at%)と、圧電体薄膜の圧電d33定数(pC/N)との関係を示す説明図。
図4】実施例2における、圧電体薄膜の製造方法の概略を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、上記圧電体薄膜及びその製造方法における好ましい実施形態について説明する。
上記圧電体薄膜は、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる。スカンジウムアルミニウム窒化物は、一般式ScxAl1-xN(0<x<1)で表すことができる。好ましくは、xは、0.05≦x≦0.5を満足することがよい。この場合には、上記圧電体薄膜の圧電応答性をより向上させることができる。より好ましくは、0.15≦x≦0.45がよい。
【0020】
上記圧電体薄膜は、基板上に形成することができる。基板としては、例えばシリコン、サファイヤ、炭化珪素、窒化ガリウム、ニオブ酸リチウム、ニオブ酸タンタル、水晶、ガラス、金属、ステンレス、インコネル、高分子フィルム等からなるものを用いることができる。高分子フィルムとしては、例えばポリイミドフィルム等がある。
【0021】
上記圧電体薄膜は、上記一元スパッタリング工程、上記二元スパッタリング工程、又は上記照射スパッタリング工程を行うことにより製造することができる。一元スパッタリング工程及び照射スパッタリング工程においては、合金ターゲット材を用いる。合金ターゲット材中におけるスカンジウムとアルミニウムとの比率は、目的組成のスカンジウムアルミニウム窒化物におけるスカンジウムとアルミニウムとの比率に応じて適宜決定することができる。
【0022】
また、二元スパッタリング工程においては、Alターゲット材とScターゲット材とを用いる。上記二元スパッタリング工程においては、スパッタリング時における電力密度を調整することにより、目的とする圧電体薄膜におけるスカンジウムとアルミニウムとの比率を調整することができる。
【0023】
上記一元スパッタリング工程及び上記二元スパッタリング工程において、各種ターゲット材の電力密度は、例えば4.3〜14W/cm2の範囲内にすることができる。6.5〜11W/cm2の範囲内とすることが好ましい。ターゲット材の電力密度は、スパッタリング電力をターゲット材の面積で割った値である。
【0024】
合金ターゲット材及びScターゲット材は、高周波誘導加熱やアーク溶解により製造することができる。この合金ターゲット材やScターゲット材の製造時には、炭素製のるつぼ又は炭素を含有するるつぼが使用されており、このるつぼからターゲット材中に炭素原子が混入し、目的とする圧電体薄膜にも炭素原子が混入する。上記一元スパッタリング工程及び上記二元スパッタリング工程においては、それぞれ合金ターゲット材及びScターゲット材の中の炭素原子の含有率を下げることにより、目的とする圧電体薄膜の炭素原子の含有率を下げることができる。
【0025】
また、上記照射スパッタリング工程においては、上記合金ターゲット材の対向面に対して斜めからイオンビームを照射する。即ち、上記対向面における上記イオンビームの入射角を鋭角にする。入射角を小さくするほど、圧電体薄膜中の炭素原子の含有率を下げることができる。一方、入射角を小さくすると、スパッタリングによる圧電体皮膜の生成速度が低下する傾向にある。生成速度を大きく低下させることなく、炭素原子の含有率を十分に下げるという観点から、イオンビームの入射角は15〜80°であることが好ましく、25〜70°であることがより好ましい。
また、上記照射スパッタリング工程においても、合金ターゲット材中の炭素原子の含有量は少ないことが好ましい。照射スパッタリング工程における合金ターゲット中の炭素原子の含有率は例えば10at%以下にすることができ、5at%以下であることがより好ましい。これにより、より一層確実に圧電体薄膜中の炭素原子の含有率を下げることができる。
【0026】
また、スパッタリングは、窒素ガスを含む雰囲気下で行うことができる。具体的には、例えば窒素ガスと、アルゴンガス等の不活性ガスとの混合ガス雰囲気下で行うことができる。混合ガス雰囲気下でスパッタリングを行う場合には、混合ガス中の窒素ガス濃度を25〜50体積%にすることができる。圧電体薄膜の圧電応答性を向上させるという観点から、窒素ガス濃度は30〜45体積%であることが好ましい。
【0027】
また、スパッタリングは、0.1〜0.8Paの圧力下で行うことができる。好ましくは、0.1〜0.4Paの圧力下で行うことがよい。
スパッタリングにおいける基板の温度は、例えば18〜600℃の範囲内にすることができる。好ましくは、200〜400℃にすることがよい。
【0028】
上記照射スパッタリング工程においては、少なくとも窒素イオンを含むイオンビームを照射するか、あるいは少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下でイオンビームを照射する。窒素イオンを含むイオンビームを照射する場合には、例えばArガス、窒素ガス、又はこれらの混合ガスを含む雰囲気下で照射スパッタリング工程を行うことができる。また、窒素ガスを含む雰囲気下でイオンビームを照射する場合には、アルゴン等のイオンビームを照射することができる。アルゴン等のイオンビームには窒素イオンが含まれていてもよい。
【実施例】
【0029】
(実施例1)
次に、圧電体薄膜の実施例及び比較例について説明する。
本例においては、炭素原子(C)の含有率が異なる複数の圧電体薄膜を製造し、これらの圧電定数の評価を行う。
図1に示すごとく、本例の圧電体薄膜1は、シリコンからなる基板2上に形成されており、スカンジウムアルミニウム窒化物からなり、微量の炭素を含有する。
【0030】
圧電体薄膜1の製造にあたっては、まず、市販のシリコンからなる基板と、市販のスカンジウムアルミニウム合金(Sc0.45Al0.55合金)からなる板状の合金ターゲット材を準備した。合金ターゲット材は、炭素製のるつぼを用いた高周波誘導加熱により作製されたものであり、スカンジウムとアルミニウムとの元素組成比は0.45:0.55(Sc:Al)である。なお、本例において、合金ターゲット材中のSc含有率(at%)、及び後述の圧電体薄膜中のSc含有率(at%)は、波長分散型蛍光X線分析装置(日本電子株式会社製の「JXA−8500F」)により分析した結果に基づいて算出した。
【0031】
次に、スパッタリング装置(アルバック社製の高周波マグネトロンスパッタリング装置)を用いて、窒素雰囲気下にて基板上に合金ターゲット中に含まれるScとAlとをスパッタリングすることにより、圧電体薄膜を作製した。
具体的には、図2に示すごとく、スパッタリングチャンバ−内に基板2と合金ターゲット材10とを対向するように配置した。そして、スパッタリング圧力0.16Pa、窒素濃度43体積%、ターゲット電力密度10W/cm2、基板温度300℃、スパッタリング時間200分という条件で、合金ターゲット材10からスカンジウム101とアルミニウム102とを基板2上にスパッタリングした。なお、スパッタリングチャンバ−は、5×10-5Pa以下に減圧し、チャンバ-内に99.999体積%のアルゴンガス及び99.999体積%の窒素ガスを導入した。合金ターゲット材10は、蒸着前に、Arガス雰囲気で3分間スパッタリングした。
【0032】
図2に示すごとく、本例においては、合金ターゲット材10にRF電圧を印加して、合金ターゲット材10の表面にRFプラズマ11を形成させた。これにより、自己バイアス効果によってプラズマ11中の正イオン(窒素イオン及びアルゴンイオン)が、合金ターゲット材10に向かって加速され衝突する。この衝突により、図2に示すごとく、合金ターゲット材10からスカンジウム原子101やアルミニウム原子102がはじき出され、合金ターゲット材10に対向するように配置した基板2の対向面21上にスパッタリングされる。
このようにして、基板2上に、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜1を作製した(図1参照)。なお、本例においては、RF電圧を印加する例で説明したが、DC電圧を印加する場合でも同様にして圧電体薄膜1を製造することができる。
【0033】
得られた圧電体薄膜1について、CuKα線を使用した全自動X線回折装置(マックサイエンス社製の「M03X−HF」)により、X線回折強度を測定した。その結果、2θ=36〜37°に回折ピークが観察された。これにより、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜1が作製されていることを確認した。
また、上述の波長分散型蛍光X線分析装置を用いて圧電体薄膜1の組成を調べたところ、Scの原子数とAlの原子数との総量を100at%としたときにおけるSc原子の含有率は、43at%であった。即ち、スカンジウムアルミニウム窒化物の一般式ScxAl1-xNにおいて、x=0.43である。
【0034】
本例においては、合金ターゲット材として、炭素原子(C)含有率が異なる複数のスカンジウムアルミニウム合金のターゲット材を用いて、複数の圧電体薄膜(試料1〜9)を製造した。
各試料の圧電体薄膜は、合金ターゲット材の種類、即ち、C含有率(at%)の異なる合金ターゲット材を用いた点を除いては、同様にして作製したものである。
各試料の作製に用いた合金ターゲット材のC含有率(at%)、及び得られた圧電体薄膜中のC含有率(at%)を後述の表1に示す。
【0035】
なお、C含有率(at%)は、二次イオン質量分析(SIMS)により測定した。
具体的には、カメカ(CAMECA)社製のSIMS装置「IMS 7f」を用いて、一次イオン種:Cs+、一次イオン加速エネルギー:15keV、二次イオン極性:ネガティブ、帯電補償:メタルコート/E−gunという条件で測定した。合金ターゲット材中のC含有率は、合金ターゲット中のSc原子数とAl原子数との総量100at%に対するC原子の含有率(at%)である。また、圧電体薄膜中のC含有率は、圧電体薄膜のSc原子数とAl原子数とN原子数との総量100at%に対するC原子の含有率(at%)である。
【0036】
次に、各試料の圧電体薄膜の圧電d33定数(pC/N)を測定した。圧電d33定数は、ピエゾメーター(ピエゾテスト社製の「PM200」)を用いて、加重0.25N、周波数110Hzという条件で測定した。その結果を表1に示す。
また、表1に基づいて、圧電体薄膜中のC含有率(at%)と圧電体薄膜の圧電d33定数との関係を図3に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
表1及び図3より知られるごとく、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜の炭素原子の含有率が増加すると、圧電体薄膜の圧電d33定数が加速的に低下することがわかる。圧電体薄膜における炭素原子の含有率を2.5at%以下にすることにより、炭素原子の含有率による圧電d33定数の低下幅を小さくすることができ、圧電体薄膜は20pC/Nを超える高い圧電d33定数を示すことができる(図3参照)。より好ましくは、圧電体薄膜における炭素原子の含有率は1.5at%以下がよく、さらに好ましくは0.75at%以下がよい。
【0039】
また、圧電体薄膜における炭素原子の含有率を上述のように2.5at%以下にするためには、炭素原子の含有率が5at%以下のスカンジウムアルミニウム合金ターゲットを用いればよい(表1及び図3参照)。さらに、炭素原子の含有率が1.5at%以下の圧電体薄膜を得るためには、炭素原子の含有率が3at%以下のスカンジウムアルミニウム合金ターゲットを用いればよく、炭素原子の含有率が0.75at%以下の圧電体薄膜を得るためには、炭素原子の含有率が1.5at%以下のスカンジウムアルミニウム合金ターゲットを用いればよい。
【0040】
(変形例1)
実施例1においては、スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材を用いた一元スパッタリング工程を行うことにより、圧電体薄膜を作製したが、スカンジウムからなるScターゲット材と、アルミニウムからなるAlターゲット材を用いた二元スパッタリング工程を行うことにより圧電体薄膜を製造することもできる。この場合には、Scターゲット材及びAlターゲット材からアルミニウムとスカンジウムとを基板上に同時にスパッタリングする点を除いては、実施例1と同様にして、圧電体薄膜を製造することができる。
【0041】
本例のような二元スパッタリング工程においては、Alターゲットではなく、Scターゲット材中に炭素が含まれる。この炭素は、実施例1の合金ターゲット材と同様に、Scターゲットの製造時に混入する。一方、実施例1から知られるように、圧電特性を高めるという観点から、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜における炭素原子含有率は2.5at%以下が好ましい。
したがって、二元スパッタリング工程において、一般式ScxAl1-xN(0<x<1)で表されるスカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜を得るにあたっては、炭素原子含有率が5/x(at%)以下のScターゲット材を用いることが好ましい。また、炭素原子の含有率が1.5at%以下の圧電体薄膜を得るためには、炭素原子の含有率が3/x(at%)以下のScターゲットを用いればよく、炭素原子の含有率が0.75at%以下の圧電体薄膜を得るためには、炭素原子の含有率が1.5/x(at%)以下のScターゲットを用いればよい。なお、Scターゲット材中の炭素原子の含有率は、Scターゲット材中のSc100at%に対する炭素原子の含有率である。
【0042】
(実施例2)
本例は、合金ターゲット材の対向面に対して斜めからイオンビーム照射してスパッタリングを行うというイオン照射スパッタリング工程を行うことにより、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜を製造する例である。
具体的には、まず、実施例1と同様にして、スカンジウムアルミニウム合金からなる合金ターゲット材10と基板2とを対向するように配置した(図4参照)。
基板2としては、実施例1と同様のシリコン基板を用いることができる。合金ターゲット材10としては、実施例1のように炭素含有率が例えば5at%以下のスカンジウムアルミニウム合金ターゲット材を用いることもできるが、炭素含有率が5at%を超える合金ターゲット材を用いることも可能である。
【0043】
図4に示すごとく、板状の合金ターゲット材10の面のうち、基板2に対向している面を対向面105とすると、イオンガン3を用いて、合金ターゲット材10の対向面105に対して斜めから窒素イオンを含むイオンビーム31を照射した。イオンビーム31の照射はアルゴンガス雰囲気下で行った。本例においては、イオンビーム31の照射方向と合金ターゲット材の対向面105とのなす角度θが45°となるように、イオンビーム31を照射した。これにより、合金ターゲット材10からアルミニウム101とスカンジウム102とを基板2上に同時にスパッタリングし、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜を得た。
【0044】
本例のように、イオンビーム31を斜めから照射すると、原子量の小さい炭素原子は、原子量の大きいスカンジウム原子やアルミニウム原子に比べてイオンビーム31の入射方向と同じ方向で逆向きへ放射される割合が多くなる。図4においては、入射方向と逆向きへ放射される炭素原子109を図示している。同図に示すように、合金ターゲット材10中に含まれる炭素原子109の大部分は、イオンビーム31の入射方向と同じ方向でかつ逆向きへ放射され、基板2への炭素原子の放射量を非常に少なくすることができる。したがって、本例のイオン照射スパッタリング工程を行うことによっても、2.5at%以下という炭素原子含有率の低い圧電体薄膜の製造が可能になる。
【0045】
また、上述のイオン照射スパッタリング工程の例においては、Arガス雰囲気下で窒素イオンガスを含むイオンビーム31を照射して、圧電体薄膜を製造しているが、イオンビーム31は、必ずしも窒素イオンを含む必要はない。即ち、窒素ガスを含む雰囲気下で、アルゴン等のイオンビーム(Arイオンビーム)を照射することにより、スカンジウムアルミニウム窒化物からなる圧電体薄膜を製造することもできる。この場合にも、イオンビームを斜めから照射することにより、2.5at%以下という炭素原子含有率の低い圧電体薄膜の製造が可能になる。
【符号の説明】
【0046】
1 圧電体薄膜
2 基板
10 合金ターゲット材
101 スカンジウム
102 アルミニウム
図1
図2
図3
図4